訪問希望に関して

2014年の活動報告


ミンダナオ子ども図書館の訪問に関して



訪問者の規定
初めてのことだが、
テレビの影響もあり訪問者が増えている。

訪問者の増加に対応するために、
半年ほど子どもたちに与える影響などを観察した後に、
スタッフたちが会議を開き、ソーシャルワーカーも交えて、
訪問者のための規定を作ることにした。

 

訪問者は、海外体験を求めてくる若者と中高年にわかれるが、中高年の場合はともかく、日本の若者たちにとっても、
日本の未来を考えてもらうためにも、ボランティアとして可能な限り受け入れようと思っている。
しかし、正直に言って、言葉も出来ないし、現地での危険度がわからないのでスタッフも心配し,当惑して、
かんじんの子どもたちの世話や現地活動が阻害されるのでは、という意見が出てきた。
テレビで放映された影響もあるが、テレビと現実との間には、危険度も含めて隔世の違いがある。
MCLはもともと訪問者のための場所では無く、恵まれない子どもたちが、安心して生活し学校に通える場所だ。
訪問者の増加に対応するために、子どもたちに与える影響などを観察した後に、
スタッフたちが会議を開き、ソーシャルワーカーも交えて、訪問者のための規定を作ることにした。

 

 訪問者の手引き

ガイドラインとポリシーについて

ミンダナオ子ども図書館は、日本のNGOではなくフィリピンの現地法人NGOであり、
政府機関である福祉局からの要請指導も受けいれつつ、マネージメントは現地役員が
現地スタッフやMCLソーシャルワーカーとともに行っています。


MCLでの主役は子どもたちです。
私たち現地スタッフは、
子どもたちのために仕事をしています。

訪問者の存在や行動が、
子どもたちにマイナスの影響を与えるといった判断
また子どもたちを救済する活動に
なんらかの支障が出るといった状況判断が、
子どもたち自身や現地スタッフから
出された場合は、
現地役員が即会議を開き対応が検討されます。
指示や対応が出された場合は、従ってください。

現地スタッフは、子どもたちへの活動に
全力を注いでいますので、
必ずしも訪問者の欲求に
答えきれるとは限りません。

現地では、訪問者や支援寄付者への接待よりも、
現地の子どもたちそのものが、
常に優先されること、をご承知おきください。
支援者を軽視しているのでは無く、
現地での活動においては、
貧しい子どもたちを最優先することは、
多くの支援してくださる方々の
お気持ちだと思っています。

マネージメントを含む現地活動は
現地スタッフが責任を持ち、
日本人は現地では松居友を含め脇役です。
(松居友は、創設者であるのですが、
ディレクターという地位は脇役です。
運営主役はプレシデントを始めとする
オフィサーで、オフィサーもスタッフも
ほとんどは、かつてのMCL卒業生たちです。
MCLは、極貧で困窮していた子たちが
成長して創り上げているNGOです
。)

ただ、治安状況にもよりますが、
出来るだけ訪問者は、スタッフの活動に同行し、
MCLの現地活動が見られるように配慮します。訪問者は、MCLのスタッフやスカラー(奨学生)の同行無く、むやみに敷地外に出ることは出来ません。
 (誘拐の危険があるためなど・・・)

訪問希望の方は、ダバオ空港に着く時間を、現地スタッフの宮木あずささんに、メールでお伝え下さい。
空港まで、必ず向かえに行き、同行します。


MCLは、活動範囲も広大で危険地域も多く、
戦闘や戦争もあり、
必ずしもどこにでもお連れすることはできません
リゾートや遊び気分で来られた方は、
失望なさることでしょう。
現地北コタバト州は、
高度の危険地域に設定されているので
キダパワンの町にも、
外国人の姿を見ることはほとんどありません。

独自に町などを自由に歩き回って
おいしいものを食べ歩きたい、
等を希望の方々は、町のホテルに泊まられて、
自己責任で行動し
時々MCLを訪問すると言う形態の滞在を
お薦めします。
MCL滞在者の場合は、
最大限の安全を考慮しますが
保証するものではありません。
最悪の事態が起こってもMCLでは、
責任を負うことは出来ないので、
ご了承ください。

外務省海外危険情報フィリピン
本格的な体験やNGO活動を見たり、
体験することを希望する方々。
海外のNGOや外国人も
ほとんど入ったことの無い
山岳地域の僻村の貧困状況を知り、
集落の子どもたちに出会ったり、
将来その経験を仕事に生かしていきたい
という日本や外国の若者たち。
心から現地の子どもたちと友達になりたい、
訪問をきっかけに本格的な支援を考えたい、
と願っている中高年の方々には
MCL滞在は、大きな喜びとなり、
かけがえのない体験となるかもしれません。
ほとんどの訪問者が再訪を希望し、
泣きながら帰られます。
そのような訪問者の方々の思いや
若者たちの将来を考えて、
可能な限りの事は相談の上で、
要望にお応えしたいと思っています。

リサーチや卒論を目的とした場合、
スタッフの活動に同行して体験するというのが限界で、
それ以上のリサーチをしたい場合は断ります。
特に宿泊フィールドワークは、不可。
原則として、スタディーツアーも行っていません。

マノボ族の村、キアタウだけは、
現地の契約で宿泊可能です。
ただし、必ずスタッフが同行し同宿します。
以下に書かれていますので参照してください。

すでにスカラシップ支援をしてくださっている
方々の場合は、
現地の情勢や置かれている
子どもの状況如何にもよりますが、
支援している子の家にお連れいたします。


 現地スタッフが検討し制作した
訪問者のためのガイドラインとポリシー


T,訪問者は、MCLのスタッフやスカラー(奨学生)の同行無く、
  むやみに敷地外に出ることは出来ません。
 (誘拐の危険があるためなど・・・)
  訪問希望の方は、ダバオ空港に着く時間を、現地スタッフの宮木あずささんに、メールでお伝え下さい。
  空港まで、必ず向かえに行き、同行します。


2,訪問者は、MCLのスタッフの同行無くして、
  町や遠隔地に行くことは許されません。
  町へ行きたいときには、最低1〜2名のスタッフと複数のスカラーが同行。
  セキュリティーをかねて男子を含むほうが良い。

3,訪問者の個人の持ち物、とりわけ携帯電話、iPhone、
ラップトップ、カメラなどの電子機器を
安易に子どもたちに貸さないでください。
子どもの心理的発達に、読書と外遊びが優先されるため。

4,訪問者の居室に、スカラーを入れないでください。

5,訪問者は、特別な関係(恋愛関係など)を
  スカラーと持つことは許されない。
  帰国後フェイスブック、メールなどでの
  交流をしないでください(大学生は除く)。
  日本に来たら良いなどと誘われて、高校を中退したまま
  ダバオやマニラの海外リクルート(人身売買も多い)
  に応募して行方がわからなくなった子もいます。
  こちらでの高校生は、日本の中学生に相当します。
  また山の子たちは、信じられないくらい無知で素朴です。
  先住民族の場合などは、14歳から結婚適齢期とされ、
  習慣の違いから恋愛=すぐに結婚という形で
  親戚を巻きこんでエスカレートします。
  イスラムの場合は、手をつないだだけで結婚を親族から強要され、
  拒否した場合は、親族が怒りから殺害におよぶこともあります。  
  
またMCLは、本館は女子寮、男子寮は大学寮と併設にするように、
  福祉局から指導を受けています。
  高校生以下の恋愛関係を禁止、発覚した場合は保護者の元へ帰り、
  スカラシップは継続するものの保護者の管理下に置くことになっています。
  大学生およびスタッフは、恋愛を許可されていますが、
  MCL内部では恋愛行為が禁止。
  婚約
や既婚の場合は別で、これらは、
  スカラー自身が自主的に学生総会で決めた事でもあります。

6,訪問者は、スタッフ同様に、敷地内での禁酒禁煙を守ること。
  室内でも同様です。

7、敷地内で、上半身裸体またはセクシーな服の着用は控えること。

8,土日や平日などに、買い物などで町に行きたい場合などは、
  数日前にスタッフに申し出ること。
  仕事や私用を調整してスタッフが同行しなければならないためです。

9,男性の訪問者は、男子スカラー同様に、
  6時以降は高校大学女子スカラーの泊まる
  宿舎2階に入らないこと。

10,イスラム教徒がいるために、台所では、
   豚肉または冷凍豚肉を料理しないこと。

11,原則的に訪問者は、第2棟の二階に滞在するが、食事はどこでもかまいません。
   食事は、粗食ですが、出来るだけ子どもたちと一緒に食べてください。
   フィリピンの習慣である、主人と使用人、
   外国人と現地人、金持ちと貧困層が
   テーブルや食事内容を変えるという風習をMCLでは適応しません。
   週に数回ぐらい、町で食べるのはかまいませんが、
   スタッフ同行でお願いします。

12,訪問者がスタッフと活動地域に行く場合も、決してスタッフから離れないこと。
   敷地外の場合は、トイレに行くときも声をかけ、出来れば同行してもらうこと。

13,以上の事が守れない場合。また、子どもに対する肉体的、
   精神的にマイナスの影響を与える行為がある、
   とスタッフが判断した場合。
   スカラー(奨学生)から問題がスタッフに提起されてきた場合など、
   スタッフ会議が開かれ役員の裁決により、
   場合によっては退去などをしていただくことも
   あり得ることをご承知おきください。

14,戦闘、戦争、爆弾事件や誘拐事件の頻発など、ミンダナオの情勢が悪化し、
   訪問者の面倒を見る余裕が無い、とスタッフが判断したときも、
   退去していただくことがありえることもご承知おきください。


滞在者は、ビジター(短期訪問者)、ボランティア(長期滞在者)、
ボランティアスタッフの3種に分けられています。

T:ビジター(短期訪問者)とボランティア(長期訪問者)の場合:

@  ビジターとは:
滞在20日間以内(ビサ無し渡航可)の訪問者を、
MCLではビジターと呼びます。
受け入れ人数は状況によって逐次判断します。
ビジター用の部屋は2室、一室は2名、もう一室は4名寝られます。
ただ、ボランティアがすでに入っている場合もあり、
宿泊可能人数が限られます。
グループで訪問希望の場合は、本部は女子寮であるために、
女性の場合のみ他のスカラー(奨学生)と同室で寝る事が条件で、
複数滞在が可能です。時には、同じベッドで寝ることになりますが、
フィリピンの山の家では普通の事で、良い経験になることでしょう。
男性の場合は、部屋が2室しか無く、
一室は女子ボランティアがすでにが滞在している場合もあり、
男子ボランティアの滞在も含めて事情によって異なります。 

A  ボランティアとは:
滞在20日間以上の長期滞在者をボランティアと呼びます。
おもに若者たちを対象に考えています。
ボランティアの滞在限度期間は、例外をのぞき3ヶ月を上限とし、
現地受け入れ人数は、部屋の都合
および現地同行の可能性を考慮しますと、
常時最大で2〜3名と考えます。

B    ビジターおよびボランティア受け入れの目的
子どもたちと触れあう事によって友情をはぐくむこと。
可能な限度でスタッフと活動地域に同行し、子どもたちの背景を知り、
貧困の現実を見て理解すること。
そうした体験を経歴として、将来の仕事や人生で役立ててもらうこと。

他の若者たちにも機会を提供するために、
原則ボランティア体験は一人一回限りとします。
ただし、ビジターとボランティアスタッフの場合は別で再訪は可能です。

U:ボランティアスタッフの場合:

日本および現地に滞在しながら、長期にわたりMCLの活動を
根本的にサポートしてくださっている方々を、
ボランティアスタッフと呼びます。

本人または他者からの推薦や希望を受けて、MCLの現地役員が、
ボランティアスタッフとしての待遇を逐次決定します。
現地ボランティアスタッフは、常駐最大名程度を考えています。

註:日本人は現地では特例を除いて
(医師や看護師。海外における活動経験が長い人など)現地での活動は難しく、
ボランティアスタッフの仕事は、おもに対日本の作業を
手伝うことだと認識してください。
 

不登校、登校拒否、引き籠もり、家庭崩壊など、
様々な心的困難を抱えた若者たちの場合

特別な配慮をいたします。
こちらで、日本人の若者で、心的な障壁を
打ち破って立ち直る子たちも多く、
こちらも、支援策の一環として位置づけていきます。
直接松居友までご相談ください。


訪問に関する質問はこちらへ

現地日本人スタッフ宮木 梓(あずさ)
mclmindanao@gmail.com
(以前のアドレスも有効です)

日本窓口前田容子、FAX:0743 74 6465 /
電話:090 5091 7514


訪問希望の方は、ダバオ空港に着く時間を、
現地スタッフの宮木あずささんに、メールでお伝え下さい。
空港まで、必ず向かえに行き、同行します。


松居友に直接連絡されたい方は
Eメール:mcltomo@yahoo.co.jp(松居友)
携帯:日本及び現地転送 080−4423−2998
 ウエッブサイト検索:『ミンダナオ子ども図書館だより』

現地住所:Mindanao Children's Library : Brgy. Manongol Kidapawan City
Cotabato 9400 Philippines


   
 

日本人ボランティア
学生(大学院を含む)の
リサーチとフィールドワークの件
専門家や作家、教授クラスを除く


外国人をほとんど見たこともない現地の山の人々は、
外国人が、なぜこんな辺境に来るのかを疑われます。
ほとんどの場合、最大の目的はお金だと疑われます。
金鉱、資源、つまりトレジャーハンターです。
個人だけではなく、日本の資源開発会社も、
しばしば狙われています。

誘拐だけではなく、NGO関係者、ジャーナリスト、
先住民擁護の弁護士や
人権問題にかかわってきた議員やイタリア人神父も
わたしが現地に来てから、すでに7名ぐらい殺害されています。
特に戦争が起こる前に、事件が多発します。
ボランティアは、原則として最長3ヶ月ということになっています。
ビジターは、最長で1ヶ月です。

目的が、大学のリサーチにある若者が来るようになり、
キアタウのような契約がある場所はOKですが、どこでもとなると難しい。
特に宿泊する場合は、セキュリティーが大変です。
明らかに卒論や修論など個人的目的の場合は、
スタッフの活動に同行することは、ある程度可能ですが
独自にリサーチやフィールドワークで現地に入り、
宿泊滞在したいという希望が出ても、
MCLとして協力することは不可能です。
また、MCLでは、原則としてスタディーツアーは行いません。

現地が日本政府指定の上から2番目の
高度危険地域に指定されていて
日本政府が公に警告を発している
地域であるにもかかわらず、
政府の警告を無視して、
MCLが若者を送った事になるからです。
外務省海外危険情報フィリピン

専門家や作家、教授クラス
国際停戦監視団、UNHCRなどを除く



専門家の場合、現地の人々に有益
または、和平構築に有益と
判断される場合は、
MCLの現地スタッフと検討をしたうえで、
現地の市長、福祉局、政府側、反政府側
およびその筋の人々とも連携をとり
協力できる部分を検討し、可能な場合
ミンダナオ子ども図書館の
プロジェクトの一環として
スタッフの安全性も考慮して
協力することも考えます。




ぼく自身の体験から 
現地に足を踏みこんで3年目、ミンダナオ子ども図書館を始めたころ、
読み聞かせはおろか、医療の件で医師と交渉することも、ましては法人登録をすることも、
それどころか日々の生活すら一人では出来ない自分を見て、ため息が出たのを覚えている。

「ああ、言葉もわからないし、まるで小学校3年生か4年生程度だなあ・・・」
薪を使っての料理も出来なければ、井戸での洗濯もできないのだから。
当時高校生だった若者たちを学校に行かせてあげながら、
彼らに養ってもらっている自分が情けなくなり、せめてものお手伝いだと思って、
彼らが学校に行った後に、感謝の気持ちをこめて便所の掃除をしていたことを思い出す。

出来たことと言えば、読み聞かせに行くときなどの車の運転と荷物運び。
ほぼ10年近く自分一人で運転していた。だから今でもスタッフたちには、
MCLでは、運転手という仕事は無いよ、と言っている。
運転は出来るスタッフがやれば良い。

何か(ためになることを)やろうと意気込んで、
ボランティアを夢見てくると、失望が待っている。
青年海外協力隊の若者が、半年ほど落ち込む理由だ。

落ち込んでいると、周りのフィリピン人たちが心配して声をかけてくる。
「どうしたの、だいじょうぶ」
「これでも食べない」
「良かったこっちに来て、いっしょに食べよう」
仕事もしないで、お喋りしてばかりいるフィリピン人・・・と軽蔑していたのに、
落ちこんでいるときにひょんなことで救われて、心が開いて友達になり、
それからようやく本当の仕事が始まった。
これは、実際に青年海外協力隊の若者から聞いた言葉。

そして、ようやく仕事が始まるかなあ・・・と思った頃、日本に帰っていく。
MCLに来たとしても、同じだろう。ボランティアだけでは何も出来ない。
だからといって、何もしないで食って寝ていれば、単なる穀潰しの居候にすぎない。
MCLでは、仕事は言われてやるものではない、自分で作れという考えだから、
仕事を与えるわけでも無く、本人が何をやりたいか言い出し、活動し始めるまでだまってみている。
(会社でも、仕事は与えられるものでは無く、自ら創り出すものだ!)
ただ、現場に行く機会はなるべく作り、現地で見たり体験したことが、
ここでは発揮できなくても、将来仕事をしていくうえで役に立てば良いと考えている。

 
訪問者への接待もしっかりしていて、おいしい料理も特別に作ってくださり、遊び気分で
海辺のリゾートも楽しめる孤児施設を訪問なさりたい方には、ハウスオブジョイをお薦めします。



ミンダナオのコタバト州は、政府の高度の危険レベル地帯に指定されています。
訪問前に、政府の安全情報を確認されることを強くお勧めします。

外務省安全情報:フィリピンへ

現地での事故、盗難、誘拐、傷害や死亡に関して、ミンダナオ子ども図書館は、
独自の経験に基づいた観点から最大の注意をはらいますが、
何か起こった場合の責任は負えませんので、十分この点をご留意ください。



ビジターやボランティア訪問、体験訪問の方々の場合
危険地域なので、車でダバオ空港までお迎えにあがります。
現地での活動やプロジェクトに同行する形が基本です。
現地での活動が優先されることから、スタディーツアーは行っていません。

不登校、登校拒否、引き籠もり、家庭崩壊など、
様々な心的困難を抱えた若者たちの場合

特別な配慮をいたします。
こちらで、日本人の若者で、心的な障壁を打ち破って立ち直る子たちも多く、
この場合は、数週間の滞在をお薦めします。
こちらも、支援策の一環として位置づけていきます。直接松居友までご相談ください。
Eメール:mcltomo@yahoo.co.jp(松居友)

保育所建設寄付者の場合
開所式や建設に出席することが可能です。
出席希望の場合は、可能な日取りをあらかじめお教えください。
その日に合わせて、建設を開始いたします。
また、開所式後でも、寄付された保育所へお連れし、
子どもたちへの読み語りを体験できるようにいたします。
現地状況(戦闘など)により、保育所建設年月が不安定であることをご了解ください。

訪問に関しては、本部の日本人スタッフ宮木梓(あずさ)さんにご連絡ください。
Eメール:mclmindanao@gmail.com(Miyagi Azusa宮木あずさ)

子どもたちにとっては、MCLファミリーつまり家庭に泊まっていただく気持ちなので、
宿泊料金はとっていません。そのかわり、特別な接待もいたしません。
もしも可能でしたら、子どもたちのために、自由寄付を置いていっていただければ幸いです。
ただ、子どもたちが、自分たちで歓迎会と送別会をしたいというので、
自己紹介をかねて、歓迎会と送別会を行っています。
ミンダナオ子ども図書館は、大きなファミリーのようなもので
訪問者の方々に特別なことはできませんが、家族の一員として、心から歓迎いたします。


ミンダナオ子ども図書館は、現地の人々や子どもたちを中心に考え活動しているNGOです。
また、様々な状況に応じて、外部に向かって、時には危険な、時にはハードな活動を行っています。
したがって、訪問者のご接待よりも、活動が優先されること。
訪問者よりも、現地の子どもたちへのケアが優先されること。
危険な地域または活動の内容によって、同行をお断りすること。
戦闘などの場合によっては、すぐに現地から退避されることを、お願いすることがあります。

また、誘拐などの理由から、キダパワン市内においても、
単独行動、日本人だけの行動は絶対にお控えください。
必ずスタッフと同行でお願いします。

現地は、一見平穏に見えるので、ヨーロッパやアメリカ、
他のアジア諸国を漫遊した経験から、同様の不用意な行動が見られることがあります。
ミンダナオ子ども図書館では、町の市場等を見学する場合も、
スタッフやスカラーを同行者として付けています。
その指示やアドバイスにしたがってください。

従われない場合は、お帰りいただくともありますので、ご留意ください。
現地での事故、盗難、誘拐、傷害や死亡に関して、
ミンダナオ子ども図書館は、独自の経験に基づいた観点から最大の注意をはらいますが、
何か起こった場合の責任は負えませんので、十分この点をご留意ください。




訪問に関する質問はこちらへ

現地日本人スタッフ宮木 梓(あずさ)
mclmindanao@gmail.com
(以前のアドレスも有効です)

日本窓口前田容子、FAX:0743 74 6465 /
電話:090 5091 7514


訪問希望の方は、ダバオ空港に着く時間を、
現地スタッフの宮木あずささんに、メールでお伝え下さい。
空港まで、必ず向かえに行き、同行します。


松居友に直接連絡されたい方は
Eメール:mcltomo@yahoo.co.jp(松居友)
携帯:日本及び現地転送 080−4423−2998
 ウエッブサイト検索:『ミンダナオ子ども図書館だより』

現地住所:Mindanao Children's Library : Brgy. Manongol Kidapawan City
Cotabato 9400 Philippines





ミンダナオ子ども図書館での体験
子ども達と一緒に

久住泰平

かつて僕は引きこもりだった、と自分の体験を語ってくれた久住くん 

 74日から84までの1か月間、MCL(ミンダナオ子ども図書館)に滞在させて頂きました。
ミンダナオの山岳地域やイスラム地域での
MCLの様々な活動に参加させて頂いたり、
国際監視団の視察に同行させて頂いたりしたのはどれもとても貴重な経験をすることができました。
なかでも
MCLの子どもたちとの共同生活からはとても多くの事を学び、体験しました。
一緒に毎日ご飯を食べたり、外で元気に遊んだり、たらいで洗濯をしたり、
絵本を楽しんだ、子ども達に導かれました。

「仕事はあたえられるものじゃなくて、自分で切り拓いていくもの。
できることを何でもやってみてください」友さんの言葉に背中を押してもらって、
MCLのスタッフや他のビジターにも協力してもらって、七夕の短冊を子どもたちみんなと書きました。
学校を修了して、将来は先生になりたいたくさんの子どもたち。
ナースやお医者さんになって多くのひとを助けたい子供たち。
家族や友達の幸せやミンダナオや世界中の平和を願う子ども達。
グアバの木の枝を彩った子どもたちの七夕のお願い事は
11つどれも素敵なものばかりで、
子ども達の夢の実現を応援したいと思ったり、
そのために自分には何ができるのかを自然と考えるようになりました。


ミンダナオ子ども図書館子どもたちの七夕のお願い事
2013年7月
 クリックしてPDFへ 

子ども達と友達になって、同じ目線で一緒に遊んでいるとたくさんの発見をしました。
その
1つが、表情豊かに絵本を読み語る子ども達の表現力。
日本語の本でも一度、英語で読み聞かせをしてあげると、すぐほかの子ども達にビサヤ語で読み語ります。
声の抑揚や体をうまく使って、読み語るので現地語のわからない僕も
たちまち周りの子どもたちと一緒に物語の世界に惹きこまれていきました。
まず子ども達と一緒に絵本を楽しんでいるといくつかの事に気が付きました。
言葉がわからなくても、子ども達は絵が美しく、楽しい日本の絵本をみるのが大好きだということ。
そこで、日本の絵本を英語に翻訳することを始めました。
子ども達と一緒に楽しく翻訳に取り組むなかで、面白いアイディアを思い付きました。
僕が日本語の絵本を英語に訳した後に、今度は子ども達がそれをビサヤ語に翻訳しました。
ストーリーを楽しみながら、子ども達と一緒にわきあいあいと取り組む翻訳活動はとても楽しいものでした。
週末の読み語りで子ども達が堂々とこれらの絵本を読み語るのをみていると
子ども達との温かい時間を思い出し、自然に笑顔になりました。

「子ども達と友達になって、それから自分にできることをみつけよう」
友さんが日頃色々な場面でおっしゃっているこの言葉に出会って、その時
MCLに行くことを直感しました。



高校生で初めての海外の琴美さん
お別れ会で、子どもたちが泣いた 
 

17歳、高校3年生の琴美さん、北海道から一人で、初めての海外
といっても、看護婦でお忙しいお母様が、初日、一泊してこられたが・・・
どうしても、どうしても、どうしても、どうしても来たくって! 
来て良かった。友だちがたくさん出来たのが、何よりもうれしい。
  
   


松居さん、こんにちは!

鈴木琴美です。昨日家につきました。
家に帰ってからも、何回もMCLで撮った写真を見たり、
今頃みんな学校かなーとか、ご飯の時間かなーとか考えちゃって、
すごく寂しいです。
すんごくMCLに戻りたいです(*_*)

初めて日本以外の国を、自分の目で見て感じて、
町も車も匂いも生活も文化も、全て日本と違うことにドキドキして
見るもの見るもの興味を感じました。

全部が忘れられない経験ですが、1番頭の中に残ってるのが、
陽さんと何人かの子どもと、クリスティーの家に行ったことです。
クリスティーが毎回毎回、一緒に家行こうって
言いに来てくれたこともうれしかったです。
クリスティーの家まで、泥道を歩き、川を渡り、バナナ農園を通り、
こんなとこに家あるのかと思いました。

でも子供たちがすんごい楽しそうに、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら
ジャンプしたり、じゃれあったりして、歩いたり走ったりしてるのを見て
私も楽しかったです。
たくましいなと思いました。
クリスティーの家族は、初めて会った私に、すごく優しくしてくれました。
厳しい生活環境にいながら、すごくあったかい家族だなって感じました。
クリスティーのお姉ちゃんっぷりを、見ることもできました。

クリスティーの家族たちだけでなく、
MCLの近くにいる人も、アンティパスやマロンゴンにいる人、
みんなすごく優しくて、あったかかったです。
見知らぬ私にフルーツくれたり、話しかけてくれたり、笑いかけてくれたり、
すごいうれしかったです。
たくさんの人のあたたかさに、触れることができました。

MCLの中もいっつも楽しかったです。
他のビジターやスタッフに比べたら、全然英語しゃべれなくて
最初話すのが怖かったけど、
どんどん話してくうちに、お腹痛くなるくらい笑ったりずっと話してたり、
会話力に乏しい私でも、ここまで仲良くなれたと思って
すごい楽しかったしうれしかったです。
相手の言葉を聞こうって気持ちと、言葉を伝えたいって気持ちと
あと笑顔があれば、なんとかコミュニケーションとれることがわかりました。

大学にも行って、1日だけラマダンも経験して、
洗濯や子供たちと勉強したり、家のペンキ塗りや
車の中や外にあんなにぎゅうぎゅうに乗るのも初めてだったし
書ききれないくらいたくさんのこと経験して、感じることができました。
ほんとに行ってよかったなって、思います。

ビサヤ語や生活のことやフィリピンのことなど
子供たちからいろんなことを教えてもらって、
わたしもちょっとは、日本語とか子供たちに教えたけど
それ以上に、教えてもらうことの方が多くて、
たくさんたくさんお世話になりました。

友さんやエイプリンや陽さん、
スタッフの人やビジターの人にも、たくさんお世話になりました。

本当にありがとうございました。
またぜひMCLに行きたいです。
今の私の目標は、大学生になったら
MCLに泊まって、キダパワンのUSM大学に留学することです。

ビサヤ語や文化を学んでみたいと思ったし、
それ以上にもっとフィリピンの人たちと
話したり関わったりしてみたいなって、思いました。

長くなりましたが、本当にお世話になりました。
ありがとうございました!!



訪問に関する質問はこちらへ

現地日本人スタッフ宮木 梓(あずさ)
mclmindanao@gmail.com
(以前のアドレスも有効です)

日本窓口前田容子、FAX:0743 74 6465 /
電話:090 5091 7514


訪問希望の方は、ダバオ空港に着く時間を、
現地スタッフの宮木あずささんに、メールでお伝え下さい。
空港まで、必ず向かえに行き、同行します。


松居友に直接連絡されたい方は
Eメール:mcltomo@yahoo.co.jp(松居友)
携帯:日本及び現地転送 080−4423−2998
 ウエッブサイト検索:『ミンダナオ子ども図書館だより』

現地住所:Mindanao Children's Library : Brgy. Manongol Kidapawan City
Cotabato 9400 Philippines





 ボランティアの最近の活動から

ボランティアも手伝ってゴムの苗を運ぶ 

ボランティアも手伝って、学用品を渡した 
 私、いったん就職したけど
どうしても来たくて。
父さんに言ったら、言い出したら聞かない!
パッキャウの居るところだろ、行ってこい!
今までも世界を一人で旅したけど、
これからさらに、世界中を回ります。
でも、ここは特別!また帰ってきます。
ぼくは、高校時代は引きこもりの不登校。
でも、自分で勉強して資格を取って
大学に入って、ボランティア活動を始めた。
フィリピンは数回来ているけど
ボランティアとは何か、考えさせられた。
まずは、友だちになること、なんですね。
それから、何が出来るか考えれば良い。 
ビジターで一週間滞在された
若田尚里さん
短い滞在期間だったけど
とても充実していました。
また必ず来ます。
 

ボランティアも手伝って
保育所建設も進めている 
   

17歳、高校3年生の琴美さん、北海道から一人で、初めての海外
どうしても、どうしても、どうしても、どうしても来たくって! 
来て良かった。友だちがたくさん出来たのが、何よりもうれしい。


IMT国際停戦監視団の中川さんを案内して
サパカン集落に行った 

上の写真の若者は久住君。
今回MCLのビジターで訪問滞在している。
秋田国際教養大学で勉強中で、
現在、米国の大学に留学中。
休みを利用してMCLへ。
大学でフィリピン支援活動を始めたが
ミンダナオは、カガヤンデオロの
洪水支援についで二度目。 
「JICAは、僕のあこがれ
IMTの中川さんにどうしてもお会いしたい」
と繰り返し言われ、フィリピンの現状を
多少なりとも理解しているし、同行を許可。
MCLでは、特別な理由を除いて
訪問者を極度の危険地域にはお連れしない

しかし、その熱心さに負けて今回は同行。
中川さんにいくつも質問を重ね
中川さんも、喜んで対応してくださり
気があったようだ。

かつて僕は引きこもりだった、
と自分の体験を語ってくれた。



日本の若者たちの未来を考えて可能な限り、
訪問ボランティアを受け入れていますが、規定をよくお読みください。

現地の人々からも、またローカルLGOからも、この学校を新築したい
という、要請が長年あり、良い機会なので、中川さんにそのお話をした。


MCLが担当するわけではないが
実現すれば、子どもたちも地域の人々も
心から喜ぶだろう
ここにも、MCLの奨学生がたくさんいる 





ミンダナオにおける紛争の特徴
危険の特徴

1,紛争が起こっていることを感じさせない奇妙な紛争.

 ミンダナオは、現地があまりに自然豊かで、人々の表情もある意味で生き生きとしているので、
 この様な地域で30年も紛争が続いているなどとは想像が出来ない。
 しかも、3年から5年置きに、比較的大きな戦闘が起こり、
 そのたびに大量の難民が出ているといった事が繰り返されているのだ。

 私自身、2000年にミンダナオのダバオオリエンタルに入ったときには、
 この島でこんな大規模な戦闘が起こっていることすら意識しなかった。
 実際に日本の新聞では、国軍兵士が30人ほど死亡の小さな記事しか無かったし、
 当時ミンダナオで50万人近い難民が出ていると言った事実を知っていた人は、
 一般国民の中には皆無だったのではないだろうか?

 現地には、赤十字を始めとする国際的なNGOが活動していたから、知られないはずもないのだが、
 とにかく、偶然現地で地平線まで続くかと思われる難民キャンプを見て唖然としたのだった。
 あの光景は忘れられずに脳裏に焼き付いている。

 世界のNGOが集まった現地は、当時NGOの見本市とまで言われたが、
 翌年、アフガン戦争が勃発したとたん、潮が引くように国際NGOが消えていった。
 まだ、大勢、難民が居るというのに・・・
 支援を継続させたのは、ミンダナオ子ども図書館といくつかの現地NGOだけ。
 その後も、たゆまず、読み語りやスカラシップ、医療による平和構築活動をしているのは、MCLのみ。

 あの風景に比べれば、今回の戦闘はまだ小規模で、拡大しなければ良いがと思う。


2,世界の紛争体験者が見た、ミンダナオの紛争。

 チベットなどの紛争を体験してきたCさん曰く。
 
「ここは、一見平和そうで何も起こっていないように見えるだけに、とっても怖い!!!
 チベットなどでは、民衆が蜂起して騒然となる。
 だけど、ここではジャングルや普通の民家に反政府組織がいて、
 30年以上にもわたってプロフェッショナルな兵士として訓練と実践を繰り広げて来ているから、本当に怖い。
 どこで何が起こっているのかわからないし、よそ者には現地の色分けが分からない。」

 アフガニスタンで選挙監視団を体験した来た人が、2006年の選挙監視をコタバトでしたときの印象
 
「アフガニスタンでも選挙監視をしてきたが、こここは比べものにならないほど怖かった」
 この選挙期間は、しばしば小規模の戦闘が起きた。
 ミンダナオの怖さは、一見まったく平穏で何もないように見えるところに、突然激しい戦闘が起こること。
 相手がプロフェッショナルで、なかなかその姿が見えない点にあると言う。




3,地域情勢は現地でないとつかめない

 地域情勢も、現地で、現地に長く住んでいないとつかめない。
 一見、日本的感覚から見ると、どこも平和な森やジャングルや村に見えるだけだから、
 どこが反政府組織の村かは、地域の人々しか知らない。
 現地で英語でたずねても、絶対に安易に話さないだろう。
 それほど、よそ者に対する警戒心は強いし、不安も大きい。

 不用意な言葉は危険を招く 
 例えば、乗り合いジプニーやレストランで、ちまたで、英語や日本語でNPAやMILFといった言葉を
 交えた会話をしたとしよう。時々、日本からの訪問者に見られる行為だが・・・とたんに周囲が緊張する!
 私は、日本人同士で話すときには、NPAと言う呼び名を隠し、日本語で新人民軍などと訳して話す。
 周囲が緊張し警戒心を起こしたくないからだ。
 妻のエープリルリンなどは、怖い顔してにらみつける。
 そんな言葉を、見知らぬ人がいる、こんな所で不用意に吐いてはいけない!

 現地情勢が見えて来るには、現地語を理解する必要がある。
 相当腹を割って信頼しあえる関係を構築してからでないと、本当の事は誰もかたらない。
 また現地語を知っていれば、彼らが語っていることも理解できる。
 フィリピン人は日本人と同様に、本音と建て前が異なったアジア人だと感じる。

 心から信頼できるパートナーが必要
 私の場合は、この地で妻として歩き始めてくれたエープリルリンの存在は非常に大きい。
 誠実ではっきりと意見を述べてくれるので頼りになる。
 彼女が居なければとても今の仕事は出来なかったしこれからも出来ないであろう。
 加えて、共同生活をしているスカラーたちの存在も大きい。

 スカラーの中に、NPAもMILFも居ると事は知っている(聞かないが)・・・・
 彼らは、それなりのサジェスチョンや現状を教えてくれる。
 これは、どのようなニュースやアドバイスよりも参考になるし、
 活動する前は必ず可能な限りの情報を現地とつながりがある人々から収集し、同行を求める。

 現地の人が、政府よりか反政府よりか、等と、白黒で考える考え方は、ミンダナオでは通用しない。
 庶民は、両方とつきあっているから、両方の立場を理解して、状況におおじて使い分けている。
 なかなか真実は言わない。言うと危険が身に及ぶこともあるので。
 山の人たちは、昼間は政府軍も家に歓待して語り合い、
 同じ日の夜には、反政府の人々が、一夜の床を借りていったりする。
 

4,それでも、日本人であるがゆえに、危険を忘れている時もしばしばある。

 私自身は、自分の身に何が起こっても仕方がないと覚悟はしている。
 スタッフ達には、誘拐が起こったら狙いは僕だから、僕をおいて逃げるように、
 絶対に抵抗してはいけない、と言い聞かせてある。
 身代金は、払ってはいけない、目的は身代金だから、払わない限りは生かしておく。
 警察に通報する前に大使館に通報するように、とも話してある。
 
 特にジャーナリストの殺害はイラクに次いで二番目と言う記録もあり、アムネスティーも抗議している。
 現地のNGO関係者や、トレーダー等のビジネスマンが誘拐の対象として狙われる。
 短期のヴィジターは、不用意に歩き回らなければ大丈夫だろう。

 貧しい人々と接触していると、どうしても反政府的な人々との関わりが多くなる。
 トレーダーやビジネスマンなど、金銭に関係している人々は、
 資金目当てに反政府勢力から狙われると、一般に言われている。
 とにかく、外国人は、お金を持っていると見られている、財布が歩いていると思われていると言って良い。
 マニラよりは素朴で安全だと思うが・・・






訪問に関する質問はこちらへ

現地日本人スタッフ宮木 梓(あずさ)
mclmindanao@gmail.com
(以前のアドレスも有効です)

日本窓口前田容子、FAX:0743 74 6465 /
電話:090 5091 7514


訪問希望の方は、ダバオ空港に着く時間を、
現地スタッフの宮木あずささんに、メールでお伝え下さい。
空港まで、必ず向かえに行き、同行します。


松居友に直接連絡されたい方は
Eメール:mcltomo@yahoo.co.jp(松居友)
携帯:日本及び現地転送 080−4423−2998
 ウエッブサイト検索:『ミンダナオ子ども図書館だより』

現地住所:Mindanao Children's Library : Brgy. Manongol Kidapawan City
Cotabato 9400 Philippines





日本人(外国人)
を受け入れるにための準備


今まで、ミンダナオ子ども図書館は、その活動においては、現地の人々のことしか視野に入れずにプロジェクトを推進してきた。
しかし、日本の、特に若者たち同士の交流をも視野に入れることを考え「Mの会」の力で、ゲストハウスを作ることになった。

しかし現地と日本では、思い描いている以上に、文化的、生活的ギャップがあることも確かで、
しかも、フィリピン法人として、プレシデント、バイスプレシデントを始め、執行役員はすべて現地人。
確かに私は、エキゼクティブ ダイレクターでファウンダー(創立者)という地位なのだが、
現地での運営はフィリピンサイドが責任を背負って行っており、私の意見がすべて通るわけもなく、合議制で進めている。
彼らが、現地側の意見として、否定的な見解を出してこれば、私も受け入れざるを得ない。
というより、私は必ず彼らにアドバイスを求め、その判断を尊重して事を進めている。

私自身は、彼らに、先進国の生活は物質的に豊かだが、
実質はたいしたことはなくミンダナオの方がよっぽど心が豊かだという話をするが・・・
門戸を開くと決めたからには、皆さん方にもそれなりの理解をお願いしたい
まずは日常生活から・・・


訪問者の手引きが出来ました。
訪問希望の方、特にボランティア希望の方は必ず、以下をクリッしてお読みください。


郷にいれば郷に従う
事ができますか?

まずはトイレから
ビジターにとって、これが一番、悩みの種のようだ!!!

これがトイレだ。日本のように蓋がない。直接陶器の部分にお尻をのせてする。
日本的な感じでは、おしっこがかかっているのではないかと、衛生上不安になる。
どうしても座る気になれないだろう
そこで、日本人用に蓋を置くことにした。
普段は乗っていないから自分で置いて欲しい。
一番の問題は、トイレットペーパー
ここでは、トイレットペーパー等、
高くて買えない人が多い
山では売っていない。

そこで、お尻をきれいにするのに手を使う。
写真の水くみを、
便器に座ったままの姿勢で
背後からお尻にかけて
手の指でウンコを洗い落とす。
もちろん手に付くが
それも最後にきれいに洗い流す

街のデパートでは、トイレットペーパーを
売っているので、それを使っても良いが、
トイレが詰まらないように、ビニールに入れて
ゴミ箱に捨てること

使用方法、まずは便器を水で流す。
大概は清潔なのだが、おしっこがついている不安があれば洗う方がよい。
手動式水洗便所だから、ウンコは写真のように水で流す。
そのさい、便器ごと水をかける。
最後には、周りのタイルにも水を流して
便所自体をきれいにして終わる

私は、もちろん現地式でトイレを使っている。聞くところによると、インドや東南アジアでは同じスタイルだという。
今では、日本の便座で、使用後水をザバザバかけない便座の方が不潔に感じるぐらいだ。
お尻も水で洗わず紙だけだと、ウンコが残っている気がする。
ウオッシュレットなら良いのだが、ミンダナオ式の方が清潔感がある。

良く聞かれるのが、水でお尻を洗った後、どうやって乾かすの?
答えは簡単
濡れたまんまパンツをはく。暑いから自然に乾く・・・・
ハンカチなどという、高級なものを持って生活している子はほとんどいない

アジアなどを旅した人は問題ないが、欧米様式の生活に慣れた人は躊躇するようだ。
私は、北海道時代に山に登り、アイヌの人々とも自然のなかで生活したので
こちらの山の、トイレの無い生活も問題がない。水がなければ、木の葉で拭く。
ミンダナオで何よりも助かったのは、自然の中で生活できる体験を北海道でしていた事だった?



《郷に入れば郷に従え》    山元 眞 しんぷ(Mの会)

 2005年11月末に初めてミンダナオ子ども図書館を訪ねた。

 今でもはっきりと思い出す。初めてトイレを見て、松居さんから「使用方法」を聞いたとき
《郷に入れば郷に従え》という諺が思い浮かんだこと…。

 「マニュアル・ウオッシュレットで最高だ、これ」とたぶん声を出して叫んだ?と思う。
すべてがマニュアル、アナログの世界で、自分の幼少時代に
タイムスリップした気がして懐かしくもあった。


 不便であることが自然。自然は身体にも心にもいい。

 今は廻りを見渡すと人工のものばかり。温かいものがあまりない。
ミンダナオには、きれいな空気、土の温かさ、肌にフィットする風がある。
《生きた心地》がする。

 新しいものがいい、新製品はそれまでのものよりもいい…という価値観がひっくり返った。
同時に「経済のシステム」に人間は振り回されていることにも気づいた。
 人々を犠牲にして、一部の人が富を得る。
果たして「便利」なものは本当に人間にとって「いいもの」なのか…という疑問も湧いてきた。

 科学の発展やモノの進化は、本当に人間の成長に役立っているのか疑問に思えてきた。
人間をだんだんと怠慢にしていく…。できることができなくなる…。
気をつけないと「退化」してしまう。


 幼稚園では、自然のもの、本物を大切にしている。

 人間の成長発達段階は、どんなに科学が発展しても、いつの時代も変わらない。
時代が進んだからといって赤ちゃんは以前よりも成長して誕生してくるだろうか。
かつて6歳になってできることが、今では2歳でできるようになっただろうか。

 人間の動作。つかむ。つまむ。ねじる。まわす。たたく。押す。
ひっぱる。さらには、歩く、走る、跳ぶなどの動作はすぐにできるものではない。
それぞれの成長発達段階に応じて、繰り返しながら、少しずつ身につけていくもの。

 今、中学生になっても、先のような動作が的確にできない若者が
増えているように思えてしかたがない。

 このような神経、筋肉の発達にともなう感情や感性の発達も十分でないような気がする。
そのような人間の基本能力が身についていないと、
人のことを思いやるなど人間の《高度な力》は育たない。

 ミンダナオ(子ども図書館)を訪ねるたびに息を吹き返すような気分になる。
足の裏から《なつかしさ》を感じる。4回目の今回は手洗いで洗濯もした。
手押しポンプで水をたらいに汲んで…。靴も洗った。草取りもした。

自分の身体がとっても喜んでいるように感じた。












写真は、山元撮影

次に洗濯と水浴び
以前は、洗濯も水浴びも、
蛇口でしていた。

しかし、若者たちは、
川での洗濯になれているのか、

はたまた、とにかく洗濯好きの性格か
蛇口の栓を閉じることなく、

水が常時出しっぱなしで
大量に使われる。

これにはほとほと参ってしまった。


水道では大変な金額になるので、早速水道は料理用に限定した。
キダパワンはアポ山に近く、水道は飲み水として問題はないが、キッチンの蛇口の水のみを使用してください。

洗濯と水浴びが大量に水を使う原因なので、そのために井戸を掘った。
二つ掘ったが、最初は電動ポンプで蛇口とつないだせいで
相変わらず開きっぱなしの蛇口から大量に水が使われて、手堀の井戸がすぐに干上がって使えなくなり、ポンプも壊れた!

さすがに頭に来て、蛇口はひねる形式から、押すと自然に戻るものに代えて、洗濯と水浴びに使えなくした。
深井戸をドリリングで掘ることも計画にあるが難民が出たりで予算が付かない、ほとほと困り果てて最後に打った手段が
昔ながらの手漕ぎのポンプ!!!


水浴中のロザリナ
水浴びは、服を着たままするのが普通だ。
石けんを使って、服の下の体を洗い、最後に水をかぶって流す
井戸水だとそれほど冷たくないが・・・・

山では、川縁の泉で同じ光景に出会う
小さい子たちは、素っ裸で水浴する
川で洗濯して、
最後に水浴びをしてお仕舞いというケースが一般的

手堀の井戸は、男女を分けて
今は、女の子用を二つ、
男の子用を一つ掘って、使っている。
これだと水が出しっぱなしになることなく、
合理的で節約できる。
洗濯物干しも、各々の井戸に近く別にしている

日本という先進国から来た者として
何も知らない現地の若者に
彼らがあこがれているだろう、「文明生活」を学ばせたい
大きくなって海外に出てもいっぱしの文明人として役にも立つだろう
そんな思い高ぶった事を当初は考えたが、
その思惑は、この5年間の共同生活でことごとく崩れてしまった


今は、井戸端風景の無い日本
スイッチを押せば全部洗濯機が全自動でしてくれる先進国の生活が
ひどく味気ないものに感じられる
ただし、ビジターは井戸端でなくとも右の写真のような
シャワー個室で水浴びが出来るからご心配なく

せっかくミンダナオに来たのなら、
若者たちと一緒に井戸端で洗濯し水浴びをすることを、お薦めしますが・・・・
結局、こちらでの生活は、どこにでもある村の風景に戻っていた。
昔ながらが一番。


来客は、右側のシャワー室で
水を浴びられる
もちろん、お湯などは出ない


洗濯は最高のストレス解消作業
襟元など、汚れやい部分は
特別に石けんをつけてゴシゴシ洗う。

頭に来ているときは
特に思いっきり力を入れて
汚れを落とす(冗談)

私も良くやったが、
今は忙しくて洗濯の暇もない。
その分、ストレスが激しい。

洗濯は、数人の気のあった仲間と
わいわいお喋りしたり
手伝いながらやるのがふつう。
ここでのコミュニケーションは
日課の一部
洗濯風景のあるところに
喧嘩はない?

何とものどかな風景だ
体力も付く

結構集中力も必要だし
力のいる作業だから
その分、よけいな事は忘れられる


洗濯物がミンダナオの風と日差しを浴びて、喜んで息をしている!!!!


炊事はどうするの?
ご飯の食べ方は?

日々の食卓の野菜つみ
野菜は、スカラー達が自分たちで畑を作って植えている。少しでも自立した生活をしたいという気持ちから・・・
豆やオクラ、芋やピーナツなど自分たちの山で植えているような野菜を作っている

ただ、焼き畑的な移動農業で、私の目には全部が雑草に見える!どこに野菜があるのか探すのが大変。
これから農地を広げて、仕事がないマノボの家族や卒業生達の農業指導場として展開していく予定。

農業指導員がいてくれたらと、良く思う。ただし、農薬と化学肥料をベースにした日本式農業が、どこまで通用するかは不明だが
結局、現地式に戻っていくのかもしれない?????

ドジョウインゲン
ウナギインゲンと名付けた方が良いほど長い
オクラは、こちらでもオクラという 私には、雑草にしか見えないのだが
雑草の中に野菜が混じっている
日本ではハトウリと呼ぶのでは?こちらではオポ アナリンがキノコを見つけた
これは自然のものだが、食べられる
こちらの大根は小さい
日本に行ってまず驚くのが大根の太さ
住んでいる人々の足に比例する?

農業はまず自給から

山羊の飼育を始めた
寄生虫を警戒して
家屋形式で育てている
山羊はスペースも取らずミンダナオには合っている


最初は、肉用の山羊から
食べるのは可哀想?
バプテストルーラルライフセンターで
飼育方法を学びながら


美しい庭も若者たちで造園した
さぞかし高価だっただろうって?
経費はゼロ。近所から頂いた株分けで
芝生すべても増やしていった

5ヘクタールの米の収穫
2期作だが、食べ盛りの子たちなので
半年しか持たない


籾米を干すのも
スカラーの若者たちの仕事だ
今は、学校に行っている


全部雑草に見えるが
れっきとした野菜畑だ


アジア学院の元副校長の長嶋ご夫妻が来られたときに、「農業は、自給をまず基本にして、
現地の市場に出荷するような方向で、地元に根ざした展開をするのが良いように思う」と言われた。

当時、そんな儲けがわずかしかない現地消費よりも、日本に輸出すれば大きな利益があがるはずだ、
ミンダナオのような狭い場所で、小規模のみみっちい利益の仕事を苦労して熱心に進めるよりも、
海外消費を視野に入れた世界規模のトレードの方が、貧しい人々の経済を潤すはずだ、と考えたのを思い出す。

しかし、今は、人々がトレードに収益を頼るのではなく、地元に根ざした経済圏のなかで、
金持ちにならなくても、少なくとも三食たべ、子どもの病気を治し、
学校に行かせられるような社会を作ることが大切だと考えるようになった。

確かに、日本はトレードで経済発展をさせてきたが、自給をおろそかにしたつけが、これから回ってくるのではないか?
アメリカに製品を買ってもらっていた頃は良いにしても、
トレードに頼った社会が、いかに不安定かを、これから体験するのではないか。

ミンダナオに来て良かった、と思う。
若者たちに教えることより、若者たちから学ぶことの方が多い。



料理は、最初はちゃんとした、二階のキッチンでしていた。
ガスレンジも冷蔵庫も置いたし、一通り料理道具もそろえたが、手狭で効率が悪く、
急きょ見かねて一階に、こちら式の薪でやる台所を作った。

こちらでは、ダーティーキッチンと卑下して呼ぶが、いつの間にか、全部こちらで料理するようになった。
70人分の料理を、子どもたちだけでチームを組んで、効率よく料理していく。
いや間違えました。効率よりも、お喋りしながら楽しく料理していく、と表現した方がよい。



魚の解体は、内臓を取り
大事に卵を別にして・・・

その後、勇んで買った文明の利器
冷蔵庫やレンジはどうなったか。
ほとんど使われずに崩れてしまい
古物商に売ってしまった。

ガスレンジも壊れて使い物にならず
すべては、薪に代わった。

オーブンは今も使用は出来るのだが、
誰も使おうとはしない。
食べ残し置き場となっていた。

唯一使っているのが、電気釜と冷凍庫だけ。


最初の頃は、電気もない山育ちで、家電製品も使ったことのない、哀れな子たちに
せめて電化製品の使い方を教えてあげたいと思ってそろえていたのだが、
今思うと、得意げになっていた自分がみっともなく思える!

文明の利器は、それから、次から次へと壊れていき、
彼らが元に戻していく山での炊事スタイルの方が、よっぽど効率的で経済的、料理もおいしいことが分かり、
今は、先進国カゼ、金持ち国カゼを吹かせていた自分を深く恥じている。


生活スタイルは、時を経るにしたがって、逆にこちら式になっていった。
Back to Nature!!
先進国の文明が、いかに脆くはかないものか、つくづく感じるこの頃。

私は、この子達との生活を誇りに思い、彼らに養われていることを、心から感謝している。


ガスレンジやオーブンも使えるが
誰も使おうとしない
残りご飯の置き場になっている
電気釜は生きている
大量にご飯を炊くからだが、薪でも十分だ
唯一役に立っているのが冷凍庫
魚を冷凍して保存しておく

ご飯の食べ方

お皿一つが一人前。粗食だが・・・上は二人前
ご飯は好きなだけお皿にとって食べる

私も子どもたちと一緒に、
一緒のものを食べて生活している


特別扱いされなくなったら、心に壁が少し消えた証拠。

フィリピンではよく、家主や客は、使用人とは別のテーブルで別の食事をしたり、
客人は、客人専用の食事を豪華に用意、使用人にも階級があったりする。
おそらく植民地時代の風習の残りだろう。

客人をもてなすのは習慣だが、貧しい家では、みんなで食卓を囲んで分かち合う。
ミンダナオ子ども図書館では、みんな一緒に、一緒の粗末な食事を食べる。
ただ、それとなくビジターには、一皿余分におかずが置いてあったりして・・・

子どもたちは、外国人が珍しいし、とにかくお客が大好きで、サービス精神を旺盛に寄ってくる
だいたい寄っていく子は決まっていて、「ああまた同じ調子でやっているな」と、見ているが
すっかり舞い上がって、自分が特別に好かれている?等と思い上がってゆく、若者も多い(ように見える)。

くっついてくることをせずに、自然に接するようになったら、慣れて受け入れてくれた証拠


とにかくご飯をたくさん食べてお腹を満たす おかずが足りないときは、醤油をかける 一汁一菜が基本
汁物は、必ずご飯にかけて食べるのが普通。

とにかくよく食べる。
家では、三食たべられない家庭の子たちだから。

朝食べてから、昼前に焼きバナナのおやつを食べて、昼食。
午後帰ってきてから、残りご飯か掘ってきたお芋を食べて、
その後に夕食。
さらに、寝る前に残りご飯を食べる。一日何と、五食か六食!

50キロの米袋が、一日で消費される生活だ。
日本人の目には、おかずが少ないので、
繰り返し「これでよいのか」とたずねたが、

答えはいつも、
「これだけあれば充分過ぎる。だって、三食米が食べられるんだもの」

最初の頃は、せめて魚一匹尾まるごと焼いたのを喰いたい!
サンマが食いたい!
トンカツ一枚ペロリと喰いたい!
と夢にまで思ったが・・・・

今は、すっかりなれてしまって、夢にも見ない。

食器の使い方
逆に、日本に行くと、フィリピンでご飯をたくさん腹に詰め込む習慣に加えて、
何しろ一人分のおかずが、こちらの一家十名のおかずに匹敵する分量だったりして
たちまち食い過ぎて太ってしまう。

興味深いことに、私たちの目には粗食だが、彼らにとっては、
毎日腹一杯食べれるだけでも幸せで
あれだけ痩せて小柄だった子たちが、三ヶ月ぐらいからふっくらとし始めて、
一年後ぐらいから、急速に背が伸び始める。


食堂などでは、スプーンとフォークで食べるが、一般的に家では、手で食べる。
ミンダナオ子ども図書館では、最初スプーンとフォークを用意して食べさせていたが、
全体のミィーティングや帰省の時期になると
あっという間にスプーンとフォークの数が減っていく
(家や下宿に持ち帰ってしまう)

怒ったハウスキーパーのテルマさん、
「スプーンはもう出さない!
スプーンで食べたかったら、自分の小遣いで買いなさい!!!」
それ以来、スプーンは出さないことになった。
その後、みんな町にスプーンを買いに出かけたかって?
とんでもない、家と同じで、手で食べています。
スプーンを買うぐらいだったら、焼きバナナを買った方が良い???

訪問者には、ちゃんとスプーンとフォークを出しますのでご心配なく。
こっち式で、手で食べてみるのも良いですが・・・
私はときどき手で食べます。

こちらの食べ方の悪いところは、少し残すこと。
残すのが礼儀という見方もあり、残すことによって他の人がおこぼれに預かれる。または家畜や動物がおこぼれに預かる。
これは、アイヌの人々と同じ考えかと思われるが、子どもたちには、米一粒も残しては駄目だよ、と話す。日本式。

お米さん一粒にも、仏さんがいるのだから、と言っていた、京都生まれの祖母の言葉が耳に残って離れない。
熱心な浄土真宗で、毎朝おつとめを欠かさなかった。
仏像の横に、イエス・キリストの絵もちょこっと置いたまま、あなかしこー あなかしこー


イスラム教徒とキリスト教徒の子たちで
相談して作った食前の祈り

Bless us oh Lord and these are gifts,
which we are about
to receive as a goodness
through our God!
Amen



食前の祈り
スタイルはそれぞれ自由だ

イスラム式のお祈り
最後に顔を撫でる

訪問者の手引きが出来ました。
訪問希望の方、特にボランティア希望の方は必ず、以下をクリッしてお読みください。



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空港まで、必ず向かえに行き、同行します。


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携帯:日本及び現地転送 080−4423−2998
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現地住所:Mindanao Children's Library : Brgy. Manongol Kidapawan City
Cotabato 9400 Philippines


2014年の活動報告