戦争と平和構築
2008年の記録から(6)


現地の状況は非常に良くない
戦争に加え洪水が襲った!
1 現地の状況は非常に良くない GO! 12 MCLをよく知っている GO!
2 状況は急速に悪化している GO! 13 いよいよ舟に乗ることに
GO!
3 子どもたちは可愛い GO! 14 広大な地域が水に浸かって GO!
4 装甲車が戦闘地に向けて GO! 15 学校も村も水の中だった GO!
5 洪水がピキットを襲った GO! 16 悪いことに戦闘が起きた GO!
6 水害は毎年4,5回は起こる GO! 17 最も困っているのが医療 GO!
7 私たちは副市長と GO! 18 避難民が洪水に見舞われて GO!
8 最大の問題は飲み水だ! GO! 19 奨学生の事が気になった GO!
9 洪水被害は続くだろう GO! 20 難民キャンプの概況 GO!
10 緊急支援が必要な村に向かった GO! 21 戦闘を恐れて帰れない GO!
11 日本政府が寄贈したダンプカー GO!
22 再び洪水が襲った GO! 32 高校も水のなかだった GO!
23 心は鉛のように重たい GO! 33 毎年数回洪水が起こる GO!
24 写真は私と息子が撮る GO! 34 水は床上から軒下までたっし GO!
25 地道にゆっくり活動しよう GO! 35 学校に避難した子供たち GO!
26 去る鳥は追わずに GO! 36 さらに大きな洪水が襲った GO!
27 恐ろしいことになった GO! 37 学校もすっかり水の中 GO!
28 くり返し洪水が襲う GO! 38 学校はボロボロ GO!
29 ビニールシートに大喜び GO! 39 混沌の中で:松居陽 GO!
30 道ばたの空き地に避難 GO! 40 予算との戦いだ:松居陽 GO!
31 川沿いの村も襲った GO!

しかし、
現地の状況は
非常に良くない


日本のODAであるJ-BIRD
草の根・人間の安全保障無償資金協力で、
ミンダナオ子ども図書館が提案した場所に、

最初の小学校が建てられることが、
ほぼ決定され、

大使館から調査が入り
大使館担当者、エンジニア、教師、
そして、MCLのスタッフも同行した。

スタッフの話だと、
訪問者の顔は、終始無言で
強ばっていたと言う。




状況は
急速に悪化してる


隣村のアレオサンでは、
2000を超える難民が出ていると、
先週は報告したが、

状況は、
急速に悪化してる。

今回の学校調査にも、
私は、現場まで同行できなかった。
初めてのことだ!

現地には、
反政府軍が大量に集合している。

MILF軍とは、
しばしば面会したことがあるが、
今回は事情が異なる。

地元の司令官だったら
私の事も知っているのだが、

他所から多く集まってきて、
戦闘の準備をしているとなると
さすがに危険だ!

報道されていないが、
アレオサンの戦闘で
かなりのMILF兵士が死んだ。

その結果、
反政府勢力は、
かなり逆上しているという。



子ども達は
かわいい!


しかし、
子ども達はかわいい!

何度も現地で、
読み聞かせをしたり、
MCLのスカラーの子達もいる!

彼らが、
厳しい難民の状態に置かれたら、
私たちは、何としてでも
救済活動に行かなければならない!

親が殺されたり、亡くなったりしたら、
奨学生にして、
ミンダナオ子ども図書館に引き取り、
生活を共にしていく。

困窮している家族のためには、
図書館を一時的に、
難民場所として解放することも、
視野に入れている。



装甲車が、
戦闘地に向けて


帰りに、政府軍の装甲車が、
幾台も戦闘地に向けて
走っていくのを目撃した。

戦闘の火種は、
アレオサンから、
ミッドサヤフにも広がっており、

ピキットから、
場合によってはカバカン、
アラカン、カルメンなどが、
戦禍に飲み込まれるだろう。

ミンダナオ子ども図書館に住んでいる
スカラー達は、
戦闘地域から離れているので
無事だけれど、
下の子は、2018年現在は、
結婚してスタッフになっています!


現地にいるスカラー達の事を考えると、
本当に悲しい。



そのような戦闘の
不穏な状況のなか
洪水がピキットを
襲った


このピキットの洪水に関しては、
日本でも報道されたようだが、
ジャーナリストで現場に入った者はいない。

危険地域に指定されているので・・・
政府の許可が、
降りないのだという。

しかし、私たちは、
ピキット市のDSWD(福祉局)と協力して、
難民救済の支援活動を開始した。

まずは、この地域の中の
プノルとパイドプランギ村に、
食料支援を持っていった。

MCLは、平和なときにも
村々とつながりを持って
活動しているので、

今回の食料支援は、
市当局によるものだが、
市当局のほうから、
同行の要請が入ってきた。

まずは米の支給だが、
米の値上がりもあり、
一家族に1キロだ。

洪水が発生して2週間がたち、
市のダンプトラックで
途中までは入れたけれども、

しかし、腰を越える水が、
激しく流れる地域で、
トラックはストップした。

避難民の人々は、
少しでも乾いた場所を見つけて、
避難生活を余儀なくされていた。



水害は、
毎年4,5回ほど
起こるのだが


こうした水害は、
ピキットでは、
年に4,5回ほど起こり、
最初は、なぜだかわからなかった。

しかし、
次第にわかってきたのは、
原因は、
この地域の雨というよりも、

この上流にある
フィリピンの最高峰アポ山の
広大な山麓地帯で、

1960年代から、ことごとく
ジャングルが伐採されて、

ラワン材、
マホガニーなどの熱帯材が、

ベニアや家具の原材料として、
主に日本に、
輸出された結果だという。

熱帯材の伐採の後に
バナナプランテーションが広がり、
保水力が無くなって、

広大な高原地帯に雨が降ると、
大量の水が、
ミンダナオ最大の
プランギ河に流れ込み、

東南アジア最大の湿原と呼ばれている
リグアサン湿原に、
大洪水を起していたのだ!

日本も深く関わっている
洪水であることがわかり、
ショックで、

小さなNGOにすぎないけれど
せめて何か行おうと、

後日、先住民の住む高原地帯に
経済支援もかねて
ゴムやカカオの植林を始めた。

環境植林支援 GO!


私たちは、
副市長と


車で行きどまった地点から
舟に乗り換えて、
さらに奥地の調査に向かった。

このあたりは、
MILFのテリトリーだ。
もちろん学校は閉鎖状態!

舟で奥地から避難してきている
難民が一部、住み着いている。

この水の下に、つい近日まで、
何とトウモロコシ畑が
広がっていたとは・・・!

想像を絶する光景だった!
苦労して育てた
農作物は、すべて壊滅!

彼らは、かろうじて
乾いた場所に避難すると、

魚を捕りながら
それをほとんど、
生で食べて生活している。

現金があろうはずも無く、
残りの魚を売って
日銭を稼いで生活している。

広大な湿原の対岸の

ARMM(イスラム自治区)地域の小学校は、
半分ほど水没していた。

人々の多くは、
多少でも水の少ない土地に
避難している。

移動は、
バナナを切った筏を使ったり、
ボートに頼って!



最大の問題は
飲み水だ!


洪水の汚れた水を飲んでいるので、
激しい腹痛と、
下痢の症状が出ている。

また、素足で水の中を歩くので、
足を切り、
傷口が膿んでいる子が多い。

正露丸の蓄えは多少有るものの、
抗生軟膏が不足している。
風邪の症状も心配だ。

医療ケアは、
これから水が引いていく過程で、
より重要になってくるだろう。



洪水被害は、
今後もたびたび
続いていくだろう


下は、市のダンプトラックと、
支援の米を受け取りに
近隣からボートで来た人々たち。

通常は、
このあたりは
トウモロコシなどの畑が広がっている。

洪水でも明るさを失わず、
けなげに
生きている子どもたち!


こんな子どもたちを見ると
がんばる勇気が、湧いてくる!
そのなかから、親のいない子などを、


奨学生として採用して、
スカラシップを受けている
現地の若者たちと、

水が引くに伴って、
医療活動を展開しよう
と話し合っている。

食料もないので、
米の支援の問題もあるが、
緊急の支援をお願いできる場合は、

振替用紙に:
ピキット支援または洪水支援と記入して
ミンダナオ子ども図書館の口座に
振り込んでいただければ、
今回の洪水緊急支援の活動に充てて行きます。

食料も含め、全額を洪水支援に充てます。
口座番号はいつもの通り
加入者名『ミンダナオ子ども図書館』
郵便振替口座番号 0010 0 018057


洪水と植林活動
映像を 見たい方は ここをクリック


洪水で緊急支援を
必要としている村に
DSWD福祉局と
共に向かった


もともと、年に3,4回、
大きな洪水のある地域だが、
今年の状況は異常だ。

すでに4回も、
大き洪水に襲われている。
退いたかと思うと、また襲ってくるのだ。

前回、難民キャンプのある
パイドプランギの状況を報告した。
しかし、他の村々の事が
気になって仕方がない。

たとえ戦闘地域から、
多少離れていたとしても、
川沿いの村は大変だろうと想像し、

MCLで、独自に行動を
起こそうとしていた矢先に、
市の福祉局が食料支援を決定。
同行することになった。



日本政府が
寄贈したダンプカー


日本政府が寄贈した
ODAのダンプカーが、
実に役に立っている。

ミンダナオ子ども図書館の支援活動にも、
福祉局を通して、
私たちも
繰り返し使わせてもらっている。

米を積み込み、
グリグリ村まで行く。

洪水の影響を受けている
第一の村は、ブロッドだ。

ここは、ミンダナオ子ども図書館で
保育所を建てたところだが、
水が多くて近づけないので、

住民に
グリグリ村まで来てもらって
支援物資を手渡した。



さすがに皆、
MCLの事を
よく知っている


私が珍しい日本人であることもあるが、
「うちの息子がスカラーでお世話になって・・・」
などと声をかけてくれる。

下は、ヘアリップを治療した少女。
久しぶりに再会して、うれしそう、
こちらもうれしい。
ご両親もうれしそうだ。

こういう再会があるから、
この仕事は辞められない。

また、人々が私のことをよく知っているので、
安全も保たれている・・・。
と言っても、危険は常に存在しているが!



いよいよ
舟に
乗ることにした


グリグリから、
いよいよ舟に乗ることにした。
普段は船着き場ではない。

上の写真は、
一見船着き場に見えるが、
洪水の無いときは、ただの畑なのだ。

ごらんのように、
庭も、野菜畑も、
ココナツの林も水の中だ。

ここから先にある村々が、
水に浸かっていて、
その広さは広大だ!

私たちは、ここで配給の米を
エンジン付きボートに移し替えて、
湿原地帯の奥の村々へと向かった。



広大な地域が
水に
浸かっている


遠くに家々が見えるが、
すべて水の中!
広大な地域が水に浸かっている。

一見湿地に見えるが、
本来は畑だった場所。
支給した米をもらって、
ブロッドに帰るところの家族たち。

以前にも会ったことのある家族たち!
普段は、歩くか
車かバイクで帰るのだけれど・・・。

まるで、海か湖の上を
走っているようだが、
遠くの家々を見ていただければ、

ここが本来、陸地でしかも、
トウモロコシなどの
畑であったことがわかるはずだ。

家々はすっかり
軒まで水に浸かっている。
難民化している人々もいるが、

驚いたことに、
2階に住んでいる家族もいる!

舟をつないで、魚を捕りながら、
それを市場に売って生きている。
しかし、この汚れた水を飲んでいるのだ。

世界一大きな、
七メートルを超すワニも
この湿地帯には住んでいます。
『サダムとせかいいち大きなワニ』
(今人社)という絵本で書きました。
読んでみてくださいね。


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g15
学校も村も
水の中だった


カバサラン村の学校に着いた。
学校も、周囲の村も
すべて広大な水の中だった。


「これでまあ、よく生活をしている」と驚いた。
見渡す限りどこもかしこも、
水水水!

まったく、陸地というものが見あたらない・・・。
教室の中も、学校の周囲も、
村の広場も、

小さな売店も
家という家は、すべて水の上。

洪水になったら
どこに避難するのですか?と聞いたら、
小さな小舟に避難して、
そのうえで寝泊まりするのだという。

この様な場所に、
魚以外に食料が有ろうはずもなく、
人々の生活は困窮している。

ここにも、後日
日本のODAの支援をJICAと
政府に提案して小学校を建てた。



悪いことに、
ピキットの西では
戦闘が起こっている


戦闘による難民キャンプの方には、
国際的なNGOやワールドフード、
赤十字の食料支援があるが、
(今はそれも滞っている)

洪水による避難民たちは、
まったく戦争避難民支援の
対象にはならない。

かろうじて、
地方自治体のDSWDだけが、
米を支援したのみ。

現在、ピキットで最も困窮しているのは、
長期滞在の戦闘難民と
洪水の中の人々だろう。

全く支援の手がさしのべられずに、
広大な地域に住んでいる人々と
その家族が困窮している。

戦闘難民を加えると、
イスラム自治区の広大な地域が、
大変な状況だと言える。



中でも、
最も困っているのは、
医療の分野だと判った


とりわけ、お腹を壊して、
激しい下痢の症状が多い。

次に、風邪と熱。
ここでは、子どもたちの病気が
多いことがわかってきた。

そこで、
ミンダナオ子ども図書館で、
ドクターと協力して、

洪水地域を対象とした
メディカルアウトリッチ(医療支援)を
近日中に、行うことに決定し実行した。

他のNGOが皆、
戦争避難民のキャンプに
向かっている現在。

MCL以外に、
この地域を支援するNGOは、
現在ないだろうから・・・

もちろん、
炊き出しや
医療も継続していく。



川沿いの
戦争避難民の
キャンプが
洪水に
見舞われている


パイドプランギに近い、
村道上の難民キャンプが、
激しい洪水に襲われた!

つい先週に、
読み語りで訪れた場所も水没し、

村にはカヌーでしか、
近寄ることが出来ない。

難民たちは、戦闘の恐怖の後、
さらに水害に襲われ、
踏んだり蹴ったり!

水害は、R7と呼ばれる
川沿いの村々も襲い、
タリタイもラジャムダも水のなかだ。

2年前に、USAIDで作られた、
比較的立派な村道が、
水害を防ぐ
防波堤の役割も果たしているが、

逆に川沿いに建つ家々や村は、
屋根まで届く、
水害に犯されている。

海外による道路支援が、
場所的に水害をひどくした形になり、
戦闘ではなく、
水害による大量の難民が出ている。

パイドプランギとプノルの分岐点にある
道路沿いの難民キャンプは
激しい洪水の流れで
仮小屋がさらわれてしまった。



ここにすんでいる
スカラーの
アイサちゃんの事が
気になった


かろうじて
水が届かなかった家々で、
難民たちはさらに不自由な生活を
しいられていた。

床も、泥だらけで
眠ることも出来ない。

ここにすんでいる奨学生の
アイサちゃんの事が気になった。

何とかたどり着くと、
彼女の仮小屋も水の中だったが、
竹で高床をしいて
かろうじて生き延びていた

戦争で両親とも失ってしまった
アイサちゃんと妹に
ミンダナオ子ども図書館に
来るように誘ったが、

家畜がいるので置いていけないのだと
おばあさんが語っていた。
そこで、
手元にあったパンを袋ごとあげた。

アイサちゃんと妹は、
その後MCLに住み、

2018年は、
ミンダナオ子ども図書館に住んでいる。
アイサちゃんは、大学生に!


上の写真の小屋のなか、
後ろで見ている妹は、
あんなに小さかったのに高校生に!


2021年には、
彼女も
大学生になりました!





難民キャンプの
概況


「戦闘は、一時的であるにしても治まっている」
という判断の元に、
避難民は退去させられ、

ピキット市中心部の穀物倉庫や
学校を利用した難民キャンプは、
ほとんど閉鎖された。

学校も
洪水に襲われてる地域を除いては、
授業を再開したという。

あれだけ頻繁に見た
赤十字をはじめとする国際NGOも、
約3週間の活動の後に姿を消した。

たまに、現況視察をしているが、
米や食料の支援も無くなった。

難民は、確かに市中心部からは
消えたけれど、
追い出された人々が、
市の周辺部に移転している。



戦闘が続いて
恐ろしくて
帰れない


とりわけ可哀想なのが、
戦闘で家を焼かれた
アレオサン近辺からの難民たちだ。

まだ散発的に戦闘が続いており、
恐ろしくて帰れないのと、
帰っても、家が腐って崩れてしまい
家がないのだ。

さらに、山沿いの
カラカカンやナラパアンでは、
山に反政府ゲリラが集結しているので怖くなり、

新たな難民となって
バランガイと呼ばれる村の中心部に
集結し始めている。

現在はラマダン期間中で比較的平穏だが、
ラマダン明けと同時に
反政府組織は、
戦闘を開始すると言われている。

政府軍も、集結を開始しているし、
イスラム自治区内では、
戦闘が継続しており、

時々ピキット市内でも、
砲弾の音を耳にする。

現在NGOで活動しているのは、
ミンダナオ子ども図書館と、

ポンポン神父率いるOMIの
カトリック教会のみ、
という状況に再びなってきている。

取り残された難民は、
僻地で3ヶ月目に入り、

病気などが広がり、
死亡する子も出てきている。

難民生活に、
疲労が見える時期なのだが、
国際支援は、消えてしまった。

よりによって
そのような時期に、
ふたたび
洪水が襲った!


今年の気候は確かに変だ。
突然の集中豪雨が、
毎日のように襲ってくるのだから!


下の写真は、つい10日前に、
パイドプランギで実施した
医療と読み聞かせの写真。

道路は乾いており、
人々も通常の生活をしている。

しかし、
さらに下の写真は、
まったく同じ場所の
先日(9月5日)の写真。

写真のなかに、
同じ大木が写っているので
かろうじて同じ場所だとわかるが、
周囲はどこまでも水だらけだ。

下は、山元神父さんと
行橋カトリック教会が、
寄贈した保育所だが、
今は難民キャンプとなっている。

子どもの健康被害がひどく、
風邪、熱、腹痛、皮膚病が蔓延し
死ぬ子が出てきている。

原因の多くは、衛生状態と共に、
食生活の不足による
基礎健康の悪化だ。

私たちは、かろうじて
この地にカヌーで到達したが、

北海道時代に鍛えたカヌーの腕が、
この様なところで
役に立とうとは想像もしなかた。



笑顔で写って
いるものの、
顔はひきつり、
心は鉛のように重たい


戦闘の進行状況が、
精神や心に絶え間なく重圧として
覆い被さってくるけれども、

一人の力では、
どうにも跳ね返すことの不可能な重圧!
このような経験は初めてだった。

雨がふれば、
難民キャンプでずぶぬれになっているだろう、
子どもたちの事が、
気になってしかたがない。

砲声の中で、
蚊やブヨにさされて暮らす日々。

汚れた水を飲み、
日に一食も食べられない生活を想像すると
胸が痛む。

私自身も55歳で、
体も精神も、
さすがに無理は利かなくなった?

友人たちは、
定年退職をし始めているというのに、
この仕事は、緒に就いたばかりで、
まったく試練の連続だ。



写真も記事も、
私と息子が
撮っている


たまに自分の写っている写真を
サイトや機関誌に載せないと、

「現場写真は現地スタッフに撮らせて、
解説だけを、
好きに書いているのでは!」
と思われるらしい・・・・。

すべて現場に足を運び、
スタッフに早急の対策や指示を出し、
写真も記事も、
すべて私と息子が撮っているのだが。

下でビデオを撮影しているのは
息子の松居陽。
現在2018年は、
ミンダナオの女性と結婚して
アメリカに住んでいます。




子どもたちを
最優先して、
ゆっくりと地道に
活動しよう

戦闘が勃発して以来、
支援者への対応も不規則で、
寄付のお礼の葉書も遅れがちになって、

最近はしばしば
メールで遅滞のお叱りを受ける。

豊かで平和な日本と、
ミンダナオの現状の
あまりの相違が理解できず、

怒り心頭にきて、
離れていく支援者もいらっしゃる。

何しろ、この様な危険と
常時隣り合わせの場所で
活動しているので、日本人は私一人。

日本人ボランティアも、
日本人スタッフも居ない。

2018年現在は、
宮木梓さんが、
日本人現地スタッフとなり、
しっかりと対応してくださっています!




去る鳥は追わずに

イスラム地域の大湿原も、

原住民の住む山岳地域も、
現地NGOですら、
怖がって寄りつかない地域。

去る鳥は追わずに、
現地の子どもたちを最優先して、

ミンダナオ子ども図書館の合い言葉!
ヒナイヒナイ バスタ カヌナイ
ゆっくりゆっくり でも たえることなく!

水牛のようにゆっくりと
地道に活動していこう。

寄付を下さった方々に、
隔月で発行している機関誌「ミンダナオの風」
2020年12月号に、
水牛のように活動していきたい思いを
訪問者の記事と共に
特別にPDFでサイトで読めるように
掲載しましたので、
以下をクリックしてご覧下さいね!


PDFへGo!


それにしても
恐ろしい事になった


写真は、
先週戦闘が起こった、
タブドク村だ。


椰子の木の傷は、
虫食いではなく、
銃撃戦の掃射跡だ。

椰子の幹が、弾丸で炸裂している。
砲弾で見事に椰子の木が折れて
裂けているものもある。


来週から、この村とクランボク、
ブアランの子たちを対象に
炊き出しを始める




戦争が
しばらく治まっても
繰り返し
洪水が襲ってきた


戦闘地域が、
大洪水に襲われた結果、

兵士や戦車、
装甲車や軍用トラックの移動も
困難になり、

戦争がしばらく
収まった感じになった。

本来ならば、
戦闘が収まると、
避難民たちは、自分たちの集落にもどり、
生活の立て直しを開始するのだが、

このような洪水に
襲われてしまった結果、
自分たちの集落にも戻れない。

たとえもどれたとしても、
家屋は、破壊されて腐りはて、
作物は米もトウモロコシも全滅し、

家畜は、牛やヤギも
どこにいったかわからない。

なけなしの家財道具も、
流れていってしまい、見当たらない。

子どもたちの学用品にいたっては、
教科書もノートも、
濡れてボロボロで使い物にならない。

手元に魚を捕る
網があればまだ幸いで、

なんとか、魚をとって、
場所によっては、
火もたけないから生で食べる。

刺身といっても、
塩や調味料が買えるわけでもないし、
米を買うお金も無い。



ビニールシートに
大喜びする理由は
良くわかる


家も腐って、
トタンならまだ良いけれども、

大概の家の屋根は草葺きで
濡れて腐ってボロボロ。

支援物資として持ってきた
ビニールシートに
大喜びする理由は良くわかる。

これさえあれば、

腐った屋根にかぶせておけば、
雨が降ってもだいじょうぶ!



洪水が引いた
道路ばたの
空き地で


しかし、大方の人々は、
集落に戻ることも出来ず、

戦闘が多少おさまっても、
町近くの親戚の家や、

洪水が引いた
道路ばたの空き地で、

避難生活を
続けざるを得なかったので、

そこにも
ビニールシートを届けた!



洪水は、
R7と呼ばれる、
川沿いの村々も
襲った


水量は激しく、
ムアランでは、200世帯が
鉄砲水で家を流されたという。

水は、
軒下まで達している。

道路は至る所で
寸断されている。

タリタイからラジャムダまでも
容易に、
たどり着くことができない。

それでも、元気に
家の庭で泳ぐ子どもたち。
でも、飲み水が心配だ。



ラァジャムダ高校も
水の中だった


この地域には、
戦闘による難民は居ない。
しかし、洪水による難民が出ている。

水は数日で引くので、
戦闘難民のような悲惨さはないが、

戦争状態で、
復旧は遅れるだろうし、
病気がここでも心配だ。

この比較的立派な村道は、
2年前にアメリカ政府の支援(USAID)
で作られたものだ。

高く作られた道路は、
町側の畑や住宅地を守る
堤防の役割も担っているが、

反対側の川に近い家々は、
逆に深く
水没するようになってしまった。

この経験を、
今後の復旧やODAによる道路や
灌漑整備に注意深く
活用しなければならないだろう。



毎年数回
洪水が起こる


東南アジア最大のリグアサン湿原に近い
イスラム地域では、
毎年5,6回は大洪水が起こる。


湿原地帯には、
およそ推定5000世帯が住んでいて、

一世帯あたり10人と考えると
5万から場合によっては、
それ以上の人々が、

漁師をしながら、
かろうじて生活している。

漁師の人々たちは、
土地の所有権をもっておらず、

有力者が、広大な土地を持ち
選ばれた小作人たちが
トウモロコシなどの畑を耕している。

漁師たちは、
川沿いのわずかな空き地に、
仮小屋を建てて細々と生活している。

しかし、平均して7~8人の子供達がいて、
親と祖父母、
時には兄弟の家族も共同生活をしていて、

10人以上が、
一軒家に暮らしている!

おもに魚をとって
生活している漁師さんたち。


子どもたちは、
良く親のお手伝いをするけれど、
食べていくのがやっとで、
学校にも行けない!



水は床上から
軒下まで達して


洪水が起こると
水は床上から、
時には軒下まで達して、
町に避難してきた、子どもたち!

町に親戚や知人がいるだけ、
豊かな方だ。


町の校外の家々も村も
水につかってしまった。

小さい子を抱っこして、
親戚の家や学校に
避難する子供たち。



学用品を背中にいれて、
避難してきた子どもたち。

学校は、もちろん
休校になっている。




学校に避難してきた
子どもたち


学校が、
一時的な避難場所になっている
ケースも多い。

下の子は、
ミンダナオ子ども図書館の奨学生。

保育所にも、
子どもたちは避難していた!




その後
さらに大きな洪水が
町もおそった


今回の、洪水は異常だ!

ピキットの街のほとんどが、
くり返し水につかり、

二階建ての家に住んでいる人たちは、
二階に避難できたけれども、

平屋の貧しい人々は、
家のなかの荷物を担いだり、


子どもをだっこしたり、

家族や友人を舟にのせて、


あるいは、
トラックの荷台に乗せてもらって、

町の避難所や親戚の家、

モスクや教会に避難して、

酷いときには、雨よけのシートの下で、
夜を過ごす以外に、
どうしようもなかった。





学校も
すっかり水の中


学校は、
戦争の時には、
屋根も床もしっかり建てられているので、

最良の
避難場所になるのだが、

さすがに大洪水の中では、
教室も半分以上が水につかり、

とても、
生活を送れる場所には
なっていない!

避難場所としても、
機能しない。




水が引いても
学校はボロボロ


ここには、2016年に
ミンダナオ子ども図書館の応募で、

日本のODAで学校を完成。

洪水の避難場所として
床を一メートルほどあげて、

洪水時の避難場所としても
機能するように設計し
建設しました。

すでに、2校の建設が
完了しています。






混沌の中で

松居陽


僕はこの世から四つ、
無くなってくれればと心から願うものがある。
それが犯罪、無知、狂気、そして戦争だ。

見るところ、
ある程度人が自由で平等であり、
権利を持つ社会では、
人が倫理や道徳に反した、
自分や、他者や環境など
周囲の生存を脅かす行動をとるとき、
たいがい周りはそれを犯罪とみなし、
正そうとするようだ。


僕にとって無知とは
学歴の有り無しとは違い、
個人が生き、
観察していくうちに知った真実を知る、
また知る勇気を持つことが出来ないという意味だ。

知ったことを知り、それを持って考え、
解決し、決意し、
人生を創り上げていくことが出来なければ、

上手く彩られた嘘や正当化された悪事に
屈する可能性も高いのではないだろうか。


狂気とは、理性的に考え、
行動することが出来ない状態を示すのだろう。
有害な固定観念や感情に囚われ、
まっすぐ澄み切った分析が出来ないと、
人の心は奇妙な解決法を見い出し、
自己と周囲に混沌をもたらすようだ。

争いとはなんだろう。
外見上、二者が対立しているように見える。
あること無いことが飛び交うコミュニケーションは、
弾丸のごとく、
とてもまともに受け止められるものではない。

狂気に襲われた者達は、
心に平安を保ち、単に情報を伝達し合い、
ひびの入ったお互いへの理解を修復するのではなく、
一生懸命お互いを滅ぼそうと努力する。
それが実弾によって行われたものを、
戦争というのだろう。

では、争いとはどのように起きるのだろう。
二者の間の理解の割れ目を狙い、
不正確な情報で対立を扇動する者、
第三者は、二つの勢力が争っている外見に
その陰をかき消すものの、
ほとんどの歴史上の争いに登場し、
その存在は賢明な歴史学者によって
明らかにされている。

それは、時にとんでもない真実を物語り、
第三者は多くの利己的な利益を、
それはまた多くの人々の苦しみと
引き換えに得てきたようだ。

ピキット周辺で起き、
増長する可能性を持つ今回の戦闘も、
思いがけない第三者が双方の
理解の不足を突いて、対立を扇動し、
悪化させた可能性は実に高い。
僕にとってそれは過言でもパラノイアでもなく、
観測から行き着いた論理的な推測だ。

それにしてもなんとむなしく醜いものだろう。
難民は家を追われ、恐怖のうちに生き、
中には親族が殺され、または行方不明になり
悲しみにふける者達もいるのだろう。

戦っている者達は死に恐れ、
人間同士を殺し、
トラウマを得た心は損傷し、
生涯通常に生きていくのも難しくなるだろう。

戦争を布告した者達は、
その非倫理的な行為を正当化しようと骨を折り、
その決断が恐ろしく破壊的なものだったと
認めるとき、発狂しうる。

それを周りから見る者達も、
人々の苦しみに共感し、
どうしようもない気持ちで、
人類の明るい未来への希望が
薄れていくかもしれない。

そして僕は、
それを煽った者は一番不幸だと信じる。
自身の善良さを認めることが出来ず、
自らを悪魔だと思える心を持つということを、
感じることに恐怖し、
単なる肉体的な存在として、
ただただ死を恐れるだろう存在を、僕は哀れむ。

果たして僕には何が出来るだろう。
出来ることならたくさんありそうだ。
まずは自身の精神の向上を図っていきたい。
人の天然の善良さを信じていきたい。

正義の押し売りではなく、
幸せをつかみ、生き方をもって
インスピレーションを与えていきたい。
こうした文を書くことだって、
決して無駄なことではないはずだ。



普段の
医療プロジェクトも
続いている
相変わらず
予算との戦いだ
   
松居 陽



MCLは、限られたスタッフと共に
複数の入り組んだプロジェクトを
同時進行しているため、
常に活動内容、スケジュール、予算などの計画と
整理を慎重に行わなければ、
寄付者の方々やプロジェクトの対象になる
子供達に対して顔を向けにくい結果が
訪れる可能性がありうる。

特に治安の不安定な地域や、
スムーズなシステムが存在しない場合の多い
ミンダナオでは、
上手く立てたつもりの計画も、
次の瞬間には一変していることも少なくない。

忍耐力と、考えを切り替える力が
十分に無ければ、
苛立ちを感じてしまうこともあるだろう。

6月から今まで、
腫瘍を持った赤ん坊の手術と
栄養失調の子供の処置が行われ、
スカラーの中には
カリウムの不足で下半身が麻痺した、
不清潔な環境で皮膚病を起こした、
そして急な腹痛で入院をした等のケースが
医療の対象になっている。

全体の活動の感覚が
つかめるようになるためには、
一つ一つのプロジェクトに深く入り込み、
じっくり観察し、学び、
経験する必要があると思った僕は、
手始めに何かと脇に置かれがちな
医療プログラムを受け持つことになった。

計画上、毎月同一の限られた予算の中で
行われるプロジェクトだが、
すぐに手を打たなければならな
いケースが生じると、
処置の実行を優先することになるだろう。

MCLの医療プロジェクトは全スカラーをはじめ、
17歳以下の子供を対象としている。
さらにMCLは、患者の下に
スカラーやスタッフの中から責任者を置き、
完治するまでなるべく常に
側で見守らせる方針をとっている。

先月、病院で患者の世話をしていると、
一人のスカラーのいとこに当たる小児が
熱病で亡くなったという報告が入った。
僕はその足で、スカラーと共に
急斜面にあるマノボの村へ向かった。

小児の家では、
悲しみと啜り泣きが空気を満たしており、
死んだ子供を前に、母親は
やるせなさと絶望にあふれたありさまだった。
家の前では、男達が小さな棺おけを作っていた。

僕のお父さんが聞くところによると、
彼らは自分達の貧乏さを恥に思い、
助けを求めなかったとか。
さらに、MCLの医療プロジェクトは
スカラーにのみ当てられたものだと
勘違いしていたようだ。

僕達は、彼らとプロジェクトの概要を確認し、
今後こういったことが起こらないためにも
MCLの活動をパンフレットにして
各村に配布する必要性を認識した。

さらに、ピキット方面の洪水の後に起こった
伝染病等の薬代も、
少々プロジェクト費から出されている。
先の見えないことも多いが、
信用の置ける情報の入手手段によって、
できるだけ早く、
多くの子供達を救う手伝いをしていくつもりだ




洪水と植林活動

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 戦争と平和
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ミンダナオ子ども図書館 支援方法

クレジットカードによる寄付が可能になりました!
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スカラシップの一括支払いも可能です!

毎回振込後に、宮木梓からお礼のメールとが届きます!
奨学金は物価高騰もあり、2021年より以下に変更いたしました。
一年間、小学校42000円、中高60000円、大学72000円

卒業後も支援額を変更して継続、別の子を紹介希望、終了希望は、
通信欄かメールで宮木梓宛に、寄付の内容や要望をお書きいただければ、
宮木梓が、対応いたします。
メールが難しい方は、日本事務局に携帯かお電話で対応いたします。
 
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ミンダナオ子ども図書館 支援方法
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店番 
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店名:
〇一九店ゼロイチキユウ店
口座番号 
0018057
口座名:
ミンダナオ子ども図書館
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領収書等が必要な方は、宮木梓までご連絡ください。
現地日本人スタッフ宮木 梓  mclmindanao@gmail.com
日本事務局 前田容子 FAX:0743 74 6465 携帯電話:090 5091 7514
ぜひいつか、子どもたちに会いにしらしてくださいね!





主要な目次を集めました!
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ミンダナオ子ども図書館だより 宮木あずさ制作
現地日本人スタッフによる、
写真を交えた最新の活動報告です!
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
訪問等でMCLと出会った若者たちの想いです!
ミンダナオ子ども図書館:日記 松居友制作
松居友による活動報告および
製作映像や想いを載せた自由日記です!
ミンダナオ子ども図書館 支援方法
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機関誌『ミンダナオの風』編集にこめた思い!
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ミッション・ビジョンとボードメンバー 
MCL文庫
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ミンダナオオから発送の 機関誌「ミンダナオの風」 
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MCL 会計報告
会計報告
 日本の子ども ミンダナオの子ども
日本の子ども ミンダナオの子ども
MCLへの 若者たちの想い! 
機関誌『ミンダナオの風』若者たちの想い!
無題3 松居 陽
無題3:松居陽
イクメンに 未来をたくせそう! 
イクメンに未来をたくせそう!
2021年 今後のMCL 
今後の活動指針
 愛に捧ぐ黙想 松居 陽
愛に捧ぐ黙想:松居陽
ぼくの少年時代と 思春期から   
ほくの少年時代と思春期から
子育てよりも、子育つ世界!  
子育てよりも、子育つ世界!
講演、公演の予定表など 
講演、公演の予定表など
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原住民、イスラム、クリスチャン 私たちは一つの家族!
原住民、イスラム、クリスチャン、私たちは一つの家族!
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ミンダナオ子ども図書館の活動とは?

MCLを知っていただくために、多くの映像のなかから選びました。
  
 山の下宿小屋に!
山の下宿小屋に
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海の下宿小屋に
奨学生を決定に山へ!
奨学生決定に山へ
酋長の依頼で! 読み語りに!
酋長の依頼で
地震の悲しみで お父さんが!
地震の悲しみでお父さんが
アポ山へGo!
アポ山へGO!
地震避難民の 救済と読み語り! 
地震避難民の救済と読み語り
イスラム避難民の 救済支援! 
イスラム避難民の救済支援
ウイルス期間に 洪水が襲った!
 洪水が襲った
 イスラム湿原に 保育所を建てた!
イスラム湿原に保育所を建てた
 土地を追われる マノボ族!
土地を追われるマノボ族
 サンタマリアの 海辺で遊ぶ子どもたち!
サンタマリアの海辺で遊ぶ子ども
クリスチャンの文化祭 ビサヤデー!
クリスチャンの文化祭
イスラムの文化祭 ムスリムデー!
イスラムの文化祭
原住民の文化祭 マノボデー!
原住民の文化祭
戦争と平和
戦争と平和
洪水と植林活動
洪水と植林活動
平和構築と学校建設
平和構築と学校建設
ミンダナオ子ども図書館の 日常から
ミンダナオ子ども図書館の日常
総合活動報告の 記録映像
総合活動報告の記録映像
海の下宿小屋 クラクシン
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テレビ東京なぜここに日本人
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池上彰の番組、パックン
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