戦争と平和構築
2007年の記録から(3)



平和の保育所建設がはじまった
保育所や学校などの建物支援の良さと難しさ.
1 スカラシップ調査を始めている GO! 12 保育所は平和への一歩 GO!
2 プライマリースクールとは GO! 13 市の裏側のゴミ捨て場 GO!
3 グレーさんや町長も同行 GO! 14 平和の保育所建設開始 GO!
4 奨学生候補を決定に行った GO! 15 日本軍指令部の城砦 GO!
5 不安の中で生きる明かりが GO! 16 初めての奨学生候補 GO!
6 避難民はこの地にも GO! 17 保育所建設をプロジェクト GO!
7 名目上は机上演習 GO! 18 保育所修復を開始 GO!
8 最近の情勢はあまり良くない GO! 19 イスラム自治区に保育所を GO!
9 爆弾事件と誘拐、殺害 GO! 20 子どもたちはかわいい GO!
10 戦争にならなければ良いけど GO! 21 避難民支援の状況 GO!
11 ドゥテルテ大統領に GO! 22 支援の方法に異なる観点 GO!
23 川沿いの秘境ナブンダスへ GO! 32 朝日新聞記者が訪ねた GO!
24 子どもたちの顔を見ると GO! 33 木村文記者による記事 GO!
25 ブアラン村の読み語り GO! 34 ホルプ社から出版 GO!
26 マノボデーが大盛況で GO! 35 ミンダナオの情勢は良くない GO!
27 マノボの食卓は美味しい GO! 36 バシランやスールーでの戦闘は GO!
28 保育所の問題 GO! 37 悲観的な見方を捨てきれない GO!
29 2020年記:竹壁に腐りが GO! 38 選挙控え治安悪化 GO!
30 関さんが保育所視察 GO! 39 女性弁護士が殺害された GO!
31 保育所開所式映像 GO! 40 フィリピンインサイドニュース GO!

ch1
スカラシップ候補者の
家庭調査を進めている


イスラム地域に再び行った。
調査した場所が、
4WDで道無き場所の行き止まりの村から、
舟で河を逆のぼった、
非常に貧しい地域で、
ここの親のいない子を訪問した。


この地域は、
小学校の子どもたちが多い。
中高生はほとんどいない理由は、
遠くてお弁当を持って行けず、
学業を続けられないから。


また、小学校も5年生止まりで
6年生は、さらに遠方の学校に
移らざるを得ず、
遠くて卒業出来ない。
中高校も遠方で進学できない。


まずは、この地を再度訪れて、
読み語りをすることにした。


ch2
プライマリースクールとは?

6年生までのクラスが無い学校は、
プライマリースクールと呼ばれていて、
時には3年や4年までで、
貧困の激しいイスラム地域や
先住民族地域に多い。

ここのクラスが、5年生止まりなのは、
学校が小さくて
収容しきれないからだと言うが、
先生の話だと、
計画はあるがなかなか実行されない。

JICAや外国のNGOがピキットに入って
学校を建てたりしているので話をすると、
ピキット市の社会福祉士で
DSWD所長補佐で、
MCLのボードメンバーのグレイスさんは、

そうした団体は、
クリスチャン地域は良いけれど、
イスラム教徒の特に、
反政府地域に対する不平等を指摘された。

下の写真は、グレイスさん
MCLのボードメンバーで
市の福祉局の所長補佐でカトリック。

戦闘時期には、爆弾の炸裂する中を
イスラム反政府地域の
子どもたちの救済に駆けまわる。
下は、戦争で焼けた学校!

イスラムの女性たちとも
婦人組織を作って、
協力し合って活動している。

現地に足を踏み入れる前まで、
戦争の原因は、
イスラムとクリスチャンの
対立だと思っていたら、
現地では助けあっているのだった!


ch3
グレイスさんや
村長も同行


前回の調査では、
帰りがけにM16ライフルを携えた人々に
囲まれて不穏な感じがあり、案内の若者が、
「車を止めずに、
なるべく早くここから出るように」
と言ったのであわてたが、

今回は、
グレイスさんや村長も同行し
現地の人々に
事情を説明したので安全だった。

ミンダナオ子ども図書館は
non politicないので意に返さない。
子どもたちへの愛で行動する!
理屈抜きで、子どもたちはかわいい!

裸で服のない子も多く、
日本からの支援の古着が、本当に喜ばれた!
あまりに喜ばれると、悲しくなる。
それだけ、
状況がひどいことを意味している!

写真のような状況だが、
場所は公表できない。
家もひどく、トタン屋根など立派なほうだ!
藁葺きの掘っ立て小屋がほとんど。

グレイスさんの紹介で、
戦闘時に生まれた奇形の子を紹介された。
戦闘時の劣化ウランが考えられ悲しい。
すぐに、病院に運ぶことを決定した!



ch4
ピキット郊外の
イスラムの
里子奨学生候補を
決定に行った


戦闘があったこの地域から
30名の子たちを奨学生にと、
地元の方々に選んでいただいたのだが、
決定の前に、必ずその子の家を訪ねる。

最終決定のための家庭調査。
戦闘で殺され、
父親のいない子が多い地域。


戦闘時期に、目の前で両親が殺され、
本人と弟だけが生き残ったが、
その弟も洪水の時に、
目の前でおぼれて亡くなった子もいる。

親戚もなく、周囲の人々も
その子の本名を忘れかけている。
この少年も、ミンダナオ子ども図書館で
奨学金をだすことになった。

とりあえず現地で小学校に通い、
高学年になったら
MCLに住んで
生活をすることに決めた。



ch5
不安の中で、
生きる事への明かりが


憎しみ、悲しみ、恐れ、
未来が見えてこない不安の中で、
MCLに住むことで、
かすかでも生きる事への明かりが、
学校に行ける可能性の中に見えてくれば、

子どもの気持ちも、
村人の心も変わるだろう。
時間がかかるだろうけれども。


ch6
避難民は、
この地にも
流れ込んできている


戦闘時に家を焼かれ、
かろうじて残ったトタン屋根で、
再び家を建てた家族もいた。
焼けたトタンが痛々しい。

ミドサヤフの難民は、
この地にも流れ込んできている。
2007年になって、
予想したとおり難民が増えてきている。


予想した理由は、ムスリムの人々が、
「大きな戦争は、おおよそ
4~5年おきに起こる(起こされる?)」
と、言ったからだ!

120万の避難民が出た
2002年から、
5年後は2007年で今年だ!


戦闘は、フィリピン政府軍と米軍の
合同演習であると言われている。
確かに地域紛争ではあるものの、
演習とは名ばかりで、本当は実戦なのだ!

バリカタンと呼ばれる
この演習は、
ミンダナオ全域に拡大する事を視野に
展開されているのだというのだが・・・。



ch7
バリカタンは、
名目上は机上演習


バリカタンは、名目上は、
机上演習とされているが、
確かにパソコンでドローンなどを操作し、
フィリピン政府軍を誘導している
米軍にとっては机上演習だろうけれど、

現地では実戦で、
爆弾も落とされて、
120万の避難民が、
数年避難生活を余儀なくされていた。

すでに40年にわたって続いている、
と言うのが現地の人々の話だった!
ミンダナオは、
世界でのテロリスト掃討作戦の
演習実験場なのかもしれない?


NGOによる
難民支援の動きも始まったが、
戦闘と共に支援するという
飴と鞭の作戦で、
結局NGOも、鞭の後に飴をばらまく
単体に過ぎないのかなあ・・・?

2002年の避難民キャンプで、
避難民が大量にいるにもかかわらず、
「もうミンダナオじゃないですよ!
 イラク、イラク!」といって、
あっという間に引き上げていった
NGOを見て感じたのを思い出した。


2020年追記:
2014年7月1日、第2次安倍内閣において、
集団的自衛権を限定的に
行使することができるという、
憲法解釈を変更する
閣議決定がなされてから、
日本の自衛隊もバリカタンに参加している。
次回、ミンダナオで紛争が起こると、
地元では政府軍と米軍に混じって
日本軍も攻めてくると言われ始めた。

 戦争と平和
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まだ、古着の支援は
届いていないけれども、
来週には難民キャンプのある、
ミドサヤフに行こうと思っている。
病気の子供がいれば、
救えるかもしれない!


まずは、ピキットのグレイスさんと、
戦闘地だった村に、
簡易教室を増築する件で話した。
福岡の行橋カトリック教会から寄付が、
突然復活祭明けに届いたので、ビックリ!


教室は、
1年から3年までがコンクリートで、
4,5年生がトタン屋根の仮設教室だ。
6年生の教室がなく卒業できない状態だが、
最悪でも行橋カトリック教会の寄付で、
6年生の教室は、
実現できるめどがついた。
これで卒業が可能になる!
すばらしい復活祭の贈り物に感謝!



ch8
最近のピキットの
情勢はあまり良くない


とりわけ西部のバシランで
政府軍との間に戦闘が起こり、
政府軍側にも死者が出た。

マスコミは、
誘拐されたイタリア人神父と
その時に殺害されたとされる
同行人の首切り死体を、

イスラム反政府ゲリラの仕業のように
大々的に報道しているが、
首切り死体に関して、
MILF側は、殺害を否定している。

イタリア人神父を誘拐したのは、
正体不明の武装集団であるというが、
神父は、
すでに解放されている。


ch9
爆弾事件と誘拐、
殺害


大きな戦争が、
起きる(起こされる?)
前兆として必ず起こるのが、
爆弾事件と誘拐、殺害!

「反政府組織の仕業と思われる」という
報道がなされ、
戦争気分が高められる?

政府は、この事件をきっかけとして
MILF掃討に、
政府軍を派遣する方向に動き、
人々は避難を開始している。


戦闘が始まれば、
数十万から場合によって
150万を超える難民が
出現する。

この事件をきっかけに、
和平交渉は、
政府側代表が座を降り頓挫!

記事からは、内実がよく見えてこないが、
MILF側は非常に腹を立て、
政府との和平交渉を中断させ、
新たな軍事訓練態勢に入っている、
と現地では聞いている。


ch10
大きな戦闘に
発展しなければ
良いけれど


これは、後に聞いた話だけれど、
誘拐された神父さんは、
お金で雇われた
誘拐犯に連行されて隔離されていたが、

誘拐犯たちは、
「早くもどって、パッキャウの
ボクシング試合をテレビで見たいなあ」
と語っていたという。
単なる雇われた殺しやたち???

日本では、沖縄の米軍海兵隊が、
ジャングルを想定した
戦闘訓練を始めているそうだ。
2002年のように、 国際的な
テロリスト掃討作戦の準備だろうか。

沖縄の那覇と
ミンダナオのザンボアンガは、
アメリカの軍事的位置づけとしては、
共通の役割を持っている。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/
news/20070727-OHT1T00193.htm


下は、ドローンなどによる
空爆を防止するために、
学校の屋根に書かれた数字!

2002年の
ピキットでの戦闘から5年。
そろそろ何かが起こる
という予感はあったが、

こうした戦闘が現地にいると、
実に綿密にあらかじめ計画され
作られる事が
わかるだけに、心配である。

前回の戦争のように、
まずはミンダナオを叩いた後、
イラン(かつてはアフガニスタン、イラク)
を攻撃するのだろうか?

それとも、
これからは中国と対立させて、
東アジアを戦場にするのかな?

ミンダナオの位置づけは欧米諸国にとって、
「アジアにおけるイスラム教徒の
 北進を押さえる最前線である」と、
フィリピン以外の
政府関係者から聞いている。


ch11
その後、
ドゥテルテ
大統領になって、
2020年追記


その後、
ドゥテルテ大統領になって、
アメリカの軍事基地を撤去して、
和平交渉も議会を通過し、

マラウィなどで分離派による戦闘は、
たまに起こるものの、
とりあえず2020年現在は、
ずいぶん平和になりました。



ch12
保育所の建設計画は
平和への一歩


そうした状況のなかで、
保育所の建設計画は、
平和への一歩として
非常に重要な位置づけがあると思う。

理由はいくつかあるが、
小学校に比べて保育所は、
各村の部落にまで深く入るような、
地域密着型の支援であり、

反政府地域も含めて人々と
密接なつながりを深められ、
継続的に読み語りや医療もして、
喜ばれる支援となるからだ。

どのような状況の中でも、
犠牲となる、
子どもたちの事を考えると、
平和への歩調をゆるめてはならない。


ch13
市の裏側にある
ゴミ捨て場所


国道や大きな道沿いの、
表側の良い場所は、
キリスト教徒が多いが、

裏側は
イスラム教徒という構図は、
各村でも随所に見られる。

国道や村道ぞいからは
全く見えない裏側に、
イスラム集落は置かれている。

道路建設は、
イスラム教徒の村を迂回し、
移民キリスト教徒が道沿いに入植し、
市を中心に
村を築いていったことがわかる。

この地も
すでに読み語りをし、
保育所建設の候補地の一つである。

保育所は、
国際的なNGOや
ODAの対象となっていない
場合が多い。

国際的な支援対象は小学校までが多く、
現地でも非常に困っている。
少し裕福な村では建てられるが、
貧困村では不可能。

つまり、保育所建設が出来ない村は、
極貧の村であり、その意味でも
非常に感謝される支援なのだが。
国際的にあまり目立つ支援ではない。

5・6年生の野外教室に
隣接した舞台が
保育所として使われている例。

下では、
小学生が勉強しているし、
イスも無く、
保育所として機能していない。

MCLとしても保育所建設は、
プロジェクトとして
位置づけていく予定。

MCLは、読み語りを中心としているので、
建設後も、くり返し現地を訪れ、
衣料や医療支援を
継続させることが出来る。

さらにその地から
スカラシップ奨学生をとることによって
深く人々と交わることが出来る。



ch14
平和の保育所
建設がはじまった


MCLでは、現地の要請を受けて、
今回、まず最初の
パイロット的保育所として、
川沿いのバランガイ(集落)での建設を始めた。

写真は、
ピキット市内の市場で、
資材を厳選し調達している様子。


最初の保育所は、
福岡の幼稚園の先生方の支援で実現。
良いものを作るために、
資材を福祉局とMCLスタッフが
立ち会いの下で業者を厳選し、
市のトラックを借りて集中的に運んだ。

バランガイは、
大きなプランギ川に面しており、
かつてはピキット市への
玄関口だった歴史のある地域。

洪水も多く
今は落ちぶれているが、
数年前まで
最も危険なエリアだった。

保育所と言っても
4坪ほどの小さなもので
下半分をコンクリートブロック、
上半分を竹、屋根をトタンで作り、
内部に子供用の
いすや机を置いた簡素なもの。

ここで、子どもたちに、
アルファベットなど、
初歩の読み書きを教える。

19日には、
今回建設を支援してくださった、
福岡の幼稚園の先生方を迎えて
開所式が行われる予定。

この後、ムスリム地域で
とりわけ貧しい村に約10棟、
マノボ地域でやはり10棟が、
候補として出されている。


ch15
かつて日本軍が
城砦の上に
指令部を構えていた


下の石塔の脇には、入り口があり、
そこからさらに下が洞窟になっており
玉砕した日本兵の遺骨が、
散在しているという。
いまだに、調査はなされていない。

MCLでは、
ここでも
平和の祈りの祭典を
奨学生たちが行った!

しかし、
敗戦と同時に
日本軍人たちは、
湿原地帯に逃げ込んで、

現在にいたるまで、
イスラムとなって
生き抜いてきた人も多い。

湿原地帯の集落に行くと、
どう見ても日本人の混血と思われる
顔の人々に良く出会う。
顔を合わせると、ニヤッと笑う!

病気を治してあげた子のお父さんが、
別れ際に、
「わたしのお祖父さんは日本人です!」
と、教えてくれた事もある。


ミンダナオ紛争を
戦った
「キムラさん」の正体

日系イスラム戦士、「日本への思い」を語る

中坪 央暁 : ジャーナリスト
https://toyokeizai.net/articles/-/178118
フィリピン南部のミンダナオ島で
1970年代から続いたミンダナオ紛争。
分離独立を求めて政府軍と戦った
イスラム武装勢力「モロ・イスラム解放戦線」
(MILF)の中に、日系3世の大隊長がいる。
祖父が大正時代に
日本からフィリピンに渡って約100年、
現在67歳になる
“日系イスラム戦士”が経験した
戦いと平和への思いとは
どのようなものなのだろうか。
現地で本人を直撃した。

https://toyokeizai.net/articles/-/178118

ch16
バランガイプランギから
初めての奨学生候補


私たちは、
保育所建設だけではなく、
長くこの地と関わりを持ち続けるためにも、
コンタクトパーソンとなる
奨学生を選んだ。

戦闘の渦中にありつづけた集落である。
雨期は多くの家が水につかり
非常に貧しい。
しかし、バランガイキャプテンは、
日本のJICAの支援を高く評価していた。

父は亡く、
母は椰子の葉の屋根作りでかろうじて生活。
高校は出たが、
家を見ればわかるように非常に貧しい。

成績も良くまじめな若者。
4人姉妹弟で一人だけ男性。
姉妹は皆、
家で養えず親戚の所に散っている。
支援者が見つかれば
大学で農業を勉強したい。


ch17
保育所建設を
重要なプロジェクトと
位置づけることにした


ミンダナオ子ども図書館で建設する
保育所の骨組みが出来てきた。

MCLでは、保育所建設を
重要なプロジェクトとして
位置づけることにした。

フィリピン政府が、
ABCもわからない子たちが
小学校に入学すると、
先生が大変だという理由で、
小学校入学の条件として、
集落ごとに保育所を建設し、
就学前児童の入所を義務づけた。

ところが、
僻村の貧しい村では、
保育所建設が出来ず、
大木の下で学んだり、
小学校に入学できない子供が出ている。

MCLの保育所は、
小さな建物ではあるけれど、
土日に村人が、共同で建てている。
日雇いの費用も予算に計上しているから、
ささやかでも貧困村の人々の収入になる。

市の福祉局DSWDによると、
MCLで建てる
貧困地域での保育所は、
スタンダードの下の
簡易保育所で良いという。

しかしその後、2020年からは、
簡易保育所をやめて、
出入り口が二カ所あり、トイレも二つある、
スタンダードにするように
行政から指示が降りました。
現在は、スタンダードのみで建設します!


ch18
2021年に
ミンダナオに帰省後、
全保育所を調査して
修復を開始!


2020年現在は、
簡易保育所は建てなくなったが、
当時は、何百という村々が大樹の影など
外で保育をしている状態であり、
「小規模でも良いからとにかく建てて欲しい」
という、福祉局からの要請に応えて実行!

現在では、
ドアとトイレが二つある
スタンダードが基本だが、
保育所の無い村々は、いまだに実に多い!

簡易保育所どころか、
大樹下で勉強している!

2020年現在、
すでにMCLでは、
80棟ほどの保育所を建てているが、
5年から10年が経過すると、

土台は良いものの竹壁に傷みが入り、
トタン屋根にも、
サビが目立ちはじめる!

2019年の地震被害のために、
土台が崩れている
保育所もある。

地震被害地以外の保育所は、
セメントの土台はしっかりしているものの
竹壁が破損がひどく、
村で修復する規定だが
貧困村では、修復もままならない。

2021年に松居友、エープリルが
娘二人とミンダナオに帰省後、
全保育所を調査して、
竹壁の修復と

コンクリートの土台と下壁を
ピンクに塗装し、
屋根の修復とペンキ塗りを
MCLスタッフや村人、

そして日本からの訪問者の
若者たちとも一緒に、
順次修復を実行していきます!



ch19
ピキットが一段落したら
イスラム自治区に
保育所を広げる予定


イスラム地域であるから、
アラビア語のチャアートも壁に貼り、
タガログ英語の絵本に加え、
アラビア語の絵本も置く予定。

読み語り用に、
コタバトの専門店で購入済みだ。
独自の文化は大切にしなければならない。

皆さんから送られてきた
ぬいぐるみ等の人形も置きたい。
男女のトイレの問題も
調査する必要があると、
三矢領事からサジェスチョンを受けた。


写真下は、プランギ村の中心。
向こうに船着き場が見える。
かつて川が街道だったときには栄えた場所。
今は見る影もなく落ちぶれている。
対岸はARMM(イスラム自治区)だ。

すでにパガルガンなど
イスラム自治区に
医療や読み語り活動をし、
奨学生もとっている。

行政ともつながりがあるので、
ピキットが一段落したら
川向こうのイスラム自治区に
輪を広げる予定。

この川沿いの村々は、
2002年のテロリスト掃討作戦の
爆撃地となったところ。

イスラム地域と全く方向は違うが、
マグペット、アラカン、マキララなどの
マノボ族やバゴボ族の地域でも
保育所建設を開始する。

イスラム地域と先住民族地域は、
共に貧しく
貧困故の闘争が多い地域。

川沿いのバランガイは、
医療や読み語りの
プロジェクトで通った村で
知り合いも多いが、
バシランでの戦闘が起こりつつある
現時点では良識的に自粛している。

両岸には、
戦闘員の訓練の場が広がっており
MILFを不用意に刺激したくない。
慌てる必要はない、
時期を見てうかがおう。


ch20
それにしても、
子どもたちは
本当に可愛い!


私たちは、保育所建設を通して
村人と出会うことによって、
この子たちにスカラシップを支給し
医療で救い、

長くおつきあいを
していきたいと思っている。

出会いは始まったばかりだ。
すでに一名、大学生の若者を奨学生に決定。
彼をコンタクトパーソンとして、
今後保育所を中心に読み語りなどの活動を
展開していく予定。

保育所建設は出発点だ。
写真下には、
ピキット市のDSWD
福祉局のグレイスさんが写っている。

MCLは、
戦闘地だった村や反政府勢力の村に
こだわっているように
見えるかもしれないけれど、
彼らの思想に共鳴しているのではない。


貧困地域を優先していくと、
必然的にこうした地域と関わりがあるし、
こうした村からこそ、
平和を作り出す必要がある。

そうでなくても、
こうした村にも他の村同様、
写真のような普通の可愛い笑顔の
子どもたちや若者たちがいるから。

彼らが
醜い戦争の犠牲になっていくのは、
あまりにも惜しい。


ch21
避難民支援の状況

今回の難民は、
大きなプランギ川沿いの
4つのバランガイ(村)の人々。
ナブンダス、バラバク、ティナトゥラン、
ヌグアンと言う名のバランガイから出た!

理由は
現地の有力者の
勢力争いが原因だと言われている。

前回、
これらのバランガイに到達するには、
道沿いに行くのが不可能なので、
川を舟で遡る予定だった。

しかし、直前にワールドフードが
米の支援をすることに決定。
それに同行する形で、
ムスリム自治区である対岸から
支援物資を届けることになった。

私たちは、
市のダンプトラックに
米と古着を積むと、
難民が出ている地域の対岸に到着した。

古着は米と一緒に渡しやすいように、
一家族ごとに大人2着、子ども3着を、
セロフィンの買い物袋に
あらかじめ入れておくように指示があった。

トラックが着くと、
対岸から人々が
小舟に乗ってやってきた。
難民となっている人々である。

今までミンダナオ子ども図書館では、
スタッフやスカラーが、
一人一人の子を前にして、
男女や体型に合わせて手渡していったが、

今回は合理的に渡すために、
一家族分をまとめて
セロフィンに入れるように指示されていた。

対岸から
ぞくぞく難民が到着する。
対岸はピキット市の領域で、
戦闘は対岸であった。
私たちが居るのはイスラム自治区。

残念ながら、直接難民キャンプを
訪れることが無かったので、
せっかく治療薬を持って行ったが、
今回は医療活動をすることは出来なかった。
病人は、対岸のテント内に寝ているから。 


ch22
今回の合同支援で、
支援目的や方法にも、
異なる観点がわかって、
勉強になった


MCLは、規模においては、
像と蚤ほどの違いがあるが、
小さいが故に、読み語りを基幹として、
医療やスカラシップなどを含めた
総体で行動できる。

大きな団体のように、
大量の食糧支援や
物資支援は不可能だけれど。
現地の人々と知り合い、それをきっかけに
何年も交流し続けていくことができる。

私たちが
ピキットで行動を開始して5年、
先日はじめて全バランガイを地図上で確認

読み語り、医療、スカラシップなどで
関係を持ったバランガイをチェックしたが、
全42バランガイのうち
実に29バランガイと
何らかのつながりを持って活動していた。

そのほとんどが、
辺境のイスラム教徒のバランガイであり、
カラカカンのようにキリスト教徒と
混合しているバランガイでも、
国道からはるかに離れた
貧しい山岳地帯の
イスラム教徒の部落である。

2002年度のピキットでの
難民との出会いをきっかけに
始めた活動だが、
村の子どもたちを「医療」で治し、

読み語りによって、
その村の子どもたちの真の状況がわかり、
やがてその村から
スカラシップの若者を採り、
その子たちが中心になって
「読み語り」や「医療」活動を行っていく。

こうした循環を、
くり返すことによって、
戦闘で閉ざされていた人々の心が開かれ、

またそこで成長した子どもたちが、
社会で活躍していく事を考えると、
次の世代に、
平和を託せるのではないかと思えてくる。 

今回の支援で、
ピキット市の市長夫人は、
自ら先頭に立ってダンプトラックの荷台に乗り、
難民救済支援を指導した。

積極的な女性で、
もともと貧しいバランガイ(Balabk)の
保育所の保母をつとめていた方。


今回は、
ワールドフードと一体だったが、
これでは住民と直接出会い、
その現状を把握できないので、

近日中に
市長夫人が私たちを
川沿いの各バランガイに
連れて行ってくれることになった。

舟を使い、
バランガイに
直接アプローチし村に入る予定。
保育所の建設可能地を調査する。

先月も外国人が誘拐される事件があり、
戦闘地でだけに、プレシデントは
心配顔で市長夫人に質問。
「松居友さんの誘拐など、大丈夫ですか?」
「私が言えば、すぐに救出されますよ」


ミンダナオ子ども図書館 支援方法

MCL映像サイト
何故ここに日本人などのテレビ映像
その他の貴重な活動映像を掲載
MCL文庫
民話、絵本原稿、青少年から大人までの読みものを
自由購読で提供しています。

ch23
川沿いの秘境
ナブンダス村へ


個人の古い納屋が
保育所として利用されている。
内部は、納屋としても使われており、
とても保育が出来る環境ではない。

写真で指さしているのは保育者の方。
舟でしか到達できない
中州の村ナブンダス。

しばしば洪水のある川を渡って
3歳から5歳児が
川向こうの保育所に通うには無理がある。
ここにも保育所を設置する決定をした。

ミンダナオの西は巨大な湿地帯で、
昔は道路が無く、
海沿いのコタバト市から
こうした舟で往来した。

つまり、「母なる河」と呼ばれている
プランギは、
本来の表街道なのだ。

今回初めて舟に乗り、
河から人々の生活している対岸を見て、
初めてミンダナオの
本来の姿が見えたと思った。

それは生きたミンダナオの姿。
車で街道を走っているだけでは、
決して知ることのない
ミンダナオの生の姿だった。

今回は、
市長夫人の計らいで実現したが
かつてから舟だけは乗るな
と忠告を受けていた。
外国人は、格好の誘拐殺害の対象だからだ。

ボートから降りて、川沿いの村を訪ねる。
一村だけ、かつて車で訪ねた村だった。
(乾期だったので可能)。
そこから二人、私たちの奨学生が来ている。
調査に訪れた場所だが、
良く見てやっとわかった。

同じ場所が、川沿いに、
しかも兵士に護衛されてくると、
別の場所に見える。
今は、小さな戦闘があり内部には入れない。
前回対岸から難民支援をした場所だ。

2名の軍兵士が
市長夫人に同行し、
村長も途中で着替えて
M16ライフルを持った。

実際私は、軍人同行は好まない。
周囲の人々の目には、
まるで護衛する価値のある、つまり
誘拐する価値のある人間に見えるだろうから!


ch24
子どもたちの
顔を見ると


子どもたちの顔を見ると、
恐れなど吹き飛んでしまう!

下は中州の村ナブンダスだが、
この空き地に
保育所を建設することに決定した。

下の写真は、
子どもたちが、
自分の家に帰っていく所。

就学前の子供は3歳から5歳が多い。
ピキットの場合は、
42バランガイ(村)のうち、
40ほどの村が保育所がない。

しかし、豊かな村では比較的大きな
バランガイホールと呼ばれる村舎があったり、
海外からの支援が入っている村では、
外国のNGOなどの支援で、
共有できる建物がありその一室で代行できる。

問題は
建築物も無い貧困地域の場合で、
多くはイスラム教徒の居住地域である。

そのような村では、
モスクの一部を使ったり、
(玄関先のスペースだが、しばしばモスクも
木造でありスペースらしいものもない)

また個人の建物の借用でおぎなったり、
8畳ほどの村舎(一部屋しかない)を
村会議と保育とに
交互に共有している。


このような場所では、
祈りがあったり、
村会議があったりすれば追い出されるし、
保育用の椅子や道具も
置くことが許されない。

雰囲気も
子供のための雰囲気にはならず、
保育者も心おきなく保育が出来ない状態だ。
調査を終えて、私たちも帰路についた。

下は、バロン村で読み語りをしている松居友。
ビサヤ語で
『かいじゅうたちのいるところ』を読んでいる、
左は奨学生のカルメラさん。
私のビサヤ語を
現地の語のマギンダナオ語に翻訳している。


ch25
ブアラン村の読み語り

保育所建設の関係もあり、
積極的にピキットの村で
読み語りの展開をしている。
ブアラン村は、行き詰まりの貧しい村だ。

普通の車では、泥道で
とても大勢の若者を
現地まで届けられない。
そこで、ピキット市のダンプカーを借りた。

ピキットもそうだが、
マノボ族の山岳地も
車の問題が大きい。

これだけの人数で、
しかも大量の古着を届けたりすると、
2台の4DWでは無理。
保育所建設の資材も運ばなくてはならない。


幸いピキット市の場合は、
空いている時は、
ダンプカーを借りられることになった。

しかし、空いていないときもあり、
大勢が泥道を歩くことになる。
山岳地域での保育所建設を考えれば、
4WDトラックが欲しいところなのだが・・・


ダンプカーからの眺めは
さすがに良い。
ちょうどイスラム教徒の
結婚式をしていた。


しかし、この時期は、
ひんぱんに洪水が襲い、
多くの家が、
まだ水に浸っている。


ダンプカーが目的地の村に着いた、
と言いたいところだが、
その直前でぬかって前に進めなくなり、

村はずれの大きな木の下で、
読み語りをすることになった。
後輪二重タイヤのダンプカーでも難しい道。


村人たちは、
歩いて集まってきた。


この先の村でも、
保育所を建設する予定だ。
さっそく読み語りがはじまる。


下の写真は、ビサヤ語の奨学生が
タガログ語で読み語りをして、
ムスリムの奨学生が、現地語の
マギンダナオ語に翻訳しているところ。
私もちょこっと写っている。


イスラム地域の奥地の子どもたちは、
学校教育が行き届いていないせいで、
フィリピンの国語である
タガログ語も理解しない場合が多い。


読み語りが終わり、
皆さんから届けられた
古着をわたす。

すっかり、
友達になったところでお別れ。
トラックの荷台から
手を振る奨学生たち。

ムスリム、ビサヤ、マノボの子たち。
部族や宗教を超えてイスラム教徒も
カトリックもプロテスタントも
一緒に活動している。


現地では、
それぞれの部族の歌も披露する。
異なった文化を大事にして
平和を作る、
ミンダナオ子ども図書館流の平和づくりだ。


ch26
マノボデーが
大盛況で始まった!


2月のイスラムデーの流れを受けて、
マノボデーも洗礼をテーマに考える。
しかし、マノボ族に
洗礼は無いという話になるが、

沖縄で赤ちゃんが生まれた後に、
太陽神に見せる儀式と同様の、
産後の儀式があるのではないか、と聞くと、
事実共通した儀式が存在することがわかり、
それをドラマの形態で行うことになった。

山でまずは、
食材を探す。
カサバイモ(マノボ語ではバランホイ)は、
重要な食材の一つ。

デコレーション用の美しい花も採る。
谷間に咲いていた。

翌日のマノボ料理の準備が徹夜で進む。
竹を使った、竹筒料理はいつもメインだ。
これで蒸かした素材は、
竹の香りがありおいしい。

若者たちにとっては、
楽しいコミュニケーションのひととき。

いよいよ開催!

マノボの文化、誇り、
誕生についての発表がある。
前回は、アゴンという楽器だったが、
今回は、小柄なマノボの
クリンタンの演奏が披露された。

いよいよ、赤ちゃんが生まれた後の
洗礼に近い儀式が始まる。
ドラマの形で進められた。
だっこしている熊のぬいぐるみが
赤ちゃんのつもり。

迫真の出産演技に、笑いと拍手。
その後に、
母親や赤ちゃんを清める儀式がある。

そして最後に、
マノボの歌を皆で歌う。

こうした文化祭を通して、
友情が深まっていく!


ch27
マノボの食卓は、
シンプルだがおいしい!


地鶏の丸焼き。
海草とキュウリの酢もみサラダ。
カサバイモのお菓子が見える。

今回の驚きは、ティナポイ。
香りの良い、アロムの葉に、
麹でかすかに発酵したご飯をいれて包む。

淡い酸っぱさの中に、
かずかに甘みのある発酵米。
舌にまとわりつくような香りと旨味。

「何か、記憶にある味だなあ」
と考えながらハタと気がついた。
酒粕である。
懐かしい日本酒の香り。

そういえば、
食べ終わったとに、
ほんわかとかすかな酔い心地が広がる。
今回の最大の収穫?

カエルの煮物!

ヘビも美味しい!
ニシキヘビの蒲焼きは、
最高!

いつか、
皆も食べに来てね!


先住民族の文化祭
マノボデー

初期の頃に行った、マノボの文化祭。
準備のために、山にヤマイモをとりに行ったり、
ニシキヘビもとって来て、解体し料理しました。
文化人類学者にとっても、珍しい映像です。
映像を 見たい方は ここをクリック
ミィーティングで
奨学生の代表役員が
選挙で選出された!

今回は、無記名の投票形式にした。
プレシデント1名、バイスプレシデント2名は、
それぞれ先住民、移住民、イスラム教徒から
一人ずつ選んだ。
自治方式で、なるべく
自分たちの力で運営していく機会を作りたい。

皆さんの支援で、
本当に多くの子どもたちが、
未来への足がかりをつかんでいます。
ありがとうございます。


ch28
保育所
デイケアセンターまたは
プレスクールの問題!


保育所は、現地ではデイケアセンター
またはプレスクールと呼ばれており、
小学校就学前の4歳から
5歳の子どもたちが通う施設。

日本の保育所のように
遊び中心の子どもを預かる施設ではなく、
就学前に
アルファベットや簡単な算数などを
2時間ほど教える場所。

2006年よりフィリピン政府は、
小学校入学前に
幼稚園に入ることを義務づけた。
理由は、アルファベットも知らない子が
小学校に入学すると、
先生の指導が面倒になるため。

幼稚園は、
おもに小学校に併設されるが、
山の集落や湿原の子どもたちは、
遠くて歩いて通えない。

そこで、
集落単位で保育所を建てて、
そこで学んでも良いことになった。

建物は、
バランガイ(村)単位で
建設することになっている。

4~5坪ほどの簡便なものでよく、
3っつのランク付けがされている。
 A:木造で竹壁。草葺き屋根。

 B:コンクリートブロックの基礎で竹壁。
   トタン屋根。

 C:全体がコンクリートブロック。トタン屋根。

Aタイプが最も安価だが、
床は土のままで、
屋根がトタンでも、
竹壁の下部に腐りがはいりやすい。

Cタイプは、壁もコンクリートで長持ちするが、
高価であり、子どもの数が多く、
学校の教室のような大きなものだと良いが、
山の村の一室の部屋では、
熱帯の日差しの下では蒸し暑くなる。

ミンダナオ子ども図書館では、
町に近い地域では、
上下の写真のような
コンクリート製を推薦するが、

町に近く、電気も通っており、
子どもの数が多く経済的のも豊かな地域なら
クーラーや扇風機も設置できて良いが、
電気もない極貧地区では、扇風機も置けない!

そこで、現地からの要望もあり、
MCLの優先的活動地域である
山や湿原などの貧困地域においては、
基礎がコンクリートで腐ることなく、

壁と窓は竹で涼しく
現地の気候に適していて、
値段もそこそこの
Bタイプを推薦している。

教室の中には、黒板を置き、
子どもたちの人数に合わせて
机とイスも設置する。

机とイスは、
プラスティックだとすぐに壊れて
山では、修復が出来ないので、
あえて木の机をMCLで作り、
イスも現地で修理のきく竹イスにしている。

開所式の時は、MCLの子どもたちと
現地の子どもたちといっしょに、
奨学生たちが、読み語りを行う!
下の写真は、山の保育所で読み語りの
踊りを踊るMCLの奨学生たち


ch29
5年以上たつと
竹壁に
腐りが入ってくる

2020年加筆

Bタイプの場合は、竹壁ゆえに
5年以上たつとしだいに腐りが入ってくる。
素材が竹であるが故に、
木材よりも修理代が安く、
伝統的工法なので特別な技術もいらない。

村との契約書には、
受け渡し後の維持管理と修理は、
村で責任を持っておこなう契約規定で、
その意味でも修理は可能なのだが、

しかし、長年の観察では、
最極貧の村では、保育所の修理代も
出せないケースがほとんど!
土台はコンクリートで良いのだが、
竹壁に破損や腐りが入っている。

これでは、いくら何でも、
勉強している子どもたちが可哀想!
支援者もがっかりされるだろう!

それゆえに、2021年から、
MCLで建設した70棟以上の保育所を
全て調査して、

竹壁を修復し、
コンクリートの下壁と、
トタン屋根にペンキを塗り
修復して行くことに決定しました!

保育所の維持は、
本来は集落の責任なのですが、
MCLのスカラシップで高校や大学を卒業して、
故郷で保育所の先生になっている子も多く。

日本からの訪問してきた人たちにとっても、
村の子どもたちや人々との、
つながりを体験するのにも、
良い事がわかってきたので、

場合によっては、
村の家にスタッフと泊めていただいて
修復活動をしていこうと思っています。

以下の映像では、
日本から訪問してきた若者たちが、
山の保育所のペンキ塗りを
している場面が出てきます!

地震の悲しみで お父さんが!
映像を見たい方は、上をクリックしてください!

これが先住民の子どもたちが、

学校に通う道なんだ!

小さな子では、
あんな遠くまで通えない!


だから、ここに
MCLで保育所を建てたんだね!


地震の悲しみで お父さんが!

ch30
大阪から関さんが訪問、
ピキットのナブンダスの
保育所建設
予定地を視察


関さんは不思議な方だ。
最初は文部科学省に席を置いていたが、
今はNPOの運営をしていらっしゃる。

今回は、ピキットに建てる、
保育所の現場視察にこられ、
2日間という駆け足滞在。
舟でしか行けないナブンダスを訪ねた。

ナブンダスでは、子どもたちが出迎えた。
前回報告した、崩れかけた納屋を
保育所として利用している場所だ。
予定では、3カ所の保育所を計画している。

ナブンダスの子たちの中には、
下のように、
体の奇形が発症している子たちが数人いる。
下の子は、
手の指が発達せずにくっついている。

まずは検診し、手術をすることになった。
戦闘のあったピキット地域では、
このような奇形が多いことは、
報告したとおりだ。

下の子は左の目が盲目になっている。
私の友人の話では、
空爆の際に劣化ウランが使用された
のではないかと疑っているが・・・・
戦闘後に増えていることは確かである。

関さんのおかげで、
この地に3つの保育所が完成しそうだ。
「完成の暁には、開所式にいらしてください」
と言うと、さすがに感性の鋭い
関さんらしい、一言が帰ってきた。

「この地を理解するには、
 最低1年は居ないとだめだなあ」


ch62
イスラムの湿原
ナブンダスの保育所
開所式映像

映像を 見たい方は ここをクリック



小雀幼稚園寄贈
マキララ山の保育所
開所式映像

映像を 見たい方は ここをクリック

ch53
朝日新聞のマニラ支局、
木村文記者が
難民キャンプを訪ねた


ピキットの
難民救済活動が一段落した。
思ったより早く、
事態は収拾に向かいうれしいことだ。

今回、朝日新聞のマニラ支局、
木村文記者が、
フィリピンの大手誌:
デイリーインクワイアラーの記者とこられ、
ミンダナオ子ども図書館に滞在。
グレイスさんを紹介し
難民キャンプを訪ねた。

ch57
マニラ支局の
木村文記者による記事

直接サイトを開きたい方は、以下をクリック。
 http://www.asahi.com/international/
update/0428/TKY200704280245.html


ピキットから車で1時間のミッドサヤフ。
緑に波打つ水田の端に、
崩れ落ちそうな掘っ立て小屋が立つ。


アルバヤ・アドレスさん(14)は、
ここで母親(65)と暮らす。
母子はイスラム教徒。
キリスト教徒の水田の小作で
やっと日々の食費を稼ぐ。

92年母親が戦闘から逃れ、
たどりついた避難所で
アルバヤさんは生まれた。
モスクの敷地の片隅で、
母親は16時間のお産を耐え抜いた。
赤ん坊を抱いた瞬間は
「うれしくて、心からいとおしかった」。  

それでも貧困は現実。
アルバヤさんは高校1年
(日本の中学1年)で、
学校へ行けなくなった。
昨年、日本のNGO
「ミンダナオ子ども図書館」を訪れた。
「笑いも、話もしない。
長い紛争や貧困の中で
完全に表情を失った少女だった」
とディレクターの松居友さん(54)。

幸運にもアルバヤさんは、
奨学金を得て
今月から高校に通うことになった。
今は別人のように明るい。

「母は、紛争のさなか私を命がけで生んだ。
だから私は与えられたものを何ひとつ
無駄にしちゃいけない。生まれて良かった」。
つぶらな瞳が、きらきらと光った。
(フィリピン・ミンダナオ島=木村文)

フィリピンの大手誌、
デイリーインクワイアラーの
記者も同行取材した。

普段は、何気なく行く
(何気ない方がよい)が、
ジャーナリストが一緒だと別だ。
フィリピンでは多くのジャーナリストが、
殺害されている。
私も、覚悟はしているのだが。

記者たちは、
奨学生たちの貧しさに
唖然としていた。
またいつでもどうぞ。


ch54
MCLが掲載された
子供向けの写真百科が、
ポプラ社から出版!


執筆は以前訪れられた、
岡崎務氏の文と写真。
題名は、
『体験取材!世界の国々14・フィリピン』
監修は寺田勇文
(上智大学アジア文化研究所)
中を開くと、思ったよりも多くの記事が、
MCLでの取材から生まれている。

「2・自然にささえられたくらし 
高地で野菜やバナナの栽培」は、
マノボの村に住むバルセール家を取材。

「4・子どもたちのくらし 
早朝からはじまる小学校の授業」では、
MCLの記事と共に、
マノゴル村の小学校の記事が掲載。

「5.人々のくらしをささえる信仰 
ほかにもあるいろいろな宗教」では、
ピキットのイスラム教徒やモスクが写り、
マロンを着た女の子たちは
ミンダナオ子ども図書館の奨学生たち、

現地で生きている人々、
特に子どもたちや社会的背景も落とさず、
誠実な取材が好感。必見の価値あり!
ポプラ社 定価2800円

下は、ミンダナオ子ども図書館の文化祭!
マノボ族の文化祭の時に行った
カサバイモの採集と料理
歌や踊りをビデオにしました。


マノボデーのカサバイモ
33分
 
 映像を 見たい方は ここをクリック  

ch55
それにしても、
ミンダナオの情勢は
あまり良くない

ニュースの抜粋
http://www.afpbb.com/article/
war-unrest/2269022/2030028

(写真は、記事とは別のものです)

フィリピン南部の
バシラン島(Basilan)で18日、
国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)との
関連が指摘される
イスラム原理主義過激派グループ、
アブサヤフ(Abu Sayyaf)と、

フィリピン軍の間で戦闘が行われ、
武装勢力側に多数の死傷者が発生、
国軍側も16人が死亡、9人が負傷した。
軍当局が発表した。

海軍広報官は、
武装勢力側の死傷者は30人と発表したが、
バシラン島の軍高官は、
42人が死亡したと述べた。

今回の戦闘で海軍は
ジャングル内の武装勢力の基地を攻撃した。
戦闘中、後方支援を行っていた
空軍のヘリコプターMG-520が海に墜落、
副操縦士は海軍に救出されたが、
操縦士1人が死亡した。

空軍広報官は、
ヘリコプターの墜落は
飛行中に発生した異常な振動によるもので、
攻撃によるものではないとの見方を示した。

地元の軍広報官は、
海兵2人と武装勢力戦闘員2人の
死亡が確認されたが、
双方の死傷者はさらに多いだろうと述べた。

報道規制が敷かれたため
今回の戦闘の詳細は
明らかになっていないが、
情報筋によると
Unkaya Pukan郊外の銃撃戦が
接近戦に発展したものとみられる。
(フィリピン・ミンダナオ島=木村文)


ch58
以上は、ニュースの抜粋だが、

バシランや
スールーでの戦闘は、
2000年時にも起こり


それがミンダナオのピキットを含む
他の地域へも飛び火するきっかけになった。
今回も、同様の展開過程になり、
ミンダナオ全体へ
飛び火しなければよいがと思っている。

海軍や空軍が出てくるという事は、
フィリピン政府は
本格的に戦闘を開始しよう
としている現れであると思える。

こうした動きに関して、
JICAの後藤氏もコタバトの長石氏も、
「日本政府はマレーシア政府と共に
 和平を提案している」と言う。
願わくば大きな戦闘にならなければよいが
http://www.asahi.com/politics/update/
0824/TKY200708240160.html



ch59
多少悲観的な
見方を捨てきれない


現地にいて聞こえてくる話から、
感じられてくるのは、
戦闘というものは、
実に綿密に計画的に準備されるものであり、

地域紛争というよりも、
もっと広範囲の
国際的な思惑から
起きるのではないかという気がする。

中東戦争の背景には、
石油の利権が絡んでいるように、
ミンダナオの場合も現地からの話では、
かなりの埋蔵量とされる天然ガスの
利権が絡んでいるように思える・・・

ただ、今のところ、
日本の動きは、
うれしいことに
一線を画しているようだ。

日本やマレーシアの仲介で、
和平が実現するかは、
微妙であるが、

ピキットで今回保育所を建設した
プランギ村でも、
日本政府とJICAの動きは、
米国よりも
はるかに良いという言葉を聞いた。

「欧米と協調しつつも一線を画し、
 独自の手法で平和を作る日本」
と言うイメージが、
世界に定着すると良いのだが。


 戦争と平和
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平和構築と学校建築 
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ch56
選挙控え治安悪化、
避難民数千人 
フィリピン

2007年04月28日21時56分

日本政府が紛争後の復興支援をする
フィリピンのミンダナオ島中部で、
地元政治家同士の抗争により
治安が悪化している。

マギンダナオ州では4月中旬から
最大で7千人以上が村を離れ、
隣接するコタバト州に避難した。

中部ミンダナオでは
政府とイスラム武装勢力との
和平交渉が進展せず、
武装解除も実現していない。

コタバト州ピキットの中心部、
国道沿いの材木置き場には14日以降、
隣接するマギンダナオ州
パガルンガンから逃れてきた約300世帯、
1700人が身を寄せる。

細い木にシートを渡しただけのテントで
地面に寝転がる。
土地所有者の牛50頭とヤギ30頭も
同じ敷地内にいる。

雨が降ればゴミや
排泄(はい・せつ)物が流れこみ
異臭が漂う。
「トウモロコシの収穫期なのに
村に戻れない」と、
アブドラ・マジアンキットさん(53)。

わずかな着替えだけで避難してきた。
たびたび抗争が起き
97年以降5回も避難を繰り返している。
数カ月後に村に戻ると、家が焼かれ、
家畜が盗まれていたこともある。

抗争の原因は、
隣接するパガルンガン市長の
座をめぐる争い。
5月14日に市長選を控え、
二つの有力者一家が、
武装した私兵団とともに
役場をはさんでにらみ合った。

コタバト州で
NGO「ミンダナオ子ども図書館」
を開く松居友さん(54)は
「暑さや不衛生から体調を壊す
 子供やお年寄りが目立つ」と心配する。
(フィリピン・ミンダナオ島=木村文)


政治的混乱は続いており、
木村記者が滞在中ピキットの
役場前の広場に建つ小さな建物
(福祉局DSWDが子どもたちの
 一時収容などに使っている)
の裏に並んで建設中の
小さなオフィス窓際に、

午後7時手投げ弾が投げ込まれ、
中にいた3名が負傷して病院に運ばれた。 
犯行者の目的は政治で、
建設中の
US AIDO/GEMオフィスが狙われた。

GEMはアメリカ政府の派遣団体で、
日本のJICAに相応するもの。
現在、ピキットの
道路開発などを手がけている。

ez2
池上彰の
ジャパンプロジェクト

世界の”命の現場”で
奮闘する日本人
 

 パックンが来た!
 
映像を 見たい方は ここをクリック

ch60
数日前、
キダパワンで、
私たちも懇意の
女性弁護士が殺害された。


この弁護士は、
下院選に出馬している議員で、
女性と子供の権利を前面に掲げ、
今回の選挙の先頭を走っていた。

私たちは、
過去しばしばこの方の運営する
孤児施設に読み聞かせに行っている。


ch61
以下は、
フィリピンインサイド
ニュースの記事

◆下院議員候補、拳銃事故で死亡 

コタバト州キダパワン市で28日夜、
同州2区から下院選に出馬している
女性弁護士が
親類の警官に誤射され死亡した。
(Inquirer)


地元では、
誤射を信じるものはいない。


フィリピンでは、
農民や女性の団体幹部、労働組合関係者、
村長などコミュニティの役職、
弁護士、宗教関係者、学生といった
社会問題や人権に関する活動家らが、
次々と殺される異常事態が続いている。
http://www.janjan.jp/img/t_world.gif

先日は、長くフィリピンに滞在し、
人々に親しまれていた
アメリカ人の慈善活動家が殺害された。 
私も殺害リストに
載っているかもしれない?


2019,20年
ミンダナオ支援の
記録

 スカラシップ
決定調査


GO!

読み語り支援の記録

GO!

山崩れで亡くなった

GO!

マノボ族の
酋長の依頼で


GO!

ウイルス閉鎖期間に
戦闘が起こった!


GO!

地震の悲しみで
父さんが!

GO!

クレジットカードによる寄付が可能になりました!
サイトは保護されています、
個人情報が流出することはありません!


スカラシップの一括支払いも可能です!

毎回振込後に、宮木梓からお礼のメールとが届きます!
奨学金は物価高騰もあり、2021年より以下に変更いたしました。
一年間、小学校42000円、中高60000円、大学72000円

卒業後も支援額を変更して継続、別の子を紹介希望、終了希望は、
通信欄かメールで宮木梓宛に、寄付の内容や要望をお書きいただければ、
宮木梓が、対応いたします。
メールが難しい方は、日本事務局に携帯かお電話で対応いたします。
 
郵便局、銀行またはコンビニ、ATM、ネット振込は以下です!  
基本は、自由寄付です。振り込まれた方には、隔月に機関誌をお送りします。 
郵便局からの振り込み
自由寄付、スカラシップ里親支援等
郵便振替口座番号 00100 0 18057
口座名:ミンダナオ子ども図書館

ミンダナオ子ども図書館 支援方法
銀行またはATM
インターネットでの振り込みは以下へ

銀行名 
ゆうちょ銀行 金融機関コード 9900
店番 
019  預金種目 当座
店名:
〇一九店ゼロイチキユウ店
口座番号 
0018057
口座名:
ミンダナオ子ども図書館
 振込を確認しましたら、子どもたちの写真または絵が描かれたお礼ハガキを現地からお送りしています!
領収書等が必要な方は、宮木梓までご連絡ください。
現地日本人スタッフ宮木 梓  mclmindanao@gmail.com
日本事務局 前田容子 FAX:0743 74 6465 携帯電話:090 5091 7514
ぜひいつか、子どもたちに会いにしらしてくださいね!


主要な目次を集めました!
クリックして飛んでくださいね
ミンダナオ子ども図書館だより 宮木あずさ制作
現地日本人スタッフによる、
写真を交えた最新の活動報告です!
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
訪問等でMCLと出会った若者たちの想いです!
ミンダナオ子ども図書館:日記 松居友制作
松居友による活動報告および
製作映像や想いを載せた自由日記です!
ミンダナオ子ども図書館 支援方法
支援方法
「0」ゼロに 立つための支援を
ゼロに立つための支援を
訪問希望の方は ここをクリック!
訪問希望
MCL映像サイト
何故ここに日本人などのテレビ映像
その他の貴重な活動映像を掲載
機関誌『ミンダナオの風』 にこめた思い!
機関誌『ミンダナオの風』編集にこめた思い!
ミンダナオ子ども図書館のミッション 理事、役員、スタッフ 活動の概要を紹介
ミッション・ビジョンとボードメンバー 
MCL文庫
民話、絵本原稿、青少年から大人までの読みものを
自由購読で提供しています。
ミンダナオオから発送の 機関誌「ミンダナオの風」 
過去の機関誌PDF
MCL 会計報告
会計報告
 日本の子ども ミンダナオの子ども
日本の子ども ミンダナオの子ども
MCLへの 若者たちの想い! 
機関誌『ミンダナオの風』若者たちの想い!
無題3 松居 陽
無題3:松居陽
イクメンに 未来をたくせそう! 
イクメンに未来をたくせそう!
2021年 今後のMCL 
今後の活動指針
 愛に捧ぐ黙想 松居 陽
愛に捧ぐ黙想:松居陽
ぼくの少年時代と 思春期から   
ほくの少年時代と思春期から
子育てよりも、子育つ世界!  
子育てよりも、子育つ世界!
講演、公演の予定表など 
講演、公演の予定表など
メールニュース 希望! 
メールニュース希望!
原住民、イスラム、クリスチャン 私たちは一つの家族!
原住民、イスラム、クリスチャン、私たちは一つの家族!
小学生や若者たちの 講演感想!
講演感想
近年の若者たちの訪問体験記!
ミンダナオ子ども図書館の活動とは?

MCLを知っていただくために、多くの映像のなかから選びました。
  
 山の下宿小屋に!
山の下宿小屋に
海の下宿小屋に! 
海の下宿小屋に
奨学生を決定に山へ!
奨学生決定に山へ
酋長の依頼で! 読み語りに!
酋長の依頼で
地震の悲しみで お父さんが!
地震の悲しみでお父さんが
アポ山へGo!
アポ山へGO!
地震避難民の 救済と読み語り! 
地震避難民の救済と読み語り
イスラム避難民の 救済支援! 
イスラム避難民の救済支援
ウイルス期間に 洪水が襲った!
 洪水が襲った
 イスラム湿原に 保育所を建てた!
イスラム湿原に保育所を建てた
 土地を追われる マノボ族!
土地を追われるマノボ族
 サンタマリアの 海辺で遊ぶ子どもたち!
サンタマリアの海辺で遊ぶ子ども
クリスチャンの文化祭 ビサヤデー!
クリスチャンの文化祭
イスラムの文化祭 ムスリムデー!
イスラムの文化祭
原住民の文化祭 マノボデー!
原住民の文化祭
戦争と平和
戦争と平和
洪水と植林活動
洪水と植林活動
平和構築と学校建設
平和構築と学校建設
ミンダナオ子ども図書館の 日常から
ミンダナオ子ども図書館の日常
総合活動報告の 記録映像
総合活動報告の記録映像
海の下宿小屋 クラクシン
海の下宿小屋
何故ここに日本人 TV録画! 
テレビ東京なぜここに日本人
池上彰の番組 パックンが来た!
池上彰の番組、パックン
NHK国際放送 ミンダナオから来日! 
NHK国際放送
English Video 1 Yo Matsui   English Video 2 Yo Matsui English Slide video! Yo Matsui 
kako
過去の活動を整理し、完成版をここに掲載していきます
戦争と貧困と平和構築と国際交友
ミンダナオの子どもたちから、生きる力をもらってきた実体験の記録!
2007
(1)
2007
(2)
2007
(3)
 2007
(4)
2008
(1)
2008
(2)
  
 2008
(3)
2008
(4)
2008
(5)
2008
(6)
2008
(7)
2008
(8)
2009
(1)
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2009
(2)
2009
(3)
2010
(1)
 
2010
(2)
2011
(1)
2011
(2)
2011
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2011
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2012
(1)
2012
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2012
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2013
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2013
(2)
2013
(3)
 2014
(1)
2014
(2)
2015
(1)
2015
(2)
2015
(3)
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