戦争と平和構築
2008年の記録から
(9)


日本の若者たち
マノボ集落を訪問
1 日本の若者たちマノボ族訪問 GO! 12 山のMCLファーム GO!
2 この地から奨学生を選んだ GO! 13 リスター君の家を訪ねる GO!
3 高地マノボ族の村に GO! 14 夜は読み語りを GO!
4 民家に泊まった GO! 15 北野財団の保育所が完成 GO!
5 キアタウの子どもたちと GO! 16 貧困集落では建てられない GO!
6 うちの子になりな! GO! 17 卒業生が教育関係の仕事に GO!
7 馬に乗って、読み語りに行った GO! 18 保育所建設は大切 GO!
8 村の子どもたちを集める GO! 19 島村さん主演の劇 GO!
9 読み語りが始まった GO! 20 お話の生きている世界とは GO!
10 こうした体験から何を学ぶ? GO!   21 読み語りで大切なのは GO!
11 マキララを訪ねる GO!        
22 島村さんがおおきなカブに GO! 34 下宿小屋まで帰ってきた GO!
23 絵本は真の平和を作る GO! 35 総会は送別会になった GO!
24 アルメックの保育所開所式 GO! 36 歌と踊りが披露された GO!
25 開所式の前に読み語り GO! 37 訪問者たちも踊りだした GO!
26 そして開所式が始まった GO! 38 北野教育振興会の奨学生に GO!
27 古着の支援もした GO! 39 卒業生が増えていく GO!
28 滝に遊びに行った GO! 40 感動的だったお別れ会 GO!
29 滝で遊んだ GO! 41 京都暁星高校が保育所寄贈 GO!
30 村の子どもたちも一緒に GO! 42 ゴミ捨て場 GO!
31 保育所には馬で行く GO! 43 懐かしい再会 GO!
32 村に着いた GO! 44 涙涙のお別れ会 GO!
33 みんなで昼食 GO! 45 ボランティア95の訪問者 GO!
pl1
日本の若者たち
山上の
マノボ集落を訪問



大学で、心理学を学んでいる3名と、
経済を学んでいる一人、

日本の若者たち
4人の女性が、
ミンダナオ子ども図書館を訪れた。

きっかけは、
大学で講演したこと。

学校で講義を受け、
本を通して学んだことが、
初めて現地で子どもたちに出会い、
人々との交流で息を吹き返していく。

学校で見た若者たちが、
ここで息を吹き返したように
のびのびとしていく姿を見るのは、
楽しい。


もともと
キダパワンの市に近い、
山麓の平地に
住んでいたマノボ族が、

プランテーション開発や
移民による
土地所有に居住地を追われて、

こんなにも高い尾根上に
集落を作って、
住み着くことになった。

MCLに土地を譲って下さった
名門のマノボ族、
亡きスーザン・インカルさん。
最初期のMCLの
理事もやってくださった方!

お父さんは、
マノボ族の酋長で
初代のキダパワン市長だったが、
土地を譲り、売り渡していった。

その親戚たちも、
今は、低地の居住地から追われ、
この村のさらに奥の集落に
移り住んでいる。


自分たちの所有地は、
ほとんど無く、
換金ようの作物も育たず、
ホウキ草で箒を作っては、

町に売りに行くのが、
唯一の収入源だ。


貧困状況はひどく、
鉛筆も買えず、
我が子を
小学校にもやれない親が多い。


私たち日本人に大事なのは、
そのような現実を見て、
しっかりと受け止め感じ取り、

その背景を理解して、
何が出来るか考えること。



pl2
この地から
奨学生を選んだ


とりあえずMCLは、
この地から奨学生を選んだ。
数名でもこの地から、
大学を卒業する子が出てこれば、

将来、教育や
福祉や医療の分野で、
村に貢献できるかもしれない。

実際にすでに、卒業生で、
地元の学校や保育所の先生になったり、
役所で採用されて、
ソーシャルワーカーなっている子も多い!

今回採用した子の一人は、
すでにがんばって、
小学校を卒業し、
家は非常に貧しいけれど、

自ら山菜や果実を売りながら、
さらにがんばって
ハイスクール(中学)に入学!
仕事をしながら、
遠くのハイスクールに通っている。

成績も良いし、
ハイスクールを卒業して
できれば大学を卒業して、
家族を助けたいという
願いをかなえてあげたい!

いったんであった村とは、
その時限りではなく、
今後も長い付き合いをしていくのが、
ミンダナオ子ども図書館の活動方針!

その意味でも、採用した奨学生が、
この村とのコンタクトパーソンとして
今後も役割を果たしてくれるだろう。

スカラシップが決まったとたんに、
泣き出した!
「大学まで行けるなんて、信じられない!」



pl3
高地マノボ族の村
キアタウに

キアタウは、マノボ族の村だけれど、
ダバオ州と北コタバト州の
境界に位置していて、
比較的安全に滞在できる場所だ。

MCLは、すでに多くの奨学生を採用し
この村とは、
深い関係を持ってきているので
村人たちとも仲がいい。

後の事だが、
テレビ東京の番組「なぜここに日本人」で
「マノボ族の首長になった日本人」として、
私が取材されたときにも、
キアタウが前半の舞台になっています。

なぜここに日本人
マノボ族の首長になった日本人
 映像を 見たい方は ここをクリック
原住民の文化も残り、
伝統的な祈りも捧げられ、
有名な文化人類学者の増田和彦氏にも紹介し、
同行して調査を実施しました。
学術書にもなっているので読んでみてください!

また、立正佼成会の子どもたちが
一食抜いて貯めたお金で
貧しい地域の子どもたちに
学用品やぬいぐるみや日用品を、

手作りの袋に入れて届ける
「ゆめポッケ」の配布活動も
佼成会の若者たちと
一緒に行いました。


 ゆめポッケ
17分
 映像を 見たい方は ここをクリック

pl4
民家に泊まった

今回は、キアタウの民家に、
一人一人別の家に、
スタッフといっしょに泊まった!

MCLでは、
訪問者が民家に泊まる場合、
必ずスタッフがいっしょに
泊まるようにしています。

電気もなく、竹の小屋で、
竹床の上で家族が寝て、
食事も普段食べているカサバイモという
山に生えている長芋が主食で、

おかずは、山で生えている
山菜のワラビや
庭に植えてある芋のツルに、
子どもたちが沢でとってきた
カエルやカニやトカゲなど・・・

でも、さすがにもてなそうと、米を買い、
クリスマスや父親の誕生日にしか食べない、
床下で、自然のままに飼っている
地鶏のニワトリをさばいて
食べさせてくれる家もあった。


そして、帰りがけに日本円で、
一泊2000円ほど
感謝のお礼金を
置いていただくようにしています。




キアタウの
子どもたちと


子どもたちは本当にかわいい!
こうした、とりわけへんぴで
電気もなく、テレビも携帯もなく、
おもちゃもブランコも
児童公園も無い世界!

自然のままの世界の中で、
子どもたちは、
本当に仲良く遊び、
良くお手伝いをする。

父親は、長兄といっしょに
村人たちと、
山に仕事に出かけ、
母親は、娘たちと川に洗濯。

それでも、
お姉ちゃんやお兄ちゃんたちは、
小さい子たちの
めんどうを良くみて、

小さい子たちも、
上の子たちのいう事を良く聞いて、
お姉ちゃんやお兄ちゃんを
助けてくれる。

年配の方々が、
こうした村に来て
必ず言う言葉、
「昔の日本もこうでした!」

こうした村にいると、
「親が子育てをしなればならない!」
「子育ての責任は、特に母親にある!」
などという言葉が、変に聞こえる。


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うちの子になりな!

子どもたちは、
たとえ崩壊した家庭の孤児たちでも、
必ず近所で子どもも大人も
いっしょになってめんどうを見る!

「親がいなくなって可哀そうだね、
だったら、
うちの子になりな!」

MCLは、特に孤児たちに
スカラシップを提供しているので、
「この村に孤児の子たちはいますか?」
と聞くと、必ず数人紹介される。

けれど孤児だからと言って、
放っておかれるわけではなく、
だれかが、子どもを
家に住まわせて養っている。

そんなわけで、
親に見放されても、
引きこもったり、
自殺をしたりする子は、
ほとんどいない。

けれど、普通の家庭でも
貧困であると同時に、
実子だけでも、
平均して7人から10人はいるし、
学校に行かせられる余裕はない。

そこで、そうした子の場合は、
本人にその意思があり、
保護者も了解して下されば、
MCLに住んで、
学校に通えるようにしてあげる。

このキアタウからも、
多くの子たちが奨学生になっている。
日本人の血の混じっている、
日系人の子も多い。


pl7
馬に乗り
保育所を建てた村に
読み語りにいった


翌日は、馬に乗り
MCLで保育所を建てた村に、
読み語りに出発


第二次世界大戦前までは、
キアタウの下のダバオに近いカリナンには、
多く日本人が住んでいて、日本人町が出来ていた。

地元の原住民と結婚し、
船のロープになる、
マニラ麻の原材料のアバカを作って
いたけれど、

戦争が起こって、
アメリカ軍が攻めてきて、
敗戦が間近になると、
日本軍は「原住民は裏切る」と畏れ、
穴を掘って生き埋めにしたという。

それを畏れて、
原住民と結婚していた日本人も
妻子を残して帰国した人もいるものの、
家族と一緒に、
山に逃げた日本人も多かった。

彼らは、家族を守るために、
自分が日本人出ることを隠し
山の中を逃げまどい、
やがて先住民として、
山で生活するに至った。

そういう、
日本人の血を持った人々を
日系人という。

そういった場所で、
MCLは、活動しているので
私たちも山の奥で、
日系人と呼ばれる人に時々出会う。

このキアタウ近郊の村々も、
多くの日系人がいて、
極貧の生活を送っているし、

スカラシップ支援で
学校に行かせて
あげている子も多い。

中には、卒業して
MCLのスタッフとして
活動している若者もいる。


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村を回って
子どもたちを集める


村に着くと、
読み語りの場所を決め
その後、村を回って
子どもたちを集める。

そのとき、
村の人々と話をし、
その地の生の声を聞き
現状を把握していく。

まずは、病気の子がいないか聞き、
いた場合は、同行してきた
医療担当スタッフに見てもらい、
薬で治る場合は、
持参してきた薬を与え、

高熱があったり、
医師の診断が必要な場合、
あるいは手術が必要な場合は、
可能であれば、その日のうちに。

それが無理でも、
数日後に約束をして
再度訪問し、

患者と保護者とを車に乗せて
MCLに運び、
当日か翌日に、病院に行く。

病院の先生方も懇意なので、
時には、給与も返上して
子どもたちの検診と
必要があれば入院させて手術を行う。

大体は、
キダパワン市の
病院で大丈夫だが、

緊急の場合は、
救急車で
ダバオの病院まで運ぶ!


pl9
いよいよ
読み語りが始まった


たとえ言葉が通じなくても、
子どもたちの表情から
多くの事を
学ぶことが出来る。

この村には保育所も建て、
読み語りだけではなく、
古着の支援などもしてきたので、
MCLから与えられた
日本の古着を着てきた子たちも多い。

それ以前は、本当にボロボロの
穴だらけの服で、
靴も履いていなかった子たちだけれど、
古着を着ていると、
とってもおしゃれだ!

絵本など、
もちろん本など、
見たことも触ったことも
ない子たちだけれど、
(本があるはずも、買えるはずもない!)

絵本を読み語りするときの
集中力と聞く力、
心から感動し表現する力がスゴイ!

最初は、
絵本体験なんかしたことも無い子たちが
哀れに思えて始めた
上から目線の読み語り活動だったけれど、
その聞く力、反応する力、
想像力のすごさに圧倒された!

次第にわかってきたのは、
絵本や本がなくっても、
正直なところ、日本以上に
真にお話が生きている世界だったのだ!

奨学生だった子が、
読み語りの時にこう言った。
「絵本がなくっても、語れるよ!」
そして、次から次へとお話を語った。

すると、別の子たちも、
「僕だって語れるよ!」
「わたしだって、語れるわー!」
「だって、小さいころから、
お話を語ってもらったもの!」

ほとんどの子たちが、
いわゆる昔話を語れるのだ!
日本以上に、
語りの本質が生きている世界たった!

正直に言って、
先進国と呼ばれる日本から、
ミンダナオに来て
現地の山の貧しい子どもたちに教える事より、
教えてもらったことの方がはるかに多い!

語りの生きている世界かどうか?
見分ける方法が、今はわかった。
語りの生きている世界では、
子どもたちの遊びが生きているし、

子どもだけではなく大人たちも、
妖精やお化けや、
見えないものがいると信じていて、
その存在を意識しながら生活している。


pl10
日本の若者たちが
こうした体験から何を
学んでいくのだろうか


しかし、
子どもたちは本当にかわいい!

貧しくって
学校に行けない子も多いけれど、

笑顔で寄ってきて
いっしょに遊ぼうと、
手を取って抱き着いてくる。

そんな子供たちと
いっしょに遊び、
食事をともにして、

野山を駆けまわると、
日本の若者たちの心も
解放されて、

自然な気持ちって
こんなに幸せになれるんだ、
そういう体験を目覚めさせてくれる。

将来、保育や教師、
社会福祉士や国際的な分野、
どんな仕事をするとしても、

また、結婚して母親になったとしても、
知識以上にこうした実体験が、
将来、役に立つだろうと感じる。



pl11
マキララを訪ねる

マキララの奥の小学校、
2年前に4年制の初等小学校から
6年制の小学校に格上げされた!

この村は、
5年ほど前までは、戦闘が絶えなかった。
ダバオからキダパワンに向かう国道も、
最後にこの地域の峠を超えるが、
夜は危険で通行禁止!

山麓に広がる、
広大なドールの
バナナ農園を抜けて、

山岳民族の集落を越えて、
この集落に達する道程は、
グローバル経済の抱えている
矛盾を目の前で理解できる?

原住民たちは、
落ちて廃棄されたバナナを集めて
小さく輪切りにして
豚の餌を作って売る。

「食べないの?」と聞くと、
「食べられるけれど、死ぬかもしれない!」
「エッ!」
「農薬と除草剤がかかっているからね!」

実際に、ある奨学生のお父さんも、
廃棄されていたバナナを食べたり、
空中散布された農薬で、
亡くなっている・・・

町で売られているのは、
地元の農家でとれる
原産のバナナだけ。
赤いバナナもおいしいよ!

地元で食べるバナナを育てている畑と、
輸出用のバナナを育てている
農場の見分けは、
地べたに雑草が生えているかですぐわかる。

除草剤が撒かれていて、
草がまったく生えていないのは輸出用!
輸出用のバナナを覆っている新聞紙は、
日本の新聞。

バナナプランテーションが、
原住民を追いやり、
それに反対してNPAが立ち上がり、
あちらこちらで、戦闘が起こっていた。

イスラム地域と同じ問題が、
ここにもある、
私が、来た2000年頃は、
この地域は、
危険地域では入れなかったが、

今は、この地から
多くの奨学生を取っているし
MCLの農場もある。

この村では、
ハイスクールを建てようとしている。
はるか山麓にしか
ハイスクールはないから・・・

MCLジャパンで土地を寄贈、
今年の6月から
一年生のクラスが始まる。

右の掘っ立て小屋は、
何かというと
村人たちが、一生懸命出資して、
小学校の子たちも、
トウモロコシを栽培して稼いで、

やっと建て始めた高校の教室。
この掘っ立て小屋で、
6月からここで授業が始まる。


こちらは、小学校。
かつては、
屋根だけの下で勉強していた
初等小学校だったが、

2年ほど前に
教育省が教室を作った。



pl12
小学校の側にある、
MCLファーム


MCLの農場を守って下さっている
ピサンさん一家
子どもたちは、奨学生。
この地に、今、MCLは下宿小屋を
建てようとしている。

高校生たちが下宿して通えると同時に、
近隣の山岳地帯から、
小学生たちが下宿をしながら
学校に通えるように・・・


この村には、JICAの支援で
給食事業が行われていたが、
それが止まってから
学校に通えない子たちが
また増えてきたという。


皆でここに泊まって
地元産のコーヒーを飲んだり、
食事をした。

ここに、高校生の下宿小屋を作り
農業の体験をしながら勉強をして、
ハイスクールを卒業し、
その後は、本部に移って、
大学も卒業できるようにする予定だ。


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リスター君の
家を訪ねる


村の生まれでありながら、
土地所有者に
父親を殺されたリスター君一家。

まずは、
お兄ちゃんを迎えに行き、
一週間、MCLで
生活してもらうことになった。


お昼のおかずの
芋を掘ってきた
お母さんもやってきた。


この日、
リスター君のお兄ちゃんが
家族に一足先だってMCLに来た。

3月に、姉妹が学年を終えると
リスター君やお母さんも含め
みんなでMCLに引っ越す予定。

父親が殺された家族たち
それでも、
MCLに来られることで
ずいぶん顔つきが明るくなった。


犯罪心理学を学んでいる
学生もいる。
何を感じているのだろうか



pl14
その夜は、
みんなに読み語りを


ミンダナオ子ども図書館にもどると、
その夜、
日本からの若者たちが、
子どもたちに英語で絵本を読んでくれた。

MCLに戻ってきてくれて、
子どもたちは、
大喜び!



pl15
北野財団寄贈の
保育所が完成
開所式に島村氏訪問


イスラム地域のプノルに
北野財団寄贈の
保育所が完成した!

聞くところによると
北野財団は、大手の自動車会社の
ライトを作っている、
スタンレー電気と関係した財団。
東南アジアの国でも、
奨学生金援助をしているという。

初めて現地に来られた時に、
島村様が、おっしゃったのは、
北野財団の奨学生は、
成績優秀な子を選ぶけれど、

MCLのような、
極貧にあえいでいる子たちの中でも、
孤児や崩壊家庭、
戦争で親が殺された子を
採用の基準にしているのは例外。

しかし、スカラシップで選ばれた、
子どもたちが、主体になっってやっていく、
平和貢献の活動がすばらしいし、
その意味では、とても興味深いので
支援したいと思ったという。

その結果、毎年
保育所を建設する支援をしてくださってます。
2021年には、ソーラーパネルを
支援して下さいました!

北野財団
http://www.kitanozaidan.or.jp/


フィリピンにおける、
幼稚園や保育所は、
日本と異なり、
子どもを預かる場所ではなく、

小学校に入る前に、一日2時間ぐらい、
ABCや数字や簡単な
英単語や算数を学ぶ場所。

以前は、小学校入学前に
ABCや数字を学ぶ必要はなく、
そのまま小学校に入学が出来たが、

入学したものの
ABCから教えなければならないとなると
先生の負担が大きく、

家庭の状況によって、
電気も通っていない貧困家庭の子どもは、
テレビも見たことがないし、
全くABCも読めないけれど、

中産階級いじょうだと、
テレビも見れるし町なら絵本が買えて、
その差があまりにも激しく、
学校の負担も大変である。

そこで、いっかつして、
小学校に入学する前に、
必ず幼稚園でABCを習ってから
入学する規則を作った。


pl16
貧困集落では
建てられない!


幼稚園は、
文科省の管轄下に入り、
小学校に併設される。

ところが、山の貧困集落では、
小学校に通うだけでも
ジャングルのなかを抜け、
川を渡っていかなければならない、

小学生でも命がけなのに、
幼児が行けるわけがない!
そこで、集落単位で作られた
保育所でもOKとなった。

保育所は、福祉局の管轄下になるが、
保育所建設資金は、
集落で出資しなければならず、
日々の食事ですら大変な貧困集落では、
建てられるわけもない。

そのようなわけで、
大木の下に
子どもたちを集めて
教えていたり、

黒板もなければ、
イスや机もない、
プロックとよばれる
草屋根の下で教えていたり、

もう一つの問題は、
保育所教師として認可を受けて、
ABCを教えられるには、
最低でもハイスクール(日本の中学校)を
卒業していなければならず、

村では、
日本円で月5000円程度の
給与はなんとか出せても、
そのような学歴を持った若者も、
一人もいない場合も多い。

それで、貧困地域の多い、
山の原住民地域、そして
湿原の漁民が多いイスラム地域では、
保育所が大きな問題となった。

保育所を出られないので、
小学校にすらいけず、
このままでは、
教育格差がますます広がっていく。


pl17
卒業生たちが
教育関係の仕事に


そのようなわけもあって、
MCLで高校や
大学を卒業して、結婚して、
地元の保育所の先生や、

学校の先生になることを
夢見る子たちもとっても多い!
実際にたくさんの卒業生たちが
教育関係の仕事についている!

なかには、給料をもらうと、
それでお昼ご飯の食べられない
貧しい子たちを食べさせたり、

学費やプロジェクト代を
親に代わって
出してあげている子もいる。

数年前から、
地元の福祉局からMCLに要請があり、
「出入口が一つ、トイレも一つ、
そして竹壁の簡易保育所でも良いから
緊急に作ってくれないか!」

そのような要請を受けて、
調べたところ、
保育所を建ててほしいと望んでいる集落が、
膨大な数にのぼることがわかってきた。

それで、
2006年ごろから建設を開始!
今回も、北野財団様やアルメック様から
寄贈されましたが、

勇敢にも日本から、
役員の方々が、
開所式に訪れられました!
その様子を
写真入りで載せました!


pl18
保育所建設は、
これからも
大切な活動!


2021年の現在では、
すでに80棟近く作っています!
初期は、
簡易保育所を安く作ってきましたが、

福祉局の要請もあり、
現在は簡易保育所は辞めて、
扉が二つ、トイレも二つある、
スタンダードにしています。

しかし、簡易保育所は、
5年から10年たつと、
セメントの基礎とブロックの下壁は
良いのだけれど、

その上の伝統的なスタイルで、
電気が無いので
クーラーもつけられない地域では、
竹壁は、通気性も良く
涼しい利点もあるのですが、

湿度の高い、
熱帯地方でもあるために、
次第に腐りが目立ち、

屋根のトタンも
錆が出やすいことが
わかっってきました。

本来は、開所式の委託書類交換のときに、
建設後の修理と責任は、
村にまかせられるように
書かれているのですが、

極貧の村では修理も難しく、
外壁が腐って、
再訪してチェックすると、
屋根にも錆が出始めている保育所もあり、

内側はきれいに整理されているのですが、
そこで、熱心に学んでいる
幼い子供たちの姿を見ると
放っておけず、

2020年からMCLで、
何とか予算をねん出しながら、
今後はMCLのプロジェクトとして、
保育所補修を継続し、

ときには日本から訪問してきた
若者たちや訪問者の方々もいっしょに、
ひとつひとつペンキ塗りをし、
修復して行くことに決めました!


保育所支援に関しては、
こちらをクリックしてご覧ください!
保育所建設支援へ Go!

これからも未来に向けて、
スカラシップや医療、
そして読み語りと並行して、
村人たちとの、長い長いお付き合いを
続けていくためにも、

そしてなによりも、
子どもたちのためにも、
保育所建設プロジェクトは、
大切な活動だと思っています。

このことは、
以下のサイトにも書きましたので、
ご参考ください!

保育所修理について!


pl19
島村さん主演の
おおきなカブ


今回の
絵本の読み語りの白眉は、
北野財団の島村さん主演の
「おおきなカブ」だった。


福音館書店から出された
絵本「おおきなカブ」を小さいころに
読んでもらって、
知っている日本の人たちも多いだろう。

編集者の松居直は、
僕の父で
小さいときに読んでもらい
懐かしく心に残っている絵本のひとつ。

「うんとこしょ、どっこいしょ。
それでもカブはぬけません!」
そして、最後にネコがネズミを呼んできて
みんなで力を合わせたら抜けた!

ミンダナオで
読み聞かせを始めて学んだのは、
絵本も童話も無いのに、
ここが本当に、
お話が来ている世界だという驚き!

絵本の読み聞かせ体験など、
全くない子たちなのに、
あっという間に物語を覚え、
読み聞かせに行くと
自分の言葉で語り始める!

それを見て気がついたのは、
読み聞かせという言葉が変で、
MCLの子どもたちは、
大勢の子どもたちの前で、
物語を「聞かせて」いるのではなく、

いきいきと「語っている」の姿だった。
それを見てから、
ストーリーテリングの訳は、
「読み語り」という言葉に変えた。

マノボ族の酋長の依頼で
読み語りに!
10分

映像を 見たい方は ここをクリック

pl20
お話の
生きている世界とは?


絵本などないのにお話が、
心のなかで体験として生きている!
お話の生きている世界である理由は
すぐにわかった!

ある子が、
「ぼく、絵本無くても語れるよ!」
といって、昔話を語り始め、
語り終わると涙を流してこう言った。

「このお話は、
死んだ父さんが、
子どもの頃に
何度も語ってくれた話なんだ!」

涙を流した理由はすぐにわかった。
語りながら、死んだ父さんの声を聴いていたのだ!
僕が、「わたしの絵本体験」や「昔話とこころの自立」
「昔話の死と誕生」(教文館)

また「絵本は愛の体験です」(洋泉社)
に書いた通りで、
語りが原型通りに
ミンダナオでは、生きていたのだ!

正直なところ、
出版の世界では、
絵本や本は商品で、
売れなければもとが取れない、

ぼくも、福武書店(ベネッセ)で
絵本の編集もやっていて、
吉田遠志や手島圭三郎の絵本などを
作っていたから、

物とお金の支配する社会で生きるからには、
理想を実現するためにも、
事業感覚は、
避けられないのはわかるのだけれど、

その結果、残酷な話や死の世界は避けて
おぼっちゃん、おじょうちゃん好みの
楽しく可愛らしい漫画チックな絵とお話に
作り替えてしまったり・・・

その結果、生きる力を持った作品が、
評価されずに消えていき、
現代のような、引きこもりや
自殺の多い世界になってしまう・・・

「どうも近年の絵本は、
見かけは良くても面白くない?
かつて、私の講演を聞いて絵本を選び、
子どもに読んであげておいて良かった!」
という、かつての読者からの声が最近よく届く。

などという、ビジネス感覚がなく、
ミンダナオの原住民の世界には、
真に純粋な本来の
お話の世界が生きていたのだ!

お話の生きている世界では、
妖精もお化けも幽霊も死者も
子どもだけでなく
大人もいると思って生活している。

そして、子どもが思う存分、
学校でも幼稚園でもなく
ちまたの自然のなかでかけまわり、
遊んで過ごせる!

ファンタジーとリアリズム、
あの世とこの世、
霊界と物質世界の境もなく!
善悪二元論の境もなく?

友人のエンデさんが言っていたように、
灰色の人が来る前までは、
すべては、一つの世界の中で、
壁のない世界を生きていた!


20歳を超えてミンダナオに来た、
息子の陽が、いった言葉が忘れられない。
「父さんが作った絵本は、
どこかこころの残り方が、違うんだよなあ!」
愛に捧ぐ黙想 松居 陽
理由を言い表すのは難しいけれど、
僕の絵本体験からも、
彼の言う事は良く理解できる。

無題3 松居 陽

pl21
読み語りで
大切なのは


話がそれたけれど、もとにもどすと、
読み語りで大切なのは上手に語る事よりも、
愛情をもって心を込めて語り、
みんないっしょに楽しむこと!

そして、語るだけではなく、
歌や踊りもいっしょにして
最後は、
抱き合って楽しんだ!

とにかく、表現力が
自然で素晴らし子たちを見ていて、
これだったら劇も演じるだろう!
そう思って「おおきなカブ」の劇を提案すると、
たちまち、大喜びで演じ始めた!

しかし、ミンダナオにカブは無いので
どうしたらいいか相談すると、
「カサバイモ(山芋)ならあるよ!」
「抜き方も知っているよ!」

そういって、
「おおきなカサバイモ」を演じ始めた。
なんとそこには、サルが出てくる!
犬は、カサバイモにおしっこをかける!

そして最後にネズミが出てきて、
ネズミは、芋のまわりをコツコツと掘って、
それで最後に
スポッと、カサバイモが抜けてくる!

後で子どもたちと
山にカサバイモ堀にいった体験から、
最後にコツコツとネズミのように掘って、
イモを抜くのがコツだとわかった!

物語は、彼らにとって、
過去のものでも
本に収録された昔?話でもなく、
実体験の一つなのだ!


マノボデーのカサバイモ
33分 
カサバイモの抜く場面が
出ていますよ!
 映像を 見たい方は ここをクリック
マノボ族の酋長の依頼で
読み語りに!
10分

映像を 見たい方は ここをクリック
pl22
島村さんが、
おおきなカブに!


今回は、島村さんが、
おおきなカブになられた。
というより、
カサバイモになられた!

おじいさんが、
どんなに頑張っても
カサバイモは、ぬけません!

どこで、
おばあさんを呼んできて、
うんとこしょ、どっこいしょー!

カサバイモの大きさに、
猿もビックリ!
絵本では、猿はでないけれど、
ここでは、いたるところに住んでいる!


こちらは犬で、
抜けないのでがっかりして、
カサバイモに
おしっこをひっかける!


村人たちは、
子どもたちだけではなく、
大人たちも
ひさびさの大笑い?


そして、最後にネズミが来て、
カサバイモのまわりを
小さな手で
こつこつこつと掘りめぐらす!

そして、みんなで引っ張ると、
「カサバイモは、
抜けましたあああああ!」

ここは、
絶えず戦闘に見舞われ
避難民化が絶えない
イスラム地域ピキットの奥だ。

そんなイスラムの村に、
朗らかな笑い声がみなぎった。
子どもだけではなく、
村人たちも本当に純粋でほがらか!

このようなお付き合いを通して
村人たちの心が開かれ、
MCLを愛し、信頼し
平和への想いが強まっていく。



pl23
絵本は
真の平和を作る!


戦争避難民の子どもたちが、
表情を失って、
トラウマ状態になっているのを
見て始めた「絵本の読み語り」!

絵本体験で育った者として、
また編集者として、
また絵本作家としても
長年絵本とかかわってきたけれど、

正直に言って、
ミンダナオにおける絵本体験は、
そのすべてをさらに超えて、

宇宙的な視点で、
絵本も見る
キッカケになった気がする!

絵本や本など
見たことも無い子どもたちから、
絵本がこれほど喜ばれ、
同時に、お話が生きている世界の真実や
お話の持つ生きる力。

家庭で読むだけではなく、
家庭という壁を取り去って、
隣近所のおじさんおばさん、
子どもたちどうしでも、

読むだけではなく、
ちまたでも、
絵を見て語り合い
喜怒哀楽を共感できる不思議な世界!

その結果、
普段見ている世界すらも、
お話の世界に見えてくる体験!

それこそが、
絵本の世界の本質である事を
子どもたちから
教えてもらった!

そういう意味では、
絵本は、大人と子ども、
そして子どもどうしが平和のなかで、
愛と友情の世界なのだ!


pl24
アルメック寄贈の
保育所開所式


イスラム地域の保育所の
開所式にアルメックの役員が参加!
日本の大学の若者たちも
参加しました!



こちらは、
アルメックが寄贈して下さった、
保育所!
アルメックhttp://www.armec.jp/

到達するには、
船着き場から、
乗合船に乗り、
舟で行くしか方法はない。

対岸はイスラム自治区で、
この地域は、
絶えず戦闘に
見舞われている地域だ。

120万の避難民が出たころ、
始めてイスラム地域に
足を踏み入れたが、
その時、案内者から言われた言葉!

「友さん、この湿原には、
絶対に入ってはいけませんよ!
人喰いワニが、沢山いますから!」

事実、
ギネスブックに載っている
世界一大きなワニは、
このリグアサン湿原からとれたもの。

けれど、案内者がおっしゃった、
「人喰いワニとは」
なんとイスラムゲリラの事だった。

しかし、宗教が異なっていても
所属する団体が違っていても、
人は皆、人!
特に子どもたちへの想いは変わらない!

こうした地域に入る場合は、
事前に、市にも
そして、反政府側のコマンダーにも、
話を事前に通して、

福祉局の所長補佐で、
MCLの理事の
グレイスさん方も同行するが、

軍や私兵も
警護をしている姿が物々しい。
私たちだけで行くときは、
ここまで警護は無いけれど・・・



pl25
開所式の前に
読み語り


この地域は、イスラム地域で、
マギンダナオ族の
マギンダナオ語が話されている。
それゆえ、小さい子たちは、
マギンダナオ語しか知らない子も多い


しかし、保育所では、
フィリピンの国語である、
タガログ語が使われるので、
スタッフが何語でお話ししようか、
と聞くと、

子どもたちから、「タガログ語!」
と言う言葉が返ってきた。
そこで私が、言った。

「タガログ語は、学校で習うけど、
普段使っているマギンダナオ語は、
誰が教えてくれた?」

「お母さん、お父さん・・・!!!」
「そうだね、お祖父さんもお婆さんも、
その前のひいお祖父さんたちも・・・
マギンダナオ語が母語だね!」

「母語ってとっても、とっても大事なんだ。
MCLでは、読み語りの時に
その地の母語を優先するから、
マギンダナオでお話しするね・・・!」

この瞬間から、子どもたち、
そしてとりわけ、
周りのお父さんお母さんたちの
表情が変わった!

そのあと、
イスラムの子たちが中心に立ち、
みんなで、イスラム、原住民、
そしてクリスチャンの歌をうたった。

すでに、
MCLで聞いているので、
日本の若者たちも、
いっしょに歌った!

原住民やクリスチャンの奨学生たちは、
共通語であるタガログ語で
読み語りをすると、

横に立っているイスラムの子が、
それを、
子どもたちの母語である、
マギンダナオ語に訳して語った。


pl26
そして
開所式が始まった

アルメック
http://www.armec.jp/


開所式の式典は、
ピキット市のDSWD福祉局の所長補佐で、
MCLの創設以来の理事も務めてくださっている、
グレイスさんの講話ではじまった。

ピキット市は、
イスラム地域ではあるものの
グレイスさんは、
カトリックのクリスチャン。

しかし、戦争が勃発すると、
カトリック教会の神父と一緒に、
時には、爆弾の落ちる中を
難民キャンプにも入れてもらえない地域の
子どもたちを救いに走りまわってきたので有名。

イスラムの婦人たちと、
婦人会も組織しており、
宗教を超えて
厚い信頼を寄せ集めている。



pl27
古着の
支援もした


40年以上、
戦争が絶えない、
このリグアサン湿原は、

東南アジア最大の
湿原であるといわれ、

世界一の大きな
ワニもすんでいる。

しかし、危険地域であるがゆえに
ほとんど調査もされいない。
ここには、イスラム教徒の漁民たちが、
4000世帯は住んでいる。

しかし、小さな手漕ぎの舟で
魚をとって売っているだけで
生活は貧しい。

しかし、湿原には1mもある鯉や雷魚、
たくさんのナマズや
3mもあるウナギもいる。

子どもたちも、
川で魚をとって
家族を助けて生活している。

服はほとんど買えないし、
子どもたちは、
古着の支援に大喜び!

この地域の子たちは、
ピキットの町に出るだけでも遠いし、
戦闘が起こるたびに、
繰り返し避難民化している。

対岸は、
イスラム自治区のダトゥピアンだ。
今日は、
なけなしのおしゃれをしてきているが、


ふだんは、
衣服がほとんど無いのは、
目に見えている。




pl28
ウオーターフォールに
遊びに行った


ウオーターフォール村は、
MCLからアポ山の方に向かって
車で川沿いに行くと、

大きな滝のある
山の斜面の小さな集落に着く。
ウオーターフォール村だ!

住んでいるのは、
おもに原住民のマノボ族。

最近は、
道も整えられてきたが、

かつては、
石と泥の急斜面に出来た道を
四輪駆動車で、
駆けのぼらなければ着かなかった場所だ!

しかし、ジャングルから流れ出す
滝は、美しく、
時には、まわりの木々に、
猿たちが集っているのが見える。

この村からは、
数人の奨学生が来ている。
その一人、アロナは、
発達障害の二人のお兄さんを持っている。

しかし、そのお兄さんが去年亡くなった。
それを聞いてアロナは、
激しく泣いた!

その時の記事を
ご覧になりたい方は、
以下をクリックしてください。
Go!

その後、
アロナは大学を卒業して、
地元の小学校の先生になった!
下の写真の左端がアロナ。

2015年あたりから、
リゾートとして多少開発された。


ウオーターフォール村の状況は良くない。
男性も小学生の高学年の子たちも、
時には家族総出で、
サトウキビ刈りに駆り出され、

村には、
小さな子どもと
女しか残っていない




pl29
滝で遊んだ

訪問者の方々も、
MCLの子どもたちにとっては、
ファミリーの一員。


つかの間の休日
みんなで滝に泳ぎに行った
リスター君のお兄さんも参加。

すっかりMCLが
気に入った様子だ。

ミンダナオの子どもたちは、
水着など
持っていないから、

ショートパンツと
Tシャツのまま
水の中に飛びこんでいく!

山にいたときから、
川には良く行っては、
洗濯したり、水浴びをして、

食事の素材のカエルやカニや
魚やときにはヘビや
トカゲをとったりして、

家に持って帰っていたから、
川や滝つぼでの泳ぎも
彼らにとっては、
生活の一部なのだ!

日本から来た若者たちも
子どもたちの手に引っ張られて、
服のまま、
滝つぼに飛びこんでいった!

こういう体験をすることで、
何かホッとする
嬉しい気持ちになれるだろう!

ああしなさい、こうしなさい、
こうでなくちゃいけないなどという、
規則もここでは、通用しない?

服のまま泳ぎたければ、
それでいい!

子どもたちは、
日本の若者たちも
家族だと思っているから、
一人でいると放っておかない!

「頭のシラミをとってあげるね!」
シラミのとりっこをしている。
真ん中の子は、娘の舞花。



pl30
村の子どもたちも
一緒に


村の子どもたちも一緒に
お昼を食べて遊んだ。
この村出身の奨学生も多い。

村では、
3食たべられない家族も多い。

肉や魚どころか
米のご飯も食べられない。

それがわかっているので
村の子たちも
皆呼んで一緒に食べた。


そして、食べ終わったら、
一緒に遊んだ。

こうした体験が、
日本の若者たちが、
現地の村の子どもたちと
楽しく一緒にできるのは、

普段からのお付き合いで、
現地の奨学生も参加して、
そして何より、
MCLの子たちの力だ!


pl31
カンポゴンの保育所は
馬で行く


北野財団の寄贈して下さった
カンポゴンの保育所は、
馬で行く。


馬でも歩けない場所は
ジャングルを
徒歩で登っていく。

大学の若者たちも
参加した!



実は、この道を、
カンポゴン村の小学生や
ハイスクール(中学生)の子たちは、

ラナコラン村にある
学校に行くために、
毎日、歩いて通っているのだ。

さすがに遠く、
雨でも降れば、
泥道が滑りやすくなり、
とても危険で大変だ!

しかし、小学生であっても、
友だちや仲間といっしょに助けあい、
協力し合いながら
通っている。

しかし、小学生ならまだしも、
学校に併設されて
幼稚園は出来たものの、

小学生以下の
保育園の子どもたちには、
とても通える道ではない!

親やお兄さん、
お姉さんたちも、
朝早くから、父さんと
山に芝刈りに行ったり、

母さんと
川に洗濯にいったりしていて、

家の仕事も
たくさんあって、
とても送り迎えは出来ない!

しかし、フィリピン政府は、
保育所を卒業しなければ、
小学校に入れないとした。

そうなると、
どうしてもカンポゴン村に
保育所を建てるしかない。

小学生やハイスクル―の子たちは、
ラナコランにMCLで建てた
下宿小屋に泊まって、
学校に通うことが出来るけれど、

幼児が下宿るのは無理だし・・・
その解決として、今回、この村に、
北野財団が保育所を寄贈して下さった!
現地の人々が、どんなに喜んだことだろう。

カンポゴンだけではなく、
近隣の山の村々の子どもたちも、
これで保育所に通えることになった!

開所式に向かったけれど、
北野財団の方々は、
その場所への道に、
驚きを隠せないようだった。

日本から来た若者たちも、
初めての乗馬体験だけではなく、

現地の子どもたちの
置かれている状況を
肌で感じることが出来て、
驚きを隠せない!


pl32
カンポゴンの
村に着いた


建設中の保育所を目指して
最後の登り。


ようやく、
山上の尾根にある
カンポゴンの村に着いた。


ただ、現地について残念だったのは、
保育所の完成が、
屋根と竹の外壁だけで、

床のセメントと
下壁のブロックが
未完成だったことだ。

さすがに、
資材を下から馬で
運び上げなければならず、

天気が悪いと何日も
建設がストップして、
日程どおりには、
いかないことも多い。

日本時間に
合わせることが出来ず
フィリピン時間になっていた?

しかし、村人たちと
子どもたちの喜んでいる姿は、
こちらも幸せにしてくれる!

開所しいは出来なかったけれど、
一生忘れならない
想い出になった?




pl33
みんなで昼食

開所式の
お祝いの代わりに、
ごはんを炊いて、
焼きそばをおかずにして、

村人や子どもたちと
みんなで食べた。

お米を買う事も出来ないし、
普段は、山芋がせいぜいで
ごはんも食べるのが難しい地域だ。

焼きそばも付いている!
子どもたちは
大喜び!



pl34
下宿小屋まで
帰ってきた


ようやく
ラナコランの
下宿小屋まで帰ってきた。

この近郊で、学校まで遠くて
通うのが大変な子たちが、
この下宿小屋に泊まって、
小学校や中高に
通うために建てた下宿施設だ。



pl35
スカラシップ総会は
訪問者の
歓迎送別会となった


アルメックの役員の方々に
インタビューして、
こちらでの経験と印象を
語っていただいた。

北野財団とアルメックの役員の方々、
そしてお茶の水女子大と一橋大学の
女子学生が訪問されていたので
その方々の紹介から
スカラシップ学生総会が始まった。


訪問者の皆さんからの報告、
現地での体験談は、
多くの若者たちを勇気づけ
示唆をあたえた。

ミンダナオの子どもたち、
若者たちは、
自分たちを遅れた途上国の
貧しい人間として卑下している事が多い。

また、日本の若者や人々は、
自分たちが先進国のより高度な文明社会を
維持していると言う誇りに心を奪われて、
閉塞状況に生きていることもある。

共に交流することによって、
お互いが保っているもの、
失ったものに気づき、
真の尊敬と友情の輪が広がる。



pl36
イスラムの踊り
マノボ族の歌
クリスチャンの歌が
披露された



訪問が、
スカラシップ学生総会に当たり
みんなで歓迎と送別の気持ちをこめて
それぞれの宗教や部族に伝わる伝統を披露。

クリンタンの演奏に乗って、
イスラム・マギンダナオの踊り、


マノボ族の歌
ビサヤ系クリスチャンの歌が披露された。


マノボ族の衣装に身を包み
マノボ語で、
マノボの歌を歌う。

学校では、
マノボ語を話す
ことは禁じられていたりする。

また、
ビサヤ語とタガログ語が
一般に使われている地域で、
マノボ語は、恥ずかしい言葉。


しかし、
MCLでは、
読み語りなども積極的に
現地語を使うことを奨励し、

母語の大切さを
日頃から語っているので
臆することを知らない。

笑顔で、のびのびと
自分たちの文化を
表現している!


こちらは、ビサヤ語の歌。
明るく、のんきで、愉快なのが
ビサヤの人々の特徴とされている。




pl37
訪問者たちも
踊り出した


男子学生たちの
愉快な踊りに触発されて
訪問者たちも踊った。


どう見てもこの格好は、
マノボ族の
モンキーダンスの系列だが?


現代的にアレンジされた
愉快なロックに触発されて、

思わず訪問者たちも
踊り出した。
大喝采と笑いが、周囲を包む。



pl38
北野
生涯教育振興会の
卒業生に


北野生涯教育振興会の卒業生に
島村氏から、
直接賞状が渡された。


北野財団(北野生涯教育振興会)は、
トヨタや日産、ホンダの車の
ヘッドランプ等を作っている
スタンレー電気の財団。

工場のある、
中国、ベトナム、インドなどで
就職希望の優等生に
スカラシップ協力をしてきたが、

ミンダナオ子ども図書館のようなタイプの
貧困の中でも孤児や崩壊家庭で、
極貧の子を支援するファンデーションに
協力するのは初めてだという。

毎年3名の大学生、
2カ所の保育所を支援、
寄贈して下さっている
島村氏は、今回で二度目の訪問



pl39
毎年、
卒業生が増えていく


今年の大学卒業生全員に
MCLから賞状
そして、卒業生たちの後輩へのスピーチ。


こちらは、MCLの
今年の大学卒業生たち。
毎年、卒業生が増えていく!

左のイスラムの二人の男性は
MCLのあるマノゴル村で
高校の先生見習いをしている。

小学校の頃からすでに7年以上
関わっている子たちもいて
私も感慨深い。


毎年、卒業生たちには、
自分たちの経験を
後輩に発表してもらっている。

苦労話に
聞いている方も
涙ぐみことも・・・



pl40
感動的だった
お別れ会


子どもたちの要望で、
歓迎会とお別れ会は、
必ずやることにしている。

最初は、
歌と踊りで始まるけれど、
総会と一緒に行ったのは、
初めてだった。

今回は、
本部に住んでいる子たちだけではなく、
下宿していたり、
村に住んでいる子たちも、
ハイスクールと大学の子たちは、
みんな参加した!

日本からの訪問者たちは、
彼らにとっては、
ビジターやゲストというよりも、
ファミリー!

自分たちを支援して、
学校に行かせてくれている、

父さんや母さん、
兄弟姉妹なのだ!


それゆえに、
日本の訪問者たちが、
去っていくのは、
ひたすら寂しい!


また、お会いしましょう・・・
MCLファミリー




pl41
京都暁星高校が
イスラム地域のピキットに
保育所を寄贈


京都暁星高校が
ピキットに保育所を寄贈して下さった。
仁科先生が、
学校を代表して開所式に参加。


今回、保育所を建設した場所は、
ピキット市の町の丘の
裏側にあたる、
フォートピキットと呼ばれる地区。

ピキットの町中心部は、
移民系クリスチャンも住んでいるが、

この地区は、
スコーターエリアと呼ばれ、
貧しいイスラム教徒が、
吹きだまった地区。

マニラのトンドほど巨大ではないが、
市のゴミ捨て場地区で、
ゴミを拾いながら、
生活を立てている人々も多い。

子どもの数が多い割には、
教育環境が、
行き届いていないので、
保育所建設が待ち望まれていた。


保育所が完成して、
大喜びの住人たち。
開所式の後、さっそく読み語りを、
MCLの若者たちが行った。

初めて絵本を見る、
子どもたち。


その後、
古着の支援を開始。
男の子たちの腕の見せ所だ!

左はじイスラム教徒
次にビサヤ系クリスチャン
右の三人は、マノボ族。


三歳の悠河ちゃんを抱いた
仁科先生を、
イスラムの子どもたちが囲む。

宗教や民族の違いを超えて
子どもたちは、
いつも可愛い!



pl42
トンドと呼ばれる
ゴミ捨て場


これが、ピキットのトンド
と呼ばれるゴミ捨て場だ
右奥に大きな丘のような
ゴミの山がある。


ゴミ捨て場の中から
必死に手を振る
父親と母親と少女がいた。

本当にうれしそうに手招きし
こっちへ来い、こっちへ来い、と言う。
近づくと、
どこかで一度会った顔だ!

しきりに、
「あのときのヘアリップの子の・・・」と言う。
てっきり、ヘアリップの手術を頼みたいのか
と思うが、それにしては満面の笑顔!

父親の顔に記憶はあるが・・・・
娘も、どこかでみたような????
唇をみてハッと思い当たった!
手術の痕がかすかに見える。
そうか、確か隣のパガルガン難民だった家族。

ヘアリップを直すために繰り返しダバオに通い、
寝食を共にした思い出が突然浮かび・・・・
あのときの!
アニサちゃん?

大きくなって、しかもすっかり娘らしくなって!
こういう出会いは、
お互いに本当にうれしい。
肩をたたき合って喜ぶ。

それにしても、
このような場所に住んでいたとは。
口では言えない苦労もあったんだろうな。



pl43
4年ぶりの
懐かしい再会


京都暁星高校は、
かつて支援している
奨学生を日本に招待してくださった。
寒い雪の宮津のクリスマスだった。

高校生同士の交流と、
ホールでのクリスマス劇に、
マノボの奨学生も民族舞踏を踊った。

懐かしい
思い出が胸をよぎる。

4年ぶりの懐かしい再会
新しく支援してくださる
奨学生との出会い!

その後、
支援している奨学生の村へ
車で1時間以上、途中で
車が動かなくなるアクシデントも。


車はエンコしたけど
何とか表彰式に間に合った。
仁科先生が、個人的に支援している
マノボ族のグレンさんの表彰式。
ファーストオーナーに輝く!

やはりオーナーになった
メロージェンの授賞式!
こちらはキダパワンにて。



pl44
涙なみだのお別れ会

一週間の滞在は、
様々な思い出を、
若者たちの心に残した。


いつも思うが、
ミンダナオの若者たちは、
心から純粋に
愛す力を持っているようだ。

出会いによって、
毎回涙の質が違うのは、
出会いが毎回
異なっているからだろう。

仁科先生の場合は、
娘さんといっしょに、
まるで訪問者というよりは、
家族の中に家族が入ったような感じ。

若者たちは、
「家族」というものを強く感じたようで、
特に幼い頃から両親がいない子などは、
食い入るように、
楽しそうな家族の様子を見ていた。

いつか自分たちも、
あんな楽しそうな家族を作ってみたい・・・・
悲しい別れも元気な笑いの中で
再会の誓いに変わっていく。


彼らは、自分の家族が増えたと思っている。
今度きたときは、
お帰りなさいと言って
迎えるだろう。



pl45
ボランティア95の
訪問者の方々と!


ボランティア95は、
阪神神戸大震災の時に生まれたグループ。
今は、ミンダナオ出身のシスターと共に、
ザンボアンガで保育所を支援している。
今回は、現地へ向かう前に、
ミンダナオ子ども図書館の視察に訪れた。

2泊三日という短い滞在だったが、
マノボの村、プロック8を訪問、
いっしょに古着の支援をしたり、
充実した日々だった。

同じNGOとして、私たちも、
いろいろと学ぶことが多かった。
今後のおつき合いが楽しみ。


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ミンダナオ子ども図書館 支援方法

クレジットカードによる寄付が可能になりました!
サイトは保護されています、
個人情報が流出することはありません!


スカラシップの一括支払いも可能です!

毎回振込後に、宮木梓からお礼のメールとが届きます!
奨学金は物価高騰もあり、2021年より以下に変更いたしました。
一年間、小学校42000円、中高60000円、大学72000円

卒業後も支援額を変更して継続、別の子を紹介希望、終了希望は、
通信欄かメールで宮木梓宛に、寄付の内容や要望をお書きいただければ、
宮木梓が、対応いたします。
メールが難しい方は、日本事務局に携帯かお電話で対応いたします。
 
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基本は、自由寄付です。振り込まれた方には、隔月に機関誌をお送りします。 
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口座名:ミンダナオ子ども図書館

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銀行名 
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店番 
019  預金種目 当座
店名:
〇一九店ゼロイチキユウ店
口座番号 
0018057
口座名:
ミンダナオ子ども図書館
 振込を確認しましたら、子どもたちの写真または絵が描かれたお礼ハガキを現地からお送りしています!
領収書等が必要な方は、宮木梓までご連絡ください。
現地日本人スタッフ宮木 梓  mclmindanao@gmail.com
日本事務局 前田容子 FAX:0743 74 6465 携帯電話:090 5091 7514
ぜひいつか、子どもたちに会いにしらしてくださいね!


主要な目次を集めました!
クリックして飛んでくださいね
ミンダナオ子ども図書館だより 宮木あずさ制作
現地日本人スタッフによる、
写真を交えた最新の活動報告です!
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
訪問等でMCLと出会った若者たちの想いです!
ミンダナオ子ども図書館:日記 松居友制作
松居友による活動報告および
製作映像や想いを載せた自由日記です!
ミンダナオ子ども図書館 支援方法
支援方法
「0」ゼロに 立つための支援を
ゼロに立つための支援を
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訪問希望
MCL映像サイト
何故ここに日本人などのテレビ映像
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機関誌『ミンダナオの風』 にこめた思い!
機関誌『ミンダナオの風』編集にこめた思い!
ミンダナオ子ども図書館のミッション 理事、役員、スタッフ 活動の概要を紹介
ミッション・ビジョンとボードメンバー 
MCL文庫
民話、絵本原稿、青少年から大人までの読みものを
自由購読で提供しています。
ミンダナオオから発送の 機関誌「ミンダナオの風」 
過去の機関誌PDF
MCL 会計報告
会計報告
 日本の子ども ミンダナオの子ども
日本の子ども ミンダナオの子ども
MCLへの 若者たちの想い! 
機関誌『ミンダナオの風』若者たちの想い!
無題3 松居 陽
無題3:松居陽
イクメンに 未来をたくせそう! 
イクメンに未来をたくせそう!
2021年 今後のMCL 
今後の活動指針
 愛に捧ぐ黙想 松居 陽
愛に捧ぐ黙想:松居陽
ぼくの少年時代と 思春期から   
ほくの少年時代と思春期から
子育てよりも、子育つ世界!  
子育てよりも、子育つ世界!
講演、公演の予定表など 
講演、公演の予定表など
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原住民、イスラム、クリスチャン 私たちは一つの家族!
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小学生や若者たちの 講演感想!
講演感想
近年の若者たちの訪問体験記!
ミンダナオ子ども図書館の活動とは?

MCLを知っていただくために、多くの映像のなかから選びました。
  
 山の下宿小屋に!
山の下宿小屋に
海の下宿小屋に! 
海の下宿小屋に
奨学生を決定に山へ!
奨学生決定に山へ
酋長の依頼で! 読み語りに!
酋長の依頼で
地震の悲しみで お父さんが!
地震の悲しみでお父さんが
アポ山へGo!
アポ山へGO!
地震避難民の 救済と読み語り! 
地震避難民の救済と読み語り
イスラム避難民の 救済支援! 
イスラム避難民の救済支援
ウイルス期間に 洪水が襲った!
 洪水が襲った
 イスラム湿原に 保育所を建てた!
イスラム湿原に保育所を建てた
 土地を追われる マノボ族!
土地を追われるマノボ族
 サンタマリアの 海辺で遊ぶ子どもたち!
サンタマリアの海辺で遊ぶ子ども
クリスチャンの文化祭 ビサヤデー!
クリスチャンの文化祭
イスラムの文化祭 ムスリムデー!
イスラムの文化祭
原住民の文化祭 マノボデー!
原住民の文化祭
戦争と平和
戦争と平和
洪水と植林活動
洪水と植林活動
平和構築と学校建設
平和構築と学校建設
ミンダナオ子ども図書館の 日常から
ミンダナオ子ども図書館の日常
総合活動報告の 記録映像
総合活動報告の記録映像
海の下宿小屋 クラクシン
海の下宿小屋
何故ここに日本人 TV録画! 
テレビ東京なぜここに日本人
池上彰の番組 パックンが来た!
池上彰の番組、パックン
NHK国際放送 ミンダナオから来日! 
NHK国際放送
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