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2010年

12月21日(火)

明日から、帰郷できない子たち20名ほどと海に泳ぎに行く。
海を見たことも無い子も多く興奮気味だ。

朝鮮半島の動きが気になる。
以前、以下のような記事を書いた。
「たとえば、今は、アメリカに言われてポチのように吠えついて、武器を大量に買わされて、アメリカと中国が手を結んだ時点で「番犬は黙っていなさい!」としかられて、キャンキャンキャンとなる程度なら良いのだが、武器を使って噛みついて、一般の人々に、大変な人的被害を出すようになったら(原爆投下のように)悲しいことだ。
武器を売りたい人々にとっては、どこで戦争が起ころうとかまわないわけで、イランとイスラエルでも(サウジが大量に武器を購入)北朝鮮/中国と韓国/日本でも・・・」
韓国の人々には、あまり比喩は良くないので恐縮だが、ミンダナオから見ていると、韓国が噛みついて、日本は後ろから、ワンワン吠える。
けしかけているのは、諸外国とりわけ軍需産業の強いアメリカだろうか。
自動車産業を例に挙げるとするならば、今、強いのは、日本と韓国。
アメリカは、ようやくGMを再建した状態で、中国も今ひとつ・・・
それを考えるならば、戦争で、日本と韓国を北朝鮮に対立させて、とりわけ、中国との関係を悪化させれば、アメリカとEUが、中国市場を牛耳れる。
中国と共に、世界の車市場は、日本と韓国をつぶして広がる???
国が戦争で破壊されてから、傷だらけになって捨てられるのは、日本と韓国????
田中宇の記事が結構おもしろい
http://www.tanakanews.com/
再び繰り返すが、対立する背景には、第三者がいる。
その目的は、戦争そのものとは全く別な、経済的、政治的進出と利益である事が多い

コタバトに大量の武器が上がっているのも気になる。
それでも、子どもたちは、本当に元気で明るく、かわいらしい

12月18日(土)

明日は、月例総会で高校大学の奨学生が200名ほど集まる。
12月は、スカラーズデーといって、クリスマスのような総会。
今晩は、すでに大勢が集まり始め、明日の料理の準備で大忙し。
とっても賑やかだ。

キダパワンで、韓国の専門家によるエコプランニングの研修会があった。
http://www.gmanews.tv/story/208374/korean-experts-teach-eco-planning-in-north-cotabato
The workshop aims to develop plans for the preservation, conservation,
and enhancement of the ecosystems of areas that have tourism potentials.

According to Edgar Paalan, environment officer of Kidapawan City LGU,
the mouth of Nuangan River can be traced to the Liguasan marsh
believed to have vast deposits of natural gas and oil.

The Liguasan marsh and the Mount Apo, the country’s highest peak
that still has lush forests, might quality to become a natural heritage of the UNESCO,
according to Prof. Kwi-Gon.

韓国は、積極的にミンダナオに関与しているが、興味深いのは、多くの牧師を先住民地域に派遣していることだ。
ミンダナオ子ども図書館の裏にも、韓国の牧師たちが作っている小さな農場があり、そこを拠点に、先住民の宣教者とくに若者たちを教育して貧しい地域に送り込んでいる。
ミンダナオ子ども図書館の奨学生にも、こうした韓国系の教会で、牧師の教育を受けた若者がいる。
エコプランニングは、アポ山の地熱発電会社、国立のPNOCフィリピン ナショナル オイル カンパニーが倒産してテレビ会社の経営者が買い取った。
PNOCは、日本の丸紅も関わっていたはずだ。希少金属の宝庫と言われている。
先日、ミンダナオ子ども図書館の奨学生の調査でアポ山の山麓の村に行ったが、今まで、PNOCから奨学金が出ていたのが失われレイオフも激しく、この地の先住民が困窮している。
その解決策の一つは、ツールズムだろう。
アポ山の登山口だし、温泉も出る。
さらに、ピキットの戦闘地域で石油の埋蔵が確認されているリグアサン湿原も、素晴らしツーリストスポットだ。

「UNESCOの自然遺産に指定される価値がある」と韓国の専門家は述べている。
韓国の狙いは何かわからないが、経済的効果におけるWin-Winの関係を強調している。
最近よく耳にする「Win-Winの関係」とは、中国から出てきた言葉だが「共存互恵」の訳語だろう。



12月17日(金)

ミンダナオは、クリスマス一色。今度の日曜日は、ミンダナオ子ども図書館の総会はスカラーズデー、終わった後にプレゼント交換や古着の支援もします。
若者たちは、一人10品。
里帰りの時に、家族や兄弟姉妹にあげる古着やおもちゃや靴を持って、帰ります。
メーリークリスマス。



 
図書館とともだち・鎌倉 おしらせ No.141    

児童文学者、編集者として著名な松居友さんですが、
現在はフィリピンのミンダナオ子ども図書館で、独自の活動をなさっています。
おはなしの生きている島での生活・活動について伺いました。

 松居 友氏 講演会 『ミンダナオに子ども図書館を作った

松居友さんのお話しを聞いて


松居友さんの作られた「ミンダナオ子ども図書館」は、市民生活を文化的な側面からサポートする「図書館」の性質を、全面に強烈に打ち出して、ミンダナオの子ども達を物心共に支えるスーパー・ライブラリーでした。
たくさんの本はないけれど、地元に息づく物語を、図書館に住む子ども達を語り部として、避難民キャンプや不便な山間に住む子ども達に届けています。
大人社会の理不尽な圧力で、家や保護者を失ったり、衣食にも事欠く生活にある子どもたちが、物語を聞くことで心を潤わせ笑顔になる。
語り聞かせる子どもも、聴き手の笑顔に癒され充足感と自信を得ながら才能を伸ばしていく。
松居さんのプロジェクトは、そこだけを切り取って見ただけでも素晴らしく、「絵のない絵本」さながら「本のない図書館」として、図書館の真髄に迫ったものだと感じました。
更に、そこで力を得た奨学生たちが、現地に戦闘が起こる度に、自ら救済に向かい活動を繰り広げるといいます。
まさに現地の人の力と現地にあるもの(物語)を尊重し、掘り起こした援助活動だと感じました。
未来の社会を変え得る人材を育てるには、単に奨学金を与えて教育を受けさせるだけではなく、その成果を社会に還そうという他者を思いやる心を育む周囲の愛情が必要なのでしょう。

「遊び」と「読み書きせ」の両方に満たされていたと、松居さんご自身の子ども時代を楽しそうに振り返られお話しされました。
ご両親様の眼差しが、今の松居さんの中に生きているのだろうと感慨深く拝聴しました。
人生の岐路で通りかかったミンダナオで、子どもたちの困窮を見過ごせず、その未来を変え得るお仕事をなさっていらっしゃる松居さんのもとからも、きっと同様な人材がたくさん飛び立っていくことと思います。
私ももう少しがんばってみよう、と力をいただいた講演会でした。
ありがとうございました。


ミンダナオに棲む古き良き精霊たちが、松居さんを守って助けてくれますように。
ご活躍をお祈りして、またいつか、お話しの続きを伺いたいと願っております。
 
(藤田まゆみ)

感想

ミンダナオの現状にびっくりしましたが、その貧しい大変な中でのおはなし(スト―リテリング)のもつ力にも感銘しました。
コミュニティのあり方をもう一度考えたいと思いました。

松居さんのHPを拝見しているだけと、この講演会を聴くのとは理解が100倍ほど違いますね。
大変感銘受けました。

考えることの多い企画でした。
人と人とのふれあいを感じました。
(ミンダナオでの松居さんの生活の話の中で、「うちの子たち・・」という表現、すばらしいと思います。
図書館=生活の場と思っていなかったので、びっくりでした。)

今の生活で文句なんて言ってられないと思った。(3名)
孤独な日本の子供たち、
貧しくとも心がひらけて助け合えるミンダナオの子供たちについて考えさせられました。





12月16日(木)

日曜日に、ミンダナオの現状に関して、IMT(国際停戦監視団)の菊地さん、新任の落合さん達と、かなり長時間にわたり、イスラム地域の状況について話をした。
コソボやアフリカを始め、世界各地で停戦和解の活動を支援してきたそうそうたる方々だが、ミンダナオの状況のあまりにも複雑な様相に「ここは、世界で最も複雑で、問題解決が困難で時間がかかる地域だと思う・・・」という、感想に達したようだった。
政府の下で仕事をしている民兵が、夜はMILFに変身したり、政府よりのはずのバランガイキャプテンから、国際支援の食料が反政府兵士の訓練キャンプに流れるのが当然だったり、反政府軍に銃器を売りさばいているのが国軍だったり???
ミンダナオ情勢は、今少し落ち着いているけれども、現職のアキノ大統領が、平和構築活動を積極的に推進しようとしないことに反政府勢力はいらだっているようだ。
つい先日、水曜日に、ピキットのマカブアルにかなりの規模の軍が入った。

マカブアルでは、11月の村長選挙で、対立候補が落選したが、その腹いせで、リドーと呼ばれる、小規模な小競り合いが起きていると聞いていた。
こうした小競り合いは、ラガイエンでも起こったし、小学校が三つ焼かれた。
小学校が焼かれるのは、他に建物らしいものが無く、事を大げさにするのに好都合だからだが、リドーそのものを、それほど心配する必要はない。
ただ、小規模なリドーのはずのマカブアルで、国軍がかなりの規模で動いたのは、心配だ。
落選した対立候補者が、アンパトアン一族とつながっている事も気になる。
アンパトアン一族は、アロヨ前政権と深く関係し、大量の国軍の武器が流れていて、国軍とも深い関係を有していた。
マカブアル集落には、奨学生もたくさんいるしJICAによる学校建設も完了していて、もう戦闘には、皆、辟易しているのだけれども。

12月14日(火)

ミンダナオに帰ったとたん、子どもたちが迎えてくれた。
『パパ、トモー」と叫びながら、抱きついてくる子どもたち。

しばらくは、訪問者と共に現地での活動が続いた。
先着していた、乾盛夫神父と北九州ライオンズクラブの役員方とピキットの奥の村へ、パンボートに乗って避難民調査。
普通ではとても入ることが出来ない地域だが、福祉局のグレイスさんからの要請もあり、市長が、厳重な警備を保障して行った。
僕らは、ごく普通に行っている場所だが・・・
その後、アラカンのマノボ族の地域にもお連れしてヤギの寄贈をした。
ミンダナオ子ども図書館便り、を見ていただければ幸いです。


11月29日(月)

明日、ミンダナオに旅立つ・・・と言うよりも、帰郷する。
二ヶ月前、一緒に住んでいる100名近い子どもたちが、泣きながら抱きついてきたのを思い出す。
「パパ、トモー、行かないで・・・」
帰ってくるからと諭しても、激しく泣く。
小さい子達だけではない、高校生たちも、泣きながら抱きついてくる(日本で言えば、中学生だが)
帰郷の時は、お土産に腐心する。なによりも、数が多いので・・・
帰ったらすぐに、ピキットの一部で出ている、避難民の調査に行かなくてはならない。
保育所建設や奨学生の調査など、休んでいる暇はないだろうが、それでも、ミンダナオに帰るとホッとする。
自然と、人々の生活があって、時計の針とは無関係の生活と自然の流れがある。
そして、可愛い子どもたち。
日本でも、子どもや若者の事を考え続けて仕事や本を書いてきたが、子どもの頃から、子どもが好きな性格らしい。
10歳あたりから、成長が止まってしまっている?

30年前、二冊の本を初めて書いた。

「わたしの絵本体験」と「昔話の死と誕生」前者は、絵本に関心のある方々に多く読まれた。
後者は、ほとんど売れなかったが、ぼくにとっては、人類の方向性を示す宇宙像を描いた作品で、その後の、「火の神の懐にて」で書いたアイヌ文化の宇宙像や「沖縄の宇宙像」に展開していく。
人類は、狩猟採集文化から、農耕牧畜文化に展開し科学技術文化が生じることによってどのような世界観を作り、何を喪失していったか・・・
さらに、21世紀にいたって、それらを総合した第四の文化を形づくる宇宙像を獲得するために再び、世界や宇宙をどのようにとらえ、座標軸のゼロの上に立つ必要性を書いている。
ゲーテや錬金術の宇宙像、そして東洋の陰陽五行を踏まえて昔話を分析した。
30歳の頃に書いたから、27年も昔の作品だが、現代において、ますますその重要性は明らかになって来ている。

その後、「沖縄の宇宙像」を仕上げた時点で、落ち込む。
50代になる頃で、更年期障害のようなものかと、自分で書いてはいるが、本当は異なる。
その直後、離婚されているから、それが原因だと思っている人もいるようだがそれも異なる。
「沖縄の宇宙像」執筆を完了したとき池間島のおばあから、「あそこまで神ごとを理解したならあんた、死ぬはず・・・」と言われたから、そのあたりが当たっているのかもしれない。
結局、死にそうになっただけだが、復活した。(イエスに導かれたからだろう)
幸い、死ぬことはなかったが、深く落ち込んで、孤独を求めたその底で考えていたのは
「2000年に入ると、何か、大きな変化(大変なこと)が世界で起こる・・・」
どのように人類は生きていったらよいのか、と言う事だった。1999年の事だ。
2001年、9.11が起こったときいよいよやってきたな、と思った。
その頃は、深い落ち込みから抜け出しつつあり新たな世紀、次の時代を作る作業をミンダナオの子どもたちや若者達と一緒に始めていた。

それともう一つ、人類の根源になる宇宙像。
狩猟採集文化の宇宙像を明確にした後落ち込んでいる時期に、
最後にぼくがやらなければならないのは、宗教の問題だと、繰り返し言われた。
「言われた」というのは、なぜかわからないが、内的な声がそう語りかけてくるのだ。
特に、神道のような、狩猟採集文化の持つスピリチャルな信仰と、仏教やヒンズー教、ユダヤ教、キリスト教、とりわけ、イスラム教が平和に共存する世界観。
落ち込んでいるぼくの心の根底に、世界が体験する危機の出現と同時にそうした、問題が、自分の人生の最終課題として提示された。
それが、どのような形で自分の人生の中で実現されるのかは、皆目見当がつかないでいた。
その後、ミンダナオに放り出されて今やっていることの必然的な意味を悟らされ始めている。
このような形で、行動するとは、予想もしていなかったが今は理解できる。
本当に、充実して、美しい形で
子どもたちと平和を実現しつつあるMCL
ミンダナオは、おもしろい。
イスラムとキリスト教と先住民の信仰、先進国と搾取される途上国の相克、抑圧される人権、自然と環境、現代の諸問題が総合的に凝縮されていると同時に、ぼくを待ってくれている子どもたちが本当に可愛い。
この子達のためだったら、また、日本や世界の子どもや若者達のためなら命の二つや三つ、捨てても良いかな、といつも思う。
この世では、命は一つしかないようだが・・・
最悪の時期は、まだ来ていない、これから始まる???
ほぼその先も見えてきている。
明日には、我が子のような子どもたちに会えるだろう。
我が子にも会える。
アメリカにいる、二人の娘とは、もう10年以上も会っていないが・・・まあ、幸せにやっているのだろう。
ミンダナオにいる「我が子達」は
「パパ、トモー!!!」
と言って、駆け寄って、抱きついてくるだろう。一人一人を抱きしめよう。
日本で出会った若者や子ども達の事も忘れることなく。


11月28日(日)

ネット上で、ミンダナオ子ども図書館と関連する、いくつかニュースが流れたので紹介「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、以下の記事を出した。
アンパトゥアン一族の殺害に関する、詳細な調査記事で、注目に値する。
これは、ミンダナオだけではなく、フィリピン全土また、海外のグローバル企業や武器を携えた自由主義に関わる大きな問題。
全文は、サイトで読んでほしい。ここでは、部分的に抜粋した。
ただここで注意しなければならないのは、これが、イスラムの問題ではなく、
クリスチャン系も含めた全フィリピンの問題であり、ひいては、植民地主義、グローバル経済も含む国際的な経済的植民地主義、新自由主義経済を背景としていることだ。

フィリピン:地方を支配する有力な一族による人権侵害 政府関与
http://www.hrw.org/ja/news/2010/11/16

アンパトゥアン一族の台頭と勢力拡大の背景には、
虐殺当時政権の座にあったグロリア・マカパガル・アロヨ元大統領の支援があった。
同元大統領はミンダナオ島における重要な支持票獲得や
長期化するモロ族との武装紛争への支援をアンパトゥアン一族から受けることで、依存を深めてきたのだ。
そして民兵部隊はアロヨ政権の下、
地方当局者やその他の政権支持者を相手に軍用兵器の売り上げ高を伸ばし、
同国で長年人権侵害を行ってきたとされる軍勢力の強化に充ててきた。
アロヨ政権はこうした重大な人権侵害への不処罰問題にも対処してこなかった。


ヒューマン・ライツ・ウォッチは、虐殺発生の根本的原因や民兵部隊の不処罰問題に、
フィリピン政府が概して対処して来なかったことについて懸念を表明した。
アンパトゥアン一族の民兵は、フィリピン全域で活動しているとされる100もの私設軍隊の1つにすぎない。
事実上、彼らの武装規模は、活動費を提供する地方政治家の力に左右されている。
これまでの政権は1987年制定のフィリピン憲法の規定に従い
これらの民兵部隊を解体・非武装化するという義務を無視するばかりか、
私的な目的のために民兵を統制・利用してきた者の違法行為を捜査・起訴してこなかった。

「フィリピン政府は、マギンダナオ虐殺という国民的な悲劇をきっかけに、
私設軍隊をすべて廃絶し、
すべての人権侵害者を司法で裁くという動きに転ずることができたはずだ。」と述べる。
「有力な一族が思い通りの支配を続ける限り、フィリピン国民は苦しみ続け、
フィリピンという国の評判にも悪影響を与え続けてしまうだろう。」




出版:バルセロナ在住の画家、行橋出身の九十九さんが初の絵本 
http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20101126ddlk40040395000c.html

1冊2100円。行橋市のギャラリー、ラヴー亭(0930・22・3383)などで販売中。
同市門樋町の行橋カトリック教会で28日午前11時ごろ、出版記念サイン会があり、
売り上げの一部を同教会が支援するフィリピン・ミンダナオ島の子ども図書館に贈る。


九十九さんの絵本、日本事務局
MCLジャパンに連絡いただければ、手に入ります。
mclj.tessa.mi07@blue.plala.or.jp




フィリピンにスポーツ用品寄贈 活動報告兼ね写真展 
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2010/11/2010_128874703865.html

聴覚障害者でトライアスロンに挑戦し、
アジアの貧しい子どもたちにスポーツグッズを贈る活動もしている鳥海武夫さん(40)
=北島町北村、会社員=が3日から、
フィリピンでグッズを贈った活動を報告する写真展
「フィリピンミンダナオ写真展」を同町北村の「ギャラリーなごみ」で開く。

 展示する写真は、フィリピンのミンダナオ島北部にある農山村などで
鳥海さんが撮影した約50点。
子どもたちがタオルやTシャツなどを受け取って喜ぶ表情や、
貧しい生活環境などを、自身の感想文とともに伝える。


ミンダナオ子ども図書館に来られた、
聴覚障害者の鳥飼さん。
ARMM地域と、キアタウ、ケロハスに古着を届けた様子を
写真展に・・・




ミニストップ、フェアトレード認証のバナナをアジアで初めて発売
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&serial=24213&oversea=0

ミニストップは、アジアで初めてフェアトレード認証を受けた
フィリピン・ミンダナオ島ダバオ市産のバナナを、

関東以北の店舗(10月末現在1080店)で11月30日発売する。
フェアトレードの日本での拡大推進を目指す。
フェアトレードバナナは、1本105円、または3本178円で販売する。



 
11月26日(金)

ミンダナオに帰る日が近づいてきた。
子どもたちへのお土産も買ったし、心は、ミンダナオへ飛んでいる。
今、これを、渋谷のカフェーで書いているのだけれど・・・

今回の滞在で、成果は多い。
数日前に、日本事務局のNPO法人化も達成できたし、より深い日本との関係が、構築され始めたきがしている。
しかし、何よりも大きな成果は日本の若者達に話が出来たことだろう。
大学でのセミナーも多かった。
日本の若者達に、新しい未来を感じる。
就職など、厳しいだけに、過去、年配の人たちが築いてきた「現在」にスッパリと見切りを付けて、新たな生き方を模索しようとする気配を感じる。
まだどちらかというと、意識は欧米志向のようだが、アジアに目を向ける機運も、確実に芽生えている。
(あいかわらず、自殺も多いけれども・・・・)

今回の滞在で、一番気がかりだったのは、世界情勢の中で揺れる日本の人々の気持ちだ。
ミンダナオで、絶えず戦闘を見てきているだけに、トラウマになっているのだろうか、戦争へ引っ張る力が日本を巡る世界を覆っているのを敏感に感じ取る。
それに対応する世界観を、中高年の人々が持っているのだろうか?それが気になる。
何より子どもたちが可愛そうだ。
引っかからなければ良いのだが。
ぼくが、武器を持たない、殺されても殺さないと決心したのは、ティーンエイジャーの頃、17歳のころだろうか。
高校生で、大学の学生紛争が飛び火していろいろなことを考えた頃だ。
右にも左にも行くことなく、第三の道を切り開こうと決心した年頃。
今、ぼくが、常識では考えられない地域に入っていけるのは、武器を持たない決心をしているからだ。
反政府も政府も混在している複雑な地域であるだけに、武器は日常的に見ることも多い。
そのような中で、なぜ活動が出来るのか、不思議に思う人も多いが、もし護身のために武器を携行していたり軍隊の護衛があったりしたら、かえって恐くて活動できない。
武器を持たないことと、子どもたちのために、命をかけて仕事をしたいという、この二つの想いがあってそれを人々が感じてくれる。
これが最大の安全だと思う。
ただし、絶対だとは言い切れない。
武器三原則の見直しなど、日本は、武装した方が良いという考えがあるようだが、もし、日本が武装したら、危険度は格段に高まるだろう。
渋谷を歩く人々を見ても、今の日本人は、若者も含めて戦争に耐えられるはずがない。
高齢化しているし、体力的にもミンダナオの政府系も反政府系にもかなわない。
金の力だけで(経済力だけで)戦争に勝つことが出来ないことは、近代兵器で攻め込んだ、アメリカが証明している。
(アメリにも、たくさんの良心的な人々がいることも知っているが・・・)
今こそ、どんな挑発を受けても、平和的に解決する忍耐強さを見せるときだ。
憲法九条を全面にだして、逆に対話を続けていく勇気を持つならば、日本は、世界、とりわけアジアの国々から賞賛され、信頼され、経済的にも伸びるだろう。
若者達も、それを望んでいるし、のようなことを今回は深く考えさせられた

ミンダナオの戦闘は、
2008年、9年の80万の避難民が出た戦闘でも、実に奇妙な戦闘で民間の死者は少なかった。
国軍も、反政府軍もプロフェッショナルな戦闘で、戦闘が起こる場所の住民達をまずは、双方とも避難させて、それからドンパチやるからだった。
2000年のフィリピン政府軍と米軍の合同演習。演習という名の実戦が起こったとき。
そして、2002年のやはり合同のテロリスト掃討作戦の時には、多数の死傷者出て死体を埋める暇もなく川に流したと言う、そのときとはずいぶん違う。
米軍が関わってきた、合同演習や掃討作戦は、本当に恐い。
2008年は、おもにフィリピン国軍と反政府軍だったので良かったが、理由は、両方とも、フィリピンの人たちだから民間人をむやみに殺したくないと思っているからで、ピキット市の市長が、ぼくの目の前で国軍司令官に携帯で電話して、戦闘を国道沿いから外して民間人に危害が行かないように頼んでいる。
その後すぐに、反政府勢力のMILFの司令官に、同様の事を頼んでいる。
そんな様子からも、現地の人々は、本当はあまり、戦闘をしたくはない事が良くわかった。

戦争で一番恐いのは、当事者同士ではなく、その背後にいる、第三者なのだ。
日本がそれに、引っかからないように切に祈りつつ故郷を発つ
たぶん、杞憂に過ぎないだろうが・・・可愛い日本の子どもたちや若者達の事を想いつつ

11月25日(木)


久しぶりに日本に帰ってきて、いつも驚くのが、日本の風景の美しさだ。
自然が豊かで、森の木々が目にしみ山々が輝いている。
今回は、時間が無く、長野の茅野での講演の後、北八ヶ岳をめぐり、みどり池にぬけたが、日本は、九州の湯布院あたりも至る所みどりが美しい。
海外の人々とりわけ、アジアから来ると日本の美しさが際立ち、韓国や中国の人々が、なぜこんなに日本に観光に来たがるのかが良く理解できる。

日本で将来、最も可能性がある収益事業の一つが観光業だろう。
北海道の風景、雪の山、そして夏も雪渓の残るアルプスの岩峰。
海も近く、川は澄んだ水をたたえる。
九州や四国ののどかな田園風景、京都や奈良の古都の文化。そして、温泉。
東京などのビルの風景は、さほど興味深いとは感じられないが、何しろ田舎が美しい。
驚嘆すべきことは、道路が地方の山の農道や林道に至るまで舗装されていることだ!!!
この箱庭的でコンパクトな中に、山川海が全て配置されている日本。
日本の経済的基盤の最も大きな車輪の一つは、観光だとつくづく思う。
観光だけは、家電や車と違って技術革新もいらず、他がまねようとしてもまねられない。
ただ一つ残念なのは、こんなに風景が美しいのに、人々の様子が寒々としている感じだ。
心が閉じこもった感じで、表情もなく出会い頭に挨拶もない。
子どもたちが生き生きと、美しい風景の中で遊んでいる様子もない。
外国人を見るとどこか蔑んだ表情が浮かぶ?
とくに、アジアやフィリピンの人々に対して。
どんなに風景が美しくても、隣人を友として受け入れて自分のように愛すことが出来ない国は孤独で、自殺率が高くても仕方がない?



11月11日(木)

今回の日本滞在中に感じたこと、経験したこと、思ったことを少しまとめよう。

若者達に語る必要性

日本に着く前には、5カ所ほどの講演会しか入っていなかったのに数日たつと、ほぼ埋まってしまったのには、驚いた。
予定表を見ていただければわかると思うが、大学が多い。
東京理科大、お茶の水女子大、立教女学院、立命館、創価大学。
高校もフレンド学園など・・・
このことは、日本の人々が、時代を担うはずの若者達の現状に行き詰まりと不安を感じ、それを打開する方向性をミンダナオ子ども図書館の若者達や活動方針に見ているからだろう。
小学校でも話す機会があったが、これからの若者達はアジアに目を向け、そこでこそ、将来、活動する喜びと課題が得られるように思える。

その点では、韓国はとても先進的でミンダナオのダバオには韓国の若者達が多い。
日本の若者は全く見ないが、これは、日本政府、外務省が渡航を制限しているからだろうか?
韓国の若者達は、すがすがしく、若者同士で交流し、もちろん引率者など無しに現地に滞在。
現地の人々と交わりながら同時に英語を学んでいく。
日本人で見かけるのは、ほとんどが中年男で女の子を追いかけてきたような情けない雰囲気・・・
韓国では、若者を積極的にアジアに、特に貧しい地域に送り出す政策をとっていると聞いている。
もう数年もたつとアジアで活躍するのは、韓国人と中国人そして、インド人になるだろう。
そういえば、ここ数年インド人も見るようになった。
4,50代の、働き盛りのビジネスマンが多い。
もはや、日本の若者は、閉塞的に閉じこもりどこにも自分たちの力で、出て行かない?
ぼくが、生まれて初めて一人飛行機に乗り自分で旅程を計画し、生まれて初めて、外国に降り立ったのはプラハだった。チェコスロバキアだ。
20歳の頃だったから、35年も前のことだ。
言葉も大して通じないプラハから東ドイツへ入るビザをとり、ワイマールに向かった。
当時は、プラハの春の後の頃で当然、チェコもドイツも共産圏だ。
共産主義に興味があったわけではなくゲーテを学んでいたのでワイマールを目指したのだが、もちろん日本人に会うわけもない。
全くの一人旅だったが、それ故に貴重な体験だった。
軍の尋問を受けたりもしたが、みな、良い思い出だ。
それ以来、海外はほとんどが、一人旅だ。
そのような体験を、今の若者にもしてほしい。
今日本ではやりは、海外のNGOへのスタディーツアーだそうだ。
海外NGOを体験すると、就活に役立つのだという。
そんな下心を持った体験が、若者の心を形成するのだろうか???
ミンダナオ子ども図書館でも、かつてやったが、一日いくらで滞在費をとりやらせの保育所建設。
時には、リゾートで宿泊といった現地から見ると不自然な、お客様ようの特別扱いで、日本の若者達を、かえって駄目にしているように感じた。
MCLは、お客様ではなく、ファミリーとして訪問者を受け入れたいし、それが嫌な方には、帰っていただく。
結局、収益目当てのスタディーツアーは、馬鹿馬鹿しくてやめてしまった。
ミンダナオで、現地の若者達と力を合わせたった一人で、図書館を立ち上げたのも本当に楽しい体験だ。
海外での、一人旅の体験が、こんなところに生きていると思う。


絵本をめぐる現状
それと、今回、増えてきたのが絵本や昔話といった、子どもの本にまつわる依頼が増えたことだ。
以前も、絵本論や昔話を通した自立論を語ってきたが時代が行き詰まっているからだろう、ミンダナオの子どもの姿を含めて、新たに聞きたいという要求が多い。
10年以上前の子育て時期に講演を聴いておいて良かったという方々にも多くであう。
読み聞かせや子どもの本の関係者、図書館員や出版に関係した人々から聞こえてくるのは、ここ10年で、絵本が本当につまらなくなったと言う苦情だ。
「絵本の世界が、ちまちまとして、趣味的で、女の世界になってしまった」
これは、女性蔑視で言うのではない、絵本に関係している、女性達が言っているのだ。
確かに、出版は低調で、本来、時代に向かって何を語りかけていこうとしているのかという、主張もビジョンも無いような気がする。
売れれば良い、売れるか売れないか、当たるか当たらないか。
そればかりなのかもしれない。

出版の本来の意味は、時代に向かって語りかけ時代を切り開くこと。
子どもや若者達の羽ばたきや旅立ちのきっかけを作ることだと思うのだが・・・
それが全く失われているというのが、父の意見だった。
驚いたのは、編集者が、ほとんど持ち込みの原稿からしか絵本を作らないと言う事だ。
これには、あっけにとられた!
ぼくも編集者時代があったが、90%は、絵本作りを考えたことも無かった作家や画家を起用。
ようするに、時代の中で生き、表現している芸術家の力をどのように、絵本という形で子どもたちに伝えるかを考えてきたからだ。
父の編集者としての仕事「だいくとおにろく」などの赤羽末吉や荻太郎、佐藤忠良などもおよそ、絵本とは縁のない人々だ。
それゆえに、絵本という狭い概念を超えた時代の力を作品にこめて表現している。
絵本から、絵本の発想を得て、絵本を作るという、絵本から抜けられない絵本が多い?
絵本の外の世界から、絵本という形で本を作り子どもの心を、絵本の外の世界へダイナミックに向かわせる絵本が本当に、無い、と感じる。
他の絵本を見て、絵本に興味を持ち絵本の世界から、絵本を作る三次産業的に絵本は、3番煎じの出涸らしのような感じがあって絵本で育った?ぼくには、趣味的でおもしろくない。
かつては、ぼくも、編集者だったわけだが、手島圭三郎も吉田遠志も井上博幾もおおよそ、絵本など考えていなかった本格的な画家達であってその世界は、彼らの人生の生き方そのものの表現だった。
おそらく、父が言うように、今の絵本のつまらなさは本格的な信念や理念を持って時代に、今の子どもたちに向かおうとする、本物の編集者
本物とは何かという事が理解できる編集者がいないという点に尽きるのだろう。

ミンダナオでは、たとえ絵本が無くともお話が見事に生きていて
それゆえに、コミュニティーも生きていて子どもたちの生きる力も生きていて、ちょっとやそこらで、自殺などしない。
絵本が無くとも、絵本の原点が生きていることをぼくは、彼らから学んだ。
彼らと共に、僻地の子どもたちと会い読み語りを楽しむのは、本当に充実していて、すばらしい。
ミンダナオには、本物の世界が生きているといつも思う。

ぼくが、先進国のグローバル化によって追い詰められ作られた貧困の中であえいでいる現地の子どもたちや若者達から真実を学んだように、日本の子どもや若者達そして、大人たちも、彼らからこそ、生きる力の真実を謙虚に学ばなければならないのかもしれない。
空虚な絵本を読み聞かせても家庭も個人も崩壊し続け、自殺はいっこうに減らないだろう。
思い切って視点を変える体験を日本から出てしない限りは?



11月9日(火)

ミンダナオ子ども図書館、そしてぼく自身への誤解が無いように、この辺でMCLのスタンスを明確にしておこう。
戦争に対する危惧やプランテーションに対する危惧をサイトに掲載しているが、ぼく自身、
「何かを告発する」といった考えは全くない。
コミュニティーが大事だと言っても、ぼくは、コミュニストでもないし共産党員でもない。
高校時代に、左翼運動に関心は持ったが、すぐにその限界を感じ取り、右でもなく、左でもなく第三の道を見つけようと心に決めた。
その方向性は、今に至っても変わらない。
団体にも、秘密結社にも属していない。
とにかく、何にもクラブや結社に加盟してはいない。
もちまえの、めんどくさがりやなのだ。
大学時代に、恩師の木村直司教授から(元上智大学教授でゲーテの自然科学の本を出している)ゲーテのコスモロジーにかんする、宇宙像を学んでいるし、中世の錬金術やユングやゼーデルマイヤーを学んでいるからルシファーや自然と関連した宇宙像は、把握しているが、沖縄やアイヌのシャマニズムに通じる宇宙観も、さらなる根底として把握している

ミンダナオ子ども図書館の寄付は、99%が個人寄付。

企業からの寄付も含めていつ途切れても、大丈夫な体制を引いている。
ちなみに、ぼくは、給与を一切寄付からもらわず(印税と個人的に渡される講演収入だけ)日本事務局のMCLジャパンスタッフも含めて完全ボランティア。
寄付は、全額、子どもたちのために使われている。
宗教的には、祖母は、仏教の浄土真宗だったし父は、日本基督教団だが、ぼくは、カトリックに属している。
といっても、ほとんど内実にはあまり関心がない一平信徒に過ぎない。
一信者に過ぎないから、イスラム教徒やマノボ族の子たちと一緒に住み、朝は、イスラムの祈り、昼はマノボ族の祈り、夜はキリスト教徒の祈りで食事をする事が出来る???
もちろんぼくは、モスクでも祈るし、お寺も大好きだ。
ミンダナオ子ども図書館の現在のプレシデントは
イスラム教徒のアスレーさんだし。

ミンダナオ子ども図書館は、Non Religious Sect, Non Politic
特定の宗教や宗派に偏らない、政治的な動きにも関わらない団体だ。

ゆいいつ、所属しているのは、カトリックだが、洗礼を授けて下さったヘルマン・ホイヴェルス神父との出会いが大きい。
(『人生の秋に』(春秋社)といった本が出ている)代父は、先述のゲーテ研究家の木村直司教授。
この世に理想的な宗教団体などが、有ろうはずもなく(人間が組織するものであるがゆえに)ぼく自身は、カトリックが、まあこの世において属するには良いところかなと個人的に思うのは、神父の説教が、時には納得できなくても聖体拝領でイエスと出会えることと、バチカンが世界の神父や信者を完全に牛耳っている訳でもなく(そう思っている人が多いようだが、ミンダナオにいると良くわかる)右から左、聖人のような神父や修道女から、女ったらしの(時には子どもがいる・・・失礼、でも本当)神父まで多様だからだ。
フィリピンでは、暗黙で子どもがいる神父もいるが、神父をやめて愛を貫いた、元神父に、人々は喝采を送る。
大事なのは、愛だと思っているからだろう。
フィリピンのカトリックは、明るくおおらかで、しかも、歌も朗らかでとても良い。
カトリックは、まあ、これだけ世界各地広がると、金持ちから極貧の家庭まで、人種や教会の歌や表現まで文字通り多様で、簡単に突っ走ったり、戦争には荷担できないだろう。
2000年に、過去犯してきた2000年間の罪を告白したところも大いに気に入っているところだ。
自分たちこそ最高で、正しいと思い込む宗派ほど恐いものはない?
特に気に入っているのは、ミンダナオでは、命がけでイスラムの子達を救おうとするシスターやブラザーなどのミッション修道会の存在で、こうした修道士や修道女、神父達の活躍はすばらしい。
NGOという観点から見ても、宣伝もしないし、頭が下がるような活動を現地でしている。
バイクに乗って、ミンダナオの山岳地帯を駆け巡り政府も反政府も関係なく、ミサを建てていくファウスト神父やジョバンニ神父など、なかなか勇壮でかっこいい。
オブレード会で、イスラム教徒を救済しているピキットのライソン神父やオーランド司教には頭が下がる。
結婚する気もなく、むしろ人生の生き甲斐を探している若者達など、派遣労働者にもなれず、グチグチしているよりも、こうしたミッションに人生を捧げたら良いのにといつも思う。
修道会には、欲得を超越した奉仕に捧げるコミュニティー精神が生きていて、カトリックを支えているのは、彼らだと思う。

また、プランテーションの事などを書くのは、告発したいからではない。
(そのようなNGOの存在も知ってはいるが)ミンダナオ子ども図書館の子どもたち、ぼくにとっては、我が子のような子どもたちが、それらの影響をもろに受けて家族や村人たちが困窮している様子を毎日見るからだ。

ぼくの活動の原点は、いつも我が子のような子どもたちに対する愛情!

イスラム地域の子どもたちも、ぼくには、我が子のように思える。
戦闘などで、彼らが困窮している様子をみると多くの人々、特にその原因の一つを作っている先進国の人々に、現実を知ってほしいと思う。
現実を知り、可能であれば行動を起こし対処してほしいと切に望む。
フェアトレードなども行動の一つだろうし、資源と戦闘の問題を見ながら日本を見ると北朝鮮、中国、東シナ海、南シナ海の問題が、さらに大きな戦争に拡大しないか気になるし、戦争が起こったとき被害を被るだろう子どもたちが、ミンダナオのイスラムの我が子のような子たちの顔と重なってくる。
それだからこそ、日本の将来を開いていくはずの若者や子ども達の事がとても気になる。
そうした想いから、発言するのであって政治的な闘争や告発を考えているわけではない。
ただし、現地では、国際的なプランテーションや山に追われた民族、イスラムや戦闘の真の原因に触れることはタブーで、ぼくが知っていた女性議員、先住民族を擁護していた弁護士、OMIというオブレード宣教会のラジオ解説者夫婦も殺害されている。
ジャーナリストやNGO関係者も多数殺されていて、とりわけ現地の人々が殺されるが、過去には、とりわけマルコス時代、ダバオやキダパワンの神父達も殺されている。
現在でもたまに、国際NGOの人も殺されると言う。
殺害者は、覆面をかぶっているので特定できないが、マスコミでは、反政府勢力の仕業と書かれていても、現地では、軍か警察か有力者や企業がやとった殺し屋だと言われている。
5000ペソ(一万円)だせば殺し屋が雇えると言う。
アムネスティーも抗議してるが、ぼくの場合も、殺害の可能性があると、子どもたちやスタッフが心配している。
我が子を誘拐される可能性も否定できない。
反政府組織の場合は、すぐに解放されるだろうし殺害はないと、言われているが・・・
もしも、ぼくが殺されたら、「反政府組織の仕業と思われる」とマスコミに載るかもしれないが信用しない方が良いだろう。
ときどき、「イエス・キリストも最後は殺されたから仕方がないか」と思うときがある。
子どもたちが、可愛いから活動しているだけなのだが、愛に生きようとすればするほど、殺される可能性が高まってくる?
それでも、決して武器はとらない覚悟はしている。


11月9日(火)

コミュニティーとは、8日の記事で書いたように「隣の人を、自分のように愛する事」と考えると、それを広げていけば戦争は、無くなるはずだ。

ミンダナオのプランテーションで山に追われたマノボ族の極度の貧困も、グローバルな企業の現地を顧みない利益追求から生まれたものだし
イスラム地域の国際的な天然ガスや石油の利権を目的とした戦争も、結局は、現地の人々よりも自己、自国、自社の利益のなりふり構わぬ追求から生じた結果。
そこに、武器製造企業などが絡んで戦闘が、意図的、計画的に作られる様子はミンダナオによく見える。

さらに、国際的なNGOも絡んでいる(かもしれない)としたならば、皆さんは、どう思われるだろう。
しかし、隣の人、特に貧しく困窮している人々の事を切り捨てることなく優先し、考え、野心もなく、満ち足りた小さな平和を望んでいるこうした人々が幸せに暮らせる社会を優先し、支援し、作り上げることを考えれば・・・
隣人の中でも、こうした人々をとりわけ大切にする社会を作り上げれば、戦争は、最もやってはならないものであることが、理解できるだろう。
「隣の国の人々を、自分の国の人々のように愛する事」自分の国の豊かさが、隣の国の人々の貧しさを作る原因にもなっている事を理解すること。
ミンダナオのバナナプランテーションに追われるマノボの子たちのように・・・
隣人、隣国、そうした最も身近なところと友情も結ぶところから考えるとき、初めて、世界の平和が実現するように思えてならない。


世界が、経済や政治、軍事分野で複雑な動きをしている現在、フィリピンのミンダナオという地域から海の向こうの欧米諸国と日本とを比較するといくつか興味深い点に気がつく。
欧米諸国は、実に、戦略に長けている。
おそらく、ヨーロッパでは、長年にわたって歴史の中で諸国が戦闘を繰り返し、複雑な国家や宗教の対立のなかで生き延びざるを得なかったからだろう。
戦争のおこし方、対立の作り方。
相手側に工作員を送り込む方法、マスコミを使った宣伝作戦、人心操作?
日本は、江戸時代の300年の平和そうした平和が続いた後、突然、世界の中に引き出されて、何もしらずに世界戦略の渦中に巻き込まれ
二つの戦争を経て敗退。
真珠湾攻撃の際も、見事に戦争を作る操作に引っかかり原爆投下で、全てをうしなったにもかかわらず、当時、どのように、国際社会の中で孤立化させられ戦争に焚きつけられていったかの、戦後の冷静な分析がなされていない。
アジアにおける、誤った行動、とりわけ、大量の虐殺の反省、ミンダナオでも、穴を掘って、多くのマノボの人々が生き埋めにされたという事実など(マノボの妻といっしょになって、山に逃れた日本人たちも多いが)そうした検証がなされていないのは、とても不安だ。
アジアの各国にとっても不安だろうが、また、同じように、世界戦略に載せられて、たとえば、今は、アメリカに言われてポチのように吠えついて、武器を大量に買わされて、アメリカと中国が手を結んだ時点で「番犬は黙っていなさい!」としかられてキャンキャンキャンとなる程度なら良いのだが、武器を使って噛みついて一般の人々に、大変な人的被害を出すようになったら(原爆投下のように)悲しいことだ。
武器を売りたい人々にとっては、どこで戦争が起ころうとかまわないわけで、イランとイスラエルでも(サウジが大量に武器を購入)北朝鮮/中国と韓国/日本でも・・・武器輸出三原則を改正して日本企業も参加に名乗りを上げている?

日本が武器を持ったらアジアは日本から離れるだろう。
欧米ならば、多少は戦略的な判断ができるだろうが、300年の平和を享受し、戦争の仕組みを知らない日本が大戦時のように、ただ感情のなすがままに武器を振り回せば、子どもにライフルを持たせたようだ・・・
欧米と日本の歴史の違いは、商売の方法にも見えるような気がする。
欧米の商売の方法は、植民地主義のように、商人は、貴族と結託し貴族の持つ軍事力を使って他国に軍を送り植民地化し、反政府的な人々を追い出し経済的に支配する。
まさに、現在、ミンダナオでも起こっている事のような気がする。
日本の場合は、近江商人がそうであったように商人は、貴族や武士と関わることなく、武力行使もせずに独自の文化を形成していった。
文化とは、欧米では、貴族文化のことを指し、日本では、町人文化、貴族や武家とは一線を画した純粋な市民文化が生まれている。
それが、江戸の300年間続いた平和な時代を作ったように思われる。
江戸時代から商業で、ミンダナオまで貿易し、明治になっても戦前には、ミンダナオのダバオには20万の日本人が住み、マノボ族と結婚して現地に溶け込み日本人学校も出来たりしていた。
「郷に入っては、郷に従え」が商売の基本であり、武力を使った植民地主義とは異なっている。
大戦でその全てを失ったが・・・

中国の場合は、華僑だが、これはなかなかしたたかだ。
良くわからないが、とにかく武力は行使してこない。
静かに深く浸透するがアイデンティティは保持して中華街を形成するが、小さな商店もミンダナオの小さな町にまで広がっていて、ダバオやコタバトにも大きな中華学校があり中国語が教えられている。
日本の場合、ダバオに戦前まで日本人学校があったのだが、欧米の仕掛ける戦争にまんまと引っかかりその後全てを失ってしまった。
欧米の戦略にひっかかるか、自立して、地域と調和をしながら(ウインウインの関係で?)独自の判断を下していったかの違いだろうか。
まあどちらにせよ商売の仕方は、現在の日本の貿易や自動車産業、衣料や家電にしても、日本のやり方は、武力を使った植民地主義では無いことは確かで中国やASEAN諸国に近い。
ただ、政治が暴走すると怖いのが日本で、単純なだけに、もう一度、大戦へ至った経過を検証しアジアに対して行った失敗を反省する方が、将来の日本のために、特に、今後、おそらくアジアを含む世界で活躍していく子どもや若者たちのためにも良いだろう。
戦争を起こさない商業、貿易、友好関係のなかで互いに語り合って問題を解決し貧困層を作らない発展を模索する力が、アジアにはあると思う。


11月8日(月)

コミュニティーとは何かを考えてみると・・・それは、おそよ団体生活とは異質なもので、クラブ活動やサークルでもない。
ましてや、行政による地域社会や町でもない。

ミンダナオ子ども図書館には、イスラム教徒もキリスト教徒もマノボ族も仲良く生活しているが、ここには、コミュニティーがあると感じる。
ミンダナオ子ども図書館は、施設ではない。
スカラシップを受けている子の中で家庭状況や、学校まで遠くて通えない子、三食食べられなく、お弁当を持って行けない子などが、住んでいるが、皆、自分たちの意志で来る。
だから、家族の元や、親戚、郷里に帰りたくなった子はいつでも、戻れることになっている。
いわば、下宿や寮のようなものかもしれない。
ただ、読み語りや避難民救済などのボランティア活動には積極的に参加する。
しかし、山の集落には、コミュニティーが生きていると言った場合それは、集団社会が機能していると言うのではなく、子どもたちも大人たちも、個人として尊重されながらも、お互いに理解し合い助け合って生きているという事だ。
つまり、互いのコミュニケーションが生きている、互いに愛し合っている、助け合っている、友情や愛情が生きている社会だ。
だから、家庭が崩壊し親がいなくなったとしても子どもは自殺などしない。
周囲の人々の愛や仲間の友情に支えられるからだ。

コミュニティーとは何かと訪ねられたら、ぼくは即座にこう答えるだろう。
「隣の人を、自分のように愛する社会」

日本には、この感覚が失われ、皆、競争社会のなかで孤立し、孤独だ。
そのような教育で育ったエリートが政治や経済を動かしているとしたら恐ろしい。
隣の人を、自分のように愛する事のできない人は、隣の国の人々を、自分の国の人々のように愛する事はできないだろう。
ミンダナオの資源獲得のために起こされる紛争や戦争。
先住している人々を山に追いやって広がる、グローバル企業によるプランテーション、隣の国の人々を、自分の国の人々のように愛さない自己中心的なエゴイズム。
今の日本人たちは、中国や韓国やフィリピン、そしてASEAN各国といった隣国の人々を自分のように愛せるだろうか。
成績優秀で、エリートとして育てられた政治家ほどこうした気持ちがわからない???


10月29日(金)

日本に来ると、孤独のどん底に落とされるような、気持ちになる。
それが、今までは、2週間ほど続いたのだが、今回は、3週間ぐらい続いた。

日本人の心の状況、経済的、政治的に一段深く落ち込んだような気がするが、二番底は、これからなのかもしれない?
経済的には、ミンダナオの山に追われたマノボ族の集落などは、3食たべられないような、7番底ぐらいの状況なのだが、子どもたちや大人たちの様子には、どん底の暗さはない。
開き直ったのかというと、そうでもない。
彼らの心、生きる力を支えているものは、何かを考えると、次第にわかってきたのは、分かち合い、助け合い、友情や愛の生きているコミュニティーであることがわかってきた。
コミュニティーと言う言葉は、日本では、死語に近い。
コミュニティー、社会、地域社会、ご近所づきあい、どのように訳したら良いのかわからないが、ミンダナオの貧しい集落には、コミュニティーが生きている。
日本では、コミュニティーどころか、家庭も崩壊している。
家庭の大事さは、講演などで、識者が強調しているようだが、家庭が大事、大事と言っても、ミンダナオの社会、家族、子どもたちの生き生きとしている様子を見、考えるに付けコミュニティーが崩壊しているところに、家庭は成り立たないのではないかと思う。
先進国社会は、学校教育、識字、自由主義の力で個人主義が可能になった、と言われる。
確かに、日本の人々も、個人の自立、確立が進み、それが、コミュニティーの崩壊や、家庭という集団社会を崩壊させたと思われるときもあるが、個人主義が確立したように見える日本の人々を一人一人眺めていると、その内面で、「個人」すら崩壊しているように見える。
こうした観察から、ぼくは今、このように考え始めた。
コミュニティーが崩壊すると、次に家庭が崩壊する。
家庭が崩壊すると、しまいには、個人も崩壊する。

家庭は、コミュニティーから生まれ、豊かなコミュニティーによって、支えられる。
コミュニティーの無い社会に、家庭も無い。
さらに、コミュニティーの無い社会には個人もない。
個人は、家庭から生まれる。
家庭は、コミュニティーから生まれる。
ミンダナオ子ども図書館の子どもたちを見ているとわかることだが、家庭が崩壊しても、彼らは個人として、崩壊しない。
自殺もしない。
なぜか、コミュニティーが生きているから。
つまり、コミュニティーは、家庭、そして個人、全ての人々の「母体」なのだ。
コミュニティーのなかで個人は存在し得ると同時に、コミュニティーと個人の間にあって、その両者を結ぶ場が家庭なのかもしれない。
三位一体で、初めて愛が完成する?


10月27日(水)

中国の若者たちが、反日デモを行っている。
裏から政府がコントロールしている・・・
貧富の格差によって起こる不満を転嫁している・・・
などなど、いろいろな要因があるだろう。
フランスでも若者たちがデモに参加。
デモに参加する気概があるだけ、元気な国なのかもしれない。

若者たちの反日感情の昂揚は何故だろう。
円高で、日本企業の国内生産と輸出は厳しく、日本の企業は、中小も含めて海外進出に活路を見いだそうとしているが、感受性の鋭い若者たちには、それが、海外侵略と映り、大戦中の日本軍の行動と重なるのだろうか・・・。
しかし、ミンダナオからの視点を加えるとしたならば、対立を煽る背景には、必ず、「見えざる第三者の存在」がある。
各国政府も、軍隊も、政治家も、場合によっては民衆さえも、マスコミやテレビを通して、「見えざる第三者」の影響を受けていると考えると、意外なところに存在する、その意図と目的は何だろうか。
日本が円高を利用して、海外に進出していくのを押さえたいと思っている国々・・・
もしも、日本と中国と韓国そしてASEANが強い友情で結ばれて、協調して経済活動をしはじめたとしたならば、経済力の世界第二位と第三位に加えて、強力な韓国とASEAN各国が一体となるわけだから、経済的なパワーの大方は、東アジアが牛耳るだろう。
それに、危機感を抱くとしたならば、東アジアを分断させ、中国を孤立化する政策を展開したくもなるだろう。
加えて北朝鮮も希少金属の宝庫であるし、東シナ海、南シナ海も資源の宝庫だと言われている。
ミンダナオは、南シナ海領域に入り、米軍は、ミンダナオのサンボアンガやジェネラルサントスに南シナ海を中心にインドネシアからマレーシア、ベトナムを睨む基地を置こうと計画している。
東シナ海の基地は、沖縄だろう。
北朝鮮の潜水艦の問題から始まって尖閣列島の問題、若者たちのデモ、日中の政治的な対立・・・
金持ちの日本が、円高で海外に進出するのを止めて逆に大量の武器を購入し、武装をしてくれれば、儲かるかもしれない。
サウジアラビアが、大量の武器を購入したように・・・
だからといって、見えざる第三者が米国だとは思っていない。
米国の経済力の疲弊をにらんだ国家を超えた、グローバルな力、世界の中で、善悪二元論を使って対立を起こし、国際的な政治的なプレゼンス、軍事的なプレゼンスを高めてそれによって利益をあげる?
国家の安全は、経済的には、共存互恵、隣国と深い友情で結ばれるところから始まると思うのだが・・・


10月25日(月)

日本について25日間が経過した。
日本に着くと、必ずと言って良いほどに落ち込む。
想像を絶する孤独感に見舞われるのはなぜだろうか。
ミンダナオ子ども図書館での子どもたちをはじめとする人間同士の交流が温かく愛情に満ちていて、互いに支え合う心が生きているのにたいして、日本の社会は、人々が孤立していて、孤独感ばかりが迫ってくる。
孤独な老人や子どもたちの話題がニュースで飛び交うが、ミンダナオとの差を激しく感じる。

経済の豊かさと心の貧困は、反比例しているのだろうか・・・
日本からの訪問者、とりわけ若者たちがミンダナオ子ども図書館に来ると、ほんの数日の滞在であるにもかかわらず、別れの時に、激しく泣く。
それだけ、日本で、孤独の中に住んでいて、MCLにやってくると、日頃、深く求めているにもかかわらず満たされることがない、愛や友情に飢えていた心が、現地の若者たちとの出会いでどっと開かれ奥底にしまい込み、失われていたと感じていた自分自身が、一気に復活するからだろう。
「帰ってくるからね、また帰ってくるからね私の事を忘れないで・・・」
泣きじゃくりながら、どちらが故郷で、どちらが故里かわからないような言葉を口にして帰って行く。
何が日本と違うのだろうか・・・
日本の若者たちの事が気になるが、少なくとも今回滞在して多少なりとも世論が、若い世代の事を心配し、気づかい始めていると感じる時がある。
今までは老人のことばかりだったが、若者こそが未来なのだ・・・。
「若者よ、派遣労働者よ、この辺でイッチョ、デモでもやったら・・・」などといったら、ひんしゅくを買うだろうか?
ミンダナオと日本の社会の大きな違いは競争社会か、お互いに助け合い、心を分かち合うコミュニティーを重視した社会かの違いであるように思えるときがある。
ミンダナオは、ある意味では、現代の競争社会の落ちこぼれグループの典型だ。
貧しく、開発からも、経済システムからも、教育からも取り残された人々、多くの自称先進国の人々は、こうした人々を哀れと思ったり「努力が足りない」と蔑んだりする。
ミンダナオは、かつては豊かだった。
国際的な資源獲得競争によって起こされる、戦闘、プランテーションなどの国際資本によって山に追われる、先住民族、ミンダナオの貧困は、国際的な資本主義社会、グローバリズムと新自由主義が、民主主義の理想だと思い込んでいる先進国の経済至上主義によって作られた貧困だと思う。
ミンダナオの貧しいコミュニティーこそ真の民主主義の具現化だと、感じる時がある。

もともと、競争よりも、分かち合うこと
競争相手を蹴落とし、追い詰めて、自己、自社または、自国の利益を獲得することより、平等で分かち合い、互いに愛し合うことを求める人々もいるのだという事を先進国は、忘れていないだろうか。
日本の若者も含め、競争することよりも、心を分かち合い助け合うことを大切に思う人々がいる。
今の若者たちが、真に求めているものは、これではないだろうか。
ミンダナオの、特に貧しい人々は、そうした心を失っていない。
それに出会って、若者たちは、号泣する。
「生き残るためには」競争社会を勝ち抜かなければならないと日本人たちは、子どもの時からたたき込まれる。
「生き残る」という意味は、競争が嫌いな負け組は「死ね」または、「死ぬしかない」「あんな者たちは放っておけ」と言う意味かもしれない。
そうした気持ちを人々が抱いて生きている社会は、心の安まる社会だろうか。
孤独な社会ではないだろうか。
そうした競争社会に疑問を持ち競争社会のなれの果てとも言えそうなグローバリズムや新自由主義の陰で、貧しく虐げられている人々と分かち合い心のつながりを持つことを大事だと考える人々も、日本にはいる。
そういう人々が、ミンダナオ子ども図書館を心から支援して下さっていると感じる。
その心の根底は、優しさかもしれないし哀れみかもしれないし「取り残されている人々」?を自分たち同様の、先進的な?競争社会、新自由主義的民主主義?に取り込むことかもしれないが・・・支援する心に違いがあっても良いとして、ぼくの目には逆に、自分の社会が喪失した大事な心に対する希求や危機感が根底にあるように思われる
プライドもあるから率直には言えないとしても、心のどこかに、本来の優しさや人間性を失った自分を少しでも回復させたいという希望が無意識に働いているのではないだろうか。
その点、若者たちは、率直で感性も豊かだからミンダナオ子ども図書館の子どもたちに出会うと心の底から慟哭するのだろう。

小学校の恩師無着成恭師が言った言葉が忘れられない。
仏教では、支援や寄付は、布施または喜捨という。
寄付とは、つまり、自ら執着しているもの、財産や我執を喜んで捨てることであり、それゆえ、信者は、ひざまずいて僧侶に布施をする。
布施をする方が偉いのではなく布施をする方がひざまずくのは、それによって、自分を救って下さいと願う行為だからだ。
寄付する方の者、支援する側の者が、自分を低くして、貧しい人々の心によって救ってもらう、それが、寄付であり、支援であるのかもしれない。
ミンダナオに来た若者たちに、言う言葉
「何かをしてあげようと思うよりもまずは、友達になること。
友達になれば、友達が困っているときに何かしたいと、心から思う。そこから、始めればよいのだと」

ミンダナオの若者たちにはこう言う。
「支援してもらっている事を感謝することは大事。でも、まずは、友達になること。
日本の子どもたちは孤独で、心の友情や愛の支援をひつようとしている。だから、助けてあげてほしい・・・」
経済的に豊かでも、心の貧困にあえいでいる先進国の競争社会の人々が、現地で救われていくのを目の当たりにするたびに思う。


9月5日(日)

日本に行く準備をはじめた。
10,11月は、毎年日本に報告会、講演会に出向いている。
そのために、この時期、報告会に使用する映像を制作する。
イスラム地域の戦闘を体験し、大洪水の状況を見て、さらに今年は、エルニーニョの影響によるマノボ族の現状、その後、山に追われた先住民の現況を見るにつけて、こうした別々に見える諸問題の背後に共通した問題があるのがわかってきた。
「作られた貧困」
本来は、このような貧困や避難民と行った困難な状況に置かれる必要の無い人々が、なぜこのような不幸な立場に置かれざるを得ないのか。
それは、彼らには抗しがたい状況が、近代の先進国主導の政治的、経済的、文化的状況によって作られ、圧倒的力でもって、ある日突然に彼らの生活を破壊していくからのように見える。
先日、ボアイボアイ村を訪ねた。
スカラシップの調査のためだが、この村のマノボ族の状況は良くない。
理由は、この集落の人々が自分たちの土地を持っていないためだ。
周囲は丘陵地で、広大な土地が広がっているにもかかわらず、彼らには、自分たちの土地がない。
移民系の人々に、ただ同然の値段でだまされて土地を奪われてしまった経緯もある。
しかし、それだけでは、ここまでひどくはならないだろう。
首領に聞くと、この村には、多くのマノボ族が逃げてきた。
彼らは、向こうのアンティパス県から移ってきた。
首領の指さす方向に目をやるとすぐしたの道路の向こうアンティパス県に、どこまでもどこまでもバナナ畑が広がっている。
AJMR(スミフル)と呼ばれる日本資本のバナナプランテーションだ。
ここ数年、進出が甚だしく、ミンダナオ子ども図書館の奨学生の中にもAJMRに追われて、自給地を失い家族が崩壊している子も多い。
追われた家族の多くが、このボアイボアイに逃れてきたが、彼らとて作付けできる土地があるわけではなく、さらに追い詰められていく。
ミンダナオ子ども図書館のスカラシップ子どもたちの世代が教育を受けることでせめて生活できるようにすること・・・これが最後の頼みの綱なのだ。

すでに既得権を持った人々が土地の所有権を放棄するとは思われず、今後も問題が続いていくだろう。



8月29日(日)

今日は、奨学生たちの月例集会で、200名近くが集まっている。
先月は、マノボの文化祭、来月は移民系クリスチャンの文化祭で、
今月は一般の例会で、少しホッと息をついた。

忙しいの繰り返しで、言い訳ばかりが続く
立正佼成会の訪問に関して、サイトに写真だけをアップしたまま
コメントを書く暇が全くなかった。
続いてすぐに、山元しんぷさんと、日本事務局の面々が訪問した。

日本事務局は、MCLジャパンという名で、順調に出発している。
事務局は、経費をかけず、なるべく軽くするために
仕事は、最小限にして、いろいろな企画は、Mの会といった
別の組織で進めていくことにした。
このような支援の会が、次々と全国に出来て
ネットワークが可能になれば良いだろう。

その後、すぐにACC21に誘われて、
ダバオでフィリピンと日本のNGOの集会に
プレゼンテーターとして参加した。
京都暁星高校が支援するカティンドの保育所も開所式があった。
こうした一連の動きを、すぐにでもサイトに載せていく予定だが
まずは、写真を掲載するところから始めたい。

日記で突っ込んで書きたいことも多いのだが
時間を見つけて挑戦するつもりだ。

9月は、10月からの日本での報告会や講演会の準備時期で
一年間の映像を、新たにドキュメンタリーにまとめる時期だ。
今年は、先住民族であるマノボ族の現状を、映像を通して報告する予定だ。
11月中旬以降は、京都暁星高校が3名のスカラーを招いて
交流の催し物があるが、まだずいぶん空いている日があるので
メールをいただければ、報告会に出向きます。
家庭集会でも結構です。
メール松居友宛





8月5日(木)

ミンダナオ子ども図書館だより「対立していたクリスチャン集落での読み語り」より継続

2008年の戦闘は、この周辺の地域から始まった。
この先の村に避難民救済に行ったとき、避難民は数千人。
どこのNGOも恐れて入らない地域だが、
グレイスさんが言った言葉が忘れなれない。
「クリスチャン系の有力者が、クリスチャン系の農民に武器を渡している・・・」
その実に数週間後、国軍が入り、避難民は10万を超え、
数ヶ月後には、80万を超えた。
ここのごく普通の人々たちは、
そのようなことまで気がついていない。
今も気がついていない。
この地域の貧しい人々は、
ただ自分たちの耕作する土地を守りたかっただけだ。

かつては、この村にも、イスラムの人々が魚を売りに来たり
クリスチャンの若者たちが、下のイスラムの村に
バスケットボールをしにいったりしたというから
宗教的な教義が、対立を生み出しているわけではない。
これは、現在世界で起こっている、紛争や戦争でも同じだろう。

地域の小競り合いは、リドーと呼ばれ、たびたび起こるのだが、
それが、80万もの避難民を出すほど拡大するためには
すでに筋書きによって用意された準備がいる。
つまり、小さな発火を「待っている」大きな軍備。
小さな発火が作られる。
世界で起こっていることを知らない
文字も読めない「無知な」農民を扇動するのは訳もない?

時には、それが不発に終わったり、
計略によって覆されたりすることもある。
アロヨ政権末期のアンパトワン事件などは、
戒厳令を起こす計画が事前に漏らされ
火はくすぶっただけで消されたが、
それも用意されていた筋書きだった?

マギンダナオ自治区などでは、
小さな規模で戦闘が起こされることもある。
イスラムの薬売りの女性が襲われて、その報復にMILFが立ち上がり
それに対抗してヘリコプターから空爆がはじまった。
このような場合は、次のように疑って見るといい。
空爆を起こすために、
意図的に女性を襲わせ
挑発したのではないか・・・
空爆の目的は何だったか?

避難民が出て、その救済に向かったのは
なんと「ミンダナオ子ども図書館」だけだった。
空を飛んでいるヘリコプターも見ているのだが、
新聞にも載らない。
NGOも地方行政も避難民救済すら行わない。
かわいそうなのは、子どもたちだ。

2008年、戦闘が勃発した初期の段階で、
クリスチャン系の暗殺団「ねずみ」の話が出たが、すぐに消え
マスコミは一斉に、反政府組織を非難する論調であふれかえった。
どちらが先に手を出すのかは、あくまで不明の闇の中だが
戦闘を煽る強力な手段はマスコミだろう。
戦争を起こす根本的な原因を、
時には偏った論調を掲載して、覆い隠すのもマスコミだろう。
宗教対立が強調され、人々は、それを信じる。

外から対立をあおって、戦争を起こすきっかけを作る勢力が存在する。

戦争を起こす理由は何かというと、
現地では、土地問題だったりもするのだが、
マキララでのNPAとの戦闘もそうだが、
土地問題の背後には、日本も含む国際的なプランテーションが
遠巻きに関与していたり、
(直接関与しているのではなく、
地域の政治家などの有力者を通して間接的に関与している)

またピキットのように、リグアサン湿原に眠るという、
膨大な天然ガス、石油、
ミンダナオが希少金属の宝庫だといった
鉱物資源だったりする。

こうなると、背景は、
国際的な国と国との対立関係も絡んできて、
ミンダナオの豊かな資源を、アメリカがとるか中国がとるか、
EUや日本はどうやってそのおこぼれに預かるか
といった事まで動き始め、
戦闘の後の、国際的なNGOの動きまでが関わってくる。

コタバトの経済は、中国資本で保っているし、
ダバオにもコタバトにも中華学校があり
コタバトの市場に行けば、中国語のコーランも手に入る。
(フィリピン経済が、中華系であることは、
自明の理だと言われているが)

ただ、中国の影響は、経済で大きく、
武器売却や戦闘戦略には現れていないように見える。
USAID、EU、オックスファムといった
国際的NGOのように、戦闘後の、看板を至る所に掲げた
これ見よがしの
無償支援も行っていないようだが・・・

ただ、現地の識者からは
中国商人が手を引けば、
コタバト経済は崩壊すると聞いている。
中国は、国として関与していないで
中華系の商人として関与しているので
共存互恵があるかぎり
手を引くことはあり得ないが・・・

経済的な問題は、戦争を起こす大きなきっかけだ。
反政府勢力にとっては、貧困の問題。
不公平な社会の矛盾。
体制を牛耳っている側にとっては
落ち込みつつある現在不況を打破すること?
「こう、不景気だと、戦争でも起こってもらえないか・・・」

経済力が落ちてくると、国際的な政治力が落ち、
軍事力も落ちてくる。
国力が落ちてくるのだ。
力を維持するためには、経済力、政治力、
軍事力を維持しなければならない。
それは、ミンダナオの小さな村においても、
世界においても、同様?

戦争で最も儲かるのは、
兵器武器を製造する産業だろう。
その主な生産地は、アメリカと
部品製造に関与している列強諸国。
もちろん、日本も含まれる。
ミンダナオでは、反政府組織が使っているのも
国軍同様に、アメリカ製の武器だ。

アンパトワン一族が検挙されたときに、
大量の武器が見つかった。
国軍から流れたものも有ったが、
国軍ですら持っていないアメリカ製の武器があり、
合同演習の時に
アメリカ軍から流れたと言われている。
そこを経由して、反政府組織にも
武器は流れているというから、
武器が売れるなら、儲かるならば、
敵も味方も関係ない?

宗教などを理由に挙げて
二極の対立を故意にあおり立てて、
戦争を作っては、そこに武器を供給していけばよいのだ。
国際的な武器商人にとっては、
自国が勝とうが負けようがどうでも良い。

結局、反政府組織も正規軍側も、
戦闘の正面に立って戦うのは、
正義感に燃えた若者たちや
農民で組織された民兵たち。

革命を起こして、不平等な社会を是正する。
貧困を解消して、理想の社会を作る。
自由を広め、民主主義国家を建設する。
掲げている理想は美しくとも
戦闘の前面に立って戦い、
死んでいくのは
純粋な若者たちだ。
その陰で利益を享受しているのは
別の国に住む第三者たち?

自国の国内で、戦争が起こるのを
喜ぶ者はいないだろう。
見世物の格闘技と同様で
喜んで儲けているのは、
リングの外にいる
顔の見えない第三者だ。
ちょうどプロレスのように、
公衆の前面やテレビで格闘技をやらせておいて、
リングの外で、金を賭けているような仕組み。

アメリカは、ドル安を望んでいるという。
輸出産業を振興させるために・・・
アメリカの輸出産業とは、何だろう。
ベトナム戦争の時、日本も特需にわいた
日本の自動車産業も、機械産業も
アメリカの武器産業の下請けだとしたら、
今回もアメリカの後を、
しっぽを振って追い続けるだろう。

世界で武器を買うことの出来る国は多くはない。
石油資源で儲かっている、中近東諸国。
中国やロシアに脅威を感じている東アジア諸国。
とりわけ日本は、金持ちだから、
武器を買ってくれる最上の国の一つ?

アメリカ軍の日本からの
全面撤退に重ねて
日本が独自の武装した国軍を持つとしたならば
最大の顧客は金持ちの日本だろう。

中国脅威論を展開して
朝鮮を刺激して、
戦争の脅威を高めれば
日本国民も武装を納得する?
現在の朝鮮半島情勢も、
そのあたりと関係している?

北朝鮮にも希少金属があるし、
中国を通してそちらにも武器を売れるし
スーダンや南アフリカ
ソマリアやアフガニスタンにも
ミンダナオ同様に多くの資源が眠っている。
とにかく、このような不景気な社会を打開するためには
戦争でも起こってもらわないと・・・

このような事実に疑問を持ち、
ラジオや新聞で発表したジャーナリストは、
キダパワンでも殺されたし
地元のNGO関係者や弁護士、
弱者擁護の議員も殺害されたりしている。
表には出ない、簡単な暗殺か事故。
トモさんだって危ないよ・・・と、
スタッフやスカラーや妻も
寝食を共にしている90名の
親のいない子どもたち
500名近い奨学生たちも心配している。

ハイゼンベルグやゲーテやユングの言うように
自然科学論を分析してもわかるように
最も小さな部分で起こっていることをとらえると
全体が見えてくる?

日本は、かつて
世界大戦の時に善悪二元論に引っかかった。
大切なのは、決して善悪二元論に
引っかからない事。
悪魔のように狡猾な
第三者が必ず背後にいると疑ってかかるべき?

第三者を監視する、第四者として行動すれば
四角形の曼荼羅となり、
伝統的な陰陽二元論からはっする
五行の螺旋が回復する。
仏教や陰陽道は
武器を持つな、殺すなと言った
イエスの教えに近い気がする。

一例を挙げれば
相撲のような格闘技を、賭博や金儲けのツールにせずに
神聖な技の儀式として平和のうちに受け入れること。
決して武器を持たず
平和憲法を前面に出して
勇気を持って世界を渡り歩くこと。

中国は、商業を前面に出して、
世界を渡り歩き始めた。
ひょっとしたら、これも東洋の知恵かもしれない。
中国では、驚異的な勢いで
クリスチャンが増えているという。
イエスは西で十字架につけられて死に
夜明けと共に東から復活する?

幸い、子どもたちの読み語りのおかげで
フィリピンのミンダナオ
ブアランのクリスチャンエリアは、心を開き始め
下のイスラム地域と一緒に
多様性の中で生きていく道を模索し始めた。

イスラム地域の村長さんの言葉
「年とった大人たちは、
なかなか簡単に受け入れられないだろうが
子どもたちなら、未来に期待が持てるだろう」
ミンダナオ子ども図書館をよく理解して下さっている
イスラム教徒の村長さん。

日本政府は、JICAの草の根支援を通して
この地に小学校を建設しようとしている。
日本国民である皆さんの税金で。
MCLの若き現地スタッフたちは、
喜んでそのお手伝いをしたいと思っている。



8月3日(木)

ピキットで、再選された市の役員が殺害された。
理由は、彼が選挙中にモスクに爆弾を投げたからだというのだが・・・
殺害の対象はイスラムの首領だったので、報復されたのだという。
軍が多少出ていて不穏だが、
ともにイスラムの同じ地域の有力者の対立
いわゆるリドーと呼ばれるものだ。

対岸のダトピアンでもリドーが起こり
ピキットのダマラサク方面に避難民が出たが、
ハウスベース(親戚の家などに避難する)なので
MCLとして救済はする必要はないと判断した。

マキララ地区では、軍隊が小学校近くに駐屯し
住民からの批判を浴びた。
本来は、こうした場所に駐留してはならないことになっているのだが
子どもに武器を持たせて、写真撮影もしたといので、
DSWD(福祉局)も抗議した。
撮った写真を、マスコミを通して、
NPAが活発に動いているという宣伝工作に使うのではないか
というのが推測。

軍は、NPAの取り調べという名目で、家宅調査をしているが
住民を追い詰め怒らせて
反政府組織の活動を誘発させる
かつて経験した
その恐ろしさを、地域の人々たちは語る。

選挙が終わり、落選した議員たちの中には、
今回の選挙を無効と宣言している者たちも多い。
選挙のしこりが、様々な不穏な動きにつながっている。

中東や北朝鮮も含めて、
戦争を起こしたい勢力が動き始める気配もする。
アメリカの経済は、崩壊過程に入り始めた?
大量に武器を売らずば、経済は持たない?


7月30日(金)

イスラム地域のクリスチャン集落
戦闘を起こすきっかけや、
貧困の仕掛けが解ればわかるほど
気が重くなる。
背後の巨大な国際利権もさることながら・・・

先日は、カリナンに行った。
日本人の入植地で、
カリナンからさらに山に入った集落を支援するため。
ここは、プランテーションに追われた先住民の吹きだまり
ジャガン、オボマノボ、タガバワ、カオロといった種族が住んでいる。
ここを支援してたのは、スタッフのおじさん
彼同様に日系の血が混じっている。

かつては反政府組織の一員だったが、今は牧師。
「・・・派の牧師が、有力者・・・と組んで
先祖伝来の土地を所有し農場を開いている
抗議をした首領は殺害された」
見渡す限りのプランテーション
戦後、反政府組織に加わっていった日系人は意外に多い。
先祖伝来の土地の件で、5月には、MILFのコマンダーと
マラカニアン宮殿に呼ばれたのだが・・・

日本人の知らない、日本人の歴史が
想像以上に深く、現代に至るまで
ミンダナオに流れている。
これからも流れ続けるだろう。

明日は、イスラム教徒を拒絶していた
イスラム地域のクリスチャン集落に
イスラムの子たちも一緒に読み語りに行く


書きたくても、安易に書けないことが多すぎて
なかなか、書く気が起こらない


7月25日(日)

「ミンダナオ子ども図書館だより」の方は、更新してきたのだが
あまりの忙しさに、日記の方は、書くゆとりがなかった。
書きたいことは、山ほどあり、山積している状態で
書きたいことがありすぎて、すぐに書けなくなったといっても良い。

地震のニュースが、日本を駆け巡ったようで、
電話やメールで問い合わせがくる。
地震など、全く感じなかった。
一度だけ、わずかになんか揺れているようだと感じただけだが、
現地の人たちは、全く気がついていない。

報道というものの影響は、小さなものが過大に流れ
流れるべきものが、流れない?
たぶん、震源地では大きな揺れだったのだろう。


6月13日(日)

日本からミンダナオに帰ってきた。
日本から、アポ山に登りにこられた訪問者の方もあり、
新しくMCLに住むことになった、子供たちへの対応にも追われて
日記に記録する時間もなく慌ただしく時が過ぎた・・・?

本当に、ミンダナオ子ども図書館に帰ってくるとホッとする。
多くの子どもたちがいて、騒がしいはずなのだけれども
彼らの姿が、
ミンダナオの緑と光と風に溶け込んで
心からの安らぎを感じる。

先日、マノボ族のいる貧しいカヨパトン集落に行った。
すでにMCLに移ってきている、二人の子の話から
彼らのお姉さん、といっても小学校の4年生だが
一人で下の4歳と5歳の子の面倒をみてるのだという。

先夫は、娘を産んだ後いなくなった。
二番目の夫との間に、5人の子が生まれたが
その夫は、先夫の娘と関係を持ち
DSWDの調査で黒となり、監獄行きとなった。

長女は、DSWDの保護下に置かれ
母親は、生活のために町に出た。
父親も母親もいなくなった山奥の家で
5人の子どもたちは取り残されたまま
長女が面倒を見続けてきた。

村の人々は、水と芋としか食べられない
子どもたちを放っておけずに
ときどきわずかな差し入れをしては
彼らを支えてきた。

最初、僕らは、集落に残された5人のうち
小学校に行っている上から2番目の男の子と
3番目の女の子を採用し、MCLに住まわせることにした。
しかし、二人の話からも、ほかの子たちを放っておけずに
学年が始まる直前、決心して
すべての子を迎えることに決めた。

現地に行くと、集落の人々が歓声を上げて迎えてくれる。
幸い、町からお母さんが帰ってきていた。
数日滞在して、また、町に戻らねばならないのだという。
村長をはじめとする村に人々は、子どもたちの置かれている立場を
非常に心配している。

小学校4年生の女の子が、母親となって
3歳と4歳の弟と妹の面倒をみながら
寂しい山の寒村で暮らすなど、日本では不可能なことなのだが
幸い、こうした山の村には、人々のコミュニティー意識が強く生きていて
お互いにたすけあうので可能なのだ。
日本が、もっとも失ったものがここにある。

これが日本だったらと思うとゾッとする。
たくさんの人が住んでいる都会ならなおさらに、
子どもたちは、家の中で餓死するか
その前に、母親が、生活の悲嘆と絶望で
子どもを次々に殺害しているのではないだろうか。

近所の人々?
事件が起こった後で、
「へーっ、そんなことが身近に起こっていたなんて
少しも知りませんでした」

ぼくらは、母親とも話し合って、
子どもたち全員をMCLに引き取ることにした。
さらに、DSWDの保護下に置かれている長女にも会った。
ちょうど高校を卒業した長女も、専門学校に通うことになるだろう。

今、家族全員が久々にそろってMCL にいる。

5月30日(土)

日本に来てみると、本当に自然が美しい
5月ということもあるのだろうけれども・・・
自然と同時に驚くのが、町の景観や道路
とにかくチリ一つ落ちていない。
環境問題に関心があるせいもあろう。
観光立国としては、スゴイ可能性がある美しい国だと思う。

チリ一つ落ちていない点は、スイスを思わせる。
ただ、スイスも日本も、青少年の自殺率は高い。

こんなに美しい国なのに、
住んでいる人々の表情は、暗い。
この人、泣いているんじゃないか?
この人の目つきは、普通じゃない?
「人」がたくさんいるのに、
人がいないような不気味さ。

本当に心が解放されないし
孤独感ばかりがつのっていく
テレビを見ても、善悪二元論の中で
対立ばかりが煽られて
思考も感情も感性も
はたまた、政治や経済も
コントロールされている不気味さ。
よって立つ場所の無い不安。


北朝鮮の問題がクローズアップされているが
ミンダナオの経験からすぐ感じるのは
これは、どこかで作られた臭いがする。
真珠湾攻撃が、作為的であったように。

田中宇氏のサイトに、以下のような記事が掲載されている。 
「韓国軍艦「天安」沈没の深層」
http://tanakanews.com/100507korea.htm

まさかと思うだろうが、
ミンダナオを見ている僕には、非常に納得がいく記事だ。
この事件と、沖縄の普天間基地をめぐる動きは、
並列しているように見える。
さらに、中国に対する動き。
さすがに中国はしたたかで、日本のように
脆弱にヘイコラとして来ない?

あ〜あ、日本はもう骨抜きになって
クラゲのように漂うばかり?
米軍を追い出して
スービック基地を取り戻した、
フィリピンの方がよっぽど気骨がある?



5月28日(金)

日本事務局の体制が固まってきました。
事務局は、北九州市の小倉に置くことに決めました。
福岡県は、アジアへの玄関口、
かねてから支援活動の活発なところなので最適だと思います。

山元しんぷの教会も小倉になり
教会で泊めていただけるのも魅力です。
マニラから直行便が出ていますし、
全国へも飛べます。

名称は、MCLジャパンとし
新たな活動も始める予定です。
事務局の電話番号は、回線を着け次第ファックスとともに
ご報告します。

事務局電話は、一本化し、日本でも現地でも
私(松居友)が出られるようにしました。
MCL電話:08055023446
(日本・現地綜合事務局電話:松居友)


電話は、かつての日本滞在中の電話を使い
現地でも、日本へかけるのと同じ電話番号で
直接、年間を通して受けられるようにしました。


5月16日(日)

かつて日本にいた頃、特に若い頃
ボランティアという言葉が、胡散臭くて嫌いだった。
ニヒリズムが席巻し、神も仏も信じていなかった。
学生運動の末期の時期
友人たちは、高校の職員室を封鎖した。

読んでいた本は、ニーチェ、ハイデガー、サルトルにボーボワール
サガンにキルケゴールにマルクス。
聞いていたのは、小学校の頃からビートルズ、サイモン、ドアーズ
サンタナ、岡林、高石

面白い時代だったが、虚無が世界を支配しており、
宗教は、死におびえる人間の生みだした空想、
幻想に過ぎないと思っていた。
「宗教はアヘンである。」これは、マルクス。
「神は死んだ」ニーチェ。

「おぼれる者は、ワラをもつかむ、
宗教とは、おぼれる者のつかむワラである。
救いを求め、ワラにしがみつきながら、人はおぼれていくのである」
当時考えた言葉。
虚無へ戦いを挑み、意志の力を信じていたが
虚無を追求しすぎて、死と狂気の狭間に立った・・・

その後不思議な体験をして、今は神を信じ、
北海道では自然を追求し、
といっても、環境問題ではなく
草木を含めたスピリット(精霊)との共存。
アイヌや沖縄を舞台に
先住民族の文化を追いかけたが
現在は、ミンダナオで
思春期の頃から胡散臭いと思っていたボランティア活動をしているのは、
まったく興味深いほど、胡散臭い?

MCLには、今のところ
純粋なボランティアで関わっていることになるから
今の活動は、ボランティアなのかもしれない
無給であっても、好きでやっているのだから
偉そうな顔は出来ない。
ただ自分の心の中では、ボランティアをしているという気持ちも
NGO活動をしていると言う気持ちもあまりない。
ただ、子どもたちが可愛いからだ

これをボランティア活動とするならば、
かつて軽蔑していた方向に、向かわされている自分がいる。
誰がこんなことを、こんな馬鹿な人間にさせているのか?
と自問するときがある。



5月15日(土)

去年の里親とスカラシップの重点地域は
イスラム地域では、MILFのARMM地域サパカン
マノボ地域では、NPAの強いアラカン
クリスチャン地域では、やはりNPAの強いマキララを選んだ。
反政府的なこうした地域は、貧しいだけではなく、差別されているという意識や
閉ざされた気持ちを人々が持っている事が往々にしてある。
そうした心を開いていくにも、スカラシップや読み語りは有意義だった。

今年は、ちょっと視点を変えてみようと思う。
イスラム地域のマノボ集落やクリスチャン集落
クリスチャン地域のイスラム集落やマノボ集落
マノボ地域のイスラム集落

こうした貧しい小集落は、マノボでもクリスチャンでもムスリムでも
困難な状況に置かれている。
イスラム地域のマノボ族には、
イスラム側からのそれなりの差別や偏見がある。
現に、私たちは、ピキットのマノボ集落を見ている。

クリスチャンに差別されていると感じている、イスラムの子たちにも
イスラムに差別されている、マノボの集落と関わることは
大事なことだと思う。
ピキットのブアランには、イスラム教徒のなかで
ひっそりと暮らす貧しいクリスチャン集落もある。

クリスチャン地域のイスラム教徒も同じで
マキララでは小さな戦闘や小競り合いが絶えない。

イスラム教徒もマノボ族もクリスチャンも
自分たちが被害者であるという意識が強い。
お互いに小集団に追い込まれている
種族の集落の現状を若者たちが見ていくことによっ
時代を担う若者たちの視点が広がることを期待したい・・・

イスラム地域の先住民や、クリスチャン地域のイスラム教徒の
貴重な報告が、来年は出来るかもしれない。



5月15日(土)

日本に行く飛行機の中。
ひさしぶりの家族同伴での旅。

本部では、スタッフもスカラーを交えて
季刊誌「ミンダナオの風」発送準備に忙しい。
3000通の中で、とりわけ支援者への1800通あまりの
振り分け作業が実に複雑。

今回は、季刊誌と年間スケジュールの他に
新規スカラシップと里親の方々への
新奨学生の写真と略歴
旧奨学生の場合は、高校大学が
手紙と成績表。
さらに、寄付を下さった方々に、
手書きの絵はがきが同封される。

各々選別されなくれはならず、
一つも漏れることなく完璧にチェックしていく作業は
本当に複雑で神経を使う。
今年は、ほぼ完璧に作業がなされるだろう。
去年、プレシデントだった、マリベールの努力だ。
彼女は、どんなスカラーでも
どこの出身であるかを理解している。

今年は、スカラシップセクションのリーダーだが、
プレシデント以上に複雑な仕事をこなしていて
スカラシップセクションの中では
プレシデントのアスレーの方が、
スタッフとなる。

僕は、機中だが、
こうしたスタッフに作業を全面的にゆだね
まかせられることを本当にうれしく思う。


5月14日(金)

選挙が終わった。
あちらこちらで死者が出た。
選挙の形態そのものが、もう少し改善の余地があると感じる。
ポスターの張り方なども考慮すれば、
もう少し秩序のある、選挙形態がとれるだろう。

それにしても、今回コンピューター化した部分があるが
それがかえって不正や混乱をまねているように見える。
選挙をコンピュータ化すれば、不正もしやすくなるだろう。

NGOの活動をしてもう一つ思うことは
これは、ボランティア等という
安易な言葉で表現できないほど
厳しい仕事だということだろう。

もともと、ボランティアという概念が
中途半端な甘さがあるような気がして
嫌いだったが
本格的に人を助けようとしたら
そのような甘い感情ではとうてい無理だ。

スタッフも大変だが
こうした仕事は、時には命がけでもあり
サイドビジネスを持ちながら
出来るような甘い仕事ではない
特に現地ではそうだ

ただ、子どもたちの顔を見ると
命をかけるだけの事はあるなと思う


5月9日〔日)

昨日から、インターネットが接続しない
明日は、選挙。
パレードと言って
車やバイクが選挙ポスターや風船を付けて
何十台と道を連なって走る。
交通渋滞がひどくなり、
まったく迷惑至極の選挙戦?

昨日、車の修理でダバオにいった
毎回、ダバオに行くたびに
外国人、とくにアメリカ系の白人の姿が
多くなっているのを感じる。

デパートの一角では、
建て売り住宅の販売ブースが目につく。
一戸建てで、販売価格が300万から500万前後
のものが多く、高いもので1千万。
こちらの人たちが、易々と買えるものではないが
どう見ても、外国人向けの販売企画。
セカンドハウスとして買っても良いような・・・

白人層は、姿を見ても、決して金持ち層とは言えない層
フィリピン人妻も結構多い。
移民局などに行くと、白人が多くなっているのが一目瞭然。
いよいよアメリカ経済が崩壊過程に入ったのか?
経済的に沈没しつつあるアメリカを見限って避難してきた
難民に見える時がある。

ダバオに金持ち層が少ないのは、
政情不安定もあるだろうが
お金のある難民ならば、
セブかマニラに行くだろう。

5月7日(金)

今までなおざりにしてきた
ミンダナオ子ども図書館の対日本事務体制の
目処がついてきた。
卒業後の支援者の継続確認など
対日本の支援者の方々への対応全般は
ミンダナオ子ども図書館本部でやることにした
その結果、日本支部は、負担がなく
最小限にして、支援金を現地の子たちのために使うようにする。

今ぼくは、忙しい狭間を見つけては
支援者にミンダナオから確認の電話をしている。
様々な確認作業は、ほぼ、それで問題は解決する。
さらに、かつてやっていたように
スカラシップ支援者のリストを作り
今年から入金記録を作っていく。

難しい事ではないのだが、
以前法人化を企画してストップしたとき
資料をみな渡してしまって、
それいらい、現地立ち上げ、戦闘勃発などの
現地活動に専念して、置き去りにしていた。
これを復活させることにした。
その結果、支援者の方々の入金状況に
現地ですぐにお答えできる体制に戻し
何月何日、いくら振り込んだかの
現地でいつでも確認が出来るようになります。

僕一人では、本当に大変なのだが、
幸い文字通り、救いの手があらわれた。
亡き山田順子さんの息子さんが、
ミンダナオ子ども図書館本部で
活動する決断をしてくれた。

例え、学歴はなくとも
こうした若者こそが、日本の未来を開いていく?
貧しい子たちにも歓迎されて
MCLのスタッフも奨学生も大喜びだ。

優等生ばかりを集めたスカラシップではないMCL
むしろ問題家庭の子たちを集め
彼らこそ未来を開いていく、と言う理念で始めたMCL。
そこに適した人材だと思う。


5月5日(火)

二人の子を迎えに行った。
一人は、今度小学校一年生。
もう一人は、4年生。

父親は、行方が知れない。
母親は、頭がおかしくなって
あちこちを徘徊している。

老齢の祖母は、貧しく育てきれない。
そこで、うちに。
新しく建てた家に、小さい子たちと共に住むことに・・・



個人住宅と思って建てたが
もうすでに小さな子たち
6人が一緒に住んでいる。

年齢の幼い子は、父親や母親代わりの
人が必要だ。
個人住宅は、だんだん
孤児たちの家になりつつある?

予定通りだったりして????


5月4日〔月〕

突然、病気の子が運ばれてきた。
脱水症状がひどく、ぐったりとしている。



とても放っておけないので
急いで病院に運ぶ。
救急で入るが、そこにいた新米の看護婦
「今日は休日で医師はいないから、
後日来て下さい」

しかし、どう見ても救急入院患者だ。
医療担当のノライダさんはおとなしいので
あたふたしている。
エープリルリンが、食い下がる。
フィリピンでは、良くあるケースだが
ここで引き下がってはいけない。


はっきりと状況を述べる。
後ろで気がついた看護婦さん
「あなた、あれ、MCLさんよ。
先生方皆知っているからだいじょうぶ。
支払いもつけてOK」

良いのか悪いのかは、わからない。
貧しい身なりで飛び込んで
門前払いになる患者たち。

翌日、この子は少しづつ回復。
危なかった。



5月2日(日)

病気で苦しんでいるジンジン、
今、うちで療養している。
すでに30万を超えている経費。
一人の子のために・・・

そのジンジンを救う決心をしたとき
医療予算はとうにオーバーしていた。
でもどうしても救いたい。
それが、現地スタッフの気持ちだった。
特に、フェにはその気持ちが強い。

予算枠を超えてまで病人を救おうとする
そんなのNGOの運営常識から外れている
それじゃあ、どんぶり勘定の神頼みじゃないですか。
ショックだったが、確かにその通りだと思った。
それでもふと思った。
マザーテレサは、予算枠で人を救済したのだろうか。


5月2日(日)

NGOを作ろうと思ったことは一度もない、と言う事は
たびたび書いてきた。
現地の子どもたちの状況を見て、現地の要望に応えようとして
ここまで走ってきた。
理由は、子どもたちが可愛いから。

ここまで大きくなるとは、思っていなかった。
大きくしようと思ったことも、一度もない。
戦火の中の子どもたちや、
山のマノボ族の子たちの現状を目の前にして
黙ってみていることが出来なかった。
今でもそうだ。
理由は、子どもたちが可愛いから。

私財をはたいて、良くできますね・・・
と言われる。
出発時は、文字通り一銭も無かった。
離縁状を果たして出て行ったかつての妻子に
土地も家も売って、銀行にある全財産を
将来の子どもの教育費として送ったから。
後で気がついたら、郵便局に100万ほど
あったので、孤児施設の子たちに絵本を寄付した。
ハオウオブジョイのトモライブラリー。

まったく一円も無くなって、ささやかな講演をしながら食いつないだが
一文無しになったときの心地よさがわすれられない。
子どもや妻に会えなくなった寂しさと共に・・・
今は、新しい妻と子がいるし、アダプトしている子たちもいる。
子に会えない寂しさが、逆に、親のいない子を集める結果となったのだろう。
子どもたちは可愛いし、困窮していると放っておけない。

ただそれだけが、全ての活動の原点だろう。
命を捨てたら、みんなが困るよ、と言われるけれども、
しばし危険であっても、
命を捨てても良いなと思う。
子どもたちが可愛いから。

5月2日(日)

NGOに関しては、本当に無知だと今回は自覚した。
先月の事か、ソルトというNGOのメンバーがスタッフと来た。
マニラのパヤタスに基盤を置く、有名なNGOだった。

ICANの方は、知っていたし、時々訪問される。
ICANとソルトは、フィリピンでも有名なNGOなのだそうで
僕は、全然知らなかったし、失礼なことに
興味もなかったのだから・・・・ひどいものだ。

ソルトhttp://salt.or.tv/
ICANhttp://www.ican.or.jp/library.html

ソルトとMCLの二つを結びつけて、
スタディーツアーを企画すると良かったのかもしれない。
それにもかかわらず、僕は、スタディーツアーに関して
MCLとしては、難しく、否定的な考えをサイトに載せた。
無知故に・・・

スタディーツアーを否定しているのではなく、
活動がそぐわないのと
MCLの家庭的な雰囲気を壊したくないからだ。
子どもたちが育つために、一番大切なのは
家族的な雰囲気だから。
この辺で、僕のNGO観をじゃっかん書く方が良さそうだ。

NGOは、無くなればよい、と言うのが正直な思いだ。
支援する必要がある子どもたちがいなくなれば良い、
貧困や戦闘が無くなれば良い、
皆が、学校に行け、医療を満足に受けられて、
ちゃんと3食たべられれば、
NGOといった支援活動は、必要なくなる。

僕は、ミンダナオ子ども図書館のスカラシップや医療支援
避難民救済支援が無くなる日を夢見て活動している。
でも、そんなことになったら、今のスタッフはどうなるのか・・・

そう、小さな図書館は残るだろう。
読み語りも残るだろう。
小さな孤児施設が残るかもしれない。
豊かになっても孤児や片親、崩壊家庭は消えないだろう。

それ以外に残るとしたら
農場と出版事業だろうか。
出版も不景気だし、最も長く続くのは、
小さな図書館と農場かな?

そこで、農業を中心とした、親の無い子や崩壊家庭の子たちでも
家族の一員となれるような平等なコミュニティーが
僕の死後も維持される可能性を模索しているけれども
NGOの無い、平和で貧困のない社会を夢見て・・・

いつもよく考える
こうした物質的なものを地上に残しても仕方がない
ここで育っていった子たち、
関係していった子たちの心に、深い想いが残ればよい。
地上に宝を蓄えても仕方がないと。



5月2日(日)

大渕さんの突然の辞任と共に
事務所の所在と訪問の規定を見直しています。

訪問に関しては、本部の私にご連絡ください。
mclstaff@zar.att.ne.jp
ビジター訪問、一泊一日4000円の規定も廃止いたします。
ダバオーキダパワン往復のガソリン代は、現地での活動も含めて
2000円ぐらいですが、自由寄付をいただけばそれで結構です。

ミンダナオ子ども図書館は、大きなファミリーのようなもので
訪問者の方々に特別なことはできませんが、
家族の一員として、心から歓迎いたします。
ただ、活動は、現地の予定に合わせていただくことには変わりなく
詳細は、訪問希望に関してをご覧下さい。


もともと、病身の山田順子さんにお願いしていた
日本事務局の主な仕事は、
月一回の振替用紙の搬送だけだったので
本部の私の仕事が、もどってきただけなので
基本的な業務に、多少の遅滞はあっても、支障は無いと思います。
ご安心ください。

私の仕事の量が、オーバーワークだった点が主な問題なのですが、
支援者の方々の協力で、ほぼ解決しそうです。
新しい日本事務局の住所や担当者名など、
今後の体制は、15日に日本に着いて
今回は、日本の支援者や現地スタッフと意見交換をし、
さらに慎重に論議検討してから後に、
結論を出したいと思っています。



5月1日(土)

マティアスとグマイの保育所が完成した。
宮崎朱美・・・Gumay マグペットのマノボ集落
久岡隆行・・・Matias マグペットの移民系クリスチャン集落
Kimiko Takayuki Hisaoka と、名前を入れることが出来ました。
サイトにも載せますが、後日、季刊誌と共に写真を送ります。
毎年、10月の季刊誌(秋号)にその後の保育所と子どもたちの様子が入った
写真を送ります。

困ったことに、ピキットの裏のゴミ捨て場
フォートピキットに作った保育所が
軍に占領されてしまった。
福祉局を通して抗議をしているが、
この地域には、反政府組織が潜入している、
と言うのが理由。
子どもたちが、近くの学校のステージで保育している。
まったくひどい話だ。
選挙後に、さらに市長に話に行く予定。

残念な事が一つ。
事務局の大渕さんが、辞表を出された。
長年、事務局をやられてきた山田順子さんが亡くなって
この人なら、と思ったのだが、
僕が、現地立ち上げに全力投球をしてきた
7年のつけが、一度に降りかかり、
現地の活動に追われて、その厳しさを
十分、理解していなかった
僕に、原因がある。

給与も、月10万円では、ワーキングプアに入るようだ。
こちらでは、12人、スタッフ全員の給与分なのだが、
僕の頭が、すっかりフィリピンサイドに仕上がっていて
日本の現実が良く理解できていない。
これも、僕に原因がある。

現地本部は、全ての面で、仕上がってきた。
体制もスタッフも、ほぼ完成した状況になったと感じる。
チームワークも、未だかつて無いほど良い。
問題は、日本事務局の立ち上げだが、
日本とフィリピンでは、NGOに関する意識もスゴイ違いがあり
なかなか両方のスタッフを結びつけるのが難しいことがわかってきた。

日本側は、支援金を出しているのは、日本だから
日本が中心と考える、嫌いがある。
フィリピン側は、現場で子どもと実際に出会い
救済支援活動をしているのは、自分たちだという誇りがある。
時には、戦火のなかを命がけで・・・

実際、日本(海外)とフィリピンにまたがっているNGOは
どうかというと、
大概が、やはり、海外の関係者が、現地人に(指示)を与える
と言う、対応が多い。
海外の関係者は、それなりの学問と経験を積んできたという誇りもあるし。
先進経済国だという、自負もある。
政治も経済も、滅茶苦茶なフィリピンと比べたら、実際日本は遙かにましだ。
違いは、子どもや若者たちの笑顔だけ。

僕の場合は、現地の若者たちの力で、現地で作ってきただけに
ここに住んで、同じ釜の飯を食っているだけに、
日本主導という気持ちが薄い。NGOに関する勉強もしたことないし
関心も持ったことがないし、
関心あるのは、現地の子どもたちの事だけだから・・・

確かにこれでは、日本の支援者に通用しない。
もっと支援者に顔を向け、
支援者が納得いくような、サービス体制を整えなくてはいけない。
それには、人とお金が必要だ。
日本は、フィリピンのほぼ十倍。
それだけの経費を投入しても、今度は現地に降りるお金がかなり減る。

正直な話、現地では、日本の支援者に顔を向け
現地にほとんど支援金が下りていかないNGOもたくさん見ている。
この辺の矛盾をどう乗りこえたらよいのか。
現地スタッフを重んじ、やる気を損なわないためにはどうしたらよいのか。
経費や人を、どのように捻出し、体制を作ったらよいのだろうか
今後、この点をどう堀を埋めていくかが課題だが、
まだ、紆余曲折はあるだろう。

今回の失敗の結果、今、考えているのは、
前から思っていたことだが
やはり、どうしても、ミンダナオの本部に日本人のスタッフが必要なこと。
できれば、男性。腰を落ち着けられる人。

つまり、現地にいながら、日本の支援者に目を向ける仕事をまかせられる人。
支援者の現地での管理、手紙や要望への対応、現地報告など。
幸い、大学の奨学生の一人、日系のミヤシロさんが日本語が出来る。
お父さんの牧師さんと、小学校中学校と日本で過ごした。
彼女がここに住み込んで、日本人スタッフの右腕となり
現地スタッフや現地人との間の、言葉の壁を超えられる。

すでに今までの経験から、専属のスタッフさえいれば
かなりの仕事は、現地で出来る。
そうすれば、日本事務局を立ち上げたとしても、
日本での仕事は、大いに軽減され
スカラーの状況も、日本事務局から
いちいちメールで問い合わせること無く
現地で直接対応できる。
どなたか、現地本部で一緒に仕事しませんか?

5月14日から日本に行くが
体制作りを再度検討しなければならない。
この体制が始動して、形が出来るには3年はかかるだろう。
今年は創立7年だから、10年で、支援者にもある程度
満足のいく体制を作ろうと思っています。
あまりにも、現地重視型で、ご迷惑をおかけしますが、
いつも日本の皆さんの事を、気にかけていますので
ご理解下さい。



4月29日(木)
季刊誌「ミンダナオの風」春号を脱稿しました。
明日、ダバオの印刷所に入れて来週印刷
5月中旬には、皆さんの手元にお届けできると思います。

新年間スケジュール表にも書きましたが
じゃっかんの変更がスケジュールにあります。
季刊誌は、2,5,7,10月で
スカラシップは、正式のプロフィールは7月
5月には、成績表と手紙が入ったりは同じですが、
新スカラシップ応募者の場合は、候補の写真と略歴を同封します。

変更点は、里親(小学生)支援は、
新年絵手紙が2月にはいる以外は、手紙が同封されません。
原則的に文通、プレゼントは不可能とさせて下さい。
スカラシップは、文通、プレゼントともに可能です。

理由ですが、
スカラシップ(高校、大学)は、月末の総会で奨学生たちが全員集まり
手紙を書いたり、プレゼントを渡したり出来るのですが
小学生の場合は、山岳や湿原の極端な僻地が対象となっているので
届けるだけでも一日がかり。
ガソリン費用も時間も馬鹿にならずにとうとうスタッフも、根を上げてしまいました。

保育所支援者の場合は、年一回10月号に、
現地の新しい保育所の写真をお送りします。
試行錯誤をくり返してきましたが、
今回のスケジュールが、恐らく長い経験の最終的なものとなるでしょう、
ぜひ確認してみてください。

2010年5月号をPDFでお届けします!
季刊誌「ミンダナオの風」27号 PDFへGO
新「年間スケジュール表」 PDFへGO

PDFで読めるのならば、季刊誌の発送はいらない、
とおっしゃる方もいらっしゃいますが
印刷物ならではの良さ。長いすで寝ながらじっくり読める。人に紹介できる。
ファイルに保存できる。
等、あると思いますので、受け取っていただけたら幸いです。


4月26日(月)
シンポジウムは、素晴らしいものだった。
「差別を無くして、平和を築き、異なった宗教や部族が、一体となって強い絆を作るには」
このテーマは、若者たちにとって切実なものだ。

部族間の偏見や差別、外国人の見下した対応。
世界で、あちこちで、女中、子守、エンターテイナーとして
苦言も言わず働くフィリピン人。
外国人を、サー、マムといって、自らへりくだり、
雇ってもらう態度には、良い面もあるのだろうけれども???

ここミンダナオでも、宗教の対立、部族たいりつ
無知から来る偏見
怒りをすぐに暴力で現す対応。
様々な問題が身近にある。

日本の若者たちにとっては海外の遠い出来事、
シンポジウムのテーマも、日本で実施すれば
実感の無い抽象論???
あるいは、部落解放同盟の集会か、左翼運動
共産主義者の差し金かと思われる???
しかし、ここの若者たちにとっては
日々の現実であるだけに、彼らの発表は優れていたし
体験に基づいた重みもあった。

その量もかなりのもだから、ネット上で簡単に報告できないので
今、文化セクションスタッフたちが、録音し、記録した内容を書き起こしている。
それをさらにまとめて、冊子にする。

日本の若者たち、それどころか、日本の人々も読めるように
時間があれば、翻訳して、冊子、本としてまとめたらよいだろう。
出版も、重要な一歩かもしれない。


4月25(日)
今日は、設立7周年の記念日。
4月の学生総会は、シンポジウムと決めている。

今日の日のために、前回の総会で全員で論議し、学生たちが決めたシンポジウムのテーマは
「Eliminate Discrimination and Promote Peace to strengthen Unity of each tribe」
訳すと、
「差別を無くして、平和を築き、異なった宗教や部族が、一体となって強い絆を作るには」
と言ったところか。
これを書いている朝、奨学生たちが集まり始め、昨日から準備がはじまっていたが、最後の準備に入っている。
高校生、大学生のスカラシップ学生、約200名が集まる。


週が明けたら、ストリートチルドレンだった、スイーツスイーツとお母さんを迎えに行かなくてはならない。
彼女のお母さんも、かなり深い精神障害に陥っているが、ここに住めるのかを確かめなければ・・・
ミンダナオ子ども図書館は、精神病院もかねそうな・・・・・??


4月24日(土)
頭のおかしくなった(と言われている)ポール君のお姉さん。
子どもの頃の叔父からのレイプの経験、そして結婚後の極貧。
夫の暴力・・・
精神病院で薬をもらってきた後、今もうちにいる。

最初は、躁病状態で、真夜中に起き出して、部屋の戸を叩いて歩いたり
深夜の庭で、大声で叫び、演説していた。
パンティーで、歩き回るので、僕が、しっかり話すと
それから無くなってきた。

薬を飲むようになった後は、逆に、ひどい鬱病のようになった。
だらんと手を下げて、幽霊のように徘徊する。
しかし、きっと良くなってくるだろうと思った。

大きな変化が出たのは、みんなで教会のカテドラルのミサに出た後。
聖体拝領をしたあとから、何か変わったなと感じた。
事実、翌日から、憑きものがとれたような感じで、
しだいに生活も、みんなと出来るようになってきた。

残してきたわが子二人が恋しいと、
ここに連れてきたいというので、ソーシャルワーカーが夫の両親に会いに行ったが
頑として子どもを手放さず、ひどくしょげた。
しかし、確実に良くなってきている。
今度、読み語りに連れて行こうと思っている。

ミンダナオ子ども図書館には、不思議なヒーリングの力を感じる。
純粋な若者たちの心の働きだろう。
自分たちも大変だったから????


4月23日(金)
同日の下の記事は、朝の6時に起きて書いたが、
その後朝食を食べながら、先日ストーリーテリングに行った
ブグアクの奨学生と話した。

「あっちの現状はどう?」
「別に・・・」
「食べ物がないとか・・・」
「ええ」
「夜、あちこちから銃声が聞こえてくるとか」
「ええ」
「行ったら村人の顔が硬いから、何かあるかの思ったけど」
「ええ、隣村の人々が、うちの村の人を皆殺しにすると言っている」
「エッ、それはひどい。それで怖くて、MCLにまたもどってきたんでしょう」
「そう」

日本では、考えられない会話。リドーで、MNLFとMILFの対立が根底にある。
さっそく、対立しているバランガイに行けるかどうかを聞いた。
意見は二つに分かれた。
可能であれば、相手(敵側)のバランガイで保育所建設を進め、奨学生を採用し、
次期を見て読み語りをする可能性を、模索する。
この件を、プレシデントのアスレーさんを核にして
現地の若者たちで検討することをお願いした。

その奨学生の顔つきが、みるみる代わりうれしそうになった。
どこまで出来るかはわからないが、
平和構築をしなければならない。
そうしないと、子どもや若者たちが可哀想だ。
見ていると、食事の後、MCLの片隅で
話が進んでいる。

危険の中に飛び込むことは出来ないが
最大の手続きを踏んで、実行することは可能だろう。
ここでは、ここまでしか書けないが・・・
また、やるべき事が増えてきた。

5月15日から6月5日まで
ひさびさに子どもたちもつれて日本にいくのだが、
そんな時間があるのだろうか????


4月23日(金)
ミンダナオ子ども図書館の報告をまとめつつ想ったことは多いのだが
書いている暇もなく活動が動いていく。

熟考している時間もなくまとめきれない部分もあるが、
記録だけでも残していこう。
MCLは、最極貧から来た者たちが、共に協働しながら助け合える
コミュニティー作りを目指している。
若者たちが、自らの手で、同じ環境に置かれている極貧の子たちを
支援し、救済していく手と成る。

現在、週に2,3回の読み語りも、
クリスチャンの子たちが、イスラムやマノボの子の
マノボの子たちが、イスラムやクリスチャンの
イスラムの子たちが、マノボやクリスチャンの・・・
つまり、他の地域の奨学生を訪れる事によって
自分たちの住んでいる地域の現状や状況
問題点を体験する点に重みがある。

今朝も5時から、若者たちは起き出して
夏休みであるけれども、庭の草刈りや農作業、炊事はもちろん
ゴミ捨ても行っている。
何も指示を出していないのに・・・

農作業も重要な自立の体験だし(日本の若者は作物を育てたり
ニワトリを絞めて料理できるのだろうか)
保育所建設で最後に置く、子どもたちの机や黒板も
皆、若者たちが、大工仕事で作っていく。

さまざまな活動を通した若者たちの精神的な自立を支援する場
それが、ミンダナオ子ども図書館。

自立支援というのは、経済的な面が強調されがちだが、
もっと根底に、精神的な自立を支援していく「場」を作る必要がある。
経済支援は、外国人がやることではなく(プランテーョンのように)
彼ら自身が作り出してこそ、本物の自立だから。

ここで、育って、スタッフとなった若者たちも
次に、スタッフとして、働き手として、社会の担い手として自立していく。
現地の人々を「育てる事」
育てるなんて、おくがましいので、言葉を代えるが
現地の人々が「育つ場」と「その機会や環境」を作ること。
彼らが次の時代を切り開けるように、教育や文化や農業、
種々の技術習得の場を(現地の人々と共に)作ること。
その役割と喜びを支援者の皆さん方と共に共有していきたい。
その役割を、ミンダナオ子ども図書館は、担っていると想う。

こうして育った若者たち
戦闘のあるイスラム地域の人々や、マノボの人々は
ミンダナオ子ども図書館の活動を心から愛し
それを通して、支援してくださる一般の日本の人々に
心から親近感を抱いてくださる。
親近感を超えて、愛と呼んでも良いような強い感情。
その姿をみるとうれしくなる。
戦争中迷惑をかけた日本人なのに???

先日は、驚くべき事に、IMTと訪れたブアランの先生が
友人とMCLの子たちに出張教育をしたいという。
その友人をピキットで紹介してくださった。
何と、その人は、
アイヌのことから憲法九条(日本の平和憲法)の事まで勉強していて
アジア学院の卒業生で、MCLのボードメンバのエラさんも良く知っていた。
イスラム教徒なのだが、アメリカでもNGOの勉強をしている。

アジア学院のエラさんも、マノボの文化を執筆されているし
こうした人々の協力も得て
これから、小さな出版事業も始めようと思っているが
文化を保護し、ミンダナオから世界に向けて
情報、文化、思索、哲学、平和への実践結果などを
若者たちが自分たちの手で
現地スタッフたちが、自分たちの経験と実践から得た思考で
発言できる場を作ることが大切だと想う。

出版は物作りなので、経費がかかるし、販売がポイントと成るが
利益があがるまでは、私個人の負担で行うつもりなので
寄付は使わないのでご安心を。
と言っても、MCLの立ち上げも同じですが・・・


4月21日(水)
「ミンダナオ子ども図書館だより」の方に、活動の合間をぬって、
2009−10年度の活動のまとめと、2010年−11年の活動の見通し
新たな体制に関する記事、資料の報告を作成している。
毎日が本当に忙しく、外部の活動が終わって夜に作成しているので
なかなか、校了しない。

その間にもいろいろな事件が起こる。
先日は、現在進行中のブアラン集落の小学校建設の件で
国際停戦監視団ともども、選挙利用されそうになったのを直前回避した。
背後がかなり複雑なので、これ以上は言えない・・・。

スカラーの居る、ルモットやボアイボアイで、事件が起きている。
副市長の車が焼き討ちにあった件は書いたが、
先々日、殺害が起こった。
政治がらみと言われている。

今は、夏休みで、読み語りの時期。
現地の奨学生をみんなで訪れて、次期奨学生のスクリーニングもかねるのだが、
ピキットの北の方。丘陵地域の子たち。
(つまり、川をさかのぼって、ゴコタン、ナブンダス方向へ行く左の山側は、
カラカカンに属するのだが、MNLFの強い地域で戦闘が絶えない)

そこのブグアック村とセニオマーラウ村に、保育所と学校を建て
5年前から多くの奨学生が来ているが、
そこに読み語りに行った。
しかし、人々の顔が強ばっている。

情報は得ていたが、リドーと呼ばれる地区戦闘が起こっている。
奨学生たちも、夏休みに家に帰ったが
昨日の夜なども、銃声が聞こえてきて怖くて眠れないと言う。
5人ほどは、MCLに避難してきた。

知り合いのコマンダーも奥さんも、すっかりやせ細っている。
極貧地域に加えて、エルニーニョで作物が壊滅していて
食うや食わずであることは聞いていたが・・・
実は、彼の娘は去年、MCL奨学生として大学を卒業。
今度大学の男の子と、高校になる男の子は奨学生。

コマンダー曰く
「高校になる息子たちを含む男の子たち4名
MCLに住み込ませてやってくれないか」
理由は聞かなかったが、
自分の身の危険も含めてのことである事はわかっている。
三食たべられないこともあるのだが。

先日は、私は体調を壊して行けなかったが・・・
病院の医師に、入院して休めと言われた。
若者たちは、マキララのクリスチャン地域に読み聞かせに行った。
そこから北の方ではあるが、地雷が炸裂したという。
政治目的による地雷。何を狙ったのだろうか。
NPAも活発に動き出している。


4月15日(木)
毎月一回、スタッフミィーティングが行われ、そこで月次会計報告がなされるが
4月は、年度末なので、一年間の会計報告が行われた。
さらに、土曜日が、年度最後のボードミィーティングであり、
その時に発表される資料の検討が行われた。

役員構成もあらたになり、初めてイスラム教徒のアスレーさんがプレシデントとなった。
役員の選出も時間をかけても民主的に行う。
まずは、スタッフ全員による、プレシデントの選出。
その後、スタッフ会議で、バイスプレシデント、秘書、経理、OCCの候補を挙げてもらい
エクゼクティブディレクターとディレクターとプレシデントで役員を決定する。

今年はさらにセクションとセクションリーダー、サブリーダーを決めた。
セクション形式にしたのは、複雑多岐にわたる仕事を効率的に行うためと
プレシデントに責任が一極集中しない体制を作るためだ。
あまりにも多くの仕事を同時にしていかなければならないので
今までの体制では不可能であると判断した。

セクションリーダーとサブリーダーも、スタッフ会議で候補を出し
最終的に、5名の役員とエクゼクティブディレクターとディレクターで決定し
今回のスタッフミィーティングで了承を得て
さらにボードミィーティングで承認される。

絶えずみんなの合意を得て会議で進めていくやり方は、時間はかかるのだが
フィリピンの若者たち(山から出てきた)が、仕事の面で責任を独自に持ち
自立して自分の仕事を考えていく上で、非常に重要な要素だと思っている。

こちらで一般的にあるように、金持ちや地位の高いものがボスになり
全てボスの指示を仰いで決定する。
とりわけ、外国人を特別扱いして「サー」とか「ボス」とか呼んでおだてて
指示をもらって行動はするが、自分で考えたり判断したり、責任持ったりしないで
その様なときにはさっさと逃げる。

僕は、サーとか呼ばれるのが嫌いで、
子どもたちや若者たちには、サーとかボスとか呼ばないように言っているし
来客が「サー」と言ってきたときには、こちらも「サー」と呼び返すようにしている。
そうすると、「おっ、こいつ、わかっているな」と現地の人の顔が変わる。
ボードメンバーのダニー氏などは、「プレ」とぼくを呼ぶ、
隣のおっちゃんに声をかけるときの現地での呼び方だ。

子どもたちは、僕を、「トモ」とか「トモさん」とか呼ぶが
最近多くなってきたのが「パパ」「パパ トモ」
パパがいない子もいるものだから、そうした子は恥ずかしそうに「パパ」と言ってニッコリする。

話がそれたが、公平で、大家族的な雰囲気が大事だと思っているから、
仕事の面でも、公平で、コンセンサスを重視する方法をとり
時間をかけてスタッフを育てていく方針を採っている。
本当に大変だが、いったん理解すると頼りになる。
特にここでは、女性がしっかりしている。

MCLでは、会議でコンセンサスを得たり、全員が意見を述べて決定する方針が大切で
驚かれるかもしれないが、毎朝、1時間にわたるミィーティングを行っている。
それにプラスして、月一回のスタッフミィーティングで、会計報告を徹底的に検討する。
さらに、これから、セクションごとにミィーティングをする。これは任意だ。

現地を支援するというと、外国人が偉そうに指導する姿がよく見られる。
自立支援が大切だという話は良く聞くが
本当に、現地の人々の自立を考えているの????
経済的に自立したって、精神的に自立しなければ元の木阿弥!
今の日本の状況は、精神的に自立していないので、元の木阿弥?



4月10日(土)
奨学生のピーターポールが、沈んだ顔でやってきた。
姉さんが、頭がおかしくなったという。

去年のカヨパトン村近くの沢で姉さんには会っていた。
非常に貧しい地域だ。
妹をスカラーにする決定もしていた。

姉さんの方は、9ヶ月の子と3歳の子がいる。
その姉さんが、最近、突然のように大声でわめいて
子どもに噛みついたり、
深夜、パンティー一つであちらこちらを徘徊すると言う。

今は、子どもたちと一緒に、カヨパトンから
夫の親戚のあるマキララに移って
夫の両親が子どもの面倒を見ている。
彼女も一緒に移っているが、
そこでも同じ行動を起こすという。

ほとほと困った顔をして来たので
ソーシャルワーカーのカティとエープリルリンと私で
とりあえず調査に行った。

現地は、有名なNPAの拠点で
かつて読み語りをしたこともある場所。
人々は私を知っている。

案の定、確かにおかしな状態である。
こちらでは、時々起こることで
特に産後、何日も食べるのが無く
生活が厳しく
精神的にも肉体的にも追い詰められると成るという。

姉さんは、大声で村人たちに
憤りや反抗の言葉、時には、聖書の一節を叫んだりする。
村人たちも困惑して、近寄ることも出来ないが
僕は、わりに平気なので、声をかけ
しばらく話し、落ち着かせると
祖父母の家に向かった。

相談した結果、とりあえずは
ダバオの精神病院の先生の治療を受けることにした。

ストリートチルドレンで、12月に写真を載せた
スイーツスイーツも奨学生に決定し
そろそろ迎えに行かなくてはならないが、
彼女のお母さんも、頭がおかしくなっている。
こちらは、噛みついたり、大声で叫んだりはしないのだが
お母さんも、精神病院に見せなければならない。
親戚も受け付けないので
薬である程度、コントロール出来るようになればよいのだが
ここに住むようになるかもしれない。

ピーターポールのお姉さんは、昨晩は一睡もせず
奨学生たちの部屋の戸を叩いて歩き
庭で大声で演説をしていた。

学歴は高校卒、抜群に成績は良く
先生になるのが夢だったようだが
2児を抱え、極貧状態で、
頭が少しおかしくなった?

精神状態が治まるようであれば
スカラシップで大学に行き
卒業して学校の先生になれば
家族を養うことも出来るだろう。
あの演説力を使えば、
全校生徒も統率できる????


4月1日(木)
卒業式が終わった。
今日から、復活祭休日に入る。
と同時に、学校は夏休みとなり、5月までほぼ二ヶ月、子どもたちは学校を休む。

ミンダナオ子ども図書館にいた、85名近い子どもたちも、里帰りできる子は帰ったので
残りは20名ほどになった。
スタッフたちにとっても、ホッとする時期だ。
復活祭休みに帰郷する者もいる。

帰郷できない子たちにとっては、親のいないことや、家庭の問題をひしひしと感じるときでもあり
クリスマス正月休みと並んで寂しい時期でもある。
それだけに、海に泳ぎに行ったりという企画を考えている。

本来ならば、夏休みは、読み語りに最適な時期なのだ。
子どもたちはみな、村にいるし、学校がないので平日でも活動ができる。
今年も読み語りなどのプロジェクトを子どもたちと推進する時期でもある。
ただし、選挙が近いので、ほどほどに活動をするしかなさそうだが・・・・

スタッフの活動は、相変わらずこれから忙しい。
復活祭休みが明けたら、学校を訪れて、今回高校に進学する子たちの成績などの調査をする。
新しいスカラシップの子たちを選ぶ時期でもあり、実地調査に家庭を訪れもする。

エルニーニョは、まだ続いているようだが、多少雨が降った。
木や草や花たちが、ホッと息をしているのが感じられる。

彼らにとっても、復活祭は、ホッと一息つく復活の日になったようだ。


3月25日(木)


 以下、4カ所の保育所建設に着工しました。

 以下、4カ所の保育所建設に着手しました。4月中旬には完成すると思われますが、
 開所式に参加希望等の問合せがありましたら、日本事務局までご連絡ください。

 宮崎朱美・・・Gumay マグペットのマノボ集落
 窪田まゆみ・・・Kayopaton アラカンのマノボ集落
 久岡隆行・・・Matias マグペットの移民系クリスチャン集落
 松岡なつめ・・・Kerohasu アラカンのマノボ集落


 以下、5カ所の保育所は、5月10日の総選挙開けに現地調査を開始いたします。
 総選挙で、現地が不穏なために、以下の方々の保育所建設は、選挙開けに現地調査をします。
 建設開始は6月、完成は7月ごろになると思いますが、開所式参加希望などがございましたら、
 それに合わせて建設を始めますので、日本事務局にご一報いただければ幸いです。

 以下に予定地の名称を掲げました。
 直接的、間接的にすでに現地からの要請があり、実地調査と、現地との調整の段階なのですが、
 何しろ、1,4,5はNPA反政府組織の地域で、馬でしか到達できず
 2,3,はMILFの活動地域で、舟でしか行けない地域なものですから、
 選挙後に実地調査と現地とのつめをすることに決定しましたので、ご了承ください。


 1.京都暁星高校・・・マグペット マタヨカン
 2.関浩成STUDY UNION・・・イスラム地域ARMM(イスラム自治区)ブロル
 3.多湖ファミリーと親戚・・・イスラム地域 カバサラン集落
 4.多湖ファミリーと友人・・・マグペット プロックA 
 5.藤岡市私立幼稚園協会(水沼武彦)・・・クリスチャン地域 ビアラフローリス


 その他にも4方々から、希望を得ておりますが、積立中と解釈しております。
 折をみて、日本事務局からお電話でご確認させていただきます。

 保育所を建設したボアイボアイ集落。MCLの奨学生たちが多くいる貧しい村。
 先日、そこにキャンペーンに向かった副市長、村長、村役員、牧師が乗った2台の車が
 NPAによって襲撃、炎上した。
 マグペットは、市長がピニョール兄弟の一人。
 現地は、有名なNPAの活動地域。選挙キャンペーンに便乗した、革命税の要請。

 この時期は、行動に注意が必要だ。
 先日、フィエスタに招かれた。スカラーが二人、マノボの踊りを踊る。
 過去、フィエスタに参加したら、ピニョール市長が役員と共に壇上にのって 
 選挙キャンペーンに利用された経験がある。
 ひょっとしたらと思ったが、今回も同様の展開だった。

 「壇上に一緒に座ってください」というピニョール市長の要請に
 「しかし、スカラーの写真を撮らなくてはならないので・・・」と断り、エープリルリンだけが壇上に。
 その後、ヘルスセンターで特別に食事に招かれたが、
 「スタッフやスカラーと一緒なら・・・」

 案の定、スタッフやスカラーは、家の外で食べる事になったので
 「私も、外で、彼らと一緒に、食べますから・・・」
 外では、貧しい子たちが、紙皿にご飯だけを盛ってもらっているので
 その紙皿を持って家の中に入り、豪華なおかずを山盛りにして渡した。
 担当職員は苦い顔をしているが、とぼけた顔で 
 スタッフやスカラーのおかずも、家から持ち出し外で食べた。

 ぼくが、壇上に登らずに、一般の人々に混じって写真を撮ったり
 貧しい子たちに食べ物を取ってきたりするのを見て
 見知らぬ数人から声をかけられた。
 「あなたは、本当に、貧しい人の立場で行動しているのですね・・・」
 当然、NPAも混じっている?

 こうした場面で、得意がって壇上に席を取る愚かさと危なさ。
 現地を知らない日本人なら・・・・
 
 副市長の車が襲われた地域。
 さらに奥に、二つの保育所を建設する予定にしている。
 今朝のスタッフミーティングで、現地調査は、選挙の後に実施することに決めた。



3月24日(水)
 子どもたちは、学年末試験に追われている。
 4月第一週には、年度の成績が発表される。

 スタッフは、ソーシャルワーカーも含めて、年度替わりの仕事を進めている。
 とりわけ、小学校を卒業して、今度高校に入学する予定の子たち。
 小学校時代、里親奨学制度で支援してくださった支援者の方々が、
 そのまま継続してスカラシップ支援をしてくださる場合は良いのだが、
 支援継続では無い場合も当然多く、その場合は、新たなスカラシップ支援者を探さなければならない。

 ミンダナオ子ども図書館では、高校大学をスカラシップ、小学生を里親とわけているが、
 その理由の1つに、学業が、本格的に始まるのは、高校からだと言う認識がある。
 (こちらは中学が無く、高校一年生は、日本の中学一年生と同じで幼い)
 高校に進学する場合、当人の学業意識を再度確認することが重要な仕事となる。
 成績や出席率も参考の一助で、とりわけ学校に興味があるか否かを、
 先生にインタビューをして判断をする。

 単に、成績優秀の子を採用するなら、判断は難しくはないだろう。
 しかし、MCLのスカラシップは、採用の第一基準を、親の無い子や片親の子
 崩壊家庭の子や貧しい中でも極貧の子たちに置いている。
 特に、親の無い子の場合は、多少成績に問題があっても、保護もかねて自立の道を共に模索する。
 ミンダナオ子ども図書館に住み込んで、ここが彼らの家庭になるのだ。
 スタッフたちは、お姉さんやお兄さん、そして母親父親がわりでもある。
 だからといって、ここは孤児施設ではない。
 読み語りを中心にした図書館であり、
 子どもたちは学校に行くと同時に、プロジェクトに主体的に参加する。
 それだけに、選択基準が曖昧多様で難しい。 

 本人に、学業意欲が無くても、環境によって、意欲が出てくることもある。
 その成功例が、去年からマロゴン農場で始めた、山の小学校、高校に行かせる試みだ。
 ミンダナオ子ども図書館は、街に近く、学校もレベルが高い。
 (といっても、ダバオやマニラの学校に比べれば田舎だが・・・)
 学校に対する興味が今ひとつ欠けている子にとっては、ついていくのが難しい場合がある。
 とくに、元気の良い男子の場合、女の子もたくさんいるし、
 気が散って将来に向かって進めなくなる事がわかってきた。
 結果的に、妊娠させる例も含めて問題になり、スタッフと検討した結果、
 ミンダナオ子ども図書館に住む、男の子は厳選セレクトして少人数とすることと、
 大学生の奨学生を、指導者として数名いれることになった。

 こうして、6名ほどの男の子が、山の農場を手伝いながら、学校に通うことになった。
 これだと、将来大学にまで行けなくとも、農業技術を経験できて、山に戻っても現地で役立つ人材になれる。
 一年間様子を見て驚いたのは、小学校卒業がせいぜいで、どうにもならないと思っていた子たちが
 現地の山の小学校で、成績も上がり、級長や生徒会長になっていたことだ。
 これは、良い判断だった。

 大学生の奨学生たちは、町中に別個の部屋を借りて、集団下宿をしているから、
 (自立の一歩を踏み始める年頃であることと
 ミンダナオ子ども図書館に住んで通うには、大学は街で遠いのが理由)
 結果的にミンダナオ子ども図書館は、小学生と高校生、
 しかも女性が8割を占めるようになったが、これを見て、MCLの全体が見えたと思ってはならない。
 MCL住みこみの大学生は交通費を別に支給して、リーダーや家庭教師をしてもらっている。
 さらに、10名のスタッフが、子どもたちの面倒を見ている。
 スタッフといっても、MCLの卒業生たちで、マノボ族もイスラムもクリスチャンもいる。
 こうした試行錯誤や工夫が成功し、かなり安定したものと成った。
 やはり、年頃の若者たちを、男女ごっちゃに住まわせるのはいろいろと難しい????

 再び、新たなスカラシップ候補選択の話にもどるが、
 大学希望者の場合は、学業に対する意志もほぼ固まっているし、
 自立しているので選択の難しさは半減する。
 難しいのは、高校生を選択する場合で、成績も含めて、本当に大学まで行く気があるのかの確認。
 (とりわけ、こちらは中学が無く、高校一年生は、日本の中学一年生と同じで幼い)

 本人に高校に行く意思があっても、親にその気が無い場合も複雑だ。
 まず、親との懇談を始めなければならない。
 去年から、世界的な経済崩壊の影響で、子どもを働かせたいケースが多く、
 その結果、親の意向で学業を停止する子も結構出た。
 「学校に通わせるくらいなら、少しでも稼いでもらわないと、やっていけない。」
 「サトウキビ刈りや、女中、食堂の給仕など、何でも良いから、収入をいれて欲しい」
 「14・5歳になれば、結婚してもらった方が良い」
 と言う考えも多いし、それはそれで、否定は出来ない。

 本人に高校に行く意志がある場合でも、高校の授業について行けるだけの成績があるかも問題。
 「基準」をもうけて「落ちこぼれ」を作るのは好きではないが、
 基準を設けずに全てを高校に行かせると、本人が、学校に行っても授業についていけず、
 勉学意欲どころか、非行に走るきっかけを作ることもあり、一定のスクリーニングは必要という結論に至った。
 別に学校に行くだけが、人世ではないのだし・・・。

 親の方が、学校に行かせたいと必死になっているケースも問題で、本人の意思確認がかかせない。
 試行錯誤の結果、基本的に、小学校卒業の6年生の平均点数値が、80%というハードルを儲けている。
 もちろん、親のないこの場合など、保護する必要があり、例外も多く儲けているが・・・

 ちなみに、他のスカラシップ奨学制度を参考にすると
 大概は成績が基準で、全科目85%以上、
 場合によっては90%以上というハードルだから、MCLのスカラシップは基準がかなり低い。
 学校の成績がよい子が、必ずしも将来社会に貢献する訳もなく
 苦労して人の気持ちがわかる子に、一定以上の可能性を与えたいという想いからだ。
 MCLのスカラシップは、親のない子や片親など、境遇が優先される。

 そのようなわけで、スカラシップを受けていても、MCLの子たちは、
 自分たちを「特別」に選ばれた存在だと感じている子はほとんどいない。
 「特別」という意識が低いが故に、子どもたちは野の花のように、のびのびとしていると良く感じる。

 訪問者が来ると、日本では、花は野ではなく「家庭」で栽培されるがために
 「特別」に対する社会的要求(親の教育的要求)が強いのだなあ、
 と思う体験をしばしばする。
 今流行の歌に原因があるようだが・・・
 特にぼくのように?特別な家庭と周囲から思われている家庭に育った??子たちは大変だ????

 個人主義が行き過ぎた弊害で、競争による格差社会が、さらに大きくなっているせいもあるのか。
 「特別」に対するプレッシャーから解放されるために、
 逆に全てを特別とせざるを得ないほどに???
 成績が良ければ良いでそれでよい、悪ければ悪いでそれでよい。
 自分が特別であると感じるときも、逆に特別に感じられないときもあってよい
 全てが特別である必要もないし、特別でない必要もない 
 各々が、それぞれの道を、たくましく生きていけばそれでよい。
 それだから、自殺が少ない。
 
 最初のころは、フィリピン独自のパーセントによる成績評価数値がよくわからなかったが、
 試験の成績や日常の態度など、全てが加味された数値のようで
 80%というのは、80点と言うより、成績では日本で言うところの70点代ぐらい。
 興味を持って授業を受ければ、比較的容易に達成できる数値だという。
 確かに、80以下で採用しても、結局高校でついて行けずに学業を停止する例が過去多発しているから
 この数値設定を、1つの目安にすることは適切だろう、と経験から思うようになった。
 別に学校に行くだけが、人世ではないのだし・・・。

 つい先日、MCLに住んでいる奨学生たちに、今年度は、
 「自分の住んでいる地域の学校に転籍する」か「ここで頑張るか」を、
 ソーシャルワーカーも交えて個人面接した。
 移籍したい、といった子が20名ほどいた。
 主な理由は、親が恋しくて・・・
 イスラムの子たちは、地元のアラビア語学校に行きたくて・・・
 そして、最も多いのが、現地の学校の方がレベルが低くて成績が良くなるから!
 もちろん、すべてOKだ!
 MCLでは、基本的に本人の意志を尊重している。
 そこで、彼らは、帰省時に親と相談したようだ。
 しかし、7名ほどが、親に反対された。
 最大の理由は、経済的に苦しく、食べていくのやっとなこと、
 それと、戦闘が勃発する不安からだった。

 一方で、外部で頑張ってきた奨学生たち、とりわけ、今度高校に入る子たちの多くが
 ミンダナオ子ども図書館に住むことを希望している。
 結果的に、出る子よりも入りたい子の方が多いので、
 (期待に反して???)さらに住みこみの子たちが増えそうだ。
 すでにミンダナオ子ども図書館に住み込んでいる奨学生は85名に達する。
 50キロの米袋が、一日で消費され、食費も馬鹿にならない。
 2010年度は、住みこみの奨学生を減らしたいと思ってきたが、
 エルニーニョで、食糧危機が山岳部で起こりつつあり人々の不安が高まっていて
 逆に住みこみが増える傾向にある。
 
 4月から、小学校を卒業する子たちのインタビューが始まる。
 学校の先生の話を聞くと同時に、家庭の状況も調査する。
 また、毎日のように、山岳地を巡る日々が続く
 訪問者が来られたら、現地の状況が真に理解できる興味深い経験が出来るだろうが、
 毎日が実にハードワークだ。

 こんなめんどくさくて変なスカラシップ支援プロジェクト、他にもあるのだろうが・・・・????
 ふっと考える・・・


3月20日(土)
訪問希望者が増え始めた。
ミンダナオ子ども図書館が、施設形NGOなら、施設訪問という形で訪問者を受け入れることが出来るだろう。
また、マニラのパヤタスのように、特定地域を対象に活動しているのであれば、スタディーツアーも考えられる。

しかし、ミンダナオ子ども図書館は、その時々の状況によって、即断して行動する外交支援形NGO?
戦闘が起これば夜を徹して救済に走るし、奨学生や保育所調査に思いもかけない山奥にも出かける。
行動は、毎日朝の8時から始まるスタッフミィーティングで議題に上り決断される。
このスタッフミィーティング、毎日一時間ぐらい白熱の論議?が交わされる。

「昨日、教材を届けた山の村で、病人が出ている。救済すべきか。」
「費用は?誰が行くか?運転は?病院へ同行は・・・」
「エルニーニョの影響で、作物が全滅、乾燥被害が広がっている。どう対処すべきか」
「停戦監視団とだれが同行するか?」
「プロジェクト代の払い込みにだれがイスラム地域に行くか」等々ひけも切らない

医療、読み語り、外部奨学生、内部奨学生、保育所建設など、スタッフは、多岐にわたる活動をこなしているから
お互いの確認とコンセンサス、相互の理解が欠かせない。
緊急の医療や学費など、経理との調整も重要なポイントだ。

そのようなわけで、一般のスタディーツアーがどのように計画されているかはしらないが、
あらかじめこの様な計画で、これこれの活動を見せて欲しいと言われても
とても約束が出来るものではない。
時には、訪問者を置き去りにしたまま、ダバオの病院に走る。

つまり、訪問者を「特別あつかい」出来ないのだ。
とりあえずあらかじめ、訪問者の「希望」は聞いて
努力はするが、希望に添った予定を組めるわけでもなく
結果的に、「こんなつもりじゃなかった」と言われても仕方がない。

奨学生を支援してくださっている方々に対しては、
支援学生の様子や実家などにうかがったりする。
これは、活動の一部だと考えているから、現地に詳しいスタッフや奨学生をつける。
その意味では、「訪問者」と「支援者」は区別せざるを得ない。

スタディーツアーなどを企画されたいときは、大渕さんが同行されるのが最も良い
僕たちが現地でお世話できなくても、彼女なら、現地を知っていて、
独自に計画を実行できるだろう。

僕たちは、特別な集団ではなく、
奨学生たちは、平凡な日々の生活と学校と、
スタッフたちは、可能な限りの外部支援活動をしているNGOに過ぎないし
あくまで現地中心主義で主役は現地の人々、とりわけ子どもたちが優先される。
そのようなわけで、いくらお金を積まれても、訪問者への対応は副次的に成らざるを得ないから
特別なことは出来ないし、お客様扱いもできないが
それでも良いと言うのであれば、まずは日本事務局の大渕さんに相談されてみてください。


3月17日(水)
 ミンダナオはエルニーニョの影響下にある。
 政府も、食糧支援を含めた緊急支援を決定した。
 3月から5月は、ミンダナオの夏で、一番暑い季節だ。
 良く雨期はいつ頃なのかと聞かれるが、6月から7月あたりに雨が多いかなと言う程度で 
 台風同様に雨期というものも無いような気がする。

 乾燥化している事は、肌で感じる。
 外で活動することが多いので、日差しが強いこともさることながら
 とにかく喉がかわく。
 
 低地の大地はひび割れてきているし、
 平地の草は枯れてきている。
 道路沿いの大きな木まで枯れ枝が目立ってきているし
 やたらに花をつけているのは、実をならすことによって乾燥に対抗しているからか?

 山岳地の野火がひどい
 ちょっとしたタバコや焼け残りの火から
 あっという間に火が広がる。
 治まったかと思うと、強風に煽られて、とんでもないところで火が広がる。

 作物に対する被害も広がっている。
 トウモロコシは、ことごとく枯れ、野菜も採れない
 唯一乾燥に強いのは、カサバ芋とバナナだが、
 バナナの葉にまで、枯れ葉が目立ってきている。

 このままでは、山岳地の斜面に住んでいるマノボ族たちに大きな影響があるだろう。
 食物が無い、水がない。
 今回行った、アラカンのキアタウ方面では、野火も激しく燃えている。

 「今年は、小学生のスカラシップの子たちが、MCLに住めるようにして欲しい
 このままでは、食糧も底をつくだろうし、今年は大変な年になりそうだから」
 そういう要請が語られた。

 ここの子たちは、片道小学校まで7キロから、多い子では10キロの道を歩く。

 4時に起きて登校する。
 午後、学校から帰ってくる彼らに会った。
 長袖のキャップのついた服を着ている。
 今まで無かった風景だ。
 そうか、暑さがあまりにもひどいので、長袖のシャツで暑さを防ぎ
 帽子をかぶっているのだな・・・

 村長が行った言葉が思いだされた。
 「子どもたちにとっても、この暑さは、学校通いに影響を与えている・・・」
 
 皆さん、長袖のシャツ、フードのついたジャケットなど有ったら送ってください。



3月16日(火)
 あまりにも慌ただしく、日記が書けず、日記が月記になってしまった。
 数名の方々から、心配のメールをいただいた。「何かあったんじゃないか」
 訪問者が矢継ぎ早にあった事もあるのだが・・・
 
 訪問者が多くなった理由はわからないが、それだけ「ミンダナオ子ども図書館に行ってみたい」
 と言う方々が多くなった事が大きな原因だろう。

 訪問者が多くなった事は、良いことなのか否かはわからない。
 子どもたちが変に客慣れしていくのを見るのは、彼らの生まれ育った素朴さと
 その良さをしっているだけに、良いこととは思われない。
 一方で、日本の精神的に貧困状態にある若者たちの事を思うと、門戸を開く必要を感じる。
 こちらの子たちが「国際交流」から得られるものもあるだろう。

 こうしたことから、訪問は、日本事務局の裁量にゆだねることにした。
 訪問したい方々は、日本事務局の大渕さんに連絡してみてください。


2月29日(月)
 気のせいか、最近、ダバオやキダパワンでも、外国人とりわけ白人の姿を多く見かけるようになった。
 移民局でもそうだが、感じからして、アメリカ人かと思われる。
 奥さんや、連れの女性を同行しているケースが多く、
 質素ながら長期滞在を目指しているようだ。
 アメリカの経済が悪く、物価の安いミンダナオにまで、避難?してきたような感じがする。
 ミンダナオは、アメリカや日本からの避難民を受け入れる時期に来たのかもしれない。


2月28日(日)
 月末のミィーティングが終わる。今回は、特別のテーマを掲げての総会ではないが、
今年大学を卒業する子たちが、自分の経験と今後の抱負を語った。
特に、親からの仕送りも期待できない子たちだけに、
涙ながらに、食事を切り詰めて生活する様子は、他の奨学生たちの心を打った。
そうした困難を切り抜けながらも、がんばって卒業を目指してきた子たちだ。

 今年は、これらの中から、ソーシャルワーカーや学校の先生が生まれてくる。
看護婦の資格試験を通った子たちも二人いる。牧師になって活躍している子もいる。
看護婦は合計で5名となったし、学校の先生もすでに7名ほどなっている。

 奨学生たちには、支援者の存在を強調するようにと、スタッフには話している。
MCLそのものは、支援者と奨学生を結び続ける役目であって、
最も大事にしなければならないのは支援者なのだと。
 支援者は、守護の天使のようなものだと、今回も奨学生に話を聞かせた。

 しかし、今まで、松居一人が窓口に、しかも現地でなっていた関係上、
支援者に対する対応に十分手が回らず、どう見ても手薄のところが多かった。
今は。日本事務局が立ち上がってきているので、ファックスなどで相談して欲しい。
私たちにとっても、支援者の生の声を聞くことは非常に大切だと思う。
これからも、絶えず改善していけるところから、改善していきたい。

例えば、学生からの手紙も、解読できないときには、ちょっと面倒でもファックスで送っていただけたら
日本事務局で翻訳して返送するような手続きを考えている。


日本事務局が立ち上がって、今、作業の全面的な見直しに着手している。
季刊誌の発送時期などに関しても、今までの経験から、最適な形を模索している。
こうした変更も含めて、5月の季刊誌で、新たなお便りをお届けしたいと思っています。
ミンダナオ子ども図書館も、ようやく形が整ってきたようです。




立正佼成会
社会貢献グループ 次長 保科和一氏からのメール
謹啓、
 ミンダナオから帰国して早くも一週間以上が経過してしまいました。
この度の「ゆめぽっけ親子隊」下見調査では、急なお願いにもかかわらず、
事前から当日まで大変に行き届いたお手配を賜り、誠にありがとうございました。
お陰様で、大変に多くの学びと収穫を得ることが出来ました。

 下見調査の主なテーマは、
@事業目的に照らしての訪問地の適正とA現地の安全調査の二つでした。
以下、大変僭越ながら思うところを申し上げます。

@「事業目的に照らしての訪問地の適正」について
 「親子の手づくりによる『ゆめぽっけ』を直接手渡す行いを通して、
紛争や対立で傷ついた世界の子どもたちに、まごころと友情の支援をすること」
そして「現地での出会いを通して、自分たち自身が
いのちを尊ぶ心や思いやりの心を育む」という訪問の目的に照らし、
以下の点で大変に相応しく、大きな価値があると思いました。

 先住民マノボ居留地、ムスリム地域、クリスチャン地域のどこをとっても、
紛争や抑圧の影響にさらされ、日々の食事を得ることも十分でなく、
ましてや医療や教育に関しての保証が希薄な環境で生活している
多くの極貧の家族と子どもたちがいる。
MCLは日頃の地道な地域コミュニティーとの接触により、
人びとの生存と生活のニーズを把握し、堅実な物資配付の姿勢と能力を持っている。

 社会的、経済的に大変厳しい生活条件の中でも、
家族や共同体の仲間が自然の恵みに生かされ、互いに寄り添い、
支え合いながら生活しており、彼らとの出会いから日本の親子がまなぶことは多い。
さらに、地元先住民・モスレム・クリスチャンの人々が
共に尊重しあうMCLの生活は、
本会が目指す理想を実現しておられるものでもあります。
なによりも、MCLのお子さんたち・スタッフの皆さんとの出会いは宝であり、
必ずや大きな感動を生むと信じます。

A「現地での安全調査」について
 安全調査チェック項目として、
「紛争・テロ行為との遭遇」「犯罪(強盗その他)被害」
「暴動の発生」「誘拐被害」さらに「危機回避の事前の手立て」
「安全に関する最新情報収集」「危機発生時の対応・脱出方法」
などに留意して行程を過ごしました。

 MCLの危機管理は、地元の各コミュニティーに深くしかも偏り無く溶け込み、
地元行政・NGO・住民との信頼関係を築き、
現地住民による最新で生の情報を随時更新しつつ、
紛争当事者間のバランスに配慮して進める方法とお見受けしました。

現地コミュニティー出身者の同伴に護られながら、自分たちが何者であり、
何の目的で訪問するのかについて、また敵意が全く無く、
友好協力のために来ていることを知らせつつ現地入りする。

これらの方法はMCL独自のものであり、私には大変に新鮮でした。
そして、信頼に値するものであり、大変心強く思いました。
実際、今回訪問した私たち三人は、殆ど危機を感じることなく
安全に行程を終えることが出来ました。

しかしまた、私は、このことを決して安易に考えてはおりません。
安全であったのは、あくまでもその条件を作り出してくださった
松居さん・大渕さん、長時間車の荷台に乗って私たちを護ってくれた
お子さん方を始めとするMCLの方々のお陰様であり、
当然の如くそこに安全があったのだとは思いません。 

 もう一方のチェック項目は、
「疾病・感染症」「衛生(水・食事・就寝・トイレ)」「医療環境」
「移動手段」「気候」等です。
これらについては、訪問するこちら側が、
事前準備をし注意すべき点を心得て現地に入れば、概ね問題無しと思います。
とりわけ水は清らかで、手づくりの食事は大変に美味しく頂きました。

 私は、これまでにも色々な国を訪問し、様々な出会いに恵まれましたが、
今回の旅は本当にめったに無い豊かな実りを頂戴しました。
「貧しい途上国」という私の単純な見方は訂正を迫られました。
美しい自然の豊かなる恵み、街中のマーケットに溢れるばかりの山海の品々、
そして何よりも、人々と子どもたちの優しく温かい笑顔に触れました。

本来は豊かである土地に住む温和な人々が、
自分達の望んでいない対立と争いに巻き込まれ、
貧しく不安定な生活を余儀なくされている。
そして、分かち合い、支えあって日々を生きておられるのだと知りました。

 MCLのお子さんたちの歌は、聴く人の魂に響く奇跡の歌です。
お世辞ではありません。
最終日に訪れたマロンゴンは
多くの人びとが心の奥にしまってある南の天国の姿です。
ピキットの日本軍要塞跡での慰霊供養は、キリスト教の愛に導かれ、
仏教の慈悲の心を多くの御霊に捧げる尊い機会を頂きました。

 あらためて松居さん、奥さん、大渕さんはじめ
MCLの皆様に心から御礼申し上げます。
                              合掌

立正佼成会
社会貢献グループ 次長
一食平和基金 事務局長
保科和市

2月17日(水)

北野生涯教育財団の島村さまから、ミンダナオ子ども図書館滞在の感謝のメールが届きました。


松居友様

 このたびの貴地訪問に際しましては、種々ご配慮をいただき誠にありがとうございました。
昨夜、無事に雪の東京に帰ってきました。
お陰さまで、初期の目的を果たし、さまざまな貴重な体験をさせていただき感謝いたしております。
スカラー宅の訪問では”極貧”の実態に接しショックを受けました。
しかしながら、人々が必死に逞しく生活をしている姿には胸を打たれました。
MLCの純心無垢な子供たちの明るい笑顔が私にとっての救いでした。
本当に可愛い子どもたち!

私は子供が大好きなのですが残念ながら子供がおりません。
あまりにも可愛いので
私のために企画してくれたウェルカムパーティーやさよならパーティーでのみんなの
歌声に触れて本当に感動してしまいました。

 松居さんがMCLをこれまでに作り上げたご苦労は計り知れないと思います。
MCLは本当に素晴らしい共同社会、まさにユートピアのように感じられました。
どうかご健康にだけは充分留意され、ますますご活躍されますよう祈っております。
奥様の体調はその後いかがでしょうか、何かと気を遣っていただきお礼の言葉も
ありません。くれぐれもよろしくお伝えください。
また、スタッフの皆々様、80人のMCLの子供たちにもよろしくお伝えください。
また、MCLを訪問したいと思っていますので、その節はよろしくお願いいたします。


2月5日(金)
 山田順子さんが亡くなられた!記事は、季刊誌『ミンダナオ子ども図書館』26号最新号でご覧下さい。
季刊誌へGO!
 ミンダナオ子ども図書館の出発時から
 日本事務局を
 無償のボランティアで一人で支え
 ミンダナオ子ども図書館を心から愛し
 子どもたちから、「母さん、母さん」と
 慕われていた、山田順子さんが亡くなった!
 癌だった・・・
 この写真は、亡くなる一ヶ月ほど前のもの
 すでに車椅子ではあったものの
 気丈で明るく
 いつも笑顔を絶えさせない
 末期癌とは思われない、気力と美しさに満ちた方
 「末期癌なら
 ミンダナオ子ども図書館で最後暮らしたい
 子どもたちや若者たちに囲まれて・・・
 クリスマスには、必ず行きます
 そのために今、がんばっている
 みんなによろしく」
 12月2日、日本を発つ私に語られた言葉
 とつぜん、クリスマス前に知らせが入った
 ミンダナオ子ども図書館の子たちは泣いた

順子さんの遺志をついで私たちは、
ミンダナオ子ども図書館の日本事務局を、
さらに本格的に立ち上げていきます

1、日本事務局長に、ミンダナオでのNGO活動の経験豊かな大渕みほ子さんを抜擢しました。

  すでにHP『ミンダナオ子ども図書館だより』で執筆していただいているので、
 ご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、
 大渕さんは、長くミンダナオのピキット、イスラム地域と関わってこられた方です。
 ミンダナオへの関心も思い入れも深く、MCLとも活動を共にしてきた関係で、
 私たちの活動も良く理解しています。
  お父さんは、プロテスタントの牧師さん。
 ご主人は、三鷹の国立天文台の技術者です。
 思春期の頃から、宗教対立に関心を持ち、立教大学の大学院で論文
 「紀要 2006 年5 号 - フィリピン・ミンダナオ紛争におけるNGO の役割●大渕みほ子
  - 立教大学大学院独立研究科 21 世紀社会デザイン研究科」を発表。
 (サイト検索:「ミンダナオ紛争」で探せます。)
 
2,日本事務局の日本法人化を早急に

  繰り返し議題にあがりながらも、山田順子さんのご病気などで、
 のびのびになっていた、NPO法人化を、大渕みほ子さん中心にして、早急に進めていきます。
  ミンダナオ子ども図書館は、フィリピンのNPO現地法人ですが、
 日本での支援者は1500名を超えます。
 少しずつ人々にも知られるようになり、社会的な役割を考えても、
 法人化は必然的な流れだと思います。
 すでに去年、ボードメンバーの選出も終えて、今年こそNPOとして登録させて、
 日本での新しい活動基盤を確立します。

3,支援者への対応も迅速、充実

  驚かれる方が多いのですが、今まで日本サイドの仕事は、
 ほとんど松居友一人で、現地でこなしてきたのです。
 しかし、お礼の葉書の発送や寄付確認の問い合わせに対する対応が、
 遅いという批判を免れることは出来ませんでした。
  理解のある方は、「現地であれだけの活動をしながら、
 良くまあ、一人でなさりますねえ。」と同情されたものです。
 しかし、これからは、日本事務局がMCLの強い見方。
 支援者への対応も迅速、充実させていきます。


4,日本の若者とミンダナオの若者たちの、接点になる事務局を!

  時代を見ると、日本の人々がミンダナオの若者たちを支援すると同時に、
 心の問題、貧しくとも強く明るく生きていく方法など、経済支援は出来なくとも、
 ミンダナオの若者たちが、日本の若者に、心の支援を開始できる時が来たと思っています。
  日本事務局を中心にして、国際交流の輪を広げていきたいと思っています。
 その点でも、大渕みほ子さんは適任で頼りになります。
 旅行業の資格も持ち、旅行会社とも契約。
 団体の訪問は、現地を知っている彼女を通してお願いします。
 個人やグループの訪問も、相談してみてください。航空券やホテルの手配もOKです。


5、日本事務局の住所や電話が変更に!

日本事務局住所:〒207-0022 東京都東大和市桜が丘4-261-1-505
携帯電話:090-8105-3948  メール:japan.mcl@gmail.com(大渕みほ子)
MCL 日本事務局電話・FAX 番号:042−511−7246

1月21日(木)
 毎日が現場で、本当に忙しい。おもにスカラシップの子どもたちの実地調査だが、オフィスワークも強烈に加わってくる。
 現地の子どもたちのケアに追われて、訪問者の事すら忘れている。
 突然、日本事務局の大渕さんから、「明日訪問者がそちらに着くのでよろしく」などとメールが入ってあわてる。

 人によっては、ぼくは、コミュニストだと思っている人がいるらしい。
 山岳地域でNPAの人とも会うからだろうが、ぼくはコミュニズムに基づいて活動しているわけでもないので
 コミュニストではないだろう。
 ソシアリストかというと、そう言うわけでもない。
 ただし、ここで働くスタッフの給与は、決して高くないので、彼らの子どもたちの医療と教育は、
 心配なく子育てできるようにしたいと思ってがんばっている。

 それでは、キャピタリストかというと、そうでもなく、自由主義者かというとそうでもない。
 つまり、「主義」というものが、無い。
 前稿でも書いたが、人が一人一人の「人」としてしか見えないものだから、
 「主義」という概念があまりにも抽象すぎて把握できない。
 いつまでたっても数字を暗記できないのと同じで、抽象概念がつかめない性格なのだろう。
 視覚人間に特有の欠陥がひどいと時々感じる。

 貧しい人々と接触する機会をもてばもつほど、NPA(共産ゲリラと呼ばれている)やMILFの人々の領域に入っていく。
 そうした人々と共にこちらで歩んでいる、イタリア人のミラノ会のピーター神父やアラカンのファウスト神父は
 こちらでは、NPAだと思われている。
 ピーター神父など、70歳近いと思われるのだが、かくしゃくとして、赤いバンダナを頭に巻いてミサをあげている。
 ぼくは、カトリック教会とも密接に関係を持って動いているわけでもないので、つながりが深いわけでもないが・・・。

 カトリック教会の下で動いていたら、こんなにもイスラム教徒の子たちがついてくるはずもないから・・・
 平信徒であって良かったと思う時がある。
 MCLは、特定の宗派の「主義」のもとで行動するのでもないし、
 特定の政治や思想のもとで活動するのでもないことは、定款でうたっている。

 ぼくのカトリックの解釈は、文字通り「普遍的な愛」だと勝手に思いこんでいて、主義でも主張でも宗派でもない。
 そんな勝手なことが言えるのは、平信徒に過ぎないからだろう?
 カトリックが宗派の中で一番良いとも思っていないし、キリスト教徒が最上だ等とも思っていない。
 カトリックの神父には、右翼から左翼までいるし、女ったらしの神父から聖人のような者までいて
 人間的な、あまりにも人間的な、ので、地上で属すならこの辺でよいかな・・・などと、思っている。
 まったくいい加減な平信徒なのだ・・・

 両親は日本基督教団に属しているが・・・祖母は、熱心な仏教徒だった。
 浄土真宗だが、浄土真宗はカトリックと似てるところがあると思う時もある。
 信徒から怒られるかも知れないが、親鸞などは結構すきだ。
 イスラムの子たちとの出会いは、ミンダナオが初めてだが、とても可愛い。
 こういう子どもたちを見ていると、宗派の違いというのは、
 人間のちょっとした生活習慣の違いから来る癖のようなもんだと、感じる時がある。
 主義もひょっとしたら、癖のようなものかもしれない。それを全ての人に押しつけようとした時に戦争が起こる???

1月17日(日)
 山のマノボ族に関するスカラシップ調査をすると、
 大規模プランテーション農業が家庭を崩壊させている様子がわかる。

 下界の土地を移民系の人々に追われて山に入り、斜面に細々と自給用の畑を切り開いている先住民族。
 ミンダナオの山岳地域には、こうした先住民族の村が多い。
 自給だけでは、現金収入がないに等しく、子どもたちを学校に通わせることは出来ない。

 こうした先住民族に、仕事を与えて、現金収入を得させ、
 子どもを学校にやれるようにすることは、大事なこと。

 彼らは教育がないので、仕事と言えば、他人の土地の草刈り、トウモロコシなどの刈り入れ等の請負。
 大概が日雇いだが、世界の経済危機で、こうした小さな仕事がことごとくカットされ、
 一日に3食たべられないような状況に追い込められている事は、しばしばこの欄で指摘してきた。

 とりわけ、小規模の土地所有者の田んぼや畑の日雇い仕事がカットされている。
 大規模プランテーションは、ほぼ常勤スタッフが決まっていて、
 日雇いでも仕事があれば何とか生活していけるが

 平地から離れた山岳地域の先住民族には、なかなか仕事が回ってこない。
 また、例え日雇いでも、採用に、最低でも高卒程度の教育水準が求められたりする。
 ミンダナオの貧しい人々が、教育にこだわるのは、
 小学校中退程度、小卒、高校中退、高卒、大学中退、大卒など

 必ず書かなければならない欄があり、それによって、明確に採用が変わるからだ。
 大手スーパーのパート社員でされも、大卒でないと採用されない。

 ぼくらが、スカラシップを採用しているマノボの村、ウオーターフォールやボアイボアイ等では、
 人々はほぼ、小学校にも通ったことがない。
 そういう人々が得られる仕事は限られているが、中に、プランテーションのサトウキビ刈りがある。
 はるか遠い平地の他市の国営プランテーションに、トラックの荷台に牛詰めになって、出稼ぎに行く。
 季節労働だから、年間、ある時期に数ヶ月働き詰める。

 給与は安く、現地での食費も自前、結局は、数週間の米を買うぐらいのお金しか残らないから、
 子どもをこれで学校に行かせることは出来ず、口糊をしのぐぐらいしかならない。
 今回、スカラシップ調査で見えてきたのは、
 こうした出稼ぎが、学校教育との狭間で家庭崩壊の原因となっていることだ。


 出稼ぎは、家族みんなで移動して、数ヶ月農場に住み込むのなら、家庭崩壊にはならない。
 また、男の子は手助けにもなり、同行を求める親もいる。
 しかし、その間、学校には行けない訳だから、学業停止になり、その後も学校が続かない。
 こうして、せっかくの支援者がありながら、学校を止めてしまった子も数人いる。

 反面、学校を続けようと思うならば、たった一人、集落の家に残らなければならない。
 小学生では、一人暮らしは無理だから、近所の親戚に預けられるが、
 親戚も、食べ物にも事欠く生活だから、快く預かるわけもなく、
 水くみなどの厳しい労働や家事を押しつける。
 要するに、女中代わりにするわけで、その環境は厳しいものとなる。

 高校あたりだと、街の就労学生になったりさせるが、
 学校が続かないようだと、13歳ぐらいから、結婚させる。
 要するに口減らしだ。
 この様な状況で、ミンダナオ子ども図書館に来ている子どもたちも居る。

 数ヶ月の日雇いから久々に家に帰っても、竹の家は腐り始めているし、廃屋状態。
 家の中まで荒れている。
 子どもたちは、小さくして、親から引き離された状態で、家庭も崩壊。
 貧しさ故に、仕事を提供しても、基本的な生活形態が保証されていなければ何もならない。
 大規模農業による雇用創出が、かえって事態を悪くする。

1月10日(日)
 スカラシップの調査を開始した。
 9月の応募期間だけで、何と今年は500名を超える応募があった。
 そのほとんどは、高校大学のスカラシップだ。
 最初は、面接でその困窮状況から、A、B、Cの3ランクにわけ、Aを主なる対象として選択をするが・・・
 それと平行して、こちらは主に小学生の里親奨学生が対象だが、地域を限定した調査を開始する。
 重点地域として、今年選んでいる場所は、

 1,アラカンのマノボ地域
 2,マキララのビサヤ地域
 3,カラカカンのイスラム地域

 ともに、新たに保育所や初等小学校を建設した場所で、共通しているのは山岳地域で極貧であるばかりでなく
 反政府勢力の中枢に近い場所だ。

 アラカンのマノボ地域は、先祖伝来の地域として、土地は保護されているが、非常に貧しくNPAの活動が活発。
 カラカカンのイスラム地域は、MILFの活動が活発。
 今回、最初の調査を開始した、マキララのビサヤ地域。ミンダナオ子ども図書館が農場を購入した場所だが、
 この地域も、有名なNPAの活動地域。

 NPAとは、新人民軍の略称で、もともと抗日戦線から発展した反政府勢力で、共産ゲリラとも呼ばれ
 フィリピン国内にネットワークを持っている。
 特に、ミンダナオでの活動は盛んだ。

 僕らの活動範囲のマキララ地区は、行政がドールと密接な関係を築いている地域で
 8年前あたりから、戦闘が絶えず、一時終息したものの
 最近、NPAは、活発に動き出している、と聞く。

 マキララ地域には、イスラム教徒の村も若干あるが、
 先年から、ドールと結びついた市長が、山のなかに購入した土地を
 イスラム先祖伝来の土地として、ピキットからの勢力も加わって、強引に奪い返した経緯もある。

 イスラム勢力は、キャンプを築いているが、NPAと繋がっていると考えられており、
 それがこの地を再び不穏な動きにしている。
 
 今回、ぼくらは、山岳地域のNPAの村を訪ねた。
 入り口は、ミンダナオ子ども図書館の農場からで、普通見れば、どこが入り口かもわからず
 この様な場所の奥に、人が集落を構えているなど、外部者にはわからないようになっている。

 行ってみると、 別に普通の人たちで喜んで迎えてくれた。
 もちろん、マロゴン村の役場の人など、現地の人が同行する。
 総じてこうした場所は、隠れた人と自然のパラダイスのような平和を感じる。

 今回の奨学生は、誰がとは言えないが、アラカンもマキララもこうしたエリアの子どもたちだ。
 学校も遠く、極貧で修学できないから、食べるために反政府勢力に参加したり
 NPAも独自のスカラシップを持っているのでそれに加わり、戦闘の時には前線に立つのも彼らだ。

 ぼくは戦闘は嫌いだが、この地の貧富の格差を見ると、反政府勢力に加わりたくなる気持ちはわかる。
 武力を持ってしても、何も解決はしないと思うのだが・・・・
 
 しかし、子どもたちの表情は屈託なく可愛らしい。
 スカラシップ候補の写真を載せたので見ていただきたい。
 出来れば、支援者になっていただきたいと思う。
 http://home.att.ne.jp/grape/MindanaoCL/scholor2010.htm

 サイトは、完成していないが、常時、更新していきたいと思っている。  


1月9日(土)
 子どもたちといっしょに生活し、毎朝顔をあわせて、同じ食卓をともにする。
 久しぶりに全員が集まると80名近いから壮観だ!
 こんなにたくさん、どうするのだろう!!!と動揺したりする。

 しかし、朝、ポーチで一人一人の顔を見ながら学校に見送り
 (表情で問題を抱えているか否かがわかる)
 一人一人を注視して数日が過ぎると、「多い」と思わなくなるから不思議だ。

 マスで物事を見る事が出来ないのが、ぼくの性格で、
 団体は実態の無い抽象概念に無限に近く、個人しか実存しない。
 イスラム教徒もキリスト教徒も、ビサヤ族もマノボ族もマギンダナオ族も
 抽象概念に近く、ぼくの目には一人一人しか存在しない。
 だから、全員が同じテーブルにつけるし、多いと思わなくなるのだろう・・・・


 


1月8日(金)
 MCLが新しい年を迎えた。
 今年は、ミンダナオ子ども図書館が正式に登録されてから8年目、
 ミンダナオに足を踏み入れてから10年目に入る。
 あと二年で創立10年という事になるから、ある意味で最初の10年、
 基盤作りの仕上げが出来るまであと2年。
 心の中でも、新たなる次の10年の出発を迎える最後の準備の年の始まりだと感じる。

 どのような事業も、仕事も、商売も、基盤が固まるまでに10年はかかると思っている。
 基盤がしっかりしたうえに、本体となる建物が建つわけで
 その意味では、最初の10年は、基礎作りの10年だろう。
 本当に外観が見えてくるのは、建物が建ち始める時だから
 2年後の次の10年からが、本格的なミンダナオ子ども図書館建設開始の時期となるわけだ。

 建物がしっかりと立ち上がるまでに、さらに10年かかると思っている。
 つまり12年後に、ミンダナオ子ども図書館は、「形が出来る」、と言うことになる。
 形が出来ると言うことは、別に建物が完成すると言うわけではない。
 フィリピンで小さくともモデルとなる、子ども図書館を建設する事は考えているが・・・

 大事なのは、物も大事だが、人こそが中心で、
 次代を担う子どもたちが成長し、世の中で活躍し始めたり、
 その存在意義や評価がかたまって
 社会貢献できる基盤が出来ると言う事だろう。

 12年後。今ぼくは56歳だから、68歳になるわけで
 気持ちの上では別だが、初老を迎える時期だ。
 さらに、平和構築や貧困撲滅などに関して、ミンダナオで何らかのわずかなりの成果が出るのは
 それから、さらに10年後。
 生きていればの話になるが、78歳の頃だろう。

 
 2012年、人類は危機を迎えるという予言があるらしいが、
 ミンダナオにいると、人の心は自然と同じく、創造主によって創られているから
 時は永久に流れるように見えて、人類の作り出した危機など馬鹿馬鹿しくて話にもならない。
 世界に平和が訪れるのはいつのことだか?
 いい加減に目覚めた方が良いのではないか???

12月24日(木)
 クリスマスが近づいている。
 先日は、キダパワンの役所前広場、通称プラザと呼ばれるところで、読み語りをした。
 街のど真ん中。
 対象は、ストリートチルドレンたち。

 クリスマスになると、貧しい家庭の子どもたちが、クリスマスの歌をうたいながら街を徘徊する。
 そうした子どもたちを呼び集めて、ミンダナオ子ども図書館の若者たちが読み語りをする。
 中には、同じようにストリートチルドレンだった子たちもいる。

 集まった中には、顔見知りの子たちもいる。
 いつも車を止めると、窓を拭いてくれる子どもたち。
 両目に白い幕が出来ていた少女がいたので、「目を治したい?」と聞いた。
 すると、涙をためながらうなずいた。

 さっそく母親を訪ねた。路上で蕪を売って生活をしている。
 学校にも行きたいことがわかった。成績も良いのだけれど、貧しくて学校が続かない。
 「スカラシップの支援者をさがしてあげるからね。がんばれば大学まで行くことも出来るよ」
 と言うと、後ろを向いてしまった。
 見ると、目に涙をいっぱいにためて泣いている。
 写真を、「ミンダナオ子ども図書館だより」に載せました。
http://home.att.ne.jp/grape/MindanaoCL/mindanews.htm

 だいぶ長く、ミンダナオ子ども図書館日記を更新しなかった。
 活動は絶えず続いていたし、忙しい日々だった・・・
 (豊島紀子さま、久岡隆行さま、松岡なつめ様、Stady Unionさま、小笠原ライオンズクラブさま寄贈の
 保育所の建設予定場所も、決定しました)
 最も貧しく困難な場所に建てるものだから、4WDの車すら入らない。

 日本から帰って、体調が回復しないままの強行軍。
 しかし、日本にいるときのように、ストレスは溜まらない。
 むしろ、少しずつこちらの空気に、体がなじむにしたがって、心も体も回復してくる。

 今回は保育所を、アラカン地区の山岳部、NPAの強い場所に2つ。
 ビサヤイロンゴのクリスチャン集落に1つ。
 日本のバナナ会社が高原バナナを広げている地域、アンティパスのマノボ族集落に2つ。 
 皆、本当に貧しく、支援を必要としているところだ。


12月12日(土)

 イスラム地域、ピキットのとりわけ反政府活動が盛んな山沿いの集落に、ミンダナオ子ども図書館で保育所と初等小学校を建てた。
 その開所式があり、若者たちやスタッフ、日本事務局の大渕みほ子さんたちが、読み聞かせに行っている。
 ぼくはと言えば、体調が悪くてパス・・・
 それでも、少し元気が出てきたので、今回の戒厳令について若干のぼくなりのコメントを書こうと思う。

 ミンダナオは、戒厳令というセンセイショナルな法令が布告されて、
「大変な状態になっている」と思っている人も多いだろうが、きわめて平穏だ。
 今回の事件は、国軍とMILF軍と行ったような、大規模な軍事衝突に発展していない(今のところ)。
 今後の成り行き次第ではどのように展開するかはわからないが、
こちらの人々を見ていると、様子見といった感じが強い。

 それにしても、「戒厳令」とは、はたまた大げさなことをしたものだ。
 マニラでは、カトリック教会などから、そこまでやる必要があったのだろうか、と言う批判の声も挙がっている。
 日経新聞:http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20091207AT2M0703407122009.html
【マニラ=共同】57人が惨殺された事件をきっかけに、アロヨ大統領は同州に戒厳令を布告。
事件への関与が疑われる知事一族や、傘下の私兵組織を摘発するとしている。
ただ、一部議員らからは「戒厳令を布告するほどの騒乱状態にはない」と批判の声も上がっている。

 今回の出来事は、いわゆるフィリピン政府とMILF(反政府勢力)の対立の構図では説明できないし
、テロリスト掃討作戦との関係でも理解できない。
 それゆえ、記事を読んだ日本の多くの人々から、
 「正直に言って、何がどうなっているのかわからない・・・」と言う反応が聞こえてくる。
 これを理解できれば、現在世界で起こっていることのモデルが理解できる?・・・

 今回の記事は、日本の新聞もかなり話題にした。
 事件の残虐性もさることながら、(被害者は切り刻まれたりレイプされた跡が見える・・・
恐らくこれは、対立候補を激怒させる仕掛けだったろう)
 それに加えて、非常事態から戒厳令という、記事になりそうな法令が飛び出したからだろう。
 2000年2002年、はたまた去年の戦闘の方が避難民も多く、
はるかに大変な状況だったと思うのだが。こちらの方が記事は小さい。

 今回は朝日の松井健氏の記事が概略を説明しているので、まずはそれを参考にして分析を始めよう。
 「この記事を読んで、ミンダナオ情勢の背景が、
ますますわからなくなった」と言う意見も聞こえてきたが、それは記事が悪いのではない。
 記事自体は短い中で良くまとまっている。ただ、現地の事情があまりにも複雑で、日本人には縁遠い状況なのだ。
 朝日記事:http://www.asahi.com/international/update/1206/TKY200912060138.html

【マニラ=松井健】フィリピン南部ミンダナオ島のマギンダナオ州で女性やジャーナリストら57人が
政争絡みで殺害された事件は、地元で政府機能が失われる事態に発展し、フィリピン政府は4日、
戒厳令を布告した。容疑者たちは地元で絶対的な権力を握るボス政治家の一族。ここまで無法が広がった背景には、
アロヨ政権が自らの権力維持やイスラム武装勢力との戦いに地元ボスを利用してきた経緯も絡んでいる。
・・中略・・・

 殺害事件は、同州知事や同州を含むイスラム自治区知事など数多くの要職を独占するアンパトゥアン一族が、
来年5月の州知事選での別の一族からの立候補を阻止するために実行したとされる。

アンパトゥアン一族はアロヨ大統領と親密な関係を築いてきた。2004年大統領選でアロヨ氏は
イスラム自治区内で不自然なほど大量に得票し、票操作が疑われた。
見返りに政権から支援を受け、
強大な権限は地元警察や裁判官にも及ぶ。殺害事件には警察官が関与したとされ、私兵は軍から横流しされたとみられる武器を持つ。

 ミンダナオ島では、キリスト教徒中心のフィリピン政府に対し、
約40年前からイスラム武装勢力が独立や大幅な自治を求めて戦闘を続けてきた。
政府はキリスト教徒の政治家や協力的なイスラム教徒の一族を支援して、
私兵を組織させて反政府勢力との戦闘に利用してきた歴史がある。
同島には有力氏族間の長期にわたる抗争も根付く。
 こうした歴史的背景に加え、アロヨ政権下では政府に批判的な活動家やジャーナリストが殺される
「政治的殺害」と呼ばれる事件が頻発。国軍や警察の関与がささやかれるが、事件が解明されることはほとんどない。

 「有力者は罪を犯しても罰を受けない」という雰囲気が比社会に広がった。
アンパトゥアン一族が白昼堂々と多数を殺害する事件を起こしたのは、
こうした絶対権力の暴走と指摘されている。

 比政府は「アロヨ失政のつけ」という国内世論の高まりに加え、国際社会からも対応を迫られた結果、
一族の摘発に乗り出した。私兵との戦闘の可能性や司法システムの崩壊の結果、
治安維持のため戒厳令を布告せざるを得なくなった側面がある。
また、アンパトゥアン一族は例外ではなく、こうした構図が比各地にあるとの指摘もある。


 上の記事の中で注目すべき部分の1つは、「ここまで無法が広がった背景には、
アロヨ政権が自らの権力維持やイスラム武装勢力との戦いに地元ボスを利用してきた経緯も絡んでいる。」という部分。
 海外から見ると、ミンダナオのイスラム勢力は一体化して
反政府勢力化していると思われる節もあるかもしれないが、当然そうではなく、
イスラムの人々の間でも、反政府勢力派と政権派の二つに分かれている。
 一概には言えないが、前者は貧しい人々に多く、後者は、イスラムでも大地主に多いようだ。
 大地主の場合は、いくつもの村(広大な土地)を一族で持っており、
そこの住人数千人は、何と皆「小作」だったりする。

 「小作」は実質的に主人(領主)に忠実であるべきであり、普段は単なる農民であっても、
「領主」から武器を与えられて戦うように指示されると「私兵」に変質する。
 アンパトゥアン一族は、その様な、地域の「有力者」のなかでも、
反政府組織の強いマギンダナオ州でかなり大きな力を持つ者であった。
 今回の事件は、主人=領主が、配下の者たちに命じて、政敵を、
「残虐な方法で」殺させたことから発している。
 最初は、殺した一族は、MILF(反政府勢力)の仕業にしたかったようだが、
問題はその中にかなり多くのジャーナリストが含まれていたことだ。

 もしも、多くのジャーナリストが殺害されて、その中の有る者が、
携帯で事態をミンダナオの外部に報告していなかったならば,この事件は、
法政が機能していないミンダナオ内の通常のリドーのように、裁判に提訴されることもなく、
対立候補一族の復讐に発展し、アンパトゥアン一族と殺害された一族との、
相当大規模な戦闘に発達していたことだろう(これは、現地の筋から聞いた話)。
 こうしたシナリオこそが、フィリピン政府軍をミンダナオに呼び込み、本格的な戒厳令をしくために。
 ひいては、アロヨ政権が全権を掌握するための最良のシナリオだったに違いない。

 アロヨ政権は、末期的状態で、ミンダナオで大規模な戦闘を起こし戒厳令をしいて
全権を掌握したがっていると言う噂はすでに出ていた。
 (これも、ある筋から事前にリークされたものかもしれない。アメリカの911事件のように・・・?)
 ただし、大勢のジャーナリストが殺害され、犯人に関する報告がすぐに出たので、
対立候補も復讐を決行するまでにはいたらず、海外でも、ジャーナリスト殺害に対して、アムネスティーなどが抗議した。
 そのため、まだ本格的な戦闘がミンダナオで始まる前に、
アロヨ政権は(しぶしぶ)犯人であるアンパトゥアン一族を拘束せざるを得なくなったようだ。
 
 本来ならば、世間で話題になる前に、こうしたリドーと呼ばれる動きは、
対立候補が反撃に出て、大規模な戦闘に拡大し難民が出た時点で報道される。
 今回の筋書きは、大規模な戦闘に拡大した時点で非常事態宣言を発し、
国軍が参戦し、戒厳令を発令すると言う物ではなかったかと疑っている。
 これは、こちらでの一般的な認識でもある。なぜなら、戦闘の多くはこうした発端で作られるからだ・・・。

 ところが、誤算は、殺害されたジャーナリストから
(そこには海外のメディアも含まれていたという)現場の報告が行ったこと。
 真相を裁判で究明されることが、アロヨ政権は消極的でも余儀なくされたこと。
 最初、殺害者一族は、MILFの仕業にしたが、あまりの残虐な方法にいたたまれなくなって、
殺害者の一部が自白したことから事態が明確になった点が上げられる。
 その結果、対立候補が反撃をすることなく、裁判にゆだねられることになった。

 政敵を殺害するような事は、実はイスラム地域だけではなく、
フィリピンではたびたび起こるが、この様な残虐さはまれに見る。
 前のミンダナオ子ども図書館日記でぼくは、戒厳令を引き出す可能性に触れたが、本当にそうなるとは思ってもいなかった。
 しかし数日の間に、国軍の強い要請にしたがって、アロヨ大統領が実際に戒厳令を布告したところを見ると、
やはりもともと、「戒厳令を引き出すための筋書き」だったという噂は本当のことのように思える。
 その結果、マギンダナオ州は全ての行政機能が止まり、軍が掌握した。


 しかし、実態はどのようなものかというと、先日ぼくは、ピキットの山岳地域の保育所と初等小学校の開所式に行った。
 途中、戒厳令がひかれているマギンダナオ州を通ったが、多少軍が目立ったぐらいでほとんど普段と変わりなかった。
 DSWDのグレイスさんも開所式に参加したが、
「マギンダナオであのような事件があったけど、普段よりも平和ですよ・・・」と言う話。

 ただ、今回のアンパトゥアン一族の背後にアメリカが関与しているのではないかという、
意外な話が別の人から聞こえてきた。
 今回のアンパトゥアン一族の家宅調査の結果、異常なほどの大量の兵器が見つかっている。
 その武器の中に、何と国軍でもまれにしか見られないほどの高性能の米国製武器が見つかっているのだ。
武器の種類も、ぼくは聞いている。
 おそらく米比合同演習(バリカタン)のときに、横流しされたか供与されたと見られているが・・・
世界日報
http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/091205-190633.html
【マニラ福島純一】
虐殺事件への関与が疑われる地元の有力政治家アムパトゥアン一族が、
先に発令された非常事態宣言と一族出身の町長の逮捕に反発しており、私兵を使って反抗する動きが確認されたため、
政府側が先手を打って強硬手段に出たとみられている。戒厳令を受け司法当局は、
事件への関与が疑われる同州知事などの拘束を開始した。
 
同日に行われたアムパトゥアン一族の家宅捜索では、邸宅の敷地から大量の武器や弾薬が発見された。
国軍や警察が関与している可能性もあるとして、当局が入手経路を調べている。

 MILF反政府勢力もアメリカ製の武器を手にいれて戦っているし、アメリカが政府、
反政府、両方に武器を供与しているのは現地では自明の理だが・・・
 (敵であろうと味方であろうと、武器商人にとっては、商売のうまみは同じだろう)
 しかも、見つかったのは、軍や警察から横流しされた武器弾薬だけれはなく、
誘拐によって略奪したと思われる品物や車なども多数見つかっている。
 このことは、この一族が、軍や警察と関係を有していながら、同時に、誘拐犯、
テロリストとして活動していたことを意味している。
 人によっては、アムパトゥアン一族はアルカイダ系のアブサヤフとつながっていた、
という人もいるぐらいだ????

 (行政府とつながっている者が、同時に誘拐するという事などは、一般日本人には、
理解しがたい事と思われるが、多くの中国人が誘拐されている。
  ミンダナオは、中国商人の経済力で持っていると言われるほど、中華系の力は強く
、コタバトには中国語学校もあり、市場では中国語の「コーラン」も売られている。
  中国人誘拐は、目的は武器を購入するための資金であるかもしれないが、中華系のけん制?
  行政とつながっている一族が、同時にテロリストまがいの誘拐犯であるという事実は
ぼくには不思議ではない。これ以上は言えないが・・・・)

 この様な地元の領主や大地主(クリスチャン系も含めて)有力者は、州知事、市長、警察、村長など
政治的に権力を持っている事が多い。
 アロヨ政権に限ったことではないと思うが、ミンダナオのイスラム教徒を治めていくために、
中央政府や海外勢力は、こうした有力者に膨大な支援金を支給してきた。
 支援は、直接のお金だけでなく、土木建設資金や、戦闘が起こった時に来る海外の国際NGOや海外政府からの支援、
 特に2000年、2002年のテロ掃討作戦では、USAID(アメリカ)やオーストラリア、
日本からの支援もこうした行政よりの地域に偏る傾向があった。
 究極の目的は、アフガニスタン同様に石油や天然ガスの資源獲得だと思われる。

 (地域政府を通して支援が行われることを考えれば仕方がないことだが、
ミンダナオ子ども図書館は小さいなりに、逆に支援が行かない地域を重点的に支援しているが・・・)

 「ミンダナオ島では、キリスト教徒中心のフィリピン政府に対し、
約40年前からイスラム武装勢力が独立や大幅な自治を求めて戦闘を続けてきた。
政府はキリスト教徒の政治家や協力的なイスラム教徒の一族を支援して、
私兵を組織させて反政府勢力との戦闘に利用してきた歴史がある。」(松井健:朝日新聞)
 つまり、権力の座にあるという事は、膨大な支援金や物資、
米などの支援が懐に飛び込んでくることを意味しているし、支援を与える方も、
自分の息のかかった(言うことを聞く)者に育てていく意図もあるようだ。

 「政府はキリスト教徒の政治家や協力的なイスラム教徒の一族を支援して、
私兵を組織させて反政府勢力との戦闘に利用してきた歴史がある。
同島には有力氏族間の長期にわたる抗争も根付く。」(松井健:朝日新聞)
 これも事実で、大きな戦闘が起こるきっかけを作るのは、もっぱらこの「私兵」であるとも言われている。
去年、80万の避難民を出した戦闘も、きっかけはクリスチャン系の有力議員が農民に武器を渡して
イスラムの農民を襲ったことがきっかけであると伝わってきている。

 またこうしたことを公に批判しようとしたジャーナリストが殺害されていることも事実で、
アムネスティも講義するほど、ジャーナリストやNGO関係者の殺害が多く、
ぼくの知っている人も数名殺害されている。ぼくも危ないかもしれない・・・?
 「こうした歴史的背景に加え、アロヨ政権下では政府に批判的な活動家やジャーナリストが殺される
「政治的殺害」と呼ばれる事件が頻発。国軍や警察の関与がささやかれるが、
事件が解明されることはほとんどない。」(松井健:朝日新聞)

 松井氏は最終的に、今回この様な事件が起こった原因を、こうした野放図な政治形態にあると結論づけている。
「『有力者は罪を犯しても罰を受けない』という雰囲気が比社会に広がった。
アンパトゥアン一族が白昼堂々と多数を殺害する事件を起こしたのは、こうした絶対権力の暴走と指摘されている。」
「比政府は「アロヨ失政のつけ」という国内世論の高まりに加え、国際社会からも対応を迫られた結果、
一族の摘発に乗り出した。私兵との戦闘の可能性や司法システムの崩壊の結果、
治安維持のため戒厳令を布告せざるを得なくなった側面がある。
また、アンパトゥアン一族は例外ではなく、こうした構図が比各地にあるとの指摘もある。」
 これは、一面事実であって、つまり大地主が土地も(政治)権力も私兵による(軍事)や殺害を
平気で行う風潮は、イスラム地域以外でもフィリピン全土に広がる根本的な問題である。

 ただ、今回の場合、アンパトゥアン一族は、アロヨ大統領とも関係があり
(アロヨ大統領は、アンパトゥアンの首領をパパと呼んでいる)、軍や警察ともつながり、
 武器を供与してもらっていたのだから、戒厳令発令の理由が、
フィリピン政府が説明している「公的機関は機能しておらず、武装集団があちこちにいる。
既に『反乱』といえる状況だ」と言う解説はそれほど納得できない。
 アンパトゥアン一族が大量の武器を持っていることも、軍は知っていたはずであるし、
そもそも武器を供与したのは軍や警察なのだから。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2009120802000066.html

 アロヨ大統領は、アンパトゥアン一族の対立候補とも良好な関係を持っていたことは、
毎日新聞が書いている。ただし、対立候補とも関係を有していた。
 毎日新聞は、今回の戒厳令が、軍の強い介入で実現したとしている。 
http://mainichi.jp/select/world/news/20091208ddm007030095000c.html

【マニラ矢野純一】フィリピン南部ミンダナオ島マギンダナオ州で起きた州知事選絡みの大量殺害事件で、
比政府による4日の戒厳令は、国軍主導で発案されていたことが7日、政府関係者らの証言で分かった。
任期切れを半年後に控え支持基盤が揺らいでいるアロヨ大統領は
軍との関係を一層緊密にするため、軍の意向に積極的に従ったとみられる。

 関係者によると、国軍幹部ら大統領府の主要メンバーは4日、
国家安全保障会議で戒厳令の是非を協議。国軍側は、州知事候補の親族らを殺害したとされる州の実質的な支配者
アンパトワン一族が事件後、中央政府の介入に対し州内各地で反乱を計画していると指摘し、
戒厳令の発令を強く主張。アロヨ大統領が発令を決断した。

 事件後の11月24日、政府が同州などに非常事態を宣言。
野党議員やカトリック教会関係者から、政府が戒厳令を発令するのではないかと、
危惧(きぐ)する声が上がっていたが、こうした声を事実上、無視した形となった。

 アロヨ大統領は04年の大統領選でアンパトワン一族に票の取りまとめを依頼する一方、
見返りに膨大な政府予算を投下するなど、緊密な関係にあったとされる。
ただ、殺害された対立候補の一族も大統領と良好な関係にあり、隣接州の州知事などを務めている。
このため、大統領の決断について政府関係者やマギンダナオ州の有力者は
「(アンパトワン一族を排除しても)失うものはないと判断したようだ」と説明する。

 国軍と国家警察は7日までに、殺人や反乱の疑いで一族のリーダーで州知事を3期務めた
アンダル・アンパトワン氏のほか、息子の現州知事ら62人の身柄を拘束。
一族の敷地などから自動小銃や迫撃砲など883丁の武器と、約43万発の銃弾を押収した。
国軍や国家警察から横流しされた武器も確認された。


 自動小銃や迫撃砲など883丁と、43万発の銃弾というのは常套ではない。

 しかも、国軍や国家警察から横流しされた武器も確認されているし、
国軍でもなかなか手に入らないアメリカ製の特殊な武器も見つかっていることから
 この事件が、単なる地域の有力者同士の対立から発しているとは思えない部分もある。
 矢野氏が指摘している以下の部分は興味深い。
 「政府関係者やマギンダナオ州の有力者は『(アンパトワン一族を排除しても)失うものはないと判断したようだ』と説明する。」
 アンパトゥアン一族の利用価値が無くなったという意味だろう。

 ただ、地元では今回の戒厳令は、背後で、軍も警察も(アメリカも?)武器を双方の一族に供与しつつ組み立てられた、
計画されていた筋書きだったのではないかと思われている。
 かなり大きな戦闘を起こし、ミンダナオ全土的に非常事態宣言と戒厳令を発するための、5月の大統領選を意識した・・・・・????
 それが、ジャーナリストを通して、あまりにも早く暴露されてしまい、中央法廷で裁かざるを得なくなり
 本来ならば、二つの一族が熾烈に戦いあうなかで、国軍が参戦し、本格的な戒厳令を発令する筋書きが狂った?

 それでも、国軍の圧力に負けて、とりあえず首を傾げたくなるような戒厳令が発令されたが、
戒厳令は、これを書き上げている翌日の13日解除された。
 日経新聞より:
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20091212AT2M1202212122009.html

【マニラ=遠西俊洋】フィリピン大統領府は12日、アロヨ大統領が南部ミンダナオ島マギンダナオ州に布告していた
戒厳令を同日付で解除すると発表した。11月に同州で57人が惨殺された事件を受け、
同大統領は今月4日に治安回復のため戒厳令布告に踏み切ったが、
一定の秩序を取り戻すことができたと判断した。

 惨殺事件は地元政治家の抗争を背景にしたもので、戒厳令布告後は同州に国軍が本格展開。
事件の首謀者とされる知事一族の私兵約4000人の投降などを求めた。
知事一族側の逮捕や武装解除が進んだことなどを踏まえ、戒厳令解除を決めた。
地域限定とはいえ、マルコス長期独裁政権下の1972年以来の戒厳令には国内外から「過剰反応」との声も出ていた。(01:46)


 くすんで不発した花火?
 結局は茶番劇だった?
 それにしても、残酷さだけが残った。相手を挑発するためだったにせよ・・・
 殺された家族とジャーナリストに追悼
 殺害現場から報告して死んだジャーナリストがミンダナオを救った・・・・・
 
 しかし、これも憶測に過ぎない。背後にもっと複雑な筋書きがかくれているのかもしれない。
 とりあえずミンダナオは平穏だが、今後の展開はわからない。
 来年5月の大統領を含む総選挙までは予断を許さない状況が続くだろう。


12月11日(金)
ミンダナオの記事が、日本の新聞を賑わしたらしく、ぼくの元にも心配の電話やメールが届いた。
ご心配してくださった方々ありがとうございます。
ミンダナオは、皆さんが思っているよりもずーっと平和です。

12月2日、ミンダナオ子ども図書館に着いて、子どもたち、若者たちが大喜びで迎えてくれた。
去年より年齢がいくぶん下がって、こちらでの高校生つまり、日本での中学生から高校一年までが多いからだろうか、
ぼくがいなくてかなり寂しかったようだ。2ヶ月の留守が長くて、泣き出す子もいたと聞いた。
また、久しぶりに歓迎してくれた夜、歌をうたいながら涙ぐんでしまった子もいた。

いつも想うことだが、本当に純粋な心を持った子たちだとおもう。帰ると本当にホッとして心が暖かく癒される。
日本での滞在中のスケジュールは、限界ギリギリ(歳をとったものだ・・・)と思えるほどの強行軍だった。
それでも、声をかけてくださり、共にミンダナオや日本の若者たちの未来を考えてくださった方々、支援してくださっている方々に心から感謝します。
こちらに着いたなり、山岳のマノボの子たちの保育所候補地、視察に駆け回り、とうとう高熱を発してダウン。

こちらの若者たちも心から心配してくれた。
その心の暖かさ、日本にいる時との違いに、ようやく日本での緊張が解けて行く・・・
文明国の悲しさから抜けだすと同時に、その接点にある馬鹿げた殺害事件を考えるのも面倒になったようだ。


日本を駆けめぐったマギンダナオでの殺害事件。
予想したとおり、非常事態宣言から、戒厳令(茶番のような)発令。
かなり茶番劇めいている。
日本の人々には、あまりにもこんがらかった様相で、理解に苦しむ点もあるだろう。

これが、理解できれば、世界情勢の仕組みがわかる????
現在の情勢は様子見だが、病気が回復したら少し分析をしたいと思っています。

ミンダナオにおける、MILFと政府との平和交渉は、順調に歩み始めたようですが・・・

http://gulfnews.com/news/world/philippines/talks-with-milf-rebels-end-on-a-positive-note-1.551837


11月26日(木)27日(金)  
ミンダナオのマギンダナオ州で57名の犠牲者が出る殺害事件があった。日本でも、この出来事は多くの新聞やTVで報道された。
http://www.google.co.jp/news/more?cf=all&ned=jp&cf=all&ncl=dUdaTrS6-gdptnM7UB2fkwS_EUr6M
この種の政治的対立や土地問題から起こる、いわば内部抗争は、一般の戦闘と区別してリドーと呼ばれる。
大概小規模で終わるのだが、間接的に大規模な戦闘に拡大することもある。
(今回の戦闘地は、ミンダナオ子ども図書館が直接関係している地域からは外れているので、危険があるとは思えない。
とりわけキダパワンは問題ない)

ぼく自身の感想は、「やはり起こったか」という点につきる。
日本語で報道された記事をとりあげて、問題の核心を整理しよう。
今回の出来事で、とりわけ重要なポイントは

1,アロヨ大統領が非常事態を発令した。
2,国軍がマギンダナオ州に入った。
3,犠牲者の数が多く、ジャーナリストを含んでいた
4,この事件とは別だが、MILF側がアメリカの和平交渉への関与を拒否した。

まず、1の「アロヨ大統領が非常事態を発令した」件だが、常識的に考えれば、
「大規模な戦闘が起こったがゆえに==非常事態を発令」、と言った流れを普通の人なら想像するだろう。
しかし、こちらの一般的な感覚では、ぼくと同じ感想を持った人も多いと思う、すなわち「やはり起こったか」という感想だ。
何故かというと、アロヨ大統領が、「非常事態宣言を発令したい」または、「しようと(企んで)いる」と言う情報が入ってきているからだ。
そうすると、論理は逆転する。
「非常事態を発令したいがために==戦闘を起こした・・・・・・?」

もちろん、アロヨ大統領が直接起こしたわけでは無かろう。
「非常事態を発令したいと、アロヨ大統領が思っている」と噂が流れる背後にある理由は、5月の総選挙だ。
率直に言って、現政権の評判は良くない。
アキノ大統領の子息が当選する可能性が高いと言われているし、もしもアロヨ大統領が落選すると、
前回の選挙不正をはじめ、不利な証言が多く出てきて窮地に陥る可能性もあると言われている。

これは、噂に過ぎないのだが、「アロヨ政権は、自己延命のために、なりふり構わぬ様相をしめしており、
その有力な筋書きが、ミンダナオで戦闘を起こし戒厳令を発令して全権を取得(マルコス政権と同じだ)その後、
大統領制を廃止して、内閣総理大臣制に代え、初代の総理大臣として延命を計る」と言うものだ。
本当にそう思っているか、可能かはぼくにはわからないが・・・・
しかし、非常事態を発令することによって、政権党としての求心力を高めようとすることは、大いに考えられる。そのために戦闘を起こした・・・
こうしたミンダナオの人々のある種の考えが、あながち間違っていないと思われるのは、毎日新聞の矢野氏の記事だ。
全体像を理解するために、全文を引用した。

フィリピン:知事候補の妻ら46人殺害 政府が非常事態宣言−−ミンダナオ

 【マニラ矢野純一】フィリピン政府は24日、南部ミンダナオ島のマギンダナオ州と、隣接するスルタンクダラット州、コタバト市に非常事態を宣言した。

 マギンダナオ州では23日、来年5月の知事選の立候補届け出に向かっていた候補者の妻や
地元記者らの車列が武装グループに襲われ、46人が殺害された。
大統領府は国軍や国家警察を動員し、同地域の治安を確保するとともに、真相を解明することを明らかにした。

 国軍は、対立候補の出馬を嫌う現職知事一族が事件に関与しているとの見方を強めている。
候補者と現職知事の一族は長年にわたって政治的に対立。知事一族はアロヨ大統領の有力支持者で、
同州内のほとんどの首長が一族で占められており、私兵集団も抱えている。
事件後、殺された候補者一族が、報復を計画しているとの情報も流れていた。

 一方、人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は23日、事件を非難する声明を出した。


ここで着目すべきは、
「候補者と現職知事の一族は長年にわたって政治的に対立。
知事一族はアロヨ大統領の有力支持者で、同州内のほとんどの首長が一族で占められており、私兵集団も抱えている。
事件後、殺された候補者一族が、報復を計画しているとの情報も流れていた。」という、記事のかなのとりわけ
「知事一族はアロヨ大統領の有力支持者で、同州内のほとんどの首長が一族で占められており、私兵集団も抱えている。」という部分である。
つまり、殺害側の知事一族が、アロヨ大統領の有力支持者であるということは、
今回の一連の事件が、アロヨ政権側の思惑にそって動いていた可能性を示唆している。
(この報道は、非常に重要なポイントであり、毎日新聞にしか出ていない。
掲載前に、この点を調べ上げたジャーナリスト魂に敬服)

一族は、イスラム教徒であり、地域的に反政府運動の拠点であるような場所にもかかわらず、
何故、アロヨ大統領を支持するのか、疑問に思われる方もいるかもしれないので、ここで若干現地の様相を説明しよう。

この項を執筆中の27日、新たに毎日新聞の矢野支局長の記事が出た。
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20091127k0000m030105000c.html
以下、掲載するが、これはさらに深く問題の核心を明かしている。
この記事を地元の記者やラジオが発表したら、殺害された記者同様になるかもしれない。
ぼくがここに引用するのも実はミンダナオに住んでいる者としては不安なのだが・・・・
ぼくは、12月2日にミンダナオにもどる。多くの子どもたちが待っているから。
376名を学校に行かせてあげ、80名をさらに食べさせてあげなければならないし・・・
記事は時間がたつとサイトから削除される可能性もあるので、以下添付しました。

フィリピン:ミンダナオ大量殺害 私兵使い政敵排除か

 【マニラ矢野純一】フィリピン南部ミンダナオ島で23日、知事候補の親族ら多数が武装グループに殺害された事件は、
26日までに57人の遺体が確認されるなど異様な展開をみせている。
対立候補の出馬を嫌う現職知事一族が私兵を使って政敵を排除したとみられる事件からは
、40年以上続くイスラム反政府勢力と政府軍の紛争を背景に、「自衛」名目の私兵を抱える一族が、
反政府勢力に対する中央政府の「盾」として権勢を振るってきた実態が浮かび上がる。

 国家警察は、マギンダナオ州知事など州の要職を長年親族で独占してきたアンパトワン一族が、
来年5月の知事選に身内から候補者を出した地元有力者マグダダト一族を襲撃したとみて、
アンパトワン一族と近い関係にある州警察本部長ら4人を逮捕。襲撃を指揮した疑いで、
知事選に出馬する予定だった現職知事の兄の身柄を拘束、事情聴取を始めた。

 現地情報によると、両者の争いは数十年間も続いており、
「出馬を巡る話し合いが決裂した結果、今回の事件が起きた」(地元有力者)。
この地域ではイスラム反政府勢力と政府の紛争が40年以上続いており、銃の所持は事実上、野放し状態。
敵対する両者とも私兵を抱えていたという。

 アンパトワン一族の勢力拡大には、アロヨ政権の後押しもあったとみられている。
フィリピン大学イスラム研究所のワディ代表は「イスラム反政府勢力を抑え込むため、
歴代政権は同じイスラム教徒の地元有力者を懐柔し、政府の盾として使っていた」と話す。
政権はその見返りに、有力者が支配する地域に膨大な政府予算を投入。
結果的に有力者の影響力増大に「加担」してきたという。実際、同州の町長の大半はアンパトワン一族で、
逮捕された州警察本部の幹部も一族が事実上、任命していた。
04年の大統領選では、劣勢だったアロヨ大統領は同州で、対立候補の3倍以上の票を獲得した。
このため、大統領はアンパトワン一族に借りがあるとみられている。

 【事件概要】 ミンダナオ島マギンダナオ州で23日午前、来年5月の州知事選の立候補届け出に向かっていた車列が
100人以上の武装グループに襲われた。車列には候補者の妻ら親族のほかジャーナリストも同乗。
犠牲者57人のうち、少なくとも20人以上は地元記者とみられている。頭部の損傷が激しく、身元確認に時間がかかっている。


上述の記事は、さらにミンダナオの本質を描いている。重要なポイントは、

1,「対立候補の出馬を嫌う現職知事一族が私兵を使って政敵を排除したとみられる事件からは、
40年以上続くイスラム反政府勢力と政府軍の紛争を背景に、「自衛」名目の私兵を抱える一族が、
反政府勢力に対する中央政府の「盾」として権勢を振るってきた
実態が浮かび上がる。」
事実、外部から目的とする反政府地域内に、あるプレゼンス(例えば天然ガスや石油資源の獲得)を
広げていく場合に使われる手法は、内部の有力勢力の一部を見方に引き入れ、反政府勢力と対立させる方法がある。
もう一つは、反政府勢力のなかに「スパイ」を送り込み、戦闘を起こさせて、戦闘に乗じて圧倒的な戦力で攻撃を仕掛ける方法。

ミンダナオ子ども図書館の奨学生のなかにも、まさにこの「盾」となって両親が殺害された、少女がいる。
その殺害の方法は、正面から顔面を撃ち抜く残虐なものであった。
現地で実際的に行政を仕切るのは、反政府側ではない(当たり前だが)。
政府側か「イスラム教徒でも、あるていど政府側」であるわけで、こうした人々は、荘園のような大農場主である事が多く、
今回の事件を引き起こした一族のように、知事、市長、村長などの権力を握っているケース。
MILFよりも、MNLFに属している場合が多いようにも見える?その結果、現地の子たちから、
MILFよりもMNLFの方が怖い、と言った言動が起こる?
ときどきMNLFとMILFのイスラムどうしの内部抗争が起こる理由である。

先日の神父誘拐事件やコタバト教会の爆破事件が、必ずしもMILFの仕業と言い切れないのもこの点にある。
(ピキットのドイツ人の誘拐は、現地では、MNLFであって、MILFが解放したと言われている)
MILFは、比較的低所得の貧しい人々が中心になって構成されているように現地ではみえる。
その点で、NPA(新人民軍)ともつながっているようだ。

矢野氏が述べているように「40年以上続くイスラム反政府勢力と政府軍の紛争を背景に、
「自衛」名目の私兵を抱える一族が、反政府勢力に対する中央政府の「盾」として権勢を振るってきた実態」は、
現実の事だ。反政府勢力に対する盾として県政をふるってきた一族の背景には、中央政府と同時に、
アメリカ軍など海外の勢力も荷担していると見た方が良い。
コタバトのカトリック教会の爆弾事件とともに大量の武器弾薬がコタバトに水揚げされたという話からも、
「武器は野放し状態」で私兵にも渡っている?

さらに、2の「国軍がマギンダナオに入った」という項目と関わってくるが、
今回の非常事態宣言で、フィリピン政府がこの地域に送り込んだ軍は、常識ならば
、「戦闘を予防する」という目的であると、解釈されるだろうが、現地の人々の受け取り方では、
「あえてより大規模な戦闘を起こすために送り込まれた」とも解釈できる。今回の非常事態宣言が、
さらに広範囲に広がり、リドーから本格的な戦闘に発展したあげく、戒厳令がひかれるような事態になったとするならば、
後者の理論が証明されたことになろう。アロヨ政権が、どこまで今回の事態を調査し、糾弾し対応するかも見どころだろう。

さらに驚くべきは、以下の記事である。これには、コメントを挟むまい・・・
「アンパトワン一族の勢力拡大には、アロヨ政権の後押しもあったとみられている。
フィリピン大学イスラム研究所のワディ代表は「イスラム反政府勢力を抑え込むため、
歴代政権は同じイスラム教徒の地元有力者を懐柔し、政府の盾として使っていた」と話す。
政権はその見返りに、有力者が支配する地域に膨大な政府予算を投入。結果的に有力者の影響力増大に「加担」してきたという。
実際、同州の町長の大半はアンパトワン一族で、逮捕された州警察本部の幹部も一族が事実上、任命していた。
04年の大統領選では、劣勢だったアロヨ大統領は同州で、対立候補の3倍以上の票を獲得した。
このため、大統領はアンパトワン一族に借りがあるとみられている。」
少なくともこの記事からは、アロヨ政権が、本格的な調査をするとは思えない状況がうかがえるが???


矢野氏の記事は、いくつかの点で、ミンダナオ情勢を根本的に理解しているから書ける、
重要な部分がそれとなく付加されているのは注目に値する。
非常事態宣言が、「南部ミンダナオ島のマギンダナオ州と、隣接するスルタンクダラット州、
コタバト市」に対して出されていることは、朝日などの他紙にも書かれているが、
これは、イスラム自治区に対して出されたことであり、この地域に国軍が入ったことは、もしも今後、
大きな戦闘が起こるとすると、イスラム自治区がターゲットになっているという事を意味している。
実際、去年の8月からの戦闘は、ダトゥピアンなど、ARMMイスラム自治区がターゲットになっている。
ミンダナオ紛争の根本原因のひとつである天然ガスと石油は、この地域に眠っているのが確認されている。




11月18日(水)
アメリカ経済というか、基軸通貨というか、基軸国としてのアメリカそのものが崩壊しつつあると言う論調や記事を良く見かけるようになった。

ソ連邦が崩壊した時、多くの論調は、「共産主義の崩壊と、資本主義、自由主義の勝利!」を謳った。
しかし、その時ぼくは、「ソ連が崩壊すれば、遅からずしてアメリカも崩壊する時が来るな・・・・」と思った。
「ソ連とアメリカは、対立する仲の悪い兄弟のようなものだった。しかし、仲の悪い兄弟は、仲の悪さを主張しながら、
互いに支え合っている。だから、一方が崩壊すれば、他方もイデオロギー的な支えを失って、いずれは、崩壊する時が来る・・・」そう思ったのだ。
思ったと言うよりも、当時は「感じた」だけだったが、それが現実に今、起こり始めようとしているようにも見える。

アメリカとソ連の対立、共産主義と資本主義の対立は、心情的には善悪二元論の構造のなかで動いてきた、ように見える。
ソ連は、悪であり、アメリカは正義の騎士として、自由社会の先頭に立つ?


話は、じゃっかんそれるが、ぼくがヨーロッパ、特にオーストリーのザルツブルグの大学にいた頃、
資本主義と共産主義社会の対立が煽られた時期があった。
当時、欧米や日本の若者たちが、好んで読んでいた本がトールキンの「指輪物語」。
英国で生まれ、その後、映画化もされて、子どものみならず世界中で話題になった。
ぼくは、このブームに「批判的」ではないものの、さめた気持ちを持っていた。
この物語に展開されているのは、善悪二元論であったから。世界に、紛争や戦争、国家間の緊張が高められる時に、
必ずこの、善悪二元論ファンタジー文学が出てくる。大概、イギリスから・・・・

「ナルニア物語り」も、キリスト教の仮面をかぶってはいるが、こうした善悪二元論が基調になっているし、
こうした物語の源流は、ミルトンの「失楽園」やアーサー王伝説にも見られ、
ヨーロッパの特にイギリスのアングロサクソン系に深く根を下ろしているようだ。
善悪二元論的ファンタジー(童話)が、世界を飛び回り席巻する時、
世界のどこかで必ず対立が煽られ戦闘が起こる、と言う感覚をぼくは持っている。
最近気になったのが、同じ善悪二元論を貴重にしたファンタジー童話として、「ハリーポッター」が席巻。
911が起こり、テロリスト掃討作戦が展開され、イラク・アフガニスタンへの宣戦布告。イスラム諸国への抑圧的政策・・・・


善悪二元論が気になり始めた原因は、ゲーテの自然科学論を修士論文として、
そこからヨーロッパの根底に宿る宇宙論(宇宙発生論とも呼ばれる)コスモロジーに関心を持ち始めたからだった。
ヨーロッパに宿る精神構造の根幹をなすコスモロジーはどのようなものだろうか・・・
「詩と真実」に書かれている、ルシファーの現れる宇宙発生論。宇宙の根本に、
両極性と高進性(ポラリテートトとシュタイゲルンク)を伴う螺旋の動きが宿っているとされる、ゲーテの自然科学論、原型論。
こうした中世錬金術的な発想に起源を持つ宇宙像は、面々と欧米思想の根底に流れていることが次第にわかってきた。
ゲーテの宇宙像の原型的概念は、両極性と高進性からメタモルフォーゼと呼べれる生成が生まれてくる。
三位一体から第四の存在、ルシファー(堕天使・悪魔)が生まれる。

善悪二元論は、中世十字軍の思想にも影響を与えている。
その流れを、さらに先鋭化したようにみえるのが、ミルトンやイギリスのファンタジー童話の作品のようだ。
しかし、ユングがその著「心理学と錬金術」で現しているように、善悪二元論の根っこを掘り下げていくと、
いつのまにか「善悪」の概念が消えて、単なる二元論に行き着くこともわかってきた。
単なる二元論とは、陰陽二元論であって、ユングが指摘したように、心性を通して東洋の曼陀羅にもつながっていたのだ。
四角形の一方向が劣勢として無意識の領域に入りはするが・・・
しかし、心のあり方は4方向と中心を交えた五行・・・曼陀羅。

東洋の陰陽五行も第四の存在はあるのだが、ヨーロッパがルシファーにしてしまったような悪ではない。
裏の世界の頂点に立ち、表の世界の頂点である女性原理に向かって昇る男性的原理ではあっても、悪ではない。
この螺旋的な上昇の動きは、南から西、北、東、そして天頂へと五行の動きを展開する。
陰と陽が結びあったところにこの世が生まれる。それは、善悪二元論のような争いの構図ではなく、愛の中での一なる調和。

これらは、西欧も含めほぼ全世界に発祥の根元を有するシャマニズムの普遍的な概念。
つまり、陰陽二元論こそが、二元論の根元で、そこから後世になって善悪二元論が派生した?


これを解明理解させてくれたのが、沖縄の離島、池間島での聞き取りだった。
それは、小地域にのみ由来するものではなく、中国からインドから古代ヨーロッパ、シベリアから南米のインディオまで含む、
人類の基層のシャマニズムだった。拙著「沖縄の宇宙像」参照。
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GPEA_jaPH320JP323&q

陰陽二元論は、「陰」という女性原理と「陽」という男性原理の狭間にこの世界の生まれて、下の男性原理から、
南から西、西から北、北から東、東から女性原理の天頂へと、螺旋状の動きが生じる。その中心には宇宙を支える一本の柱がある。
シャーマンが柱や神木の周りをまわるのは、この故だが、右回りが天頂へ、
左回りが死者の世界へ向かう方向だが、これはアイヌの神窓の世界観とも、ミンダナオのマノボ族の世界観とも、
ヨーロッパのメイポールや聖堂の建て方(ゼーデルマイヤーの「中心の喪失」などの著書を参考にするとよい)、
ユングなどの深層心理学にもにじみ出ている。

沖縄の宇宙像では、死者の世界の天空に輝くウマノハノユーヌヌスが男性原理(陽の中心)、
この世の天頂に輝く女性的な力、天頂の星ネノハンマティダが陰の中心であって、具体的には北極星である。
人々を天界に導く星、北極星は、カトリックではマリアの星とも呼ばれている女性原理の象徴だ。
しかし、中世ヨーロッパでは、この女性的な陰の象徴も、男性的な陽の象徴も
、ある時期になると悪であるかのように決めつけられていく。それが、中世の魔女狩りなどにも影響するが、
モーッアルトの「魔笛」に現れる「夜の女王」などもこの流れをくむ。
堕天使ルシファーも、ゲーテが「ファウスト」で描いたメフィストフェレスも悪の象徴!
西欧の善悪二元論と、中国などの東洋の陰陽二元論を比較すると、愛を根底にした陰陽の二元論が本来の姿で、
善悪二元論は中世期あたりに変質派生したものだろう。

本来であれば女性原理(陰)と男性原理(陽)の調和は、ユニットとしての円(これは、
円の中に黒と白の巡りうごいている象徴に見られる)となり、「宇宙の調和」は「愛」そのものであったはずだ。
神は愛なのだ。がしかし、それがいつの間にか、片方を悪として否定し排除する「宇宙」は
「悪と善との戦いの場」といった構図に変更されていった。
有る対象を、(意図的に)悪と決めつけて、自分自身を善と決めて戦いを挑む姿勢。
これは、中世の十字軍もそうだったが、共産主義ソ連を悪の中枢と規定したり、はたまた現在では、
テロを行うイスラム諸国を悪と決めて戦闘を挑む姿勢に通じる?


こうした、善悪二元論と陰陽二元論の宇宙観から現在の世界を見ていくと、
現在世界では、中国の台頭、西欧の没落過程が見えてくる。
中国の政策は、善悪二元論ではなく、陰陽二元論であると考えると、なぜその動きが、
同じ共産主義、社会主義のソ連とも異なっているのかがわかる。
中国の陰陽二元論と、欧米の善悪二元論とぶつかっているのが現在の世界情勢?

日本は、大戦中に、「鬼畜米英」やアジア政策における虐殺などの時代に、
すっかり善悪二元論に毒され、欧米志向に変わってしまった。
個人主義や自由主義にも毒されて、善悪二元論は理解できるが、伝統的な陰陽五行は理解できず、
アフガン派兵も普天間基地問題も、原爆搭載艦の寄港問題も、独自に判断し解決する力はもはやない?


11月16日(月)
ミンダナオ情勢は、再び動きはじめたようだ。良い方向に向かえばよいのだが・・・・・

日本でも、カトリック神父の解放が記事になった。朝日新聞は、
今日、以下の記事を掲載した。
「フィリピンミンダナオ島の南サンボアンガ州で武装した男らに誘拐された
アイルランド人神父(79)が12日、約一ヶ月ぶりに解放された。
・・・・・一部の政府高官はイスラム武装勢力『モロ・イスラム解放戦線(MILF)』の関与を疑っていたが、
解放後に会見した神父は『MILFではない』と話した。」(マニラ=松井健)

中には、神父の語った言葉を直接引用している他紙がある。
たとえば、Telegraph.co.uk紙は、以下の記事でこう述べている。
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/philippines/6554831/Freed-Irish-priest-treated-well-by-Muslim-kidnappers.html
"For long periods of time we had nothing at all to do, so we sat around in the hammocks and talked at length about religion," said Rev Sinnott, who was abducted on October 11 while taking a walk in his garden."We discussed ideology and they explained to me what they believed and I then explained what I believed. There were no problems and they treated me very well despite the difficult conditions."It soon emerged they wanted money and they also said they wanted to get their message out in the international press.""I don't know who they were but it was not the M-I-L-F. We were very sure of that," he said.

興味深いのは、神父は確信を持ってMILFではない、と語っていると同時に、
誘拐の目的は「金銭と同時に、国際的な新聞やマスコミにメッセージを出すことだ」と言った件。
こうした誘拐は、有る組織なりがお金を出して誘拐犯にさせることが多い。
つまり、本当の依頼者は蚊帳の外にいるケースがほとんどだ。結局身代金は払われていないから、
この場合の金銭は、依頼者が払ったものと言えよう。さらに依頼者の目的は、明確に、
wanted to get their message out in the international pressつまり
「報道を通して国際世論をゆさぶること」にあるわけで、これは、ぼくが予想したとおりだ。

別の紙面では、誘拐犯は、こんな誘拐はもうやめて
「パッキャウのボクシング戦をテレビで見たいから、解放してやる」といったそうだが、
雇われ誘拐犯の気持ちが良くわかる。先住民族が雇われた様子もあるが・・・

さらに興味深い動きがある。
アメリカが、再びMILFとフィリピン政府の和平交渉に名乗りをあげてきたことだ。
http://www.manilastandardtoday.com/insideNews.htm?f=2009/november/14/news5.isx&d=/2009/november/14
The US officials brought with them a letter from US President Barack Obama, signed for him by Assistant Secretary of State Kurt Campbell,’’ Iqbal said“ I cannot give much details of the letter because it is a classified document. But in general terms, the US leader expressed his continuing support to the peace process.”

ミンダナオ子ども図書館日記でも、今回の誘拐は、
アメリカを引き出す動きと関係が有るのではないかと示唆したが、いよいよオバマ訪問とセットになって、
和平交渉にアメリカも手を挙げた。
いったん決裂した和平交渉ではあるが、
ここへ来てEU,日本、イスラム諸国に並んでアメリカも名乗りをあげたことになる。
現在のUNの動き、そして来年5月に実施される大統領選を含めた総選挙。

かつてブッシュの時に、アメリカはMILFをテロリスト集団と認定して、
2000年、2003年にフィリピン政府軍と協調してMILF地域、具体的にはピキットを爆撃もした。
このときにぼくは、避難民キャンプの惨状、子どもたちの様子を見て、「ミンダナオ子ども図書館」を発足させた。
その後の支援も偏っていたが、現在再び、アメリカはMILFと直接話を進めようとしている。

ある人人からは、すでに2008年の戦闘の時も、アメリカ軍は政府軍もさることながら、
MILF反政府組織とも接触していると言う話は聞いていた。反政府勢力の武器もほとんどが米国製だという話も聞く。
日本もEUも、すでにMILF側との接触を始めているし、一部民政支援も始めている。
こうした状況を、日本の人々は、ほとんど知らないだろう・・・・

問題は、「なぜ、反政府勢力を支援するか」という点だ。平和構築がその建前なのだが・・・・
地元では、国際勢力がMILFと近づくことを望まない勢力が当然ある。
地元のクリスチャン政治勢力や大土地所有者もさることながら、MNLFも自分たちを飛び越えて
NILFが交渉の対処となることを望まないだろう。今回の神父誘拐は、そうした一連の動きと関係があるように思われる。
そうした勢力は、神父誘拐はあくまでMILFの仕業としたいだろう。しかし、オバマもMILFとの交渉を表明した今、
これ以上神父をとどめ置く理由も失せたことは確かだ。それが、解放と結びついた?

こうした一連の動きは、さらに大きな戦闘を起こすための準備とも考えられるし、
本当の平和構築への意欲表明とも受け止められる。
ミンダナオ紛争は、アフガンなどの世界の動きと連動しているように思えてならない。
2000年の爆撃のあとに、911が起こり、2003年の再度の爆撃のあとに、イラク侵攻が起こった流れを見ていると・・・
現場のある村長の言葉が再び思いだされる。
「世界が、ここに関心を表明し始めると、その後に必ず大きな戦争が起こる・・・・」


11月13日(金)
オバマ大統領が来日した。
アメリカに長年滞在している叔母や、その他の人々から聞こえてきた話では、
オバマを支持した層は、ブッシュに飽き飽きしているという。
とりわけ、アフガニスタン派兵やパキスタンへの増派には、反対している人々が多いと言う。

政治的な駆け引きというのは、国民の大多数の意志がそのまま実現されるとは限らない?
ここのところ、クリントンがアフガンやパキスタンを巡り、そこで起こる出来事、
爆弾事件やパキスタン政府軍によるタリバン制圧などの動きを見ていると、
明らかに、オバマの中東派兵を促すための仕掛けのようだ。
オバマのアメリカだけではなく、日本やEU、韓国などの派兵を促し、
軍事を通してアメリカの牽引力を残存させようとしている、動きに見える。
むしろ、アフガン撤退を表明しているのはEU諸国であるように見える。
アメリカとしては、EUがだめならアジアしかない、と言ったところなのか・・・・

普天間基地の問題を見てもわかるが、アメリカ政府の高官は、
日本の軍事貢献に対する経済支援を引き出そうとしているし、政府はすでに高額なアフガン支援を決めた。
日本のマスコミは、アメリカの言いなりに見える。
その様な状態に加えて、ぼくが気になるのは、オバマを支持した多くのアメリカ国民、
とりわけ戦争を望んでいない層の声や顔が見えてこない。
おそらく彼らは、可能であればアフガンからの米軍全面撤退を望んでいる層であるにもかかわらず、
そうした国民の声がマスコミを通してまったく聞こえてこないことだ。

ベトナムの時のような、反戦運動が起こっていないのだろうか?
起こっていても、取り上げられていないのか?オバマを支持した米国民は、何をしている??
何もしないで眠っているのか???
オバマに代わっても、何も代わらないと、半ば諦めているのだろうか。
国民のなまの声や感情が、まったく伝わってこない・・・
ちょうど、沖縄の一般の人々の声が、米国民に伝わっていないように・・・?

戦争にでもならないと、世界の景気は回復しない?
日経の片隅に、イラクで米国の石油プラントが始動したと出ていた。


11月12日(木)
10月20日(火)の記事で、アイルランドの神父が誘拐されたという記事に関する、ぼくの考え方を書いた。
INFO


この事件は、最初は一斉に反政府勢力の仕業というニュースが出たが、
ぼく自身はミンダナオにおける経験から、多少疑問に思うところがあって、コメントを控えていた。
その後、MILFが、操作に協力する姿勢を見せたという記事が出てきて、その時点で上記のコメントを掲載した。
そして、最近、この神父がMILFの協力によって解放されたという記事が出た。
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/091112/asi0911121144003-n1.htm

「フィリピン南部ミンダナオ島で10月、アイルランド人神父(79)が武装グループに拉致された事件で、
フィリピン政府当局者は12日、神父を無事保護したことを明らかにした。当局者によると、
反政府武装勢力モロ・イスラム解放戦線(MILF)が同日、ミンダナオ島で神父を政府側に引き渡した。
事件発生後、政府の一部はMILFが拉致に関与したと主張。MILFは関与を否定し、神父捜索に協力するとしていた。
MILFの関与や、身代金支払いの有無については不明。(共同)」

神父の解放は、MILFによってなされたが、記事では、MILFの関与は「不明」、と書かれている。
前の記事で、かつてMILFがドイツ人の誘拐者を救出した事件がピキットであったと、
ぼくは書いた。この事件では、ぼくの耳に入って来た情報によると、誘拐犯はMNLFだという話だった。
MNLFは、より行政に近いが、ときどき誘拐をする話は小耳に挟んでいるのだが、ほとんど表には出ない。

両者とも、隣近所で入り組んでいるから、密かに情報がMILF側にも流れる。
それほど、現場は、ぐちゃぐちゃに入り組んでいるのだ。
神父が誘拐された理由は、すでに書いたように、身代金が目当てではなく、事を起こして、報道させて、「何かを動かす」ことだろう。
今回解放された理由は、おそらく「思ったよりも、大きな効果が無かったか」「効果が切れてきた」かだろう。

どのような効果かは、いくつか考えられるが、ここでは皆さんの想像におまかせしよう。

ミンダナオ和平は、日本政府も関与しながら、マレーシア、インドネシアを含んで動いてきたが、去年8月に決裂して戦闘に入った。
その後、EUやUNの車をよく見かけるようになったと思っていたが、どうやらEUが活発に新たな和平構築に関与し始めたようだ。
http://businessmirror.com.ph/home/regions/18488-eu-supports-rp-government-milf-peace-talks.html

以前、書いたように、EUの動きは非常に深く興味深いところがある。
地元のカトリック教会からの情報などがもとになっていると考えられるが・・・・
現場には、MILFに接近するEUによる、平和構築を妨げたいという動きも有ろう。今回の神父誘拐も一連の流れと関係あるのかもしれない。
日本やUSAは、どのような位置関係で今後動くのだろうか。
日本、USA、中国、イスラム諸国を含めて、今後のミンダナオ情勢は再び緩やかに動き始めた?


11月12日(木)
ベルリンの壁が崩れた記念行事が行われた。
東ドイツの人々の生活が厳しいという。それは、33年前にチェコや東ドイツを訪れた時に、予想したとおりだった。

ぼくが初めて東ドイツを訪れたのは、33年前のことだ。
ちょうど、大学を卒業した後の2ヶ月、23歳の時、生まれて初めて海外旅行をした。
もちろん、一人旅だ。自分で計画して選んだのが、東ドイツ。
何と、この日が、生まれて初めて飛行機に乗る日でもあった。つまり、ぼくは22歳まで、国内でも飛行機に乗ったことはなかったわけで、
飛行機搭乗の初体験は、羽田発の国際便だったわけだ。

窓際の席から、夜の東京の夜景が遠ざかっていく風景を良く覚えている。
一人日本を離れる不安というよりも、この様な巨大なエネルギーを人間が勝手に使用して良いのだろうか・・・・と考えた。

当時は、東ドイツに入るビザを日本でとるのは難しかったから、
フランクフルト航空でチェコのプラハ行きの飛行機に乗り換えて、まずはプラハに降り立った。
フランクフルトは単なる乗り換えだから、初めてぼくが降り立った海外の地は、チェコスロバキアという事になる。
それから一週間ほど、チェコの知り合い宅に泊めてもらい、
チェコの東ドイツ大使館に行きビザを申請してから、車で東ドイツに入った。

東ドイツで最初に入った街はドレスデン。美しい街だった。その後、ライプツィヒを経由してエアフルトに滞在、ワイマールに向かった。
東ドイツに行きたかった1つの理由は、大学のドイツ文学科でゲーテを学んでいたからだ。
ワイマールこそ、ゲーテの滞在した場所だったし・・・・。また、共産圏というのは、どのようなところかも多少好奇心があった。

当時の共産圏の印象は深く、まず何と言っても、街を往来する人々の姿が心に残っている。
ワイマールで、片言の日本語を話すドイツ人がやってきて、若者といっしょにいろいろと案内してくれた。
明らかに、ぼくの行動をチェックしている事はわかったが、良い人だったし、おかげでベルヒテスバーデン?で、温泉体験まで出来た。

温泉と言っても裸になるわけではなく、服の上に白衣を着て、温泉蒸気の周りを、息を吐いたり吸ったりしながら療養する。
数十名の人々が、白衣を着て、蒸気の出る室内の石の周りをグルグルと歩く姿は異様だったが、変わった温泉体験ができた。
日本のような温泉情緒があるわけではないが、しばらく滞在していると、「温泉仲間」というのが、出来るという話を聞いた。

共産圏では、いわゆる街のショーウインドウなど、商業主義的な色彩がいっさい無いだけに、人々の生活の印象が強い。
夕食を食べるために一人、レストランの前で、行列に並ぶ。その入り口には、看板が立ち。
「忍耐!!待てば必ず食べられます」と書いてあったのが、思い出深い。

街の雰囲気は西側とかなり異なっていた。
商業的な西側の街に比べて殺風景な感じはしたが、それがかえって質素で質実剛健な風情を醸し出していて良かった。
18,9世紀のドイツ文学の風景そのものが有ったと言える。
その後、エアフルトからミュンヘンに列車で出たが、ミュンヘンに降りたとたん、東京に帰ったような気がした。
街を歩いていても、互いに目を交わすことなく、人々は皆、ショーウインドーを眺めたり、せかせかと前方を凝視して歩いていて、
人間の存在感よりも、物とお金の存在感が街を覆っているのだった。


その後、3年間、オーストリーのザルツブルグ大学に籍を置いたが、ほとんど学ぶこともなく、旅を良くした。
ポンコツ車に一人乗って、チェコやスロバキアにも良く行った。
チェコに入った国境近くで迷い込んで、「どうも、赤い看板が目立つなあ・・・」と思って走っていくと、
兵舎のような場所に出て軍隊にストップされた想い出もある。
兵士が駆け寄ってきて「車から一歩も出るな!今、取り調べをする!」と言われ、小一時間待ったあげく兵舎で取り調べ調査を受けた。

「何のために、ここに入ってきたか」
「道を間違えました。」
「なぜ、この地域に来たか」
「シュティフター(作家)の生家が見たくて・・・」
「途中で写真を撮ったか!!!」
「ええ、牛を少し・・・」
「どこへ行くのか」
街の名を言い、かろうじて釈放された。
夕刻になり、二台の軍のバイクに先導されてその地域を抜けだした。
懐かしい想い出だが・・・・

その夜、ようやく古い町にたどり着き、安ホテルの地下に身を寄せたが、
食堂で食事をしていると、ドイツ語をしゃべる人が近寄ってきた。
「また、調査されているな・・・」とわかったけれでも、慣れていたので、友だちになって、翌日街の小さな美術館を案内してもらった。
休館だったがのだが、その人の口利きで入ることが出来た。もちろん党員なのだろう。でも、良い人だった。
汽車で移動する時に、窓外に櫓があり、「あそこから、ぼくを監視していたりして・・・」
と冗談を言うと、目を細くして微笑んでいたのが忘れられない。

知識人や、野心のある人には、共産圏は不自由で住みにくいだろうと思った。
しかし、ごく普通の生活をしている人々には、街の小さなアパート暮らしでも、郊外に小さな別荘を持っていたりして
時間の流れも、ゆったりしていて、極端な貧富の差もなく、
また競争社会独特のトゲトゲした雰囲気もなく、人々はおっとりしていて、商業主義的な看板も街にはなくそれなりの良さを感じた。

東西の壁が取り去られて、東ドイツの人々が、西側の商業主義社会、自由主義的な資本主義社会にさらされたら、きっと当惑するだろうな
最初は良いと思っても、次第に失望や、事によったら絶望を感じるだろうな・・・・と、その時思った。
東西の壁が崩れ、今、その様な事が現実に起こっている。

当時行った、ドレスデンやライプツィヒ、エアフルトやワイマールは今はどんな姿になっているのだろうか。
あのとき会った人々は、どうしているのだろうか。
東西ドイツが1つになってから、まだヨーロッパに足を運んでいない。


11月8日(日).
日本の街と、ミンダナオの街との大きな違いは、日本ではとりわけ住宅地で子どもたちが遊んでいる姿が見えないことだ。
見えないのは、子どもたちだけではない、大人やお年寄りの姿も少ない。まったく寂しい、街の様子は、そのまま日本人の心象風景?

ミンダナオの若者たちと日本に来た時の事だ。ある方が、保育園に案内をしてくださった。
保育園で、子どもたちは、ちょうどお昼寝をしていた。
先生いわく、「日本では、子どもたちはこうして保育園で面倒をみるのですよ。
ちゃんと設備が整っていて、ここでお昼を食べて、今はこうしてお昼寝をしているのです。」

それを聞いて、ミンダナオの若者たちは言った。
「なぜ、自分の家でお昼を食べて、またもどってこないのですか?」
ミンダナオでは、お昼は、我が家に帰って食べることが多い。遠距離の子たちはお弁当を持っていくこともあるのだが
、それでも学校ではなく、友だちの家庭に入れてもらっていっしょに食べる。
ミンダナオ子ども図書館の子たちも、お昼を食べに家に帰ってくるし、時々友だちを連れてきてはみんなで食べる。
特に貧しくご飯だけで、おかずのない子は分け合って食べる。

先生は、それに答えた。
「家に帰っても、お母さんは仕事で出かけているし、誰もいないのですよ」
ミンダナオの若者たち曰く。
「でも、誰かはいるでしょう。おばあちゃんとか。お姉ちゃんとか」
「お姉ちゃんとか、学校に行っている子たちは、お昼を学校給食として食べてから、学童にいくのです」
「おばあちゃんやおじいちゃんは?」
「デイケアセンターに集まっているのですよ」

それを聞いて彼等は言った。
「ああ、日本では年齢や世代によって、人々は一カ所に集められているのですね。
保育所にも、門には鍵がかけられているし、出られないようにしているのですね!
だから、街には、誰もいないんだ!!!!」
街のなかに人がいない、生活の臭いがしない原因を、意図的な隔離と思ったようだ。
フィリピンでも、金持ちの子たちの学校やヴィレッジと呼ばれる住宅地は同様に隔離されているが・・・

ちまたの生活が無くなった寂しい日本の街。
かつては、縁台があって茶飲み話をしていったり、公園で紙芝居をしていたり、駄菓子屋があったり・・・人々の日常、交流が街にはあった。
夕暮れには、屋台も出ていた。
家の内と仕事場との間に、もう一つの生活空間、「ちまた」があった。
そこにコミュニケーションがあったのに、今はまったく消えてしまい、寂しいだけの住宅地。
一般のコミュニケーションですら、コミュニティーセンターと呼ばれる建物の中で(しか)行われなくなってしまった現状。

絵本の世界でも、母子や親子、家庭、保育所ばかりが強調される。日本の母親は可哀想。保育所の先生も可哀想。
子育てなど、母親や保育者だけで、出来るものではないだろうに・・・地域がみんなで子育てをするのが本当なのに。
家で母親が我が子に(だけ)絵本を読む。保育所で先生が、(預かっている)子たちに(だけ)絵本を読む。
閉ざされた空間に限られた、絵本や遊びと言った子どもの文化。これで子どもが育つのだろうか???

日本では屋外や自然のなかで、街のちまたで、石けりや缶蹴り、鬼ごっこやかくれんぼをしている子どもたちの姿を見なくなった。
ぼくが子どもの頃、冬休み。家でコタツにあたっていたりしようもんなら、母の怒声が聞こえたものだ・・・
「そんな、コタツになどあたっていないで、子どもは外で遊んでいらっしゃい!爺婆じゃ、ないんですからね!」
手にはシモヤケが出来ていたけれども、ジャンパーを羽織って、毛糸の手袋をはめて、木枯らしの吹く外に飛び出していったものだ。
たこ揚げ、独楽回し、石けりなど・・・

今子どもたちに、大人たちに、日本人に必要なのは、親でも、家族でも、保育所や学校でも、会社でもなく、
地域社会、コミュニティーのぬくもりではないだろうか。
親や家庭、保育所や学校や会社が重要ではないと言っているのではない。
地域社会、コミュニティーのぬくもりがもどってきて初めて
会社、学校や保育所、そして家族や親が「復活」する。息を吹き返すような気がする。

家庭で読む絵本も良いのだけれども、今日本社会で重要なのは、むしろ紙芝居文化のような気がする。
紙芝居と言っても、保育所や学校や図書館やコミュニティーセンターといった、特定の空間で語られる紙芝居ではない!
公園やお寺や神社などで、子どもだけではなく、大人や爺婆、母親たちも交えた、「不特定多数」に語られる、街頭紙芝居ではないだろうか。
不特定多数とは、望めば誰でも参加できるコミュニティーの理論だろう。
絵本なら、街頭絵本?が良い。ミンダナオ子ども図書館の活動のように・・・・
知らない人、お年寄りや大人、近所の多くの子どもたちを集めて語る、コミュニティーの場。

加えて、道ばたに縁台や屋台が復活すれば、日本人の心も次第に復活するような気がするのだが・・・・


11月7日(土)
フィリピンは、女性の力が強いと言われている。母系社会であるという説もある。
ミンダナオ以外のフィリピンはあまり知らないが、確かに女性の社会進出は著しく、
学校の先生は校長も含めてほとんど女性、商売も女性が多く、銀行、役所も女性が多い。それがまた、しっかりしているのだ・・・・
市長、議員、司法書士なども女性の進出が大きく、大統領も女性だ。(アメリカや日本で、女性の大統領や首相はまだ見たことがない)

キダパワンの大学に行くと、約7割が女性だし、ミンダナオ子ども図書館に応募に来る若者たちも、圧倒的に女性が多い。
ミンダナオ子ども図書館のスカラシップの子たちの男女比を、正確に調べたことはないが、恐らく7:3の割合で女性が多いと思われる。
とりわけ、貧しいクリスチャンやマノボ族の子たちの場合、女の子を学校に行かせようとするケースが多い。
子沢山で、一家族に平均して7名の子どもたちがいる。その中で何故、女の子を学校に行かせようとするのか・・・・?
次第にわかってきた理由は、

1,男の子は、体力もあるので、小学校の途中か、卒業した時点で、日雇いなどの肉体労働にはいり、家族の収入を助ける役目を持つ。
特に、長男や次男は、子どもの時から、ゴムの木の汁集め、サトウキビ刈り、薪集め、
バナナ農園の日雇いなどの肉体労働に参加して、家族をささえる。そして、姉妹のなかで、
勉強の好きな成績の比較的よい子を一人か二人選択し、学校に行かせ、可能であれば高校を卒業して良い職に就かせようとする。

そのせいであろう、ミンダナオ子ども図書館に応募してくる子たちのほとんどが、学校へいきたい目的を、
「将来、少しでも良い職について、家族を助けるため」と答えている。将来、良い職について、次に続く弟や妹を引っ張り上げるのだ・・・

2,ミンダナオでの良い職とは、学校の先生や役所や銀行の事務員、看護士やデパートの店員を想定していることが多い。
こうした会社、オフィス、役所の事務職や先生は、「女性の職」と思われている節がある。
女性はオフィス、男は黙って肉体労働・・・・
男性でオフィスや先生になる若者は、肉体労働に不向きな体の子たちが多いようだ。
本人もそれを自覚しているのか、オカマを演じている子も多い。

3,極貧で3食たべられないマノボの家族も、女の子を出そうとする。
これは、はっきり言って、「口減らし」だと思うことも多い。
つまり、ティーンエイジャーになってくると、それなりによく食べる年頃になるし、下には小さな弟や妹がたくさんいるし、
男の子なら、日雇いに父親と出稼ぎに行けるが、女の子の場合は稼ぎが低い。
(もちろんサトウキビ刈りなどの激しい労働につれられていくが、どうしても、
収穫量が男性に比べると減る。賃金は、束ねた収穫量で決められるから・・・)

学歴の無い女子の就業は厳しい。
子守、洗濯女、田の草取り、女中。給料は有ってないようなものだし、売春や子守先、奉公先でのレイプも多い。
仕事がなければ、あとは、とにかく口減らしで結婚させること・・・・マノボの子たちの結婚は、一三歳ぐらいから始まる。
そんなわけで、ミンダナオ子ども図書館に住みこみで学校に行かせてもらえれば、本人も救われるし、親にとっても口減らし?になるのだが・・・
悲しい現実だが、この辺の事は、僕たちもある程度心得ていて、
「親の責任放棄」にならないようにスタッフと突っ込んで話し、両親のミィーティングで親の責任を促しながら明確にすると共に、
それなりの書類にサインをしていただくことにしている。自分の名前を書けない親の場合は、×印をサイン代わりにするが・・・

ただ、イスラム教徒の場合は、女の子よりも、男の子を学校に送ろうとする傾向がある。
イスラムの宗教では、男の役割と女の役割が明確になっているようだし、オスタージュなど宗教で重要な役割を持つのは男性だ。
だからといって、男性優位とも言えない。
第二婦人は、第一婦人の同意が無いと結婚できないし、イスラムの男性は、奥さんの後ろを一歩下がって歩いている人が多い。
料理は男もするが、力のいる料理、山羊を殺したり、男の仕事と女の仕事がわけられているようだ。
倫理も以外としっかりしていて、クリスチャンやマノボ系の若者よりも、安心して預かれる。

ミンダナオ子ども図書館に住みこんでいる若者たちは、最初は男女比が3:7ぐらいだったが、今は女性の方が多い。
理由は、やはり年頃の男女がいっしょに生活すると、恋愛上の問題が出てきて、なかには妊娠するケースがあるからだ。
基本的には、高校卒業までは恋愛禁止になっているのだが・・・

規定で大学からは恋愛はOKとしているが、妊娠した、または妊娠させた場合はスカラシップはストップ。
ミンダナオ子ども図書館内に住んでいる子の面倒は、スタッフで見るが、外部で親元や下宿をしている奨学生は、親の責任としている。
それでも、毎年、数名の子が、結婚や妊娠、親の病気や、仕事を手伝うといった理由でスカラシップを断念する。
残念だが、しょうがない。支援者としても、僕らとしても、本当にがっかりなのだが、受け入れるしか方法はない。

ただし、レイプなどで妊娠させられた子は、受け入れている。
ミンダナオ子ども図書館内の子たちは、プロジェクトに積極的に参加する機会が多い。
住んでいる子の大半は高校生と小学生で(中学はフィリピンにはないから、
高校生と言っても日本の中学生にあたる)、大学生は指導者として数名おいているだけ。
大学になると、だいたいの子が、町で下宿生活を望むようになるから・・・また、大学生が図書館内にいて恋愛されると、
年下の子たちへの影響も強く、そうしたことも考慮して、大学生のために町に一軒家を借りて
集団下宿をすることにしている。ミンダナオ子ども図書館の家からは離れて、自立の一歩をはじめるためだ・・・

それ故に、現在ミンダナオ子ども図書館に住んでいる子たちは、小学生と高校生が多い
以前は男の子も多かったのだが、年齢の高い子の場合はどうしても恋愛問題が起こるので、
今は問題を起こさないだろうと思われる子たちを「厳選」?している。
「元気のいい」?男の子たちは、別にマキララ農場に男の子専用の家を造り、男子寮のような形で高校に通えるようにもしている。

就職は、男性の方が難しい。
オフィス職は、圧倒的に女性に有利だし、男性の職は、農業、乗り合いバイクのドライバー、車修理工。あとは日雇いの肉体労働。
男性にとっては厳しい社会だ。
それゆえか、逆玉の輿に乗ろうとする男性も多い。
つまり、良い職を持った女性を見つけて結婚し、養ってもらいながら、本人は昼間から酒飲んでブラブラしている。

男にとっては、厳しい社会だが、
貧しいながらも、妻子をやしなうために、必死に乗り合い自転車をこいでいる、お父ちゃんなどを見ると、
がんばっているなー、と感動する。

11月3日(火)
講演会、報告会の感想を一部、匿名でご報告します。
ミンダナオは、避難民の累計では世界一と言われています。30年以上、毎年のように続く戦闘・・・
避難民の悲惨な状況はパレスチナ以上との報告もあります。
しかし、その現状は、「危険地帯」ゆえにジャーナリズムが入る余地もなく、
ほとんど知られていないことがわかってきました。
知られていない、ミンダナオの現状をお知らせする場としてばかりではなく、
そこで生きている子どもたち、そして、救済支援に向かう、ミンダナオ子ども図書館の若者たちの姿を見て、
皆さん感動し、彼らの姿を通して、逆に生きる勇気や希望を持っていただけたと思います。

*ミンダナオ子ども図書館の団体生活のなかに、絶望ではなく、希望が見えました。
 食糧をはじめ物質的には恵まれなくても、彼らの豊かな心が、
 イスラム教徒、キリスト教徒、先住民族の文化・宗教を互いに認め合っている姿勢に感動。
 宗教間の戦争を名目にし、本質的には資本主義を貫くことを目的としている大国の政治家たちこそ、恥を知るべきだ。
 子どもたちに”コスモロジー”の芽生えを見ました。  
 ありがとう!!

*日本に生活していると、毎日の慌ただしさに心が狭くなっていたと感じました。
 本日の講演会をきいたきっかけで、視野を広くし、心にゆとりを持ち、
 自分のまわりの平和からでも何かできる事をしていきたいと思いました。

*ニュースで耳にしていたミンダナオの悲しい出来事は、遠く他人事のように思っていましたが、
 その戦いの裏には、日本経済の私たちの食生活、住生活の豊かさがもたらしていると知り、
 あまりの認識不足、知識のなさに自身唖然としてしまった。
 また、報道されていない、多くのこのような活動が現地の子どもたちの心を明るく前向きにしていることに開眼しました。
 今後、新聞の裏を読み、もっと別の見方をしていこうと思います。

*松居友さんのお名前をあまり耳にしなくなっていましたが、何とミンダナオ島で
 このような素晴らしい活動をして居られることに、本当に感動しています。
 アジア学院にも、若い頃はボランティアに参加、アジア・アフリカの農業指導者育成の素晴らしさを体験しました。
 ミンダナオ子ども図書館の活動は、まさに人権運動の見本のような印象です。
 都会で教育活動に携わる者の限界を覚える昨今、目の覚めるような気持ちをいただきました。有難うございます。

*今年3月にミンダナオ子ども図書館にうかがい、お世話になりました。
 改めてMCLの活動や松居さんの熱い思いに心を打たれました。
 いつも、ホームページで見せていただいて現地の子どもたちの様子を教えてもらっています。
 とっても彼らに癒されました。
 想いをはせることで、少しでもつながっていたいと思います。
 心のつながり・・・本当に大切ですね。
 言葉が通じないのに心が通じる・・・本当に実感しました。

*今日の講演を聴いて、私は本当に幸せなんだと思った。
 私は以前から、海外ボランティアにとても興味があった。今回、ぜひ、ミンダナオ子ども図書館を訪問したいと思いました。
 私は、まだ、20歳になったばかりで、この先どうなるかわからないのですが、もっと、働くようになったら、
 保育園などの寄付に必ず協力したいと思っています。
 私の周囲に、このミンダナオ子ども図書館について知っている人は、ほとんどいないと思います。
 私たち大学生などが、もっと外に目を向ける事が少しでも出来たら、もっと協力する人が多くなると思います。
 先進国に住む、私たちだからこそ、この様なことをもっと知っていかなければならないと思いました。
 とても勉強になりました。ありがとうございました。

*予備知識が全くないまま、お話をお聞きしました。
 初めての話、映像に驚きました。
 新聞やニュースで難民のことは、何となく知っている感じでした。
 けれど、今日、現場で生きる人、子どもの表情をみて、聞き流しては行けない現実だなと感じました。

 

10月30日(金)
28日号で、ちょっと皮肉った文章を掲載したけれども、実際に世界情勢を見渡していると、
本当に大きな戦争が西アジアあたりで起こるのではないかと、とっても不安だ。
杞憂であれば良いのだけれど・・・
たぶん、ミンダナオで戦闘のなかの子どもたちを見ているからだろう、アフガニスタンやパキスタンの事が、
遠い国の出来事には思えず、そこにいる子どもたちの事を考えると、前頭葉から後頭部に向かって血の気の引くような緊張が走る。
文字通り、背筋が寒くなり、頭痛が襲ってくる。

それにしても、パキスタン側が、アルカイダはパキスタンにいないと主張しているのは面白い。
パキスタンに訪問中のクリントン米国務長官は、これに強く反論している。
CNNは、アルカイダはパキスタンにいると結論つけるニュースを流している。
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200910300016.html
興味深いのは、AFPの記事だ。
http://www.afpbb.com/article/politics/2657911/4827329

AFPの記事で興味深いのは、パキスタン側がアルカイダはパキスタンにいないと言っているのと同時に、クリントンが
「75億ドル(約6900億円)に上る米国の対パキスタン非軍事援助にパキスタンの軍や
野党からパキスタンの主権侵害だとの批判があがっていることにもいらだちを示し」ていると言う記事だ。

つまりこの二つは、パキスタン政府は軍も含めて
1,アルカイダはパキスタンにいない
2,非軍事援助もいらない。
これは米国はパキスタンに必要以上に干渉してくれるな、と言っているに等しい。
この気持ちは、ミンダナオのイスラム教徒の人々にかなり共通している気持ちで、そのことから推測するに
パキスタン、アフガニスタン、イランやイラクの一般の人々に広範囲に流布している心情ではないだろうか。
もちろん、アメリカの派兵や戦争反対派も同様に・・・

さらに市場での爆弾事件は、ミンダナオ同様に、マスコミは総じてタリバンとアルカイダのせいにしているが、
こうした爆弾事件は、どこが仕掛けたかを結論づけるには注意が必要だ。ミンダナオでは、
「反政府勢力のしわざとおもわれる」といった表現の記事は、しばしば体制側が仕掛け、マスコミにリークすると言われている。
今回は、犯行声明は出ておらず、唯一共同通信が、タリバン側が犯行を否定していると言う記事を出しているが、
http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009102901000805.html
ほとんどのマスコミは一斉に、タリバンまたはアルカイダの犯行と示唆している。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2009102902000074.html

911事件の真相は、かなり闇の中に包まれていると言われている。米国でも、真相を究明する動きが出ているが、
実行犯に関しての疑問も多い。
今回も、実行犯のパスポートが見つかったという記事が掲載されたが、朝日は、決定的な証拠のように述べているが、
http://www.asahi.com/international/update/1031/TKY200910310177.html
CNNは、「ただ、パスポートは使い古された形跡がなく、本物かどうかは確認されていない。 」
「軍報道官は、記者らが指摘するまでパスポートの存在には気づかなかったと話している。」と報告しており。
記者か誰かが、紛れ込ませた可能性も否定できず、いかにも嘘くさい。
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200910300006.html

タリバンが、一般市民をどこまで巻き添えにするテロをしたがるかは、ぼくにはわからないが、
(政府や軍や国連の施設は考えられるとしても)この事件は、911同様に一般市民を巻きこんだ残酷な虐殺事件で
、体制側が仕組んだにしろ、反体制側が仕組んだにしろ、かなり大規模な戦争を作りたい勢力がいて、
アメリカが軍事介入することを望んでいることだ・・・
ちょうどクリントンの訪問と、オバマの参戦決定を促すタイムリーな筋書き。加えて、日本とEUの参戦?普天間基地問題?

アメリカが軍事介入をすることを望んでいるとしたならば、
それは、タリバン?パキスタン政府?パキスタン軍?それともアメリカ自身?
背後で動く国際利権?(戦争には、必ず意外な目的を持った、隠れた第三者が外にいる?)
パキスタンにもミンダナオ同様、膨大な石油資源があるという。


日本で報告会をしていると、総じて皆さん、世界で、ミンダナオで起こっていることに驚かれる。
そして、一見平穏な日本が、かなり深く関係を持ち、激動している世界情勢の荒波のなかを泳いでいることに気づかれる。
先日の日の出町「覚正寺」での講演でも、浄土真宗の門徒の方々が、
時には涙をためながら熱心に聞いてくださったし、湯布院の小学校の子どもたちも、自分自身の事のように、
ミンダナオの子どもたちの事を感じてくれて、本当にうれしかった。
ぼくは、子どもたちに話をする時が一番楽しい。心から理解してくれるから・・・・

これから、アフガニスタンやパキスタンの戦闘のニュースを聞いても、そこで避難民となり、
苦労している一般の人々、とりわけ子どもたちの事を想像して、心から同情し、戦争、
あらゆる戦闘が無くなることを願う人々、何らかの行動を始める人々が現れれば良いと思う。
ピキットでイスラムの避難民を助け続けている、カトリック(OMI)のライソン神父が言った言葉が忘れならない。
「戦争における、最大の敵は・・・・・戦争そのものである」
武器を持つことから争いは始まる。
「武器よさらば・・・」「核の傘などいらない・・・」と、今こそ言いたい。

憲法九条の会の日野詢城 住職ありがとうございました。
久しぶりに電話口で、小学校の担任、無着成恭先生の声も聞きました。
無着和尚もぼくの父も「九条の会」には入っているようですね。ぼくはまだ入っていませんが・・・・
湯布院の紅葉、美しかった。
日本の自然は美しい。

10月28日(水)
パキスタンとアフガニスタン、そしてイラクで戦闘やテロが発生している。
テロの目的は挑発だろう。
挑発には、二つの形態があることが、ミンダナオにいると良くわかる。

1つは、反政府組織が、政府にたいして起こすもの。民衆の反政府的な心情を煽るためにと、
自らの英雄的な行為を宣伝することによって、民衆の共感と蜂起を求めるため。
もう一つは、自国や海外の軍隊を呼び込むための仕掛け。
つまり、政府側なり体制側が、反体制側のなかに紛れ込み、または反体制になりすました組織を作って、
実際の反体制不満分子をあおって戦闘を起こし、それをきっかけに軍の攻撃を引き起こすため謀略。

戦闘を開始する方法は、昔、機動隊と学生が睨み合っているとき、機動隊側が学生の中に、
学生の姿をしたスパイを潜り込ませて、彼が最初に石を投げて、それをきっかけに襲いかかる、と言った、
狡猾な形態を持っていた(聞いた話だが)ように。
仮に、アルカイダがCIAの影武者であり、パキスタンとアフガンに裏から火をつけたとしたならば、
今回の戦闘の目的は、オバマのアメリカを無理矢理、戦闘のなかに引きずり込み、アメリカや日本やEUを参戦させることだろう。

何のために?
この不景気な時代、戦闘で景気を回復させる戦略を行使したいと思っている、
どこかの国の政府高官や企業や金融の上層部が、マスコミなども利用してバクチを打つ可能性は大いにある?????

沖縄普天間基地の問題で、この時期に何故、アメリカの防衛省は、高飛車に日本国政府と国民に
「通告」(変な言葉だが、新聞で使われていた)を出したのか。その通告を聞いて、
ワンコのように、身を寄せて吠えているマスコミもけったいだが、日本政府がホイホイと公約を曲げて従う姿勢も滑稽で、
アメリカはオバマの来日で、その辺の日本の姿勢を試そうとしている?

世界は日本を見つめている。
中国の高官が、原宿の若者たちを見て、「ああ、日本はもうだめだね」と言ったとか・・・


10月26日(月)

日本の貧困率が問題になっている。
貧困と言っても、先進国における貧困の基準のようだから、フィリピンのミンダナオとは
全然違うレベルだとは思うのだが、それでも深刻な問題だ。
貧困は、失業(とりわけ若年層の就職難)と母子家庭といった弱者に広がっていて、
勝ち組と負け組を生みだす格差社会の結果、医療や福祉も受けられず、学校に行けない子たちも出ていると言う。
見ていると、政治の貧困からくるビジョン無しの行政と国造りが、ここに来て経済危機と共に、
膿を一挙に吹き出して、弱者を襲ったという感じだ。

政治に責任を付与して、解決を求めるのも大切だが、国民も一人一人、人としてのあり方を考えて、
社会に門戸(心)を開く時期なのかもしれない。
つまり、一般の人々も、勝ち組に入っているという意識はないにしても、例えば日本の家屋は、
一家屋に一家族といった構成が多いようだから、こうした若者や母子を家族として受け入れても良いのではないだろうか。

ミンダナオにいて、こちらに帰ってきて、個人のお宅に入っていつも思うことは、
「ああ、これだけのスペースがあったら、数世帯は住めるだろう」、と言いう気持ちだ。
つまり、1つの部屋に一家族が住んでも良いわけで、ミンダナオの家は小さいが、
小さなスペースの竹の小屋に、数家族が住んでいたりもする。

また、多少なりとも余裕がある家族は、夫が死んだ寡婦や、仕事が見つからない若い女性を、
ベビーシッターや家政婦として雇ったりもする。これは、贅沢というよりも、一種の分かち合い、互助の考え方から生まれている。
つまり一軒家で部屋の空いている人は、母子家庭の親子や若者などを招き入れて、
家事や育児を手伝いながら、いっしょに住んで生活しても良いのだ。いや、慣れるとその方が楽しいこともある。

ミンダナオ子ども図書館では、6畳ほどのスペースに二段ベッドが二つあり、
ファミリーサイズの竹ベッド(シングルとダブルの中間)一人分に二人寝ている。つまり、6畳に8人が寝ていることになる。
それでも、家で竹の床に身を寄せ合って寝ているよりはゆったりしているわけで・・・・逆に一人一部屋だと、彼等は寂しくて寝られない。

ミンダナオの大人も同じで、日本に来てシングルのホテルを頼むと、
そこに4人がいっしょに寝て(床やソファーにも寝る)、自分の部屋にはもどらない。
ぼくは、最初こうしたプライベートが一見無いような生活にとまどいを覚えたけれども、
いったん心の垣根をとってしまうと、以外と快適な事が多い。
とりわけ、子育ては快適で、みんなで子育てをしてくれるので、本当に楽だ。

日本には、一軒家やマンションで孤独に生活している、シングルマザーや孤独なお年寄りも多いだろう、
もう少し、家を開放して、心を解放して、共同生活をすると良いのにといつも思う。
必死に孤独に耐えながら、大きな家に夫婦や寡婦で住む必要なんてまったく無いのだ・・・


10月20日(火)

オバマはノーベル平和賞を受賞したが、アメリカはますます軍事的影響力を世界に伸ばそうとしているようにも、見える。
当人は、かなり混乱しているのではないだろうか。
第一に、パキスタンのタリバン掃討作戦。
何故この時期に、パキスタン軍は、アフガニスタン国境にちかい、タリバン掃討作戦を開始したのか・・・

ミンダナオで、現地の戦闘を見ていてすぐに想像できるのは、
この戦闘の中心目的は、タリバン制圧と言うよりも、パキスタンとアフガニスタン国境の情勢不安定化を作り上げることによって
米軍のアフガンまたはパキスタン派兵を容易にするための仕掛けだと、思えること。
加えてNATOや日本の派兵に関わる支援の継続を引き出すこと。

戦闘開始の背後には、アメリカの派兵推進派勢力が関わっているのではないだろうか?
派兵の目的は、親米政権の樹立?または、一定の影響力を保持できる政権を作ること?
さらなるその背後には、資源などの利権獲得競争があるように思える。
パキスタンには、中国も触手を伸ばしているから・・・

日本では、沖縄普天間基地の米軍移設が問題になっているが、フィリピンでは、1992年に米軍基地撤退が行われている。
しかし、ミンダナオに石油および天然ガス資源が確認され、さらに中国が南沙諸島に(資源を求めて?)
プレゼンスを広げてくる様相を「受けて」、2000年には、バリカタンと呼ばれる米比合同演習が行われた。

この合同演習は、演習という名の実戦で大量の避難民が発生。
2003年にも爆撃が続き、日本の新聞には小さな記事で「国軍兵士が30人ほど死亡」と言った報道しかなされなかったが、
はっきり言って、悲惨な状況だった。
その悲惨さは、去年の80万の避難民という戦闘の比ではなかった。

当時、フィリピン海軍が、プランギ川を遡り、一斉射撃を開始し、死体を埋葬する暇もなく川に流した。
その時からぼくらは、避難民キャンプに通い始めたが、ある人が、
「松居さん、ピキットの食堂でナマズ料理、召し上がりますか?」と聞かれて、
「ええ、魚は好きですよ」と答えると
「ここのナマズは、人の味がするんですよ。」「エッ!」
「何しろ、たくさん川に流した死人を食べていますからね」、と言われたことを思いだす。

ぼく自身、2001年、この難民キャンプの悲惨さ、地平まで続く避難民たちのテントもない暮らしを目の前にして、
とりわけ、表情を失った子どもたちの姿にショックを受けて、ミンダナオ子ども図書館を始めたのだが・・・
しかし、その直後に911が起こり、さらにアフガンやイラク戦争が中東で勃発すると
当時、NGOの見本市と言われていたミンダナオのピキットから、
まだ、大勢の避難民がいるというのに、あっという間にNGOが引いて行き
2005年には、ミンダナオ子ども図書館だけが、救済活動を続けていた。

当時、イラクやアフガン戦争が起こると
「もう、ミンダナオじゃないですよ。イラクやアフガンですよ」と言って去っていったNGO職員たちを思いだす。
「話題が無いと、寄付が集まらないからだろうか?
NGOというのは、死肉に群がるハゲタカみたいな奴らだなあ・・・」と思ったのを覚えている。

もちろん、ミンダナオ子ども図書館のイスラムの奨学生たちはみな、この悲惨な避難民生活を経験している。
こうした生活は、ほぼ3年近く続いたのだから。
アメリカの軍事的介入はこのときから始まったが、
国際NGOを通したEUの介入と日本の介入もこのときからだ。
sinppu

ミンダナオで神父が誘拐された事件があった。新聞に出された記事はほぼ同じで、
イスラム反政府勢力アブサヤフではないか、と言う。以下、朝日と共同を参照。
http://www.asahi.com/international/update/1013/TKY200910130300.html
http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009101201000094.html
10月12日の記事だから、一週間以上前になる。
その後の展開を見なければ、この事件の背後はわからないな・・・と思ったのでそのままにしておいたが。
二つの動きが出てきた。

1,捕虜解放に際して、米軍の支援を仰ぐ動き
http://www.philstar.com/Article.aspx?articleId=515231&publicationSubCategoryId=63
2、モロイスラム解放戦線MILFが、誘拐された神父の解放に協力すると言う姿勢
http://newsinfo.inquirer.net/inquirerheadlines/nation/view/20091020-231119/MILF-joins-search-for-Catholic-priest

MILFが神父の解放に協力するという視点は、日本人にはわかりにくいだろう。
反政府組織であり、まさに誘拐する側だと考えるのが普通だろうから。
しかし、ピキットでのドイツ人誘拐事件で、誘拐されたドイツ人を救出したのはMILFだったことは、ご存じだろうか。
今回も、MILFは、犯行そのものを否定している。

何故神父を誘拐したのだろうか・・・・・?
身代金が目的であれば、中国人の商人を誘拐する方が良いし、たびたび起こる。
神父誘拐は、明らかに、身代金が目的ではなく、
コタバトの教会近くの爆弾事件同様に、世間を騒がせることによって、何らかの対価を引き出すことだろう。

今回の犯行は、アブサヤフの仕業だと思われているが、アルカイダ系の行動は奇妙だ。
戦闘には、隠れた第三者がいることは、自明の理で、戦争を起こすことによってプレゼンスを高めるとすると????
資源などの利権を獲得しようとする動きがあるとするならば?????

ミンダナオの小さな事件。
タリバン掃討作戦をめぐって、世界の動きが悲しいほど、興味深い?
アブサヤフは、アルカイダ系だっていう話だけど、アルカイダって、CIAの戦闘を作るための裏部隊???


10月18日(日)

忙しい日々が始まった。
東京の聖蹟桜ヶ丘、コミュニティーセンターでの講演記事が毎日新聞で掲載されたので紹介します。
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20091018ddlk13040153000c.html

ミンダナオのすぐ下は、ボルネオとインドネシア諸島だ。
ミンダナオは、現代地図では、ルソン島のマニラを中心としたフィリピン諸島群にはいるが、
本来は、ルソン島やセブ島の方が辺境で、インドネシアやマレーシアを経由して、東南アジアと近い区域だった。

実は、ミンダナオ子ども図書館の構想の基盤に、東アジア子ども文庫というもう一つの構想があった。
East Asia Children’s Library Foudation
構想としては、ミンダナオ子ども図書館と同様に、大きな図書館ではなく、小さな子ども図書館を
困難な地域、戦闘や貧困や先住民族の問題を抱えた地域に作り、スカラシップの貧しい子たちが中心となって、
読み語り、医療、難民救済などの活動をしていく。

場所的には、日本も含め、フィリピンの他に、インドネシア、マレーシア、タイに拠点を持つという構想。
これによって、仏教国、イスラム教国、キリスト教国が網羅される。
さらに、スカラシップの若者たちの相互の交流を進める。
大きな都市に作る気はない、
その点、ボルネオ島は、ミンダナオから近く、マレーシアとインドネシアを含んでいるので、良いかなと思っていた。

日本が、中国や韓国と手を結んで、東アジア諸国とEUのような共同体を作るのは、
次の世代の若者たちの成長を考える上でも重要だと思う。
まずは、隣人を大切にし、共に手を取り合って世界の平和や貧困撲滅に貢献していくのは重要な事だ。
米軍を手助けして、インド洋上で、パキスタンやアフガニスタンを撃つための軍艦の給油補助をするよりは・・・

イスラム教徒をテロリスト呼ばわりして追いつめるのはもう止めて
いかにしたら、イスラム教徒も仏教徒も、先住民族もクリスチャンも共存互恵できるかのアジア的モデルを東アジアで実現し、
その成果を、中国や韓国と共に、うまく発展させる事が出来たら素晴らしい。
そのあたりに、日本の役割があるのではないだろうか。

ミンダナオは、面白い。
ここ数年、韓国の人々の進出も精力的で、ダバオにはずいぶん、韓国料理のお店が出来た。
日本人の場合は、リタイヤメントのお年寄りや、女の子を追いかけてくる中年が多いが、
韓国人は、若者たちで、しかもカップルが多いのが特徴だ。
英語を学びに来る人々が多いからだろう。なかなか新鮮で良い。

中国に関して言えば、すでにフィリピン経済は、根本的に中国圏だ。
日本の存在感と言えば、ドールやデルモンテなどのアメリカのプランテーションや
バナナ農園と共通した高原バナナ(住友商事のAJMR)などが主体。

韓国や中国も、土地の買いあさりをしているが、
それに追われる先住民族が哀れで
現地のNPAにも受けが良くjない。

ここで日本が、国連を通して、平和構築に貢献し、
平和開発を主導できれば、ミンダナオを通して、東アジア全域に重要なプレゼンス(役割)を持てるだろう。
すでに、国際停戦監視団を中心として、インドネシアやマレーシアと協調していく試みは動いているし
EUや中東イスラム諸国、中国や韓国とも協調しながら平和構築を実現して欲しいものだと、思う。
金儲けや資源獲得はそこそこにして・・・


10月13日(火)
体らの調子を整えるために、八ヶ岳に登ってきた。どうも、去年からの戦闘避難民の救済など、
激しい活動で心身共にトラウマ状態になっているようで体の不調が気になっていた。

フィリピンにいると、とにかく歩かなくなる。
山の子どもたちや人々は、毎日往復15キロの道を歩いて学校に通ったり、山仕事をしたりするのだが、
フィリピンの町の人々は本当に歩かない!
すぐ近距離でも、トライシクルという、バイクや自転車に補助席がついた乗り物に乗ろうとするし、ぼくらの活動も車になる。
好きな山歩きも、一人ではなかなかさせてもらえない。一人歩きは御法度で、
「一人では寂しいだろう」という、こちら独特の気遣いもあるのだが、
友さん、誘拐でもされたら・・・という恐れもスタッフや奨学生たちは持っていて、心配してくれる。

そんなわけで、本当に歩く機会が無く、体がなまってくる。

青年小屋に泊まり、編笠山から赤岳まで逆縦走をしたが、正直きつかった。

日本に帰ってきて、常に気になるのは、日本の人々、とりわけ子どもたちの精神的、心理的、はたまた今では、経済的?状況だ。
このことは、滞在中、折りに触れて、ここで論じていきたいが・・・・
とにかく良くない。
去年は、このサイトで、青少年の自殺についての考察をしたが、状況は、さらに悪くなっているようだ。
フィリピン(少なくともミンダナオ)では、考えられない、精神的な原因による、引きこもり、不登校、自殺。

かつてぼくは絵本の編集者だった。
(福武書店のちベネッセで、当時編集した絵本は現在、リブリオから手島圭三郎、
http://www.liblio.com/teshima/index.html
吉田遠志の絵本として出ておりご覧になれると思います。
http://www.liblio.com/yoshida/index.html
それ以外の本は、そのごベネッセが出版部を解体してから絶版。図書館で見てください。)
編集部の絵本部門を創設から担当し、3年後に黒字化した事業経験は
ミンダナオ子ども図書館設立でも役立っている。
NGOまたはNPOの運営は、非営利であるだけに、営利事業より気を遣うし難しい。

絵本も書いている
(現在手にはいるのは、「ふたりだけのキャンプ」童心社
http://www.doshinsha.co.jp/search/info.php?isbn=9784494008896
「おひさまのくにをめざして」リブリオ出版といったところ)
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8A%E3

そのころから、全国各地で講演をして、引きこもり、不登校(登校拒否といったほうが良い)、
自殺の問題を取り上げてきたし、子どもたちにも会ってきた。
こうした子どもたちの事を考えるきっかけは、大学時代に学んだユングの心理学の影響もあるが、
絵本の読み聞かせで育った子どもに、何故、自殺や不登校、引きこもりが多いのかと言う、素朴な疑問があったからだ。
ぼく自身も、、その様な究極の体験をしてきているので、黙ってみていられなかったこともあるのだが、
それにしても皮肉なことに、常に、崖っぷちの状況から、ぼくを救ってくれたのは、絵本でも、本でもなかった。

それは、子どもの頃、ミンダナオの子どもたちのように、自然の中で思う存分夕暮れまで、遊んだ体験だった。
北海道時代、アイヌの人々とであい、共に山に登ったり、
沖縄の島の人々と海で泳いだりするような事と共通する、肌と体と心で感じる、自然と人との出会い!!
中年の危機を乗りこえさせてくれたのも、ミンダナオの子どもや若者たちとの出会いだ。
ぼくが、絵本や本の世界だけで生きていたなら、とうに命は無かっただろう。

文芸家協会に所属して、本も書いていながら、この様な事を率直に述べるのもなんだが・・・
ドストエフスキーなどは、確かにミンダナオの光の中で読んでも面白いし、聖書は読めるのだが(これは本では無いだろう)
ミンダナオの自然や人々と出会っていると、本当に本を読みたいとは思わなくなった。
久々に、日本に帰って、電車の中で、心を閉ざした人々を見ていると、せめて本を読みたいという気持ちを起こってくるが・・・
単なる現実からの逃避願望にすぎないとも思う。

本は二次的な役割しか持たず、現在は、絵本の講演会よりも、ミンダナオの真実や昔話を語る機会が多いので、
絵本至上主義や芸術至上主義のような仮面を被らずにすむのであえて言うが、
本来、絵本や本と言った、人間の二次的生産物に、人の命を救うなどと言うスゴイちからが、「確実にある」とは思えない。

出版社と関係を持っていた頃は、(父が福音館書店に今も関わっている手前もあり)
絵本にその力があるかのように講演などで語ろうとしていたが、
嘘とは言わないまでも、こじつけがましいところがあったと、今ははっきり思っている。

絵本だけでは、子どもは育たない、(あたりまえだ!)
保育園や学校だけで、子どもが育つわけがないのと同じ理由で、
ミンダナオの子どもとたちを見ていればわかるように、絵本はなくても、遊びと昔話と、ちまたの人々の生活があれば、子どもは育つわけで
むしろ大事なのは、子ども同士の外遊びとちまたの生活、そして家庭で語る昔話であることは、
「昔話と心の自立]洋泉社でも論じたのだが
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UT


久しぶりに日本に帰って思うことは、それにしても、日本の絵本は面白くなくなってしまった、と言う印象。
それに比するかのように、外で遊んでいる子どもたちの姿が無く、ちまたの生活にいたってはほとんど皆無だ。
まだしも、フィリピンの絵本の方が面白い。生きる力にあふれている。

人間の成長の過程において、本はあくまでも、二次的なものであって、
本の世界に閉じこもったり、安住するのではなく、また頼るのではさらさらなく、
優れた本は、「本を通して、さらに一歩、現実の活動に心が向かう」
「人間に対して、より深く、考察出来るようになる」
つまり、本の世界をさまようのではなく、本の外に広がる世界に心を向かわせてくれる本、が良いなと思うが、非常に少ない。
寒々とした、日本の絵本状況は、そのまま日本人の今の心をあらわしている?

野生のニシキヘビは、時には家畜や人も襲うが、蒲焼きにして食べるとうまい!少なくとも、ミンダナオでは。
ニシキヘビが、お家に入って毛布をかぶってお昼寝したり、お散歩したりする絵本も良いが、
お部屋や保育室に閉じこもり、そんなものばかり読んで育って・・・・可哀想。

子どもたちよ、若者たちよ、文章ではなく、そこから抜けだすところから、あなたの真実が始まるのだから。

10月9日(金)
今回の日本滞在は、講演を控えめにしているが、ミンダナオ子ども図書館にとっては、さらなる一歩を踏み出す転機となるだろう。

日本では政権が交代した。
アジアに関しては、新たにアジア重視の構想が出てきているが、これは良い方向だと思う。
とりわけ、インドネシア、マレーシア、フィリピンと言った諸島とつながった地域の政治的、
経済的な安定に日本が寄与することは、同じ東アジアの一諸島である、日本のプレゼンス(役割)を将来も隣人たちと考えていく上で重要だろう。

日本がどのような方向で動くかは、これから注視していく必要があるが、
そろそろ独りよがりな引きこもりはやめて、親(ボス)からも自立して、独自に考え判断して、
独力で世界に出てきて欲しいと思う。その視点から考えても、不安定なアジアに置いて、
イスラムとキリスト教、先住民族の精霊崇拝や仏教や道教(ミンダナオは中国の影響も大きい)の交差点、フ
ィリピンのとりわけミンダナオにおける和平構築が、日本の主導によって成功するか否かは実力を試すための試金石
つまり自立の第一歩ともなるし、非常に重要なポイントであると思える。

ミンダナオに関しては、EUも積極的な動きを見せている。現地でのEUの支援を見ていると、
明らかにUSAIDのアメリカとも、日本とも視点や対象を異にしている。具体的には、
ARMMイスラム自治区のMILFエリアに深く浸透するルートをすでに構築しつつあり、また、
思いもかけないNPAの山岳エリアに、太陽光発電などを設置して、私も仰天した経験がいくつかある。

EUのこうした浸透のルートは、最近では良くわかるが、イスラム地域ではOMIオブレード会、
NPAでは、ミラノミッション会といったカトリック宣教会が大きな力になっている。
カトリックはフィリピンでの歴史も深く、植民地主義時代の否定的な残滓もあるが、
南米からアフリカ、中国にまで広範囲に広がり深く浸透した結果、NGOのように活動実績を
公表したりこそしないものの、貧困層にも深く浸透している。例えば、フィリピンでは、
反政府勢力の多くはカトリック信徒でもあったりもする。つまり大げさに言い方をすると、極右から極左まで、
実に幅広い人々が存在して活動している。

他宗教に関しても、例えばOMIなども大戦中の抗日戦線でイスラムと協力関係を持ったり、
現在でもMILFなどの反政府勢力とも友好関係を築いて活動している。紆余曲折があるものの、
こうした教会の強みは、命を顧みない宣教師やシスターの活動と、
現地の貧困層も含めた庶民である信徒の幅広い情報網が基盤になっていて、底辺からあがってくる。
EUは、こうした関係の情報も得ながら、独自に支援をしていると思われる。

これに対して、USAIDやGEMと言ったアメリカ支援は、フィリピン政府や現地の地方行政、
軍が主体で、地方行政の有力な地域に学校などを建設している。最近は、フィリピン国内でも、
ミンダナオ紛争におけるアメリカ軍の関与が公になりつつあり、批判も受けているが、ぼく自身は、
否政治的な立場ではあるが、現地で黒塗りの車から突然米兵が降りてきてビックリしたり、
アメリカ製無人偵察機が戦闘地の上空をフワフワと飛来して軍の兵士から教えてもらった経験を持っている。
強みは、強力な政治力と軍事力、そして衛星や無人偵察機などの高度な科学機器による情報収集と経済力だろう。

日本は、こうした観点から見ていくと、現地とのつながりは、MILFの上層部やバンサモロ
(現在、ミンダナオ子ども図書館のボードメンバーの一人は、BDAバンサモロ ディベロップメント 
エイジェンシーの設計技師でピキットのマカブアル小学校を建設した方にお願いしているが、
この方は日本政府の草の根との関係の中でも活動している)、つまりとりあえず表面に位置する方が多いように見受けられる。

しかし、現地で見ていると、多少表層的で脆弱な部分があるように見えてならない。
つまり現地の情報の収集が希薄で、底辺の人々の状況が把握しきれておらず、逆に言えば、
コタバト市内の(組織の上層部の)人々から得られる情報に偏っているように思えてならない。
しかし、現地のバランガイキャプテンや人々からの評判は悪くない。何よりも、支援が偏らない、
人道的な面が強く戦略的な思惑が薄い・・・と言う印象を与えている。手前味噌ではあるけれども、
とりわけミンダナオ子ども図書館で進めたマカブアルの小学校建設の話は、ピキットでは画期的な支援として驚きを持って見られている。

現在は、UN(国連)やIOMそして赤十字などのワールドワイドつまり一国単位ではなく、
国連を中心とした動きが現地では活発であるように見える。高いアンテナを立てた車をよく見かけるようになった。
現地の情報を収集しているのだと思うが、これが大きな戦闘につながるのか、
平和構築につながるのかを慎重に見極めていかなければならないが、
フィリピン政府や軍と密接な連携を持っているUSAIDや、現地カトリック教会、
宣教会と深く関係し情報提供を受けているEUと、現地で互角に、または独自色を出す形で日本が動くとしたならば・・・

国連を主体とした平和構築活動に主体的に参加して役割を持ち、同時に、
直接イスラム教徒とりわけ貧困層の置かれている状況を良く理解し、
底辺の人々が恩恵を受けるような偏らない事業や人道支援を展開することだろう。
つまり、クリスチャンの立場でもなく、政府や軍の立場でもない。「宗教や、
国家の利益に偏らない人道支援」に、国連のような一国家を超えた組織を通して、
イスラム諸国やEU、中国や韓国、可能であれば中南米諸国とも協調しながら、
訴えていくような方向が重要ではないかと思う。
そうした観点から考えると、教育、医療、農業と文化支援などは
重要な方向であると思われるが、とりわけ「子ども」はキーワードであろう。
子どもと若者こそ、次世代を担う未来だから。


日本滞在中の連絡は、携帯でも可能です。(11月下旬まで滞在)
080−5502−3446

10月5日(月)

日本に着いた。
毎年日本に着くと、最初の一週間ほどは猛烈に落ち込む。底知れぬ孤独の中に放り込まれるような感覚で、
これは私だけではなく、フィリピンに居住し、現地の人々と一体になって活動している日本人が総じて体験する気持ちだ。
フィリピンでの人々のコミュニケーションが密であるほど、日本のそれの希薄さが身に応える。

今回は、マニラに二日ほど滞在した。毎日新聞の矢野純一支局長から連絡があり、初めてお会いした。
北海道出身、まだ若く、記事で拝見しているとおり、今時珍しい?ジャーナリスト魂のある記者で、人間味豊かな方だった。
「ミンダナオは、本当に面白い。ここを取材していると、世界全体が見えてくる」その通りだ。

イスラムとキリスト教、先進国と農業鉱物資源の搾取の問題、先住民族と土地所有の問題、
シャマニズムのコスモロジーに至るまで世界の諸問題が凝縮している。
ここで、和平を実現できれば、その技法は世界に通用する。何と面白いところだろう。
「フィリピンに住みたいと思ったことは無い。セブにもルソンにも住む気はない。
ミンダナオが面白い。ここだったら住んでも良いと思った」とぼくは言った。

「わたしも、ミンダナオに住めるんだったら、そのまま住んでしまいますよ・・・」と矢野さん
ぞっこんミンダナオに惚れ込み、MILF、アブサヤフなど、相当の取材をこなしている。
「例の教授が、フィリピンのテレビ局の女性とアブサヤフに面会して、誘拐された事件、ありましたよね。
あのとき、ぼくも、同行する予定だったんですよ。直前に別の仕事で行けなくなりましたけど・・・」

彼が、最近連載で記事を書いたので、ここで紹介したい。
この記事が出た時、すでに読んで知っていたのだが、あえて紹介することをためらっていた。
これを地元のジャーナリストが取材したとしたならば、殺されていたのではないだろうか?
良くここまで取材するなあ・・・と思ったと同時に、
ぼくは、ミンダナオの現地で活動しているし、ここまでは添付しない方が身の安全に良いかな、とも思った。

まあ、しかし、マニラでお目にかかったし。その縁で、コロサレテモヨイカ????
身近にいる、ジャーナリストのいく人かは、殺害されている。キダパワンのカトリックのオブレード会のラジオ解説者も。

矢野さんの記事を読みたい方は、以下をクリック

http://mainichi.jp/select/world/news/20090915ddm007030085000c.html
http://mainichi.jp/select/world/news/20090916ddm007030081000c.html
http://mainichi.jp/select/world/news/20090918ddm007030094000c.html


9月30日(水)
現代社会を築いてきた根本思想の1つに「自由・平等・博愛」という概念がある。
仮にその理想の上で現代社会、世界を見渡すと、「自由」という概念のみが一人歩きをしてしまい、
「平等・博愛」という概念が忘れられたか、
あえて「自由」という概念の拡大解釈、つまり下手をすると経済発展と利益確保のためなら
「何をしても良い」といったなりふり構わぬグローバル経済自由主義が横行し
負け組は置き去られるか、見下され、その結果
平等や、まして博愛などという概念は、空虚な絵空事になったように思えてならない。
特にミンダナオから世界を眺めてみると・・・

「自由・平等・博愛」という概念と平行して思い浮かぶのが、ぼくには「信仰・希望・愛」という概念だ。
これは、聖書に書かれている概念(教え?)なのだが、
この概念を土台にして、ヨーロッパで「自由・平等・博愛」という考えが派生したように思えるからだ。
フランス革命などの当時は、この三つの概念の中で先頭に掲げられている
「自由」とは、元来は信仰の自由、権力や圧政からの自由といった理想ではなかったか。

平等な社会とは、誰しもが希望を持てる社会だろう。
まずは人並みに食べて生活していけること。教育の機会が均等で、医療を受けられる社会。
それこそが平等な社会であり、全ての人々が生存を保証され、
未来に希望を持てる社会のことを言うのではないだろうか。
平等のない自由は、単なる格差社会の助長に他ならない。
貧しいものは、ますます貧しく、富めるものはさらに富む。

博愛は、こうした社会を実現する基盤だと思うが、今は、死語のような気がする時がある。
世界を見渡すと、平等も博愛も感じられない戦闘や飢餓。
博愛または友愛のない世界に、自由や平等は存在するのだろうか。
格差の激しい社会のなかで、自分たちの持てるものを死守することで精一杯な先進国や金持ち、権力者たち。
貧しい人々や貧困を横目に、自分は(自分たちの国は)ああでなくて良かった、程度の気持ちしか持てない人々。
博愛の無い自由は、単なる利己主義の好き勝手。他人の事などお構いなしに、自分のやりたいことだけやる。

聖書の「信仰・希望・愛」の概念の後には、「その中で最も大いなるものは愛である」と記述されている。
「愛が無ければ全ては無に等しい」
つまり、愛のない社会では、希望も信仰もない、最後に言及されている、愛こそが全ての土台であると・・・
この順序に従うと、
博愛のない社会では、平等も自由も存在しない。
自由よりも平等といった概念よりも、偉大なのは愛であると解釈できる。
愛こそが全ての根元であると・・・

愛という概念は、誤解されやすい。
聖書に従えば、神は愛であり、神が天地の創造主だとすると、愛というのは、途方もない創造の力で人知を超えている。
生も死も超えて輝く強大な力。途方もない無限の宇宙も、愛によって創造された事になる。
死後の事はわからないが、魂も霊も精霊も聖霊も天使も、あらゆるスピリットも愛の力で創造された。
これは、ぼくのような小さな者では想像もつかない概念だ。人間では想像しがたいが故に矮小化され誤解されやすい。

しかし、ミンダナオ子ども図書館で、イスラム教徒も先住民族もクリスチャンも、仲良く暮らしている状況を見つめていると
愛が有れば、信仰の違いは気にならない。希望を持てるし、平等な社会を築きたいと思う心が生まれてくる。
愛が有れば、年頃になり、ここから出て自由に生きたい人がいれば、
心から祝福し送り出したいと思うし、帰ってくるなら、いつでも迎えたいとも思う。
対立が起こるのは、愛よりも、平等よりも、利害関係が優先されるからだろう。
経済的な利益、資源や土地の所有権利、
派閥としての国家や宗派が優先され、経済力、政治力、軍事力をもって、
他人を脅し支配しようとし始める時だ。

信仰の自由、希望の平等、そして人々どうしの博愛や友愛と、その根底に生きる神の愛。
自由のみが先行するのではなく、
三つの概念が重なりその根底に、自由でもなく、平等でもなく、まずは愛が置かれることを、
愛が置かれるが故に、平等も、自由も実現できるという事を、
ミンダナオ子ども図書館では、イスラム教徒の子たちも、先住民族の子たちも、キリスト教徒の子たちも、
実感できるのは、全ての被贓物は、唯一の神=愛によって創造されているからだろう。


9月29日(火)
大きな台風がフィリピンを襲い、洪水被害で死者も出た。
台風は大概ミンダナオ沖で台風が生まれる。
ミンダナオ子ども図書館でも、午後、激しい雨や風があり、
天候の不安定な感じがあったが、ミンダナオには台風は到達しない。
何故かというと、
沖合で台風が生まれると、先住民族やイスラム教徒やクリスチャンが集まって、
椰子の葉で仰いで、「あっちえいけー」といって追い払うから??????


スペインの植民地化が進んできても、唯一、植民地化できなかったのが、ミンダナオ。
イスラム教徒の抵抗があったからだ。
最近、その気概?をくんで、フィリピン国旗が一部変更され、太陽の光の矢が1つ増やされるようだが・・・

いま、ぼくは、マニラにいる。いつもの安宿、海岸沿いのペンション、ナティビダッドに宿泊。
近隣は歓楽街。
それにしても、町に浮浪家族がやたらに多い。それと、閉鎖になった、店が多い。
洪水のせいもあるのかとは思うが、経済的な打撃が、都市の貧民層を襲っている結果だろう。
顔を見ると、先住民系の顔が多いから、辺境地域の貧しい人々の生活も苦しいに違いない。

ここでも、苦境に立たされるのは、貧しい人々。


10月1日から日本に行きます。メール
講演、家庭集会の希望があればご連絡ください。謝礼や規模は問いません。
11月末まで滞在します。


9月25日(金)
世界的な経済危機が貧困層を襲った
山の辺境に追われたマノボ族
現金収入がほとんど無い彼等にとってちょっとした米や塩の値上がりが
そのまま、家庭の悲劇に直結する

サトウキビ農場の日雇いの仕事も経済危機ゆえに削られて給与も安く抑えられ
子どもを学校に行かせるどころか日々の食事にも困るありさま
背に腹は代えられずバナナ農園に盗みに入り捕らえられて拘置所に入れられ
父親が、いなくなってしまった子もいる
金持ちは、経済サバイバルゲームに必死になり貧しい者たちは、ますます貧しくなる

自由主義グローバル経済
今年、ミンダナオ子ども図書館に住みこむ子は八〇名近くに達した
ほとんどが、三食食べられない山から来た
マノボ族と戦闘地で難民生活をくり返しているイスラム教徒の子たちだ

9月17日(木)
 マリセールが痙攣を起こした。
 一度目は家で、MCLでは初めてだ。おとなしくて素直なよい子だ。マノボ族でウオーターフォール集落の出身。
 看護担当のフェさんに呼ばれて部屋に行くと、体が硬直してガタガタふるえている。目は、横を向いたまま固定している。
 
 ぼくにとっては、アイリーン、マリベール、エルエルについで3度目の経験だ。
 例のごとく、膝に頭を乗せて、落ち着かせるように抱く。マリベールの場合のように激しくはないが、
痙攣はかなり長く続き、ぼく自身汗びっしょりになってくる。最後に、彼女は、手を叩き始めた。
「あっ、マリセールはお祈りしている。いつも夜、ああやってお祈りするの・・・」付き添っていた子の一人が言った。
 ここまでくると、顔にかすかに表情が生まれ、緊張がゆるんでくるのがわかる。
 マリセールは、数回手を叩いてお祈りすると、手を振った。明らかに誰かにさよならをしている。
そして、体の緊張がほどけ、深い眠りに入っていった。

 後で聞くと、大きな男の人がいたという。
 翌日も、少し落ち込んでいるので、早速聞くと、とりあえず母親に会いたいという。この様な時は、
経験から、すぐに願いを聞いてあげることが大切なので、翌日の早朝ミィーティングで、ソーシャルワーカーを交えて話し合った。
 次の点を確認してもらうように話した。
 1,学校に問題はないか。 2,MLCで寂しくないか。 3,友だち関係は良好か。 4,スピリットに関して問題はないか。
 ソーシャルワーカーの話だと、1,2,3は問題なく、本人も楽しく学校に行き友だち関係も良好だという。

 4に関しては、同じような痙攣が、帰宅した時に起こり、マナナンバル(祈祷師)の話だと、
スピリットは岩の方に帰っていったから、岩にいるようだ、と言う話だった。MCLに来てから起こるようになったのも特徴だという。
 じじつ、MCLの敷地には、大きな岩があって、以前から村人は、ここに妖精が住んでいると言っていた。
亡くなったボードメンバーで、もとの土地所有者のインカルさんは、妖精は男のようだが、
悪い妖精でもなく、MCLが出来てにぎやかになって喜んでいる、と言っていた。MCLの子たちも、いろいろと見た話をしていることもある。

 まあとにかく、たびたびこの様な事があっても困るし、マノボの他の子たちも、
村の祈祷師による払いを望んでいるし、近々実行することに会議で決定した。
白いニワトリを生け贄に捧げることになるだろう。同時に、カトリックの神父にも来てもらい、増築した家の祝別式もしてもらおう。


9月15日(火)
 ピキットのブロル、ブロッドという集落で戦闘が発生。難民が出た。400家族が避難。
 至急、状況把握に向かった。
 http://www.gmanews.tv/story/172186/maguindanao-clan-war-kills-3-400-families-flee
 今回の戦闘は、いわゆる地域の同族どうしの争いだ。明確に言うと、その土地の有力者の親戚同士が
争ったりするのがこのタイプの戦闘で、とりわけ選挙が近く利権が絡んでくると起こる。2年前に、
イスラム自治区ARMMのパガルガンで、市長の座をめぐって起こった
現市長と副市長の戦闘もこの種のもので、その時もどっと難民が出た。
 日本では考えられないことなのだが、こちらの有力者は一家族で一つの行政区域全体の土地を持っていて、
そこの住民全員が小作だったりする。こうした家族は、私兵も有していて、権力の座、
とりわけ公職の座や土地をめぐって親戚でありながらも戦闘を起こすことがある。

 現地に近づくと、近隣から激しい銃撃の音が聞こえてきて、とても近づくことが出来ない。
後で聞いた話だが、この様な種類の戦闘は、政府軍とMILFなどの(公式な?)戦闘よりも危険だという。
無差別に攻撃されるからだ。
 ブロルやブロッドは良く知っているし、ブロッドにはMCLの保育所も建設されている。
 難民たちは、これらの地域から逃れてきていた。
 まだ現地に深く近寄るのは難しいが、恐らく今回の銃撃戦は、近づく選挙と絡んでいると思われる。
 難民は、まだハウスベースであり、野外で夜を過ごすような状況にはなっていないので、
緊急の救済はこの時点では必要ないか、まだ出来ない状況だ。

 それとは別に、面白い話を聞いた。

 マスコミの報道だと、MILFとMNLFでは、MILFの方が危険視されているが、現地の人々のある話だと、
彼等にとってはMNLFの方がアグレッシブで怖いという。MNLFは市行政とつながっている部分が多いし、
ピキット市のDSWDの職員はほぼ、MNLF地域から来ているのだが。
 なるほど、だから、海外からの支援もそうした区域の方に重点的に行くのだな・・・・

 しかし、今回のブロルやブロッドは、MILFの地域だ。
 この地域は結構貧しい地域でもあり、はやく戦闘が収まればよいのだが・・・

 

9月9日(水)
 とにかく時間がたつのがはやい。あっという間に9月で、日本行きの準備に追われる時期となった。
 今年度のスライドと映像を組み合わせたドキュメンタリー映像の制作を始めた。
 来年度のスカラシップ計画も準備し始めた。9月になると、来年度のスカラシップ希望者たちが次々に訪れる。

 ぼく自身は、来年度の、とりわけ小学校スカラシップ採用のターゲット地域を、MILFの強いARMMと、
ピキットの山岳地に近い反政府地域。また、マノボの山岳地域で、NPAの強い地域にしぼっている。
と言っても、具体的には、すでに「ミンダナオ子ども図書館だより」でも紹介している場所で、現在、保育所建設を進めている地域だ。

 ARMMでは、舟でしか行けないサパカン集落。日本政府の草の根支援に応募だけはしているが、
小学校建設が実現するかどうかはわからない。とりあえず、保育所はMCLで建設したし、関係は持った。
現地は、陸路が無く、背後が広大なリグアサン湿原で、そこから子どもたちが400名以上来ている。
 そこから、少し川を下ると、ダトゥピアンと呼ばれる、難民がたくさん今もで出ている地域に達する。ARMMの裏庭だ。

 次に、MCLでプライマリースクールの建設を進めている、ピキット山岳地域。ここは、とりわけ反政府感情が強く、
モロ独立解放軍の通り道になっている。去年小学校を建設したマカブアルと同様だ。貧困度も高く、
ここをターゲットにまずは小学校の奨学生をとり、ゆくゆくは高校大学に支援を継続していきたいと思っている。
そのさらに上に位置している、ブグアク集落もかつて同様だったが、
多くの奨学生をとることによってマカブアル同様に人々が心を開いてきた。

 一方NPAの強い地域は、現在保育所を建設しているボアイボアイとその隣接地域。
馬でしか入れない某集落名を校長先生からうかがっているが、そこと、たびたびサイトで登場する、
アラカンのキアタウ集落の山岳地域だ。今年に入って、これらの地域には、軍が入り、散発的な戦闘が起こっている。

 すでにこの8年間で、関係を有してきた基盤の上に、さらに平和構築活動?を展開していきたい。
それらの地域からすでに来ている、MCLの奨学生たちの協力を得て・・・
 

9月7日(月)
 一週間弱、インターネットがつながらなかった。
 こうしたことは、たまに起こるが、大概重要な事件や戦闘が起こる。
 日本からの重要なメールに、すぐに返事が書けずに、皆さんたいそうイライラなさったようだ。
全てが事無く動くように見える、日本では考えられない現地事情だから。

 インターネットは、突然のように昨日遅く開通した。
 早速、コタバトのニュースを開いてみたが、4日、MILFの「悪党の司令官」が軍に捕らえられたようだ。
平和構築会議が昨年の8月に決裂していらい、都市への強奪をくり返していたとニュースには書かれている・・・。
http://www.abs-cbnnews.com/nation/regions/09/05/09/milf-arsonist-nabbed-n-cotabato

 ラマダン明けは、確か22日ぐらいだ。ラマダン明けに向かって、戦闘が準備されているのかもしれない。
 一方で、平和構築への動きは、日本政府も交えて進んでいるようなのだが・・・
 以下毎日新聞
 http://mainichi.jp/select/world/news/20090903ddm007030043000c.html

 ぼく自身は、10月1日の飛行機で、日本に飛び、11月末まで滞在する。講演や報告会が仕事で、
皆さんにお目にかかれれば幸いです。まだスケジュールは空いている日にちがあるので、
メールで依頼いただければ家庭集会でもうかがいます。謝礼は問いません。 松居友へメール

日本での携帯番号:080−5502−3446(松居友)


8月31日(月)
 昨日は、全体総会で200名近い奨学生たちが集まった。
 来月の総会でビサヤ・イロンゴデーが行われるが、そのうちあわせがあり、
それ以外は学校での諸問題などが話しあわれ、ミィーティングは早めに終わり、その後、
みんなで持ち寄ったバナナやカサバ芋の苗を植えた。食糧の補給のために、
外部の奨学生(ミンダナオ子ども図書館の家に住みこんでいない奨学生たち)も協力するプロジェクトだ。

 ミンダナオ子ども図書館の家(通称ミンダナオの家)には、スタッフも含めると80人ほどが住んでいる。
食べ盛りの子たちだから、50キロの米袋が一日で消費される。副食のおかずも大変だから、
せめて野菜と副食は何とかしようと言うのが理由だ。スカラシップの年間6万円という金額は、
8年前にMCL出発時の授業料や食費が基準で、スタッフの給与もここから出ている。
しかし、その後毎年のように物価が値上がりし、授業料も食費も倍近くなった。米など、800ペソが1500ペソに値上がりしている。
 大学生一人を下宿も含めて6万円では、面倒を見られなくなり、高校と小学校の奨学金で大学をカバーしながら、
田んぼや畑で食費を削減し、手こぎの井戸で水道代を節約している。こうでもしないと、医療費などは出てこない。

 みなさん、おかずを支援してくださるなら、ふりかけを送ってください。おかずが少なくても、ご飯がいっぱい食べられます。


 その夜、泊まっていく子たちも含めて、映画「蛍の墓」を見た。
 ご存じのように戦争の狭間で死んでいく子たちがテーマのアニメだ。野坂昭如原作でスタジオジブリが制作している。
8月は、戦争を考えるためにもこうした映画を見る。こちらの若者たちの反応も興味深い。

 どのような反応を起こすかというと、あまりにも悲しくなって、3分の2ほどが脱落する。
最後まで見ることが出来ずに、部屋に閉じこもってしまう。
 彼等が、胸を打たれるのは、戦争の悲惨さもさることながら、孤児になり、叔母の家を出て、
兄と妹が防空壕で住み始める状況だ。おそらく、子どもだけで放り出されて厳しい生活を余儀なくされる、
という自分自身も体験したような現実が身に迫ってくるのだろう。加えて、圧倒的に突き動かされるのが、
空腹だ。食べ物がない、体が弱っていく、さらに妹が病気になり、医者に見せてもお金がないので治療してもらえず、
盗みを働かざるを得なくなり、警察に捕まり・・・やがて妹が死んでいく。
 この経過は、貧しい彼等にとっては、尋常ならない現実として、身に迫ってくる。

 彼等の家でも、貧困で食べ物が無く、孤児の悲しさでどうにもならず、病気になっても治療するお金が無く、
死を待つしかない、と言った事は、日常で起こる、起こっている、ことなのだ。
 ミンダナオ子ども図書館にいると、ある時期それを忘れ、食べて、寝て、安全で、学校にも行けるのだが、
こうした映像を見ると、突然自分たちの、また村の現状が目に浮かび、彼等の友人や親戚の現実が、
映像と共に回り灯籠のように浮かび上がる。戦闘で難民化せざるを得なく、食糧もなく、
知人や親戚の間でもてあまされてもいるだろうイスラムの子たちにとっても、戦争の破壊と同時に切実な問題だから、
とても見ることが出来ないのだろう。

 あまりに悲しくなって、泣き出しそうになるから、そっと場を去って部屋にもどる。一人、また一人と・・・・。

 翌日の朝食で彼等が話していたこと。
 「ねえねえ、あれからあの映画、どうなったの・・・」

8月27日(木)
 イスラムの子たちは、ラマダンに入っている。ラマダンは断食月とも呼ばれていて、この期間は神に心を集中させ断食をする。
 もちろん、ミンダナオ子ども図書館のイスラム教徒の子たちも断食をしている。
 「こうした信仰や風習の違いがありながら、集団生活をするのは難しくないのか?」
 「よくまあ、イスラム教徒とキリスト教徒、さらに先住民がいっしょに生活していられますね、信じられない」と、
よく言われる。しかも、食前やミィーティングの前には、必ず祈りも捧げるのだから・・・・

 ミンダナオ子ども図書館では、イスラム教徒たちがラマダンに入っても、生活はほとんど変わらない。
 朝昼晩のテーブルの人数が少ないのでそれとわかる程度で、たいがい部屋にこもっているか、
外で洗濯や水浴をしている。そうした時に、あっ今はラマダンなんだ、と思い出す。
 彼等の表情も、ラマダンになったからと言ってとりわけ深刻そうでも、厳めしいわけでもなく、ごく普通の笑顔だ。
激しい運動は控え気味にして、女の子たちはいつもより正装をして学校に行っているかなあ・・・と言った程度。
正装とは、つまり普段よりもちゃんとベールを被っているかなあ、とっいた程度だ。

 激しい運動や労働を控えるのもラマダンの特徴で、ラマダン月の前のハウスミィーティングで
「僕らはラマダンに入るので、少し激しい運動を控えたいのでよろしくお願いします」と言った挨拶があった。
激しい運動を控える理由は、ラマダンでは、食事だけではない、水もいっさい飲まないからだ。
と言っても、激しい労働を仕事とする労働者には、この規定はゆるめられていて、今建設中のピキットの保育所などの労働者は、
昼食したり水を飲むことを認められていた。

 興味深いのは、前に「ミンダナオ子ども図書館だより」の方で紹介した、奨学生の通称「牧師」と呼ばれるロネール君だ。
そこでぼくは、こう書いた。
ロネール君は、MCLでは唯一のビラーン族の若者だ。
彼は、牧師の資格も持っているから、てっきりプロテスタントだと思っていたが
日曜日に、私たちとカテドラルに行き、聖体拝領も受けたのでびっくすると、何とカトリックでもあった。
カトリックの洗礼を受けたプロテスタントの牧師が居ても良いの(かもしれないの)だった。
INFO

 その彼が、今回、真剣にラマダンに参加している。イスラムの子たちといっしょにモスクにも参拝しつつ。
 「ぼく、ラマダンに参加したいので、イスラムの子たちといっしょにピキットに行っても良いですか?」
 事前にそうたずねてきた彼に、
 「もちろん、色々な異なった宗派や宗教の体験は重要だからね」と答えたものの、元来まじめな顔がもっとまじめになっている。
 後で聞くところによると、何と彼のおばあさんはイスラム教徒で、小さい時にラマダンを少し体験したことがあるという。
懐かしさも加わって今回の考えが出てきたのだ。それに、ミンダナオ子ども図書館には、イスラム教徒の仲間たちもたくさん出来たし・・・

 週末のラマダン開始からもどってきて、彼は生き生きとして、現在もラマダンを続けている。
 イスラムのラマダンに真剣に参加してアッラーに祈りを捧げている、カトリックの洗礼を受けた、
プロテスタントの牧師がいても良いのかもしれなかった!!!???
 ここでは、誰もそれに文句を言わないし、違和感もないし、この様な時に
 「ああ、ミンダナオだなあ、ああ、MCLだなあ」と感じる。

 ラマダンの一ヶ月、断食をすると言っても、日没後と夜明け前までに、彼等は食事を許されている。
夜中の2時頃、外の台所で賑やかなさざめき声が聞こえてくる。若者たちが楽しそうに話しているのだ。
 ピキットのDSWDで面白い話を聞いた。
 公園の中にあるDSWD事務所の脇に「ここで、逢い引きをすることを禁止します」という張り紙が出ている。
 不思議に思って聞くと、
 「ラマダンの期間中、若者たちが、夜食事をした後に、夜の公園でデートして、妊娠する子が多いんですよ」
 「エッ!!!」
 イスラム教徒もキリスト教徒も、ミンダナオの現代っ子たちは、ヤレヤレいっしょだなあ、と思った。

 話は変わるが、
 最近UN(国連)や赤十字の車をよく見かけるようになった。イスラム地域のピキットだけではなく、
とんでもない地域で見かけたりもする。情報を収集しているのだろうが・・・
 MCLスカラシップで看護学を勉強して卒業したフェさん、ダバオの病院で先生に会った。看護士をしながら、
赤十字のボランティアもしている。この先生いわく、「赤十字が活発に動いているのは、かなり大きな戦闘を意識してるからですよ・・・」
 ラマダン明けが、筋書きにあるのか?

 ラマダンの期間中、特にラマダン明けのうれしい日に、ミンダナオ子ども図書館では、みんながイスラムの子たちに言う。
 「ハッピー ラマダン!!!」
 


8月20日(木)
 イスラムの子たちは、ラマダンに入った。ラマダン開始の時には、特別な祝いがあって一次帰宅。
 スタッフたちは、保育所建設に追われている。
 ぼくは保育所建設のために、先日はボアイボアイと呼ばれる、山のマノボの集落に向かった。
マグペット市のダンプカーに資材を積み込み、ぼくらは、MCLの軽トラに乗って・・・と言っても、運転はぼくだが。
四駆が効かずに現地到達を断念した。
 本当に貧しい村の子たちを対象にしているだけに、大変だ。
 この地域に最近軍が入っている。活発化するNPAへの対応だというが、新たに小さな戦闘が起こるかもしれない。
 
 話はそれるが、軽トラが激しい山道で酷使するために、車軸がゆがみ4WDが効かなくなってしまった。
MCLの支援や救済の仕事は、何時間もかかる本当に大変な場所に行くので、車の故障が絶えない。
軽トラでこの仕事を続けていくのは無理かもしれない。
 チェロキーもベアリングが崩れて動かなくなってしまった。クライスラーの事務所がダバオにも無く、
巨大エンジン5000ccはガソリンを喰うし無用の長物と化している。

 どなたか、日本製のハイラックス4WDを寄贈してくださるような方、いらっしゃらないだろうか。
やはり日本車でないと、ここでは通用しない。日本のホンダのバイクを買って、とりあえずどのような山奥までも行けるようにしたのだが、
ぼくは怖くて運転できない・・・・
 ダンプも現地までは到達できず、村のかなり手前で資材を積みおろし、村人たちが、
馬や水牛、肩に担いで運ぶことになった。
 トラックがあれば、村の近くまで運ぶことが出来るだが。 

 

8月10日(月)
 今日は、ピキットに行き、DSWD(市福祉局)でグレイスさんを中心に、
保育所建設を予定しているパマリアンとカラカカンの村長と具体的な建設計画の話をした。
 その後、ボロボロの小学校、セニヨールマラウ集落の校長先生と、学校建設の話を詰めた。
皆さん、本当に喜んでくださった。
 ピキットは、洪水の被害はあっても、地味が豊かで漁獲もある、低地の村は良いのだが(と言っても貧しいことには変わりがない)、
しかし、経済状態に関しては高地がひどい。
 高地に住んでいる、イスラム地域のマノボ族などの状況はもっとひどいという。今後の課題として調査する必要がありそうだ。

 選挙が近づいてくると、どうも動きに慎重さが必要になる。といっても、来年の事なのだが・・・
 僕たちは、選挙に利用されないように、選挙前の2ヶ月間は、活動をいっさい停止する。
何と、読み語りまでも利用されて、現地に着いたら市長の演説があり、市長と共にステージに座らせられて
閉口した経験もある。市長とも懇意なだけに、嫌とは言えない!
 NGOは、非常に都合の良い選挙運動の道具なのだ。
 
 大規模戦闘が2003年に終わった後の選挙など、USAID等、相当の規模の国際支援やNGOが入り、
学校補修や建設、農業支援などをしていったが、支援の対象は偏っていた。
相当のお金が選挙資金に流れたという噂も聞く。おそらく、外国勢にとっても、選挙は自国の利権を維持したり
伸ばしたりするための重要な政治手段なのだろう。
 今回の洪水支援でも、ピキットでは、パイドプランギ、プノル、マカシンディクというお膝元と、
カバサラン、ブロルという息のかかったところに支援が集中した。これは、こちらでは当然の事なのであって、別におかしな事ではない。

 大きなNGOは、行政と関わりながら、国際的な意図のもとで動いていてもおかしくはないのだ、と言うか、
それが役割なのかもしれない、と思うようになった。自国の国益が優先するのは、国家としては当然だから・・・
 だからこそMCLのような、現地を良く知っている蟻のようなNGOは、かえって大きな流れから抜け出て、
小さな見捨てられた場所に行って、見捨てられた人々や子どもたちを救済支援出来る。そうした頑固なNGOもあっても良いのかもしれない。

 巨人のパワーに比べれば、波及力は、蟻の筋肉ていどだが・・・


8月9日(日)

 いよいよ選挙が近づいていると言う雰囲気がミンダナオにもある。
 何しろ、ダバオからコタバトへの道路が、至る所で工事が始まっている。
 これがまた、工事をする必要が本当にあるのかな、と思われるような場所を、あえてほじくり返していく、
その後コンクリートで固めていくと言った工事なのだ。当然、これらは、特定の地域の利権と関わっているわけで、
公共工事=選挙、と言う構造は、こちらでも当然の事なのだ。
それにしても、もっと本当に必要としている所に工事が行けばいいのだが、といつも思う。
 同じ所を穿りかえし、不必要が工事をくり返しているように思えてならない。
とにかく、ダバオに車で出ると、至る所が片車線で交通が不便でならない。

 選挙のためのばらまきは、公共工事だけではない。国際的なNGOの支援をいかに呼び込んで、
自分の息のかかったところに、米や学校建設や道路工事などを行い、利益を与えるかは、
非常に重要な選挙運動だという事がここにいるとわかる。
 なぜか・・・こうした国際NGOの支援は、市長や副市長、有力議員といった人々の所に落ちるのだから。
 かなりのお金が選挙資金として懐に入るという話も耳にする。
 加えて、例えば洪水対策の米支給といっても、地盤の人々に送ればそれなりの票買いにもつながる。
こちらでは、票は金で買うもので、一票が200から500ペソが相場。

 NGO関係者は、そのような生臭い現場をどれだけ知って活動しているのだろうか???
 選挙が近くなると、公共事業とともに、NGOの呼び込みが激しくなる。
 NGOを呼び込むために、あえて戦闘を作っているわけでもあるまいが・・・

 選挙のたびの工場工事を見ていると、戦闘も同様の原理で、不必要な所に穴を開けてほじくり返し、
国際NGOの支援を受けながらコンクリートで固めていく、同様の事業に見えてくる。
選挙のたびに起こる戦闘と公共事業。 
 

8月2日(日) star

 ミンダナオ子ども図書館の季刊誌「ミンダナオの風」には、同封したが、今年始めて「願い星」の企画をした。
 クリスマスを前に、ミンダナオ子ども図書館から、若者たちが手作りした、「願い星」をお送りする企画。 

 『クリスマスが近づくと、街には、市販のクリスマス星が飾られる。しかし、貧しい山の家では買うことが出来ない。
 MCLの若者たちは、貧しい家庭から来ているので、椰子の木の皮や竹、新聞紙や雑誌の端切れで、工夫して、
 楽しみながら星をつくって、貧しくとも暖かいクリスマスを竹小屋で祝っていた。』
 そんな若者たちが工夫して、手作りでつくった願い星。
 何しろ、市販するものでもなく、若者たちの手作りですから、出来不出来も出てくると思いますが、
 微笑みながら受け取っていただければ幸いです。
 定価はありません。お届けするさいに、振替用紙を同封しますので、自由寄付をしていただければ幸いです。

 
  クリスマスの願い星
                  松居友
ミンダナオでは、9月からクリスマスが始まる。
街や国道沿いの比較的裕福な家では
誰しもが見えるようにイルミネーションが飾られる、
そして、玄関の扉の前、門を開けると明かりがこぼれ出す居間、
いたるところに、大きな星が飾られる。

イエスの誕生を前に、天に星が現れ、三人の博士は、星に導かれて馬小屋についた。
人々を神の子のもとに導いたのは、大きな大きな願い星。
これこそがミンダナオのクリスマスの象徴!
始めて見た時には、その大きさにもビックリしたけど
市販で、色鮮やかなセロハン紙などにくるまれている、あでやかさにも驚いた。

クリスマスが近づくと、若者たちは、「星を飾ろうよ」と言いだした。
「自分たちで作るから心配ないよ・・・」
椰子の幹の皮、竹の皮、骨組みもみな森から切ってきて、
グラビアや写真付きの雑誌、新聞紙まで活用して自分たちで削って作った。
「そうか、彼等の家は貧しくて、街頭で売っているような、きらびやかな星が買えず、
こうして手作りで作ってきたのだな・・・」

それらの星は、どんな市販の星よりも美しかった。

  ファックス申込用紙PDF願い星へ      メールでの申し込みメールで注文 
       住所、氏名、電話番号と個数を明記してお送り下さい。

 9月末で締め切ります。お届けは、11月まで。


8月1日(土)
 以前のミンダナオ子ども図書館だより6月23日号で、医療患者の急増と予算の逼迫について書いた。医療へ

 その実態を示す資料が、7月の月例会議で出てきましたので添付しました。医療活動報告書
 
 総まとめしますと、4月から6月までで、医療件数は97件にのぼり、約88名が対象になっています。
 総経費は、267,835.84ペソ、現在のレートを0.5とすると、535,671.68円となります。
一ヶ月の予算を約10万円で設定しているので、前倒しして救済を行い、
3ヶ月で約5ヶ月分の予算を費やしている計算になります
。原因は、ピキットでの難民キャンプでの子どもの救済に加えて、6月に30名近い子たちが、
高熱で病院に運ばれ、その一部は入院していることによります。
インフルエンザの影響かと思われる高熱は、現在は、治まっていて医療も落ち着いてきました。

 医療は、皆さんからの自由寄付で成り立っています。MCLでは、
皆さん方の寄付を100%現地の子どもたちのために使うように活動しています。
また、ネット上の写真や記事だけではなく、こうした資料も全て公開するようにしていますので、ご確認下さい。

 私自身も、病院に入院しましたが、私と妻子に関しては、給与はなくボランティアで、
病気も子どもの学業もすべて個人費用で賄っていますが、健康保険費用と年金だけは、
ミンダナオ子ども図書館のスタッフと同じ扱いになっています。

7月31日(金)

 マノボデーが終わった。今回のマノボデーは、祈祷がテーマだった。写真入りで、
「ミンダナオ子ども図書館だより」にも掲載したのでご覧頂きたい。ミンダナオ子ども図書館だより

 収穫祭の祈祷、喧嘩や憎しみを無くすための祈祷、病気を癒す祈祷、本
当は結婚式の準備のための祈祷もあるのだが、これは来年に持ち越された。
来年は久しぶりに結婚式をテーマに文化祭をしようと考えているから。
 結婚式がテーマの文化祭は、初回、2006年に、ムスリム、マノボ、ビサヤデーとして行ったが、
さすがに盛り上がりがすごい。四年に一回、テーマを戻しても良いと思っている。
 参加されたい方は、どうぞ。毎月、月末の日曜日が、奨学生200名以上が集まる総会。通常総会では、
学校での諸問題などが話し合われるが、特別総会が年に5回ある。5月が初年度の開始として・・・

 7月:マノボデー(先住民族の文化祭)
 9月:ビサヤデー(移住クリスチャンの文化祭)
 1月:ムスリムデー(イスラム教徒の文化祭)
 3月:平和の祈り
 4月:シンポジウム(平和や貧困や教育などについて、グループ討論したのちに、ディスカッションする)

 過去の文化祭では、日本からの訪問者が、日本の踊りなどを披露して喝采をはくしたり、
去年は、平和の祈りに、福岡の行橋カトリック教会のメンバーと山元眞しんぷが、今年の3月には、
仏教の立正佼成会の子どもたちと親が参加。国境を越えて、文化や平和を分かち合う試みは今後も続けていきたい。。

 マノボデーは、盛況に終わった。
 しかし、文化祭当日も重要なのだが、こうした文化祭を行う上での最大の意義は、準備にある。
 ミンダナオ子ども図書館の文化祭は、学校の学園祭やフェスティバルのように、
人に見せるためのものではない。前にも書いたが、ショーではなく、生活の中に生きている文化の伝承。
つまり、ミンダナオの若者たちが、自分の文化を誇りに思い、
その価値と美しさに目覚め、伝統を滅びさせることなく次世代に伝えていくこと。
そして、他文化、他宗教の仲間たちと、楽しむことによって、互いを理解し尊敬しあう心をはぐくむことにある。

 こうして書くと、堅苦しいが、重荷になっては文化は伝わらない。特に、自分の育ってきた環境や伝統や文化を、
否定されたり(学校教育の現場では、英語とタガログ語以外の言葉は使ってはいけないし、
先住民族であるというだけで差別されたり
虐めの対象になったりして学業が続かないケースもある。教会でも、先祖伝来の風習は遺棄すべき悪習とされたりする)
このように周囲に否定される経験が、強い自己嫌悪や自己否定につながる。
 それゆえに、いかに「いやいやではなく」こうした文化祭を実行するかは大きな課題で、もちろん、度あるごとに、
彼等の持っている文化や言語の素晴らしさを強調するが、良い方法の一つは、両親や首領を呼んで参加してもらって、
家族的に和気あいあいと練習をしていくことだ。
もともと、伝統や文化は、家庭のなかで親から、または地域の中で伝わっていくのが基本なのだから。

 映像化も効果的だ。自分の文化のすばらしさ、素朴な生活の美しさを伝えるために、
独自に映像ドキュメントを制作して映画としてみせる。こんかいも、僕が過去に作った、
文化祭のドキュメンタリーを新たな奨学生たちに見せた。
芋掘りの様子から、徹夜での食事の準備。家族の様子。
また、踊りや楽器を伝えるための練習風景など・・・そして、文化祭当日の様子まで・・・。
 彼等にとっては、日常であるこうした生活や文化を、第三者が映像にまとめ、美しく、
さらに感動的なバックミュージックとともに表現された時の彼等の驚き。そして、
その中に自分たちが映っていることの喜びは大変なものだ。
文化祭の前は、盛り上げるためにも、夜、過去の映像をスクリーンに映す。
すると大きな歓声があがる。
 こうした場面で、子どもたちは、自分たちの日常を、特にその美しさを客観的に見て体験する。
 今のところ、映像制作は僕のやくわりだが、今年からスタッフに教えていこうと思っている。

 本番への練習は、時にはめんどくさいものだが、こうした努力によって、当日に近づくにしたがって次第に盛り上がり。
首領や親の参加もくわわり、文化祭前日は、マノボ料理の準備もあって最高潮にたっする。
 こうして当日がくるのだが、ぜひ皆さんも、準備段階から参加されると良いだろう。
 


 ミンダナオ子ども図書館には、ご存じのように、イスラム教徒と先住民族、クリスチャンなど、
異なった部族や宗教の子たちが共同生活している。それぞれ、言語も異なっていて、独自の言語で話すと意味がわからない。
 現実に、紛争や差別もあり、非常にデリケートな場所、それがミンダナオだ。
 「よく、その様な状況の中で、子どもたちが仲良く共同生活してられますねえ・・」と、よく言われる。
 不思議に思われるのもあたりまえで、僕も最初の頃は、神経質にもなったり、困惑もした。
 実は、その解決方法の一つとして、始めたのが文化祭だった。

 2006年の模擬結婚式の文化祭。そこで、笑ったり、歓声を上げたりするなかで、
若者たちの心の内部で抑圧されていたものが、いっぺんに発散された。その後、宗教や部族を超えて兄弟姉妹として、
一つになる気持ち、なろうとする気持ちが生まれてきた。つまり、自分はマノボであり、イスラム教徒であるという気持ち、
または比較的豊かな移民系クリスチャンの中での先住民を卑下したり、敵対する気持ち、
そうした押さえられた負の気持ちが一気に共感へと昇華され、精神的に解放されたのだ。
 また、移民系のなかにある、よそ者意識と優越意識も、熱狂的な文化表現のなかで中和されていく。
 なぜか・・・風習や表現が多少違っていても、やっていること、感じていることは、人間としてほとんど同じなのだから。

 愛という根っこが同じだから異なっていても良いのだと言う意識から、さらに発展して、異
なっているからこそ豊かで面白い社会が生まれるのだと言う体験に昇華されていく過程で、文化祭は大きく寄与している。
 その後はそこから、宗教や部族を超えて、難民になった隣人を助けに救済に向かったり、
山に追われた先住民族の人々の状況を心から理解したりすることが出来るようになる。
 
 マノボデーの最後に、僕は彼等に言った。
 「こうした文化祭は、ある事よりもずっと大切で意義があると思うよ。ある事とは、大きな声じゃ言えないけどね、
学校教育のことだよ。ミンダナオ子ども図書館の文化祭は、学校教育よりも重要だと僕は思っている。
だから、ミンダナオ子ども図書館の主旨は、文化プロジェクトで、スカラシップは二次目的にして、登録してあるのさ・・・」



7月24日(金)

 アロヨ大統領が、MILFとの即時停戦を発表した、と言うニュースが入った。
【毎日新聞:矢野純一】フィリピン政府は23日、南部ミンダナオ島で続く
イスラム反政府組織「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」に対する戦闘を、即時停戦すると発表した。
http://mainichi.jp/select/world/news/20090724ddm007030089000c.html
【世界日報:福島純一】フィリピンのアロヨ大統領は23日、フィリピン南部で戦闘が続いている
過激組織モロ・イスラム解放戦線(MILF)と停戦するよう国軍に命じた。
http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/090724-013235.html

 最近、IOM国際移住機関の車を繁く見るようになった。先日も、キダパワンのレストランで

偶然夕食を学校の先生としていると、IOMのメンバーがいた。

 IOMは、国連に発言権を持つ国際機関だし、紛争地域の人道支援、復興、平和構築を本格的に行っている機関だから、
何らかの本格的な動きがあるのかなと思っていたが・・・
IOMに関しては以下をクリック
http://www.iomjapan.org/

 今回の唐突な、停戦発表と関連しているのかもしれない。
 ちょうど、ピキットとアレオサンの境界で、MILFと軍の戦闘が勃発した直後だが、来年の総選挙を意識した
アロヨ大統領の人気取りだといううわさもある。しかし、今時、この様な唐突な形で戦闘を収められるのだろうか?
 ミンダナオの他の地域では、NPAの動きも活発になっており、タゴム市の南の方でも、軍とNPAの戦闘で死者が出ている。
 僕らは、ピキットからの避難民の情報を待っているところだ。IOMがどのような動きをするのか注目されるが・・・
 政権末期のアロヨ大統領が、どこまで平和構築出来るかは全くの未知数だが、IOMの動きから見て、
何か新たな展開があるのかもしれない。

 現地では、国際的なNGOが動き始めると、大規模な戦闘が起こると言われている。
 「戦闘が起こることをあらかじめ知っていて動いているのだろうか」と思うほどだ。
このところ赤十字の車も頻繁に見るし、コタバトではNGOが借家をした話を聞く。
 もしも、大規模な戦闘が起こると仮定するなら、アロヨ大統領の平和宣言は、
「政府は平和を望んでいるのに、MILF側は応じないで攻勢を強めている」と言ったスタンスをとって、
戦争宣言をするための口実作りなのかもしれない・・・と疑ったりするようになったのは、
ここに住んで色々な現実を見てきているからかもしれない。

 ミンダナオ子ども図書館は、旅客機にたたえると、離陸時にはセスナ機だったのが、YS11(ちょっと古いかな?)になり、
次第に旅客を増やしながら(離陸をしながら旅客がふえればの話だが)、現在はスカラーの総勢が380名ほどになり、
様々な乱気流を乗りこえながら、ようやく目的地に向かっての水平飛行に入ったという感じだろう。
 貨客船に例えれば、内海から外洋航路に出て、目的地に向かって進み始めたと言う状態か。

 水平飛行に入っても、乱気流は絶えず、世界的な経済クライシスや物価高、食糧問題、相次ぐ紛争と言った積乱雲が散見される。

  ミンダナオ子ども図書館:日記でも、コタバトのカテドラルの爆弾事件で取り上げた、
コタバトのオーランド大司教の記事がミンダニュースに、出ていたので紹介しよう。
こちらはOMIでオブレード会というカトリック宣教会。
 とにかく馬鹿げた戦闘を止めて欲しい、避難民が帰り、子どもたちが学校に行けるようにしてあげて欲しい、
もうたくさんだ!と沈痛な叫びをあげているが、これがこの地域の人々の本音だろう。
 http://www.mindanews.com/index.php?option=com_content&task=view&id=6720&Itemid=120



7月21日(火)夜
 ナラパアンNarapaanで、先ほどから戦闘があったという連絡が入った。
 コタバトへ向かう国道沿いのバランガイで、ブアランとつながっている地域だ。現在は停電で、
明日にならないと事情は良くわからない。コタバトを中心にNGOもだいぶ動いているので、
あまり良くない兆候。ピキットの地図を掲載しておこう。ピキット地図


7月21日(火)

 週末は、来週のマノボデーの練習をした。
 7月末の日曜日の奨学生総会は、マノボデーだ。
 2006年から、4回目を数える。初回は結婚式、次に洗礼式(成人式)、踊り、そして今回は祓い。
 
 マノボの祓いは、生きたニワトリを生け贄に捧げる。それ自体は日曜日が楽しみだが、重要なのは、練習だ。
 今回は、パンダノン集落のダトゥ(首領)を呼んで指導していただいた。

 現在の若者たちは、自分たちの文化や伝統の価値を意識していない事が多い。
学校では、英語かタガログ語以外をしゃべってはいけないし、町ではほとんど移民系のビサヤやイロンゴ語がメインで、
マノボの子たちは、公共で自分たちの言葉を話すことを恥じている。
文化とは、英語かタガログ語を話す生活をし、家電製品や車があることだと勘違いしている。

 日本でも、戦後一時その様な時期があったが、さすがに日本文化の伝統の力は、経済力を背景に壊滅することはなかった。
(ホントかな?と最近は疑問に感じることもあるが・・・)まあとにかく、日本語も、日本文化や伝統も滅び去ることは無かった。
 しかし、マノボの場合は、背景となる経済力が無いので、文化を保護したり、独自言語の絵本や本をだしたりして、
伝統を復活させるだけの力はない。外部から押し寄せるテレビや学校教育の影響で、
独自の文化を卑下し、このままでは消えていく可能性もあると感じる。

 その夜、マノボの首領に泊まっていただき、若者たちにいろいろと話していただいた。
 マノボの民話や伝説も語られた。
 マノボの子はもとりより、イスラム教徒も、ビサヤイロンゴの子たちも、目を輝かせて聞いている。
 語りが終わってから僕は言った。

 「みな、絵本の読み語りなどに行ったりするけれども、英語の絵本を現地語に訳して語っても、
やはりオリジナルのミンダナオの文化ではないんだよ。
今、首領が語った民話や伝説こそがオリジナルのミンダナオの文化で、
ミンダナオの心、ミンダナオの魂なんだ。
もし、君たち若い世代が、それを受け継ぐことがなかったら、それは消えてしまう。
どんなに顔はマノボでも、心は次第に伝統を失って別のものになってしまう。
 本当のマノボ文化とは、首領の語りのように、君たちの父さんや母さん、おじいさんやおばあさん、お年寄りなどが、
大昔から受け継いで語ってきたもの、風俗や習慣、それが文化なんだ。
文化とは、舞台の上で人に見せたり踊ったりするものだけじゃない。
日常の中に生きている事こそが文化なんだ。

 もしも、君たちの世代が、それを保存し、受け継がなければ、それは永遠に消えてしまうかもしれない。
読み語りに行って、子どもたちの前で、英語やタガログの絵本を語って、英語の歌を歌って踊って、
文化を伝えていると思っているかもしれないけれど、それよりも、自分たちの伝統的なものを中心にして語っていく方が、
将来のミンダナオの文化を絶やさないためにも大事なことだと思う。

 海外の文化を否定しているのではない。まずは、自分たちのオリジナルの文化を大事にして、
それに海外の文化を楽しみに添えるぐらいで良いと思うよ。」

 この言葉は、強く若者たちの心を打ったようだ。
 自分たちの文化が消えていくことの寂しさを、マノボ族だけでない、イスラムのマギンダナオ族も、ビサヤ族も感じたようだ。
 自分たちで、ミンダナオの文化を残し、伝えていきたい。
 翌日から、マノボの子たちは、自分たちの歌をみんなで練習し始めた。

 ミンダナオ子ども図書館をはじめて、すぐに気がついたことは、本を収集閲覧する場としても大事なのかもしれないが、
それ以上に独自の文化を保存収集し、それらを復活させていく研究所としても機能させなければいけないと言うことだ。
 今までの7年間は、ファンデーションとしてのベースを作ることだけで精一杯だったが、
いよいよこうした活動にも目を向ける時期が来たと感じる。


 

7月19日(日)

 日本の社会がますます悪くなっているという話が聞こえてくる。
個人は孤立し孤独が蔓延、自殺も増える。働く意欲もなくなって。
 社会を良くするにはどうしたらよいか・・・・ミンダナオと日本の狭間で見えてくる解決方。

    出来ること
    1,子どもの個室をなくす。一部屋には必ず兄弟でも良いので数人住む。
      困っている子が居たら、引き取って家族の一員として一緒に住む。
    2,持ち家を開放する
      一家族が一軒という考えを捨て、数家族または気のあった友人やお年寄りなど、
      血のつながりが無くてもいっしょに生活する。
    3,料理の支度に子どもたちが参加する。あるいは、まかせる。
    4,洗濯をみんなで外でする。
    5,盆踊りや地域の祭りを活発にする。 
    6,食卓はみんなで囲み、どんな祈りでも、「いただきます」だけでも、みんなで言う。
    7,夏は縁台を外に出して浴衣で涼む。
    8.屋台を許可し充実させ、ちょっとしたものを屋台で食べる。家族でも、おでんや焼き鳥。
    9,柿の実、イチジクなどを、子どもたちが外から採れる(盗れる)ようにする。
   10,小川や川で、子どもたちが魚やザリガニを捕れるようにする
   11,こままわしやメンコなど、伝統的な遊びを屋外で復活させる。
      石けりや缶蹴り、横町の道路がよい。車を止める。
   12,孤児や離婚家族が居たら、地域でみんなで育てる。
   13,隣のお風呂に入りに行ったり、お湯が沸いたら近所に声をかける。特に子どもたちに。

   昔は日本でもこうだったけれども無くなったもの、そして、ミンダナオでは当たり前の事を書いてみました。


7月18日(土)
 1999年に、突然電話口で離婚の印籠をわたされて、土地も家も売り払い全ての財産を妻子に送り旅に出た。
 一銭も無かったから、とりあえず入っていた講演をこなして、20万ほどためてミンダナオへ・・・
 その時の事は、拙著「サンパギータの白い花」(女子パウロ会)に書いた。INFO
 歩行も困難に感じるほど落ち込んでいたから、あの状態で良くまあ講演をこなしたと思う。唯一のささえは、ミンダナオの子どもたちの事だった。

 まったく無一文の体験は、ある意味では爽快だった。家も、土地も、貯金も、一銭もない・・・これで、
仕事が入っていなかったら、どうしたろう?
 文字通り、ゼロからの出発を支えてくれたのは、20年以上も、各地で講演を通して関わり続けてくださった、
多くの人々との出会いだった。自分の利益や名誉のために働いたことはなかったし、今もないが、
引きこもりの子たちの相談をはじめとして、子育ての現場で出会った親たち。拙著「昔話と心の自立」や
「わたしの絵本体験」(洋泉社)を通して、真の自立をめざす子育てを共に考え、エールを送ってきた人々が、僕自身が厳しい状況になった時にささえてくれた。
 
 この世に財産を貯めようとしないこと。
 どんなに小さな人でも、一人一人を大事にしていくこと。
 名誉や名声や評価を求めて行動しないこと。
 愚直なまでに、迷い徘徊すること、上を目指して歩まないこと・・・

 言葉もわからないミンダナオにたった一人で来て、避難民や山岳民族の貧困を見て、
数名の若者たちとNGOを立ち上げた。日本人たった一人で・・・。
一歩離れて見ると、良くまあやったと思うけれども、その様な実感はない。
 もともとボランティア活動などうさんくさい、と考えていた僕自身、NGOを立ち上げるとは思いもしなかったが、
避難民キャンプの子どもを救済するためには、政府の認定を受けなければ行けないと言われて
Mindanao Children's Library. Foudation, Inc.を正式に立ち上げた。
 いまでも、ボランティア活動に関心があるわけではない。NGOの事も知らない。
知識もない。ただ、子どもたちが可愛いだけだ。

 あれから約9年、MCLをはじめて7年に入るが、まさか数年でここまで来るとは想像もしていなかった。
 大きくしようとしたわけではない。寄付が個人寄付だけで、二千万に達するとも想像しなかったし、
子どもたちが可愛いく、何とかしたかっただけだ。今もそうだが・・・手をさしのべたい子、未来を託したい子、
民族や宗教を超えて、貧困や環境の問題を解決し、まあ、そこまでかっこよく行かなくても、
せめて逆境を乗り切って幸せな家庭を築いて
欲しい子たちはいくらでもいる。突然我が子が消えた体験が尾を引いていると今も感じる。
思春期は二度ともどっては来ない。

 仕事で心がけたのは、誠心誠意行動すること。行動の結果を、正確に正直に、寄付を下さっている方々にお伝えすること。
あとは、神のみぞ知る。先が見えない事ばかりなので、祈ることを覚えた?「自分には何もわかりません・・・アーメン」

 NGOまたはNPOを始めて、すぐに会社と異なることに気がついた。お金の性格がまったく違う。
 会社は利益を目的としているから、利益は会社または自己判断で使える。NPOは、寄付を主体としていて、
寄付は、寄付者の想いがこもったもので、それをいかに現地に届けるかが重要なのだ。つまり、これは教会と同じで、
教会の金を組織や個人のみの目的で使うことは許されることではない!
 かつて福武書店(現ベネッセ)に出版部があった時に、編集長として児童図書部門を立ち上げた経験が役に立ったが、
企業とNGOは、根本的な性格がまったく違うとすぐに感じて、怖くもなった。寄付は怖い金だ。

 いらい、寄付から自己の給与はいっさいとらず、自分の生活は個人で稼いだ。
 数年前までは、寄付だけではとても若者たちを養えず、若者たちと住んでいた事務所?の費用、光熱費から、
日本に仕事に行く旅費から共同生活している若者たちの食費まで自己負担した。寄付を子どもたちの救済支援に使うために。
 ミンダナオ子ども図書館の家も、土地も、基本的な財産に寄付は使用していない。特別寄付以外は・・・それも一部だ。
いまでも最大の寄付者は、僕だろう。年収?120万ぐらいかな・・・10,11月に講演会で帰る時、個人的に渡される謝礼と印税。

 この7年間、寄付を下さった方々の想いを、現地の子どもたちに届けることのみを考えて、誠心誠意働いてきた。
例え相当に身の危険がある地域での活動でも、それが喜びでもあり、支えだった。その姿勢を、スタッフも若者たちも感じてくれている。
 ミンダナオ子ども図書館は、他のNGOのように、日本人スタッフがいるわけでもないので、
要するに細やかな寄付者への対応に経費を使っていないので、がさつかもしれないが、皆さんの寄付は100%、
現地の人々の支援に届いている。日本人スタッフ一人雇えば、こちらの20人分の給与になるし、毎月保育所を一軒建てられる。
年間200名の子を病院に連れて行けるだろう。

 「誠意を持って寄付を100%役立てて下さるなら、多少のがさつはがまんしますよ。経済危機もあって、
他のNGOはストップしたけど、ミンダナオ子ども図書館だけは、続けます」そんなお手紙をときどきいただく。
 ほとんどの経費は、事務処理やスタッフの給与に消えていくNGOを現地でいくつも見ている。現地では、NGOは、
楽して高給が取れる仕事。ただ、安定していない事だけが難点だと言われている。NGOもビジネスなのだ。
お金の背後にある、一人一人の心や想いが見えない世界?
血の臭いをかいで、喜んで集まってくる、禿タカにだけはなりたくないな・・・
 NGOの運営は、本当に恐ろしい。

 困難な場所にこそ、わくわくするような仕事があるのも事実だが。
 仕事は探すものではなく、創るものだ、と若者たちによく話す。
 成功したなどとは思わない。
 戦闘、貧困、平和への脅威、常に新たな問題に直面し、解決を試みているにすぎない。
 そろそろ、殺されるかなと、よく考える。
 それでも、喜々として黙々と歩み続けている。

 面白くなかったら、こんな危険な仕事はしないだろう。 


7月17日(金)
 明日土曜日には、ピキットのカラカカン地区、山沿いのブグアット集落に読み語りに行く予定だった。,
 ここは、ピキットでも本当に貧しい丘陵地帯で、小学校をはじめ、多くの奨学生がここから来ている。
高校になると、彼等のほとんどはミンダナオ子ども図書館に住む。集落から町の高校までは、歩いて通える距離ではないし。
極貧で、下宿するようなお金があるわけではない。下宿どころか、親が米を買うお金も無いのだから。

 ピキットは、低地と丘陵地域に分かれている。低地は湿原で、洪水被害は絶えないが、実質的に地味は肥えていて、
水害さえ無ければ豊かな地域だ。しかし、丘陵地帯は、裸に近く、土地も痩せていて、なかなか作物が育たない
トウモロコシがせいぜいで、イピルイピルと呼ばれる灌木が茂り、束ねた葉を売ったりしている。大きな束でも、10円ぐらいか・・・。
燃やして除虫剤にする草で、食べられるものではない。

 ここ数年、ブグアット集落には、行っていなかった。山道が崩壊して、行けなかったのだ。
 しかし、去年の暮れ、米軍の支援で砂利がひかれ、ブアラン集落同様に車が通れるようになった。これで、
また読み語りにも行けると喜んでいた矢先。先々週に、政府軍が入った。
 奨学生の親たちは、麓の村に一時避難した。

 その後、再び家に帰ったと聞いていた。ただし、荷物は山麓に置いたまま。またいつ戦闘が起こるかわからないと、感じたからだ。
 そんな状況だったけれど、否、そんな状況だからこそ、現地の人々の置かれている事情に心を痛め、
僕らは、視察調査もかねて読み語りを明日、実行しようと決めたのだった。

 カラカカン出身の奨学生は、歓声を上げて喜んだ!昨日の夜は、興奮気味だったぐらいだ。
 そして、今朝、早朝のスタッフミィーティングでの報告・・・・
 「再び軍が入り、タキパンとカラカカンで戦闘が起きている。明日の読み語りは無理だ!」
 カラカカン出身の奨学生たちは、今、高校に行っている。
 帰ってきて、読み語りが中止になった事を知ったら、とてもガッカリするだろう。

 それ以上に、家族の事が心配だ。再び、避難民救済支援に切り替えて活動する時が近いような気がする。
 ピキットの医師と、スケジュールを調整しつつ、避難民救済の診察医療、メディカルアウトリッチの計画も立てているところだ。
 隣町の、アレオサンでも戦闘があり、難民が出ている。

 


7月13日(月)
 週末は、若者たちが集まって、今月末の日曜日26日に開かれる、マノボデーの練習をした。
 ムスリムデー、マノボデー、ビサヤデーの三つの文化祭に加えて、平和の祈り、シンポジウムは、
奨学生の全員集まる全体総会で最も重要なプロジェクトだ。

 ミンダナオ子ども図書館は、スカラシップが中心だと思っている子も多い。そこで、スカラシップは二次目的で、
カルチャープロジェクトが主目的であることを説明する。この豊かな文化の地、ミンダナオで、異なった種族が、
文化や宗教の違いを超えて交流し、平和な世界を築いていく。医療も、避難民救済も、そうした流れの上に開始される活動なのだ。

 カルチャープロジェクトというと、こちらの子たちは、なにやらステージの上で踊りを踊って見せたりすることをイメージする。
確かに、先住民族フェスティバルのようなものが開かれていて、ダバオの町で、コンテストのようなものがあったりする。
これはテレビの悪い影響だとも言える。文化とは、日常の生活をベースにして、その土地で生きている風俗習慣。
食も文化だし、狩猟も農業も文化。冠婚葬祭はもちろんだが、
収穫祭の踊りも文化で、これらはステージで他人に見せるために演じるのではない。
 ステージで演じられるのは、ショウであり、ショウはビジネスと金儲けにつながる。
もちろん、完全にそれを否定しているわけではなく、ムスリムダンスで日本公演をしたときにはステージで踊った。
しかし、良いところはプロフェッショナルではなく、生活をそのまま演じて人々との交流を図った点だろう。
プロではないと言うところに、僕は真の素朴な美しさと価値を見いだす。生活民芸品のような・・・

 とりわけここで行う、ミンダナオ子ども図書館の文化祭の目的は、
見た目に面白いものを大勢の前で演出することではなく、両親や祖父母から受け継いできた文化や伝統を、
素朴なまま絶やさずに受け継いでいくことなのだ、と話す。

 今年は、「病気の祓い」をテーマにしている。
先日は、パンダノンのマノボの首長が来て、その指導で、若者たちが学び、練習をした。
 文化プロジェクトは、ミンダナオ子ども図書館の最重要プロジェクトなのだが、こ
ちらの子たちやスタッフたちには理解しにくい活動だ。医療、避難民救済や読み語りは、理解しやすいのだが・・・
 彼等が理解しにくい理由は、文化や伝統が、あまりにも日々の生活と密着しているからだ。
例えば、結婚や収穫祭のプロセスは、彼等にとっては日常だし、興味深い病気の治癒の際の祈祷や訃術も、
彼等の意識のなかでは、「文化」というレベルにはない日常なのだ。ちょうど、民話が毎晩語られるような環境で、
その民話が、貴重な文化だと言ってもピンとこないのと同じで、ここの文化の豊かさを理解できるのは、
僕がそれなりの研究もしてきた外国人だからだ。

 夜蛙を採りに行って料理したり、ニシキヘビを捕獲して解体し、蒲焼きにすると言った、食生活も、
貴重な文化なのだが、彼等にしてみれば、低俗で恥じるべき事だったりする。テレビから出てくる、英語の歌や踊りが文化で、
英語を交えたタガログ語の生活が彼等にとっては文化生活なのだから。そんなわけで、読み語りに行っても、
英語の絵本や踊りや歌を歌って見せたりするようになる・・・繰り返し独自の文化を主体にするように言う。
 外国の文化を否定しているのではなく、交えても良いのだが、あくまで脇役であることを認識する必要もある。
そうしないと、オリジナルの文化が破壊され駆逐されてしまうからだ。父、松居直が福音館書店で絵本を編集し、
僕も幼い頃に読んでもらったが、海外の絵本に交えて、当時一流の画家を起用した、
日本の伝統美術にのった美しい作品を編集したのも、
オリジナルの文化の駆逐から日本人の心を救い復活させた過程だと理解している。

 その晩、僕が以前撮って制作した、マノボデーのドキュメンタリーフィルムを見せた。
 見ている若者たちにとって身近にいる先輩やスタッフや友だちが、生き生きと出てくるフィルムに歓声が起こる。
日常で、何の意味も持っていないと思っていた芋掘りなどが、生き生きと美しく描き出される。それに見入る若者たちの目は、
外国映画を見る以上に輝いている。
 こうした機会をくり返しつくり、客観的に自分たちの生活や文化の良さや美しさを発見していく体験が必要なのだろう。

 そろそろ、卒業してスタッフとなった新たな若者たちに、昔話の収集やドキュメンタリーの制作を教える段階に来たと感じる。、


7月9日(木)
 
 再びミンダナオ紛争の兆しが感じられるこのごろです。「ミンダナオの風」最新号を添付しました。

  前号の『スカラシップQ&A』で、6月にスカラーのプロフィールと季刊誌『ミンダナオの風』をお送りする予定でしたが、
一ヶ月遅れてしまいお詫び申し上げます。ピキットで戦闘が始まり、難民が出て救済したこと、
その後、去年からの疲れが出たのか、松居友本人が高熱を出し、一週間近く入院療養しなければならず、その結果遅れてしまいました。

 今後は余裕を持って、6月のスケジュールを7月に変更して、プロフィールと季刊誌『ミンダナオの風』は、
7月発送8月上旬にお届けできる形に変更したいと思います。
 さらに、今までは、自由寄付やスカラシップを振込頂いた方々、物資支援を頂いた方には、
奨学生たちの手書きの絵はがきをお礼と確認のために郵送していましたが、郵便経費を無駄遣いしないために、今後は、 
【手書きの絵はがきを、年四回の季刊誌に同封する形】で切手代を節約したいと思います。

 確認のお返事が、年四回だけになってしまいますが、お許しいただければ幸いです。

 「ミンダナオの風」2009年7月号・季刊24号が校了しました。
 最新のミンダナオ紛争に関する見解、避難民救済と読み語りなど、今後のミンダナオ紛争の状況把握など・・・
 郵送到着は、8月初旬にずれ込むかもしれませんが、大至急発送いたします。
子どもの手書きのお礼の葉書、サンキューレター、成績表、新しい写真の入ったプロフィールを同封してお届けします。

最新の季刊誌「ミンダナオの風」をPDFで読めるようにしました。右をクリックミンダナオの風へ

『ミンダナオの風』は、松居友が編集発行しているミンダナオ子ども図書館の季刊誌です。

ご希望の方に、年四回、ミンダナオから郵送でお届けしています。
購読料はありませんが、思いついた時に、同封の振替用紙を使って自由寄付を送っていただく形になっています。
スカラシップや里親奨学制度の方々には、子どもたちの手紙や絵、新年クリスマスカードやプロフィール、成績表を同封しています。
自由寄付、物資支援を下さった方々には、子どもたちの手書きの絵はがきを確認とお礼に同封しています。
手作りの大きなクリスマスの星などの注文特典もついていますので、ぜひ購読下さい。
購読希望は、メールで、名前住所電話番号をお送りいただければ、登録いたします。
松居友へメール
下記へ自由寄付を頂いても、購読できます。
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加入者名 『ミンダナオ子ども図書館』




7月7日(月)

 新たにミンダナオ紛争が起こるのだろうか。
 コタバト市のカトリック教会前の豚丸焼きレストランでの爆弾事件は、はっきりした意図は、
あえてこの事件をカトリック教会の近くで起こすことにより、人々の目をイスラム対キリスト教という対立の構図に向けさせる事だろう。
 現地を知らない人々が見ると、それ以外の想像は不可能なほどのインパクトはある。
豚の丸焼き店をターゲットにしたのも、イスラム教徒は豚が嫌いだからそこを攻撃するのは当たり前だという、
イスラム教徒=MILFの仕組んだ事件に仕立て上げるのに好都合だからだろう。

 当然ながら、記事は、政府の下にある「軍」または「警察」の発表という形で先行して書かれている。
興味深いのは、ミンダニュースで
Reports from the Cotabato City police said the explosion took place at a time people were leaving the Church after the second mass.   The mass ended at around 8:45 a.m.

But Fr. Jonathan Domingo, OMI district superior and executive publisher of the Mindanao Cross, told MindaNews the mass had not ended and that Arcbhishop Orlando Quevedo had just finished his homily when the homemade bomb exploded across the street from the cathedral.

 と述べられている点だろう。ここでは、コタバト市警のレポートでは、
「信者がミサが終わり外に出ようとしているところを襲った」と書かれている次の行で、OMIが「爆発があった時に、
ミサは終わっていず、オーランド大司教の説教が終わった時点だった」と書いてい点である。
その差異の理由については何も解説されていないが、行を改行し、スペースを空けた上で
、「But]と言う文言をトップに入れているところに意味合いがありそうだ。これは読者が推測するしかないが、ミ
ンダナオに住んでいる者ならその発表の違いに込めた何かをピンと感じるだろう。皆さんはどうですか?

 日本の新聞でも、ネット上に11社が掲載している。
 http://www.google.co.jp/news/story?ned=jp&cf=all&ncl=dRkkdlxihtpH1bM3-xJKZLaxDnApM

 その中でMILF側の主張「国軍はイスラム反政府勢力『モロ・イスラム解放戦線(MILF)』の関与を指摘しているが、
MILF側は否定している」件、つまり反政府側の発言をわずかなりとも取り上げているのは、
日経、毎日、産経、クリスチャントゥデイであり、CNNは「同組織はウェブサイトで調査中とだけ述べた」としている。
 他の紙は、MILF側の反応にまったく言及無く、国軍または警察の発表のみに報告が偏っている。
朝日、読売、世界日報がこれであり、どの紙を読むかによって多少ではあるが受け取り方は違ってくるだろう。

 これらの中で、興味深い指摘が二つある。
 一つは、毎日の記事で、爆弾の仕組みに触れられており、「爆弾は軍の砲弾が使われ、
携帯電話で起爆させる仕組みだったという。」という記事が掲載されている。軍が仕掛けたとは書いていないが・・・
可能性が示唆されており、これは、一般的なミンダナオに住んでいる人々が、心の奥にしまい込んでいる気持ちを代弁しているとも言える。
http://mainichi.jp/select/world/news/20090706ddm007030129000c.html

 携帯電話で起爆させる仕組みだったと言うのは、クリスチャントゥデイも言及している。
「目撃証言などによれば、爆弾は路上に並んでいた屋台付近に置かれ、遠隔操作で爆発したと見られている。
警察は、爆発の崔に携帯電話を使用していたことが目撃された男を逮捕。男は偽名のパスポートを3つ所持していた」
 警察の発表だとすると、パスポートの件で、国際テロ組織(たぶんアブサヤフ)の関与を指摘したいのだろが、
それが真実か、あえてこの男が犯人だとしても真実が出てくるかは異論のあるところだ。
http://www.christiantoday.co.jp/main/international-news-2314.html

 クリスチャントゥデイは、オーランド大司教の発言にも触れている。
 「コタバト大司教区のオーランド・ケベード大司教は地元メディアに対して、『攻撃があった教会は、
(爆発を起こした)犯人に対してでさえ、避難所である場所だ』『爆発が起こったとき、人々は礼拝していた。
これは単なる罪ではない、神への冒涜だ』と強く批難した。」
 
 一見、オーランド大司教は、反政府組織を強く批難したと解釈されそうな文言だが、これは『(爆発を起こした)
犯人』に対しての批難であることを見誤ってはならないだろう。
 オーランド大司教は、僕も会ったし良く知っている。OMI(カトリック宣教会の一つオブレード会)の大司教で、
鳴門カトリック教会の乾神父のワシントン留学時代の盟友。OMIオブレード会は、最も困難とされる地域に
宣教に向かう会派で、ミンダナオでは、イスラム教徒を最も多く救済している会派で、戦前からの活動履歴も長い。
 去年の戦闘の時には、国際支援が欠乏している困窮した地域の避難民を独自に救済しているし、
当然ながらMILFとも深く繋がりを持ちながら活動している。(そのこともあるので、フィリピン国内での政府側またはマスコミの発表では、
MILFとせずに、批判の対象は「MILF分派」と記述される)

 しかし、2000年、ピキット空爆で、避難民キャンプからも外されて困窮しているマカブアルの子どもたちを、
爆撃の中に飛び込んでいって救ったピキットのライソン神父もOMIである。その時にミンダナオ子ども図書館の
ボードメンバーグレイスさんが同行している。ライソン神父は、僕も避難民救済現場でたびたび会っているが、
昨年バチカンに呼ばれた。(この前後に、ライソン神父は、戦闘におけるイスラム教徒弁護の提言をフィリピン政府にしているのと、
その後の教皇のイスラム諸国訪問と発言が始まったことで、恐らく参考人として招へいされたのではないかと関係者は推測している)
 その後、ライソン神父は帰国し、現在は最も複雑なイスラム自治区のダトゥピアンの教会に派遣されている。

 OMIは、ミンダナオのイスラム教徒地区に最も奥深く入り、イスラム教徒からも信頼されているカトリック宣教会である。
とりわけ、第二次世界大戦中、日本軍に対する抗日戦線を盟友として共に協力して助け合った話は、今も語りぐさになっている。
 オーランド司教も、その立場上、発言はつねにイスラムの人々の気持ちを考えて行う人であるから、
そうした経緯や背景を知っていれば『攻撃があった教会は、(爆発を起こした)犯人に対してでさえ、
避難所である場所だ』『爆発が起こったとき、人々は礼拝していた。これは単なる罪ではない、神への冒涜だ』という発言の真意は、
単なるMILF批難ではないのは、現地の人々にはすぐに理解できる。

 こうした比較的急進的に見える活動をしている(当たり前の活動だが)カトリック宣教会は、ミラノ宣教会などいくつかあり、
先住民族やイスラム教徒と深い繋がりを築いて活動しており、その点から逆に、保守的なカトリック会派や、
時には軍や警察に目をつけられている事も現地でも良く知られている。

 ミンダナオ、特にコタバト周辺の人々の識者の見方の一つに、「爆弾テロというのは、
必ずしも反政府勢力の仕業とは言えないようだ」という、身近な経験から生まれた嗅覚がある。
クリスチャントゥデイの引用は前後が端折られていて短く行間が読めないが、そうしたOMIとイスラム教徒との長年の経緯を知っていれば、
オーランド司教が「犯人に対してでさえ、避難所である」と言う言葉の意味。
それが、MILFを直接指し示すのではなく、「意図的に教会を憎しみを煽るための道具として
利用した犯行の卑劣さ」そのものに対する批判であることが感じられる。
 その後僕は、コタバトのMILFに近い友人にカトリック教会の爆破の感想を聞いたが、
彼は「(クリスチャンの教会もイスラム教徒のモスクと同様に)神に対する人々の神聖な祈りの場であり、
その近くで爆弾を炸裂させる行為は許されるものではない」と、オーランド司教と同様の意見を述べていた。
 オーランド司教の犯人像には、キリスト教徒も入っているとも言えそうだが、現地の人々なら、大司教の発言を恐らくそう解釈するだろう。

 OMIは、独自のラジオなどのメディアを持っており、キダパワンのラジオ局もそうであるが、
体制に批判的な発言をした解説者が殺されている。フィリピンのジャーナリスト殺害はアムネスティも抗議している
ぼくも危ないかもしれないが、その筋の人から、外国人だから殺しにくいだろうと言われている。
ただ、事故に見せかけることは可能だ。
 最後に、ミンダニュースで掲載されている、MILFピースパネルが記者会見で発表した発言を参考のために引用しておこう、

MILF peace panel chair Mohagher Iqbal told the journalists in a forum morning of July 1 that they  “do not have the motive to do that (bomb Moro areas).”“ As for bombings in Christian areas, as a revolutionary organization, anong mapaapala namin? (what can we achieve by that?) Can we get sympathy from international community? From the people? Will those bombings contribute to the  popularity and  legitimacy of the MILF?” Iqbal asked.
http://www.mindanews.com/index.php?option=com_content&task=view&id=6618&Itemid=50

 今日は、激しい、豪雨があった。
 ピキットの難民キャンプを洪水が襲っていなければ良いのだが。


7月6日(日)

 土曜に若者たちは、新たに野菜畑を切り開き、総菜用の野菜の種を植えた。
そして日曜日、今月最終日曜日に行われるマノボデーの準備が始まった
。「マノボ族の祈祷」がテーマだ。面白くなりそう。

 最近、あちらこちらで爆弾事件が起きている。今日も、コタバト市のカトリック教会近くの豚丸焼き
レストランで爆弾事件があり、数名が死亡した。
 そのたびにマスコミで流される常套文句がある、「爆弾はMILF(または分派)の仕業と思われる」
 最初は、僕もその気だった。だが、戦闘の経緯をくり返し体験し、状況を見極めたり、側から聞こえてくる
事実や動き(たとえば、キダパワンで爆弾事件が起こる前に、ある種の人々には警告が携帯でながされる
「外出はこの日は控えた方がよさそうだぞ・・・」。アレッと思う、何故この人がその様な情報を得ることが出来るの???
そして市長の携帯宛に、犯行声明が届きそのままマスコミに流される。

 今回の爆弾事件もかなりの関連記事が出ている。件数が300を超えているから、一斉に報道されたと言って良い。
BBCも報道している。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/8134820.stm
フィリピンの大手紙インクワイアー
http://newsinfo.inquirer.net/breakingnews/regions/view/20090705-213926/Blast-near-cathedral-kills-5-wounds-35
ミンダナオのミンダニュース
http://www.mindanews.com/index.php?option=com_content&task=view&id=6618&Itemid=50

 3紙を読み比べてみると面白いだろう。ミンダニュースが一番ミンダナオの人々の感性を代弁していると感じる。
MILF側の意見と警察側の意見、その取り上げ方の比重などを客観的にご覧になると興味深いのではないだろうか。
 大概、大きな戦闘が起こる(起こされる)前の数ヶ月から週間前に、爆弾事件が起こる。その爆弾事件の頻度と範囲で、
次の戦闘が広範囲の大きなものか、地域的なものかの予測もつく。今回は、イスラム自治区のダトゥピアンを始め、
南ミンダナオなど、かなりの範囲で起きているので、戦闘の規模も大きくなるかな?などと予想したりしている。

 911の爆破事件、マスコミのテロリスト報道、そしてミンダナオで戦闘が起こり、半年後にはアフガンへ、
次にイラクへ。一連の経過とまったく同じ筋書きが、小規模でも絶えずミンダナオで描かれている。その真意は何か?
石油かガスか。希少金属か土地保有のプランテーションか?????
 マスコミは、戦闘を起こす準備をするための有力なツールであることを忘れてはならない。
 これはこちらでは常識だが、戦闘は2者の対立から起こるのではない。対立を起こす計画を立て、準備し、
実行する隠れた第三者がいる。その目的は、宗教でもなく、民族でもなく、表面上の理由の背後に隠れた、非常に現実的で実利的な何か?

 外から見下ろすと、若者たちの歓声が聞こえてくる。今、一番彼等が夢中になっているのが、自転車の練習だ。


7月3日(木)

 あいかわらずの病院滞在。5日目になる。体の痛みからはかなり解放されてきた。

 フィリピンの医療は、悪くない。ミンダナオの小都市キダパワンにも、小さいながらも総合病院が二つもあり、
病院はそれ以外に4つほど、クリニックもある。医師はダバオから派遣されてくる医師で専門家。ウ
ルトラサウンドからCTスキャンまで完備している。キダパワンが交通の要所で、学園都市という意味合いもあると思うが。
 フィリピンは、看護師の有名な輸出国だから、この町にも看護養成学校はあり、
ステータスを競っている。もちろん中流の上以上の子女しか行けないが、希望はほとんどが海外出稼ぎだ。

 そんなに医療が充実していて、何故医療プロジェクトが必要なのか?と疑問に思う方もいらっしゃるようだ。
 薬も全てそろっていて、町にはたくさんの薬局もある。国際医師団の方々がこられても、
現地にはちゃんと医者がいるのだ。つまりフィリピンでは、医療の問題は、医師と設備に関してはないのであって、
金さえあればかなり高度な医療まで受けられる。長女もマニラのハートセンターで、かなり高度な心臓バイパス手術をした。
今も元気だ。医療費も、入院費も日本に比べれば格段に安いし、金さえあれば問題ない、金さえあれば・・・。

 問題は医療にあるのではなく、貧富の格差にある。つまり、医者もクリニックも病院も全てそろっていながら、
70から80%が貧困層とも言われているミンダナオでは、ほとんどの人がその恩恵にあずかれない。薬を買うお金もない。
数日病院に子どもを入院させるために、水牛を始めとして家畜を売り、土地を手放し、借金をする話はそこら中にある。
 (水牛があり土地があり、借金できる親戚があるのは、移民系のクリスチャン入植者だろう。セブから来た
ビサヤ系とネグロスから来たイロンゴ系が多いが、金持ちと言われているのはルソンから来たイロカノ系)
 売る土地も無く、3食たべられないミンダナオ子ども図書館が関係を持っているような子たちは、どうしたらよいのか?
極貧は、山に追われたマノボ族などの先住民と土地のないイスラム教徒が多い。比較的に・・・。

 MCLと関係を持てた子たちは、医療費から付き添いの食費までMCLが面倒を見て救済するから良いものの、
(付き添いの食費まで面倒を見るの???ハイ、お金がないと病院で食事も出来ずに付き添えないので・・・)
 貧困層は医療を受けられないから、まずはマナナンバルと呼ばれる祈祷師を頼る。それなりに薬草の知識もあるのだが、
黒いニワトリを生け贄に捧げても、救済できる子は限られている。こちらでは、重い病は死を意味しており、あきらめて死に身をゆだねる。
 救える命もたくさんあるのだが、手遅れで救えないケースも多々あって心が痛む。
 
 最近は、アメリカでも日本でも、同様の貧富の格差と医療の問題が広がっているという。フィリピンは、
アメリカや日本が貧富の格差の問題に目覚める前から、極端な貧富の格差の問題を抱えて現在に至った国?
否、先進国が豊かであるためには、貧しい人々の存在が必要で、それがただ外国であったがゆえに、
先進国の人々は自国が関与している問題として、格差問題の構造が見えていなかった?



7月1日(火)
 

 精神的な緊張からくるストレスと、軽度の熱を薬で抑えてきたが、避難民が出て、その救済に走った後に、
どっと疲れが出たのか、39度近い熱をだし、入院した。精神的にも肉体的にも、限界を超えていると常々感じていた。 
 去年の8月から、絶え間なく続いた避難民の救済活動も一段落して、学校も再開されるだろうから
この辺で少し休息をとりたい、可能であれば、平和な日本の温泉にでもつかって体力を
回復するために数週間山を彷徨したいものだ、と思っていた矢先に再び避難民が出て、情勢が怪しくなった。
その追い打ちとストレスで、肉体の方が赤信号をだしたと言えよう。

 (それにしても、日本の自然はすばらしい。この美しい自然に密着した伝統的な農業と文化を持つ
生活スタイルを維持すれば、日本は世界でも有数の平和で美しい国になるはずなのだが。北海道時代は本当に良かった、
平和な生活を営むためには北海道で暮らすのが一番良いと思ったのだが・・・結局は、仕事を選ぶ羽目になった、
いつか来るぞと思っていたことが実際に起こったと言うところか・・・。
 40代は、先住民族の文化とシャマニズムと現代文明の対峙の問題、50代以降はイスラムを含んだ宗教対立、
戦争と平和の問題に取り組むのではないかと言う予感がいつもしていた。嫌な予感が多かったので、鬱になったが、
その直後に911が起こって、今に続いている。どこかでのんびり平和に暮らしたいと想うのだが、次の世代のことを想うと、
困難な問題から目を背け続けることが出来ない性格?
 ミンダナオには偶然降り立ったが、キダパワン、ピキット、アラカンという、イスラム、クリスチャン、先
住民族のドンピシャリの場に投げ込まれた時は・・・・覚悟した。)

 ブアランの丘陵地帯は、戦闘のターゲットの一つであることはわかっていたし、そこの小学校は、
2000年2003年の戦闘の砲弾痕すらあって、見捨てられたような場所であるが故に、ミンダナオ子ども図書館では
重点地域として対応してきた場所の一つだ。
 マカブアルの小学校の建設計画を日本政府に申請し、調査に日本大使館のビネダ氏が来られた時に、
マカブアルを見た後にブアランの小学校をお見せした。その時、そのあまりの現状を見て
、「松居さん、来年は、そちらの考えておられる場所に加えて、ここを提案してください。2カ所になってもかまいませんから・・・」とおっしゃった。

 日本大使館から派遣されてきた人々は、(危険地域なので日本人はいず、
フィリピン人のビネダ氏数名しかいなかったが)すでに、ピキット市の教育委員会の要請で調査を終えていて、
私が同じA学校を紹介すると思われていた様子だった。(そのA学校は、後日私たちも地域教育委員会の長
から推薦するように言われたが、その必要性は感じられずにお断りした。)

 ビネダ氏は、そのA学校に向かう方向からはずれ、私たちが、突然細道に入り、
車で上りきれるのかという状態の悪い丘陵をよこぎりながら走り始めた時に、少し驚いた様子だった。
その奥に、さらにブアラン小学校を目の前にして、弾痕の残った外壁などを見たときは、胸を打たれた様子だった。
 「何故ここを市では提案しないのだろう」という素朴な疑問に対する答えはいくつかあるだろうが、
明瞭だろう。行政に力を及ぼす大土地所有者がいない、教育委員会に有力者がいない、要するに貧しい地域で反政府勢力が強い地域・・・?

 ビネダ氏が、学校の内部もすべて見た後、「松居さん、来年は、そちらの考えておられる場所に加えて、
ここを提案してください。2カ所になってもかまいませんから・・・」とおっしゃったのは、驚きだった。
 私たちは、「日本政府もなかなかやるな」と信頼感を強めたものだ。行政は、あくまでも行政なのだが、
志を持った人も・・・。私たちは、この言葉をうれしく受け入れ、ブアランの小学校をMCLの今年のODA支援の対象と考えていた。
例え実現しなくとも・・・ARMM地域のサパカンと共に。

 しかし、直前に見合わせたのは、この地域の戦闘情勢が良くない点だ。この様な情勢では、無理に提案を出して
建設が始まっても行き詰まる可能性がある。今年は無理ではないかと判断した。提出を延期しよう。
 去年の8月から、この地域の人々は、半年に渡って難民生活を強いられていたし、
学校が再開される目処もたっていなかった。ようやく3月に、子どもたちはブアランに帰り、
私たちも畑を作るためのトウモロコシ支援を考えている矢先だったが、6月再び戦闘が起こり、
2ヶ月足らずで難民化する状態となった。学校が再開される目処はたっていない。
 来年は、状況が良くなって、この学校の建設を提案したい。平和になることを祈って!

 そんなことを、病室で考えている。写真は、現在のブアランの難民とスカラー
 

6月28日(日)

 毎月、最終の日曜日は、高校大学のスカラー達が全員集まりジェネラルミィーティングを行う。
 先月は、今年度の役員選挙が行われたので、新役員の議事により進められた。
来月はマノボデーなので、今月は一般的な話し合いがなされた。

 学校での諸問題、下宿の問題、今年度多少改正したポリシーが承認された。

 学校の問題は、最初の制服がまだ支給されていない事などが議題にあがった。
 下宿は、最低350ペソをMCLで支給しているが、毎年下宿代が高騰しており、
平均で400から500ペソになっていて、差額は個人負担なので厳しい状況だと報告された。
今後は、家を一軒借り切って、集団生活をすることで奨学生が下宿代を出さなくてもやっていける体制を作っていく。


 ミンダナオ子ども図書館では、独自のポリシーを決めており、保護者にもサインをしてもらっている。
 そのポリシーの一部をご紹介しよう。

 1,高校生は下宿が出来ない。
   (ミンダナオでは、中学が無く、高校一年生は中学一年生であり、まだ子どもなので下宿はさせない。
学校が遠い子は、MCLに住んで近くの学校に通うことが出来る)

 2,大学生で下宿している子は、保護者の責任のもとにある。妊娠した、妊娠させた場合は、
スカラシップを停止して育児に専念する。その場合は、MCLが支払ったもののなかで、授業料のみ返却を求める。
(実質的には、貧しさ故にすぐに変換できないし、それほど真剣に変換を要求している訳ではないが、
妊娠のケースは毎年多少あり、それを未然に防止する対策として盛り込まれている)。
 学業に関心が無くなってしまった子の場合は、スタッフで検討して対応を決定する。

 3,ファタニティーと呼ばれる秘密グループに属さないこと。

 4,文化祭やシンポジウム、平和の祈りといったアクティビティに必ず参加すること。総会に出席すること。

 5,落第成績などで追試や補講を受ける場合は、独自に経費を持つこと。


 これ以外に、MCLに住んでいる子たちの場合は、帰宅時間など独自のルールがある。

 恋愛に関しては、高校生は禁止で、兄弟姉妹、家族として互いに愛し合うこと。
 大学生はOKだが、高校生に対する影響を考えて外でつきあうこと。
 毎週土曜日は、畑仕事を手伝うこと。等・・・ 


 支援者から送られてきた手紙、カード、贈り物なども、このときに渡され、彼らは返事を書く。

 今回から、経費を削減するために、寄付の確認のためのお礼の葉書も、年四回の支援者への季刊誌に同封する形で一括して送ることに変更しました。



6月26日(金)
 子どもの頃は、まだ東京杉並は、トトロの世界だったから、自然のなかでのびのびと毎日遊んだ。
 小学校が良かった。受験制度に蹂躙されるまえの明星学園。担任の無着成恭の授業は楽しかったし
、数学の松井幹夫、理科の遠藤豊は、その後、明星学園を離れて自由の森学園を始めた。
 何が良かったか・・・知識を詰め込むことよりも、考えて自分で答えを見いだそうとすることを学んだ。
 しかし、学校がひけてからが本番だった。校門を飛び出し、当時武蔵野で、湿地だった井の頭公園で、
ザリガニやドジョウをとり、葦の原を探検した。好奇心と冒険好きの性格が、後に北海道で、
アイヌの人々と出会い、カヌーで川を下り、厳冬の山を彷徨したり、道のない日高の沢筋をザイルを持って登ることに発展した?
これが今、ミンダナオで役に立っている。
 宇宙に関心を持ち始めたのもこのころで、天体を望遠鏡でながめたりもしたが、
アインシュタインの「物理学はいかに作られたか」(岩波新書)が心に残っている。
後に、大学でゲーテの自然科学に関心を持ち、錬金術の宇宙像を探求するが、それを縄文の基層であるアイヌと沖縄にも見いだし、
その後執筆することになる、シャマニズムの宇宙像「沖縄の宇宙像」(洋泉社)「火の神の懐にて」(洋泉社)などへつながる興味は
、ここから出発してるような気がする。

 小学校の高学年から中学は、最も楽しい時だったが、東京オリンピックをさかいに、
自然と共に庶民の生活が消えていくのに強い不安と寂しさを覚えた。つまり、駄菓子屋や屋台、
銭湯や縁台、公共と個人との中間に位置する端境の空間こそが、人々の心を通わせるぬくもりのある生活環境であったはずだが、
個人ばかりが尊重され、住宅は見かけがきれいになっても、コンクリートの壁ばかりが建ち(昔は生け垣が主流で、
生け垣の下をかいくぐって、子どもたちは他の家の庭にはいることも出来た。柿の実やイチジクを採りに「盗りに」)。
 外部は道も舗装されて電灯も裸電球ではなくなり、瀟洒な外灯になったのだが、立ち話やちょっとした食事が出来たりする、
縁台、屋台といったものがなくなり、街頭紙芝居もなくなっていった。どこでも遊んでいた子どもたちは、公園に隔離され、
やがて学童センターに閉じこめられることになる。老人は、老人ホームに。ちまたのコミュニケーションは、コミュニティーセンターに。

 現代文化の発展に疑問を持ち始めたのもこのころだ。戦後の経済を背負って、生き生きと働いていた人々の姿は、
牛詰めの地下鉄のなかで深海魚のようなうつろな目をしたサラリーマンに代わっていった。
 「俺もあんな人生を送るのか・・・」と思うとぞっとしたが、一方で、小学校の頃から聞き始めたビートルズやグループサウンズ、
後には新宿西口広場にたむろしたフォークソング、岡林や高石にかすかな希望を見いだすのだが、それも後に学生運動の衰退と共に消えていった。
 ムスタキ、ジョーンバエズ、フレディー アギラ・・・

 感受性豊かな高校時代は、友人たちが高校の職員室を封鎖したりして、学生運動のさなかだったが、
現代文明に置ける疎外についてなど、当然ながら、マルクス、ニーチェ、キルケゴール、サルトル、ハイデガー、ボーボワール、
小説ではサガン、ウイルソンなど、いやはや、片っ端から読みふけり、他方でモーツアルトを聴き、アルフレート 
アインシュタインのモーツアルト論を読みながら、マーラーを好み、絶えず死の考察を続けていった。
そのあげく、死にそうになった。
 「神は死んだ」世界であるから、虚無にのめり込んでいったのだが・・・虚無を超える意志を人間は持てるのだろうか?
という疑問に答えをだすために、鬼門から虚無の世界に入っていったその・・・結論は;・・・「持てない!」。
 人間の意志など、絹糸のごとくで、張りつめれば容易にプツンと切れる!

 それにもかかわらず奇跡的に生きながらえたのは、不思議な体験のおかげであった。死か発狂の瞬間に、
見えないけれども見える母なる存在があらわれて「あなたは、もう充分やった(戦った)のだから、今は休みなさい」と言われて、救われたのだ。
 その後から、この世を超えた愛の存在を確信するようなった。愛以外に物事を真に解決する力は無いと悟った。
ヘルメットをかぶっても、ゲバ棒をM16ライフルに代えて、ミサイルやロケット砲、エスカレートのあまり核弾頭を保有しても、
権力への意志を持てば持つほど、物事は解決しない・・・どころかますます悪くなる?

 多量の本に興味が無くなり、読むに値したのは聖書(これは本ではないのではないかと思っている。
とりわけ福音書には、人間業ではない、神の言葉がちりばめられている)、そしてゲーテは面白かった。
メメントモーリではなく、ゲデンケツーレーベン、「死を想う」のではなく、「生きることを考えよ」。
 再び神が創った世界が、強烈な光を帯びて見え始めた。美しかった。今もこの世は本質的に美しいと思う。
人間がけがさない限りは。
 その後、読んで多少面白いと思ったのは、ドストエフスキー、志賀直哉、森敦、そんなところかな? 


 ミンダナオが面白いのは、強烈な現代文明の暴力にさらされながらも、愛が生きている世界だからだ。



6月24日(水)

 ピキットで戦闘が勃発した連絡を受け、翌日の火曜日、さっそく現地に向かった。
 難民が発生している地域は、まだ限られており、ブアランとパニコパンの難民の状態が良くないと言うので、
困窮している地域を優先した。

 正直な気持ち、せっかく去年からの戦闘の疲れというか、トラウマ状態から抜けだし始めたかな、と思っていた時だけに、
イタチが巣穴の土手から頭を出して、そろそろ青空の良い天気かな、と思って天を見上げたとたん、
重くトゲトゲしたドリアンが首筋に落ちてきたような感じで、「いい加減にしてくれよー」と頭を抱えたくなる。
このトゲトゲした重い情感は、本当につらい、ドリアンならそれなりに僕には良い臭いで美味しいのだが・・・
 
 しかし、奮起して活動を開始。
 2000年、2003年、2006年、2008年、そして2009年と、もう5回の戦闘が起こっている。
そのたびに難民救済を開始するのだが、こんな事をいつまでも続けていたら、うんざりして、逃げ出したくなるだろう。
重い鬱病を抱えたまま・・・と思うのだが、確かにその通り。

 それにもかかわらず、性懲り無く起こる(人間が起こす馬鹿げた)戦闘に、性懲り無く救済活動をする
原動力はどこにあるのかと自問すると、答えは一つしかないことに気がついた。
 
その戦闘の中に、子どもたちがいるからだ。
 そこに、子どもたちがいて困窮している、と想像しただけで、科学物質で汚染された汚泥の中に、
野の花を見るような気がして、恐れを忘れてその場に行きたいと思い始める。この気持ちがなかったら、こ
んな馬鹿げた活動を誰がするモノカ!と思う。

 現場に行くと、案の定、他の救済支援は全くないから、難民たちは困窮して途方に暮れていた。
 先日は、子どもたちも、地面の上で寝たという。

 今回の戦闘は、一ヶ月ぐらいで終わるのか?とある人が軍の関係者に聞いたところ、
「3ヶ月分の弁当を持ってきているよ」と答えたという。3ヶ月分の食糧をあらかじめ準備しているという意味だ。
 それにしても、戦闘を起こす理由が未だに良くわからない。
 DSWDの某氏に、今回戦闘が起こった理由を聞くと曰く「選挙が近いからでしょう」「エッ?」
 確かに来年は、大統領から集落の役員に至るまでの総選挙で、すでに至るところで道路の補修工事がなされている。
政治家による選挙前の資金のばらまきだ。さらに加えて某氏曰く
 「政府から、その筋に、軍資金が落ちるようにするために、戦闘を起こすのでしょう」
 唖然としたが、「なるほど、軍資金というのは、軍に資金を落とすことか」と変に納得した。政治家にとって、軍は重要な票田なのだ。



6月22日(月)夕刻
 ピキットで戦闘が勃発したという。
 午後一時にブアランとアレオサンで戦闘が勃発、大量の難民が出ているという連絡が入った。
 雨の多いシーズンで、難民たちは困窮している。ビニールシートの支援を開始できないかという連絡。

 緊急にスタッフ会議を開く。
 明日は、病人の搬送のためダバオに行く予定だったが、スタッフの一部にまかせて、
緊急にピキットへ支援活動をしに行く必要がありそうだ。ここ数日、頭痛が起こり、嫌な予感が絶えず心を襲ってきていた。
世界的に見ても、6月7月は不穏な動きがある時期のような気がする。
 ブアランからアレオサンでの戦闘勃発は、去年の8月の戦闘開始のケースとまったく同じだ。今後、拡大しなければ良いのだが。
 


6月22日(月)
 昨日と一昨日は、子どもたちによる読み語りがあった。
 新しく来た子たちも、読み語りが大好きで、小学校1年生の子でさえも、初めてなのに堂々と絵本の読み語りをする。
字がまだ十分に読めないから、絵を見ながらで周囲の爆笑をかいながら・・・

 ミンダナオに来た後に、あのころはまだアメリカに渡る希望を持っていたので、一時ニュージーランドに行った。
英語を磨くためだった。その後、アメリカに渡る希望も失せて、世界の、特にアジアの現状を知りたいと思った。
 これは、昔から暖めてきた思いだった。最初は、ジャーナリストのように、あちらこちらの貧困地域や紛争地域をめぐって現状を見て、
それを書こうかと考えた。しかし、旅人のように、あちらこちらをめぐっても、外から来た訪問者として
旅行記のような物は書けても、その地域の人々の中に宿る真実は見えてこないと思った。
 一カ所に留まって、何らかの活動を現地でしながら、そこに住む人々と深くつながり、
そこから見えてくる物こそ本物であるように思ったし、今もその通りだと思う。定点に滞在すると、
広範囲の報告は出来ないし、一つの仕事を軌道に乗せるまでに10年はかかることは知っていたから、効率は良くない。
深く掘り下げたなかから真実を追究するより、単に物を書くことが目的なら
、あちこちめぐって書く方が多彩で量も多くて良い。

 しかし、書くために生きるのではなく、生きている中から人々に伝える必要があると感じた時に書くのが、
自分のやり方だと思った。確かに一点に滞在して深く掘り下げる仕事は、効率は良くないが、
そこから世界につながる普遍的な真実を見いだすことは可能だ。書くことが先に立つのではなく、
生きることが先に立つ方が面白い。
 ミンダナオ子ども図書館を始めてから7年がたつが、ほとんど本を書いていない。書け書けとは言われるのだが。
なかなかその気にならない。現実があまりにも面白いからだろう。

 子どもの頃から、本に囲まれて育ってきた。父親をはじめ、周囲の親戚が福音館書店に属し、
父は今もそこを拠点に活動している。妹も弟も本を書いている。高校、大学と一時数千の本を読みあさった。
小説から哲学まで。そのあげく死にそうになった。
 本だけで育ってきていたら、僕は今頃、死んでいたのではないかと思う。絵本の関係者で、
息子や娘が自殺した人も多いし、弟と妹もふくめ、精神的な危機を多々経験している。
興味深いのは、全員が離婚していることだが、時代の流れか、絵本で育つと離婚するのか?
絵本の編集者や画家や作家も離婚が多い。

 離婚する(僕自身は離婚など考えたこともなかったし、今もないが)思いがけぬ出来事をきっかけに
現在の仕事に入れたのは事実で、家族がいては、この様な命がけの仕事は作れなかっただろう。
今は、仕事を支えてくれた現地の妻といっしょだが、これは僕に与えられた運命だと思っているし、
自由にしてくれた妻には、有る意味で感謝している。今僕は、最高に面白い仕事をしていると思う。
 
 本のなかで育ちながら言うのもおかしいが、本というのは、本当に面白くないのが多い。
世界こそが面白い、人間こそが面白いのであって、その魅力に取り憑かれると、本や音楽や都市などといった、
人間の作ったものは、酒の絞りかすのように見える。それはそれなりに旨いのだが、目前にしている、
真実の世界の魅力にかかってはひとたまりもない。人間が作ったものと、神が創ったものの違いがそこにはある。
 言葉を作り出すことを目的にして作られた言葉は、創造の世界が語りかける言葉と、
本質的に異なっている部分が有るのではないかと時々思う。
 ここにぼくが書いている言葉も、この言葉が目的になるのではなく、きっかけになって行動が起こり、
言葉の向こう側の言葉が、聞こえ、見えてきたらよいのだと思う。

 子ども時代、本を読む時も確かにあったが、外で思う存分友人たちと自然の中で、徒党を組んで遊んだ体験が僕を救った。
本はないが、ここにはその様な自然と、そこで遊ぶ子どもたちの姿がある。生活している人々がいる。
 この地で、読み語りの良いところは、本が面白いのではなく、面白くない本でも、大勢で笑いながら、
冗談を言いながら、適当に創作しながら(書いたものはここではそのまま読まない!)みんなで愉快な時を過ごせるところだ。
 本が目的ではなく、人が目的で、つまらない物でも楽しむことが出来る、そんなときが大切なのだろう。
 昨日から、日曜日の夜は、ミンダナオ子ども図書館の子たちの読み語りの時間にした。2冊の絵本を語って、
一つ昔話を語る。小さな子でも昔話が語れる。祖父母から聞いているから。本物の言葉が生きている。



6月21日(日)

 朝起きてポーチに立つ。夜明けの光が、正面のアポ山とその前山の山並みの向こうから、
黄金の水がこぼれ出したように、正面に高くたつ椰子の木立におちる。こぼれだした光は、渦を巻きながら、果樹園を染めていく。
 ランブータン、ランソネス、マンゴー、ドリアンといった果物の木が、輝く虹色の光を浴びていく。
 早朝のミンダナオ子ども図書館。家の裏では、子どもたちが井戸端で、朝の水浴びや洗濯をしている。
キッチンでは、4時半の暗い頃から、朝食の準備がはじまっている。子どもたちが自分たちの手で・・・
 気持ちの良い朝の一時。コーヒーをいれる。目の前にコーヒーの木が植わっているのが見えるのだから、地場そのものの味わいだ。

 日々の活動で、悲惨な戦闘をピキットで体験しても。難民の困窮している様子を見ても。
 この自然の美しさだけは変わらない。
 「こんな美しい世界で、なぜ戦車が走ったり、迫撃砲やM16ライフルが炸裂したり、
ヘリコプターから砲撃を加えたりするのだろうか。」それは、その部分だけとれば地獄絵のような光景なのだが、
その地獄絵は、人間が人工的に描いているカリカチュアに過ぎないことは、その地獄絵図の周囲に、
まったくかわらない美しい自然の風景が広がっている事で良くわかる。
 小鳥たちもさえずっている。

 人間の愚かさ。それは、戦闘に極まっている。

 人間さえいなければここは平和なのに。否、昔は人間達も、宗教や種族を超えてミンダナオで平和に暮らしていた。先
進国の経済文明が、この地に、関心を持つまでは。
 ピキットの石油や天然ガスの眠る、リグアサン湿原は、ことのほか美しいパラダイスだ。INFO



6月19日〔金)

 50を過ぎた頃から、そして離婚を経験して、何もかも崩壊したような気がしてから、物に執着しなくなったような気がする。
 ここミンダナオで、しかもピキットを中心とした危険地域で、日本人はおろか、
外国人であちこち入り込んで活動しているのは、私一人だ。
それでも怖くないのは、自分の命に対する執着が薄れてしまったからのようだ。
しかし、興味深いのは、自分の命に対する執着が薄れれば薄れるほど、次の世代、子どもたちや若者たちの命が美しく見えてきて、
「この子達のためだったら、何でもしたい、自分の命が失われても」と言った気持ちが強く起こってきた。

 それでも、アーリーンのケースもそうだが、どんなに救いたいと思っても、救えない時の気持ち。
どんなに寄り添っていてあげたいと思っても、寄り添えない時の気持ちは、愛する人から無理矢理、
引き離されて、どっと血が流れながら手術でも修復できない裂け目に似ている。

 激しい頭痛が続いて、一度はスピリットが憑いたようになって、振り乱した髪の毛の間から、
真っ赤に血走って中空を見据え。どう見ても狂気の化け物のような顔になっていた、それもで必死に抱きかかえて落ち着かせたマリベール。
普段はおとなしく本当によい子なのだけれど・・・
 その後も相変わらず、頭痛が戻ってくる。
 本人はわたしに、「このまま、わたしは、気が狂って行くような気がする。最後には気が狂って死んでしまうような気がする。
死んだ妹が私を向こうに連れて行こうとしている・・・それが怖い」と言って泣いた。
 私は、繰り返し、死者は天使になって、神と共に、イエスと共に見守っているから、落ち着いて安心するようにと話したのだが・・・

 ある時、他のスカラー達もいる時に、わたしは、
 「マリベールが、必死に頭痛と戦っている時に、ああ、どうかこの頭痛が彼女から去って僕にのりうつるように、
そして、死ぬのだったら、まだ未来がある彼女ではなく、僕が死ねたら良いのに・・・と思う」と語った。
  50を過ぎていくと、そして自分の人生に対する執着が無くなっていくと、次の世代を生かしたいと言う
強い気持ちが生まれてくる。今やっている活動も、そうした気持ちの延長線上に有るように思う。
 しかし、言うに安しであって、痛みはなかなか当人から自分に乗り移る物ではない。それが悲しい。
 それでも、私の言葉を聞いて、本当におだやかに微笑んだ、マリベールの笑顔が忘れられない。

 彼女は今、実家に近いところから学校に通っている。両親に近い方が良いと思ってそちらに移したのだが、
相変わらず頭痛に襲われて、ときどき意識が遠くなる。

 
arona


6月18日(木)

 今日は、キダパワン市の貧困地域へ、今年度最後のスカラーを探しに行った。
 スタッフの一部は、先日予告なしに母親の元に行ったエミリーを捜しに・・・

 今年は、小学校と高校で数名が親元に行ったきり、学業を停止した。その多くはマノボ族で、
山の貧困集落から家族で低地のサトウキビ刈りに出稼ぎに出て、そのまま現地に留まった。つまり、
日雇い労働に駆り出されたまま学校に行くことよりも(親に言われて?あるいは自分の意志で)労働で稼ぐことになったのだ。
 山地で仕事の無い家族は、三食たべるのにも事欠き、サトウキビ農場の差し出すダンプトラックに乗せられて、
サトウキビ刈りに向かう。特に3月下旬から5月は、学校が夏休みに入るので、サトウキビ刈りに子どもの動労力を駆り出すのに適当な時期なのだ。

 サトウキビ刈りの労働は、ウオーターフォールから来ている子たちに多いが、スカラーの一人、
アロナが言うように炎天下の厳しい労働なのだ。
 「わたしも時々したけれども、暑い日差しのしたで、サトウキビを刈る仕事は本当に本当につらい仕事なの。
刈り取って、女では肩に担ぐことが出来ないほどの束にして、それで2ペソ(4円)稼げるの。
女では、一日に30ペソ(60円)を稼ぐのがやっとかしら。男の人なら100ペソ(200円)ぐらい稼ぐけれども、
その日の三食の食事をするだけで、ほとんど手元には残らない。
 家族みんなで出稼ぎに行って、もちろん子どもたちも手伝うわ。そう、小学校の子どもたちもね。
わたしもしたわ。そうして、家族みんなで働いて、なけなしの賃金を家に持って帰るのだけれども、
米を食べられるのは2週間ぐらい。その後は、また一日2食の芋とバナナ。
学用品の鉛筆やノートも買えない。」

 今は、世界的な経済危機が、ミンダナオも襲っていて、サトウキビ労働の賃金も、仕事もカットが続いている。
一方で、ここ数年の諸物価の値上がりが、家計を直撃している
。2年前まで、50キロの米袋が850から900ペソで買えたのが、今は倍近い1500ペソもする。
極貧家庭では、ちょっとした値上げが死活問題になるのだ。
 ミンダナオ子ども図書館では、7.5ヘクタールの水田を持ち、籾米の値段で米を供給しているから良いようなものの・・・
今年の5月から9月の収穫まで米が底をつき、市販の米を買わざるを得なくなり
急きょ、みんなで芋やバナナを食べて米の消費を押さえることにしたことは、すでに書いた。
 それでも、MCLの毎日の食卓には、米が三度出てくるだけでも、彼らには贅沢なのだ。

 そう考えれば、学業を続けたくとも、例えスカラシップを出してもらっていても、学校を泣く泣く停止して、
一家がたべていくための手伝いをする方を選ばざるを得ない子どもたちの状況は理解できる。
例えそれが、小学校の女の子であったとしても、両親が働いている間に、小さな兄弟や赤ちゃんの面倒を見ることも、
労働の一部なのだ。しかも、大概の家族は多産で、平均して7人の子どもが居る。
 こうして、数名の子たちが、スカラシップからこぼれていった。支援者には、申し訳ないのだが、
本当の極貧の子たちを学校に行かせてあげるためには、授業料だけではとうていだめで、ミンダナオ子ども図書館では、
高校生には月に500ペソのお小遣いをだして、学用品を買えるようにしているが、それでも無理なことが多々ある。

 エミリーは、それを知っているものだから、こっそりとMCLを抜けだして、働いている両親の事を案じて帰ったのだ。
 それがわかった時、即翌日、わたしたちは朝のミィーティングでこの件を話し合い、とりあえず現場にスタッフが向かった。
エミリーは成績も良いし、口数は少ないけれども素直なよい子だ。そして、スタッフが迎えに行くことで、
親も納得し(親だって子が学校に行くことを望んでいるのだから)夕刻MCLに戻ってきた。 
わたし自身は、キダパワン市内の貧困地域のスカラー探しに出ていたので同行できなかったが・・・
 今日、高熱を出して学校を休んだ、同じ地域のジュビリーやメリーアンなど子どもたちが、
2ヶ月の夏休みの間に、なぜ見る影もなく痩せて帰ってきたのかが、今ようやくわかった。
十分な食物が無かっただけではなかった。出稼ぎのサトウキビ刈りや、山の薪拾い(業者に売って日銭を稼ぐための・・・)
毎日激しい労働をしていたからだ!

 夕刻、帰ってきたエミリーは、わたしの姿を見ると、少し恥ずかしそうに、そして本当にうれしそうに微笑んだ。
 やはり、本当は、学校に行きたかったのだ。



6月17日(水)
 筋ジストロフィーのアーリーンが40度を超える熱を出した。
 他にも、メリーアンとジュビリーが、38度の熱で昼から学校を休んだ。
 
 ご存じのように、筋ジストロフィーは、年齢と共に筋肉が犯されていき、最後は内臓の筋肉まで機能しなくなり死ぬ病気だ。
治療の方法はない。MCLには、アーリーンの兄弟、アリエルとベンジーが同じ病気で、
ベンジーのみはかろうじて松葉杖で歩行しているが、他の二人は車いすだ。
 この家族は、マノボ族で、本当に山奥の小さな集落で見つかった。川を渡り、谷を越えて、
かろうじて4WDが行き着く谷間。その様な村の竹の家で、歩行も困難な三人がどのような惨めな生活をしていたか・・・
想像がつくだろう。見つかった時、アーリーンは、体を引きずるようにして、陰へ陰へと隠れようとした。光を恐れる小動物のように。

 彼らが不治の病である筋ジストロフィーであることがわかったのは、ダバオの医者に診せた時だ。
ショックだった。何よりもこの病が不治の病で、年齢と共に進行し、やがて死を待つしかない事を知った時は、
どうしようかと思いあぐねた。ミンダナオ子ども図書館で引き取ることを躊躇したくなる理由はいくつもあった。
 スカラシップをあたえても、それがどのように役に立つのか?それ以前に、歩けない子をどのように面倒を見たらよいのか。
車いすに乗せるとしても、誰が学校まで引いていくのか?大きくなったらどのように面倒を見たら良いのか?
などなど、もともと身障者の施設や介護の知識もなく(今も無いが)、その様な施設をやることも、
興味すら持ったことが無い私が、責任を持って引き受かられるのか・・・
 
しかし、山の小屋のあの惨めな生活の中に、知らぬ顔して放っておく事は出来なかった。
見てしまった以上。治療を通して関係してしまった以上は・・・・
 とにかく、MCLに引き取るためには、車いすが無くてはならない。幸い、ノノイ君というポリオの若者がいたので、
多少の経験はあったし、彼のために階段の無いスロープの家を建てていたので、
先のことはその時になったら考えることにして、思い切って引き受けることにした。

 あれから2年。車いすは、他のスカラー達が毎朝引きながら、手も足も萎えている、
そのわずかな力ですがるようにして、それでもアーリーンは小学校を卒業し、ベンジーもアリエルも高校を続けている。
 驚くべきは、彼らの顔の変化で、想像できないほど明るくなった。
 みんなで協力して生活していけば、専門的な介護の知識など無くても、かなりの事は出来るのだ!

 しかし、40度の熱を出しているアーリーンを見ていて、胸が痛んだ。
 どうにもならない肉体がそこにはあった。
 人間は、何故生まれてくるのかと考えた。私だって、あと20年もすれば、年老いてどうにもならない肉体を引きずり、
歩くことも困難になるかもしれない。この様な重荷となる「肉体」を、何故帯びて生まれてくるのか?
そして、人々は、赤子の誕生を何故喜びとするのか?それは、肉を牽きづりながら歩かなければならない、
重荷を背負った運命の始まりに過ぎないのではないだろうか。
 アーリーンのように、進行性の病の場合は、長くて30代だろう。次第に動かなくなっていく肉体、
結婚も出来ないだろう人生。今は、ミンダナオ子ども図書館で私たちが面倒を見ているが、将来はどのように生きていくのだろうか?
 
 そうした事を考えた時、肉体の不条理の中に心が深く沈み込み、狭い病室の片隅で
鉛のように重い午睡のなかに埋もれていった。酸素吸入バルブの横で。
 かすかな救いとして浮かんだのは、ミンダナオ子ども図書館にいるときの、アーリーンのうれしそうな微笑みだった。
僕はそのほほえみが大好きで、良く彼女の横に座りながら、下の芝生で遊んでいる子どもや若者たちの姿を見るのだった。
 彼女は、そのほほえみで、周囲を幸せにしている。それだけでも大きな存在意義を持って生まれてきたのではないだろうか・・・と、ふっと思った。


2009年6月16日(火)

時々、激しい疲れが午後になって、重い石車の軋みのように、頭と体を轢いていく。
去年の8月からのピキットでの戦闘。その後の激しい緊張が、血の凝りのように脳髄と背骨とに留まり、
気がつかなかったものの、氷雪のように肩から頭にかけて溜まっていた。
 戦闘は、2月あたりで多少収束に向かい、3月から5月まで、ミンダナオ子ども図書館にやってきた
新たな若者たちの対応に追われていたが、6月の新学年が始まると同時に、
少しずつ南に押し流された北極の氷山となって溶け出し始めた?のかもしれない。
 偏頭痛と、極端な脱力感と、夢を交えた重い午睡が、突然襲い、車の中であろうと、
山に訪ねた家の竹の床であろうと眠りが襲う。
 トラウマ状態は、確かにあった。少しの物音でも、戦闘を思いだす物があると緊張する。
強風のあえぎや、ヘリコプターの爆音。今でも国道で会う軍用車。しかし、その重いトラウマが、
ある時次第に氷解するとき。確かに久々に虫の音が耳に聞こえてくる。普段もいつでも、虫は鳴いているのだが、
ついぞその様な平和な光景を忘れていたのか、シャットダウンしていたのか・・・・
 まだ本当の回復までは、数ヶ月はかかるだろう。


 毎朝のスタッフとのミィーティングで、若者たちへの米の供給がテーマにあがった。
 一日で50キロの米袋が消費される。
 水田からの籾が全部消費され、9月の収穫まで待たなければならない。こうなると、市場で米を買うことになるが
、とにかく高い。9月までのりきるために、若者たちに、農地にカサバ芋やサツマイモ、食用バナナを植えてもらい、
それをおやつに食べることでお腹を満たし、そのあとで、夕食を食べることに決めた。米の消費を極力抑えるためだ。
 まるで、戦中の配給制度のようだ。確かに、戦闘はあるし、世界経済も良くないので、その影響がミンダナオにも及んでいる。
 私たちは、まだ米が食べられるだけましだが、山のマノボ族や貧しい多くの家族は、米どころか、三食まともに食べられていない。
 4月5月の夏休み(こちらではこの時期が夏休み)に、里帰りしていた子たちも、次々と戻ってきたが、
あれだけふっくらとしていた子たちが、見る影もなく痩せて戻ってきた。やはり聞くと、2ヶ月の間、
家ではほとんど食事らしい食事をしていない。これが現実だ。


 体力が弱っていたせいだろう。次々と高熱の子たちが出て、18名以上が熱と頭痛と腹痛で治療を受け、6名が入院した。
 これを書いているのは、夜で、気まぐれな地蛍の漫遊の向こうから、熱帯の空気を押しつぶしたような、
嗄れた虫の音が聞こえてくるが、それに混じって部屋から、ときどき咳をしている子たちの乾いた音がする。
 他にも入院患者が立て続けに出て、すでに8月までの医療予算を消費してしまった。

 治療を受けられるだけ、マシなのだが・・・




 
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