ミンダナオ子ども図書館便り:2008
2015  2014 2013 2012 2011 2010 2009 2008 2007 2006


「0」ゼロに立つための支援を. 
年頭エッセー 
松居友  

 「0」ゼロというイメージを、人々はどのようにとらえるのだろうか。
 「ゼロになる」という事は、何も無い状況を意味している。感覚的には、すべてを失った状態だろう。
 浮かび上がってくる例は、財産も家庭もうしなって、社会的な地位も無くなり、絶望の淵に立たされ
 自殺もしかねない中高年の男性の姿だろうか。

 しかし、かつてから私の心には、ゼロに立つというイメージの一つに、さわやかで肯定的なものがあった。
 座標軸で言うゼロは、マイナスとプラスの狭間であり、上下左右の中心である。
 シャマニズムのコスモロジーでいえば、東西南北の中心、
 陰陽の世界から考えれば、五行の軸、西洋の錬金術にしたがえば、両極性における螺旋の軸ということになる。
 かつて学んだゲーテの自然科学や錬金術、沖縄やアイヌの宇宙像をもちだせばきりがないが・・・・・・
 仏教的に言えば無の悟りに近いものだろう。 
 つまり、「0」ゼロとは、原点であると同時に、これから「自分の判断で、
 思う方向に自由に進んでゆける」可能性に満ちた地点なのである。

 現在のミンダナオ子ども図書館のような「支援」をする仕事を始めるとは、夢にも思わなかったが、
 やってみて支援には二通りあると思った。
 一つは、ゼロからプラスへ持っていく支援であり、これは何も無いところから、仕事なりを作り、
 経済的な基盤から実質的な利益を生み出していく、
 今はやりの経済開発支援と呼ばれているものなどは、この種のものだろう。
 それによって、プラスを走っている先進国の、仲間入りをさせてやろう、と言う種のものだが、
 これはこれで良いと感じる。
 ただ、現在の先進国の様子をミンダナオから見ていると、G7から推薦されても、・
 仲間入りしたくは無いなと個人的には思う。

 もう一つは、マイナスにあるものを限りなく「0」ゼロに持っていく支援で、
 教育や医療、文化支援などは、こちに属する場合が多いように思える。
 ミンダナオ子ども図書館が、発足から6年、現在までおもにやってきたのは、こちらの支援だ。
 貧困で教育を受けられない多くの子どもたちや、経済的に極端な格差社会で、
 マイナスの位置から抜け出られない地域の人々にとって、教育支援や医療支援のありがたさは、
 不可能が可能になることによってゼロつまり出発点に立てる、つまり人心地ついて一歩を踏み出せる
 可能性に立つことである。

 自由、平等、博愛という価値観からみると、現在は、はき違えた自由だけが横行し、
 平等も無く、博愛に至っては風前の灯火と感じられるが。
 教育と医療と食料支援は、まさしくマイナスからゼロに持っていくための支援で、
 最低の平等とは、食べることが出来、病気を治せ、学校に行ける
 つまり、どちらに向かっても進める=希望をもって生きていける、ゼロ地点の支援だろう。

 ただ、ミンダナオ子ども図書館は、教育に関しては、学校教育のみに期待を持つことが出来ず、
 平和で平等で愛のある未来を作るためにも、
 スカラー達が、貧しい地域での読み聞かせや難民救済に参加し、宗教を超えた融和をはかるために、
 文化祭や平和の日をもうけ、若者自身が運営している。
 こうした経験を若者たちにあたえることも、教育の一つと考えている。学校教育よりもずっと重要な・・・・

 学校教育の道を突っ走って、ゼロから先のプラスの道を、先進国のように走って欲しくはないと言う思いも若干ある。
 ミンダナオ子ども図書館での、民族や宗教を超えた友愛の体験を経れば、
 かつての先進国の道とはひと味もふた味も異なった、新たな方向をゼロから始めることも可能ではないか・・・
 ミンダナオ子ども図書館でいつも若者たちに語ることだが、
 「海外に出稼ぎなど行くなよ、寂しいだけだぞ、ここでがんばって仕事を作った方が良いよ
 仕事は、探すものではなく、創るものだからね・・・」といつも話す。
 ミンダナオは、限りなくゼロに近い世界なのだ。

 ミンダナオ子ども図書館のスカラシップの選択基準を、孤児、片親の子、家庭崩壊の子たちを優先させたのも、
 彼らは出発点からすでにマイナスに立っていて、
 彼らこそ、ゼロすなわち出発点に立たせたときに、偉大な仕事はしなくても、
 心優しく社会に貢献しようとする人に育つだろうと思ったからだ。
 しかも、彼らのような境遇の子たちには法外とも思える、大学まで卒業できる道を開きたいと思ったのも、
 人よりもマイナスから出発しているだけに、
 人並みを超えて出発させたら良いじゃないか、と思った事による。

 現実的には、自分が親だったら、だれだって、子どもの病気は治してやりたいし、
 学校には出来る限り行かせてやりたいし、食べさせていかなければならないし、と言う、
 「自分が親だったらこうしてやりたい」と思うことを、可能な限り(限界も多い)したいという、
 個人的な感情に過ぎないかも知れない。

 それならば、ミンダナオ子ども図書館は、ゼロからプラスの支援はしないのかと言うと、
 今現在、次々とスカラー達が大学を出て育っていく中で
 私のかつての専門だった、文化事業、出版や映像を通して、ミンダナオから昔話、踊り、音楽など
 文化を発信する事業を考えている。
 もう一つは、農業事業で、山岳地のマノボ族などでも作れる高地農業の可能性を実験する、実験農場、
 また雇用を創出するためのコミュニティー農場の実験を今年から始める。

 フェアトレードなども、関心はあるが、こうしたものは、長年出版などの文化事業(商売)にたずさわって、
 講演販売などを30年も続けてきた体験(つまり行商)
 その結果、福武書店の児童図書部門の新規事業を、当時出版部門で最初に黒字化し、
 海外戦略まで展開していた経験から、よほど本腰を入れなければ、
 販売一つでも立ち上がらない、しかも少なくとも30年は続けないと定着は無理だという事を知っている。
 近江商人の末裔だから言うのではないが、商売ほど難しく奥の深いものはない。
 実は、ここだから言うのだが、ミンダナオ子ども図書館の事業展開も、かなり近江商人の手法を継承している???

 もちろん、自己満足的に、わずかな地域に利益をもたらすのであれば、NGOのサイドワークで可能だろうが、
 100年も定着する貿易会社にはならないだろう。唯一日本で尊敬するのは、バナナに絞ったネグロスバナナだが、
 これも生協という組織を介したから可能なのだと今も思う。

 ミンダナオに、しばらく住んで、むしろ、現地で作物を育て、現地の市場や近隣で販売する方が
 もうけ自体は少なくても、100年の可能性が有るように感じる。
 少なくとも、ミンダナオ子ども図書館が無くなっても
 先進国の貿易商社が解体しても、輸出に依存せず、現地で生産し消却していくような方法の方が
 (輸出依存の日本の不安定な現在の経済を見ても)
 山岳地域の人々が、生きていける手法のように思えてきた。
 今年から、独自のプラス支援を試みていきたい。

 私は、現在55歳、活動できるのも最大で20年(父は85歳でまだ活動しているから、30年?)
 将来は、どのような展開になるかは分からないが・・・・ミンダナオに骨を埋めたいと思っている

 今年からの予定だが、
 今年は日本の若者たちも視野に入れた活動を行おうと思っている。
 閉塞状態で、時には学校からドロップアウトした若者たちなど、特に魅力的だ。
 彼らもマイナスに立っている子たちで、彼らがこちらに来て、ミンダナオの若者たちと交流することによって、
 せめてゼロに上に立てたら良いなと思う。
 そこから進んでいくほうが、学校の成績や学歴に執着している子より良い。
 既成の道などかなぐり捨てて、思う方向に進めばよいのだ。それもゼロに立つから出来ることだ。

 そう考えると、何と多くの日本人が、若者だけではなく、中高年など特に、
 経済的には多少プラスの時点でも、精神的な心の面ではマイナスの上に立っていることだろう。
 自殺率から鑑みれば、マイナスからゼロに立つための国際支援を必要としているのは、ミンダナオより日本人?
 少なくとも、国際比較の自殺率から見れば、日本は9位で先進国中第一位。
 フィリピンは、100ヵ国中85位だ。

 自殺志願の中高年も可哀想だとは思うのだが、
 ミンダナオ子ども図書館が、あえて若者にこだわるのは、彼らに、未来があるからだ。
 死ぬぐらいの勇気があるのなら、戦闘地域に入っていって、子どもや難民を救済することができるだろう。
 今後もなるべく多くの若者たちを、ゼロの上に立たせる支援をしていきたい。
 ゼロに立った彼らが、新たな道を切り開くだろう。
 プラスに向かって歩を進めていくのは、彼らの意志にまかせよう。
 

  
 


クリスマスとお正月に!
松居友著・女子パウロ会 山元眞著・パウリーノ 松居友著・BL出版

映像:[ミンダナオの風]
『ミンダナオ紛争と難民たち』

ミンダナオ紛争と難民たち
季刊誌『ミンダナオの風』:Hangin gikan sa Mindanao
特集号「ミンダナオ紛争と私たち」を特別にお手元に!
ミンダナオの風

2009年の夜明け
ミンダナオ子ども図書館から
明けましておめでとうございます。
今年も、現地の若者や子どもたち、難民の人々、高地民族の人々、
そして日本の若者たちと共にがんばります。
よろしくお願いいたします。

今年は最も大変な、しかし、最も興味深い一年になるかもしれませんね。


ムスリム難民キャンプからのクリスマス!

バゴンイグド難民キャンプで読み聞かせ
ここのキャンプは、初期の頃から、なぜか「疎まれて」きた難民キャンプだ。
十分な支援が回らずにある。

支援にも優先順位や、さまざまな「戦略」があるのだろうが
未だに分からないことが多い
所詮戦闘は、人間がやることだから、「戦略」が思った効果を発揮せず、予想外の展開になることもあるだろう。

以下、クリスマスから新年にかけての報告をします


私たちは、こことシリックで、現状を見て、難民支援をはじめた。

まずは、炊き出しと読み聞かせ。
地方行政には、それなりの思惑もあるとは思うのだが、特定の政治や宗教にかかわらない方針のミンダナオ子ども図書館は、
現地を見て、必要としている場所を見極めてから、自分たちで活動内容を決める。

地方行政の依頼にも耳を傾けるが、あくまでも現地を見てから自分たちで判断する。ちょっと頑固だが、時には有力者の依頼も断る。
福祉局もそれを良く知っていて、互いに一定の距離を置きつつ、重要な情報も共有し会って、尊重し会い行動している。
DSWD局長補佐のグレイスさんが、MCLのボードメンバーであり、
ピキットカトリック教会の(例の有名なライソン神父の右腕)ソーシャルワーカーで有ることも大きいが。

シリック難民キャンプ
難民でスカラーのアイサちゃんとお兄ちゃん
アイサちゃんの結膜炎は治ったけれど、お兄ちゃんの左目が充血していた

もう、5ヶ月も難民生活で
学校もストップしている

あの歯の出ている子は、いったん難民キャンプに帰り
来年度から、ダバオで手術も視野に入れた
本格的な治療に入る予定。

難民キャンプでクリスマス。

ムスリムがほとんどだから、クリスマスこそ無いが
イエス・キリストが貧しい人々を愛し、この世に来たとしたら
家庭で七面鳥をたべて、おいしいケーキを囲んで、プレゼントをいくつももらいながら、
裕福なパーティーをしているクリスチャンと、
すでに五ヶ月以上も困窮し、地べたに寝ているような、イスラム教徒の難民と
どちらを深く憐れみ、共にいたいと思っただろうか???

クリスマス炊き出し

子どもの体力を回復させないまでも、維持させるには
子どもに限定した炊き出しは、とても有効なプロジェクトだ
今回も、難民キャンプで一番気になったのは、病気の子どもが多いという事

確実に体力の低下と、衛生の悪さ、外で寝ているのと同じような
生活環境の劣化が子どもたちの基礎体力を奪っている


こうした子どもたちの体力を維持させるために、炊き出しは、確かに有効な手段だが、
一度きりでは、自己満足に過ぎないだろう
少なくとも週三回、三週間続けることによって、体力の多少の回復や健康維持が可能になるのではないだろうか
しかし、最も大事なのは、早く難民が家に帰って通常の生活にもどれることなのだ。

炊き出しを実行している間に
私たちは、病気の子どもが居ないか、難民キャンプを回った

すると、思った通り
あちらこちらに、
寝たままになっている子どもたちが居る
多くが、風邪による高熱だった

すでに、医療に費やすことが出来る
予算がギリギリのところまで来ているので
すぐに大きな救済することは出来ない

現在、支援者にレターを送っているが
そのリスポンスを見て
1月から医療を再開始することになるだろう

運営活動は、予想がつかない事も多く
激動的で常に数字との格闘だ
戦闘と言うものの性格を象徴している?


日本の経済状態も良くない事は、充分承知だ。 どこまで救済活動が出来るのか、予断はゆるされない。
「日本の事だけでも大変なのに、外国の事まで考えていられるか・・・・」と言う意見も聞こえてこよう。

しかし、その様な時だからこそ、国境を越えて、平和を構築する努力を日本はするべきではないだろうか。
とりわけ、隣人である国々の人々と手をつないで。


困窮しているときに、心から手をさしのべられた体験は、単なる経済的な開発支援関係よりも深く人と人をつなぐと感じる。
開発支援も重要だが、見返りを求めない、心の支援も大切だろう。
人間のベースは、愛であり、その上に経済が来るのだが、現代社会は経済だけが優先される。
その結果、先進国は、最も大事な「心」を失った空虚な化け物になってしまった???

マイナスからゼロに持っていく支援が基礎になって、初めてゼロからプラスに持っていく支援が可能になる?
日本人の心に必要なのも、マイナスからゼロに持っていく支援だろう。日本の若者たちを救うために・・・



彼女に支援者が見つかった!おめでとう
歯の治療をしつつある子に付き添ってきた
従姉で成績は良い

私自身は、歯の治療をしつつある子を
その境遇ゆえに
スカラーにと考えていたのだが

ガンの可能性があるという


最後に、ピキットの道ばたで
難民生活をせざるを得ない人と
偶然に長時間話をすることができました。
その人は小学校を5年で
中途退学せざるを得なかったのですが、
いろいろの事情で英語の教育を受け、
完璧な英語を話すことができたので
知り合いになれました。明晰な人です。
その人は16人の子供をもうけ、
そのうちの10名が存命です。
その人の4年生の女の子は偶然に
19日までMCLにいたもので
すからなお親しさを覚えました。
この女の子も頭のよい子どもですが、4年生で
それ以上は学業が続けられないということでした。
その子どもを私が支援することになりました。
日本の感覚では「わずか」月に2000円で一人
の人間の能力が伸ばせられるのであれば、
十分に価値のある投資であると思いました。
そのノリちゃんの写真を貼付します


キダパワン市の中心に飾られた
クリスマスイルミネーション
仲間達は帰り
帰れない子たちが
ミンダナオ子ども図書館に残る

クリスマスは寂しい時期だ
それだけに、
どのように過ごしたらよいか

一番こころを砕く時期でもある

フィリピンの人たちは、本当にイルミネーションが好きだ
普段の生活がきついだけに、幻想に酔いたいという気持ちが強いのかと最初は思った
しかし、もともと妖精達が居ることを信じている、幻想的な人たちなのだろう



路上にたむろしている不良達
ではなく、
ミンダナオ子とも図書館の若者たちだ



中には、実際
結構、その道にはまりこんでいた
子もいるが・・・・
この時期、先住民族の子どもたちは
町に降りてきて踊り、街頭で小銭を稼ごうとする


こうした子たちも、本当は学校に行ったりしたいだろうなと、いつも思う


ミンダナオ子ども図書館の子たちも、その多くが
先住民族の子たちなのだが、少なくとも守られて学校に行けるだけ
幸せなのかも知れない

みんなに会えるのを楽しみにしています。

松居友さん

わたしたち、すべての人の救い主の誕生…こころから喜びましょう!
そちらに行く日が近づいてきました。
昨晩から通風の兆候があり、目覚めても足が痛く…今朝のミサをパスするほどでした。
通風の痛みが始まると収まるまで二日はかかり ます。
困った!と思って応急処置(ただ水をいっぱい飲むだけ…) をして…
不思議と痛みが増さず…収まりました。このところの不摂生のたまものです。
運動不足、睡眠不足、栄養過多?…など。気に はしていたのですが…ドキッとしました。
明後日は出発できそうで す。
よかったです。

22日にキャンドルサービスと終業式をしました。
その時に子ども たちと家族の皆さんの「やさしい気持ち」がいっぱい詰まった
「お もいやり貯金箱」を奉納しました。
「だれがいちばん喜ぶと思 う?」と子どもたちに尋ねたところ、
即座に一人の子が「フィリッ ピンの子どもたち!」と答えてくれました。
わたしは「神さま!」 という答えを期待していたのですが…。
子どもたちはやはりスゴイです。

11月に松居さんと倉橋神父さまが幼稚園でお話ししてくださった あの時は実にタイムリーで、
子どもたちはずっとフィリッピンやボ リビアの子どもたちを意識して待降節を過ごしたようです。
本当に うれしいことです。
おかげさまで、みんなのやさしい気持ちがいち だんと大きくなったようです。

「おもいやり貯金箱」は子どもの手作りで…年少は「お家」、年中 は「天使」、
年長は「クリスマスツリー」の形に作りました。
お金 だけをいただいて貯金箱はみんなに返すのですが、
ミンダナオに行 く時、それぞれ1個ずつお持ちしたいと思います。
 「サンタさん が来る前に、だれが来るの?」という問い掛けにも
「イエスさま!」と迷わず答えてくれる子どもたちです。感動します。
小さい時から思いやりの気持ちを膨らませることができて、幸せです。
ありがとうございました。

みんなに会えるのを楽しみにしています。     やまもと。


山元しんぷは、子どもたちの才能や資質を問わず
すべての子どもたちを心から等しく愛してくれるので
子どもたちは、「父さん」「父さん」と呼んで飛んでくる。
イスラムの子たちも、「父さん」と親しみを込めて呼ぶから面白い。

こちらでは、神父の事をFather と呼ぶ習慣があるが
言葉の中に、それ以上の気持ちを彼らが込めているのが良くわかる


クリスマスに古着のプレゼント

はるかなるマノボの村、ボアイボアイ
ミンダナオの国道から離れた地域は、ほとんどがいわゆる反政府地域だが、
そした背景に、土地所有によるプランテーョン化の問題が横たわっている
土地を追われた人々の村


ボアイボアイは、私が先住民族を知る原点になった村だ
本当に貧しい山奥の村で、反政府組織NPAの多いところだが、私たちはこの村を心から愛している


村には、いつでもたどり着けるとは限らない
天候の状態などで、様々な困難が待ちかまえている
今回も村直前で、橋が崩壊していた。

スカラーのお父さんが、古着の入ったボックスを頭に載せて運んでくれた
3人がかりでようやく運べるほどの重さなのだが、軽々と運んでいく

古着をもらって大喜び
素晴らしいクリスマスプレゼントになった

ここの村の人たちは、
ほとんど現金収入というものが無いから
何キロも離れた町に出ることもなかなか出来ない

古着を買うお金も無いので
普段は、ほとんど裸同然の格好をしている

私たちが来ると、
さすがにそれなりの上等な
服に着替えて迎えてくれるが・・・
三食満足に食べられない
マノボの村のスカラーを、クリスマスお正月に招待

クリスマスとお正月は、いわば日本と同様で
生まれた村に帰省して、家族や親族と過ごすのがこちらの習慣

そのようなわけで、住み込みのスカラーたちも、多くが帰省する
親が居なくても、せめて親戚のところへと・・・

それゆえに、ミンダナオ子ども図書館が最も寂しくなる時期でもあった
しかし、家に帰省しても3食たべられない
子たちも多い

とりわけ、今年は、経済不況が
日雇い労働に影響を与えたせいか

マノボの村で
3食たべられずに痩せて
病気になる子が続出した

そこで、私たちは、
とりわけ貧しい
ボアイボアイとボホラノンの子たちを
ミンダナオ子ども図書館に
招待することに決めた

クリスマスと正月に
せめてものフィーディングプランを
ミンダナオ子ども図書館で実行しようと言うものだ

これが大成功!!!
ボホラノンの子どもたちも
ミンダナオ子ども図書館にやってきた
貧しいスカラーの子たちに加え
親のいない子
片親の子

そして、特に栄養失調気味の
子たちを選んだ

選んでくれたのは
現地出身のスカラーの若者

ミンダナオ子ども図書館が
とても賑やかになった
彼らの喜ぶ姿を見ると
心からこちらもうれしくなる

戦後、久留米に来た
宣教会の外国人修道女たちが
孤児施設を作ったときに

日本の子どもたちを見て
ひたすら
「可愛い、可愛い」
を連発している記録があると

久留米信愛女学院の理事長
シスター村田が
話されていたが

この子達を見ていると
本当に可愛いと思う
おそらく滑り台やシーソーで
遊んだことがないのだろう

庭にかけだして
まず、飛びついたのが

シーソーや滑り台
ブランコだった

高校生が多いので
普段は寝ている遊具達が

がぜん目をさました
感じだった
ミンダナオ子ども図書館が孤児施設に変身?
ミンダナオ子ども図書館が
息を吹き返したようだった

というよりも、
普段は高校生と大学生がおおい
ミンダナオ子ども図書館に
小さい子たちがあふれた

私自身は、
ダバオオリエンタルの
ハウスオブジョイや

同じキダパワンで
日本の神父が始めた
イースターヴィレッジといった
孤児施設に敬意を表して

高学年の子たちの教育に
心を砕いてきたが

孤児施設もなかなか
良いですね・・・・・・

始めようかな?

そんなわけで、ミンダナオ子ども図書館も、来年からは、小さな子たちも一緒に生活を始めようと思う
それは、今居る高校生や大学生にも良い影響をあたえるだろう
大きい子たちが小さい子たちの面倒を見、規範をしめす
互いの成長を助け合う、大家族が生まれるだろう


12月30日 海へ行った

多くのマノボ族の子たちにとっては、海は生まれて始めてみるものだ
山からは、車で一時間ほどなのだが、彼らは海を見たこともない


まずは、塩辛いのにビックリ
思わず口からはき出す姿が可愛い


彼らの遊びは、自由な空想の中にあるようにいつも思う。
遊びながら、おそらく両親や祖父母から聞いた、昔話の世界を想像しているのだろう
たわいもないもので、延々といつまでも遊び続けている


父さんも、母さんもいないケビン君にとって、山元しんぷさんは、父さんのような感じなのだろう
最初は、堅い顔をしていたかれも、すっかりうち解けて幸せそうだ
「これから、どこに住みたいの?」
「ミンダナオ子ども図書館」
そう答えるケビン君

僕は、ここの子どもたちの
刻々に変わる表情を見ているだけで
幸せな気持ちになってくる

うれしそうな表情もいいけれども
寂しげな様子や
ちょっと見せる微笑みなどが

作り物ではなくって
心の奥底の
宝石のような核心から

自然に
生まれて来るのが良くわかる



もくもくと一人で砂で遊ぶ、
メリーアン コルデロ
コルデロとは、子羊の事だから、
子羊のメリーアン




彼女もお父さんがいない。
母さんは、別の男性といっしょで、
この子と妹は、村の人の話でも、
ほとんどほったらかし


来年もまた、みんなで海に来ようね

12月31日 大晦日の炊き出し

ピキットの炊き出しは続く
グレイスさんの話だと、炊き出しを継続しているのは、ミンダナオ子ども図書館だけ
ワールドフードが、一ヶ月に一回、半サックの米を支給するだけで
後は、ミンダナオ子ども図書館の炊き出しだけが食べ物
一日に一食か、二食がせいぜいだろうと言う

炊き出し、医療など、
ミンダナオ子ども図書館は、8月からすでに5ヶ月
絶え間なく継続しつつ、難民支援をしている

すでに支援の資金は枯渇し始めている

皆さんの継続的な支援をお願いします
私たちは、皆さんの手足となって、思いを現地に届けます

炊き出しと同時に、
古着の支援を行った
スカラーたちも
休みを利用して
大晦日にもかかわらず
積極的に参加した

古着をもらってうれしそうな子どもたち
古着は単なる物資支援だとは思わない、
クリスマスやお正月の時も、ちゃんと皆さんの事を忘れていませんよ、
と言う、心のメッセージだと思う

難民状態でお正月を迎える彼らに
せめてもの心のプレゼントが出来たら良いな、と思う



アルバちゃんも訪ねた
ご主人が、MCLで引き取ることを拒否しているが、
それでも、繰り返し訪ねることで、周囲の家族の気持ちも違ってきているのがわかる

そして、うれしいことに、アルバちゃん自身も、少し太って元気になってきている
行橋カトリック教会で、粉ミルクやお粥の支援をこれからも続けることを、話し合った

何故こんな子にこだわるのか、と言う考えもあるかも知れないが
こうした小さなこだわりが、難民キャンプの多くのイスラム教徒の人々に、
異邦人でもある私たちを、受け入れてくれる心の素地を提供していると感じる

この様な機会には、なるべく多くの同行した異なった部族の子たちを連れて行く
彼らに対する影響も大きい

こちらはシリックの難民キャンプ
私は、どうしても
あの歯の出ている子が気になって
しかたがない

写真を撮ろうとすると、すぐに後ろを向いて逃げてしまう
しかし、僕の顔を見ると、微笑む
と言っても、飛び出した歯が目立つだけだが・・・・

何とか、来年は、治療を開始して、
この子が恥ずかしがらずに人前に出て
出来れば学校に行けるように
してあげたいと思う

この様に、
悲しい思いをした子は、
立派に活躍する子にならなくても
心の優しい子になるだろう
最後に、同じ場所で難民になっている
バイヤンくんと妹さん

とても献身的で
いつも難民支援を手伝ってくれる

妹さんには、
まだ支援者が居ない

ちなみに
バイヤン君は、
ミンダナオ子ども図書館で

選挙で選出された
プレシデントだ

とても穏やかで謙虚な
イスラム教徒



妹さんの支援者になっても
良いという方
メール下さい
支援者が
見つかりました!


来年は、平和な年になって欲しいのだが
情勢を見ると、難しいかも知れない

しかし、困難なときほど、人間の心の本当の美しさが、輝き出る???

みんなで大いにはしゃぐ、ミンダナオの大晦日
ケーキを切って、年越しのスパゲティーか焼きそばを食べて、爆竹をならして

ウオーターフォール村の
Embang Sabas Jr.君に
1月1日
支援者が見つかった
おめでとう!

13歳、5年生でマノボ族



ミンダナオ子ども図書館の初日の出




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ミンダナオ子ども図書館便り:12月18日

1,クリスマス・お正月 炊き出しを開始
 
クリスマスとお正月は、休暇に入り、NGOも行政も難民支援を休止させる時期だ。 
難民生活も、5ヶ月目に入り、子どもたちの栄養や疲労の度合いも大きくなる時期。
 周囲が、楽しい、クリスマスやお正月を祝っているときにも、彼らは、お金や食べ物も事欠きながら、仮小屋で生活を続けている。

2,第一回炊き出しの模様

  
第一回炊き出しが、スカラーたちと共に終わった。 中には、自分たち自身が、難民状態になっている子たちもいる

3,8月に戦闘に入って、炊き出しプロジェクトは合計4回、20カ所を超えた。

  
驚くべき事は、これが、蚤のような小さなNGOによって、しかも、100パーセント個人の寄付によってなされている事だ。

4,
ただ、6年目に入っていくつかの問題もある。最大の問題は、日本人スタッフが居ないこと!!!!

5,難民キャンプの状況
 
日にちがたつにつれて、生活に疲れが見え始めている
  「もう、こんな生活は、早く切り上げて、自分の農地で平和に暮らしたい」と言うため息混じりの声が聞こえてくる。

6,貧困にあえぐ、マノボの村
  
彼らの生活は、非常に貧しく、3食たべられない家族が多い。
  前回、ガリガリに痩せて、高熱でフラフラしていた子を、ミンダナオ子ども図書館に収容した事を載せたが、
  この村でも、栄養失調から来る病気が多いことがわかった。

7,
今回、クリスマス医療プロジェクトで医療診断を受けたり、病院に入院した子どもたち

8,ミンダナオ子ども図書館でクリスマスの準備が始まった!

9,貧しさと争いの中で、隠れた宝モノを探してほしい・・・・大渕みほ子



クリスマス・お正月 炊き出しを開始
クリスマスとお正月は、休暇に入り、NGOも行政も難民支援を休止させる時期だ。
難民生活も、5ヶ月目に入り、子どもたちの栄養や疲労の度合いも大きくなる時期。
周囲が、楽しい、クリスマスやお正月を祝っているときにも
彼らは、お金や食べ物も事欠きながら、仮小屋で生活を続けている。


そのような状況を見かねて、ミンダナオ子ども図書館では、
「クリスマス・お正月 難民支援」を決断した。
12月13日に開かれた、スカラー達の全体会議。
この日は、このサイトでも提供されている、
現在のピキットでの戦闘と難民の状況を映した、ビデオが上映された。

身近に起こっていながらも、以外と知らない難民の状況を
時には涙を流し、食い入るように見る若者たち。

ビデオをご覧になりたい方は、以下をクリックしてください。

ミンダナオ紛争と難民たち
その後、全体のミィーティングで、難民救済活動の計画が練られた。
12月15日から1月2日まで計9回、月水金で三週間、
5カ所の難民キャンプで子どものための炊き出しが行われることが決定された。
その中の、金曜日は、炊き出しと同時に、読みきかせも行う。
さらに、場所を選びつつ、古着の支給も行うことが決まった。

名付けて、「Happy Christmas and New Year with Refugees」(難民たちと共に過ごす、クリスマスとお正月)
若者たちも、16日あたりから、クリスマス新年休暇に入るが、
積極的に同行したいと言う声が、あちらこちらから挙がった。

NGOスタッフはあくまで脇役で、現地の若者たちが、現地の人々の支援に
自ら立ち上がるのが、MCL流。


第一回炊き出しの模様
第一回炊き出しが、スカラーたちと共に終わった。
中には、自分たち自身が、難民状態になっている子たちもいる。

そうした子も、被害者で受け身の状態から
積極的に、同じ立場の、
時には、自分以上に厳しい状況に置かれた子たちを助け
種々の困難や病気の子を救済することによって
前向きに生きる力を獲得する
・・・

でも、いつもながらこの子どもたちの
笑顔がうれしい!!

8月に戦闘に入って、炊き出しプロジェクトは合計4回、20カ所を超えた。

毎回、最も困難な地域を選択しながら、20箇所の場所で、週で数えると12週。
一カ所で200人から300人ほどの子どもたちが対象だから、5000人ほどの子どもたちに食事を提供したことになる。
一カ所で週三回、三週で合計9回の食事だから、45000食を提供している。

驚くべき事は、これが、蚤のような小さなNGOによって、しかも、100パーセント個人の寄付によってなされている事だ。
今年度の寄付総額は、これから4月に向けて会計監査士のサインが入ったものを
前回同様に、ネット上でも公開する。寄付総額は二千万円を超えるだろう。

時には幼稚園の子たち、学校の生徒たちなどの、個人の寄付でのみ賄われているのだから、驚きだ。
そのほとんどが、現地の子どもたちのために使われている。
人と人、一人と一人と真剣に向き合う支援活動、これぞMCL!!

ただ、6年目に入っていくつかの問題もある。
最大の問題は、日本人スタッフが居ないこと!!!!

現実には、日本事務局の山田順子さんと私だけ。
山田さんはおもに連絡取り次ぎが仕事で
私も含めて、無給の完全ボランティアだ。

現地スタッフは、ソーシャルワーカー、図書館司書、会計の専属も含めて11名いる。
彼らの給与も、現地の平均の5000ペソ。私立の学校の先生なみで月一万円ほど。
他のNGOが高給取りで倍以上であることを考えると安い。
(ただし、保険と年金はついているし、住み込みだと悪くはないし、
運転手もプレシデントも、家事指導員もソーシャルワーカーも皆同一賃金)

問題は、日本人スタッフで、実質の処理が、松居友だけで
季刊誌やウエッブサイト、1500名あまりの寄付者の対応から
難民救済や医療支援、スカラシップ活動などの実質的な活動指揮をしている

事務処理も現地で一人でしていることもあって
寄付を下さる方々への、事務的な細かい対応が欠けている状態になっている。

具体的には、下さった寄付へのお礼の葉書が遅れたり
例えば、寄付者の方々から、「自分は今年、いくら寄付をしましたか?」
と質問されると、調べればわかるのだが、難民救済などに駆け回っていて
事務をしている暇がない。
その様なわけで、今のところ
「ご自身の責任でお願いします」という事になってしまう。

日本的感覚からすると、いい加減な・・と言う事になりそうだが、
月給が10倍の日本人スタッフを雇って、寄付を消費するよりは
皆さんの自主的な協力を仰いで、皆の力でNGOを推進できればと思っている。

ただ、問題を解決するのに、何としても欲しいのは、日本人の現地スタッフ。
端的に言うと、事務仕事を補佐してくれる人。
しかし、現地での活動は、危険な仕事でもあるので、
私の方からお願いできないし、募集する勇気もないのが事実だ。


難民キャンプの状況
道路脇にこの様な小屋が延々と続く ビデオ撮影をする、スカラー

難民キャンプの状況は、ピキットではあまり変わっていない。
難民は増えても減ってもいない
ただ、日にちがたつにつれて、生活に疲れが見え始めている
「もう、こんな生活は、早く切り上げて、自分の農地で平和に暮らしたい」
と言うため息混じりの声が聞こえてくる。

行くと必ず、数人の病人を抱えて
車に乗せて帰ることになる。

多いのが、風邪と高熱
天然痘や皮膚の病気。

栄養が悪く、ガリガリに痩せている
この体力では、ちょっとした病気も
命取りになる事が良くわかる。
難民の状況を見るスカラーたち
古着でこざっぱりしているが、彼女たちも
同じような極貧の難民で、親がいない
3年前から、歯が出てきた奇形の子

「あっ、MCLの車が来た!!」
「あの若者たちが、スカラシップの子たちなんだ。」
「あれっ、あそこの村の・・・ちゃんもいる。スカラーだったんだね」

そんな親しみのある言葉が、あちらこちらから飛んでくる。
もう何度も、読みきかせ活動の頃から出会っている人々だから、
まるで、友だちのように思って迎えてくれる



貧困にあえぐ、マノボの村
マノボの村から来た、小学生のスカラーたちを
ウオーターフォール村に送り届けた。

小学校の里親の子たちには、お小遣いが出ないので、乗り合いバイクで帰るお金がない
そこで、私が運転して、送り届けることになる


私は、この様な機会を大切にしている。
自分の目で、現状を見極める大切な機会だからだ。
彼らの生活は、非常に貧しく、3食たべられない家族が多い。
前回、ガリガリに痩せて、高熱でフラフラしていた子を、ミンダナオ子ども図書館に収容した事を載せたが、
この村でも、栄養失調から来る病気が多いことがわかった。
今回、とりわけ高熱で薬を買うお金もない、4名の子を病院に運んだ。


覚えていますか、高熱と栄養失調でフラフラしていた子
彼女には、栄養失調と熱で
頭の毛が抜ける病気が進んでいた!
3ヶ月あまり、ミンダナオ子ども図書館に住んで
見違えるほど、元気で明るくなりました
覚えていますか、
ひいおじいさんが、日本人だった家族です。

後ろの男の子が、ガリガリで痩せていたが
ミンダナオ子ども図書館で、元気になりました。

でも、兄弟姉妹は、3食たべられずに
痩せています。

この村では、小さな子どもが多い。
理由は、小学校4年生ぐらいになると、労働力として、両親と一緒にサトウキビ刈りに、遠くの村まで行かなければならないからだ。
出稼ぎの日雇い労働で、かろうじて食いつないでいる村人たち。

自分たちの土地はほとんど無く、有っても山の急斜面で、芋ぐらいしか育たない。
スカラシップをあたえても、今回二人の男の子が、学業(小学校4年生)を停止していることがわかった。
理由は、家族と、サトウキビの日雇い労働に長期に連れて行かれているからだった。

多少、高学年までいく子に、女の子が多いのは、男の子の場合は、すぐに日雇いの実労働に駆り出されるからだ。
その結果、キダパワンの高校も大学も、7割は女性である。
高学歴の仕事への希望を女性に託す、フィリピン社会。実際、女性の方が、しっかりしていると言う点もあるが・・・

新しく二人の子をスカラーに!
彼女の弟は、ポリオだった。

そうそう、この村出身のアロナさんの
小さな弟も亡くなりました。

ポリオではなく、
筋ジストロフィーだったようです。


笑顔でわからないけれども
とても痩せています。
彼女の両親は、二人とも
サトウキビ刈りでいません。

上の写真の、ひいおじいさんが日本人の
おばさんの家に預けられていますが

子どもも孫も多く、
12人の子を養っていて
・・・・・

二人とも、1月から
ミンダナオ子ども図書館に住むことになります

栄養失調で、年齢の割には小柄です
今回、クリスマス医療プロジェクトで
医療診断を受けたり、
病院に入院した子どもたち
栄養失調と熱とで
毛の抜ける病気があるとは知らなかった
マノボ族の少女。
天然痘のような症状と高熱の男の子
父親は、大事な財産である子豚を売って
薬を買おうと出かけていた
熱でガリガリに痩せた子 天然痘と熱の男の子 高熱の赤ちゃん
イスラム教徒の
難民の子たちも
病院へ運んだ
体中にできものが出来て
衰弱している少年
腹から排便している少女
どんなに食べても栄養が回らない
来年4月には、看護学を勉強したスカラーが大学を卒業する。
彼女がミンダナオ子ども図書館のスタッフ看護士として、活動を開始してくれるだろう。

ミンダナオ子ども図書館で
クリスマスの準備が始まった!
新聞紙で出来ている星 段ボールで出来ている星 椰子の葉で出来ている星 椰子の皮で出来ている星 イスラムの星 椰子の皮で出来ている星
今年も各々のアイデアで飾り星を作った
月と星が下がっているのは、イスラムの飾り星?
ミンダナオでは、イスラムの子たちも、一緒にクリスマスを楽しんだりする。
そうしたメンタリティーは、アジア的なのかも知れない。
日本でも、キリスト教徒は1%だというのに、多くの人々が、イエスの誕生日を祝うのだから???
デパートで既成のプラスティックの
ちゃらちゃらした飾りや
イルミネーションを買ってくるよりも

自然の木の葉やシダ
野の花を使って
クリスマスの飾りを作る

山には電気もないし
クリスマス飾りを買う
お金もないから・・・

でも、本当に美しい飾りができあがる

こうした仕事は、お手の物
山こそが、僕らの生活の舞台だから

クリスマスパーティの食事作り
クリスマスパーティーの食事と言っても
ローソクのいっぱいついた
豪華なケーキが出るわけでもない

普段の食事に、ちょっと毛の生えたようなもの
だけど、みんなで作る料理には
格別の味わいがある

10歳の子たちでも
たちまち、薪でご飯を炊き
油で魚や鳥を揚げ

煮込み料理や
特製スープを作っていく

毎日の3度の食事も
彼ら若者たちが自主的にグループを作り
朝食は4時半に起きて

70人分の料理を作っていく
その生活力には目を見張るものがある

これこそ
日本の若者たちに
欠けたものではないだろうか

明日の全体ミィーティングには、
お昼にクリスマス特別料理を出す

200人分の料理を
徹夜で作っていく、60人の若者たち

ミンダナオ子ども図書館に住み込んでいる子たちは
学校が遠くて通えない高校生や
親の無い子

さまざまな事情がある子たちだ
彼らが、冗談を言い合いながら
笑顔で

何と、徹夜で
明日来る、外に住んでいるスカラー
200人分の料理を作っていくのだ!!!
クリスマス・全体ミィーティング
クリスマス・全体ミィーティングでは
正月の難民炊き出しプランや
読み聞かせ活動が話し合われた

恋愛規定も再検討され
ちょっと厳しかった、スカラー同士の恋愛も
大学生は、OKとなった。

ただし、妊娠した、させた、場合は
スカラシップをストップして
子育てに専念する・・・
食事の後は、
恒例の古着市

家に帰っても子沢山で
兄弟姉妹が平均して7名はいる家族

しかも、極貧だから
両親も子どもに
クリスマスプレゼントなど買ってやれる環境ではない

衣服にも困っているので
毎年、この時期に
古着やバッグ、靴の大放出を行う

一人5品、
皆、両親や兄弟、
小さな妹たちのために

クリスマスプレゼントの服を選ぶ

もちろん、皆さん方から送られてきた古着たちだ
この後、村や難民にも配っていく




その晩は
希望者のみ残って
いよいよ恒例の
クリスマスパーティーが
始まった
若者たちの手作りのクリスマス
歌や踊りもあるけれど
何と言っても
自ら作った劇が白眉だ!


劇の内容も自分で考え
筋書きも自分たちで作り出す

貧困で稼ぎが無い故に、酒を飲み、父親が暴れ、呆れて母親が逃げ出し
父親も別の女性と一緒になって、子どもたちを残して去る
長女が、必死になって、兄弟姉妹を養い育てる

そこにフラッと帰ってきた母親、
その母親を受け入れられない長女!
でも、今日はクリスマスだから・・・・

演じている子自身が、同じ体験をしているものだから、
本気で涙ながらに心を語る


次の劇も、父親が病気で死に、
母親が家族を養う目的で外国に行ったまま帰らず、
兄と妹が、乞食となり、食べ物をあさりあさり生きている

そこに突然、母親が現れる・・・

こちらも、自分たちの体験がベースになっている兄と妹が演じている
その迫力!!
見ている子たちにも、同じ体験があったりするものだから
とにかく、涙、涙、涙・・・・・


彼らを見ていると、
悲しみも、苦しみも

思う存分、表現することで
逆に、見事に乗り切っている

これも、生きる力の一つ?
  貧しさと争いの中で、隠れた宝モノを探してほしい
                                                        大渕みほ子  


2008 年も残りあとわずか。月日が経つのは本当に早い。
今年の私の大きなチャレンジは、ワークキャンプの実施だった。
8月に紛争が起こり、キャンプを行うのか、出発2 日前まで悩みに悩み、
現地の情勢を判断して行った。
キャンプが終わって約2 か月が過ぎ、キャンパー達も日常に戻っている。
ワークキャンプは何を残せたのだろう?
けがもあった、入院もあった、精神的に情緒不安定になった人もいた。
お金をかけて、時間もかけて、いろんな人を巻き込んで、悩んで、苦しんで、笑って、泣いて・・・。
何が残ったのだろうか。
キャンパーの一人が、キャンプの途中、泣いた。
なぜ泣いたのか。
彼女はマニラ空港でお金をだまされたこと、フィリピンの人々の貪欲さにまいってしまったようだった。
帰国後のメールは、「正直フィリピンは支援したいと思わない・・・支援をするなら他の国がいい・・・」。

この言葉を聞いてすごく残念だった。
フィリピンに連れていったことで、彼女のフィリピンのイメージを悪くさせてしまったのか。
連れていかなければ良かった・・・。正直そう思った。
お金の問題はフィリピンだけじゃないよ、そういいたかった。
でも彼女の言葉は受け入れた。
先日、その彼女から再びメールがきた。
ある場所で色々な人と話をしているうちに、フィリピンで許せなかったこと、はがゆかったこと、苦しかっ
たことがスッと消えた、という。
なぜそうなったのか、私には分からない。
でも彼女が、「フィリピンが楽しかったと、ひと前ではじめて言えたよ」と書いてきたとき、嬉しかった。
ミンダナオに連れて行ったことは、意味がなかったわけじゃない・・・。
そう思うと、私の気持ちも少し軽くなった。


「日本は豊かだが、心が貧しい」
マザーテレサの言葉だ。
来日したときにそう彼女が言ったと聞いてから、この言葉がずっと私の中に残っていた。
なぜ彼女は言い当てたのか。
すごい人だと思った。
25 年以上も前のマザーテレサの言葉は、的を得ている。

そして彼女の言葉は現在、いっそう現実味を帯びてきた。
フィリピンに行ってつくづく思うのは、この国は貧しいけれど心は豊かだ、ということ。
日本が得たものをフィリピンは持っていないが、
日本が失ったものは、まだフィリピンにある。
お互いを補完するような交流ができないだろうか、そう思って始めたワークキャンプだった。
でも現実はなかなか厳しい。
フィリピンの貧困は、人々の心を蝕みはじめているのも事実だから。
彼女を泣かせたのは、貧困の現実だった。
マザーテレサが貧しさの中に心の豊かさを見たのは、
インドの人々から見捨てられ、路上に放置され、死を待つばかりの人の中だった。
私は同じことがミンダナオにも起きていると思っている。
ミンダナオの貧困と紛争の中で、必死に生きる人々の中には、本当に心が豊かな人が存在する。
ミンダナオはとても複雑なところだから、
初めはなかなか見えにくいかもしれない。
もしかしたら二度と行きたくないと思うかもしれない。
でも、貧しさと争いの中で、隠れた宝モノを探してほしい。探しにきてほしい。
そう思っている。
最後に、とっておきの笑顔でお別れ!







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ミンダナオ子ども図書館便り:12月10日 目次

1,日本からようやく、我が故郷?のミンダナオへ

  帰ったとたん、70名のスカラーたちが、歌声と共に迎えてくれた。
  よほどうれしかったのか、満面笑顔で笑っている。彼らの笑顔を見ると、日本での講演疲れが吹き飛んだ。

2,翌日は、間髪をいれず、ピキットの難民キャンプへ

  日本滞在中、とにかく気になったのは、難民キャンプの子どもたちの状況だった。
  現地に帰り、まだ、かなり疲れが残っていたが、翌々日には、難民キャンプを訪れた。

3,ミンダナオの状況は、良いとも悪いとも言えない。
  今後、どのような展開を見せるかは余談をゆるさない。
  ピキットでは、戦渦は多少おさまったものの、
  ARMM(イスラム自治区)等では、今まで以上の激しい戦闘が起こっているとも聞く。
  ダトゥピアンなどでは、国際NGOが入ることが制限され、難民は悲惨な状況だと聞く。

4,難民キャンプでは、子どもたちの病気が問題だった
  今回、日本に行ったときに、当時アルバちゃんに会った行橋カトリック教会の「Mの会」メンバーと、山元眞しんぷから、
  「探して欲しい。できれば、ミンダナオ子ども図書館に小さな小屋を建てて、祖父母と共に、健康が回復するまで療養させて欲しい」
  と言う、希望を聞き、現地に足を運んだ。

5,今回何よりもうれしかったのは、元気なスカラーの子に会えたこと
  今後、12月は、クリスマス炊き出し支援と読みきかせを始める事に決定。
  年明けて、医療支援を開始する。
  もう一つのうれしい出来事は、
  上の写真の子たちと同じ、ブアラン村から難民になっているAlibai Adzis(13)さんに、支援者が見つかったこと。

6,日本滞在中の所感
  日本人にとって、生きる力とは何だろう。
  まず根本的に、ミンダナオの若者たちと、日本の若者たちの「生きる力」の解釈が異なるのは、
  日本では、生きる力は、「個人の力」として解釈されていることだろう。
  忍耐力、学力、決断力、実行力、これが国家単位になると政治力、経済力、軍事力となっていく。
  ミンダナオの若者たちにとって、生きる力は、どうも個人の力とは反対がわに有るように見える。
  ミンダナオ子ども図書館に来て、ここで共に生活を始める若者たち。
  彼らのとって、「生きる力」は、互いの壁を極力取り去って互いに協力しあい、助け合い、家族のように愛し合い
  たとえ贅沢な暮らしが出来なくても、極力みんなで分かち合い
  一歩一歩(例えそれが小さな小さな一歩でも)喜びながら未来へ進んでいくことなのだ。
日本からようやく、我が故郷?のミンダナオへ
帰ったとたん、70名のスカラーたちが、歌声と共に迎えてくれた。
よほどうれしかったのか、満面笑顔で笑っている。彼らの笑顔を見ると、日本での講演疲れが吹き飛んだ。
私にとっては、一人一人が大事な子であり、どのような厳しい環境から来たかを知っているので、個々の子の境遇を思い出しつつ、
えこひいきが無いように心がけながら、一人一人に声をかける。

たまたま200名全員が集まるミィーティングの終わりの日で、数名の母親が迎えに来ており、曰く
「あなたが帰ってきて、子どもたちの様子が全然違うわ!よほどうれしいのでしょうね!」
「二日前に来たときは、沈んでいて、まるでお通夜のようでしたよ!」
父親が居なかったり、両親から離れている子がほとんどで
なるべく、父親のように接しているので
ミンダナオ子ども図書館を施設にしたくない。
そんな気持ちを彼らもわかるのだろう、
子どもたちも、ここは施設ではなく、大きなファミリーと考えている。

実際は孤児や、父親が監獄にいたり、レイプの犠牲だったりする子も多いのだが
孤児ではなく、スカラシップを受けている奨学生であるというプライドも
良い形で彼らに誇りを与えている。

翌日はみんなでプールへ。私の個人的な大盤振る舞い?
70名いっしょに・・・・私の役割は、運転手。
今までプールなど、入ったことのない子も多く。
(現地では、プールは金持ち家族の楽しみ)
大はしゃぎする子たちを後目に、私はといえば、

終始ベンチでただひたすら寝続けました。
とにかく日本滞在で、精魂使い果たした感じ。
でも、彼らのためだったら・・・

お招き下さった、方々に感謝!!
毎年、10,11月は日本にうかがって、報告会、講演会をしていますので、
お声をかけてください。よろしくお願いします。
プールでは、
もちろん昼食はみんなで料理
普段の生活でも
皆で相談してグループ分けし

朝、昼、夜の料理は
自分たちで作っているので
炊事はお手の物

筋ジストロフィーのアイリーンも(右)
兄弟と一緒にプールへ
泳がなかったけれども、
終始、ニコニコ顔でした。

山の上のボロボロの家で
床を這って
隠れるようにしていた子なのに

本当に明るくて
幸せそうで
それに、大きくなりました。

翌日は、間髪をいれず、
ピキットの難民キャンプへ
日本滞在中、とにかく気になったのは、難民キャンプの子どもたちの状況だった。
現地に帰り、まだ、かなり疲れが残っていたが、翌々日には、難民キャンプを訪れた。
今回訪ねた難民キャンプは、シリックとブアラン
そして、国道沿いの一カ所を訪れた。

ピキット近郊では、戦闘は比較的落ち着いているが、難民たちは帰ろうとしない。
DSWDの調査では、数は約4000で継続している。
帰ろうとしない理由は、難民たちの多くが、今後も戦闘が続くと考えているからだ。
ミンダナオの状況は、良いとも悪いとも言えない。

日本の新聞でも紹介されたが、
IMT(国際停戦監視団)の中核をなす、マレーシア軍は撤退した。

和平交渉が進展せず、業を煮やしての撤退だ。
フィリピンの国軍は、MILFに対する強硬姿勢を貫いている。

IMTには、日本政府も人材を文民派遣しているが、
撤退を戦闘の拡大のきっかけと考える向きもある。


今後、どのような展開を見せるかは余談をゆるさない。
ピキットでは、戦渦は多少おさまったものの、

ARMM(イスラム自治区)等では、
今まで以上の激しい戦闘が起こっているとも聞く。
ダトゥピアンなどでは、国際NGOが入ることが制限され、難民は悲惨な状況だと聞く。

ミンダナオ紛争は、多少日本でも報道されているが、現地の真実の状況も知らずに、
単にイスラム教徒とキリスト教徒の対立として描いている
紋切り型の報道も多い。現地でも多い。
そのなかで、今回、光っていたのが、毎日新聞社の10月29日の記事だった。
(右の画面をクリックすると、記事の拡大画面がでます。)




写真をクリックすると拡大画面に!
現地を良く知っている者からすると、ジャーナリストの矢野純一氏がダトゥピアンに直接踏み込んで
現地取材をしている意気込みには敬意を表したい。

ARMMのこの地域は、現在も、最も不幸な地域とされている。
ピキットでは、国際的なNGOなどが初期の頃から入っているが、この地域は、色々な理由で支援が無い。

理由の一つは、支援物資がMILFに流れて、現地の人々に届かないと言うもの。もう一つは、矢野氏が指摘するように、
「国軍は、『危険』を理由に、町へ通じる道を通行止めにするため、国際機関からの援助の食料や飲料水が十分に届かない」
ピキットのポンポン神父からも上述の状況は間接的に私も耳にしている。

さらに、インターネット上に公開された「ねずみ」の取材など、久々に本格的なジャーナリスト魂を感じさせるものだった。
興味ある方は、以下の記事をクリック。
http://mainichi.jp/select/world/news/20081111dde007030079000c.html

日本でも、アフリカに駐在のNGO関係者の記事で、朝日新聞に、
アフリカにおける部族間闘争の裏側に資源をめぐる思惑があると書かれていたが

この様な、表面の内側をキチッと報道する姿勢が、日本のマスコミにも有るということは、うれしいことだと思う。

難民キャンプでは、
子どもたちの病気が
問題だった
     アルバちゃんのこと  山元 眞    

今年の夏ピキットの難民キャンプを訪れたとき、
そのたいへんな「現実」を教えてくれたのがアルバちゃんだった。
実際に難民キャンプの中に身を置いても不思議と実感がわいてこない。
日ごろからテレビや新聞などの報道で客観的に見ることに
慣れてしまっているせいだろう。
まるでテレビを見ているような錯覚に陥っていたことを思い出す。
その場にいても…。
ただアルバちゃんの、触ったら折れるようなその手に触れたとき、
「現実」に触れた気がした。
ひどい栄養失調の状態を越えて、ほとんど飢餓状態…。
このような人に触れたのは、生まれて初めてだった。
「現実」が迫ってきた。
かわいそう、などと感じる余地はない。
アルバちゃんの背景にある世界を不気味に感じる。
現代社会のさまざまなひずみやしわ寄せが
アルバちゃんを、まるで骨だけの体にしている…。
このような「現実」にわたしたちは何ができるのだろうか。
難民キャンプからキダパワンに戻り、30年ぶりに献血をした。
血を与えるということは、どういうことなのだろうか。
アルバちゃんがまた何か大切なことを教えてくれる。
クリスマスが終わってから、アルバちゃんに会いに行こう。
今度は少し手を握り返してくれるかもしれない。


思った通り、難民キャンプでの現在の最も大きな問題は、子どもの病気だった。

上は、かつて紹介したアルバちゃん(9歳)。
病院でのチェックの後、ビタミンと粉ミルクの栄養補給を続けていたが、DSWDから突然帰郷したという報告を受け中断していた。

今回、日本に行ったときに、当時アルバちゃんに会った行橋カトリック教会の「Mの会」メンバーと、山元眞しんぷから、
「探して欲しい。できれば、ミンダナオ子ども図書館に小さな小屋を建てて、祖父母と共に、健康が回復するまで療養させて欲しい」
と言う、希望を聞き、現地に足を運んだ。

幸い?、アルバちゃんは、再び難民キャンプに戻っていて、
今後の事は、祖父母と詰めて話し合うことに決定。
OKの場合は、ミンダナオ子ども図書館に小屋を建てて、そこで祖父母と共に療養生活を始めることになる。

右は、今回診療することになった、天然痘の子ども。
彼女以外に、この地域に4名の子が、病気であり、即医師の診断をあおぐことにした。
また、年明けて各々の難民キャンプでの医療プロジェクト実施を決めた。

難民キャンプにも優先順位があるのか、
いくつかの場所は、どういう訳か、他の難民キャンプと異なって、赤十字の食料支援も少ないし、12月はうち切られていることが判明した。
一方で、ある地域では、オックスファムとアメリカ海軍の支援が始まったと聞く。
軍の要人もシリック高校にヘリコプターで降り立ったと聞いたが、これらは何を意味しているのだろうか・・・

今回何よりも
うれしかったのは
元気なスカラーの子に
会えたこと

真ん中は、アイサちゃんと、左がお兄ちゃん。共に父親も母親も居ない。アイサちゃんは、結膜炎だった。
彼らは、難民になって、すでに3ヶ月すぎている、ブアラン村の子どもたちだ。
私たちの訪問を本当に喜んでくれた。彼らに、支援者にわたす、お礼のカードを書いてもらった。

今後、12月は、クリスマス炊き出し支援と読みきかせを始める事に決定。
年明けて、医療支援を開始する。

今、スタッフたちは、子どもたちが支援者に毎年、年末に送る、クリスマス新年カードを作ってもらうために奔走している。
難民キャンプにいる子を探し出すのは至難だが、来年は、このような年にならないことを祈るのみだ。

今年のクリスマスと正月は、どうやら難民と共になりそうだ・・・・
もう一つのうれしい出来事は、
上の写真の子たちと同じ、ブアラン村から難民になっている
Alibai Adzis(13)さんに、支援者が見つかったこと。

7月頃に、
「お母さんがいない女の子で、高校生を希望します」
とメールを下さった仮称「親指姫」さま。

すぐに見つけようと思えば、どのような子でも探し出すことは出来るのですが、
本当に支援を必要としている子を大切なスカラシップ候補にと、
4ヶ月以上も待っていただきました。
Alibaiさんは、辺境の村、ブアランの出身で、お父さんは亡くなり、お母さんは海外に行ったきり、他の男性といっしょになりました。
高校一年生で、お祖父ちゃんと住んでいますが、今は難民状態です。

スカラシップの話をしに学校へ。
そのうれしそうなこと。口数が少ないだけに、想いが顔からあふれそうでした。
よかったね。
日本滞在中の所感
ミンダナオに来て8年目に入った。
早いものだとつくづく思う。ミンダナオ子ども図書館が、
現地法人の資格をとってから6年目にはいった。
対日本関係は、私が一手に引き受けたが
現地法人資格をはじめとして
読み語りや医療、スカラシップや難民救済といった現地活動を
ここまで築きあげたのは、他でもない
10代前半から後半のスカラーシップ奨学生たちだ

彼らの数名は、今スタッフとして活躍しているが
現地の若者たちの力がなければ
ここまで出来なかっただろう

決して平坦だったわけではない。
一歩一歩、去勢修正しながら、マネージメントを教えていくのも容易ではなかった。

賄賂が平然と横行する社会。
ちょっとした出来心が貧しさ故であること、また、子どもの頃からの山育ちであるがゆえの無知から来ると言うことを考えると、

忍耐を持って接していけば、やがて次第にわかっても来るが、それなりの厳しさも必要だった。

それにしても、驚くべきは、彼らの生きる事へのしたたかとも言えるバイタリティーだ。
例え難民キャンプにいたとしても、目の輝きを失わない、子どもたちの姿にはほれぼれする。
あの輝きは、人の持つ、純粋な生きる力を映し出していると思う。

日本人にとって、生きる力とは何だろう。
ミンダナオの若者たちと、日本の若者たちの「生きる力」の解釈が異なるのは、
日本では、生きる力は、「個人の力」として解釈されていることだろう。
忍耐力、学力、決断力、実行力、
これが国家単位になると政治力、経済力、軍事力となっていく。

良い成績を取ること、良い学校に行き、良い会社に入ること。
良い地位につき、高い給料を得ること。
命令されるよりも、命令を下す立場に立つこと。
それが、生きる力であるかのように・・・思ってはいないだろうか。

それなのに、そのように登り詰めた人々が、何と多く、中高年で自殺することか。
ちょっとしたきっかけで・・・。
家財を失い、難民状態になったら、日本人は次々に、首つり自殺をするだろうか。
右の難民たちも、すべてを失ってこの場所に、すでに3ヶ月もいるのだが・・・・

ミンダナオの若者たちにとって、生きる力は、
どうも個人の力とは反対がわに有るように見える。
ミンダナオ子ども図書館に来て、ここで共に生活を始める若者たち。
彼らのとって、「生きる力」は、互いの壁を極力取り去って
協力しあい、助け合い、家族のように愛し合い
たとえ贅沢な暮らしが出来なくても、極力みんなで分かち合い
問題を一つ一つ解決しながら
一歩一歩(例えそれが小さな小さな一歩でも)喜びながら未来へ進んでいくことなのだ。
今回日本に行って、若者や子どもたちの目を見て思ったことだが
ミンダナオの子どもたちと、幼い子たちの目や表情は、基本的に変わりがない。
写真は、ミンダナオの話を真剣に聞いている、年・中長組の幼稚園の子どもたち。(行橋カトリック幼稚園にて)

どうも、幼稚園までは良いのだが(幼稚園の方針にもよるかな?)
学校教育が始まり、塾通いが日常になると、こうした「生きる力」が、蝕まれて行くような気がしてならない。

子どもたちが、生きる力を持つにはどうしたらよいのだろうか。
自分だけの力だけで生きることは、しょせん不可能なことを知ること。互いに心を開いて同じ目線に立って愛し合うこと。
そのために必要な教育とは何か・・・
《同じ瞳》 山元 眞

 11月25日(火)、松居さんに幼稚園でお話しをしていただいた。
クリスマスの準備でプログラムが詰まっていたので、今回は学年ごとに
保育の合間を縫ってミンダナオの状況を子どもたちに話していただい
た。わたしは横で子どもたちの様子を見ていたが深い感動を覚えた。
 日ごろから人の話しをよく聞く子どもたちではあるが、今回は特別に
集中していたようだ。満3歳児、年少(3〜4歳)、年中(4歳〜5
歳)、年長児(5歳〜6歳)の子どもたちにそれぞれ話していただいた
が、どの学年も松居さんの話しに集中していた。話しを聞く子どもたち
の瞳や表情を見て感動を覚えながら、温かい平和に包まれる思いがし
た。子どもたちの瞳、表情が…ミンダナオで読み聞かせを聞く子どもた
ちのそれと…まったく同じだった!
これが平和の原点だと思う。
 人の話しを聞くことさえできない日本の子どもたちの現実。「人の話
しは聞くもの」という常識が消え、「聞くのも聞かないのも個人の自
由」という間違った自由主義に毒されている。世界の現実を認識するた
めには「聞くことを聴き」、「見ることを観る」能力が求められる。こ
の認識能力が育たない。
 日本の幼児教育(保育)の現場も「子育て支援」という名目で親を助
けることばかりを考え、それが子どもの育ちにつながっていない。子ど
もたちにとっては悲惨な状況だ。何年間も間違った方向を歩み続けてき
た。今、その結果が現れている。それなのに、まだ、このまま行くのだ
ろうか。間違っていることに気づきながらも「この道」を行くなら、そ
の結果は想像を絶するほど、そして取り返しのつかないほど悲惨なもの
になるに違いない。
 今、軌道修正をしなければいけない。

今回、大きな体験は、大渕みほ子さんにつれられていった、フリースクールの若者たちとの出会いだった。
ミンダナオの事を話したときの、彼らの目の輝きは、まさにミンダナオの若者たちと共通した光があった。

どうやら、日本の若者たちの80パーセントが学校を拒否して行かなくなり
独自の人生を歩み始めたならば、日本も再生するのではないか・・・

日本では、全体的に何かが狂ってしまっていて、大人も教育者も政治家も、子どもの文化にかかわる多くの知識人や作家も
生きる力の「原点」がいったい何かを、思い出せなくなっているようだ。
根元的に生きる喜びを見失った人々、生きる力を失った人々が作る、金銭目的の見せかけの文化、そして政治と経済。
それに踊らせれているだけの国民たち。

日本では、もはや原点を見いだせないなら、ときに同じアジアのミンダナオにしばし時と場所を移して
眠ってしまった心の原点を、ミンダナオの若者たちの力によって、目覚めさせるのが良い。

そうした意味でも、何らかの形で門戸を開き、日本の若者や子どもたちを受け入れる体勢を考えなければならない時が来たと感じた。
難問も多いのだが、決断したからには、やるしかないだろう。
日本の子どもたちや若者たちの事を、ほおって置くわけにも行かないだろうし・・・

子どもが生きる力を持つために必要なことは
せめて小学校卒業までは

思う存分自由に外で遊ぶこと、
家のお手伝いをたくさんすること、
そして昔話をみんなで話して楽しむこと


今回の日本滞在で、ますます
そう確信するようになった



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ミンダナオ子ども図書館だより:10月11日

1:初めてのスタディーツアー
  ミンダナオ子ども図書館に訪問者がいないわけではない。
  今までは、ほとんどが支援者の方々だったし、若者同士の交流を積極的に考えたことは無かった。

2:ウオーターフォールの集落では経済的な貧困がさらに進み、病気が蔓延していた
  信頼できる小児科のウオン先生が首を傾げながら
  単なる風邪で、これだけ長期の症状が出るという事は基本的に栄養失調だからですね。


3:ウオーターフォールで、滝の滑り台

4:ミンダナオは危険地域に指定されているから公のツアーでは、訪問できる場所は限られている
  先日から、炊き出しも行っているマノボの村。大勢のスカラーたちも同行した。

5:ミンダナオの情勢は流動的だ


6:ビサヤ・イロンゴデーが盛況で終わった

  ムスリムダンス、マノボダンス、ビサヤダンス
  すべてが本当にすばらしく、どこに公演しても感動を起こすだろう!


7:訪問者はルモットの保育所を建設に
  自分も何らかの形で貢献できる、という体験は貴重だった。
  最初はとまどいながらも、最後には、ともに汗を流し、すがすがしい気持ちに・・・・


8:カナダの青年が、NGOとして見たミンダナオ子ども図書館
  またMCLは、これまでみてきたどこのMGOにもないすばらしものがあった
  と話していましたし、私にも紹介してくれたことを感謝してくれました。ありがとうございます。


9:カバサランの医療プロジェクト
  彼らの服は、よれた迷彩服で、手にはM61ライフルや、ロケット弾が握られていた。
  ミンダナオ子ども図書館の若者たちと、ほとんど同じ年のあどけない若者たち。


10:医療プロジェクト報告




初めてのスタディーツアー
ミンダナオ子ども図書館に訪問者がいないわけではない。

今までは、ほとんどが支援者の方々だったし、若者同士の交流を積極的に考えたことは無かった。
すでに何度か理由は書いたが、最大の理由は、
ミンダナオ子ども図書館の活動の根幹が積極外向型であり、私を先頭にスカラーやスタッフが、
ムスリム難民を救済したり、山岳地のマノボ族の医療を実行したり・・・・その根幹は読み語りなのだが。

端的に言うと、訪問者のお世話は、活動を停滞させるからだ。
特に、支援者のように、すでに活動を理解していて、仲間として迎えられ、
自分の支援している学生に会いに来られたりする場合は、目的もはっきりしているので心配はないが、
ツアーのように、漠然と来られる場合は、変に気を遣う?


ツアーと銘打っているからには、それだけの快適さやサービスを求める人もいる。
しかし、NGOとしては、接待を求められても、それに答えてるゆとりがあろうはずがない。
多くの支援者たちの思いのこもった寄付で動いている団体なのだから、
少数の訪問者のために時間を割くことはどうか?

そのような迷いを持ち続けつつも
去年、訪問者に門戸を開こうと決心したのは、
ビジターから得る利益でNGOを維持しようと考えたからではない。
日本の若者や中高年の心の危機を見て、また、要望を耳にして、決断した事だった。

その際に、多くの方々から忠告をいただいた。
「松居さん、やめた方がいいんじゃないの?
訪問者なんてみんな我が儘なもので、ミンダナオ子ども図書館にそぐわないよ・・」
「あの純粋な子どもたちが、客接待に慣れた、媚びた子たちになっていったら、本来の良さが無くなるよ」


結果がどうだったか、私にはわからない
南国のリゾート気分で来た人たちは、きっとショックを受けただろう
日本人にとって快適な滞在施設にするつもりは毛頭無いから、
食事もトイレも寝食も子どもたちとほとんど同じ
特別扱いはしない

他のスカラシップと異なって、
リーダー養成などは目的としていないから
日本をそのまま持ち込んだような教育ママも、ショックを受けるようだ
とりわけ、日本の価値観に縛られたまま、それを未開文化の地に植え付けよう等と
無意識にでも思っていると・・・・



要望にも応えて
久しぶりにウオーターフォール
にも行った
テレビで紹介されたところだ

本当に美しいところだが
現在山岳地で使える
4WDの軽トラックで行く
山道は過酷だ

しかし、子どもたちは大喜びで
早速、滝壺に飛び込んだ
この子たちを見ていると
私は本当に幸せを感じる

彼らのために生きている事
そして、両親がいなかったり
極貧の中から来た子たちが
心から幸せそうな表情を
見せるとき

この仕事をしていて
良かったと心底思う






しかし、ウオーターフォールの集落では
経済的な貧困がさらに進み、
病気が蔓延していた
今年は、奇妙な高熱と痙攣を起こす
風邪が流行っている

写真のスカラーの子たちも
すでに3週間も病床に伏したりして
学校も停止したままだった

久しぶりに会って愕然とした
なんて痩せてしまったことか!!!
立って歩こうとすると、
ふらついている

多くの親や子どもたちに
病気が蔓延している
同じ病気にかかっても
ミンダナオ子ども図書館に住んでいる
奨学生は、数日で回復するが

栄養失調だと
命取りだ
とにかく、病院でチェックを
受けることにした
病院では、すぐに入院!
色々な検査をした結果、デング熱ではない事がわかってきた。

信頼できる小児科のウオン先生が首を傾げながら
単なる風邪で、これだけ長期の症状が出るという事は
基本的に栄養失調だからですね。

食べるものを食べていない、基礎体力がない、
快復力がないところに病気が襲うから、ますますやせ細って行く
このままだと、死ぬかも知れない。

唖然とした!!!
訪問者がいるので、自由に行動は出来なかったが、
山のビックビックさんの家に預けて別行動で急遽医療活動を実行した。
幸い、ピキットの難民キャンプでの医療活動を継続しているので、
その薬をウオーターフォールに届けた。

日本では、薬は日常手にはいるし、基礎健康が食事で出来ているので
「薬に頼っても、薬を渡しても・・・」と言う人もいるが
ちょっとした風邪でも死に至る場合もある時に、予防も含めてやはり薬は頼りになるのだ。

日本では、風邪ぐらい自分で直すのだが・・・

ウオーターフォールで、滝の滑り台

どんなに困窮した現状あっても
こちらではそれが日常だから、子どもたちは屈託がない。
楽しみ時には、大いに楽しむのが信条?




一方で、一日三食の食事が出来ず
毎日、芋を食べて食いつなぎ
病気にかかると
体力がないので
死んでいく人がいる

同じその地域で
優雅に遊び
お腹一杯米を食べ
おいしいおかずのある人がいる
この矛盾は何か
この様な世界を見るたびに
悲しい困惑と
めまいを感じるのは、私だけでは無い?


ミンダナオは危険地域に指定されているから
公のツアーでは、訪問できる場所は限られている
ピキット市の福祉局、DSWDの調査とグレイスさんの確認で
希望者のみピキットに読みきかせに行った。

先日から、炊き出しも行っている
マノボの村。
大勢のスカラーたちも同行した。

困窮する子どもたち、
それにも関わらず、明るく、心を開いて向き合ってくれる。

彼らの前で、「大きな栗の木の下で」を演じて
子どもたちも大喜び?ここで、何を彼らは感じたのだろうか?



まずは現場を見ること
実情を自分の目で確かめ
確認すること

その後、どのような行動を起こすか
全く起こさないか
二度と来ないと決心するか
それは本人次第だ。

だた、日本も含む
国際情勢が関わっていなければ
この様な、ひどい戦闘は起こらない
炊き出しに並ぶ子どもたち
炊き出しは成功している
米の支給だけだと
大きな大人や青年が
ほとんど食べ尽くして

小さな子どもたちに
食事が十分回らない事も多い

17歳以下に厳しく限定した
炊き出しは
確実に子どもたちに栄養を補給し
基礎体力の維持を可能にしている

週3回
3週間で計9回の
第一回炊き出し計画が終了した
ミンダナオの情勢は流動的だ。

カラカカンやパニコパン、ダリガウインなどの国道沿いは落ち着いている。
山岳地域の反政府勢力も、本格的な活動は開始していないと、スカラーからも聞いている。
国道沿いで入りやすいところから、様々なNGOも入っているし、炊き出し支援も行われている。
(地図では、上へ抜ける道沿い)

現在大変なのは、ラガイエンやブアラン、パイドプランギといった、辺境地域だ。
難民が村から、シリックの村道沿いに避難してきている。
私たちのスカラーも多く避難している。
(地図では、左へ行く道。この地図の真ん中より下半分は、洪水が襲っている地域)

これら村道は、最近になって、ブルドーザーで道の拡張整備が緊急に行われた。
おそらく、軍用車の走行をより早く大量にするためだろう。

イスラムの祝日、ラマダン明けで、事態は悪い方へ向かうと言われているが・・・
ミンダナオ子ども図書館では、第二回炊き出しを、とりわけ困窮しているこの地域で開始した。
一昨日、私も調査して、ブアランやラガイエンの人々と話し。
医療と衣料、欠乏しているビニールシートを約束した。

11日、土曜日の今日、スカラーたちは、この地域に古着を届けに活動を開始している。
私は、午前はこのサイトを作り、午後にはダバオに立つ。
明日の日本へのフライトを確保するために・・・・

日本に行く必要がなければ、若者たちと行動を共にしたい。



写真をクリックすると拡大されます
ピキットの地図
ビサヤ・
イロンゴデーが
盛況で終わった
昨年、ムスリムの踊りが、日本公演で大盛況だった結果を受けて、
若者たちは、今年の文化祭のテーマを、ダンスに絞った。

踊りは、フィリピンの若者たちにとっては、最も適した自己表現の手段?
そのできのすばらしさは、驚嘆に値する。

ムスリムダンス、マノボダンス、ビサヤダンス
すべてが本当にすばらしく、どこに公演しても感動を起こすだろう!


この様なダンスがあるとは、
知らなかった、
長いすのダンスでは
女の子が、地面から
男性に手を引かれて
飛び上がる!

そのたびに、叫声と大拍手
交通費と宿泊を保証していただければ、国際交流のために日本公演にうかがいます。
訪問者はルモットの保育所を建設に
ビックビックさんのところに宿泊。電気のない家で現地の生活を体験 建設途中の保育所

自分も何らかの形で貢献できる、という体験は貴重だった。
最初はとまどいながらも、最後には、ともに汗を流し、すがすがしい気持ちに・・・・
もう少し長く居たかった!

今回は、予定を変更して
後半は、ダバオオリエンタルのハウスオブジョイへ
ここは、海もきれいで、本当にリラックス出来る場所。ビジターには、おすすめ。
前半がハードだっただけに、ホッとされたようだった。
やはり、ミンダナオ子ども図書館は、ツアーには向かない?

カナダの青年が、NGOとして見たミンダナオ子ども図書館
カナダの青年、ジェイソン君が、前後してミンダナオ子ども図書館を訪れた。
父親が中国人で母親が日本人。NGOや労働者の権利、国連の活動に興味をもち、
今まで、タイ、カンボジアなど、アジアを中心に生活費を稼ぎながらNGOをめぐっている。
話を聞くと、ラテンアメリカのNGOも回ったとか・・・
日本の支援者で英語学校を営む首藤さんから、是非尋ねなさいと言われてきた。
ピキット情勢が非常に悪いときで、難民救済活動を手伝ったが、途中からハウスオブジョイを勧めた。
彼の所見が、首藤さんからメールで届いた。
また、バンクーバーの支援者からも届き、ブログを紹介。
松居様、およびMCLスタッフの皆様

このたび、友人のジェイソンを、
快く受け入れて下さりありがとうございました。
彼は、次の旅の前に、日本に立ち寄ってくれ、
私の家に4日ほど滞在しました。
その間、こちらでの友人に会ったり、
温泉に行ったりと、ゆっくり過ごしてもらいました。
ミンダナオの話も、たくさんの写真や、
ムービー画面で説明してくれ、
ほんとうによくMCLの様子がわかりました。
彼は、一人一人の子ども達のことを覚えていて、それぞれのすばらしさを教えてくれました。
私は、彼が、こんなに子どものことを愛していたことを初めて知りました。
日本では、そのようなことがありませんでしたので。
彼にとっても、大きな精神的な成長の1ヶ月だったと思います。
またMCLは、これまでみてきたどこのNGOにもないすばらしものがあった
と話していましたし、私にも紹介してくれたことを感謝してくれました。
ありがとうございます。
MCLの子ども達が、ハンディキャップや、貧困に負けないで、楽しく、協力して過ごしている
ようすが写真にうつされていましたが、またミンダナオの風にあるように、戦闘による難民の
状況も、かずあり、胸が痛みました。まだまだ支援が足りないですね。
これから彼と協力して、少しでも、支援者が増えればと思っています。

千竃さんが、先日スカラーが大学を卒業する前に一度、ミンダナオへ行こうかと言っていたので、
私も、ご一緒できればと思っています。来年になるとおもいますが・・・・・
それが実現するように、頑張ります。Save money・・・ 皆様によろしくお伝えください。

首藤順子


松居様。こんにちは。

小さい子どもをもった育児真っ最中のママたちの集まりなので細々とながらやっていますが、
少しずつ周囲からの協力をもらっています。

軌道にのって、もう少し協力が増えるようになれば、少しでも多くの支援ができたら、、、といつも考えています。
私たちのできるところでがんばりますのでよろしくお願いします。

ちなみに、クローバーの会のブログがようやく立ち上がりましたので
お時間が許すときがあればぜひのぞいてください。
http://cloverforever.jugem.jp/?cid=2

エリザベスちゃんの紹介やミンダナオ図書館の紹介をさせていただきました。
来週の金曜日に簡単なイベントを行う予定です。

11月12日のエリザベスちゃんのお誕生日にむけて子どもたちとカードを書きたいと思っています。
それではニュースレターの方、楽しみにしております。
よろしくお願いします。

カナダ・バンクーバーより
石本さゆり





カバサランの医療プロジェクト
先日、洪水に見舞われたカバサラン地域を紹介した。
そのときに、人々が激しい腹痛、下痢、高熱に困っていると言う報告をした。

翌週、私たちは、スカラーたちと一緒に医療プロジェクトと読み語りを実施した。
ピキットのドクターと看護士が同行して・・・

左と右の写真を見比べて欲しい
つい数日前の写真だが、
左が洪水時、右は今回の写真

水は退いたが、
舟でしか、たどり着けない事に
代わりはない

今も、周辺は、
かなり深い水に覆われている


私たちは、医療を開始した。
ドクターが処方箋を出し
看護士が薬品を渡す

スカラーたちは
その指示に従って
お手伝いをしている
一方の木陰では
読み語りが始まった

この対岸は、ARMMの
ダトゥ・ピアンで激戦地の一つ

この村には、対岸からも
子どもたちが通っている
MILF系の地域
私たちも、かなり長く
この地域と関わってきているが
これから本格的に関わる地域の一つ

MILFの力が強く、
対岸と協調をしながら
入っていく必要がある。

その中心でもある、カバサランと
良い関係を築くことが
今後の活動を左右する。

カバサランからの帰り、すでにミンダナオ子ども図書館で保育所を建てたブロッドを抜けた。
のどかな田圃のあぜ道を、17歳前後の若者たちが、散歩でもするかのように歩いていた。

通りすがりに、手を振ると、うれしそうに笑顔で答えてくれた。
数人は、ミンダナオ子ども図書館の私を知っているようだ。

彼らの服は、よれた迷彩服で、手にはM61ライフルや、ロケット弾が握られていた。
ミンダナオ子ども図書館の若者たちと、ほとんど同じ年のあどけない若者たち。

学校に行きたくて反政府組織に応募する子がは多い。
組織が戦闘参加を条件に、
スカラシップを出してくれるし、食べ物も食べさせてくれる。

先進国からは、少年兵の問題が声高に非難され議論されるが、少年兵を生み出す、
不条理な貧困や差別の問題の解決無くして、少年兵の問題は議論できないだろう。

ミンダナオ子ども図書館に来た若者たちの中には、
NPAやMILFに応募する予定だった子もいる。

医療プロジェクト報告
ヘアリップの子たちの手術が終わりました。
ヘアリップの子たちは、
緊急ではないが、
こうした子たちとの関係を通して
新たな地域と関係を築いていける
この子たちも
新たにスカラーとなれれば幸いだ。









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ミンダナオ子ども図書館だより:9月23日

1,洪水で緊急支援を必要としているカバサランにDSWDと共に向かった
  ピキットが、激しい洪水に襲われている。
  もともと、年に1,2回、大きな洪水のある地域だが、今年の状況は異常だ。

2,
カバサラン村の学校に着いた学校も、周囲の村もすべて広大な水の中だった
 「これでまあ、よく生活をしている」と驚いた。見渡す限りどこもかしこも水水水

3,子どものための炊き出し支援を開始した
  炊き出しは大成功で子どもたちと母親たちは本当に幸せそうだ

4,医療活動も続いている
  新しい患者たちも次々に運び込まれる
  どこまで治療できるか、予算との格闘だ・・・・

5,
今年はよく雨が降るけど美しい虹も多い

6,混沌の中で・・・松居陽
  ピキット周辺で起き、増長する可能性を持つ今回の戦闘も、思いがけない第三者が双方の理解の不足を突いて、
  対立を扇動し、悪化させた可能性は実に高い。



洪水で緊急支援を必要としている
カバサランにDSWDと共に向かった
ピキットが、激しい洪水に襲われている。
もともと、年に1,2回、大きな洪水のある地域だが、今年の状況は異常だ。
すでに、4回も大きな洪水に襲われていると同時に、なんと退いたかと思うと、数週間後にまた襲ってくるのだ。

すでに前回、難民キャンプのあるパイドプランギの状況を報告した。
しかし、他の村々の事が気になって仕方がない。たとえ戦闘地域から多少離れていたとしても、川沿いの村は大変だろうと想像し、
ミンダナオ子ども図書館で、独自に行動を起こそうとしていた矢先に、市の福祉局が食料支援を決定。同行することになった。
日本政府が寄贈したODAのダンプカーが、実に役に立っている。私たちも繰り返し使わせてもらっている。
米を積み込み、グリグリ村まで行く。洪水の影響を受けている第一の村は、ブロッドだ。
ここは、ミンダナオ子ども図書館で保育所を建てたところだが、水が多くて近づけないので、住民にグリグリ村まで来てもらった。

さすがに皆、ミンダナオ子ども図書館の事をよく知っている。
私が珍しい日本人であることもあるが、「うちの息子がスカラーでお世話になって・・・」などと声をかけてくれる。
右端は、ヘアリップを治療した少女。久しぶりに再会して、うれしそうだが、こちらもうれしい。ご両親もうれしそうだ。

こういう再会があるから、この仕事は辞められない。
また、人々が私のことをよく知っているので、安全も保たれている・・・・と言っても、危険は常に存在している。


グリグリから、いよいよ舟に乗ることにした。
と言っても、普段は船着き場ではない。
上の写真は、一見船着き場に見えるが、洪水の無いときは、ただの畑なのだ。

ごらんのように、庭も、野菜畑も、ココナツの林も水の中だ。
ここから数か村が水に浸かっていて、その広さは広大だ。

私たちは、ここで配給の米をエンジン付きボートに移し替えた。
遠くに家々が見えるが、すべて水の中
広大な地域が水に浸かっている
一見湿地に見えるが、本来は畑だ
米をもらってブロッドに帰るところ
以前にも会ったことのある家族たち
普段は、歩くか車かバイクで帰るのだが
まるで、海か湖の上を
走っているようだが、
遠くの家々を見ていただければ

ここが本来、陸地でしかも、
トウモロコシなどの
畑であることがわかるはずだ。
家々はすっかり水の中で軒まで水に浸かっている
難民化している人々もいるが
驚いたことに、2階に住んでいる家族もいる
舟をつないで、魚を捕りながら、それを市場に売って生きている。
しかし、この汚れた水を毎日飲んでいるのだ。
カバサラン村の
学校に着いた
学校も、
周囲の村も
すべて広大な
水の中だった
「これでまあ、よく生活をしている」
と驚いた。
見渡す限りどこもかしこも水水水

まったく、陸地というものが見あたらない・・・
教室の中も、
学校の周囲も、
村の広場も

小さな売店も
家という家は
すべて水の上

洪水になったら
どこに避難するかと聞いたら
小さな小舟に避難して
そこで寝泊まりするのだという
この様な場所に、魚以外に食料が有ろうはずもなく
人々の生活は困窮している。
しかも、悪いことに、ピキットの西では戦闘が起こっている。

戦闘による難民キャンプの方には、国際的なNGOやワールドフード、赤十字の食料支援があるが(今はそれも滞っている)
洪水は、まったく支援の対象にはならない。
ようやく地方自治体のDSWDだけが、数キロの米を支援したのみ。

現在、ピキットで最も困窮しているのは、長期滞在の戦闘難民と洪水の中の人々だろう。
全く支援の手がさしのべられずに、しかも、ピキットの3分の1以上といった、広大な領域に住んでいる家族が困窮している。

戦闘難民を加えると、3分の2の地域が大変な状況だと言える。
中でも、最も困っているのは、医療の分野だと判った。
とりわけ、お腹を壊して、激しい下痢の症状が多い。
次に、風邪と熱。とりわけ、ここでは、子どもたちの病気が多いことがわかり、
ミンダナオ子ども図書館で、近日中に、ドクターと共にメディカルアウトリッチ(医療支援)を行うことにした。

他のNGOが皆、難民キャンプに向かっている現在。
ミンダナオ子ども図書館以外に、この様な地域を支援するNGOは、現在ないだろうから・・・

もちろん難民キャンプでの、炊き出しや医療も継続していく。

子どものための
炊き出し支援を開始した
こちらは、難民キャンプでの
炊き出しの様子

炊き出しは大成功で
子どもたちと
母親たちは

本当に幸せそうだ
医療活動も続いている
新しい患者たちも次々に運び込まれる
どこまで治療できるか、予算との格闘だ・・・・


覚えていますか
あの子たち

今は、治療のために
ミンダナオ子ども図書館に
母さんと住んでいます

とっても元気に
そして、明るくなりました。

この子たち、
スカラーになります。
どなたか
支援してくださいませんか
よろしければ寄付をお願いします。
一つでも虹のような笑顔が生まれるように!

こちらをクリックして・・・

今年はよく雨が降るけど
美しい虹も多い


君たちの笑顔こそが
わたしたちにとって
何よりも
美しい
今日も
ミンダナオ子ども図書館の
一日が終わった。

60人の子どもや
若者たちが
眠りにつく・・・

お休みなさい



混沌の中で
松居陽


 僕はこの世から四つ、無くなってくれればと心から願うものがある。それが犯罪、無知、狂気、そして戦争だ。
 見るところ、ある程度人が自由で平等であり、権利を持つ社会では、人が倫理や道徳に反した、自分や、他者や環境など周囲の生存を脅かす行動をとるとき、たいがい周りはそれを犯罪とみなし、正そうとするようだ。

 僕にとって無知とは学歴の有り無しとは違い、個人が生き、観察していくうちに知った真実を知る、また知る勇気を持つことが出来ないという意味だ。知ったことを知り、それを持って考え、解決し、決意し、人生を創り上げていくことが出来なければ、上手く彩られた嘘や正当化された悪事に屈する可能性も高いのではないだろうか。

 狂気とは、理性的に考え、行動することが出来ない状態を示すのだろう。有害な固定観念や感情に囚われ、まっすぐ澄み切った分析が出来ないと、人の心は奇妙な解決法を見い出し、自己と周囲に混沌をもたらすようだ。

 争いとはなんだろう。外見上、二者が対立しているように見える。あること無いことが飛び交うコミュニケーションは、弾丸のごとく、とてもまともに受け止められるものではない。狂気に襲われた者達は、心に平安を保ち、単に情報を伝達し合い、ひびの入ったお互いへの理解を修復するのではなく、一生懸命お互いを滅ぼそうと努力する。それが実弾によって行われたものを、戦争というのだろう。

 では、争いとはどのように起きるのだろう。二者の間の理解の割れ目を狙い、不正確な情報で対立を扇動する者、第三者は、二つの勢力が争っている外見にその陰をかき消すものの、ほとんどの歴史上の争いに登場し、その存在は賢明な歴史学者によって明らかにされている。それは、時にとんでもない真実を物語り、第三者は多くの利己的な利益を、それはまた多くの人々の苦しみと引き換えに得てきたようだ。

 ピキット周辺で起き、増長する可能性を持つ今回の戦闘も、思いがけない第三者が双方の理解の不足を突いて、対立を扇動し、悪化させた可能性は実に高い。僕にとってそれは過言でもパラノイアでもなく、観測から行き着いた論理的な推測だ。

 それにしてもなんとむなしく醜いものだろう。難民は家を追われ、恐怖のうちに生き、中には親族が殺され、または行方不明になり悲しみにふける者達もいるのだろう。戦っている者達は死に恐れ、人間同士を殺し、トラウマを得た心は損傷し、生涯通常に生きていくのも難しくなるだろう。

 戦争を布告した者達は、その非倫理的な行為を正当化しようと骨を折り、その決断が恐ろしく破壊的なものだったと認めるとき、発狂しうる。それを周りから見る者達も、人々の苦しみに共感し、どうしようもない気持ちで、人類の明るい未来への希望が薄れていくかもしれない。そして僕は、それを煽った者は一番不幸だと信じる。自身の善良さを認めることが出来ず、自らを悪魔だと思える心を持つということを、感じることに恐怖し、単なる肉体的な存在として、ただただ死を恐れるだろう存在を、僕は哀れむ。

 果たして僕には何が出来るだろう。出来ることならたくさんありそうだ。まずは自身の精神の向上を図っていきたい。人の天然の善良さを信じていきたい。正義の押し売りではなく、幸せをつかみ、生き方をもってインスピレーションを与えていきたい。こうした文を書くことだって、決して無駄なことではないはずだ。




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ミンダナオ子ども図書館便り:9月14日

1:川沿いの難民キャンプが洪水に見舞われている
 パイドプランギに近い、村道上の難民キャンプが、激しい洪水に襲われている。
 つい先週に、読み語りで訪れた場所も、完全に水没し、村にはカヌーでしか、近寄ることが出来ない。
 
2:洪水は、R7と呼ばれる、川沿いの村々も襲った
 水量は激しく、ムランでは、200世帯が鉄砲水で家を流されたという。
 写真のように、水は軒下まで達している。

3:現在の難民キャンプの問題は長期滞在組が残り、洪水や衛生、
 そして栄養失調で病人が増えていることだ
 とりわけ、子どもたちや赤子たちの病気が増え死者も多く出てきている

炊き出しと医療を決断した最初の土曜日、スカラーたちと共に、すぐに企画を実行に移した

5:昨夜からナラパアンで、マノボ族の難民が出ている

6:マカブアルの小学校に最後の届け物






川沿いの難民キャンプが
洪水に見舞われている
パイドプランギに近い、村道上の難民キャンプが、激しい洪水に襲われている。
つい先週に、読み語りで訪れた場所も、完全に水没し、村にはカヌーでしか、近寄ることが出来ない。
難民たちは、戦闘の恐怖の後は水害に襲われ、踏んだり蹴ったり。

水害は、R7と呼ばれる川沿いの村々も襲い、タリタイもラジャムダも水のなかだ。
2年前にUSAIDで作られた、比較的立派な村道が、水害を防ぐ防波堤の役割も果たしているが、
逆に川沿いに建つ家々や村は、屋根まで届く水害に犯されている。海外による道路支援が、水害をひどくした形になり、
R7では、戦闘ではなく、水害による難民が出ている。
パイドプランギとプノル
分岐点にある
道路沿いの難民キャンプは
激しい洪水の流れで
仮小屋がさらわれた
かろうじて水が届かなかった家々で、難民たちはさらに不自由な生活をしいられている
床も、泥だらけで眠ることも出来ない
ここにすんでいる
スカラーのアイサちゃんの事が気になった
彼女の仮小屋も水の中だったが、
竹で高床をしいて
かろうじて生き延びていた

ミンダナオ子ども図書館に
来るように誘ったが

家畜がいるので置いていけないのだと
おばあさんが語っていた

手元にあったパンを袋ごとあげた
難民キャンプの概況
「戦闘は、一時的であるにしても治まっている」という判断の元に、ピキット市中心部の穀物倉庫や学校を利用した
難民キャンプは、ほとんど閉鎖された。学校も周辺の洪水に襲われてる地域を除いては、授業を再開した。

あれだけ頻繁に見た赤十字をはじめとする国際NGOも、約3週間の活動の後に姿を消した。
たまに、現況視察をしているが、米や食料の支援も無くなった。
難民は、確かに市中心部からは消えたが、追い出された人々が、市の周辺部に移転している。

とりわけ可哀想なのが、戦闘で家を焼かれたアレオサン近辺からの難民たちだ。
まだ散発的に戦闘が続いており、恐ろしくて帰れないのと、帰っても家がないのだ。
さらに、山沿いのカラカカンやナラパアンでは、山に反政府ゲリラが集結しているので怖く
新たな難民となってバランガイと呼ばれる村の中心部に集結し始めている。

現在はラマダン期間中で比較的平穏だが、ラマダン明けと同時に反政府組織は戦闘を開始すると言われている。
政府軍も集結を開始しているし、イスラム自治区内では戦闘が継続しており、時々ピキット市内でも砲弾の音を耳にする。
現在NGOで活動しているのは
再び、ミンダナオ子ども図書館と
ポンポン神父率いるOMIの
カトリック教会のみ

と言う状況になってきている

取り残された難民は
僻地で3ヶ月目に入り
病気などが広がり
死亡する子も出てきている

難民生活に疲労が見える時期なのだが
よりによってそのような時期に、洪水が襲った
今年の気候は確かに変だ
突然の集中豪雨が、毎日のように襲ってくるのだから
左と上の写真は、つい10日前に、パイドプランギで実施した
医療と読み聞かせのプロジェクトだ。

道路は乾いており、人々も通常の生活をしている。

しかし、下は、まったく同じ場所の先日(9月5日)の写真なのだ。
写真のなかに、同じ大木が写っているので
かろうじて同じ場所だとわかるが、周囲はどこまでも水だらけだ。
右と上段右の写真は、
山元神父と行橋カトリック教会
が寄贈した保育所だが、
今は難民キャンプとなっている

子どもの健康被害がひどく
風邪、熱、腹痛、皮膚病が蔓延し
死ぬ子が出てきている


原因の多くは、衛生状態と共に
食生活の不足による
基礎健康の悪化だ
ミンダナオ子ども図書館では、今週から、難民の子どもたちのフィーディングプロジェクト(炊き出し支援)を開始することにした。
米の支給だけだと、一家の大人や大きい家族が食べてしまい、子どもにご飯が当たらなくなるからだ。
そこで、週3日、三週間継続して、17歳以下の子どもや妊婦のみを対象に炊き出しをする。

メニューは、DSWDのグレイスさんが考えた。
栄養の偏りがないように工夫し、出来るだけ腹一杯食べさせることが目的。
この企画を、医療と同時に行い、土曜日はそれに読み語りを加える。
時間の空いているスカラーが手伝うが、おもに現地の母親の協力を得る。

炊き出し(フィーディング プロジェクト)
炊き出しは、一ヶ村で週三回×三週間=合計9回します。
現在、カラカカン、バルヤン、タプドク、マカシンディク、パイドプランギ、タキパン、ラガィエンを計画しています。
一カ所で200人前後と想定し、17歳以下の子どもと妊婦を主なる対象にします。
一村の予算を計算したところ、およそ3万5千円で、200名ほどの子どもが9回の食事を食べられます。
これによって、栄養失調による病気等から、多少は保護できると考えています。

食事内容は
1*モンゴ豆と小魚の煮込みとお粥
2*ロスカルド、鶏肉が入ったお粥
3*サンポラード、ココアと砂糖がはいったお粥

炊き出しなどの寄付は、こちらから 
私たちは、かろうじてこの地にカヌーで到達したが
北海道時代に鍛えたカヌーの腕が、この様なところで役に立とうとは想像もしなかた。
笑顔で写っているものの、顔はひきつり心は鉛のように重たい。

戦闘の進行状況が、精神や心に絶え間なく重圧として覆い被さってくる
一人の力では、どうにも跳ね返すことの不可能な重圧。
このような経験は初めてだった。

雨がふれば、難民キャンプでずぶぬれになっているだろう、子どもたちが気になる。
砲声の中で、蚊やブヨにさされて暮らす日々。
汚れた水を飲み、日に一食も食べられない生活を想像し胸が痛む。

私自身も55歳で、体も精神も、さすがに無理は利かなくなった?
友人たちは、定年退職をし始めているというのに
ミンダナオ子ども図書館の仕事は、緒に就いたばかりで、まったく試練の連続だ。

ピキットの戦闘が勃発して以来、支援者への対応も不規則で、
寄付のお礼の葉書も遅れがちになって、最近はしばしばメールで遅滞のお叱りを受ける。
豊かで平和な日本と、ミンダナオの現状のあまりの相違が理解できず、
怒り心頭にきて、離れていく支援者もいる。

たまに写真を載せないと、「現場写真は現地スタッフに撮らせて、作家の手並みで解説だけを
好きに書いているのでは」と思われるらしい・・・・。
すべて現場に足を運び、スタッフに早急の対策や指示を出し、
写真も記事も、すべて私と息子が撮っているのだが。

何しろ、この様な危険と常時隣り合わせの場所で活動しているので、日本人は私一人
日本人ボランティアも日本人スタッフも居ない。
(現地NGOですら、怖がって寄りつかない地域)
去る鳥は追わずに、現地の人々を最優先して、ゆっくりと地道に活動しよう。





それにしても恐ろしい事になった。
写真は、先週戦闘が起こった、
タブドク村だ。
椰子の木の傷は、虫食いではなく、
銃撃戦の掃射跡だ。

椰子の幹が、弾丸で炸裂している
砲弾で見事に椰子の木が折れて
裂けているものもある。





来週から、この村とクランボク
ブアランの子たちを対象に
炊き出しを始める


洪水は、R7と呼ばれる、
川沿いの村々も襲った
水量は激しく、ムアランでは、200世帯が鉄砲水で家を流されたという。
写真のように、水は軒下まで達している。
道は水でところどこと寸断され、タリタイからラジャムダまでも容易にたどり着くことができない。

家の庭で泳ぐ子どもたち、飲み水が心配だ 道路は至る所で寸断されている ラァジャムダ高校も水の中だ
この地域は、戦闘による難民は居ない
しかし、洪水による難民が出ている。水は数日で引くので、戦闘難民のような悲惨さはないが、
戦争状態で復旧は遅れるだろうし、病気がここでも心配だ。


この比較的立派な村道は、2年前にアメリカ政府の支援(USAID)で作られたものだ。
高く作られた道路は、堤防の目的も担っているようだが、
川沿いに近い家々は、軒まで達する水の下に、水没するようになってしまった。

この経験を、今後の復旧やODAによる道路や灌漑整備に注意深く活用しなければならないだろう。
現在の難民キャンプの問題は
長期滞在組が残り、
洪水や衛生、そして栄養失調で病人が増えていることだ

とりわけ、子どもたちや赤子たちの病気が増え
死者も出てきている
左の婦人は、強度の腹痛で
病院に運び
翌朝、緊急の手術をした

ヘアリップの少女は
緊急ではないが
難民キャンプで出会ったからには
最後まで面倒を見よう
難民キャンプで大やけどを
負った少女は、
体の方は良くなっていたが、

父親が無理矢理
退院させたために
足のやけどが膿んでいた

たまたま訪れた
カラカカンで見つかり
再び病院へ・・・・
今度は父親も
平身低頭、協力してくれた。

一方、栄養失調の少女は
親の意向で病院から出て
難民キャンプにもどった

そこで、ビタミン治療を続けるが
両親に、「ミンダナオ子ども図書館で
小さな家を建てるから
そこで半年か一年治療を続けるように
提案したが、了解が得られない。
親次第で治療の道筋が立つのだが

今後もビタミン治療と栄養補強を
続けていくが、状況は難しくなった
炊き出しと医療を決断した最初の土曜日
スカラーたちと共に、すぐに企画を実行に移した

現地視察、現場のニーズの確認
対策をDSWDのグレイスさんと
その場で検討。


翌日の早朝ミーティングで、
スタッフと早急に検討し
夕方のハウスミィーティングで
スカラーたちが実行計画を作成
三日後には、プランを実行する
この素早さ!!!
これぞ、ミンダナオ子ども図書館の強みだ。

緊急支援が必要な現場では、
この様な即断実行が欠かせない。
上は、早速開かれた、カラカカンでの読み語り、炊き出し、医療支援。
対象は17歳以下の子どもたちと妊婦だが、栄養失調の親にも・・・・

この地域は、G7と呼ばれているピースゾーンに入っていて、ごらんの施設も
大渕みほ子さんが関わった、ピースビルディング。日本の支援で完成した。
普段はあまり使われていないように見えたが、この様なときこそ実力を発揮!


この裏に、イロンゴ系、道の奥にビサヤ系、離れたところにムスリムの難民がおり
山岳地域に、ミンダナオ子ども図書館のスカラーたちの村がある。

ここに現在多くの難民が集まってきているのは、この山の方で、反政府勢力が活発に活動しているからだ。!!
しかし、現在このことはあまり知られて居ず、私たちが炊き出しを終えて食事をしているときに
初めてDSWDのみなさんが、初調査に来られたほどだ。

炊き出しが始まった
今日のメニューは
モンゴ豆と
干し小魚の煮込み

配給の間に
さらに先のナラパアンに
昨夜出た
マノボ族の難民調査へ。

そのために
多くの写真を撮りのがしたが、
とにかく子どもたちは
おなか一杯になって
「ありがとう」
を繰り返していたと言う。
こちらは、カラカカンの
医療プロジェクト

先日、10万円分を
買い足したが、
今後も、ダバオに出るたびに
医薬品を買い足し
補充していく必要がある

ビタミン剤が足りない!
去年まで、私たちのスカラーだったアスレーさん。
今年から、日本のNGO、ICANのスタッフとして活動を開始。
事務所は、ミンダナオ子ども図書館に置き
常時、私たちと共に活動をする。

仕事は、ピキットの現地報告でジャーナリストのような仕事だ。
私も、出版社で編集の仕事をしてきたので
一人前のジャーナリストとして、育てていこうと考えている。

ちなみに、彼女のお父さんのホサイン師は
ミンダナオ子ども図書館のボードメンバーの一人
昨夜からナラパアンで、
マノボ族の難民が出ている
彼らは、ピキットの山岳部に住んでいたが
周囲にMILFの反政府組織が多く現れるようになり
恐ろしくて、低地にある村の中心に逃れてきた。

実に、昨夜の事である。
このバルヤン集落は、G7と呼ばれるピースゾーンに属し、その中でも
ムスリム、マノボ、クリスチャンが平和に共存している村として注目を集めていた。
私たちのスカラーで、盲目のベルリーンは、一時この奥の村にすんでいて
私たちも、この村で、読み語りをした場所である。

しかし、現在、ピースゾーンの支援は、新しいイノクオグ等に集中しており
ここは、再び辺境の見放された集落と化している。

昨夜逃れてきたマノボ族の難民のために
私たちは、至急ピキットでビニールシートを購入し

カラカカンで読み聞かせを終了したスカラーたちと、
急遽、バルヤンに向かった
回、読み聞かせに参加したスカラーは
マノボ族が多い。

彼らが中心になり、
次々にシートが張られていく。

道沿いは、イロンゴやビサヤの人々。
彼らのためにも張られていくが

結局、足りずに、再度訪問することになった。
ここでも、多くの子どもたちがお腹をすかせていた。
今回は、カラカカンの残り物ご飯しかなかったが、次回から、ここも炊き出しの拠点とすることにした。
それにしても、いつも子どもたちは可愛らしい。
彼らの姿を見るたびに、疲れも吹き飛び、この様な仕事をしていて良かったと、心底思う。


炊き出し(フィーディング プロジェクト)
炊き出しは、一ヶ村で週三回×三週間=合計9回します。
現在、カラカカン、バルヤン、タプドク、マカシンディク、パイドプランギ
タキパン、ラガィエンを計画しています。
一カ所で200人前後と想定し、17歳以下の子どもと妊婦を主なる対象にします。
一村の予算を計算したところ、およそ3万5千円で、200名ほどの子どもが
9回の食事を食べられます。
これによって、栄養失調による病気等から、保護できると考えています。

食事内容は
1*モンゴ豆と小魚の煮込みとお粥
2*ロスカルド、鶏肉が入ったお粥
3*サンポラード、ココアと砂糖がはいったお粥

料理は、現地の母親たちと、スカラーたちが行います



最後のトピックス
マカブアルの小学校に最後の届け物
日本政府のODA支援を
ミンダナオ子ども図書館がお手伝いする形で
建設を進めてきた、マカブアルの小学校

日本国民の税金によって、平和支援として建てられた
そのお預かりしていたお金の銀行での利子が10000円ほどあったので
最後にトイレの掃除道具を買って納めた


マカブアルの小学校は、
MILF戦闘地域での
すばらしい平和支援となった

この村にいる

私たちのスカラーの成長も楽しみだ。

この村から
戦争ではなく
平和の戦士が育っていく日も

近いだろう。
これで、税金の全額は利子も含めて
支援金として使い果たした・・・・

ガソリン代などの諸経費は
ミンダナオ子ども図書館で負担した。

結果、すばらしい小学校が完成!!!
現地の子どもや大人たちに
心から喜んでもらえた。

日本国民のみなさん
ありがとう。
これからも、一緒にがんばりましょう。

それにしても、ここも洪水!
なんと、学校が水の中に浮いていた。

幸い、教室の中には届かず
午後の授業は終わっていたが、

プロジェクトのために残った
高学年の子どもたちが元気に

作品づくりに励んでいた。







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ミンダナオ子ども図書館だより 9月8日

1:マカブアルの学校が完成した
最終チェックに学校を訪れたが、村道を政府軍の戦車が通っていったのを恐れて、子どもたちは逃げ出していた

2:難民の状況
ガリガリと異様な音を立てて失踪する戦車に人々の顔も引きつっていたが、
戦車から顔を覗かせている、政府軍の兵士の顔も引きつっていた。

3:今後の展開を予想するのは難しい。
政府は、今回の戦闘をMILF側の一方的な違反行為と断定して、和平交渉の棚上げ、棄却を示唆しているが、
MILF側はそれに反発している。互いに総攻撃も辞さないという、過激な論調が出ているが・・・・

4:難民キャンプでは、病気の子供が増えている
病気でもっとも多いのが激しい下痢と腹痛。そして、高熱の症状だ。

5:DSWDのグレイスさんからの強い要請もあり
ミンダナオ子ども図書館で、医療プロジェクトを開始した

6:医療と平行して、読み語りも行う
医療が体の治療ならば、読み語りは心の治療だ!

7:第一回:平和巡礼の集いが感動のうちに閉幕した

8:小雀保育園の寄付による保育所が完成


マカブアルの学校が完成した
最終チェックに学校を訪れたが、村道を政府軍の戦車が通って行ったのを恐れて
子どもたちは、学校から逃げ出していた

反政府勢力の地域と言われる一画に、このような美しい学校が、
日本の支援で出来た影響は大きいと思う。

政府軍と反政府軍が睨み合っている時だけに
地域の人々には、平和の象徴として感じられるようだ。
戦闘がひどくなればなるほど、なおさらに・・・

私たちが近づくと、人々や子どもたちは、さいしょ怖々、家の隅から覗いていたが
しばしば読み語りで訪れている、私の顔を認めると
強ばった顔が笑顔に変わった

この地域の子たちは、反政府軍よりも、むしろ政府軍を恐れている。
小学校に残っている子どもたちはわずかだった
戦車の音を聞いて、ほとんどの子たちが逃げて帰ったからだった

学校に残っている先生方と
建設技師、村の役員と写真を撮る
完成祝いは、10月の予定。

壁には、日本ーバンサモロイニシィアティブ
と書かれている。

写真で見ると、なんと平和な風景に
見えることか。
近くで戦車が走り、遠くで砲撃音が聞こえる
など、誰が想像できよう???

カメラを渡して撮ってもらったので
左端に珍しく私が写っている

国際停戦監視団の日本代表の永石さんは、ここを訪れるのを楽しみにしていたが、
戦況の成り行きに暗雲が立ちこめたためだろうか、
9月には再びミンダナオを離れるという。

こうした支援の背景には、国際政治のそれなりの思惑があると思うのだが
それとは別に、現地の声に答えた形の、真に現地に根ざした活動には、思惑を超えた成果がある。


永石さん、この仕事は、とても良い仕事でしたよ!平和になったら、ご一緒しましょう。


数日後、難民キャンプを訪れると
戦車が轟音を建てて通り過ぎていった


装甲車と異なって、
キャタピラをはいた戦車は
さすがに不気味だ!
ガリガリと異様な音を立てて失踪する戦車に
人々の顔も引きつっていたが、
戦車から顔を覗かせている、政府軍の兵士の顔も引きつっていた。
どこから、M16ライフルやロケット弾の攻撃を受けるかわからないからだ・・・・

こうした戦車の示威活動と戦闘で、MILF軍は押し返された様相で
市政は、学校や施設に滞在している難民たちに、半ば強制的な帰省を促している。
そのために、公の難民キャンプから、難民の姿はだいぶ消えたが
逆に難民たちは、公のキャンプから追い出された形で、
道路沿いに新たにテントを張って避難している。
まだ地域では戦闘が続いていて、帰省を恐れているからだ。
町から遠くない地域の人々は、ほぼ帰宅したが、戦闘はイスラム自治区との境界周辺で新たに発生しており
難民キャンプは、辺境へと移っている。
具体的な地名は避けるが、ピキット周辺でも反政府勢力は、山岳地域などに新たに集結して体制を立て直して、
総攻撃に備えているという。

イスラムには、聖戦による聖都奪回の歴史がある。
メッカを追われたモハメッドは、メジナに引き下がり、体勢を立て直した後に聖都メッカを奪回した。
攻撃されれば、必ず挽回するのが、イスラムの教えだとすると
彼らがこのまま引き下がるとは思えない。

今後の展開を予想するのは難しい。
政府は、今回の戦闘をMILF側の一方的な違反行為と断定して、和平交渉の棚上げ、棄却を示唆しているが、
MILF側はそれに反発している。互いに総攻撃も辞さないという、過激な論調が出ているが・・・・

一方で、今回の展開は、事前にかなり周到に準備されたドラマであり、反政府側がそれに引っかかったという見方も根強い。
直前に平和交渉に異議を申し立て、ホゴにする計画に、イスラム側が引っかかったと言うのだ。
そのシナリオは、米国によって書かれ、日本も側面から支援したと言うのだが、真相は闇の中だ。
(もちろん、米政府は否定している)
ただ、この劇のしこりは、かなり深く影響を及ぼすだろう。

難民キャンプで見つかった、
子どもアルバ(女9歳)ちゃん。
極端な栄養失調の状態だった。
現地を訪れた山元眞神父と
行橋カトリック教会のメンバーたちと
相談して救済を決断した。

3ヶ月の病院治療の後に
一年の栄養補給
そして、3年のリハビリが始まる

右は、病院に収容された
アルバちゃん
きつい難民生活で、
もっともかわいそうなのは
子どもたちとお年寄りだ

左は、ブアランの小学生で
私たちのスカラーの一人。
Aiza Midtimbang (10)
彼女は、熱を出していた。

2000年の戦闘で
すでに父親を失っている。
母親は、行方が知れない。
彼女を育てているのは
年老いた祖母一人だ。

もう少し年が上になったら
ミンダナオ子ども図書館で
暮らすことになるだろう。
9月になって、イスラム教徒は、ラマダンに入った。
ミンダナオ子ども図書館にいる子たちも断食をしている。10月1日のラマダン明けまで、最も重要な祈りの月だ。
もしも、本格的な総攻撃が始まるとしたならば、ラマダン明けになるだろう。


以下はフィリピンインサイドニュースの9月1日の記事からの抜粋
http://www.t-macs.com/
◆政府、MILFとの合意文書を破棄

 最高裁で29日、デバナデラ訟務局長が、
モロ・イスラム解放戦線(MILF)との先祖伝来の支配地に関する
合意文書にはどんな形であれ政府が署名する
ことはないと述べた。(Star)

 ◆ラマダンも戦闘継続へ

 政府が合意文書を破棄したという29日の話を受けて
モロ・イスラム解放戦線(MILF)は31日、
和平プロセスが全面戦争に至る可能性もあると警告した。
(Inquirer)
◆MILFのテロ組織指定を

 北コタバト州はこのほど、命令系統から離脱した
急進派部隊の掃討作戦を支援するため
モロ・イスラム解放戦線(MILF)をテロ組織に指定するよう
アロヨ大統領に強く訴える決議を出した。(Star)

 ◆MILFの武器工場を制圧

 国軍は29日、マギンダナオ州で
モロ・イスラム解放戦線(MILF)急進派
カト部隊の武器工場を兼ねる訓練キャンプを制圧した。(Star)

以上の記事を見ても、和平のサイン問題から、かなり精巧にイスラム教徒は追いつめられている。
スペインによる植民地化から数えると、400年間戦い続けてきた歴史を見ると、このままで引き下がるとは思えない。
ピキットでも、山岳部でMILFは軍を展開しているという情報があり、アメリカでの選挙の動きを含めて状況を見守る必要がありそうだ。
戦闘が激化すれば、共和党が有利になるだろう。

現地では、イスラム教徒とキリスト教徒との対立はあまり感じさせず、あくまで国際政治の枠組みと、資源確保が原因だろう。
2年前日本がイスラム自治区やMILF支援を含む
日本ーバンサモロイニシィアティブを発表したとき、あるバランガイキャプテンが言った言葉が忘れられない。

「国際社会が支援して、学校や道路や灌漑施設を作ってくれるのはうれしいのだが、また、戦争が始まるかもしれない」
国際支援は、戦争と、表裏一体をなしている?

難民キャンプでは、病気の子供が増えている
病気でもっとも多いのが
激しい下痢と腹痛
そして、高熱の症状だ。

折しもミンダナオでは、
高熱を発して
悪寒と痙攣を引き起こす
奇妙な風邪が流行っている

ミンダナオ子ども図書館の子たちも
すでに、5人が引き付けを起こして
入院している
私たちは、繰り返し現地を訪れて
人々から聞き取り調査を行い
何に困窮し
何を必要としているかを尋ねた

その結果、相変わらず需要が高いのが
新たな難民たちのための
ビニールシートであり
薬品であることがわかった
薬品に関しては、すでに赤十字も入っており、
あちこちでたくさんの赤十字のマークが入った車を見かけていたので、安心していたのだが・・・・
聞いてみると、今回の赤十字の支援は、食料(米)と水の支援であることがわかった。
事実、食料とりわけ米の支援はワールドフードも入り十分すぎる。
近隣の難民たちが帰宅した事もあるが・・・・
薬品の支援に関しては、アメリカのNGOが入ったと聞いていたが、一部の地域に限られている。

DSWDのグレイスさんからの強い要請もあり
ミンダナオ子ども図書館で、医療プロジェクトを開始した

薬を車に積み込むスカラーたち 現地では、ドクターが処方箋を出し 看護士が二人、個別に患者に指示を出す
至急、ドクターの紹介で、ダバオの薬局で、
現在の難民たちの症状に最も適した種類の薬品を選別して購入した。
ドクターのおかげで、市価の7割安で薬品が購入できた。
(年末または年初に、今回のピキット支援寄付の内訳を公表する予定です)

その後、ドクターと看護婦とともに、難民地域を訪れて処方箋にあわせて薬を渡していく

英語が読めない人も多いので、いちいち使い方を説明し、
裏蓋に処方量などを手書きで書いて、渡していく。
薬は、処方量を間違えると、かえって危険だからだ・・・

この後も、残った薬は、ピキット市のDSWDにスタッフを派遣して、
24時間態勢で、病気の人々の治療に専念する。
今回の医療は、子どもも大人も、年齢は関係なく対象としている。
医療と平行して、読み語りも行う
医療が体の治療ならば、読み語りは心の治療だ!
スカラーの子たちによる読み語り
ムスリムのスカラーたちも、
マノボ族のスカラーたちも
移民系クリスチャンのスカラーたちも

皆協力して、読み語りをした
今回は、初めて、平和巡礼のために練習した、ムスリムの祈りの歌、マノボ族の祈りの歌、
クリスチャンの祈りの歌を、読み語りで披露した。それぞれの歌を、皆で歌う。

つまり、ムスリムの歌の時は、マノボもクリスチャンも、後背支援のようにして、アッラーの名が出てくる歌を歌う。
マノボ族の時は、ムスリムもクリスチャンの若者も、マノボ族の神マナマの名が出てくる歌を、
クリスチャンの時は、マノボもムスリムもイエスの名が出てくる歌を歌うのだ。

これに対するイスラムの人々の反応はと思いきや・・・・本当にうれしそうに大人たちも聞いてくれる!
驚いたのは、スカラーの一人が、(勇敢にも)イエスの誕生の絵本を読んだときだ!
実際、私は真っ青になり、・・・なぜならイスラム教徒の人々のしかも難民キャンプというデリケートな場で、聖誕物語を始めたのだから!

密かにムスリムのスカラーたちに、周囲の大人たちの気持ちを探ってもらった。
驚いたことに、10人中10人が、「あの話なら知っているし、何の問題も無いんじゃない」
これには正直、度肝を抜かれた。

ミンダナオのイスラムの人々は、自分の信仰は厳格に守るが、他の宗派に対してはいたって寛容な事は経験で理解していたが
ここまでだとは思わなかった。

読み語りが終わって、行橋カトリック教会の方々が
持ってきた風船と古着を配った


関連記事は行橋カトリック教会のサイトで
今回の訪問の報告が載っています

山元眞しんぷ
イスラムやマノボの若者からも
父さん、父さんと呼ばれている
難民の子たちに風船はとても効果的だった
厳しい難民生活のなかで、支援はどうしても「必要としている」物やお金に向けられる。
「風船などを贈るなら、パンの一つも買ったらよい」と思いきや
このような厳しい環境の中で、何の意味もない、ただ貰って遊んでうれしいだけのものが
どんなに美しく、心を慰める物に見えたことか!!!

読み語りもこうした風船と同じなのだが、
こうしたものこそ心を悲しみや重荷からつかの間なりとも解放させ
失った平和への希望の灯火となるような気がする

その後、スカラーたちが手分けをして
一軒一軒難民の家を訪れて、困っている子どもたちや大人たちに
日本から贈られてきた古着を渡した

彼らも、今は日本から贈られてきた古着を着ているので、こざっぱりしているが
同じように、極貧の厳しい環境からきた子たちなので
他の人々の気持ちがわかる
こうした経験を経て、平和を語り、愛を持って活動できる子たちが一人でも多く育ってほしい
もちろん最後には
いつものように
みんなにパンを配りました

子どもたちにも
そして、
周りにいる大人たちにも

ミンダナオに戦闘が
広がる中
ミンダナオ
子ども図書館に
スカラーたちが集まり
平和の祈りを行った
平和の祈りは、平和巡礼と称して、本来はピキットの市庁舎の裏にある、丘の上の要塞で行われる予定だった。
この要塞は、第二次世界大戦の時に、日本軍が建てたものだ。
しかし、ピキットの政情不安をかんがみて、急遽場所をミンダナオ子ども図書館にした。

祈りはまず、平和を表現する踊りから始まった。
これも皆、スカラーたちが自ら相談して決めたことだ。

その後、各部族の代表たちによる、自分たちの言語の祈りや歌が続いた。
とりわけ歌は、他の宗教や宗派、他の言語の歌でも、みんなで歌った。
特定の宗教に属していても、友人や隣人の持っている異なった宗教に敬意をはらい、
友人によりそって、背後から支援する気持ちで、共に歌うことは可能なのだ。

アッラーの歌、マノボの神マナマの歌、イエスの歌を全員が歌う。
神は一つで、呼び名と風習が違うだけたと、感じる。
祈りながら涙を流し、その涙が、大勢のスカラーたちに広がっていく。
民族は異なっても、宗教が異なっていても、平和に対する願いと愛は同じ。

日本からも、日本キリスト教団小田原教会所属のI氏が祈りを捧げ、
マノボの代表としてガボン牧師、
カトリックを代表して山元眞神父が話された

事態が緊迫しているだけに、祈りに込める思いも深かった
イスラム代表のホサイン師は、妹の突然の死に帰られたのが残念!
代わりに、スカラーのプレシデント、イスラム教徒のバイヤン君が
感動的な祈りを述べた

これらの祈りは、ミンダナオ戦で亡くなった多くの現地人、
米軍、そして日本軍の兵士から始まって
現代に至る戦闘で亡くなった人々の霊を慰めるために
ミンダナオ子ども図書館が音頭をとってはじめるものだ。

来年こそは、ピキットの要塞跡で開催し
毎年、ミンダナオ子ども図書館のスカラーを核にして
開催していきたいと思っている。

次回は、仏教界の方々も参加されるだろう。


関連記事は、行橋カトリック教会のサイトで
今回の訪問の報告が載っています
私(松居友)にも、話す機会が与えられたので、こんな内容の話をした。

「言葉で平和を語ることも大事だけれど、行動で示すことも大事。
たとえば、シラミを採ること。(全員?????)

ミンダナオ子ども図書館では、イスラム教徒もクリスチャンもマノボ族も
仲良く暮らしている。
僕が見ていて、一番平和だなと感じるのは、イスラム教徒やクリスチャンやマノボ族が
いっしょになって互いの頭のシラミをとりっこしているところ。(大笑い)

世界中の人々が、宗教や宗派を超えて、シラミのとりっこをしたら、
世界は平和になるだろう、
ミンダナオ子ども図書館のように!」


右の写真は、ミンダナオ子ども図書館の日常風景から「シラミ採り」・・・・・・・・・・・・・・・・

小雀保育園が寄贈したプレスクールが完成した
長野の佐久市にある、小雀保育園が寄贈してくださった
保育所がマキララ地区に完成した。
小雀保育園

この地域は、5年前まで戦闘が絶えなかった地域
NPA(新人民軍)と政府軍との衝突した地域だ

今は、至って平和だが・・・
開所式の後に読み聞かせも行った
子どもたちは目をまん丸にして、お話や歌に聴き入っている

(ピキットの政情で、保育所建設が遅れているが、必ず建てて行きますのでご心配なく)

最後に明るい
トピックスでお別れ!
米の収穫が終わった
3月に次いで二度目
5ヘクタールの水田から
350俵の米がとれた

前回は220俵ほどだったから
今回は豊作だ!
これで半年分の食料が確保できた

もちろん
手伝っているのはスカラーたちだ!



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ピキット緊急支援報告8月16日記載
沼田直子 5万円。 N氏 10万円。 行橋カトリック教会 Mの会 25万円。鈴木昭二氏 3千円
日本キリスト教団加古川東教会、高崎裕士 一万円
ピキットの状況は、一部難民が帰省したと言う事実はあるのですが、現地では増えているというのが実感です。
政府軍がアレオサンのMILFが制圧していた村を一部奪回して、しばし攻撃を控えた形です。

しかし、現地から聞こえてくるのは、さらに本格的な戦闘に拡大するだろうと言う悲観的な見方です。
成立直前だったイスラム自治区の拡大承認がボツになれば、イスラム側は聖戦(ジハード)に入る覚悟でいるようです。
ミンダナオ子ども図書館の支援でようやく
ホッと息をついた人々
これで雨に打たれずに眠れる・・・

海外の支援も入ってきたので
私たちは逆にホッと一息

今後は、さらに取り残された人々の
緊急の医療
古着やタオルやシーツ

スカラーによる読み語りと心の支援
ビニールシートの支援も選択しつつ
かゆいところに手が届くような
こまめな活動をしていきます

難民が現地に帰り
友達になったよしみから
将来、彼らの村で読み語りを行い
難民だった子達にスカラシップを与えられる
平和な日を夢見つつ。
スカラーの若者達と共にがんばります

世界食糧機構(ワールドフード)や赤十字、日本のJICAも一部支援を開始しています。
右は、日本のODAによって提供されたビニールシート、さすがに品質がすばらしい!!!
とりわけ米の支援、生活必需品の支援も始まり、うれしい限りです。

ただし、行政が作った大規模な難民キャンプ(学校など)に限られており、
国道脇の小さな難民キャンプや国道から奥に入った地域の難民には、
食糧や米も届けるのが難しい状況です。

ビニールシートは、JICAが大きなものを6カ所ほど配りました。
戦闘の長期化を覚悟して、安全な市街地に移住してこられる方々も多く見られ
今後も独自に継続する必要がありそうです。

ただし、シート欲しさに、国道沿いに骨組みだけ建てている家族も多くあり、
DSWDのスタッフも含めたチェックが大切です。

医療も、難民があまりに広範囲に散らばっているために、赤十字も入って動いていますが手が回らない状況です。
メディアでは、難民の数はミンダナオ全域で、推定13万人とも16万人とも言われています。

ミンダナオ子ども図書館は、活動の中心を本来の読み語りにシフトさせつつ
今後、大規模NGOが手が回らない、置き去りにされている地域の難民に絞って、
地域の住民のニーズに応えて活動を続ける予定です

大雨が難民キャンプを襲った
ビニールシート設置中に、一転雲行きが怪しくなり、あっという間に大雨が襲ってきた!
今まで晴れていた天空が、一転にわかにかき曇り、まさしく「襲う」の形容詞がピッタリの熱帯雨林の集中豪雨。
激しい風に、必死にビニールシートを押さえる少女。
ちょっとしたビニールシートが、どんなにありがたいものであるかを実感する瞬間だ。

ミンダナオ子ども図書館のスカラー達は、
多少の雨でも負けずに行動する
実に頼もしい存在だ!

雨が降り出すと
何と子ども達が雨の中に飛び出して
踊り始めた!

これぞミンダナオの子ども達

場所によっては、地域有力者が、地方行政を通じて大量の米や食料等を獲得しようと動いている。
それらが、現実の難民個人に届くかは疑問が残る部分も見られる。
ビニールシート一枚にしても、現地でその家族に直接手渡すのがミンダナオ子ども図書館流で
いくらバランガイキャプテンやDSWDスタッフから、数枚(時には一本丸ごと)手渡して欲しいと言われても
必ず現地に同行し、自分たちの手で一つ一つ家族に渡す。

こんな頑固なNGOが、一つぐらい有っても良いだろう。
本当に細部に、重箱の隅をほじくるような活動で、たとえ有力者に煙たがられようと
・・・・
これも、2000年、2002年の大量の難民と、彼らに対する不公平で政治的に計画的な対応や
その後の差別的な方法、あまりに大ざっぱな支援のやり方を目の当たりにしたからだが。

1ロールまたは数十枚のシートを置いていって欲しいといった、地域有力者の場合も、
置いていくことはせずに、実際の難民のいる場所に案内してもらい、一家族づつ手渡す。
たとえ深夜に及ぼうとも、丸投げはしない。
心のこもった寄付を丸投げに出来るだろうか???

確かに、緊急支援における、米などの大量の支援は非常に有効。
ワールドフードやJICAをはじめ、国際舞台での大規模国際NGOの存在は重要だ。
しかし、ミンダナオ子ども図書館のような、ハツカネズミのようなNGOの良さは、独自独特のものがある。

今後は、読み聞かせを開始して、子どもの心の救済と共に、古着やシーツやタオル、
こまめに現地の子どもの病気の状態を聞き出し、緊急入院の必要な場合は病院に運び
また、薬での治療も、現地の医師と共に開始する予定。

大規模NGOに比べると規模も資金も小さいのですが、本当にこまめに、効率的に
資金を大切に使うと、少額でも思った以上に大勢の人々を救済できる事が
今回の経験でわかって来ました。
そして何よりも、現地の人々との長く続く、心の交流が平和構築のためには大事ですね。

雨のために出られなくなった車を
難民キャンプの人々が
大勢で押し出してくださった

お互いが心から助け合えるとき
戦闘につかの間の
真の平和が感じられる

ありがとう
今度は読み聞かせで
戻ってくるからね

子どもが緊急医療の必要な時は
連絡してください!
現地からの所見
ピキット市では、難民に帰省をうながしているようですが、
現地には軍隊も常時滞在しており、多くの難民は恐れて帰ろうとしない状況です。
新聞の一部は、今回の戦闘はあたかも政府軍の勝利で、MILF軍が追いやられたかのように報道していますが
現地ではそのような認識はなく、MILF軍は逆に、北コタバト全体に拡散し、
各地でゲリラ戦を含めた本格的な闘争を準備していると考えられています。

事実、マタラムや今朝キダパワンでも爆弾が見つかっています。
ただし、爆弾に関しては、どこが仕掛けたのか定かではない場合がミンダナオでは多く、
MILFは否定しているようですが、当然嫌疑はそちらにかかるような展開を見せます。
ARMMイスラム自治区が広がるよりは、戦闘の拡大を望む勢力も多いでしょう。

しかし、ミンダナオ子ども図書館のあるキダパワンも北コタバト州にはいり、MILF軍が陣地を構え始め
市長と連絡をとり、会見した様子を聞いています。
和平交渉のサインをめぐる政府側の結果次第では、イスラムの人々は、この戦いを聖戦(ジハード)と位置づけ
より大きな長期に渡る戦闘が今後始まる確率も高いと現地では見られています。

今回の和平交渉によるサイン劇を、文字通りドラマとして演じられたものであり、
戦闘を引き起こすための工作に引っかかったと見ているイスラムの人々も多いのが事実です。
アメリカ政府は、ミンダナオに独立国家が出来ることは認めていないようですが、海外の動きも目が離せない状況です。

2000年、2002年の大規模戦闘は、その直後から、アフガニスタンやイラクで戦闘が開始されており
ミンダナオは前哨戦のような気もします。
イラン、イスラエルも含む、国際的なスケールでの戦闘の動きにも注意を払う必要があるように思えます。



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ピキット地域の状況は
悪化の一途をたどっている
8月14日記載
装甲車に加えて戦車までが導入され、国道を西に向かっている。
政府軍とMILF軍とは、本格的に戦闘を開始。戦闘は、ピキットの北西をほぼおおい、南へと拡大している。
それにつれて難民は、大量に市内近くに流れ込んでいる。

国道は閉鎖状態にたびたびなるが、私たちはピキット市のDSWDからの緊急のビニールシート支援の要請を受けて
軍のチェックを通過している。私たちの活動を普段から知っている軍の警護要員も多いが・・・
ただ、状況を常に現地と密に連絡を取り、最大のチェックしながら活動している。



先日から、大雨がピキットを襲い
多くの難民がずぶぬれ状態で
寝られぬ夜を過ごしている

私もスタッフも披露が溜まってきているが
現地の子ども達の事を考えると
気持ちが千々に乱れる

熱帯雨林の雨は
半端ではない!
すでに寄付のあった20万円分のシートは使い果たした。
慈照院 副住職二之宮保育園 園長 村中祐邦さまから、10万円。小田原市のMIさまから、10万円
合計20万円が振り込まれたので、その中の10万円で10本分のシートを購入した。
(残りの10万は、様子見で、医療か追加のシートかを決める予定)

1本100メートルで20軒分×今までで30本=600軒、一軒にほぼ約7人が生活しているから
600軒×7=4200人が救われている。

ミンダナオ全体では16万人の難民が出ていると言う報告もあるが、
ピキットの現地では、DSWDの計算だと約3万人。3割がハウスベース、5割が学校や倉庫、2割が国道や野外と思える。
最も辛く大変なのが、国道や野外に野宿している難民達だ。

上は倉庫に避難している難民達
左は野外の子達

野外はろくな屋根もなく
雨が降るとずぶぬれになる


病気やけがの子も多く出てきた
下は、慣れない難民生活で大やけどをおった少女
緊急にキダパワンの病院に運び治療を開始した。病室でホッとしている母さんと少女。
ミンダナオ子ども図書館では、当然治療費や入院費以外に付き添いの食事も面倒を見ている。
軍用車にひかれて頭部を骨折した少女
幸い今のところ良いようだ・・・

私たちの主治医をしてくださっている
モダンサ医師が、給与返上で
治療に当たってくださっている

今のところ、
緊急のビニールシート支援だけで
手一杯で

医療活動は緊急以外は
先延ばししている
あちらこちらから
風邪、熱、腹痛の症状の訴えがあるが

私自身も、ダンプで雨に打たれたり
激しい活動で
熱があるが、そうも言っていられない。




子ども達は
おなかもすかせている

幸い、難民キャンプで
ワールドフードの支援と
DSWDによる炊き出しが始まった

炊き出しを手伝っているのは
ミンダナオ子ども図書館の
スカラー達だ


下は
DSWDの人と共に
料理をしている
ナスロディン君

日本では中一だ
ミンダナオ子ども図書館のスカラー達も、かなりの数が難民となっている。
学校は今は休校状態で、学校自体が難民収容所になっている。
そこにいるスカラー達が、積極的に難民救済活動を手伝ってくれている。

高校生が多いが、彼らのパワーはたいしたものだ。
炊き出しからビニールシートの配布。
難民キャンプでの病気の子ども達のチェックまで・・・・

自分自身も難民生活を送っているから、彼らの情報は実に正確で役に立つ。
私たちは、彼らの判断を仰いで、福祉局とも一歩距離を置きながら独自に活動している。
古着の支援も開始した。
ブアランの私たちの小学生のスカラーや、保育所の子ども達も集まっていた。
遠い場所から、着るものもとりあえず、必死に逃げだしてきたものだから、着るものも持ち合わせていなかった。

皆さん、これから長い難民生活がはじまります。
2000年、2002年の戦闘では、一年から一年半も難民生活が続きました。
古着の支援をお願いします。シーツやタオルも有効です。

下は、古着の支援を求めて並ぶ子ども達
ビニールシートの緊急支援は夜を徹して続けられている
ビニールシートの支援をしているのは、ミンダナオ子ども図書館だけだ。
すでに4200人あまりを完了したが、まだまだ足りず、明日はさらに10本、1400人分ほどを届ける。

ミンダナオ子ども図書館の小さな軽トラックを皆知っていて、国道沿いの木組みの梁から必死に手を振る
実際、国道や村道沿いには、至る所に、ミンダナオ子ども図書館が支援したシートが並ぶが
新たに到着する難民の数も多く、明日から配る10本分に加えてさらに必要にあるだろう。

1本4500ペソ、およそ1万円で100メートル、140人ぐらいが雨に濡れずにこれからの長い難民生活を乗り切っていけるのです!!!
こうして疲れ果てて夜にかえって、ニュースを作成している合間にも、激しい雨が降り出した。
現地の子ども達はどうしているのだろう。



屋根が出来て
大喜び
次々と戦域が拡大している
これ以上、悲しみが広がらない事を
願うのみだが・・・・
註:ピキット支援を振り込まれた方は、お名前とご住所、金額をメールで即刻にお知らせください!
  日本事務局から経由して連絡がくるまでに日にちがかかります。
  緊急支援として、メールをいただき次第、こちらで振り込まれたものとして、現地の活動資金に計上し、即行動に移したいと思います。



大変な状況になった、
戦闘は拡大し2万4千を超す難民が出ている
難民は、アレオサンやミッドサヤフといった近隣の市との境を超えて
大量にピキットに流れ込んでいる。
昼夜を問わず、水牛などになけなしの家財道具と積んだ難民が市内に
向かって移動している。

戦闘は、ピキットの領域にも入り、
ラガイエン、タプドク、ブアラン、クランボク、シリック、プノル、
カチラカン、ダマラサク、マナウラナン、パマリアン、
タキパン、ナラパアン、カラカカンに広がっている

市周辺西側はほとんど避難してゴースト村化しはじめた。
左は、軍の車にはねられた子。
頭部を打って、緊急にミンダナオ子ども図書館で、キダパワンの病院に運んだ。
絶えることのない、難民の列に唖然とする。
前回の報告で、大阪の千里ニュータウン・カトリック教会にベースを置く
千里サンパギータの会から10万円、多湖御夫妻から10万円の寄付があった。
現在、その全てをビニールシートに代えて、約20−ロール(一ロール約100メートルが現地で約1万円)
を現地の福祉局(DSWD)と協力しながら配っている。

ここでも、スカラー達が活躍している。


ミンダナオ子ども図書館から
緊急配布されたシートを配っている
グレイスさんも写っている

タキパンに戦闘があり
政府側民兵2名が死んだ
公表されないが、
MILF側の死者はもっと多いだろう

各地で戦闘がひろがり、現地では終始
砲声や機関銃の音が聞こえる
シートを届けるダンプの荷台で
大きな砲声を聞き
しばしば、頭を下げて荷台に隠れた


パイドプランギまで、何とかたどり着いた。
途中の村は、ゴーストタウン化しているが、ここには難民が集まっていた。
行橋カトリック教会が建てた保育所も、難民収容施設になっていた。

先日まで、洪水で行かれなかったところだ。
一難去ってまた一難、踏んだり蹴ったり。
子ども達は、私の姿を見て喜んでくれたが、可哀想にすっかり雨に打たれている。

写真は、パイドプランギの子ども達
車が止まると、ビニールシートを求めて
多くの家族が駆け寄ってくる

決定的にビニールシートが足りない!
衣服もぐちゃぐちゃ
戦闘難民救済の予算が欠如している

緊急に、井戸予算と風車、車修理の予算を難民救済に充てて
活動を開始したが、この大量の難民を見ると
ミンダナオ子ども図書館の
懐が尽きるのも間がないだろう

難民は、市内の穀物貯蔵倉庫にも避難している
その数は、数千を超えている
急遽、難民センターとして与えられた、穀物貯蔵庫
ここにも難民が殺到している
スカラーも避難している、

左はスカラーのマリアンさん
一人となりの男性は、ロニー君
父親が見あたらずに涙ぐんでいた

穀物倉庫の中は、難民でごった返していた
むき出しのコンクリートの上に、
何日も寝なければならない

私たちは、100メートルのビニールシートを
コンクリートの床に敷いた
これで、少なくとも、
汚れたコンクリートの上で寝なくても良くなった

子ども達も大人達も大喜びだ!
人々の表情には、絶望の色が濃い
もう40年以上も
このような生活の繰り返しだ

今回こそは、和平協定が締結されると
期待していただけに・・・

裏切られたと言う思いが
イスラム教徒の人々に根強い

こうした繰り返しが
より強力な抵抗運動へと
人々を駆り立てていく



現人神の天皇国家、日本を潰して民主化を成し遂げたようなやりかたが、
イスラム世界では決して通用しないと言う事が、なぜ解らないのだろうか?

私たちは、
千里サンパギータとT夫妻によって送られた
ビニールシートを
穀物倉庫の床に敷いた
今後、さらにビニールシートの需要が増える
また、医療薬品が足りないので
前回の分に買い足すことを決定

この難民数だと
大量に医療薬が必要だ
雨に打たれる生活のために
病気が蔓延している

加えて、子どもや大人の衣服が足りない
なけなしの衣服しかなく
それもたちまち濡れて震えている


皆さん、
緊急支援をお願いします
古着の支援等も有効です
(シートは現地で買った方が良いと思います)




追伸

マカブアルの小学校がほぼ完成した
ミンダナオ子ども図書館が、日本政府の支援を受けて、ピキットのイスラム地域、しかも、
MILF(モロイスラム解放戦線)の中枢と言われていた場所に建てた小学校が、ほぼ完成した


しかし、現地の状況は非常に良くない
大使館担当者、エンジニア、教師、そしてスタッフ
笑顔で写っているが、周囲にたくさんの反政府軍がおり、終始表情は無言で
顔は強ばっていたと言う
マレーシアで行われていた反政府勢力MILFとフィリピン政府の和平交渉は、完全に頓挫した形となった。
隣村のアレオサンでは、下記のごとく、2000を超える難民が出ていると、
先週は下記の記事で報告したが、状況は急速に悪化してる。

今回の学校調査にも、私(松居友)は、現場まで同行できなかった。初めてのことだ!
現地には、反政府軍が大量に集合している。
MILF軍とは、しばしば面会したことがあるが、今回は事情が異なる。

軍は、広範囲から集まっているので、現地のMILFだったら私の事も知っているのだが、
他所から集まってきて戦闘の準備をしている。
報道されていないが、アレオサンの戦闘でかなりのMILF兵士が死んだ。
その結果、かなり逆上しているという。
戦闘が準備される段階に入ると、銃器、兵士の食糧など、相当の経費が必要となる。
そのために、反政府組織は、誘拐、略奪など、あらゆる手段を使わざるを得なくなるのだ。
しかし、子ども達はかわいい、読み聞かせをしたり、ミンダナオ子ども図書館のスカラーの子達だ。

彼らが、厳しい難民の状態に置かれたら、私たちは何としてでも救済活動に行かなければならない。
親が亡くなれば、ミンダナオ子ども図書館に引き取り、図書館を難民キャンプとして解放することも視野に
入れなければならないだろう。

ピキットからの帰りには、政府軍の装甲車が、幾台も戦闘地に向けて走っていくのを目撃した。
戦闘の火種は、アレオサンからミッドサヤフにも広がっており、ピキットから場合によってはカバカン
アラカン、カルメンなどが飲み込まれるだろう。

ミンダナオ子ども図書館に住んでいるスカラー達は無事だが、現地にいるスカラー達の事を考えると
本当に悲しい。


ミンダナオ子ども図書館だより:戦闘による難民、イスラム自治区の領有問題、ミンダナオ情勢と平和の祈り。8月1日

T:アレオサンで戦闘が起こり、ピキットに難民が流れ込んでいます
   戦闘の原因は、表向きは町近郊に農地を持っているクリスチャン系住民と、
   周辺に追われたムスリム系住民の衝突とも言われている。
   豊かなクリスチャン系住民を妬んだ反政府組織MILFが、
   収穫時期をねらって米を略奪しようとしているのだとも聞くのですが・・・

U:和平会議はマレーシアで行われ、フィリピン政府とMILFの交渉が最終合意に達しているというのですが。
   ミンダナオでは、最終的に調印に反対する勢力も根強く、ARMM(イスラム自治政府)の領有問題が
   執行されるなら戦闘も辞さない、という考えもあり予断を許さない状況です。

V:現地に到着すると、私たちは早速、支援活動を開始しました
   このようなへんぴな地域に逃れてくるのは、100パーセントイスラム教徒で、最も貧しい生活を辺境で強いられている人々。
   雨をしのぐためのブルーシートも買えないか、たとえ買えても、とても雨露をしのぐ大きさのものは不可能。
   文字通り戦闘で住む場所を失い、彷徨っている人々です。

W:活動の中心は、30名のスカラーたち
   こうした現場での、彼らの行動は、怖くて現場に近寄ろうとしない、NGO関係者などよりもはるかに頼もしく献身的!

X:ミンダナオ情勢と平和の祈り

Y:初めて見た難民キャンプ・・・松居 陽

Z:ピキットの洪水地区での医療活動報告
   洪水被害を受けている近隣の村に、あらかじめ福祉局から伝令が入り、子どもやお年寄りを連れて人々が駆けつけました。
   300人を超す人々が来たのですが、ほとんどが医薬品も買えない人々です。

[:普段の医療プロジェクトも続いている。相変わらず予算との戦いだ・・・松居 陽

\:マキララ地区での読み聞かせ活動報告
   読み語り活動も続いている。最後に残された、山岳部のマキララ地域に重点を置いています。
   このあたりは有名な、NPA(共産ゲリラ)の地域なのですが・・・

]:保育所建設の経過報告

]T:今年度のスカラーの役員選挙が終わりました
  今年度のプレシデントには、イスラム教徒のバイヤン君が選出されました

ソロプチミスト、舟橋冨士子さまから寄贈された
スズキの軽トラックが大活躍

6気筒の中古でエンジンは小さいのですが
燃費も良く、助かっています。




アレオサンで戦闘が起こり
越境してピキットに難民が流れ込んでいる

アレオサンで戦闘が起こり、数千の難民がピキットに越境しはじめた。
アレオサンは、ピキットに隣接する行政区域だ。


戦闘の原因は、表向きは町近郊に農地を持っているクリスチャン系住民と、
周辺に追われたムスリム系住民の衝突とも言われている。
豊かなクリスチャン系住民を妬んだ反政府組織MILFが、収穫時期をねらって米を略奪しようとしているのだとも聞く。

マスコミでは「イスラム反政府勢力が農民を殺害した」という報道が流れているが、
イスラム教徒=残虐、と言うステレオタイプの報道を流すことで、
反イスラムの民意を形成しようと言う意図があるかもしれず、背景を知らずに報道を鵜呑みには出来ない

前後してDSWDのグレイスさんから、行政が農民に武器を無償で手渡している、
それが戦闘を発生させている原因の一つ、と言う話が伝わってきた。

つまり、農民に武器を渡すことによって、住民が民兵として活動しているのはこちらでは既成の事実で
戦闘の多くは、民兵と反政府軍のいざこざが発端となる。
イスラム組織が農民を襲ったと言う報道は事実としても、農民が武器を持って民兵化しているという点も見逃せない
戦闘は、勃発するのではなく周到に準備され作られ世論となって拡大する、と言う事も忘れてはならない。

今回の戦闘は、背後に現在進行中のイスラム自治区の拡大を含む和平会議が陰を落としているからなおさら複雑だ。



和平会議は、
マレーシアのクアラルンプールで行われ
フィリピン政府とMILFの交渉が
最終合意に達しているというが、

ミンダナオでは、
最終的に調印に反対する勢力も根強く
ARMMの領有問題が
執行されるぐらいなら
戦闘も辞さない、という考えもある

アレオサンの戦闘音は、ピキット市内でも聞こえたと言う。

難民は、国道沿いにも逃れてきているが、前回も報告したように、国道沿いはハウスベースが多い。
ハウスベースとは、知人や友人、親戚などを頼って、難民が民家に逃れてくるケースで、雨露をしのぐ場所があるだけましだ。
当然、町や国道沿いに、親戚や知人がいる人々のみ可能で、国道沿いに家があるという事は、土地持ちで極貧ではない。

私たちは、現地調査をした翌々日、国道沿いのナラパアン村と奥地に入ったダリガウィン村の二手に分かれて救済支援に向かった。
現状は、ダリガウィン村がひどい状態だ。写真はすべて、ダリガウィン。
ここは、一般的にほとんど人の入らないへんぴな地域で、4WDかダンプトラック無しでは、到達することは出来ない。

このようなへんぴな地域に逃れてくるのは、100パーセントイスラム教徒で、最も貧しい生活を辺境で強いられている人々だ。
ご覧のように、雨をしのぐためのブルーシートも買えないか、
たとえ買えても、とても雨露をしのぐ大きさのものは不可能だ。
文字通り戦闘で住む場所を失い、彷徨っている人々だった。

ミンダナオは雨が多い
とりわけこの地域は、前回お伝えした洪水地区からも近く、水はけが悪い。
ご覧のように地面も泥だらけ
泥の上に、椰子の葉を敷いて寝ている・・・

中には、屋根も椰子の葉をかぶせただけの小屋がある
これでは、土砂降りになれば雨に当たる
このような場所で寝起きしながら、時には数ヶ月を過ごさなければならないのだ。
赤子やお年寄りには、とりわけ厳しい環境だ。

現地に到着すると、私たちは早速、
支援活動を開始した


このような環境では
何よりも、ビニールシートが必要
雨の多い地域なので
ずぶぬれになってしまう

貧しい家庭が多く
子どもたちの多くは素足だ

厳しい環境のなかで
最初は恐れ呆然と立ちすくんでいた
子どもたちだが
私たちの活動を理解するにつれて
だんだん、笑顔を取り戻す


活動の中心は、30名のスカラーたちだ!
ソーシャルワーカーのグレイスさん
ボードメンバーでイスラム教徒のホセイン氏
(スカラーで卒業生のアスレーさんの父親)
スタッフと多くのスカラーの協力で
支援活動を開始

しかし、活動の中心を担うのは
ミンダナオ子ども図書館の
皆さんがスカラシップ支援をしている
若者たちだ

私は、彼らを誇りに思う
皆さんも誇りに思ってくださいね!


このような救済の現場にスカラー達が
可能な限り同行するのも
ミンダナオ子ども図書館の特徴

同行させるというよりも、
前夜から若者たち自身が
自分たちの手で緊急の会議を開き

彼ら自身の発言と決断で
グループ別に行動計画を作り実行

クリスチャンの若者、マノボ族の若者
そしてイスラム教徒の若者たちが
共に手を結んで、

不幸な状況に置かれている人々
とりわけ
子どもたちのために活動を開始

こうした現場での、彼らの行動は
怖くて現場に近寄ろうとしない
そこら辺のNGO関係者などよりも
はるかに頼もしく献身的だ!!!

この近辺からも
イスラム教徒のスカラー達が
来ているのも強みだ!

ミンダナオ子ども図書館で徹夜の準備
彼らは本当に頼りになる

こうした経験を経て、
平和を作る
次世代の子たちが育っていく
祝日であるにもかかわらず
グレイスさんのおかげで用意された
市のダンプトラックに、皆で協力して荷物を
積み込む

休日を返上して参加してくださった
ダンプの運転手にも感謝!

ダンプに乗り込むと早速現地に向かった
現地は、ダンプカーか
4WDしか入れない場所だ。

小雨の降りしきるなかを
現地に向かう若者たち

日本からの支援を仰いでいる余裕が無いので、緊急に市場でシートを購入。
1ロール100メートルのシートを10本買い込んで、若者たちが徹夜で10メートルに切った。

全員同行は無理なので、居残り組は、早朝4時から起きて、皆の弁当を用意してくれた。
こういう時の彼らは、驚くべき事に、3時起きでも嫌な顔ひとつせずに準備する。
時には、景気づけにみんなで歌を唱いながら・・・

現地に着くと、早速支援活動が開始された・・・

現地に着いて唖然とした!
二日前の下調査で250家族だった難民が、500家族ほども急増しており、道にあふれている。
少な目に1世帯5名と見積もっても、2500名の難民が逃れてきている計算だ。

村長の話だと
難民の規模は、2村から、アレオサン全域の5村に広がっているという。

ピキット市で、急遽2ロール買い足したものの、とても足りない。
そこで、10メートルのシートをさらに半分に切って、5メートルずつにして渡した。
多くの家族が雨露をしのぐための窮余の策だ。

医薬品の緊急支給も行われた。

洪水医療のために購入した医薬品を、難民のために流用した。
洪水医療に関しては、この後に報告するが
そのために仕入れた医薬品が思わぬ時に役立った形だ。

特に多いのは、風邪の症状を発している子どもたちだ。
ずぶぬれになるような環境で生活し
泥のなかに寝ているような状況なのだから当然だろう。

今回、洪水支援として10万円を寄付してくださった山本幸子さま
買い求めた医薬品の一部は、難民支援に振り向けました!
子どもたちに代わって感謝いたします。

ピキット緊急支援のお願い

前回の記事で、洪水の緊急医療支援を求めたところ、山本幸子さまから10万円の寄付があり、すべて医薬品に代えて
後述のように、洪水地区の第一回洪水医療支援(メディカルアウトリッチ)を、ピキット市の医師と3名の看護士と行いました。

残りの医薬品に、品切れになった医薬品を再度買い足して、
第二回洪水医療支援をカバサランやブロッドの川沿いの村に行う予定ですが、
上述のように急遽、難民地区への医療支援を優先させました。

その結果、第二回洪水医療支援のための医薬品が不足しています。
今後、8月10日に、上記のダリガウィンを再度訪れて、読み語りをすることで、子ども達の心理的なケアーを計画。
同時に、古着の支援と、医療の継続支援を予定しています。
ビニールシートもまだまだ足りず、米も不足しています。


ピキットの情勢は良くなく
今後、さらに戦闘が拡大する可能性があり、オーストラリア政府は、ミンダナオ滞在の同国人に警告を出しました。

今回のビニールシート等は、F.Tさまや小張御夫妻からの井戸ポンプ用風車と車修理費より急遽拠出させていただきましたが
難民の数も多く足りません。
医薬品、ビニールシート、米などのピキット緊急支援をお願いできれば幸いです。
振替用紙に「ピキット支援」と書いていただき、振り込んでいただければ、ピキットの洪水および難民支援活動に全額充てます。
  

ミンダナオ情勢と平和の祈り


ご存じのように、ミンダナオでは長くイスラム教徒とキリスト教徒の対立が続いていると言われています。
しかし、これは宗教対立ではなく、先祖から受けついだ土地の領有権をめぐる対立であることは、現地でも知られています。
元々、先住民族の地に、イスラム教が入り、そのころは比較的平和だったのですが、
植民地主義による土地領有という概念に、移民政策に乗った経済植民地化(大規模プランテーション)等の政策が加わり
この豊かで美しい地を複雑な場所にしてしまったのです。

この問題を解決するために、フィリピン政府とMILFは、和平交渉を行ってきました。
近年は、IMT(国際停戦監視団)も入り、マレーシアや日本政府も加えて交渉が行われ、昨年末にはいったんまとめられましたが、
フィリピン政府は最終回答を引き延ばし、業を煮やしたマレーシア軍や日本も一時撤退を決めました。

その後フィリピン政府が歩み寄りを見せ
先月から、交渉再開が宣言され、再びマレーシアのクアラルンプールで和平交渉が再開され、
仮調印までたどり着き、8月5日には、イスラム自治区の領有権をめぐって最終決着が着くという話になっています。

しかし、このシナリオは、調印後新たにARMM(イスラム自治区)に加入する事になる地区の行政関係者や
利害関係者には、飲みにくい部分があるようで、それが今後、戦闘を交えた行動として複雑化する可能性もあります。

ピキットの背後には、広大な湿原が広がり、相当の埋蔵量の石油や天然ガスが湧出しており、
その権利をめぐる駆け引きで、フィリピン政府だけではなく、米国、日本、オーストラリア、中国なども注目している事が
事態を複雑にしています。

ミンダナオ子ども図書館は、特定の宗教には関わらない、非営利、非政治団体です。
よって、いっさいの政治的、宗教的背景で行動いたしません。
犠牲となる子ども達や女性、お年寄りを中心とした救済支援活動を、皆様の力をお借りして実行していきます。

また、8月23日には、ピキットの丘に残る、世界大戦中に日本軍によって築かれた要塞跡で、
イスラム教徒、キリスト教徒、先住民族のスカラー300名と、日本からの訪問者や現地のピースゾーンの人々や宗教指導者と共に、
戦死した日本軍人から現在の戦闘の犠牲者を含めた慰霊祭を計画しています。


初めて見た、難民キャンプ 松居 陽
  先日、僕は生まれて初めて難民キャンプと言うものを見てきた。
 雨の中、ろくなテントが無い者達も多く、地面はぬかるんでいた。
 七月二十七日からの戦闘で、四日目の難民生活を営んでいる彼達は、まだ士気も高く、子ども達には笑顔が見られた。それでも数日前と比べると住居を追われた世帯の数はほぼ二倍、今では八つの村から約五百家族がやむなく道路沿いに住んでいる。
 戦闘の理由はと言うと、土地を追われたと感じるムスリムが、収穫の時期に自治区から村々に乗り込み、農作物を奪っているだとか、地方の市長が、クリスチャンの農民達に武器を持たせ、逆に自治区の人間を挑発しているなど、少なくともこんなうやむやな証言が飛び交っている中、証拠も無しに原因を決め付ける権利は誰も持っていないだろう。
 僕達はと言えば、ああだこうだと口論している暇なく、当然これら犠牲者、特に子供達のために何ができるかを検討している。
 古着、米、ビニールシートと薬品を分配した後、彼らの気力が尽きる前に、読み聞かせをしに行くつもりだ。
 音楽、踊りや遊びを楽しみ、ちょっとしたパン菓子を添えて、彼らの笑顔を絶やさないための手助けを行っていきたい。 
 それにしても僕と彼らの子供時代と見比べてみると、なんという違いだろう。
 僕は当然物質的により豊かな環境に育っていたし、健康的で、安全な生活を営んでいた。
 考えてみると、スカラー達もずいぶん荒んだ現実から来たのだ。しかし、現実で苦労しているのにもかかわらず、あるいはそのためか、彼らはいつも自分の目の前で起きていることを受け止め、経験する力、いわゆる勇気を持っているのだ。
 そして愛するということがどれ程大切なものなのかを実際に悟ったのだろう。
 毎日、生存の戦いに表情が硬くなった子供達も、MCLへ到来してまもなく太陽のように輝き、解き放たれたように見えるようになるのは、彼らは苦しみの中ですでに習得したからなのであろう、幸せになるために必要不可欠な知恵と能力を。




洪水地区の医療活動
前号で、ピキットの洪水地区の様子を伝えた。
とりわけ、洪水地区の子どもたちのなかに、下痢、腹痛、熱が広がっている

緊急支援を求めた結果
山本幸子さまから10万円が届いた。
うれしかった。

さっそくピキット市の福祉局DSWDを通して医師に相談し、必要な薬を用意した。
薬代は10万円を超えたが、不足分は医療プロジェクトの予算で満たした。

ドクターは、無休のボランティアで参加してくださった。看護婦も3名同行した。

さすがピキットのドクター(住んでいるのはダバオだが)は、こうした緊急支援に好意的だ。
「私の親戚は日本にも行っているが、私はこのミンダナオにとどまって、貧しい人々の医療につくすのが信念だよ」
ドクターは、そう話された。

ミンダナオでは、時々このような僻地医療に命をかける気骨あるドクターに出会う。
多くの医者が、看護士の資格をとり、海外に出稼ぎに行くのがフィリピンの現状なのだが。

ミンダナオ子ども図書館にも、いつか常駐の看護士を置きたいと思っている。
クリニックもあると最高だが・・・・

上は、今回、山本幸子さまのおかげで購入できた、10万円分の医薬品だ。

やはり診察を始めて見ると、圧倒的に多いのが腹痛と下痢の症状だった。
それと、熱の症状。

洪水被害を受けている近隣の村に、あらかじめ福祉局から伝令が入り、子どもやお年寄りを連れて人々が駆けつけた。
300人を超す人々が来た。ほとんどが普段、医薬品も買えない人々だ。

宝物でも持つように、大事に薬を抱えて帰る姿が印象的だ。
医薬品は、大人用の熱や腹痛の薬が、予想を超えて使用され、底をついた。
さらに、上記の緊急難民支援で、8割方消費された。
その結果、第二回洪水医療支援の場所として予定していた
川沿いのカバサラン村やブロル地域への支援が不可能になってしまった。

この日は平日だったが、ここでも、時間の割けるスカラーの若者たちが手伝った
医師や看護士の指示で
医薬品を渡したり、患者のお世話をしたり・・・
普段の医療プロジェクトも続いている
相変わらず予算との戦いだ
   松居 陽

 MCLは、限られたスタッフと共に複数の入り組んだプロジェクトを同時進行しているため、常に活動内容、スケジュール、予算などの計画と整理を慎重に行わなければ、寄付者の方々やプロジェクトの対象になる子供達に対して顔を向けにくい結果が訪れる可能性がありうる。
 特に治安の不安定な地域や、スムーズなシステムが存在しない場合の多いミンダナオでは、上手く立てたつもりの計画も、次の瞬間には一変していることも少なくない。
 忍耐力と、考えを切り替える力が十分に無ければ、苛立ちを感じてしまうこともあるだろう。

 全体の活動の感覚がつかめるようになるためには、一つ一つのプロジェクトに深く入り込み、じっくり観察し、学び、経験する必要があると思った僕は、手始めに何かと脇に置かれがちな医療プログラムを受け持つことになった。
 計画上、毎月同一の限られた予算の中で行われるプロジェクトだが、すぐに手を打たなければならないケースが生じると、処置の実行を優先することになるだろう。
 MCLの医療プロジェクトは全スカラーをはじめ、17歳以下の子供を対象としている。さらにMCLは、患者の下にスカラーやスタッフの中から責任者を置き、完治するまでなるべく常に側で見守らせる方針をとっている。

 先月、病院で患者の世話をしていると、一人のスカラーのいとこに当たる小児が熱病で亡くなったという報告が入った。僕はその足で、スカラーと共に急斜面にあるマノボの村へ向かった。
 小児の家では、悲しみと啜り泣きが空気を満たしており、死んだ子供を前に、母親はやるせなさと絶望にあふれたありさまだった。家の前では、男達が小さな棺おけを作っていた。
 僕のお父さんが聞くところによると、彼らは自分達の貧乏さを恥に思い、助けを求めなかったとか。さらに、MCLの医療プロジェクトはスカラーにのみ当てられたものだと勘違いしていたようだ。
 僕達は、彼らとプロジェクトの概要を確認し、今後こういったことが起こらないためにもMCLの活動をパンフレットにして各村に配布する必要性を認識した。

 6月から今まで、腫瘍を持った赤ん坊の手術と栄養失調の子供の処置が行われ、スカラーの中にはカリウムの不足で下半身が麻痺した、不清潔な環境で皮膚病を起こした、そして急な腹痛で入院をした等のケースが医療の対象になっている。

 さらに、ピキット方面の洪水の後に起こった伝染病等の薬代も、少々プロジェクト費から出されている。先の見えないことも多いが、信用の置ける情報の入手手段によって、できるだけ早く、多くの子供達を救う手伝いをしていくつもりだ



マキララ地区での読み聞かせ
読み語り活動も続いている
最後に残された、山岳部のマキララ地域に重点を置いている。
このあたりは有名な、NPA(共産ゲリラ)の地域なのだが・・・
この地域の国道沿いは、移民してきたクリスチャンが多いが
山深く入るにしたがって、バゴボ族が増えていく。


5,6年前まで、NPAゲリラと政府軍の間の戦闘が絶えなかった地域で
バゴボ族の人々達は、バゴボ族であると言っただけで、
ゲリラであるとされて、拘束されたり、村を追われたと語っていた。

悲しいことだが、
移民による土地所有がほぼ完了した近年
ようやくこの地も少し穏やかになったと言われている。
このマキララ地域でも
現在、保育所の建設を進めている


8月には、長野の小雀保育園が寄贈した
保育所が完成する

右の写真は、
資材をトラックから馬に積み替えているところ。

山の奥の貧しいけれども
静かな山村の保育所です。
小雀保育園の皆さん
いつか、いらしてください。

保育所建設の経過報告

京都暁星高校、高橋毅2カ所、丹原美穂2カ所、
山元眞神父と行橋カトリック教会のおかげで6カ所が完成
現在、小雀幼稚園、岡本るり子、両氏寄贈の2カ所が着工され8月完成予定。
窪田まゆみ、久岡隆行、小役丸良徳、井手公平神父、4氏寄贈が秋にかけて着工予定です。
ピキットの政情不安定で、多少のびていますが、必ず着工してきますのでご心配なく・・・・
その後、NPA(反政府勢力である共産ゲリラ)の
村と呼ばれている場所に行ったのだが
川などを渡り、道無き道を行くこと
約小一時間

非常に貧しく大変な村かと思いきや・・・・

まるで、地上の楽園のように
平和で穏やかな村でした。

フッシュポンドまであり、
自給体制が出来ていて自立している

人々もバゴボ族だが
とても人懐こく優しい

帰り道で会った
ミンダナオ最強の毒蛇
ダイヤモンドスネークの方が
よっぽど危険だった???



今年度のスカラーの役員選挙が終わった

今年度のプレシデントには、イスラム教徒のバイヤン君が選出された
前列中央がバイヤン君
右がビサヤ系のアイリーンさん(母親はマンダヤ族)
左がマノボ族のチェリリンさん

その他、経理、秘書など、10名で役員会が構成されて、
諸問題が話し合われると同時に、
文化祭や平和祭など重要な活動が彼らの指導で実施される


皆さん、ご支援をよろしくお願いします




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ミンダナオ子ども図書館だより:
イスラム地域での学校建設と、洪水と戦闘の動き
7月6日

T: ピキットの小学校建設経過・・・松居友
    *イスラム地域ピキットのマカブアル村で、日本政府のODAの一環として建設中の小学校が完成しつつあります。
    *現地では、驚くほど喜ばれ、230名ほどだった子どもたちが、新学期に400名近くに上りました。
    *地域の人々の気持ちに活力がよみがえり、広範囲に受益が広がる良い例になりました。
                    
U: イスラム地域での不穏な動き・・・松居友
    *ピキット周辺を含む地域で、反政府勢力であるMILFと政府軍との衝突が起こっています。
    *200世帯が難民となっている様子です。

V: ピキットでの洪水被害
    *メディアも入れないピキットの反政府地域が洪水に没している。現地の唯一の写真を掲載
    *飲み水が無く、作物は全滅、激しい腹痛、下痢、膿傷の子が多い、
    *緊急の入院の必要な子はいないか、チェックしつつ、ミンダナオ子ども図書館は、この地で医療活動を開始する

W: 今年のマノボデーが、未だかつて無くすばらしい踊りと共に盛況に終わりました・・・・松居陽、松居友
    *今年のマノボデーの踊りは、心底感動させられ、涙が流れそうになりました。
    *世界で公演しても通用するすばらしい踊りの様子
    *マノボの踊りを見て・・・松居陽

X: 新学年が始まり、子どもたちに学用品を届けました・・・・松居友



日本政府のODAで建設中の
マカブアル村の小学校
ちまたには、ODAに対する種々の意見もあるようだが、ミンダナオ子ども図書館が
地元の要請を受けてお手伝いさせていただいている小学校の建設は、大きな効果を与えている。

驚いたのは、200名程度の寂れた村の学校を久々に訪れたら、
何と400名を越す子どもたちが集まっていたこと。


村に新しい学校が出来る、という喜びで、近隣の村の子どもたちまで大勢通ってくるようになったという。
左は技師で、私たちのスカラーの叔父さん。苦労話も多い。
反政府組織の村で、道がないので水牛で資材を運んだ。
道が出来ても、すぐに洪水になり、写真のように、私たちは舟で村まで到達した。

それでも、村は、かつては想像できなかったほど、活気に満ちて、先生方もうれしそうだった。
何しろ、一ビルディングで5教室、しかもトイレ付きの小学校は、ピキットでは初めての立派な学校で
それが、町中ではなく、反政府地域の中枢に建てられたのだから・・・
その効果は、てきめんで
おかげで近隣では、MILFと政府との戦闘が活発化して来ているが、ピキットは皆で戦闘を回避している。
これは、MILF側のコマンダーのバランガイキャプテンの話だから、信用しても良い。
戦闘は、もうこりごりだ、平和な方がいい・・・


教育支援が、戦闘回避の壁の役割を担っている
それにしても、新しい学校が出来るという喜びで、これだけ多くの子どもたちがドッと集まってくるとは!!
教室は、もはや超満員だ。
もうすぐ学校も完成する。
子どもたちの歓声に見送られながら、
私たちは舟で村を後にした
ちょうど、建設資材を運ぶ水牛に出会った


さすがに血の気の入った4WDは、
大きなダンプトラックよりも
いざという時に頼りになる。
難民が出ていると聞き調査に向かった
現在の難民は、MILFと政府軍との間での戦闘がきっかけだ。
難民は、今のところ、親戚の家に避難する規模であり、道路沿いに無数の仮小屋が出来るほどの状態ではない。
しかし、今後の動きによっては拡大する。


*政府側の対応に誠実さが見られない
*民兵組織とMILFとの確執がきっかけ
*7月のARMMの議員選挙と関連がある


等、諸説があるが、明確なところはわからない。
政府側も、対話の姿勢を見せてはいるが、政府内部には、ピーストークに否定的な見解を持っている人々も多いと聞く。
それが、対話を遅らせ、IMT(国際停戦監視団)の業を煮やしての撤退となった。

今後の展開に関しては、さらに拡大するという意見が多い。
しかし、私たちが活動を続けてきたピキット地域は、今のところかろうじて平和が守られている。
周辺地域で戦闘が拡大し、反政府組織の動きも活発化していると聞いてはいるが・・・


NPAも活発化しているのは、異常な米の値上がりで、貧困層の生活の困窮度がましているからだろう。
上は、日本から集まってきた古着支援。
今後の展開を憂慮して
私たちは、村に配るべき古着を、極力非常時のために保管して、備えることにした。
非常時のビニールシートがもう少し欲しいところだが・・・


そのような戦闘の不穏な状況のなか
洪水がピキットを襲った
このピキットの洪水に関しては、日本でも報道されたようだが
現場に入った者はいないだろう
危険地域にしていされているので・・・

しかし、私たちは、ピキット市とDSWDと協力して、
この地域の中のプノルとパイドプランギ村に食料支援を持っていった
今回の食料支援は、市当局によるものだが、米の値上がりもあり、一家族1キロというわずかなものだ
洪水が発生して2週間がたち、市のダンプトラックで途中までは入れた
しかし、腰を越える水が、激しく流れる地域でストップ
人々は、少しでも乾いた場所を見つけて避難生活を余儀なくされていた


こうした水害は、ピキットではしばしば起こり、原因は、この地域の雨というよりも
この上流地帯で、1960年代にことごとくジャングルが伐採されて
ラワン材が主に日本に輸出された結果、保水力が無くなった事に起因する
日本も深く関わっている洪水なのだ
私たちは、副市長(写真の黄色い服の方)と、車で行きどまった地点から
舟に乗り換えて、さらに奥地の調査に向かった
このあたりは、MILFのテリトリーだ

左上の写真は学校だが、舟で奥地から避難してきている難民が住み着いている
もちろん学校は閉鎖状態
この水の下に、何とトウモロコシ畑が広がっていたとは
想像を絶する光景だった
農作物は、すべて壊滅した。

彼らは、かろうじて魚を捕りながら
それをほとんど生で食べ
残りを売って日銭を稼いでいる
上の写真は、広大な湿原の対岸のARMM(イスラム自治区)地域だ
小学校は、半分ほど水没している
人々の多くは、多少でも水の少ない土地に避難している
移動は、バナナを切った筏を使ったり
ボートに頼っている

最大の問題は飲み水
洪水の汚れた水を飲んでいるので、激しい腹痛と下痢の症状が出ている
また、素足で水の中を歩くので、足を切り、傷口が膿んできている子が多い
正露丸の蓄えは多少有るが、抗生軟膏が不足している
風邪の症状も心配だ

医療ケアは、これから水が引いていく過程で、より重要になってくる
私たちは、スカラシップを受けている現地の若者たちと、水が引くに伴って
医療活動を展開しようと話し合っている

米の問題もあるが、緊急の支援をお願いできる場合は
振替用紙に:ピキット支援または洪水支援と記入して
ミンダナオ子ども図書館の口座に振り込んでいただければ、
今回の洪水緊急支援の活動に充てて行きます

食料も含め、全額を洪水支援に充てます
口座番号はいつもの通り
加入者名『ミンダナオ子ども図書館』
郵便振替口座番号  0010 0 018057
ピキットの洪水被害は、今後もたびたび続いていくだろう
下は、市のダンプトラックと、支援の米を受け取りに近隣からボートで来た人々
通常は、このあたりはトウモロコシなどの畑である
洪水でも明るさを失わず、けなげに生きている子どもたち!



かつて無い感動のマノボデー
今回のマノボデーは、心底感動した
彼らの作った特設会場もすばらしかったが
何よりも踊りがすごかった

世界に公演を広げても
感動の嵐を巻き起こすほど!!
世界中の人に見せたい

現代社会が最も必要としている
「こころ」がここには
生きている
私たちのファンデーションから山に入った村に
フィリピンでNo.1になった
マノボの踊り手がいると聞き、

しかも、私たちのスカラーの従兄弟であるという
関係もあり
振り付け指導に駆けつけてくれた

まだ若干22歳の若者だが
「踊りは、神々への祈りだ!」
と、彼は繰り返し踊りの神髄を若者たちに伝えた
前日の準備も熱がこもった。
山でのカサバ芋の採集や、椰子の実採り
カエルの煮込みの準備も出来た。

料理も最高のできだった。
彼らの笑顔を見れば、いかに熱がこもっているかが理解できる。
当日は、アラカンのマノボ族の首領の講演で始まった。
マノボとは、「人」を意味する。

ところが講演の途中から、雷を伴った土砂降り!
何と、傘をさしながらの講演となった。
それでも、

雨にも負けず、風にも負けず
落雷にも、熱帯の嵐にも
負けずに講演が終わり

地面も泥だらけになり、
これではとても踊りではない、と思われたが・・・
それでも彼らは、全くくじけず実行した!!!
裸足で踊る、彼らの足下を見て欲しい
泥水の中を笑顔と真剣さを失わず

ドラムのリズムに合わせて踊り続ける
その姿、その熱狂、その美しさには
鬼神迫る迫力があり

私は思わず涙を流しそうになった
マノボの意味は、「人」だという
腹の奥底から突き上げてくる感動
それは、久しく忘れていた、
人であることの感動だとかんじた。
マノボの踊りを見て! 松居 陽

 MCLの目的で僕が特に好んでいるのは、信仰、人種、言語、社会的出身その他の違いを分かち合い、受け入れ合い、尊敬し合う、寛容の心を育てることだ。実際、僕はスカラー達のお互いへの強い理解力と、同じ人として創り出された友情を常に目撃している。

 その理解を創り出すため、MCLは素晴らしい仲介者としての働きをしている。その良い例として、ここでは年に一日ずつ、地方で主な種族であるビサヤ、ムスリム、そして先住民族であるマノボが自身の文化を公開する日が用意されている。六月二十八日、僕はマノボデーを初めて体験した。

 スカラーたちが建て、マノボの文化で彩られたステージで、民族衣装をまとった代表の大人達やスカラーたちが、スピーチ、踊りそして唄などを披露し、ランチには最高のマノボ料理をみんなで味わった。準備の段階から、竹のストラクチャーと、バナナの葉の屋根で出来た、100人程入るステージを建てて行く光景や、やしの木をすいすい登り、ココナツをもぐスカラー達の姿を、僕は夢中になって撮影し続けた。特にマノボのスカラー達が持つ、大自然の中での生存においての知識と能力にはただただ圧倒されるばかりだ。僕は、人間の生命力の偉大な可能性を再保証された。

 見聞きしていると、マノボ族は明らかに政府から見放された、と言うよりも社会的に抑圧されている人の様だ。住み場は奪われ続け、教育が受けられない子供達は少なくなく、社会保障はまったく適用されていないかのようだ。結果、彼らの全体の文化が消滅の危機にあるのだろう。

 自分達の存在や文化に対して尊厳を得られない傾向の高い彼らにとっては、それを尊重される場があると言うことはどれだけ大切なことだろう。自分達の持っている豊かでユニークな文化を誇りに思える瞬間があると言うことはどれだけうれしいことだろう。理解されると言うことは・・・

 熱心さや陽気さ等、積極的な感情の漂う中、多彩な感覚で体験できるリアルなプレゼンテーションをもって、的確にコミュニケーションが交差する。そこに生まれるのが大きな理解だとぼくは思う。ぼくも、とても勉強になった。ビサヤ語やマノボ語が分からない分、理解に支障が出たわけだけど、ちょっとしたマノボのドキュメンタリーを制作しながら、もっと彼らについて学んで、知って行きたい。


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ミンダナオ子ども図書館だより:季刊誌『ミンダナオの風』20号より 6月18日

季刊誌『ミンダナオの風』20号 目次

   表紙:マロットへ・・・・・・・・・たなか きぬこ
T:日本の子どもたちとミンダナオの子ども図書館の子どもたち。(再び自殺を巡る考察)・・・・・・松居友
    *1月から5月までに、300人を越える若者たちが、便所掃除の清掃剤で自殺をしたという報告が聞こえてきた。
    *生きることは意味のあること
    *問題もある、こうした理不尽な政治や経済搾取の構造に疑問と憤りを感じて、しゃにむに武器を取ろうとする人々が出現する。
    *彼らは反政府的感情を強く持ち、「改革」「革命」「独立」を目指して武力闘争も辞さない
    *彼らを見ていると、未来が希望を持って見えてくるが、転じて日本の若者たちの現状をかえりみると、
      暗雲が立ちこめてくるような気持ちにおそわれる。

U:ミンダナオ子ども図書館の現在の問題
    *困ったのが、レンタルしたトヨタの高級4WDが、悠然と川を渡るシーンだ。
    *私は、TBS創作ドラマを、「若者たちをミンダナオ子ども図書館に受け入れるように」と見えざる声に言われたと解釈した
    *若い世代と言えば、アメリカに生き別れになっていた、私の息子も、「父さんの仕事を手伝いたい」と突然メールをよこして、現地に来た
    *水の問題も深刻だ
    *スカラシップの問題
    
V:ミンダナオとの出会い・・・・・・・・・・大淵みほ子
    *どうして人は争うのか
    *現在の仕事と今後への思い

W:ミンダナオの風・・・・・・・・・・・・・・・松居 陽
    *ドキュメンタリーの制作、カルチャープロジェクトの支援、そして教育、道徳、人権や精神の向上についての独自の研究を続けるにも、
     申し分のない拠点になりそうだ。ここでできることも多いが、アメリカや日本等、海外において出来ることもまた多大にあると思っている。
     そして何より、僕はここの子供達と共に在りたい。


季刊誌『ミンダナオの風』は、年四回発行しているミンダナオ子ども図書館の季刊誌です。
編集は、元児童図書編集者で、日本文芸家協会会員の文筆家で、ミンダナオ子ども図書館創設ディレクターの松居友です。
寄付をくださった方々に定期的にお送りしている冊子ですが、今回皆さんに配布いたします。
ミンダナオの知られざる現状から世界の諸問題が見えてくると同時に、子どもたちや次世代の若者たちへの多くのメッセージを含んでいます。
購読希望の方は、購読料のつもりで自由寄付をお送りいただければ幸いです。寄付や医療や読み語り活動に使わせていただきます。


日本の子どもたちと、ミンダナオ子ども図書館の子どもたち
ー再び自殺を巡る考察ー
 毎年二回、日本に行く。
 最初は、5月中旬から6月上旬にかけて短期滞在。二度目は、10月11月の二ヶ月のあいだ長期に滞在して活動をする。
 おもに講演会と報告会だが、土地を追われた先住民族の貧困の状況と、今もたびたび戦闘が起こり、難民がでるイスラム地域の悲しい現状を報告し、それにもかかわらず、明るくけなげに生きようとしているミンダナオの子どもたちの様子を伝える。

 絵本との関係から、お話の生きている世界は、心を癒し、生きる力を与えてくれる世界であること。ミンダナオには絵本がないが、お話が生きている驚くべき世界であることを語る。
 お話が生きている世界は、妖精や小人といった、見えないものを信じている人々の世界。そこに、生きる力と、心の分かち合い、癒しと愛がなぜあるのか。

 日本訪問は、貧しく、親を亡くした奨学生たちの支援者を見つけることが目的だが、日本で起こっているさまざまな心の問題を認識するのもこの時だ。
 1月から5月までに、300人を越える若者たちが、便所掃除の清掃剤で自殺をしたという報告が聞こえてきた。
 狭い便所に目張りをして、有毒な塩素を吸いながら死ぬのだと言う。


 「孤独で死ぬってどういうこと?」豊かな日本の若者たちが、簡単に死ぬと言うこと、孤独や厭世で自殺を図るということがミンダナオの若者たちには理解できない。「あんな、豊かな国なのに・・・。」

 生きることの意味を失って死ぬ日本の若者たち。
 ミンダナオの若者たちは、親が死んでも、見放されても、孤独の中に放りこまれ、一人で生きていかざるを得ない環境に置かれても、物乞いをする羽目になっても、なかなか自殺をしようとしない。
 
 彼らは、親戚や知人、拾ってくれる人の間を転々としながらも生きようとする。生き延びようとする。
生きることは意味のあること 
ミンダナオの若者たちにとって、「生きることは意味のあること」いろいろと辛いことはあってもうれしいことなのだ。
 戦闘のなかで親を失っても、「生きていかなくてはいけない」という気持ちを抱くのは、家族だけではなく、社会が彼らを根底から支えているからだろう。

 社会というのは、国家でも政治でも企業でもない。物質経済を優先させた無機質な組織ではなく、周囲のいろいろな「人々」すなわち、ちまたの人々の心こそが頼り。まさにピープルズパワーなのだ。

 ミンダナオの人々は、国家も政治も会社も頼りにならないと知っている。金持ちや物持ちは、自分たちの財産を守ること、海外の大企業などと結びついて、貧しい人々を安価な労働力として酷使しながら、より多くの財産を獲得することに汲々としていて、貧しい人々のことなど心から考えていない。先進国が、貧しい国々にしている搾取の構造。

 結局、貧しい人々は、自分たちの生活をまもるためには、互いに持っている物をわかちあい、助け合って生きていくしか手だてがない事を知っている。誰かが困っていたら、誰かが助ける。親のない子は、少しでも余裕のある人が引き受ける。
 なけなしでけなげな分かち合いだが、そこに金銭や物質では割り切れない心がある。この心を愛と呼んでも良いような気がする。
 ちまたの人々の力、ピープルズパワーとは愛なのだろう。

 問題もある、こうした理不尽政治や経済搾取の構造に疑問と憤りを感じて、しゃにむに武器を取ろうとする人々が出現する。彼らは反政府的感情を強く持ち、「改革」「革命」「独立」を目指して武力闘争も辞さない。
私たちはミンダナオ子ども図書館の若者たちに、問題は武器を持っては解決できないのではないか、と話す。
しかし、それならどうしたらよいか?と問われると、答えは出ない。将来、彼らのいく人かが武力闘争に加わったとしても言うに言われぬ判断なのだろう。彼らの生きてきた状況を見ると、気持ちは理解できる。気持ちだけは・・・

 言い逃れかもしれないが、答えは彼ら自身が出すしかない。
 ただし、判断のための材料である、本や新聞を読むための知識や、視野を広げるための基礎としての学校教育は受けた方が良い。ただし、学校教育にすべてを任せる気はさらさらない。

 学校教育の偏狭を補うためにも、宗教や民族の相違を尊重しつつ壁をとりさり、文化を分かち合うプロジェクト。
読み語りや医療や難民救済といった、ボランティア活動を通して、他の部族や宗教の子たちの困窮を知り感じることが大切なのだ。
 あとは、この地に生きる、生命力あふれた彼らなら、きっと解決を見いだすだろう。
 困難にめげることなく助け合い、明るく生きようとするミンダナオ子ども図書館の若者たち。
 彼らを見ていると、未来が希望を持って見えてくるが、転じて日本の若者たちの現状をかえりみると、暗雲が立ちこめてくるような気持ちにおそわれる。
 日本のように、学校教育が行き渡り、自然は美しく、安全で平和な国は無いのに、残念でならない。


 狭い便所で死ぬのなら、せめてミンダナオに来て、貧困の激しい反政府地域で、困窮している子どもたちへの食料支援や医療支援、スカラシップ支援をすればよいのに・・・。
 政府や国際的NGOも怖くて入らない地域でも、本気で死ぬ気ならきっと何かが出来るだろう。
 どうせ死ぬなら、平和のために命をかけた方が良い。便所で自殺をするよりは・・・。

 ミンダナオ子ども図書館での体験が、行き場を失い、生きる意味を無くしかけている日本の若者や中高年を勇気づけるだろう、という事はわかっている。
 今年から、ミンダナオ子ども図書館は門戸を開き、そうした日本やアメリカなど、落ち込んでいる先進国の若者たちの受け皿になろうと決心した。 経済的には貧しいが、心は豊かな国だから、経済的には豊かだが、心は貧しい国の若者と互いに分かちあえば良い。



 ミンダナオ子ども図書館の現在の問題

 日本では、TBSテレビの放映に関する意見も多く耳にした。
 残念だが、意見の多くは、不評と不満。

 ミンダナオ子ども図書館を良く知っている人々は、言った。
 「あの番組は、日本の若者のお涙ちょうだいのドラマで、ミンダナオ子ども図書館の真実の姿が出ていないよ。」
 事実、制作者側の筋書きに、学生たちが場面を演じ、端から見ていても無理矢理作ったドラマで、日本のテレビの水準の低さを見せられた体験だった。
 大工がおおむね作った保育所やミンダナオ子ども図書館の若者たちが手伝った作品やアイデアが、日本の若者たちが悩み抜いて自分たちだけで完成したかのように描かれているのが可笑しかった。
困ったのが、レンタルしたトヨタの高級4WDが、悠然と川を渡るシーンだ。
 ミンダナオ子ども図書館の4WDは、16年間使い続けた、北海道時代からの私の車で、とうとう錆びたシャーシーが崩れて動かなくなった。
 鳴門カトリック教会の乾神父寄贈のチェロキーだけは健全だが、一台では若者たちを大勢乗せて、 読み聞かせに行くことが出来ずに困っている。

 5000CCの強心臓は、どんな山道も走破して、患者の救済には心強いが、ガソリンを喰うので、何とか4wDの軽トラックを購入したいと思っているが(現地では120万円ほど)ミンダナオ子ども図書館の会計では、なかなか手が出ない。



ついに壊れたスズキのノマド。外からは見えないが、シャーシーに錆が入り折れている。車を壊すために走っているような悪路と山岳道路だ

 私は、TBS創作ドラマを、「若者たちをミンダナオ子ども図書館に受け入れるように」と見えざる声に言われたと解釈した。

 先年から、日本の若者や中高年を受け入れて欲しいという依頼があったし、今年は思い切ってビジターに門戸を開放する決心をした矢先だったからだ。

 前後して、かつてピキットの戦闘地で、ピースゾーンを作るのにNGO活動をしてきた大淵みほ子さんが勇退して、民間の小さな旅行会社で、ミンダナオをターゲットとしたスタディーツアーの企画を始めた。

 NGOの活動に限界を感じ、民間企業を通して平和を推進する試みは良く理解できる。
 ミンダナオを愛し、ミンダナオ子ども図書館を心から応援してくれる彼女は、さっそく保育所建設のスタディーツアーを企画した。今後、引きこもりの子たちの受け入れや、アポ山の登山企画も進める予定だ。

 戦闘地ピキットには、丘の上に日本軍の要塞が史跡のように残っており、そこでの宗派を越えた平和を祈る慰霊祭の開催や、ゆくゆくは湿原地域をめぐるエコツアーで、閉ざされた現地の人々の心を開き、経済的にも潤うようなプロジェクトを二人で考えている。
 父親も弟も牧師の家族。さすがに平和への思いも一方ならない若い世代だ。
ワークキャンプちらしへ
 


 若い世代と言えば、アメリカに生き別れになっていた、私の息子も、「父さんの仕事を手伝いたい」と突然メールをよこして、現地に来た。 22歳。ドキュメンタリー映画の制作に心を砕く。作曲が出来るので、独自にバックミュージックを作り、音楽と舞台芸術で養ったセンスに独自の哲学を加えて、現地の真実を描きつつ心に訴える作品を作ってくれるだろう。

 今後、ミンダナオ子ども図書館が、日本やアメリカの若い世代が心をいやす場になるだけではなく、持っている技術やセンスをこちらの若者と分かち合いながら、新たな文化を創る場になれば良いなと思う。
水の問題も深刻だ

現在、今年から新しく入ったスカラーも含めて、なんと72名が、ミンダナオ子ども図書館で共同生活している。
 寝るための部屋の方は、ボーイズハウスを作ったので、何とかなっているのだが、問題は水だ。

左の写真は、小張夫妻が寄贈してくださったボーイズハウス。早朝、誕生日の子のために伝統的なハラナで歌を唱っているところ。
 「そう、私達はみな兄弟姉妹。愛し合っているから寂しくないよ」といった歌をいくつも唱ってお祝いする。

 ミンダナオ子ども図書館には水道も来ているが、水道はお金がかかるので料理と飲み水にだけ使い、水浴びや洗濯やトイレには手堀の井戸と雨水を使っていた。
 しかし、70人以上の若者たちが、一度に水浴、洗濯、トイレに使うとなると、浅い手堀の井戸では、たちまち水が干上がってまうのだ。
小川のそばの水場で洗濯と水浴。
70名もいると手狭で村人から不評を買うことも。

 近くの水路から水を引くことも計画したが、上流にあるドールのバナナプランテーションから流れ出す農薬排水と養豚所の排水が混じっているので、トイレ以外は使用不可能だという。
 結局、機械堀による深井戸を掘るしか手がない。
 見積もりは約40万円ほどだが、目途がなかなかたたない。医療や難民救済などに使わざるをえないからだが・・・。
スカラシップの問題

 しかし、何よりも大きな問題は、高校生大学生のスカラシップ支援者が、今年はなかなか見つからない事だ。
 理由は、経済不安が日本や世界を覆っているからだと思う。

 スカラシップは、月額五千円で年間六万円。小学校の里親奨学支援は、月額二千円で年間二万四千円。
 小学校の里親支援は、好調で全く問題は無いのだが、年額の大きいスカラシップが非常に苦戦していて、28名の若者たちが支援者無しでいる。来年度は、スカラシップ募集を休止して、今いる若者たちに集中し、数年はスカラシップ募集がないので、応募希望者にとっても最後のチャンスなのだが・・・。

 みなさん、よろしくお願いします!
 振替用紙に、スカラシップ希望と記入して、金額の一部送ってくだされば、折り返しお手紙をいたします。



ミンダナオとの出会い
大淵みほ子

 私の家系は代々キリスト教徒で、私はクリスチャン 4代目になります。日本のクリスチャンが人口が1%以下であることを考えると、私の家系は日本の中ではマイノリティー(少数派)の部類に入ると思います。このような訳で、私は幼少の頃から宗教の違いにはとても敏感な子どもでした。父は(今は違いますが)当時は他宗教には厳しい態度で、神社仏閣には足を踏み入れてはならないと教えられ、学校の遠足で神社に行くようなことがあれば、先生に言って外で待っているような子どもでした。

 私も大人になるにつれ、そのような考えに固執していたわけではありませんが、やはりクリスチャンとしての誇りのようなものは持っていたように思います。しかし、私にとって宗教についてもう一度考え直さなくてはならないと思う出来事が、同時期に2件ありました。

 一つは教会内の争いに巻き込まれたことです。クリスチャンとしてこれまで抱いていた誇りはこの時に失いました。ある教会員の方は限界にまで追い込まれ、命を捨てることまで考えておられました。私はこの出来事に遭遇したときに大変ショックを受け、宗教とは何なのか、人はなぜ争うのか、そのことを追及しなくてはならないと思いました。もう一つはNYの9.11事件からイラク戦争へ至る世界情勢です。聖戦のように扱われ、無実の一般市民が大量に死んでいく状況に、私はどうしても納得がいきませんでした。

 どうして人は争うのか
どうして人は争うのか、どうして宗教の名のもとで戦争が起こるのか、その理由を強く知りたいと思いました。私は大学院に入り、特にアジアの中で宗教が関わっているとされる紛争をテーマに、勉強を始めました。ミンダナオと出会ったのはこの時になります。現地を訪れ、その状況に非常に驚かされました。北コタバト州のピキットという場所では、戦闘区域に近いにも関わらず、キリスト教徒もイスラム教徒も、そして先住民族も仲良く助けあい、活き活きと暮らしていました。宗教や民族の違いを超え、国家や反政府組織の政治や資源の争いから自分たちのコミュニティーを守る活動が、そこにはありました。

 現在の仕事と今後への思い
 ミンダナオと出会った私は、それ以来約4年になりますが、周囲には呆れられる程ミンダナオに浸かっています。大学院修了後はNGOに勤め、助成金を使って事業を行い、それ自体には意味を見出していましたが、限界も感じていました。それは、お金を与えるだけでは活動は長続きしないということです。現地の人々の素晴らしい活動も、基本的な生活が保障され、活動資金があってこそ成り立つものです。ミンダナオの持続的な発展のためには、お金が廻るしくみが必要だと思いました。

 しかし私ができることも微々たるものです。お金が廻るしくみの構築など、すぐに出来ることではありません。でも諦めるわけにもいかないので、以前とった資格を活かして、まずは旅行業で人をミンダナオに連れていき、現地で活動してもらうことから始めようと思いました。それが現在の仕事です。9月には第1回目のミンダナオワークキャンプが開催される予定です。

 このキャンプでは、マノボ族の村で保育所を補修し、トイレを建設します。日本人にとってはミンダナオの現状を知るきっかけになるでしょうし、現地の人にとっては慢性的な教育問題の解決の一助となり、またほんの少しではありますが大工さんの雇用に貢献することになります。このキャンプに何人集まるのか、どのような人が関心を持ち申し込んでくれるのか、見当がつきませんが、まずは始めてみたいと思います。

 私のこのような思いを理解して下さり、良き仕事のパートナーとなっていただいている松居さんをはじめ、MCLのスタッフの皆さまには本当にお世話になり、感謝しています。今後この小さな活動が、大きな実を結ぶことができるよう、今から少しずつ種を蒔いていければと願っています。


プロフィール
長崎県生まれ 立教大学大学院修了YMCAに. 5年、NGOに1年間勤務した経験を持つ。
現在は(株)フレンドリーオーバーシーズサポートで旅行業主任として勤務。今年9月にミンダナオワークキャンプを企画している。


ワークキャンプ計画チラシを掲載 ワークキャンプちらし



ミンダナオの風

松居 陽
 ミンダナオ子供図書館へ着いて、一週間が経つ。初日、夜遅く図書館へ着いた僕達は、引越しの荷物を抱え、図書館の二階へ上がって行った。すると、暗がりの中に、数十人の影が浮かび上がる。ぱっと電気がつくと、僕は寝ているものだと思っていた子供たちからサプライズ・ウェルカムを受けた。

 ビサヤ、ムスリム、そしてマノボの子供たちが、それぞれ独自の歌と踊りを披露した後、恥ずかしがりながら、短くも心にしみるメッセージと自己紹介とを僕は受けた。僕のハーフシスターに当たる舞花ちゃんは、歌を聴きながら見ず知らずの僕に寄り添っていた。まだ三歳で、もちもちしたほっぺたがたまらなくかわいい。ここは、子供を育てるには申し分のない環境なのだろう。

 これからここに拠点を置き、活動をしていく中で、多くの方とお近づきになれることを望んでいる。僕が人との関わり合いの中で重んじるのは、人がそれぞれ自分の真実を持って人生を歩んでいく権利だ。僕の今知っていること、それは今まで生きてきた中で観察し、学び、知ったことだ。それを知り、表現する勇気を持つことは、素晴らしい解放感を与えてくれる。

 真実とは、大衆が同意したことから存在するものではなく、個人の心の元に、形を変えながらも常に存在する人生の証、自叙伝だと思っている。僕は、人類の一同胞として、関わっていく方々とお互いの真実を分かち合い、受け入れあい、尊敬しあいたいといった情熱を持っている。M C L はこういった人権と道徳の保護と推進を実行しているという面で、無限の可能性を秘めたグループだと思う。

 物体、空間、エネルギーや時間という常に限られている物質をやみくもに手にしようとするためではなく、愛、平安、自由、幸せなど、精神的な真実を創造し、そこから建設的な影響を人類に及ぼそうと言ったグループに貢献できるのは、素晴らしい名誉だ。

 見る限り、人は自分の入っている何らかのグループの生存に尽くしたいという願望を元より持ち合わせているようだ。もしそうならば、方針、活動、そして団員を心から信じることのできるグループの一部になれるということは、相当な幸運である。そして、その幸せを、僕は今体験している。

 それにしてもここの子供達は美しい。その美しさは、彼らの強さから来ているのだろう。そしてその強さとは、生きようとする力だ。ここの子供達は、生命力に満ち溢れている。その生命力は、彼ら自身の生存へだけ向けられたものではなく、彼らの家族と親戚、仲間達、人類、生命、宇宙、そして神へも延長された、物質的なものでは比喩できない、純粋で無限大の真実なのだろう。

 そしてそれは、彼らのあらゆる行動と表情に強く出てきている。彼らの笑顔を見たものは、人の芯である善良さを目の当たりにすることだろう。この美しさを自分の中にも見出せたものは、その人生が救われたという言い方をしてもいいと僕は思っている。

 ドキュメンタリーの制作、カルチャープロジェクトの支援、そして教育、道徳、人権や精神の向上についての独自の研究を続けるにも、申し分のない拠点になりそうだ。ここでできることも多いが、アメリカや日本等、海外において出来ることもまた多大にあると思っている。そして何より、僕はここの子供達と共に在りたい。




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ミンダナオ子ども図書館だより:決算報告書、医療と保育所建設報告を掲載5月11日

現地法人として、外部会計監査士の作成した、2007-8年度の決算報告を掲載しました。
活動報告書や将来のプランと共に、フィリピン政府に提出するものです。
医療患者報告と保育所建設報告書も掲載しています。以下をクリックして、目次から入ってください。
http://home.att.ne.jp/grape/MindanaoCL/indexJ.htm

医療で、山の村の骨折した少年を運び治療を始めました。両親ともにいない子です。

松居友は、5月13日から6月9日まで日本に行きます。講演などのスケジュールを掲載しました。

米、肉、野菜の食料価格高騰を受けて、ミンダナオ子ども図書館の若者たちが、本格的に野菜の栽培を農場で開始しました。


フィリピン最高峰、アポ山登山の紹介を載せました。登山好き以外の方々も是非ご覧ください。
「フィリピンの最高峰、マノボの聖地アポ山がその姿を開くとき」
以下をクリック
http://home.att.ne.jp/grape/MindanaoCL/apo.html



骨折した少年の救済
スカラシップの最終調査の課程で
骨折した子の救済が始まった
父親もいない、母親もいない
兄弟はバラバラになり
叔父が面倒をみているが
骨折を治療するお金もない
一人、親戚の家に放りおかれ
厄介者扱いを受けている子にしばしば出会う。
小学校を途中で止まったまま
学校にも行かせてもらえない
田んぼの草取りを手伝っているが
骨折したとなると、厄介者以外の何者でもない
少年は、ミンダナオ子ども図書館に保護され
病院の検査を受けて後
治療に入る。

叔父さんの話だと
「そのままミンダナオ子ども図書館に滞在して
学校に行かせてもらえ」
と、言われたという。

厄介者を追い払う?
しかし、確かに子だくさんで
日々の食事にも事欠き

つい最近自分の子も病気で亡くしたというから
一概に責めることは出来ないのだ。

マロットもそうだったが、
この子も
ここに住むことになるだろう。


激しい物価高が
フィリピンを襲っている
米が、50キロの俵で5年前、980ペソ
それが現在は、1500ペソになろうとしている。
フィリピン全土で、食糧危機が叫ばれている。

世界的な傾向だろうが、
貧富の格差の激しいミンダナオのような地では
こうした情勢は、貧困所帯に
痛烈な打撃を与える。

そのせいだとは言い切れないが、政府への不満が高まるにつれて、NPAやイスラム反政府勢力の動きが活発になってきているようだ。
ピキットでは、IMT(国際停戦監視団)が撤退を決めた。マレーシア軍とブルネイ軍だが、フィリピン政府の対応に業を煮やしての撤退だ。
MILFやMNLFも、活動を開始するだろうといわれているが・・・。

先日ブアラン村で、スカラシップ調査をしていると、ジャングルのなかからMILFの兵士たちが30名ほど、
M16ライフルや新品のロケット弾を抱えながら出てきた。別に怖いとは思わない。ちょっと手を振って挨拶すると、先方も答える。
彼らの数名は、ミンダナオ子ども図書館を知っているようだ。

どうでもいいけど、あまりドンパチやって欲しくはないな、と思った。
子どもたちが可哀想だ!

ミンダナオ子ども図書館も危機を感じている。
70名近い若者が共同生活しているし
50キロの米が、二日で消費されるのだから。

幸い米は、水田5ヘクタールのおかげで
相当、節約できている。

食糧の高騰は、
皆で話し合い。
野菜完全自給に向けて活動を開始した。

さすがに手慣れたものだ。
いろいろな野菜を次々に植えていく。
世界は食糧危機となるかもしれない
このような時こそ、
積極策をとる必要がある

地鶏、山羊、魚の養殖。
ミンダナオ子ども図書館は、
農業防衛策を若者たちの手で始めた。

ただ、皆さんからの寄付は一切使わず
自分たちの手で
やり通そうと思っている。


(皆さんからの寄付は、
今まで通り
医療、読み聞かせ、スカラシップ等の
活動に向けられますのでご心配なく)

今年の決算結果をふまえ、食費を極力削減。
スタッフは出先でも、自腹で昼食などを払い、お弁当を持って活動することにした。
車の修理とガソリンが今後の課題だが、スタッフは料金の安い公共乗り物を極力使用。
山の子どもたちを救済するためになるべく使う。

オフィスやスタッフの体制も可能な限りスリムにした。
小川(灌漑用水)の水を引き、それで洗濯やトイレように使い、水道代を削減するのも課題だ。

危機を若者たちの力を結集する良い機会に変え。戦闘で乗り越えるのではなく、大地を最大限に利用して、皆の力で乗り越えたいと思う。



少しずつ、新しいスカラシップの子たちが
ミンダナオ子ども図書館に入り始めた。

今年は、里親制度は何とか目標を達成したが
高校大学のスカラシップが苦戦している。

本当に困難な状況にいる子だけに
削りに削ってふるいにかけたが
まだ、25名ほどの子たちの
支援者が見つかっていない。

皆さん、よろしくお願いします!



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ミンダナオ子ども図書館だより:4月29日
教育の可能性、部族や信仰の違いを超えて心を一つに


一年間の締めくくりと新年度の出発を祝うファウンデーションデイが無事終了しました。
今回の奨学生によるパネルディスカッションのテーマは、『教育の振興と部族や信仰の違いを超えた一致』
若者たちが決めたテーマですが、難しいのでは?と思いきや、貧困のなかで学校に通う事の困難さと、その解決に話がおよび、
涙ながらに自分の体験を語る姿が感動的でした。発表の内容を掲載したのでご覧ください。
パネルディスカッションの後には、昼食を挟んで、各部族の踊りが続きました。

骨折してファンデーションに来たマロットに、支援者が見つかりました。
ダバオに日本語教師としてボランティアで来られている大本和子様のお姉さんです。
母さんのいないマロットは大喜び。ほほえましい写真をご覧ください。

スカラシップ支援の皆さんには、機関誌『ミンダナオの風』と共に、子どもたちからの手紙が届いたことと思います。
マノボの村、プロック8の子どもたちが持ってきた手紙の様子を掲載しました。



ファウンデーションデイ:五周年記念シンポジウム
毎年4月最後の日曜日は
創立記念日であるファウンデーションデイ

ムスリムデイ:1月末
マノボデイ:6月末
ビサヤデイ:9月末
三つの文化祭の締めくくりで
パネルディスカッションを企画している

今回のテーマは

Improvement of Education
&
Unity of each Tribe


教育の振興
部族や信仰の違いを超えた一致
何とも小難しいテーマだが、
若者たちが自分たちで考えて決めたのだから・・・・
興味津々で様子見した
こうした活動は、
年初に奨学生たちの投票で選出された役員によって
構成された自治会で運営される。
スタッフたちは完全に脇役だ。
ただ、挨拶で指名されたので、以下の事を語った。
・・・・・ちょっとキザだったかな?
しかし、難民救済などを中心とする
2007年度の活動映像を見て、
何かを感じ取ったようだった。

「ただ、学校で勉強したいだけならば、MCL(ミンダナオ子ども図書館)のスカラシップではなく、
他のスカラシップを選んでほしい。
MCLの活動のメインは、スカラシップではなく、読み語りと文化活動を通して
平和な世界を築く試みにあり、
その手段として、スカラシップと医療、子どものシェルターがあるのだから。

お互いの異なった信仰や部族の文化を理解し合い、尊重し合いながら
どのようなミンダナオを、世界を築いていくかを考えることこそ、最も大事なプログラムで
日本の支援者もそのことを期待して、皆を支えている。
そのことを忘れないで欲しい!」



ムスリム、先住民族、移民系クリスチャンの各トライブに分かれて、
活発な議論が始まった


ムスリム(イスラム教徒)のグループ

移民系クリスチャンのグループ

先住民族のグループ
その後、選ばれたパネリストが、出された問題点と解決の方法を紹介する。

マノボ族の場合
マノボ族にとって、教育振興をはばむ最も大きな要因は、貧困です。
両親が、学校に子どもをやるだけの経済力がないのが原因です。
この問題を解決するには、スカラシップを獲得するか、就労学生になるしかありません。
就労学生になっても、昼間働いて夜や日曜日に学校に行くので高校卒業止まりで大学は無理。

次に、食べ物の問題があります。
子どもの頃から、学校にお弁当を持って行けず、お腹がすいて学業が続けられなくなるのです。
お腹がすくというのは、とてもつらいものです。
この問題を解決するには、自分で野菜などを植えて、それを市場で売って米を買うしかありません。
また、他所の田んぼや畑の草刈りを手伝って、日銭を稼いで、学費に充てます。

それで、何とか学校に行けるようになっても、親からの経済的サポートは無いので、
自分で畑で作った野菜を、恥ずかしがらずに、学校の友人や近所に持って行って買ってもらったりします。
土日などは、恥ずかしがらずに、他所の田んぼや畑の草刈りをして日銭を稼ぎます。
自分の土地を持っていないマノボ族にとっては、普通の事なのだから、恥ずかしがってはいけない!

大事なのは、どんなに惨めな気持ちになっても、それに負けずに、恥ずかしがらずにがんばること!
なぜなら、親も私たちを支援することができないのだから。

(目に涙をいっぱいに浮かべながら、繰り返し、「恥ずかしがらずにがんばること」を強調した。自分の体験を語っているのは、明らかだった。)

親がいない場合やアバンドンな状態は、もっともっと大変。
頼る人がいないから、自分で働いて学校に行くしか他に方法はない。

山に住んでいると、学校が遠いのも問題。
お弁当があればまだいいけど、お弁当もなく、何時間も歩いて学校に通わなければならないと、だんだん行くのが嫌になることがある。特に雨の時など。
特に保育園に通う年齢の子に、遠距離通学は無理。
こうした問題を解決するには、村で話し合って、保育所(プレスクール)を作るのが良いけれども、村にもそれだけのお金がない。
こうなると、NGOに助けを求めるしかない。

学校そのものに、興味を失ってしまうのも大きな問題。
親が無関心な場合には、親に教育の大切さを伝えたり、子どもたちにしっかりした目標を持たせてあげることが大事。

学校が嫌いになるもう一つの原因は、学校でマノボだからと言って、馬鹿にされること。
この問題に対処するために大切なのは、自分のアイデンティティを大事にしつつ、がんばって大学まで出て、
マノボだって、ちゃんと大学で勉強して、しっかりした人生を送れるのだ、と言うことを示す必要がある。


イスラム教徒の場合
イスラム教徒の場合も、一番大きな問題は貧困、それから戦闘。
戦闘があって、難民になったりすると、お金も無いし
半年や一年近くも難民生活が続くと、学校に行く気力も無くなってしまう。

こうしたときは、他の村に避難するしかない。
親戚のところに避難できれば良いけど、避難先で何とか生き抜いて
NGOを探して、スカラシップに応募するしかない。

学校を続けられなくなる大きな原因の一つは
イスラム教徒だからといって、見下されて、馬鹿にされること。
「ピキットから来た、泥棒だぞ!」とか「バンサモロだぜ」とか、
ムスリム=泥棒だと言われる。

イスラム勢力とフィリピン政府の対立も教育振興を阻害している。
イスラムの戦闘地域では、学校や教育制度が遅れて政府の支援も届かない事が多い。
もっと平和を結んで欲しい。

また、フィリピン人の特質として、嫉妬深い足の引っ張り合いが多いと思う。
勉強が上だとか下だとか噂しあって、足を引っ張る。時間にルーズなのも問題。
金持ちと貧乏人の格差が激しく、平等でないことも教育格差を激しくしている。


移民系クリスチャンの場合

私たちの場合も、貧困が一番大きな問題。
金持ちは成績が悪くても大学に入れるし、時には学校を出ていなくても、良いところに就職できる。
貧乏人は、たとえ大学を出ても仕事がなかなか無い。
子だくさんなので、兄弟全員が学校に行けないことも多い。
ファミリープランニングなども必要かもしれない。

最近は経済的クライシスと言われていて、
米をはじめとしてすべての物価が急速にあがっている。
授業料も、毎年値上がりしている。
学校が、本来の教育よりも、金儲けで商業化しているのも問題だと思う。
フィリピン政府の教育振興に対する関心が低く、賄賂が行きかっているのも問題。
教育予算が、賄賂で食いつぶされている。
学校での先生のえこひいきも激しい。
部族の一致も含めて話し合い、しっかりと権利を主張していく必要がある。


私の場合は、一番つらいのは、学校でブロークンファミリーだと言って馬鹿にされること。
貧しい上にブロークンファミリーだと言われて馬鹿にされて・・・・でも、そんなこと言われても、サバイバルするわ!

(泣き出す)

母さんを助けなければいけないし、たとえ小さな事かもしれないけど、野菜を植えたりして、それを売ったりして。
それが、人生のチャレンジだと思う。
お祈りだってするわ!


各部族のグループ討論の後、各々の意見を代表して、二名が前に出て報告をした
それぞれが多くの若者たちの気持ちを代表していたと同時に、
自分の経験から語っている事がよくわかった。
語りながら目に涙をいっぱいためて、言葉に詰まる子を見て、他の若者たちも目頭を押さえたりして、聞き入っている。

あえて結論を出す必要は今はなく、これでよいのだと思った。
結論やアクションは、将来各々が人生の中で実現していけば良い。


パネルディスカッションの後に、踊りが始まった
パネルディスカッションの後、
各々のトライブに分かれての
短い踊りが披露された

討論での真剣さもさることながら
こうした踊りの中で見せる
彼らの笑顔や優雅さが
まぶしい
これだけつらいおもいをしながらも
ミンダナオの若者たちは
なぜか自殺をしようとしない

未来に向かって歩こうとする
いったい何が彼らを支えているのだろうか
いつも不思議に思う

先進国の若者たちが失った
何かを彼らは持っている




母さんの亡いマロットに、ロラが見つかった!

骨折から救済されたときのマロット
そのときの様子は、以下をクリック


ダバオから来られた大本さん一行
姉さんの田中衣子さんが
去年足と腕を骨折して
山から運ばれてきたマロットの
支援者になってくださった

母さんの亡いマロット
まるで母親のように甘えて慕う
今も、写真を見るたびに
懐かしくなって涙ぐむマロット

マロットへ
                          たなか きぬこ

ミンダナオ子供図書館に行ったときに、
マロットに会えて本当によかったです。
私には日本に3人の孫がいますが、
マロットは4人目の孫のような気がします。

みんなといっぱい遊んで、勉強もしっかりね!
5月には日本に帰るので、マロットのことを皆に話します。

またいつか会える日を楽しみにしています。
 
   ミンダナオ子ども図書館に滞在した思い出:田中 衣子

たった1泊2日の短い日程でしたが、ミンダナオ子供図書館に行けたことは、大きな感動の2日間でした。
美しく手入れされた庭や畑もそうですが、何よりも感動したのは、そこにいる子供たちです。
小学生から大学生までおよそ50人程の子供たちは、どの子も明るく、人懐こく、親切で、もてなしの心と節度を持っているのを何度も感じました。
今の日本の子供たちが失ってしまったものを、ここの子供たちは皆持っているのです。
食事の時、私達訪問者には彼らより、立派なお魚のから揚げがついていても、欲しそうな顔をすることもなく、
果物を切り分けた時も、一番に私達のところに持ってきて勧めてくれます。少しだけ一緒に遊んだバスケットボールの時も、
ボールを何度も私に渡してくれました。
ここに来るまでには大きな困難な状況の中にいた子供達ばかりなのに、
こんなに明るく、のびのびと生活出来るのはきっと松居さんの教育がすばらしいのだと思いました。
次の日に連れて行ってもらった、貧困地域での読み聞かせや、子供図書館での活動はほとんど学生が自主的に行い、
松居さんご自身は助言する程度とのことです。
キリスト教徒とイスラム教徒の人がともに過ごすことで、
大人になっても反発しあわないで共存できる社会を作ってほしいという松居さんの思いはしっかりと彼らに届いています。
一緒に写っているのは、私の里子となったローズマリー、愛称マロットです。
日本に3人の孫がいますので、4人目の孫ということになります。


ロラ(おばあちゃん)に甘えるマロット
妹さんの大本和子さんの方は
両親の亡くなったイスラム教徒の少年と
父親を亡くした少女を
支援してくださる事になった

和子さんは、現在ダバオの日系人会
が経営する
ダバオ国際大学の日本語教師を
ボランティアで勤めていらっしゃる。





大本さん方は、読み聞かせにも参加された。
ミンダナオ子ども図書館のストーリィテーリングは、
絵本の読み聞かせから
次第に読み語りにシフトしている。

ミンダナオでは、オリジナル言語の絵本が無く
現地語を生かすためには
語りを取り入れる必要があるからだ。

それにしても、皆、語りが驚くほどうまい
子どもの頃から、お話を聞いて育ち
昔話も生きている世界だからだ。





機関誌『ミンダナオの風』発送と子どもたちからの手紙
毎年、年四回
機関誌『ミンダナオの風』を発行している。

それにあわせて、スカラシップ支援者の方々に
子どもたちからの手紙を同封する。

手紙を持ってきた子供たち
プロック8村にて

子どもたちは、一生懸命手紙を書くが、小学生の場合は文字や英語が書けない子もいて
書ける子に手伝ってもらったり、タガログ語の子は私たちが英語の翻訳をつける。
中には、私宛に、熱烈なラブレター?をくれる子もいる。
どうやら、足長おじさんのように思ってくれているらしい。胴の方が長いのだが・・・・・

「We love you !
お願いがあります。
外国にいったら、私を受け入れてくれる、もう一人のお父さんを
見つけてきてくださいね。」

と書かれている。
ミンダナオの子どもたちは、自分の想いを素直に一生懸命表現しようとする。
スカラシップを受けている子たちの
現状を調査するのもこのときだ。
貧しいマノボの村では
親のいなくなった子は
大変だ
今回の調査で、小学生のスカラシップ(里親奨学制度)の子たちだが、
母親が亡くなり、父親は別の女性といっしょになったまま行方しれず。
完全に見放された状態でいることがわかった。

右の男の子(小学生)が、左の妹と従妹、右の継母の祖母の面倒を見ていた。
他所の田んぼや畑の草刈りや日雇いをして、日銭を稼いで妹たちを学校へ・・・・
彼の成績が落ちてきているのでわかったことだ。

三人は、上の祖母の家を始め、親戚の家を転々として生きている。
身よりも無い状態なので
ミンダナオ子ども図書館に引き取ることに決めた。
自分の家に里帰りした奨学生も
元気だった。

ミンダナオ子ども図書館に戻るための
山からの交通費を稼ぐために
アロナは、山で一日
薪拾いの日雇いをしていた



定例のボードメンバー会議が終わった
定例のボード会議が終わり
新しい役員として、マノボの指導者エラさん(アジア学院の卒業生)
イスラム教徒のホサイン氏(先住民族ファンデーションの顧問)が加わり
計9名となった。
それぞれのご専門の立場から
良いアドバイスをくださるだろう。

今年卒業したノライダさんは、スタッフとして活動を開始する
下は就職が決まって大喜びのノライダさんとお母さん
彼女の父親は、子どもの時に亡くなっている。





最後は、ミンダナオ子ども図書館の情景でお別れ
食料価格高騰の今
若者たちは
農地を切り開き
野菜を植えることで
なるべく皆さん方の寄付を
貧しい子たちの医療や救済に向けるために
がんばっています!



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ミンダナオ子ども図書館便り:京都暁星高校から訪問、保育所建設

ザンボアンガに保育所を建てているNGO、ボランティア95のフェルケルさん他皆さまが、立ち寄れました。
マノボの集落プロック8で古着をわたしました。今後のお付き合いが楽しみです。

戦闘のひどかったイスラム地区ピキット
ピキットのトンドと呼ばれるゴミ捨て場地区フォートピキットで、京都暁星高校  が保育所を建設。
仁科先生が、奥様と3歳の娘さんを連れて訪れ開所式に参加されました。
開所式の後に、奨学生たちが読み語りをし、古着を渡しました。

そのとき、ゴミ捨て場の向こうから、うれしそうに手を振る家族がいました。
近寄ってみると、なんと難民キャンプ時代に兎口を治した少女とその家族でした。
5年ぶりの再会で、少女はすっかり娘らしくなっているのに驚きました。

その後、仁科先生は、ご自身が支援しておられる山のマノボの高校生、グレンさんの授賞式に参加しました。
山の高校の授賞式で、グレンさんは最優秀でした。

2008年度の支援学生候補が、ほぼ出そろいました。皆さんのご支援をお願いします。




ボランティア95の訪問者の方々と!
ボランティア95は、阪神神戸大震災の時に生まれたグループ。
今は、ミンダナオ出身のシスターと共に、ザンボアンガで保育所を支援している。
今回は、現地へ向かう前に、ミンダナオ子ども図書館の視察に訪れた。
2泊三日という短い滞在だったが、マノボの村、プロック8を訪問、いっしょに古着の支援をしたり、充実した日々だった。
同じNGOとして、私たちも、いろいろと学ぶことが多かった。今後のおつき合いが楽しみ。
ミンダナオ子ども図書館から望む満月 電気を消すと、たくさんの蛍が飛んでいる。
若者たちの話だと、夜はこのあたりに妖精が飛んでいるという。
特に、満月の夜は要注意!
妖精に声をかけられても、返事をしないこと。
あっちの世界に連れて行かれて、帰れなくなることがある。
特に大きな木や岩のある場所は、気をつけて通り抜けること。
「ああ、きれいな月夜だなあ」などと賞賛する言葉は、絶対に言ってはならない!

妖精が振り向いて「こっちへおいで」と誘うから。

京都暁星高校がピキットに保育所
仁科先生が、学校を代表して開所式に参加
今回、保育所を建設した場所は、ピキット市の町の丘の裏側にあたる、フォートピキットと呼ばれる地区。
ピキットの町中心部は、移民系クリスチャンも住んでいるが、この地区はスコーターエリアと呼ばれ、貧しいイスラム教徒が都市に吹きだまった地区。
マニラのトンドほど巨大ではないが、市のゴミ捨て場地区で、ゴミを拾いながら生活を立てている人々も多い。
子どもの数が多い割には、教育環境が行き届いていないので、保育所建設が待ち望まれていた。
保育所が完成して、大喜びの住人たち。
開所式の後、さっそく読み語りを、ミンダナオ子ども図書館の若者たちが行った。
初めて絵本を見る、子どもたち。
その後、古着の支援を開始。
男の子たちの腕の見せ所だ!
真ん中の写真は、
左はじイスラム教徒
次にビサヤ系クリスチャン
右の三人は、マノボ族。
三歳の悠河ちゃんを抱いた仁科先生を、
イスラムの子どもたちが囲む
宗教や民族の違いを超えて
子どもたちはいつも可愛い!

これが、ピキットのトンドと呼ばれるゴミ捨て場だ
右奥に大きな丘のようなゴミの山がある

ゴミ捨て場の中から
必死に手を振る
父親と母親と少女がいた
本当にうれしそうに手招きし
こっちへ来い、こっちへ来い、と言う。
いったい何だろうと不思議に思い
ゴミの中の道を通っていくと
何と・・・・・・・
アニサちゃん!


5年前に手術をしたときの写真
左は手術前
中は手術直後
右は翌日


父さんの顔も懐かしい(白い服)
母さんも元気そう(右端)
上写真の右奥がアニサちゃんの家
近づくと、どこかで一度会った顔だ!
しきりに、「あのときのヘアリップの子の・・・」と言う。
てっきり、ヘアリップの手術を頼みたいのかと思うが、それにしては満面の笑顔!
父親の顔に記憶はあるが・・・・娘も、どこかでみたような????
唇をみてハッと思い当たった!手術の痕がかすかに見える。そうか・・・・
確か隣のパガルガン難民だった家族。
ヘアリップを直すために繰り返しダバオに通い、寝食を共にした思い出が突然浮かび・・・・
あのときの!アニサちゃん?
大きくなって、しかもすっかり娘らしくなって!
こういう出会いは、お互いに本当にうれしい。肩をたたき合って喜ぶ。
それにしても、このような場所に住んでいたとは。口では言えない苦労もあったんだろうな。


京都暁星高校は、かつて支援している奨学生を日本に招待してくださった。
寒い雪の宮津のクリスマスだった。
高校生同士の交流と、ホールでのクリスマス劇に、マノボの奨学生も民族舞踏を踊った。
懐かしい思い出が胸をよぎる。
4年ぶりの懐かしい再会
新しく支援してくださる
奨学生との出会い!
その後、支援している奨学生の村へ
車で1時間以上、途中で車が動かなくなるアクシデントも

車が動かなくなって
援助の車がくるのを待つ

TBSのテレビを見て
立派な車を持っていると
勘違いしている支援者の方々へ


あの番組は、トヨタがスポンサーなので
意向でわざわざレンタルした
トヨタブランドの車です
豪快に川を渡るシーンがあったりして
(笑)

うちの車はあの撮影の後に川を渡る途中
川の中でエンコしたのだ!
逆にそれを放映したら
いかにトヨタの車が性能が良いか
宣伝になったのになあ

どなたかあのようなハイラックスを
一台寄付してくださいませんか
車はエンコしたけど
何とか表彰式に間に合った
というより、フィリピンタイムで救われた
何と午後に延期されたのだった

左は、仁科先生が個人的に支援している
マノボ族のグレンさんの表彰式
ファーストオーナーに輝く!

右は、やはりオーナーになった
メロージェンの授賞式!
こちらはキダパワンにて

一週間の滞在は、様々な思い出を、若者たちの心に残した
涙なみだのお別れ会。
いつも思うが、ミンダナオの若者たちは、心から純粋に愛す力を持っているようだ。
出会いによって、毎回涙の質が違うのは、出会いが毎回異なっているからだろう。
仁科先生の場合は、娘さんといっしょに、まるで訪問者というよりは、家族の中に家族が入ったような感じ。
若者たちは、「家族」というものを強く感じたようで、特に幼い頃から両親がいない子などは、食い入るように楽しそうな家族の様子を見ていた。
いつか自分たちも、あんな楽しそうな家族を作ってみたい・・・・
良いことだと思う。
悲しい別れも
元気な笑いの中で
再会の誓いに変わっていく
彼らは、自分の家族が増えた
そう思っている
今度きたときは
お帰りなさいと言って
迎えるだろう


2008年、ミンダナオ子ども図書館が手狭になってきたので
建設中のボーイズハウス
建設に参加しているのは、ミンダナオ子ども図書館の若者たち
だって、自分たちの家だから・・・・




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ミンダナオ子ども図書館便り:イスラム地域の学校建設ほか 3/12

日本政府の支援(ODA)による、ピキットの反政府地域における小学校建設が本決まりとなり、
マニラで調印式に参加してきました。
これにより、私たちの奨学生が多数来ている、ナカブアル村での学校建設が4月より本格的に始まります。

家庭調査の結果、今年度の奨学生の候補が、新たにノミネートされてきました。
小学生(里親奨学制度)の対象は、戦闘の激しかったイスラム地域のブアラン村に決定しました。
同地域は、最も恐れられていた地域に属し今日に至るまで、フィリピン政府や海外ODAやNGOの支援が全くなく、
2000年の戦闘以降も校舎は砲弾の傷が残ったまま、教室内も地べたのままです。

マノボ族の地域は、TBSで放映されたウオーターフォール村をはじめとして、
より貧しいボアイボアイ村とダトゥインダ村に決定しました。
後者の二村は、自分たちの土地を失い、学校も5キロ以上歩く非常に貧しい地域です。
一日3食、食べられない家庭も多い。

ダトゥインダ村には保育所(プレスクール)もなく、4,5歳児が5キロの道のりを歩かなければなりません。
ここに新たに保育所を建設しました。
保育所建設支援をしてくださった、丹原美穂さんが訪れ、開所式に出席されました。

定例(年四回)のボードメンバー会議が終わり、役員改選と新ボードメンバー2名の選択了承が可決されました。



戦闘の後遺症を抱えるイスラム地域のマカブアル村に
小学校が建設されることに決まり、
日本大使館主催の調印式に出席しました。
 今回の調印式は、日本政府が主催し、
J-Bird(日本―バンサモロ・イニシアチブズ・フォー・リコンストラクション・アンド・デベロプメント)の代表とMILF代表とARMM(イスラム自治区)代表、MIT(国際停戦監視団)の代表出席のもとで行われた。
 選ばれた7団体は、ほとんどが現地NGOであり、ミンダナオ子ども図書館も一現地NGOとして選ばれた。今回は、主にARMM(イスラム自治区)における小学校や文化施設、水道施設に対する支援。
 調印式の様子は、フィリピンのテレビ局によっても報道された。
 日本のNGOであるHANSが後押しする水道施設と共に、ミンダナオ子ども図書館が支援しているマカブアル村の小学校建設が認可された。


http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/18/rls_1010b.html

 マカブアル村は、ピキットのMILF地域の中枢に属しており、戦闘中も子どもたちも含め難民キャンプ入りが許されず、その後も、ワールドフードなどによる食料支援もなされなかった地域。

日本大使とサインした書類を交換

現在も道が意図的に遮断されて一般車が入れず、4WDで、踏み跡をたどって入るしかなかった。
(戦闘を常に意識して、道路をあえて反政府側が遮断し、穴を掘ったりして通れなくした結果)

 ミンダナオ子ども図書館では、2年前からこの地からスカラシップ奨学生を採用してきた。
 続いて小学校の里親奨学制度の重点地域に指定。30名の子どもたちが学校に通えるようにしてきた。
 その後、読み語りや医療を展開し、村長をはじめとする村の人々と信頼関係を築いてきた。
 今回の学校建設は、地元の人々の強い要望から、実現したもの。

 嘆願があった当初は、ミンダナオ子ども図書館で建設を考えたが、地元の要望に添う恒久的なしっかりしたものを建設する必要を考えると、個人支援に頼る小さなNGOでは無理。
 中途半端な仕事はしたくないので、日本政府の支援を仰ぐことに決めて活動開始。
 その意味でも、今回の認可は、現地の子どもたちを含む多くの人々の期待に応えるものだ。

 現地の子どもと親の希望から出発し、さらに村長と学校の先生の期待を確認した後、
ピキットのDSWD(福祉局)を通して、ピキット市の行政としての意志を確認。

 ミンダナオ子ども図書館は、実務を担当することにした。

 現地の人々と現地行政、そして日本政府とを結ぶ橋渡しの陰のお手伝いに徹するために、ピキット市のエンジニアに依頼して見積もりと計画書を作成。
 さらにピキット市から提出する書類を代理に作成して提出。

 今回、中心になって作業をしたのは、元ミンダナオ子ども図書館の奨学生で現スタッフ秘書のマージーさん。(イスラムの踊りで日本にも行った)
 彼女は、今年からアーロン君(ご主人)に代わり、代表(プレシデント)の重責をつとめる。

 英語も堪能であり、書類作成能力にもたけていて、ミンダナオ子ども図書館が国際的に展開する基盤を作ってくれるだろう。
 奨学生になった当時は、17歳だったが、こうして立派に成長していく姿を見るのはうれしいものだ。

 また、陰で、ミンダナオ子ども図書館のボードメンバーであり、キダパワン市の銀行などの建築も
手がけている設計技師(エンジニア)のダニー氏のアドバイスや協力も大きい。


元奨学生のマージーさん
スタッフとし活躍
今年からプレシデントに

この地域は、2000年の戦闘時期から、意図的に車の通る道を破壊しており
(反政府勢力の地域の特徴)今回も大使館から建設における安全の確保について打診があった。


 私たちは急遽、マカブアル村の村長以下役員と学校の先生方との会合を現地で開き、直後に予定していたピキット市長との会談に結びつけた(左写真はピキット市長との会談のようす)。
 その結果、安全の保証が市行政と村の両者から得られた。

 村はMILFの勢力下にあり、市行政側はMNLFに属しているので、行政側の安全保障だけでは不十分である。その点で、両者の保証が得られたことは大きい成果だ。

 しかし、マカブアルの村長(MILF)と市長(MNLF)が従兄弟どうしてあったのには驚いた!
 時々、互いに戦闘を起こしているはずなのだが・・・ピキットのある構造の一面をかいま見た体験。

 今後の予定としては、現地の視点に立ちつつ、IMT(国際停戦監視団)とJICAなどと連絡を密にとりながら、現地の学校建設を開始する。
 現地には、スタッフが毎週おもむき、状況を逐一報告していく予定。完成すればピキットでおそらく最も新しく美しい、5教室の小学校が建つ。閉ざされていたMILF地域の中枢に、こうした学校施設が建ち、将来的には500人を超す子どもたちに喜ばれるのは、大きな意味がある。


 マニラでの調印式では、最後に英文の俳句でピキットの戦闘の悲劇が述べられたが・・・
 2001年2002年と、現地の悲惨な難民キャンプを見たときの私のショック。それをきっかけに始めたミンダナオ子ども図書館。
 さらにその後も難民キャンプを訪れて子どもを救済したり、難民が村に帰っても、心が破壊された子どもたちへの読み語りと医療をしてきた記憶が、ドッと胸によみがえり、不覚にも目頭が熱くなった。

 現在は、この地から多くの大学、高校、小学校の奨学生を採用している。
 戦闘当時、父親を亡くし、心が千々となり、表情の失われていた彼らが、今は生き生きとした顔で大学や高校に通っているが、今年の奨学生候補も多くが、ピキットからで、応募してくる若者たちの多数が、父親を戦闘で失っている。
今年度のピキット地域からの奨学生候補 
 ただ一つ気になるのは、ピキットで唯一、反政府組織の奥の院と呼ばれ恐れられてきた
 ブアラン村の学校が、2000年の砲弾の跡を残したままであることだ。

 今年度の奨学生候補はブアラン村を選び、先年暮れ高橋毅氏の寄贈で、保育所も建設された。
 願わくば、このブアラン村に、小学校を建ててほしいのだが・・・・
 父親は亡くなって、祖父母に育てられている子が多い。
 ブアランの小学校に関しては、報告書に記載
 下は、2000年と2002年の戦闘で壁や床の崩れたブアランの小学校。


壁は、2000年、2002年の戦闘で崩れたままだ

教室内部は、
破壊されたままの地べたが剥きだし
このようなところで、
毎日勉強している子どもたちの
複雑な内面を考えると・・・・
ブアランの小学校は、教室が足らず
4年生は、
このような小屋で、
勉強をしている。

今年から、
さらに5年、6年と
学年が増えていくが
いったいどこで勉強するのだろう


今回、奨学候補生の家庭調査で訪れたさいの、ブアラン村の写真
ブアラン村では、父親が亡く
お年寄りが子どもを育ているケースが多い

これも戦闘の悲劇だ


村人たちは恐れて帰ることが出来ず
最近になってようやく
戻ってきた

家並の奥に、
高橋毅氏寄贈の保育所が見える
今回の奨学生候補の一人 ほとんどの家が崩れかけたような
粗末な家だ
ブアラン村
森と湖沼に覆われたこの地は、
戦闘の被害が最も深く激しかった地域

あれから7年たった今も
私たちの小学校は、砲弾の傷を残したまま
政府もNGOも、恐れてここまで来なかった

村人たちも、ようやく数年前から
少しずつこの地に戻り始め
学校も、今年から5年、6年の学年が増設される

けれども、教室が足りなくて
あっても、床が破壊され
土が丸出しのそんな中

亡くなった父さんや母さんを
思い出しながら勉強するのは・・・・
・・・・・・・・・・・

ミンダナオ子ども図書館の今年の課題

今年度の予定として、ARMM(イスラム自治区)サイドのパガルガンの学校等の調査を独自に始めます。
私たちは、ピキット以前には、医療などで、イスラム自治区のパガルガンと関係を有してきました。
ARMMサイドは、ミンダナオ子ども図書館の出発点となった地です。
とりわけ戦闘直後に学校を焼かれたイノクオグ集落など・・・・
2003年、パガルガンのイノクオグを訪れた体験を、訪問直後書いた奨学生ベビンさんの記事

(彼女は、現在スタッフで、ライブラリーを担当している。)
また今年は、ARMMサイドのイスラム地域の卒業生の一人が、スタッフに採用されます。
すでに同地からの奨学生候補も出そろっており、より貧しく困難なイスラム自治区にウエイトを置いて活動を進めていきます。


マノボ族のダトゥインダ村に、保育所が完成。
寄贈者の丹原美穂さん、開所式に訪れる

 「いったい松居さん、私をどこに連れて行くつもりなの?」と言われてしまった。

 ダトゥインダ村は、丘陵をいくつも超えて、道がとぎれる場所から、バイク道を通って、さらに丘をいくつも超えた場所にある小さなマノボ族の村だ。

 もちろん、4WDでないと、この地までは来られない。
 下の写真は、今回保育所を建てたダトゥインダ村の全景。
 「数件しか家が建っていないじゃないか」と言われるかもしれないが、この周囲にたくさんのマノボ族が住んでいるのだ。

 保育所には、35名を超す子どもたちが集まる。
 ここから、学校までは5キロの道を行く
 4歳から5歳の保育所つまり
 プレスクールの子どもたちが、
 雨の日も風の日も
 毎日通える距離だろうか?・・・


 それにもかかわらず、先々年から
政府はプレスクールを経由しなければ
小学校に入れないという
奇妙なシステムを作ったのだ。

 今でこそ、この辺り一帯は、丸裸の丘陵地だが
 戦前まで、ラワンの巨木が生い立ち、熱帯樹木が生い茂り、
 猿や色とりどりの蝶や鳥が舞う熱帯雨林だった。

 大木が、ことごとく伐採されたのは戦後で、
 ほとんどは、経済成長を続ける日本に輸出された。
 その結果、大地は保水力を失い、雨はそのまま大量の水を川に運び流れ出す。
 保水力を失った高地は乾燥し、下手の大地は洪水となる。

 この地の下手こそ、私たちが通っているピキットなどのイスラム地域で、絶えず洪水に見舞われている原因は、上手の地にあった熱帯雨林の伐採の結果なのだ。
 日本人がまずは踏み込むことのないこの地は、日本とは、深い関わりを持った地だった。

 右の写真は、先日奨学生の調査で訪れた際のピキットの洪水

悲劇はこうして作られる
 この地域の最大の悲劇は、巨木の伐採と共に、先住民族であるマノボ族が土地を奪われ追い立てられていったことだ。
 ミンダナオ子ども図書館で、娘の面倒を見てくださっているエディットさんは、マノボ族だが、当時の体験から明確になってくるのは・・・

 マルコス時代、政府は、ルソンやセブ、ネグロス、ボホールやイロイロと言った、ミンダナオ島外からの移民政策をとった。
 その方法は、まずは先住民族の住んでいる土地を、所有者の無い土地と断定して、移民たちに売却する。
 しかし、すでにマノボ族が先祖代々住み着いて、自給耕作をしていた土地である。
 簡単に明け渡すわけにはいかないのは当然。

 そうした強引な方法に対して、当然ながら、土地を守るための戦いが始まった。これが、組織化されたのが、NPA(新人民軍)と呼ばれるゲリラだ。NPAは、共産ゲリラとも呼ばれており、現在もフィリピンの山岳地域をはじめとして活動している。
 ミンダナオでは、ほとんどの山岳地域が、何らかの形でNPAと関係している。
 私たちの活動地域にも多くいるが、実態を追求したことは無い。

 これら反政府活動に対して、政府側は戦闘を起こしていった。政府側の言い分としては、ゲリラ活動に対する防衛措置である。
 その結果、戦闘地となった場所にいられなくなり、マノボ族であるエディットさんたちは、指定された難民キャンプに避難を余儀なくされた。
 こうして、数ヶ月から半年以上、難民生活をして帰ってみると、土地は移民系のクリスチャンの所有になっていたのだ。

 その後、エディットさんの父親は理由無く殺害され、ご主人は、NPAゲリラという容疑を着せられて殺害された。
 現在のご主人は、移民系クリスチャンであり、娘さんの一人は、ミンダナオ子ども図書館で経理を担当して今回結婚するルッチェルさん。

 意図的に戦闘を作り、現地の人々を排除したり、経済的困窮に陥れて、地域を思うように開発しようとするやり方は、ゲリラという呼称がテロリストに代わっただけで、現代でも至る所で行われている。
 ミンダナオだけではなく、世界の紛争地帯では、同様の手法が使われている。そうした現地政府の背後には、世界の経済を牛耳っている先進諸国の影がある。
 NGOもその片棒を担ぐ存在に過ぎないのだろうか。

  
 丹原美穂さんは、この二つの地に
 保育所を建設した。


 マノボ族の村では、子どもたちから大歓迎を受け、ハーモニカを吹き、日本から持ってきたチョコレートを配り・・・

 とりわけ、シャボン玉は大成功!!!
 至る所で子どもたちに夢を与えてくれた
 単なる物より消える物の方が、心に想いを残す?

日本で必死になって練習してきた
ハーモニカを吹く丹原さん

「ふるさと」は、
戦中日本軍の侵攻で亡くなった
ミンダナオの人々と日本兵の鎮魂のために
「歓喜の歌」は、
平和のために・・・等々

一曲一曲に切実な想いを込めて
汗びっしょりになって
ハーモニカを吹く姿が、
人々の感動を呼んだ


「あの人は、
単に貧しい子に物をばらまいて
自己満足したり
低開発国と見くだして、
安易な発言したりする人じゃない」
地元の人々は、
すぐにそれを感じ取った。

洪水に悩む下手のピキットの村、ブロッドにも丹原美穂さんは保育所を寄贈した
反政府地域だった
イスラムの人々の前でも
鎮魂の歌をハーモニカで奏で
平和への祈りを音に託す


小さな子どもでさえも
しーんとなって耳を澄ます

丹原さんを
心から受け入れてくれた瞬間
イスラム教徒もキリスト教徒も
丹原さんのような、無宗教も
仏教徒も神道も

自然崇拝も
精霊崇拝も

皆同じ心を持った人間だ


ミンダナオ子ども図書館でのシャボン玉パーティー
丹原美穂さんの今回の滞在で大成功は、シャボン玉だった。
この滞在のために、シャボン玉メーカーは特別に、一つ一個の特製ストローをつけてくれたのだという
ミンダナオ子ども図書館は、一瞬、シャボン玉に包まれて、別世界になった。


最後は
今年の米の収穫
トピックで
お別れです
今年の米は、5ヘクタールの水田が
ほぼ満遍なく収穫できて
まずまずの豊作だった。


写真は籾米を乾燥させる
ミンダナオ子ども図書館の若者たち

大きな米俵を軽々と担ぎ
手足を使って
効率よく作業を進めていく

こうしたときの彼らは生き生きとしているし
本当に頼りになる。

50キロの米俵が
2日で食べ尽くされる生活
食欲も半端でないが
これで少なくとも半年の米は確保できた。

二期作だから、来月には新たな田植えが始まる。
収穫があると、見ているだけでホッとする。
彼らの顔も同じだ。

私にとっては、
この子たちが、
私の育てている作物なのかもしれない。






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ミンダナオ子ども図書館だより:TBSスタッフと学生の怒濤の滞在記 2/17

日本から、TBSスタッフなど4名、学生5名、それにタレントのガク君が訪れました。
3月3日、夜の9時から放映される『明日のために・・・今』の録画撮りが目的。
その、怒濤の滞在記をお送りします。
ぜひとも、放送をご期待ください!

私たちは、毎日を新しい候補者の調査にかけずり回っています。
今回は、とりわけ山に近い、反政府勢力(新人民軍)の多い地域ですが、5年越しの関係から次第に実を結び始めました。
次の世代の平和を作っていく子たちのためにも、支援をよろしくお願いします。
TBSで紹介される、ウオーターフォール村の子どもたちも入っています。


想い出の
ウオーターフォール


TBSテレビの

スタッフと共に過ごした

日々の記録
それはまるで、怒濤のような日々だった
日本のTBSテレビのスタッフが
貧しいマノボの村に、
日本の若者たちが
保育所を建てると言う設定で
学生5名に、タレント一人を加えてやってきた
彼らが来る前週に
村には、電気が来たと言う場所で
テレビの取材がどのような意味を持つかもわからない人々

最近になって、ようやくアポ山が、世界で二番目に高い山、であることに気づいた人々。
去年、フィリピン人がエベレストを初登頂して、彼らは目前に仰いでいたアポ山が
世界で一番高い山ではないことを知った。

「エベレストはどこにあるの?」
「アポ山のむこうの方・・・」
でも、子どもたちは、
物々しい機材と共に遠くから来た人々を
初めは用心深く、
しかし、すぐにうちとけて迎えてくれた

とりわけ、主人公の若者たちとは
うちとけるのも早かった
建設は夜遅くまで続いた
何しろ、通常2週間以上かけてする仕事を
5日でやることになったのだ。
仕事に対する考え方が
現地と日本では、天と地とも離れているのでとまどいも大きかった。
こちらの人々の仕事の方法は、昔の日本のように「心意気」が大事であって
「時間」が「心意気」よりも優先されていく現代の日本の考え方が理解できない
大工やスタッフの反発もあったが、
最後には、ディレクターの谷氏の「心意気」に押されて成功した・・・・
過去、日本人の間に生まれ、日本語も語れるおばあちゃんの存在
その姿から、若者たちが学んだことも多かった

軍事時代の負の歴史
決して日本人が、好意的に見られてはいないこと、
それをどのように友情で乗り越えていったらよいのか

今回の最大の驚きは
日本人の学生とスタッフが変化していく様子だった
知らず知らずのうちに
「先進国」と言う意識を持ち
現地の文化を破壊してしまうこと
見知らぬ国の
異なった文化の人々の中に
どのようにとけ込んだらよいのか
ただ単に、お金にまかせて
保育所などの建物を建ててあげたり
日本で発想した
押しつけの教育方法を持ち込んでもだめなこと

いかに現地の人々の文化や言葉
そして、心を理解して
それに寄り添うようにして、
物事を進めていかなければならないか
現地の人々の食べているものを食べ

バナナと芋とコーヒーと野菜
といっても、日本の甘いバナナではなく
ぼぞぼそしたバナナに塩辛をつけるだけ

野菜と言っても、山菜のわらび
そのような質素な食べ物しかない日々
こうして最終日の夕方近く
待望の保育所が完成した

ミンダナオ子ども図書館の規格より
一回り大きな保育所には
ガラス窓も入り

作業にかかる値段も50万円ほどになったが
立派なものが出来た
ただし、屋根の青いペンキだけは
雨が降って
塗り終わることが出来なかった
内側には
若者たちが苦心して作った
アルファベットチャートがかけてある

マノボ語が入った
アルファベットチャートは初めての事だろう
これらも彼らが学んだ成果だ
陰に陽に、ミンダナオ子ども図書館の若者たちも
お手伝いをした
彼らにとっても、思い出深い日々だった

お別れ会の時には、
皆涙を流した

人に対して、純粋に心を開くだけに
別れには深い悲しみを覚える若者たち
早朝、学生の一人の誕生日には
みんなでハラナをした

夜明け前に起き出して
みんなで誕生日の歌をうたうのだ
涙を流したイッセイ君

別れの日には、日本の若者たちも
泣き出した
とにかく、怒濤のような日々だった
スケジュールとタイムキーピングに追われる日本の仕事。
それとはまるで正反対に流れるミンダナオの時間。

その強烈な軋轢の中で、どうしても期日までに映像を仕上げなければならない・・・・
ギリギリの状況での活動だっただけに、若者たち、日本人スタッフに訪れた心の転機は、大きな意味をもって今後も生きてくるだろう



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ミンダナオ子ども図書館だより:奨学生候補者の家庭調査、イスラム教徒の文化祭他、1/28

今年度応募してきた奨学生の家庭調査が始まりました。550名の応募者から親のない子や片親の子200名ほどをピックアップ。出身地も考慮しながら家庭調査が始まりました。ミンダナオの実情がひしひしと伝わる時。
調査した中から、さらに最も支援を必要としている若者を掲載しました。今後も順次掲載していきますが、この子を支援したい、と言う希望をお寄せください。支援者のある子から順次決定していきます。

恒例のイスラム教徒の文化祭、ムスリムデーが盛況で終わりました。

日本から、YWCAの若者たちが訪れました。


ムスリムデー 2008
ミンダナオ子ども図書館には、イスラム教徒、先住民族、移民系クリスチャンがほぼ同数いる
昔は皆、仲良く暮らしていたのだが、植民地化、西欧化、資本主義化が進むにしたがって貧富の格差が大きくなり
不幸な対立や蔑みが生まれるようになってしまった。それが、ミンダナオの情勢を不安定にしている大きな原因だ。
この不幸な対立を解消するために
ミンダナオ子ども図書館では、ムスリムデー、マノボデー、ビサヤデーの三つの文化祭を毎年行っている
1月の最終日曜日がムスリムデー。年明けを告げる最初の行事だ!
現在、高校大学の奨学生は、150名を超えている
そこで、今回は、庭に大きなヤシの葉の屋根を持った家を作った
こちらでは、結婚式で作るそうで、竹を組みヤシの葉を編んで、手際よく作業を進めていく
なんと、10代の若者たちだけで・・・・
年齢の割に、情緒的にはとても素直で幼いのだけれど
精神的には自立していて、強靱だ!もちろん肉体的にも。
情緒的にはませていて、精神的、肉体的にひ弱な日本の・・・・と、正反対???
中には、初めて経験する子も少数いるが、
ミンダナオ子ども図書館のこうした場が、文化の伝承の機会になればうれしい。
ムスリムデー前日
最後の飾り付けに熱がこもる。イスラム教徒独特の装飾の美しさ。
そして、独特のイスラム料理
ヤシの殻に小さな穴を開けて、小麦粉を油の中に垂らしながら作る独特のお菓子・・・ピナクタグ
親や保護者も手伝って、伝統料理が作られていく
結婚式や晴れの日に作られるものが多く、こうした機会が伝統の継承の場になる
いよいよ当日
飾り付けも終わり
奨学生が全員集まった。まずはミィーティングが始まり、諸問題が話し合われる。
自治組織になっているので、学生代表が前に出て議題をすすめていく。スタッフは脇役だ。
ミィーティングの後は、いよいよムスリムデーの始まり
今回は、先年に選ばれて日本に行き公演した若者たちが中心になり民族舞踊を披露した。
先輩の世代から、若い世代へと、ここでも貴重な伝統文化が引き継がれていく
毎回感じることだが、イスラム文化は実に華やかで伸び伸びとして
しかも、ユーモアに富んでいる
こうした経験を通じて、自分たちの文化を継承し、その美しさやすばらしさを体験して、次の世代が育っていけば、
お互いの文化の違いを尊敬しつつ共生できる時代がきっと訪れるのでは・・・・
と言う、かすかな期待が胸をよぎる




日本から4名の若者たちが訪れた
山田秀徳くんを中心として、YWCAの仲間たち
秀徳くんは、日本事務局をしてくださっている山田順子さんの長男
空手とアクアラングが得意な青年・・・と言っても31歳だが
ムスリムデーが近いので、イスラム教徒の若者たちとピキットの市場へ、イスラム料理の食材を求めて・・・
ピキットの市場は、キダパワンと全く違った趣があり「これぞアジアの市場の原点」
スタッフのジェックジェックさんの山の実家で一泊したあたりから、顔が変わり始めた
図書館の若者たちともすっかりとけ込んで・・・
実は、秀徳くんの訪問には、大きな目的が一つあった。
現在、日本事務局の山田順子さんが、癌が進んでいることがわかりコバルト治療を始められた、経過は良いようだが、治療が一段落したら
「もう、日本ではなく、ミンダナオ子ども図書館に住みたい!!!」
そこで、日本事務局の仕事を秀徳くんに・・・・
彼も高卒だが、お父さんも夜間の高卒でマニラに200人の従業員を擁する工場を立ち上げた。
秀徳くんはお父さん以上に「ぼくとつ」で、今時このような男が日本に居たとは、と思わせる人。
空手も指導してもらっただけに、若者たち、特に男の子たちに大人気!
先日見た映画「恋するトマト」の主演の日本人男性を思わせるせいか、女の子たちも、「男は見かけや年齢ではなく、誠実な人が良いな。」
あの映画は、ミンダナオ子ども図書館の若者たちに、大反響と涙を誘った映画です!
ハリーポッターよりよっぽどすごい!人生観が変わった!と言う子が多かった。必見。
別れの日、皆驚いたのは、ロネカリオくんが、秀徳くんが帰るというので、朝から涙涙・・・
ロネカリオくんは、小柄だが粋がって、俺は男だ一人でも生きていくぞ・・・と言ったタイプ
父親が亡くなっている事もあると思うのだが、とにかく涙が止まらない
それを見て、別れ際に、我慢しきれなくなって秀徳くんが、ワオーッと叫んだかと思うとドッと泣き出した
これには一同ビックリした
熱い男の友情を見せてもらったシーンだった

これから、日本事務局がよりしっかりした足腰を持って立ち上がっていくだろう。





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ミンダナオ子ども図書館だより:1/12 お父さんを捜して他

開けましておめでとうございます。
新年のご挨拶をメールニュースで早々にと思いつつ、次々と活動が入り、遅れてしまいました。お許しください。
今年は、ミンダナオ子ども図書館が6年目に入る年です。5年間の集大成と、新たな出発を用意していますが、
世界情勢も含めて試練の出発の年だと感じます。

年末年始、懸案のジナとアイリーンのお父さんを捜しにいきました。お父さんには出会えませんでしたが、所在はわかり、
親戚と再会して涙・・・
正月は、里帰りの出来ない子たちと海へ行きました。親のいない子、いても帰れない子にとっては一番さびしいときだからです。
アジア学院の長嶋氏とTBS制作担当の谷氏が来られました。マノボ族の村に保育所を建設する番組を検討のためです。
マノボ族の村で戦争孤児の老婆と出会いました。

こうした話題を中心にお知らせします。


お父さんを捜して

ジナとアイリーン、母さんは亡くなり、継母も亡くなった
その後、父さんは失踪
複雑な経緯は抜きにしても、父さんに会いたい!
正月休み、私たちは、彼らが生まれ育ったマノボの村を訪ねた
久しぶりに会う親戚

そこはカルメンの貧しいマノボ族の村
奥深い丘陵地だった
この地は、度重なる戦闘や爆撃で疲弊した地域
ジナとアイリーンも、子どもの頃から
戦闘があるたびに国道沿いの地域に難民として
避難していた。
父さんは、さらにここから
いくつもの川を渡った所に
生きていると言う・・・


会うことは出来なかったが
生存の情報は
得ることが出来た

親戚や従姉に囲まれて
左は二人の育った家

敵と味方、善と悪、体制と反体制の二元論を作為的に作り上げて
人々の心を二分し
善という口実の元に戦闘を起こし
人々を難民化しては集積する方法でしか
民主主義は形成できないのだろうか?
1月1日、海へ

クリスマスと正月は、親のいない子や、親元へ帰れない子たちにとっては一年で一番さびしい時だ
そこで、「気を紛らわせるために?」海に行った・・・

「里帰り」という言葉は、里の無い子にはつらい言葉
この時期、ファミリーレストラン(と言ってもささやかなものだが)に一緒に行ったり
みんなで年越しの焼きそばやスパゲティーを作ったり
(こちらでは、長寿を願って晦日には麺を食べる)
家庭のまねごと?

それでもとりわけさびしい子たちとの、距離も縮まるときで
大勢いるときには遠慮していても、
このときばかりはパパトモと呼んでくれるようになる。
パパ(父さん)という言葉も、口にすることの無かった子ども達・・・
わたしもうれしい。
家庭が崩壊する理由は、いろいろあるが

母親または父親が出稼ぎで行方しれず
戦闘による死亡と離散
貧困による病死や家庭崩壊

その結果、
空腹、病気、レイプ、売春、
海外に売り飛ばされていく子もいる
名目は出稼ぎであったとしても・・・
貧困と戦闘がそのおもな理由だが

旧来の社会と、物質文明優先の現代社会
経済を牛耳っている先進国と、
資本のない途上国

現代文明が搾取によって
発展できる構造

豊かな国の経済と文化が、
貧しい国を食い物にして
成長を維持できる構造である限りは
貧困と戦闘の問題は続くだろう
その狭間で
けなげに生きていく子どもや
若者たちは
この事実を
どう受け止めているのだろうか

あまりにも素直で
けなげなので
当惑する時がある

「ミンダナオ子ども図書館に
来られた子は幸せだ」



アジア学院の長嶋氏が奥様と息子さんと訪問
有機農法を中心に長年
アジアから研修生を受け入れ来たアジア学院


長嶋氏は再訪だが、ここをクリック
今回は奥様と息子さんと来られた
左は、保育所の建ったイスラム地域
パイドプランギでグレイスさんと語る長嶋一家

右は、あらためて支援者の名が入った
ボードを設置しているところ
行橋カトリック教会の方々のために
「MIEKO MIZOTA Fr. YAMAMOTO & FRIENDS」
と書かれている
長嶋氏の息子さんは、シリマン大学の医学部を卒業後、ミンダナオの方と結婚し、現在はデュプログの病院でインターンとして活動している。
滞在中に医療患者が来られるとさっそく対応。医師として立派に対応されている姿が頼もしい。
フィリピン国籍が無いと医師として受け入れられないので、現在フィリピン国籍を申請中。
病院が貧困層とかけ離れている矛盾も良く理解しており、貧しい人々の中に入って活動したいと言う希望を持っている。
その観点から、ミンダナオ子ども図書館の活動にも評価を・・・・
将来ここを拠点にしてくだされば、多くの命を救えるだろう。
今回、何よりもの「成果?」は、奥様の滞在だった。
奥様は、タイの方だが、さすがに似た状況のミンダナオの子たちに、何が必要かを良く知っておられる。
足踏みミシンを寄付してくださり、裁縫の基礎を若者たちに教えてくださった。
その後、若者たちはもう夢中・・・・
帰られた後も、図書館に住み込んで
子どもの面倒を見てくださっている
寡婦のドリンさんが裁縫を引き継がれた


今は、1月27日ムスリムデーの踊りで使う
マロンを制作中
今年度の子ども達の制服もここで作るつもりだ
長嶋氏滞在のおかげで、
ミンダナオ子ども図書館で作りたい
大学の構想がスタッフにも見えてきた


最初は2年生の専門学校(短大)として出発し
保育コース、農業教育コース、家政コースを設置

4年制の大学とはひと味違った
より実務的な学校にしたい
成績はイマイチだが、心根のよい子の将来のために
と言っても、初夢の段階
長嶋ご夫妻曰く
「ここにアジア学院をリタイアされた方々や教会関係者の第二の人生の活動拠点を作りたいなあ。
気候もさわやかだし、緑豊かでアポ山の眺めも良いし。
小さいながらも良い総合病院もあるし、温泉もあるし、卒業生のエラさんもいるし、息子のクリニックも出来れば・・・・・」
どうぞどうぞ、土地もいくらでも空いています。


TBSのデレクター突如訪問
3月3日ゴールデンタイムの番組を制作したい
谷ディレクターからTELを頂いたとき、
「頓挫するな」と思った。


NHKを始め、ほとんどの番組が
既に6回以上のアプローチをしてきて全て
実現しなかったからだ

本当に来たときはビックリした
初めて現地を訪れたTV制作者だ
ウォーターフォール村の
バランガイキャプテンと話す谷氏

32歳、若くて精力的
仕事に情熱を傾けている姿に好感した。

まだこのような気概のある制作者が
テレビ局にもいたのだ!
過去、番組制作が頓挫する理由は明瞭だ。日本政府の指定する危険地域だから・・・・
つまり、取材許可がなかなか下りない。
北コタバト州はイスラム地域として有名なので、キダパワンは比較的安全な地域なのだが、ジャーナリストは恐れて入らない。
朝日新聞の木村文さんだけは、来られたが。ここをクリック
今回は、スタッフと話しを慎重に検討して、安全なアロナの故郷、ウォーターフォール村を選んだ。
谷氏はとにかく、仕事熱心だ。ミンダナオ子ども図書館の子ども達も迫力に押されて遠巻きに・・・「あの人、何????」
現地でもひたすら番組構成を・・村長、村人、子ども達、保育士、先生に矢継ぎ早に、核心を突いた質問をしてくる。

翌日、フリージャーナリストの宇崎眞氏も加わった。
こちらは、マルコス時代のNPAも取材した猛者のフリージャーナリスト?
この村では、
お父さんが日本人兵士で
日本語を明瞭に話す老婆と出会った

戦争被害者の一人だが
姉妹の中で日本人と結婚した妹は
日本にいるという

妹も亡くなり
今は、10年以上も音沙汰無いが
寡婦となって夫もいず
日本に帰りたいと・・・・

後ろの竹小屋に住んでいる
娘や孫やひ孫といっしょだが
兄を亡くしたアロナも協力してくれた。
彼女、すっかり元気を取り戻しました
皆さん安心してください!!!


TBSは、2月に本番で来ると話していますが
実現するか否かは、まだわかりません

実現すれば
3月3日の9時から10時の特別番組で放映
日本の若者たちが、この村に来る設定


スポンサーはト某自動車メーカーだそうです。
村に建設資材を運ぶための
4WDトラックを寄贈していただけませんか???


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