戦争と平和構築
2009年の記録から
(3)


イスラム地域の戦闘と難民の問題
土地を追われたマノボ族
1 戦闘と難民の問題 GO! 9 翌日も調査を継続 GO!
2 7割がイスラム教徒 GO! 10 こちらはバゴボ族の村 GO!
3 安全場所は難民キャンプ GO! 11 スカラシップ調査は続く GO!
4 トラウマ解消支援 GO! 12 サトウキビ刈りに出される GO!
5 スカラシップ調査を開始 GO! 13 新しいスカラー候補 GO!
6 病気の母を囲んで GO! 14 アルバちゃんを訪ねた GO!
7 NHK国際放送で GO! 15 星に導かれて GO!
8 2時間も山を登って GO!
16 アラビア学校が始まった GO! 26 物乞いで山から来る子ども GO!
17 医療も絶え間なく続く GO! 27 MCLでは分かち合って生活 GO!
18 先住民族の文化祭マノボデー GO! 28 土地を追われたマノボ族 GO!
19 日本人の血の入った人も多い GO! 29 バイオ燃料にも追われる GO!
20 生活難が先住民を襲っている GO! 30 外国人が入るには難しい GO!
21 土地を買うお金などない GO! 31 熱帯林が伐採されて GO!
22 斜面にすら自分の土地がない GO! 32 マノボデーの練習風景 GO!
23 日本人の末裔も多くいる GO! 33 心の底から楽しみながら GO!
24 これが貴重な食料だ GO! 34 妖精たちを呼び寄せて GO!
25 平坦で耕作に良い土地は GO! 35 その夜は首領を囲んで GO!

mk40
イスラム地域の
戦闘と難民の問題


何故、イスラム難民は
自分の土地に帰らないか?


これには、いくつかの原因がある。
一つは、帰っても
家が焼かれて無かったり、
家畜が奪われて居なかったり、

生活を始めるための
基本的な財産が
戦闘のために失われている。

それ故に、
帰ろうと思っても帰れない、
と言うものだ。

しかし、
もっと根本的な原因は、
戦闘の拡大を恐れているからだ。

彼らは、
政府軍がMILF反政府組織を
見かけ上は土地から追い出し、
外見上は戦闘地域を制覇した事で
戦闘が終わったとは考えていない。

クリスチャン系住民は、
政府軍の制圧によって守られている、
と言う自覚があり、
彼らは、ほとんどが自分の土地に帰った。

行政が、
公的な難民キャンプであった、
倉庫や学校を閉鎖して、
帰省を促していることも大きい。

しかし、イスラム教徒たちは、
自分の土地に帰ろうとせず、
ピキットの辺境に移って
道路沿いに住み始めている。

彼らが、ビニールシートの屋根を
椰子の葉に変えて、
仮小屋を建て始めたことは、
長期滞在を覚悟したことを意味している。

理由は、
クリスチャン系住民とは正反対に、
イスラム教徒の人々にとって、
政府軍が地域を制圧し、
軍が駐在したことは、

戦闘が起こる可能性、
拡大する可能性が高まった事を
意味しているからであると言う。

普通なら、政府軍は、
フィリピン政府が自分たちを守るために
出動させた軍隊という解釈になろう。
クリスチャン系住民にとっては、
まさにその通りである。

しかし、自治独立を目ざしている
イスラム系住民にとっては、
敵の侵攻に見えると言えば、
理由が明らかになろう。


mk41
7割が
イスラム教徒で
しめられている


ピキットは、7割が
イスラム教徒でしめられているが、
他の地域もふまえて、
イスラム地域は、ほとんどの住民が
感情的には反政府だと言って良い。

特にこの傾向は貧困層に強く、
村長や金持ちの土地所有をしている
イスラム教徒は、
ダバオやマニラに居を移している
ケースが見られる。

といっても、
この境目は実に曖昧なもので、
遠くから、
指示を出している可能性もある。

いわゆる反政府地域の
イスラム教徒のたちは、
MILFの正規軍が滞在したり、
通過しても逃げることはない。

しかし、政府軍が入ってくると、
子どもたちも女達も、
いっせいに村を放棄して逃げ出す。

理由は、政府軍が村人を
攻撃してくるからではなく、
政府軍が入ったところに
戦闘がはじまるから。

MILFにとっては、
政府軍は自分たちの
テリトリーに入ってきた
侵入者であり攻撃の対象。

軍は、政府軍も、MILF軍も、
訓練された正規軍と、
一般住民が武器を持った
民兵とにわかれている。

民兵は、
ライフルや迫撃砲を持っていれば
それとわかるが、
特にMILFに属する民兵は、
軍服を着ていないし、

普通の住民と同じ、というか、
普通の住民達のなかの
男性達だから、
それと見分けるのが難しい。


mk42
最も安全な場所は
難民キャンプだ


彼らは、自分たちが戦うためにも、
家族を安全な場所に移しておきたい。
最も安全な場所はどこか、
それが、難民キャンプだ。

このことは、
地方行政も承知であるし、
ピキットでは人道的な立場から
ワールドフードと協力して食料支援もしている。

難民キャンプは、
ほぼ、村単位で固まるケースが多く、
その結束は固い。

難民状態が続いたからと言って、
彼らの結束が弱まったり、
コミュニティーが
崩壊することはなさそうだ。

貧しい人々の結束は、
難民状態を通して、
より強くなることはあっても、
弱まることは無いと感じる。

しかも、彼らは、
こうした経験を、過去30年間、
3年置きに体験しているので、
戦闘難民になっても、
「またか」と言う状況なのだ。

唯一、困難なのが食料と医療であり、
初期のうちは、
精神的なトラウマなどは、
あまり感じられない。

外国人に対する不審感と、
長期化してくると、
抑鬱状態は感じるが・・・・

戦闘における精神的トラウマの問題は、
他国に攻撃を仕掛けてきた軍の兵士たちが、
故郷を離れて
戦地に放り込まれた結果、

つまり、
ベトナムやイラクの米兵などのように、
その様な場合に
顕著に現れるのではないか。

私も、戦闘を身近に体験して、
10,11月に日本に帰国しても、
飛行機の爆音や、
ちょっとした音で神経が高ぶったり、

東京都内の環状道路を
自衛隊の軍用車が、
走っているのを見ただけで、

「どこが戦闘か!!!」と、
総毛立ち
強烈な感情に襲われたが、

こういうのは未経験者に特有で、
長期に経験し続けている
イスラムのスタッフに聞いても、
慣れっこになってしまうようだ。

スカラーの中には、
父親などが殺されると、
かなり強い
抑鬱状態になることは確かだが、

加害者の立場に置かれたものの方が、
トラウマは激しく
被害者の場合は、むしろ家族や
親戚や村人たちで、
心を結束させて行くように見える。


mk43
海外NGOによる、
トラウマの解消支援


今、はやりなのだろうか?
海外NGOによる、
トラウマの解消のための支援は、
現地の人々の表現を借りると、

「それしかやらないのか、
米をくれる方がよっぽど良いのだが・・・」
と言った言葉になる。

私には、
理念は、理解できるが、
彼らには良くわからないようだ。

私たちは、
読み語り活動を通して、
子どもに対してトラウマ解消の支援に
類似したこと?をしているが、

私自身は、
昔語りに起源を発する語りは、
心理学的にも歴史的にも
最高の心理療法であることは、
拙著「昔話と心の自立」教文館で執筆したが。

さらなる利点は、
繰り返し通うことによって、
見知らぬ人々や子どもたちと、
信頼しあい友だち関係になれることと、

現地の若者たちが
スカラー達といっしょになって、
ボランティア精神を育成できることだろう。

平和構築が、
宗教や部族や国を超えて、
心を通わせ会うことから
始まると考えると、

読み語りは、
最高の
平和構築活動だと感じる。

ただし、
英語の絵本を読んだり、
欧米の歌のみを歌ってもだめで、

言葉はマギンダナオ語や
マノボ語など、
現地語(母語)を中心に置き、

現地の文化や宗教を重視し、
地元の昔話、
踊りや歌を、
必ず交える必要がある。

その意味で、
現地の若者たちが、
中心にならなければ
意味をなさないだろう。


ただ読み語りも含めて村人達には、
トラウマ解消プランは、
NGOの自己満足といった感じで、
映っているように見えるようだ。

しかし、子どもたちが大喜びで
表情が変わるのを見て、親もおお喜び!
そして、大人たちも心が癒され、
「また、来てくださいね!」

期待しているのは、炊き出し、
そして医療なのだが・・・
実際、最も困窮しているのは、
医療と食料であることは確か。

興味深いことだが、
地方政府やイスラムの行政担当者、
福祉局の人々も
このことはちゃんと知っている。

戦闘など、
まったく馬鹿げたことである。


地域社会や家庭と同時に、
コミュニティーも崩壊し、
心理的なトラウマ解消支援を必要としているのは、
自殺率の高い、
先進国の人々の方かも知れない。



mk44
スカラシップの
調査を開始した


今回、私たちは、
山岳地域の村を訪ねた。

入り口は、
ミンダナオ子ども図書館の農場からで、
普通見れば、
どこが入り口かもわからず、

この様な場所の奥に、
人が集落を構えているなど、
外部者には
わからないようになっている。

行ってみると、
喜んで迎えてくれた。
もちろんマロゴン村の役場の人など、
現地の人が同行する。

現地の学校に通っている、
ミンダナオ子ども図書館の
若者たちも。
総じてこうした場所は、

隠れた人と自然の
パラダイスのような平和を感じる。
マキララは、本当に山深い。

MCL農場のあるマロゴン村まで、
まずは4WDでようやく到達。
そこから、
本格的に山に入っていく。

この様な奥に、
集落があるなどとは思えない。
到着して早速調査を開始。

今回の子どもたちのリストは、
現地の小学校の先生の協力や
現地の奨学生の協力を得た。



mk45
病気の
お母さんを囲んで


生活状況は非常に厳しい。
自分たちの土地はなく、
他人の土地に住まわせてもらいながら、
日雇い仕事を請け負っている。

年齢の割には
考えられないほど、
小柄で痩せている。
栄養が足りないからだ!

現地の人々との
良好な関係が無ければ、
この様な土地に足を
踏み入れることは不可能だ。

写真の家族は、その後、
バナナプランテーションに関連した
土地問題で父親が殺され、
母親と子どもたちをミンダナオ子ども図書館に
住み込みで引き取り奨学生とした。

後に、真ん中の少女は、
大学生になり日本に踊りと歌の公演に参加。
その時に、10年支援し続けてくれた
支援者に会って涙ぐんだ。
その時のNHKの映像は以下です。


mk46
NHK国際報道
フィリピンミンダナオ島

映像を 見たい方は ここをクリック
ミンダナオ子ども図書館の若者たちによる
踊りと唄の日本公演で
父親を殺された奨学生ハニーさんが、
支援者と出会い、感動の涙涙・・・
涙なしには、見られない映像です。


現地の状況から判断して、
マロゴン村に保育所を寄贈し、
下宿施設を建てて
スカラシップの男の子を置き、
小学校に通えるようにした。


年齢は高い子たちだが、
地元の小学校で、級長などになって活躍。
彼らは、どの子が困窮しているかを
正確に把握している。

また、こうした地域の学校の先生も、
スカラシップ候補を綿密に選び出し、
推薦し、調査に同行してくれる。

そうした協力が無ければ、
とても入れない活動地域。

今回、マロゴン村に高校を建てる計画があり
(日本における中学と高校を
現地では、ハイスクール「高校」と呼ぶ。)
山元しんぷさんとMの会で
1ヘクタールの土地を寄贈。

高校がないとこの地域の子たちは
ほとんど学校に通えない。
ここに高校が出来ることで
将来は、
地域の発達に大きな助けになろう。

日本政府の草の根資金で
建設できないだろうか。
日本からワールドフードを経た
食糧支援は来たが・・・

小学校もコンクリートは
4クラスのみ。


mk47
さらにそこから、
2時間も
山を登って


やっと奨学生候補の
家に着いた。

2時間もかけて、
山頂に近い家に着いたけれども、
家には、誰もいない。
小一時間たつと、
4人の子どもたちだけが帰ってきた。

帰るとすぐに、
仕事を始める。

まず、山羊を移し
ゴミをかたずけ、
椰子の汁をあつめ、

ゴムの汁を絞り始める
本当に、しっかりした子たちだ。
しかし、ほとんど裸足に近い生活。

部屋には何もないが
壁に、日本の国旗が見えたので
よく見ると、
「世界食料機構」の文字のしたに
「日本のひとびとより、支援」と書かれている。

話を聞いてみると、このマロゴン村に、
昨年末に日本から、
世界食糧機構ワールドフードを通して
米の配給が数ヶ月あったという。

とても助かったのだそうだ。
滅多に米は食べられないから・・・・

結構やりますね。
良くこんな所まで・・・
それにしても、どうしてここが
わかったのかなあ?

この山岳地域一帯は
ゲリラの活動も活発化し、
イスラム部隊も入り、
さらに難しい状況をむかえようとしている。

下山は、
別の子を調査するために別の道を下った。
こんな山の中に、
網の目のように道がある。

下の子のお母さんは家出したまま
別の夫を持ち帰らない。
お父さんと二人で、
深い山の中で暮らし
うけおいの森番をしていた。

先生の推薦だけあって
貧しいけれども
学業に関する興味は高く成績も良い。

推薦された子のなかの数名は、
父さんがいない子だった。
国軍との戦闘で殺されたという。

反政府勢力の村だから・・・
一日ではとても調査できず、
マロゴン村でその夜は泊まった
電気のない暮らしも乙なもの?

石油の灯りで学ぶ
奨学生たち!


mk48
翌日も
調査を継続


調査は一日では足らず、
翌日も続けた。

翌日、ミンダナオ子ども図書館のスタッフと
ソーシャルワーカーが、
血相を変えてやってきた。

「携帯は届かないし、
夜帰らないものだから、
MCLは大騒ぎだったのよ!
てっきり誘拐か殺害があったと思って・・・」

MCLのソーシャルワーカー
カティも加わり調査を続行。

一泊すると
話してきたつもりが、
伝わっていなかったらしい。

とにかく無事であることを見て、
ホッとしたようだ。
そう言う場所ではあるのだけれど・・・・
スミマセン!

この子たちには
お父さんが居ない。

お母さんは、
日雇いをしながら
子育てをしている。

イスラム部隊が、
駐屯した地域の近く。
来年は、そちらの村にも行ってみよう。
イスラムの奨学生たちといっしょに。

遠くにイスラム集落が望める。
この右手奥の谷に、
駐屯している。

かつてイスラムの土地を
クリスチャン市長が手にいれたが、
それを奪い返して駐屯した。
ピキットから来た者もいるという。

マキララ地区は、
行政とドール資本の癒着が強く、
行政からの依頼を受けた国軍と、
それに対抗するNPA(新人民軍)との
戦闘が絶えない。
今後、拡大しなければ良いのだが。


mk49
こちらは、
バゴボ族の村


貧しい村にもかかわらず
成績も良く
がんばっている子が多い


スカラシップに選ばれて
突然泣き出した少女。
病気と貧困で2年間
学業を停止して新たに開始。
本当にがんばっている様子が、よくわかる。

「まだ、小学校だけれど、高校にも行けるよ」
と、話したとたんに泣き出して
涙が止まらない。

「がんばれば大学まで行けるからね」
と、言ったら、呆然としていた。



mk50
スカラシップ
調査が続く


山のマノボ族の子たちの
家庭調査は、
山登りから始まる。


今年の小学校の里親奨学生を
選考する対象地域は、
和平構築を考えて、

反政府勢力の活動が活発で、
戦闘が絶えない
山岳地域から2カ所選んだ。

 1,アラカンのマノボ地域

 2,マキララの移民系山岳地域

さらに戦闘の続くイスラム地域から、
ピキットの山岳地域と
ARMM(イスラム自治区)に属し、
MILFの強い2カ所。

 3,湿原沿いのサパカン集落

 4,山岳沿いのセニオマラウ集落

そして、昼はゴミを拾って、
深夜は物乞いでさまよう
町のストリートチルドレンたち。

そして、父親もいず、
食べるのも困難な
先住民のマノボ族の子たち。


母親が、
必死で娘を育ててきた。
それでも、大学は夢のまた夢。



思いがけない
スカラシップに、

泣き出す子たち。


信じられないことが
私に起こったわ!
学校に行くことが出来るなんて!!!



mk51
サトウキビ刈りに
駆り出される
ウオーターフォールの
子どもたち


サトウキビ刈りに
プランテーションに駆り出され、

学業をストップ。

スカラシップを続けることが
困難になった子たちを
ソーシャルワーカーのカティーと調査する。

こうしたケアーも
重要な仕事だ。
彼らの生活環境は劣悪だ。

下は、
サトウキビ刈りの労働者が
過ごしている宿泊施設?


ようやく、
いなくなった奨学生の
両親と会えた。

しかし、彼らも、
いなくなった娘の事も、
その居所も知らなかった。
両親を交えて調査は続く。



mk52
新しいスカラー候補

スカラーのザイノディン君の妹。
もう一年近く、難民状態だ。
最初は、父親が
高校生になるのを反対した。

保守的なイスラム教徒の中には、
女の子は学業を続けることなく、
結婚した方がよい
と言った考え方がある。

彼女が、涙を流して
悲しんだ様子が
今でも脳裏に焼き付いている。


しかし、一年たち、
兄のザイノディン君が、
MCLの活動の素晴らしさを語ったので、
保守的な父親の気持ちも変わった。


「もう、こんな難民生活は
ほとほと嫌になった。
娘も自由に羽ばたかせてやりたい!」

家族写真を撮る時
最初は棒立ちだった父親の手を取ると
わたしは、娘の肩に乗せてあげた。
ぎこちないだけに、
父親の気持ちが伝わってくる。


「娘が親元を離れて、MCLに住むとなると、
父さんは寂しいでしょう」
父親は、一瞬言葉につまったが、
「寂しい・・・」とつぶやいた。

その気持ちは良くわかる、
私ももう8年間も、
生き別れになった娘達に会っていないから・・・
支援者が見つかりました!

2019年現在、彼女はスタッフになり
結婚もしています。


mk54
アルバちゃんを
訪ねた


かつて難民キャンプにいた少女、
アルバちゃんを訪ねた。
あまりにも衰弱した様子に驚いて、
山元しんぷさんのグループMの会で、
ミルクの支援をした。

その後、戦闘も終息して
村に帰ったと聞いていた。
今回、ピキットのDSWDの協力を得て、
彼女の家を訪ねた。

アルバちゃんは、
思ったよりも元気だった。
体つきも、少し
しっかりしてきたように見える。

山元しんぷさんが声をかけると、
微笑んだ。
目も見えないのだが、
ちゃんと覚えているのだ。



mk55
《星に導かれて》   山元 眞

夜中にMCL
(ミンダナオ子ども図書館)に着いた。
朝目覚めて最初に会った子に驚いた。
わたしが、今のわたしになる大きなきっかけを
与えてくれた子どもだったから。

2005年の11月末から12月にかけて
初めてMCLに行った。
教会の創立50周年を機に
ミンダナオ支援を始めた。
その祝いに松居さんご夫婦を招待した。

急に、ほんとに急に
ミンダナオに行きたくなり、
帰国する松居さんに付いていった。

いろんな村を訪ねてまわったが、
夕暮れ時に
その日最後の村を訪ねたとき、
ぼろぼろの車をいち早く見つけて
駆け寄ってきた子どもがいた。

頭に大きな傷跡があった。
こぼれるような笑顔で、
車を降りた松居さんに飛びついてきた。
その時、松居さんが話してくれたことと、
あの笑顔を今でもはっきり覚えている。

「この子はこの村で
最初に医療を受けた子ども。
この子が医療を受けて元気になって、
この村に明かりが灯った。

希望のない暗い村全体が、
この子一人が元気になることで
村全体が明るくなった。」

プロック8(エイト)と呼ばれる村。
この村の名前?
だけは最初から覚えていた。
その時から、

「こんな小さなことをしても
大して役に立たないのではないか」
という疑問が消えた。

今回、最初に会ったのが、その時の子。
ボランティアの原点
みたいなことを思い出した。
「一人の子どもが救われることで、
村全体が明るくなる。」

このことを思い出すとき、いつも同時に
マザー・テレサの言葉も思い出す。
「わたしたちがしていることは大海の
たった一滴の水にすぎないかもしれません。
でもその一滴の水が
あつまって大海となるのです。」

帰国する日の朝、
キダパワンのカテドラル(司教座聖堂)で
朝7時の英語ミサを共同司式した。

この日は公現祭。
キリストの救いが一部の限られた
人たちだけのものではなく、
全世界に人たちにまで
及んでいることを記念し、祝う祭日。

ミサの中で三人の占星術の学者が
星に導かれて幼子イエスを訪ねた
聖書の話しが読まれた。
朗読をじっと聞きながら、
ヘロデ王に尋ねた言葉が腹の底に落ちた。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、
どこにおられますか。
わたしたちは東方でその方の星を見たので、
拝みに来たのです。」

今回の訪問の目的のひとつが
アルバちゃんに会うことだった。
2008年の夏の紛争で
避難民となったアルバちゃん。
ほとんど飢餓状態だった
アルバちゃんがどうしているのか。

2008年の12月31日に
避難民キャンプに訪ねてから一年。
松居さんに尋ねた言葉
「アルバちゃんはどこにいますか」と
三人の学者の言葉が重なった。

「アルバちゃんはどこにいますか」
という言葉が「キリストはどこにいますか」
という言葉となって、
その言葉がミサの間中、
心に中で響いていた。

アルバちゃんはイスラムの
小さな村に戻っていた。
帰国する前日、
アルバちゃんに会いに行った。

家に入ると部屋(一部屋しかない家)の隅に
アルバちゃんが横たわっていた。
手を握って声をかけると
ニコッと微笑んでくれた。

そのことを思い出し、
ミサの間ずっと考えていた。
言いすぎだろうか…。
キリストがそこにいた。
アルバちゃんがキリストだった…。
「この子にしてくれたことは、
わたしにしてくれたこと。」
(マタイ福音書25章40節)

わたしは神父だが、
神父が人を救うなどということはウソで、
救われていることに気づくことが
神父であることなのではないかと、今、思う。

宗教、民族、文化、育ちなど、
あらゆる違いがありながら、
平和に暮らしている
MCLの子どもたちを見ていると、
ここにこそ、本当の平和があると…
今回もまた、その思いを強くした。

プロック8で会った子との
再会で始まった今回の旅。
イスラムの村の家の片隅に
ころがるようにして横たわっていた
アルバちゃんを見つけて終わった今回の旅。
こうして星に導かれた旅は終わった。
うれしかった。とても。


mk56
アラビア語学校が
始まっていた


アルバちゃんのいる
イスラムの村では、
アラビア語学校が始まっていた

アルバちゃんの村のアラビア語学校。

小さなきれいなモスクに隣接して、
子どもたち、大人たちも集まって、
熱心にアラビア語の
コーランを勉強していた。

ここの村は、半年以上、
去年は避難民になっていた。
それでも、
明るさを失わない子どもたち。

モスクも
新しく建立されたようだ。
青空にモスクが青く輝いていた。

イスラム教徒の新年は、
12月18日。
一般の正月は祝わない。

1月2日も、
アラビア語学校が、
平日通り行われている。

金、土、日が授業の日だ。
ちなみに、公立学校を彼らは、
イングリッシュスクールと呼ぶ。

スタッフのノライダさんやアスレーさんは、
帰省する事もなく、
ミンダナオ子ども図書館の
クリスマスや正月をサポートしてくれた。



mk53
医療も
絶え間なく続く


新年度に入って、
次々に患者が運び込まれてくる。
医療というのは、不思議なことに
時期があるようでドッと増える。

年額120万円(月10万)の
医療費を充てているが、
一気にオーバーして予算を使い果たしてしまった。
年度累計額は、150万に達しようとしている。
高額な手術がいくつか入ってきたためだ。

歩けない少女のために、
特性の車椅子を作った。
小型で、小水が出てもだいじょうぶだ。

半年前から、
急激に瘤が出来てきた少女。
歯の位置にも奇形がある。
一度の手術では完治は不可能。

交通事故の若者も
運び込まれる。

プロック8の子で、
もちろん両親に
医療はだせない貧困だ。



eu1
先住民族の文化祭
マノボデーの
準備の芋掘りと
先住民の生活状況



芋掘りと言っても、
日本のように、
畑に植わっているのを掘るのではない。

自生している芋を
木の枝を使って掘るのだ!

実はこれも半自生であって、
現地では、
立派な畑なのだが・・・

先住民族のマノボ族、バゴボ族、
ビラーン族、マンダヤ族などは、
多くが山の奥に住み着いている。

それを見て、
山を生活の場として好む、
山岳民族だと
勘違いしている人たちが居る。

そうではない、
亡きボードメンバーで、
ミンダナオ子ども図書館に土地を提供して下さった、
マノボ族のスーザン・インカルさんが、
おっしゃっていたが、

「今は、学園都市になっている
MCLのあるキダパワンも、
昔はジャングルで、
マノボ族しか、住んでいなかったのです。」

かつて、原住民たちはみな、
豊かで住みやすい
平地に住んでいたのだった!
下の写真は、最初期のMCL!

誰が好きこのんで、
山の傾斜地に
畑を作るだろうか・・・・!

下の写真の背後の下には、
広大な水田やゴムやバナナの
プランテーションが広がっているが、
あそこが、元々、
マノボ族の住んでいた土地だった。

それが今では、
外地から来た開拓民や
プランテーションに土地から追われて、

こうした、
不便な斜面に
住むしかなくなったのだ。

こうした現実を理解するために、
芋掘りも、
ミンダナオ子ども図書館で行う文化祭の一つ、
先住民マノボデーの活動の一部?


eu2
原住民の中には
日本人の血の入った
日系人も多い!


下の写真のスタッフのジケロ君も
マノボ族だけれど、
苗字がタカという名字で、
日系人で高橋という・・・

原住民と結婚して
マニラ麻を作っていた
日本人たちは、

日本軍が、原住民を
生き埋めにしているという話を聞き、

家族を守るために、山に逃げて、
日本人であることを隠して
生き延びてきた。

下のおばあちゃんも、亡くなられたけれど、
そのような日系人のお一人で、
片言の日本語を話された!
「わたしのおとおおうさんは、にほおんじん」

この方の娘さんも、
貧しい生活で大変。

そこで、お孫さんたちを
MCLの奨学生に採用している。
下の子たちもそうで、
小学生だったのが、もう高校生だ!

ぼくも、よく山の中で
片言の日本語を話せる
日系人に会うことがよくある。
湿原地帯のイスラムの日系人も多い!


中坪 央暁
 : ジャーナリスト

ミンダナオ紛争を戦った
「キムラさん」の正体

日系イスラム戦士、「日本への思い」を語る
Go!


eu3
物価高騰による
生活難が
先住民たちを襲ってる


他宗教や他部族のイスラムの子や
移民系クリスチャンの子たちにとっても、
マノボの子たちが、
どこでどのような生活をしているかを
知ることは大事なこと。

MCLの奨学生たちも、
ほとんどが下の写真のような
家から来ている。


今、こうした地域を、
先進国の自国優先による
食糧確保政策のために起こった
「作られた貧困」による食糧難と、

物価高騰による生活難が、
先住民たちを襲ってる。


ちょっとした食料の値上がりが、
こうした貧困層にとっては、
壊滅的な打撃になる。

下の写真を見て、
皆さんには、
どんな声が聞こえてきますか?

私には、こんな声が聞こえてきます。
「ハハハ、単なるジョークジョーク、冗談よ!
こんなだったら良いなあって、
米もって演技しているだけ!
あーあ、腹へったなあ。」

「このお米?
田んぼの稲刈りに日雇いで、
働かせてもらったXさんが、
落ち穂から集めた籾で、うちのじゃないわ。

置いてあったから、
冗談で写真に撮ってもらっただけよ。
子どもたちに食べさせる米?
あるわけないでしょう!」


どうして貧しい人々って、
こんなに朗らかなんだろう・・・
写真を見ているだけだったり、
現実を知らない旅行者が、
こうした人々の姿に会うと、

「ああ、熱帯は冬もなく、食糧が豊かだなあ」
と思えるかもしれない。
しかし、上のモミ米の写真は、
自分たちの田んぼの収穫ではない。

山裾の平原を所有している
移民系クリスチャンの
稲刈りの後の田んぼから(下の写真)
こぼれていた落ち穂を
拾い集めてきたものだ。

家族が多ければ、
二日分の食糧にも満たないだろう。

米を買う金がないから、
こうして収穫後の
田んぼに残された落ち穂を拾う。


eu4
マノボの人たちは、
土地を買うような
お金がない


こうした田んぼのある平地は、
もともと先住民の自給地だったのだが、
政府が(所有者の無い土地)と認定し、
分割して島外移民に売却した。

マノボの人たちは、
自分で土地を買うようなお金がないので、
生活していた土地から
追い出されたのだ。

出ていかないマノボの家族は、
イラガ(ネズミ)と呼ばれる、
移民系の人々が作った暗殺団に
殺されたりしているという。

それでも抵抗する者たちは、
NPA(反政府ゲリラ)という
レッテルを貼られ
軍の攻撃を受けて死んでいった。

先住民を擁護していた
イタリア人のファウスト神父も
殺された。

私がきた6年ほど前も、
マキララで同様の事が起こり
現在も、抵抗運動や戦闘は
各地で起こっている。


eu5
多くのマノボの人々は、
斜面にすら土地が無い


山に追われたマノボ族の人々は、
誰も耕していない、
不便な傾斜地を見つけては、
そこで、かろうじてバナナや芋や
トウモロコシを作付けしている。


のんきな日本人は、
バナナは、バナナの木に
次々と房がつくと思っている。

だから、例え山岳地域でも、
熱帯は果物が
一年中なっていて豊かな場所だと・・・

しかし、バナナは草で、
木のように見える一本に一房だけ実り、
その後は、腐って死ぬか切り払われる。
つまり、年に二回、
二房が収穫できるだけだ。


プランテーションのように、
何万本も植わっていれば
食べるにこまらないだろうが、

斜面のバナナの所有者は、
一家族が10本程度。
しかも、野生のモンキーバナナでは、
種があって食料にならない。

仮に10本のバナナの木を所有していても、
食べられるの年に20房だけ。
芋を掘っても、
トウモロコシを植えても、
食べていけない事がわかる。

しかも、多くのマノボの人々は、
この様な斜面にすら土地が無く、
自給地すらを持たない。

プランテーションの
落ちたバナナを盗んで
食べようともしない。

「農薬がかかっていて、
食べたら死ぬよ!
豚のえさにして売るのがせいぜね!」


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日本人の末裔
日系人も多くいる


ミンダナオ子ども図書館には、
日本人たちの末裔である日系人も多くいる。
上の写真の子も、
下の写真の前列左の奨学生も日系人。

第二次世界大戦の時に日本軍が、
先住民を裏切るという理由で、
生き埋めにする話を聞き、
家族を守るために、
日本人であることを隠して妻子と山に逃げた。

下のマノボの母親の
おじいさんは、日本人で
戦争の時に身を隠して山に逃げた。

彼女の母親は生前、
日本語で私に語りかけてきた
「わたしのおとうさんにほんじん」

こういう貧しい原住民たちは、
サトウキビ刈りの日雇いなどに
出稼ぎに行くか
(これも現在の経済危機で
ことごとくリストラされている)、

女の子は、町にでて
洗濯女や子守、女中となり、
果ては食べるために売春に走り、
男の子たちは、
空き缶などの町のゴミを拾って歩く、
なかば物乞いの生活となる。


ミンダナオ子ども図書館では、
そういう子たちを保護し、
本部や下宿小屋に住み込んで
大学まで行けるようにしている。

MCLのスタッフのジケロ・タカ君も
そんな日系人の一人だ。


eu7
これが、彼等が
山から得られる
貴重な食糧だ


森のなかの野菜は、
これでも、ちゃんと
個人で植えたものなのだ。


渓谷や小川でも
カエルやカニを捕って
食料にする。


それが、子どもたち
特に男の子たちの毎日のお仕事。


沢ガニは
とっても美味しい。
僕も大好き!

トカゲも食べる
美味しいよ!


一見、豊かな?森の恵??
しかし、これだけ捕るのも
結構たいへんだし、
たくさん捕れるわけでもない


カエルは、日常のおかず。
アドボでココナツ煮込み
して食べると、
これもおいしい。


こうした子どもたちの日々の様子を
童話にして「MCL文庫」の

児童文学・幼年童話の原稿に
載せています。

MCL文庫にGO!


eu8

下界に見える
平坦で耕作に
良い土地は


下界に見える平坦で
耕作に良い土地は
ほとんどが、
ビサヤ、イロンゴ、イロカノといった、

移民系クリスチャンに
占められている。

田んぼを持ち、
コメが食べられるだけでも、
山の先住民たちには、
想像を絶する豊かな生活なのだ!


しかし、田んぼを持っていても
決して豊かな生活とは言えず
子どもを学校に行かせられない
移民系クリスチャンの家族も多い。

耕運機やトラクターは使わず
水牛で耕す。

費用がかかるので、
除草剤も使わずに
アヒルで草刈りをして、

卵をバロットにして
町に売りに行く。



eu9
物乞いに山から
下りてくる子も多い


高地のマノボの子たちが、
こうした村に降りてくると
物乞いが来たと思われる。

実際に物乞いに
下りてくる子も多く
残飯や日銭をあたえたりもする。

いわゆるストリートチルドレンになって
道ばたに立つ子もいて、
それもほとんど、
家族を少しでも助けるためだ。

下は低地に住むクリスチャンの家族。
土地もなく貧しいので、奨学生に採用した。
子どもたちには、
日本から送られてきた古着を渡した。

お弁当も文具も買えず
靴もないので学校にも通えず、
たとえ通えたとしても、
山のなかのジャングルを何キロも
歩かなければならない。

町の貧困は山とは違って
自給地がなく
物乞いに頼らざるを得ない。

ぼくが子供の頃に父と
物乞いの前を通ると父が、
「物乞いに何も与えちゃだめだ。
彼らは、仕事を見つけて働く
努力をしなければならないんだ!」
と言われたのを思い出す。

今は、家族の為に必死に頑張る
物乞いの子たちには、
あれば日銭を渡してあげる。
何でも、ある物は
すべて分かち合えばいいんだと思う。


eu10
MCLでは、
すべてを家族として
分かち合って生活


ミンダナオ子ども図書館では、
すべてを家族として
分かち合って、
いっしょに食べて生活しているし。

物乞いをしていた子たちも、
いっしょに住んで助け合いながら
生活をしている。

ミンダナオ子ども図書館は、
そうした子をあえて選んで、
奨学金を出している。

彼等がなぜ、
ミンダナオ子ども図書館に
住みこみを希望するか、
ご理解いただけよう。



eu11
バナナに
土地を追われた
マノボの子たち


マノボの人々は、
この写真の後ろの山の
さらにはるか奥の山の中に住んでいる。

こうした山の傾斜地に、
悪いことに現在、
ドールやデルモンテ、
日本のAJMR(住友商事)が
次々とバナナ園を開き、

マノボの人々は自給地を追われ、
さらに山の彼方へと
移動せざるを得ない状況。

ここで育つバナナ、
皆さんが日常
スーパーで食べている「高原バナナ」

完熟バナナなど、
ちょっとしたブームになっている、
高地栽培バナナと
呼ばれるのがそれである。

ただ、落ちたバナナを食べて
死んだ人が親せきにいて、
人々は、食べようとしない。
刻んで豚の餌として売る。

バナナに土地を追われた
マノボの子たちは、
三食食べられなくて痩せている。
これぞ、本当のバナナダイエット???!!!


eu12
バナナに次いで
バイオ燃料に
土地を追われるマノボ族


バナナに加えて最近は、
ジェトロファ(こちらではトバトバ)
と呼ばれる草の実が、
バイオ燃料が出来るというので、

日本も含めた海外企業が、
土地を買いあさっている、
という声が聞こえてきた。

バナナに次いで、バイオ燃料に
土地を追われるマノボ族。
ジェトロファは、雑草だから、
盗んでも食べられない。

(バナナプランテーションでは、盗もうとすると、
ライフルを持った警備員に射撃される。)
こうして、父親が命を落としたり、
監獄に投獄されて、
家庭も崩壊した子も
ミンダナオ子ども図書館には数人いる。

今年、図書館の建物に
住みこみの子を70名まで増やし、
飽和状態をあえて超えさせたのも、
保護しなければならない、
食べられない子たちが
今年に入ってどっと増えたからだ。


先住民族を追い出して、
政府の公認の内に
自分たちの土地を所有した
移民系の人々。

旅人には、
一見のどかな農村風景にしか見えないが、
その背後に隠れたこうした真実を
現地から発していくのも、
ミンダナオ子ども図書館の
重要な仕事だと思い始めた。

先進国の人々も気づいて
少しでも、
子どもたちの未来が
良くなるように・・・。


eu13
外国人が、
こうした地域に
入り込むだけでも
難しいが


例えミンダナオに住んでいても、
リタイヤメントなどで
町に住んでいては、
この様な現実はわからない。

外国人が、こうした地域に
入り込むだけでも難しいのだが、
私が、年月を重ねて可能にしたのは、
そこに子どもたちがいるからだ。


僕自身、まったく
偶然にもミンダナオに入り、
このような予期せぬ
子どもたちの貧困状態を目の当たりにして、

先進国日本も関わっている、
作られた貧困の
事実を見せつけられ
非常に強いショックを受けた。

日本にいた時に
子ども時代から受け取っていた教育では、
このような事実は、
いっさい語られていなかった。

政治も経済も教育文化も、
欧米先進国をひたすら
模倣し追いかける。

良いとこどりのキレイゴトで
その裏で起こっている悲惨な状況を
まったく伝えていなかった???

たしかに若い頃に
鶴見良行著『バナナと日本人』(岩波新書)
を読んでいたけれど、
1960年代のミンダナオでの出来事だと思っていた。

それが、まさに西部劇のような、
プランテーション開発による戦争や
土地を奪われていく先住民の家族を
目の当たりにするとは!!!

バナナだけではない。
海辺のマングローブの林が、
備長炭として売られていくことで
海岸線の自然環境が破壊されて、
漁民が住めなくなった場所もある。


eu14
ジャングルの熱帯材が
伐採されて


ジャングルの熱帯材が伐採されて、
ほとんど
日本に持っていかれて、

ジャングルが6%しか残らず、
それゆえ表土が流失し、
下流のイスラム地域の湿原では
毎年4,5回も大洪水が起こる様子を見たりして、
洪水の 映像を見たい方は ここをクリック!

とにかく僕は
困難や極貧状態に追い込まれた
子どもの様子を放っておけず、

ミンダナオ子ども図書館を設立して、
微力ながらも
自分の最後の将来をかけて
出来ることをやろうと思った。

僕が、一人の日本人として
次代を担う若者たちに
心から期待することは、

自国のうちに閉じこもって、
本や絵本やメディアを通して、
固定概念から作られた
キレイごとのみを見て生きようとするのではなく、

実際に現地に足を運んで、
こうした隣国の負の面にも
真剣な眼差しをもって事実を知り、

日本の人々に伝えながら、
出来れば、
その地に根を下ろして、

アジアや世界の平和のために、
国境を越えて、
何ができるかを
考え実行し始めることだろう。

人々のために、
とりわけ未来である子どもたちのために、
活動を開始しなければ、
ならない時なのではないだろうか。

アジアそして世界に
平和を作る人として。



eu15
来週に迫った
マノボデーの練習風景


今年の文化祭のテーマは
病気の癒し、祈祷。


ムスリムデーの祈祷は
実に興味深いシャマニズムの宇宙観
ともつながる部分もあって、
私自身もビックリした!

マノボの方は、
生け贄のニワトリを
使って病魔を追い払う祈祷。

ミンダナオ子ども図書館の文化祭は、
首領に教えてもらいながら、

伝統と文化を受け継ぐ
大事なプロジェクトだ。
憑依を払ったり


先住民族の伝統楽器、
アゴンの音色にあわせて、

収穫を願う
踊りをおどったり。

アゴンが弾ける人も
少なくなっている中で、
それを途絶えさせてはならない!


eu16
心の底から
楽しみながら


若者たちが、
自分の民族の伝統文化に誇りを持ち、

嫌々ながらではなく、
心の底から楽しみながら、

宗教や部族の違いも超えて
参加できることが、
大切だと思う。


自分がマノボ族であること、
マノボ族で生まれてきて
良かったと思えること、

それが、
美しいことだと感じられること。

同時に
他の宗教や部族の文化も
すてきだなあ!
と思えること。

それこそ、
ミンダナオ子ども図書館の文化祭の
最も重要なテーマだ。


eu17
謡って踊って
精霊や妖精や
先祖の魂たちを
呼び寄せて


ステージで演じて、
見せ物になることではなく、

自分たちで地元での
自分たちの文化の素晴らしさに気づき、

それを表現する喜びを
体験する事


ほんらい山での収穫祭は、
ステージの上に立ち、
外来の人々の拍手を受けるために行うのではなく、

集落の大人も子供も
全員が参加して、

みんなで謡って踊って
精霊や妖精や
先祖の魂たちを呼び寄せて、

天地創造の神に感謝し
生かしていただくために
豊作を願うことだ。


下は、マノボ族の村にある、
半分が緑で半分が赤い不思議な樹。
陰陽五行の宇宙の樹?



eu18
その夜は、
ダトゥ(首領)を囲んで


夜は、ダトゥ(首領)を囲んで
自分たちの伝統を感じることの大切さを
語ってもらった。
ダトゥの昔話に釘付けに・・・

こうした体験を、
今度は読み語りに生かし、
あちこちで語り歌い踊ることによって、

失われつつある文化を
新たに復活させる

ミンダナオ子ども図書館の若者たち


首領の話は、夜も続く。
あちこちで妖精達の飛んでいる羽音や、
声が聞こえてくる


ez6
 土地を追われるマノボ族
20分

  
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