戦争と平和構築
2007年の記録から(2)

幼稚園の先生方が研修旅行で来られ
お話の生きている世界を体験!
1 マノボ族のスカラシップ調査に GO! 11 盲目の少女日本から GO!
2 母親も行方がしれない少女 GO! 12 MCLにも盲目の少女が GO!
3 奨学生候補の調査ほぼ終わった GO! 13 在日韓国人の張さん GO!
4 子どもたちへの愛 GO! 14 ドクター司医師が再訪 GO!
5 エディットさんの村にもいった GO! 15 アジア学院の研修生が到着 GO!
6 採用した子は片親や孤児 GO! 16 若者たちとマノボ族の調査に GO!
7 最初は非常に警戒された GO! 17 東洋英和女学院の教授訪問 GO!
8 新しい奨学生たちが入ってきた GO! 18 ミンダナオのバナナは最高 GO!
9 保護者の説明会が開かれた GO! 19 アイの手術が成功した GO!
10 故郷から離れる子はさびしい GO! 20 憑依に関して GO!
21 訪問客と原住民の子たち GO!  32 マノボの子たちの小学校へ GO!
22 隣の村に骨折した子が! GO!  33 マノボの村で読み語り GO!
23 新しい患者が運び込まれた GO!  34 幼稚園の先生方が研修旅行 GO!
24 新しい奨学生が通い始めた GO! 35 ミンダナオの市場体験 GO!
25 寄贈された車椅子が大活躍 GO! 36 足慣らしに高地マノボの村へ GO!
26 鶏小屋ができました! GO! 37 MCL体験記:山元眞神父筆 GO!
27 読み語り活動を再開 GO! 38 マノボの村での読み語りが続く GO!
28 ラワン巨木もあるアポ山麓 GO! 39 イスラムの保育所開所式へ GO!
29 お話の生きている社会とは GO! 40 マノボ族の山に一泊 GO!
30 お話の後にココアのおかゆ GO! 41 そして別れの日! GO!
31 熱湯がわき出している温泉 GO! 42 保育所開所式の映像 GO!

pu1
山岳地域のマノボ族の
ところにスカラシップ
調査に行った!


キダパワンから1時間半かけた、
山のどん詰まりの
小さな村を拠点にして、

そこで、小学校の先生から、
地域の子どもの状況や
推薦された候補の子の現状を聞き、
親のいない子で、
貧しい子の実情を調査!

そこで推薦された子の
住んでいる家を見るために、
さらに奥へと、
高地を歩いて登っていった。

今回のスカラシップ候補の選択は、
前年の反省から、
クリスチャンを抑えて、
イスラムと先住民の高校生を重点にした。

今回のシティオと呼ばれる
集落レベルでは、
脳卒中で倒れ言葉を失い、
歩行も困難な父親をもつ若者。

またどのような訳か、兄弟が皆、
3歳頃から足が曲がり、
ポリオのような状態が進行している若者。
その後二人は、大学でITを学び、
お兄さんは、キダパワンのパソコンショップで、
弟のベンジー君は、MCLのスタッフになった後、
ダバオの公共電話のオフィスで働いています。



pu2
父親が亡くなり
母親も行方がしれない
少女


加えて、父親が亡くなり
母親も行方がしれない少女を
ふたり選択した。(学校の先生の推薦)
みな、成績も学習意欲もあるのだが、
学業継続が困難な子たちだ!

その後私たちは、
踏みあと道を可能な限り、
4WDで登りつめ、
山岳地域を徒歩で巡って
さらなる調査をした。

そのなかでも父親が亡くなり、
老いた母親と、
二人で生活している少女の家は、
急斜面を1時間半以上かけて登った、
尾根の斜面にあった!

他にも森の中で、
住んでいる他の家族があるものの、
道らしい道もなく、
小屋も貧しいものだった!

衣服も、生活用具もほとんど無く、
ちょうど小さな甥が遊びに来ていたが、
このようなところに母と娘が、
二人で住んでいる事が驚きであった!

少女の家に向かう道は、
踏みあとにもなっていない。
尾根の中腹から見ると、
はるか下に、別のマノボの人の家が見えた。

父は亡くなり、
少女は老いた母と二人で住んでいる。
小さな畑には、
わずかなトウモロコシとネギ。
自然に生えている芋とバナナを食料としていた。

年齢の割に小柄でやせているのは、
栄養がたりないせいであろう。
ここから2時間以上、山の中を歩き続けて、
毎日小学校に通い、
今年6年生を卒業する!

家の中には、
家具らしいものも何もない。
しかし極貧にもかかわらず、
笑顔が明るいのが印象的だった!

今回のマノボ族の推薦や調査には、
20年前に日本の「アジア学院」で研修を受け、
アルゼンチン生まれの主人と農業を行っている、
エラさんの推薦と協力が大きく、
山麓に移住しなければならないスカラー宿も、
エラさんが近くの空き家を提供してくださる。

2月には、アジア学院の研修生も訪問し、
ミンダナオ子ども図書館にも宿泊する。
また、ネグロス島での
アジア学院主催の農業研修には、
マノボ族の牧師とイスラムの地区長が参加予定。

調査の後、
部落に戻り、
皆様から送っていただいた衣服を分けた。
大喜びする子どもたち!



pu3
2007年度の
スカラシップ候補者の
調査は、
ほぼ終わりました

先年度は、
スタッフに選択をゆだねた結果、
ビサヤイロンゴ系のキリスト教徒の大学生が、
多く採用されたので、

今年は原点に回帰し、
先住民族とイスラムの高校生も公平に採用し、
ミンダナオ子ども図書館の理念である、
平等を進めるとになりました。

選択の課程で、経済格差の不平等、
病気、戦闘や貧困などといった、
個人では抗いきれない力の犠牲となった、
さまざまな人々や子どもたちに、
直に触れる機会をえることが出来ました!

あまりにも、
日々の経験が多く重いので、
その全てを報告することは、
不可能ですが、
少しでもお知らせしたく筆をすすめます。

アラカンのマノボ地区の
首領の運営する
独立ファンデーションの要請により、
原住民のスカラシップ候補者の調査を開始!

この地区のマノボ族は、
イタリア系カトリック宣教会の
Fr.ピーター神父やFr.ファウスト神父などが、
長年活動してきており、
その影響もあり
海外のNGOからも注目され、
簡易水道施設やデイケアセンターなど
基本的な部分はかなり整備されてきています。

しかし、
2002年の戦闘が終結すると同時に、
3年ほど前から、
ミンダナオ子ども図書館に
助けを求めて来るようになった。

首領からの訴えでは、
一般の貧しいマノボ族の子たちへの支援が、
打ち切られてきている、
と言うものであった。


pu4
「子どもたちへの愛!」 

ミンダナオ子ども図書館は、
宗派や政治を、
社会的特徴の一つとして否定しないが、
自身の活動の基準にはしない方針!
唯一の活動基準は「子どもたちへの愛!」 

アラカン地区は1980年代までは、
ほとんど原住民のみが住む地域であった。
しかし、政府の移民政策が推し進められて、
原住民の住んでいる土地が、
所有者のない土地と定められて、
ルソン、セブ、イロンゴ系の島外移民に売却された。

その結果、
原住民たちが住んでいたにもかかわらず、
原住民たちは平地から追いやられ、

山麓の平地は、
移民の所有地となっていったのだ!

ミンダナオだけでも、
原住民は14部族あり、
それぞれが独自の文化をもち、
独自の言語を話している。

移民に土地を奪われた原住民たちは、
抵抗すると「共産ゲリラ」の烙印を押され、
戦闘や強制移住の結果、
低地から追いやられ、
さらなる高地に移らざるを得なくなった。

もちろん先住民族たちは、
土地を買うような現金は持っていない。

その結果、耕作に適した平坦な土地は、
移民系クリスチャンの所有となっていった。


まるで、かつてアメリカ西部を開拓と称して、
白人の騎兵隊が、
原住民のインディアンを追い払って、
土地を占領し支配していったのと同じ事が、
何と現在進行形で、
ここでも起こっていたのである!

移民による土地の私有化は、
さらにその後も
日本などの海外資本と結びつき、
高原バナナ等のプランテーションの開発や、

石油や天然ガスや
鉱山開発を理由として、
低地から、さらに高地の方へと移って来ている。
いわば日本も含む先進国による
経済的植民地主義?



pu5
エディットさんのいる
村へも行った

マノボ族の首領が組織している
ファンデーションで役員をやっており、
現在、ミンダナオ子ども図書館で
子どもたちの面倒を見てくださっている
エディットさんのいる村へも行った。

車で川を渡って目的地に向かう。
川を渡り、
丘を越えていった高地である。

この地域も、ほとんどの土地が、
イロンゴ系の人々の所有になっているという。
その狭間に、
土地の無いマノボ族が小さな集落を作り、
地主の土地を日雇いで小作している。


エディットさん(45歳)の父親は、
この地で政府との戦闘があった際に殺された。
戦闘時の難民生活から村に帰ってくると、
土地は全て移民の所有になっていた!


エディットさんのご主人も、
反政府系ゲリラの烙印を押されて殺害!
現在のご主人は、
イロンゴ系の人。


これらの経過を見ていると、
反政府ゲリラのレッテルや戦闘は、
原住民を土地から追い出すために、
意図的に仕掛けられたように思えてくる。


現在のイスラム教徒やNPAに対する
テロリスト掃討作戦も、
もしかしたら同様の観点が、
混じっているのかもしれない。


反政府系ゲリラという烙印を押され、
掃討作戦が展開され、
避難民となって平地に避難し、
戦闘が終わり、
避難生活から自分の村に帰ってみると、

土地は奪われて居住地から追いやられ、
より高地のさらに貧しい地域に移されていく。
そんな仕掛け構造が
体験者の話ら見えてくる。
 
その後、原住民たちは、
移り住んだ山岳地域を保護地区として、
与えられる場合もあるが、
おおかたの人々は個人の土地もなく、
食べるものにも事欠く生活を余儀なくされる。

近年は、その山岳地域の保護地区でさえ、
鉱山開発の手が入ってきている。
「川が汚染されるから掘削をしないでくれ!」
と、鉱山開発に反対した奨学生のお父さんも、
その場に銃で撃たれて殺されている!

今回、私たちが採用した
マノボ族やバゴボ族の子たちは、
上記のように追いやられた地の子たちが多い。

宗教的には先住民族の伝統的な信仰もあるが、
プロテスタントが多い?
 

pu6
採用した子は
ほとんどが片親や孤児


採用した子は、
ほとんどが片親や孤児、
崩壊家庭の子たちであり、
親戚の間を、
たらい回しになっていた子たちもいる。


家庭崩壊が起こる原因の一つは、
貧困から来る母親の外出稼ぎだ。
町に出たまま音信が途絶え、
別の男と結婚!

また、仕事の無い父親が、
町に行ったまま
別の女性と一緒になって
帰ってこない!

親の病死や戦闘による死亡もある。
貧困のために、
病気になっても薬が買えず、
死ななくて良い病気で死んでいく! 

下の写真は、
父親を失った少女。
子ども図書館の
高校スカラシップに応募した。

イスラム地域の場合は、
難民生活中に病死したり、
戦闘に巻き込まれて、
銃弾を受けたりしたケースの子が多い。
下の彼も、腹部に縦断を受けた!


彼の事は
以下の映像にも
出てきます!
池上彰の
ジャパンプロジェクト
世界の”命の現場”で
奮闘する日本人
パックンが来た

映像を 見たい方は ここをクリック 
下は、
両耳が膿んで一年もたつ子。
病院に連れていき、
すでに治療は始まっている。

また、祭りの際の暴発?で腹部を射抜かれて、
貧困のために手術を完了できずに、
腹から排便している子もいた。
まず治療をしてから奨学生に採用して、
学校に行くように決定。

また、本人や兄弟がポリオの子も、
山岳地域にしばしば見受けられる。
マノボの子を抱く、イスラム教徒の奨学生。
ミンダナオ子ども図書館の奨学生は、
ボランティアで活動を手伝っている。


pu7
バゴボ地区でも、
最初は、
非常に警戒された


マキララのバゴボ地域でも、
マノボ地域同様に
最初は非常に警戒された。

スカラシップは、政治目的ではないか!
口だけで子どもをさそって、
日本に売り渡すのではないか!
後で大金を請求されるのではないか等々!

事実、そのような目的の
口先だけの支援が、
現地では大半を占めるのだと言う。
支援を口実にした人身売買!
 

 話が進んで行くに従って良く聞く言葉は、
「ミンダナオ子ども図書館というのは、
本当に貧しい子たちを助けるために
活動している、例のファンデーションか! 」

「それなら親戚に当たる・・・さんも
スカラーに入っているだろう。
牧師や首領からも話を聞いているよ!
はじめからわかっていれば、
こんなに警戒などしなかったよ!」

ミンダナオは、大変な口コミ社会だ!
電気も携帯もない、
こんな辺鄙で大変な山奥にまで、
ミンダナオ子ども図書館の噂が、
伝わっているのかと唖然とする!

うれしい瞬間でもあるが、
身が引き締まる瞬間でもある!

追伸:ミンダナオ子ども図書館は、
反政府を支援している団体ではない。
戦闘で親が殺された子の中には、
反政府系で政府軍に殺された親を持つ子も、
政府系の民兵で、
ゲリラに親を殺された子もいる。

民族や政治や宗教に捕らわれず、
貧しい子たちの教育と医療を支援しており、
来年はビサヤ・イロンゴ系の子たちも採用。
イスラム教徒、先住民族、キリスト教徒が、
本部の図書館では、仲良く生活している!


pu8
新しいスカラーたちが、
入ってきた


今回は、
不足しているイスラム教徒の子たちと
先住民族の高校生を多く採った。

イスラム教徒の高校生は、
多くがピキットの高校に行くので、
現地に住むケースが多いが、

山岳高地で学校まで距離があり、
通学が困難な、
マノボ族やバゴボ族の子たちが
本部に多く住むことになった。 

下の写真は、歓迎パーティーの一こま。
フィリピンは中学が無いので、
高校一年生と言っても中学一年生に相当する。
あどけない。

大学生の多くは下宿するが、
高校生は未成年なので
下宿はさせずに、
ミンダナオ子ども図書館であずかる。



pu9
保護者のための
説明会が開かれた


MCLスカラシップの規定など、
きちんと責任の所在や方針説明をした後に、
保護者や親の責任も含めて納得していただき、
正式な契約書にサインをしてもらう。
中には自分の名すらも書けない保護者もいるが。

子供をあずかるわけであるから、
両親とNGOとの
キチッとした取り決めが、
必要なのは当然!

子供に対する親の責任と、
ミンダナオ子ども図書館の関係についての
合意をこの場で求める。
下は、MCLの代表で妻のエープリルリン。

例えば、妊娠した、妊娠させたらアウト。
学業よりは、まずは子育てに専念するため!
などの生活規定をはじめ、
読み聞かせ、医療などの活動に協力すること。

日本の支援者も決して裕福ではないこと。
寄付は、大半を救済支援の活動に使い、
経済的には、
常に逼迫していること等々。

支援者には、
必ずお礼の手紙を書き、
まだ字が書けない子は、
絵手紙を添えて機関誌に入れて送ること。

支援者から返事が来たら、
日本語は訳してわたすけど、
返事は英語で書くか絵手紙にすること。

イスラム、クリスチャン、原住民。
宗教や種族が違っていても兄弟姉妹、
一つの家族として仲良く暮らすこと。
言葉は、母語を使っても良いけれど、
解らない子が入ってきたら、
解る言葉で話すこと!


pu10
初めて故郷から
離れる子たちは、
最初はさびしい


そこで、毎年この夏休みの時期に、
海に泳ぎに行くことにしている。


フィリピンでは、
学年の切り替えが4,5月で
その二ヶ月が、「夏休み」と呼ばれている。


山で生まれ育ち、
キダパワンという小都市にすら
行ったことのない子たちが、ほとんど。


生まれて初めて
海を見て、海で泳ぐ。
その、はしゃぎぶりは大変なものだ!


日本から送られてきた古着を着ると、
見違えるよう。
馬子にも衣装!

彼らが大きく育つ頃には、
戦闘の無い、
平和なミンダナオになって欲しい。



pu11
盲目の少女日本から

盲目の少女といったら上岡さんに叱られて、
笑われるかもしれないけれど、
奈良に住む上岡さん(27)は、
少女のような心の持ち主であることは確かだ。
MCLを知ったのは、ニュースでだった。

メールで返事をいただいたときには、
見事な日本語なので、
まさか盲目だとは思わなかった。
後になって関西のラジオで、
トーク番組を持っていたことを知って納得!

11月の大阪市立図書館の講演会場で、
始めてお目にかかり、そのときに、
ミンダナオ子ども図書館に来られることを
決心されたようだったが、
まさか本当に来られるとは思わなかった!

たびたびマニラなどには、
行ったことがあるという話は聞いていたが・・・。
上岡さんは、ミンダナオ子ども図書館にいる
盲目のジュンジュン君の事が、
気になっていたようだった。

ちなみにミンダナオ子ども図書館には、
ジュンジュン君とベルリーンさんの、
二人の盲目のスカラーがいる。
下は、ジュンジュン君とベルリーンさん。
二人は兄妹のように仲が良い。


今回、上岡さんは、
6月から盲学校に入るジュンジュン君に、
持ってきた教材と時計で、時刻の読み方と
アルファベットを教えてくれた。

この世の中に、
時計という物があるという事も、
アルファベットで、全ての言葉を書きあらわせる、
ことすら知らなかったジュンジュン君には、
天地がひっくり返るような画期的な出来事だった。

奨学生たちも、
上岡さんが教えているのを見て、
忍耐強い上岡さんの様子に感銘を受けたようで、
みんなでジュンジュン君の勉強を、
手伝っている姿は、傍目にも美しかった。

ちょうど日本に帰った折に手に入れたDVD
「奇跡の人」を、映画鑑賞した後だっただけに、
上岡さんの姿が、
ヘレンケラーに字を教える、
サリバン女史の姿とダブったのだ!

ジュンジュン君にとって、
この経験は画期的なことであることは、
様子の著しい変化でわかった。
字が読めなくてもお話を聞いて育っているので、
みんなで、読み語りに行くと、
子どもたちの前に座って昔語りをはじめる。



pu12
MCLにも、
盲目の少女がいます!

ミンダナオ子ども図書館には、
ベルリーンさんもいて、
山でお母さんが面倒を見ていたけれど、
子どもも多いし、仕事もしなければ生きていけず、
ミンダナオ子ども図書館が気に入って、
ここに住むことになった。

盲目の子の世話について、
専門的に学んだことも無いのに、
受け入れて大丈夫だろうかと
心配したけれど、


驚いたことに、
子どもたちが、
みんなで世話をしてくれる!
ぜんぜん問題なく楽しく成長していった。

二人にとって、上岡さんとの出会いは、
大きな体験だったようだ!
歌だけ歌って馬鹿騒ぎしてたジュンジュンくんも、
物思いに沈むようになり、聞くと
いろいろと将来の事を考え始めている。

その後、ダバオ市に盲学校があることが解り、
二人とも、奨学生になって、
6月から盲学校で勉強する事に、
異常なぐらい関心を集中させている。

上岡さんを飛行場に迎えに行ったとき、
芝生で座り、ジュンジュンくんが、
飛行機の音を耳にして言った。
「飛行機の足につかまって空を飛ぶんだね!」
どうやら鳥のようなものの足につかまって、
空を飛ぶのを想像しているらしい。

そこで、
「お客は、飛行機のお腹のなかに入るんだよ、
そして、着陸して出てくるときは、
ウンコのようにお尻から出てくるのさ!」
と説明して、二人で笑ったのを思い出した。

上岡さんのおかげで、
盲目でも世界を旅できる!
信じられない人生が広がったのだ。
まずは文字を覚えて、英語とタガログ語を
勉強するのだとはりきっている。


上岡さんは、
お兄さんがインドネシアで勉強しているだけに、
イスラム教徒にも理解があり、
ピキットの読み聞かせにも参加し市場を巡った。

盲目の日本人の、
しかも女性が
このようなところまで来ることに、
市場の人々もビックリして、たちまち人気者。

最後のお別れ会では、
イスラム教徒の若者たちが歌ってくれた。

10日間ほどの短い滞在の間に、
彼女がミンダナオ子ども図書館の
若者たちの中に残した足跡は深く大きかった。
とりわけ、ジュンジュン君には、
一生を決定するような足跡だった。

ミンダナオ子ども図書館で山地を巡るときには、
盲目の子が他にもいないか、
たずねていきたいと思っている。
多くの事を勉強させられた貴重な日々だった。
上岡さんに感謝!

追記:上岡さんは奈良の田舎で
お父様は猟師もなさっている農家の家庭。
宗教を聞いたら、
「屋根の上に白い蛇がすんでいて
拝んでいるような感じの宗教よ」と言っていた。
ミンダナオの若者たちも、
同じような妖精をたくさん信じている!



pu13
在日韓国人の帳さん

お母さんと娘さんが訪れられた。
娘さんは、現在
北京の大学で勉強中。
韓国語、中国語、日本語が話せる。

2週間の滞在で、
すっかり若者たちと親しくなり、
心の壁を越えた暖かい交流が胸を打つ。


奨学生の家庭調査に同行し、
時には道無き道を行き、
川を渡り・・・
ずいぶん驚かれもし、感動もされた!


最後の日には、若者たちと涙涙・・・
「毎年必ず来てね!」と言う若者たちの、
声に送られて帰られた。
心の交流が出来る方が来られると、
本当にうれしい!


日本では、
人権を中心にした活動をなさっており、
志を持って生きていらっしゃるだけに
安易に物事をとらえておられず、
普段は訪問者をお連れしない地域にも、
安心して同行していただけた。

ミンダナオ子ども図書館の家族の
一員となってくださるだろう。



pu14
ドクター司医師が再訪

マノボのプロック8村と
マキララのバゴボの村の健康調査。
村の子たちの検便をし、
子どもたちの診察をしてくださった。

僧侶のような姿で、
飄々と活動していく姿は、
不思議な印象と感動を人々の中に起こす。

新潟の病院の先生で、
タイで熱帯医学を勉強し直し、
現在は、マニラからミンダナオに
活動の拠点を移される。

MCLは、ドクターの出張診療所となり、
持参の電子顕微鏡と薬を置いて、
次の拠点に向かわれた。

またもどってこられる予定で、
次回はイスラム地域の子どもたちの
健康状態をチェックする予定。



pu15
アジア学院の
研修生が到着


今回は、ネグロスでの一ヶ月の研修の後に、
ミンダナオに来られた。
ネグロスの研修には、MCLから、
マノボの牧師ガボン氏と
ピキットのイスラム教徒の若者を送る。

二人とも感動して帰ってくるなり、
ガボン師から、
「この経験を生かして、MCLを、有機農法の
モデル農場にしたい!」との提案を受ける。

ガボン師は、マノボ族の間で
大きな影響力がある人だけに、将来が楽しみだ。
イスラムの若者は、奨学生となり、
専門として農業を勉強していく予定だ。
これらの地域の農業が軌道に乗れば、
平和にも貢献するはずだ。

アジア学院の長嶋氏と
韓国の牧師のバン師と
バンサランのルーラルライフセンターへ。
ここは、バプテスト教会が運営するモデル農場。  

山羊の飼い方、傾斜有機農法、
フィッシュポンド(魚池)などを総合的に展開し、
自給を基盤とした農業に感銘を受ける。

その後、ネグロスからもどられたガボン師の
提案でMCLを有機農法の農場にしたいとのこと。
いよいよミンダナオ子ども図書館の
農業部門が始動し始めた?

ちょうど、マノボのプロック8で水牛の話が、
出ているので参考にしていきたい。
フィッシュポンドも可能性があると思われるし、
今後、いろいろな貧困地域で活かせるだろう。


pu16
アジア学院の若者たちと
高地のマノボ族の
調査に行く


山道を行く私たちのスカラシップ調査に、
驚き感銘を受けた様子。
写真のように、
かなりの山地を谷を越えて行く。

このようなところに、
マノボ族のスカラー候補が住んでいる!
スカラー候補のジャニット マラカスさんの
家の前でご両親と・・・

ウオーターフォール集落の読み聞かせに参加。
ここは、マノボ族の集落で、
下のボホランノン集落よりも貧しさが目立つ。
兄と弟がポリオのアロナ アモールさんは、
この村の出身。

ウオーターフォール集落は、
その名の通り美しい滝があり、
アポ山の登山口にもなっている。

このマノボの集落の下には、
イスラム教徒の集落もあり、
そこでも読み聞かせをする。

アジア学院の若者たちは、
2月25日日曜日のムスリムデーにも参加。
今後の彼らの将来に
祝福がありますように!


pu17
東洋英和女学院の
石津珠子教授が訪れた


支援しているアンダスくんに会う事ができた!
アンダスくんのお母さんと一緒。

父親は病気で、母親も仕事が無く、
バナナプランテーションの開発で
食物の自給も不可能になり厳しい生活!
その様子を見て石津教授は心を痛める。

ミンダナオの若者たちの
豊かな精神性の背後には、
想像もつかない深い困難や悲しみがある。
そこに触れずして、
ミンダナオを語ることは出来ない?

ムスリムデーと平行して、
スタッフによる患者の救済活動が続く。
今回はヘアリップを中心に10数名の治療を、
ダバオメディカルセンターで一気に行った。
スマイルファンデーション主催の治療に参加。

山から子どもたちを、
ミンダナオ子ども図書館に運び一泊、
翌日ダバオでスクリーニングを終えた後、
手術日が決まり、再度ダバオに運ぶ。

術後は
病院の体育館で一泊。

いつもながら、医療プロジェクトは、
子どもと家族の面倒を
手取り足取りするスタッフにとっては、
最も過酷な活動の一つだ!
 

今回は同時に、
ダバオメディカルセンターで、
足が曲がった子どもたちの診察も行っている。
山奥のマノボの若者で、その家の兄二人は、
今年度のスカラシップ候補者だ。
3番目の女の子はすでに歩行が困難。


何とか救済しようとドクターに診せると、
医師は顔をしかめた。
「あなた方のファンデーションは、
難しい患者ばかり運んでくるね。
これは、筋ジストロフィーだと思われるよ。」

筋ジストロフィーは、
足から次第に硬直が体の上部に進み、
やがてからだが麻痺し、
肺と心臓が硬直して死に至る病気だ。 

彼らの家庭は、ひどい困窮状態で、
山地の谷間にほとんど土地はなく、
父親が一人で、5人の歩行困難な子を
養っていくことはどう見ても不可能。

二日後に、神経内科の検査を受けて
その結果を見て決めるが、
この分では、
ミンダナオ子ども図書館の敷地内に
小さな家を建てて家族で移り、
両親に仕事を与える以外になさそうである。

と言っても、養っていけるだろうか。
ミンダナオ子ども図書館の住人は、
今年の春新しいスカラーを加えると、
60名近くになりそうである。
神よ我らを守り給え!



pu18
ミンダナオの
バナナは最高!


下の写真のバナナは、こちらでは
ダバオまたはマニラノンと呼ばれている種類。
昔は、あちこちに自然に生えていたが、
今は山に行かないと見られないバナナ。
共に写っているのは次女の舞花。

このバナナの特徴は、
何と言っても種があること!
小さな種が無数に入っているが、
驚くべき事に、時々大きな種が入っている。
下の写真はバナナの種、鳥の糞ではない!

バナナは、南米が原産地だと思っていたが、
ミンダナオには、
太いバナナもあるし、
これもネットリとして独特の味と香り!

焼きバナナは、おやつに最適!
(バーベキューをもじってバナナキューという)


赤いバナナもあるし、
歯ごたえと香りが独特!

日本でいう小さなモンキーバナナは、
現地では、セニョリータ(お嬢ちゃん)と
呼ばれていて、甘くてとっても美味しい!

おどろきは、ティンドクという名のバナナで、
意味は、「オッ立つ!」
なんと、長いのは1m弱ぐらいもあって、
数本がぶらさがっている!
MCLにも植わっているよ!

「オッ立つ」というのは、
立ち上がると言う意味もあるけど、
どうやらブツブツブツ・・・。

そして、ジャングルの中で驚いたのが、
本物のモンキーバナナを見たことだ!
それは、親指ぐらいの小さなバナナで種だらけ!

「このバナナを食べるのは猿だけだよ!」
つまり、これこそが
バナナの原種中の原種だった。

そこで、思ったのは、
バナナは、ミンダナオから
世界に広がったのではないかということ。
そこで、サイトで調べてみると、

バナナは東南アジアを含むマレーシア熱帯アジア
など。バナナの栽培の歴史はパプアニューギニア
から始まったと考えられている。
と言う事は、ミンダナオも原産地!

「バナナの木」と言われるように高さ数mになるが、
実際には草本であり、
その意味では園芸学上果物ではなく野菜。

一回のびて、花芽をつけて実ったらおしまい!
根元から次のカブ芽が育ってくる。
花芽の椰子の実汁スープも美味しい!



pu19
アイの
手術が成功した


今年奨学生になるアイ(仮名)の手術が成功。
アイは、アラカンのマノボ族だ。
祭りの日に、
家の台所で料理をしていると外で銃が暴発し、
銃弾アイの腰から腹を射抜いた。

土地もなく、
高地の貧しいマノボ族だったから、
父さんがあちこちから借金をして
安い公立病院で緊急の手術をしたが、
手術の半ばで費用がつきた。

アイは、
切断された腸を接ぐ手術に移行することなく、
腹の脇から排便することになった。
薬を買うお金もなかったから、
傷口は大きなケロイド状になった。

退院した後、
家庭はさらに極貧になったから、
傷が癒えるまもなく、食堂の女給や洗濯女を
しながら家計を手伝った。
銃痕のあとから血がにじむこともあった。
下は、同じ状態で手術をした別の子。
すでに数名、同様の手術をしました!


女給をしているとき、
突然脳障害が起こり意識が失われた。
意識が失われると同時に、
異様な声を発して転がり出した。

意識を取り戻した後、
彼女は何も覚えていない。
かつて働いていた食堂では、
彼女を男たちが取り押さえたが、
腹の手術の大きな傷を見たとたんに、
大の男たちがわっと逃げ出したそうだ。

先日も同様の症状がMCLで起こり、
意識を失ったアイは、うめきながら転がった。
てんかんに似た症状に、
皆、悪魔が憑いたと思って恐れた!
無理矢理、強引に、若者たちが、
力ずくで押さえ込もうとするが・・・。

塩をまいたり
ニンニクを持たせたり香を焚いたり、
悪霊よけの祈祷をしたりと、騒然となったが、
冷静になるように皆を諭し、
彼女の頭を腕に抱いて、優しく語りかけると、
次第に落ち着きを取り戻していった。

「悪霊が憑いているのに、トモさんは怖くないの?」
「うん、僕はぜんぜん怖くなんかないよ。」

積極的で明るい子だし、非常にがんばりやだし。
スカラシップには、弟も応募してきたが、
私たちはアイを採用した。
費用はかかるけれども、手術をして
彼女を救うことが先決だと判断したからだ。

私たちの医療プロジェクトは、
17歳以下という規定がある。
アイは20歳だが、
奨学生になると例外規定が有効になる。
勉強に対する情熱も高いし、
結婚が不可能でも大きな良い働きをするだろう。

その後、彼女は結婚して幸せになった!


pu20
憑依に関して
若干書いておきたい

非常に書きづらいことだけれど、憑依に関して。

河合隼雄さんとも面識が多少あり、
日本では、ゲーテの自然科学を基盤にして
ユングの深層心理を学んでいた。
フロイトもそうだが、ユング深層心理学は、
伝統的なコスモロジーとも関連して興味深い。

30年前に書いた、
拙著「昔話の死と誕生」や「昔話と心の自立」は、
「わたしの絵本体験」も加わって、
大学時代のユング心理学やゲーテの影響がある。

しかし、まさか憑依に出会うとは思わなかった!
意識の下の無意識に宿るトラウマなどが、
意識の壁をぶち破って、
発狂となって出てくる!

いつか、書かなければならないと思っているが、
ミンダナオに入って20年、
これを書いているのは2020年だが、
それまでにミンダナオ子ども図書館で
何と5人の憑依=発狂現象に出会っている。

その最初が、アイ(仮名)だった。
精神的、肉体的なトラウマが深層に宿っていて、
それがある瞬間に突然、蘇ってきて、
意識を破壊して表に出てくるのだろう!

具体的には、これは別の子だけれど、
子ども時代に、目の前で母親が殺されたり、
また、戦争体験で家族が襲われ恐怖を感じたり、
精神的、肉体的なアビューズもあろう。

女性が多いが、女性であるにもかかわらず、
男の声を発して暴れることもあり、
同じ村から来た少女の友だちが、
「死んだ、誰々さんの霊が憑いている!
 あの世に連れて行こうとしている!」
と、教えてくれることもある。

霊も妖精も死者の魂の存在は、
大人も子どもも信じて生きている社会だから、
当たり前のことなのだけれど、
実際に起こると恐怖でもある!
発狂者が向かってくると、みな恐れで逃げ回る!

しかし、なぜかぼくは、
それを怖いとは思わない。
愛を信じているので、愛の力で抱き留めて、
声をかけて、悪霊を追い払って、
本人の魂に呼びかけて、
正常な元の魂を呼び戻す。

そうすると、驚いたことに、突然の意識が戻り、
その後、自分がどのような状態だったか、
何があったかも、まったく覚えていない!
その後も、憑依現象は起こるものの
だんだん希薄になり、やがて正常に戻っていく。

ただ、ひとつだけ驚いたことは、
こうして、悪霊から助け身を守ってあげると、
その後、どうしても特別な気持ちを抱くようだ。

アイは、正常になり、やがて結婚を決めた!
そして、婚約式の時に
偶然教会の外で出会うと、
うれしそうに近づいてきて、
幸せになれたことを感謝し
去って行こうとした瞬間、

ワッと泣き出すと一瞬抱きついてから、
パッと離れて彼の方への駆けていった!
父親に出会ったような気持になったのだろう。
「幸せになってねー!」

別の子の場合も、
結婚したいと言い出した。
僕はすでに妻子もいるのに!
僕は、断ったが、先住民やイスラムの場合は、
一夫多妻が認められていて、
酋長やダトゥは、4,5人の妻を娶っている。

酋長の役割は、
孤児や母子家庭の面倒を見ること、
困窮した家庭の世話をすること、
諍いや戦争が起こりそうなときは、
酋長同士が集まって話し合い平和を作ること、
そして、悪霊を追い払うこと・・・!

僕が、それをしているから
「お前をマノボ族の酋長とする!」
といって、酋長の儀式を受けて、
アオコイ マオガゴンと言う名をいただいた。
意味は、「心から人を愛する我らの友」

それゆえに、
悪霊に憑いた男性や女性から、
悪霊を追い払うのも酋長の役割なのだ!

ところが、悪霊を追い払ってもらった女性が
払ってくれた人に対して、
特別な気持ちを持つことが解ってきた。
その様子を見てぼくは、
イエスに悪霊を追い払ってもらった後、
イエスが十字架につけられるまで、
添い続けていったマグダラのマリアを思い出した。
一説によると、イエスの妻であったのでは・・・?

しかし、
小さいときから見守った子どもたちは、
ぼくにとっては、我が子のようなもの!
いくら、年頃の娘になってきたとはいえ、
我が子のような子と、
結婚する気にはなれない。

そうした子たちは、その後、
別の男性とすぐに結婚していく。
とりあえず言えることは、
幸せになれて良かったね。
これからも、
幸せな人生を送ってね!



pi21
大阪兵庫からの訪問客
とプロック8集落の
原住民の子どもたち


大阪、兵庫から来られた
訪問者の方々と、
マノボ族の集落、
プロック8に読み語りに行った。

復活祭開けで,
集落の子供達は、
大喜びで訪問者を迎えてくれた!

みなさん、
読み聞かせの専門家の方々で、
現地で、お話組木の実演をして下さった。

大阪の図書館司書OB小林さん、
読み聞かせのプロ錺さんなど、
若者たちに、
指導もしてくださった。

それにしても、絵本を見たこともない
原住民の子どもたちが、2時間以上も集中して、
お話を聞くのにビックリ!
「日本の子たちの集中は45分が限度なのに!」

マノボ族の村、
ドンパナカにも行き、
山の奥なのでビックリ!


支援している
スカラーにも会えた!


山岳高地のマノボ族の村へ

キダパワンから1時間半の山道を行き、
マノボの村を訪ねた。
今回の目的は、この村からスカラーを迎え、
MCLに連れてくるためだ。

下の写真が、スカラーの家。
4WDしか登れないような高地にある!
ミンダナオ子ども図書館の子たちは、
ほとんどが、似たような環境から来ている。

この村の子どもたちは、
ほとんど小学校にも通えない。
たとえ1年生の時には通えても
2年生になるとほとんどの子がストップする。

理由は、午後の授業が始まって、
お弁当を持って行けないこと!
そして、ジャングルの中を何時間も、
裸足で歩いて通わなければならないから!

そして何よりも、
原住民である、と馬鹿にされること!

私たちは、この地を、来年の里親奨学の
重点地区にしようと考えている。
写真は、今回のスカラーの子のお母さん。
お母さんも靴が無く裸足だ!

娘二人(前夫の子)が、小学生のスカラーとして、
MCLに住み込みで通うことになった。
ちなみに、青い服の少女は、
わたしたちで、すでに兎口の治療をした
兄弟姉妹のなかの3番目の子。

前夫は、自分の山羊が盗まれそうになって、
追いかけたとたん、殺害された!
私とは、その頃からのつきあいである。
その後、現在の夫と一緒になったが、

娘が年頃になるにつれて、
「危険なので・・・」、
MCLで面倒を見て欲しいとのこと。

継父と娘との良くないケースは、よく起こる。
本部にあずかる子に少女が多い理由の一つだ。
ミンダナオ子ども図書館は、
子供のシェルターや
孤児施設としても認可を得ている。


pu22
同じ村の隣の家に
骨折した子がいる
というので向かった

一週間前に骨折、木から落ちて足と手を折った!
もちろん、治療するだけの力も財力もない。
本当に貧しい家だ!
この家のなかで、少女は寝ていた。
母親は亡く継母が同行。

村人たちは、
私たちが治療を決断した事を
心から喜んでくれた。

男泣きに泣く村人もいる。
「神様のおかげだ!」と、
天に手をあげて感謝する村の酋長けん牧師。
みんなで協力して少女を車まで運ぶ。

レントゲンの結果、
かなりひどい骨折で、
放っておいたら一生歩けない事がわかった。

足にはステンレスの補強をして、
手の骨折も含めて、15万円ほどの治療費!
国民健康保険に加入している訳もなく、
出生届すらないのだから・・・!

緊急治療は、
なぜか次々に重なる。
スカラーの年老いた父親が、
高熱で意識がもうろうとして緊急入院。

ピキットからの子供を運んだ後に帰ってくると、
別の地域からも、子供が運ばれてきた!
見た感じは、たいしたことがなさそうに見えたが、
全身がむくみ膿んでいる。

キダパワン市の病院に診せた結果、
「これは、キダパワンでは無理。
ダバオの病院に、今すぐにでも運んでください!」
「ええ、でも、もう夕暮れですよ!」
「そうしないと、明日にも亡くなるかもしれない!」

そのようなわけで、現在夜8時、
プレシデントのアーロン君と結婚予定の秘書
ジクジクさんが、患者とダバオに向かった。

出かける前に、さすがプレシデントらしく、
「医療費はどうしますか?
ダバオでの治療となると、大変です。」
概算すると、一月で40万円を超えていた!

下の子たちは、同月に治療した子たちだが、
月予算の10万をはるかに超えて、
4ヶ月分の医療費をすでに使っている。
治療の必要な子は、無限にいる?

今度は、私たちの方が、
「おお、神様、何とかなりますように!」 
しかし、救済を優先してGOサインを出す。
明日のことは思い煩うな・・・・・?



pu23
新しい患者が
運び込まれた!


イスラムの若者たちの民族楽器による、
10月の日本公演から、ミンダナオに帰ると、
息をつく暇もなく、
さまざまな状況が待ち受けていた。
まずは、骨折したマノボの若者14歳の救済。

彼は、前回に少女ローズマリーグマイちゃんを
救済したボアイボアイ村に隣接する、
山岳地帯の貧しいマノボの村はずれの家に
寝かされていた。
彼の家も同様に、山中の貧しい小屋であった。
父親は無く、母親と生活。

すでに2週間も寝たままであった。
骨折は、サントルの実をとろうとして、
木から落ちたのが原因。木は高木になり、
実は枝の先端になっているから、
落ちたらただではすまない。

サントルから落ちて骨折した子の救済は、
これで3人目。
もちろん、医者にかかり治療する事は、
貧しい彼らには不可能なことだ。

とりあえず宛木をほどこし、
村医祈祷師に
なにやら炭と油に薬草溶かして塗ってもらった。
しかし、気休めになっても、
このようなことで骨がつながるわけがない。

本人は、病院に行くのを恐れ嫌がったが、
「このままでは一生歩けなくなり、
下手をすると体が腐って死んでしまう!」
などとと説得して、ようやく病院に運んだ。

案の定、完璧に骨折している。
手術は、翌週に実行されることになった。
貧しい地方の公立病院では、
専門医師は、週一回訪れるだけ。
多くの患者が通路に寝ている。

すっかり歩けるようになった!

以前骨折して運ばれた
ローズマリーちゃん(写真下)は、
すっかり歩けるようになった!
二人とも、皆さん方の医療寄付がなければ、
一生、歩行困難だったろう。
手のギブスは取れずにいるので、
今年は学校をお休みする。

彼女は、母親が亡くなっていて、
継母に育てられているが、
ミンダナオ子ども図書館がすっかり気に入り、
ご両親の了解も得て、お姉さんとここに住み、
MCLの子として学校に通うことになった。
下は妹の世話をしている実姉マリベールさん。

二人とも素直でとってもよい子たちだ。
お姉さんは、すでにMCLのある
マノゴル村の小学校に通い始めたが、
まだ支援者が見つかっていない。
どなたか支援者になっていただけませんか。
マリベールグマイ 十三歳 マノボ族 六年生 
支援者が決まりました。

もう一人の緊急でダバオに運ばれた子も、
命をとりとめた!
現在は、ダバオからMCLに戻り、
キダパワンの病院で術後の検診を受けている。

キダパワンの医師や看護婦も、
この子が命をとりとめて生還してきたので、
ビックリして感動していた。
これも皆さんのおかげです!

医療も切れることなく続いていく
デング熱で入院した、
奨学生マノボ族のローズマリーさん。
2020年、MCLスタッフとなって活躍。
結婚して、二人の子どももいて幸せ!


下右は、
体内に細菌感染が広がり、
緊急入院したマノボ族の子。

下のドクターは、
いつもお世話になっている、
ドクター チュー先生。
中国系で、献身的で本当にすばらしい方!



pu24
新しい奨学生が、
学校に通い始めた!


ミンダナオ子ども図書館では、
未成年にあたるハイスクールの子は、
本部かMCLの下宿施設に住むことが出来るが、
下宿は、させないと言う規約がある。
フィリピンには、中学がないので、
高校生と言っても、実質的には日本の中学生だから!

フィリピンでは、2016年から
シニアハイスクールがスタートする。
これまでのハイスクール(4年制)の後に 
シニアハイスクール(2年制)が加わり、
シニアハイスクールを卒業してから
大学に進学することになる。

日本では、小学・中学・高校の6・3・3制で
順調に行けば、
18歳で卒業して大学受験となり、
4年間後の22歳で大学も卒業。

ところが これまでのフィリピンでは、
4年制のジュニアハイスクールを卒業し、
16歳大学に進学していた。
故に、大学卒業が20歳。
それを他国と同レベルにするため、
シニアハイスクールが追加され6・4・2制となる。

http://www.millionmiler.com/philippines/etc/
Senior_high_school/Senior_high_school.html


子どもたちの気持ちは複雑!
山での結婚適齢期は、14歳から16歳、
大学出てから結婚すると20歳になってから!
それなのに、これから以降は、
大学を卒業したら22歳!
結婚適齢期をはるかに過ぎてしまっている!!!

実際にこの制度が適用された直後、
ジュニアハイスクール(中学)を16歳で
卒業したら、故郷にもどったり、
シニアハイスクール(高校)を18歳で卒業したら
大学に行かないことにした子が急増した!
(2020年に加筆)


本部に住んでいる子たちは、
マノボ族や湿原のイスラムの子など、
山地や僻地に住んでいるために遠距離で、
高校に通えない子たちが多い。

極貧家庭はもとより、親のいない子、片親の子、
家庭が崩壊した子、障害、レイプなど、
諸問題を背景とした子が多いけれど、
ここに来ると、なぜか皆とっても明るく快活。
実の娘もいっしょに育つ!

ミンダナオ子ども図書館は、彼らにとって、
社会に旅発つ時まで守られながら、
人並みに生きていけるオアシスなのだと、
つくづく感じる。
皆さんから送られてきた古着を着て、
山にいたときとは見違えるようだ。

今回の古着支援は、
ミンダナオ子ども図書館の奨学生たち、
外部の奨学生たち、里親奨学生たち(小学校)
それから、新学期を迎えて、
学校に着ていく服や靴や鞄の無い子たちにも渡した。

難民キャンプは継続しており、
今後は、心のケアとしての読み聞かせと、
医療に重点を置いていきます。

ミンダナオ子ども図書館での生活は、
皆で食事を作り、
各自のお皿は自分で洗う。

掃除も子どもたちが、
スケジュールを決めて実行!

土日の午前は、
家庭菜園も作り。

夕食後は、勉強と読書の時間。
翌日が休日の時は、
スクリーンで映画を見る時も・・・

彼らが言うには、
「わたしたちは、宗教や部族が違っていても、
兄弟姉妹で一つの家族!」
ここには、平和が宿っていると良く感じる。
いろいろな困難があっても神が守っているようだ。


pu25
寄贈していただいた
車いすが大活躍


子どもたちが、学校に通い始めて、
日本で寄贈していただいた車いすが大活躍。

プロテスタント教会の
H氏から寄贈された2台の車いす。
筋ジストロフィーの兄妹が、学校に行くために大活躍!

歩行困難な車いすの子が、近くの公立学校に
毎日、通うことが出来るだろうか???
スタッフたちは、多忙で同行出来ないし・・・
子どもたちだけでは、無理ではないか?
と思っていたけれど、

様子を見るにしたがって解ってきたことは、
障害がある子もない子も、
MCLの子たちにとっては、何の抵抗もなく
兄弟姉妹で一つの家族!

ちゃんと車いすで引いていくし、
学校でも皆でめんどう見るし!

ようするに山の家で
兄弟姉妹が小さいときから助けあって生きてきたように、
血がつながっていなくても、
助けあって生きていくのがあたりまえ!

MCLのスカラシップの子たちが、
みんなで手分けして
毎朝学校に通っています。
うれしそうな彼らの写真を見てあげてください。

彼らを支えてくださっているのは、
支援者の皆さん方。
皆さん方の上にも、
彼らからの笑顔の支援をお送りします!!!
心からありがとうございます。


pu26
鶏小屋ができました


ひよこが
100羽はいりました!

私が日本滞在中に訪れた、
Mさんご夫婦からのメールが、
良く雰囲気を醸し出しているので
掲載させていただきます!

松居友 さま
この時間、みんなは眠りについていて、
星が強く輝いているころですね。
今、マウント・アポは、しっかりと目を見開いて、
ミンダナオ図書館全体を見つめている。

となりの土地の、
木からぶらさがったバナナも、
白い袋をかぶったまま、
すやすやと寝息をたてている。

音のでない足をもった、
アポの精霊が廊下を歩いてきて、
閉じられたドアをゆっくりと通りぬけて、
中で眠っている子供たちのひたいに手をあて、
アポの魂である気高き呪もんを描いていく。

そのとき、アポの魂と
眠っている子供の魂がひとつになる。
想いだしているといろいろ想像して、
ミンダナオ図書館が、
映画を見ているみたいに見えてきます。


pu27
読み語り活動を再開、
マノボ族の村ルモットで


入学手続きも終わり、学校も始まり、
新しい生活に戸惑っていた子どもたちも、
日常に慣れ、
笑顔がこぼれるようになった。

子どもたちの生活も、落ち着いてきたところで、
新しい奨学生が中心になり、
読み語り活動を開始した。
彼らにとっては、初めての経験!

先輩の指導で、
絵本の持ち方、読み語りの仕方などを習い、
物語を覚えていく。

ミンダナオでは、言語が多様で、
今回は、マノボ族の村なので、
マノボ族の子たちが中心になり、主要言語はマノボ語。
読むと言うより、
英語やタガログ語の絵本の内容を覚えて
独自に語るという方法を採る。

イスラムやクリスチャンの子も読み語りをするが、
そのときは、共通語のタガログか、
まだ学校に行っていない小さい子たちの場合は、
タガログ語も解らないので、マノボの子が通訳になる。

昼食は、たいがい現地でとるので、
朝早くからお弁当作り。
バナナの葉にご飯を盛って、
鶏肉の煮込み(佃煮状)をのせたイスラム料理、
パステルをみんなで作る。

男の子たちは、
支援用の古着を車の屋根に積み込む。
山地なので、バンは使えない。
二台の4WDチェロキージープとスズキのノマド、
現地車のタマラウ(2WD)に乗れるだけのる。

荷台にも乗り込み、5人乗りに12人は乗り込む。
10人乗りのタマラウには、
20名近くが詰めこまれる。
スタッフも交えると40人ぐらいが分乗。
2019年には、禁止になった!

中古でも良いから、4WDのトラックが欲しい。
そうすれば全員が読み語りに参加できるし、
絵本のボックスや古着、
難民キャンプへの米やシートの支援も、
お金を出して現地のトラックを借りずにすむ。

水田で収穫された米の移送もできる。
120万円ほどで中古が手に入るようなのだが。
下は、後に台湾赤十字社から寄贈された4WD!

北海道時代から使っている私のノマドは、
腐りがひどく、ショックアブソーバーが、
バンパーを突き破って飛び出すなど、
たびたびひどい故障をする状態。
(自分の姿を見ているような気がする)


pu28
ラワンの巨木もある
アポ山ろく


現地は、ラワンの巨木もあるアポ山ろく。
ほとんど家らしい家もないのに、
どこからともなく、
たくさんのマノボ族の子どもが集まってきた!


いよいよ読み語りの開始!
フィリピンらしく、
みんなで踊ったり歌ったり。
とにかく楽しい時を過ごすことが大事!

奨学生と現地の子どもたちの
心のふれあいを重視することが優先で、
読み語り方法など
しかつめらしいことはあまり言わない。

今回は、ほとんどの子たちが、
初めての読み語り体験だった!
楽しんでいるように見えるけれど、
かなり緊張しているのも確か。
でも、初めてにしてはとっても上手だ!

すでに、経験のある大学生もいるが、
高校生(日本の中学生)が中心。
小学生も、照れながらも上手に話す。

昔話など、家庭のなかで
お話(語り)が生きている世界なので、
読み語りに対する抵抗もなく、
子どもたちは、実に自然に取り組んでいく。

日常生活そのものが、語りの世界なので、
聞く方もかなりの集中力があり、
日本の子たちとの違いが、明白にわかる瞬間!
ぼくも、ミンダナオに来て初めて、
お話が本当に生きている社会を知った!


pu29
お話が生きている
社会とは?


お話が生きている社会とは?
子どもも大人も、
愛や友情が心に豊かで、
生きる力がたくましく、

山や海や森や里や家にもどでも、
妖精や妖怪やお化けや天使が
住んでいると思っている社会!

まるで、MCLの子たちのように!
フィリピンの青少年の自殺率はアジアで最低!

時期を見て、日本の
自殺や引きこもりの多い青少年も視野に入れ、
それなりの図書館作りに、
踏み込まなければならないだろう!


pu30
お話の後に
ココアのおかゆ!


お話の後に、ココアのお粥が
デイケアセンターから支給された。
薄いおかゆにココアを混ぜたものが、
コップに一杯与えられるだけだけれど、
砂糖も買えない家族にとっては、おおごちそう!

三食たべられないこの地の子どもたちには、
貴重な栄養補給になる。
興味深いのは、お姉さんが妹や弟に、
自分の分を食べさせている姿が多いこと。

貧しい家庭であればあるほど、少ないものを
皆で分け合って食べる習慣が身についている!
与えているお姉さんにとっても、
どんなにか自分一人で食べたいことか、
様子を見ればすぐにわかる。けなげだ!

その後、
皆さんから送られてきた古着を渡した。
今回は、私たちが来るというので、
親が良い服を着せてきたが、
家はボロボロの小屋で普段は裸に近い姿。

それでも、
すでに5年間も支援してきている所なので、
人々の様子もずいぶん明るくなった。
下は、古着をもらって大喜びの子どもたち!

読み聞かせが終わって、待望の昼食。
下の写真の奨学生たちは皆、
この地の子と同じような、あるいは、
もっと酷い貧困家庭から来た子たちだ。

今は学校にも行けて、
皆さんから支援された古着も着て、
そのうえ初めてのボランティア活動で大満足。
一皮むけて大人になった?

「ミンダナオ子ども図書館のスカラシップは、
ただ支援してもらうだけの存在ではなく、
自ら貧しい子どもたちのために活動している!」
と言う誇りが感じられる。

満足そうな彼らの表情を見るのは、
本当にうれしい。
パステルは皆、手で食べる、私も。


pu31
熱湯がわき出ている
温泉が!


ここからさほど遠くないところに、
3000m弱の高峰、アポ山の裏の登山口があり、
その近くに、熱泉がわき出ている温泉があり、
マノボ族の聖地になっている。

ミンダナオの原住民たちにとっては、
ことのほか神聖な場所で、
この地にまつわる伝説も多く、
たくさんの妖精や妖怪や死者が集まる場所!

MCLに住んでいる子たちは、
マノボ族、バゴボ族、ビラーン族など
原住民の血を受け継いでいる子が多いので、
この地のことも伝説で聞いて知っている。

驚くべき事は、
ミンダナオのこの地からは、
遙か遠くから来たバゴボ族の青年に、
この温泉の話をして、
名前を言ったとたんに顔が青くなり、

「お祖父さんが、昔話で語ってくれた場所だ!
お祖父さんの話だと、
そこに行って帰ってきた者は一人もいない!
人の入れない、妖精たちの住む聖地だから!」

MCLのマノボ族の子どもや若者たちも、
話で聞いたことはあっても、訪れたことがない。
そこで、今回は時間が余ったので、
「行こう!」
「わーーーーーぃ!」

ものすごい熱泉にビックリ。
ここは手つかずのジャングルで、
まさに妖精のいる場所だ!
祈りの儀式も行われている。

この熱泉からお湯を引き、水を加えた素朴な温泉がある。
「パパ友!入ってもいい?温泉に!」
「でも、水着も着替えもないけど・・・」
「大丈夫、服のままはいるから。」
「ぬれたまま帰っても良ければいいよ!」
「やったーーーー」
あっと言う間に、大半が飛び込んだ。

僕もたまに入る温泉だが、
実に効能あらたかで、
帰るとぐっすり眠り疲れがどっと流れさる。
聖地だけあって、人々が傷を癒しにきたりする。

ここの泥を塗る療法がはやってきたようだ。
それを見て、
泥パックをし始めた子もいる。
とにかく心身ともに充実した楽しい一日だった。


pu32
プロックエイトの
マノボの子たちの
小学校へ!


ここは、たびたび登場する
プロックエイトの村の
マノボの子たちが行っている小学校。

この村の全員40名ほどが、
皆さんのスカラシップを受けています。
村自体は貧困を絵に描いたようで、
この地を訪れた訪問者の方々は、驚かれると同時に、
明るく遊ぶ子どもたちが大好きになる。

ちょうど休み時間で、
子どもたちは遊んでいた。
遊び道具はないけれども、
いろいろな遊を知っている!

スタッフは、学校の先生に
プロジェクト代などの経費を計算してもらって、
皆さんから預かった支援金を渡す。
一人一人全て子ども別の領収書を発行して
明瞭に会計をこなす。

また、写真下の米袋は、
昼食を持ってこられない子どもたちのために
購入した米(食料補給支援!)
MCLの里親奨学金を使って購入している。
購入先はNFA(国家食料組合)から
市価より安く手に入れている。

下の写真は、プロックエイト村から仕事が無い
(日雇いのため常に仕事があるわけではない)
お父さん二人が、子どもたちの昼食を、
ボランティアで作っているところ。

昼食と言っても、こちらでは
米が食べられれば贅沢なぐらいで、
副食の野菜汁は、村の父親たちが育て
管理している畑から採ってきたもの。

下は、今年から初めて学校に通う子どもたち。
13名いるが、まだ支援者が決まっていない。
小学1年生と2年生。



pu33
マノボ族の村
トガウで読み語り


マノボの聖地と言われるトガウで読み語りをした。
一軒だけ、比較的良い家があり、
その中で読み語りをしたが、
2時間も山道を入る貧しい地域だ。

滋賀県マキノの民話を題材にした紙芝居を、
イスラム教徒の若者ダニー君が、
マノボ族の子どもたちに語っている。
非常に語りも上手で子どもたちも大喜び!

下の写真は、語りの後に、
皆さんから送られてきた
古着を渡しているところ。

読み聞かせがあるというので、
それなりの格好をしてきているが、
多くの子どもたちが、
ふだんは裸同然だ。

そこからさらに奥の行き詰まりの村、
ボアイボアイ部落にも行き、
読み語りのスケジュールをたてた。

この地域は、
骨折した女の子を救済した村。

非常に貧しく、子どもたちは、
昼食の弁当を学校に持参できずに、
ほとんどの子が休学したまま。
来年は、この村の子たちを支援する予定。

この子たちの通う地域の高校といっても、
村から徒歩で2時間ぐらいかかるが、
なんとUSAID(アメリカ政府支援)で
無線使用のコンピューターが入った。
こんな山の奥にとビックリした。

しかし、そのためにコンピューター使用料が
プロジェクト代として加算された。
月額200円ぐらいだが、
貧しい人々にとっては、大変な金額!
学校をあきらめざるをえず、
教育格差がますます広がっていく。

マノボ族の多いこの地域で、
中高学校に通ている子は5パーセントに満たない。
後の95パーセントは、移民系の子どもたち。
ここには私たちのスカラーが二人おり、
授業料を納める際に先生からうかがった話。

貧しいものはますます貧しく、
社会から切り捨てられていく
構図がここにもあった。

今朝、MCLでラジオを聞いていると、
政府軍がこの村の一軒一軒を反政府ゲリラが、
潜んでいると言う容疑で家宅捜査をした、
というニュースが入った。

私たちは、この村と関わっているので、
ニュースには動じないが、

小学校を卒業するだけでも大変で、
中高校生は一人もいないが、
日本からの支援で、極貧のこの村から、
反政府ゲリラにならなくても、
平和を考えられるような学生を送り出したい。


pu34
福岡から、
幼稚園の先生方が
研修旅行で来られた


福岡の行橋から8名の幼稚園の先生方が、
山元神父さんに引率されて研修に来られた。
8名のうち、何と6名が初めての海外旅行!

初の海外旅行にミンダナオというのは興味深い。
他の海外旅行とは全然違うだろうから。
しかも目的地の一つは、イスラム地域のピキット。
最初のパイロット保育所を建設したプランギ村。

そして、高地のマノボ族の村の保育所を訪問。
ミンダナオ子ども図書館でなければ、
決してアレンジできない場所だ!

マニラまで迎えに行ったが
さすがに緊張の様子。
表情のこわばった?若い先生方を見て、
「この子たちだいじょうぶ?」私の方が緊張した。

到着して、まずは市場へ。
そこで、寝袋にもなるイスラムのマロンを購入!

マロンは、衣装として、
女性も男性も着て外を歩けるし、

夜は、そのなかで寝ることも出来る!
本当に、役に立つ着物。

訪問者が来ると、料理担当のスタッフと、
市場に買い出しに行く!
行くときには、車のこともあるけれど、できれば
こちらのオートバイに接続した公共乗りものの
トライシクルに乗って出発!


pu35
ミンダナオの市場体験

ミンダナオの市場には
庶民の生活の香りがして、
ミンダナオの生活の生きた雰囲気がする!

子どもたちも、
お母さんを手伝ってお仕事!
「ねえ!かってちょうだーーい!」
「美味しいよ!」

仕事場に子どもが一緒にいるのは、
市場でも、銀行や役所でもあたりまえ!
役所で順番を待っていると、子どもが
駆け込んできて職員が声をかけたのにビックリ!
「ほら、お母ちゃんあっちにいるよ!」
「着がえさせてもらったら、横で寝てなさい!」

それを見習って、MCLでは、
スタッフが仕事をしている部屋で、
赤ちゃんをあやしながら仕事をしても、
子どもが入ってきても良し!
「これ、わたしがお家で育てたカボチャなの!」

ミンダナオの総菜は、本当に豊かだ!
下の写真は手前から、
ショウガ、ニンニク小さなタマネギ、赤ピーマン、
向こうには小さなトマト、上にはコショウや香草!
これらを小さく切って炒めてラマス下味を作る!

料理が、香りも味も奥深く美味しいのは、
下味のすごさから来ることが、市場でわかる!
そして、新鮮な魚が豊富!
どでかい南洋マグロも切り身で売っているので、
わずかに酢をかけて刺身で食べる!

肉も,その場で解体して切った、
ニワトリや豚や牛の肉!
生きたニワトリも売っているよ!

急に元気になった先生方を見て、
スタッフも私たちもホッとした。
「料理が美味しいわけが、わかったわ!
どこで食べても、生活の生きた香りと味がする!
日本は、今はどこでもコンビニ味・・・」

その後は、先生方の心は
どんどん解放されて、
帰るときにはすっかり
「失った何かをとりもどしたような気持ち!」

「日本に行きたくないなあ!」
「また、必ず帰ってくるからね!」と、
どちらが故郷かわからないような、
言葉と涙を残して、もどっていかれた。

年配の訪問者が必ず言う言葉が、
「私が子どもだった頃の日本も、こうでした!」


pu36
まずは足慣らしに、
高地マノボの村
を訪ねた


到着翌日は、まずは足慣らしに高地マノボの村、
ウオーターフォールを訪ねた。
結構な山道で、
途中で一台車が登れなくなり最後は徒歩で!

良くあることなので私たちは驚かないが、
皆さんビックリ。しかし、滝は美しい!
まずは、マノボの子どもたちとの出会い。

写真は、園長の山元眞神父さん(再訪)

下は、主任の品川忍先生。
さすがに日常、子どもとつきあっているだけに、
とけ込み方がとっても上手だ。
あっと言う間に、子どもとの距離が縮まっていく。

といっても素朴で
人なつっこいマノボの子たちが、
素直に心を開いて受け入れてくれた?

ひとしきり、
子どもたちと遊んだ後に、

いよいよ読み語りが始まった。
美しい滝の見える側での読み語り。

下の写真で、読み語りをしているのは、
奨学生のアロナ・アモールさん。
彼女はこの村の出身。
マノボ語で読み語りをした。

この後、皆で彼女の家を訪ねたが、
18歳の兄は、足も腰も首も曲がっていて、
生まれながらのポリオでこちらを見ていない子。
10歳の弟は多少軽度だがやはりポリオだ。

アロナ・アモールは、アモール=愛という
その名が示すように本当によい子。
彼女が、一家の心の支えだ。
体の曲がった兄をさすりながら、
しきりに「ここが痛いのよ!」と私にいう。

出来れば、治療して欲しいという事だろうが、
18歳で自分で体も動かせない、
一見、肉の塊にしか見えない子を、
どのように治療したら良いのだろう。

兄も、声をふりしぼりながら泣く。
アロナが居ないと寂しいという。
アロナもワッと泣き出す。
私ももらい涙だ。
周りで見ている奨学生たちが、哀れだと言う!
彼らの家庭も別の意味で大変なのだが・・・。

私は、「なんて愛のある家庭なのだろう。
少し愛を分けてもらいたいぐらいだね」と答える。
アロナと彼女の家族が喜ぶと思い、
山元神父さんに「祝福してあげてください!」
そのときの様子を、山元神父さまは、
カトリック新聞の記事にこう書いていらしゃいます!


pu37
カトリック新聞より!
山元眞神父執筆

狭い戸口から入ると、そこには、
家の土間に座り込んだ二人の子どもがいた。
子どもといっても一人は十八歳。細い腕と足。
小さな体。頭は普通の大きさ。
体はひねったような状態で
土間に座りこんで下を向いている。

もう一人は十歳くらいだろうか。
その子も土間に座りこんでいる。
その子は大きな目を輝かせて、
部屋に入って来たわたしたちに歌を聞かせてくれた。
細い細い棒を定規のようにして、
絵を描いてみせてくれた。
しっかりした線で車の絵を描いている。
(白黒写真は、ご本人が撮影!)

フィリッピン、ミンダナオ島の奥地にある村を訪ねた。
読み聞かせに行く子どもたちに同行した。
四輪駆動の車でやっと行けるような山村。
その村に、日本から奨学金を受けて
学校に行っている子どもがいる。
その兄弟想いの女の子の家に、
寄ったときの様子がそうだった。

イエスは町や村を巡って教えながら、
エルサレムへ向かって進んでおられた。すると、
「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」
と言う人がいた。イエスは一同に言われた。
「狭い戸口から入るように努めなさい…。」

極貧の村。貧しくされた人たち。難病に悩む家族。
とても救われているとはいえない状況。
これ以上に不幸で残酷な所はないと思えるほどの家。
しかし、狭い戸口から入ると、
そこには救われた者の姿があった。
兄想い、弟想いの女の子の名はアモール。

「愛」という名。
静かに涙を流しながら、
兄弟の状態を説明している彼女からは、
えもしれない暖かさが溢れ出ていた。
この家族は、この女の子の愛で、
救われているのだと思った。

家の中は一緒に訪れた子どもたちでいっぱい。
一人の子が座る場所を譲ってくれた。
弟の真ん前。
わたしの目を見つめながら歌を聞かせてくれた。
家に入りきれなかった他の子どもたちが窓から、
入口からのぞき込む。
その子たちの温かいまなざしが、
その家をいっそう温かくする。

ここはまさに救われた者の場だと思った。
何もできない自分勝手で無責任な想い。
苦しんでいる人たちに何もできない自分。
救われている人はこの家族とそれを取り囲む人たち。
救われてないのはむしろ自分だと思った。

イエスの名による祝福。これしか与えられなかったが…。
この場合、祝福は与えるものではなく、
あなたは神から祝福されていますよ、
という宣言にすぎないと思った。
そして、その祝福された人に触れるとき、
わたしもまた、その祝福に包んでいただくのだと気づかされた。
 (中略)
狭い戸口から入って、そして見たもの。
それは愛から溢れ出る涙だった。


pu38
マノボ族の村での
読み語りが続く


ミンダナオ子ども図書館では、必ず
イスラム教徒、先住民族、
移民系クリスチャンの歌を披露する。
写真は、マノボ族の子たちの前で絵本を語る
イスラム教徒の奨学生。
彼らも、本当にうれしそうだ。

今回はさらに日本人グループが加わった。
下は日本民族?の福岡の幼稚園の先生たちが、
「むすんでひらいて」をしているところ。
これは、大受けに受けたものの一つ。

さらに、極めつけは、
山元神父の甥御さんによる、大道芸だった。
パントマイムもこなし大喝采!
プロに近い技に、魔法だと思った子たちもいた。

日本的価値観を捨てきれずに、
上から目線で原住民を観察しに来る訪問者を、
地元の子たちは、あまり受け入れないが、
このように無心にとけ込む人々に、
子どもたちは、すぐに心を開いて飛びついてくる。


pu39
いよいよ最大の目的地、
イスラム地域の
保育所開所式へ


まずは、ピキット市長を表敬訪問。
写真は、左からおなじみDSWDのグレイスさん、
市長夫人、市長、山元神父、DSWD所長。
皆さん、とても温かい人々。

保育所の先生方もいっしょに、写真を撮った。
普通ではとても入れない場所だが、
今回は日本から賓客も来ているので、
市長が6名の軍の兵士を護衛に出してガード。
現地に到達した。
そんなに危険とは思えないのだが・・・・

新しいパイロット保育所が出来た!
それにしても、住民も子どもも賓客も、
あまり楽しいので、
兵士まで笑顔でとけ込んでしまっていた。

下は、新築された保育所!
MCLを絶えず支援し、去年ガンで亡くなられた
溝田美恵子さんが、
行橋カトリック教会の方々と寄贈され、
名前も入っている。

内部の様子。
椅子と机もそろった。
亡くなられた美恵子さんは、
生前から幼稚園を作るのが夢だったから、
不思議なことにミンダナオでかなったわけだ。

同時にこの村から、
溝田美恵子さんの支援で、
大学生の奨学生を一人採用した。

父親は亡く、お母さんだけで、非常に貧しく、
下のように椰子の葉で、
屋根を葺くものを作り生活している。
一つ1ペソ(2円にもならない)。
息子さんが大学に行けるようになったのを、
涙を目に浮かべて喜ばれていた。

山元眞神父さんも支援しているイスラム教徒、
サダム君と再会。
下の写真、右端がサダム君。
左も今年新たに奨学生になった若者。

このような出会いを通して、
イスラム教徒で、
ほとんど外人に会ったことのない彼らも、
何かを感じ取るのではないだろうか。

その後、サダム君は、大学を卒業して
現在は、結婚して、
MCLのスタッフとして働いています。
二人の子のお父さん!



pu40
滞在5日目
マノボ族の山に一泊


背の高いラワンの茂るジャングルに近いが、
ミンダナオ子ども図書館の役員の一人で、
保育所の先生をしながら、
マノボ族のために、献身的に生きていらっしゃる、
ビックビックさんの家に行った。

この家は、写真でも紹介された場所だ。
(ポプラ社:世界の国々『フィリピン』下の写真)
ビックビックさんの保育所と黄色い服が当人。

周囲に他の家が、一軒も見えない山の中の家。
もちろん電気も無く、蛍が飛んでいる。
家も小さいので、皆、床にゴザを敷いてねる。
食事も薪で作り、まるでキャンプみたい。

しかし、翌日外へ出て
さわやかさにビックリ!
ラジオ体操後、朝食が済んでさっそく保育所へ。

その楽しかったことと言ったら!
上の写真は、こちら流の
「後ろの正面だーれ」をしているところ。

さすがに現役の先生方で
子どもの扱いも見事だ。
下は、「とうりゃんせ」をしているところ。

もちろん、日本語で歌っている。
それでも、子どもたちはもう夢中だ。

さらに極めつけは、「花いちもんめ」
「あの子じゃわからん」と言いながら、
アッッカンベーをすると、
子どもたちは、それこそ大喜びだ。
このような日本の伝統的な遊びは、
こちらでも、そのまま子どもに受ける。

部屋に入っても、「おおきなかぶ」を演じたり。
一人一人パーフォーマンスが出たりと、
とどまる所を知らない・・・
こちらの保育所は、プレスクールと言って、
一日二時間ぐらい集まって、
小学校に入学するための単語の学習が中心。

子どもを預かる日本の保育とは異なるけれど、
それだけに、ビックビックさんなどの
保育者にとっては、新鮮な驚き。
保育所で遊ばなくっても、
子どもたちはいつも友だち同士で、
野山をかけめぐって遊んでいる!

マノボの子たちは、
日常がのびのびと解放されているだけに、
せめて保育所では、学習に集中が求められ、
日本の子たちは、日常が解放されていないから?
保育所では、のびのびすることが求められる?

入所して3ヶ月にならない先生3人に対して、
古株の先生方が、
「あんな事も出来たのゼーンゼン知らなかった!」
新しい先生方も、
「あの先生、あんなとこがあったなんて、ビックリ!」
どうやら先生方の相互交流が出来たようだ。
先生方が、マノボの子たちに心を開いてもらった?


pu41
そして別れの日


お別れパーティーを開いたが、
その前からすでに、
先生も子どもたちも、涙涙・・・


ここでも、先生方は大ハッスル。
山元神父の炭坑節まで加わって、
ミンダナオの夜は、更けることを知らない。

フィリピンの神父とあまりにも違う神父像?に、
若者たちは大はしゃぎ。
親のいない子も多いので、
「お父さん、お父さん」と言って離さない。

劇団四季に勝るとも劣らない?
心のこもった「おおきなかぶ」の演技。

ミンダナオ子ども図書館の若者たちは、
この話を絵本で知っているので、
今後は読み語りの現場でやるだろう。

それと、「むすんでひらいて」は、
現地語に訳して定着させようと思っている。

最後は、笑いと涙の中で。
「必ず、必ず、もどってきてね・・・・・・!」


pu42
保育所の開所式の映像!
イスラムの湿原
ナブンダスの保育所
映像を 見たい方は ここをクリック

 
外国人が、決して入れないといわれていた、
イスラム反政府勢力の跋扈する、
東南アジア最大の湿原、リグアサン湿原。
感動的な失言地帯を舟で行く。
世界最大の8メートルのワニもいるという。
拙著『サダムとせかいいち大きなワニ』
(今人社)舞台

映像を 見たい方は ここをクリック

小雀幼稚園寄贈
マキララ山の保育所

映像を 見たい方は ここをクリック 
先住民とクリスチャンが混ざった山岳地域。
この地域は、政府軍と新人民軍との戦争が
起こっていて、入ることができなかった。
しかし、戦争が終わり人々とつながりをもち、
保育所も建設をはじめた。

映像を 見たい方は ここをクリック 




クレジットカードによる寄付が可能になりました!
サイトは保護されています、
個人情報が流出することはありません!


スカラシップの一括支払いも可能です!

毎回振込後に、宮木梓からお礼のメールとが届きます!
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一年間、小学校42000円、中高60000円、大学72000円

卒業後も支援額を変更して継続、別の子を紹介希望、終了希望は、
通信欄かメールで宮木梓宛に、寄付の内容や要望をお書きいただければ、
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メールが難しい方は、日本事務局に携帯かお電話で対応いたします。
 
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銀行名 
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019  預金種目 当座
店名:
〇一九店ゼロイチキユウ店
口座番号 
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口座名:
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領収書等が必要な方は、宮木梓までご連絡ください。
現地日本人スタッフ宮木 梓  mclmindanao@gmail.com
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地震避難民の救済と読み語り
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戦争と平和
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