訪問希望に関して

訪問に関してご希望
ご質問お問い合わせは、
本部の日本人スタッフ
宮木梓(あずさ)さんに
必ずご連絡ください。
Eメール:
mclmindanao@gmail.com
Miyagi Azusa宮木あずさ
Facebook:Azusa Miyaki

vis2
 訪問に関する概略
テレビで放映された「なぜここに日本人」や
パックンの訪問の影響もあってか、
訪問したい若者たちが増えています。
訪問希望の支援者の方々へも考慮して、
子どもたちに与える影響を観察した後に、
規定を作ることにしました。
vis3


1,
ビジター訪問者や
体験希望の方々の場合

ミンダナオは、
日本政府の指定する危険地域なので、
車でダバオ空港までお迎えにあがります。
現地での活動が優先されることから、
スタディーツアーは行っていません。

現地では、
山岳地域の集落の奨学生に学用品等を届けたり、
植林や保育所修理、読み語りや医療調査
街の市場への買い出しなどの
日々の活動プロジェクトに状況次第で同行できます。
スタディーツアーとして計画された活動ではなく
NGOとしてのありのままの現地活動です。


vis4
2,
心の悩みや人生の問題、
生きがいの喪失、
不登校や登校拒否、
引き籠もりや家庭崩壊など、
ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちと同様な
様々な困難を抱えた
青少年や家族の場合

ミンダナオ子ども図書館の子どもたち自体が、
極貧でしかも、
家庭崩壊や戦争孤児といった
想像を絶する心的障害を体験した子たちです。
でも、とっても明るい!
現地に来て、こうした子たちに囲まれて、
心の障壁を打ち破り
生きる希望をもらって、
立ち直る日本の青少年も多く、
この場合は、現地活動に合わせてこちらでも、
活動を考えることもいたしますので、
最低でも数週間から一か月の滞在をお薦めします。
ある若者に帰るときに
「何度でも来たらいいよ!
ここは君のセカンドハウスだから。」
とぼくがいうと、帰ってきた言葉が。
「もう、日本で辛いことがあっても大丈夫!
いざとなったら、ここに来れば良いもん!
ここは、ぼくのセカンドハウスじゃないよ、
ホーム(我が家)だよ!」


vis5
3,
保育所や植林寄付者
の場合は、

開所式や補修工事、
植林など参加可能です

出席や参加希望の場合は、
可能な日取りをあらかじめメールで
宮木梓までお教えください。
mclmindanao@gmail.com
Facebook:Azusa Miyaki
その日に合わせて、
開所式や植林を開始いたします。


また、開所式後でも、
寄付された保育所へお連れいたします。
ただし、現地状況(戦闘など)により、
保育所建設年月が不安定になる
可能性があることをご了解ください。


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4,
スカラシップや
里親支援者の場合

スカラシップ支援をしてくださっている方や
里親になってくださっている方の場合は、
現地情勢や子どもの状況にもよりますが、
支援している子の家や村にまで、
スタッフ同行でお連れいたします。

支援者に出会ってうれしくて、
泣き出す子たちも多いです!
おみやげに、
時計とヘアバンドをもらった!



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5,
子どもたちにとっては、
訪問者はお客様では無く
MCLファミリー


子どもたちにとって、
皆さんの滞在は、
民宿やリゾートのお客様ではなく、
我が家に遊びに来た友達や、
家庭に泊まっていただく、
親族に対する気持ちなのです。

宿泊料金はとっていません。
そのかわり、
特別な接待もいたしません。

食事も子どもたちと一緒に
子どもたちが料理したものを同じ場所で食べます。
もしも可能でしたら、支援者になってくださったり、
子どもたちのために、
自由寄付を置いていっていただければ幸いです。



vis9
6,
歓迎会と送別会


子どもたちが、自分たちで
歓迎会と送別会をしたいというので、
自己紹介をかねて、
歓迎会と送別会を行っています。
子どもたちがやりたがっていますので、
よろしくお願いいたします。

ミンダナオ子ども図書館は、
大きなファミリーのようなもので
訪問者の方々に特別なことはできませんが、
家族の一員として、心から歓迎いたします。
Well come!
Mindanao Children's Library!
Mabuhai!


図書館内の空き地には、
家族を持ったスタッフたちが家を建てて住んでいます。
仕事と生活の境をなるべく低くしています。

子どもをあやしながら、仕事をしたり、
仕事場に入ってきてもOK!
奨学生たちも大喜びで子育てを手伝ってくれます。
訪問者もスタッフの家を訪ねられますよ!



7,
滞在中の行動は、
ご自身の責任で
お願いいたします!


訪問者の方は、
ダバオ空港の到着時間と帰国便の出発時刻を、
日本人スタッフの宮木梓さんにメールで
お教えいただければ、
空港まで、必ず向かえに行き同行します。
慣れている方の場合は、
ダバオでの待ち合わせ場所や
キダパワンに到着時刻を宮木梓さんに
お教えいただいても結構です。


ただ、現地北コタバト州は、
日本政府による高度の危険地域に
設定されているので

MCL滞在者の場合は、
MCLの外に出たい場合は、
スタッフに声をかけてください
スタッフや年上の奨学生たちが
常に同行して
最大限の安全を考慮します。

お一人で自由に
MCLの外や町で行動されたい方は、
キダパワン市のホテルを
ご紹介しますので、
ご自身の責任でお願いいたします!

外務省
海外安全ホームページ

Go!
ミンダナオのキダパワン市は、
北コタバト州に入り
比較的安全ではあるのですが、
レベル3の危険度に属しています。

ミンダナオ子ども図書館は、
現地の子どもたちを中心に考えて
活動しているNGOです


それゆえに、様々な状況に応じて、
外部に向かって、時には危険な、
時にはハードな活動を行っています。
したがって、訪問者のご接待よりも
活動が優先されること。
現地の子どもたちへのケアが優先されること。

危険な地域または活動の内容によって、
同行をお断りすること。
戦闘などの場合によっては、
すぐに現地から退避されることを、
お願いすることがあります。


また、日本政府により
危険地域に指定されていることもあり
誘拐などの理由から、
キダパワン市内においても、
単独行動、日本人だけの行動は
絶対にお控えください。
必ずスタッフと同行でお願いします。


ミンダナオ子ども図書館では、
町の市場等を見学する場合も、
スタッフやスカラーを同行者として付けています。
その指示やアドバイスにしたがってください。

現地での事故、盗難、誘拐、
傷害や死亡に関して、
ミンダナオ子ども図書館は、
独自の経験に基づいた観点から
最大の注意をはらいますが、
何か起こった場合の
責任は負えませんので、
十分この点をご留意ください。

単独で行動されたいばあいには、
ホテルをご紹介します。
そこから、訪ねられることはOKですが、
全て個人の責任にて活動している
という形でお願いします。



8,
ほとんどの訪問者が
再訪を希望し、
泣きながら帰られます。


そのような訪問者の思いや
若者たちの将来を考えて、

可能な限りの事は、ご相談の上で、
要望にお応えしたいと思っています。

滞在に関して、
ご希望がありましたら、
宮木梓や松居友に
何なりとご相談ください!
可能な限りご希望にそって
現地活動を実施して
行きたいと思います!

なぜここに日本人
マノボ族の首長になった日本人

映像を 見たい方は ここをクリック
池上彰のジャパンプロジェクト
世界の”命の現場”で
奮闘する日本人

映像を 見たい方は ここをクリック


















































































ミンダナオ子ども図書館 支援方法
サイト「今後のMCL」へは ここをクリックしてGO!

夏の訪問者の記録・・
クリックするとサイトから映像に飛べます!
若者たちと
絵本画家の体験記

GO!
最後に海の
下宿小屋に泊まった
 
GO!
避難民に読み語りと
炊き出し支援を行った
 
GO!
イスラム緊急避難支援に
訪問者と行った
 
GO!

vis11
 現地スタッフが検討し制作した
訪問者のためのガイドラインとポリシー
1,訪問者は、MCLのスタッフや
  スカラー(奨学生)の同行無く、
  敷地外に出ることは出来ません。
 (誘拐の危険があるためなど・・)
  訪問希望の方は、
  ダバオ空港に着く時間を、
  現地スタッフの宮木あずささんに
  メールでお伝え下さい。
  空港まで、必ず向かえに行き同行します。

2,訪問者は、MCLのスタッフの同行無くして
  町や遠隔地に行くことは許されません。
  町へ行きたいときには、
  最低1〜2名のスタッフや
  複数のスカラーたちが同行します。

3,訪問者の個人の持ち物、
 とりわけ携帯電話、ラップトップ、
 カメラなどを
 安易に子どもたちに貸さないでください。
 ミンダナオ子ども図書館では、
 LANケーブルは事務所で使えますが
 Wi-Fiは使えず、
 僻地であるために携帯も
 接続が途切れがちです。

4,訪問者の居室にスカラーを
  入れないでください。
  スカラーの部屋に同室して
  泊まることは可能です。

5,訪問者は、特別な関係(恋愛関係など)を
  スカラーと持つことは許されません。
  帰国後フェイスブック、メールなどでの
  交流をしないでください(大学生は除く)
 「日本に来たら良い」などと誘われて、
  高校を中退したまま
  ダバオやマニラの海外リクルート
 (人身売買も多い)に応募して
  行方がわからなくなった子もいます。

6,こちらでの高校生ハイスクールは、
  日本の中高校生に相当します。
  また山の子たちは、信じられないくらい
  無知で素朴です。
  先住民族の場合などは、
  14歳から結婚適齢期とされ、
  習慣の違いから恋愛=結婚という形で
  親戚を巻きこんでエスカレートします。
  イスラムの場合は、手をつないだだけで
  結婚を親族から強要され、
  拒否した場合は、
  親族が怒りから殺害に
  およぶこともあります。

7,政府の福祉局の指導で
  本館は女子寮とし、
  男子は、市内の寮にいます。
  土曜日には、力仕事を手伝ったり
  読み語りのため本部に来ます。
  高校生以下の恋愛関係は禁止、
  発覚した場合は保護者の元へ帰り
  スカラシップは継続するものの
  保護者の管理下に
  置くことになっています。
  大学生およびスタッフは、
  恋愛を許可されていますが、
  MCL内部での過度の恋愛行為は禁止。
  婚約済や既婚の場合は別です。
  これらは、スカラー自身が自主的に
  学生総会で決めた事でもあります。


8,訪問者は、スタッフ同様に、
  敷地内での禁酒禁煙を守ること。
  室内でも同様です。
  ただ、スタッフの家のそばに
  喫煙所があります。
  敷地内で、上半身裸体または
  セクシーな服の着用は控えてください。

9,土日や平日などに、
  買い物などで町に行きたい場合などは、
  数日前にスタッフに申し出ること。
  仕事や私用を調整して
  スタッフが同行します。


10,イスラム教徒がいるために、
  豚肉または冷凍豚肉を料理しません。
  食事は粗食ですが、
  出来るだけ子どもたちと
  一緒に食べてください。
  フィリピンの習慣である、
  主人と使用人、外国人と現地人、
  金持ちと貧困層がテーブルや食事内容を
  変えるという風習を
  MCLでは適応しません。
  ただ、早朝眠たいときは寝ていただいて
  残してあるものを後ほど食堂か
  部屋で召し上がってくださっても
  結構です。

11,訪問者がスタッフと活動地域に
   行く場合も、
   決してスタッフから離れないこと。
   敷地外の場合は、
   トイレに行くときも声をかけ、
   出来れば同行してもらうこと。

12,子どもに対する肉体的、
   精神的にマイナスの影響を
   与える行為があるとスタッフが
   判断した場合。
   またスカラー(奨学生)から
   問題がスタッフに
   提起されてきた場合など、
   スタッフ会議が開かれ
   役員の裁決により、
   場合によっては帰っていただくことも
   あり得ることをご承知おきください。

13,戦闘、戦争、爆弾事件や
   誘拐事件の頻発など、
   ミンダナオの情勢が悪化し、
   訪問者の面倒を見る余裕が無い、
   とスタッフが判断したときも、
   退去していただくことがありえることも
   ご承知おきください。




















ミンダナオ子ども図書館 支援方法





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訪問者による ミンダナオ子ども図書館 体験記

vis13
 
池上彰の
ジャパンプロジェクト

世界の”命の現場”で
奮闘する日本人
 

 パックンが来た
映像を 見たい方は ここをクリック 
vis1
2019年の夏の訪問者との記録ビデオへ
若者たちと
絵本画家の体験記

GO!
最後に海の
下宿小屋に泊まった
 
GO!
避難民に読み語りと
炊き出し支援を行った
 
GO!
イスラム
緊急避難支援
 
GO!
地震の悲しみで父さんが!
ビデオ映像へGO!
わたし、お別れ会で泣いた
ビデオ映像へGO!
文教大学の学生製作:MCL訪問期
ビデオ映像へGO!
「Mの会」制作映像
ビデオ映像へGO!

ミンダナオ子ども図書館の日常生活から
2020年 写真:宮木梓
ミンダナオ子ども図書館の様子がわかる映像です!
ビデオ映像へGO!
18分です!


ミンダナオ子ども図書館
での体験
子ども達と一緒に
久住泰平


かつて僕は引きこもりだった、
と自分の体験を語ってくれた久住くん
 
7月4日から8月4までの1か月間、
MCL(ミンダナオ子ども図書館)に
滞在させて頂きました。
ミンダナオの山岳地域やイスラム地域での
MCLの様々な活動に参加させて頂いたり、
国際監視団の視察に
同行させて頂いたりしたのは
どれもとても貴重な経験をすることができました。

なかでも、MCLの子どもたちとの共同生活からは
とても多くの事を学び、体験しました。
一緒に毎日ご飯を食べたり、
外で元気に遊んだり、たらいで洗濯をしたり、
絵本を楽しんだ、子ども達に導かれました。
「仕事はあたえられるものじゃなくて、
自分で切り拓いていくもの。
できることを何でもやってみてください」
友さんの言葉に背中を押してもらって、
MCLのスタッフや
他のビジターにも協力してもらって、
七夕の短冊を子どもたちみんなと書きました。
学校を修了して、将来は先生になりたい
たくさんの子どもたち。
ナースやお医者さんになって
多くのひとを助けたい子供たち。
家族や友達の幸せや
ミンダナオや世界中の平和を願う子ども達。
グアバの木の枝を彩った
子どもたちの七夕のお願い事は
1つ1つどれも素敵なものばかりで、
子ども達の夢の実現を応援したいと思ったり、
そのために自分には何ができるのかを
自然と考えるようになりました。

ミンダナオ子ども図書館子どもたちの
七夕のお願い事

2013年7月
 クリックしてPDFへ
子ども達と友達になって、
同じ目線で一緒に遊んでいると
たくさんの発見をしました。
その1つが、表情豊かに
絵本を読み語る子ども達の表現力。
日本語の本でも一度、
英語で読み聞かせをしてあげると、
すぐほかの子ども達にビサヤ語で読み語ります。
声の抑揚や体をうまく使って、
読み語るので現地語のわからない僕も
たちまち周りの子どもたちと一緒に
物語の世界に惹きこまれていきました。
まず子ども達と一緒に絵本を楽しんでいると
いくつかの事に気が付きました。
言葉がわからなくても、子ども達は絵が美しく、
楽しい日本の絵本をみるのが大好きだということ。
そこで、日本の絵本を
英語に翻訳することを始めました。
子ども達と一緒に楽しく翻訳に取り組むなかで、
面白いアイディアを思い付きました。
僕が日本語の絵本を英語に訳した後に、
今度は子ども達がそれをビサヤ語に翻訳しました。
ストーリーを楽しみながら、
子ども達と一緒にわきあいあいと
取り組む翻訳活動はとても楽しいものでした。
週末の読み語りで子ども達が堂々と
これらの絵本を読み語るのをみていると
子ども達との温かい時間を思い出し、
自然に笑顔になりました。












vis14
高校生で初めての海外の
琴美さん
お別れ会で、
子どもたちが泣いた
 
 
17歳、高校3年生の琴美さん、
北海道から一人で、初めての海外
といっても、看護婦でお忙しいお母様が、
初日、一泊してこられたが・・・

どうしても、
どうしても、
どうしても、
どうしても来たくって! 

来て良かった。
友だちがたくさん出来たのが、
何よりもうれしい。










琴美さんからの手紙 

松居さん、こんにちは!
鈴木琴美です。昨日家につきました。
家に帰ってからも、
何回もMCLで撮った写真を見たり、
今頃みんな学校かなーとか、
ご飯の時間かなーとか考えちゃって、
すごく寂しいです。
すんごくMCLに戻りたいです(*_*)

初めて日本以外の国を
自分の目で見て感じて、
町も車も匂いも生活も文化も、

全て日本と違うことにドキドキして
見るもの見るもの
興味を感じました。

全部が忘れられない経験ですが、
1
番頭の中に残ってるのが、
陽さんと何人かの子どもと、
クリスティーの家に行ったことです。

クリスティーが毎回毎回、
一緒に家行こうって
言いに来てくれたことも
うれしかったです。

クリスティーの家まで、泥道を歩き、
川を渡り、バナナ農園を通り、
こんなとこに
家あるのかと思いました。

でも子供たちが
すんごい楽しそうに、
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら
ジャンプしたり、じゃれあったりして、
歩いたり走ったりしてるのを見て
私も楽しかったです。
たくましいなと思いました。

クリスティーの家族は、
初めて会った私に、
すごく優しくしてくれました。
厳しい生活環境にいながら、
すごくあったかい
家族だなって感じました。

クリスティーのお姉ちゃんっぷりを、
見ることもできました。
クリスティーの家族たちだけでなく、
MCLの近くにいる人も、
アンティパスやマロンゴンにいる人、
みんなすごく優しくて、
あったかかったです。

見知らぬ私にフルーツくれたり、
話しかけてくれたり、
笑いかけてくれたり、
すごいうれしかったです。
たくさんの人のあたたかさに、
触れることができました。

MCLの中もいっつも楽しかったです。
他のビジターやスタッフに比べたら、
全然英語しゃべれなくて
最初話すのが怖かったけど、

どんどん話してくうちに、
お腹痛くなるくらい、笑ったりずっと話してたり、

会話力に乏しい私でも、
ここまで仲良くなれたと思って
すごい楽しかったしうれしかったです。

相手の言葉を聞こうって気持ちと、
言葉を伝えたいって気持ちと
あと笑顔があれば、
なんとかコミュニケーション
とれることがわかりました。

大学にも行って、
1日だけラマダンも経験して、
洗濯や子供たちと勉強したり、
家のペンキ塗りや車の中や外に
あんなにぎゅうぎゅうに
乗るのも初めてだったし

書ききれないくらい
たくさんのこと経験して、
感じることができました。
ほんとに行ってよかったなって、思います。

ビサヤ語や生活のことや
フィリピンのことなど
子供たちからいろんなことを教えてもらって、

わたしもちょっとは、
日本語とか子供たちに教えたけど
それ以上に、
教えてもらうことの方が多くて、
たくさんたくさんお世話になりました。

友さんやエイプリンや陽さん、
スタッフの人やビジターの人にも
たくさんお世話になりました。
本当にありがとうございました。
またぜひMCLに行きたいです。

今の私の目標は、
大学生になったらMCLに泊まって、
キダパワンのUSM大学に留学することです。
ビサヤ語や文化を学んでみたいと思ったし、

それ以上にもっと
フィリピンの人たちと話したり
関わったりしてみたいなって、思いました。
長くなりましたが、
本当にお世話になりました。
ありがとうございました!!



琴美さんの連載(2)を
全文読まれたい方は、
抜粋PDFで
読めるようにしました。
PDFへGo!

(2020年の現在、
和平が実現しつつあり
ダバオの大学に日本の若者が
留学できる可能性も
検討を始めています。
ただし、キダパワンは、
ノートルダム等の私立大学も多く
高原の学園都市になっていますが、
日本政府の高度の危険地域に
指定されているために
難しいかと思われます。)

外務省
海外安全ホームページ

Go!
ミンダナオのキダパワン市は、
北コタバト州に入り
比較的安全ではあるのですが、
レベル3の危険度に属しています。















琴美さんの連載(2)を
全文読まれたい方は、
抜粋PDFで
読めるようにしました。
PDFへGo!































谷間の温泉露天風呂で
子どもたちと遊ぶ訪問者たち!
入浴はタダ!!

vis15
ボランティアも手伝って
ゴムの苗を運ぶ 

ボランティアも手伝って、
学用品を渡した 
私、いったん就職したけど
どうしても来たくて。
父さんに言ったら、
言い出したら聞かない!
パッキャウの居るところだろ、
行ってこい!
今までも世界を
一人で旅したけど、
これからさらに、
世界中を回ります。
でも、ここは特別!
また帰ってきます。
ぼくは、高校時代は
引きこもりの不登校。
でも、自分で勉強して
資格を取って
大学に入って、
ボランティア活動を始めた。
フィリピンは数回来ているけど
ボランティアとは何か、
考えさせられた。
まずは、友だちになること、
なんですね。
それから、何が出来るか
考えれば良い。
 
ビジターで一週間滞在された
若田尚里さん
短い滞在期間だったけど
とても充実していました。
また必ず来ます。

 

ボランティアも手伝って
保育所建設も進めている 
 
   
17歳、高校3年生の琴美さん、
北海道から一人で、初めての海外
どうしても、どうしても、
どうしても、どうしても来たくって! 
来て良かった。
友だちがたくさん出来たのが、
何よりもうれしい。
 

IMT国際停戦監視団の
中川さんを案内して
サパカン集落に行った
 
上の写真の若者は久住君。
MCLのビジターで訪問滞在している。
秋田国際教養大学で勉強中で、
現在、米国の大学に留学中。
休みを利用してMCLへ。

大学でフィリピン支援活動を始めたが
ミンダナオは、カガヤンデオロの
洪水支援についで二度目。 
「JICAは、僕のあこがれ!
IMTの中川さんに、どうしてもお会いしたい」
と繰り返し言われ、フィリピンの現状を
多少なりとも理解しているし、同行を許可。

MCLでは、特別な理由を除いて
訪問者を極度の危険地域にはお連れしない

しかし、その熱心さに負けて今回は同行。

中川さんにいくつも質問を重ね
中川さんも、
喜んで対応してくださり気があったようだ。

かつて僕は、引きこもりだった、
と自分の体験を語ってくれた。


日本の若者たちの未来を考えて可能な限り、
訪問ボランティアを受け入れていますが、
規定をよくお読みください。


この学校を新築したい

現地の人々からも、またローカルLGOからも、
この学校を新築したいという、
要請が長年あり、良い機会なので、
中川さんにそのお話をした。


実現すれば、
子どもたちも地域の人々も心から喜ぶだろう
ここにも、MCLの奨学生がたくさんいる






















 ミンダナオにおける紛争の特徴
危険の特徴

GO!
戦争が繰り返されている頃に書いたものです。
2018年以降
ドゥテルテ大統領になって
イスラム反政府勢力との間で
和平交渉が進展し
日本のJICAや
IMT国際監視団の働きもあり
かなり平和に
なってきています。
今後の進展がどうなるかは、
わかりませんが。
 

vis16
郷にいれば郷に従う事ができますか?
2008年に製作

日本人(外国人)を受け入れるにための準備 
まずはトイレから。
ビジターにとって、これが一番、
悩みの種のようだ!!!

これがトイレだ。
日本のように蓋がない。
直接陶器の部分にお尻をのせてする。
日本的な感じでは、
おしっこがかかっているのではないかと、
衛生上不安になる。
どうしても座る気になれないだろう

使用方法
まずは便器を水で洗い流す。
大概は清潔なのだが、
おしっこがついている不安があれば
洗う方がよい。

手動式水洗便所だから、
ウンコは、下の写真のように水で流す。
そのさい、便器ごと水をかける。


私は、もちろん現地式でトイレを使っている。
聞くところによると、
インドや東南アジアでは同じスタイル。
今では、日本の便座で、
使用後、水をザバザバかけない便座の方が、
不潔に感じるぐらいだ。
お尻も水で洗わず紙だけだと、
ウンコが残っている気がする。
ウオッシュレットなら良いのだが、
ミンダナオ式の方が清潔感がある?

良く聞かれるのが、
水でお尻を洗った後、どうやって乾かすの?
答えは簡単!
濡れたまんまパンツをはく!
暑いから自然に乾く・・・・
ハンカチなどという、高級なものを持って
生活している子はほとんどいない
一番の問題は、トイレットペーパー
ここでは、高くて買えない人が多いし
山では、売っていない。
そこでお尻をきれいにするのに手を使う。
便器に座ったままの姿勢で、
バケツの水を水汲みでくんで。
背後からお尻にかけて
手の指でウンコを洗い落とす。
もちろん手に付くが
最後にきれいに洗い流す。

街のデパートでは、
トイレットペーパーを売っているので、
それを使っても良いけれど、
トイレが詰まらないように、
ビニールに入れてゴミ箱に捨てること!
最後には、周りのタイルにも水を流して
便所自体をきれいにして終わる
アジアなどを旅した人は問題ないが、
欧米様式の生活に慣れた人は躊躇する?

2020年現在、図書館のなかに
お菓子などを売っている
サリサリストアー設けました。
そこで、トイレットペーパーは、
買うことが出来ます。



私は、北海道時代に山に登り、
アイヌの人々とも自然のなかで生活したので
こちらの山のトイレの無い生活も問題がない。
排便後、水がなければ木の葉で・・・。
ミンダナオで何よりも助かったのは、
自然の中で生活できる体験を
北海道でしていた事だった?


《郷に入れば郷に従え》    
山元 眞 しんぷ(Mの会)
2005年11月末に
初めてミンダナオ子ども図書館を訪ねた。
今でもはっきりと思い出す。
初めてトイレを見て、
松居さんから「使用方法」を聞いたとき
《郷に入れば郷に従え》
という諺が思い浮かんだこと…。
「マニュアル・ウオッシュレットで最高だ、これ」
と、たぶん声を出して叫んだ?と思う。
すべてがマニュアル、アナログの世界で、
自分の幼少時代にタイムスリップした気がして
懐かしくもあった。

不便であることが自然。
自然は身体にも心にもいい。

今は廻りを見渡すと人工のものばかり。
温かいものがあまりない。
ミンダナオには、きれいな空気、土の温かさ、
肌にフィットする風がある。
《生きた心地》がする。
新しいものがいい、
新製品はそれまでのものよりもいい…
という価値観がひっくり返った。
同時に「経済のシステム」に人間は
振り回されていることにも気づいた。
人々を犠牲にして、一部の人が富を得る。
果たして「便利」なものは
本当に人間にとって「いいもの」なのか…
という疑問も湧いてきた。
科学の発展やモノの進化は、
本当に人間の成長に
役立っているのか疑問に思えてきた。
人間をだんだんと怠慢にしていく…。
できることができなくなる…。
気をつけないと「退化」してしまう。

幼稚園では、自然のもの、
本物を大切にしている。

人間の成長発達段階は、
どんなに科学が発展しても、
いつの時代も変わらない。
時代が進んだからといって
赤ちゃんは以前よりも成長して
誕生してくるだろうか。
かつて、6歳になってできることが、
今では、2歳でできるようになっただろうか。
人間の動作。
つかむ。つまむ。ねじる。まわす。
たたく。押す。ひっぱる。
さらには、歩く、走る、跳ぶなどの
動作はすぐにできるものではない。
それぞれの成長発達段階に応じて、
繰り返しながら少しずつ身につけていくもの。
今、中学生になっても、先のような動作が
的確にできない若者が、
増えているように思えてしかたがない。
このような神経、筋肉の発達にともなう
感情や感性の発達も
十分でないような気がする。
そのような人間の基本能力が
身についていないと、
人のことを思いやる
など人間の《高度な力》は育たない。
ミンダナオ(子ども図書館)を訪ねるたびに
息を吹き返すような気分になる。
足の裏から《なつかしさ》を感じる。
4回目の今回は手洗いで洗濯もした。
手押しポンプで水をたらいに汲んで…。
靴も洗った。草取りもした。

自分の身体がとっても
喜んでいるように感じた。


写真は、山元しんぷ撮影






次に洗濯と水浴び
以前は、洗濯も水浴びも、蛇口でしていた。
しかし、若者たちは、
川での洗濯になれているのか、
はたまた、とにかく洗濯好きの性格か
蛇口の栓を閉じることなく、
水が常時出しっぱなしで大量に使われる。
これにはほとほと参ってしまった。

水道では、大変な金額になるので、
早速水道は料理用に限定しました。
キダパワンはアポ山に近く、
水道は、飲み水として問題はないのですが、
訪問者の方々には、飲み水として
ミネラルウォーターを提供しています。
図書館内のサリサリ売店でも売っています。
山の民家に泊まる場合も、
ミネラルウォーターを持参します。

洗濯と水浴びが大量に水を使う原因なので、
そのために井戸を掘った。
二つ掘ったが、最初は電動ポンプで
蛇口とつないだせいで、
相変わらず開きっぱなしの蛇口から
大量に水が使われて、
手堀の井戸がすぐに干上がって使えなくなり、
ポンプも壊れた!、
ほとほと困り果てて、最後に打った手段が
昔ながらの手漕ぎのポンプ!!!






水浴中のロザリナ

水浴びは、服を着たままするのが普通。
石けんを使って、服の下の体を洗い、
最後に水をかぶって流す。

これだと水が出しっぱなしになることなく、
合理的で節約もできる。
洗濯物干しも、井戸に近く別にしている。

日本という先進国から来た者として
何も知らない現地の若者に
彼らがあこがれているだろう、
「文明生活」を学ばせたい
大きくなって海外に出てもいっぱしの
文明人として役にも立つだろう
そんな思い高ぶった事を当初は考えたが、
その思惑は、この5年間の共同生活で
ことごとく崩れてしまった


今は、井戸端風景の無い日本
スイッチを押せば全部洗濯機が
全自動でしてくれる先進国の生活が
ひどく味気ないものに感じられる。
子どもたちに洗濯機を買ってあげたら
感動すると思ったけれど、使おうとしない!
「スイッチ押すだけで
洗濯なんてつまらないよ!
みんなでおしゃべりしながらやる方が、
ずーーーっと、楽しいもん!」

ただし、ビジターは
井戸端でなくとも下の写真のような
シャワー個室で水浴びが出来ますので
ご心配なく

せっかくミンダナオに来たのなら、
若者たちと一緒に井戸端で洗濯し
水浴びをすることを、お薦めしますが・・・
結局、こちらでの生活は、
どこにでもある村の風景に戻っていた。
昔ながらが一番。

洗濯風景のあるところに喧嘩はない?
何とものどかな風景だ!
体力も付くし、結構集中力も必要だし
力のいる作業だから
その分、よけいな事は忘れられる。
 
洗濯物がミンダナオの風と日差しを浴びて、
喜んで息をしている!!!!


洗濯して最後に水浴び

山では、川縁の泉で同じ光景に出会う
小さい子たちは、素っ裸で水浴する。
川で洗濯して、
最後に水浴びをしてお仕舞い
というケースが一般的!















炊事はどうするの?
ご飯の食べ方は?
日々の食卓の野菜つみ。
野菜は、スカラー達が
自分たちで畑を作って植えている。

少しでも自立した
生活をしたいという気持ちから・・・
豆やオクラ、芋やピーナツなど
自分たちの山で
植えているような野菜を作っている。
ただ、焼き畑的な移動農業で、
私の目には、全部が雑草に見える!
どこに野菜があるのか、探すのが大変?

でも、子どもたちがやっているのは、
なるべく農薬や化学肥料を使わずに行う
有機農法!
畑の中を、ニワトリやアヒルも
子どもと一緒に走りまわって遊んでいる。


上の写真は、ドジョウインゲン!
ウナギインゲンと
名付けた方が良いほど長い!

下は、日本ではハトウリと呼ぶのでは?
こちらではオポ。





私には、雑草にしか見えないけれど、
雑草の中に野菜が混じっている?

こちらの大根は小さい
日本に行ってまず驚くのが大根の太さ
住んでいる人々の足に比例する?






農業はまず自給から

山羊の飼育を始めた
寄生虫を警戒して
家屋形式で育てている
山羊はスペースも
取らずミンダナオには
合っている

最初は、肉用の山羊から
飼い始めた。
食べるのは可哀想?
ルーラルライフセンターで
飼育方法を学びながら


美しい庭も
若者たちで造園した
さぞかし高価
だっただろうって?
経費はゼロ。
近所から頂いた株分けで
芝生すべても増やしていった

5ヘクタールの米の収穫
2期作だが、
食べ盛りの子たちなので
半年しか持たない


籾米を干すのも
スカラーの若者たちの仕事だ
今は、学校に行っている

全部雑草に見えるが
れっきとした野菜畑だ
2020年には、米は自給しています。
精米機も置かれて、
精米費も削減できました!
現在は、200人分の米を自給しています。

 
アジア学院の元副校長の
長嶋ご夫妻が来られたときに、
「農業は、自給をまず基本にして、
現地の市場に出荷するような方向で、
地元に根ざした展開を
するのが良いように思う」と言われた。

当時、そんな儲けが
わずかしかない現地消費よりも、
日本に輸出すれば
大きな利益があがるはずだ。
ミンダナオのような狭い場所で、
小規模のみみっちい利益の仕事を
苦労して熱心に進めるよりも、
海外消費を視野に入れた
世界規模のトレードの方が、
貧しい人々の経済を潤すはずだ、
と考えたのを思い出す。

しかし、今は、
人々がトレード収益に頼るのではなく、
地元に根ざした経済圏のなかで、
金持ちにならなくても、少なくとも三食たべ、
子どもの病気を治し、
学校に行かせられるような社会を作ることが、
大切だと考えるようになりました。

確かに、日本は貿易で
経済発展をしてきたけれど、
自給をおろそかにしたつけが、
これから回ってくるのではないか?
アメリカに製品を買ってもらっていた頃は
良いにしても、
トレードに頼った社会が、いかに不安定かを、
これから体験するのではないか?











若者たちに教えることより、
若者たちから学ぶことの方が多い
料理は、最初はちゃんとした、
二階のキッチンでしていた。
ガスレンジも冷蔵庫も置いたし、
一通り料理道具もそろえたがけれど、
効率が悪く、見かねて一階に
薪でやる台所を作った。
ダーティーキッチンと卑下して呼ぶけど、
全部こちらで料理するようになった。
子どもたちだけでチームを組んで、
効率よく料理していく。
いや間違えました。
効率よりも、お喋りしながら楽しく
料理していくと表現した方がよいかな?

その後、勇んで買った文明の利器
冷蔵庫やレンジはどうなったか。
ほとんど使われずに崩れてしまい
古物商に売ってしまった。
ガスレンジも壊れて使い物にならず
すべては、薪に代わった。
オーブンは使用は出来るのだけれど、
誰も使おうとはしない。
食べ残し置き場となっていた。

唯一使っていたのが、電気釜と冷凍庫だけ。
それも、今は壊れて使っていない。

最初の頃は、電気もない山育ちで、
家電製品も使ったことのない、
哀れな子たちにせめて電化製品の
使い方を教えてあげたい
と思ってそろえていたのだが、
今思うと、得意げになっていた
自分がみっともなく思える!

文明の利器は、壊れていき、
山での炊事スタイルの方が、
よっぽど効率的で経済的、
料理もおいしいことが分かり、
今は、上から目線で先進国カゼ、
金持ち国カゼを吹かせていた
自分を深く恥じている。

生活スタイルは、
時を経るにしたがって、
逆にこちら式になっていった。
Back to Nature!!
先進国の文明が、
いかに脆くはかないものか、
つくづく感じるこの頃。
私は、この子達との生活を誇りに思い、
彼らに養われていることを、
心から感謝しています。

ガスレンジやオーブンも使えても、
誰も使おうとしない。

魚の解体は、内臓を取り
大事に卵を別にして・・・









 
唯一役に立っているのが冷凍庫。
魚を冷凍して保存しておく。

ご飯の食べ方

お皿一つが一人前。
粗食だが・・・上は二人前
ご飯は好きなだけお皿にとって食べる

私たちも子どもたちと一緒に、
一緒のものを
食べて生活しています。

特別扱いされなくなったら、
心に壁が少し消えた証拠。
フィリピンではよく、家主や客は、
使用人とは別のテーブルで
別の食事をしたり、
客人は、客人専用の食事を豪華に用意、
使用人にも階級があったりする。
おそらく植民地時代の風習の残りだろう。
しかし、貧しい家では、
みんなで食卓を囲んで分かち合う。
ミンダナオ子ども図書館では、
みんな一緒に、一緒の粗末な食事を食べる。
ただ、それとなくビジターには、
一皿余分におかずが置いてあったりして・・・

とにかくご飯をたくさん
食べてお腹を満たす


とにかくよく食べる。
家では、三食たべられない
家庭の子たちだから。
朝食べてから、
昼前に焼きバナナのおやつを食べて、昼食。
午後帰ってきてから、
残りご飯か掘ってきたお芋を食べて、
その後に夕食。
さらに、寝る前に残りご飯を食べる。
一日何と、五食か六食!
50キロの米袋が、一日で消費される生活だ。

日本人の目には、おかずが少ないので、
「これでよいのか」とたずねたけれど、
答えはいつも、
「これだけあれば充分過ぎる。
だって、三食米が食べられるんだもの!」
最初の頃は、せめて魚一匹尾
まるごと焼いたのを喰いたい!
サンマが食いたい!
トンカツ一枚ペロリと喰いたい!
と夢にまで思ったけれど・・・
今は、すっかりなれてしまって、夢にも見ない。


一汁一菜が基本

汁物は、
必ずご飯にかけて食べるのが普通。

食器の使い方
逆に、日本に行くと、
フィリピンでご飯をたくさん
腹に詰め込む習慣に加えて、
何しろ一人分のおかずが、
こちらの一家十名のおかずに匹敵する
分量だったりして、
たちまち食べ過ぎて太ってしまう。

興味深いことに、
私たちの目には粗食だが、
彼らにとっては、
毎日腹一杯食べれるだけでも幸せで
あれだけ痩せて小柄だった子たちが、
三ヶ月ぐらいからふっくらとし始めて、
一年後ぐらいから急速に背が伸び始める。
食堂などでは、
スプーンとフォークで食べるけれど、
一般的に家では手で食べる。


イスラム教徒とキリスト教徒の子たちで
相談して作った食前の祈り

Bless us oh Lord and these are gifts,
which we are about
to receive as a goodness through our God!

食前の祈り
スタイルはそれぞれ自由だ

イスラム式のお祈り
最後に顔を撫でる

訪問に関する質問はこちらへ

現地日本人スタッフ宮木 梓(あずさ)
mclmindanao@gmail.com
Facebook:Azusa Miyaki
日本窓口前田容子、FAX:0743 74 6465 /
電話:090 5091 7514


訪問希望の方は、ダバオ空港に着く時間を、
現地スタッフの宮木あずささんに、
メールでお伝え下さい。
空港まで、必ず向かえに行き、同行します


現地住所:Mindanao Children's Library : Brgy. Manongol Kidapawan City
Cotabato 9400 Philippines




2008年の
サイトから引用しました!
スタディーツアーはしないけど
こんな体験が
できるかも!
スタディーツアーを 辞めた理由、 訪問者は無償で受け入れ!
2008年に初めてのスタディーツアーをしたけれど
MCLでは難しく、その後も考えて
支援者以外の訪問者も無償で受け入れることに!
1 スタディーツアー試みたけど GO! 12 古着や靴やカバンの配布 GO!
2 訪問者のほとんどは GO! 13 一方で、食事ができず GO!
3 訪問できる場所は限られている GO! 14 貧困が進み病気がまんえん GO!
4 炊き出しに並ぶ子どもたち GO! 15 スタディーツアーは中断 GO!
5 ビサヤ文化祭が盛況に終わった GO! 16 訪問者は保育所建設に GO!
6 久しぶりに滝へ行った GO! 17 建設中の保育所を手伝った GO!
7 滝の滑り台 GO! 18 スタディーツアーは難しい GO!
8 子どもたちの生活はきびしい GO! 19 ツアーは辞めたとしても GO!
9 日本語を話せるおばあちゃん GO! 20 門戸を開く決心したのは GO!
10 日本軍が原住民を生き埋めに GO! 21 2020年には GO!
11 お昼ごはんを食べた GO!
22 どこに連れていくつもりなの GO! 31 読み聞かせにも参加 GO!
23 悲劇はこうして作られる GO! 32 アジア学院長嶋氏が訪問 GO!
24 ブロッドにも保育所を寄贈 GO! 33 スタディーユニオンの保育所 GO!
25 シャボン玉パーティー GO! 34 北野財団寄贈の保育所が完成 GO!
26 TBSのディレクター突如訪問 GO! 35 開所式の読み語りと GO!
27 想い出のウォーターフォール GO! 35 開所式終わり帰路をたどる GO!
28 日系人の老婆から学んだ GO! 37 子どもたちからの手紙 GO!
29 ロラに甘えるマロット GO! 38 アルバちゃんを訪ねる GO!
30 田中衣子:滞在した想い出 GO! 39 MCLから望む満月 GO!

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初めての
スタディーツアーを
試みたけれど・・・



2008年は、
創設から7年目で、
MCLがようやく少しづつ軌道に
乗り始めた時期だといえる。


日本では、それほど知られている、
NGOでは、ないけれど、
訪問したいと望む者が、
いないわけではない。


ただ、たった一人の日本人で、
現地の若者たちと
現地NGOを立ち上げて、
活動し始めると、


戦争や貧困ゆえに、
家庭が崩壊し、
極度の困難に追い込まれている
子どもたちを見ると、


放っておくことが出来ず、
医療やスカラシップで
連日のように走りまわり、
現地の子どもたちの事だけで精一杯で、


7年間のあいだ、
日本の訪問者のことまで
視野に入れたり、
スタディーツアーなど
考えるゆとりも出てこなかった!


しかも現地は、
日本政府の指定する
高度の危険地域であるので、
放っておくわけにいかず、
世話するだけでも大変なのだ。


しかし一方で、
こうした不幸な子どもたちをささえ、
病気を治したり、
学校に行かせてくださっているのは、


日本の支援者の方々
であることを思うと、
何らかの貢献もしなければと、
強く思う!


MCLの子どもたちにとっても
支援者の方々は、
感謝し尊敬すべき、
第二のお母さんお父さん!


訪問してこられると、
感謝の気持ちがあふれだし、
大喜びで駈けてきて
抱きつく!


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訪問して
こられる方々の
ほとんどは



2008年までは、
訪問してこられる方々のほとんどは、
スカラシップ支援者の方々か、
保育所の開所式に来られる方々だった。


スカラシップ支援の方が来られると、
必ず、その子が通っている
学校にお連れして、
支援している子と出会わせてさしあげる!
大概の子たちは、うれしくて涙を流す!


そして授業が終わると、
かなり山奥であっても、
必ずその子が生まれた村に行き、
家にお連れする。


たとえ親が死んでいなくても、
一緒に生活をしている、
兄弟姉妹や親せきがいるし、
ほとんどの子たちは、
泣いて喜ぶ!


訪ねてきた支援者にとっても、
支援している子の
育った環境を知ることは、
感動的な体験で理解が深まる!


しかし、当時はまだ、
スタディーツアーのような、
支援者以外の訪問者の受け入れや、
若者同士の体験交流までは、
考える心のゆとりはなかった。


しかし、ミンダナオ子ども図書館が
知られるにしたがって、
若者のスタディーツアーの要請が、
団体や学校から来るようになった。


私一人では、
無理だと思ったけれど、
日本で事務局をしてくださっていた、
大渕さんが、受けてくださって、
スタディーツアーを試みることにした。
その後、大渕さんは、別のNGOで
働いていらっしゃいます!



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訪問できる場所は
限られている



ミンダナオは、
日本政府の指定する
危険地域に指定されているから
訪問できる場所は限られている



ピキット市の福祉局、
DSWDの調査と
グレイスさんの確認で、


希望者のみ
子どもたちといっしょに、
イスラム地域のピキットに
読みきかせに行った。


先日から、
炊き出しも行っている
イスラム地域に住んでいる
原住民マノボの村。


MCLの大勢のスカラーたちも
同行した。
安全も考えて・・・


避難生活の中で、
困窮する子どもたち。
それにも関わらず、明るく、
心を開いて向き合ってくれる。


訪問者たちは、彼らの前で、
「大きな栗の木の下で」
を演じて、
子どもたちも大喜び?



ここで、
何を訪問者たちは
感じたのだろうか?


まずは現場を見ること
実情を自分の目で確かめ
確認すること。


その後、
どのような行動を起こすか、
あるいは全く起こさないか、


再訪したいと思うか、
二度と来ないと決心するか、
それは本人次第だ。


だた、日本も含む
国際情勢が関わっていなければ
この様な、
ひどい戦闘は起こらない?



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炊き出しに並ぶ
子どもたち



炊き出しは成功している。
「米を袋にいれて渡せば良いのに、
なぜわざわざ炊き出しをして、
それを一人一人の子どもたちに渡すの?」


訪問者たちは、
少し当惑していたようだが、
米の支給だけだと
受け取って家に持って帰って、


大きな大人や青年が
ほとんど食べ尽くして、
小さな子どもたちには、
食事が回らない事も多い・・・。


MCLは、幼い子たちを優先して、
救済する「子ども」図書館だから、
炊きだしをして、
17歳以下に限定して、
その場で食べてもらうようにしている。


現地の有力者から、
「ここに米を置いて行ってくれれば、
私たちで、村人たちに配給しますよ!」と、
しばしば言われることあるけれど、


渡さずにその場で炊き出しをする。
個人のものになると、
村人たちに渡さず、親戚や仲間に渡し、
残りは売って
利益にしたりすることもあるから・・・


炊き出しならば、
確実に子どもたちに栄養を補給し、
基礎体力の維持を可能にできる。
週3回3週間で計9回の炊き出しを実行!
第一回炊き出し計画が終了した



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ビサヤ・イロンゴデーが
盛況で終わった



昨年、ムスリムの踊りが、
日本公演で
大盛況だった結果を受けて、


若者たちは、
今年の文化祭のテーマを
ダンスに絞った。


踊りは、
フィリピンの若者たちにとっては、
最も適した自己表現の手段?
そのできのすばらしさは、
驚嘆に値する。


ムスリムダンス、


マノボダンス、


ビサヤダンス


すべてが本当にすばらしく、
どこで公演しても
感動をまき起こすだろう!



僕も、
この様なダンスがあるとは、
知らなかった。


長いすのダンスでは、
女の子が、
地面から男性に手を引かれて
飛び上がる!
そのたびに、叫声と大拍手!


日本の若者たちも
踊りながら歌った!


交通費と宿泊を
保証していただければ、
国際交流のために、
日本公演にもうかがいます。



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久しぶりに
ウオーターフォールに
行った



ウオーターフォール集落は、
本当に美しいところだが、
住んでいるのは、おもに
マノボ族の原住民たち。


ミンダナオの原住民は、
色黒で小柄で
髪の毛がチリチリしていて、
ネグロイド(ニグロ黒人)と呼ばれている。


平地にいたものの、
農地開発にあい、
所有権が無いという口実で、
居住地を追い出され、
こうしたへんぴな山岳地に
移らざるを得なかった人々だ。


斜面は、
耕作に適さないので、
植えても山芋かトウモロコシか
地バナナだけ。


傾斜地に生えている
ほうき草やコーヒー豆を
集めて乾燥させて、


ホウキを作ったり、


木の臼でたたいて
コーヒーを作って、


担いで町に
売りに行くぐらいしか
現金収入がない。


収入を得ても、
塩を買って帰るのが
精いっぱいで、米も買えず、
日常の食べ物といえば、
味気のない地バナナや、


バランホイという
山芋やタケノコに
塩を付けて食べるぐらい。


おかずは、
川のカエルやカニや
トカゲやヘビ!


貧しい家庭の子どもたちは、
靴もなく、
学用品も買えないので、
学校に通うこともできない。


そんな生活だけれど、
滝つぼのあたりは、
だんだんリゾートになってきて、
町の人たちがやってくるようになった。


その生活の極端な格差が
現地の原住民の心を
極度の卑下にならなければ
良いけれど。


MCLでは、
この地域からも
奨学生たちを採用したり、
病気を治したりしている。


山岳地なので、
4WDの軽トラックで行っが、
最後は歩いた。


山道は過酷だ。
しかし、
MCLの子どもたちは大喜び!


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滝の滑り台


早速、
訪問してきた若者たちと一緒に
滝壺に飛び込んでいった。



子どもたちにとっては、
これそこが、
日常の生活だったのだ!



この子たちを見ていると
生きる力を強く感じる!
本当の幸せとは何かを
教えてくれているようだ!



先進国?日本から
訪問してきた若者たちも、
後進国に対する
上から目線を捨てて、


本当の幸せとは
何かを
感じてくれたら良いなあ・・・




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現地の子たちの
生活はきびしい!



しかし、
現地の子たちの
生活はきびしい!


この村からも、
MCLでは、
奨学生を採用している。


しかし、
奨学生になると、
日本から送られてきた
古着を着ているし、


学用品もそろっているし、
靴も履いているので、
貧困の状況までは、
わからないが、


こうした極貧のなかでも、
現地に放っておけない
孤児や崩壊家庭の子たちが、
MCLに住んでいるのだ!



ほうきを売ったお金で、
塩をかえればせいぜいで、
チョコレートなど、
夢のまた夢!


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日本語を話せる
日系人のおばあちゃん



この地には、戦前まで
原住民と結婚し、
ダバオ近郊でマニラ麻を栽培しながら、
幸せに暮らしていた
日本人がたくさんいた。


とりわけ、
九州や沖縄から移住してきた
日本人が多く、
ミンダナオの料理も沖縄に似ている。


現地に溶け込んで平和に暮らし、
戦前に日本語学校もあって、
東南アジアで
最も日本人が多い島と言われていた。


ところが、
第二次世界大戦のときに、
アメリカ軍の侵攻により、
敗戦が近づき、


ジャングルへの逃亡も
余儀なくされると、
兵士たちの原住民に対する信頼も
恐怖に代わり、


「原住民は、日本軍を裏切るぞ!」
「逃亡するまえに、殺せ!」
という命令が下り、
実際に穴を掘って、
生き埋めにしたという記録が残っている。


私の現在の妻のおじいさんも、
かつて、日本軍の下で
働かされていた経験があり、
妻のエープリルリンの話によると、


「日本人は悪い奴だから、
つき合わない方が良いぞ!」
と結婚前に会うまでは、
言っていたという。


実際に会ってからは、
日本人に対する考えが、
違ってきて、
妻の膝の上で息をひきとった。


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日本軍が、
原住民を生き埋めに



日本軍が、
原住民を生き埋めにしている、
という情報を聞いて、
家族を捨てて、
帰還した父親もいるけれど、


家族や子どもを守るために、
家族ともども山に逃げて、
日本人であることを隠し、
原住民として生き抜いてきた人も多い。


そういう人たちを、
日系人と呼ぶが、
したの写真のお婆さんの
家族も日系人で、


たくさんいる孫たちも
学校にも行けず、
奨学生に採用している。


彼女は、わたしの肩を叩いて、
片言の日本語で言った。
「わたしの、おとーーさん、
にーほんじん!」


アポ山周辺の山の集落には、
こうした日系人の家族の
子たちも多く、


山に逃げて極端に貧しく、
教育も受けられないので、
MCLの奨学生に
採用してあげている。


スタッフの
ジケロ君も日系人!
タカという名字が多いけれど、
タカハシが本名らしい・・・


原住民になって山に逃げた
日系人も多いけれど、
湿原に逃げて、
イスラム教徒のゲリラになった
日系人も多い!

ミンダナオ紛争を戦った
「キムラさん」の正体

日系イスラム戦士、「日本への思い」を語る

中坪 央暁 : ジャーナリスト 
GO!



しばしばこの村にも訪れて、
日本から送られてきた
古着などを配っている。
MCLで配った古着を着ているね!


彼らのために生きている事。
そして、両親がいなかったり
極貧の中から来た子たちが、
心から幸せそうな表情を見せるとき、


この仕事をしていて
良かったと心底思う!


vn11
お昼ご飯を食べた


お昼ごはんができたよーー!
村の子たちも、
みんな、みんな、みんなーー!
食べにおいでーーーーー^!



どんなに困窮した現状あっても
こちらではそれが日常だから、
子どもたちは屈託がない。


MCLの子たちには、
ごはんを炊いて
渡したけれど、



沢山いる村の子たちには、
配給するのはとても無理で、
読み語りの時と同様に
パンをわたした!


普段は、
ごはんもろくに食べられないけど、
パンなど
めったに食べられない!



でも、バナナがあれば
生きていけるよ!
下は奨学生だったアロナ、
発達障害だった二人のお兄さんは
亡くなったけれど、
彼女は大学を卒業して
地元の学校の先生になって
貧しい子どもたちを助けている!



MCLが来た時には、
村の子たちも集まってきて
いっしょに遊んで、
いっしょに食べる!



食べ終わったら
みんなで泳ごう!!!



アポ山へGo!

vn12
古着や靴や
カバンの配布



ふだんから、
くり返しくり返し、


奨学生採用や医療、
古着や靴や


カバンの配布などで、
訪れているから、


村人たちにとっても
MCLのこたちにとっても、
家族のよう!




vn13
一方で、
食事が出来ず



一方で、
一日三食の食事が出来ず、
毎日、
芋を食べて食いつなぎ、


病気にかかると薬も買えず、
体力がないので、
死んでいく人がいる。


この地が
リゾート地に指定されて以来、
同じその地域で優雅に遊び
おいしい料理を作って、


遊べるだけ遊んで
帰っていく、
裕福な人たちもいる。
この格差と矛盾は何だろうか?



リゾート開発が進むにしたがって、
この様な格差社会を見るたびに、
悲しい困惑とめまいを感じるのは、
私だけでは無いのでは?


MCLの奨学生で
本部に住んでいる子たちが、
なんであんなに喜ぶのか!


多くの子たちが、
できればMCLのスカラーになって
本部に住みたいと
願う気持ちも良くわかる。


あそこに住めれば、
安心して食べていけて、
学校いけて近くて、
病気になっても大丈夫!


MCLがやっていることは、
本来は、
国がやることだと思うのだけれど、


リゾート地から原住民を
追い出そうとしている
という話も聞こえてくる!


日本から
スタディーツアーで来た若者たちにも、
ただ子どもたちと
楽しく時間を過ごすのではなく、


現状を見て、
そういった子たちの背後にある
真実を知って欲しいと、
思うのだけれど・・・



vn14
貧困が進み、
病気が蔓延



ウオーターフォールの集落では
経済的な貧困がさらに進み、
病気が蔓延していた

皮膚病の子と
風邪の子を医師の元へ!



今年は、
奇妙な高熱と痙攣を
起こす風邪が流行っている。


写真のスカラーの子たちも、
すでに3週間も病床に
伏したりして、
学校も停止したままだった。


久しぶりに会って愕然とした。
なんて痩せてしまったことか!
立って歩こうとすると、
ふらついている。


多くの親や子どもたちに
病気が蔓延している。


同じ病気にかかっても、
ミンダナオ子ども図書館に
住んでいる奨学生は、
数日で回復するが、




栄養失調だと命取りだ!
とにかく、病院でチェックを
受けることにした。

病院では、すぐに入院!


色々な検査をした結果、
デング熱では
ない事がわかってきた。


信頼できる小児科の
ウオン先生が首を傾げながら、
単なる風邪で、
これだけ長期の症状が出るという事は、
基本的に栄養失調だからですね。


「食べるものを食べていない、
基礎体力がない、
快復力がないところに病気が襲うから、
ますますやせ細ってこのままだと、
死ぬかも知れないですね。」
唖然とした!!!


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初めての
スタディーツアーは
中断!


訪問者がいて、
スタディーツアーの途中なので、
自由に行動は、
出来なかったが、


急きょ、訪問者たちを、
数名のスタッフといっしょに、
山に住んでいる理事の
ビックビックさんの家に預けて、


別行動で、
数日間
緊急の医療活動を実行した。


幸い、
ピキットの難民キャンプでの
医療活動を継続しているので、
その薬をウオーターフォールにも届けた。


日本では、
薬は日常手にはいるし、
基礎健康が食事で出来ているので、
ちょっとした風邪なら、
すぐに回復していくけれど、


米も買うゆとりさえないのに、
たとえ風邪薬でも、
薬まで買えるわけがない!


日本では、
風邪ぐらい自分で直すのだが・・・

栄養失調だと、
死に至る場合もある。


初めてのスタディーツアーは
中断してしまい、
期待して来た若者たちには、
本当に申し訳なく思った!


しかし、
子どもの命を守ることこそ
MCLの大事な活動であり、
スケジュールや活動予定を
事前に決めなけれならないツアーは、


ミンダナオ子ども図書館では、
経費を出して期待して来た、
訪問者への責任を考えても、


あらかじめ訪問者のスケジュールや
目的が決められている
ツアーや体験学習は、
無理だとつくづく実感した!


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訪問者は
ルモットの保育所を
建設に



今回の訪問者は、
緊急医療活動のために、
予定を変更して、
ビックビックさんのところに宿泊。


電気のない家で
現地の生活を体験しながら、




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建設途中の
保育所を手伝った



若者たちにとっては、


自分も何らかの形で貢献できる、
という体験は貴重だった。



最初はとまどいながらも、
最後には、
ともに汗を流し、


すがすがしい気持ちに・・・・
もう少し長く居たかった!




緊急の医療活動の事を考慮すると、
今回は、予定を変更して
後半は、ダバオオリエンタルの
ハウスオブジョイへ移ってもらった。




ハウスオブジョイは、
近くの海もきれいで、
ゲストハウスも整っていて、
本当にリラックス出来るリゾートもあり、
ビジターには、おすすめ。


若者たちは、
前半がハードだっただけに、
ホッとされたようだった。
やはり、ミンダナオ子ども図書館は、
ツアーには向かない?

ごめんなさいね!



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MCLでは、
スタディーツアーは
難しい?



「MCLを継続していくためにも、
宿泊費をとって受け入れたり、
スタディーツアーも立ち上げたら?」
等々言われもしたが、


ぎゃくに訪問者が多いと、
「純粋な子どもたちの心を
ゆがめてしまうから気を付けて!」
という声も聞こえてくる。


また、MCLの活動の根幹自体が、
信じられないような山岳地帯や、
ワニのいる湿原地帯の集落をめぐって、
子どもたちに学用品を届けたり、


時には、
スカラーやスタッフが、
命がけでイスラム地域の
戦争避難民を救済したり、


寒村に保育所を建設したり、
時にはODAと強調して
平和のための学校を建てたり!


読み語りをして、
病気の子がいたり、
すぐに病院に連れて行ったり、


極貧で小学校も行けない
子どもたちのなかでも、
孤児や崩壊家庭の子、


戦争で親が殺された子などを、
スカラシップで採用して、
大学まで、
行けるようにしてあげているし。


そのなかでも、
現地に置いておけず、
保護しなければならない子は、
本部や宿舎に住めるようにしている。


現在、奨学生の数は、
300名を超えており
本部に住んでいる子は、
80名あまり。


町に下宿しなければならない
大学生や、
外部に住んで、食事と生活費を
支給している子たちを含めると、


200名ほどの生活費を
まかないつつ、
米も支給しているので、
一日50キロの米が消費されます!


2020年の現在は、
水田で米を自給しています!



スタッフたちは、四輪駆動車で、
山の学校をめぐっては、 
ふる里から通っている子たちに、
授業料の支払いや
学用品やお小遣いを届けたり。


その忙しさを考えると、
スタディーツアーを立ち上げて、
訪問者のために時間を割いて、
前もって立てた活動計画にしたがって
行動する余裕があろうはずもなく、


活動は、
現地の状況に合わせて
臨機応変に
動かなければなりません。。


例えば、読み語りで行った村で
病気の子がいれば、
即、キダパワンの病院に運び
手術や入院させたりしますが、


お医者さんにかかったり
薬も飲んだことがない子や保護者に、
付き添うだけでも
大変な時間と浪費がかかります。


病状しだいでは、
数人スタッフが付き添って
緊急にダバオの病院に患者を運んで
手術をしなければなりません!


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スタディーツアーは
辞めたとしても



今回、初めての
スタディーツアーで
来た若者たちも、



いろいろな体験をして、
感動して
帰っていきました。


スタディーツアーは
辞めたとしても、


興味を持って
きたいと思う、
若者たちや家族は、



受け入れていきたいと
思っています。



若者や家族の
訪問は
前向きに


スタディーツアーやツアーのように、
事前に立てた
スケジュールにしたがって
行動しなければ、
ならないとしたならば、


村に病気の子がいたりした場合に、
スケジュールを棚上げにして、
訪問者を置いたまま、
病気の子の救済に、
まい進出来るはずもなく、


支援者のように
すでに活動をご存じの方は、
理解して、
受け入れてくださるとしても、


一般募集のツアーのように、
事前にお金を払って、
体験を目的に来られる場合は、
過度に気を遣う?


MCLの生活も現地のままだし、
トイレは、
手くみの水でうんこを流し、
山で泊まれば、
どこでもトイレ!


お風呂もなく、
トイレのシャワーか、
外の井戸端で


子どもたちと一緒に
水をかぶって、
水浴する!


若者たちには、良いとしても、
さすがに冷たい水だと
高齢者には難しいので、
温水が出るシャワーを付けたけれど。


料理も、
子どもたちが薪で作った
素朴な料理を、
みんな一緒に食べる。


朝早くて、
起きられない場合は、
食堂に
残しておいてくれるけど・・・


しかし、ツアーと銘打って
お客さまとして招待するからには、
特に高齢者の場合などは、
それだけの快適さや
接待やサービスを求める人もいるだろう。



vn20
門戸を開こうと
決心したのは



そのような迷いを
持ち続けつつも去年、
訪問者に
門戸を開こうと決心したのは、


生きがいを失い、
自殺未遂や引きこもりの多い、
日本の若者の心の危機を知り、
そうした子たちが、
現地の子たちに囲まれると、


心を回復して、
生きる力を
見出すことがわかってきたから・・・


フリースクール等からの
要望なども耳にして、
スタディーツアーではなく、
むしろ宿泊費なしで、


とりわけ若者たちや、
子連れの家族の訪問を、
前向きに
受け入れる決断しました。




vn32
いったい
どこに連れて行く
つもりなの?



マノボ族のダトゥインダ村に、
保育所が完成。
寄贈者の丹原美穂さん、
開所式に訪れる。


「いったい松居さん、
私をどこに連れて行くつもりなの?」
と言われてしまった。



ダトゥインダ村は、
丘陵をいくつも超えて、
道がとぎれる場所から、
バイク道を通って、


さらに丘を
いくつも超えた場所にある
小さなマノボ族の村だ。


もちろん、4WDでないと、
この地までは来られない。
下の写真は、今回保育所を建てた
ダトゥインダ村の全景。


 「数件しか家が建っていないじゃないか」
と言われるかもしれないが、
この周囲にたくさんの
マノボ族が住んでいるのだ。


保育所には、
35名を超す子どもたちが集まる。



ここから、学校までは5キロの道を行く。
4歳から5歳の
保育所プレスクールの子どもたちが、
雨の日も風の日も
毎日通える距離だろうか?・・・


それにもかかわらず、
先々年から政府はプレスクールを
経由しなければ、
小学校に入れないという
奇妙なシステムを作ったのだ。



今でこそ、この辺り一帯は、
丸裸の丘陵地だが、
戦前まで、ラワンの巨木が生い立ち、
熱帯樹木が生い茂り、
猿や色とりどりの蝶や鳥が舞う熱帯雨林だった。


大木が、ことごとく
伐採されたのは戦後で、
ほとんどは、
経済成長を続ける日本に輸出された。


その結果、大地は保水力を失い、
雨はそのまま
大量の水を川に運び流れ出す。
保水力を失った高地は乾燥し、
下手の大地は洪水となる。


この地の下手こそ、
私たちが通っている
ピキットなどのイスラム地域で、
絶えず洪水に見舞われている原因は、
上手の地にあった熱帯雨林の伐採の結果なのだ。


日本人が、
踏み込むことのないこの地は、
日本とは、
深い関わりを持った地だった。



先日奨学生の調査で訪れた
際のピキットの洪水


vn33

悲劇は
こうして作られる



この地域の最大の悲劇は、
巨木の伐採と共に、
先住民族であるマノボ族が
土地を奪われ追い立てられていったことだ。


ミンダナオ子ども図書館で、
娘の面倒を見てくださっている
エディットさんは、マノボ族だが、
当時の体験から明確になってくるのは・・・


政府は、ルソンやセブ、
ネグロス、ボホールやイロイロと言った、
ミンダナオ島外からの移民政策をとった。


その方法は、
まずは先住民族の住んでいる土地を、
所有者の無い土地と断定して、
移民たちに売却する。


しかし、すでにマノボ族が
先祖代々住み着いて、
自給耕作をしていた土地である。
簡単に明け渡すわけにはいかないのは当然。


そうした強引な方法に対して、
当然ながら、
土地を守るための戦いが始まった。
これが、組織化されたのが、
NPA(新人民軍)と呼ばれるゲリラだ。


NPAは、共産ゲリラとも呼ばれており、
現在もフィリピンの山岳地域を
はじめとして活動している。


これら反政府活動に対して、
政府側は戦闘を起こしていった。
政府側の言い分としては、
ゲリラ活動に対する防衛措置である。


その結果、
戦闘地となった場所にいられなくなり、
マノボ族であるエディットさんたちは、
指定された難民キャンプに
避難を余儀なくされた。


こうして、数ヶ月から半年以上、
難民生活をして帰ってみると、
土地は移民系のクリスチャンの
所有になっていたのだ。


その後、エディットさんの父親は
理由無く殺害され、ご主人は、
NPAゲリラという
容疑を着せられて殺害された。


意図的に戦闘を作り、
現地の人々を排除したり、
経済的困窮に陥れて、
地域を思うように開発しようとするやり方は、


ゲリラという呼称がテロリストに代わっただけで、
現代でも至る所で行われている?
ミンダナオだけではなく、世界の紛争地帯では、
同様の手法が使われている?


そうした現地政府の背後には、
世界の経済を牛耳っている
先進諸国の影がある。
NGOもその片棒を担ぐ存在に過ぎないのだろうか。



丹原美穂さんは、
この二つの地に保育所を建設した。
マノボ族の村では、
子どもたちから大歓迎を受け、


ハーモニカを吹き、
日本から持ってきた
チョコレートを配り・・・
とりわけ、シャボン玉は大成功!!!


至る所で子どもたちに夢を与えてくれた
単なる物より、
消える物の方が、心に想いを残す?


日本で必死になって練習してきた
ハーモニカを吹く丹原さん
「ふるさと」は、戦中日本軍の侵攻で亡くなった
ミンダナオの人々と日本兵の鎮魂のために。


「歓喜の歌」は、平和のために・・・等々
一曲一曲に切実な想いを込めて
汗びっしょりになってハーモニカを吹く姿が、
人々の感動を呼んだ。


「あの人は、単に貧しい子に物をばらまいて
自己満足したり、低開発国と見くだして、
安易な発言したりする人じゃない」
地元の人々は、すぐにそれを感じ取った。



vn34
ブロッドにも
保育所を寄贈



洪水に悩む下手のピキットの村、
ブロッドにも
丹原美穂さんは
保育所を寄贈された。


反政府地域だった
イスラムの人々の前でも
鎮魂の歌をハーモニカで奏で
平和への祈りを音に託す。


小さな子どもでさえも
しーんとなって耳を澄ます。
丹原さんを
心から受け入れてくれた瞬間!


イスラム教徒もキリスト教徒も
丹原さんのような、無宗教も、
仏教徒も神道も
自然崇拝も精霊崇拝も
皆同じ心を持った人間だ!


vn35
シャボン玉パーティー


丹原美穂さんの
今回の滞在で大成功は、
シャボン玉だった。


この滞在のために、
シャボン玉メーカーは特別に、


一つ一個の
特製ストローを
つけてくれたのだという。


ミンダナオ子ども図書館は、
一瞬、
シャボン玉に包まれて、
別世界になった。


vn36
TBSの
デレクター突如訪問



3月3日ゴールデンタイムの番組を制作したい
谷ディレクターからTELを頂いたとき、
「頓挫するな」と思った。


NHKを始め、ほとんどの番組が
既に6回以上のアプローチをしてきて、
全て実現しなかったからだ。


本当に来られたときはビックリした!
初めて現地を訪れた
TV制作者だ!

ウォーターフォール村の村長と話す谷氏。


32歳、若くて精力的!
仕事に情熱を傾けている姿に好感した。
まだ気概のある制作者が、
テレビ局にもいたのだ!



過去、番組制作が
頓挫する理由は明瞭だ。
日本政府の指定する危険地域だから・・・・
つまり、取材許可がなかなか下りない。


北コタバト州は、
イスラム地域として有名なので、
キダパワンは比較的安全な地域なのだが、
ジャーナリストは恐れて入らない。


朝日新聞の木村文さんだけは、来られたが。
今回は、スタッフと話しを慎重に検討して、
安全なアロナの故郷、
ウォーターフォール村を選んだ。



谷氏はとにかく、仕事熱心だ。
MCLの子ども達も迫力に押されて
遠巻きに・・・
「あの人、何????」


現地でもひたすら番組構成を・・
村長、村人、子ども達、
保育士、先生に矢継ぎ早に、
核心を突いた質問をしてくる。


翌日、フリージャーナリストの
宇崎眞氏も加わった。
こちらは、マルコス時代のNPAも取材した
猛者のフリージャーナリスト?



この村では、
お父さんが日本人兵士で
日本語を明瞭に話す
老婆と出会った。


戦争被害者の一人だが、
姉妹の中で
日本人と結婚した妹だけは、
日本にいるという。


妹も亡くなり
今は、10年以上も音沙汰無いが、
寡婦となって夫もいず
日本に帰りたいと・・・。


竹小屋に住んでいる。
娘や孫やひ孫といっしょだが、

兄を亡くしたアロナも協力してくれた。
彼女、すっかり元気を取り戻しました
皆さん安心してください!!!


TBSは、
2月に本番で来ると話していますが
実現するか否かは、
まだわかりません。


実現すれば
3月3日の9時から10時の特別番組で放映。
日本の若者たちが、この村に来る設定です。
スポンサーはト某自動車メーカー。
村に建設資材を運ぶための
4WDトラックを寄贈していただけませんか?



vn37
想い出の
ウオーターフォール



それはまるで、
怒濤のような日々だった。


日本のTBSテレビのスタッフが
貧しいマノボの村に、
日本の若者たちが
保育所を建てると言う設定で
学生5名に、タレント一人を加えてやってきた



彼らが来る前週に
村には、電気が来たと言う場所で、
テレビの取材がどのような
意味を持つかもわからない人々。


最近になって、ようやくアポ山が、
世界で二番目に高い山、
であることに気づいた人々!


去年、フィリピン人が、
エベレストを初登頂して、
彼らは目前に仰いでいたアポ山が
世界で一番高い山ではないことを知った。


わたしが、「エベレストって知ってる?」
と聞くと、「ラジオで聞いたよ!」
「どこにあるの?」
「アポ山のむこうの方・・・」



でも、子どもたちは、
物々しい機材と共に遠くから来た人々を
初めは用心深く、
しかし、すぐにうちとけて迎えてくれた。


とりわけ、
主人公の若者たちとは
うちとけるのも早かった。


建設は夜遅くまで続いた。
何しろ、通常2週間以上
かけてする仕事を、
5日でやることになったのだ。



仕事に対する考え方が
現地と日本では、
天と地とも離れているので
とまどいも大きかった。


こちらの人々の仕事の方法は、
昔の日本のように
「心意気」が大事であって、
「時間」が「心意気」よりも優先されていく。


時計も持ったことのない人々には、
現代の日本の考え方が理解できない?
大工やスタッフの反発もあったが、
最後には、ディレクターの谷氏の
「心意気」に押されて成功した・・・・



vn38
日系人の
おばあちゃん
から
若者たちが学んだ



過去、日本人の間に生まれ、
日本語も語れる
日系人のおばあちゃんから、
若者たちが学んだことも多かった。


軍政時代の負の歴史
決して日本人が、
好意的に見られてはいないこと、
それをどのように、
友情で乗り越えていったらよいのか!


今回の最大の驚きは
日本人の学生とスタッフが
変化していく様子だった!



知らず知らずのうちに
「先進国」と言う意識を持ち、
原住民の文化を
破壊してしまうことの悲しさ!



見知らぬ国の
異なった文化の人々の中に、
どのように
とけ込んだらよいのか。



ただ単に、お金にまかせて
保育所などの建物を建ててあげたり、
日本で発想した教育方法を
持ち込んでもだめなこと。


いかに現地の人々の文化や言葉、
そして、心を理解して
それに寄り添うようにして、
物事を進めていかなければならないか



現地の人々の食べているものを食べ、
バナナと芋とコーヒーと野菜
といっても、日本の甘い
バナナではなくぼぞぼそしたバナナに
塩辛をつけるだけ・・・


野菜と言っても、
山菜のわらびのような質素な
食べ物しかない日々・・・


こうして最終日の夕方近く、
待望の保育所が完成した!
ミンダナオ子ども図書館の規格より
一回り大きな保育所には、


ガラス窓も入り、
作業にかかる値段も
50万円ほどになったが
立派なものが出来た!


ただし、屋根の青いペンキだけは、
雨が降って、
塗り終わることが
出来なかった。



内側には若者たちが苦心して作った
アルファベットチャートがかけてある。
マノボ語が入ったチャートは、
初めての事だろう!



陰に陽に、MCLの若者たちも
お手伝いをした。
彼らにとっても、
思い出深い日々だった。


お別れ会の時には、皆涙を流した。
人に対して、純粋に心を開くだけに
別れには深い悲しみを
覚える若者たち。



早朝、学生の一人の誕生日には
みんなでハラナをした。
夜明け前に起き出して
みんなで誕生日の歌をうたうのだ!


涙を流したイッセイ君!
別れの日には、
日本の若者たちも
泣き出した!


とにかく、
怒濤のような日々だった。
スケジュールとタイムキーピングに
追われる日本の仕事。


それとはまるで正反対に流れる
ミンダナオの時間。
その強烈な軋轢の中で、
どうしても期日までに
映像を仕上げなければならない・・・!


ギリギリの状況での活動だっただけに、
若者たちや日本人スタッフに
訪れた心の転機は、
大きな意味をもって
今後も生きてくるだろう!



vn39
ロラ(おばあちゃん)に
甘えるマロット



母さんの亡いマロットに、
ロラ(おばあちゃん)が見つかった!



ダバオから来られた
大本さん一行
姉さんの田中衣子さんが、


去年足と腕を骨折して
山から運ばれてきたマロットの
支援者になってくださった。


母さんの亡いマロット
まるで母親のように甘えて慕う
今も、写真を見るたびに
懐かしくなって涙ぐむマロット



マロットへ たなか きぬこ

ミンダナオ子供図書館に行ったときに、
マロットに会えて本当によかったです。
私には日本に3人の孫がいますが、
マロットは4人目の孫のような気がします。


みんなといっぱい遊んで、勉強もしっかりね!
5月には日本に帰るので、
マロットのことを皆に話します。
またいつか会える日を楽しみにしています。



vn40
ミンダナオ子ども図書館に
滞在した思い出
田中 衣子



たった1泊2日の
短い日程でしたが、
ミンダナオ子供図書館に行けたことは、
大きな感動の2日間でした。


美しく手入れされた
庭や畑もそうですが、
何よりも感動したのは、
そこにいる子供たちです。


小学生から大学生までおよそ
50人程の子供たちは、
どの子も明るく、人懐こく、
親切で、もてなしの心と節度を
持っているのを何度も感じました。


今の日本の子供たちが
失ってしまったものを、
ここの子供たちは
皆持っているのです。


食事の時、私達訪問者には
彼らより、立派な
お魚のから揚げがついていても、
欲しそうな顔をすることもなく、


果物を切り分けた時も、
一番に私達のところに
持ってきて勧めてくれます。


少しだけ一緒に遊んだ
バスケットボールの時も、
ボールを何度も
私に渡してくれました。


ここに来るまでには
大きな困難な状況の中に
いた子供達ばかりなのに、


こんなに明るく、
のびのびと生活出来るのはきっと
松居さんの教育が
すばらしいのだと思いました。


次の日に
連れて行ってもらった、
貧困地域での読み聞かせや、
子供図書館での活動は、


ほとんど学生が自主的に行い、
松居さんご自身は
助言する程度とのことです。


キリスト教徒と
イスラム教徒の人が
ともに過ごすことで、
大人になっても反発しあわないで、


共存できる社会を
作ってほしいという
松居さんの思いは
しっかりと彼らに届いています。


一緒に写っているのは、
私の里子となった
ローズマリー、愛称マロットです。
日本に3人の孫がいますので、
4人目の孫ということになります。



妹さんの大本和子さんの方は
両親の亡くなった
イスラム教徒の少年と、
父親を亡くした少女を
支援してくださる事になった!


和子さんは、
現在ダバオの日系人会が経営する
ダバオ国際大学の日本語教師を
ボランティアで勤めていらっしゃる。



vn41
読み聞かせにも
参加



大本さん方は、
読み聞かせにも参加された。



ミンダナオ子ども図書館の
ストーリィテーリングは、
絵本の読み聞かせから
次第に読み語りにシフトしている。


ミンダナオでは、
オリジナル言語の絵本が無く、


現地語を生かすためには、
語りを取り入れる
必要があるからだ。


それにしても、皆、
語りが驚くほどうまい
子どもの頃から、お話を聞いて育ち
昔話も生きている世界だからだ。



vn42
アジア学院の長嶋氏が
奥様と息子さんと訪問



有機農法を中心に長年アジアから研修生を
受け入れて来たアジア学院
長嶋氏は再訪だが、
今回は奥様と息子さんと来られた。
保育所の建ったイスラム地域
パイドプランギでグレイスさん
と語る長嶋一家。


あらためて支援者の名が入った
ボードを設置しているところ。
行橋カトリック教会の方々のために
「MIEKO MIZOTA Fr. YAMAMOTO & FRIENDS」
と書かれている


イスラム湿原に 保育所を建てた!

長嶋氏の息子さんは、
シリマン大学の医学部を卒業後、
ミンダナオの方と結婚し、
現在はデュプログの病院で
インターンとして活動している。


滞在中に医療患者が来られると
さっそく対応。
医師として立派に
対応されている姿が頼もしい。


フィリピン国籍が無いと医師として
受け入れられないので、
現在フィリピン国籍を申請中。
病院が、貧困層とかけ離れている矛盾も
良く理解しており、


貧しい人々の
中に入って活動したい
と言う希望を持っている。


その観点から、
ミンダナオ子ども図書館の
活動にも評価を・・・
将来ここを拠点にしてくだされば、
多くの命を救えるだろう。



今回、何よりもの「成果?」は、
奥様の滞在だった。
奥様は、タイの方だが、
さすがに似た状況のミンダナオの子たちに、
何が必要かを良く知っておられる。


足踏みミシンを寄付してくださり、
裁縫の基礎を
若者たちに教えてくださった。
その後、若者たちはもう夢中・・・・


帰られた後も、
図書館に住み込んで
子どもの面倒を見てくださっている
寡婦のドリンさんが、
裁縫を引き継がれた。


今は、1月27日。
ムスリムデーの踊りで使うマロンを制作中。
今年度の子ども達の
制服もここで作るつもりだ




長嶋ご夫妻曰く
「ここにアジア学院をリタイアされた方々や
教会関係者の第二の人生の
活動拠点を作りたいなあ。


気候もさわやかだし、
緑豊かでアポ山の眺めも良いし。
小さいながらも良い総合病院もあるし、
温泉もあるし、


卒業生のエラさんもいるし、
息子のクリニックも出来れば・・・・・」


vn43
スタディーユニオン寄贈の
保育所開所式



関 浩成さんと



立命館大学・
同志社大学の若者が参加




マノボ族がおもに住んでいる
この地は、山奥で、
保育所が建ったマノビサ村までは、
最後は歩いてしか到達できない。


しかし、まだ若い関さんと
学生さんたちは、
元気に村まで登っていく!


この村の貧困度はひどく、
靴を履いていない子も多い。


山に生えている
ほぼ野生の山芋や
原種に近いバナナを植えて、


コーヒーやカカオや豆を
木の臼でついて粉にして
食べて生活している。


現金収入は、
野生に生えている
ほうき草を刈り取って、
ホウキを作って町に売りにいくぐらい。


その収入で、
塩を買って帰れるぐらいで、
米はめったに食べられない。


砂糖もめったに食べられない貴重品で、
こうした村から来た子たちが、
MCLでココアやコーヒーを作ると
山ほど砂糖を入れたがる
気持ちが良くわかる!


サトウキビは、
時々かじることもあるけれど、
お砂糖=大御馳走!


MCLの子どもたちが、
読み語りをした!


最初に、
日本の若者たちもいっしょに
歌って踊って楽しんだ後、
いよいよ、読み語りが始まった!


絵本も本も
見たことのない子どもたちは、
絵を見ながら
お話を聞いて大喜び!



そして最後に、
MCLの子どもたちが、
「おおきなカブ」のお話から作り上げた、
「おおきなカサバイモ」の劇を演じた。


ミンダナオには、カブは無いけど、
カサバイモなら、
子どもたちは毎日山に採りにいっているし、


猿も出てきて、
最後はネズミが、
イモのまわりをコツコツ掘って
カサバイモがスポット抜けるのは、
こちらのカサバイモの掘方だ!


vn44
北野財団寄贈
マノボの山の村に
保育所が完成



バンシラン村は、
山奥の集落で、
車が通れる道も無い。



行くとしたら
登山道を歩いて登るか、


建設材料や荷物があれば、
水牛か馬の背中に積んで、
急な斜面を登っていくしか
方法がない。



この道は、
普段子どもたちが、
小学校に通う時に、
毎朝通り道!


小学生なら、
小さい子でもお兄ちゃんと一緒に、
山道を歩いてジャングルを抜けて、
下の村にまで行けるだろうけれど、


この道を、
小さな幼稚園の子たちが
毎朝通うことなど、
出来るわけがない!


そこで、
何とか保育所を
村に作ってくれないか!
という、悲痛な声が聞こえてきた。


こうして、
MCLでは、この村に
保育所を建てる
決断をしたのだ!


可愛い子どもたちの
ためとは言え
モオー、


人間どもは、
よくまあ
あんな山奥の村にモオー


保育所などを
たてるもんだモオー



保育所は、
村人の尽力で見事完成



今年から、
フィリピン政府は、
以前よりさらに厳しく
保育所卒業を小学校入学の条件とした。


その結果、
こうした僻地の先住民は
さらに厳しい教育の機会喪失に
見舞われていく。


ここでも、
貧困と格差が
助長されていくのだろうか!



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開所式の読み語りと、
お祝いの食事


読み語りは、
保育所の中で、
保育所の子どもたちに行われた!



日本から
大澤潔くんが来られた!
右は、息子の松居陽!



外にいないで、
入っておいでーーー!



正式に寄贈書類にサインがされる。
サインをしているのは、
村長さん!



サイン後は、
保母さんに書類をお渡しする。
建設後の管理、修復は、
現地の村に責任が委託されている。


しかし、その後、
次第に明確になってきたのは、
5年もたつと、竹壁が破れたり、
トタンに錆が入ったりしてくる。
建設後の修復は、村に委託されているが、
貧しい村では、修理費が出せないこと!


それで、2021年のMCL理事会で、
今後、全保育所をチェックして、
訪問してきた若者たちにも手伝ってもらい、
MCLで修復していくことに決めました!


炊き出しの米を持参して、


村人たちにお祝いの食事が
ふるまわれた!




普段は、
米もめったに食べられない
子どもたち。



ごはんが食べられるだけでも、
大喜び!





父子家庭で、
貧しい子がいたので、
奨学生に採用しました!
ぼくが、がんばって学校を出たら、
家族を助けるんだ!



下の子の
めんどうを見ているのは、
お姉ちゃん!



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開所式が終わり
帰路をたどる



この日で、
村との関係が
終わるのではない。


この日から、
この村の人々との
関係が始まる。


保育所建設は、
このへんぴな
マノボ族の村との
関係の始まりなのだ。



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機関誌『ミンダナオの風』
発送と
子どもたちからの手紙



毎年、年六回隔月で、
機関誌『ミンダナオの風』を発行している。
スカラシップ支援者の方々には、
それに同封して、
子どもたちからの手紙をいれる。


支援者に送る
手紙を持ってきた子供たち
マノボ族の村、プロック8村にて。



子どもたちは、
一生懸命手紙を書くけれど、
小学生の場合は、
まだ文字や英語が書けない子もいて、


書ける子に手伝ってもらったり、
タガログ語の子は、
私たちが英語の翻訳をつける。


中には、私宛に、
熱烈なラブレター?をくれる子もいる。
どうやら、足長おじさんのように
思ってくれているらしい。
胴の方が長いのだが・・・・・


「We love you !
お願いがあります。
外国にいったら、私を受け入れてくれる、
もう一人のお父さんを
見つけてきてくださいね。」
と書かれている。


ミンダナオの子どもたちは、
自分の想いを素直に
一生懸命表現しようとする。



スカラシップを受けている
子たちの現状を調査するのもこのときだ。
貧しいマノボの村では、
親のいなくなった子は大変だ



今回の調査で、
小学生のスカラシップ
(里親奨学制度)の子たちだが、
母親が亡くなり、父親は別の女性と
いっしょになったまま行方しれず。


完全に見放された
状態でいることがわかった。
右の男の子(小学生)が、左の妹と従妹、
右の継母の祖母の面倒を見ていた。


他所の田んぼや畑の
草刈りや日雇いをして、
日銭を稼いで妹たちを学校へ・・・
彼の成績が落ちてきているのでわかったことだ。


三人は、
下の祖母の家を始め、
親戚の家を転々として生きている。


身よりも無い状態なので
ミンダナオ子ども図書館に
引き取ることに決めた。



里帰りした奨学生も元気だった。
ミンダナオ子ども図書館に戻るための
山からの交通費を稼ぐために、
アロナは、山で一日
薪拾いの日雇いをしていた



vn49
アルバちゃんを
訪ねる



かつてやせ細り、
餓死寸前で
難民キャンプで見つかったアルバちゃん


行橋カトリック教会のミルク支援で、
すっかり丈夫に!


目は見えないけど、
座ることも出来るようになりました。


奇跡的に。
これからも、
支援を続けます。





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ミンダナオ子ども図書館
からのぞむ満月



電気を消すと、
たくさんの蛍が飛んでいる


若者たちの話だと、
夜はこのあたりに
妖精が飛んでいるという。


特に、満月の夜は要注意!
妖精に声をかけられても、
返事をしないこと。


あっちの世界に
連れて行かれて、
帰れなくなることがある。


特に大きな木や岩のある場所は、
気をつけて通り抜けること。
「ああ、きれいな月夜だなあ」などと
賞賛する言葉は、絶対に言ってはならない!



妖精が振り向いて
「こっちへおいで」と誘うから。


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2020年には、
スタディーツアーは、行わないものの



上述の記事を書いた2008年当時は、MCLが始まってから7年目で、
それほど一般に広く、知られていたわけではありません。
それゆえに、訪問希望者の方々のほとんどは、支援者の方々でした。


支援者の方々は、家族として受け入れ、
ダバオ空港までお迎えにあがり、宿泊費なしで滞在し、
支援している子に会いに学校に行き、そこからさらに、実家を訪ねます。


山の原住民やイスラム教徒の極貧の寒村ですから、
驚くべき体験になると同時に、
奨学生たちのほとんどが、支援者に出会って涙を流して抱きついてきます!


支援者の訪問は、良いのですが、
2013年にテレビ東京の「なぜここに日本人」などで放映されて以降、
ご覧になりたい方は、以下をクリック!
何故ここに日本人 TV録画!

若い世代を中心にMCLを訪れたいという希望者が増えてきました。


訪れた若者たちのほとんどは、現地の子どもたちに囲まれると、
感動して、ときには涙を流します。
聞くと、引きこもりや人生に行き詰まりを感じている、若者が多い事もわかってきました。


彼らの心は、ここに来ると、子どもたちの力で、心が底から解放されて、
本来の自分にもどるのです!
その後、日本で調べてみると、驚いたことに、青少年の自殺率も世界で一番か二番目!
そのような現状を知るにつれて、
日本の若者たちも視野に入れて、活動をしなければという想いが強くなってきました。


そして、2020年には、
スタディーツアーは、行わないものの、希望があれば若者や家族たちを、
支援者同様に、宿泊費なしで、家族として受け入れることに決めました。


しかし、お客様のような接待や事前に計画した体験学習スタディーツアーなどのプロジェクトは行わず、
状況にもよりますが、その時々の状況で、
スタッフの活動や読み語りに同行したり、


子ども達と遊びで海や滝にいったり、
山を登ったりすることは、可能であることに決めました。
しかし、メインは、あくまで現地の子どもたち!


状況にもよりますが、
基本的に訪問者のための、特別な企画は、立てないことを了解していただければ幸いです。
ただし、もし「可能ならは、このような体験がしたい!このようなところに行ってみたい!」
というご希望がありましたら、事前に現地日本人スタッフの宮木梓さんにご連絡いただければ幸いです。
ご質問やご希望は、現地日本人スタッフの宮木梓さんにメールでお願いいたします。

mclmindanao@gmail.com

 


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毎回振込後に、宮木梓からお礼のメールが届きます!
奨学金は、物価高騰もあり、
小学校と大学のみ2000円加えた額に変更しました。
年間、小学42000円、中高60000円、大学72000円継続支援の方で変更を希望されない方は、以前の額で結構です!


卒業後も支援継続されたい方、別の子を希望、終了を希望等は、
メールか振り込みの通信欄で宮木梓宛に、
メールが難しい方は、日本事務局に、FAXかお電話で対応します。
 
日本事務局 前田容子 FAX:0743 74 6465 携帯電話:090 5091 7514

ぜひいつか、子どもたちに会いにしらしてくださいね!
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口座名:
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ミンダナオ子ども図書館だより 宮木あずさ制作

現地日本人スタッフによる、
写真を交えた最新の活動報告です!

ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
訪問等でMCLと出会った若者たちの想いです!

ミンダナオ子ども図書館:日記 松居友制作
松居友による活動報告および
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