国際交友の記録:
2017年 



訪問者の白鳥くんと
中嶋さんご一家の
ミンダナオ体験
 
白鳥くんのお母様が
支援して下さっている子の実家を訪ねた。
中嶋さんご一家も、いっしょに・・・。
白鳥くんも、早い時期に父親を失っているだけに、
本当に相手の気持ちを
思いやっているようすが良くわかる。
支援している子は、
お母さんが殺され、お父さんもいなくなり、
不幸な境遇に陥って、
今はMCLに住んでいる少女。
お祖父さんとお会いして、その希望もあり、
また兄弟姉妹がいた方が寂しくないので、
末の男の子もMCLに住んで
学校に通うことに決めた。


少女の語ってくれた身の上話。

私の名前は・・・だけど、
みんなにはデンデンって呼ばれています。
14 歳だけど、まだ小学4 年生です。
出身はプレジデント・ロハスの
グリーンヒルズにある、
プロック・オッチョという村です。
私には、お父さんとお母さんがいません。
物心ついたときには、
おじいさんとおばあさんに育てられていました。
お父さんとお母さんの顔も覚えていないし、
写真もありません。
私が4 歳の時に2人はいなくなりました。
どうしていなくなったのか、なにも覚えていません。
でも、村の人や友達や、祖父母は
事情を知っているみたいです。
お父さんがお母さんに嫉妬して、
ナイフで刺殺して、逃げて、
そのまま戻ってこないらしいです。
お母さんがお父さんに刺された時、
私はお母さんを守りたくて
お母さんに抱き付いていたというけれど、
なにも思い出せません。
私がとても怖がりなのは、
その時の経験が原因だそうです。
私の家は、とても貧しいです。
おじいちゃんとおばあちゃんは箒を作って
売りに行ったり、お米のもみ殻を飛ばす
仕事をしてお金を稼ぎます。
でも、おばあちゃんは
病気がちであまり働けません。

私には、13 歳で小学3 年生の弟がいますが、
お金がなくて、学校に行けないことも
多かったので、学年が遅れています。
朝ごはんは食べません。
お昼と夜は、バナナと小さくて
塩辛い干し魚を食べます。
バナナの代わりに、キャッサバ芋や
里芋を食べる日もあります。
お米やトウモロコシご飯は、
ときどきしか食べられません。
鶏を絞めたお祝いの日は、
鶏のしょう油煮が食べられるからうれしいです。
私の一番好きなおかずです。
ご飯がないと、学校に行くのがつらいです。
お米がないからお弁当を持って行けないし、
朝ごはんもちゃんと食べられないから、
歩いて学校に行くだけで疲れてしまいます。
進級できないで、学年が遅れていっても
あきらめないで学校に行っていたのは、
貧しくても学校を卒業したいからです。
できれば大学を卒業して、
小学校の先生になりたいです。
私が大学を卒業できるころには
25 歳になっているはずだけど、
それまでは結婚しないで勉強します。
高校生になって、好きな人に
「I love you」って言われても、勉強を選びます。
…たぶん。学校を卒業するまでは
MCL の寮でがんばりたいけど、
卒業したら故郷に帰って、
そこの小学校で教えて、結婚したいな。
私の家族は祖父母、弟、みんな仲良しなんですよ。
ほとんど毎週教会に行って、
神様に家族のことをお祈りしています。
つらいこともあったけど、
MCL に来て友達がたくさんできました。
友達と励まし合って、夢を叶えたいです。



















翌日は、中嶋さん一家といっしょに、
お父さんが病気で最近亡くなった
ジュノくんの村へ行った。
お母さんも亡くなっていて、
小さな弟がたった一人で
残されているのを知って、
放っておけずに・・・。

ジャングルの中を抜け、
川を車で渡り3時間。
村に着くと、ジュノくんの弟は、
さらにそこから先の奥の村に
いることがわかった。
その村からも、
ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちを採っていて、
MCLに住んでいる子たちが、
これから夏休みになるので、
いっしょに向かった。
訪問者が良く泊まる、
キアタウ村の近く。
ご主人は、山の様子や
貧しいマノボ族の集落、
そしてそこで明るく遊びまわっている
子どもたちの様子を見て感動されていた。

村に着くと、
ジュノくんの末の弟が見つかった。
ご主人は、その子を見るなり、
自分の支援する奨学生に決めた。
水球のコーチもやっていらっしゃるご主人は、
映像の会社にも勤めていらっしゃって、
いつか彼を
日本に呼びたいとのこと。
ジュノくんの末の弟は、
小さいながらも天才的に、
民族楽器と踊りが上手。
いつか、日本にも公演で行く日が来るだろう。
ジュノくん兄弟は、全部で4人。
今はMCLに住んでいる。
お別れ会の映像で、
ギターを弾いて歌っているのが
お兄ちゃんのジュノくん。
そして、踊っている3人の少年が、
彼の兄弟たちです。

 わたし、
お別れ会で泣いた

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中嶋舞子さまは、今人社の編集長で
私の絵本を編集してくださった方。













 日系人で
マノボ族の家族に会いに、
ウオーターフォール村
に行った
 
日系人の家族には、残念ながら、
お目にかかれなかったけれど、
滝で遊んだ。
ここは、よく
ミンダナオ子ども図書館の子どもたちと
読み語りをしたり、遊びに来るところ。
子どもたちは、
滝壺に飛びこんで泳いで遊ぶ。
アポ山への登山口でもあって、
この集落のマノボ族のMCLの奨学生の
お父さんたちが、山を案内してくれる。
アポ山は、3000m弱で、
フィリピンで一番高い聖なる山。
たくさんの妖精たちが住んでいる。











 中嶋さんご一家の
お別れ会
 
 わたし、
お別れ会で泣いた

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4年生と
4歳の娘さんといっしょに、
ミンダナオ子ども図書館にこられた
中嶋さんご一家。
サンタマリアの海にいき、
漁村の子どもたちと遊んだり。

ミンダナオ子ども図書館につくと、
言葉が通じない子どもたちと、
あっという間に仲良しに!

支援している子にあったり、
貧しいマノボ族の子たちのいる、
山の村に行って、
支援する子を探したりして、
あっという間の一週間だった。
そして、帰る時には、泣いて泣いて・・・

「あなたたちは、わたしの
大事な大事な、お友だち!
言葉が通じなかったのに、
あっというまに、心が通じて、
お友だちになれたのには、びっくり!
ぜったいに、ぜったいに、
何度も何度も、もどってくるからね!」
こうした子どもたちの姿を見るにつけて、
日本と現地の子どもたちのために、
次の段階のMCLを
作っていくことで、
ぼくも体験した
生きる上での大切なことを、
少しでも体験してもらい、
伝えていかなければと思った。

言葉が通じるのに、
なぜか、心がなかなか通じにくい日本と、
言葉が通じないのに、
あっというまに心が通じて、
友情と愛に包まれる
ミンダナオ子ども図書館の子どもたちとの
違いはどこに?
かつて日本でも生きていた、
こうした心を取り戻すには、
どうしたら良いのかを、
若い世代に希望を託して
考えていかなくっちゃ。

中嶋さんは、私の絵本を出版してくださった
今人社の編集長。
最初の作品は、『サンパギータのくびかざり』
次作の絵本『サダムとおおきなワニ』
そしてその次のマノボ族の
『みんなでいっしょに川で洗濯』の絵本、
そして新刊の執筆もがんばりますよ。
次代をになう、子どもたち、若者たち、
(寂しい中高年の方々)のためにも!
ミンダナオ子ども図書館の子どもたちは、
本当に絵本の楽しさを知って、
それを生かして楽しく遊び、
友情と愛の生活している。

















中嶋舞子さまは、今人社の編集長で
私の絵本を編集してくださった方。
下の写真をクリックして、
購入サイトに入れます。

 

  
キアタオの子どもたち
訪問者の方が
マノボ族の村、キアタオを
訪ねたときの様子です。

泊めていただいた
お家で記念撮影。
どうもありがとうございました。
 

 キアタウでの収穫祭
文化人類学者の
増田氏と
ソクソク ト カマガ


明けましておめでとうございます。
現地スタッフの宮木 梓です。
1月4日に、
マノボ族のキアタオ村で
「ソクソク ト カマガ」
(焼き畑を始める前に
道具を準備して豊作を祈る儀式) 
がありました。
 

儀式の時に
おかずになる豚

昔は猪を狩りに
行ったそうです。

男の人たちが
豚を料理しています。

儀式の始まりです。
まず、バナナの葉の上に
ご飯をのせます。
 
ダト(首長)たちが
集まってきました。

マノボ族のダトたち
 
その上に、
先ほど殺した豚で作った
おかずをのせます。

それから、
それぞれが家で研いで
きれいにしてきた焼き畑で使うナタを、
ご飯にさしていきます。
 
そして、神様に
豊作や、
畑を焼く前の
草刈りから、種まき、
収穫までの安全を祈ります。

お祈りの後、
自分のナタに乗ったご飯を
お皿に載せていただきます。

ナタにご飯が
たくさん載っていると、
豊作だそうです。

集まってきた人みんなで、
ご飯を分け合って
いただきます。

余った分は、
バナナの葉に
包んで持ち帰り、
家族の人に
お土産にします。

ご飯の後の
コーヒーの時間。
今年の畑が
豊作になります様に。
ミンダナオ子ども図書館の
マノボ祭でも祝います
先住民の結婚式

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以下のテレビ東京で
放映された番組の舞台も
キアタウ村で
収穫祭の場面もあります

なぜここに日本人
マノボ族の首長になった
日本人

 
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カラパニット保育所
保育所を支援してくだった方と
先住民の僻村を
訪問して宿泊も!


こんにちは。
現地スタッフの宮木 梓です。
アラカン地区カラパニット集落へ
保育所を贈って下さった方が、
村を訪ねました(6月15~16日)。


















 

 
カラパニット集落の
子どもたち
この集落のすぐ下に
キアタウ村があり
訪問者は泊まれますよ。










日本からお母さんと来られた
小学生の娘さん二人と
友さんのアメリカの娘の里さん
みんな一緒に
読み語りと炊き出し

(ウォーターフォールス村へ)

こんにちは。
現地スタッフの宮木 梓です。
8月4日(土)
大きな滝のある
マノボ族の村、ウォーターフォールスで

読み語りと
甘いお粥の
炊き出しをしました。
読み語りの後、
MCLの奨学生たちは
滝つぼで泳ぎました。
日本からこられた
お母さんと
二人の小学生の娘さん

そして、友さんの
アメリカから来た娘さんも、
参加して下さいました。
(2018年8月5日)




お昼ご飯
 
雨が降って寒かったけど、
楽しかった!


チャンポラード
(ココア味のお粥)の
炊き出し




また、遊びにおいでね!
 


















  6年生の教室より
訪問者は、子どもたちの通っている
学校に行くと皆で大歓迎
教室の中にまでどうぞどうぞ


こんにちは。
現地スタッフの宮木 梓です。
MCLに暮らす奨学生の通う、
マノンゴル小学校の
6年生の授業を
見学させてもらいました。
  
 








休み時間は、

おやつを買うのが
楽しみ!


ひとつ、2ペソ~3ペソ
学校のなかに、
お店が出来る。
なんとも、自由で楽しそう!
日本では、考えられない。
子どもたちの笑顔も素敵。

日本の子どもたちが
フィリピンの学校を見て
「わたし、
こっちの学校が良い!」
と、叫ぶのも良くわかる。

JICAの方が
わたし(松居友)の耳元で
囁かれた言葉が
どうしても、忘れられない。
「日本の教育は優れている
という、理念で、
JICAから南米の国に
中高年の海外協力隊を
学校教育支援目的で
派遣したら
1週間も経たないで
『来なくってもいい』って
追い返されたんですよ。」

学校のなかにも入れて
教室の入り口に立つと
子どもたちが
いっせいに手を振って
先生が、言います。
「どうぞ、中にお入りください」


このクラスには
 
MCLの子どもたちが

9人います。





手を挙げて、
発表する奨学生。
みんな、
がんばっていました。




訪問者の方と一緒に
 
奨学金のご支援、
どうもありがとうございます。
  
星飾りコンテスト

こんにちは。
現地スタッフの宮木 梓です。
MCLでは、日曜日の午後に
部屋別対抗
クリスマスの星飾りコンテストが
開催されました。
(12月4日)

星飾りは、全て
竹や椰子の葉、


唐辛子やペットボトル
などで作られました。
 
Room1~Room12まで、
パフォーマンスと共に


自分たちの星飾りを
紹介します。


ダンスあり、
ドラマ仕立てありの発表
  
優勝したのは、
男子寮のグループ


ストリートチルドレンの
男の子が

MCLの奨学生になる、
という劇をしました。










クリスマスまで、
あと20日!

 女子寮より 

こんにちは。
現地スタッフの宮木 梓です。
MCL女子寮に暮らす
奨学生たちの様子です。




















晩飯後…


今、私たちの間で
流行っていることは、

お習字です!



訪問者の方が、
習字セットをくれました。


どうもありがとう!

こちらは、男子寮。
Have a nice day !



日本の子ども、若者たちと
ミンダナオの子ども達

   

日本とフィリピンの自殺率 
   
ミンダナオに足を踏みいれて
最初の10年というものは、
度重なって戦争が起こるイスラム地域の情勢や、

平地を追われて山岳地域で
極貧の生活を送らざるを得ない
先住民などを目の当たりにして、

強い衝撃を受けると同時に、
日本では想像もできない状況のなかでも、
必死に生きようとしている
子どもたちの様子を目の当たりにして、
心身ともにミンダナオの子どもたちの
救済の事だけに熱中して活動してきた。


そのようなわけもあって、
支援者の方々いがいは、
ほとんど訪問者を受けいれずにきた。
ところが、テレビの番組『世界・なぜここに?日本人
停戦内線をくりかえす危険地帯で、
マノボ族の首長になった日本人』や、
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池上彰さんの『ジャパンプロジェクト』という番組で、
俳優のパックンが来られたりしてから、
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日本の若者たちから、訪問希望が入るようになった。
訪問してきた若者たちは、
ミンダナオ子ども図書館に来ると、
辛い過去を想像することもできない、
たくさんの子どもたちに囲まれて心底感動し、
帰る日には、ほとんどの若者たちが泣きだす。

聞くと、表向きは明るい若者たちであっても、
日本での生活が、
いかに孤独であるかが見えてきた。
虐めを受けたり、
引きこもりをくり返していたばかりではなく、
自殺未遂をした子も多い。
そこで調べてみたところ、
日本の青少年の自殺率は、
半端でないという事がわかってきた。
例えば、武蔵野大学、杏林大学兼任講師の
舞田敏彦氏の報告によると、
WHOの調べでは、十五歳から二十五歳の
青少年の自殺率は、日本が世界一だそうだ。

絶望の国日本は、世界一「若者自殺者」を量産している
舞田敏彦:武蔵野大学、杏林大学兼任講師
(http://president.jp/articles/-/17058)
15~25歳の自殺率は、
90年代以降ずっと上がり続けています。
しかもそれは、日本の特徴のようです。
以下の図をご覧ください。


日本の若者の自殺率は、
この20年間でトップにのしあっています。
欧米諸国は減少傾向にあるのに対し、
日本はその逆だからです。
お隣の韓国も、似たような傾向を呈しています。
「失われた20年」の困難は、
若年層に凝縮されてきたといってもよいでしょう。


これは、わたしが、有る専門家の方から
直接聞いた話だけれど、こうおっしゃっていた。
「統計では、あたかも韓国や他の国の方が
高いように出ていますけれど、
日本では、本当は自殺であっても
遺書や確証が得られないと『人身事故』と
報告されているものがかなりあり、
事故死は自殺に数えられないので、
若者だけではなく、中高年をふくめた
日本の自殺率は世界一かもしれませんね。」


若いころからぼくも、
何度か死の淵に立った経験がある人間だけれども、
日本から来る若者たちが、
ミンダナオの子どもたちに囲まれて、
ときには激しく泣きだす姿をみると、
とても放っておけない気持ちになった。
統計の云々は別にしても、
なぜこんな状態になってしまったのかは
真剣に考え、取り組まなければならない問題だろう。
罪の無い子どもたちが可愛そうだ。

日本の自殺の多さにくらべると、
フィリピンの自殺率は非常に低いのは驚きだ。
世界保健機関による
年齢調整自殺率(二〇〇一五年)を見ても
150位で、アジアでは
最も低い自殺率だと言われている。
ミンダナオ子ども図書館にやってきた
日本の若者たちが、
明るい子どもたちに囲まれて、
生きる力を受けとって、
心を回復して帰っていく姿を見せつけられると、
日本の若者や子どもたちの現状を、
見て見ぬふりをして放っておくことが出来なくなってきた。

ぼく自身が、生きる力に満ちた子どもたちから、
本当に多くの事を学ばせてもらったから。
そうした体験からも、
これからのミンダナオ子ども図書館のありかたとして、
今考え始めていることは、
生きる力を失って、
引きこもりや自殺に向かっていく日本の子どもたちを、
どのように救ったら良いのかという点も視野に入れて、
これからの活動を展開していくことだ。

すでに閉ざしていた門戸を開き、
心の傷ついた若者たちを
宿泊費もなく受け入れることを
スタッフと話しあって決めました。
人生に行きづまっている日本の青少年に、
ミンダナオの子どもたちの持つ、
生きる力を少しでも感じてもらい、
一人でも二人でも救うために。   




ミンダナオ子ども図書館の
総合活動映像 

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ミンダナオ子ども図書館を訪れた若者たち 
   
 1,北海道から
電話をかけてきた少女
    
「もしもし、松居友さんですか?
わたし、北海道に住んでいる
高校生なんですけれど、
先日テレビの番組で
ミンダナオ子ども図書館のことを知って、
今年の夏休みに、
何としてもそちらを訪ねたくなったんです。」
「いままで外国旅行は、どこに行ったの?」
「初めてなんです。まだ、日本から出たことないけど・・・」
「エッ!
お父さんやお母さんには、お話ししたの?」
「まだなんです。」
「それなら、まず、お父さんやお母さんに話さなくっちゃ!」
「わたし、お父さんいないんです。
お母さんは、病院の看護師だけれど、
毎日夜遅くまで働いていて、
あんまりお話しする時間が無くって・・・
でも、話してみます。」
そうして、電話が切れた。

それから数日して、母親からメールが届いた。
「娘が、どうしてもそちらに行きたいと言うので、
夏休みに入り次第、わたしもむすめといっしょに、
そちらにうかがわせていただけますか。
わたしは、仕事がいそがしいので、
娘を送りとどけたら、その日のうちに、
すぐにまた日本に
帰らなければなりませんけれども・・・。」
その夏、彼女は、母さんと
ミンダナオ子ども図書館にやってきた。
ついたとたん、大勢の子どもたちに囲まれて、
楽しくて楽しくて、
母さんも帰りたくなさそうだったけれども、
仕事の都合もあり、
すぐに娘を残して帰っていかれた。

まだ高校二年生だった少女は、
ミンダナオ子ども図書館の子どもたちと、
鬼ごっこをしたり、
後ろの正面だーれをして遊ぶだけではなく、
手こぎの井戸のそばで、石けんを服につけて、
ゴシゴシ洗濯をしたり。
ときには子どもたちに習って、
庭の花壇に種をまいたり花を植えたりした。

ミンダナオ子ども図書館は、
1・5ヘクタールの草地のなかに、
3棟の宿舎が建っていて、
80人ほどの子どもたちがいっしょに住んでいる。
広々とした庭には、花壇や野菜や果樹がうわり、
コンクリートのお米干し場も広がっていて、
早朝に起きて、子どもたちが大勢で、
薪でご飯を炊いたり、
モミ米を素足で広げて干したり、
野菜を作ったり、花壇の手入れをしたりしている。

ときには、木に登って、
マンゴーやドリアンを採ってきて分けてくれるし、
あちらこちらに咲き乱れている熱帯の花、
ブーゲンビリアやハイビスカスや
ガーベラをつんで、髪にさして飾ってくれる。
少女はすっかり、ここを気に入って、
帰った翌年も電話をしてきた。

「わたし、今年高校を卒業するんですけど、
卒業したらミンダナオ子ども図書館のある、
キダパワンの大学に行きたいんです。」
これには、少々ビックリして、
今ではその可能性も視野には入れているけれども、
さすがに当時はお断りした。
けれど彼女は、その後、
琉球国際大学にはいり、
休みになると、今も子どもたちに会いにくる。   
























2,九州から訪れた娘さん    
九州から訪れたべつの娘さんも、
帰りがけにこう話してくれた。
「わたし、ミンダナオ子ども図書館に来て、
本当に良かった。
ここの子どもたちだけじゃなくって、
あちらこちをの山々を、
仕事で走りまわっているスタッフたちに、
連れていってもらった集落での
体験がすごかった。
四輪駆動車の後ろにのって、
ジャングルをぬけて、
橋のない川をジャブジャブわたったのは、
本当にもうびっくり。

あたりは、
木のように見える背の高い
シダの葉がおいしげっていて、
見あげたら
高い高い木の枝のうえに、
猿たちが飛びまわって
遊んでいるのが見えたの!
そんな山のなかに、
マノボ族たちが住んでいるのね。
そして、ミンダナオ子ども図書館の奨学生もいて、
学用品や、村の子どもたちには
日本から送られてきた
古着をわたしてあげたの。
わたしね、自分の持っている
ボールペンもあげちゃった。
でも、たくさんの子たちが、
靴もはいていなかったし、服はボロボロ。
だから、日本に帰ったら、古着を集めて
ミンダナオ子ども図書館に
送ろうとおもっているの。」

彼女が特に感動したのは、
そうした僻村の子どもたちが、
たとえ三食たべられなかったり、
極貧で学校に行けない子たちも
多いのだけれど、
なぜかとっても明るくって、
心から友情で迎えてくれたことだそうだ。

「わたし外国人なのに、
ここにいる子たちは、
そんなことにはおかまいなしで、
わたしの手を引っぱって言ってくれたの。
『いっしょに遊ぼう!』
『カエルつかまえて焼いたから、
いっしょに食べない?おいしいよ。』
『川に泳ぎに行こうよ!』
『お花、頭にさしてあげるわね!』
それに、みんな年齢がちがっていても、
とってもなかよしで助けあうの。
上のお姉ちゃんが、
下の子のめんどうをよく見るし、
なかには、
赤ちゃんをだっこして遊んでいる子もいる。
びっくりした。
変な話だけど、ここだったら
結婚して子どもが持てるなあ、と思ったの。
生まれた子は、みんなで育てあっていくのよね。
わたし、こんな体験、はじめてで、
思わず涙があふれてきちゃった。」

たしかにぼくも、ミンダナオにいると
「子育て」ということばが、
おかしく感じられてくるときがある。
「子育つ」というのが、
正しい言葉ではないかなあ?
彼女は、こんなことも話してくれた。 
「ミンダナオでは、ほんとうに女性が強くって、
開放的で、のびのびとしているのにびっくりしたわ!
働いている母親も多いし。
たとえお母さんが働きにでていても、
小さな子どもたちを、
親戚や近所のお年寄りたちが、
ちゃんとめんどうを見てくれているし、
子どもたちも、子どもたちどうしで、
小さい子のめんどうを見るのが
当たり前なのよね。」

それを聞いて、ぼくも思った。
大事なのは、『子育て』することではなく、
放っておいても子どもが育つ、
『子育つ』環境をコミュニティーのなんかに
つくることなのかもしれない。
ぼくが子どものころは、
そんな環境が
まだ日本にもあった気がする。
親が仕事で留守にしていても、
となりのおばさんのことろで
ご飯を食べたり、
お風呂にいれてもらったりしたし。
子育ての責任を、
母親だけに背負わすなんて、
ほんらい無理かもしれないと・・・。

彼女は、帰る時に、
ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちに向かってこういった。
「今度来るときにはねえ、
古着を集めて、
色鉛筆ももってくるから、
みんなで絵を描いて絵本をつくろうね。
そうだ、みんなの大好きな、
ふりかけも持ってくるよ!」
「わーーーい!」
子どもたちは叫んだ。
お別れ会の時に、
彼女は子どもたちに取り囲まれ、
抱かれてなきだした。
「ありがとう!ありがとう!
また必ずもどってくるわね!」   

































 3、泣き出した若者   
なかには、現地に到着したとたん、
大喜びで迎えてくれる
子どもたちに囲まれて、
茫然自失となったあげく、
ワッと泣き出す若者もいる。
「どうしたの?」
驚いてぼくがたずねると、
彼はこう答えた。
「ぼく、こんな体験、いままで日本で、
一度もしたこと無かったんです。
こんなにたくさんの子どもたちの、
明るい笑顔に囲まれて、
手をにぎられて、抱きつかれて・・・。」

聞くところによると、
ミンダナオ子ども図書館に到着したときは、
日本にいるときと同じように、
人と人との間には
意識的に距離をたもち、
壁を作らなくてはいけない、と思ったという。
ところが、いくら努力しても、
ここの子どもたちに囲まれてしまうと、
心の壁がどんどん壊されていって、
何が何だかわからなくなって、
どっと涙があふれ出てきたのだという。
「でも泣いた後に、
今まで知らなかった別の自分が、
心の奥底から湧き上がってきたようで、
幸せで幸せで!
こんな経験は、生まれて初めて!」

なかには、子どもたちに囲まれて、
自分の胸にこみ上げてきた
喜びの涙に驚ろいて、
部屋に飛びこんで泣いて泣いて、
出てきたときには、
憑きものを落としたように、
さっぱりとした顔になった娘もいた。

その後数日たって、
そうした若者たちから話を聞くと、
こうした返事が返ってきた。
「ぼく、生まれつき臆病で、
日本では、心を開いて何でも話せる
親友を作るのが、
とっても難しかったんです。」
「たとえ友だちどうしでも、
意識的に間合いをとって、
距離をたもってつき合うことが礼儀だと、
先生から注意されていたし・・・。」
「わたし、心に壁を作りながら生活しないと、
日本の社会では、
絶対やっていけないと思っていたの。」

先ほどの若者の話を聞くと、
就学前は、
保育園の園庭で遊ぶのがせいぜいで、
帰るとほとんど家に閉じこもっていて、
近所の友だちと
公園で遊ぶこともあまりなかったという。

小学校にあがってから、
学友たちはみんな
教室や塾にかよっていて、
家にかえっても両親はいないし、
ましてミンダナオの子どもたちのように、
放課後に子どもたちだけで鬼ごっこをしたり、
縄とびをしたり、
近くの川でカエルやカニをとったり、
野山をかけめぐったり、
木にのぼって木の実をとったり
することもなかったという。

さらに中学校にはいると、
運動部の部活がはじまって、
勝ち負けを重視した
バスケットやサッカーなどの
ゲームが重視された。
彼は、うつむきながら、
そのときの体験を、こうかたってくれた。

「そんなとき、
運動のできる子はスターになるけど、
ぼくは運動神経がにぶかったから
馬鹿にされていわれたんだ。
『おまえなんか、出なくってもいいよ。
引っこんでろ!』
そのあたりから、
だんだん学校にいくのが嫌になって、
引きこもりになっていった・・・。」
きくと、彼は、
中学だけは何とか卒業したけれど、
そのごは受験競争を勝ちぬくために、
学習塾にいかされて、
とうとう登校拒否をおこしてしまったという。

「でも両親とも働いていて、
だれも家にはいないから、
自分の部屋に閉じこもって、
スマホあいての孤独な生活だったんです。
でもここに来ると、
子どもたちのようすがぜんぜん違う!」
ミンダナオ子ども図書館の子どもたちは、
年齢や宗教や民族はちがっていても、
子どもどうしのあいだに壁がなく、
外国人である自分にさえも、
心を開いて飛びついてきたのでビックリして、
なぜかわからないけど
涙がこぼれ出てきたのだという。

そんな、若者たちの話をきくにつれて、
孤独や社会の壁にとり囲まれて、
壁をいっきに飛びこえて、
自由に世界を見わたすことが
出来なくなっている、
今の日本の若者たちの
生活状況がしだいに見えてきた。
しかし、ミンダナオ子ども図書館で過ごしていると、
数日後から、彼らの顔つきが
どんどん変わりはじめていくのがわかる。
まるでそのへんに咲いている花や、
空を飛んでさえずっている小鳥たち、
とりわけ、いつも彼を慕っていっしょに遊ぶ
現地の子どもたちとおんなじような、
自然でおだやかな顔になっていく。

引きこもりだったという若者も、
いよいよ、お別れの日が近づいてくると、
ぼくにいった。
「できれば、ここに住みたいぐらい。
本当に日本に、帰れるかなあ?」
最終日の夜、別れの歌をうたってもらうと、
彼は子どもたちと抱きあいながら、
大泣きに泣いた。
「帰ってくるからね。
必ずまた、もどってくるからね。
ぼくのこと、忘れないで!」

そして翌日、ダバオの空港に送りとどけると、
旅立ちの前にぼくにこう語った。
「日本では、つらいこと寂しいことが、
本当にたくさんあって、
ときには死にたいと思ったけれど、
もう大丈夫!
これからも、つらいことはあるだろうけど、
いざとなれば、ここに来れば救われるから!」
「うん、いつでも訪ねておいで。
再会のときは、子どもたち、もっと喜ぶよ!
ここは君のセカンドハウスだからね。」  
すると、彼は笑顔で言った。
「ミンダナオ子ども図書館は、ぼくのホームだよ。」 
















































訪問してきた
若者たちからの
メール

本人の承諾を得て、掲載しました。 
 
 

その1:

おはようございます。
MCLに滞在している間に連絡ができず、すみません、
27日に帰国しま した。
今回は20日間という短い間でしたが、
また2年ぶりに子どもたち
一人ひとりの生き方に触れることができ、
とてもうれしく幸せな時間 でした。
最後の日に、
私のこれまでみんなから学んだこと、
伝えたかっ たことを、
写真と文章でスライドショーにして、
みんなにみせることが できました。
みんなからもらったアイデアや考え方をいかして、
これからにつなげていきたいと思います。
写真絵本など完成したらまた連絡します!

一応私が考えている
写真絵本のコンセプトは
「心の豊かさ」、「身近にある幸せ」を、
MCLの子どもたちや
現地の生活のなかから映し出していく。
ということです。
私は心の豊かさを育むものは
「人のつながり」、「分け合うこと」 、
「感謝すること」 、「自然とともに生きること」
だとこれまでのフィジーの村での生活やMCLで、
子どもたちや現地の人たちとの
生活の中で感じ学んできました。
それらを多くの人に 、
私の写真絵本をみることで
はっときづいてもらえることができたらいいな、
と考えています。
そして身近にある幸せとして、
友達がいる こと、家族がいること、
家があること、学校にいけること
そんなひ とつひとつ些細なことなんだと、
気づかせてくれたのも彼らです。
その思いを写真絵本に表したいです。
これから就活ですが、
自分らしく生きていける道を
しっかり見つけたいと思います 。
またMCLのみんなに会いに行きます。
早くMCLに、 みんなに、
この感謝を返していけるように
まだまだがんばっていきます。









 

その2:

本棚からお気に入りの本を持ってきて、
恥ずかしそうに、誇らしげに
読み語ってくれたたくさんの子どもたち、
初めて読んだ絵本「みにくいアヒルの子」が
どれだけ自分にとって大事なお話しなのか
話してくれた子や、
照れながら手作り絵本をくれた子どもたち。
皆の笑顔に、どれだけの力と、
心を動かす物語をもらったかしれません。

誰もが心に、一冊の本を持っていて、
どれだけ最初の頁が
読むのが辛い、
悲しいものであっても、
今子どもたちの物語は、
希望に向けて歩き出している。
それが本当に嬉しくて。
その未来を、私はこれからも
ずっとずっと祈り続けると思います。
今はまだ何もできないけれど、
いつかあの子たちの心を支えられるような、
そんな社会人になれるよう、
就活も頑張ろうと思います。

何より、プグハナン版の子ども図書館を作って、
あの子たちにも笑顔になってもらえるように、
できること全部しようと思います。
話は変わりますが、
今回私と同行した友人や、
ここでのお話しをした後輩たちが、感動しています。
もしお時間があれば、
お話しをお聞きしてみたいと言っておりました。
私は故郷松本に帰省がてらに、
25日の講演会を、
母と聞かせていただく予定です。
とても楽しみです。
長くなりましたが、
ここにおいでと言って下さって、
本当にありがとうございました。












子どもたちの日常生活から
スナップビデオ

朝起きて、花壇の
お花を世話する子どもたち

朝4時半には起きて、
朝食の支度をするのも
子どもたち。
5時を過ぎると、
部屋の掃除や花壇の手入れ。
野菜作りも、お米干しも、
子どもたちが自分たちで
決めてします。
本当にしっかりした、
良い子たち。
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雨が降ってるのに
滑り台

雨が降っているのに滑り台!
ミンダナオ子ども図書館の
第二棟と第三棟は、
ヤシの葉っぱで
葺かれています。
紅く見えるのは、
ファイアーツリー
(火炎樹)です。 
 
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ミンダナオ子ども図書館の
日常風景

ゴムタイヤで遊ぶ、
男の子たち。
薪をつかってお料理。
お庭で、クリスマスの
ための歌の練習。
親が戦争で殺されたり、
いなくなったり。
極貧で、三食食べられない
家庭の子たち。
それでも、明るく、
生きる力にみちている
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読み語りを楽しむ
子どもたち
 
ミンダナオ子ども図書館に
住んでいることの最高の
楽しみが、なんと
読み語りに行く事。
親の無い子や、
戦争の犠牲となった子たち
だけれど、読み語りで、
生きる力を回復していく!

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