ミンダナオ子ども図書館の創設ディレクター:松居友(日本文芸家協会会員)の活動日記

ミンダナオ子ども図書館日記
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子どもたちの支援者を増やすための、最も大事な活動です。

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松居友電話(日本および現地転送):080 4423 2998

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ミンダナオ子ども図書館支援方法
 自由寄付、スカラシップ、保育所、植林、物資支援の支援方法と
動きの詳細が出ています。


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MCL活動映像  いのちをつなぐ 架け橋プロジェクト 池上彰のジャパンプロジェクト 「世界の”命の現場”で 奮闘する日本人」 ミンダナオ子ども図書館が紹介 なぜここに日本人 マノボ族の酋長になった男 絵本 『サンパギータのくびかざり』  
 
ミンダナオ子ども図書館の活動を
スライド形式で移した映像
戦争の避難民救済
洪水救済支援
マノボ族の様子など
希望と平和を編む、インターネットラジオ)
フィリピンのミンダナオ子ども図書館より
現地日本人スタッフ梓さんが
子ども達の様子をお届けします。
池上彰のジャパンプロジェクト、
「世界の”命の現場”で
奮闘する日本人」で、
MCLが、紹介される。
パックンが、MCLに訪れて感涙。
戦闘が起こっている
イスラム地域へ読み語りに、
子どもたちと行った記録。
マノボ族の首長になった
松居友をテレビが取材。
子どもたちの様子が
見事にとらえられてる
感動的な作品。
反政府地域にはじめて
テレビが入って取材。
正月に全国で放映されて、
話題になった
リンは、サンパギータの花を糸でつなげて
くびかざりをつくります。
それをうったお金で、びょうきのおかあさんに、
ごはんをかってかえるためです。
ところが、せっかくつくったくびかざりは、
ちっともうれません。
まずしくてもさびしくても、力づよく生きる少女
リンと、ささえるあたたかい人びとを
えがいた感動のものがたり。
 
『手をつなごうよ』 彩流社  花壇の世話をする子供たち 雨の中のすべり台  海とビサヤの文化祭  マノボ族の酋長になった 洗礼式
       
ミンダナオ子ども図書館の設立から
絵本の力、読み語り、平和構築
戦争避難民救済など
青少年から大人まで読める
感動的な作品です。

ミンダナオ子ども図書館の夜明け。
朝起きて、ミンダナオ子ども図書館の
花壇のお花を世話する子どもたち。

 
雨が降っているのに、滑り台!
一緒に、長女のエンジェルと
次女のアンジェラ(藍花と舞花)も滑り台!
わかるかな?
ミンダナオ子ども図書館の第二棟と第三棟は、
ヤシの葉っぱで葺かれています。
紅く見えるのは、ファイアーツリー(火炎樹)です。
海をテーマに、クリスチャンの文化祭
ビサヤデーの映像です。
子どもたちと、海にキャンプに行った時の想い出
最初の山の家は、
妻のエープリルリンの育った家です。
小さい赤ちゃんは、長女の藍花です
マノボ族の酋長たちの推薦で
松居友が、酋長になった。
洗礼を授けた酋長たちは
牧師でもある。
いったい、
マノボ族の酋長の役割とは? 





海のMCLを建てよう!
8月23日

ミンダナオ子ども図書館は、
本部が北コタバト州のキダパワン市の
郊外に位置している。
そこを中心に、西のイスラム地域
北東の山のアラカン地域
西のダバオ地域がある。
イスラム地域には、リグアサン湿原など
広大な大自然があり、絶句するような
太古の美しさに満ちているけれども
反政府地域でもあるがゆえに、
訪問者は、容易に入れない。
東北のアラカン地域は、
先住民族のマノボ族のすむ
山岳地域で、ここにはMCLの
山の宿舎があり、周辺の村の一つ
電気も無いマノボの村キアタウには、
訪問者も泊まれるようになっている。
かつては、とても外国人の入れる場所では
なかったけれども、MCLの奨学生も多く
保育所も建設し、さらにラナコランには
遠かったり三食たべられなくて
学校に通えない小学生、高校生たちが
住んで通えるMCLの
女子の下宿小屋がある。
下宿小屋には、日系人のジケロ君家族が
スタッフとして住んでいて、
20人ぐらいの子どもたちの面倒を見ていて
ぼくたちは、山の下宿小屋と呼んでいる。
それに対して、もう一つ、
海の下宿小屋を作ろうという計画が
かつてからあり、今回、
サンタマリアのある漁村の外れに
土地を購入した。



海のMCL(下宿小屋)を
建てようと思った理由は、いくつかある。

1,毎年数回、MCLに住んでいる子供たちと
海に遊びに行くようにしている。
特に、夏休みは帰郷できない子たちが
寂しいから海に行くけど、
いわゆる特に外国人向けリゾートは、
なんだか現地の生活から乖離した
金持ちの不自然な空間で好きになれない。
どこかに、開発されにくい、素朴で自然な
漁村があれば、そこに下宿小屋を建てて
現地の貧困家庭の孤児たちを救えるし
ときどき、MCLの子たちも泳ぎに行ける。

2,それから、日本から来る若者たちにも
いわゆるリゾートでは無く、素朴な漁村の
生活体験をさせてあげれば、どんなにか
心が癒やされることか。
ちょうと、山の下宿小屋の近くの村
電気も無いマノボ族の集落
キアタウ村での生活体験のように。
MCLに行くとちゅうのディゴスの郊外なら
ダバオ州に属しており、日本政府の指定の
海外での危険度も低いし・・・



そこで偶然見つけたのが、サンタマリアから
半島の海沿いと山を、4輪駆動の車で超えた
この村だった。
ここでは、クリスチャンとイスラムと
先住民族が仲良く暮らしていて、
まるでMCLのようだ。
小さな小さな個人のリゾートがあるけれど
ほとんど小舟でしか入れない。
信じられないくらいの真っ白な砂浜。
それに、漁民たちの生活が素朴だった。
それに、浜辺を抜けて、
小学校と高校にも通えるから
下宿小屋を作るにはうってつけだ。
 


 
   


   

村はずれに土地を購入 
     

信じられないほどの真っ白な砂浜
そして、素朴な漁民と子どもたち。
偶然この地を訪れて、村人たちと親しくなり
保育所が酷かったので、MCLで建てた。
その後、子どもたちとテントを持って
泳ぎに行ったり、日本から来られた
訪問者や若者たちも
この村の漁民の家に民泊して
寝食をともにした。
日本で有名なカヌーの野田さんたちと
カナダのユーコン川を下った
身障者カヌーの吉田さんも
ミンダナオ子ども図書館の日本の理事で
この海でシーカヤックを楽しんだ。
この地で漁民とカヌーで漁に出かけ
そのおかげで、心が回復していく
青少年も多い。
村の保育所が酷い状態だったので
保育所もMCLで建ててあげた。
サンタマリア市の市長や福祉局
行政機関とも連携して
山の先住民の地域にも足を運び
すでに4ヶ所の保育所を建て
貧困家庭のなかでも特に
孤児や崩壊家庭の子たちを
奨学生にとってきた。
そのような繋がりからも
村人たちも、ぜひぜひMCLに来てもらい
ここに下宿小屋を建てて欲しいという
要望が生まれてきた。
そこで、土地を手放しても良いという
方から、村の一番外れの
落ち着いて静かな場所に、
下宿小屋を建てるための
土地を買うことにした。




先日、土地の測量を終えて
弁護士を交えて話し合いを持ち、
購入を完了した。

 
 
 
 
 
     
     
    
     

サンタマリアの市場

サンタマリアにある市場も
生活の臭いがあって心が温まる。
ぼくが子どもの頃の
東京は荻窪駅前にも市場があり
このような風景があったのを思いだす。
ミンダナオに帰ってくると
心からホッとするのは、
子どもの頃にあったこうした
人情味にあふれた、
風景を思いだすからだろう。
本当の幸せや、生きている喜びは
物やお金だけでは、手に入らない?
ちまたの生活の臭い
壁を作らない隣人愛や友情そして
家族の愛のなかにある?
  





カルボガンの学校建設を視察 


MCLの法人資格が、現地の若者たちの手で
取得されて、公的に活動が開始されたのが
2003年の8月のこと。
元々のきっかけは、2001年に
キダパワンのバリエス司教につれられて
イスラム地区の戦争を見て、
その避難民の状態のひどさ、
特に笑顔を失った子どもの姿を見てから、
ここで読み聞かせ、医療、奨学制度が出来る
NGOを作らなければと思ったからだ。
そのことは、拙著『手をつなごうよ』(彩流社)
で、青少年向けに書いた。
それから13年、ミンダナオに足を踏み入れて
15年の歳月がん流れた。
その後も2002、3年の米軍による
テロリスト掃討作戦で、120万の避難民。
さらに2005年にも、戦争が勃発。
リドーと呼ばれる小さな戦闘にいたっては、
毎年のように起こり、
2006年の日本政府による和平交渉以降も、
2008年には、和平交渉決裂により
80万の避難民が出る戦争になった。
今年も小さな戦闘がしばしば起こり、
そのたびに避難民救済に駆け回って
あっという間の13年!


  

ミンダナオの全ての学校には、
上の写真のような番号が、書かれている。
これは、学校が避難所として指定されており
空爆防止のためだ。
2008年の戦争の時にも、軍の兵士が
リグアサン湿原の上を指して言った。
「ほら、あそこにフワフワ飛んでいる
飛行機が見えるかい!
あれは、米軍の無人偵察爆撃機だよ。」
すると、そこから爆弾が、ドーンと落とされた。
爆弾を落とす引き金を引くのは
戦場から遠い遙かアメリカにいて、
オフィスのコンピューターながめている
捜査官なのだという。
そのしたに、どれほど多くの避難民の
子供たちが、なけなしのシートのしたに
避難しているのか、解っているのだろうか?



そんな爆弾が落とされていた地域。
とても入れないと思っていた反政府地域。
東南アジア最大の湿原と呼ばれている
リグアサン湿原のイスラム自治区にも
戦争がある度に、逃げてきた子たちを支援し
親が殺された子たちを、奨学生に採り。
読み語りをし、保育所を建て
10年間にわたる交流を続けてきた。
その結果、現地の人々は心を開き
MCLを信頼し
受け入れてくれるようになった。

和平構築は、ヒナイニナイ バスタ カヌナイ
(MCLの合い言葉で、
ゆっくりゆっくり でも絶えることなく)
友情と愛のお付き合いをしていくなかで
培われていくものだと、感じている。
一時的に巨額な支援をしても、現地の人は
簡単に信じてくれない。
「何を下心に支援するの・・・???
目的は、リグアサンに眠っている
膨大な石油と天然ガスの資源を奪うこと?」
事実、ここで40年間にわかって
起こされてきた戦争の原因は
国際的な天然資源の
奪い合いだと聞いている。

 

ミンダナオ子ども図書館の活動は、
政治目的でも無く、宗教目的でも無い
子供たちへ愛と友情だけが行動規範だ。




それを理解してくれるから、彼等は言う。
「MCLは、お金目的の他のNGOと
違っているね・・・」
その結果、今回のような、
一般では外国人が入れないような
非常に難しい場所にも、
学校建設が可能になった。
ただ、こうした活動に妬みを持ったり
あるいは逆に、妨害して戦争を起こす
きっかけにしたい動きも過去見ている。

たとえば、中東でのイスラム国による
日本人誘拐殺害のように
ぼくを誘拐殺害して、あるいは、
今の大統領を殺害して、
イスラム国の仕業と大々的に報道して、
一挙に政府軍、アメリカ軍。そしておそらく
集団的自衛権と憲法改正を利用して日本軍
(現地では自衛隊では無く、一般的に
日本軍とみんな呼んでいる)まで、
ミンダナオのイスラム地域に攻め込んで、
軍隊を駐留させて、
リグアサン湿原の石油と天然ガス、
そして、山岳地たちの希少金属の
資源の発掘の基盤にするのではないか?




皆さん!
戦争を起こすための口実に
ぼくが、誘拐され、殺されても、
決してこの地のイスラムの人々を
悪く思わないで欲しいです。
ぼくは、この地のイスラムの子供たち、
とりわけ、戦争で親が殺された子たちを
心から愛し、また、
地域の人々を友人だと思っているので
お願いします。
戦争を起こすために行われるのが、
誘拐と殺害、爆弾事件であることは、
過去何回も見てきています。
それでも、この子たちのためならば、
ぼくは、殺されていってもかまわない・・・
そんな思いで、活動しています。



   
 
 
 
 

 
   
 
 
 



立正佼成会の子どもたちから送られてきた
ゆめポッケを配った


     
 

貧困だけでは無く、時には戦闘で
避難を余儀なくされるような
厳しい地域の子どもたちに
立正佼成会は、ゆめポッケを送りとどける。
ゆめポッケは、日本の子供たちが
一食ぬいてお金を貯めて
それで、貧しい子どもたちに
学用品やぬいぐるみを買って
それを親たちが手作りした
色とりどりの巾着袋にいれてわたす。
長年、MCLでは、ゆめポッケの配布を
お手伝いしてきた。
ひとつひとつに、贈り物を選んだ子どもたち
そして、手作りで巾着袋を作った
親たちの気持ちがこもっていて
本当に喜ばれる贈り物だ。

  

MCLが来たよ!ゆめポッケくばるよ!
大喜びで駆けよってくる子どもたち。


  
 
  

読み語りが始まった 
 



 





ゆめポッケを配る前に、まずは読み語りをする 
  
  
  
 

お話しだけでは無くって、歌や踊りも披露する


そして、最後に「おおきなカサバイモ」の劇もする
「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

ゆめポッケの配布が始まった
 

読み語りの後に
いよいよ「ゆめポッケ」の配布を開始。
まずは、ポスター写真を見せながら
子どもたちが一食ぬいてお金を貯めて
どのようにゆめポッケを作っていくかを
ソーシャルワーカーのアイリーンが語る。



語り終わってから、
いよいよゆめポッケの配布がはじまる。
本来、立正佼成会から、親子連れで来て
ゆめポッケを子どもたちが直接
現地の子供たちに配るのだけれど、
今回は、情勢も考えて延期して
立正佼成会の代表の方が訪問されて
ゆめポッケを配布された。


 

MCLの子どもたちに混じって
私の二人の娘たちも
子どもたちにゆめポッケを渡した。
MCLの子どもたちは、
親がいなくなったり、
さまざまな孤独やトラウマを
持っている子たちだけれど、
こうした活動をすることで
逆に生きる力を培っていく。
子どもたちの喜ぶ笑顔に出会って
大きな生きる喜びを感じる。
友情と愛こそが、生きる力。


 

今回は、日本から来た訪問者や
若者たちも参加して
喜びを体験した。
 


   
   


ゆめポッケをもらって、大喜びの子どもたち 
     
   

ゆめポッケを開いてのぞいて
中に入っている、学用品やおもちゃ
ぬいぐるみを取り出して喜ぶ
子どもたち。
現地の子供たちにとって
ぬいぐるみなど、
ほとんど夢のまた夢。
鉛筆や色鉛筆、
クレヨンや定規も買えない。

このゆめポッケの活動は、
さらに現地に親子が訪れて
直接手渡すことで
さらに深い意味を持つ体験となる。
帰る時には、日本子たちと
現地の子供たちは
抱きあって泣く。

こうした体験を通して
日本の子供たちや若者たちも
心を成長させて行き
生きる喜びと力を受けとり
感じて欲しい。
特に自殺の多い、
日本の子どもや若者たちに!!!
 
   
     


 

ゆめポッケの配布が終わって
配布した子の家を訪ねた。
こちらの家は、貧しくて
ほとんど竹で出来ている。
家具も無ければ
食器もあまりない。


立正佼成会の代表の方々が
家族にインタビューする。
ゆめポッケをもらって
大喜びの子どもたち。


 
 
   
   
    
 

配布が終わって大喜びの
MCLの子たちと訪問者
 





保育所のチェックと修理を始めた

保育所支援は、フィリピン政府が
小学校入学の条件として
「小学校に併設される幼稚園を
せめて卒業しなければ入学できない」
という条件を出したところから始まった。

山岳地の貧しい村では、小学校のある
村の中心部まで8キロあり、
ジャングルや山道を小学生は
3時間もかけて歩かなければならないのは
普通の事だ。
ミンダナオ子ども図書館で、山岳部などに
下宿小屋を作っているのも、
そうした子供たちが、
小学校や高校の有る村の中心部に住み、
学校に通えるようにするためだ。
特に孤児や崩壊家庭、そして両親はいても
極貧で食べられない家庭の子たちを優先して
奨学生にしているMCLでは、
下宿小屋に住んでいる子たちに、
米も支給している。
すでに山に男子寮と女子寮を作っているが
現在、海にもう一つ、下宿小屋を作る
準備をしている。

話を保育所にもどすと
そうした貧しい村の幼い子供たちが
8キロもある道を通って幼稚園に
行けるわけが無い。
そこで、政府は、村に保育園を作り
そこでABCを学んだ子もとりあえず
小学校に入学できるということにした。
保育所は、福祉局の管轄下で
村単位で建設、維持する。
保育所といっても、日本のように
親が働きに出ている間に
子供を預かる場所では無く、
一日2時間ほど、ABCや簡単な算数を
学ぶ場所なのだ。

村単位で建設といっても、貧しい村に
お金が有るわけもない。
保育所の先生もせめて高校卒業で
読み書きが解ることが前提だが
小学校卒業生もまれな村で
先生になれる人がいない村もある。
建物などはさらに不可能で、
木の下やプロックと呼ばれる
屋根だけの休み場所で勉強していたりする。
ぼくには、政府の政策は、豊かな村の
ある程度お金のある人々だけが
小学校に入学し、教育が受けられる形にする
貧困層を切り捨てる教育システムのように
思えたものだが、といっても
そうした村の子供たちが惨めで放っておけず
福祉局からの強い要請もあり
保育所建設を開始することに決断した。

保育所には、スタンダードと呼ばれて
大きくてトイレも2つあるものと、
簡易保育所があることもわかってきた。
福祉局からは、とにかく保育所が無い村が
あちらこちらにあるので、
「簡易保育所で良いから、多数建てて欲しい」
と言われた。
そして、簡易保育所を見たが、
床も土で全部竹だけだと、
あっという間に腐ってくる。
そこで、せめて土台と壁の半分は
セメント製にすることにした。
最初は、30万円で可能だったが
10年で資材の値上がりが厳しく40万にし
すでに75件を建ててきた。

ただし、10年もすると
簡易保育所の問題点が見え始めた。
補修は、寄贈式のときの調印と取り決めで
村で行うことになっているのだが
村には、補修の費用すら持てない場所もある。
さすがに土台はOKでも、
竹壁が腐ってきたりもする。
せっかくドネイションしていただきながら
色あせて補修も必要として保育所を目にし
現地の子供たちや教師、
支援者の気持ちを無視できずに、
今年から保育所補修の寄付を募り
補修を行うことにして、実行し始めた。
ただ、補修や時には再建が必要な
保育所は以外に多く
数年は、補修プロジェクトを続けなければ
ならないだろう。経費も大変。
しかし、新たにピンクのペンキが塗られ
壁も補修された保育所で
うれしそうに学ぶ子供たちを見ると
頑張ろうと想う気持ちがわいてくる。
サインボードも塗り替えて張る。

今後は、今までの展開の経験を踏まえて
一時しのぎの簡易保育所を辞めて
室内に2つのトイレを置き
部屋の大きさも広くして
セメントの壁にドアも二つつけて
すべてをスタンダードにして
90万円で建てることにした。
総セメント製だと130万になる。





全面的に立て替えた保育所 
   

保育所には、下にピンクか緑のペンキを塗り
屋根もペンキを塗って錆を防ぐことにした 
   

簡易保育所より面積が広くトイレも二つあり、
扉も二つあるスタンダード保育所 
  
   





ピキット市の保育所の開所式

いつもは、ミンダナオ子ども図書館は
比較的豊かな人々の多い市内や
都市近郊では無く
山や湿原地帯の僻地のなかでも
最も貧しい村や集落で活動し
保育所も、そのような場所を選んで
建ててきた。

しかし、今回はピキット市の
ソーシャルワーカーで、MCLの理事でもある
グレイスさんから、市内の広場に
スタンダードのしかも
総セメント製の保育所を建てられないか
という要請があった。
大きさは簡易保育所の2倍あり、
セメント製であるから暑いのでエアコンも
寄贈されるという。
本来竹壁と窓の方が、総セメント製よりも
暑さをしのげるので良いのだが。

しかも、土台は一メートル以上高くして作る。
理由は、戦争や洪水の時の
避難場所として機能するものを作って欲しい
という事だった。
確かに過去の経験から、
戦争や洪水が起こると、数十万から
時には百万を超える避難民が
僻地から逃げてきて、半年から一年
時には数年にわたる避難民生活を
余儀なくされる。
そのたびに救済支援を行ってきたから
このような避難場所があると、
助かると同時に救済避難ベースにもなる。
セメント製なら、鉄砲玉が飛んできても
命が守られるし、1メートルの高さがあれば
洪水になっても大丈夫だ。

そうした理由を納得して
お二人のスタンダード保育所支援者に
カトリック教会の寄付を加えて
160万で建てたのが今回の保育所。




開所式には、保育所の先生
福祉局のでMCL理事のグレイスさん
そして、神父さまも参加されて
サイン式と祝福を行い
その後で、MCLの若者たちが
読み語りをして
子供たちと一緒に
開所式を楽しんだ。

  
   
 
 
 

MCLのイスラム、クリスチャン、
先住民の子たちが読み語りをした 
    
   

読み語りの後に、みんなでパンを食べた 
     
   

それにしても、10年前に比べると、資材、文具、生活費、ガソリン代などの値上げが激しく
フィリピン経済は表向き上向いていると言われていても
貧困層の生活は、ますます酷くなってきている 




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