2013年の卒業式まで



小学校の卒業式
   

MCLの近くのマノンゴル小学校を
卒業した奨学生たち
 
 

MCLの奨学生には、親のいない子も多い。
そんな子にとって、卒業式は、うれしくもあるものの
ちょっと寂しくなるときでもある。
そんな子どもたちの気持ちを察しで
ハウスペアレントやスタッフが、親代わりにつきそう。



スタッフでハウスペアレントのローズマリー
もと、MCLの奨学生だった。


日本から訪問されていた野田杉菜さんも
お母さん役をつとめてくださった。
   
   
   
   




 【ミンダナオ子ども図書館】紛争、
極貧逃れ共同生活する子どもたち

日本の児童文学者が活動

共同通信社の三井さんが来られて、このような記事を書いてくださいました。
http://www.47news.jp/47topics/e/239000.php  
 
 紛争や極貧を逃れた子どもたちが集う寄宿舎がフィリピン南部ミンダナオ20+ 件島の山あいにある。
北コタバト州キダパワン郊外に日本人の児童文学者が設立した非政府組織(NGO)
ミンダナオ20+ 件子ども図書館」が運営。
小学生から大学生までの子ども約120人が自炊で生活しながら、
武装勢力と国軍の争いが絶えない地で
地元の子どもを励ます活動を続けている。
 「今日はみんなに絵本を読んであげますよ」
 キダパワンから車で1時間、さらに山中を20分歩いて着いた少数民族マノボの集落。
図書館の子どもたち約20人がマノボの言葉で、
集落の2~6歳の子どもたち約80人に笑顔で呼び掛けた。
 この日披露されたのは、水牛と女の子の恋の物語と劇。
はだしの子やぼろぼろのシャツを着た子どもたちの表情が思わずゆるんだ。
 住民200人余りの電気もない集落で、近くでは軍と共産ゲリラの衝突が絶えない。
幼い4人の子を抱えるエステリタ・アタンさん(36)は
「家にはテレビもラジオも本もない。こうした活動はありがたい」
と子どもたちに優しい視線を向けた。
 劇が終わると、図書館の子どもたちが日本やフィリピンから寄付された古着を住民に配った。
 図書館は2002年、児童文学者の 松居友 さん(59)が設立した。
01年に現地のカトリック司祭の案内で難民キャンプを訪れ、現場の悲惨な状況を目の当たりにし
「子どもたちのために生涯をささげよう」と決意した。
 活動資金の大半は日本からの寄付。寄宿舎には宗派を問わずキリスト教徒やイスラム教徒、
少数民族のスラム出身や孤児の子どもたちが集まり、近くの学校に通う。
周囲の畑で野菜を作り、活動プログラムも自分たちが決める自主生活だ。
 ソライマン・サリ君(17)も孤児の一人だ。コタバト市出身のイスラム教徒で、父は病死し、
母と兄妹は11年、イスラム教徒同士の銃撃戦に巻き込まれて犠牲になった。
自宅は焼失し、1人だけ生き残り、松居さんに救われた。
 銃弾の傷痕が腹に残るサリ君は「幸運だった。今は同世代の子ときょうだいのように生活できる。
絵本の読み聞かせを各地で週末にするのが楽しみ」とほほ笑む。
 館長の松居さんは「貧しいことが必ずしも不幸とは限らない。
だが三食食べられない状況ではどうしょうもない。
子どもたちに笑顔が戻るように少しでも手助けできれば」と穏やかな表情で語った。
(キダパワン共同=三井潔)
共同通信社の三井さんが来られて、このような記事を書いてくださいました。
http://www.47news.jp/47topics/e/239000.php 


Japan builds on Philippine students’ dreams

by Ronron Calunsod
Kyodo
 また共同通信社のカルンソッドさんは、Japan Timesに以下の記事を書いてくださいました。
http://www.japantimes.co.jp/news/2013/03/20/national/japan-builds-on-philippine-students-dreams/
  
 

To some people, the seven-classroom facility used by elementary school students in the Muslim-dominated
southern Philippine village of Bualan in the town of Pikit is just a building ? though evidently a well-built one.
But for the students in Pikit ? whose education is occasionally interrupted by fighting between Muslim insurgents and
government forces in this part of Mindanao Island ? the building, erected two years ago
with some $100,000 in Japanese government aid,
is a launchpad for realizing their ambitions.
“This new classroom means a lot to me,” said 12-year-old Micheil Abellanida, a sixth-grader
with dreams of becoming a flight attendant.
“I like to attend classes all the more, and I can learn a lot more because I can listen well to my teachers.
“Before, we were all cramped in the old building, together with students from another grade level.
We had to bear the noise and sit on the floor due to overcrowding,” she said.
Abellanida’s classmate, 13-year-old Hairin Saliman, agreed.
“I’m positive that one day I’ll become a policewoman because I feel assured of my education,” said Saliman,
the recipient of a scholarship from the Mindanao Children’s Library Foundation,
a Japanese-founded nongovernmental organization.
The new building, which sits beside Bualan Elementary School’s two aging, battle-scarred structures,
was formally turned over Thursday by Japanese Ambassador Toshinao Urabe to Tomo Matsui, e
xecutive director of the project’s conceiver, MCLF.
Housing more than 300 students, 90 percent of them Muslims and the rest Christians, the facility is equipped with blackboards,
school desks with armrests and tables and chairs for teachers.
Matsui said his pitch to the Japanese government to build the new facility was preceded by another initiative of his ?
the creation of a 2-km pathway to the school from the Christian residential area where Abellanida lives.
“That road not only provides students access to the school, it also unites the Muslim and Christian communities,
which is essential for peace,” he said.
In addition to the two communities’ religious and cultural differences, the decades-old conflict between
the Moro Islamic Liberation Front and the government has also threatened Bualan and other parts of Pikit.
The MILF ? the country’s largest Muslim rebel group ? is currently in the process of finalizing a peace deal with the government.
When rebels and government troops fought nearby in 2008, the school was temporarily shut down to ensure
the safety of students. Saliman recalled how she and her family had to evacuate to a safer place in town.
When classes resumed after several weeks, teachers and students were saddened to see one of the original school buildings
riddled with bullet holes.
Two years later, the school suffered another misfortune when it was torched amid domestic political wrangling.
Seeing the pathway and school building projects as a manifestation of “a better understanding between”
the Muslim and Christian communities, Urabe said,
“We are now giving the children in this community a chance to enjoy a peaceful life.”
“We are making a building block for peace,” he added.
Urabe noted that in the wake of its devastating defeat in World War II, Japan ? a country with few natural resources ?
made the most of its human assets.
“Education was the key to rebuild Japan,” he said.
Because Japan sees education as empowering children and improving their lot in life,
while also positively affecting communities, the nation has become “a partner in building schools”
in the Philippines and elsewhere, Urabe said.
Based on embassy records, more than 66,000 classrooms in many parts of the country have either
been built or repaired with Japanese government funding, either by grants or through loans.
The assistance, which also extends to infrastructure, livelihood support, and disaster-control projects,
is Japan’s contribution to the peace process and development of the conflict-hit areas of Mindanao.
The amount of aid committed so far under the so-called Japan-Bangsamoro Initiatives for Reconstruction and Development,
which were launched in December 2006, stands at \12.5 billion.
However, seeing the fruits of their labors takes time, Urabe said, stressing the need to continue supporting
children in developing their full potential, including efforts to ensure they grow up in peaceful communities.
Jeramae Tan, who teaches second grade at the school, said she has noticed significant changes
in the students since moving to the new school facility, which was completed in 2011.
“The students are comfortable,” she said. “They listen intently because the classroom is conducive to learning,
unlike when we held classes outside by the tree and they had to sit on the tarpaulin-covered ground.”
Tan said they show increased interest in their studies and a greater determination to make their dreams come true.
In a speech during the turnover ceremony, Matsui challenged the students to be agents of peace, saying:
“You make peace here. You will make peace here in Mindanao.”
Abellanida, who is Catholic, and Saliman, a Muslim, are already heeding his call.
“I have good relations with my schoolmates who are Muslims,” Abellanida said.
“At first I got into fights with them because they would tease us about eating pork, which they don’t do.
But our parents and teachers held meetings over it. That’s why we’ve learned to understand each other.”
“No, we don’t fight each other,” echoed Saliman. “Whether we’re Muslims or Christians,
my classmates and I are all just happy with our new classroom, and we’re showing great interest in our studies.”

  また共同通信社のカルンソッドさんは、Japan Timesに以下の記事を書いてくださいました。
http://www.japantimes.co.jp/news/2013/03/20/national/japan-builds-on-philippine-students-dreams/



ミンダナオ子ども図書館便り:3月23日報告


1:日本大使が来られて、ブアラン小学校の開所式が行われた 

2:過去のサイトの記事を掲載して、平和構築への経緯を顧みてみよう


3:訪問者の方々と活動を共に

4:奨学生の調査へ

5:野村ひろこ様寄贈の保育所・開所式

6:京都暁星高校寄贈の保育所・開所式


7:ミンダナオ子ども図書館が、鉱山開発を目的に来ているという誤解を解くための儀式をした 

8:支援者のいない子たち、200名余りの調査は続く

9:保育所調査は続く
 


訪問者の方々からのお便りを、
掲載させていただきました。


山麓をめぐり、マノボの村キアタウにホームステイできたことは大変貴重な体験となりました。

道々に松居さんのお話を伺う幸運にも恵まれました。様々な子供たちの笑顔に出会い、

一身に不条理を受け入れ小さくされている子供たちが何もかもわかって私たちを許してくれているように感じました。

松居さんのお話を伺い、MCLの行っていることが「家族を広げること」、「安心感を与える場」を提供することだと思いました。

とても共感し、これが目指すべき代替社会につながるもののように感じます。

何度もおっしゃっていた「子供たちの笑顔」。子供たちの笑顔から愛が伝わってくる、

幸せそのものがそこから生まれてくる、その中に身をおくことの幸福を垣間見ることができました。

マノボにももっと学びたいと思いました。御本を書かれること待ち遠しく思います。

わずかですが、一名、里子奨学支援に参加させていただきます 


8日間本当にお世話になりました。
無事に昨日の9時頃大阪に到着しましたので、ご連絡をさせていただきました。
早くもMCLシックにかかっています(^^)
帰りたい…(T_T)
 MCLのスタッフ、子どもたち、行く先々で出会った沢山のフィリピンの方々との出会いは私の宝物になりました。
MCLで体験したこと、感じたこと、一生忘れません。
MCLのみなさんが大好きです。
心からの感謝とお礼を申し上げます。
Thank you very much!!!!!
 またMCLを訪れる日を楽しみに、4月から仕事に励みます。
 


日本大使が来られて
ブアラン小学校の開所式が行われた

   


小学校自体は、すでに一年半以上前に建ったのだが、
現地が高度の危険地域だったせいもあり、開所式がなされていなかった。
光栄なことに、今回は大使の出席のもとに開所式が行われた。 
現地は、40年に渡って山の上のクリスチャンと、
下のムスリムが対立していた場所。
今回の大使の出席を含めた開所式は、平和交渉が始まったときに一致して
日本政府が、教育を通してミンダナオでいかに貢献してきたかを
アピールする格好の機会になっただろう。

 

ミンダナオ子ども図書館は、現地法人のNGOで、もっとも困難な地域を選び
しばしば難民化している現地の子どもたちのために、
読み聞かせやスカラシップ、医療を行っているので
現地の子どもたちに関する現状や要望を、
見る機会や聞く機会が多くあり、また良く理解できる。
今回の学校建設も、私たちが探した企画ではなく、
現地から「学校が有れば」という強い想いをうけて、
支援者を捜したところ、日本政府のODAにたどり着いた。
もちろん、日本政府ではなく、EUやUSAや中国や韓国でも
良かったのかもしれないが、私が日本人であることもあり、
また現地で日本政府が結構良い活動をしていることが見えていたので応募した。
個人の寄付だけで成り立っている私たちでは、
経済的力の及ばない学校建設は、こうしたODAに応募をして
しっかりしたものを建てたかったのも大きな理由だ。
こうして過去、マカブアルとブアランの二つの小学校を建設して、
地元の方々、特に子どもたちから大いに喜ばれてきた。
マカブアルは、当時は道もない反政府地域で入るのも危険といわれたが、
学校が出来て、道も出来、200名だった生徒が400名になり、
村人たちも逃避していた場所から戻ってきて
とても明るい村になった。
ブアランは、山の上のクリスチャンと麓のイスラム教徒が
40年に渡り対立していた地域で、2008年の戦闘もここから起こった。
まず保育所はイスラム地域に建設し、次にクリスチャン地域に建設し、
両者の多くの奨学生をとり、
戦闘で避難民化している状況を見ては、早急に救済に走り・・・
以下で、過去のサイトの写真と記事をまとめて
平和構築への経緯をたどってみたのでご覧ください。
 
 

大使館が準備された
記者会見 

学校を作ったのは、子どもたち
平和と作ったのは、子どもたち
そして
これからミンダナオに、平和を作っていくのは子どもたち
 

 過去のサイトの記事を掲載して
平和構築への経緯を顧みてみよう


平和構築が一朝一夕に出来たのではないことが、少しずつ見えてくる
私たちが、子どもたちと、どうやって学校を作り、平和を作ってきたかが見えてくる


年代が近いときから過去へと並べてあります。

MCLが主催し、日本政府が建設した
小学校の開校式を兼ねて
平和の祈りをブアランで開催

8月23日(火)



MCLが提案・マネージメントし
日本政府とバンサモロで建設した
ブアランの小学校の開所式を兼ねて
平和の祈りを開催した

 



戦闘の激しかったブアランの地に、7教室の美しい学校が日本政府の支援で完成した。
草の根支援と呼ばれるこの支援は、現地のローカルガバメントやNGOの要請を、日本大使館で慎重に審査して決定される
MCLは、現地組織として案件を提出、日本人が関わっているNGOとしては、今回唯一だった。
美しい校舎は、30年間対立していたこの地域のムスリムとクリスチャンの親たちが協力して3ヶ月で建設した。



平和の祈りは、MCLの子どもたちの踊りから始まる


今回、背後で中心に位置している男の子は、
イスラム教徒で戦闘で両親を殺され、自分も腹を射貫かれた少年
ソライミン サリック君だ。今は、MCLに住んでいる。

訪問者の方々
国際停戦監視団の落合氏
仏教徒を代表して参加 
MCLジャパンの山元眞神父
日本のカトリック教会から 
ピキットの神父
現地のカトリック教会から 
 ブアランの村長さん
イスラム教徒
ブアラン小学校の校長先生
イスラム教徒 


イスラムの祈りが
聖職者によって行われ
イスラムの祈りの歌がうたわれた


マノボの祈りと
マノボの歌が奨学生たちによって


山元神父によって
クリスチャンの祈りと
歌が歌われた


国際停戦監視団からの参加と報告の後に
仏教の祈りが、落合氏によって
捧げられた


最後に、イスラム、先住民、クリスチャン
みんなで平和の歌が歌われた

オウコイ酋長も参加して、マノボの踊りを披露した




オウコイ酋長の突然の参加に
マノボの子たちも大張り切り


日本からの訪問者も
急きょ踊り加わった


ニューバレンシアの保育所を共同で使える場所に
イスラムとクリスチャンの集落の人たちが
協力して運んだ


ニューバレンシアの保育所は、クリスチャン集落の中にあったが
新たにクリスチャン集落の人々も、村を作り始め
その道の向こうに、イスラムの人々も
ラガイエン集落から戻ってきた

両方の集落が、道を挟んで仲良く生活を始めたので
保育所も、両方の子どもたちが通える位置に移すことに決定
クリスチャンとムスリムの人々が、協力して保育所を運んだ。
何と家をみんなで担いで山道を移動させた
こうした作業も
平和構築への大きな足がかりになる
保育所を通して、
子どもの頃から
イスラムの子とクリスチャンの子たちが
友達になれる

ここに、さらに、
バスケットボールコートを作りたい
コンクリートのコートは
トウモロコシなどの干し場になり
地域の経済にも貢献するし
子どもたちだけではなく
若者や大人たちの
交流の場にもなるから・・・



IMT国際停戦監視団の『IMT通信』に
ミンダナオ子ども図書館が紹介されました


IMT国際停戦監視団が発行している
『IMT通信』に、
MCLの記事が載りました
取材に来られた福永さんが執筆

やはりMCLに来られた落合さん
なかなかわからない、
国際停戦監視団の役割
また、今回の大規模な
洪水の状況などを
簡潔に実にわかりやすく
述べていらっしゃいます。



平和構築に向けての
歩みが続くブアラン集落

7月8日(金)



ブアランの小学校は、ほぼ完成に
近づいている
6ヶ月かかる予定が
3ヶ月で完成するのだから
村の親たちの意気込みがわかる
村の父親たちが、クリスチャンもイスラム教徒も
協力し合って大勢で、みんなで作業をしたものだから、
11月に完成予定の小学校が何と7月末には、完成しそうだ。
外観はできあがり、最後のペンキ塗りと窓のはめ込み
黒板を含めた内部の仕上げが残っているのみ。
敷地も広がり、素晴らしい学校になりそうだ。
そのせいか、子どもたちの顔もあかるい。
丘の上のニューバレンシアのクリスチャンの子たちも、
イスラム教徒の子たちも、一緒に下の学校に通っている。

新しく奨学生に選ばれた
ニューバレンシア集落のイスラム教徒の子どもたち

クリスチャンとイスラム教徒が40年にわたって対立してきた、
丘の上のニューバレンシア集落
40年ぶりに平和が戻り、
クリスチャンの子たちを奨学生に採用したことは前回述べた
さらにその側に、下のラガイェンに避難していた
イスラムの家族たちが戻ってきた。
クリスチャンの村の人たちは、彼等を心から歓迎し、
今共生の生活が始まっている。
MCLでは、新しいイスラムの子たちで、
ブアランの小学校に通い始める6名を奨学生に採用した。
こうして、毎朝、イスラムの子たちとクリスチャンの子たちが、
同じMCLのカバンを背負って、
仲良く登校するようになった。

イスラムの子たちと、
クリスチャンの子たちが、
一緒に支援者の方々に手を振っている
本当に皆さんありがとう!

MCLとJICAで建設中の小学校も、
日本の皆さんの税金で建てた
平和のシンボル!
8月にここで、
平和の祈りの祭典をします。
参加希望の方は、ご連絡下さい。


ブアランで
イスラム教徒とキリスト教徒の
平和の合意

5月11日(水)



クリスチャンとイスラム教徒が
一緒に、食事の用意をした

40年にわたって、
イスラム教徒とキリスト教徒が対立。
多くの家族がこの地から逃げ出していった。
激しい憎悪の結果、
お互いに集落に入ることを拒否。
それが、MCLの働きで交流が再開。
国軍と行政も含めて
お互いの平和合意が行われることになった。
政治的な合意なので、
MCLは、直接関わらないが、会議の前に
読み聞かせをすることにした。

国軍も交えた合意会議の前に
読み語りをした

読み語りは、イスラム教徒のマギンダナオ語とキリスト教徒のビサヤ語が同時に使われた。
MCLに住み込んでいる、ザイノディン君兄妹が両方語れるので大活躍
大人たちが、どんなに戦争をしても
子どもたちの心は、
イスラム教徒もクリスチャンも変わらない
このような子どもたちの姿に
長年憎しみあってきた
地元の人々の心も開かれていく。

ブアラン小学校には、24名のイスラムの
奨学生がすでにいるので
今回は、同数のクリスチャンの奨学生を
まずは、この地から採用することにした。

国軍とピキット市政の仲介のもと
イスラムとクリスチャン住民の
平和に関する合意が・・・


40年にわたって、敵対し、交流が途絶えていた
二つの集落が平和に合意
子どもたちは、日本政府が建設する下のブアラン小学校に通うことになった


イスラム教徒側とクリスチャン側の議論が続く


私たちも最初少し加わったが、
MCLは、特定の宗教や政治に関与しない立場なので後は任せた



クリスチャンの集落とイスラムの集落を結ぶ
道を、村人総出で作った

5月10日(火)



前述の合意のある前日
イスラムの人々、クリスチャンの人々に
MCLの奨学生を加えて
両村を結ぶ道を切り開いた

40年間、途絶えていた、
クリスチャンとイスラムの二つの集落を結ぶ道が
両村の人々の協力で切り開かれていく。
これで、丘の上のクリスチャン集落の子どもたちが、
すぐ下のブアラン小学校に通うことが出来る。

40年間交流が途絶えていた間に
下草どころか、いたるところに灌木が生い茂り
行く手を阻む。
チェーンソーがあるわけでもなく、
大きなノコギリもなく、
手刀だけで、大木も倒す。
微熱が有ったが、私も雑木を伐る
北海道にいた頃は
薪割りもしていたのだが
チェーンソーを使うわけではなく、
使用する道具は、いわゆる蛮刀
これで、大木から雑木まで伐る

こんな小さなものでと思うが、
さすがにテクニックがすごい
特に、ジャングルの木々は、
互いに蔓でからまっているので
いくつもの大木の根本を、
蛮刀で堀を付けておき

最後に一個を倒したとたん
蔓に引っ張られて、
軒並みに次々と倒れ始める
葉を散らしながら、
雪崩のように倒れる
木々の迫力はすごい!

これは、陽が映像におさめたので
いつか上映したい。


クリスチャン集落の役員


ブアラン小学校の校長先生


ミンダナオ子ども図書館の
奨学生の若者たちも手伝った


道がつながることによって平和への足がかりがつながる
むろん、平和構築はこれからだ
ブアランのイスラム教徒の奨学生は25名
これから、クリスチャンの奨学生を同数採る


MCLの奨学生たちも
この作業に参加した


クリスチャンもイスラム教徒も
力を合わせて道を切り開く

私と陽は撮影記録を取り編集

場所によっては、野焼きをして道を開く


時には、野焼きをしながら道を開く
傷の応急処理をする
エープリルリン
日本から送られてきた薬品が
ここでも役に立った

クリスチャン集落への最後の登り


ここを駆け上がれば、丘の上へ


遙か彼方の、
リグアサン湿原まで見渡せる
素晴らしい眺めだ


やっぱり平和は良いなあ


平和構築は、始まったばかりだ
まだまだ、紆余曲折が考えられるが
この経験は、彼等の子孫に
語り継がれる事だろう


クリスチャン集落の奨学生の子たち
これから、もっともっと採用しなければ
彼等が平和を作る世代に成長するために


MCLの若者たちもよく頑張った
この体験は、彼等が将来を考える
貴重な糧になるだろう


ニューバレンシアのイスラム集落の
新しい奨学生たちに学用品を届けた

7月1日



イスラム教徒の村の中で
クリスチャンの若者と集落長が
イスラムの若者たちと
一緒にバスケットボールをしていた。
かつて40年前には
このような光景が見られたという。
今それが再び復活したのは、
感動的な風景だった。

この下のクリスチャンとムスリム集落の
出会う場所に、今度、村人たちが
協力して保育所を移設する。
多湖さん一家によって
寄贈された保育所だ。
その話し合いがもたれたが
その場所に、ぜひとも
バスケットボールコートを作りたい。
バスケットボールコートは、
トウモロコシなどの穀物干し場になるし
保育所は小さな子たちの
バスケットボールコートは、
若者や大人たちの
良き交流の場になるから。
どなたか、寄贈できませんか?
今見積もりをとっているところです。



村を訪ね、直接学用品をわたす。
子どもたちの多くは、ラガイエンの小学校に通っているが
6名の子どもたちが、ブアランの小学校に通い始める
その子たちを奨学生に選び、学用品の入ったバックを渡す
来年から、より近いブアラン小学校に籍を移す子たちがドッと増える
この地を去った多くの家族も戻ってくる予定で
ブアランが活気を取り戻すだろう

クリスチャン集落にムスリムの人々も集まって
保育所の移設が話し合われた

7月7日


ニューバレンシアの丘は、驚くべき場所だ。
遠く、リグアサン湿原が
一望できるだけではなく、
なんと、下を見ると、
白頭の鷲が飛んでいる!!!
目を疑った!!!
「あれ、ひょっとして
フィリピンイーグルですか?」
「そうですよ、ここには
24匹ほどが棲んでいる。」
「エエエッ・・・!!!!」
「この間、縄張り争いで、
あっちに移ったつがいが居る・・・」
その勇壮で美しい飛翔の姿が
リグアサン湿原を背景に燦然と輝いている。
あわてて、望遠レンズのある写真機を探して向けたが、
もう飛び去った後だった。
これを聞いて、「俺は絶対この地に行き、1週間は滞在するぞ・・・」
と考えた人は、野鳥好きの人。
フィリピンイーグルは、絶滅危惧種にも指定されていて
私も、ダバオの郊外の保護施設の檻の中でしか見たことがなかった。
おっとどっこい、数日前に、リグアサン湿原地帯のサパカン集落で
幼鳥を飼っている人に見せてもらったっけ。
そういえば、来る途中、エメラルドグリーンの鳥が横切ったけど
どう見てもカワセミの一種としか思えないし。
専門家ではないので何とも言えないが、
リグアサン湿原は、周囲の丘陵地帯も含めて、天然の野鳥の宝庫!!!
そのスケールから見ても、釧路湿原を数倍しのぐ。
釣りにヨシ、カヌーにヨシ、野鳥観察からワニ観察まで・・・
石油や天然ガスが出るからって、こんな素晴らしい自然を破壊しても良いの?

保育所の移転と今後の取り組みについて
話し合いがもたれた
イスラム教徒の村長と
キリスト教徒の集落長が話し合っている
市の福祉局DSWDの所長補佐
グレイスさん、MCLのボードメンバー


ここに多湖さん家族から寄贈された
保育所を移設する
右は、クリスチャン集落に遊びに来た
イスラム教徒の少女たち
クリスチャンとムスリム集落の
出会う場所に、今度、村人たちが
協力して保育所を移設する。
多湖さん一家によって寄贈された保育所だ。
その話し合いがもたれたが
その場所に、ぜひとも
バスケットボールコートを作りたい。

バスケットボールコートは、
トウモロコシなどの穀物干し場になるし
保育所は小さな子たちの
バスケットボールコートは、
若者や大人たちの
良き交流の場になるから。
どなたか、寄贈できませんか?
今見積もりをとっているところです。
左がバスケットボールコートを作る場所。
こうしていけば、多くの家族が
ここに戻ってくるだろう。


40年間、憎しみと戦闘ばかり
安心して暮らせるって良いね

しかし、安心しきってはいられない。現在進行中のMILFと政府側の和平交渉の会議。
北コタバト州などの独立を目指すMILF側と政府側の交渉が決裂すれば
再びかなり大規模な戦争が勃発するだろう。
先日のタリタイ集落でのミィーティングでも
IMTがどこまで本気で平和構築が出来るかが問われている、と言う話?
8月のラマダン明けが一つの目安だろうか。
5月からすでに、国軍の動きが活発化している。
NPAの領域も含めて、すでに手術(オペレーション)が始まっているが、8月には、一斉に新規放出?
アキノ大統領は平和路線で行きたいらしいが、周囲がそうはさせないかもしれない。
南シナ海を巡る、ASEANとその背後のアメリカ、それを睨んだ国軍とアメリカ軍との合同演習。
対する中国の動きもからんで・・・資源争奪戦はまだまだ続く。
尖閣列島も北朝鮮も、これからが戦争作りの本番かもしれないので、日本の皆さんも心した方が良いかもしれない。
アメリカ政府は、米国市民に警告を発した。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-21717320110615
国務省は「空港やショッピングモール、会議場など人が集まる場所が狙われる可能性がある」とし、
「ミンダナオやスールー諸島に渡航する場合は細心の注意を払うべき」と呼び掛けた。
昨年11月にはミンダナオ島の中部と西部への渡航警戒を勧告していたが、今回は対象を島全体に拡大。
また「テロ攻撃は無差別の可能性があり、マニラでも起こる恐れがある」としている。
 ・・・・・・・・・
オーストラリア政府も14日発表したフィリピンへの渡航勧告で、
ミンダナオ島東部については「必要性を再検討するように」と制限を緩和したが、
同島西部は引き続き「禁止」としている。

先日は、洪水難民救済のためとはいえ、オーストラリア政府の寄贈の高性能戦闘用ボートに乗せてもらったし
それなりのゲームが、机上で作られ実行されつつあるのだろうか。
ここが戦場になったら、ここの子たちを、全ていったんMCLに集団疎開させよう。
こんな可愛らしい子たちを戦闘の渦中に置いてはおけない。
幸いMCLは、発足時から、避難民救済のためのシェルターの許可も得ているし・・・でも経済的に食べさせていけるかなあ?
正面に座っていた母親が声をかけた
「トモさん、何を考えているの、一人沈み込んでいらっしゃるようだけど」
「エッ、いいえ、別に。ここに、バスケットボールコートを作れば皆もっと楽しく幸せになれるかと・・・」

日本政府ODAでJICAが建設
MCLが提案し建設管理を委託された
ブアランの小学校が
驚くべき早さで建てられている

6月15日(水)
     
   
     

40年間争い、交流が途絶えていた丘の上のクリスチャン集落
ニューバレンシアの子どもたちが
下のイスラムの村の学校に通い始めた
 
   
イスラム教徒がほとんどの学校に、新しく入ってきたクリスチャンの子たち
イスラムの子たちも奨学生が沢山いるブアランの小学校
さぞかし緊張しているだろうと思ったけど、意外と明るい顔で幸せそう。
子どもたちは皆、戦闘が無く、みんなが仲良く住める世界を望んでいるのだ!
この様子を見て、胸が温かくなり、本当に幸せな気持ちを感じた。
お父さん方が、みんなで建設に励んでいる姿も素晴らしかったし、思わず目頭が・・・

今後、ニューバレンシアに戻り、ブアランの小学校に通い始めた
イスラム教徒の子どもたち、5名も調査して加えたいと思っている。
一緒に手をつないで、学校に通えるようになるために。
皆さん、里親奨学支援に応募して下さい。
まだ支援者のいない子たちがいっぱいいます。
まだ支援者のいない子たちがいっぱいいます。

 
 
 7月いっぱいには、小学校が完成する。
完成と同時に、
8月半ばに開所式を兼ねて
MCLの奨学生が全員集合し、
この地で『平和の祈り』の
祭典を行う予定だ。
日本からも、山元眞しんぷが参加予定。
現地のイスラム宗教者や
OMIカトリック神父、
マノボ族のプロテスタント牧師も
マノボ指導者も参加します。
仏教会からも、
どなたか参加されませんか?
一般参加もOKです。
  



ブアラン村で
今年最後の読み語り

29日

村長選挙の腹いせで、小学校に火がつけられ
子どもたちが学校に通えなくなってしまい、泣いた!
彼らにとって、日本のJICAの支援だけが今は頼りだ!

読み語りに大勢が集まった。
本当に、不幸や困難を繰り返し
くぐってきた小さな集落。

向こうに焼けた小学校が見える。
今回、ピキットで、三つの小学校が
焼かれた。

全てはフィリピン政府系の建物で
マカブアルの日本政府JICAが建設
MCLがお手伝いした学校は、大丈夫。

話によると
BDAで建設した建物は
決して焼かれることはないとのこと

地域の村長選を巡っての
小競り合い、リドーで
今は、きわめて平和だ。

新たに選出された村長さんと、小学校の校長先生。
誠実で村の人々からの信頼も厚く、本当に村を良くし平和を作りたいという願いを感じる
下は、古く、2000年の戦闘で崩れたままの校舎。
ごらんのように四隅の鉄の柱は腐り、いつ倒れてもおかしくない危険な建物。
ここでは、授業を続けられない。


読み語りに大勢の子どもたちが集まった

学校が焼けて、大勢の子たちが泣いた。
授業が停滞している。
それにしても、こんなに大勢の子どもたちが集まるとは思ってもいなかった。
親たちも、おかゆの炊き出しをして、村の人々や子どもたちの
JICAによる、学校建設への期待を強く感じた。




難民救済の時から、深くつながっている子たちも多い。
その中の5名ほどは、来年から高校生になる。
すでに4年越しのつきあいで、多くの奨学生がここからMCLに参加している。
私にとっても思い出の多い地域の子どもたちだ。


この上のクリスチャン集落であるニューバレンシアにも保育所を建てたことは報告した。
先日は、市長に会い、クリスチャン集落とイスラム集落をつなぐ道を再開建設する確約をとったばかりだ。
MCLの主導による、平和構築の試みは続く。
私たちは、決してあきらめない。



対立していたクリスチャン集落での読み語り


こちらは、ブアランの丘の上のクリスチャン集落。
かつては100世帯ほど住んでいたが、度重なる戦闘でわずかしかいない。
この村は、イスラム教徒の立ち入りを、独自の規定で禁止している。

今回の選挙で落選した、有名議員一族の息のかかった村であることは、ポスターをみれば一目瞭然。
日本政府や国際停戦監視団もかかわった2008年の和平条約締結は、この議員の最高裁への提訴でご破算になった。
兄弟親戚が、各市の市長や副市長、市の役員をしていて、広大な保有地を持っている

村人たちは、全員が民兵に登録されていて、常時武器を携帯している。
一般の農民たちなのだが、彼らは、とにかく土地を守りたい一心だ。
丘の向こうには、勇猛で名高い、MILFのコマンダーもいる。

以下*ミンダナオ子ども図書館:日記8月5日(木)に執筆継続


この村の人々は、ほとんどがカトリック。
この地域に入っているのは、OMIと呼ばれる
フランスミッションの宣教会。
戦時中、イスラムの人々と抗日運動を展開しており
MILFをはじめイスラム教徒の信頼も厚い。

この宣教会は、ピキットの有名なライソン神父や
コタバトのオーランド司教がいて
(日本では、鳴門教会の乾神父がオーランド司教の盟友)
戦闘では、命がけでイスラムの子どもたちを救済している。
MCLのボードメンバーのグレイスさんも
同教会のメンバーだ。

16日には、日本から山元しんぷさんをはじめとする
小倉、行橋カトリック教会他のメンバーが来る。
現在、MCLでは、この村に保育所を建設開始。
山元しんぷさんのミサを準備している。
MCLジャパンからは、
このクリスチャンの村民と下のイスラムの村民に
農園に蒔く種を寄贈予定。
戦闘で疲弊し、農民たちは、種を蒔くにも、種を買えない。

日本の皆さんの支援のおかげで
今ここに、平和の種が蒔かれようとしている
平和の読み語りが始まった

しかし、どのような種よりも、最も美しく効果的な平和の種を蒔いてくれるのが
実はこの子たち。皆さんが支援して下さっている、ミンダナオ子ども図書館の奨学生たちだ。
初めての読み語りに訪れた。 



 

もちろん、イスラム教徒、キリスト教徒、マノボ族の混成部隊。
イスラム教徒を拒絶していた村人たちも、受け入れてくれた。
みんなでマノボ族の歌、クリスチャンの歌、イスラムの歌もうたった。
イスラムの歌を、歌うとき、アッラー(神)の名が出てくる来るのに村人たちは一瞬たじろいだが
クリスチャンの子たちも一緒に声を合わせて歌うのに驚いたようす。



歌を歌いながら踊る
ミンダナオ子ども図書館の
奨学生たち。

戦闘で疲弊した村に
久々に子どもたちの
歌声がこだます
村の子どもたちも
喜びの表情で
踊りのまねをする



陰で見ていた
村の人々の表情も
少しずつ緩み始める

大きなカブならぬ、大きなカサバイモが演じられる頃には
堅かった村人たちの表情もすっかり緩み
久しぶりに平和を感じている様子だった。
村人たちのひそひそ声が聞こえてくる。
イスラム教徒のジェネッサさんが、読み聞かせをするのを見て
「ほらほら、あの子、下のイスラムの子。あんなにビサヤ語が上手だなんて!!!」
それもそのはず、2年間、MCLに住んでいたし・・・
下は、スカラシップに採用する若者。今度大学生だが、貧しくて学校に行けない。





下のシリック出身の大学生
イスラム教徒の奨学生(女子)も同行したが、
上の写真の新しい奨学生候補の彼の姿を見て、飛び上がって駆け寄った。
高校時代の同級生だという。
村人たちも、イスラムの娘と、この村のクリスチャンの若者が、
こんなに親しいのにビックリ!
彼がこれから、コンタクトパーソンとして、この地域の平和を築いていくだろう。
性格も良いし、大学で教育学を学ぶ。
どなたか支援者になっていただけませんか?


イスラム地域のクリスチャン
憎しみと対立を超える試みが始まった
戦闘の絶えないブアラン集落。山麓のイスラム地域と丘の上に移住してきたクリスチャン移民。
ともに恐れて、近寄らない。2008年の50万の避難民が出た戦闘は、実にこの地から始まった。
しかし、下のイスラム地域に保育所が建ち、ミンダナオ子ども図書館奨学生が増え、
さらに日本政府の支援で小学校が建設される計画が広がるに従って、平和構築の試みが始まった。

ピキット市も道を整備すると同時に、両地域に公平に電線を引いた。
IOMもクリスチャン地域の家のヤシの葉を支援をした。
イスラム地域には、赤十字も入り、簡易水道を建設し始めた。

ミンダナオ子ども図書館は、すでに4年前からこの地に、保育所を建て、奨学生たちをとってきた。
今回初めて、山上の貧しいクリスチャン地域を訪れ、最終的なこの地の平和構築に向けた一歩を踏み出す。 
保育所の先生とそのご主人
 保育所を建設する場所を確認。
 この小さな村が、クリスチャン系移民の前線基地として
 イスラム教徒と対立してきた構図。
 
 問題は、外部から、この構図を利用して
 武器を渡し、集落民を民兵化し
 外部から対立と憎しみをあおって

 乾いた枯れ葉の上に
 マッチで故意に火をつける
 第三の勢力があること???


ここに、この子たちのために
保育所を作り学校を作り
閉ざされた村を開放しよう。

さらにここから奨学生を採用
下のイスラムの村の子たちと一緒に
平和を作っていく試みを
しなければならないだろう。

戦争に嫌気がさして
このクリスチャンの村は
初めて、心を開こうとしている。


 住民たちは、素朴で貧しいから
 戦闘にそそのかす者たちの
 隠れた意図や背景を知らない。
 唯々ひたすら
 自分たちの土地を守ること・・・
 
 しかし、その背後に
 政治的、経済的権力を
 持った人々や組織があり、
 
 さらにその背景に
 国際的な地下資源獲得や
 プランテーションなどの
 農業利権獲得の思惑
 武器売却による利益その他が
 結びついていたとしたら・・・?


 小さな集落に火をつければ
 50万の避難民を出す
 戦争も作れるのだ。
 
 すべての戦争は、
 巧妙な第三者の思惑によって
 作られることを、
 無邪気な彼らは
 何も知らない。





 訪問者の方々と活動を共に

ミンダナオ子ども図書館は、訪問者を特別に接待することはないけれども
積極外向型の活動であるが故に、たえず小さな村を訪れている。
そのようなときに、ご一緒し、時にはマノボ族の電気のない村に泊まったり
イスラム地域に舟で保育所の開所式に参加したりする。
そのかわり、本当の活動に同行し、いろいろな土地のいろいろな場所から
さまざまな子どもたちの状況を自分の目で見て体験できる。
いかにも作ったようなスタディーツアーは、疲れるので止めてしまったし
規定の宿泊費、滞在費が有るわけでもない。
家族の一員、友達として迎えて一緒に生活する。


訪問希望ここをクリック
「訪問希望」にもあるように、特別な料理を準備しないで、子どもたちと一緒に粗食だし。
時には、外の井戸で水浴びしたり、朝5時前に起きて、子どもたちと一緒に
薪でご飯を炊いたり、お皿を一緒に洗われたり。
今回の方々は、NGOの専門家の方々も多かっただけに、
本当に子どもたちと生活をともにされていた。
 
  
3月、ほぼ連日ように
訪問者が絶えなかった。
今まで、訪問者の事は余り考えずに来たが
去年から、日本の人々の心、
特に若者たちの心の閉塞的な状況
心のゆとりや愛を失いかけている生活
そんな姿に心を痛め
ミンダナオ子ども図書館を通して
日本の人々の事を意識して
新たな活動を始める事を考えていた。
その矢先、テレビの番組で
放映されたこともあり
急に訪問者が訪れてきた。
といっても、特別な接待を
するわけではないので
ありのままで受け入れ、
思い思いのままに滞在していただいた。
別れの日が来ると、
皆さん、目に涙をいっぱいに浮かべて
子どもたちと再会を誓い合って
帰路につかれた。
またお会いしましょう。

奨学生の調査へ 
  
  
その場で、私の里子に! 
 
 
 

支援者になってくださった、
佐藤亜矢さんは、リーラのオーナー
リーラーに関しては、以下をクリック
http://www.leela-japan.com/

マノボの村、キアタウで読み語り
そして宿泊!
 
  


電気のないマノボ集落キアタウで読み語りをし、
その晩、村の家でそれぞれ泊まった。
一泊、家族に1000ペソ、村に1000ペソ
村への寄付は、訪問者の意向で特別寄付を加えて
水のタンクを作ることになった。
これで、長年の水不足の問題が解決される!
村人たちは、大喜びだ。
 
  

今回の読み聞かせは、MCLの子どもたちは学校があるので、訪問者と同宿するスタッフが中心
訪問者もスタッフと一緒に、大きなカブを演じたり、踊りも踊った。
 
   
村の家々に平等に宿泊し、家の人々と食事をする。
普段は、カサバイモとカエルが主食だったりする。
訪問客だから特別な食事を出さなくても良い。普段食べているそのままでお願いします・・・
といってあるのだが、さすがに恥ずかしいと思うようで、
必ず米のご飯と地鶏をごちそうしてくれる。
地鶏など、年に一回、父親の誕生日に食べる特別料理なのだが・・・
 

父親も母親もいず、自分の誕生日すらわからない少年
父親が病死して、母親が面倒を見きれずに、祖母のところにいて、一年以上も母に会っていなかった少女
支援者が決まり、彼らは晴れてMCLに住むことになった。
 


支援者になってくださった、佐藤亜矢さんは、リーラのオーナー
リーラーに関しては、以下をクリック
http://www.leela-japan.com/

 

ダバオの町のイスラム貧困地域の調査にも同行 
   


大都市の貧困は、またそれなりの学ぶべきところがある。
今回は、前から気になっていた、父親のいない子と
戦闘でスールーやサバ州から逃れてきた
難民の人々を訪ねた。

その場で僕が里親に! 
  
 この子はまだ支援者無し ここでも、支援を決定してくださった皆さんに、子どもたちに代わって、心から感謝します。 



野村ひろこ様寄贈の保育所・開所式
   
   
   


日本からの訪問者の方も、保育所の開所式に参加された


京都暁星高校寄贈の保育所・開所式
   
 

京都暁星高校は、長い年月、ミンダナオ子ども図書館を支援してくださっている。
右のアルベルト君は、かつて京都暁星高校の奨学生だった。
日本にも招かれ、子どもたちと交遊し、マノボの踊りも一緒に踊った。
今は、ミンダナオ子ども図書館のスタッフとして活躍してくれている。
彼は、保育所の建てられたこの村の出身だ。
下の写真の中央は、プロテスタントの牧師さんで、
MCLのボードメンバーもしてくれているガンボン牧師。
今回は、伝統的なニワトリを使った儀式をされた。
私も、酋長として、伝統的な服を羽織って
訪問者の方々と共に、参加した。 
   


ミンダナオ子ども図書館が
鉱山開発を目的に来ているという
誤解を解くための儀式をした 

 

山麓の村の中心に、日本政府のODAで、高校が建てられつつある。
そこから山に、さらに7キロ入ったところに
保育所を建てる件で話に言った。
集落の人々は大喜びだったのだが、次に読み聞かせに行ってみると
村の大人たちは誰もいない・・・
何が起こったのか? 


後で、MCLが来ると言うことで、村人たちが皆逃げたことがわかった。
何と、下の学校建設にからめて、MCLが鉱山開発をしようとしている、
という噂が立ち、戦闘の発生を恐れて逃げたのだった。
「日本政府の学校建設は、鉱山開発が目的だ!」
「MCLは、その手先だ。」 
    
  
 
   
 
 
 



支援者のいない子たち
200名余りの調査は続く 

     
 



保育所調査は続く 


この地域は、2年前に戦闘があり、今は平穏だが今後の展開が危惧されている
戦闘で両親を失い、兄弟姉妹を失い、自分も腹部を撃たれた少年が
ミンダナオ子ども図書館の奨学生としてMCL本部にいる。
戦闘の原因は、大土地所有者のイスラム教徒が、輸出用のオイルパームを
植えるために農場を拡大して、先住民やイスラムの貧しい人々を追い出そうとしたこと
そして、プランギ河にダムの建設計画が有ることだという。
それに対して、先住民とイスラム反政府勢力が反対しているのだと言うのだが・・・



この村にまずは保育所を建設する
依頼が、先住民の首領から来た。
松居陽が、現地に赴いた。
貧しいけれども、
自給しながらも平和に暮らしている

 
 
 
   
 

右は、ミンダナオ子ども図書館の
ボードメンバーで、牧師であり
首領でもある、ガボン氏。
現地の状況をふまえて
MCLについて説明している。
 
    
 

村までは、7キロの道を歩いていく。
先住民族の文化も、まだ色濃く残っている。
文化的にも貴重な場所だ。



2013年:イスラムデーを実行した 

毎年、イスラムの文化祭、先住民の文化祭、クリスチャンの文化祭をして
互いの宗教や習俗の違いを体験し、敬意を持って理解する。
今まで、結婚式、葬式、歌や踊り、精霊の払い、などをしてきたが、
今年は、断食の中に見る宗教のとらえ方をテーマにした。
イスラムのラマダンは有名だが、マノボ族にも断食はある。
クリスチャンにもあり、イエス自身が40日食を絶ち山にこもっている。
仏教にも神道にも清めの儀式があるように・・・

   


ミンダナオのイスラム文化は、アジア的で独特のものが有ると言われている
ミンダナオのクリスチャン文化も同様だ。
   
左は、MCLの奨学生で
同時にイスラム教の司祭
オスタージュの青年
彼の祈祷は、アラビア語で
意味がわからないが
深く心に染みこんで
感動的だ。 


左は、ピキットのDSWDのソーシャルワーカー
自分自身の体験を交え
時には涙しながら
断食と罪の許しについて語ってくださった


MCLに住んでいる、アーミーが踊ってくれた。
小学校から、もう5年間もMCLに住んでいる。
今年高校を卒業して、大学に行く。
教育学を専攻して、先生になる予定。
 
    
 
   

最後に、みんなで待望のイスラム料理を満喫した。



台湾赤十字社の面々が訪れた
    
 
 
    
  
  




保育所建設調査を開始 


昨年2012年は、3月から山岳地帯で
断続的に国軍と新人民軍の戦闘が起こり 
この地域も、6月、8月、12月と
戦闘が起こってきた。

イスラム地域は、和平交渉開始の
合意ができたが、
出来なければ全面戦争であると
言われて緊張した。

そのようなわけで、戦闘の合間をぬって
イスラム地域で、平和構築のために
2棟の保育所を建てた以外は
2011年の2棟を含め、
10棟あまりの保育所建設を見送っていた。

しかし、地域によって、
まだ小規模な戦闘は起こっているものの、
避難民化せずにはいられなかった
不幸な地域を中心に、
保育所建設を開始することにした。

まずは、1月中に4棟、
2月から4月にかけて4棟ほどを建設する。
そのための候補地域を調査した。

戦闘の絶えない、マグペットの山岳部を訪ねた
 

イスラム地域の和平への交渉が、反政府勢力と政府の間で話し合われるという
うれしいニュースが飛び交った後、今度は山岳地の新人民軍との戦闘が
各地で起こり始めた。
すでに、去年の春から、アポ山周辺での戦闘が起こり始めていたのだが、
去年の春、夏、秋と、散発的に戦闘が起こり
ミンダナオ子ども図書館でも、避難民に古着をわたした。
 
 
今は、少し穏やかになったようで
その隙間をみて、
保育所建設の調査をした。
こうした地域が、落ち込んで
平和への希望が失せないように
そのためにも
保育所建設は有用で
地域の人々、
特に繰り返し戦闘で
避難しなければならなかった
村の人々に希望を与える。
そして、逃げた人々が
再び自分たちの村を
作っていく希望を持てるように・・・

村の家族数は、
まだ戻ってくるのを恐れている
家族も居て、子どもたちの総数も
じゃっかん少ないけれども、
保育所が建つことで
希望を持って帰ってこられて
増えていくことを考えれば
平和構築への意味がある。

ミンダナオ子ども図書館では、
受益者数といった
単なる数字だけで、判断して
建設をしていきたくない理由が
ここにある。

右は、新たに戻ってきて
新築した家族の家。
小さな子どもたちも居て
良かった良かった。 
  
 
   7キロの山道を歩き
ようやく目指す集落が見えてきた。
この村に、保育所を建てようと思う。
つい最近まで、国軍と新人民軍の
戦闘が、後ろの山で起こり
村人たちは避難していた場所だ。 
   遠くに見える、
ちょっと三角の山が右にある
山並みは
ミンダナオ子ども図書館の
保育所が6つと
下宿小屋のある
アラカンの山並み
キアタウ村に泊まった
訪問者の方々も多いだろう。
ラナコラン、ケロハス、ムヤス
カルボガンなど、
ミンダナオ子ども図書館の
たくさんの奨学生たちが住んでいる。 

貧しい村だけれども、保育所はあり、先生は居る。保育所と行っても、村の集会所を使っている。
男の子たちは、家族のためによく手伝う。 
    
 
     

ボランティアで滞在中の
大野理実さんも調査に同行
お茶の水大学の
修士課程を一年間休学して
MCLでボランティア
こういう若者たちが
まだ日本に居たんだと思うと
希望が出てくる

マグペットのバゴンバヤンでは、
日本政府のODAによる、小学校建設が進んでいた
 
    


麓の村では、日本のODAによる学校建設が進んでいた。
日本人としてうれしかったのだが、日本の学校建設の目的は
この上の山岳部に鉱山開発をすることが背景にあると
現地であらぬ噂が立って、二度目に読み聞かせに行った時に
村人が恐れて逃げ出していたのには驚いた。
誤解を解くために、信頼されているマノボ族の
ボードメンバーと牧師と一緒に説明しに行かなければならない。
ミンダナオ子ども図書館は、ノンガバメント、ノンレリジャスセクト
鉱山開発のために来ているのではないと!!!

バナナプランテーションを抜けると
たくさんの規格はずれのバナナが捨てられていた 
 

地元では食べずに
これらのバナナは豚の餌になる

拾いに居ている人が居た。聞くと、「良く洗ってからバナナケーキを作って売る」んだそうだ。 


保育所建設調査は続く
   

こちらは、トゥルーナンのビラーン族の集落への道。
この麓のニューカリダッド村から山道を登っていく。
本来この集落のビラーン族は、山の上の方に住んでいたのだが、
2010年あたりから、現在まで断続的に続いている戦闘で
下のニューカリダッド村まで避難民化した。
そこの1ヘクタールあまりの首領の土地に、非常に貧しい形で
避難民化したまま住んでいた。
そこの村の子たちを数名奨学生にし、二人がMCLの本部に住んで
高校へ通っている。
しかし、首領も避難している人々も、可能であれば早く
自分たちの村に帰りたいと考えている。
山の方にも、まだ残っている家々がある。
そこに保育所を建てれば、今はまだ少なくても
次第に元通りの村に戻る可能性がある。
村を再建するためにも、保育所は有用だ。

  

そのためにも、まずは山の村を訪れて現地を調査しなければならない。
 


下の村で親しくなった首領も、
今は、山に移り住んで
自分の村を再建させようとしている。
近くに教会(バプテスト)を建てて
牧師を招き、その反対側に
保育所を建てたいというのが、計画。
そうすれば、今以上に村人たちは
この古里に帰ってくる。

左は首領。 


首領の奥さんと一緒に。
先住民族は伝統的に
一夫多妻で
5名ほどの奥さんと
たくさんの子どもや孫がいる。

しかし、この地も繰り返し
国軍と新人民軍の戦闘が続き
今も断続的に起こっている。

日本からの訪問者もいっしょに 

こちらは、アラカンの別の集落。
マノボ族だが、プランテーションもからんだ、
土地所有に追われて山の斜面に移ってきている。
この集落にも、MCLの奨学生がいる。
非常に貧しい。
私たちが初めて訪れたときには、諸手を挙げて歓迎してくれた。
スカラシップもさることながら、保育所建設の以来を受けた。
今回は、諏訪湖ロータリークラブの勇敢な訪問者といっしょに訪ねた。
70代の方々だが、よくぞここまで来られたと驚いたが、
どうやらアフリカをはじめ、世界中の貧困地帯を精力的に歩いている方々のようだ。
 
 
    

シンガーソングライターの
阿部 ひろ江さんが歌った!

阿部ひろえ

阿部ひろえさんに関しては上をクリック
世界で歌い続けているシンガーソングライターです!


自然に村人たちの中に溶け込んで歌う阿部ひろえさん。
京都のエコンズヴィレッジで出会って、泊めていただいてからのご縁。
お友達のウクレレ奏者、西山真理さんと訪れてくださった。
マノボ族の子たちも大喜び
ギターを借りて自分たちの歌も披露して
和やかな交流が広がっていった。
歌に民族や部族、宗教や国教がないのがいい、
まるでMCLのようだ。
 
  

諏訪ロータリークラブの溝口さん
お医者様で、本当に精力的だ。
 

ここに保育所を建てることに決定した



まずは友達になること
それから、何ができるか考えよう!


    

私たちの奨学生は、大都市にも居る。
ここは、ダバオのササ。
イスラム教徒の貧民地区で、海に張り出して木材をわたし
極貧の人々が住んでいる。
ここ出身の奨学生の一人、アブドール君と彼の家を訪ねた。

彼は、キダパワンの本部に住んでいる。
一度自分の家に戻ったが、家に居ると勉強が出来ないと言って
本部に戻ってきた。
とても将来が楽しみな若者だ。
この地域には、戦争を逃れてスールー諸島から来た、
タウスグ族のイスラム教徒が多い。

  

彼には、たくさんの兄弟姉妹がいる。
阿部さんは、彼らの前で歌った。
諏訪ロータリーの方々も、すっかり家族の一員になったようだ。
 

 訪問希望者が増えています
 
テレビで紹介されたせいでしょうか、訪問希望者が増えています。
本部の建物は、以前「Mの会」で、左にゲストハウスを増築したのですが今は、120名の子どもたちに占められていて、
訪問者をお泊めする場所が無く、心苦しいので。さらに個人で増築し奨学生たちと住んでいる離れの家をゲストハウスにします。
温水がわずかに出て水浴びも多少は快適です。
食事は、子どもたちと一緒ですが、ちょっとした物はゲストハウスで料理できますし、ここに大野さん姉妹の部屋も移転させる予定です。
もちろん子どもたちと共同生活は変わりませんが、リラックスできます。
 訪問希望ここをクリック
そのかわり、敷地の奥に、最後にもう一つ宿舎を建てる予定です。私たちはそこに多くのスカラシップの子どもたちと移ります。
福祉局からも、今のままでは少し子どもの部屋が混みすぎていると言うことですので・・・
どうぞ気軽にいらしてください。
MCLでは、宿泊費などは取りませんし、自由寄付で結構ですし、滞在期間もご自由に、
活動を体験したい場合は特に、少なくとも10日は滞在されることをおすすめします。
家族の一員として、同じ食事をとり、活動に参加していただければ幸いです。
特別な接待はいたしません。
若ものたちは特に歓迎します。未来ですから、大いにこちらの子たちと交流し、将来を考えてください。
宿泊に関しては、サイトから、または以下の訪問希望をクリックして読んでください。
ダバオ空港までお迎えに行きます。
日本の暗い現状を見ても日本の若者たち、中高年の方々を視野に入れて活動していきたいと考え始めています。
テレビを見て、希望がわいてきたという方々も多くいらっしゃるようですし
ミンダナオ子ども図書館の未来への意義も、日本やアジア、世界を視野に入れて考えていきたいと思っています。
中高年の方々もいらしてください。
 
お目にかかれるのを楽しみにしています。
     


ごらんのように、海に張り出した家々
写真の家は、まだ良い方だ。
奥には、だけで壊れそうな家もたくさんある。
台風で大きな被害が出る理由だ。
 
 

ウクレレ奏者の西山真理さんも
初めてのアジアの旅だが、心の底から楽しまれた、
「今度来るときは、もっと長くMCLに滞在します。」
「もちどんどうぞ、1か月は居られると良いですね。」
「ありがとう、絶対来ます」

真理さんと、デュエットで、イスラムっぽいハワイアンを踊るアブドゥル君 
  



戦闘の絶えないマノボ族の村へ
読み語りと古着を届けた 


共同通信社の三井潔さんが、同僚のロンロン カルンソッドさんと来られた。
ちょうど、戦闘のあったマノボの集落に、読み聞かせと古着の支援をするところで
そこに同行された。
ロンロンさんは、その後、JAPAN TIMESに以下の記事を書かれた。
記事へGO! 

近いうちに三井さんの記事も、日本の新聞に掲載される予定。
前回は、ピキットのリグアサン湿原地帯へ同行されている。
また、いろいろな戦闘の現場にも足を運び、積極的に取材をしている三井さん。
まだ日本にも、記者魂が残っているのだと、感じ入った次第。
 
  


イスラム地域が平和交渉がスタートしてから
今度は、山の先住民地域で戦闘がひんぱんに起こっている。
兵士が、移動派遣されていると言われている。

古着を喜ぶ村人たち 
 

古着に、村人たちは大喜び。
どう見ても日系ではないか、と言う人々も多い。  
 
    


620名の奨学生
一人一人のチェックを始めた
 
     
   
今年度の私たちの大きな課題の一つが
620名いる、子どもたちの一人一人の状況チェックだ。
小学校、高校、大学と学校別のリストを作り
支援者の居ること居ない子の調査をしつつ
特に支援者の居ない子の場合は、
1,出席率はどうか・・・学校に興味はあるか
2,小学校の場合は特に、読み書きの基本は出来るか
3,学校の成績や態度はどうか
4,家庭状況は大丈夫か
以上をチェックする。そして、この子だったら大丈夫だという子を
支援希望者に紹介する。
 
MCLのスカラシップは、極貧の集落の子の中でも
孤児や片親といったさらにマイナスから来た子が大半だから
まずは人並みに幸せになってくれることを心から最優先している。
成績優秀な子を採用して、エリートを送り出すスカラシップではないが
行きたい子は、大学まで行ける。
先生、看護師になっている子も多い。 
 
   
   一人一人に個性があり、目標がある。
大学へ行くよりも、小学校卒業や高校卒業で
ドレスメーキングや運転技術を習得して
町の市場で洋裁店をしたりするほうが、大学を出るよりも実質的で
良い場合も多いので、
子どもの個性や目標に合わせて相談に乗ることにしている
    
  
   高校、大学生の場合は、2ヶ月に一回の総会に集まり
そこで、高校生月500ペソ、大学生月1000ペソの小遣いをわたす。
極貧で親の無い子の場合は、特に授業料だけでは
学校に行けない。諸経費を出してあげたり
大学生は下宿代も出す。
小学生年間3万円
高校生・大学生6万円が支援額だが
大学は10万でも足りないので、他や自習寄付も交えて出している
ひどい話だが、小学校低学年のころから
虐待やレイプの対象になっている子もけっこう居る。
特に、親が亡くなっていて、他に引き取られたこの場合や
父親が亡くなって、継父になっているこの場合などが多い。

こうした子たちは、ミンダナオ子ども図書館がシェルターとなる。
もちろん、フィリピン政府から公式に認められている。
奨学制度と同時に、保護施設としても運用されており
福祉局から依頼されて、住み込んでいる子も何人も居る。 


小学校は学用品を支給する。
食べられない子、親の無い子などは本部や下宿小屋に住んで
食事や生活費を全てMCLでまかなっている。
住み込んでいる子が、120名を超えている。
米だけでも一日100キロ近くが下宿も入れて消費される。
さらに、医療はMCLで手術までみる。
今年も、140名近くの患者を治癒している。
年間医療費だけでも140円を優に超えている。 
 
 
   
それでも、村人たちや子どもたちの
幸せそうな笑顔に出会うと
この仕事、やっていて良かった
そう思わずにはいられない。
重荷も、危険に対する恐怖も
子どもたちを見ていると吹き飛んでしまう。
子どもこそ未来だ。
財産は、銀行に持ったり
金額で計るものでは無い、
天国に蓄える物だ。

子どもの笑顔こそ天国だ、といつも思う。 
   
 
   

小学校を最優秀で卒業するマノボ族の子
ここまでは、先生方の支援できたが
高校には貧しくて行けない。
山奥の不安定な集落の出身
高校に行く話をすると、
ボロボロと涙をこぼし始めた。
後日、彼の家を訪ねると同時に
スカラシップの候補にした。 
  
    
  
   

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