山菜売りの少女
ドキュメンタリー映像:松居陽 文:松居友
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松居陽制作の感動的な
野菜売りの少女の
ドキュメンタリービデオ
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山菜売りの少女松居友:文
(以下、引用はすべて原著からの一部抜粋です) 童話『野菜売りの少女』の
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コッケコッコー。
ニワトリがないた。
目を開けると、まだ外はまっくら。
寝たまま手をよこにやると、布にふれた。
母さんのかすかな暖かみが残った布。
となりで寝ていた母さんは、もう外にでて、山に行く準備をしている。
谷底に一軒だけたっている、一部屋しかない粗末な竹のほったて小屋。
小さな竹壁のすきまから、谷の水音がかすかに聞こえてくる。
起きなくっちゃ。
眠たいなあ・・・。
でも、起きなくっちゃ。
母さんと、山菜をつみにいく約束だもの。
町に売りにいくために!
妹たちはまだ寝ている。
ギンギンは、起きあがると、ガラスも何もない開けっ放しの窓から外を見た。
「わーっ、たくさんのお星さま!」
夜空には、巨人が無数の宝石をばらまいたように、星たちが輝いている。
黒い陰になった山なみの上には、南十字星。
木々のあいだを、たくさんのホタルたちがとんでいる。
「でも、夜明けはもうすぐのはず。
あっちこっち飛びまわっていた妖精たちも、
ホタルたちといっしょに、花や岩のお家に帰るころかな。」
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「子どもが山菜売りのお仕事するの?」
ギンギンは、答えた。
そうよ、わたしたちが町に売りにいかなければ、毎日のご飯はたべられないの。
母さんには、別のお仕事があるし。
母さんのお仕事は洗濯女。
村の家々をまわっては、「洗濯物ありませんかぁ。洗濯物ありませんかーーぁ」って、
たずねて歩くの。
たのまれた洗濯物は、川に持って行って洗って干すけど、
もらうお金はわずかだし、仕事がないときもある。
だから、わたしたち子どもも、山菜売りをして手伝うのよ。
「学校いってないの?」
また誰かが、たずねた。
不思議だなあ、心の声かなあ、それとも窓の外にだれかいるのかなあ。
ギンギンは、ちょっと首をかしげて森を見つめた。
何も見えない。でも、ギンギンは話をつづけた。
わたし、学校、大好き。一年生のとき、楽しかった。
友だちもたくさん出来たし。成績も良かったから進級できた。
クラスで二番、表彰もされたのよ!
でも、二年生になって、落第した。
本当はいま三年生だけど、落第してから、学校にいっていない。
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スーッと流れ星が落ちてくるように、声がまた落ちてきた。
「一年生の時は、成績が良かったのに、なぜ二年生になったら落第したの?」
ギンギンは答えた。出席日数が足りなかったから。
一年生の時は、授業が午前中だけだったから、朝早く山菜を採りにいって、
帰ったら大急ぎで朝ご飯食べて、学校にかけていって、
お昼前に家に帰ったら、町へ山菜売りに出かけられたの。
でも二年生になると、午後にも授業があって、欠席だらけ。
「なぜ、午後の授業に出なかったの?」
山菜売りに、町まで行かなければならないからよ。
不思議な声は、少し怒ったようにいった。
「山菜売りなんかしてないで、学校に行くべきだよ!」
でも、山菜を売らないと、エンピツもノートも買えないし、お弁当を持って行けないし・・・。
「なぜ、お弁当を持って行けないの?」
わたしたち子どもが山菜を売らないと、お米も買えないからよ。
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バナナプランテーションをぬけて |
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ほら、あのバナナ、農薬の入った青いビニールの袋でおおわれているでしょ。
そこに巻いてある日よけの新聞、外国語で書かれている。
「日本語や中国語や英語の新聞がたくさんあるでしょ。
売っている国から持ち帰った古新聞だよね。」
そう、ここのバナナを食べているのは、外国の人たち。
特に、日本人と中国人とアメリカ人がおおいんだって。
「あなたたちは、食べないの?」
食べない、だって、農薬がたくさんかかっているから危ない、って兄ちゃんがいっていた。
兄ちゃんは、バナナプランテーションの日雇いで、働いていたことがあるの。
働いている人たち、みんな、防毒マスクをかけているのよね。マスクしないと危険だって。
外国に出すときは、バナナを洗うからだいじょうぶみたいだけど。
ほら見て!
プランテーションのバナナ農園は、他のバナナ農園とちがって、地面には草がないでしょ。
除草剤といって、草を枯らすための薬をたくさんつかっているのよ。
ばあちゃんは、いってたわ。
「草や石にいる妖精さんたちも、皆ここからは逃げ出してしまったんだよ。だから草もはえないんだ。
ここに来ると、まるで墓地に来たようだ」って。
昔はここらへんにはね、わたしたち、マノボ族しか住んでいなかったんだよ、って。
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「そうよ、ミンダナオ島の外から来た人たちが、土地をどんどん買いしめて、
プランテーションを開いていったとき、もともと住んでいた人がじゃまになって、
追いだしていったのよ。」
不思議な声は、少し怒ったようにいった。
ギンギンは、ちょっとびっくりして、声を出した。
「あなた、いったい、だれなの。
ずいぶんいろいろ知っているのね。」
声は、悲しそうにいった。
「昔から住んでいた、先住民たちは、森や谷のある豊かなジャングルの中で、
お金が無くても助けあったり、自然の恵みで豊かな生活をしていたの。
でも今は、住んでいた場所からおいだされて、住む土地もなくなって、
前よりももっとひどい貧しさになってしまった。
あなたたちも、おいだされたのよね。」
「・・・・・・・」
註;ミンダナオのバナナプランテーションに関しては、
鶴見良行の名著『バナナと日本人』(岩波書店)を読まれることを推薦します。
1982年初版の作品で、すでに過去の事かと思っていましたが、
2012年になっても、状況は変わらないどころか、
高原バナナのヒットと中国・中東市場の拡大により、
バナナ農園は低地から高地に、イスラム地域にも拡大しつつあり、
低地から高地に追われた先住民族が、さらに山岳地に追われていくと同時に、
山岳地から逆に街へ、
物乞い、浮浪者、ストリートチルドレンとして、流れ込む形態が続いているのが実情です。
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山菜採り |
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流れをわたるときは、そのまま川にジャブジャブはいっていくの。
靴なんてはいてないもん。はだしだもん。
するとまた、かすかな声がした。
「はだしじゃ、とがった石ころや、落ちている小枝が刺さって、痛いでしょ?」
森のなかから聞こえてくるのかなあ。
ギンギンは、そう思って森のなかをみまわしたけれども、ときどき風が、
木の葉っぱをゆする音しか聞こえない。
はだしだと、足の裏が少し痛いときもあるけど、
でも小さいときからいつもはだしだったから、なれちゃった。
「足の皮が厚くなって、靴になったのね。」
そう、でもはだしの方が良いときもあるよ。
ぬれた土の急斜面を、登ったり降りたりするとき。
ツルツルでしょ。靴やゾウリじゃ、すべってとても歩けない。
ギンギンは、片手で頭の上の黒いタライをささえると、
小さなジョイジョイの手を引いて、沢ぞいの道を登っていった。
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「もう、あなたたちったら。
あんたたちもマノボ族でしょ。だったらわかるでしょ。
ほら、あれよ。」
そして、母さんは、子どもたちを近くに集めると、耳元でささやいた。
「妖精!」
「ここはね、天のさらに上と、地のさらに下の世界に通じている道がある、特別な場所なの。
ほら、あそこに見える背の高いラワンの木、
あれはねえ、ただの木じゃなくって、妖精たちが天に昇っていく道なのよ。
それからこの池、ずーーっとずっと深く地の底まで続いていてね、
裏側の世界にある池の底に出るの。
そんな特別な場所だから、ここには妖精たちがたくさん住んでいるの。
妖精たちだけじゃなくて、いろんな見えないものたちがね。
そんなわけでね、この場所に来たら静かにしなければいけないの。
彼らの生活を、邪魔しないようにね。
特にしてはいけないのは、『妖精』という名前を大きな声でいったり話したりすること。
自分たちの事が話されていると思うと、ふり向いてよってくるからね。
『きれいだなー』とか、『すてきな場所だなあ』とか、いってもだめよ。
あっちの世界に引っぱられていったら、もどって来れないよ。
山菜をつませていただいたら、すぐに帰るの。」
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姉さんのインダイは、もう学校にいくのをあきらめている。
母さんのお手伝いをしなければいけない、って。
でも、わたしと妹のクリスティンとジョイジョイは、とっても学校にいきたいの。
「なぜ、学校にいきたいの?」
「大きくなって、母さんや妹を助けたいからよ。
あーあ。父さんが生きていればなあ。」
「姉ちゃん、だれとお話ししているの?」
ふと横を見ると、クリスティンとジョイジョイが起きて、いっしょに窓から外を見ている。
「妖精いるかな。」
小さなジョイジョイが、目をまんまるに開いて、窓から夜の闇を見ながらいう。
「ぜったい、いるよ。」
クリスティンが答えている。
「会ってみたいなあ。」
「会えるって、兄ちゃんいってたよ。
森の中で寝たときに、夜目がさめたら、おーーーきな、おーーーーーきな、人が立っていたって。
月にとどくほど、大きかったって。」
「カプゴだ、それ。」
ギンギンが答えた。
「姉ちゃんしってるの?」
「ばあちゃんが、お話してくれただけ。見たことないなあ。」
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大人の手のひらほどもある大きなカブトムシは、
ヘリコプターのように三人の子どもたちの頭上をまわると、
ドサッと音をたてて目の前におりたった。
ビックリしている子どもたちの前に着陸すると、カブトムシは、
三本の長い角をニョキッと前につきだして、
黒くキラキラ光る目で、子どもたちをじーーっと見つめた。
「キャッ!」
ジョイジョイが悲鳴をあげた。
今まで見たこともないほど、大きな大きなカブトムシ!
カブトムシは、ギュッギュッと奇妙な鳴き声をたてながら、
三本の角を動かして、子どもたちのほうへ歩きはじめた。
ジョイジョイは、ビックリして、クリスティン姉ちゃんの左腕にしがみついた。
クリスティンは、となりのギンギン姉ちゃんの左手をにぎった。
そのとき、三人の頭上で、ゴーーーッ、ゴーーーッというものすごい音がしはじめた。
見あげると、大木の枝葉が、大風が吹いているかのように、大ゆれにゆれている。
次の瞬間、予期していなかったことが起こった。
ギンギンとクリスティンとジョイジョイの体が、ふっと浮きあがったかと思うと、
ものすごい勢いで梢のあいだをすりぬけて、上へ上へと昇りはじめたのだ。
まわりで、葉や小枝が音をたてて激しくゆれた。
木の上のほうにいた猿たちが、悲鳴をあげながらとなりの枝に逃げていく。
勢いはどんどんまし、ギンギンとクリスティンとジョイジョイは、おたがいに手をにぎったまんま、
とつぜん梢のてっぺんから空中にとびだした。
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目の前のベンチに、赤ちゃんをだっこした若い女の人がすわっている。
「あっ、姉ちゃん!」
クリスティンは、おどろいてさけんだ。
「姉ちゃーん!」
ギンギンとジョイジョイもさけんだ。
ところが、姉ちゃんは、ちょっと不思議な顔をしただけで、なにも気がつかないようす。
いたたまれなくなって、三人の子たちは、目の前にいる姉ちゃんに飛びついた。
すると、不思議なことが起こった。
飛びついたとたん、姉ちゃんの体をするりとぬけて、竹壁もぬけて、家のなかに飛びこんだのだ。
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びっくりしたけれども、子どもたちは、開いている家の戸口から外にでると、
姉ちゃんの前に立って、いった。
「姉ちゃん、元気?」
「わたしたちよ、ギンギンとクリスティンとジョイジョイ。」
大きな声でいっても、姉ちゃんには、聞こえたようすが少しもない。
姉ちゃんは、なぜか緊張した顔をして、広場を行き来している人たちのほうを見つめている。
すると広場から、一人の男が、姉ちゃんのところにかけてきた。
姉ちゃんは、立ちあがって彼を迎えるといった。
「どうだった?」
「大変だ。兵隊たちがやってくる。
ここも、戦闘になるぞ。はやく逃げよう!」
遠くの山おくの森で、パンパンパンという銃声が聞こえた。
広場のほうから、キャーッという悲鳴がした。
「どこに逃げるの?」
姉ちゃんは、泣きだしそうな顔でいった。
「ボアイボアイ村へ行こう。あそこだったら安全だ。
たった今はいった知らせだが、あそこに行けばMCLがビニールシートを配って、
寝るところも用意してくれる。
炊き出しもしてくれるそうだ。」
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クリスティンは、ばあちゃんにちかよると、不思議そうにたずねた。
「ばあちゃん、だれと話しているの?」
「あんたらには、見えないのかい。
ほら、赤い服着ているのがカンコンさんで、青い服がタクワイさん。パコパコさんは黄色い服。
三人の妖精さんたち、タライの上にすわっていらっしゃるだろうに。」
ばあちゃんには、何かが見えているようだけど、わたしたち子どもには何も見えないし聞こえない。
ばあちゃんは、首をたてにふってうなずきながらいった。
「マオンガゴン酋長にお願いがあるんだって。
そうかい、そうかい。
マオンガゴン酋長は元気かね。会ったら、わたしからもよろしくって伝えておくれ。
もうじきそっちに行く日も近いだろうって。
そうかい、そうかい。」
どうやら、ばあちゃんの話している様子を見ていると、
ギンギンが頭にのせてきたタライのうえにはカンコンの妖精さんが、
クリスティンのタライにはタクワイの妖精さんが、
ジョイジョイのタライには、パコパコの妖精さんが、
マノボ族そっくりの格好で、頭に緑の帽子を巻き、
きれいな刺繍の入った赤と青と黄色の服を着て座っているらしい。
胸にはビーズの首飾りをつけて。
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家に泊まる |
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「つかまえたよー、カエル!早く早く!」
ギンギンは、カエルを水のなかから引きだすと、朝日のなかにさし上げた。
ギンギンの叫び声を聞いて、母さんは、腰に下げていた小さな竹カゴをはずし、
近くにいたクリスティンにいった。
「これ、ギンギンにわたして!」
クリスティンは、竹カゴを受けとると、水しぶきを上げながら池に入っていった。
「姉ちゃん、これにカエル入れて!」
「クリスティン。そこにもいるよ。つかまえて!」
姉ちゃんは、クリスティンの少し前を指さすとさけんだ。
クリスティンは、そくざにカゴをカンコンの上におくと、
姉ちゃんの指さすところにいるカエルに襲いかかった。
「やったー、つかまえたよ!」
朝日のなかで、クリスティンは、うれしそうにカエルを高くかかげた。
「やったねー。二匹とれたね。」
二人は、カエルをカゴにいれるとフタをした。
「これで、おかず出来たね。」
「ごちそう見つかって、良かったね。
カサバイモだけじゃ、さびしいもんね。」
岸の方をみると、母さんとジョイジョイも大喜びをしている。
その後も、6匹ほどカエルがとれた。
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それから、洗濯と水くみは、下の女の子たちのやくわり。
谷底まで、一時間もかけて、洗濯物をかついでいって、そこで父さんや母さんや兄ちゃんや、
小さな弟や妹の服を洗って干すの。
洗濯が終わったら水浴び、これはとっても楽しい。
帰りには、干しあがった洗濯物といっしょに、谷の水をプラスティックの大きなボトルにいれて、
急な斜面を登って帰るの。
「何のためのお水?」
飲み水や、お皿を洗ったりするためのお水。
手が空いている子がいたら、森に落ちている木の枝をひろい集めて、肩にかついで帰ってくるの。
「なんで、木の枝をひろったりするの?」
たきぎにするのよ。
夕方に、父さんや母さんたちが帰ってくるから、山芋やバナナをふかしておくの。
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「お米のご飯は食べないの?」
お米って、買わなくっちゃならないでしょ。だからめったにしか、食べられない。
父さんたちが、山の斜面で育てている、トウモロコシの収穫があったり、
兄ちゃんが、下の村の田んぼの草刈りなど、日雇い仕事で働いたりして、お金が入ったときとか。
母さんが、洗濯女をしたり、子どもたちが、山菜売りに町に行けば、お金が入ってお米がかえる。
わたしたちみたいにね。
「そうだよね。お米って買わなければならないもんね。」
だから普段は、そこらに生えている山芋や野生のバナナを蒸かしてたべるの。
父さんや母さんや兄ちゃんは、お仕事で疲れているし、おかずのカエルを料理したり、
おイモやバナナをむしたりするのは、女の子たちの役割。
「そんなにたくさん、お仕事があったら、学校どころじゃないよね。」
二年生になって、午後の授業が出てくると、学校をやめてしまう理由よ。
「夜勉強したらいいのに。」
電気がないから、夜はまっ暗。
光っているのはホタルだけ。
小学校を卒業して、高校生になるだけでも、夢のまた夢。
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山菜売りに街へ |
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姉ちゃんの村は、貧しくて、エンピツも買えなかったり、
お弁当も持って行けなかったりする子がほとんどなの。
時には五日も、ご飯が食べられなかったりするのよ。
「5日も食べなかったら、お腹ペコペコになるでしょう!」
ペコペコを超えて、とっても痛くなってくるのよ。
小学校まで行けば幼稚園があるけど、山道を8キロも歩いて通うから大変。
小学生たち、朝四時に出かけるのよ。
「それじゃあ、三歳や四歳の子どもじゃ、とっても無理ね。」
雨が降ると、川があふれてわたれなくなって、家まで帰れないこともあるの。
流されて死んだ子もいるって。
「小学校を卒業するだけでも、命がけね。」
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卒業できればまだいいけど、一年生に一〇人はいったら、二年生までに七人はやめていく。
ほとんどが、貧しいマノボ族の子どもたち。
「どうして?」
二年生になると、午後の授業があるからよ。
「なぜ、午後の授業に出られないの?」
だって、母さんや父さんは、朝早くから夕暮れまで、山でお仕事。
兄ちゃんたちは、小学校のころから、山仕事をてつだうでしょ。
「学校にいっているのが、女の子が多いのは、そのせいね。男の子は、働かなくっちゃ。」
女の子も働くのよ。
姉ちゃんは、家に残って、年下の弟や妹や、赤ちゃんをおんぶしてめんどうを見るでしょ。
お姉ちゃんが家事育児をしているあいだ、妹たちは、森や野原に、
食べ物をさがしに行かなくちゃならないの。
山菜売りに、遠い遠い町まで行く子たちもいる。わたしたちみたいに。
「食べ物は、何を見つけてくるの?」
森や野原にはえている、山芋や野生のバナナ。
沢だったら、カエルやカニ。トカゲも食べるわ。
年上の男の子だったら、狩りに出かけて、猿やイノシシをとったり、
ニシキヘビを捕まえることもあるのよ。
これはめったにない大ごちそう。ニシキヘビは、蒲焼きにするととってもおいしいよ。
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右からジョイジョイ、ギンギン、クリスティン、3人とも、MCLの奨学生たち
日本から送られてきた古着を着ているので、ちょっとおしゃれに見えるけれどもとっても貧しい
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子どもだけで山菜売りをしていると、良いこともあるんだけど、怖いこともあるの。
子どもの山菜売りは、あわれに思って買ってくれるから、大人が売り歩くよりもよく売れるんだって。
でもねえ、とっても、こわーーーいお話も聞いたの。
人さらいがいて、車が止まってドアが開くと、そのまま車に押しこめられて、
どっかにつれさられて行くことがあるって。
今度は、ギンギンのほうから、不思議な声にむかって、話しはじめた。
不思議な声がかえってきた。
「そうよ。特に女の子をさらっていって、外国に売るのよ。だから、用心しなくっちゃだめよ。」
でも、わたしたちが働かなくっちゃ、一家は食べていけないし・・・。
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そのとき、緑色の軍用車が5台つらなってやってきて、山菜売りの少女たちのすぐ横を、
ものすごい勢いで走りぬけた。
後ろの座席には、鉄砲を手に持った兵隊たちがたくさんのっている。
「山でまた、戦争が起こっているのね。」
クリスティンがそういったとたん、つづいて2台のオートバイが、
緑の服を着た3人の兵隊を乗せて、エンジンの音をたてながらトラックの後をおいかけていった。
「姉ちゃんのいる、山かなあ」ジョイジョイがつぶやいた。
「こわいね」ギンギンがいった。
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ワンワン、ワンワンワン
突然、サリサリの横から、犬が飛びだしてきた。
小さなジョイジョイが悲鳴をあげた瞬間、頭のタライがひっくり返って、
パコパコが足もとに散らばった。
そのとき、クリスティンには、ジョイジョイとは別の、小さな悲鳴が聞こえたような気がした。
ギンギンとクリスティンは、ジョイジョイの前に立ちはだかると、犬に向かってさけんだ。
「シッシッ。」
「あっちいけ!」
ジョイジョイは、ギンギンたちの後ろにかくれた。
黒と灰色のしましま犬は、大きな口から赤い舌をべろりとだして、
白い歯をむきだしてうなりながら吠えかかる。
サリサリの小さな扉が開くと、なかから太った女の人が出てきて、大声で犬をしかった。
それでも、犬は吠え続ける。
そこで女は、そばに落ちていた木の枝をひろい上げると、犬に向かってふりあげた。
キャンキャンキャン
犬は、女主人の怒った顔と、ふりあげた小枝を見て、悲鳴をあげて逃げだした。
ギンギンとクリスティンは、頭の上のタライを下におくと、散らばったパコパコをひろって、
ジョイジョイのタライにもどしていった。
太った女は、子どもたちを見て、一瞬あわれそうな顔をした。
しかし、手をポケットにつっこむと言った。
「ぼろをまとったネイティボ(先住民)だね。
このあたりじゃ、山菜買う人はいないよ。町にでもお行き。」
そう言ってポケットから、5ペソだまを出してわたしていった。
「これでキャンデーでも買いな。」
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小川をわたって、家々のあいだをぬけ、でこぼこ道を少し行くと、
果樹園の緑のなかに、ミンダナオ子ども図書館の青いトタン屋根が見えた。
入り口のところには、大きなファイアーツリーが、まっ赤な炎のような花をつけている。
近づいていくと、たくさんの子どもたちの声が聞こえてきた。
広い敷地には、とくに壁らしいものもなにもない。
建物は、思っていたよりもずっと大きく横長で、鳥が飛びたつような格好をしている。
家の前は、かんぼくに囲まれた緑の庭。そこでは、たくさんの子どもたちが、
鬼ごっこをしたり、花いちもんめをして遊んでいる。
歓声が聞こえてくる。
ファイアーツリーの下をとおったとき、ギンギンは、町でシンカマス(砂糖大根)を売っていた、
お母さんの話を思いだした。
「ここに住んでいるのは、おもに父さんや母さんがいない子たちなのよ。」
すると、声が聞こえてきた。
「それだけじゃないよ。
親はいても、何ヶ月もでかせぎでサトウキビ刈りをしたり、
田んぼの草刈りやゴム農園で、働かなくてはいけなかった子どもたちもいるよ。まだ小学生なのに。」
ファイアーツリーのこずえに咲いている、まっ赤な花たちが、
話しかけてきたような気がして、ギンギンは上を見あげた。
ギンギンは、こたえた。
わかるよ、それ。
わたしたちもそうだけど、子どもでも、食べるためには、学校なんかいかないで、
働かなければならないのよ。
「食べものが見つからなくなって、お父さんやお母さんが、逃げてしまった子たちもいるよ。」
わたしもしってる。その子、行く場所がなくなって、親戚や知りあいを、たらい回しになっていたわ。
学校になんか行かせてもらえなくて、豚の世話や、便所掃除をやらされていた。
ここにいる子たちは、そんなところから来た子たちなんだ。
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子どもたちの中には、車イスにすわっている子もいる。
みんなとっても明るくて楽しそう。
一人の子が、ギンギンにちかよるといった。
「わたしも、父さんいないんだ。生きているんだけど、どっかにいっちゃったまま、帰ってこない。
母さんも、別の人といっしょになったみたい。」
「ぼくのお父さんは、戦争で死んだ。
家族で家にいたら、とつぜん鉄砲の弾がとんできて、お母さんも兄さんも弟も死んで、
ぼくと妹だけが生き残った。
死体を埋めるひまがなくって、ワニのいる川に流したんだ。」
「わたしには、母さんがいない。病気で死んだの。
父さんは、町に出稼ぎにいって何ヶ月ももどらないし、子どもたち5人だけで、
山の家にとりのこされていたの。
近所の人たちが、食べ物くれたりしたけど、何日も食べ物がなかったり・・・。」
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子どもたちは、ギンギンやクリスティンやジョイジョイを取り囲むと、
いろいろな身の上話をかたりはじめた。
聞くと、ビックリするような話ばかりだけれど、べつに隠しだてすることもなく、
心を開いて話しかけてくる。
どんなことがあっても、だれも死にたいと思わない。みんな、あかるく生きている。
浮浪者がいった。
「生きる力というのは、一人がんばることじゃなくって、
心を開いておたがいに愛しあい、助けあうことなんだ。
大切なのは、たとえ家族がいなくなって一人取り残されても、
村のだれかが、めんどうを見ようとしてくれるような、人と人との温かい心のつながり。
兄弟姉妹どうし、子どもたちどうし、心をかよわせ、助けあって生きようとする思いやり。
それが、死んだりしないで、生きて行きたいと思う力に変わっていくのさ。」
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そのとき、遠くの山のほうから、銃声が聞こえた。
パンパンパン!
パンパパン!
トラックを囲んでいた人たちは、おもわず頭をさげた。
「だいじょうぶ、遠くだから、ここまで弾はとんでこないよ。」
「アポイアポイ村のほうだ。」
「おいてきた山羊たちは、全滅だな。」
「帰ったら畑も、ボロボロだろうよ。」
頭に赤いバンダナを巻いた男がいった。
「毎年のように戦闘が起こされて、避難民にさせられて、帰ってみれば家畜も畑もメチャクチャ。
食べるものもなくとほうにくれているときに、土地を買ってやろうという話が、
町の金持ちからだされるんだ。
失意のどん底にいるものだから、たいして考えもしないで田畑を安く手放してしまう。
あげくのはてに、おれたち先住民は、自分の土地を失って、さらに山の奥に移るか、
町に出る以外になくなるんだ。」
アオコイ酋長がつぶやいた。
「まるでアメリカの西部開拓と、居留地を失っていったたアメリカインディアンの運命だな。」
黒く日焼けした若者がいった。
「町に出ても、出生届もなければ、学校教育も受けていないし、
字も読めないおれたちを雇ってくれるところなんてないしなあ。」
「こがらだし、色も黒いし、髪の毛もチリチリだから、変な目で見られたりもするわ。」
「あげくのはてには、物乞いになるか、子どもたちはストリートチルドレンになるのが落ちなんだ。」
杖を持った老人がいった。
「マノボ族は、昔は、この山の下の平地の地味も肥えたところで、畑を耕したり、
川で魚をとったりして、貧しいなりにも、豊かな生活をしていたんだが。」
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「すぐに解決できない問題も、次の世代が解決してくれるかもしれない。
子どもや若者こそが未来だからなあ。」
そんな人々の気持ちをつぶすかのように、
パンパンパン
パンパパーン
ふたたび遠くで銃声がした。
ミンダナオ子ども図書館のイスラム教徒の若者がいった。
「ぼくたちのところで起きている戦争にくらべたら、小さなもんだよ。
ぼくたちのところだと空爆もあるし、無人偵察機もとぶし、銃声どころか、
大砲の音が、ドーーン、ドーーンと聞こえてくる。
2000年、2002年は100万人以上の避難民。
ぼくも一年半、道ばたで難民生活をおくったんだ。
2008年のときには、80万人。そのとき、父さんも母さんも兄ちゃんも亡くなった。
ぼくもお腹に鉄砲の弾を受けて、ミンダナオ子ども図書館が手術してくれなかったら、
死んでいた。」
人々は、いっしゅん静まりかえった。
若者たちの一人が言った。
「戦争はいやだなあ。」
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「カンコン、タクワイ、パコパコ。」
「カンコン、タクワイ、パコパコ。」
「山菜買ってくださいなあーーー。」
ギンギンたちは、薬屋さんの前まで来ると、売り場にいるお姉さんたちに声をかけた。
みんなちょっとビックリしたようだったが、一人のお姉さんが、貧しい格好の少女たちをみて、
ほほ笑んでいった。
「何のお野菜、持ってきたの。」
「カンコン、タクワイ、パコパコ。」
薬がならんでいるガラスのショーケースの上に、ギンギンたちは、山菜のはいったタライをおいた。
ほかのお姉さんたちも、よってきていった。
「キャベツとか、ニンジンはないの?」
「あれまあ、山菜だけなのね。」
「・・・・・・・」
黙ってしまった子どもたちを見て、最初に声をかけてくれたお姉さんがいった。
「わたし、買うわ。タクワイとパコパコにしようかな。」
長い髪の毛をリボンで後ろ手にむすんだお姉さんが、タライのなかから、
タクワイを二袋とパコパコの束を二つとりだしてたずねた。
「おいくら?」
「タクワイ一袋10ペソ、パコパコ一束5ペソだから、全部で30ペソ。」
クリスティンがこたえると、お姉さんは、ポケットからおさいふをだして、
なかから30ペソとりだすと、ジョイジョイにわたした。
それをみて、他の売り子のお姉さんたちも、「わたしも、買おうかしら」といって、
少しずつだけれど、山菜を買ってくれた。
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ギンギンたちが、山菜の入ったタライをさしだすと、哀れに思ったのか、
数人の人たちが買ってくれた。
でも、ほとんどの人たちは、自分たちのお店のものを売りさばいたり、
必要な買い物をするのに忙しくて、
ボロボロの服をまとって、山菜の入ったタライを頭にのせた少女たちのほうを見向きもしない。
裸電球と飛び交う人々の声。
すごい活気にもかかわらず、売れない山菜を頭にかついで歩いているギンギンたちは、
なんだかさびしい気持ちになってきた。
「はやく山にかえりたいなあ」ジョイジョイがいった。
「でも、山菜うれないと、母さん、がっかりするよ」クリスティンがこたえた。
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ギンギンは、本当にだいじょうぶかなあ、と不安におもったけど、
ぜんぜん売れないで帰るわけにはいかないし。
母さんや妹や弟たちの、お腹をすかせた顔を思い出していると、
ゆうかんなクリスティンが、開いている入り口から、喫茶店のなかにさっさと入っていった。
それにひかれて、ジョイジョイとギンギンがつづいた。
「カンコン、タクワイ、パコパコ。」
「カンコン、タクワイ、パコパコ。」
「山菜買ってくださいなあーーー。」
二度ほどさけんだとき、調理場から白い調理服を着た男が、
手にオタマをにぎって飛びだしてきた。
「きたないガキ。店のなかにはいるな!
こんなところで、どこから採ってきたかわからない山菜を売られたりしたら、
たまったもんじゃない!」
店のなかで、パンやコーヒー、アイスクリームやハロハロを食べたり、
コーラやジュースをのんだり、煮こみうどんをすすっていた人たちは、
いっせいに山菜売りの少女たちの方をみやった。
子どもたちは、あわてて店から出ようとした。
けれども、頭に重たいタライをのせいているので、さっさと動くことが出来ない。
うろうろしている子どもたちを見て、男はさらに声をはり上げて向かってきた。
そして、大またでちかよってくると、タライを頭にのせた三人の子どもたちを、
店のなかから、むりやりおしだそうとした。
驚いて、最初にクリスティンが、外に出ようとしたときのことだ。
あわてたせいか、入り口のしきいにつまづいた。
「あっ!」
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声を上げたのと同時に、ゆっくりと体が倒れ、頭にのせいていた山菜のタライがかたむき、
手からはなれていく。
店のなかにいた何人かが、キャーとさけんだ。
次のしゅんかん、クリスティンは、だれかに抱きかかえられた。
「山菜が落ちる!」 クリスティンがさけんだとき、まわりで男の子たちの声がした。
「だいじょうぶ。受け止めたよ!」
クリスティンが顔を上げて見ると、自分より大きな男の子が、クリスティンをだきとめている。
山菜の入ったタライも、別の男の子たちがかかえている。
ひっくり返って落ちる直前に、受けとったにちがいない。
ギンギンとジョイジョイも、あわてて店から外に出た。
店の男は、出口に立つと、さけんだ。
「きたないガキども!店の前から立ち去れ!」
男の子たちは、山菜売りの少女たちを守るように取り囲むと、店の男に向かって、
両手を耳のそばに立てて舌ベロを出してあっかんべーをしたり、
滑稽な顔をして馬鹿踊りをしたりし始めた。
よく見ると男の子たちは、ボロボロの破れた服を着た、七人のストリートチルドレンたちだった。
調理服の男は、顔をまっ赤にして、オタマを左手に持ちかえると、売り台にのっているパンを、
石のかわりにつかんで投げようとした。
すると、ストリートチルドレンたちは、口をいっぱいに開けて、
パンをここに投げこんでほしいと言わんばかりに、
指で自分の口をさして踊り始めた。
周囲にいる人々が、さすがに大笑いし始めると、男はきまりわるそうに、
「パン屋にはなあ、衛生規定ってものがあるんだ!」と捨てゼリフをはいて、
店のなかに引っこんでいった。
「だいじょうぶ?」
クリスティンを抱きかかえた、大柄な少年がいった。
「ありがとう、助けてくれて。」
クリスティンが、答えると、少年は、顔を首筋までまっ赤にして頭をかいた。
他の子たちが、はやし立てた。
一人の子が言った。
「山菜売り、てつだってやろうよ。」
「OK。レッツゴー。」
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お母さんは、七人のストリートチルドレンの方を見ると、いった。
「あんたたちも、学校にいったら?」
男の子たちは、激しく、首を横にふった。
まわりでようすを見ていた人たちも、大笑いをしている。
そのなかの、焼き鳥を口にほおばっている男が、大声でいった。
「学校に行ったからって、どうってことないからなあ。」
すると、そのとなりの工事現場の日雇い職人ふうの男が、受け答えた。
「でも、金持ちだけが、大学教育を受けられて、
良いところに就職できるってのも、変だよなあ。」
さらに、その後ろに立ってようすを見ていた、肩に、オートバイの重い部品を背負っている、
油で汚れた男がいった。
「おまえたちのような、社会から見捨てられたようなのが、大学を出て良い働きをしたら、
少しは社会がよくなるかもしれないぞ。」
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