ミンダナオ子ども図書館の創設ディレクター:松居友(日本文芸家協会会員)の活動日記

ミンダナオ子ども図書館日記
著書の印税は、ミンダナオ子ども図書館に寄付しています
写真をクリックしていただければ、購入サイトに移行できます
              
 
  
上の絵本写真をクリックして、購入サイトに移行可能!
!

講演会、報告会、面会、その他の企画、
個人的に会いたい方も、ご連絡くだされば予定に入れます。
子どもたちの支援者を増やすための、最も大事な活動です。

企画していただくだけでも、大きな支援ですので、よろしくお願いします。
日本における、MCLのスケジュール 松居友やスタッフの、 講演、家庭集会、報告会、講演の予定表

講演予定表 講演会用演題  講演会用写真 著書
 略歴
予定および空き日を確認、知りたい方は、ロゴをクリックしてサイトに入ってください。 

松居友メール:mcltomo@yahoo.co.jp

松居友電話(日本および現地転送):080 4423 2998

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スカラシップや訪問希望、
また種々のご質問やお問い合わせは
現地日本人スタッフ宮木梓へ

現地日本人スタッフ:宮木梓(あずさ) 
mclmidanao@gmail.com


講演会、講演、家庭集会の希望に関する質問は、
松居友までお願いいたします。
松居友メールmcltomo@yahoo.co.jp

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現地携帯:092 0565 6182
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現地住所:Mindanao Children's Library :
Brgy. Manongol Kidapawan City.Cotabato 9400 Philippines


日本人スタッフ宮木梓、松居友による、MCLの活動や日常を描いたサイト

ミンダナオ子ども図書館だより:サイトへGO!

ミンダナオ子ども図書館支援方法
 自由寄付、スカラシップ、保育所、植林、物資支援の支援方法と
動きの詳細が出ています。


映像ご覧になりたい方は、 タイトルか写真をクリックして、
エックスプローラーで見ることができます
 
MCL活動映像  いのちをつなぐ 架け橋プロジェクト 池上彰のジャパンプロジェクト 「世界の”命の現場”で 奮闘する日本人」 ミンダナオ子ども図書館が紹介 なぜここに日本人 マノボ族の酋長になった男 絵本 『サンパギータのくびかざり』  
 
ミンダナオ子ども図書館の活動を
スライド形式で移した映像
戦争の避難民救済
洪水救済支援
マノボ族の様子など
希望と平和を編む、インターネットラジオ)
フィリピンのミンダナオ子ども図書館より
現地日本人スタッフ梓さんが
子ども達の様子をお届けします。
池上彰のジャパンプロジェクト、
「世界の”命の現場”で
奮闘する日本人」で、
MCLが、紹介される。
パックンが、MCLに訪れて感涙。
戦闘が起こっている
イスラム地域へ読み語りに、
子どもたちと行った記録。
マノボ族の首長になった
松居友をテレビが取材。
子どもたちの様子が
見事にとらえられてる
感動的な作品。
反政府地域にはじめて
テレビが入って取材。
正月に全国で放映されて、
話題になった
リンは、サンパギータの花を糸でつなげて
くびかざりをつくります。
それをうったお金で、びょうきのおかあさんに、
ごはんをかってかえるためです。
ところが、せっかくつくったくびかざりは、
ちっともうれません。
まずしくてもさびしくても、力づよく生きる少女
リンと、ささえるあたたかい人びとを
えがいた感動のものがたり。
 
『手をつなごうよ』 彩流社  花壇の世話をする子供たち 雨の中のすべり台  海とビサヤの文化祭  マノボ族の酋長になった 洗礼式
       
ミンダナオ子ども図書館の設立から
絵本の力、読み語り、平和構築
戦争避難民救済など
青少年から大人まで読める
感動的な作品です。

ミンダナオ子ども図書館の夜明け。
朝起きて、ミンダナオ子ども図書館の
花壇のお花を世話する子どもたち。

 
雨が降っているのに、滑り台!
一緒に、長女のエンジェルと
次女のアンジェラ(藍花と舞花)も滑り台!
わかるかな?
ミンダナオ子ども図書館の第二棟と第三棟は、
ヤシの葉っぱで葺かれています。
紅く見えるのは、ファイアーツリー(火炎樹)です。
海をテーマに、クリスチャンの文化祭
ビサヤデーの映像です。
子どもたちと、海にキャンプに行った時の想い出
最初の山の家は、
妻のエープリルリンの育った家です。
小さい赤ちゃんは、長女の藍花です
マノボ族の酋長たちの推薦で
松居友が、酋長になった。
洗礼を授けた酋長たちは
牧師でもある。
いったい、
マノボ族の酋長の役割とは? 





『バナナと日本人』の
その後はどうなっているのか?
深刻な農薬被害

9月30日


『バナナと日本人』のその後はどうなっているのか?
深刻な農薬被害




ご案内には、クリック
http://www.labornetjp.org/news/2016/0929banana






農薬の空中散布と先住民の
衝撃のドキュメントは、以下の
YouTubeへ


YouTubeへGO1

上のYouTubeは、そこに載っていたドキュメンタリーです。
バナナの農薬の空中散布によって、
先住民がいかに被害を受けているかを描いています。
https://www.youtube.com/watch?v=d_24-TUKkdA   





以下のサイトで、ミンダナオにおける、バナナプランテーションの現地住民への
被害状況に関する報告会が、行われることがわかりました。
http://www.labornetjp.org/news/2016/0929banana
私にとっては、ミンダナオの日常で、人ごとではないので参加しようと思っています。
以下、サイトの記事より

**************************
 かつて、『バナナと日本人』という大ベストセラーの本がありました。
あの本で告発されていたバナナ・プランテーション、
残念ながら今もフィリピン・ミンダナオで拡大しつつあります。
プランテーションで働く労働者だけでなく、その家族からも健康の問題について不安が高まっています。
出生障害、麻痺や原因不明の病気でなくなるケースなども報告されており、その実態は深刻です。

 その状況を知るために訪問団が9月初旬に派遣されました。
その報告会が今週土曜日に開かれます。
会場は東京の連合会館(御茶ノ水)になります。ぜひご参加いただけますようお願いいたします。

 これに先立ち、バナナ・プランテーションで使われている農薬がいかに危険なものであるか、
アジアでの農薬規制、日本での農薬政策の問題などについて学習会を行い、
そのまとめを作っています。
16ページですぐに読めます。ぜひご活用ください。
http://altertrade.jp/archives/12800

 日本のバナナ市場にバナナを出荷する
住友系のスミフルのプランテーションで農薬空中散布が行われており、
先住民族の村が被害を受けている状況を現地のNGOがドキュメンタリーとして制作しています。
その日本語字幕版もぜひご覧ください。(印鑰 智哉)

『毒の雨』(Poison Rain)
https://www.youtube.com/watch?v=d_24-TUKkdA

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フィリピン・ミンダナオと私たちの今を考える
『バナナと日本人』で描かれた問題は現在、どうなっているか?
ミンダナオ訪問団報告
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私たちの食卓と海外の産地がどうつながっているか、バナナを通じて追求した
鶴見良行著『バナナと日本人』が出版されたのは1982年でした。
日本にあふれるようになったフィリピン・バナナが危険な農薬が空中散布される中、
過酷な労働条件のもと、バナナ・プランテーションで働かざるをえなくなっていった
人びとによって作られていること、
しかも、日本のバナナ市場のために多国籍企業によって
そのプランテーションが作られていったことを明快に描き、
日本社会に大きな衝撃を与えた名著です。

それから30年あまりがたちましたが、今なお、日本で消費されるバナナの9割以上はフィリピン、
ミンダナオ島のプランテーションから来るバナナです。
現地での状況はほとんど報道されることはありませんが、
その現状はどうなっているのでしょうか?

日本に輸入されたプランテーション・バナナからは国際農薬監視行動ネットワークなどが
使用禁止を世界中で訴えている危険度の高い農薬や
ネオニコチノイド系農薬の残留が確認されています
(東京都健康安全研究センター研究年報2013など参照)。
それを生産する現場では環境や現地の人びとの暮らしや健康に何が起きているのでしょうか?
プランテーション・バナナに代わるオルタナティブは存在するのでしょうか?

そうした状況を確かめるために、9月上旬にミンダナオ現地に訪問団が派遣されました。
参加者は農薬問題や現地の社会問題を研究する研究者や生協関係者の方たちです。
現地報告をもとに、フィリピン・ミンダナオの人びとと私たちの関係を考えます。

ぜひ、この機会にご参加ください。

【日時】2016年10月1日(土) 14:00~16:30 (開場13:30)
【場所】連合会館 201会議室 (東京都千代田区神田駿河台3-2-11)
http://rengokaikan.jp/access/index.html
【参加費】800円
【定員】90名(申込み先着順)
【お申込み先】
【お問い合わせ】オルター・トレード・ジャパン(ATJ)政策室
電話 03-5273-8176
FAX 03-5273-8162



そんなことが起こっているの?



ミンダナオ子ども図書館の、
最初の会計をしてくれたダバオ出身のスタッフ
(お母さんは、ダバオの修道会の調理師をしています)が、
「自分の叔父さんは、バナナプランテーションで働いていたけれども、
農薬の空中散布で死んだ」と語ってくれました。
当時は、ミンダナオに足を踏み込んで間のない頃で、
何も知らずに驚いて言いました。
「そんなことが起こっているの?
それは酷い、裁判所に訴え出るべきだよ!」
すると彼女は、こう言いました。
「そんなことをしたら、刺客を雇って殺される!」
『参考「フィリピン・私の家族は国家に殺された
―家族を奪われた女性たちの戦い」
工藤律子著 長崎出版
(アマゾンで古本で買えるかもしれません。)』


さらに驚いたのですが・・・
アラカンで先住民族を40年間擁護してきた、
イタリア人のファウスト神父さまも、
シスターの話によると体制側に雇われた刺客に殺された、とのことです。
農薬汚染と山岳地でも希少金属(ニッケル)の開発に、
反対していたからだということです。
(ぼくも、暗殺される危険がある!)
その後にも、希少金属の開発に反対した
山のマノボ族の酋長がその場で殺され、
その娘さんは、ミンダナオ子ども図書館の奨学生にしています。
https://www.youtube.com/watch?v=d_24-TUKkdA


ミンダナオ出身の今のドゥテルテ大統領は、その事を知っていて
鉱山開発を抑制する処置をとっていると、貧しい人たちは考えています。

写真は、大量に廃棄されたバナナ。
食べられるけれども、現地の人々は、
「農薬がかかっているから死ぬかもしれない」と怖がって食べない。
地元のバナナは食べるけれども、
違いは、地面に下草や雑草が生えているかどうかでわかる。
地元産のバナナは、日本のフェアトレードでも売られているバナナで、
現地の人たちも安心して食べている、
低農薬の地元産のビナガイとかトゥンダン・・・




 

土地を失った先住民たち。
彼等の唯一の収入は、
プランテーションのバナナを拾ってきて、
切りきざんで、豚の餌として売ること。
お腹がすいていても、バナナは怖くて食べない。
ミンダナオ子ども図書館の奨学生で、
戦前の日本人の血が混じっている日系人
(戦争の時に、日本人であることを隠して山に逃げた一族)
の娘の・・・さん、曰く。
「わたしの叔父さんも、食べ物がなくって、
プランテーションのバナナを食べて、
お腹がいたくなって死んだの・・・」





下の写真(90%は、わたしが現地で撮影)は、
先住民の村。
この村からも奨学生をとっています。



高原バナナが有名になって、プランテーションは、
みるみるうちに山麓の高原地帯に広がっていった。
ミンダナオ子ども図書館のある、アポ山の北コタバト州。
プランテーション=駄目だとは言わないけれど、
せめて農薬の被害や、平地の肥えた土地を追われ、
斜面に居住地を移さなければならない状況などを解決して、
土地持ちの土地持ちの金持ちだけが
より私腹を肥やして、貧富の差が
拡大するようなことを防いで欲しい。
日本であんなに安く売られているけれど、
利益はほとんど富裕層と海外に?
プランテーションでは、日雇いになるにも、
高卒の学歴(中退でも良い?)と
出生証明書が必要。






でも、貧しく山に追われた先住民は、
小学校も出ておらず、
出生届もないので、雇ってもらえない。
唯一、落ちたバナナを拾ってきて、
豚の餌を作って売るだけ。

それを食べて、豚が死んだという
話も聞いているけれど・・・。

できれば、利益が、
こうした人々にも行き渡れば良いのだけれど。

ミンダナオ子ども図書館では、
写真の村に保育所を建てて、奨学生を採っています。






それでも、生きるために
明るく力をあわせる子どもたち。

お金が無くっても、友情と愛があれば大丈夫。
でも、辛いのが、一日食べられないときと、
病気になったとき。
学校に行きたくても、行けないとき









 

















 








































     






奨学生候補の状況調査に
9月7日

 
親がいず、厳しい環境の子で、学校に行きたくても行けない子がいる話が聞こえてくると、
私たちは、スカラシップに採る前に必ずその子の家を訪ね、状況を調査します。
スタッフは、ほとんどがMCLの奨学生だった子たちです。
下のスタッフは、マノボ族のローズマリー。
現在は、スカラシップセクションのリーダー!


現在スカラシップの子たちは、500名以上。
今年は、フィリピン政府が、
今まで小学校を6年で卒業して、
その後4年間で卒業し、大学に進学できた
ハイスクール(高校)を、ジュニア4年に
シニア2年を加え、6年制にしたために、
大学進学に燃えていた子がショックを受け
停止する子が多く出ました。

理由は、学校に行けなかった子の場合
すでに他の子より年齢が高く
保護者からも、本人の希望からも
働かせたい、働きたい
結婚させたい、結婚したい、
(こちらの結婚年齢は、16歳から18歳)
そんな希望と焦りが出てきたためです。

将来の事を考えると、仕事を探すにしても
大学に行った方が良いよ・・・
彼氏を探すにしても、大学が良いよ・・・
というのですが、兄弟姉妹が年下でも
働いて家庭を支えている様子を見て
いたたまれなくなるようです。

 
支援方法のサイトへGo!
今、MCLでは、140名ほどの奨学生が、まだ支援者、里親がいません。
しかし、どうしても現地に置いておけない子たち、
アビューズがあって保護の必要な子たちは、無理して採用するので
これだけ多くなってしまいました。
皆さん、お願いします。
自由寄付でも助かります。

 

ミンダナオ子ども図書館の活動範囲は、
東はダバオ湾の半島から、
西はコタバト市まで、
北はアラカンから時にはブキッドノン。
南はサンタマリアとリグアサン湿原地帯。
下の地図に、おおよそ過去において
避難民救済、保育所建設、スカラシップ
植林、などなどで活動してきた
範囲を示しました。
写真をクリックしてくだされば、
拡大してみることが出来ます。
キダパワン市が、MCLのある場所で、
そこを中心に楕円形に広がっていると
思ってみていただければ良いかと思います。


ミンダナオの地図へGo!

ミンダナオの地図です。
画面をクリックしていただければ、
大きくなります。
四角で囲った部分が、スカラシップ、植林、
保育所、戦争避難民救済などで
活動してきた範囲です。

  

ミンダナオの地図へGo!
地図上で、⑪と出ているKidapawan市が、MCLのある町です。

ミンダナオ子ども図書館は、行動範囲だけではなく、
保育所建設などの活動範囲が、
北コタバト州からダバオ州、そしてマギンダナオ州に広がってきたので、
現在マニラの福祉局と話ながら、
北コタバト州ではなく
フィリピン政府の直轄の
Foundation
NGOとしてフィリピン全体で活動できるように動いています。
ほぼ、マニラとの話も詰めに入り、最終調整の段階です。
MCLの現地スタッフが、
ソーシャルワーカーや理事、役員も含めてしっかりと動いています。

妻でディレクターのエープリルリンが、全体をしっかりとマネージして、
時には政府から頼まれて、
NGOの集会で講演もしています。
日本でも講演を少しずつはじめました。


活動範囲が広いので調査と平行して、学用品も届けます。 

とにかく、活動範囲が広く
奨学生候補を調査したり
奨学生の子どもが、何らかの理由で
学業を停止していたりする場合、
スカラシップ担当のスタッフと
ソーシャルワーカーが子どもに会いに
現地の学校や家をたずねます。
(ソーシャルワーカーも3人いて、そのうち
2人は、卒業生たち・・・)
山道を行くガソリン代だけでも大変。
節約のために、一気に仕事を集中させます。
訪問者も同行して、現地を見ます。
   
     

大学から送られてきた
ソーシャルワーカーの研修生たち

 

教育実習のために、毎年数回
ミンダナオの大学から3ヶ月
実習授業のために送られてくる
ソーシャルワーカーの卵たち。
ミンダナオ子ども図書館の活動の評判は、
現地の大学でも以外と高く、
毎年、教育実習のために
大学で社会福祉を学んでいる
学生たちが送られてきて、
3ヶ月の実習を行って単位を取得する。

彼等は、スタッフの活動に同行し
ミンダナオの山岳民族やイスラム教徒の
状況を学んでいく。
彼等は、口をそろえて言う。
「今までで、MCLでの実習体験が
どこよりも感動的!」
「本当に現地の状況がわかるし、
驚くべき体験が、次から次へと出来る!」
「他の施設なども見てきたけど、
MCLは、本当に子供たちが明るいし
生き生きとしていてすばらしい!」
これは、手前味噌で言っているのでは無く
本当の彼等の感想です。
この日は、MCLのある上の方の山の
ウオーターフォール集落へ行った。
ここの奨学生の状況を、
調査する必要があったから・・・




MCLのディレクターの妻に会って
泣きだした少女。
少女でも、ストップしたまま結婚し
今は、子持ちの母親。
でも、さまざまな想いが駆けめぐって
会ったとたん、抱きついたまま
泣きだした・・・。
奨学生を続けていれば・・・。
「でも、本当に困ったときには
MCLに駆け込んでおいで・・・」
孤児の子たちにとっては、
離れてもMCLは、我が家のようなもので
困ったときの駆け込み寺!

日本からの訪問者も、
いっしょに、現地を訪れた。
美しい滝にビックリ!
しかし、生活の困難さにも唖然!
でも、下の写真の左の子は
今もMCLの奨学生で、大学に。
左の赤ちゃんを抱いている子も
かつてのMCLの奨学生で、
高校を卒業して結婚した。
生活は大変でも、
幸せになってくれたら、それがなにより!

 

奨学生の調査が終わり
帰る途中で、ジャングルのなかにある
温泉をたずねた。
熱湯が噴き出している温泉は、
マノボ族の伝説の聖地だ!
日本からの訪問者を、大喜び!
これが本物のジャングルだわ!

訪問されたい方は、
現地の状況にもよりますが
現地スタッフの宮木梓(あずさ)さんに
相談してみてください。
宿泊費はとらず、ファミリーとして
受け入れますが、 ただし、
MCLの訪問規定は、
子ども中心で、
非常に厳しく作られています。
守っていただけない場合は、
帰っていただきますし、
スタッフの活動に同行する以外に
特に、スタディーツアーはしません。
しかし、現地の大学生も含めて
本物の体験が、可能です。

 
 
   
   
  
   
 



医療支援をお願いします 
 





日々の食べ物にも困っている
経済的に貧しい人々にとって
何よりも大変なのが、
病気になったときだろう。
私たちが活動している地域の人々は、
都会に住んでいる人は別にして
山岳地や湿地に住んでいて
日々の食べ物にすら困る人たちだ。
しかし、食べ物は、
無ければせめて、カエルを捕ったり
山芋を探したりして、何とかなるけど
病気だけは、どうにもならない。
何しろ貧困の度合いが違い
薬も買えなければ、
医者の診断など不可能で、
入院などは、夢のまた夢。

そんな状況を見かねて、
長年医療をしてきたけれど
10年近く、毎年大口の寄付を続けて
くれていた団体が、一昨年急にストップした。
理由は、まったくわからないけれど・・・。
MCLでは、投薬から手術、入院まで
可能な限り、子供たちを助けている。
病院の先生方とも、長いつきあいで
特別に安く引き受けてくれるばかりで無く、
時には自分の給与をなげうって
MCLの患者たちを助けてくださる。

ことしも、左の子たちの手術から
500名以上の奨学生の投薬や
医師の診断まで、やってきているけれど
多くの方々の個人の自由寄付に頼っている。
もしよろしければ、自由寄付でも
寄付に「医療」と書いてくださって、
わずかでも良いので、お願いします。

 支援方法のサイトへGo!


   
手術後の経過の調査も行っています。 
   
 
   



日本から訪問してきた
支援者の方々と一緒に


ミンダナオ子ども図書館では、
訪問者、独断で独自に行動することは、
市内で有っても許されていない。
必ずスタッフや大勢の奨学生と同行し
現地に赴く。
MCLの訪問者のポロシーは、
下に紹介しましたのでご覧ください。


活動は、読み語りなどは、
MCLに住んでいる子供たちと一緒に
山の村を巡ります。
その帰り道に、時には川で水浴びして
自分自身を洗濯したり・・・






時には、倒れて妨げになっている
木を切ってよけながら
山奥の村の奨学生の子供たちに
会いに行きます。

支援している子に会えた! 
 

奨学生を支援してくださっている方の場合は、
必ずその子のいる学校と家を訪ねて
奨学生に会えるようにします。




ただ、車で数時間かけて
山々を巡っていくので、
その途中で、別の奨学生に会ったり、
病気の子どもの病後の経過を確認したり、
学用品を届けたり、
現地の子供たちや村の状況を見て
病気の子がいないか等、
何に困っているかを調査します。
訪問者も、危険地域を除いて同行します。


 
 
 
 

活動に同行することで
現地の子供たちの生活が見えてくる




日本では、「スタディー勉強」が重要で
海外を知るためのスタディーツアーが
盛んなようで、私たちもずいぶん
いろいろなところから要請を受けました。
しかし、現地に入って行く事自体が
「何の目的出来たのか・・・?」
と不信感を持ってみられるほど
外国人など見たこともの無い村の人たち。
一番不振に思われるのが、
おそらく鉱物資源を調査しに来たのだろう、
という不信感です。
事実、最近山で起こるのが
ニッケルなどのレアメタルの発掘調査。
これに反対したマノボ族の酋長が殺されて、
その娘さんが、MCLの奨学生になっています。

ある村では、私も日本政府が
開発調査に派遣した要員だ、
という噂が流され、再訪したときに
村の全員が恐怖で逃げて
村には誰一人いない事態。
そこで、理事でマノボ族の酋長で
牧師でもあるガボン氏と、
懇意の現地の酋長とで
再度、村に行き、悪霊払いの儀式をしました。




そういったことが、まったく解っていない
日本人の訪問者が、
ただ村に入って、撮影したり
質問したりしたら、村人はどれだけ警戒し
MCLをも疑うか・・・
私たちは、どこの村を訪れるときも
ただ「見学」に行くような
愚かな行為は危険であるが故に行いません。
村にいくからには、その村の人々
とりわけ子供たちにとって
奨学生、読み語り、医療、保育所等々
何らかの良い理由があり、
それを事前に、コンタクトパーソンを通して
村に通達して、さらに現地に通じている人や
現地の人々も良く知っていて
信頼できる人、あるいは現地出身の子供
若者やスタッフと一緒に行きます。
そうすると、危険地域の人々でさえ
「何とかちゃんが、帰ってきたよ!」
「MCLが、読み聞かせに来たよ」
「古着を持って来てくれたよ!」
などといって、大歓迎して迎えてくれます。
そうした配慮が大切です。


 

それゆえに、MCLは、
基本的に現地では不自然に
受けとられかねない
スタディーツアーなどは、行わず
自分の支援している奨学生に会いに
たまたま活動にいっしょに着いてきた
訪問者として同行し
村人たちに紹介します。
 
 
 

 
 
 

支援している子と一緒に





支援している子たちからは、
高校生、大学生の場合は、年四回
手紙が届きます。
手紙は、英語で書かれていますが、
必要な場合は、現地日本人スタッフの
宮木梓さんが、翻訳を入れてくださいます。
おっしゃってください。
奨学支援者の場合は、
その子の家にお連れします。
ただ、イスラムの危険地域の場合は、
状況次第で、難しい場合は
支援している子をスタッフが迎えに行き
ミンダナオ子ども図書館まで連れてきます。
そこで子供は泊まり、
そして、その子とキダパワンのモール等に
スタッフが同行して行ったり、
食事をともにしたりすることも可能です。
とりわけ、卒業式の時など
子供たちは、泣いて泣いて喜びます。
ぜひぜひ、いらしてください。
宿泊費はとっていません。
家族ですから。
何日でも滞在してください。
男子部屋と女子部屋と家族部屋があります。
食事は、子供たちと一緒に
同じものを食べます。

 
   
 
  

 訪問者の若者が、MCLの中では
子供たちと芋掘りと庭掃除をした
     
     
     
   

マノボ族の文化を特別に調査
理事で酋長で牧師のガボン氏をたずねた 
先住民族の文化調査が目的で来られた方。
訪問の目的が、現地の人々にとって
意味のある調査などの場合は、
特別な計らいで、計画をお立てします。
過去、文化人類学者の増田氏などを
現地の先住民族の方々に紹介しています。
本も出版されています。
現地の取材など、
可能な限りお役に立ちたいと思いますが、
内容によっては、不可能な場合もあります。
   
     
 

帰りに、マノボの集落を訪問
親のいない子を奨学生に! 
     

今回、先住民の取材で来られた方と
帰りがけに、ひさしぶりで
マノボ族の集落を訪れた。
ここは、山岳地では無いけれども
平地の良い土地を移民に取られて
斜面にかろうじて家を建てて
土地を持っている移民たちの
畑や田んぼの草刈りや
家々をまわって、洗濯物を集めて
洗濯をして日銭を稼いでいる
マノボの人々が集まっている集落。
学校まで、3時間近く歩かなければならない。
それゆえに、お弁当も持って行けない
極貧の子たちには、
学校に行くことすら辛いこと・・・。

すでに、10年にわたり
奨学生をここから採っていて
大学を出た子もいるけれども
高校や小学校でストップした子も多い。
MCLでは、保育所も建設しているけれど
生活はいつも大変。
今回も状況を見るために
訪問者といっしょに訪れて
いろいろな話をうかがった。
そして、最後に
親がいずに、学校に行きたくても
行けない少女を2人
奨学生候補に決定した。
候補と言っても、まだ支援者はいないけど
すでに奨学生としての採用で
ここから学校に通うよりも
「ミンダナオ子ども図書館に住みたい!」
という、本人の強い希望と意志で、
MCLに住んで
近くの学校に通うことになった。

村では、親のいない子も
放っておきはしないのだけれど
自分の子だけでも7人以上いて
学校に通わせるのが大変なのに
預かっている子を学校に
行かせることなど無理な話。
そんな子たちがMCLに80人ほど
住み込んで、近くの学校に通っている。



  
   
 
  
 
     
 

訪問者の手引き

ガイドラインとポリシーについて

  
 
1     はじめに
 

 ミンダナオ子ども図書館は日本のNGOではなく、フィリピンの現地法人NGOであり、
福祉局のソーシャルワーカーからの要請も受けつつ、

マネージメントは現地役員がスタッフや
MCLソーシャルワーカーとともに行っています。

 MCLの主役は子どもたちです。

訪問者の存在や行動が、子どもたちにマイナスの影響を与えるといった判断、
また子どもたちを救済する活動になんらかの支障が出るといった状況判断が、
子どもたち自身や現地スタッフから出された場合は、現地役員が即会議を開き対応が検討されます。

指示や対応が出された場合は、従ってください。

 訪問希望者が増えていますが、現地スタッフは子どもたちへの活動に全力を注いでいますので、
必ずしも訪問者のご希望に答えきれるとは限りません。
現地では、訪問者の方よりも、現地の子どもたちが常に優先されることをご承知おきください。

 マネージメントを含む現地活動は現地スタッフが責任を持ち、日本人は脇役です。

 ただ、治安状況にもよりますが、出来るだけ訪問者はスタッフの活動に同行し、
MCLの現地活動が見られるように配慮いたします。
MCL
は、活動範囲も広大で危険地域も多く、戦闘や戦争もあり、必ずしもどこにでもお連れすることはできませんが、
訪問者の将来を考えて可能な限りの事は現地スタッフと相談の上、要望にお応えしたいと思っております。

 すでにスカラシップ支援をしてくださっている方々の場合は、
現地の情勢や置かれている子どもの状況などにもよりますが、支援している子の家にお連れいたします。

以下は、スタッフ会議で検討され出された、ガイドラインとポリシーです。

必ず、ご一読ください。

 

 2     滞在者について

滞在者はビジターボランティア2 種類に分けられます。

1.         ビジター(短期訪問者)とボランティア(長期滞在者)の場合

 

     ビジターとは:

滞在20日間以内(ビザ無し渡航可)の訪問者を、MCLではビジターと呼びます。
受け入れ人数は状況によって逐次判断します。

     ボランティアとは:

滞在20日間以上の長期滞在者をボランティアと呼びます。
ボランティアの滞在限度期間は例外をのぞき3ヶ月を上限とし、
現地受け入れ人数は常時最大2~3名と考えています。最初の訪問はビジターとして来ていただき、
その後ボランティアとして再訪されたい方は相談して下さい。

 

 

★他の若者達にも機会を提供するため、原則ボランティア体験は一人一回とします。

3     ビジターとボランティアのためのガイドラインとポリシー

①安全確保(セキュリテイ)について

1.         訪問者は、MCLのスタッフの同行なく、むやみに敷地外にでることはできません。

MCL 門の前のサリサリストアで買い物をする場合であっても、スタッフの同行が必要です。

   またスタッフ同伴でも、門の外のサリサリストア(雑貨屋)での
スタンバイ(長居)は禁止です(誘拐を避けるため)。
万が一誘拐されても、
MCLは身代金を払うことができません。

   近所の人に果物や食べ物をふるまわれた場合は、MCLに持って帰ってきて食べて下さい。
果物や食べ物があるからと招待を受けても、家について行かないで下さい
(家に入ってカギをかけられ、誘拐される危険性があるため)

(現在、MCLの敷地内にコーヒーやタバコなどを買ったり、
水や清涼飲料水を飲んだりできるサリサリストアを準備中です。
できるだけ、敷地内のサリサリストアを利用してください。)。

   MCLに住む奨学生たちと同じように、午後6時が門限です
(スタッフと活動で山の村々を回って遅くなるときや、
スタッフ同伴でキダパワンのバーベキューに行くときなどを除きます)
(暗くなると危険なため)。

2.    訪問者は、MCLのスタッフの同行なしに、町や遠隔地に行くことはできません。

町へ行きたいときは、スタッフにたずねてください。最低1~2名のスタッフが同行します。

3.         訪問者がスタッフと活動地域に行く場合も、決してスタッフから離れないで下さい。
野外トイレに行くときも声をかけ、出来れば同行してもらって下さい。

4.         キアタウやサンタマリアの集落の民家に泊まるときには、必ずスタッフが同宿します。
その場合も、野外トイレに行くときも声をかけ、出来れば同行してもらって下さい。

5.         移動中のセキュリティを守るため、MCLが訪問者をダバオ空港まで送り迎えをします
(何度も訪れている方で移動方法を知っている場合例外があります)。

6.         安全の確保のため、訪問者がMCL到着後にスタッフが簡単なオリエンテーションをして、
「訪問者の手引き」に同意のサインをして下さった方のみ滞在可能です。
現地の状況に応じて、「訪問者の手引き」に書いてない注意事項を
口頭で伝えることがありますので、ご了承ください。

7.   戦闘、戦争、爆弾事件や誘拐事件の頻発など、
ミンダナオの情勢が悪化し訪問者を受け入れる余裕がないとスタッフが判断したときも、
退去していただくことがあり得ます。(過去に例があります。

②生活について

1.  訪問者の個人の持ち物、とりわけ携帯電話、i PhonePC、カメラなどの電子機器を
   安易に子どもたちに
貸さないで下さい。

2.  訪問者の居室に、奨学生を入れないで下さい(過去に盗難があったため)。

8.         訪問者は、特別な関係(恋愛関係など)をスカラーと持つことは許されません。

FaceBookE-mailでの個人的なやり取りも禁止されています
(支援している奨学生との手紙でのやり取りは可能ですが、
トラブルを避けるために手渡す前に一度開封して内容を確認しています)。

MCLの寮に住む奨学生は、MCLが保護者になるために高校生以下の恋愛関係を禁止されています。
発覚した場合は保護者のもとへ帰り、スカラシップは継続するものの、保護者の管理下に戻されます。
大学生及びスタッフは恋愛を許可されていますが、
MCL内部では恋愛行為が禁止されています。
婚約済や既婚の場合は別です。これらは、自身が自主的に学生総会で決めたことです。)

9.         訪問者は、スタッフ同様に敷地内での飲酒禁止、禁煙を守って下さい
(子どもたちの悪影響を避けるため)。室内でも同様です。

   MCLの敷地外であってもサリサリストアでの飲酒は禁止です。
   お酒を飲みたいときは、スタッフ同伴でキダパ
ワンの町に飲みに行くことになります
  (誘拐を避けるため)。

   喫煙は、MCLの敷地内の喫煙所でお願いします(村を回るときを除く)。
   
MCLの敷地外であっても、門の外での喫煙は禁止です。

10.     敷地内で上半身裸体又はセクシーな服の着用は控えて下さい。

11.     土日や平日などに、買い物などで町に行きたい場合は、数日前にスタッフに申し出て下さい。
仕事や私用を調整してスタッフが同行しなければならないためです。

12.     男性の訪問者は、男子スカラー同様に、夕方6時以降は
高校・大学女子スカラーの泊まる宿舎2階に入らないで下さい。

 

 

13.     男性の訪問者は女性の訪問者の部屋で眠ったり、長居をしないで下さい。逆も同じです。

    夫婦やご家族で訪問される場合、家族ルームを一部屋用意しております。

14.     MCLのインターネットの環境は良くなく、フリーWi-Fiはありません。
緊急連絡などで必要な場合のみ、
LANケーブルが使用可能です。スタッフに相談して下さい。

③食事について

1.  イスラム教徒がいるため、台所では豚肉又は冷凍豚肉を料理しないで下さい。

2.  食事の時間にMCLにいる場合は、MCLの食堂で食べて下さい
   (村を回っているときや、特別にスタッフ
同伴で町に食事をしに行く場合を除きます)。

 

 

以上のことが守れない場合、又は子どもに対する肉体的・精神的に
マイナスの影響を与える行為があるとスタッフが判断した場合、
又はスカラーから問題が提起された場合などには、スタッフ会議が開かれ役員の裁決により、
場合によっては退去などをしていただくことがあります。

 

 

 



















 
以上は、ミンダナオ子ども図書館の現地スタッフ、日本人スタッフ
現地の理事役員が、過去の体験から相談して決めたポリシーです。
厳しいと思いますが、責任も重大なのでこのようになりました。
スタディーツアーや論文執筆は、
基本的に現地で違和感を住民与えるので行っていませんが、
内容によって特別な場合は考慮しますので、松居友までご相談ください。

 






海のMCLを建てよう!
8月23日

ミンダナオ子ども図書館は、
本部が北コタバト州のキダパワン市の
郊外に位置している。
そこを中心に、西のイスラム地域
北東の山のアラカン地域
西のダバオ地域がある。
イスラム地域には、リグアサン湿原など
広大な大自然があり、絶句するような
太古の美しさに満ちているけれども
反政府地域でもあるがゆえに、
訪問者は、容易に入れない。
東北のアラカン地域は、
先住民族のマノボ族のすむ
山岳地域で、ここにはMCLの
山の宿舎があり、周辺の村の一つ
電気も無いマノボの村キアタウには、
訪問者も泊まれるようになっている。
かつては、とても外国人の入れる場所では
なかったけれども、MCLの奨学生も多く
保育所も建設し、さらにラナコランには
遠かったり三食たべられなくて
学校に通えない小学生、高校生たちが
住んで通えるMCLの
女子の下宿小屋がある。
下宿小屋には、日系人のジケロ君家族が
スタッフとして住んでいて、
20人ぐらいの子どもたちの面倒を見ていて
ぼくたちは、山の下宿小屋と呼んでいる。
それに対して、もう一つ、
海の下宿小屋を作ろうという計画が
かつてからあり、今回、
サンタマリアのある漁村の外れに
土地を購入した。



海のMCL(下宿小屋)を
建てようと思った理由は、いくつかある。

1,毎年数回、MCLに住んでいる子供たちと
海に遊びに行くようにしている。
特に、夏休みは帰郷できない子たちが
寂しいから海に行くけど、
いわゆる特に外国人向けリゾートは、
なんだか現地の生活から乖離した
金持ちの不自然な空間で好きになれない。
どこかに、開発されにくい、素朴で自然な
漁村があれば、そこに下宿小屋を建てて
現地の貧困家庭の孤児たちを救えるし
ときどき、MCLの子たちも泳ぎに行ける。

2,それから、日本から来る若者たちにも
いわゆるリゾートでは無く、素朴な漁村の
生活体験をさせてあげれば、どんなにか
心が癒やされることか。
ちょうと、山の下宿小屋の近くの村
電気も無いマノボ族の集落
キアタウ村での生活体験のように。
MCLに行くとちゅうのディゴスの郊外なら
ダバオ州に属しており、日本政府の指定の
海外での危険度も低いし・・・



そこで偶然見つけたのが、サンタマリアから
半島の海沿いと山を、4輪駆動の車で超えた
この村だった。
ここでは、クリスチャンとイスラムと
先住民族が仲良く暮らしていて、
まるでMCLのようだ。
小さな小さな個人のリゾートがあるけれど
ほとんど小舟でしか入れない。
信じられないくらいの真っ白な砂浜。
それに、漁民たちの生活が素朴だった。
それに、浜辺を抜けて、
小学校と高校にも通えるから
下宿小屋を作るにはうってつけだ。
 


 
   


   

村はずれに土地を購入 
     

信じられないほどの真っ白な砂浜
そして、素朴な漁民と子どもたち。
偶然この地を訪れて、村人たちと親しくなり
保育所が酷かったので、MCLで建てた。
その後、子どもたちとテントを持って
泳ぎに行ったり、日本から来られた
訪問者や若者たちも
この村の漁民の家に民泊して
寝食をともにした。
日本で有名なカヌーの野田さんたちと
カナダのユーコン川を下った
身障者カヌーの吉田さんも
ミンダナオ子ども図書館の日本の理事で
この海でシーカヤックを楽しんだ。
この地で漁民とカヌーで漁に出かけ
そのおかげで、心が回復していく
青少年も多い。
村の保育所が酷い状態だったので
保育所もMCLで建ててあげた。
サンタマリア市の市長や福祉局
行政機関とも連携して
山の先住民の地域にも足を運び
すでに4ヶ所の保育所を建て
貧困家庭のなかでも特に
孤児や崩壊家庭の子たちを
奨学生にとってきた。
そのような繋がりからも
村人たちも、ぜひぜひMCLに来てもらい
ここに下宿小屋を建てて欲しいという
要望が生まれてきた。
そこで、土地を手放しても良いという
方から、村の一番外れの
落ち着いて静かな場所に、
下宿小屋を建てるための
土地を買うことにした。




先日、土地の測量を終えて
弁護士を交えて話し合いを持ち、
購入を完了した。

 
 
 
 
 
     
     
    
     

サンタマリアの市場

サンタマリアにある市場も
生活の臭いがあって心が温まる。
ぼくが子どもの頃の
東京は荻窪駅前にも市場があり
このような風景があったのを思いだす。
ミンダナオに帰ってくると
心からホッとするのは、
子どもの頃にあったこうした
人情味にあふれた、
風景を思いだすからだろう。
本当の幸せや、生きている喜びは
物やお金だけでは、手に入らない?
ちまたの生活の臭い
壁を作らない隣人愛や友情そして
家族の愛のなかにある?
  





カルボガンの学校建設を視察 


MCLの法人資格が、現地の若者たちの手で
取得されて、公的に活動が開始されたのが
2003年の8月のこと。
元々のきっかけは、2001年に
キダパワンのバリエス司教につれられて
イスラム地区の戦争を見て、
その避難民の状態のひどさ、
特に笑顔を失った子どもの姿を見てから、
ここで読み聞かせ、医療、奨学制度が出来る
NGOを作らなければと思ったからだ。
そのことは、拙著『手をつなごうよ』(彩流社)
で、青少年向けに書いた。
それから13年、ミンダナオに足を踏み入れて
15年の歳月がん流れた。
その後も2002、3年の米軍による
テロリスト掃討作戦で、120万の避難民。
さらに2005年にも、戦争が勃発。
リドーと呼ばれる小さな戦闘にいたっては、
毎年のように起こり、
2006年の日本政府による和平交渉以降も、
2008年には、和平交渉決裂により
80万の避難民が出る戦争になった。
今年も小さな戦闘がしばしば起こり、
そのたびに避難民救済に駆け回って
あっという間の13年!


  

ミンダナオの全ての学校には、
上の写真のような番号が、書かれている。
これは、学校が避難所として指定されており
空爆防止のためだ。
2008年の戦争の時にも、軍の兵士が
リグアサン湿原の上を指して言った。
「ほら、あそこにフワフワ飛んでいる
飛行機が見えるかい!
あれは、米軍の無人偵察爆撃機だよ。」
すると、そこから爆弾が、ドーンと落とされた。
爆弾を落とす引き金を引くのは
戦場から遠い遙かアメリカにいて、
オフィスのコンピューターながめている
捜査官なのだという。
そのしたに、どれほど多くの避難民の
子供たちが、なけなしのシートのしたに
避難しているのか、解っているのだろうか?



そんな爆弾が落とされていた地域。
とても入れないと思っていた反政府地域。
東南アジア最大の湿原と呼ばれている
リグアサン湿原のイスラム自治区にも
戦争がある度に、逃げてきた子たちを支援し
親が殺された子たちを、奨学生に採り。
読み語りをし、保育所を建て
10年間にわたる交流を続けてきた。
その結果、現地の人々は心を開き
MCLを信頼し
受け入れてくれるようになった。

和平構築は、ヒナイニナイ バスタ カヌナイ
(MCLの合い言葉で、
ゆっくりゆっくり でも絶えることなく)
友情と愛のお付き合いをしていくなかで
培われていくものだと、感じている。
一時的に巨額な支援をしても、現地の人は
簡単に信じてくれない。
「何を下心に支援するの・・・???
目的は、リグアサンに眠っている
膨大な石油と天然ガスの資源を奪うこと?」
事実、ここで40年間にわかって
起こされてきた戦争の原因は
国際的な天然資源の
奪い合いだと聞いている。

 

ミンダナオ子ども図書館の活動は、
政治目的でも無く、宗教目的でも無い
子供たちへ愛と友情だけが行動規範だ。




それを理解してくれるから、彼等は言う。
「MCLは、お金目的の他のNGOと
違っているね・・・」
その結果、今回のような、
一般では外国人が入れないような
非常に難しい場所にも、
学校建設が可能になった。
ただ、こうした活動に妬みを持ったり
あるいは逆に、妨害して戦争を起こす
きっかけにしたい動きも過去見ている。

たとえば、中東でのイスラム国による
日本人誘拐殺害のように
ぼくを誘拐殺害して、あるいは、
今の大統領を殺害して、
イスラム国の仕業と大々的に報道して、
一挙に政府軍、アメリカ軍。そしておそらく
集団的自衛権と憲法改正を利用して日本軍
(現地では自衛隊では無く、一般的に
日本軍とみんな呼んでいる)まで、
ミンダナオのイスラム地域に攻め込んで、
軍隊を駐留させて、
リグアサン湿原の石油と天然ガス、
そして、山岳地たちの希少金属の
資源の発掘の基盤にするのではないか?




皆さん!
戦争を起こすための口実に
ぼくが、誘拐され、殺されても、
決してこの地のイスラムの人々を
悪く思わないで欲しいです。
ぼくは、この地のイスラムの子供たち、
とりわけ、戦争で親が殺された子たちを
心から愛し、また、
地域の人々を友人だと思っているので
お願いします。
戦争を起こすために行われるのが、
誘拐と殺害、爆弾事件であることは、
過去何回も見てきています。
それでも、この子たちのためならば、
ぼくは、殺されていってもかまわない・・・
そんな思いで、活動しています。



   
 
 
 
 

 
   
 
 
 



立正佼成会の子どもたちから送られてきた
ゆめポッケを配った


     
 

貧困だけでは無く、時には戦闘で
避難を余儀なくされるような
厳しい地域の子どもたちに
立正佼成会は、ゆめポッケを送りとどける。
ゆめポッケは、日本の子供たちが
一食ぬいてお金を貯めて
それで、貧しい子どもたちに
学用品やぬいぐるみを買って
それを親たちが手作りした
色とりどりの巾着袋にいれてわたす。
長年、MCLでは、ゆめポッケの配布を
お手伝いしてきた。
ひとつひとつに、贈り物を選んだ子どもたち
そして、手作りで巾着袋を作った
親たちの気持ちがこもっていて
本当に喜ばれる贈り物だ。

  

MCLが来たよ!ゆめポッケくばるよ!
大喜びで駆けよってくる子どもたち。


  
 
  

読み語りが始まった 
 



 





ゆめポッケを配る前に、まずは読み語りをする 
  
  
  
 

お話しだけでは無くって、歌や踊りも披露する


そして、最後に「おおきなカサバイモ」の劇もする
「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

ゆめポッケの配布が始まった
 

読み語りの後に
いよいよ「ゆめポッケ」の配布を開始。
まずは、ポスター写真を見せながら
子どもたちが一食ぬいてお金を貯めて
どのようにゆめポッケを作っていくかを
ソーシャルワーカーのアイリーンが語る。



語り終わってから、
いよいよゆめポッケの配布がはじまる。
本来、立正佼成会から、親子連れで来て
ゆめポッケを子どもたちが直接
現地の子供たちに配るのだけれど、
今回は、情勢も考えて延期して
立正佼成会の代表の方が訪問されて
ゆめポッケを配布された。


 

MCLの子どもたちに混じって
私の二人の娘たちも
子どもたちにゆめポッケを渡した。
MCLの子どもたちは、
親がいなくなったり、
さまざまな孤独やトラウマを
持っている子たちだけれど、
こうした活動をすることで
逆に生きる力を培っていく。
子どもたちの喜ぶ笑顔に出会って
大きな生きる喜びを感じる。
友情と愛こそが、生きる力。


 

今回は、日本から来た訪問者や
若者たちも参加して
喜びを体験した。
 


   
   


ゆめポッケをもらって、大喜びの子どもたち 
     
   

ゆめポッケを開いてのぞいて
中に入っている、学用品やおもちゃ
ぬいぐるみを取り出して喜ぶ
子どもたち。
現地の子供たちにとって
ぬいぐるみなど、
ほとんど夢のまた夢。
鉛筆や色鉛筆、
クレヨンや定規も買えない。

このゆめポッケの活動は、
さらに現地に親子が訪れて
直接手渡すことで
さらに深い意味を持つ体験となる。
帰る時には、日本子たちと
現地の子供たちは
抱きあって泣く。

こうした体験を通して
日本の子供たちや若者たちも
心を成長させて行き
生きる喜びと力を受けとり
感じて欲しい。
特に自殺の多い、
日本の子どもや若者たちに!!!
 
   
     


 

ゆめポッケの配布が終わって
配布した子の家を訪ねた。
こちらの家は、貧しくて
ほとんど竹で出来ている。
家具も無ければ
食器もあまりない。


立正佼成会の代表の方々が
家族にインタビューする。
ゆめポッケをもらって
大喜びの子どもたち。


 
 
   
   
    
 

配布が終わって大喜びの
MCLの子たちと訪問者
 





保育所のチェックと修理を始めた

保育所支援は、フィリピン政府が
小学校入学の条件として
「小学校に併設される幼稚園を
せめて卒業しなければ入学できない」
という条件を出したところから始まった。

山岳地の貧しい村では、小学校のある
村の中心部まで8キロあり、
ジャングルや山道を小学生は
3時間もかけて歩かなければならないのは
普通の事だ。
ミンダナオ子ども図書館で、山岳部などに
下宿小屋を作っているのも、
そうした子供たちが、
小学校や高校の有る村の中心部に住み、
学校に通えるようにするためだ。
特に孤児や崩壊家庭、そして両親はいても
極貧で食べられない家庭の子たちを優先して
奨学生にしているMCLでは、
下宿小屋に住んでいる子たちに、
米も支給している。
すでに山に男子寮と女子寮を作っているが
現在、海にもう一つ、下宿小屋を作る
準備をしている。

話を保育所にもどすと
そうした貧しい村の幼い子供たちが
8キロもある道を通って幼稚園に
行けるわけが無い。
そこで、政府は、村に保育園を作り
そこでABCを学んだ子もとりあえず
小学校に入学できるということにした。
保育所は、福祉局の管轄下で
村単位で建設、維持する。
保育所といっても、日本のように
親が働きに出ている間に
子供を預かる場所では無く、
一日2時間ほど、ABCや簡単な算数を
学ぶ場所なのだ。

村単位で建設といっても、貧しい村に
お金が有るわけもない。
保育所の先生もせめて高校卒業で
読み書きが解ることが前提だが
小学校卒業生もまれな村で
先生になれる人がいない村もある。
建物などはさらに不可能で、
木の下やプロックと呼ばれる
屋根だけの休み場所で勉強していたりする。
ぼくには、政府の政策は、豊かな村の
ある程度お金のある人々だけが
小学校に入学し、教育が受けられる形にする
貧困層を切り捨てる教育システムのように
思えたものだが、といっても
そうした村の子供たちが惨めで放っておけず
福祉局からの強い要請もあり
保育所建設を開始することに決断した。

保育所には、スタンダードと呼ばれて
大きくてトイレも2つあるものと、
簡易保育所があることもわかってきた。
福祉局からは、とにかく保育所が無い村が
あちらこちらにあるので、
「簡易保育所で良いから、多数建てて欲しい」
と言われた。
そして、簡易保育所を見たが、
床も土で全部竹だけだと、
あっという間に腐ってくる。
そこで、せめて土台と壁の半分は
セメント製にすることにした。
最初は、30万円で可能だったが
10年で資材の値上がりが厳しく40万にし
すでに75件を建ててきた。

ただし、10年もすると
簡易保育所の問題点が見え始めた。
補修は、寄贈式のときの調印と取り決めで
村で行うことになっているのだが
村には、補修の費用すら持てない場所もある。
さすがに土台はOKでも、
竹壁が腐ってきたりもする。
せっかくドネイションしていただきながら
色あせて補修も必要として保育所を目にし
現地の子供たちや教師、
支援者の気持ちを無視できずに、
今年から保育所補修の寄付を募り
補修を行うことにして、実行し始めた。
ただ、補修や時には再建が必要な
保育所は以外に多く
数年は、補修プロジェクトを続けなければ
ならないだろう。経費も大変。
しかし、新たにピンクのペンキが塗られ
壁も補修された保育所で
うれしそうに学ぶ子供たちを見ると
頑張ろうと想う気持ちがわいてくる。
サインボードも塗り替えて張る。

今後は、今までの展開の経験を踏まえて
一時しのぎの簡易保育所を辞めて
室内に2つのトイレを置き
部屋の大きさも広くして
セメントの壁にドアも二つつけて
すべてをスタンダードにして
90万円で建てることにした。
総セメント製だと130万になる。





全面的に立て替えた保育所 
   

保育所には、下にピンクか緑のペンキを塗り
屋根もペンキを塗って錆を防ぐことにした 
   

簡易保育所より面積が広くトイレも二つあり、
扉も二つあるスタンダード保育所 
  
   





ピキット市の保育所の開所式

いつもは、ミンダナオ子ども図書館は
比較的豊かな人々の多い市内や
都市近郊では無く
山や湿原地帯の僻地のなかでも
最も貧しい村や集落で活動し
保育所も、そのような場所を選んで
建ててきた。

しかし、今回はピキット市の
ソーシャルワーカーで、MCLの理事でもある
グレイスさんから、市内の広場に
スタンダードのしかも
総セメント製の保育所を建てられないか
という要請があった。
大きさは簡易保育所の2倍あり、
セメント製であるから暑いのでエアコンも
寄贈されるという。
本来竹壁と窓の方が、総セメント製よりも
暑さをしのげるので良いのだが。

しかも、土台は一メートル以上高くして作る。
理由は、戦争や洪水の時の
避難場所として機能するものを作って欲しい
という事だった。
確かに過去の経験から、
戦争や洪水が起こると、数十万から
時には百万を超える避難民が
僻地から逃げてきて、半年から一年
時には数年にわたる避難民生活を
余儀なくされる。
そのたびに救済支援を行ってきたから
このような避難場所があると、
助かると同時に救済避難ベースにもなる。
セメント製なら、鉄砲玉が飛んできても
命が守られるし、1メートルの高さがあれば
洪水になっても大丈夫だ。

そうした理由を納得して
お二人のスタンダード保育所支援者に
カトリック教会の寄付を加えて
160万で建てたのが今回の保育所。




開所式には、保育所の先生
福祉局のでMCL理事のグレイスさん
そして、神父さまも参加されて
サイン式と祝福を行い
その後で、MCLの若者たちが
読み語りをして
子供たちと一緒に
開所式を楽しんだ。

  
   
 
 
 

MCLのイスラム、クリスチャン、
先住民の子たちが読み語りをした 
    
   

読み語りの後に、みんなでパンを食べた 
     
   

それにしても、10年前に比べると、資材、文具、生活費、ガソリン代などの値上げが激しく
フィリピン経済は表向き上向いていると言われていても
貧困層の生活は、ますます酷くなってきている 




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