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サイト全体の目次
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ミンダナオ子ども図書館の最新の活動報告
支援者の方々への活動報告です! |

現地日本人スタッフによる、
写真を交えた最新の活動報告です! |

ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
訪問等でMCLと出会った若者たちの想いです! |

松居友による活動報告および
製作映像や想いを載せた自由日記です! |

訪問希望の方は
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ミンダナオ子ども図書館
支援方法
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講演、公演の予定など
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ミンダナオ子ども図書館では、宿泊費なしで訪問を受け入れています。
また、ZOOMや対面の講演も家庭集会も、
宮木梓さん、西村奈々子さん、松居友やエープリルリンが行っています。
支援方法の詳細などは、メールかメッセンジャーで宮木梓さんにおたずね頂ければ幸いです。

mclmindanao@gmail.com |

民話、絵本原稿、青少年から大人の読みものを
自由購読で提供しています。 |

何故ここに日本人などのテレビ映像
その他の貴重な活動映像を掲載 |

集合メール専門会社のサイトに飛びます!
登録や解除は、ここから可能です。 |
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kako
サイトに掲載してきた過去の活動を整理修正し以下に掲載していきます
戦争と貧困と平和構築と国際交友
多くの困難を超えてミンダナオの子どもたちから、
生きる力をもらってきた実体験の記録! |
2007
(1) |
2007
(2) |
2007
(3) |
2007
(4) |
2007
(5) |
2008
(1) |
2008
(2) |
2008
(3) |
2008
(4) |
2008
(5) |
2008
(6) |
2008
(7) |
2008
(8) |
2008
(9) |
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2008
(10) |
2009
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2009
(2) |
2009
(3) |
2009
(4) |
2009
(5) |
2010
(1) |
2010
(2) |
2010
(3) |
2011
(1) |
2011
(2) |
2011
(3) |
2011
(4) |
2011
(5) |
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2011
(6) |
2012
(1) |
2012
(2) |
2012
(3) |
2013
(1) |
2013
(2) |
2013
(3) |
2013
(4) |
2014
(1) |
2014
(2) |
2014
(3) |
2014
(4) |
2015
(1) |
2015
(2) |
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2015
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2015
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2016
(1) |
2016
(2) |
2016
(3) |
2016
(4) |
2016
梓
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2016
梓(2) |
2017 |
2017
梓 |
2018
梓 |
2019 |
2019
梓 |
2020 |
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2020
梓 |
2021 |
2021
梓 |
2022 |
2022
梓 |
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年代別に分かれている上記のサイト項目を見やすくするために
「過去の活動記録」の全目次をひとつのサイトに集めました!
右をクリックして開いたサイトから読みたい項目の記事を選んで
をクリックしていただければ、
ご希望の写真と記事にダイレクトに入れます!
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以下、年代別のサイトからも検索が可能です・・・ |
2007(1) |
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2007(2) |
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2007(3) |
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2007(4) |
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2007(5) |
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2008(1) |
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2008(2) |
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2008(3) |
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2008(4) |
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2008(5) |
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2008(6) |
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2008(7) |
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2008(8) |
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2008(9) |
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2008(10) |
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2009(1) |
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2009(2) |
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2009(3) |
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2009(4) |
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2009(5) |
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2010(1) |
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2010(2) |
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2010(3) |
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2011(1) |
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2011(2) |
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2011(3) |
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2011(4) |
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2011(5) |
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2011(6) |
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2012(1) |
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2012(2) |
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2013(3) |
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2013(1) |
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2013(2) |
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2013(3) |
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2013(4) |
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製作中 |
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製作中 |
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製作中 |
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2019 |
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2020 |
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2021 |
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ミンダナオ子ども図書館とは?
サイトからMCLを知っていただくための
記事を選んで載せました! |

ミンダナオ子ども図書館
支援方法
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ゼロに立つための支援を |

訪問希望の方は
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MCLを始めた理由 |

過去の活動をふり返る |

質問は以下へ(英語もOKです!)
mclmidanao@gmail.com |

何故ここに日本人などのテレビ映像
その他の貴重な活動映像を掲載 |

機関誌『ミンダナオの風』編集にこめた思い! |

ミッション・ビジョンとボードメンバー |

民話、絵本原稿、青少年から大人の読みものを
自由購読で提供しています。 |
過去の機関誌PDF |

会計報告 |
メールニュース希望! |
今後の活動指針 |
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講演感想 |

子育てよりも、子育つ世界! |

愛に捧ぐ黙想:松居陽
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ほくの少年時代と思春期から |

2008年に初めてのスタディーツアーをしたけれど
MCLでは難しく、その後も考えて
支援者以外の訪問者も無償で受け入れることに! |

無題3:松居陽 |

敗戦し地下に日本軍の遺骨が残っている
イスラム地域要塞跡での平和の祈り! |

アポ山へGO! |

日系人の子をスカラーに! |
近年の若者たちの訪問体験記等!
MCLを知っていただくために、現在過去の映像から選びました。 |

山の下宿小屋に |
海の下宿小屋に |

奨学生決定に山へ |

酋長の依頼で |

地震の悲しみでお父さんが |

2019年の戦闘避難民救済活動 |
地震避難民の救済と読み語り |
イスラム避難民の救済支援 |

ウイルス期間に洪水が襲った |

イスラム湿原に保育所を建てた |

土地を追われるマノボ族 |

サンタマリアの海辺で遊ぶ子ども |

クリスチャンの文化祭 |

イスラムの文化祭 |

原住民の文化祭 |

戦争と平和 |

洪水と植林活動 |

平和構築と学校建設 |

ミンダナオ子ども図書館の
年越しと年明け |

総合活動報告の記録映像 |

海の下宿小屋 |

原住民、イスラム、クリスチャン、
私たちは一つの家族! |

2019年のイスラム地域の戦闘 |

ミンダナオ子ども図書館の
日常を集めたサイト |

テレビ東京なぜここに日本人 |

池上彰の番組、パックン |
NHK国際放送 |
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若者の友情:日記
目次 |
MCLスタッフZOOM講演や一般講演、
若者たちによる歌や踊りのプレゼン等に関する
ご質問やご希望は、こちらから! |
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西村奈々子さんの
青雲中学での講演会の感想文
(1)私もとても元気づけられました 
(2)ろくに食べられない人々がいる 
(3)一緒に協力して行きたい 
(4)一緒に生きていく 
(5)発展途上国で働く医師に 
(6)手をとって互いに助け合う 
(7)自分たちで話し合って解決 
(8)終始笑顔で交流してくれて 
(9)国際協力は一方的ではなく 
(10)みんな一つの「家族」として 
(11)また明日から精一杯生きよう 
(12)全員が家族だと思って生活していて 
(13)こうした事実に目を向け 
(14)コミュニケーションをとるには 
(15)真の幸せに触れることができた  |
日本の直面してる問題に目を向けて
MCLスタッフ 西村奈々子 |
はじめてのミンダナオ:若者向け開催 
MCLオンライン講演 |
関西学院大学 西村奈々子講演 ご感想 |
清心女子高校 西村奈々子講演 ご感想 |
また会いに行きたい 木村 香穂  |
仙台白百合女子中学校での講演感想文!  |
上智大学:ZOOMによる国際交流会感  |
(1)宮木梓さんと西村奈々子さんへの質問!  |
(2)MCLの奨学生たちへの質問と交流!  |
(3)ミンダナオと日本の宗教観 グループ討論  |
(4)感想を掲載いたしました!  |
2019年夏と2020年春に滞在しました 
大学3年 岸本鮎乃 |
MCLのスタッフに応募したキッカケ 
MCLスタッフ 西村奈々子 |
Zoom:日本とミンダナオ「今、繋がろう!」  |
学生「Michiiii」講演の感想と写真 西村奈々子  |
「若者訪問者と語るミンダナオ」 西村奈々子講演 |
「ひとりじゃない!みんな家族!」 西村奈々子 |
「若者が語るミンダナオ」 
西村奈々子のZOOM講演記録と若者たちの感想文! |
国際関係論リアクションペーパー抜粋 
愛知学院大学文学部英語英米文化学科 |
モンテッソーリ:全国大会講演の感想  |
機関誌2021年6月号から  |
日本の子どもミンダナオの子ども |
イクメンに未来を託せそう! |
若い世代が書いてくれた原稿が感動的で! |
まゆみさんが、書かれたものです! |
いらなくなった文房具とか絵本とかあったら
立命館宇治中学校3年 中西凜々子 |
共有できた喜び! 中西 凛々子  |
無事にラマダンを迎えられた!  |
ミンダナオ子ども図書館へ行って感じた事 
駿河台大学 太刀川悠介 |
17歳初めての海外旅行で来た琴美さん  |
下新倉小学校の6年生の子たちの感想文!  |
卒業した子たちから誕生日のメッセージ  |
全保育所を調査して修復を開始!  |
無題3 松居陽  |
山菜売りの少女  |
夏の訪問者の記録・・
クリックするとサイトから映像に飛べます! |
若者たちと
絵本画家の体験記
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最後に海の
下宿小屋に泊まった
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避難民に読み語りと
炊き出し支援を行った
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イスラム緊急避難支援に
訪問者と行った
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2022A
2022年のミンダナオ子ども図書館:日記
大別目次 |
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お兄ちゃん お姉ちゃん 結婚おめでとう!(1)
子どもたちがパーティーを準備した! |
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お兄ちゃん お姉ちゃん結婚おめでとう!(2)
マノボ族の山と懐かしの海を巡って! |
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山の貧困地域のスカラー調査! |
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ミンダナオ水田プロジェクト! |
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ダバオ市の貧困地域のスカラー調査! |
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国際都市ダバオについて感じた事! |
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2022年卒業した子と新学年の子! |
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マキララのスカラーと水田調査 |
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地震避難地域のスカラー調査 |
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海の下宿小屋サンタマリアの里帰り |
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関西学院大学 西村奈々子講演感想 |
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台風Odette支援開始! |
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台風の被災者緊急支援のお願い! |
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明けましておめでとうございます! |
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台風災害緊急支援に関して! |
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母の日父の日おめでとう! |
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2022年の活動記録:
詳細目次 |
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山の貧困地域マグペットのスカラー調査映像! 
1)スカラーの調査に向かった 
2)子どもが楽しそうに遊んでいる 
3)橋もない川の岩に足を乗せながら 
4)掘っ立小屋のような家だ 
5)まずは長女をインタビューした 
6)支援者になっていただけませんか?
7)必ず地域の市役所を訪問して 
8)スカラーの家が見えてきた 
9)訪問なさって経験してみませんか!
10)竹で出来た簡素な家に 
11)スカラーの家が見えてきた 
12)スカラーの子に会えた! 
13)二人とも会えて大喜び! 
14)スカラシップ決定調査:映像  |
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ダバオ市の貧困地域のスカラー調査!
1)ダバオは、港湾都市で 
2)貧困地域のササ 
3)原住民やクリスチャンたちも 
4)読み語りをすると 
5)現地調査を開始した 
6)貧困地域に入って行った 
7)生活の匂いが感じられて 
8)スカラーだった子の家を覗くと 
9)妹と一緒にMCLに住んで 
10)スカラーを停止した子を訪ねた 
11)他のスカラーも訪ねた 
12)最後の子のチェック 
13)ダバオ福祉局の要請で 
14)送られてきた服や靴を届けた 
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国際都市ダバオについて感じた事! 
1)ダバオは港湾都市 
2)一番目にするのは中国人 
3)近年目につく外国人は 
4)戦前までは日本人も 
5)イスラム地域にも要塞があり 
6)日本語で語りかけてきた日系人 
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2022年卒業した子と新学年に進んだ子たち! |
マキララのスカラーと水田調査 
1)スカラー調査と水田
2)皿洗いをしていた二人の少女 
3)山の家に向かった
4)地震時に会った家族の映像
5)家が修復されて 
6)スカラ―の少女に出会った! 
7)水田の状況調査 
8)MCLの未来と継続を考えると 
9)小作人の家族を訪ねた
10)精米もご飯作りも子どもたち! 
11)薪集めも炊き出しも! 
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地震避難地域マキララのスカラー調査 
1)マキララのスカラー調査
2)小学校とジュニアハイスクール 
3)村から山道を超えて
4)子どもたちは助けあい!
5)聞き取り調査を始めた 
6)スカラー調査が終わり 
7)お昼ご飯をご馳走になった 
8)手術を約束した 
9)町に近い子の家を訪ねた
10)お母さんが殺されてしまった! 
11)地震関係の活動映像!  |
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海の下宿小屋サンタマリアの里帰りとスカラー調査
1)MCLに里帰り! 
2)海の下宿小屋サンタマリアに! 
3)市役所や村役場を訪ねて
4)車はだめで舟で向かった! 
5)スカラーの調査を始めた! 
6)次の集落に向かって!
7)日本人の血が多い村 
8)すぐに調査!  |
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関西学院大学 西村奈々子講演感想  |
台風Odette支援開始! |
台風22号の被災者緊急支援のお願い!  |
明けましておめでとうございます! |
台風災害緊急支援に関して!  |
母の日、父の日おめでとう!
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2021年の活動記録:目次 |
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1)モンテッソーリ全国大会 松居友講演の感想 |
2)子育つ世界 ミンダナオ |
3)イスラム地域で地域戦闘が起こった! |
4)ラジオで対談を行いました |
5)エンジェル藍花が18歳になった |
6)MCLで卒業記念:2021年 |
7)無事にラマダンを迎えられた |
8)梓さんに赤ちゃんが生まれた! |
9)MCLの年越しと年明け:2021年 |
日本での5年と2021年から今後のMCL目次
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日本に向かう前に考えていたこと |
ミンダナオ子ども図書館を始めた理由 |
全保育所を調査して修復を開始! |
日本での5年と今後のMCL |
日本の子どもミンダナオの子ども |
イクメンに未来を託せそう! |
NGOにとって寄付とは何か!
季刊誌『ミンダナオの風』に寄せる思い! |
無題 3 松居陽 |
山菜売りの少女童話 松居友作 |
山菜売りの少女(映像) 松居陽 制作 |
2020年の活動記録:目次
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ウイルス閉鎖期間に洪水が襲った! |
イスラム避難民に読み語りと物資支援 |
ウイルス閉鎖期間に戦闘が起こった! |
全保育所を調査して修復を開始! |
奨学生の少女を緊急手術 |
保育所建設地と地震被災地を巡った |
地震の悲しみで父さんが! |
MCLの日常生活から2020年 |
2019年の活動記録:目次 |
ji19
ミンダナオ地震支援の記録
クリックするとサイトから映像に飛べます! |
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地震被害調査の記録  |
山の先住民の状況から  |
滝の村から避難して  |
スカラシップ決定調査 |
読み語り支援の記録  |
山崩れで亡くなった  |
マノボ族の酋長の依頼で  |
立正佼成会とMCL現状  |
2014年から2018年の「戦争と平和構築」目次は製作中
戦争と平和構築2013年の記録から(4)

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また必ず帰ってくるからね! |
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1 |
イスラム地域で戦闘が勃発 |
20 |
その場で里子に! |
2 |
さらに国際的なNGOが |
21 |
マノボの村で読み語り |
3 |
ビニールシートの支援をした |
22 |
夕ご飯を食べて宿泊 |
4 |
ビニールシートをカット |
23 |
ダバオの貧困地域にも行った |
5 |
日本の若者も手伝ってくれた |
24 |
その場で僕が里親に
|
6 |
難民キャンプも調査 |
25 |
訪問者参加して保育所開所式 |
7 |
医療支援もした |
26 |
訪問者からのお便り |
8 |
子どもたちと支援開始 |
27 |
保育所建設調査はつづく |
9 |
避難民キャンプで読み語り |
28 |
この集落のビラーン族は |
10 |
どうして大人は戦争するの? |
29 |
日本からの訪問者も一緒に |
11 |
雨よけのシートを配った |
30 |
阿部ひろえさんが歌った |
12 |
小学校に避難している人たちに |
31 |
まずは友だちになること |
13 |
訪問者の方と活動を共に |
32 |
訪問希望者が増えています |
14 |
スタディツアーも試みたけれど
|
33 |
2020年までの経過 |
15 |
訪問希望にもあるように |
34 |
荒れた保育所再建調査 |
16 |
子どもたちと生活を共に |
35 |
台湾赤十字社が訪れた |
17 |
自由に歩きたい方の場合は |
36 |
共同通信社の記事 |
18 |
奨学生の調査へ山へ |
37 |
ダバオ市の貧困地域に |
|
38 |
マノボ集落の保育所が完成 |
54 |
イスラムデーを実行した |
39 |
開所式の読み語りに |
55 |
クリスマスツリーを作った |
40 |
北野財団の保育所が完成 |
56 |
クリスマスパーティーが始まった |
41 |
男子下宿小屋が完成 |
57 |
支援しているスカラーに会いに |
42 |
カサバイモの劇をした |
58 |
年末の大掃除とペンキ塗り |
43 |
建築祝いを最後に |
59 |
壁が塗り替えられた |
44 |
マノボの祈りの家の建て前式 |
60 |
二階の部屋も塗り替えられた |
45 |
原住民の歌と踊り |
61 |
最後の仕上げ |
46 |
支援者の手紙を渡した |
62 |
ニスを塗って出来上がり |
47 |
原住民の祈りの家が完成 |
63 |
皆でプールに |
48 |
クリスチャンデーの文化祭 |
64 |
お昼ご飯を食べた |
49 |
イエスの受難の物語 |
65 |
また必ず帰ってくるからね |
50 |
突風と大雨が襲った! |
66 |
北野財団保育所の寄贈式 |
51 |
MCLの日常 |
67 |
正月にみんなで海に行った |
52 |
小学校の卒業式 |
68 |
漁師さんの村に |
53 |
妖精たちの噂話 |
69 |
海の下宿小屋に泊まった |
|
戦争と平和構築2013年の記録から(3)
 |
和平交渉が軌道にのっているかのように見えたところに、
急に戦闘が起こり始めた |
 |
 |
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1 |
620名の奨学生のチェック |
15 |
訪問の若者とPHP記者が同行 |
2 |
幸せになってくれること |
16 |
ぼくは引きこもりだった |
3 |
大学なんて想像を絶する! |
17 |
多少水かさが増していた |
4 |
自分の夢や目標が |
18 |
反対側は水をかぶっていない |
5 |
小学校の低学年ころから |
19 |
J-Birdで建設中の学校 |
6 |
大変なのは医療費 |
20 |
ボランティアゴムの木を運ぶ |
7 |
お礼の手紙を描く子たち |
21 |
訪問者の若者と学用品を渡す |
8 |
今回は学用品を届けた |
22 |
若者が書いたミンダナオ体験記 |
9 |
保育所建設調査を開始 |
23 |
同じ目線で遊んでいると |
10 |
保育所の調査は続く |
24 |
イスラム山岳地域がひどい状況 |
11 |
7キロの道を歩いて |
25 |
子どもたちの家を訪ねた |
12 |
野村様の保育所開所式 |
26 |
村は非常に貧しく |
13 |
全保育所を点検修理開始 |
27 |
PHP記者マノボの村に行かれた |
14 |
国際監視団の中川さんと |
|
|
|
28 |
キアタウから見える丘 |
39 |
ふたつの保育所開所式 |
29 |
子どもたちがヤシの実を |
40 |
キボリン保育所の開所式 |
30 |
幼稚園の先生が年末に訪問 |
41 |
フィリピンを襲った台風 |
31 |
原住民の村でクリスマス |
42 |
台風被災地緊急支援へ |
32 |
子どもたちと神秘の洞窟へ |
43 |
絵本の読み語りも行った |
33 |
保育所調査に向かった |
44 |
籾米の干し場を作った. |
34 |
プランギ河の上流を渡航 |
45 |
ブアランに避難民が出た |
35 |
ラウィタン集落に到着 |
46 |
ビニールシートを配る |
36 |
極貧村の小学校と保育所 |
47 |
米と古着を届けた |
37 |
極貧の村の保育所 |
48 |
クリスチャン民兵集落にも |
38 |
親がいない子を里子候補に |
|
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戦争と平和構築2013年の記録から(2)
 |
クリスチャンとムスリムが対立してきた村だが、
今は友情が・・・ |
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1 |
父親のいない子の調査 |
15 |
保育所は元気だった |
2 |
奨学生の調査は続く |
16 |
古着や靴をわたした |
3 |
キアタウ村で5泊した若者 |
17 |
高校生で初めての海外 |
4 |
若者が書いた体験記(1) |
18 |
保育所建設も進めた |
5 |
若者が書いた体験記(2) |
19 |
琴美さんからの手紙 |
6 |
若者が書いた体験記(3) |
20 |
MCLの中も楽しかった |
7 |
誕生祝いハラナについて |
21 |
幼稚園の園長先生が訪問 |
8 |
若者が書いた体験記(4) |
22 |
ゴムの木を荷台にのせた |
9 |
若者が書いた体験記(5) |
23 |
子供たちと一緒に食事 |
10 |
村には奨学生が沢山いる |
24 |
キアタウ村に宿泊 |
11 |
ケロハス村に古着を届けた |
25 |
園長先生からの体験メール |
12 |
最後にお別れの読み語り |
26 |
子どもたちと植林をした |
13 |
保育所調査を継続 |
27 |
原住民の子たちと過ごした |
14 |
約70の保育所を建てたが  |
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28 |
幼稚園長竹田先生の滞在記 |
39 |
支援者に会えて大喜び |
29 |
4泊5日の滞在記録 |
40 |
両親がいない子を先生が |
30 |
2日の目朝から昼 |
41 |
前田さん夫妻が再訪 |
31 |
2日の目昼から夜 |
42 |
寄贈の保育所開所式 |
32 |
ボ~と景色を見てると |
43 |
極貧の村にも古着を配った |
33 |
夢、遊び、そして最後に |
44 |
読み語りもした |
34 |
遊び  |
45 |
山の子たちと遊びをした |
35 |
最後に |
46 |
生きる力ってなんだろう |
36 |
マノボの村に古着を配った |
47 |
その夜は、子供たちと |
37 |
キアタウにも泊まった |
48 |
ゴムの木の植林地を見た |
38 |
MCLの訪問者たち |
|
|
|
戦争と平和構築2013年の記録から(1)
 |
鉱山開発の誤解発生
原住民の魔除けの祈祷をした |
 |
 |
 |
 |
1 |
日本大使が来られて開所式 |
14 |
新しい奨学生に学用品届け |
2 |
学校を作ったのは子どもたち |
15 |
共同で使える場に保育所を |
3 |
平和構築への経緯 |
16 |
イスラムとクリスチャンを結ぶ |
4 |
保育所の先生とご主人 |
17 |
野焼きをしながら |
5 |
クリスチャン集落で読み語り |
18 |
イスラムクリスチャン平和合意 |
6 |
平和の読み語りが始まった |
19 |
会議の前に読み語り |
7 |
丘の下でも読み語り |
20 |
和平会議が合意 |
8 |
大勢の子供達が集まった |
21 |
イスラム教徒の奨学生たち |
9 |
子供達が学校に通い始めた |
22 |
平和の祈りを開催 |
10 |
驚くべき早さで学校建設 |
23 |
踊りから始まる平和の祈り |
11 |
白頭鷲が飛んでいる! |
24 |
最後に原住民マノボの踊り |
12 |
保育所の移転の話し合い |
25 |
洪水が起こり避難民発生 |
13 |
資源争奪戦はまだまだ続く |
|
|
|
26 |
保育所移転でたずねる |
37 |
同様な鉱山開発が |
27 |
洪水の中奨学生調査 |
38 |
誤解を解く原住民の祈祷を |
28 |
再び戦闘が起こり始めた |
39 |
母親も殺害されました!(1) |
29 |
医療支援も行った |
40 |
母親も殺害されました!(2) |
30 |
翌日ビニールシートを届け |
41 |
戦闘の絶えない村へ読み語り |
31 |
支援者のいない子たちの調査 |
42 |
古着を喜ぶ村人達 |
32 |
沢山のバナナが捨てられていた |
43 |
日本人の子孫も多い |
33 |
戦闘の絶えない山岳部を訪ねた |
44 |
新奨学生に学用品を |
34 |
日本政府ODAの小学校が建設 |
45 |
古着の支援もした |
35 |
鉱山開発で来たという誤解発生 |
46 |
子供達に読み語り |
36 |
鉱山開発で分断進む先住民 |
|
Japan Timesに記事 |
|
戦争と平和構築2012年の記録から(3)
 |
マノボ族の収穫祭の踊りに
テレビ東京「なぜここに日本人」のスタッフたちも涙涙 |
 |
 |
 |
 |
1 |
「なぜここに日本人」取材 |
13 |
平和の歌をうたって祈った |
2 |
収穫祭の準備をはじめた |
14 |
紛争を戦ったキムラさん |
3 |
カサバイモを掘った |
15 |
先住民は裏切る理由で |
4 |
その日の夜に村に泊まった |
16 |
謝罪は自虐史観ではなく |
5 |
収穫祭の準備がはじまった |
17 |
湿原の村に読み語りに |
6 |
丸焼き用の豚とカエル |
18 |
テレビ東京のカメラが同行 |
7 |
いよいよ収穫祭 |
19 |
早急に救援支援を開始 |
8 |
収穫祭の踊りが始まった |
20 |
戦闘は拡大 |
9 |
テレビ東京のスタッフも涙涙 |
21 |
ミンダナオ情勢は良くない |
10 |
イスラムの湿原地域にも |
22 |
戦闘が勃発避難民が |
11 |
要塞跡で平和の祈りを開催 |
23 |
今回の戦闘は規模が拡大 |
12 |
イスラムと先住民の踊りを |
24 |
平和を祈って! |
|
25 |
キャンプに避難した人々 |
37 |
保育所はスタンダードに |
26 |
避難民のためのトイレ作り |
38 |
パンボートが出来あがった |
27 |
支援の届きにくいところに |
39 |
学用品の支給がはじまった |
28 |
緊急支援に心から感謝 |
40 |
湿地帯にも学用品を |
29 |
戦闘の合間に保育所開所 |
41 |
保育所のチェックと撮影 |
30 |
国軍も入れない地域 |
42 |
文化祭ムスリムデー |
31 |
開所式に読み語りをした |
43 |
イスラムの葬儀 |
32 |
戦闘だけでなく貧しい |
44 |
イスラムの歌と踊り |
33 |
ブアラン小学校の卒業式 |
45 |
MILF交渉に合意 |
34 |
拓くん訪問記 Go! |
46 |
平和構築は予断を許さない |
35 |
反政府リグアサン湿原へ |
47 |
和平の合意に関しての分析 |
36 |
イスラム地域に保育所が |
48 |
平和貢献賞をMCLが受賞 |
|
戦争と平和構築2012年の記録から(2)
 |
マノボ族協会から貢献賞が贈られ
酋長になった! |
 |
 |
 |
 |
1 |
酋長になった |
8 |
植林のための穴を掘った |
2 |
トトロの樹の下で読み語り |
9 |
ゴムの植林が始まった |
3 |
マノボ族ビラーン族調査 |
10 |
夕刻に苗が現地についた |
4 |
ダバオからミヨカンへ |
11 |
いよいよ植林が始まる |
5 |
廃棄されたバナナ |
12 |
子どもたちは感動的だ! |
6 |
戦闘が起こり避難民化 |
13 |
父親に教えてもらい |
7 |
翌日古着の支援をした |
14 |
ゴムを植林した |
童話『山菜売りの少女』 ドキュメンタリー映像:松居陽 文:松居友 |
松居陽作成の映像へGO! |
酋長になった |
|
15 |
夏休みの読み語り |
16 |
カパタガンでの読み語り |
17 |
グマイでの読み語り |
18 |
保育所も元気だった |
19 |
バッグと靴を届けた |
20 |
北原さんと娘さん送別会 |
21 |
愛子さん二度目の訪問 |
22 |
二つの保育所の開所式 |
23 |
山の小学校の卒業式 |
24 |
奨学生が成績最優秀に! |
25 |
クリスチャンの文化祭 |
26 |
新しく住む子たち歓迎会 |
27 |
みんなで海に行った |
28 |
学生総会が終わった |
29 |
マノンゴル小学校の表彰式 |
30 |
大晦日の夜観覧車に! |
31 |
スタジオが完成した |
32 |
無題3 松居陽 |
|
戦争と平和構築2012年の記録から(1)
 |
MCLの天使たちを紹介します! |
 |
 |
 |
 |
1 |
洪水支援のその後 |
11 |
洪水支援の調査完了 |
2 |
父親が亡くなった子を採用 |
12 |
ピキット福祉局と連携して |
3 |
小学生の奨学生たち |
13 |
アメラちゃんも奨学生に |
4 |
奨学生が病気で病院へ |
14 |
ビニールシートを配った |
5 |
洪水被害の集落を訪ねた |
15 |
ここが通っている小学校 |
6 |
開けた湿原に飛び出した |
16 |
いよいよシートを配布 |
7 |
今年は5回洪水にあった |
17 |
洪水支援Ⅱ(漁網と舟) |
8 |
ここに緊急支援を |
18 |
洪水支援Ⅲ(植林ゴムの木) |
9 |
月刊『カトリック生活』より |
19 |
草刈りが始まった |
10 |
被害状況を詳細に調査 |
20 |
JICA落合さんの紹介で |
|
21 |
イスラムの子に学用品を |
31 |
新たな地域から奨学生を |
22 |
孤児崩壊家庭の子たち |
32 |
保育所調査と建設 |
23 |
アルバちゃんに食料を |
33 |
村の子たちの生活を調査 |
24 |
自立には遊びが一番 |
34 |
ダンプカーがスタック |
25 |
MCLの天使を紹介します |
35 |
いよいよ念願の開所式 |
26 |
夜が明けてMCLへ |
36 |
開所式の読み聞かせ |
27 |
天使たちの現実調査 |
37 |
北野財団保育所の開所式 |
28 |
施設として行政許可も |
38 |
マーガレット幼稚園保育所 |
29 |
どうやって不幸な子を? |
39 |
下の写真が高校の校舎! |
30 |
夏休み子供たちの調査 |
40 |
野菜売りの少女たちも |
|
戦争と平和構築2011年の記録から(6)
 |
くり返し激しい洪水が
イスラム地域を襲った! |
 |
 |
 |
 |
1 |
洪水が発生し避難した人々 |
12 |
小さな運河を抜けて湿原へ |
2 |
ビニールシートの支援 |
13 |
さらに奥のカルボガンにも |
3 |
シートをプロペラ船に |
14 |
共同通信の記者の記事 |
4 |
国軍のプロペラ船で出発 |
15 |
カルボガンにシートの配布 |
5 |
水没した家にシートを配る |
16 |
最奥集落に最終シートを |
6 |
湿原はまるで大海原の様相 |
17 |
破壊されかかった家々 |
7 |
反政府地域にシートと衣料 |
18 |
中州のトウモロコシも全滅 |
8 |
少し陸地が見えていた |
19 |
保護者の総会を開いた |
9 |
イスラム自治区に支援 |
20 |
小倉ライオンズクラブ保育所 |
10 |
保育所も水の中だった |
21 |
保育所の補修を開始 |
11 |
事前にチケットを配る |
|
|
|
22 |
ワカワカ保育所の開所式 |
32 |
少女の足は素足だ |
23 |
譲渡サイン式が最後に |
33 |
浮き草倒壊した湿原の家 |
24 |
洪水で70万人被災 |
34 |
農業灌漑水路が役に立つ? |
25 |
学校が避難所で水の中 |
35 |
濁流は泥と砂を含んでいる |
26 |
救済の準備する子供たち |
36 |
ダムがあふれだし洪水に |
27 |
ビニールシートを配布した |
37 |
まずは古着の支援をした |
28 |
古着の支援も行った |
38 |
古着を用意する奨学生たち |
29 |
難しい開発支援ダム建設 |
39 |
状況は良くない |
30 |
農業灌漑水路の光と影 |
40 |
700を越える家族が避難 |
31 |
ウナギを売りに市場に |
|
|
|
戦争と平和構築2011年の記録から(5)
 |
JICAとMCLの協働によって
四〇年間対立していた
クリスチャンとムスリムが平和を構築 |
 |
 |
 |
 |
1 |
クリスチャン集落から奨学生 |
9 |
イスラムとクリスチャンが協力 |
2 |
小学校が建てられている |
10 |
山元神父さんによるミサ |
3 |
イスラムの村の学校に |
11 |
アルバちゃんも元気だった |
4 |
平和構築に向けての歩みが |
12 |
ブアランの小学校が完成! |
5 |
奨学生に学用品を届けた |
13 |
ブアラン小学校最終チェック |
6 |
IMTの通信にMCLが紹介 |
14 |
夢ポッケをトラックに積んだ |
7 |
保育所移設が話された |
15 |
開校式を兼ねて平和の祈り |
8 |
安心しきってはいられない |
16 |
和平構築のための保育所建設 |
|
|
17 |
UNHCRから今井飛鳥さんが |
|
18 |
ミンダナオの情勢 |
27 |
医療支援も行う |
19 |
奨学生の学用品を届ける |
28 |
小学校に学用品を届ける |
20 |
カルボガン保育所の開所式 |
29 |
小学校はひどい状態だ |
21 |
舟に乗ることに変更 |
30 |
集落に学用品と衣料を届ける |
22 |
建てたばかりの保育所も水の中 |
31 |
IMTの福永さんが訪問された |
23 |
シートと衣料を届ける |
32 |
マカブアルの小学校も水の中だ |
24 |
日本からの古着も渡す  |
33 |
病気の子のチェックと手術 |
25 |
集落にシートを届ける |
34 |
治療の方法の無い子は奨学生に |
26 |
スカラシップ候補のインタビュー |
35 |
劣化ウラン弾に関して |
|
戦争と平和構築2011年の記録から(4)
 |
この地域の生活は、ほんとうは厳しい |
 |
 |
 |
 |
1 |
都市の貧民街から奨学生を |
9 |
ナポナガン集落に到着 |
2 |
読み語りが始まった |
10 |
川に行く手を阻まれる |
3 |
読み語りが終わりパンを配る |
11 |
カヨパトンに到着 |
4 |
生まれて初めての都市 |
12 |
集落目指して歩き始める |
5 |
奨学生を迎えに |
13 |
斜面の中の小さな白い点 |
6 |
ラブリンとロムニク |
14 |
ようやくパコパコに着いた |
7 |
先住民地域での活動を再開 |
15 |
キアタウに向かう |
8 |
結婚していないから |
16 |
川沿いの村も襲った |
|
17 |
キアタウでの読み語り |
25 |
奨学生は垢抜けて見える? |
18 |
キアタウ脱出劇 |
26 |
新しい高校の奨学生 |
19 |
ラナコランの下宿小屋へ |
27 |
マノボ族の保育所開所式 |
20 |
下宿小屋で夕食 |
28 |
村の子どもたちを集めて |
21 |
貧しい集落に読み語り |
29 |
みんなで海に行った |
22 |
貧困家庭の調査を開始 |
30 |
少し孤独に感じる子も |
23 |
子どもたちを送り届ける |
31 |
友だちがいるから大丈夫 |
24 |
生活は本当に厳しい |
32 |
みんなで洗濯 |
|
戦争と平和構築2011年の記録から(3)
 |
イスラム自治区の平和構築と
ダバオの町の貧困と、
山に追われた先住民の状況 |
 |
 |
 |
 |
1 |
国際監視団が訪れた |
9 |
イスラムとキリスト平和合意 |
2 |
リグアサン湿原へ |
10 |
平和の合意が達成された! |
3 |
湿原には家々が散在 |
11 |
村人総出で道を作った |
4 |
戦闘は土地問題 |
12 |
野焼きをして道を開く |
5 |
漁民は資源開発を恐れて |
13 |
集落への最後の登り |
6 |
保育所を建設中 |
14 |
12年後に卒業できた! |
7 |
再びR7へ活動を開始 |
15 |
読み語り後に古着の支援 |
8 |
ブアランで始めて読み語り |
|
|
|
16 |
平和への歩みは続く |
24 |
モスクの開所式 |
17 |
ブアラン小学校の卒業式 |
25 |
平和の祈りが始まった |
18 |
リグアサン湿原の学校支援 |
26 |
マロゴンの農場から |
19 |
小学校から奨学生をとる |
27 |
2011年学生役員が選出 |
20 |
小学校はひどい状態だ! |
28 |
キダパワン男子寮が完成 |
21 |
ODAによる小学校建設決定 |
29 |
マノゴル小学校の卒業式 |
22 |
日本大使館で署名式典 |
30 |
マノゴル中高校の卒業式 |
23 |
モスクの建設が進んでいる |
31 |
誕生日と卒業パーティー |
|
戦争と平和構築2011年の記録から(2)
 |
活動の根幹は愛と友情! |
 |
 |
 |
 |
1 |
父を殺された悲劇から |
12 |
頭島さんからのお便り |
2 |
訪問者たちと家を訪ねる |
13 |
頭が下がる思いが |
3 |
先住民の村へスカラシップ |
14 |
生活は非常に貧しい |
4 |
奨学生を採用決定 |
15 |
開所式は終了した |
5 |
原住民の村へ保育所調査 |
16 |
活動の原点が見えた |
6 |
保育所を建てることに |
17 |
涙をおさえられなかった |
7 |
別のマノボの村を訪れた |
18 |
マノボ集落を訪問 |
8 |
ポッカリ抜けたような集落 |
19 |
決まったら泣き出した |
9 |
子どもたちは働き者 |
20 |
大きな木が浮かんだ |
10 |
親戚の子に会った |
21 |
日本の若者たちが同行 |
11 |
ロロヨシのお別れ会 |
|
|
|
22 |
活動の根幹は愛と友情 |
33 |
私たちにできることは? |
23 |
マノボ族の村に泊まった |
34 |
知美さんからの便り |
24 |
馬に乗り出発 |
35 |
朝ごはんの手伝いを |
25 |
最後は徒歩で登る |
36 |
MCLの日常から |
26 |
カンポゴンの村に着いた |
37 |
早朝に起きて籾米干し |
27 |
滝に遊びに行った |
38 |
朝の4時に起きて |
28 |
村の子も一緒に昼食 |
39 |
誕生日祝いにハラナ |
29 |
文香さんからの便り |
40 |
多湖さんの保育所完成 |
30 |
書ききれないくらい |
41 |
開所式のご飯を食べる |
31 |
枕元で子どもたちが |
42 |
三つの文化祭 |
32 |
初めてわかる問題も |
|
|
|
戦争と平和構築2011年の記録から(1)
 |
国境を越えた交流から
真の和平構築を学ぶ訪問者たち |
 |
 |
 |
 |
1 |
小規模戦闘が勃発 |
9 |
避難民支援を学校で |
2 |
病気の子どもたちをチェック |
10 |
読み語りの合間に歌った |
3 |
奥の集落でも避難民 |
11 |
長く続いた対立に軍が介入 |
4 |
蚤だから出来ることも? |
12 |
大成功だった古着の支援 |
5 |
子どもをすぐに病院に |
13 |
家と学校が焼かれていた |
6 |
医師の元へ運び検査 |
14 |
軍による炊き出し |
7 |
読み語りと炊き出し古着 |
15 |
湿原の村での読み語り |
8 |
親を殺され腹部を撃たれた |
16 |
カルボガン村に着く |
|
17 |
焼けた小学校の修理開始 |
25 |
スタンレー寄贈の保育所 |
18 |
高校に進学する子の調査 |
26 |
奨学生総会は歓送会に |
19 |
読書力の調査 |
27 |
愉快な踊りを一緒に踊った |
20 |
奨学生へのケア開始 |
28 |
感動的だったお別れ会 |
21 |
お弁当のための米を支給 |
29 |
ムスリムデーのテーマは洗礼 |
22 |
平和のための保育所 |
30 |
イスラームの出産と洗礼 |
23 |
アルメック寄贈保育所 |
31 |
支援者が帰るので泣いた |
24 |
開所式が始まった |
32 |
モスクの建設が進んでいる |
|
戦争と平和構築2010年の記録から(3)
 |
国境を越えたアジアと日本の
友情と愛の交流の中に |
 |
 |
 |
 |
1 |
京都暁星寄贈の保育所完成 |
12 |
美しいキアタウの丘と村 |
2 |
この地から新たな奨学生を! |
13 |
外国人が来ることの無い |
3 |
京都暁星の招待で日本へ |
14 |
各々、自分の宿泊先へ |
4 |
日本の文化を学ぶ時間も! |
15 |
若手のリサさんの感想 |
5 |
日本に招かれた奨学生の報告 |
16 |
森林復活できないだろうか |
6 |
学校別のアトラクション |
17 |
洪水を救済支援の映像 |
7 |
がんばった子たちを表彰! |
18 |
神秘的な石灰岩洞窟 |
8 |
最後に古着を配った! |
19 |
父親のいない子の里親に! |
9 |
日本の若い世代からの便り |
20 |
MCLジャパンの出発 |
10 |
MCLとの出会い:大澤すぐる |
21 |
ミンダナオ支援婦人会 |
11 |
マノボ族の家体験宿泊 |
|
|
|
22 |
明治学院の学生たちが訪問 |
32 |
ワールドフレンズから支援 |
23 |
日常生活に触れた若者たち |
33 |
餡が詰まったお饅頭に |
24 |
先住民の家に宿泊 |
34 |
追悼そして復活 |
25 |
ラナコランの下宿小屋が完成 |
35 |
子供たちに元気をもらって |
26 |
開所式に村人たちが集まった |
36 |
死を知って激しく泣いた |
27 |
和平も考慮して保育所調査 |
37 |
懐かしい多湖さん |
28 |
谷を越え尾根をたどり |
38 |
懐かしい小野智子さん |
29 |
ライオンズクラブが訪問 |
39 |
支援者と共にアポ山へ |
30 |
ヤギを寄贈 |
40 |
今回彼らがたどったのは |
31 |
亡き先生寄付の保育園で |
41 |
なんと野生のブルーベリー! |
|
戦争と平和構築2010年の記録から(2)
 |
日本政府から勇敢にも
国際監視団の菊地さんが訪れた |
 |
 |
 |
 |
1 |
新たな戦闘で避難民発生 |
11 |
国際監視団の菊池さんが |
2 |
イスラム自治区の避難民 |
12 |
クリスチャン村読み語り |
3 |
戦闘のキッカケは |
13 |
平和の読み語りが |
4 |
ピキットの避難民 |
14 |
憎しみと対立を超えて |
5 |
さらに多くの避難民が |
15 |
イスラム自治区に保育所完成 |
6 |
ブアランで読み語り |
16 |
野菜売りの姉妹 |
7 |
昼にはシートを準備 |
17 |
次々と医療患者が |
8 |
緊急支援を開始 |
18 |
劣化ウランとちゃうかなあ? |
9 |
近郊で戦闘があり! |
19 |
網膜の手術が完了 |
10 |
雨は半端ではない |
|
|
|
20 |
新たなスカラシップ |
31 |
最後に古着の支援 |
21 |
住み込みのこどもたち |
32 |
平和のミサを集落で |
22 |
学生役員が選出された |
33 |
最後は皆でカゴメカゴメ |
23 |
新しい奨学生たち |
34 |
保育所建設も進んでいる |
24 |
街の貧困地域の読み語り |
35 |
保育所で奇跡が起こった |
25 |
MCLでの読み語り |
36 |
開所式は読み語りから |
26 |
どしゃぶりの雨の日 |
37 |
子供たちだったら変えられる |
27 |
今年は100人を超えた |
38 |
起こったことの感動は奇跡 |
28 |
今年最後の読み語り |
39 |
オブレード会の乾神父も |
29 |
子ども達が集まった |
40 |
ARMMの読み語り |
30 |
母親たちもがんばって |
41 |
原始のミンダナオのよう! |
|
戦争と平和構築2010年の記録から(1)
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立正佼成会の親子ボランティア隊訪問記 |
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1 |
ゆめポッケが届いた! |
10 |
ゆめポッケをみんなに渡す |
2 |
親子ボランティア隊訪問記 |
11 |
原住民の人たちと昼食交流 |
3 |
現地訪問は今回が二度目 |
12 |
ゆめポッケにおおよろこび! |
4 |
初日は浜での出会いと交流 |
13 |
プランテーションに追われ |
5 |
浜辺での歓迎会 |
14 |
皆で読み語りを展開 |
6 |
マノボの聖地で平和の祈り |
15 |
医療プロジェクトの患者に |
7 |
マノボ、イスラム、クリスチャン |
16 |
そして別れの時が・・・ |
8 |
立正佼成会の仏教の祈り |
17 |
ドールに追われる原住民 |
9 |
原住民の踊りを皆で踊った |
18 |
山に追われたバゴボ族 |
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19 |
ケロハスに保育所ができた |
28 |
マノボ族のキアタウ読み語り |
20 |
小さな集落から出発 |
29 |
プロック8集落の差別 |
21 |
行く手を深い谷がさえぎる |
30 |
日雇いの草刈りもカット |
22 |
この谷の向こう側に |
31 |
マノボデーの準備 |
23 |
やっと保育所が見えた |
32 |
みんなで作るマノボ料理 |
24 |
開所式はマノボの踊りから |
33 |
会場の飾りつけ |
25 |
セレモニーの後の読み語り |
34 |
本番:マノボ族の結婚式 |
26 |
急坂を下って帰路につく |
35 |
マノボの踊り |
27 |
学用品の支給を開始 |
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戦争と平和構築2009年の記録から(5)
 |
日本人(外国人)を受け入れるための準備? |
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1 |
ゲストハウスが完成! |
9 |
料理も最初はキッチンで |
2 |
日本人を受け入れる準備 |
10 |
山の方が効率的? |
3 |
郷に入れば郷に従う |
11 |
ご飯の食べ方 |
4 |
郷に入れば・・・山元神父 |
12 |
奨学生が作った合言葉 |
5 |
洗濯と水浴び |
13 |
スプーンで食べなさい! |
6 |
なぜ洗濯機を使わないの? |
14 |
雑貨屋から始めよう |
7 |
炊事とご飯の食べ方は? |
15 |
ミンダナオの徒然の問題 |
8 |
農業はまず自給から |
16 |
少女を売り飛ばすケース |
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17 |
カナダからの手紙 |
26 |
クリスマスの夜の花火 |
18 |
お便りが届いた! |
27 |
ストリートチルドレンの子 |
19 |
会うことが出来た! |
28 |
温泉の流れる滝へ行った |
20 |
会えるのを楽しみにして! |
29 |
私たちのファーザー |
21 |
山元神父さんが来られた! |
30 |
山田順子さんを悼んで |
22 |
乗り合い舟に乗って |
31 |
キアタウに保育所が完成 |
23 |
読み語りが始まった |
32 |
ゆめポッケを届けた |
24 |
読み語りが終わり |
33 |
ブグアック村にも保育所 |
25 |
新年のミサを村のチャペルで |
34 |
初等小学校が完成した |
|
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35 |
ミンダナオ紛争の特徴 |
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戦争と平和構築2009年の記録から(4)
 |
山に追われた原住民に保育所
イスラム自治区に学校を! |
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1 |
マキララでの戦闘と難民 |
13 |
これが小学校だなんて! |
2 |
島外移民が農地を拡張 |
14 |
絵本をもって学校へ |
3 |
先住民族は山に追われる |
15 |
早速読み語りをはじめた |
4 |
先住民の部落に保育所建設 |
16 |
遠くから砲撃の音がする |
5 |
途中からダンプに便乗 |
17 |
古着の支援も |
6 |
村人たちによる建設開始 |
18 |
初等小学校が完成した |
7 |
ライオンズクラブ寄贈の保育所 |
19 |
愛に捧ぐ沈黙:松居陽 |
8 |
奨学生による読み語り |
20 |
愛に生きるものにとって |
9 |
読み語りの後に署名式 |
21 |
不安はみじんもない |
10 |
ほるぷ舎の保育所が出来た |
22 |
神が不良品を創造する? |
11 |
翌日保育所の開所式へ |
23 |
神は裁判官ではない |
12 |
ピキットの奨学生を訪問 |
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24 |
ODAに小学校をアプライ |
36 |
丸木橋をわたる |
25 |
舟でしかたどり着かない |
37 |
難民発生後に保育所建設 |
26 |
子どもたちの数は700名 |
38 |
砲撃音が聞こえてくる |
27 |
床で勉強する |
39 |
パマリアンの保育所開所式 |
28 |
のど癌を治療した少女 |
40 |
保育所開所の調印式 |
29 |
嬉しい出会いのもう一人は |
41 |
小学校もひどかった |
30 |
子どもたちに見送られながら |
42 |
平和のための保育所建設 |
31 |
週開けて読み語りに |
43 |
市川先生の保育所完成 |
32 |
いよいよ始まった! |
44 |
ブグアックも保育所決定 |
33 |
保育所建設へ即行動 |
45 |
ブグアックの保育所完成 |
34 |
パマリアンの保育所建設 |
46 |
諏訪先生の保育所完成 |
35 |
村長も待っているよ! |
47 |
ゆめポッケを届けた |
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戦争と平和構築2009年の記録から(3)
 |
平和構築の礎としての文化祭と読み語りそして、
保育所、学校建設、医療活動と
毎年行われる平和の祈り |
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1 |
マノボデー原住民の文化祭 |
11 |
文化祭に参加することは |
2 |
学校だけが目的ではない |
12 |
徹夜で作ったマノボ料理 |
3 |
成績を重視して採用しない |
13 |
前日は徹夜で料理した |
4 |
全家庭を訪問しているので |
14 |
立正佼成会の調査 |
5 |
収穫を祈祷する |
15 |
今も戦闘が起こって死者が |
6 |
争いや憎しみを治める祈祷 |
16 |
防空壕に大量の遺骨 |
7 |
病気の祓い |
17 |
私の叔父も戦死している |
8 |
インターミッションの踊り |
18 |
佼成会の保坂氏から |
9 |
マノボ文化の講義 |
19 |
北野教育振興会が奨学生に |
10 |
生贄で大事なのは血と肉 |
|
|
|
20 |
佼成会の子どもたちと |
30 |
日本の若者の心が開かれて |
21 |
歓迎会が始まった |
31 |
次々に医療患者が |
22 |
ゆめポッケの開帳式 |
32 |
劣化ウランとちゃうかなあ |
23 |
仏教の祈りも加わった |
33 |
次々と病人が出た |
24 |
マノボ族の村へ |
34 |
歯茎異常の少女の治療 |
25 |
永遠の時が流れた |
35 |
その後も完治するまで |
26 |
必ずまた会おうね! |
36 |
予告なしに訪れる |
27 |
機関誌より佼成会の記事 |
37 |
イスラムの文化祭ムスリムデー |
28 |
子どもたちが変わったのは |
38 |
イスラムの子にもハラナ |
29 |
子どもの遊びは日常 |
39 |
イスラムの子たちが |
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戦争と平和構築2009年の記録から(2)
 |
イスラム地域の戦闘と難民の問題
土地を追われたマノボ族 |
 |
 |
 |
 |
1 |
戦闘と難民の問題 |
9 |
翌日も調査を継続 |
2 |
7割がイスラム教徒 |
10 |
こちらはバゴボ族の村 |
3 |
安全場所は難民キャンプ |
11 |
スカラシップ調査は続く |
4 |
トラウマ解消支援 |
12 |
サトウキビ刈りに出される |
5 |
スカラシップ調査を開始 |
13 |
新しいスカラー候補 |
6 |
病気の母を囲んで |
14 |
アルバちゃんを訪ねた |
7 |
NHK国際放送で |
15 |
星に導かれて |
8 |
2時間も山を登って |
|
|
|
16 |
アラビア学校が始まった |
26 |
物乞いで山から来る子ども |
17 |
医療も絶え間なく続く |
27 |
MCLでは分かち合って生活 |
18 |
先住民族の文化祭マノボデー |
28 |
土地を追われたマノボ族 |
19 |
日本人の血の入った人も多い |
29 |
バイオ燃料にも追われる |
20 |
生活難が先住民を襲っている |
30 |
外国人が入るには難しい |
21 |
土地を買うお金などない |
31 |
熱帯林が伐採されて |
22 |
斜面にすら自分の土地がない |
32 |
マノボデーの練習風景 |
23 |
日本人の末裔も多くいる |
33 |
心の底から楽しみながら |
24 |
これが貴重な食料だ |
34 |
妖精たちを呼び寄せて |
25 |
平坦で耕作に良い土地は |
35 |
その夜は首領を囲んで |
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戦争と平和構築2009年の記録から(1)
 |
イスラム自治区を中心に新たな戦闘!
避難民が発生している |
 |
 |
 |
 |
1 |
新たな戦闘で避難民が! |
12 |
生活は本当に悲惨だ |
2 |
イスラム自治区の避難民 |
13 |
インフルエンザやデング熱 |
3 |
戦争のきっかけは |
14 |
ブアランで読み語り |
4 |
子どもたちが可哀そう |
15 |
さらに多くの難民が |
5 |
ピキットの避難民 |
16 |
今は雨の多いシーズン |
6 |
ボートで救済に向かう |
17 |
緊急支援を開始 |
7 |
スカラーたちが活躍 |
18 |
同時に読み語りも |
8 |
戦闘で家が焼かれた |
19 |
さらに避難民発生 |
9 |
焼けた家々 |
20 |
日本のODAによる運河建設 |
10 |
衣服の支給は3枚としたが |
21 |
USAIDも来ているらしい |
11 |
再び多くの難民が出ている |
|
|
|
22 |
奇妙な洪水 |
32 |
2009年の理事会 |
23 |
水は引いていた |
33 |
会議の概要 |
24 |
人々に悲壮感がなく |
34 |
1、イスラム地域で戦闘 |
25 |
天然ガスと石油の開発 |
35 |
2、先住民族状況が悪化 |
26 |
困難なのは戦闘難民 |
36 |
毎日新聞の記事 |
27 |
蚤のようなNGOでも |
37 |
マノボ族の貧困状況 |
28 |
国際停戦監視団が訪れた |
38 |
先住民のスカラーの家族 |
29 |
他の国でもあると |
39 |
貧困の根本的な理由 |
30 |
兎口の治療の子どもたち |
40 |
土地を追われるマノボ族他 |
31 |
2009年の課題 |
|
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戦争と平和構築2008年の記録から(10)
 |
初めてのスタディーツアーを試みたけれど・・・ |
 |
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 |
1 |
スタディーツアー試みたけど |
12 |
古着や靴やカバンの配布 |
2 |
訪問者のほとんどは |
13 |
一方で、食事ができず |
3 |
訪問場所は限られている |
14 |
貧困が進み病気がまんえん |
4 |
炊き出しに並ぶ子どもたち |
15 |
スタディーツアーは中断 |
5 |
ビサヤ文化祭が盛況に |
16 |
訪問者は保育所建設に |
6 |
久しぶりに滝へ行った |
17 |
建設中の保育所を手伝った |
7 |
滝の滑り台 |
18 |
スタディーツアーは難しい |
8 |
子どもたちの生活はきびしい |
19 |
ツアーは辞めたとしても |
9 |
日本語を話せるおばあちゃん |
20 |
門戸を開く決心したのは |
10 |
日本軍が原住民を生き埋めに |
21 |
2020年には |
11 |
お昼ごはんを食べた |
|
|
|
22 |
どこに連れてくつもり |
31 |
読み聞かせにも参加 |
23 |
悲劇はこうして作られる |
32 |
アジア学院長嶋氏が訪問 |
24 |
ブロッドにも保育所を寄贈 |
33 |
スタディーユニオンの保育所 |
25 |
シャボン玉パーティー |
34 |
北野財団の保育所が完成 |
26 |
TBSのディレクター訪問 |
35 |
開所式の読み語りと |
27 |
想い出の滝の村 |
36 |
開所式終わり帰路をたどる |
28 |
日系人の老婆から学んだ |
37 |
子どもたちからの手紙 |
29 |
ロラに甘えるマロット |
38 |
アルバちゃんを訪ねる |
30 |
田中衣子:滞在した想い出 |
39 |
MCLから望む満月 |
|
戦争と平和構築2008年の記録から(9)
 |
日本の若者たちマノボ集落を訪問 |
 |
 |
 |
 |
1 |
日本の若者たちマノボ族訪問 |
12 |
山のMCLファーム |
2 |
この地から奨学生を選んだ |
13 |
リスター君の家を訪ねる |
3 |
高地マノボ族の村に |
14 |
夜は読み語りを |
4 |
民家に泊まった |
15 |
北野財団の保育所が完成 |
5 |
キアタウの子どもたちと |
16 |
貧困集落では建てられない |
6 |
うちの子になりな! |
17 |
卒業生が教育関係の仕事に |
7 |
馬に乗って読み語りに |
18 |
保育所建設は大切 |
8 |
村の子どもたちを集める |
19 |
島村さん主演の劇 |
9 |
読み語りが始まった |
20 |
お話の生きている世界とは |
10 |
こうした体験から何を学ぶ? |
21 |
読み語りで大切なのは |
11 |
マキララを訪ねる |
|
|
|
22 |
島村さんがおおきなカブに |
34 |
下宿小屋まで帰ってきた |
23 |
絵本は真の平和を作る |
35 |
総会は送別会になった |
24 |
アルメックの保育所開所式 |
36 |
歌と踊りが披露された |
25 |
開所式の前に読み語り |
37 |
訪問者たちも踊りだした |
26 |
そして開所式が始まった |
38 |
北野教育振興会の奨学生に |
27 |
古着の支援もした |
39 |
卒業生が増えていく |
28 |
滝に遊びに行った |
40 |
感動的だったお別れ会 |
29 |
滝で遊んだ |
41 |
京都暁星高校が保育所寄贈 |
30 |
村の子どもたちも一緒に |
42 |
ゴミ捨て場 |
31 |
保育所には馬で行く |
43 |
懐かしい再会 |
32 |
村に着いた |
44 |
涙涙のお別れ会 |
33 |
みんなで昼食 |
45 |
ボランティア95の訪問者 |
|
戦争と平和構築2008年の記録から(8)
 |
戦闘に負けずに若者たちの
平和構築が始まった! |
 |
 |
 |
 |
1 |
日本大使館主催の調印式に |
10 |
戦闘で焼けた小学校 |
2 |
当時のマカブアル小学校
|
11 |
小学校の修理が始まった |
3 |
奨学生を採用 |
12 |
村民と学校建設を相談 |
4 |
地元の人々の要望から実現! |
13 |
2013年に建った学校 |
5 |
橋渡しの影のお付き合い |
14 |
MCLの今後の課題 |
6 |
書類を代理作成して提出 |
15 |
高校に進学する子の調査 |
7 |
MIとMNLFの村長が兄弟 |
16 |
読書力の調査も |
8 |
マニラの調印式では |
17 |
雨が降るけれど美しい虹 |
9 |
奨学生の家庭調査で訪れた村 |
|
|
|
18 |
奨学生が平和の祈りを |
27 |
アルバちゃんを訪ねる |
19 |
平和の祈りの場所はMCL |
28 |
家に帰れない奨学生たち |
20 |
涙の輪が広がっていく |
29 |
保育所の修理完了 |
21 |
戦争で亡くなった現地人と |
30 |
プレスクールが完成 |
22 |
シラミとりをしたら平和に! |
31 |
イスラムの文化祭 |
23 |
ミンダナオ情勢と平和の祈り |
32 |
ヤシの葉の家を作った |
24 |
石油と天然ガスをめぐる利権 |
33 |
ムスリムデー前日 |
25 |
イスラム自治区に保育所完成 |
34 |
そしていよいよ当日 |
26 |
読み語りが始まった |
35 |
三つの文化祭 |
|
戦争と平和構築2008年の記録から(7)
 |
ダムが解放されて
激流が起こされていた |
 |
 |
 |
 |
1 |
読み語りを始めた2000年 |
11 |
MCLの奨学生もいた |
2 |
NGOの見本市? |
12 |
栄養失調で病人が増えて |
3 |
その様子にショックを受けて |
13 |
炊き出し支援の実行 |
4 |
平和になると思ったものの |
14 |
スカラーたちと共に |
5 |
大きな戦争が勃発! |
15 |
炊き出しがはじまった |
6 |
洪水が襲ってきた! |
16 |
洪水地区の医療活動 |
7 |
家も田畑も水没した! |
17 |
医師に看護師も同行された |
8 |
小舟に家族を乗せて |
18 |
多いのが腹痛と下痢 |
9 |
内陸の避難者のために |
19 |
カバサランの医療支援 |
10 |
保育所に子どもが避難 |
20 |
周囲は深い水に覆われて |
|
21 |
木陰で読み語りが始まった |
30 |
共感と思いやりに満ちて |
22 |
手をふると笑顔で答えて |
31 |
あふれる川を渡って |
23 |
兎口の子の手術も終わった |
32 |
銃弾でボロボロの学校 |
24 |
子供達は悲しみに負けない |
33 |
今回の洪水は異常だ! |
25 |
戦争と洪水がくり返し襲う |
34 |
ゲリラに勧誘されて |
26 |
自衛隊海外派兵がショック |
35 |
ダムが解放されて激流が! |
27 |
ミンダナオから日本を見て |
36 |
反対運動が起こっていた! |
28 |
昔の日本はこうだった |
37 |
反対していたのは漁民たち |
29 |
活動の主役は子どもたち! |
38 |
ダムと灌漑用水は着工開始 |
|
戦争と平和構築2008年の記録から(6)
 |
現地の状況は非常に良くない
戦争に加え洪水が襲った! |
 |
 |
 |
 |
1 |
現地の状況は非常に良くない |
12 |
MCLをよく知っている |
2 |
状況は急速に悪化している |
13 |
いよいよ舟に乗ることに
|
3 |
子どもたちは可愛い |
14 |
広大な地域が水に浸かって |
4 |
装甲車が戦闘地に向けて |
15 |
学校も村も水の中だった |
5 |
洪水がピキットを襲った |
16 |
悪いことに戦闘が起きた |
6 |
水害は毎年4,5回は起こる |
17 |
最も困っているのが医療 |
7 |
私たちは副市長と |
18 |
避難民が洪水に見舞われて |
8 |
最大の問題は飲み水だ! |
19 |
奨学生の事が気になった |
9 |
洪水被害は続くだろう |
20 |
難民キャンプの概況 |
10 |
緊急支援が必要な村に向かった |
21 |
戦闘を恐れて帰れない |
11 |
日本政府が寄贈したダンプカー |
|
|
|
22 |
再び洪水が襲った |
32 |
高校も水のなかだった |
23 |
心は鉛のように重たい |
33 |
毎年数回洪水が起こる |
24 |
写真は私と息子が撮る |
34 |
水は床上から軒下までたっし |
25 |
地道にゆっくり活動しよう |
35 |
学校に避難した子供たち |
26 |
去る鳥は追わずに |
36 |
さらに大きな洪水が襲った |
27 |
恐ろしいことになった |
37 |
学校もすっかり水の中 |
28 |
くり返し洪水が襲う |
38 |
学校はボロボロ |
29 |
ビニールシートに大喜び |
39 |
混沌の中で:松居陽 |
30 |
道ばたの空き地に避難 |
40 |
予算との戦いだ:松居陽 |
31 |
川沿いの村も襲った |
|
|
|
戦争と平和構築2008年の記録から(5)
 |
奨学生たちによる読み語りがはじまった! |
 |
 |
 |
 |
1 |
キダパワン市は比較的安全 |
8 |
知識も何もない事もあり |
2 |
ちょっと通して下さいね! |
9 |
避難民にシートを配る若者 |
3 |
酋長が亡くなると |
10 |
奥の村へと移っていく |
4 |
シートを準備する子ども達 |
11 |
現地の子たちも手伝って |
5 |
若者たちが中心になって |
12 |
寝る場所にも困る人々 |
6 |
ビニールシートを配った! |
13 |
病気の子をチェック |
7 |
約80万人の避難民だった |
14 |
支援活動は夜も続いた |
|
15 |
古着の支援もした |
20 |
食べる物が無く体が弱って |
16 |
奨学生たちによる読み語り |
21 |
子どもに限定した炊き出し |
17 |
若者たちが劇をする |
22 |
可哀想なのは子ども達 |
18 |
親が死んだ子も奨学生に |
23 |
この子たちも奨学生になった! |
19 |
この子たちも手術した |
|
|
|
戦争と平和構築2008年の記録から(4)
 |
その後も戦争は治まる気配はなく
一年あまり続いた |
 |
 |
 |
 |
1 |
つかの間の停戦が実現? |
10 |
村道上に大量に避難 |
2 |
家々と学校が焼かれた |
11
|
大きな戦争は3年おきに |
3 |
なぜ学校が焼かれたのか |
12 |
国際NGOが消えていった |
4 |
避難民支援を開始 |
13 |
第二回炊き出しを開始 |
5 |
意外と深い問題が隠されている |
14 |
現地をしっかりと観察して |
6 |
祈りの後で読み語り |
15 |
スカラーたちも避難 |
7 |
学校教育が行き届いていない |
16 |
スカラーたちが活動を開始 |
8 |
炊き出しに並ぶ子どもたち |
17 |
友情と愛こそが生きる力 |
9 |
ミンダナオの情勢は流動的だ |
18 |
ビニールシートの支援開始 |
|
19 |
戦争は一年あまり続いた |
29 |
読み語りと古着の支援 |
20 |
親戚の家に避難は良い方 |
30 |
ここでも、支援を開始 |
21 |
スタッフの動きを観察 |
31 |
病気の子どもの医療を支援 |
22 |
雨がまた降ってきたぞ! |
32 |
少女はすっかり良くなった |
23 |
続いて古着の支援を開始 |
33 |
再び戦闘が勃発 |
24 |
学校に避難していた人にも |
34 |
貧困こそが戦争を作る基盤 |
25 |
リグアサン湿原で読み語り |
35 |
戦争は金儲けのチャンス |
26 |
吊り橋の下を行く |
36 |
福祉局の社会福祉士が二人 |
27 |
小学校が酷い状態 |
37 |
とにかく戦争はいや! |
28 |
舟でしか行けない湿原の奥 |
38 |
避難民は湿原から |
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戦争と平和構築2008年の記録から(3)
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子どもをすぐに病院に運ぶ |
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1 |
小規模戦闘が勃発 |
10 |
活躍するのが奨学生たち |
2 |
シートが配られた地域も |
11
|
避難民累計が世界一 |
3 |
病気の子たちをチェック |
12 |
まず必要なのがシート |
4 |
奥の集落でも避難民発生 |
13 |
親が殺された二人の少女 |
5 |
子どもをすぐに病院に運ぶ |
14 |
子どもたちに読み聞かせ |
6 |
街の医師のもとで検査 |
15 |
シートはまだまだ足りない |
7 |
別の地域でも避難民が |
16 |
何よりも辛いのが病気 |
8 |
子どもに限定した炊き出し |
17 |
湿原地帯の集落にも |
9 |
病気の子どもが増えてくる |
18 |
老人と子供には辛い日々 |
|
19 |
毎日あふれる避難民 |
28 |
やっぱり家族が大事 |
20 |
家族で困難を乗り越える |
29 |
勝ち負けじゃなくって |
21 |
また戦争! |
30 |
東南アジア最大の湿原 |
22 |
絵本の読み語り |
31 |
かわいそうなのは子どもたち |
23 |
洪水で家が倒れた |
32 |
山のような信仰を持っても |
24 |
なんでこんなもん来る? |
33 |
漁網の支援 |
25 |
子どもたちが安心して |
34 |
両親のいない子の家を訪問 |
26 |
雨ははんぱではない! |
35 |
すでに一年戦争は続き |
27 |
生きる力に満ちている |
36 |
破壊されたモスク |
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戦争と平和構築2008年の記録から(2)
 |
2008年は、本当に大変な年だった |
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1 |
本当に大変な年だった |
9 |
雨に打たれずに眠れる |
2 |
子どものための炊き出し支援 |
10 |
ワールドフードやJICAも |
3 |
医療活動も続いている |
11 |
大雨がキャンプを襲った |
4 |
覚えていますかこの子たち |
12 |
ビニールシートをありがとう |
5 |
避難民キャンプの状況 |
13 |
現地で直接家族に手渡す |
6 |
数人の病人をかかえて車に |
14 |
出られなくなった車を |
7 |
間髪をいれず難民キャンプに |
15 |
ビニールシートをさらに届ける |
8 |
緊急支援報告 |
16 |
読み語り支援を決定 |
|
17 |
腹部を撃たれた少年 |
24 |
総攻撃が始まるとしたら |
18 |
戦車が轟音をたてて |
25 |
現地から聞こえてくる言葉 |
19 |
難民キャンプは辺境へと |
26 |
病気の子どもが増えている |
20 |
ピキットの要塞跡 |
27 |
くり返し現地を訪れ |
21 |
展開を予想するのは難しい |
28 |
初めて見た難民;松居陽 |
22 |
キャンプで見つかった少女 |
29 |
状況は良い悪いと言えない |
23 |
可哀そうな子供たちと老人 |
30 |
毎日新聞の記事 |
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戦争と平和構築2008年の記録から(1)
 |
和平交渉が決裂し、戦争が勃発! |
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1 |
戦闘が起こり避難民が流れ込む |
10 |
支援活動を開始した |
2 |
数千の難民がピキットに |
11 |
緊急でシートを購入 |
3 |
思いがけない話が聞こえてきた |
12 |
MCLで徹夜の準備 |
4 |
戦闘は準備され作られて |
13 |
現地に着くと支援開始 |
5 |
和平会議が行われたけれど |
14 |
医薬品も緊急至急 |
6 |
戦闘音は市内でも聞こえた |
15 |
活動の中心は奨学生たち |
7 |
救済支援に向かった |
16 |
奨学生たちも同行する |
8 |
雨をしのぐシートも無い |
17 |
悪化の一途をたどっている |
9 |
椰子の葉をかぶせた小屋 |
18 |
多くの難民がずぶ濡れ |
|
19 |
倉庫に避難している避難民 |
29 |
難民の列にあぜん |
20 |
病気やけがの子も多い |
30 |
何とかたどり着いた |
21 |
軍用車にひかれた少女 |
31 |
子どもたちは喜んだ |
22 |
シート支援で手一杯 |
32 |
倉庫に避難した難民たち |
23 |
奨学生たちも難民になっている |
33 |
絶望の色が濃い |
24 |
古着の支援も開始した |
34 |
シートを床に敷いた |
25 |
夜を徹して続けられた |
35 |
病気が蔓延している |
26 |
新たに到着する難民が多い |
36 |
和平について外務省は |
27 |
激しい雨が降り出した |
37 |
アジアの平和と反映に |
28 |
2万4千を超える難民が |
|
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戦争と平和構築2007年の記録から(5)
 |
ピキットの学校調査
JICA提出の調査報告書より一部抜粋 |
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1 |
ピキットの学校調査 |
2 |
JICA提出の報告書から抜粋 |
3 |
(1)MILF地域 ブアラン小学校 |
4 |
(2)カバサラン小学校 |
5 |
(3)ラジャムダ小学校 |
6 |
(4)バロギス小学校 |
7 |
(5)バゴイングド小学校 |
8 |
(6)バロン小学校 |
9 |
(7)ブロッド小学校 |
|
10 |
(8)ダマラサク小学校 |
11 |
(9)タリタイ小学校 |
12 |
(10)ラグンディ小学校 |
13 |
(11)ヌグアン小学校 |
14 |
(12)ヌグアン分校 |
15 |
(13)プノル小学校 |
16 |
(14)バラティカン小学校 |
17 |
(15)バトラワン小学校 |
18 |
(16)カティラカン小学校 |
19 |
(17)マカセンディック小学校 |
20 |
(18)クリスチャン混合区 イノクオグ |
21 |
(19)パニコパン小学校 |
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戦争と平和構築2007年の記録から(4)
 |
日本の若者たちを
視野に入れて |
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1 |
日本の若者を受け入れるために |
12 |
今回の日本滞在の主目的は |
2 |
若者たちが自ら運営し |
13 |
イスラムの踊り公演計画 |
3 |
活動の中心は若者のたち |
14 |
アジアのイスラム教徒! |
4 |
図書館に住んでいる子たちで |
15 |
滞在中に出会った人々 |
5 |
山や湿原地帯をめぐって活動 |
16 |
熱心に聞いた子どもたち |
6 |
企画としては以下を検討 |
17 |
釜ヶ崎のこどもの里でも |
7 |
1,子どもたちとの交流 |
18 |
宗派を超えて集まり |
8 |
2,生きることの原点を感じる |
19 |
昔話が生きている |
9 |
3,保育所修復や開所式に参加 |
20 |
障害者への対応 |
10 |
4,農作業や植林に参加 |
21 |
車いすの寄贈を受けた |
11 |
2021年から宿泊費なしで |
22 |
盲目の由佳さんに会いに |
|
23 |
日本公演は20日間の駆け足 |
31 |
いろいろな出会いがあった |
24 |
ムスリム公演で持参 |
32 |
つかの間の休日 |
25 |
ムスリム公演大盛況で終わる |
33 |
懐かしい故郷の映像 |
26 |
平和なアジアを作る |
34 |
盲目や障害者の方にも |
27 |
時には互いに涙を流し |
35 |
盲目のジュンジュンくんと |
28 |
私も驚いた見事な舞台 |
36 |
趙さんの娘さんの手紙 |
29 |
飾りつけもすばらしかった |
37 |
学ぶべき事は多いです |
30 |
子ども達との交流 |
38 |
日本滞在中に気なった事 |
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戦争と平和構築2007年の記録から(3)
 |
平和の保育所建設がはじまった
保育所や学校などの建物支援の良さと難しさ.
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1 |
スカラシップ調査を始めている |
12 |
保育所は平和への一歩 |
2 |
プライマリースクールとは |
13 |
市の裏側のゴミ捨て場 |
3 |
グレーさんや町長も同行 |
14 |
平和の保育所建設開始 |
4 |
奨学生候補を決定に行った |
15 |
日本軍指令部の城砦 |
5 |
不安の中で生きる明かりが |
16 |
初めての奨学生候補 |
6 |
避難民はこの地にも |
17 |
保育所建設をプロジェクト |
7 |
名目上は机上演習 |
18 |
保育所修復を開始 |
8 |
最近の情勢はあまり良くない |
19 |
イスラム自治区に保育所を |
9 |
爆弾事件と誘拐、殺害 |
20 |
子どもたちはかわいい |
10 |
戦争にならなければ良いけど |
21 |
避難民支援の状況 |
11 |
ドゥテルテ大統領に |
22 |
支援の方法に異なる観点 |
|
23 |
川沿いの秘境ナブンダスへ |
32 |
朝日新聞記者が訪ねた |
24 |
子どもたちの顔を見ると |
33 |
木村文記者による記事 |
25 |
ブアラン村の読み語り |
34 |
ホルプ社から出版 |
26 |
マノボデーが大盛況で |
35 |
ミンダナオの情勢は良くない |
27 |
マノボの食卓は美味しい |
36 |
バシランやスールーでの戦闘は |
28 |
保育所の問題 |
37 |
悲観的な見方を捨てきれない |
29 |
2020年記:竹壁に腐りが |
38 |
選挙控え治安悪化 |
30 |
関さんが保育所視察 |
39 |
女性弁護士が殺害された |
31 |
保育所開所式映像 |
40 |
フィリピンインサイドニュース |
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戦争と平和構築2007年の記録から(2)
 |
幼稚園の先生方が研修旅行で来られ
お話の生きている世界を体験! |
 |
 |
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1 |
マノボ族のスカラシップ調査に |
11 |
盲目の少女日本から |
2 |
母親も行方がしれない少女 |
12 |
MCLにも盲目の少女が |
3 |
奨学生候補の調査ほぼ終わった |
13 |
在日韓国人の張さん |
4 |
子どもたちへの愛 |
14 |
ドクター司医師が再訪 |
5 |
エディットさんの村にもいった |
15 |
アジア学院の研修生が到着 |
6 |
採用した子は片親や孤児 |
16 |
若者たちとマノボ族の調査に |
7 |
最初は非常に警戒された |
17 |
東洋英和女学院の教授訪問 |
8 |
新しい奨学生たちが入ってきた |
18 |
ミンダナオのバナナは最高 |
9 |
保護者の説明会が開かれた |
19 |
アイの手術が成功した |
10 |
故郷から離れる子はさびしい |
20 |
憑依に関して |
|
21 |
訪問客と原住民の子たち |
32 |
マノボの子たちの小学校へ |
22 |
隣の村に骨折した子が! |
33 |
マノボの村で読み語り |
23 |
新しい患者が運び込まれた |
34 |
幼稚園の先生方が研修旅行 |
24 |
新しい奨学生が通い始めた |
35 |
ミンダナオの市場体験 |
25 |
寄贈された車椅子が大活躍 |
36 |
足慣らしに高地マノボの村へ |
26 |
鶏小屋ができました! |
37 |
MCL体験記:山元眞神父筆 |
27 |
読み語り活動を再開 |
38 |
マノボの村での読み語りが続く |
28 |
ラワン巨木もあるアポ山麓 |
39 |
イスラムの保育所開所式へ |
29 |
お話の生きている社会とは |
40 |
マノボ族の山に一泊 |
30 |
お話の後にココアのおかゆ |
41 |
そして別れの日! |
31 |
熱湯がわき出している温泉 |
42 |
保育所開所式の映像 |
|
戦争と平和構築の記録2007年(1)
 |
ビニールシート、食料、古着等、緊急支援のお願い |
 |
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1 |
100世帯を超す難民が出た |
8 |
ピキットで新たな難民 |
2 |
お年寄りが痩せて苦しげ |
9 |
今回の難民の規模 |
3 |
道ばたや空き地で寝ている |
10 |
戦闘の原因は |
4 |
過酷であることに変わりない |
11 |
2018年に加筆原稿 |
5 |
避難民は掘っ立て小屋に |
12 |
ほとほと疲れ切っている |
6 |
思いがけないところで |
13 |
必要なのはシートと米 |
7 |
難民に関する記事 |
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14 |
避難民救済支援を連日継続 |
21 |
復活祭は活動中断 |
15 |
お祖父さんが亡くなった |
22 |
ナカブアル小学校増築 |
16 |
支援の米が運び込まれた |
23 |
映像による活動紹介から |
17 |
読み語りを避難所で実施 |
24 |
2019年夏の訪問者の記録 |
18 |
大雨が襲った |
25 |
テレビで紹介された映像 |
19 |
復活祭前に難民を支援 |
26 |
三つの文化祭 |
20 |
国際NGOから支援 |
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青少年から大人まで
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 |
絵本
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松居友執筆の本
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