ミンダナオ子ども図書館だより
2011年1月から3月17日


スタディーユニオン寄贈の
保育所開所式

3月17日


関 浩成さんと
立命館大学・同志社大学の若者が参加

保育所が建つ村をしってもらうために奨学生の家を訪問


この家の子を奨学生にとっている


この家の子も奨学生に
同志社大学の若者は、朝日新聞社に内定している、ともに、将来有望な若者たち。
スタディーユニオンは、起業家も含め、将来の日本を背負っていく若者を独自に教育している。
若いときに、ミンダナオで様々な経験をし、頭だけではなく、全身を使って独自に物事を考える人間に成長してほしい。


読み語りもした
スタディーユニオンの関さんは、二度目の訪問
前回は、ボートで、勇敢にもイスラム地域のナブンダスの保育所を訪問された


同志社大学の青年は
朝日新聞への入社が内定している
優秀なカメラマン




学用品を届けると同時に
小学校から高校への選考を開始

3月16日
小学校から高校に上がる子たちの選考を開始

今度、高校に進学する子の
英語と国語の理解能力を調べる

ここスマヤホン小学校の子たちは、皆合格、今度高校一年生に進学する




ミンダナオ子ども図書館だより;3月14日(月)

地震と津波のニュースに子どもたちは心を痛めています。
1:ムスリム自治区、リグアサン湿原、カルボガン村での読み語り
  JICAで建設した吊り橋の下を行く
  カルボガン村へ着く
  読み語りと古着の支援
  今回は医療支援にも力を入れた
  即日、手術をした若者たち
  反政府勢力の拠点と言われている

  リグアサン湿原の村々との交流がこれから始まる

2:日本から荷物が届きました!ありがとう
  MCLに滞在した、長谷山文香さん、佐藤知美さんからのお便り
3:北野財団が寄贈、マノボの山の村バンシランに保育所が完成
  開所式をした

  保育所は、村人の尽力で見事完成していた
  開所式の読み語りと、セレモニー
  そして、村人たちと共にお祝いの食事が振る舞われた
  開所式が終わり帰路をたどる

4:ロクサンさんと私の誕生日
  みんなで祝ってくれました
5:年に一度の兎唇の手術に15名の患者を!

  まずは、検診から始まる
  そして手術が始まる

地震と津波の
ニュースに
子どもたちは
心を痛めています

地震と津波のニュースに、子どもたちは心を痛めています。
支援者の人々は、大丈夫だったか?
津波のニュースを見て、泣き出す子たちも・・・

原発の爆発は、今後の日本を考える上で、おおきな試練かもしれません。
でも、天災に対して、一致団結できる日本人の良さを今こそ発揮して
コミュニティーをとりもどすために、全力をあげましょう。
フィリピンからも、子どもたち共々、応援します。




ムスリム自治区
リグアサン湿原
カルボガン村での読み語り

3月12日(土)

プレシデントのアスレーとスタッフのノライダさん
ARMMイスラム自治区は、多くの問題を抱えた地域でもあり
支援がなかなかうまく行き届かない場所でもある。
とりわけ、ピキットと隣接しているイスラム自治区の
リグアサン湿原側は、MILFの活動地域
この大湿原から、膨大な天然ガスと石油の湧出が確認されている
度重なる戦闘も、ほぼこの地域が中心になっており
絶えず避難民化している地域でもある。
政府よりのMNLFと独立を目指すMILF
さらMILFと誘拐組織として有名なペンタゴンとの戦闘も
数日前に伝えられていて、実に不幸な地域でもある。

奨学生たちも参加


ブリオクの小学校
この小学校は、度々洪水で水没する

JICAで建設した吊り橋の下を行く
この橋は、対岸の
イスラミックセンターとセットで
JICAが、建設。
建設したのは、
MCLがマカブアルの小学校を建設した同年

しかし今回、
保育所建設について話し合うために、
私が、数日前にここを訪れたときには
この橋は、吊り紐のロープがのびきっていて
一部水につかっている状態だった。
橋桁も、折れたり外れたり
洪水による被害のせいだろうが、
使われている様子は全くなく
廃物同然の姿・・・

それから、一週間後、
今回、私が再訪するという事で、
数日前に、急いで修復したそうだ。
右の写真は、修復後のもの。


上と右の写真は、修復前
橋桁は外れ、一部が水に浸かっている
使用されていないのは一目瞭然



とりあえず、綱がしっかりはられて、橋の形態をとりもどしたものの
使用されていない理由は、
多くの家族や子どもたちが、戦闘で、ここブリオクから、
MCLで保育所を建て奨学生も採用している、
サパカンに引っ越していった事が大きい。

サパカンは、人口が急増し、小学校が酷い状態で修復増設が急務。
リグアサン湿原の左側の集落への交通の要衝として、
平和構築には重要な位置にあるのだが・・・
去年、JICAの草の根にMCLで学校建設を応募したが
危険すぎるとしてペンディングになっている。

MCLでは、今後、
バロンギス、カルボガンの先生方、村長さん方と連携をとり、
取り残されている、リグアサン湿原地帯の集落に、
保育所を建設し奨学生を採用していく事にしている。

吊り橋も、こうした現地での
地道で絶え間ない努力を続けていけば、
子どもたちが、対岸から、
歌いながら渡る日がくるだろう。

カルボガン村へ着く


カルボガン村の村長さん
小銃に加えて、腰にはピストル


子どもたちは、どこも変わらない

読み語りと古着の支援
この地からの
スカラシップの要望が高い

ああ、私の力がもっとあり
多くの支援者を
見つけることが出来れば
平和へ、おおきな貢献が
出来るであろうに

反政府勢力の拠点と言われている
リグアサン湿原の村々との交流がこれから始まる



日本から荷物が届きました! 
ありがとう

同志社小学校 様 港ユネスコ協会 様
大沢 ミカ   様 鳥海 武夫 様
柿本 るみ子 様 Yuki Oguro 様
栗原 めぐみ 様 子どもの里 様
柿本 けい子 様 湯沢 正樹 様


送られてきたお人形が、大好評!
もう、うれしくてうれしくて・・・引っ張りだこです

MCLに滞在した、
長谷山文香さん、
佐藤知美さん
からのお便り


長谷山 文香さんからの便り


友さん

こんばんわ。パソコンの調子が悪く、
連絡が遅れてしまい申し訳ありません。
2日前4人で集まって写真を見せていただきました。
膨大な量の写真の中から、
友さんやスタッフの方がカメラを向ける視点が
わたしたちのそれとは違ったり、
「あ、これ知らない!見ておきたかったー!」と感想を漏らしたり
日本に帰ってきてからも新たな発見がありました。
写真鑑賞会とともに、
わたしたちの9泊10日を振り返りましたので、
うまく言葉にできていない部分がたくさんありますが、
以下に記します。

レクチャーを聞いた直後に友さんをおいかけ、
ミンダナオの場所さえわからないままに訪問希望を申し出ました。
専門的な知識も見解ももたないわたしですが、
ゼロからのMCL滞在の珍しい1例として。
ほとんど衝動的に、訪問希望を申し出たわたしたちですが、
正直不安でいっぱいでした
渡航情報やネットなどを見ても、
「渡航延期推奨」や「危険」の文字が。
また、経済的に子どもたちを支援できるわけでもなく、
子どもたちに何かを教える技術ももたずに訪問して、
果たして子どもたちは受け入れてくれるのか。

でも、そんな不安はMCL到着後すぐ、
子どもたちの歓迎で吹き飛びました。
わたしたちが無意識的に作ってきた壁を、
壊すのではなく、飛び越えてきてくれる感じ
「こっちもたのしいよ」と教えてくれるようでした。
一緒に絵本を読んだり、日本でいうと
「かごめかごめ」のような遊びをしたり、抱きついたり。
「アテアヤカー」と笑顔で話しかけてくれ、
可愛くって愛しくって、溶けてしまいそうでした。
思い出すと日記帳には書ききれないくらい、
たくさんの経験をさせていただきました。

キアタウという、標高の高い、
電気の通っていない小さな村で一泊したこと。
そこでホタルの木や白いペンキをぶちまけたような星を見たこと。
「日本人は星を見たことがないのか?」と驚かれたこと。
建設途中の保育所を見に、山登りをしたこと。
スタッフや子どもたちがナイトのように
わたしたちを気遣ってくれながらの頂上到着でした。
滞在半ばで具合が悪くなり部屋で寝ていると、
ふと目を開けた時に枕元で子どもたちが
心配してくれていたことに気づけたこと。
支援者である日本の財団、企業の方と日程が偶然重なり、
ピキットでの2つの保育所の開所式に居合わすことができたこと。

最後の日は、学生が集まる総会が始める前から、
頭が真っ白になり涙が止まりませんでした。
泣かないって思ってたのに。
「わたしを忘れないように」と子どもたちがつけてくれた
指輪やブレスレットは、
日本では浮くくらい日に焼けた肌にキラキラしています。

ただ、楽しい滞在の中で、
行ってみて初めてわかる問題もたくさんありました。
移動中の車で、何度も
バナナのプランテーション農場の横を通りました。
バナナ以外の植物が一切生きていない裸の土壌。
農薬の恐ろしさ。
何年かすると土壌自体が使えなくなるとのこと。
そして、企業はそれを見越してか、
期間を設けて土地を借用するそうです。
今まで10円でも安いバナナを買い、
ときには腐らせてしまうこともあったわたしは
ただただ恥ずかしく思いました。

また、子どもたちの着ている服は、ほとんどが古着ですが、
「ミンダナオは暑い」という先入観からか
(もちろんわたしもそう思ってました)、
Tシャツがほとんどのように感じられました。
標高の影響もあるのか、MCLの夜は少し冷え込みます。
シーツにくるまって寝、朝3時や4時に起きて
炊事や掃除を行う子どもたちが何度か
「寒い寒い」と言っているのを聞きました。

日本の保育の場では、保育園主催のバザーなどで
「集まりすぎるから古着は持ち込み不可」
など決められる場合もあるそうです。
それを子どもたちに回してあげられないか。
みんなに長袖を買ってあげることはわたしたちには出来ないけれど、
アナウンスをして集めることなら可能ではないか。
就寝時間がきて、部屋に戻ると、
わたしたちの会議が始まります。
「いま、わたしたちに出来ることはなにか?」
保育学、教育学、社会学、そして心理学といった異なる分野で
「子ども」を学ぶ4人で訪問できたからこそ、
とらえることが出来た部分も大きかったと思います。

えるだけではなく、行動にする。
これからのわたしたちの課題です。
また今回、3人中2人が「はじめまして」からのMCL滞在だったため、
このような話を真剣に交わせる大事な友だちが日本に増えたことも
MCL
で得た宝物となりました。

子どもたちと離れるのが、苦しくって、寂しくって、
本当は1番言いたかった「ありがとう」が
あまり伝えられなかったことが心残りでした。
今では次回訪れるときの宿題、と都合のいい解釈をしていますが。
最後に、今までNGOの活動やボランティア、
国際情勢に足を踏み入れたこともなかったわたしが、
今回MCLを訪問したいという衝動にかられたのは、
友さんが見せてくださった子どもたちのスライドと、
こんな言葉がきっかけでした。
「子どもたちを助けようと思う前に、
まず子どもたちと友だちになってください。
友だちになれば、相手が必要としているものはわかってきます。」
「(日本の心の貧しさに触れて)ぼくはMCLの子どもたちに、
『君たちが日本人をたすけてやってくれ』って言ってるんですよ。」

本当にその通りになってしまいました。
日本に帰り、MCLを訪れた話をすると、
「ボランティアで?」と聞かれることが何度かありました。
そのたびに、
「こっちがボランティアされてのこのこ帰ってきちゃいました。」
と苦笑している毎日です。

子どもたち、友さん、スタッフの方々、
本当に本当にありがとうございました。


長谷山文香



MCLでの記憶  お茶の水女子大学 佐藤 知美


MCLでの10日間は
本当に毎日が楽しくてキラキラとしたものだった。

全力で子ども達との触れ合いを楽しみ、
見たり聞いたりした現実を深く考えた。


子ども達はどこまでも明るく
懐っこく又可愛かった。
こんなに日本で自分を解放できた事があるだろうか。
子ども達と共に心行くままに歌い踊り遊び大声で笑った。

MCLで過ごす間は、なるべく子ども達と
同じように過ごすよう心掛けた。
ご飯は手で食べ、
朝は早く起きココナッツの実で掃除をした。
中でも印象的だったのが、
井戸で洗濯をしている際に子ども達が寄ってきて
手伝ってくれた時の事だ。
初めは服を洗濯していたが、
しまいには私も丸ごと洗われてしまった。
太陽の下、服ごとの水浴びはなんとも気持ちが良かった。

5日目には電気のない村キアタウに一泊した。
夜6時には辺り一面真っ暗になり、
ただ蛍の光が木に宿り、満天の星空となる。
朝は太陽の光と木や葉、
家々が織り成す影はなんとも美しかった。

6日目の晩には、次の日の朝ご飯の手伝いを頼まれた。
いつももてなそうとしてくれる子ども達が
手伝ってと言ってきてくれた事が、
仲間として気を許し
認めてくれたような気がして本当に嬉しかった。
前日は夜遅く朝4時起きはきつかったが、
何がなんでも起きようと思った。

9日目は総会の後、送別会を開いてくれた。
子ども達に負けない満面の笑みでと思い、
歌い踊っていたが途中から堪えきれなくなった。
I miss you.’‘Come back again.
と泣き出す子ども達。
また必ず
MCLへと誓った。

この10日間、子ども達の純粋さに心癒され、
子ども達の屈託のない笑顔に幸せをもらった。
しかし、貧困や戦闘により暮らしが厳しい人々や
家庭環境で心に傷を負った子ども達、
家族の為学校へ行けない子ども達がいるというのも
また私達が見てきた現実である

フィリピンでは、保育園を出ないと
小学校に入れない規定が制定され
今後厳しくなっていく、という話も聞いた。
この年齢の子ども達に保育が重要だという以上に、
小学校への架け橋として保育園が必要となる。


今になって講演で松居さんが
おっしゃっていた言葉が蘇る…

「まずは友達になって、
それから出来ることを考えよう。」


10日間を通して、子ども達には多くのものをもらった。
これから大好きな友達に私達は何ができるだろうか。
最後になりますが、お忙しい中私達を迎い入れ、
多くを教え様々な経験をさせて頂いた松居さんを始め
スタッフの方々に感謝と敬意を表します。




北野財団が寄贈
マノボの山の村バンシランに
保育所が完成
開所式をした

3月7日(月)


可愛い子どもたちのためとは言え
モオー、人間どもは、よくまあ
あんな山奥の村にモオー
保育所などをたてるもんだモオー

保育所は、村人の尽力で見事完成していた


今年から、フィリピン政府は、以前よりさらに厳しく
保育所卒業を小学校入学の条件とした
その結果、こうした僻地の先住民は
さらに厳しい教育の機会喪失に見舞われていく

ここでも、貧困と格差が助長されていくのだろうか

開所式の読み語りと、セレモニー

そして、村人たちと共にお祝いの食事が振る舞われた
母親のいないこの子を
里親候補に選んだ


里親支援希望

開所式が終わり帰路をたどる
この日で村との関係が
終わるのではない
この日から、この村の人々との
関係が始まる

保育所建設は、
このへんぴなマノボ族の村との
関係の始まりなのだ。




ロクサンさんと私の
誕生日
みんなで祝ってくれました
3月2日(水)
エッ、158歳におなりで?
いいえ、15歳と58歳です。




マティから息子の陽も戻り、これからインターナショナルセクションを立ち上げていきます




年に一度の
兎唇の手術に15名の患者を!

2月27日(日)〜3月6日(日)


まずは、検診から始まる

そして手術が始まる


手術の一週間、スタッフで看護士のフェは、
終始患者と生活を共にする
体育館で、患者たちと寝起きを
共にするのだ・・・
本当に献身的だ
フィリピンの人々は、ビジネスが下手で
一般的に怠惰で怠け者だという印象があるが
とんでもない。
スタッフのフェさんを見ていると良くわかるが・・・

ビジネスマンとしては、
おしゃべり好きで勤勉ではないかもしれないが
ひとたび、人情というか、人を助けることになると
信じられないほどの忍耐と献身を発揮する。

看護士や介護士に活躍するのは
そうした「人情」で行動する
フィリピン人の特徴ゆえかもしれない。





ミンダナオ子ども図書館だより:3月8日(火)

1:2月のスカラシップ総会は、訪問者の歓迎送別会となった
   イスラム・マギンダナオ族の踊り、マノボ族の歌、ビサヤ系クリスチャンの歌が披露された
   男子学生たちの愉快な踊りに触発されて訪問者たちも踊った
   北野財団の卒業生に島村氏から、直接賞状が渡される
   今年の大学卒業生全員にMCLから賞状。そして、卒業生たちの後輩へのスピーチ
   感動的だった最後のお別れ会
   またお会いしましょう・・・MCLファミリー
2:スタンレー電気、北野財団が寄贈して下さった
保育所が、プノルに完成。開所式に島村氏訪問
   今回の白眉は、北野財団、島村さん主演のおおきなカブだった
   絵本は真の平和を作る!

3:アルメック寄贈の保育所が完成、開所式に役員が参加
   開所式の前に読み語りをした
   そして開所式が始まった
   古着の支援もした

4:祝日、ウオーターフォールに遊びに行った
   皮膚病の子と風邪の子を医師の元へ
   滝で遊んだ
   村の子どもたちも一緒にお昼を食べて遊んだ

5:北野財団の寄贈、カンポゴンの保育所を目指して
   カンポゴンの村に着いた
   建設中の保育所を目指して最後の登り
   みんなで昼食
   ようやくラナコランの下宿小屋まで帰ってきた

6:高地マノボ族の村
キアタウに泊まった
   キアタウの子どもたちと
   翌日は、馬に乗り保育所の開所式に出発
7:カバカンの避難民たちの一部が集落にもどった
   108軒の家々と学校が焼かれた

   焼き払われた学校、焼かれた家々
8:マキララを訪ねる

   小学校の側にある、MCLファーム
9:リスター君の家を訪ねる
10:お茶の水大学の3人と一橋大学の女子学生が山上のマノボ集落を訪問
   村を回って子どもたちを集める
   いよいよ読み語りが始まった
   日本の若者たちが、ここから何を学んでいくのだろうか
   その夜は、みんなに読み語りを




2月のスカラシップ総会は
訪問者の
歓迎送別会となった

2月27日(日)


アルメックの役員の方々にインタビュー
こちらでの経験と印象を語っていただいた

北野財団http://www.kitanozaidan.or.jp/
アルメックhttp://www.armec.jp/の役員の方々、そして
お茶の水女子大と一橋大学の女子学生が訪問されていたので
その方々の紹介からスカラシップ学生総会が始まった。

訪問者の皆さんからの報告、現地での体験談は、多くの若者たちを勇気づけ示唆をあたえた。
ミンダナオの子どもたち、若者たちは、自分たちを遅れた途上国の貧しい人間として卑下している事が多い
また、日本の若者や人々は、自分たちが先進国のより高度な文明社会を維持していると言う、誇りに
心を奪われて、閉塞状況に生きていることも多々ある。
共に交流することによって、お互いが保っているもの、失ったものに気づき、真の尊敬と友情の輪が広がる。

イスラム・マギンダナオ族の踊り
マノボ族の歌
ビサヤ系クリスチャンの歌が
披露された
訪問が、スカラシップ学生総会に当たり
みんなで歓迎と送別の気持ちをこめて
それぞれの宗教や部族に伝わる伝統を披露。

クリンタンの演奏に乗って、イスラム・マギンダナオの踊り
マノボ族の歌
ビサヤ系クリスチャンの歌が披露された




マノボ族の衣装に身を包み
マノボ語で、マノボの歌を歌う

学校では、マノボ語を話すことは
禁じられていたりする。

また、ビサヤ語とタガログ語が
一般に使われている地域で
マノボ語は、恥ずかしい言葉





しかし、MCLでは、読み語りなども
積極的に現地語を使うことを奨励し
母語の大切さを日頃から語っているので
彼等は、臆することを知らない。

笑顔で、のびのびと
自分たちの文化を表現している


こちらは、ビサヤ語の歌。
明るく、のんきで、愉快なのが
ビサヤの人々の特徴とされている

男子学生たちの愉快な踊りに触発されて
訪問者たちも踊った
どう見てもこの格好は、マノボ族のモンキーダンスの系列だが?


こちらは、伝統文化ではないが
現代的にアレンジされた
愉快なロックに触発されて
思わず
訪問者たちも
踊り出した

大喝采と笑いが
周囲を包む

北野生涯教育振興会の卒業生に
島村氏から、直接賞状が渡される

北野財団(北野生涯教育振興会)は、
トヨタや日産、ホンダの車のヘッドランプ等を作っている
スタンレー電気の財団

工場のある、中国、ベトナム、インドなどで
就職希望の優等生にスカラシップ協力をしてきたが
ミンダナオ子ども図書館のようなタイプの
貧困の中でも極貧の子を支援するファンデーションに
協力するのは初めてだという。

毎年3名の大学生、2カ所の保育所を支援、寄贈して下さっている
島村氏は、今回で二度目の訪問

今年の大学卒業生全員に
MCLから賞状
そして、卒業生たちの
後輩へのスピーチ
こちらは、MCLの今年の大学卒業生たち
毎年、卒業生が増えていく

左のイスラムの二人の男性は
MCLのあるマノゴル村で
高校の先生見習いをしている。

小学校の頃から
すでに7年以上関わっている子たちもいて
私も感慨深い


毎年、卒業生たちには
自分たちの経験を
後輩に発表してもらっている

苦労話に
聞いている方も涙ぐみことも

感動的だった最後のお別れ会

またお会いしましょう・・・MCLファミリー



スタンレー電気
北野財団が寄贈して下さった

保育所がプノルに完成
開所式に島村氏訪問


村長さんのサインをもらい
テープカットを行う

北野財団http://www.kitanozaidan.or.jp/

今回の白眉は、北野財団
島村さん主演の
おおきなカブだった


島村さんが、おおきなカブになられた


こちらでは、おおきなカサバイモだが、
猿もその大きさにビックリ
こちらは犬だ こっちはネズミ 村人たちのひさびさの大笑い?
ここは、絶えず戦闘に見舞われ
避難民化が絶えないイスラム地域
ピキットの奥だ

そんな村に、朗らかな笑い声が
みなぎった
このようなお付き合いを通して
村人たちの心が開かれ
MCLを愛し、信頼し

平和への想いが強まっていく

絵本は真の平和を作る!
北野財団http://www.kitanozaidan.or.jp/


アルメック寄贈の
保育所が完成
開所式に役員が参加

2月26日(土)
アルメックhttp://www.armec.jp/

こちらは、アルメックが寄贈して下さった、保育所。
アルメックhttp://www.armec.jp/
到達するには、さらに奥に行かなくてはならない。
船着き場から、乗合船に乗る。

対岸はイスラム自治区で、絶えず戦闘に見舞われている地域だ。
市にも話を事前に通して、DSWDのグレイスさん方も同行するが
軍や私兵も警護をしている姿が物々しい。

私たちだけで行くときは、ここまで警護は無いが・・・

開所式の前に読み語りをした

この地域は、イスラム地域で、
マギンダナオ族
マギンダナオ語が話されている。
小さい子たちは、
マギンダナオ語しか知らない子も多い


しかし、保育所では、タガログ語が使われるので
スタッフが何語でお話ししようか、と聞くと
タガログ語!と言う言葉が返ってきた。

そこで私が、言った
「タガログ語は学校で習うけど、マギンダナオ語は誰が教えてくれた?」
「お母さん、お父さん・・・!!!」
「そうだね、お祖父さんもその前のひいお祖父さんも・・・
だから、マギンダナオ語の方が、とっても大事なんだ。
MCLでは、読み語りの時に
その地の母語を優先する・・・」

この瞬間から、とりわけ周りのお父さんお母さんの表情が変わった!

そして開所式が始まった
アルメックhttp://www.armec.jp/


アルメックhttp://www.armec.jp/

古着の支援もした
思いがけない、古着の支援に大喜び
この地域の子たちは、ピキットの町に出るだけでも遠い
戦闘でも、繰り返し避難民化している
対岸は、イスラム自治区のダトゥピアンだ。

今日は、なけなしのおしゃれをしてきているが
衣服がほとんど無いのは目に見えている
それだけに、大喜びだった。




祝日、ウオーターフォールに
遊びに行った

2月25日(金)


ウオーターフォール村の状況は良くない
男性も小学生の高学年の子たちも
時には家族総出で
サトウキビ刈りに駆り出され
村には小さな子どもと女しか残っていない

滝で遊んだ


訪問者の方々も
ファミリーの一員


つかの間の休日
みんなで滝に泳ぎに行った

リスター君のお兄さんも参加
すっかりMCLが気に入った様子だ

村の子どもたちも一緒に
お昼を食べて
遊んだ


この村出身の奨学生も多い


村では、3食たべられない家族も多い
肉や魚どころか
米のご飯も食べられない

それがわかっているので
村の子たちも皆呼んで一緒に食べ
一緒に遊んだ




北野財団の寄贈
カンポゴンの保育所を目指して

2月24日(木)


北野財団の寄贈して下さった
カンポゴンの保育所は馬で行く


馬でも歩けない場所は
ジャングルを徒歩で登っていく


この村の小学生、高校生は
この道を毎日通っているのだ

カンポゴンの村に着いた


ようやく、山上の尾根にある
カンポゴンの村に着いた

建設中の保育所を目指して
最後の登り


資材を運び上げる困難から
開所式には間に合わなかったが



一生忘れならない
想い出になった

みんなで昼食

ようやくラナコランの下宿小屋まで帰ってきた


あの山奥の子たちが
安全に通えるように
この下宿小屋を使っている




高地マノボ族の村
キアタウに泊まった
2月23日(水)

キアタウの子どもたちと

翌日は、馬に乗り
保育所の開所式に出発




カバカンの避難民たちの一部が
集落にもどった
108軒の家々と学校が焼かれた

2月23日(水)
ここには、訪問者は同行してません。松居友と数名のスタッフのみです。



MNLFの集落に軍が入り、つかの間の停戦が実現
避難民の一部は、集落もどったが・・・


今回は、DSWDと軍が米の支給をした
しかし、下の写真のように
地元までは、軍に送り届けられて
帰ったものの、家が奥地にあり
恐ろしくて帰れない人々もいる


今回の状況調査で、様々なことがわかってきた
あまり詳細には語れないが
なぜ、MNLFとMILFが対立したか

大土地所有者と多国籍プランテーション
無数の貧しい土地無し農民と
先住民と・・・



村の中心部のヘルスセンターで生活している人々

焼き払われた学校
焼かれた家々


なぜ学校が焼かれるのか不思議に思っていたが、
大土地所有者が土地を握っているこのような地域では
おもに大土地所有者は、MNLFに属し、議員など政界につながっており、
学校の誘致や時には軍への支援要請もできる。
大土地所有者は、かつての日本での荘園制度のように、
広大な土地を持っており、多くの小作と私兵を抱えている。

こうした大土地所有者の庇護のもとで、
小作や日雇いの仕事をあたえられている者たちは、
収入もあり、学校に通える。
しかし、その周囲に、ほとんど土地のない貧しい人々や、先住民族たちもいる。

彼等は隣村の、MILF地域に属しているようで
今回の戦闘は、それらの土地も、大土地所有者の登記の元にあり、
追い出してアブラヤシを植えようとしたりしたところから始まったようだ。
すでに、数年前から、住民の殺害などの事件が起きていたようだ。



軍の駐留で、今は戦闘が収まっているが・・・


108件の家々が、焼かれた
次は、隣のMILF側の村をDSWDと訪問する
道がないので、舟に乗らなければならない
両者の間に平和を実現するには、
どうしたらよいのか

皆さんからの戦闘に対する寄付は、戦闘による被害者、破壊された小学校や保育所
避難民の食料や物資などの支援、平和構築に使っていきます。




マキララを訪ねる
2月21日(月)

マキララの奥の小学校、2年前に初等小学校から6年生の小学校に・・・
この村は、5年ほど前までは、NPAの拠点でもあり
戦闘が絶えなかった。

山麓に広がる、広大なドールのバナナ農園を抜けて、
山岳民族の集落を越えて移民系のこの集落に達する道程は、
グローバル経済の抱えている矛盾を目の前で理解できる。

ドールのバナナを覆っている新聞紙は、日本の新聞
日本向けのバナナプランテーションが、人々を追いやり
それに反対してNPAが立ち上がり戦闘が起こった。

私が、来た2000年頃は危険地域では入れなかったが
今は、この地から多くの奨学生を取っているし
MCLの農場もある。
上記のイスラム地域と同じ問題が、ここにもある。

この村で、今高校を建てようとしている。
はるか山麓にしか高校はないから・・・
MCLジャパンで、土地を寄贈、
今年の6月から一年生のクラスが始まる。

右の掘っ立て小屋は何かというと
村人たちが、一生懸命出資して
小学校の子たちも、トウモロコシを栽培して
やっと建て始めた、高校の教室。

この掘っ立て小屋で
6月から授業が始まる。


こちらは、小学校。
かつては、屋根だけの下で勉強していた
初等小学校だったが
2年ほど前に教育省が
教室を作った

小学校の側にある、MCLファーム


MCLの農場にある
大きな木の下で!
MCLの農場を守って下さっている
ピサンさん一家
子どもたちは、奨学生。

この地に、今、MCLは
下宿小屋を建てようとしている。
高校生たちが下宿して通えると同時に
近隣の山岳地帯から
小学生たちが下宿をしながら
学校に通えるように・・・


この村には、JICAの支援で
給食事業が行われていたが
それが止まってから
学校に通えない子たちが
また増えてきたという。


皆で食事をした


ここに、高校生の下宿小屋を作り
農業をしながら勉強が出来るように
する予定だ。

リスター君の家を訪ねる

上のマノゴル村の生まれでありながら、土地所有者に父親を殺されたリスター君一家。
まず、お兄ちゃんを迎えに行き、一週間、MCLで生活してもらうことになった。


お昼のおかずの芋を掘ってきた
お母さんもやってきた
この日、リスター君のお兄ちゃんが
家族に一足先だって
MCLに来た。

3月に、姉妹が学年を終えると
リスター君やお母さんも含め
みんなでMCLに引っ越す。

父親が殺された家族たち
それでも、MCLに来られることで
ずいぶん顔つきが明るくなった。


犯罪心理学を学んでいる学生もいる
何を感じているのだろうか




お茶の水大学の3人と一橋大学の女子学生が
山上のマノボ集落を訪問

2月20日(日)

お茶の水大学の心理学を学んでいる3名と、一橋大学で経済を学んでいる一人、
日本の若者たち4人の女性が、ミンダナオ子ども図書館を訪れた。
きっかけは、私が、お茶の水大学で講演したこと。

学校と本で学んだことが、初めて現地で子どもたちに出会い、
人々との交流で息を吹き返していく。

学校で見た若者たちが、時がたつたびに、
ここで息を吹き返したようにのびのびとしていく姿を見るのは、楽しい。


もともとキダパワンの市に近い、山麓に住んでいたマノボ族が
プランテーションや移民の土地所有に追われて
こんなにも高い尾根上に集落を作って、
住み着くことになった。

MCLに土地を譲って下さった名門のマノボ族
亡きスーザン・インカルさん
お父さんは、初代のキダパワン市長だったが、
土地を譲り、売り渡していった。
その親戚たちも、今は、低地の土地から追われ、
この村のさらに奥の集落に移っている。



自分たちの所有地はほとんど無く、
ホウキ草で箒を作っては
町に売りに行くのが、唯一の収入源だ。


大事なのは、しっかりと見て受け止め
感じ取り、理解し
そして、何が出来るか考えること
この地から高校生の奨学生を
一人選んだ。
成績も良いし
この村とのコンタクトパーソンとして
役割を果たしてくれるだろう。

家は非常に貧しいが
自ら野菜を売りながら
高校まで進学。

スカラシップが決まったとたんに
泣き出した。


村を回って子どもたちを集める


村に着くと、読み語りの場所を決め
その後、村を回って子どもたちを集める
そのとき、村の人々と話をし、その地の生の声を聞き
現状を把握していく。

いよいよ読み語りが始まった


たとえ言葉が通じなくても、
子どもたちの表情から
多くの事を学ぶことが出来る

日本の若者たちが
ここから何を学んでいくのだろうか

その夜は、みんなに読み語りを




ミンダナオ子ども図書館だより:2月13日(日)

1:避難民支援を学校で

  祈りの後で読み語りが始まる
  おおきなかぶの劇は,子どもたちの楽しみの一つ
  初めて手にする絵本たち
  読み語りが終わってパンを配る
  長く続いた対立に軍が介入
  古着の支援
  軍による炊き出し
  最後にビニールシートを渡す
2:日本から届いた贈り物
3:ARMMサパカン集落に今度高校に進学する子の調査
  小学校を卒業するとき高校スカラシップに上がるための読書力の調査をする
  のどに腫瘍が出てきた子を病院でチェックすることに
4:父親が殺されたリスター君の一家MCLに小さな家を建て家族で住むことになりました
5:スカラシップ・里親調査
6:ビニールシートをさらに届ける
  今週末は、ここで読み聞かせと炊き出し古着の支援を行う
7:孤児で、弟を戦闘で殺され腹部を撃たれた少年をMCLに引き取る
8:誕生日のお祝いに早朝みんなで歌うハラナ
9:早朝に起きて籾米を干す
  こちらは夕暮れ時の収納
10:多湖ファミリーと親戚たちによるもう一つの保育所がマノボ集落ムヤスに完成
  開所式の読み語りが
  米も食べられない貧しい村開所式のご飯を!
11:支援者の湯沢さんが帰られるのでエルマリーは泣いた!
   彼女の姿を見ているとこの子たちにとって、支援者とは何かが理解できる



避難民支援を学校で
2月12日(土)
キダパワンとピキットの間の間の町カバカン。
USM南ミンダナオ州立大学もある学園都市だが、
ムスリム地域とクリスチャン地域の境界に位置していると同時に、
イスラム地域とマノボ地域の境界の町でもある。

その背後は、道も無いプランギ川の上流地帯で、ムスリムとマノボが混合している。
その地で、1月に戦闘が起こり、100以上の家が焼かれた。
MCLでは、地域の有力者同士のリドーと呼ばれる地域争いと思い、
関与して来なかったが
意外と深い問題が隠されていることがわかってきた。
祈りの後で
読み語りが始まる




イスラム地域なので
イスラムの祈りで始める。
カバカンは、大学もあるので
学校教育が行き届いていると
思っていたが、
ほとんどの子たちが
タガログ語も知らず
マギンダナオ語で
読み語りがなされた


おおきなかぶの劇は
子どもたちの楽しみの一つ


MCLの奨学生たちの
演技に、笑いと拍手
難民キャンプに
ひさびさの笑顔と歓声が

初めて手にする絵本たち

読み語りが終わってパンを配る

長く続いた対立に軍が介入


国軍の司令官と懇談・・・
状況について、意見を聞く
直接的な軍の関与は
今回が初めてだ。

多かった避難民が、半減していた。それでも多いのだが・・・
理由がわからなかったが、国軍が入り、戦闘地に滞在しにらみをきかせ
MILFとMNLFの和解も開始。避難民は、半強制的にここから現地に送り届けられた。
その事を事前に知って、戦闘のある郷里に帰ることを怖れた避難民たちが
新たに親戚などをたよって移動したのだ。

思い出したが、今回の対立の芽は、1月7日あたりに発している。
土地をめぐる小競り合いゆえ、リドーだと解釈し、行動を起こさなかったが
事実を知るにつけて、根の深さが表面化してきた。
先祖伝来の土地の問題やマノボ族、アブラヤシプランテーションの拡張
フィッシュポンドからウナギまで・・・
軍が入って、若干の秩序が回復したものの
戦闘は拡大するというのが、大方の見方。

授業がない日は、こうして教室の中で寝られるが、普段は教室から外に追い出され
雨が降っていても、外で過ごさなければならない。

古着の支援
大成功だった古着の支援
思ったより奥から出てきた家族で
着るものも十分ではない。

戦闘の様子を見ながら
今後、この地域と
深い関係を築いていく
必要を感じた。


日本では、秋から冬の服でも
暖かく夜寝るためにも
とても役に立つ。
こちらでは、パジャマは
ほとんど着ない




とりわけ、子供服は数が少なく
貴重だ。
古着屋で普通買うが
なかなか値段も良く
ボロボロの服か
裸で過ごしている子が多い


子どもだけではなく
親や大人たちにも
古着が渡された。




軍による炊き出し
今回は、軍が炊き出しを行った。
前回行った奥の村には行けなかったが、今後いくつかの村を調査し、
避難民の状況を把握、救済支援を継続していかなければならないだろう。
最後に
ビニールシートを渡す

ビニールシートは、最も必要としている支援なのだけれども
MCLのような小さなNGOでは、高価でなかなか皆に行き渡らない。
DSWDの事前の調査で選ばれた家族に渡すが、なかなか難しい。
この地域の今後の展開が気がかりだ。
とりわけ、ムスリムと共存している
マノボ族の事も気になる。

MILFとMNLF
見かけは、同じムスリム同士の対立だが
背後に、世界の潮流を感じる。
イスラム原理主義と
米国支援のムスリムの対立?




日本から届いた贈り物
2月10日(金)
こんにちは、・・
Excelくんに、息子のお古ですが、学用品。
お母さんにバッグ、皆さんに古着とぬいぐるみやおもちゃを同封しました。

クリスマスカードと手紙を書きましたので、Excelくんに渡して下さい。
皆さんが幸せなクリスマスとお正月を迎えられますよう心よりお祈りしています。

河田朋美さん、Excelくんは、MCLに住んでいます。
プレゼントをわたしました。ちょっと恥ずかしがっていました
でも、すごく喜んでいましたよ。

横尾優子さん(福岡)、北野財団からの荷物も届きました。



ARMMサパカン集落に
今度高校に進学する子の調査

2月10日(木)
サパカンには、小学校の里子が16名ほどいる。
イスラム自治区で、ラジャムダを超えてランディングピースから舟に乗る。
リグアサン湿原の入り口だ。

バランガイはブリオクに属しているが、
バランガイから、多くの家族が戦闘を嫌って移住。
こちらに中心が移った。

そのようなわけで、子どもたちが多いが、小学校の設備がそれに追いつかない。
去年、JICAに学校建設を申請したが、MILFの活動地域なだけに、
ペンディングとなっている。

ミンダナオの情勢は、あまり良くない。
7月か8月ごろに、大きな戦闘が起こるかもしれない。


戦闘が起こると
この子たちが皆
避難民として困窮するのだ
MCLでは、ここに保育所を建てて
その後、多くの奨学生(里子)を取っている。
そのようなわけで、とても親しくして下さる。

しかし、子どもたちはごらんのように
穴の空いたコンクリートに座って授業を受けている状態だ。

MCLでは、この地域は重点地域で
今度は、この先のカルボガンに保育所を建設する予定

小学校を卒業するとき
高校スカラシップに上がるための
読書力の調査をする

自己紹介などをタガログ語で

絵本の英語とタガログ語を読む

のどに腫瘍が出てきた子を病院でチェックすることに


もうすでに何人、この種の腫瘍を
手術してきたことだろう
すでに拡大して手術が出来ない子もいる

この地域に戦闘後、こうした腫瘍を始め
奇形、未熟児が多いのは
劣化ウランのせいではないか
と、ある専門家の言葉。



父親が殺されたリスター君の一家
MCLに小さな家を建て
家族で住むことになりました

2月6日(水)


まずはお兄ちゃんがMCLに移り
家族のために、MCLの奨学生と
家を作ることに・・・


彼は、ボランティアスタッフとして
MCLで働きます。



スカラシップ・里親調査
2月9日(水)
今年は、まだ支援者が見つかっていない子たちが
実質的に、50名以上もいて
増やさずに、調整しようと思っているのだけれど、
親がいなかったり、非常に貧しい状況を見ると
放っておけない、子どもたちが出てくる。

ここにいる、3人の子たち、
すべてミンダナオ子ども図書館のお隣さんたち。
下は、かつてボードメンバーで亡くなられた
スーザン・インカルさんの姪御さんたち

お父さんはいない。
お母さんだけでは、とても学校にやれない。
下は、近所にすんでいる、
奨学生のマリテスさんの従妹
マノボ族で両親はいるのだけれど、土地もなく
他のゴム園の出稼ぎに出て
彼女とおばあちゃんだけ。

家はボロボロで、子どもは4人いるけれども、
彼女がかろうじて1年生を終了。
家は近いけれども、とても住める状態ではないので
MCLに住むことになった。




台所もボロボロ
いったい何を食べているのだろう?


写真で見る以上に
家はボロボロ、
住めるような状態には見えない

ここに7人住んでいる
信じられない!




ビニールシートをさらに届ける
2月8日(火)

多湖さま2万円、伊藤さま1万円、
難民支援を早速ありがとうございます。
ビニールシート一巻き100mが1万1千円ほど、
それを5mづつに切り、20家族に届けます。

多湖さまの支援で、二巻き、40家族にくばりました。
今後、土曜日、日曜日に読み聞かせと炊き出し
古着の支援を、子どもたちとする予定です。
伊藤さまの支援は、炊き出しに使います。

支援を振り込まれる方、振り込まれた方は、
出来ればメールかFAXでお知らせ下さい。
直ちに支援金として活用していきます。
FAX010−68−64288−5426

Eメール:mclstaff@zar.att.ne.jp(松居友)



シートをもらってホッと一息ついた家族
しかし、まだまだ足りないので困惑

まずは、最も必要としている家族を慎重に選び出して、シートを渡す。

今週末は、ここで読み聞かせと炊き出し
古着の支援を行う


もちろん学校は休み
それでも、子どもたちは
けなげに遊ぶ
食べ物もほとんど底をついているけど
ままごと遊び!


バナナの花房、これだけが食べ物
子どもを抱え、呆然としている母親
今度の土曜日は、2カ所で読み聞かせをし、炊き出しをする。
次の日曜日には、別の場所で、読み聞かせと古着の支援を・・・
カバカン側の支援が始まったところで
次は、カルメン側の調査と支援を開始しなければならない。

MILFとMNLFの対立だというものの、かなり根深いものがある。
しかし、それよりも不安なのは、国軍の動きだ。
どうやら7月8月に、大きな戦争が起こりそうだ。
いつも、戦闘が始まるのは、この時期だが
着々と準備が始まっている?????


孤児で、弟を戦闘で殺され
腹部を撃たれた少年を
MCLに引き取る
幼いときに、両親を亡くした上に
今回の戦闘で、流れ弾に当たり
目の前で弟を失い
自分も腹部を撃たれ
福祉局の支援で病院に入院

2週間の入院の後
退院にまでこぎ着けたものの
家族も引き取り手になる親戚もない
その話を聞いて、
彼をMCLに引き取ることにした。

Sulaiman Salik 14歳 小学校4年生
ショックのせいか、表情が無いが、
まじめな好青年であることは良くわかる

支援者が 見つかりました!

どなたか、里親になっていただけませんか
MCLに住んで、
6月から学校に通います。



誕生日のお祝いに早朝みんなで歌う
ハラナ
2月7日(月)

ハラナというのは、窓辺や部屋の前で、
夜明け前の4時頃に起きて、愛の歌を奏でる習慣。

ミンダナオ子ども図書館では、誕生日の子がいると、必ずハラナをする。
ギターのメロディーと子どもたちの歌声が、夜の闇の中で聞こえてくると
私は、眠い目をこすりながら必ず参加する。
大概のスタッフは眠っているが・・・・

誕生日は、子どもたちにとっては特別の日、
特に、親のいない子にとって、
寂しくないように、ケアしてあげる大事なときだ。

希望者が、祝福の言葉を述べる。激励や未来への祈り、愛情のこもった様々な言葉を、心をこめてプレゼントする。
物のプレゼントは無いのだけれど、心のこもった歌と言葉が、寂しい子どもの心を癒す。
最後に言葉をかけるのは、いつも私の役割だ。

父親がいない、母親がいない、両親がいない
家族が遠くに住んでいて会えない・・・
何で自分はここにいるの?なぜこの世に生まれてきたの?

時には、自分が、見放され
捨てられたように感じる子どもたち
この世に誕生したことを、時には、素直に喜べない。
捨てられた小石たち?

でも、こうやって、お互いに兄弟姉妹のように愛し合う
私たちは、一つの家族!
それを確かめ、支え合うとき、それが愛のこもったハラナ
捨てられた小石ほど、可愛らしく美しい
こんな美しいものを、神様は愛をこめて造ったと思うと、いつも感動する。




早朝に起きて
籾米を干す

2月7日(月)

自分たちが食べる米を自分たちで干す。まだ朝焼けの残る時、みんなで庭に出て籾米を広げる。
再来週には、みんなで田んぼの刈り入れに行く予定だ。
野菜や米を育てること
ヤギやニワトリを飼うこと

米を収穫し
果実を取り入れ
ニワトリをさばき
卵を集め
時には、ヤギを解体する

朝の4時に起きて
朝食の用意
昼食、夕食も自分で料理

洗濯、掃除
生活の基本が、
しっかりと身についている子どもたちは
見ていてとてもすがすがしい

こちらは夕暮れ時の収納
2月7日(月)

多湖ファミリーと親戚たちによる
もう一つの保育所が

マノボ集落
ムヤスに完成

2月4日(金)


多湖ファミリーと友人と出てますが
親戚の間違え
修正しますのでご心配なく


ムヤス集落の新しい村長さん
ムヤスは、山上の非常に貧しい村
ムヤスは、アラカンの山岳地帯にある、非常に貧しい集落
ほとんど全てがマノボ族。

最初にこの村に保育所を作る決定をしたとき
前集落長が、
「このような見捨てられた村に、目をかけて下さって
感謝の言葉もありません」
とおっしゃったのが、忘れられない。

開所式の読み語りが


今日は、これでも特別な日なので
みんな、最高の服を着て集まってきた
もちろん古着だ。

ほとんどが以前に
ミンダナオ子ども図書館で渡した物

米も食べられない貧しい村
開所式のご飯を!


ここの子どもたちは
ほとんど、米は食べられない


あまりの貧しい状況に、持ってきたスタッフたちの
弁当のおかずも、全て子どもたちを優先してあたえてしまった。
最後には、おかずもなくなり、ご飯だけが残ったが、
それでも夢中になって、ご飯をほおばる子どもたち。



支援者の湯沢さんが帰られるので
エルマリーは泣いた!

2月3日(木)」

彼女の姿を見ていると
この子たちにとって、支援者とは何かが理解できる



ミンダナオ子ども図書館だより:2月3日

1:カバカン地域で小規模戦闘が勃発。2000人の避難民への救済支援を開始
  病気の子どもたちをチェック
  さらに奥の集落でも避難民発生
  ビニールシートの支援を開始
  子どもをすぐに病院に運ぶ
2:ムスリムデー今年のテーマは、洗礼
  イスラームの歌が唱われた
  イスラームの出産と洗礼
  BDA(バンサモロ エージェンシー)の教授がレクチャー
  訪問された湯沢さんの紹介の後、みんなでマギンダナオ料理をいただく
3:立正佼成会と共に訪れたダバオサイドの先住民の村へ、スカラシップ調査
  ここから奨学生を採用することに決定

  覚えていますか下の子
4:モスクの建設が進んでいる
5:MCLの日常から
6:実に、いろいろと考えさせられた日々だった


カバカン地域で小規模戦闘が勃発
2000人の避難民への救済支援を開始

2月2日(水)

北コタバト州のカバカンからカルメン市にまたがる地域は、道らしい道も無く、
プランギ川を舟でたよるしかない地域だ。
今回、この地域でリドーと呼ばれる戦闘が発生し、
両地域で2000人ほどの避難民が出た。

MILFとMNLFとの路線対立に、
土地の問題が絡まったものであるという以外
現地の詳しい者たちも、口を濁して語りたがらない。
すでに長い間の、かなり深い確執だという。

支援のお願いのパンフレットを作りました
避難民支援パンフレット

とりあえず、市の福祉局(DSWD)を通して、
赤十字からのシートが配られている地域もあるが
新たに非難してきた家族も居て、足りない状態。
早急にMCLでシートを買い、避難民に提供したが、
これから各地の調査と共に
本格的な活動を開始する。

このまま小規模で収まる事を願うのみだが
赤十字やユニセフ、UN(国連)が
このような初期から動いているのは珍しく
逆に、今後の展開が気になる。

病気の子どもたちをチェック
健康状態は、良くない。
現在、のど、咳、熱の出る風邪がはやっている事もあり
また、環境の変化や水の悪さで
腹痛や頭痛を訴えるものが多かった。

簡単な投薬治療は、福祉局専属の医師が
行っているので、メデカルアウトリッチは任せて
むしろ、多少とも重く
病院での診察や治療
入院を必要としている患者をターゲットにすることにした。

大概の支援は、こうした重篤な患者の治療をしたがらない。
人数の割に、経費がかかりすぎるからだが、
MCLは、一人一人に可能な限り治療を施す主義にしている。

さらに奥の集落でも
避難民発生


意外と多いのが上のような奇形だが
なぜだろうか?


ビニールシートの支援を開始


ビニールシートを購入して
次々に切断していく

切断方法も慣れたものだ

避難民支援パンフレット



避難民支援パンフレット

シートを必要としている人に、「シートの支援をしましょう」と言うと
「いつ、シート持って、戻ってくるの???」
「今すぐです、今日の午後は?」
「えー、驚き!たいていの支援団体は、話だけで戻ってこないよ。写真だけ撮ってね・・・・」



こちらは、廃校になった
小学校に避難している家族たち
汚れたコンクリートに寝ている



子どもをすぐに病院に運ぶ
ユニセフの車に出会った。
訪問者と仕事内容と分担の打ち合わせ。

ユニセフは、避難民教育のみの活動であることがわかり、
MCLは、困窮している医療とビニールシートをその日のうちに実行。
後日、読み語りと炊き出しを行うことに決定した。

本当は、日々食べる米の支援が最も必要で
期待されているのだが、
MCLでは、子どものための炊き出しが限度。

米の支援をお願いしたが、最近流行の
トラウマ解消の心理的カウンセリング教育支援。
投薬だけでは、どうにもならない子たちを
街の医師の元へ運び検査
入院や手術の必要な子は
改めて日にちを指定し
付き添いの家族を加えて迎えに行き
キダパワンの病院に入院させる事に


また、時期を見て読み聞かせ活動も
奨学生たちと行い
心のケアにもつとめていく予定だ。
活動には、カバカンに下宿して大学に通っている
イスラム教徒の奨学生たちも、参加し、協力してくれた
現地を良く知っているぢ、現地語も話す、強い味方だ。

今回は、カバカンの一上流地帯一カ所だが
別の地域にも避難民が出ている。
今後、カルメンサイドも含めて
調査し、救済支援を実行して行かなければならない。

よろしければ、難民支援寄付をおねがいします。
郵便振替口座番号:00100 0 18057
口座名:ミンダナオ子ども図書館
避難民支援パンフレット



ムスリムデー
今年のテーマは、洗礼

1月30日(日)

毎年1月の最後の日曜日、総会はムスリムデーと決めている。
ムスリムつまりイスラム教徒の文化も多様だから、正確にはマギンダナオデーと呼ぶ。
ミンダナオのムスリムも、タウソグやマラナオ等と、いくつかの種族があり、
ピキットを中心としているマギンダナオ族がMCLには多いので、マギンナオデーだが
いくつかの種族がMCLにもいる。


Welcomeと書かれている。
お祝いや結婚式の幟


優雅な手でビーズを刺繍した
壁飾り
全て神をあらわす

ミンダナオのムスリム文化は、六〇〇年以上の歴史があり、奥が深い。
さすがに国際的な文化で、服飾や飾りの美しさも、中東の文化にアジア独特の味が加わり優雅だ。

イスラームの歌が唱われた
独特の短調も入ったイスラムの歌は、
どことなく日本の古い歌を思い出させる
アジアンテーストに満ちていて、憂愁を感じさせて心を打つ
普段はベールをまとっていないが、
要所要所で彼女たちはベールをまとう。

独特の味わいがあって美しい。
小さな子どもでも、街中や田舎道をベールをまとって
アラビックスクールなどに通っていく。

イスラームの出産と洗礼


へその緒を切るところ


ゆりかごに赤ちゃんを寝かせる

イスラム教徒は、7日後に洗礼を授ける。これが唯一の誕生の祝いで、その後に誕生日は祝わない。
イスラムの子たちが、時々自分の誕生日を知らないのは、誕生祝いが一生に一度だからだ。

BDA(バンサモロ エージェンシー)の教授がレクチャー

イスラム文化のすばらしさ、戦争を必ずしも許容しない考え方、多様性などについて
バンサモロエイジェンシーでアラビックスクールの教授が語った。
ヨーロッパも含め世界を巡ってきた教授。

ミンダナオ子ども図書館の活動を絶賛して下さった!
内容は、近く英文で掲載します。


訪問された湯沢さんの紹介の後
みんなでマギンダナオ料理をいただく

伝統的なお菓子も多い

長野県の茅野からこられた湯沢さん。エルマリー(一緒にいる少女)の支援者
大柄でバスケットなどのスポーツに堪能。
エプソンに勤めていらっしゃる。長野のNGO等との今後のつながりが楽しみ。



立正佼成会と共に訪れた
ダバオサイドの先住民の村へ
スカラシップ調査

1月29日(土)

ダバオのカリナン地域のバナナ農園を抜けていくと、大きな谷の端っこ、
追い落とされそうな場所に、小さなマノボの集落がある
この広大なバナナ農園、ご存じのスミフル。日本の住友フルーツの農園。
(住友フルーツの皆さん、一緒にスカラシップ支援をしませんか?)

農園の中や表の村道にすんでいる人々は、移民系も多く
農園のメンテナンスなどで、多少の収入はあるのだが
土地を追われ、移住を余儀なくされ
隠れた裏側に追いやられた彼等の生活は、非常に貧しい

下の腐ったような山は、食用にならないバナナを刻んだもので
豚の餌だ。これを売って、なんとか彼等は食いつないでいる。
出生届も学歴もないので、正規に雇われることは無い人たち。
立正佼成会の訪問をきっかけに知り合った
子どもたちだが、
ここから奨学生を採用することに決定
先祖伝来の土地として守られているはずなのに、「祈りの山リゾート」建設のために、親を殺害された首領の娘たちも二人

親の居ない子、片親の子
厳しい環境の子たちが優先されるが
学習意欲も大事なポイントだ。

スタッフたちが次々に質問をしていく
最近は、スタッフたちも写真技術が向上し、
カメラを使うようになったので
下のように、時々私も写っている

前は、全部私が撮影を引き受けていたのだが


覚えていますか下の子

立正佼成会の皆さん、覚えていますか下の子を。
皆さんが帰られた後、子どもを病院へ・・・今はすっかり治りました。右が今です。




埼玉のカトリック教会有志と
イスラミック サークル オブ ジャパンが
共同で寄贈した

モスクの建設が進んでいる
MCLにモスクを建設することは、長年の課題だった。
MCLのある、マノゴル村には、プロテスタント教会もカトリック教会もある。
ただ、モスクだけは無かった。
イスラムの子や若者たちにとって、一日五度の礼拝は、重要で、
今までは図書館を使っていたが
礼拝がモスクで出来ないがために、MCLに住むことを断念していった子も多かった。
この点を克服し、イスラム教徒もキリスト教徒同様に、
祈りを捧げる場所があるようにするために
今回、埼玉のカトリック有志と
イスラミック サークル オブ ジャパン
http://icoj.org/component/option,com_frontpage/Itemid,1/
が手をつないで,
モスクの建設にこぎ着けたことは、画期的なことだ。




MCLの日常から
かつて奨学生今は、スタッフのベビン
同じ奨学生のレイナルドと結婚
女の子の赤ちゃんが生まれました





実に、いろいろと
考えさせられた日々だった


松居友 様
 私にとって二度目のMCL訪問、
滞在中は何かとお世話になりありがとうございました。
予定を変更し、ビザ日程をギリギリまで使う
十九日間の滞在となっりましたが
そこから見えてきたものはいろいろあります。

私自身支援者の一人ですが、
現地MCLの活動や子どもたちの生活の様子は
まだ良く分かっていなかった事を感じました。
本当のMCLを理解していただくためにも
今回の滞在中、自分の目で見たもの体験した感想を
多くの方々に、少しでも紹介してみたいと思いました。
日本の支援者の方々にも現地の活動や,
子どもたちの生活の様子を知って頂くための
一助になれば幸いです。

 <1月13日> 
MCLの活動は、毎朝のスタッフミーティングから始まる、
スケジュールに従って行動開始である。
3名のスタッフと供にカティンド村に 向かう、
目的はスカラーに手紙を書いて貰うこと、
支援をして下さる方々への
サンキュウレターやソーリーレターである。

その日の行動の効率を考え、学用品等も同時に届ける。
スタッフたちの仕事の大変さは移動距離の大きさである。
四駆でやっと登れるような荒れた山道を,
二時間〜三時間喘ぐように登って行 く。
数枚の絵手紙を書いて貰うためにも、
時間と労力を惜しまない
スタッフたちに頭が下がる思いがした。

 <1月15日> 
今日はウオーターホールへストリーテーリングだ。
ウオーターホールはアポ山への登山口でもあり、
美しい滝が有るので有名な村でもある が、
急な坂道を上って行く事には変わりはない、
村の人々の生活は非常に貧しい。

四十人ぐらいの子どもたちを二回に分けての移動である。
朝早く第一陣が出発、
スタッフは第二陣を迎えるために又山を下る。
第二陣が到着した時にはもう正午を過ぎていた。
先発隊が昼の食事をつくって待っていた。

流れ落ちる滝を前に、みんなで食べる昼飯の味は格別だ。
ミンダナオはスコールの多さでも有名であるが、
この日のスコールは別格ものだった。
四駆が動けない、止むのを待って帰路につくが、
大スコールの後の荒れた山道は滑りやすい。
四駆の運転は、スタッフにとって緊張の連続である。
子どもたち全員を無事に運び終えた時は
もう夜の帳が辺りを支配していた。

 <1月18日> 
マキララのカタパガン村の保育所開所式に参加した。
松居さんは急用が出来ダバオへ行く事になった。
プレシデントのアスレーが中心になって
セレモニーを進めて行く、
保育所の使用目的や取り決め事項等を読み上げ確認をとる。

村の主だった人達との調印を済ませ
握手を交わし開所式は終了した。
その後スタッフ全員で、集まった子どもたちに、
歌やパフォフオーマンスを交えながらの、
絵本の読み聞かせが始まった。
村の人達も交えて昼食をすませ、喜びのうちに無事終了。
スタッフ達の仕事は多種多様だ
多くの仕事をこなして行く。

 <1月20日> 
先日ひょんな事で知り合う事になった
レリンダ・ランダウィさんに会うために、
マグペットのイナムアランという村に向けて車を走らせた。
彼女は以前日本に住んでいた事が有り日本語が話せる。
松居さんとスタッフのマリペールの三人で
道を尋ねながら四駆で登って行った。

レリンダさんに会う事が出来いろんな話を聴く事ができた。
彼女は、この村のもっと上の山奥に
とても貧しい集落が有る事を話してくれた。
松居さんの表情が変わった。
是非そこに案内してくれませんか、四人でその集落をめざした。

途中四駆も登れない山道にさしかかった、徒歩で登るしかない。
松居さんもまだ足を踏み入れた事の無い村だ、
上り詰めた所に数戸の集落があった、
一見してこの集落の人たちの極貧の生活が窺える、
中でもとりわけ目立つ 家があった
九歳を頭に八人の子どもと両親が、
二畳程の家の中で生活している、
一日一食がやっとだという。

松居さんが呟いた、
これを見るともう黙っては居れない、何とかしなければ、
スタッフのマリペールの聴き取り調査が始まった。
MCLの活動の原点が見えた、これだ、
同時に日本の支援者の皆様の温かい心を感じ胸が熱くなった。

 いよいよMCLを離れる時がきた、
あっという間に時が過ぎた気がする。
夕食後、子どもたちがサヨナラパーティをしてくれた。
別れの言葉やグループで歌を歌ってくれた、
しかしいつもと違う、声が出ていないのだ。

子どもたちの胸の内が窺え目頭が熱くなった。
ロロヨシ(ヨシおじいちゃん)明日帰るんだね・・
そうだよ明日日本に帰るよ・・
堰を切ったように子どもたちが抱きついてきた、
もう溢れる涙を抑えることができなかった。

 MCLの子どもたちは実に良く働く、
当番の子どもたちだろうか、朝四時には炊事を始める。
他の子どもたちも五時には起きる、学校に行く前に庭の掃除、
一階の床をヤシの実で磨く、
二階のフロアーのモップがけなど苦もなくやってのける。
学校から帰ってくると、洗濯や掃除に勉強と楽しそうにやっているのだ。

日本ではなかなか見られない光景である。
子どもたちは底抜けに明るく笑顔を絶やさない。
 ロロヨシ、サヨウナラ、次は何時来るの、
子どもたちの目に妖精の涙がキラリと輝いた。
ありがとう。
                                        
  =頭島義成=     
     


ミンダナオ子ども図書館だより:1月23日まで

1:保育所建設調査に別の山頂のマノボの村を訪れた
  かつてMCLボードメンバー亡きインカルさんの親戚の子に会った
2:二週間滞在された頭島さん(ロロヨシ)のお別れ会
3:実に、いろいろと考えさせられた日々だった
4:マノボ族の村に保育所建設の調査
  ここに保育所を建てることになった
5:ソロプチミスト・原田政子さま寄贈の保育所が完成
6:登山家の章さん・再訪
  ピキット・ブアランの支援している奨学生を訪問
  ピキットの市場で、母親に会う
  今回は、ウオーターフォール村からアポ山に登頂
7:熱帯雨林のバージンフォーレストを抜けて
  フィリピンで農業をしている青年を訪問
8:ラガイェンでは、リドー(地域戦闘)で避難民化して帰っていない奨学生たちがいる

9:ブロッドの保育所修理完了
10:ブアランの焼けた小学校の修理が始まった
11:新年早々に奨学生へのケアを開始
   学用品を届ける
   里親奨学金支援者に絵手紙を書く子どもたち
   お弁当のための米を支給
12:イスラム自治区ナムリ村に保育所完成
   まずは、開所式
   読み語りが始まった
   アルバちゃんを訪ねる
13:父を殺された悲劇から
14:今年もよろしくお願いします!
15:大晦日にプレゼントが届いた!



保育所建設調査に別の
山頂のマノボの村を訪れた

1月21日

キダパワンの隣、マグペット市のDSWD(福祉局)から、保育所建設の依頼があり
福祉局の職員と、保育所担当のスタッフジケロ
スカラシップ担当のスタッフマリベールと共に現地を訪れた。

道には、橋が無く、車で川を渡る。増水していないので良かった。
マグペット市地域では、バアイボアイとウオーターフォール集落に保育所を建設しているが
その両者に挟まれて、多くのマノボ族の集落が山岳地域に点在している。

現地は、赤土の道で、雨が降ればスリップして帰れない。
バイクの車輪跡があるだけで、車の轍はまったくない。



車で二時間ほど、山を登っただろうか。
山頂から伸びる尾根状の場所に、突然集落があった。
こんなところに、と思われる場所に、小学校がある。
教室数は足りないが、それでもしっかりした学校だ。

そこからの眺めは、絶景で。
ミンダナオの広大な平地が見渡せた。
アポ山の山麓に、ぽっかり抜けたようなマノボの集落。
低地を追われた彼等が、自らの平和な土地を探して、
ここまで登ってきたのだ。
彼等の生活の基盤は、
ホウキ草で箒を作って
下の街で売ること。

そして、ほぼ野生のような
コーヒー豆を売ること。

途中でバナナが植わっている
農場があるが、
プランテーションのような
大規模なものではない

それらの土地は、
ほぼ、下の街に住んでいる
お金のある有力者のものだ。

そうした畑の草刈りや
収穫の手伝いをして
日銭を稼ぐ。
ここには、移民系の人々の家も若干あり、そうした関係か、電気が引かれていた。
(先住民だけなら、電気が引かれることはない)
こうした移民系の人々の家は、このような高地でも思ったより良いので
バナナ農場の管理などを、金持ちに任せられているのだろう。

右は、高台の良い場所にある、移民系の人々の家々
それらの家の少し下に
貧しいマノボ族たちの家がつらなっている。

下は、マノボ族の人たち

マノボの子たちは、本当に働き者だ。
小さい子でも、水をくんだり、薪を運んだり。
ホウキ草のホコリのような種子を、地面に叩いてとったりして
家のお手伝いをしている。



一家族に、7人から12人ほどの
子どもたちがいる。

避妊の指導をしなければならない
だって?
コンドーム買うお金
どこにあるの?


フィリピンに来て、自然に生まれてくるものは、生まれてきたらいい、と思うようになった。
貧しくても良い、みんなで助け合って生きていく事が大切だと・・・
日本のような、寂しい国にならないために。


かつてMCLボードメンバー
亡きインカルさんの親戚の子に会った

どん詰まりのように見える、この村。
実は、このさらに奥に、七つほどの集落を抱えている。
全てマノボの集落だ。

そこから、大きな荷物を頭に載せて来る人々に出会った。
その中の一人は、少年だ。
汗びっしょり、しかし、目元の涼しい利発そうな子

「いくつなの?」
「12歳」
「学校は?」
「小学校二年生」

名前を聞くと、インカルという姓だ。
一緒にいた、叔父さんが笑っていった。
「MCL、知っているよ。
うちの兎唇の子を治してもらったしね・・・」
エッと驚くとさらに続けた。

MCLのボードメンバーの
スーザン・インカルさんの親戚なんだ・・・

亡きスーザン・インカルさんは、ミンダナオ子ども図書館に土地を譲って下さった方で
お隣さんであり、初代のボードメンバーだった。
おじいさんは、キダパワン市の初代市長。マノボ族。
キダパワンの南ミンダナオ州立大学の土地も、寄贈されていることを知っていた。

生前、ミンダナオ子ども図書館のある、キダパワンは、
マノボ族しか住まない土地で、今は、次々に追われて山に追いやられ
ほとんど、彼女たちが最後の土地所有者だった。
その土地を、ミンダナオ子ども図書館に譲って下さったのだが、
MCLの活動を心から愛して下さった方だった。

この少年は、自分の集落から学校に通うには遠すぎるので
この小さな村に、仲間と共に崩れかけたような下宿小屋を持ちながら
小学校に通っているのだという。

亡きスーザン・インカルさんの声が聞こえるような気がした。
「この子を奨学生にしてあげてくださいね・・・
将来、立派なマノボの指導者になるために」

よろしくお願いします。




二週間滞在された
頭島さん(ロロヨシ)のお別れ会

1月20日夜
山元しんぷさんと一緒に来られた頭島さん、子どもたちから
ロロヨシと呼ばれて親しまれた。ロロとは、おじいちゃんの事だ。
日本事務局の構成員のお一人でもある

忙しい神父さん方が、三日で帰られた後、意を決して、一人残られた。
言葉がさほど出来るわけでもなく、海外で一人になったのは初めて。

最初は不安そうだったのだが、数日もたつと、すっかり溶け込んでしまった。

私は、いつも、「せめて二週間はいないと、本当のMCLはわかりませんよ」と言ってきた。
二週間というのは、日本では大変な長い日にちなのだが、頭島さんが言うように
あっというま、つまり、時の流れが違うのだ。時の流れの違いに気がつき
こちらの時に身を移したとき、初めて、本当のミンダナオが見えてくる。

お別れ会。これで、二度目。今回は無くても良いから・・・と言っていたのだが。
子どもたちがしたがった。そして、唱っているときの声が全く違うのに、おそらく気がつかれたことだろう。

「短期間の滞在では、とても日本人には、現地の様子、MCLの活動がいかに大変か、
子どもたちの本当の姿も、わからないですね。
日本にいる人には、想像もつかないでしょうね。一枚のお礼の葉書や手紙を子どもたちに書いてもらうだけでも
スタッフたちがどんなに努力しているか・・・帰ったら、私から話しましょう。」




マノボ族の村に
保育所建設の調査

1月20日
頭島さんのたっての願いで訪れた、マノボの村。
保育所調査で訪れた。
このような調査の時にこそ、現地の現状が飛び込んでくる。

会う人々に、執拗に質問をしながら、
最も貧しく、最も大変な集落に案内してもらいつつ
調査が進められていく。

そのあまりにも貧しい状況に、唖然とされた頭島さん。
「ミンダナオ子ども図書館の活動の原点を見た気がした・・・」


貧しい集落の中でも
比較的ましな首領の家
この集落で唯一
6年生を卒業する子がいた

この子を、コンタクトパーソンとして
スカラシップに採用しようか?



ぼろぼろで、貧しく、
家の様子すらなしていない、
極貧の家庭も多い。
先ほどの首領が、
面倒を見ているが、
首領自体も、しばしば三食
たべられない日があるという。
そんな家を、二軒紹介してもらい訪ねた。
小学校2年生で止まった子がいる。
お弁当を持って行けないからだ。

今年は、日本の経済事情も厳しく
なかなか支援者が見つからない

それでも、私の弱みで
いったん見てしまうとどうにもならない。

せめてこの集落から
一人の高校生と
二人の小学生のスカラシップ候補を
とりたいと想った。

実現するだろうか・・・

ここに保育所を建てることになった
ここは、上記の集落から下に数キロ下った集落
子どもたちはたくさんいるのだが、保育所が右のような代物で
しかも、地主が撤去を依頼しているとわかった。


上は、保育所の先生。
調査をしているのは、スタッフのマリベール。
私たちは、ここに保育所を建設することにした。
そうすれば、この周辺の多くの集落が助かる。



ソロプチミスト・
原田政子さま寄贈の
保育所が完成!

1月18日

ソロプチミスト、原田さまの依頼の保育所が、マキララ地域に完成した。
マノボ族とクリスチャンの混在地域だが、
非常に山奥で、NPAの有名な活動地域。
(貧しい地域は、ほとんどそうで、
NPAを選んで支援している訳ではないのだが・・・)

とにかく、子どもが多い。
平日なので、開所式の読み語りは、スタッフたちがした。
彼等も以前は、奨学生たちだったからお手の物だ。


登山家の章さん・再訪
1月10日〜1月16日

ピキット・ブアランの支援している
奨学生を訪問

1月16日


奨学生の家、今は非難してここには住んでいない。

章さんは、四度目のアポ山とざん。
よほどミンダナオが気に入ったと見えて、度々訪れている。
以前は、セブに泳ぎに行っていたけど、ミンダナオの方がおもしろい。
支援している、イスラム教徒の奨学生を訪れた。
ブアランの度重なる戦闘で、就学が遅れている彼女。
「来年から、高校一年生になるけど、MCLに住みたい」
しっかりしたよい子なので、受け入れる予定だ。


ピキットの市場で、母親に会う


ピキットの市場は、
フィリピンの他のどの市場とも
雰囲気が違うと感激
お母さんも、
娘がMCLに住むのに大賛成。
戦闘が無ければ良いのだが

今回は、
ウオーターフォール村から
アポ山に登頂


四回目の登山 1月12日〜15日


初回は、ダバオ側から。
前回は、キダパワンのメインルート。
今回は、初めて、原生雨林が残る、
ウオーターフォール村からの登頂

雨の多い時期だった。3名のMCLスタッフに、ガイドとポーターがついた。
ポーターは、MCLの奨学生、アロナさんのお父さん、ガイドは叔父さん。


熱帯雨林のバージンフォーレストを抜けて

これはもう、写真で見ていただくしかない、原生雨林のすごさ、すばらしさ。


森の途中でキャンプ
石油ストーブもあるけれど
あっという間に、料理の準備を薪で

フィリピンで農業をしている青年を訪問
1月16日

その後、MCLを離れ、ミンダナオで農業をしている青年を訪問
http://farmmindanao.blog38.fc2.com/ ブログはこちら

MCLのために、米を寄贈して下さった。
しかりと大地に根ざしての活動。これからも協力しながら頑張りましょう。



ラガイェンでは、リドー(地域戦闘)で
避難民化して帰っていない
奨学生たちがいる

1月8日



カキムさんは、現地に
しかし、残りの二人は
非難したまま
行方がわからない。

現在、小学校の生徒の
半分は、非難したまま
戻っていない

ブロッドの保育所
修理完了



小規模な戦闘リードで壁に穴が空き、部分的に破壊された保育所
丹原さん、修復完了しましたのでご心配なく
その他の保育所もだいじょうぶです。

ブアランの焼けた小学校の
修理が始まった



こちらは、ブアランの公立小学校
選挙の関係で火が付けられ、天井部分を消失
その後、政府によって、修復が完了されました。

新年早々に
奨学生へのケアを開始
1月5日〜


学用品を届ける

支援者からの学用品、支援者への絵手紙を書いてもらうだけでも
スタッフが、何度も足を運び(居ないこともあるので、再訪する)
想像を絶する活動努力が必要なのです。
同行された、頭島さんもビックリ。

里親奨学金支援者に絵手紙を書く子どもたち

お弁当のための米を支給

こちらはプロック8、非常に貧しく家族は一日三食たべられないこともある
小学生たちは、八キロあまりの道を通うけれども、お弁当を持って行けない。
そうした村には、毎月、お弁当のための米を支給する


イスラム自治区 
ナムリ村に保育所完成

1月6日

山元神父さん、現地訪問


イスラム地域の中でも、とりわけ孤立しているARMM(イスラム自治区)
ピキットには、国際的支援が集まっても、こちらにはなかなか集まらない
MCLでは、重点地域として指定している。
この地域は、湿原地帯にあり、道路が無く、無数に張り巡らされた湿原の支流が道

KAZARIさんは、この地域の奨学生を支援して下さっているかた

まずは、開所式

読み語りが始まった

ここでも、読み語りに、スタッフたちが活躍した。
船首に立ち
ワニをチェックしている少年

冗談だが
確かにワニはいる



父を殺された悲劇から
1月7日



酔って父親を殺した男は
拘置所に
でも、二万円払って
サッサと出てきた


些細なことから、土地所有者に
父を殺された家族。
支援している奨学生
リスパー君は、
仕事に出かけていたが
兄弟たちが居た。

お兄ちゃん、長男は、何度も殺害した男を殺そうと思ったという、
でも、自分が殺されたら、家族が困る。そう思って止まった。
極貧の生活、複雑な心。このままでは、経済的にも、心理的にも、不安定なので
ミンダナオ子ども図書館で、小さな小屋を建ててあげるから、母さんと兄弟で移るようにと提案した。
リスターくんと小さな妹二人はすでにMCLの奨学生。
ミンダナオ子ども図書館に住めば、食べ物は大丈夫だし、お兄さんもボランティアスタッフとして1000ペソ支給される
現在一家の収入は、三ヶ月で1000ペソ(2000円)だけ。


今年もよろしくお願いします!




大晦日にプレゼントが届いた!
12月31日


大晦日の31日、大きなプレゼントが届きました。
荷物を運ぶ、フォーレックスの職員たちは、毎回MCLに泊まっていきます。

ミンダナオ子ども図書館だより:2010年へ
ミンダナオ子ども図書館だより 2010年に続く
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