『0』ゼロに立つための支援を
ミンダナオで行って来た戦争避難民の救済活動や、
自分自身の青少年時代の悩みや遊んだ体験、
死にそうになった体験や・・・
ミンダナオの子ども達に出会って、救い救われた体験など

生きる夢や希望を失っている
子どもや若者たちがいたら、読んでもらえたらなと思い、
息子の陽と作り始めたサイトです!

 zero
 総合目次!
総合目次を超えて本編に入りたい方は、
ここをクリックすれば飛べます!
Go!


①『愛』は決して滅びない Go!
Go! 1 )「0」ゼロというイメージ      
Go! 2) これからの若者に期待したいのは     
Go! 3)もう一つの支援は      
Go! 4)『愛』は決して滅びない      
Go! 5)引きこもっては世界がわからない     
Go! 6)ゼロに近いからこそ美しい       
Go! 7)  ここだったら子どもを育てられる       
Go! 8)   仕事場と生活の場に壁を作らない     
 Go! 9)  プラスの支援はしないのか     
Go! 10) 新たな道を切り開くだろう     
Go! 11) 子育てより、子育つ社会      
Go! 12)工場に入ったときは      
Go! 13)日本語もしゃべることもできず      

 ②第三次世界大戦も起こりえるGo!
 Go! 1)あっ!ここは平和な日本だった!
 Go! 2)この日記を書かざるを得ない気持ち
 Go! 3)日本の自衛隊が参加する?
 Go! 4)第三次世界大戦も起こりえる
 Go! 5)米の供給がテーマに
 Go! 6)見る影もなく痩せて
 Go! 7)ピキットで戦闘が勃発したという
 Go! 8)子どもたちが困窮している
 Go! 9)ミンダナオ島における資源をめぐる紛争

③歩行も困難な三人Go!  
 Go! 1)誰が学校まで引いていくの?
 Go! 2)見てしまった以上
 Go! 3)サトウキビ刈りは厳しい労働だ
 Go! 4)泣く泣く学校を停止して
 Go! 5)悪霊が憑いたようになって
 Go! 6)真っ赤に血走った目で
 Go! 7)光は渦を巻き果樹園を染めていく

 ④語る力がすばらしい!Go!
 Go! 1)生きている実感の中から伝える
 Go! 2)現地へ来て体験して
 Go! 3)奨学生たちが話し合って決めた
 Go! 4)16歳は結婚適齢期
 Go! 5)恋愛もかまわないし

⑤遊んだ体験とお話が僕を救ったGo!
 Go! 1)本に囲まれて育ってきた
 Go! 2)神が創った世界で遊ぶ
 Go! 3)子どもの頃はいたずらっ子で
 Go! 4)自然体験の視点を交えて
 Go! 5)遊んだ体験が僕を救った
 Go! 6)自然のなかでのびのびと遊んだ
 Go! 7)京都の私立中学を受験した
 Go! 8)公立の中学校に
 Go! 9)その後、高校になって
 Go! 10)後にドイツ文学科に入り

⑥死か発狂の瞬間にGo!
 Go! 1)ちまたこそがぬくもりの環境
 Go! 2)剣を持つものは剣で滅びる
 Go! 3)現代人の死生観の問題
 Go! 4)死か発狂の瞬間に
 Go! 5)落ちこぼれ人生にも触れておこう
 Go! 6)初めての海外旅行

 ⑦なぜ日本が気に入ったかGo!
 Go! 1)ホイヴェルスさんがそうだね
 Go! 2)なぜ日本が気に入ったか
 Go! 3)カトリックの洗礼を受けた
 Go! 4)違っているから面白い
 Go! 5)フィリピンの宗教は土着的
 
⑧日本の若者たちにも伝えたいGo!
 Go! 1)君は野人だからなあ
 Go! 2)日本の若者たちにも伝えたい
 Go! 3)機関誌『ミンダナオの風』

 2021年に見た日本 
子どもこそが未来だから、

イケメンよりも、イクメンに未来を託せそう!
Go!


2011年(2)に作成した
現地体験の記録から

結婚していないから、いのちがけで行動できる
Go!
 
heibon
 ①平凡な一信徒だからGo!
 Go! 1)ファウスト神父に会った
 Go! 2)ぼくも危ない?
 Go! 3)平凡な一信徒だから
 Go! 4)ミンダナオのカトリックは
 Go! 5)日本語で語りかけてきた日系人
 Go! 6)救済し巡るとき

 ②鉱山開発で分断が進むGo!
 Go! 1)誤解を解くための悪霊払い
 Go! 2)悪霊払いを行った
 Go! 3)学校建設は鉱山開発が目的?
 Go! 4)鉱山開発で分断進む先住民 毎日新聞
 Go! 5)同様な鉱山開発が
 Go! 6)母親も殺害された!
 
③避難している子たちに古着Go!
 Go! 1)読み語りと古着を届けた
 Go! 2)古着を喜ぶ村人たち
 Go! 3)日本人の子孫も多くいる
 Go! 4)学用品を届けた
 Go! 5)避難している子たちに古着の支援
 Go! 6)子どもたちへの読み語り
 Go! 7)先住民の映像を掲載!

 息子の松居陽 執筆 

無題 松居陽  Go!  
 Go! 1)宇宙という意識に溺れたひと時
 Go! 2)誰の振りもしなくていいんだ
 Go! 3)自然体を恥じることはない
 Go! 4)言霊の嘆きが聞こえる
 Go! 5)海にぶちまけたい

「愛に捧ぐ黙想」松居 陽  Go!   
 Go! 6)ここは、まったく面白い世界だ
 Go! 7)愛に生きる者にとって
 Go! 8)無条件の愛に不安は微塵も無い
 Go! 9)神が不良品を創造するだろうか?
 Go! 10)僕にとって神は観測者であり裁判官ではない
 Go! 11)松居陽が作成した、
     英語版ミンダナオ子ども図書館の活動映像
zenzen

「0」ゼロに立つための支援を ここから本編に入ります!

 
Aiai0
①『愛』は決して滅びない 
Go! 1 )「0」ゼロというイメージ      
Go! 2) これからの若者に期待したいのは     
Go! 3)もう一つの支援は      
Go! 4)『愛』は決して滅びない      
Go! 5)引きこもっては世界がわからない     
Go! 6)ゼロに近いからこそ美しい       
Go! 7)  ここだったら子どもを育てられる       
Go! 8)   仕事場と生活の場に壁を作らない     
 Go! 9)  プラスの支援はしないのか     
Go! 10) 新たな道を切り開くだろう     
Go! 11) 子育てより、子育つ社会      
Go! 12)工場に入ったときは      
Go! 13)日本語もしゃべることもできず      
 

1)「0」ゼロというイメージ
「0」ゼロというイメージを、
人々は、どのようにとらえるのだろうか。
「ゼロになる」という事は、
何も無い状況を意味している?
感覚的には、
すべてを失った状態だろう。

浮かび上がってくる例は、
土地も財産も
家庭もうしなって、
社会的な、
地位も名誉も無くなり、
絶望の淵に立たされ、
自殺もしかねない、中高年の姿だろうか。

しかし、
かつてから私の心には、
ゼロに立つというイメージの一つに、
さわやかで、肯定的なものがあった。
座標軸で言うゼロは、
マイナスとプラスの狭間であり、
上下左右の中心である。

シャマニズムのコスモロジーでいえば、
東西南北の中心、
陰陽の世界から考えれば、
五行の軸、
西洋の錬金術にしたがえば、
両極性における、
螺旋を支える中心軸ということになる。

かつて学んだ
ゲーテの自然科学や錬金術、
沖縄やアイヌの宇宙像をもちだせば
きりがないが、
仏教的に言えば、
「無の悟り」に近いものだろう。

つまり、
「0」ゼロとは、
原点であると同時に、
これから
「自分の判断で、
 思う方向に進んでゆける」
可能性に満ちた、出発地点でもあるのだ。

現在の
ミンダナオ子ども図書館のような
「支援」をする仕事を始めるとは、
夢にも思わなかったが、
やってみて
支援には、二通りあると思った。

一つは、
ゼロからプラスへ持っていく支援であり、
これは
何も無いところから、仕事なりを作り、
経済的な基盤のうえに、
実質的な利益を
生み出していくための支援だ。

今はやりの
「開発支援」
と呼ばれているものなどは、
この種のものだろう。

それによって、
プラスを走っている先進国の
仲間入りをさせてやろう・・・
と言う種のものだが、
これはこれで、良いと感じる。

ただ、
現在の先進国の様子を
ミンダナオから見ていると、
先進国の仲間入りを
して欲しくはないなと、
個人的には思う。

なぜなら、
先進国は、経済的には富裕だが、
日常生活における心のほうは貧困で、
逆に、ミンダナオの貧しい人々、
とくに、
子どもたちを見ていると、

経済的には貧困で、
生活は大変だけれど、
先進国が失ってしまった
心の豊かさを持って、
生きている気がしてならないからだ。

ただし、
近年MCLを訪れる若者たちや、
日本に来てからここ数年、
日本の若者や
子どもたちを見ていると、

戦後、欧米化を手本として、
日本が、
ひたすら追い求めて走ってきた、
物質文明の豊かさを
最大の目標として生きるよりも、

家族や隣人との関係のなかでの
心のゆとりや豊かさの方が、
大切なのではないか・・・
そのためには、日常生活を
どのようにしていったら良いのだろうか、
と迷いながらも
感じ始めているように思う。



2)これからの若者に
  期待したいのは


むしろ、これからの若者に
期待したいのは、
勝ち組と呼ばれている、
経済的な、先進国を目指して
ワッショワッショと走ることよりも、
(それはそれで、大切だとは思うけれど)

日本でもかつて、
生活のなかに満ちていた、
心に壁のない家族愛や隣人愛が、
生きている世界とは、
どんなものだったのかを、

ミンダナオの貧しくても、
友情と愛に満ちて
生きている、
子どもたちと
友だちになって考えてみて、

そこからさらに、
そうした子たちが、
さらなる貧困や
予期せぬ戦争にまきこまれて、
窮地に追い込まれていたら、

なぜこんな事に、
なっているのだろう?
先進国は、
こうした貧困や戦争が生まれる事と
無関係なのだろうか?
などなど、
不平等や不幸の背景も考えて、

何よりも大切なのは、
「友だちが困っていたら
 これをしてあげたい!」
という気持ちから、

右でも左でもなく、
白でも黒でもない、
二元論のしがらみから脱却して、
第三の道を模索しながら
歩み始めて欲しいと思う。


3)もう一つの支援は

もう一つの支援は、
マイナスにあるものを、
限りなく「0」ゼロに
持っていくための支援で、
教育や医療、文化支援などは、
こちらに属する場合が、多いように思える。

緊急支援以外にも、
ミンダナオ子ども図書館が、
やってきたのは、
教育や衣料や文化支援で、

貧困で、
小学校にも行けない、
多くの子どもたちや、
ご飯も食べられなかったり、
薬も買えずに死んでいく、
経済的に極端な、格差社会であるがゆえに、

マイナスの位置から
抜け出られない子どもたちに、
大学まで行ける教育や、
病院での、
手術にいたるまでの
医療などを提供すると、

不可能が、
可能になることによって、
マイナスの中で
心身を病んでいた子どもたちが、
ゼロつまり、出発点に立てるようになる。

そうして、人心地ついて、
一歩を踏み出せる場所に
立つことが出来る、
そんな、支援こそが、
大切だと思うようになった。

現代社会の基盤である、と言われる、
「自由、平等、博愛」
という概念から
考えてみると、

現在は、
はき違えた「自由」だけが横行し、
富裕層と貧困層、
豊かな国と貧しい国との
格差ばかりが、
広がって、

「平等」も無くなり、
家庭も国家も壁を作り、
「自分たちだけ良ければ、それで良い」
と、考えるあまりに、

隣人愛が失われて、
「博愛」に至っては、
風前の灯火と感じられるが・・・。

そのなかで、
教育と医療と食料支援は、
少なくとも、
落ちこぼれた人々を、
マイナスからゼロに
持っていくための支援で、

子どもたちにとって
最低の「平等」とは、
家族が、みんなで
いっしょに食べることが出来て、

お兄ちゃんお姉ちゃんから
赤ちゃんまで、
病気を治せて、
行きたければ、
学校にも行けること。

つまり、
未来に向かって
安心して生きていける「自由」を感じて、
その後も、
希望をもって、
喜びの中でわかちあい、
「平等」に生きていける、
気持ちになれること。

そのために
根本的に必要なのは、
「博愛」で、

仏教における、
無の境地につながっている?
ミンダナオの先住民の世界観も、
まったく同じ!
それが、
ゼロ地点に立つことだろう。



4)『愛』は決して滅びない

「自由、平等、博愛」という概念は、
キリスト教の
「信仰、希望、愛」から派生して、
作られたものだと思われるけれど、

聖書には、
「たとえ、人々の異言(いげん)、
 天使たちの異言を語ろうとも、
 『愛』がなければ、
 騒がしいどら、
 やかましいシンバル。

 たとえ、預言する賜物を持ち、
 あらゆる神秘と
 あらゆる知識に通じていようとも、
 たとえ、山を動かすほどの
 完全な『信仰』を持っていようとも、

 『愛』がなければ、無に等しい。」
と、聖書(13章1~2節)には、
書かれていて、
パウロは
「『愛』がなければ、
 そのすべてに意味がない!」
と断言している。

「預言は廃れ、異言はやみ、
 知識は廃れようとも、
 『愛』は決して滅びない。」
「【信仰と、希望と、愛】
 この三つは、いつまでも残るが、
 その中で、
 最も大いなるものは【愛】である。」

カトリックでは、
父と子と聖霊の
三位一体を唱えて、
祈るけれど、

父は愛そのもの、
子のイエスは、信仰を語り、
聖霊は、
希望を与えてくれる?

ただし
「どんなに強く
 岩のような信仰を持っていても、
 美しい夢や希望を抱いていても、
 愛がなければ無に等しい。
 なぜなら神は愛だから。」

・・・神学を学んだことも無い
僕のかってな、思い込み(笑)。

ミンダナオにいると、
先進国の、
自国の利益を優先にして、
時には、戦闘を起こして、
他国から、
農業資源や鉱物資源を獲得しようとする、
植民地主義的な政策や、

それを基盤に作られた、資本主義は、
「愛」に取って代わられた
「自由」ばかりが、
強調されて、
貧しいものは、追いやられ、
格差ばかりが広がって・・・

「平等」という
「希望」も失われ、
「信仰」の本来の姿までもが、
無視されて、

富裕層や
その周辺を取り囲む者たちだけが、
経済的に恵まれて、
上から目線の生活をしている、
世界の構図が、見えてくる?

そのような構図のなかで、
日本は、
真ん中より上に、
属しているという、
経済的、社会的意識が、
定着しているせいなのか、

日本も
関係しているにもかかわらず、
自国にいると、
本当の世界が、実感できないような、
気がする時がある。

しかし、
仏教も神道も、
イスラム教もヒンズー教も、
宗教や種族、
国家や民族を超えて、
この世を創造した力は、
大いなる神の愛であり、

慈悲や救いをもたらす力、
それが、創造神であり、
神は、宇宙を、
自然も人も、
愛の力で創ったと、信じていたはず。

そんな、
多様性を持った社会が、
まだ、アジアには、
残っているような気がする。

だからこそ、若者たちよ!
今こそ、日本から飛び出して、
ミンダナオの貧しい地域にくると、
多様性のなかで生きている人々の、
自然な幸せの様子が、
見えてきて、

また、先進国が、
戦争や戦闘を作って、
資源や土地を
先住民たちから奪い去り、

その結果、格差がひろがって、
貧困層は、
さらに貧しい中へと、
追いやられていく、
現代社会の
ありのままの縮図が見えてくる?


5)引きこもっていては、

引きこもっていては、
世界がわからない。
しかし、ミンダナオにいると、
先住民やイスラム教徒や
キリスト教徒のとりわけ、
一般の貧しい人々の中に入ると、
愛が、生きているのが、
感じられるのはなぜだろう。

例えば、
ダバオの海沿いの貧困地域で、
MCLの奨学生もいる、
ササでは、
先住民やイスラム教徒やキリスト教徒、
仏教徒も、お互いに助けあって、
隣人愛のなかで生きているし、

特に、子どもたちに出会うと、
希望が感じられ、
愛は、
宗派や部族を超えて、

たとえ、信仰が異なっていても、
異なった夢を抱いていても、
友情と隣人愛の中で、
平和に生きていけるのが、
感じられる。

こうした、世界の子どもたちを、
目の当たりにすると、
先進国からから来た若者たちは、
感動して、
泣き出すことも多い。

そのような様子から、
いかに、自国で引きこもり、
孤独な生活をしているのかを感じて、
若い頃には、引きこもりがちだった、
僕の気持ちも、
共感ゆえか悲しくなり、
そこから、救われていく体験を
是非ともさせてあげたいと、
思うようになった。

引きこもっていては、
世界の真相がわからないから、
飛び出しておいで!
ダバオ空港まで、
安い便だと
6万円ぐらいで往復できて、
MCLのスタッフが、
車で迎えに行っているよ!

MCLでは、宿泊費はないし!
スタッフの仕事について、
山へ行ったり、
海へ行ったりできるから、
最低でも1~2週間、
場合によっては、一ヶ月か、
数ヶ月いると良いよ。

引きこもって、
自殺未遂もしていた若者たちが、
曰く、
「ぼく、もう日本に帰ってもだいじょうぶ!
 だって、いざとなれば、
 ここにこれば、いいもん!」

それで僕が、
「そうだね、いつでももどっておいで!
 ここは、君のセカンドハウスだからね。」
というと、彼は、
「違うよ、ここはぼくの
 ホーム(我が家)だよ!」

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05
6)限りなく
  ゼロに近いから美しい


話をもどすと、
ミンダナオ子ども図書館は、
教育に関しては、
学校教育のみだと
活動に限界もあるので、

平和で平等で、
愛のある未来を
若者たちが、作っていくためにも、
スカラー達が、
自ら貧しい地域での
読み聞かせや難民救済に向かったり、

宗教を超えた、
融和をはかるために、
先住民、イスラム、
クリスチャンの文化祭や
平和の日をもうけ、

若者自身が集まって、
自ら考え、行動することによって、
避難民救済や植林や、
文化プロジェクトを
運営していく、
場所にしています。

単に、支援してもらっているだけではなく、
ミンダナオ子ども図書館の子たちが、
自らの意思で、
大変な状況に置かれている、
子たちを、
支援しようと考え、
議論し、実行していく、

そのような、大事な経験を、
若者たちが
実際に体験することも、

学校教育のような、
知識の詰め込み教育とは
異なった、
実体験の一つと、
考えているのです。

上から知識を詰め込んで、
試験の結果、
上下で、評価するような、
学校教育よりも、
重要な・・・?

学校教育とは、
ひと味違った、
民族や宗教を超えた、
友情と愛の体験を経れば、

先進国が、たどってきた道とは、
ひと味も、ふた味も異なった、
第三の新たな道を
ゼロから始めることも、
彼らには、可能な気がします。

本来のアジアに生きている、
心に壁を作らない、
柔軟でファジーな心を、
生まれながらに持って育ってきた
彼らには、
本当の平和を創るのも可能!

MCLに住み込んでいる
奨学生たち曰く、
「イスラム教徒もキリスト教徒も先住民も、
 ミンダナオ子ども図書館では
 宗教や種族が違っていても兄弟姉妹!
 日本人も兄弟姉妹、
 一つの家族だもん!」

私もときどき、
若者たちに語るのは、
「海外に出稼ぎなど、
 行かないほうがいいよ、
 寂しいだけだぞ、
 ここでがんばって、
 仕事を作った方が良いよ。」

「仕事は、探すものではなくって、
 創るものだからね・・・」
ミンダナオは、
限りなく、
ゼロに近いからこそ、美しい?


7)ここだったら結婚して
  子どもを育てられる


ミンダナオ子ども図書館の
スカラシップの選択基準を、
孤児、片親の子、
家庭崩壊の子たちを優先させたのも、
彼らはすでに
マイナスに立たされていて、

彼らこそ、
ゼロすなわち
出発点に立たせたときに、
偉大な、仕事はしなくても、
心優しく
社会に貢献しようとする人に、
育つだろうと思ったから。

しかも、
学校に行かせてあげるならば、
彼らのような、境遇の子たちには、
信じられない、
「大学まで卒業できる道」を
開いてあげたいと、
思ったのも、

人よりも、
マイナスから出発しているだけに、
人並みを超えて、出発させたら、
貧しい子たちの状況や気持ちも
理解できる大人になるから、
良いじゃないか、
と思った事による。

実際、多くの子たちが、
学校の先生になったり、
福祉局のソーシャルワーカーや、
役所の教育局の職員や、
看護師や薬剤師になって、
働いている。

ミンダナオでは、
貧困家庭は、
小学校を卒業するだけでも
経済的に大変で、
大学まで行けるのは、
20パーセントぐらいの
富裕層の子どもたちだけ。

現実的には、
自分が親だったら、だれだって、
子どもの病気は、治してやりたいし、
学校には、出来る限り行かせてやりたいし、
食べさせて、いかなければならないし・・・と言う、
「自分が親だったらこうしてやりたい」と思うことを、
可能な限り(限界も多い)
したいという、思いで活動している。

個人的な感情に
過ぎないかも、知れないけれど・・・。
しかし、
寄付を主体とした事業は、
利益を優先する、
ビジネスとは全く違う。

最初に、寄付金を手にしたときに、
つくづく責任と深い重みを感じたのは、
寄付金は、
今まで、出版社で行ってきた時の
売り上げから入る
「利益」とは、
全く異なった種類のお金で、

寄付金は、
「利益」ではなく、
「子どもたちのための
 『預かり金』なのだ」という、
同じお金でも、
まったく異質の感じがあった。

そんなわけで、
私の家族もスタッフも、
子どもたちと一緒に、同じものを食べ、
同じような竹の部屋で寝ているし、
給与は、決して高くはない。
現地では、海外と繋がっているNGOは、
「仕事は楽で高給取り」と言われている!


しかし、MCLのスタッフたちは、
そのほとんどが、
奨学生の卒業生で、
必ずしも大卒ではなく、
(2020年には20人ぐらい)
結婚して家族を持てば、
敷地内に、シンプルながらも、
家を建てて住み、

食料のお米は、
本部や山や海の下宿小屋や、
町に下宿している
大学生の奨学生をふくめて、
200人分を自給しているので、

スタッフにも、
家族の米と医療、
保険と年金、
そして、子どもの学費も
大学まで保証している。

たとえ給与が、多少は安めでも、
衣食住と医療と教育が
保証されているのだから、
スタッフたちは、
安心して、何人も子どもを産める。

現地では、
子どもを持つことが、
人生の最大の幸せの一つで、
一家族平均して、
7人ぐらいの子どもがいる。

より、高い給与を求めて、
スタッフを辞めて、
海外に出稼ぎに行った子たちも、
必ず帰ってきて、言うことが、
「色々なところで、働いたけれど、
 ミンダナオ子ども図書館が、一番いい!」

日本から来た、
年頃の若者たちが言う言葉。
「ここだったら結婚して、
 子どもを育てられる!」


8)仕事場と生活の場に
  壁がない


ミンダナオ子ども図書館では、
仕事場にも
家庭との壁を作らず、
我が子や、
奨学生の子どもたちも、
仕事部屋に入ってきても良いし、

ゆりかごを揺らしながらや
ベビーベッドの側で、
仕事も出来る。
仕事場と生活の場に、
壁を作らない方法も、
僕が、現地で学んだやりかたで、
ミンダナオでは、あたりまえ。

たとえ、
役所や銀行であろうとも、
仕事場に、子どもが入ってくると、
職員たちが声をかける。
「・・・ちゃん、おかえりー!」
「母ちゃん、あっちで仕事しているよ!」

母さんの机の側まで行くと、
母さんは、机の上で、
子どもの服を着がえさせ、
ゴザを引いて言う。
「さあ、ここでちょっと昼寝してなさい。」

前で座って、順番を待っている、
お客さんたち曰く。
「あなたのお子さん?」
「大きくなったわねー!」

ミンダナオ子ども図書館の本部にも、
80人の、小学校から高校までの
奨学生の子たちが、生活していて、
若者や子どもたちが、

みんなで、
スタッフの赤ちゃんや子どもたちも、
自分の妹や弟として、
家族として、面倒を見てくれるので、
子育ては、本当に楽だ!

「子育て」
という考えがおかしく、
放っておいても
「子育つ」場所が
ミンダナオ子ども図書館!

料理も子どもたちが、
朝の4時半から、5時には起きて、
100人分のおかずを、
作ってくれる。

ゴムの木の廃材を
マキにして、
カマドや庭で炊いた、
ご飯やおかずは、
香りがあって、とってもおいしい。

何度か、
大きな電気釜を買って、
炊いたけど、
すぐに壊れてしまうし、
生まれ故郷と同じように、
マキで炊く方が、慣れている。

洗濯も、
洗濯機ではなく、
井戸水でする。
頼むと喜んでしてくれる。
「パパトモー、洗濯物があったら言って!」

山では、
友だちや兄弟姉妹で、
斜面をおりて、
川に洗濯に行く子どもたち。

最初の頃は、
上から目線で、
洗濯機も使ったことがない
子どもたちだから、

洗濯機を、買ってあげたら驚いて、
感動するだろう、
と思って買ってあげた。
けれども、
ちっとも使おうとしない。

ちょっと使っても、
すぐにやめて、
井戸端で、洗濯している。

「せっかく洗濯機を
 買ってあげたのに、
 なぜ使わないの?」と聞くと。
「洗濯機で、洗濯できたって、
 スイッチ押すだけでつまらないよ!」

「みんなでおしゃべりしながら
 洗濯する方が楽しいもん!」
井戸端会議もそこでしながら、
嫌なことでも水に流して、
そして、最後は、
自分を洗濯!


9)ゼロからプラスの支援は

それならば、
ミンダナオ子ども図書館は、
ゼロからプラスの支援は、
しないのかと言うと、

今現在、
次々と
スカラー達が
大学を出て育っていく中で、

僕のかつての専門だった、
文化事業、
出版や映像を通して、
ミンダナオから
昔話、踊り、音楽など、
文化を発信する事をも、考えている。

もう一つは、農業事業で、
山岳地の
マノボ族などでも作れる、
高地農業の可能性を実験する、
実験農場、

また、
雇用を創出するための
コミュニティー農場の実験を、
今年から始める。

フェアトレードなども
関心はあるけれど、
農業や文化事業をするとしたならば、
ミンダナオに住んで、
むしろ現地で、
作物を育てたり、

踊りや歌を、楽しんだり、
子どもたちを
社会に送り出すための
貢献の土台ができれば、
それで、十分な気がしている。

将来は、
どのような展開になるかは、
分からないが・・・
ミンダナオに、
骨を埋めたいと思っている。


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10)ゼロに立った
   彼らが道を切り開く


今年から、
日本の若者たちも
視野に入れた活動を、
行おうと思っている。

閉塞状態で、
時には、
学校からドロップアウトした
若者たちなど、
特に魅力的だ!

そうした彼らも
マイナスに立っている子たちで、
彼らが、こちらに来て、
ミンダナオの若者たちと
交流することによって、

精神的に、
ゼロの軸の上に立てたら、
良いなと思う。

そこから、進んでいくほうが、
エリートを目指して、
学校の成績や
学歴に執着している、
勝ち組の子たちより
良いかもしれない。

既成の道など
かなぐり捨てて、
思う方向に進めばよいのだ。
それも、
ゼロに立つから出来ることだ。

そう考えると、
今や多くの日本人が、
若者だけではなく、
中高年などの方々も、

経済的には、
プラスの時点に立っていても、
精神的な心の面では、
マイナスの上に立っているように、
思えてならない。

自殺率から鑑みれば、
マイナスからゼロに立つための、
心の国際支援を必要としているのは、
ミンダナオより日本人?

国際比較の自殺率から見れば、
日本は9位で
先進国中第一位。
フィリピンは、100ヵ国中85位だ。

自殺志願の中高年も
可哀想だとは思うのだが、
ミンダナオ子ども図書館が、
あえて若者にこだわるのは、
彼らに、
未来があるからだ。

もちろん、
中高年の方々も、いらしてくださいね。
死ぬぐらいの勇気があるのなら、
武器を持たずに、
戦闘地域に入っていって、
子どもや難民を
救済することができる?

今後もなるべく、
多くの若者たちを、
ゼロの上に立たせる支援を、
していきたい。
ゼロに立った彼らが、
新たな道を切り開くだろう。

その後、
プラスに向かって、
どちらに歩を進めていくのかは、
彼らの意志にまかせよう。
若いときの体験が、
彼らを支え導くだろう。

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以下2018年に加えた記事です  


11)子育てより、子育つ社会

ミンダナオ子ども図書館にいると、
「子育て」
という言葉が、変に聞こえる。

「子育て」より
「子育つ」が自然!


敷地内には、
スタッフの家も建てて、
夫婦で住んで、
赤ちゃんや子どもたちもいる。

あえて、仕事場と家庭の境もとって、
仕事場でゆりかごで
赤ちゃんをあやしながら、
時には、机の横の足元で、
子どもたちが、
遊んでいるのを見ながら、
経理や会計の仕事をしてもOKだ。


これは、わたしが、
キダパワン市の銀行や役所や、
ダバオの修理工場で学んだスタイル。
あるとき、
銀行や役所で順番を待ち、
名前が呼ばれるのを待っていると、
とつぜん、小さな小学生が入ってきた。

私が驚いていると、
職員たちが言った。
「・・・・ちゃん、おかえり!
 母さん、あっちにいるよー。」


そしてなんと、
私たちの前の机にこしかけて、
客の対応をしているのが、
母親だった。

母親は、我が子を呼ぶと、
座って順番をまっている
私たちの前で、
子どもの服を着替えさせてから、
タオルケットを、
横に広げて言った。
「さあ、少しここで休みなさい・・・」


日本人的発想の私は、驚いて思った。
「公私混同も甚だしい!」
しかし、隣に座って待っている
ほかの人たちは、全然気にせず、
むしろ、うれしそうに声をかける。
「あなたのお子さん?」
「・・・・ちゃん、大きくなったね。」


aki1
12)ダバオの工場に
  入ったときは


ダバオの
家電修理をしている
工場に入ったときは、
もっと驚いた。

座って修理をしている
職員のうしろに、
ところどころ
木の台が、置かれていて、
タオルをかぶった、
女の人が、
なんと、ゴロゴロと寝ているのだ!


案内をしてくださった、
工場長に、
「あの寝ている人は、だれですか?」
とたずねると、
その方はこう答えた。
「ああ、職員の奥さんですよ。」

「妊娠中で、出産も間近だから、
 家に放っておくことできないでしょ。
 だから、
 ご主人の後ろに台を置いて、
 そこで、
 寝られるようにしているんです。」


びっくりしていると、
寝ている女性が、起き上がって、
前で仕事をしているご主人に言った。
「あなた、のどがかわいたわ。
 コーラのまない?」
するとご主人は、
振り向いていった。
「わかった。今買ってくるからまってて。」

そういうと
立ち上がって出て行き、
コーラを買ってくると、
二人は
奥さんの寝ている台に腰かけて、
仲良く、コーラを飲み始めた。


ちょっと驚いたけれど
なんだか、良い雰囲気があって、
ミンダナオの社会では、
日本では、失われてしまっている
アジア的で、何か大事な物が、
失われていないような気がして
ホッとした。


ミンダナオでは、
一家族が平均して5人、
山では、7人から
12人ぐらい子どもがいる。
おじいちゃん、
おばあちゃんも含めると
家族もおおい。


「そんなにたくさんの子どもを、
 どう育てるの?」
ミンダナオを訪れた日本人は、
皆そうたずねる。
山では、お姉ちゃんや弟が、
赤ちゃんをおんぶして、


下の子たちは、
川で洗濯が、終わったら、

今度は最後に、
自分を洗濯!


お兄ちゃんやうえの弟は、
山の畑仕事を、
てつだってくれるし、
山から薪を集めて来て、
薪でご飯も炊いてくれるし。


山羊や豚や、
ときには、
ニシキヘビもさばいてくれるし、


ニワトリも
さばいてくれるし、
みんなで、
ご飯も作れるし。

外で友だちたちと
仲良く遊ぶし、
近所の人たちも、
みんなで、面倒を見てくれるし。

ミンダナオでは
「子育て」しなくっても、
子どもが育つ。
「子育つ」社会。

そう答えると、
唖然とした顔になって、
日本から来られた若者たち。
とくに、未婚の方などは、
よくこうおっしゃる。
「ここだったら、結婚できそう!」

ミンダナオ子ども図書館でも
子どもたちは、
山と同じように、
スタッフの赤ちゃんや
子どもたちの面倒を見てくれる!


だから、
ここでは、
子育てしなくても、
子どもは、自然に育っていく。

家族のなかで、
コミュニティーのなかで、
子どもは、放っておいても
自然と育つということが、
わかってきた。

娘たちも、小さい頃から
料理や洗濯を、
自然に友だちから、
教わって育った。


aki2
13)日本語も
  しゃべることもできず


高齢化していく、
僕の両親を放っておけずに、
3年前に、日本に来たときには、
日本語も、しゃべることもできず。
私立学校や
インターナショナルスクールに入れる
経済的な、ゆとりも無いので、
公立の小学校に、はいったけれど。


「だいじょうぶよ!
 友だちがたくさんいるもん!
 言葉が通じなくっても
 心が通じるからだいじょうぶ。
!」

「ミンダナオ子ども図書館で、
 おおぜいの仲間と
 いっしょに育っているから
 全然平気!」

これを書いている今は、
長女は中三、次女は中一で、
日本語がペラペラ。
学校の先生が、
ビックリして曰く、
「本当に明るいですね!」


それにしても、
 ふつうは兄弟姉妹で、反目するのに、
 信じられないくらい
 仲が良いですね。

 娘さんがいる
 クラスや学年が、
 明るくなりました!」

大きくなってくると、
面倒を見てもらった体験から、

今度は、
逆に小さい子たちに、
愛と友情で接することを
自然に学んだ・・・?


しかし、娘たち曰く。
「高校からは、ミンダナオがいいな!
 だって、いっしょに育った、
 仲間もたくさんいるし!
 みんないっしょが、楽しいし!」

「中学を卒業したら、
 高校は、ぜったいミンダナオ!
 将来も、私たちがMCLを
 仲間といっしょにやっていく!」

長女は、
2018年から
ミンダナオの日系人会が運営する
ダバオの中学へもどりました。

その後、将来は、
小児科医になりたい、
ということで、
大学病院付属の高校に合格!


大学は、私立医学部でも、
年間で20万円ほどです!
次女も、
2021年に、
日本の公立中学を卒業したら、
ミンダナオへ。


わたしたちも、
2021年後には、
娘たちと、ミンダナオに移り、
生涯ミンダナオに住んで、
ミンダナオ子ども図書館の子どもたちと
過ごしていくつもりです。

よろしければ、
訪ねに来てくださいね。
メールで宮木梓さんに、ご相談ください。
ダバオ空港まで、お迎えに行きます。
宿泊費はとりません。


上は、八ヶ岳の赤岳に登った時の写真。

下は、マノボ族の酋長になったときの写真です。
酋長の役割は、
親の無い子の面倒をみること、
母子家庭を、脇から支えること、
喧嘩や諍いをおさめ、
戦争が、起こりそうになったら
酋長が集まって、会議を開き平和を作ること。
だそうです!

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daidai
②第三次世界大戦も起こりえる
Go! 1)あっ!ここは平和な日本だった!
 Go! 2)この日記を書かざるを得ない気持ち
 Go! 3)日本の自衛隊が参加する?
 Go! 4)第三次世界大戦も起こりえる
Go! 5)米の供給がテーマに
 Go! 6)見る影もなく痩せて
 Go! 7)ピキットで戦闘が勃発したという
 Go! 8)子どもたちが困窮している
 Go! 9)ミンダナオ島における資源をめぐる紛争
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 2009年:6月16日(火)
1)あっ!
  ここは平和な日本だった!


時々、
激しい疲れが、
午後になって、
重い石車の軋みのように、
頭と体を轢いていく。

去年の8月からの
ピキットでの戦闘。
その後の、激しい緊張が、
血の凝りのように
脳髄と背骨とに留まり、

気がつかなかったものの、
氷雪のように、
肩から、
頭にかけて溜まっていた。

戦闘は、2月あたりで、
多少収束に向かい、
3月から5月まで、
ミンダナオ子ども図書館にやってきた、
新たな若者たちの
対応に、追われていたが、

6月の新学年が、始まると同時に、
少しずつ、南に押し流された
北極の氷山となって、
溶け出し始めた?
のかもしれない。

偏頭痛と、極端な脱力感と、
夢を交えた、
重い午睡が、突然襲い、
車の中であろうと、
山に訪ねた、竹小屋の床であろうと、
眠りが襲う。

トラウマ状態は、確かにあった。
少しの物音でも、
戦闘を思いだす、刺激があると、
緊張が走る。
強風のあえぎや、ヘリコプターの爆音。
今でも国道で出会う、
軍用車などなど・・・。

日本に、行ったときも、
九州の湯布院で、天空を、
自衛隊のヘリコプターが数機、
爆音をとどろかせて、
横切ったとたん、
髪の毛がさかだって、

「どこで、
 戦闘が起こっているのか!
 早く子どもたちを
 助けに行かなくては!」

と思って、
ふっとまわりを見渡して、
呆然とした。
「あっ!
 ここは平和な、日本だった!」

戦争で、イラクなどにいってきた、
米軍の若い兵士が、
祖国に帰っても、
トラウマ状態になるのが、
良く理解できる。

しかし、規模は小さい物の、
ミンダナオで戦争が起こる
(起こされる)現状を、
終始見ている者としては、
現在の日本の状況も、
決して良くはない。

1999年の「周辺事態安全確保法」と、
2001年の「テロ対策特別処置法」が、
通って以来、
尖閣問題も含めて、
戦争を作るために、
中国と日本、ベトナム、韓国、フィリピンを
対立させよう、
としているように思えた。


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2)この日記を
  書かざるを得ない気持ち


赤で書いているこの文は、
2020年のものですが、
このサイトページの、
黒で書かれた文は、
ミンダナオ情勢が、
非常に複雑に展開している、
2009年から、10年に書いたものです。

この時期に文章で、
日記を、書かざるを得ない
気持ちになったのは、
以下の理由によります。

1996年から2002年の
フィリピン政府軍と米軍による
合同演習(バリカタン)という名の
ミンダナオを舞台にした、実戦と、
2003年の
米軍による、テロリスト掃討作戦で、
150万の戦争避難民が出た。

(このときに
 避難民の子どもたちを見て
 心を痛めて
 ミンダナオ子ども図書館を始めました。)

ところが、
2003年にイラク戦争が勃発して、
米軍も国際NGOも、
まだ大量の避難民が、
いるにもかかわらず、
いっせいに、ミンダナオから去って、
イラクへ向かっていったのです。

その後は、
小規模な戦闘は、
毎年起こるものの、
情勢は、比較的安定した感じでした。

ところが、2007,8年頃から、
次第に、イラク戦争が、
行きづまるにしたがって、
ISISアイシスが、アジアにもどりはじめ、
日本政府が、主催した
IMT国際監視団による、
和平交渉も決裂し、

ちまたでは、
東アジアで第三次世界大戦が、
起きる可能性がある!
と、言われ始めました。

その後、
戦闘地域だけではなく、
ミンダナオの全ての学校の屋根に、
白のペンキで
大きく番号が書かれ、


理由は
無人爆撃機のドローンが、
避難場所である学校を
爆撃しないようにするためだ
と聞きました。

テレビ東京の番組で
パックンが来られた時の番組にも、
学校の屋根に
白いペンキで番号が書かれている
理由が紹介されています。
池上彰の
ジャパンプロジェクト
世界の”命の現場”で
奮闘する日本人
 
 
パックンが
来た
 映像を 見たい方は ここをクリック
jiei
3)日本の自衛隊が
  参加する?


イラク戦争が、
しだいに行きづまり始めると、
テロリスト集団と呼ばれている
ISIS戦闘員は、
次第に、
ミンダナオに拠点を築こうとしている
と言われ始め、

それを理由に、
2014年、
日本の議会を集団的自衛権が通り、

バリカタンと呼ばれる、
フィリピン政府軍と米軍による合同演習に、
なんと、日本の自衛隊が、
参加する事になったそうです。

ミンダナオの人々の視点から見ると、
これはいよいよ
大規模な戦争が、
勃発する前兆だと
言われはじめたのです。

バリカタンは、
演習と呼ばれているのですが、
現地では、
演習という名の実戦で、
くり返し、ミンダナオで起こされて、

2000年頃に
3年ほど続いた時には、
空爆も行われて、

150万の避難民が出て、
死体を埋めることなく
河に流した、
と言われています。

その時の悲惨さ、
とりわけ表情を失った
子どもたちの様子を見て、
いたたまれなくなり、
ミンダナオ子ども図書館を始めたのですが、
その後
しばらくおさまっていたものの、

集団的自衛権が通ってからは、
現地では、
次回ミンダナオで
大きな戦争が起これば、
米軍と共に日本軍も攻めてくる。

(自衛隊は、
 現地では、日本軍と呼ばれています)

尖閣諸島での、中国との対立も
過度にあおられて、
場合によっては東アジアで、
第三次世界大戦が、
勃発するのではないか、
と言われるようになりました。

ただし、その後、
ミンダナオ出身の
ドゥテルテ大統領になって、
フィリピンは、
米軍とも距離を置き、

日本政府、
JICAなどの尽力もあり、
和平交渉が、再開されて、
MIFLとフィリピン政府との間に、
和平が、締結されたのです。

これを書いている
2020年現在も、
和平交渉の詰めは、
進行しています。


そうした、複雑な情勢の中を、
ただひたすら
子どもたちの事のみを考えて、
活動してきた
ミンダナオ子ども図書館の歩みは、
年代別に記したサイトの
「戦争と平和構築」でご参照下さい。

GO!

sp2
 2009年:6月17日(水)
4)第三次世界大戦も
  起こりえる


2000年前後の
150万を超えると言われた、
戦争避難民救済支援の後も、
毎年のように起こる
戦闘や地域闘争で、

何度も、
救済活動を
行い続けてきた体験から見ると、

平和呆けしている
日本のことが、
心配でならなかった。

ミンダナオで、
戦争が、起こっている!
と言う事も知らない日本人。

UN国連の人が、
現地で私に、
教えてくれたところによると、
イラク戦争前まで、
世界で最も
戦争避難民の累計が多いのが、
ミンダナオなのだそうだ。

ここで、
「避難民」と「難民」の違いを
明確にしておこう。
僕も、知らなかったのだが、
戦争や災害で、
国外に脱出できるのが難民で、

家を置いて、
避難所や国道で、
避難生活を余儀なくされるのが、
避難民なのだそうです。

ミンダナオは、
避難民の累計が、世界一だと、
そのとき聞きました。
イラク戦争勃発の直前のことです。


現地では、これから、
第三次世界大戦も起こりえると
言われていることなどもあり、
ミンダナオに入ってから10年。

日本の事も
多少なりとも意識して、
写真による、活動報告だけではなく、
困惑した自分の心も踏まえて、
ミンダナオ日記を書くことにしたのです。

けれども、しかし、
その重いトラウマが、
ある時、次第に氷解するとき。
確かに久々に、
虫の音が、耳に聞こえてくる。

普段もいつでも
虫は鳴いているのだが、
ついぞ、その様な
平和な光景を忘れていたのか、
シャットダウンしていたのか・・・・

まだ、
本当の心の回復までは、
数ヶ月は、かかるだろう。

その後、
2016年に、
青少年も意識して、久しぶりに、
現地の情勢や活動をまとめた、
ノンフィクション
『手をつなごうよ』(彩流社)を書きました。

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5)米の供給がテーマに


毎朝の
スタッフとのミィーティングで、
若者たちへの
米の供給が、テーマにあがった。
ミンダナオ子ども図書館では、
一日で、
50キロの米袋が消費される。

水田を購入して、
自給率を上げていっては、いるものの足りず、
水田の籾が全部消費され、
9月の収穫まで、
待たなければならない。

こうなると、
街の市場で
米を買うことになるが、

米の大量の生産地である、
イスラムのリグアサン湿原地帯が、
極度に危険な
戦闘地域であることも影響して、
毎年、
米の値上がりが、激しく、

9月までのりきるために、
若者たちに、
敷地内に
カサバ芋やサツマイモ、
食用バナナを植えてもらい、

それを
夕食前のおやつに
食べることで、お腹を満たし、
そのあとで、
夕食を、
食べることに決めた。

米の消費を
極力抑えるためだ。
まるで、
戦中の配給制度のようだ。

確かに、戦闘はあるし、
世界経済も良くないので、
その影響が、
ミンダナオにも及んでいる。

私たちは、
水田を持ち、
多少なりとも自給米が、
食べられるだけましだが、

山のマノボ族や
貧しい多くの家族は、
米どころか、
おかずも無く、
三食まともに、食べられていない。

kome6
6)見る影もなく痩せて

4月5月の夏休みに、
里帰りしていた子たちも、
次々と戻ってきたが、
あれだけふっくらとしていた子たちが、
見る影もなく、痩せて戻ってきた。
後記:2024年現在は、
6,7月が学年交代で夏休みです


聞くと2ヶ月の間、
家ではほとんど、
食事らしい食事をしていない。
これが現実だ。

体力が、弱っていたせいだろう。
次々と
高熱の子たちが出て、
18名以上が、
熱と頭痛と腹痛で治療を受け、
6名が入院した。

これを書いているのは、夜で、
気まぐれな、
地蛍の漫遊の向こうから、
熱帯の空気を押しつぶしたような、
嗄れた虫の音が、聞こえてくるが、
それに混じって部屋から、
ときどき
咳をしている子たちの乾いた音がする。


他にも、入院患者が、
立て続けに出て、
すでに、
8月までの医療予算を
消費してしまった。

治療を
受けられるだけ、
マシなのだが・・・。

sp7
7)ピキットで
  戦闘が勃発したという


午後一時に、
ブアランとアレオサンで
戦闘が勃発、
大量の難民が出ている!
という連絡が入った。

雨の多いシーズンで、
難民たちは、困窮しているので、
ビニールシートの支援を
開始できないか、
という連絡。

緊急に、スタッフ会議を開いた。
明日は、病人の搬送のため
ダバオに行く予定だったが、
その件は、
スタッフの一部にまかせて、
緊急にピキットへ、
支援活動をしに行く、必要がありそうだ。

ここ数日、
頭痛が起こり、
嫌な予感が、
絶えず心を襲ってきていたが、
このことだったか?

世界的に見ても
ラマダン明けの6月7月は、
イスラム地域で
不穏な動きがある時期のような、
気がする。

ブアランから
アレオサンでの戦闘勃発は、
去年の8月の
戦闘開始のケースとまったく同じだ。
今後、
拡大しなければ良いのだが。


sp
8)子どもたちが
  困窮している


ピキットで
戦闘が、
勃発した連絡を受け、
翌日の火曜日、
さっそく現地に向かった。

難民が、
発生している地域は、
まだ限られており、
ブアランとパニコパンの難民の状態が、
良くないと言うので、
困窮している地域を優先した。

正直な気持ち、
せっかく去年からの
戦闘の疲れというか、
トラウマ状態から抜けだし始めたかな、
と思っていた時だけに、

イタチが、
巣穴の土手から頭を出して、
そろそろ、青空の良い天気かな?
と思って、天を見上げたとたん、
重くトゲトゲしたドリアンが、
首筋に落ちてきたような、
感じで、

「いい加減にしてくれよー」
と頭を抱えたくなる。
このトゲトゲした重い情感は、
本当につらい、
ドリアンならそれなりに、
良い臭いで、美味しいのだが・・・


しかし、
奮起して活動を開始。
2000年、2003年、
2006年、2008年、
そして2009年と、
もう、5回の戦闘が起こっている。

そのたびに
難民救済を開始するのだが、
こんな事を
いつまでも続けていたら、
うんざりして、
逃げ出したくなるだろう。

重い鬱病を抱えたまま、と思うのだが、
確かにその通り。
それにもかかわらず、
性懲り無く起こる、
人間が、起こす!
馬鹿げた戦争?

落ち込む心に対抗して、
性懲り無く、
救済活動を実行する原動力は、
どこにあるのか?
と自問すると、
答えは、
一つしかないことに気がついた。

その戦闘の中に、
子どもたちが、いるからだ!

子どもたちがいて、
困窮している、
と想像しただけで、
科学物質で汚染された、
汚泥の中に
野の花を見るような気がして、

恐れを忘れて、
その場に行かなくては!
と思い始める。

この気持ちが、なかったら、
こんな馬鹿げた活動を
誰が、するモノカ!
とも思う。

現場に行くと、
案の定、
他の救済支援は、全くないから、
難民たちは、
困窮して途方に暮れていた。

先日は、
子どもたちも
地面の上で寝たという。

今回の戦闘は、
一ヶ月ぐらいで終わるのか?
とある人が、
軍の関係者に聞いたところ、
「3ヶ月分の弁当を持ってきているよ」
と、答えたという。
3ヶ月分の食糧を、あらかじめ
準備しているという意味だ。

それにしても、
戦闘を起こす理由が、
未だに良くわからない。
DSWDの某氏に
今回戦闘が起こった理由を聞くと、
曰く「選挙が近いからでしょう」
「エッ?」

確かに来年は、
大統領から、
集落の役員に至るまでの総選挙で、
すでに、至るところで、
道路の補修工事が、なされている。
政治家による、
選挙前の資金のばらまきだ。

さらに加えて、某氏曰く、
「政府からその筋に、
 軍資金が、落ちるようにするために、
 戦闘を起こすのでしょう」。

唖然としたが
「なるほど、軍資金というのは、
 資金を落とすことなのか・・・」
と変に納得した。
政治家にとって、
軍は、重要な資金源であり、
票田なのだ。

ad3
9)ミンダナオ島における
   資源をめぐる紛争

ad3
フィリピン・ミンダナオ島における
資源をめぐる紛争の検証
ミンダナオ島中央部の
“Ligawasan (リガワサン)” 湿地帯の
地下資源とそれに関連する
重要行為主体の利害関係の考察
村田俊一

GO!

はじめに
  21 世紀を迎えた私たちの住む世界全体を見渡したときどのような光景が目に浮かぶであろうか。科学や産業の急速な発達により、人類は様々な歴史的な進歩を遂げてきた。途上国もその例外ではない。

 世界60 億人の 3/4 に当たる 45 億 人は途上国に暮らし、過去30年間に世界の平均寿命は8年延び、非識字率は47%から 25%に下がった。完全な水を利用できる農村地帯の割合は5倍以上に増加し、途上国の平均所得は実質ベースではほぼ倍増したが、それでも現在 12 億人 が1日1ドル未満で 20 億人以上が 2 ドル未満で生活するなど、25 億の人々が進歩や豊かさから取り残されている。

 世界の環境汚染や天然資源の枯渇は、豊かな国や特権階級の利害に大きく関連しているように思われる。この報告書を執筆するに当たって、最近の資源と紛争に関連するケースを通じて、重要行為主体の整理と資源と紛争の関連性を検証しながら、ミンダナオ 島のリガワサン(Ligawasan)湿地帯の紛争回避の可能性を模索したい。

 
村田俊一執筆記事
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hoko
③歩行も困難な三人
 Go! 1)誰が学校まで引いていくの?
 Go! 2)見てしまった以上
 Go! 3)サトウキビ刈りは厳しい労働だ
 Go! 4)泣く泣く学校を停止して
 Go! 5)悪霊が憑いたようになって
 Go! 6)光は渦を巻き果樹園を染めていく
 hok1
1)誰が学校まで
  引いていくの?

筋ジストロフィーのアーリー(名前は全て仮名)が、
40度を超える熱を出した。
他にも、
メーアンとジュリーが、
38度の熱で、昼から学校を休んだ。

ご存じのように、
筋ジストロフィーは、
年齢と共に、筋肉が犯されていき、
最後は、内臓の筋肉まで機能しなくなり
死ぬ病気だ。
治療の方法は、ないと言う。

MCLには、
アーリーの兄弟、
リエルとベンジが同じ病気で、
ベンジのみは、
かろうじて、松葉杖で歩行しているが、
他の二人は、車いすだ。

この家族は、マノボ族で、
本当に山奥の
小さな集落で見つかった。
川を渡り、谷を越えて、
かろうじて、4WDが行き着く谷間。

その様な、村の竹の家で
歩行も困難な三人が、
どのような
惨めな生活をしていたか・・・
想像がつくだろう。

見つかった時、
アーリーは、
体を引きずるようにして、
陰へ陰へと隠れようとした。
光を恐れる小動物のように。

彼らが、
不治の病である
筋ジストロフィーであることがわかったのは、
ダバオの医者に、診せた時だ。

ショックだった。
何よりもこの病が不治の病で、
年齢と共に進行し、
やがて、
死を待つしかない事を知った時は、
どうしようかと思いあぐねた。

ミンダナオ子ども図書館で
引き取ることを、
躊躇したくなる理由は、
いくつもあった。

スカラシップをあたえても、
それが
どのように役に立つのか?
それ以前に、
歩けない子を
どのように、面倒を見たらよいのか。

車いすに乗せるとしても、
誰が、
学校まで引いていくのか?
大きくなったら、どのように
面倒を見たら良いのか?
などなど・・・。

hoku2
2)見てしまった以上

もともと、身障者の施設や
介護の知識もなく(今も無いが)、
その様な施設や
介護をやることに、
興味すら持ったことが無い僕が、
この子たちを
責任を持って、引き受かられるのか・・・。

しかし、
山の小屋の
あの惨めな生活の中に、
知らぬ顔して、
放っておく事は、出来なかった。

見てしまった以上、
治療を通して
関係してしまった以上は・・・
MCLに、引き取らなければいられない。
そのためには、
まずは、
車いすが無くてはならない。

幸い、
ノイ君という、
ポリオの若者がいたので、
身障者と暮らす
多少の経験はあったし、

二階建ての本棟を建てるときに、
彼のために、
階段の無い
スロープで上れるように
家を建てていたので、
先のことは、
その時になったら、
考えることにして
思い切って引き受けることにした。

しかし、
狭い病室の片隅の
酸素吸入バルブの横で、
鉛のように重い、
午睡のなかに埋もれている
アーリーの姿を見ていると、

真剣に、彼女の将来の事を
考えれば考えるほどに、
この先、アーリーが、
肉体の不条理の中に、
心も深く
沈み込んで行くような気がして、
胸がつまった。

そのとき、
かすかな救いとして、
僕の心に浮かんだのは、
ミンダナオ子ども図書館にいるときの、
アーリーの
うれしそうな、微笑みだった。

僕は、
そのほほえみが大好きで、
良く、彼女の横に座りながら、
下の芝生で遊んでいる、
子どもや若者たちの姿を、
見るのだった。

彼女は、
そのほほえみで
周囲を幸せにしている!
それだけでも、
大きな存在意義を持って
生まれてきたのではないだろうかと、
ふっと思った。

あれから2年。
車いすは、
他のスカラー達が、毎朝引きながら、
手も足も萎えているアーリーは、
そのわずかな力で、
車いすに、すがるようにして、
小学校を卒業した。

お兄さんで、同じ障害を持つ
ベンジーもリエルも、
高校を続けている。
驚くべきは、
彼らの顔の変化で、
ミンダナオ子ども図書館に来てからは、
想像できないほど、明るくなった!

学校に行くのも、
日常生活も、
ほかの子たちが、
何も言わずにみんなで
協力して、助けてくれるので、
スタッフの手もかりない。

友情の中で
協力して生活していけば、
専門的な
介護の知識など無くても、
かなりの事は、出来るのだ!

その後、ベンジーは、
大学を卒業してスタッフに、
リエルは、車いすのままで、
コンピューターエンジニアになって、
パソコンショップで働き、

アーリーは、
歩けないにもかかわらず、
なんと、
彼氏が出来て、結婚して、
子どもが生まれた!

sp3
 2009年:6月18日(木)
3)サトウキビ刈りは
  厳しい労働だ


今日は、
キダパワン市の貧困地域へ、
今年度の最後の
スカラーを探しに行った。
スタッフの一部は、
先日、予告なしに母親の元に行った
エミリーを捜しに、山の村へ・・・。

今年は、
小学校と高校で数名が、
親元に行ったきり
学業を停止した。

その多くは、マノボ族で、
山の貧困集落から、
家族が、低地の
サトウキビ農場に出稼ぎに出て、
そのまま数週間、
現地に、留まることになったのだ。

兄弟姉妹も、
日雇い労働に駆り出されたまま、
学校を、
ストップしなければならなくなるので、
(親に言われて?自分の意志で?)
自分も学校をやめて、
労働して稼ぐことに決めたのだ。

山地に、畑仕事の無い家族は、
三食たべるのにも、事欠き、
サトウキビ農場の差し出す
ダンプトラックに乗せられて、
サトウキビ刈りに向かう。

特に、
3月下旬から5月は、
学校が、夏休みに入るので、
サトウキビ刈りに
子どもの動労力を駆り出すのに、
適当な、時期なのだ。

サトウキビ刈りの労働は、
ウオーターフォール村から来ている
子たちに多いが、
スカラーの一人が、言うように、
炎天下の厳しい労働だ。

「わたしも、時々したけれども、
 暑い日差しのしたで、
 サトウキビを刈る仕事は、
 本当に本当に、
 つらい仕事なの。

 刈り取って、
 女では、 肩に担ぐことが、
 出来ないほどの束にして、
 それで、2ペソ(4円)稼げるの。

 女では、
 一日に30ペソ(60円)
 を稼ぐのが、やっとかしら。
 男の人なら
 100ペソ(200円)ぐらい、稼ぐけれども、
 その日の、
 三食の食事をするだけで、
 ほとんど、手元には残らない。

 家族みんなで、出稼ぎに行って、
 もちろん、
 子どもたちも手伝うわ。
 そう、小学校の子どもたちもね。
 わたしもしたわ。

 そうして、
 家族みんなで働いて、
 なけなしの賃金を
 家に持って、帰るのだけれども、
 お米を食べられるのは、2週間ぐらい。

 その後は、
 また、一日2食の、
 芋と野バナナ。
 学用品の鉛筆やノートも買えない。」

hok4
4)泣く泣く
  学校を停止して


今は、
世界的な経済危機が、
ミンダナオも襲っていて、
サトウキビ労働の賃金も仕事も、
カットが続いている。
その一方で、ここ数年、
諸物価の値上がりが、家計を直撃。

2年前まで、
50キロの米袋が、
850から900ペソで買えたのが、
今は倍近い、
1500ペソもする。

極貧家庭では、
ちょっとした値上げが、
死活問題になるのだ。

ミンダナオ子ども図書館では、
7.5ヘクタールの水田を持ち、
籾米の値段で、
米を供給しているから、
良いようなものの・・・。
それでも
今年の5月から9月の収穫までは
米が底をつき、

市販の米を、
買わざるを得なくなり、
急きょみんなで
庭の芋やバナナを食べて、
米の消費を
押さえることにした。

それでも、
子どもたちにとっては、
MCLの毎日の食卓に、
米が、三度出てくるだけでも
贅沢なのだ。

そう考えれば、
学業を続けたくとも、
例えスカラシップを
出してもらっていても、

泣く泣く、学校を停止して、
一家が、たべていくための
手伝いをする方を
選ばざるを得ない、
子どもたちの気持ちや状況は、
理解できる。

例えそれが、
小学校の女の子で、あったとしても、
両親が働いている間に、
小さな弟や妹や、
赤ちゃんの面倒を見ることも、
家族を助ける、労働の一部なのだ。

しかも、
大概の家族は、多産で、
平均して、7人の子どもが居る。
こうして、
数名の子たちが、
スカラシップから、こぼれていった。

支援者には、
申し訳ないのだが、
本当の極貧の子たちを
学校に行かせてあげるためには、
授業料だけでは、だめで、

ミンダナオ子ども図書館では、
高校生には、
月に500ペソのお小遣いをだして
学用品を買えるようにもしていますが、
それでも、
無理なことが多々あります。

エミリーは、
それを知っているものだから、
こっそりとMCLを抜けだして、
働いている
両親の事を案じて、帰ったのだ。

それが、わかった時、
即翌日、
わたしたちは
朝のミィーティングで
この件を話し合った。

そして、
状況を調査するために、
とりあえず、
現場にスタッフが、向かった。

エミリーは、成績も良いし、
口数は、少ないけれども
素直なよい子だ。
そして、
スタッフが迎えに行くことで、
親も納得し、
夕刻MCLに戻ってきた。

親だって、
できれば、我が子が、
学校を卒業できるのを
望んでいるのだから。

今日、
高熱を出して、学校を休んだ、
同じ地域のジュリーやメリーンなど
子どもたちが、
2ヶ月の夏休みの間に、
なぜ、見る影もなく
痩せて帰ってきたのかが、
今ようやくわかった。

十分な食物が、
無かっただけではない。
出稼ぎのサトウキビ刈りや、
山の薪拾い等、
業者に売って、日銭を稼ぐための
激しい労働を、毎日していたからだ!

夕刻、
帰ってきたエミリーは、
わたしの姿を見ると、
少し恥ずかしそうに、
そして、本当にうれしそうに微笑んだ。
やはり本当は、
学校に、行きたかったのだ。

sp4
 6月19日〔金)
5)悪霊が
  憑いたようになって


50を過ぎた頃、
予期せぬ離婚を体験し、
何もかも
崩壊したような気がしてから、
物に執着しなくなった、ような気がする。

ここミンダナオで、
しかも、ピキットを中心とした危険地域で、
日本人はおろか、
外国人で、
あちらこちらに入り込んで、
活動しているのは、
僕一人だ。

それでも
怖くないのは、
自分の命に対する、
執着が、
薄れてしまったからだろうか・・・。

しかし、
興味深いのは、
自分の命に対する執着が、
薄れれば薄れるほど、
次の世代の子どもたちや
若者たちの命が、
美しく見えてきて、

「この子達のためだったら
 何でもしたい、
 自分の命が失われても!」
と言った、気持ちが、
強く起こってくることだろう。

それでも、
アーリーのケースもそうだが、
どんなに、救いたいと思っても、
完全には、救えない時の気持ち。

また、
どんなに、寄り添っていてあげたい
と思っても、
生涯、寄り添ってあげられない時の
気持ちは、

愛する人から
無理矢理引き離されて、
どっと血が、流れながら手術をしても、
修復できない
裂け目に似ている?

makka
6)真っ赤に血走った目で

激しい頭痛が、続いて、
スピリットが憑いて、
振り乱した髪の毛の間から
真っ赤に、血走った目で、
中空を見据え。

どう見ても、
狂気の化け物のような、
顔になっていた少女。
スタッフも、奨学生たちも恐れて、
近寄ろうにもよれないので、
僕が、必死に抱きかかえて、
落ち着かせた少女。

普段はおとなしく、
本当に、よい子なのだけれど・・・。
その後も相変わらず、
頭痛と狂気が、戻ってくる。

本人は僕に、
「このまま、わたしは
 気が狂って、行くような気がする。
 最後には気が狂って
 死んでしまうような、気がする。

 死んだ妹が、
 私を向こうに、
 連れて行こうとしている・・・
 それが怖い!」
と言って泣いた。

僕は繰り返し、
「死者は、天使になって、
 神さまと共に、
 イエスさまと共に
 空から君を、見守っている。

 死んだ妹も、そうだから、
 落ち着いて安心するように。」
と話すのだが。

あるときには、少女は、
とつぜん
男のような声になって、
狂って、暴れだした。

その声を聞いて、
親戚の子が、
僕に言った言葉が、忘れられない。
「あれは、死んだおじさんの声だわ!
 死んだおじさんの霊が、
 取り憑いている!」

誰も恐れて、近寄れず、
あんまり酷く暴れるので、
僕は、彼女を抱きしめて、
耳もとから
彼女の魂に声をかけて
呼び戻すと、

ようやく
少女の意識が戻り、
倒れたまま眠り込んだ。
翌朝、起きても
全く何も覚えていない。

50を過ぎていくと、
そして、
人生に対する執着が、無くなっていくと、
自分のいのちは、どうでも良いから、
次の世代を生かしたい、と言う
強い気持ちが、生まれてくる。

今やっている活動も、
そうした気持ちの延長線上に
有るように思う。

しかし、
言うに安しであって、
そのことを少女に言っても、
心の痛みは、
なかなか当人から、
離れる物ではないし、
それが悲しい。

それでも、
僕の言葉を聞いて、
本当に、おだやかに微笑んだ、
少女の笑顔が、忘れられない。

彼女は今、
実家に近いところから、学校に通っている。
両親に近い方が、良いと思って、
そちらに移したのだが、
相変わらず、頭痛に襲われて、
ときどき、
意識が、遠くなるようだ。

今まで、すでに5人
そうした子に出会っている。
人には、話せない
辛い経験をしてきた子たちだけに、
ときどき
悪夢に、苛まれるのだろう。


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sp5
 6月21日(日)
7)光は渦を巻き
  果樹園を染めていく


朝起きて、ポーチに立つ。
夜明けの光が、
正面のアポ山と、
その前山の山並みの
向こうから、

黄金の水が、
こぼれ出したように、
正面に高くたつ
椰子の木立におちる。

こぼれだした光は、
渦を巻きながら、
果樹園を染めていく。

ランブータン、
ランソネス、
マンゴー、
ドリアンといった、
果物の木が、
輝く虹色の光を浴びていく。

早朝のミンダナオ子ども図書館。
家の裏では、
子どもたちが、井戸端で、
朝の水浴びや、
洗濯をしている。

キッチンでは、
4時半の暗い頃から、
朝食の準備が、
はじまっている。

子どもたちが相談して、
グループ分けして、
毎朝交代で、自分たちの手で、
庭の野菜を摘み取って、
朝ご飯を作る・・・
気持ちの良い、朝のひと時。

そんな様子を、眺めながら、
コーヒーをいれる。
目の前に、コーヒーの木が、
植わっているのが、見えるのだから、
地場そのものの味わいだ。

ポーチに座っている、
僕を見つけた子どもたちが、
下から叫ぶ。
「パパとも-!おはよーーぅ!」
日々の活動で、
悲惨な戦闘を、ピキットで体験しても。
難民の困窮している、様子を見ても。
この自然の美しさと、
子どもたちの無邪気な、笑顔だけは、
変わらない。

「こんな美しい世界で、
 なぜ戦車が、走ったり、
 迫撃砲やM16ライフルが、炸裂したり、
 ヘリコプターから、
 砲撃を加えたり、するのだろうか?」

それは、
その部分だけとれば、
地獄絵のような光景なのだが、
その地獄絵は、
人間が、人工的に作り上げている
カリカチュアに過ぎないことは、

その地獄絵図の周囲に、
まったくかわらない、
美しい自然の風景が、
広がっている事で、良くわかる。
小鳥たちも、さえずっている。

あるイスラムの村長さんが、
言った言葉が、忘れられない。
「昔は、ここでは人間達も、
 宗教や種族を超えて、
 平和に暮らしていたんだよ。
 先進国が、
 この地に、関心を持つまではね。

 ピキットのリグアサン湿原には、
 膨大な石油や
 天然ガスが眠っている。

 海外がそれに、
 関心を示しさえしなければ、
 今でもここは、
 美しいパラダイスなんだ。」


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katal
 ④語る力がすばらしい!
 Go! 1)生きている実感の中から伝える
 Go! 2)現地へ来て体験して
 Go! 3)奨学生たちが話し合って決めた
 Go! 4)16歳は結婚適齢期
 Go! 5)恋愛もかまわないし
 sp6
 6月22日(月)
1)生きている
  実感の中から伝える


昨日と一昨日は、
子どもたちによる、読み語りがあった。
新しく来た子たちも
読み語りが、大好きで、

小学校1年生の子でさえも、
初めてだし、
まだ、字も読めないのに、
堂々と、
絵本の読み語りをする。

絵を見て、
自分で、お話をつくりながら、
周囲に
爆笑を引き起こして語る・・・
語る力がすばらしい!

初めて、ミンダナオに来た後、
一時、ニュージーランドに行った。
英語を磨くためだった。
その後、世界の特にアジアの
現状を知りたいと思った。
これは、
昔から暖めてきた、思いだった。

すでに30年前、
『昔話の死と誕生』(教文館)を書いた頃から、
アジアにこそ、
これからの平和な未来を作る、
世界観、宇宙観が、
まだ、生きていると感じていたからだ。

そこで最初は、
ジャーナリストのように、
あちらこちらの
貧困地域や紛争地域をめぐって、
現状を取材して、
執筆しようかと考えたが、

それはそれなりに、
意味はあるが、
訪問者として、旅行記や、
ジャーナリスティックな物は、
書けても、
その地域の人々の
心の中に深く宿る真実は、
なかなか、見えてこないと思った。

むしろ、
一カ所に留まって、
現地の人々と
何らかの活動をしながら、
そこに住む人々と深くつながり、

そこから
見えてくる物こそが、
僕が、求めているもので
あるように思ったし、
今も、そう感じる。

物を書くことが、
本来の目的ならば、
あちらこちらをめぐって
取材して書く方が、
多彩で、量も多くて良いだろう。

しかし、僕の場合は、
書くために生きるのではなくて、
生きている実感の中から、
人々に伝える必要が、
あると感じた事を
書くのが、
自分のやり方だと思った。

確かに、
一点に滞在して
深く掘り下げる仕事は、
書く視点から見ると、効率は良くない。

けれども、
そこから、世界につながる、
普遍的な真実を、
見いだすことは可能だし、
書くことが、
先に立つのではなく、
生きることが、先に立つ方が面白い。

ミンダナオという、東南アジアの
北海道と四国を合わせたほどの大きさの、
小さな島の、
さらにその、
ごく一部分の場所にすぎないけれど、

実体験を通して、
深く掘り下げた中から、
次第に、見えてくる真実を
追究したい!

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2)現地へ来て体験して

しかしその後、
ミンダナオ子ども図書館を始めてから、
7年がたつが、
ほとんど、本を書いていない。

書け書けとは、言われるのだが、
可哀想な一人の子どもが、
笑顔になる様子を
目の前にしてしまうと、

絵本も本も、
絵画も文学も芸術も、
空に吹っ飛んでしまうほど
感動的で美しい!

そのような、
子どもたちに囲まれた生活が、
あまりにも感動的で、
面白いからだろう、
「子ども図書館」を作りながら、
一時期は、
絵本や本に対する
興味すら、吹き飛んでしまった。

しかし、子どもたちが、
お互いに絵本を楽しみ、
読み語りを楽しむ姿を、
見ていると、
絵本や本の存在価値も感じられて、
これはこれで良いな、
と思いはじめた。

そして、
いたるところに生きている、
子どもたちの本当の笑顔や、
心の豊かさや、
生きる力を見るにしたがって、

逆に、
日本の子どもたちに、
この世界を
伝えてあげなければいけない、
と思うようになった。

経済的には、豊かだけれど、
自殺や引きこもりが、
増えている、
心の貧しい日本の子ども・・・?
そこで、久しぶりに
絵本『サンパギータのくびかざり』(今人舎)

『サダムとせかいいち大きなワニ』
(今人舎)をだし、

青少年のために
『手をつなごうよ』(彩流社)を出しました。

本の良さは、
いつでも、
そばにいてくれること!
携帯は、
スイッチを消すと、幽霊のように飛んでいく!

しかし、
絵本や本だけだと、
特定の本好きな家庭の子にしか、
行き渡らないし、
今の時代の、
落ちこんでいる子どもや
若者たちの事を考えると、

ウエッブサイトでも、
買わずに、ただで読んだり、
楽しんだり、出来るように工夫して、
絵本や本や携帯で見て
何かを感じたら、
そこから、
本当の世界に、
飛び出したくなるような、

踏み石になるような、
物語を、
絵本や本や
サイトや映像で、
作ろうと思うようになった。

ミンダナオ子ども図書館の
サイトでも、
昔話や物語、
創作や映像をただで、
読んだり、見たり出来ますよ。
MCL映像サイト MCL文庫
 機関誌『ミンダナオの風』 にこめた思い!
でも、それをきっかけに、
ぜひ現地へ来て、
子どもたちに出会って!
本物の体験をして、
みてください!

sp11
3)奨学生たちが
  話し合って決めた


今月の最終の日曜日は、
高校大学のスカラー達が、
全員集まり、
総会ジェネラルミィーティングを行った。

前回は、
今年度の役員選挙が、
行われたので、
新役員の議事により、
進められた。

次回は、マノボデーと呼ばれる、
先住民の文化祭なので、
今月は、一般的な話し合いがなされた。
学校での諸問題、
下宿での問題、
また、多少改正したポリシーが、
承認された。

学校に関する問題は、
今年入学した奨学生に、
制服が、
まだ支給されていない事などが、
議題にあがった。

下宿は、
最低350ペソを
MCLで支給しているが、
毎年、下宿代が高騰しており、
平均で、400から500ペソになっていて、
差額は、個人負担なので、
厳しい状況だと報告された。

今後は、
家を一軒借り切って、
集団生活をすることで、
奨学生が、
下宿代を出さなくても
やっていける体制を作っていく。

ミンダナオ子ども図書館では、
奨学生たちが、
話し合って決めた
独自のポリシーがあり、
保護者にも、サインをしてもらっている。

自宅から通う
子達は、
恋愛も含めて、
保護者の責任で、

MCLに住んでいる、
子たちの場合は、
帰宅時間など、独自のルールがある。
恋愛に関しては、
スタッフが、
責任を持たなくてはならないので、
高校生は、本部に住みこむ場合は、
家族として、
互いに愛し合うことが原則。

もし、恋愛が発覚しても、
スカラシップは、
続けることが、出来るけれど、
親戚など、保護者の元に帰ること。

そうすれば、
責任は、
保護者に移るから、
保護者が良ければ、
恋愛はOK。


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sp19
4)16歳は
  結婚適齢期


かつて、フィリピンの教育制度は、
日本と違い、
2015年以前までは、
小学校を卒業すれば、
四年制のハイスクールに入り、
16歳で卒業して、大学へ行き、
20歳で大学を、卒業できた。

村では、16歳が、
結婚適齢期であることを思うと、
以前の制度では、
12歳で、小学校を卒業後、
出来れば、
ハイスクールに4年間行き、

16歳で、卒業して結婚して、
家の仕事をしたり、
農業を手伝いながら、
我が子を育てていくのが、
夢だった。

出来れば、高校を卒業後、
4年間、大学に行って、
20歳で卒業すれば、
街のモールや学校教師、
役所や会社など、
高給とりの仕事に就ける。

けれども、
貧しい家庭では、
小学校を卒業するだけでも、
夢のまた夢・・・!

ところが、2015年以降、
ハイスクールが、
小学校を卒業後、
四年間ジュニアハイスクール
(日本で言えば中学校)に行き、

その後さらに、
新しく出来たシニアハイスクール
(日本で言えば高校)に、
二年間通い。
その後に、
大学を受験することになった。

ということは、
日本と同じ、18歳で大学に入学し、
順調に四年間で
大学を卒業できれば、
22歳で、
卒業できる制度となった。

ミンダナオ子ども図書館の
スカラシップの子たちの中には、
家庭崩壊や極貧ゆえに、
小学校も、
まともに行けなかったが故に、
すでに年齢が、クラスメートよりも
多少上の子たちもいるし!

そうした、子たちにとっては、
大学を卒業できるのが
22歳以上になった事が、
ショックで、

この時期ずいぶん、
ジュニアハイスクール(中学)を卒業したまま、
シニアハイスクール(高校)には行かず、
学業をストップしたり、

がんばって二年間、
シニアハイスクールを卒業したけれども、
成績も良く、才能もあるのに、
大学には行かず、
学業を諦める
奨学生たちが、沢山でた。

でも、大学を卒業できるなど、
夢のまた夢で、
大学を出れば、良い仕事について、
家族をたすけることが、出来る!
だから、たとえ16歳を超えて、
結婚適齢期を逃がして、
中高年に入るような感じがしても。
「わたしが犠牲にっなって、
 家族を支えて、
 妹や弟を、学校に行かせてあげたい!」

それでも、
ミンダナオの若者たちにとって、
最大の、夢と喜びのひとつは、
若くして家庭をもって、
子育てをすること!

子どもを持つことこそが、
最大の夢と希望!
少なくとも5人、
平均して7人、
多い家庭は
10人以上は、子どもが欲しい。

ミンダナオ子ども図書館に来て、
そんな夢を、
子どもたちから聞くと、
日本の若者たちも、
驚きを隠せないけれど、
だんだん、
何が本当の幸せかを
考え始めるようになる。

sp20
5)恋愛もかまわないし

集会で、若者たちに、
たびたび話すことは、
「学校を続けるか、結婚するかは、
 自分の判断で、決めたら良いよ!
 何よりもだいじなのは、
 幸せになることだからね!」

「ハイスクールで、彼氏が出来ても、
 本部に住む場合は、
 スタッフの責任があるから、
 とりあえず、内部での
 恋愛はだめだけれど、

 親や知人や
 親戚の元に住むのだったら、
 保護者が、認めてくれたら、
 恋愛もかまわないし、
 スカラシップは、続けられるよ。」

「でもね、妊娠したりさせたりしたら、
 スカラシップは、ストップだからね。
 なぜって、
 何より大事なのは、子どもだから、
 まずは、しっかり家庭をきづいて、
 赤ちゃんの面倒を見ることに、
 集中してね。」

(僻村では、
 コンドームなんか売っていないし、
 売っていても、
 貧しい子たちの場合は、
 避妊は、ほとんど出来ないから、
 妊娠=結婚を意味する。)

「もちろん
 卒業前に妊娠して結婚して、
 学業をストップしても、
 後ろめたく思わないでいいからね。
 大事なのは愛!
 結婚式には、呼んでね!
 そして、赤ちゃんが生まれたら、
 だっこして訪れてね。」

「その後も、
 ときどき、来たらいいよ。
 君たちの赤ちゃんや子どもたちが、
 幸せに育っていくのも
 見たいから!

 人生、
 何が起こるかわからない。
 辛いことや、相談したいこと、
 何か困ったことや、悩みがあったら、
 いつでも、駆け込んでおいで。」

すると若者たちは、答えて言う。
「うん、わかった!そうする!」
「ミンダナオ子ども図書館は、
 わたしたちの我が家、
 ホームだから!」

そして、大学生は、
恋愛も携帯も、許されるけれど、
高校生に対する影響を考えて、
出来れば、
本部の外で下宿して、生活すること、
恋愛も、
外でつきあうことを原則とした。

高校生の場合は、
親戚や保護者のもとなら、
恋愛もOKだけれど、
出来れば、
卒業まで頑張ること!

下宿している子たちも、
土曜日や日曜日や休日は、
本部に来て
畑仕事などを手伝ったり。
一緒に、お昼や夕ご飯を
お腹いっぱい食べたり。
夏休みや、翌日学校が無い場合は、
泊まってもいいという事が、
話し合われた。

総会の最後には、
支援者から送られてきた、
手紙、カード、
贈り物などが渡されて、
彼らも、支援者宛に手紙を書く。

今回から、
お礼の葉書も、
支援者への機関誌に、
同封する形で、
一括して、送ることになりました。


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bokbok
⑤遊んだ体験とお話が僕を救った
 Go! 1)本に囲まれて育ってきた
 Go! 2)神が創った世界で遊ぶ
 Go! 3)子どもの頃はいたずらっ子で
 Go! 4)自然体験の視点を交えて
 Go! 5)遊んだ体験が僕を救った
 Go! 6)自然のなかでのびのびと遊んだ
 Go! 7)公立の中学校に
 Go! 8)その後、高校になって
Go! 9)後にドイツ文学科に入り
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1)本に囲まれて
  育ってきた


僕は、子どもの頃から、
本に囲まれて育ってきた。
父親をはじめ、
母方の祖父が、福音館書店をおこし、
父は、そこを拠点に、
絵本の編集をしてきた。
妹も弟も、本を書いている。
「だいくとおにろく」は、文と編集は父の絵本!

最晩年は、妻子といっしょに、
5年ほど、日本に滞在して、
妻が、料理をしたり、めんどうをみて、
娘たちも、日本の公立学校に行かせて、
いっしょに食事をしたりして
過ごしましたが、
その後、
2022年に他界しました。


物事の判断力を、養うためには、
お話の体験は、大切で、
それゆえに、絵本や本や
テレビや携帯が無い時代から、
昔話が、語り継がれてきたと思うけれど、

絵本や昔話が、
愛をもって語られることによって、
それが、子どもの心に
どのような喜びをもたらすか、
そして、大人になっても生き続け、
どのように、生きる力になるか等、
「わたしの絵本体験」(教文館)
「絵本は愛の体験です」(洋泉社)

「昔話とこころの自立」(教文館)
「昔話の死と誕生」(教文館)
等などで、書き綴ってきましたし、

小学校、中学、高校、
大学から大人になるまで、
絵本、児童文学から、
小説から哲学まで
数千の本を、読みあさって来ましたが、

そのあげく、
本の世界に閉じこもり、
死にそうになった経験も、
持つことから、

死の瀬戸際から、
どのように救われたかは、
この後に、書かれていますので、
参照してくださいね!
Go!

ぼくが、
最近思う事の一つは、
もしも、本の世界だけに
閉じこもって育ってきていたら、
今の携帯だけで育つ子のように、
引きこもりに、
なっていたのではないか?

僕が子どもの頃は、
読書は、
今の携帯と同様に見る、
大人もいて、
電車の中で、本ばっかり読んでいると、
周囲の大人から、言われたものだ。

「そんなに本の世界に
 閉じこもってばかりいないで、
 もっと友だちどうしで
 外で遊びなさい!
 本ばっかり読んでいると、駄目になるよ!」

kamiga
2)神が創った世界で遊ぶ

本に囲まれて育ちながら
言うのもおかしいが、
「本」は、
都市やテレビや携帯と同様に、
人間が作った文化の一部で、
それはそれなりに、
役に立ち
意味も持っているのだけれど、

「人間が作った文化」以上に
感動的で面白いのは、
神によって創造された
「世界」

ミンダナオの手つかずのジャングルや、
海や山などの自然界や、
とりわけその中で
生き生きと遊んでいる
子どもたちを見ていると、
これこそが、
神が創った世界だと、感じられる。

神=愛が創造した、
自然や人間こそが、
真に深く、
感動的なのであって、

その魅力に、取り憑かれると、
本や音楽や商品や
都市文化などといった、
人間の作ったものは、
酒の絞りかすのように、見えてくる。

小学校の高学年ころから、
奈良や京都の
古代遺跡や神社仏閣など、
文化財を徘徊するのが、
好きになり、
一人で、比叡山なども巡ったけれど。

古跡が好きで、
小学校を卒業したら
京都に住もうと、決心して、
京都の中学を受験して、落第。

近くの公立の中学にいったけれど、
公立の良さは、
近所に友だちが、たくさんいて、
八百屋や布団屋の息子から、
比較的金持ちのお嬢さんまで
混ざっていて、楽しかった!

小学校の頃は、球技が得意で、
ドッジボールやソフトボールや
サッカーも大好きで、
いつも負けそうな組に、飛び込んだ!
その方が、
集中的に狙われて、
球が、たくさん飛んでくるから面白い!

いたずら小僧で、
縄跳びや
ケンケンパーや木登りや、
学校の屋根にまで登って、
先生に怒られ、
注意されたけれど、

学校が、
引けてからが本番で、
当時の井の頭公園は、湿地帯で、
カニやカエルや蛇もいて、
友だちと、
冒険しまくる毎日だった!

夕暮れ時、
暗くなって家に帰り、
母にしょっちゅう怒られた。
「こんなに遅くまで
 どこで遊んでいたの!!!」

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3)子どもの頃は
  いたずらっ子で


小さいころから、
小柄でも、いたずらっ子で?
長男の僕だけが、
しょっちゅう叱られ、

「とうとうのひゃくひゃくですよ!」
と怒鳴られて、
布団たたきで、
お尻を10回叩かれては、
押し入れに入れられて、
鍵をかけられ、閉じ込められた。

ぼくにとっては、
自由で、
いたずらっ子で過ごせた
小学校があって、

そこで、
生きる喜びを
実体験できたからこそ、
今の自分が、あるような気がする。

しかし、
日本が、急速に、
近代化するにしたがって、
住宅地が、広がっていき、
森や野原や畑は、無くなっていき、
子どもたちの遊び場も
消えてゆき。

自然の中の
野原で凧あげをしたり、
ちまたの路上でも、
石けりや缶けりや縄跳びをして、
遊ぶ姿も、消えていき、
いたずらっ子も少なくなり?

中学になると、
家庭や図書館での
読書は、勧められたものの、
学校が終わっても、
塾やクラブ活動が、要求されて、

ぼくの場合は、
家庭教師は、良かったけれど、
塾は、まったく馴染めず、
クラブ活動には、興味が持てず、

学校が終わると、
一人、家に帰って本を読み漁り、
唯一の外での体験といえば、
庭に花を植えたり、
野菜を育てたりして、
母親からは、
「まるで、隠居老人のようだねえ」
と言われたけれど、

祖父が、
山梨で晩年に
農業をやっていたこともあり、
自然界に興味を持ち
山々を、
歩き始めたのもこのころだ。

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4)自然体験の視点を交えて

庭に野菜を植えたり、
花を育てたりする体験は、
ミンダナオの子たちにとっては、
生活と結びついた
日常の体験で、

小中学校の子どもたちは、
学校が終わると、
村の広場に集まって、

「後ろの正面だーーーれ」や
鬼ごっこや
かくれんぼをして遊び、

その後、
ジャングルに入って、
山芋堀を手伝ったり、

洗濯かごを
頭にのせて、
川に洗濯にいったり、

洗濯が終わったら
最後は、みんなで川に飛び込んで、
泳いで水浴びをして、
貧困の山の子たちは、
下着すら持っていないから、
裸で泳ぐのがあたりまえ!


帰るときも、
薪にするために
落ちている枯れ枝を、拾い集めて
肩に背負って帰ってきたり・・・

そうした
生活と結びついた自然体験が、
子どもの心と体の成長に
大きな力を注ぎ込み、


さらに、
いっしょに遊んだり

洗濯したり
芋を掘ったり、

夕ご飯のおかずにするための、
カエルやカニや、
トカゲやヘビを
捕まえるといった、

自然体験のなかで、
お互いに
助け合ったり分かち合う、
愛と友情の体験こそが、

青年期から、大人になり、
やがて親になり、
高齢者になっていく、
過程でも、
生きる力になるのだと、
思えてならない。

そうした意味では、少なくとも、
僕の場合は、
都会に生まれ育ったけれど、
子ども時代に、
友だちと自然の中で、
遊ぶ体験も、出来たし!
庭で、野菜や花を植えたり、

母方の祖父が、
晩年、山梨の山すそで、
ブドウ栽培から、有機農法まで、
やっていた事からも、
影響を受けて、

有機栽培からコンポストまで、
農業の視点を交えて、
人類の未来を考えるための、
コスモロジーと呼ばれる
世界観や宇宙観を、
考える基盤が、
養われたと思うときがある。

友情と愛を育てる、
遊びと同様に、
花や野菜を育てたり、
山野を、
巡り歩いたりする体験は、
青少年の頃には、
絶対にした方が、良いと今も思う。

ミンダナオ子ども図書館の子どもたちが、
貧しくとも、
困難や悲劇を乗り越えて、
明るく生きる力に満ちているのも、
子どもたち同士の
遊びと自然体験のなかで、
愛と友情が、培われたからだと、
つくづく感じられる。

こうした体験は、
昔語りの、
お話し体験とも重なって、
大人になる前の子ども時代に、
沢山しておいたほうが良い!

asot
5)遊んだ体験が
  僕を救った?


都市で目にする、
本や携帯や
音楽や美術などなど、
また、お寺や寺院などの
文化財を巡るものも好きだったし、
それはそれなりに、良いのだが、

そこから目を上げて、
ミンダナオの自然や、
そのなかに溶け込んで、
生き生きと遊んだり、
生活している
子どもたちの魅力にかかっては、
お化けのように、飛んでいってしまう?

人間が、中間にはいって
作ったものと、
神が自らの愛で、
創造したものの違いが、
そこにはある?

むろん、
子どもの相手をするよりも、
バーで、酒を飲む方が、
好きな大人もたくさんいるが、
ミンダナオには、本屋はないが、
昔語りは、生きているし、

お化けも、
妖精たちも、
そこらじゅうで舞っているし

ミンダナオでは、
大人も子どもも、
インカントやワクワクといった、
妖精や妖怪やお化けが、
実際にいると感じて、生活しています!


自然と
そこで遊ぶ、
子どもたちの姿があって、
それらが、何よりも心を癒し、
救ってくれているような、
気がしてならない!

思春期の頃には
引きこもって、
本を読む時期もあったが、

僕の場合は、
小学校の頃に、学校内でも、
学校帰りも、
外で、思う存分友人たちと、
自然の中で、徒党を組んで、
遊んだ体験が、僕を救った?

学校がひけてからが、本番だった。
校門を飛び出し、
当時、武蔵野で湿地だった
井の頭公園で、
ザリガニやドジョウをとり、
葦の原を探検した。

そんな、好奇心と冒険好きの性格が、
後に北海道で、
アイヌの人々と出会い、
カヌーで川を下り、
厳冬の山を彷徨したり、

道のない日高の沢筋を、
ザイルを持って
登ることに発展した?
その体験こそが今、
ミンダナオで、役に立っている。


sp9
6)自然のなかで
  のびのびと遊んだ


僕が子どもの頃は、
まだ、東京の杉並は、
トトロの世界だったから、
自然のなかで、
のびのびと毎日遊んだ。

小学校が良かった。
受験制度に蹂躙されるまえの、
明星学園。
担任の無着成恭の授業は、
最高に楽しかったし、

数学の松井幹夫、
理科の遠藤豊先生たちの
授業も、素晴らしかった。

学校では、
知識の詰め込みや
成績で子どもたちを、
評価するのではなく、
自分たちで考えて、意見を発表して、
考える力を養いながら、
みんなで、結論を探求していく!

たとえば、
数学の松井先生は、
3×0は、ゼロになるけれど、
三つあったリンゴに、ゼロをかけると、
なぜ、無くなるのか?
ゼロとは、何か?
かけるとは、何か?

無著先生の国語の授業は、
特に面白かった!
文学を読みながら、
子どもたちに、疑問をなげかけて、
みんなで討論しながら、
世界観、宇宙観を探求していく・・・

正解を出すことよりも、
考える事、そのものを重視したから、
質問を投げかけると、
ほどんどの子たちが、
手を挙げて、
自分の考えを述べていく!

また、休み時間も
遊ぶことを重視して、
馬飛びや缶けりや石けり、
後ろの正面だーーーれ、
などなど、
伝統的な遊びをたくさんした。
まるで、ミンダナオの
山の子どもたちと、そっくりな世界!

たぶん、日本でも、
地方や山の村々では、
そういう遊びが、生きていたから、
そこに、人間として成長していくための
大きな基盤があると感じ、

都会生活のなかの、
知識の詰め込みを重視した
学校教育から、
そうした伝統が、消えていくのを
先生方も、
案じていたのが、うかがえる。

今の日本の青少年たちが、
生きづらさを感じるて、
ミンダナオ子ども図書館の子たちに会うと
感動するのも、そうした、
伝統的な、遊びで培われる
愛と友情の実体験が、
ちまたや家庭やコミュニティーから、
欠けているからだと、思う。

しかし、僕の場合は、
こうした先生方に
学べる機会があって、
何が、良かったかと言えば・・・
勝ち負けを競争させたり、
知識を、詰め込むことよりも、

生きる意味を自分で考え、
疑問を持ち、
自分で答えを、
見いだそうとすることを
学んだことだ。
これこそ、アジアの文化の特質?

kyouto
7)京都の私立中学を受験した

私立の明星学園には、
小学校だけ通って、
京都の私立中学を受験した。

理由は、
父が、滋賀の出身で、
関西の神社、お寺や歴史に詳しく、
小さいころから、父に誘われて、
奈良や京都の神社仏閣を
巡り歩くのが、大好きだったので、

中学生になったら、
京都に住みたい、と思ったからだ!
しかし、受験勉強もしていたかったので、
落第!

でも、その後も、
何度も、京都や奈良にも通って、
読書好きと並行して得た、
文化に対する好奇心と、
冒険好きの性格が、

後に、
東北文化にも興味を持って、
ねぶた祭や
ネプタ祭りで踊ったり、

子どもの頃は、
稲荷神社で、遊びまわていたので、
神社も好きで、
月山をはじめとする、
出羽三山を放浪したりした。

そういう意味では、
日本の祭りや文化は、大好きで、
盆踊りは、
近くのお寺に必ず行って、踊ったし、

全国の祭りや
祭儀も巡ったりした!
今も僕は、
日本文化が、大好きです!

本来は、そこには、
先祖の霊たちも、
精霊たちも、
大人も子どもも、集まって来て、
みんなで、
楽しんだはずなのだが、

最近は、祭りの本質が見失われて、
それらがほとんど、
観光業を目的とした、
ステージかパレードになって、
庶民は、
客席か道脇で、
見るだけで終わるのが、
寂しくてならない。


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8)公立の中学校に

京都の私立高校は、
落第して、
中学校は、
公立の高井戸中学校に行った。

公立の小中学校は、
受験も無く、
近所に住む、同級生が多く、

学校が終わっても、
同級生にも、
八百屋、ふとん屋、ソバ屋、
質素な家や
公共アパートに住んでいる
子たちの家に遊びに行った。

周囲にも、林が残っていたし、
玉川上水や神田川で、
ザリガニやカエルを捕ったり、
イカダを浮かべて遊んだりした。
貧困の山の子たちは、
下着すら持っていないから、
裸で泳ぐのがあたりまえ!


先生も、
理科や美術の先生も、
のびのびとして
とても良かった。

ただ、このころから、
受験競争や塾通い、
成績を含めて、
体育もルールに沿った、
勝った負けたの勝負になりだした。

小学校の頃は、
ソフトーボールやドッジボールなど
ボール遊びが大好きで、
負け組の方に入った!
その方が、
球が、たくさん飛んでくるので
楽しかったから!

そんなわけで、
中学に入って、
まずは、野球クラブに入部したけれど、
笛の音にしたがって、
ワッショワッショとグランドを走り、

上からの指示と
ルールに従ってのみ、
行動できるやりかたが、
だんだん
つまらなくなり、辞めてしまった。

家に帰ると、
むしろ自分で、
庭に野菜や花を育てたり、
山登りを始めたのも、
このころからだ。

宇宙に、関心を持ち始めたのも、
中学生のころからで、
天体を望遠鏡で、
星をながめ始めて、

「宇宙は、
 どんな力で、創造されてきたのだろう?
 これから未来は、
 どうなって行くのだろう?」

「光とは、何だろう?
 物質とは、何だろう?
 人間を含む生物は、
 何を目的に創られた?」

などなど、考えながら、
宇宙論に関心を持ち、
アインシュタインの
「物理学はいかに作られたか」(岩波新書)
等も読みはじめた。

kouri8
9)その後、高校になって

その後、高校は、
私立の桐朋学園に通ったけれど、
すでに中学時代に、
山登りが好きで、
一人で登り始めていたので、

登山部に入ったけれど、
部活としての登山は、
とにかく、一列に並んで、
頂上を目指して
登山道を、
ワッショワッショと、登っていくのみで、

道脇に咲いている、
花も見れず、
感動的な風景を前にして、
立ち止まって、
景観を仰ぐこともできず、

何のために、
山登りをするのか?
頂上に立つことだけが、目的なのか?
美しい大自然に
感動する機会も、
与えれもらえないのか?
とショックを感じ、辞めてしまった。

下の写真は、
ミンダナオ子ども図書館の裏から
フィリピンの最高峰
アポ山に登るときに
案内してくださった、
マノボ族の奨学生の子のお父さん!


登山自体は、
その後も好きで、
高校や大学になってからも、
八ヶ岳や南北アルプス、
奥秩父などを、さ迷い歩いたけれど、

その後、
北海道に住んだ時期にも、
一人山頂で、
テントもなしに眠ったり。
氷雪の中を、カヌーで川を下ったり、

厳冬の山を彷徨して、
雪洞を掘って、眠ったり、
道のない日高の沢筋を
ザイルを持って、登ったりもした!
これが今、
ミンダナオで役に立っている?

ミンダナオ子ども図書館の裏には、
3000m弱の
アポ山がそびえていて、
ジャングルのなかの踏み跡道を、
MCLの若者たちと、
登っていくのは楽しいよ!
アポ山へGo!

kouri3
10)後にドイツ文学科に入り

後に、
上智大学で、
ドイツ文学科に入り、
ゲーテ研究家の木村直司教授の元で
ゲーテの自然科学にも、
関心を持ち、
錬金術的な、宇宙像をも探求するが、

それを、縄文の基層である、
アイヌと沖縄にも見いだして、
さらに偶然、
その後、北海道で、
アイヌのイトばあちゃんに出会い、
「火の神の懐にて」(洋泉社)を執筆したり、

 「火の神の懐にて」(洋泉社)
 

紀伊国屋書店のサイトから引用 Go!
内容説明

北海道を終いの住処ときめた著者が、
ひとりのアイヌの古老とじっくり膝をまじえ、話を聞いた。
その古老の語ることばや生き方の
なんと黄金のようにきらめいていることか。
―死と葬儀と引導渡し、
臨死体験と死後霊、鮭の霊送り、熊送り、
一匹の蠅も神になるなど、
神々と人間の交歓を描いて、
アイヌの精神文化と豊かな世界に私どもを誘ってくれる。

目次

誕生の丘、神々に囲まれて
移住、大地は個人の所有物ではない
家は聖堂であり主人は祭司
最初の記憶、父さんの死
彼岸への思い、墓標は死者を送る杖
天界の方位と世界像
死者の国は、どこにあるのか
死と葬儀と引導渡し
死後の霊の状態
先祖供養、死者の国における霊の成熟〔ほか〕


沖縄の神の島、池間島で、
前泊徳生さまに、
お目にかかり、
宮古島のシャマニズムの宇宙像
「沖縄の宇宙像」(洋泉社)を執筆しました。

「沖縄の宇宙像」(洋泉社)
 

紀伊国屋書店のサイトから引用Go!
内容説明

死後、霊魂はどこへ行くのか?
近代が喪ってしまった悠久の時間が
沖縄・池間島にはゆったりと流れている。
そこに住まう古老が格好の聞き手を得て、
余すところなく語りつくした。
死と誕生、引導渡し、ヤナムン、ニライカナイ、
生け贄、そして厄除け…を。
古老の聞き書きに
アイヌ・シベリア等の少数民族の
シャマニズムなどと重ねながら比較検討し、
総合する労作。
十年の歳月をかけ遂に完成。

目次
第1章 化け物に関する考察
第2章 死に関する考察
第3章 誕生と死、境界を超える
第4章 ニライカナイはどこにあるか
第5章 天界の神々と宇宙像
第6章 天界の正月と宇宙像
第7章 この世の正月・ミャークヅツ
第8章 シャマニズムと天界の船旅・ユークイ
第9章 厄除けと生け贄の祈願


Amazonのレビューから引用  Go!
100年に一度、いや千年に一度の逸品です。
神道、仏教、道教など宗教の源流、
古代から変わらぬ宗教観をつづける池間の人々。
これを読めば、なぜお正月に神社、
お盆にお墓に行きお線香をたくのかなど、
細かいところまで理由がはっきりわかります。
神様やご先祖様の魂の行方など、
これを知れば世界の考古学の謎も解けるでしょう。
世界中の人に、宗教家、科学者、考古学者、
一般の人にぜひ読んでほしい本です。


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 syunkan
⑥死か発狂の瞬間に
 Go! 1)ちまたこそがぬくもりの環境
 Go! 2)剣を持つものは剣で滅びる
 Go! 3)現代人の死生観の問題
 Go! 4)死か発狂の瞬間に
 Go! 5)落ちこぼれ人生にも触れておこう
 Go! 6)初めての海外旅行
 sp14
1)ちまたこそがぬくもりの環境

小学校から中学の頃には、
友人たちと共に、
自然ゆたかな、野原や川や、
夏休みには、海や山でも、
遊んで、過ごす事が出来た!

最も、楽しい時だったけれども、
リゾート開発が、盛んになり、
ありのままの自然と共に、
素朴で伝統的な、庶民の生活が、
消えていくのに、
強い不安と、寂しさを覚えた。


駄菓子屋や屋台、
銭湯や縁台、
公共と個人との中間に位置する、
ちまたの空間こそが、
人々の心を通わせる
ぬくもりのある、
生活環境であったはずだが、

個人の資産が尊重され、
住宅が、どんどん新設されていき!
見かけが、きれいになっても、
高い壁で、囲まれて行く。

昔は、高くても生け垣が主流で、
生け垣の下をかいくぐって、
学校に通ったり、
他の家の庭にはいって、
通り抜けることも出来た。
すると、隣のおばさんが、
声をかけてくれた。

「柿の実が熟れたよ、
 採りに(盗りに?)おいでー。」
「お風呂が沸いたよ、
 入りにおいでー!」

外部は、
道も舗装されて、
電灯も裸電球ではなくなり、
瀟洒な、外灯になったのだが、
立ち話や、
ちょっとした食事が出来たりする、
縁台、屋台、駄菓子屋といったものがなくなり、
街頭紙芝居も、なくなっていった。

道端でも野原でも、
どこでも遊んでいた子どもたちは、
児童公園に隔離?され、
やがて、
学童センターに
閉じこめられることになる?

老人は、
老人ホームに。
ちまたのコミュニケーションは、
コミュニティーセンターの建物の中に・・・?

絵本「サンパギータのくびかざり」
「サダムとせかいいち大きなワニ」(今人舎)の絵を
描いてくださった、
ボンペレスさんの絵です!


gen2
2)剣を持つものは
  剣で滅びる


現代文化の発展に、
疑問を持ち始めたのも、このころだ。
戦後経済を背負って、
生き生きと働いていた、
人々の姿は、
牛詰めの地下鉄のなかで、
深海魚のような、うつろな目をした
サラリーマンに代わっていった。

「俺もあんな人生を送るのか・・・」
と思うと、ぞっとしたが、
今の若者たちも、
そんな想いで、
社会を見ているようだ!

一方で、
小学校の頃から聞き始めた、
ビートルズやベンチャーズ
といったグループサウンズ、
後には、岡林信康や高石ともやといった、
テレビやステージよりも、
むしろ、ちまたで歌う
フォークソングに、
かすかな、希望を見いだすのだが、

新宿西口広場で、
フォークソングを唄う事も、
禁止され!
学生運動の阻止と共に、消えていった。
ムスタキ、ジョーンバエズ、フレディー アギラ・・・

感受性豊かな高校時代は、
一橋大学の学生運動とつながって?
友人たちが、
桐朋高校の職員室を、
封鎖したりして、
学生運動のさなかだったが、

唄やフォークソングが、
ヘルメットやゲバ棒に代わるにいたって、
僕自身は、
それに、加担する気は、
まったく起きなかった。

表現の自由は、
守らなければならないけれど、
「剣を持つものは、剣で滅びる」
というイエスの言葉が、
心から離れることが、なかった。

今でも、
ミンダナオで紛争が起き、
避難民、
特に子どもたちを救うために、
時には、爆弾の落ちる中を
駆けまわったりするけれど、

MCLは、
決して、自衛のための武器も持たず、
警護の兵士も、
こちらからは決して要請せず、

危険地域から来た
スタッフや奨学生たち、
その親族などから、状況を聞いて、
現地の福祉局などとも、
連携しながら、
最大限に、安全を確保して入っていく。

ミンダナオの戦闘地域から
学んだことの一つは、
戦争を作るために、
意図的に、ゲリラを勧誘して、
お金といっしょに敵方に、
武器を渡し、

それをきっかけに、
ドローンでの空爆も含む、
大きな戦争を起こすテクニック!

武器とお金を使って、
イザコザを起こさせ、
(ヘルメットとゲバ棒も同じ?)
それを拡大させて、紛争を起こす、
戦争の作り方は、
本当に良く、研究されている。

イスラムの村長が言った言葉、
「世界がここに、
 関心を持ちさえしなければ、
 ここは、平和だったのになあ・・・」

そんなこともあり、
ミンダナオ子ども図書館のスカラシップでは、
軍に入るための学科、
クリミノロジーは、
選択できないことに、なっている。

ただ、
個人的な思いを加えると、
他国に攻め込むような
軍隊は、だめだけれど、

自国の外には、派遣せず、
国民を守り、助けるような、
自衛隊は、
必要かなと思っています。

ミンダナオの戦争を見ていると、
多くの戦争が、
現地での宗教や民族の対立というよりは、
石油やニッケルやレアメタルといった、
鉱物資源の利権や、
林業、農業、海産物など
作物や海産物を得るための、
土地の奪い合い!

利益目的に、意図的に?
海外から、仕組まれている、
仕掛けのように見えてなりません。

可哀そうなのは、
戦闘で、
より貧しい場所に追いやられ、
困難な生活を強いられる、
人々と、子どもたち。

gen3
3)現代人の
  死生観の問題


現地で、子どもを助けてると、
このような貧困格差が、
激しくなり、
それを利用して、
貧しい子たちを、兵士やゲリラに勧誘して、
時には、海外にまで送っていく・・・
国際的な動きが、
現地から、聞こえてくること・・・

イスラムの
貧困地域から採用した、
奨学生の何人かが、
言った言葉が、忘れられない。

「ぼくたちの村の若者たちは、
 貧困で、
 学校にもいけず、

 ゲリラになれば、
 給与を渡すと誘われて、
 家族を助けるために、
 ゲリラに応募して、
 中東に送られていって、
 死んだ友人も、何人もいるけれど、
 ぼくは、それだけは嫌だった!」

「でも、ミンダナオ子ども図書館の
 奨学生になれて、良かった!
 大学まで出れば、
 それで、家族を養うことが出来るから!」

教育の無い、貧しい人間など、
ちょっと金をまいて、戦争に駆り出して、
先進国の世界制覇?や利権獲得のために?
犠牲にしていけばいいんだ・・・

といった、上から目線は、
いったい、
どこからどうやって、
生まれてきたのだろう、
と思い始めた。

若いころから、
現代人の心の問題には、
関心を抱き、
現代社会に置ける疎外感など、
ニーチェ、キルケゴール、サルトル、
ハイデガー、ボーボワール、
小説ではサガン、ウイルソンなど、
片っ端から読みふけり、

他方で、
モーツアルトや
ベートーベンやシューベルトや、
マーラーなども聞きながら、

アルフレート アインシュタインの
モーツアルト論なども読みながら、
クラッシックの作曲家たちも、
どのように、
死を受け止めていたかを考察し、

自ら、死をテーマにした問題への
歩みを進めていった。
しかし、死を超えるために、
死の恐怖に、立ち向かっていったあげく、
何と突然、
自分自身が、死にそうになった!

sp15
4)死か発狂の瞬間に

実存主義哲学は、
「宗教は、アヘンである。」
「神は死んだ。」
そういった、世界であるから、
宗教を、拒否し、
神の存在を否定して、
虚無との戦いに、のめり込んでいった。

「虚無を超える、強い意志」を、
人間は、持たなければならない、
という、
強い思いに、
答えをだすために、
鬼門から虚無の世界に、
積極的に踏み込んでいった。

その結論は・・・
「虚無を超える強い意志など、
 人間は、持てない!」
で、人間の意志など、
虚無を前にすれば、
絹糸のごとく張りつめて、
その結果、容易にプツンと切れる!

それにもかかわらず、
奇跡的に、生きながらえたのは、
予期せぬ、
不思議な体験のおかげであった!

寝床に横たわったまま、
死の恐怖に捕われて、
自殺か発狂のどちらかしかない、
瀬戸際の瞬間に、

見えないけれども
存在しているのが、解って見える、
母なる存在が、
枕元に立ちあらわれて、

「あなたは、もう充分やったのだから、
 今は休みなさい」
と、言われて、その瞬間、
巨大な恐怖も重圧も、
体からスーーーっと抜け落ちて、
救われたのだった。

黒い服を着た、
その女性は、
目の前に、立っては居ないのだけれど、
なぜかぼくは、
その膝の上に、
抱かれているのが、感じられて、
自分の苦しみのすべてが、
その愛の中に吸いこまれていき、
「救われた!」ことがわかった。

当時は、
宗教はアヘンである、
という言葉を信じて、
宗教など、信じていなかったが、

宗教を信じていなくても、
この世を超えた、
愛が、存在することは、
認めざるをえなくなった!

『サンパギータのくびかざり』(今人舎)にも、
その時の体験が、書かれていますが、
ミンダナオでは、
イスラムも原住民もクリスチャンも、
こうした出来事は、
当たり前のこととして、語られ、
信じられています。

その体験の後から、
この世を超えた愛の存在を、
確信するようなった。
愛以外に、
不安や虚無や絶望などを、
真に解決する力は、無いと悟った。

多量に本を読み続け、
本の世界に閉じこもって
時を過ごすことにも、興味が無くなり、
読むに値したのは、
聖書のとりわけ、
福音書のイエスの言葉!

「信仰、希望、愛、
 そのなかで、大いなるものは愛である!
 どんなに強い信仰を持っていても、
 どんなに大きな夢や希望を抱いていても、
 愛が無ければ、無に等しい。
 なぜなら、神は愛だから!!」

ただ、
自然の中にあるコスモロジーには、
深い関心が、生まれてきて、
小説や劇の執筆の背景に、
植物論や宇宙像を、論じ執筆している
ゲーテは、面白いと思った。

上智大学の独文科を選んだのも、
ゲーテの研究者、
木村直司教授の元で、
ゲーテを研究したいと思ったからだ。

ゲーテはたえず、
メメントモーリ「死を想う」のではなく、
ゲデンケ ツー レーベン、
「生きることを考えよ」と、語っている。

すると、次第に再び、
神=愛が、創った世界が、
強烈な光を帯びて、
見え始めた。
特に自然界が、美しかった!

木も花も草も、
光のように輝いて、見えるのには、
驚いたけれど、
人間の心が、
自然を破壊し、汚さない限りは、

神によって
創られた、この世は、
本質的に、
美しいと今でも思う。

その後、
読んで、多少面白いと思ったのは、
ドストエフスキー、
森敦、そんなところかな?


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5)落ちこぼれ人生にも
  触れておこう


書きづらいけれど、
大学の頃から後の
落ちこぼれ人生にも、
ここで少し、触れておこう。

後に、上智大学の独文科にうかり、
(あの頃はまだ、
 上智は、有名な大学ではなく、
 仏教系???と、よく言われた。)

しかし、
居心地の良い大学で、
授業には集中せず?
音楽が、好きだったので
聖歌隊に入り、
休みには、
友だちと皆で山に行ったり、
スキーに行ったりした。

けれど、
相変わらず、授業もそこそこで、
卒業を迎えるころ、父に、
「お前は、将来何をやりたいのか?」
と聞かれて、
「この世の本質が知りたい」
と、答えると、

呆れた顔で
「大学を卒業したら、
 どこに、就職するのかと、
 聞いているのだ!」
と言われ、
返答に困っていると、

「お前のような人間は、
 社会に、適応できないから、
 とりあえず大学に残って、
 修士課程に行きなさい!」
と言われて、受けたけれど落第。

ただし大学の恩師で、
ゲーテ研究者の木村直司教授が、
「卒業論文は良いから、
 一年浪人して、
 ドイツ語を学び直して、
 来年もう一度受けなさい」
と言われて浪人。
教授が、夏休みにも別荘で、
ドイツ語の集中講義も、してくださった。

大学を卒業して、
浪人生活が、始まった春、
父から
「家にばっかりいないで、
 一度、海外のドイツに旅してごらん!」
と言われ、
自分で、計画をたてて、
生まれて初めて飛行機に乗り、
最初に、海外で降り立ったのが、
チェコのプラハだった。

当時のチェコは、共産圏で、
西側諸国の人は、ほとんどいず、
1968年のプラハの春が、終わったばかり。
最初に、プラハを訪れた理由は、
ゲーテのいた
東ドイツのワイマールに、
行きたかったから。

当時は、
日本は、共産圏の東ドイツとの
国交は無く、
日本では、ビザが取れなかったので、
ある方の知り合いが
プラハに住んでいるとうかがって、
東ドイツと国境線が、
つながっているプラハなら、
ビザが、取れると聞いたから。

行ってみると、プラハは、
中世のヨーロッパが、
そのまま感じられる
美しい街だった!

そこで
東ドイツ大使館に行き、
ビザをとって、東ドイツに入り、
かつて、ゲーテのいた
ワイマールに向かった。

haji6
6)初めての海外旅行

そんなわけで、
生まれて初めて、飛行機に乗り、
海外旅行に向かったのは、
東ドイツのワイマールだった。
1975年で、当時、
共産圏に入る日本人は、
ほとんどいなく珍しかった。

その後、
1990年には、
東西ドイツが、ひとつになって、
今に至っているけれど、
一帯になった後は、
ドイツには、行っていない。

ぼくが、初めて
東ドイツに入ったころは、
東ドイツもチェコもスロバキアも
資本主義の国とは、
何故か、雰囲気が異なっていて、
お店やホテルの看板も無く、
本当に、
質素で素朴な石畳の街で、

夜、食堂で食べようと
レストランに行くと、
大勢、入り口に並んでいて、
立札が、立てられていて、
「忍耐!待てば必ず食べられる!」
と、書かれていた。

人も素朴でのんびりしていて、
コミュニケーションも悪くなく、
ホッとする、
何かがあった?
上の写真は、ドイツのワイマール、
下の写真は、ミンダナオのキダパワン。
市場は、庶民の生活が、感じられる?

現地で、
友達になった人に、
「温泉に入りに行くか?」
と、誘われて、
ドイツの温泉にも行ったけれど、

服を脱いで、
お湯に入るのかと思っていたら、
服を着たまま
白いガウンを羽織って、
岩から出る蒸気の周りを、
人々が、
息を吸ったり、吐いたりしながら、
歩くのが、温泉だった。


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senrei
 
⑦なぜ日本が気に入ったか
 Go! 1)ホイヴェルスさんがそうだね
 Go! 2)なぜ日本が気に入った?
 Go! 3)カトリックの洗礼を受けた
 Go! 4)違っているから面白い
 Go! 5)フィリピンの宗教は土着的
 hoy7
1)ホイヴェルスさんがそうだね

落第の翌年、
上智大学の独文科の修士に合格して、
対面の授業の時に、
恩師の木村直司教授に、

「ニーチェのように、
 神を否定した人の中にも、
 神の力は、現れると思うのですが、
 そのようなことを語っている人は、
 いますか?」
と聞くと、

「ホイヴェルスさんが、そうだね。」
「どこの哲学者ですか?」
「裏にいるよ!」

上智の裏のイグナチヨ教会にいる、
詩人で有名な、
ドイツ人神父だという。
面白い神父さんが、いるもんだと思い、
早速たずねると、

当時はすでに、
80歳を超えた、
ホイヴェルス神父さまの前に、
座ったとたん、
「洗礼を受けます!」
と、言っている自分に驚いた!

その後、
くり返し通って、
『人生の秋に』(春秋社)などの
ご自身で書かれた、
著書を読んで、
さしあげていたけれども、

あるとき、
自分が死にそうになった時、
黒い姿の女が、
わたしを膝に抱いて、
「あなたは、十分やったのだから
 今は休みなさい」
と、言われて救われた話をすると。

「それは、黒い聖母だね。
 最近でも、
 ポーランドやアルゼンチンに、
 現れているよ!」
とおっしゃった。

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2)なぜ日本が
  気に入ったか


ドイツ生まれの
ホイヴェルス神父さまが、
1923年に来日して、
なぜ日本が、気に入ったかというと、
ご本人曰く、
「その当時の日本の子どもたちが、
 とっても素朴で純心で、
 生き生きとした
 子どもたちだったから・・・」

ぼくが、子どものころから、
仏教も神道も好きで、
幼いころは、
家の前にあった神社、
お稲荷さんのけいだいで、
遊びまわり、
なっている、ザクロの実をとって食べたこと。

父方の祖母は、熱心な仏教徒で、
毎日、部屋のタンスの上の飾られている
観音様の前で、
「あなかしこー あなかしこー」
と拝んでいて、
その横に、イエスが描かれた、
小さなカードも置いてあって、
仏様と一緒に、拝んでいたこと・・・

そして、
小学校から、大学を超えても、
京都や奈良は、大好きで、
奈良の大仏や
比叡山の円覚寺にも、
何度も行って拝んだこと・・・を話すと、

ホイヴェルス神父さまは、
笑顔でうなずきながら、
「お地蔵さまのなかにも、
 神様はいますよ!」

ホイヴェルス神父さまは、
アジア文化に深い造詣をもって、
「細川ガラシア」の劇や、
たくさんの詩を書いた詩人。
日本人の信者や、
信徒の人々にとっては、
外国人ではなく、
お父さんのようだった。

僕もその後、
イグナチヨ教会で、
子どもたちの土曜学校に
シスター影山さまと、参加して、
たくさんの子どもたちと、
教会の庭で、遊んでいたけれど、

ホイヴェルス神父さまの
創造の根底にあった、
アジアの子どもたちへの、
魅力と愛は、
今、ミンダナオの子どもたちに出会って、
感じている、
僕の今の気持ちと、通じているな!

sp16
3)カトリックの
  洗礼を受けた


その後、
カトリックの洗礼を受けた。
ここだけの話、
カトリックは厳しい、
というイメージが強かったけれど、
実際的には、
南米からアジア、アフリカと
世界に大きく広がり、
人種も多様で貧困層も多く、

特にフィリピンにいると、
日本のカトリックの雰囲気とは、
また一味、違ったところもあって、
厳しいようで、
ゆうずうがきいて、
仏教もイスラム教も先住民の精霊崇拝も
好きな僕には、居心地がいい?

カトリックでは、
父と子と聖霊の
三位一体で祈るけれど、
父に集中すると、イスラム教?
神の子イエスに集中すると、プロテスタント?
聖霊や精霊に集中すると、先住民や仏教や神道?

カトリックだと祈りの最後に、
「父と子と聖霊の御名によって、アーメン!」
つまり、三位が一体で、
それこそが神の愛?
(これは、ぼくの勝手な思い込み!)
そんなわけもあってか、
プロテスタントの教会でも、
モスクに行って祈っても、

神社やお寺や、
ミンダナオのマノボ族の
酋長の一人として、
原住民の収穫祭の祭儀に、
加わっても、

愛があれば、
どれもが、違和感なく、
三位が、一体になっている
天地の創造主の愛が、
身近に感じられて、
どこに行っても、ホッとする。
(これは、僕のかってな解釈!)

宗教に関しては、
どれが、良いとか悪いではなく、
多少の違いは、あったとしても、
すべてを創造した、
神の愛は、ひとつだから、

木や草花のように、
神の愛のうえに、
それぞれが、
居心地のいい、居場所を創れば、
それで良い、といつも思う。

chiga8
4)違っているから面白い

僕にとっては、
カトリック、
特にフィリピンのカトリックは、
アジア的で、
ゆうずうがきいて居心地がいい?

マリア像の前に、置かれている、
ローソクから出る、
煙を手であおって、
体につけて健康を祈ったり・・・
(信仰というより、信心みたいで、
 線香の煙を仰いで、体に受ける、
 神道や仏教と同じしぐさ?)。

こんな事を書くと、
日本や欧米の、
厳格なキリスト教徒から、
批判と反感を受けそうだけれど・・・
フィリピンで驚いたのは、
ある教会で、

「あの神父さん、子どもいるんだよ。
 母子とも、養ってあげているんだけど、
 神父さんも、
 人間だからなあ」と言って、
非難もせずに、信者たちが、
子持ちの神父も、受け入れているし、

カーバックと言って、
結婚して、家庭を持っていても、
聖体拝領を行って、
神父の代理を務められるし・・・
MCLの代表理事の
建設技師のダニー氏もその一人。

MCLのある高原の街キダパワンで、
ぼくは、最初は、
神父さんたちと一緒に、
司教館に、住んでいたけれど、
知り合いのシスターが、
修道会を離れて、結婚すると、
信者達が、
言った言葉が、忘れられない!

「やったー、愛を貫いた!」
「それはそれで、良いんじゃない?」
「幸せになって、良かったね!」

決して、批判しているのではなく、
例え既定の道を踏み外しても、
それはそれで、
幸せだったら、良いじゃない!
神様は、愛で、
見守ってくれているから、大丈夫!

多様で、ファジー曖昧で、
壁を作って排除しない!
そのへんに、
アジアの良さがある?

今でも妻は、
シスターを辞めて、結婚した女性と、
Facebookでつながっていて、
「子どもが、かわいいね!
 幸せになれて、良かったね!」

親鸞聖人の
「善人、なおもて往生をとぐ、
 いわんや悪人おや」が、
カトリックの本質かな、と思い始めた。

その後、ある本で、
親鸞聖人が、比叡山で、
修行をしていたころには、
聖書も、あったから、
読んだ可能性もあると、聞いた。

親鸞の言葉と、
罪人への、
愛を持って身を捧げ、
地獄に降りて、罪人を救った、
イエス姿は、どこかつながる。

親鸞聖人も、
罪の許し、
体の復活、
永遠の命を信じていた!

いつも、良く思うけれど、
仏教もイスラム教も、
先住民の精霊崇拝も、
ユダヤ教もキリスト教も、
人間の顔や、肌の色のように、
見かけは、多少異なっていても、

神は愛そのものであり、
愛の力で、全てを創ったのだから、
ミンダナオ子ども図書館の子たちが言うように、
「宗教や種族や国や言葉が、違っていても、
 兄弟姉妹、ひとつの家族!」
もしも人類が、
みな同じ顔をしていたら、面白くない?
違っているから、世界は楽しく面白い。

貧困の山の子たちは、
下着すら、持っていないから、
裸で泳ぐのがあたりまえ!
こういう子たちの姿こそ、
まるで天使のよう!

sp17
5)ミンダナオの宗教は
  土着的?


フィリピン(ミンダナオ)の教会は、
日本とは、ずいぶん違って、
土着的でかつ、
自然な、感じがしてならない。

教会にも、
ジーンズやTシャツできて、
司祭にも、
「神父」ではなく、
「ファーザー、ファーザー」
「父さん、父さん」
と、呼んで近づき、

修道士は、「ブラザー」で兄さん、
修道女は、「シスター」で姉さん、
兄弟姉妹の、
大家族のような雰囲気で、接してくる。
これぞ、アジアに根ざしたカトリック?

プロテスタントも土着的で、
原住民の酋長が、
伝統的な祭儀もやり、
日曜日には、
村の牧師も、努めているし、

イスラムの結婚式では、
蛇の顔した獅子踊りが、
舞われて、
悪魔祓いの儀式も行う。

しかも、驚いたことに、
クリスマスは、
なんと、
9月から飾りつけがはじまって、
謡ったり、踊ったり、
まるで、クリスマスのために生きているよう。

そして、
クリスマスが明けると、
正月で、
七つの丸い果実を、祭壇にそなえ、

年越しの夜には、
長寿の祈願をこめて、
蕎麦はないから、
年越しのヤキソバか、
スパゲッティを食べて、長寿を願い!
そこらじゅうで、花火があがる。

ミンダナオが、面白いのは、
イスラム教やキリスト教など、
西洋の信仰を受け入れ、
現代文明の力に、さらされながらも、
根っこは素朴で、

土台である、
原始宗教の宇宙観も失わず、
自然の中に、
神の力を感じ取り、
誰もが、お化けや妖精や
幽霊が、いることも信じている!

下の写真は、
ミンダナオ子ども図書館の庭にある
大きな岩で、
村人がわきを通るときには、
「タビタビポー タビタビ!」
 (失礼します。ちょっと通して下さいね!)
と、岩の中に住んでいる、
妖精や精霊たちに、
声をかけながら通っていく・・・

万物は、
草や木や、獣たちや人や、
妖精や精霊や天使も含めて、
天地創造の神の愛で創られて、
新たに、生まれ続けていくし、
世界中には、
見えない妖精や天使や霊たちもいて、

人間同様に、
愛と友情で、結ばれながら、
生きていると感じている!


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 wakamono
⑧日本の若者たちにも伝えたい
 Go! 1)君は野人だからなあ
 Go! 2)日本の若者たちにも伝えたい
 Go! 3)機関誌『ミンダナオの風』と
 Go! イケメンよりもイクメンに未来を託せそう!
 sp18
1)君は野人だからなあ

話がそれたけれど、もとにもどすと。
修士を、卒業するころに、
恩師にいわれた。
「君は、このまま
 博士課程には、入れないね。
 学業を仕事にするには、
 向いていないよ。
 野人だからなあ・・・。」

当時は、
何を言われているのか、
わからなかったが、
今では、
「野人」と言われた理由が、
わかるような気がする。
アウトサイダーの落ちこぼれ?・・・

「ゆいいつの可能性は、
 ドイツの大学に、はいって、
 博士の資格をとることだね。
 修士を出ていれば、
 無条件に、
 大学生には、席をおけるから。」

それを聞いて、
モーツアルト好きで、
当時はまだ、
『中心の喪失』(美術出版)を執筆した、
美術史家ハンス・ゼーデルマイヤーも、
生きていたので、

ザルツブルグの大学に、
席を置いた。

けれども、
たまにしか、授業には出ずに、
実際に、自分の目で見て、
ヨーロッパ文化の、
宇宙像を感じ取ろうと、

中古のポンコツ車で、
一人で、オーストリアの隣国の
チェコやスロバキアや、

ゲーテのいた東ドイツ、
西ドイツ、

オランダやベルギーや、
カトリックの国、
フランス、スペイン、
イタリアなどにも、旅にでた。

当時は、チェコスロバキアや東ドイツは、
共産圏で、
外国人が、入っていくことは、
めったに、なかったけれど、
この時も、国境を超えたあたりで
軍用地にまぎれ込んで、
軍隊につかまって、
尋問も受けた・・・。

「途中で、写真を撮ったか?」
「はい、撮りました!」
「何を撮ったか?」
「牧場の牛を撮りました!」と答えると、

「はっはっはっ!
 バイクが、先導するから、
 気を付けて、出ていきなさい!」
旅は、一人が面白い?
野人だから?

ミュンヘンでは、
ドイツ人の児童文学作家で、
『モモ』を書いた、
ミヒャエル・エンデさんとも、
気があって、
親友になり、よく話した。

日本に帰って、本も書き、
その後も、いろいろな大学から、
教授になるように、誘いがあったけれど、
「講師先生」と呼ばれるのが、苦手で、
講演会でも、「先生」ではなく、
「トモさん」と、
呼んでもらうようにしている。
ミンダナオ子ども図書館では、
「パパともーーー!」

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2)日本の若者たちにも
  伝えたい


ミンダナオにいると、
人が、人に語りかけるために
作った言葉と、
自然界も含めて、
神の愛によって創られた、
世界が、語りかけてくる言葉とは、
大きな差があるように、
感じられることがある。

たとえば、ここに、
僕が書いている言葉に、感動して、
現地に来て、本当に、
現地の山の子たちに、出会うと、
僕が書いた言葉など、
頭のなかから、吹き飛んでしまう!
そういう体験をして欲しい。

一人の子どもの美しい表情を、
前にすると、
全ての絵本や本、
サイトや携帯から得られる、
映像や、ビデオや、写真や文!
物やお金、文化文明が、
吹き飛んで、消えてしまうほど
心に深くしみ通る!

特に、
人間の作った文化に、
影響を受けていないような、世界に、
生きている子たちの表情は、
言葉にならないほど、美しい!

そのときに、ぼくが思うのは、
「ああ、今ぼくが体験し、
 感じていることを、
 日本の若者たちにも伝えたい!」
いちばん良いのは、
ここに来て、
実体験してもらうことだろう!

事実、
ミンダナオ子ども図書館に来られた、
支援者の方々や、
とりわけ、日本の若者たちは、

MCLの子どもたちが、
孤児や家庭崩壊を
体験してきた子たちなのに、
笑顔で、
驚くほど明るいのに、
驚くと同時に、

そんな、ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちに囲まれて、
抱きつかれると、
涙が湧き出て、止まらない。

泣き出した、ある若者が、
僕に語った。
「ぼくは、小さいときから
 生きるためには、
 心に壁を、
 作らなければいけない、
 作らなければ、生きていけないと考えて、
 今まで何とか、生きてきたけれども、

 ここへ来て、
 明るい子どもたちに、
 囲まれたとたん、
 あっという間に、壁が崩れて、

 あわてて、壁を作ろうとしても、
 どんどん崩れてしまって、
 うれしくって、うれしくって、
 涙が湧き出て、とまらない!」

そのような若者たちを
目の前にして、
これは、日本の人々、
とりわけ、若者や子どもたちに、
僕の経験してきたことも、
伝えなければと、思うようになった。

kikan7
3)機関誌『ミンダナオの風』と

しかし、
日本から遙か遠く、
郵便物も届かない、
辺境な、奥地に住みながら、
日本の若者たちと
交流が、持てるとしたら、

印刷所で、
隔月で作ってお送りしている、
機関誌と、
インターネットしかないので、
機関誌『ミンダナオの風』と、
ウエッブサイトを立ちあげました。


ミンダナオ子ども図書館:日記 松居友制作

また、出版社と連携して、
絵本や本も出したけれど、
インターネットで、情報を送れる
時代になったものの、
印刷物に、こだわる理由は、

ある方曰く、
「やはり、サイトを読むのと、
 機関紙『ミンダナオの風』を読むのとは、
 心に入る、
 入り方が違うし、
 他の人にも、見せてあげられるし、
 全部、大事にとってありますよ。」

機関紙は、
わずかでも、自由寄付等の
支援を、してくださる方々に、
現地から、
隔月で、お送りしています。

希望の方は、
現地日本人スタッフの
宮木梓(あずさ)さんに、メールか、
ゆうちょに寄付を、
振り込んでいただければ、
登録してお送りします。
宮木あずさメール、
mclmindanao@gmail.com


こうした印刷物や、
サイトに込めた思いは、
少しでも、
現地で感じた、体験を、
伝えたいという気持ちと、

可能なら、
いつか、いらしていただいて、
現地で、皆さんと、子どもたちが、
喜びと感動とを
分かち合ってもらいたい、
という、思いからだ。

若者たち、来たらいいよ!
宿泊費はとらないし、
ダバオ空港まで、
マニラでの、
乗り換えはあるけれど、
安くて往復6万円ぐらい。

ダバオ国際空港に到着する時間を、
現地スタッフの
宮木梓(あずさ)さんに、伝えておけば、
ダバオ空港まで、車で迎えに行くし、
スタッフといっしょに、
山の村々を、
めぐってみたらいいよ。
訪問希望の方は 、ここをクリック!
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ミンダナオの子どもたちとの
出会いをきっかけに、
日本の若者たちの心に、
夢と希望と、
生きる力が、よみがえってこれば、
こんなうれしいことはない。
ミンダナオ子ども図書館 支援方法! ここをクリック!


サイトや本を飛び越えて、
現地で、
本物の体験をして欲しいと、
つくづく思う。

ぼくの作った、サイトや本や、
講演会で、発する言葉は、
現地で本当に、
子どもたちに出会うと、
幽霊か、お化けのように、
消し飛んでいく!

その意味でも、
人が、発した言葉が、
「目的」になるのではなく、
「きっかけ」になって、
行動が、起こり、
文明の世界から飛び出して、

言葉の向こう側に、生きている、
真実の言葉、
子どもの表情や声が、
聞こえ、見えてきたら、
よいのだと思う。

ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちは、
小さな子でも、話が語れる。
祖父母や親や、
近所の人たちから、
昔話を聞いて育っているから。

人の言葉でも、
我が子や、孫への愛があれば、
それは、神の言葉と同じ!
本物の愛が、生きている。
絵本が、なくても、
本物の昔話と、
愛の生きている社会、ミンダナオ!
MCL映像サイト
何故ここに日本人などのテレビ映像
その他の貴重な
活動映像を掲載
MCL文庫
 民話、絵本原稿、
青少年から大人までの読みものを
自由購読で提供しています。

若者たちと
絵本画家の
体験記
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 最後に海の
下宿小屋に
泊まった
 
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 夏の訪問者の記録・・
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 イスラム地域
緊急避難
支援 
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避難民に
読み語りと
炊き出し支援
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iku
2021年に見た日本
子どもこそが、未来だから、
イケメンよりも、
イクメンに未来を託せそう!


高齢化した、両親のために、
五年間ほど、日本に帰って、
両親の世話をしながら、
食事をいっしょにして・・・
そして、娘たちの将来も考えて、
二人の娘を、
日本の公立の小学校に通わせた。

最初は、
まったく、日本語を話せなかったし、
日本の公立学校に通うのは、
無理かと、思ったけれど、

私立学校や、
塾やインターナショナルスクールに、
通わせるだけの
資金も無いし・・・

でも、娘たちが言うには、
「まったく、日本語がわからなくっても、
 だいじょうぶ!
 友だちも出来てきたし、
 給食のお手伝いをするのも、
 楽しいし!」

そして、
友だちとの遊びのなかから、
日本語を学び、
まったく、日本語を話せなかった、
娘たちも、
数か月で、日本語がペラペラ・・・

先生もビックリして、
「どうして、
 あんなに、溶け込んでいくことが、
 出来るんでしょうかねーーー!!!」

「おそらく、
 生まれた時から、
 ミンダナオ子ども図書館で、
 多くの子どもたちと遊びながら、
 いっしょに、
 育ってきたからでしょう!」

老後も二人だけで、
暮らしていた、父と母も、
私たちが、日本にもどって、

妻のエープリルが、
毎日、料理を作って、
孫娘たちも、いっしょに
みんなで食べたら、
大喜び!

その間、
日本に滞在中、
ウイルスの期間を経て、
日本の子どもたちや、
親子の様子を見ていると、

最初は、
ちまたで子どもたちが、
まったく、
遊んでいなかったのに、

あちらこちらで、
「子育てに大切なのは、
 子どもたち同士で、遊ぶこと!」
という、昔からの言い伝えや知恵が、
広がり始めたのか?

そして、親同士も集まって、
時には、ゴザをひいて、
おしゃべりをしたり、
食べる事!

つまり、
学校でも家庭でも、
保育所や幼稚園や
仕事場でもない、
それを、一歩出たところの
第三の場所、

「ちまた」での交流が、
大事な事に、
とりわけ若い世代が、
気がつきはじめた、ようなのだ!!!

日本の子どもたちや青少年、
そして、
子持ちの親子も、

人生における
本当の幸せとは、
お金や物の追求だけではなく、

まず、
なによりも大事なのは、

友情と、
そして、
愛だということに、

気づき始めている、
気がします。


急速に、増えているのが、
平日でも、
母親だけではなく、
父親が、赤子を抱いたり、
乳母車を押して、散歩をしたり・・・

子どもこそが
未来だから、
イケメンよりも、
イクメンに、未来を託せそう!


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sp12
結婚していないから
いのちを捧げて行動できる

2011年(2)に作成した、
現地体験の記録から
上記の記載で、
私自身の宗教に関連した、
思いも書かれているので、
写真を主体とした報告をまとめた
「ミンダナオ子ども図書館:日記」のサイトから、
2011年(2)に作成した現地体験の記録を引用しました。
本体のサイトを見たい方はクリック!
GO!
heibon
 ①平凡な一信徒だから
 Go! 1)ファウスト神父に会った
 Go! 2)ぼくも危ない?
 Go! 3)平凡な一信徒だから
 Go! 4)ミンダナオのカトリックは
 Go! 5)日本語で語りかけてきた日系人
 Go! 6)救済し巡るとき
gogo1
平凡な一信徒だから 
fau1
1)ファウスト神父に会った

カヨパトンへ行く途中で、
ファウスト神父に会った。
私たちが
司教館に住んでいた頃の事を
想いだして下さった。


その2年後に、
ファウスト神父は、
刺客に殺害された。
シスターの話だと、
政府から送られた暗殺者。

理由は、
山での鉱山開発で、
水が汚れて、
それを飲み、生活用水にしている
先住民にとっては、
危険で、生きられなくなるから、
開発に、
反対するように語ったため。


現地では今も、
鉱山開発が、大きな問題で、
日本人の私も
「鉱山開発を、目的で来ている!」
と言われて、
保育所建設で、
先住民の村に行くと、

全ての住民が、
恐れて逃げ去り、
誰もいなかった事があり、
MCLの理事で、
マノボ族の酋長のガボン氏と、
厄払いをしに、行ったこともある。


ミラノミッション会で、
とりわけ先住民の貧困克服と、
平和構築に大きな貢献をしている、
ピーター神父共々、
ファウスト神父は、イタリアの神父。

頭に巻いた、
マノボ族の酋長の印の
赤いバンダナが、
ピーター神父と一緒のスタイル。
貧困層や先住民を
長年支援してきたので、

体制側からは、
新人民軍NPAの仲間と見られて
刺客によって
殺されたのだと、
シスターたちが、言う。

fau2
2)ぼくも危ない?

アロヨ政権の当時、
先住民を擁護していた
弁護士や議員、
カトリック傘下のキダパワン市の
FMラジオ放送の解説者夫婦も、
刺客に、殺されている!
ぼくも危ない?


ミンダナオ子ども図書館は、
奨学生やスタッフにも、
原住民、モスリム、クリスチャンがいて、
Non politic
Non religious sect 
非政治団体で、
特定の宗教や宗派の下でも、
行動しない。

その中でぼくは、
キリスト教徒でカトリックだけれど、
カトリックは、
ミッション会も多く、
どこかに、居場所があるような気がして、
ほっとする。


貧しい人々の立場から見ても、
30年以上
こうした場所で、
命がけで、活動し続けている、
こうした、神父の働きには、
ほんとうに、頭が下がる思いがする。

結婚していないからこそ、
命をかけて、どこでも行ける?
神父さんだけでなく、
ブラザーや、
シスター方もすごい!


日本の若者よ。
自殺する勇気が、あるのなら、
神父や、
ブラザーやシスターになって、
命を捨てた思いで、
活動したら?


fau3
3)平凡な
  一信徒だから


ぼくも、神父さん方と、
キダパワンの
司教館に住んでいたころ、
ブラザーになって、
活動することを考えたけれど、


イスラムの戦争孤児たちを
救済していく過程で、
思ったのは、
逆に、平凡な一信徒だから、
団体規定に、縛られることなく、


変な、カトリック信者だと、
眉をしかめられたとしても、
やれることが、
あるのではないか・・・?

カトリック信者だけれど、
先住民の酋長でもある。
アオコイ マオガゴン
「心から人を愛する我らの友」が、僕の名前。


たとえば、
先住民の祈りに、
酋長として参加したり、


クリスチャンとともに、
イスラムの子たちをひきとって、
いっしょに、家族として暮らし、
モスクを建てて、
時には、いっしょにお祈りしたり。

いっしょに
ラマダンで、断食したり・・・
聖職者だったら、できないかも?


シスターと、司教館に住んでいて、
その後、
共に生きていく連れ合いだと感じて、
今の妻エープリルリンと
結婚することに決めた。


fau4
4)ミンダナオのカトリックは

でも、
妻子がいないがゆえに、
命がけで活動できる、
聖職者たちが、
自由で、
うらやましいと感じることも、
しばしある・・・

結婚して妻子がいると、
ぼくが、死んでしまったら・・・
そう考えると、
MCLにいる子には、
親が殺された子も、多いだけに、
どうしても、
死ぬことに、抵抗感が出てくる。

キダパワンの司教館に
住まわせてもらっていた時に、
ファーザー、ブラザー、シスターを見て、
聖職者が、
なぜ、妻子を持たないか、
が理解できた。

イスラム地域で、
戦闘が勃発すると、
現地のオブレード会の神父や
シスターやブラザーたちも、
信徒たちも、
時には、
イスラムの人たちといっしょに、

爆弾の落ちる中を、
避難民救済キャンプにも
入れてもらえない、
イスラムの家族の子どもたちを
命がけで、救済に走る。

その中の一人が、
DSWD地元の福祉局の幹部で、
ミンダナオ子ども図書館の
理事を努めてくださっている、
グレースさん!

グレースさんや、
同僚のイスラムの理事、
サミー氏などが、いらっしゃったからこそ、
ここまで、深奥に入って、
地元のイスラムの人々からも
信頼され、
有益な、活動を続けられた!

後ほど聞いた、話だが、
第二次世界大戦の時に、
日本軍は、
ピキット市のスペイン時代に建てられた、
要塞にこもり、戦ったが、

そのときに、
イスラム教徒たちを
命がけで守ったのが、
オブレード会の神父や
ブラザーたちだったという。

今でも
石造りの要塞は残っていて、
その下の洞窟には、
玉砕した日本軍の
遺骨が、眠っているという。

しかし、現在でも、
外国人は、容易に入れない、
高度な、危険地域に属するために、
先住民の洞穴同様に、
まったく、
調査はされていない。

敗戦とともに、
多くの日本兵たちは、
東南アジア最大の湿原で、
世界一大きなワニも住む、
リグアサン湿原に、逃げ込んで、
その後、
イスラム教徒の貧しい漁民の仲間となり、
湿地で、生き延びてきた。

ある病気を治した子の
お父さんが、
別れ際に耳元で、
ひそかに言った言葉が、
忘れられない。
「私の祖父は、日本人です!」

反政府ゲリラのリーダーのなかにも、
オンブラ カトウ とか、
キムラ とか、
写真を見ても、
日本人としか、思えない人も多く、

現地で、活動していても、
日本人にそっくりな、
イスラムの人が、結構いて、
目が合うと、
ニヤッと微笑む!

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gogo2
②鉱山開発で分断進む 
 Go! 1)誤解解くための悪霊払い
 Go! 2)悪霊払いを行った
 Go! 3)学校建設は鉱山開発が目的?
 Go! 4)鉱山開発で分断進む先住民 毎日新聞
 Go! 5)同様な鉱山開発が
 Go! 6)母親も殺害された!
 fau5
1)誤解を解くための
  悪霊払い


誤解を解くための
悪霊払いの儀式を、
せざるを得なかった、理由は、
以前、集落に行ったときには、
集落の人々は、大喜びで集まってきて、
読み語りにも行って、
子どもたちと楽しんだし、

集落の人々から、
可能であれば、
「保育所を建ててもらえないか」
という、願いを聞いて、
訪ねたところ、

驚いたことに、
集落に村人が、だれもいない!
驚いて、
下の村の人に、聞いたところ、

日本人が、来ると知って、
村人たちが、
全員恐れて、
逃げ出したのだという!

恐れて逃げ出した、理由を聞いて、
驚いたこと!驚いたこと!
その理由は、

下の尾根の村で、
日本のODAによる、
学校建設が、進んでいることだという。

日本政府が、ODAで、
このような僻地の小村に
学校建設をしていることは、
日本人として、
うれしかったのだが、


なんと

そこからさらに、
7キロほど、山奥に入った村に、
約束の保育所を建てる件で、
話に、行ったところ、
村人たちが、逃げ出していた!

村民が、逃げ出した理由は、
山の先住民の間では、
日本の学校建設の目的が、
さらにその上の、山岳部で、
鉱山開発をすることが、
背景にあると、
現地で、噂が立って、

日本人が、主催している
ミンダナオ子ども図書館は、
その開発の手先であるという、
悪いうわさが、
蔓延した事によるものだった!

それにしても、
なんと、村人たちが、
僕を恐れて、
村から、逃げ出していたのには、
驚いた。

日本政府の
ODAの学校建設が、
背景に、
鉱山開発の意図が、
あるか否かは、
わからなかったけれど、

少なくとも、
ミンダナオ子ども図書館の活動は、
読み語りや、保育所建設や、
スカラシップも含めて、
そうした意図とは、無関係であり、

それを
マノボ族の人々にも、
知ってもらわなくては、ならない。
そうしないと、
殺害や攻撃などなど、
何が起こるか、わからない!

そこで、
強いショックを受けて、
ミンダナオ子ども図書館の
マノボ族の理事でもある、
ガボン氏とエラさんに、
話した。

その結果、
マノボ族の酋長たちが、集まって、
ミンダナオ子ども図書館が、
鉱山開発を目的に来ている、
という、誤解を解くための、


マノボ族の伝統の
悪霊払いの儀式を、
ぼくも、加わって、
その村で、行うことに決定した。

haraiaku
2)悪霊払いを行った

悪霊払いを主催したのは、
多くの先住民たちに
信頼されている、
マノボ族のボードメンバーの
ガボン氏とエラさん!

ガボン氏は、
マノボ族の酋長である、
と同時に、
プロテスタントの牧師も務めている。

エラさんは、
フィリピンの先住民の会の
代表として、
海外でも、知られている方。

そして、後日、
現地の酋長たちも、集まって、
ミンダナオ子ども図書館は、
ノンポリティクで、政治に関与せず、
ノンレリジャスセクト
特定の宗派の下でも、
活動しないし、

国家や個人の利益ではなく、
ひたすら、
子どもたちへの愛で、
活動しているので、
鉱山開発のために
来ているのではないと・・・!


集まった、
酋長たちとともに、
伝統的な、祈りと祈祷で、
悪霊払いを行った。

fau6
3)学校建設は
  鉱山開発が目的?


「日本政府の学校建設は、
 鉱山開発が目的だ!」
「MCLは、その手先だ。」

それを案じた、
ミンダナオ子ども図書館の理事で、
マノボ族の酋長のガボン牧師が、
近隣の酋長をたちを
呼び集めて、

ミンダナオ子ども図書館が、
純粋に、先住民の人々の事、
特に、子どもたちの幸せを願って
活動していることを、
説明して、
さらに、伝統的な、
先住民の悪霊払いの、祈りを捧げた。

ファウスト神父が、
鉱山開発に反対して、殺された、
その数ヶ月後に、
住友金属が、
共産ゲリラに襲われて、
職員が、殺された。

どうやら、
日本企業が、
先住民たちにとっては、
鉱山開発における、脅威のようだ。

qz4
4)ニッケル鉱山開発で分断進む先住民
  フィリピン・ミンダナオ島

毎日新聞2019年8月2日

フィリピン・ミンダナオ島北部で進む、
大規模な、鉱山開発により、
先住民ママヌワ族の伝統的な
狩猟・採集文化が、
危機にさらされ、
民族内で、分断が進んでいる。


開発に伴う
立ち退きや、
自然環境の変化、
補償金の地域差が、大きな要因だ。


採掘されているのは、
現代文明の象徴、
携帯電話や電気自動車の
バッテリーに欠かせない、ニッケル。

ママヌワ族の
カイン・フクマンさん(62)は
「日本人にも
 ママヌワの現状を知ってもらいたい」
と訴えている。

毎日新聞 サイト記事へGo!

フィリピン・コーラルベイ/
タガニート・ニッケル製錬事業


EV(電気自動車)のバッテリーや、
太陽光パネルなどに使われる
ニッケルの需要増で、
生産地である
鉱山周辺地域の環境悪化や
住民の健康被害の懸念が増している。


アジア太平洋資料センター(PARC)など
環境NGOが7月25日に開いた
オンラインシンポジウムでは、
フィリピン・パラワン島など


住友金属鉱山出資会社の
生産拠点周辺での
水質汚染や健康被害が報告された。
「脱炭素社会」への移行に向けて、
企業に対して環境や人権など
「負の側面」の配慮が求められている。(堀理雄)


地元住民への
聞き取り調査によれば、
皮膚疾患や咳、頭痛などの
健康被害のほか、
漁獲量の減少など、
生業への影響も出ているという。

大沼さんは
「住民の飲み水や、
 沿岸部のヘドロからも、
 六価クロムが検出されている。
 汚染防止対策の実施が急務だ」
と強調する。

alterna記事 Go!

jk
5)同様な鉱山開発が

同様な鉱山開発が、
ミンダナオ子ども図書館の
原住民の奨学生が、
多く住んでいる、
アポ山の裏の
タガイタイで進みつつあり、

反対した
マノボ族の酋長が、
その場で、殺された!


ミンダナオ子ども図書館は、
不幸な子どもたちが、
幸せになることのみを考えて、
活動しているNGOだ。


開発によって追われたり、
病気になる子が、
たくさん出てきて、
貧しいものが、
さらに貧しくなる、


おもてづらは、
いい顔をしていても、
背後で、
貧困の手助けを
助長していると思われたら、
本当に嫌だと、感じ始めた。


戦闘の耐えない山岳地、
タガイタイの
殺された酋長の子達にも、
学用品を届けた


時には、
激流を越えて、
山道を歩き登って、
学用品を、
子どもたちに届ける。

同行した訪問者いわく、
「これは、想像以上だ!
 日本の支援者にも、
 体験させて、あげたいものだ!」


学用品は、
学校に
置くのでは無く、

子どもの現状も
調査したいので、
奨学生の家にまで、
届けに行くようにしている。


この日は、
お母さんが、
遠くから、
帰ってきていたが、

いつもは、
子どもたちだけで
生活している。

小学生のお姉ちゃんが、
ご飯を作り、
下の子の面倒を見ている。


次に、向かった家は、
マノボ族の酋長の家。
しかし、
昨年酋長は殺されて、
母親と子どもたちだけで
生活している。

奨学生にならなければ、
兄弟とも、
学校には、いかれない。


夫は、
マノボ族の酋長だったが、
昨年、殺された。

「ここに、
 鉱山を開発するから、
 立ち退いて欲しい。」

「いやだ、
 ここは原住民に、
 最後に与えられた、土地だ!
 山麓の谷にも、
 たくさんの原住民が住んで、
 川の水を飲んだり、洗濯をしている。」


「水が汚れるから、
 鉱山開発を、やめて欲しい!」

「出ていけ!」
「出ていかない!」と、言ったとたん、
パパーーーン!
その場で殺された。

土地の問題が、原因だそうだ。
このような山奥にまで、
希少金属の鉱山開発の
手が、伸びている。

それが、
今起きている、
戦闘や
殺害の原因だという。


qz5

6)母親も
  殺害された!


その後、2020年、
母親も娘と一緒に
農地に出かけた帰りに、
殺害されました!

長女は、
MCLの奨学生でしたが、
母が危ない、
というので、実家に帰り、
母に付き添って、働いていました。

殺される前の年に、
私は、
この女性に会い、

自分も母も、危ないこと、
そして、
もしも、何かあった場合、
下の子たちを
奨学生に、
採用してほしいと言われ、
奨学生に、採用したばかりでした。

彼女が、
殺された理由は、
鉱山開発に、
反対していたからです!



Manobo woman, logging foe,
killed in Cotabato town

INQUIRER.NET


COTABATO CITY–A
Manobo woman in Magpet town,
Cotabato province was attacked by four men
while she was on her way to her farm
at the village of Mahongkog in the town
past 2 p.m. on Sunday (Aug. 23),
according to police.

Merlin Ansabu Celis, 50, a resident of Magpet,
was walking with her daughter
and was on her way to her farm
when she was shot from behind
by one of the four men.
As she fell, another assailant
finished her off using a machete.

ADVERTISEMENT
Her daughter managed to run
and sought help in houses nearby.

Bae Leah Aurena-Labrador,
provincial executive assistant
on Indigenous Peoples in Cotabato province,
said

Celis had been actively advocating
for the protection of i
ndigenous peoples’ (IP) culture
and ancestral domain at her village
in the face of continued illegal logging.

No one has claimed
responsibility for the attack
but Cotabato Gov. Nancy Catamco
condemned the murder.

“This act may instill fear among our IP
sisters and brothers
whose only desire is
to live in our ancestral domain,
according to our culture and tradition,”
said Catamco,
a member of Manobo Dulangan tribe,
in a statement.


Read more:

INQUIRER.NET GO!

Friend of the Earth
Japan

フィリピン・コーラルベイ/
タガニート・ニッケル製錬事業

フィリピン・
北スリガオ州でつづく、
六価クロムによる水質汚染 ―

日本企業が関わる、
ニッケル開発事業周辺地での
2019年乾季の水質分析結果
(2019年8月)

FoEjapan記事2! Go!
]
訪問希望の方は ここをクリック!ミンダナオ子ども図書館 支援方法! ここをクリック!

gogo3
 ③避難している子たちに古着
 Go! 1)読み語りと古着を届けた
 Go! 2)古着を喜ぶ村人たち
 Go! 3)日本人の子孫も多くいる
 Go! 4)学用品を届けた
 Go! 5)避難している子たちに古着の支援
 Go! 6)子どもたちへの読み語り
 Go! 7)先住民の映像を掲載!
qz6
1)読み語りと
  古着を届けた


イスラム地域の
平和交渉が、スタートしてから、
今度は、
山の原住民地域で
戦闘が、
ひんぱんに起こっている。

兵士が、
イスラム地域から、
こちらに移動、
派遣されている、
とも言われている。


子どもたちにとっては、
なぜ、戦闘が起こるか、
解らない!

昼夜、
山のほうから、
鉄砲や銃声が、
聞こえてくると、

ただただ、恐怖で、
夜も不安で、
寝られない。

そんな、
子どもたちの心が、
トラウマ状態に、ならないためにも、
ミンダナオ子ども図書館の奨学生たちが、
読み語りに、行くことにした。

MCLの若者たちも、
同じような、
経験をしてきたし、

親を亡くしてしまったりした、
子もいて、

子どもたちの気持ちが、
良く理解できる。

読み語りの後、
村人たちからも
状況を聞いて、
必要としている、
次の支援を考えて、

孤児や
崩壊家庭や極貧で、
小学校にも行けず、
困っている子がいたら、
奨学生にすることも
視野に入れて、活動していく。

共同通信社の
三井潔さんが、
同僚の
ロンロン カルンソッドさんと、
来られた。

ちょうど、
戦闘のあった、
マノボの集落に、
読み聞かせと、
古着の支援に同行された。

ロンロンさんは、その後、
JAPAN TIMESに、
記事を書かれた!
前回は、
ピキットのリグアサン湿原地帯へ
同行されて、
以下の記事を書かれている。
Go!
Go!

いろいろな、
戦闘の現場にも、足を運び、
積極的に、
取材をしている三井さん。
まだ日本にも、
記者魂が、残っているのだと、
感じ入った次第。


jp44
2)古着を
  喜ぶ村人たち


下で
渡しているのは、
妻のエープリルリン。


古着に、
村人たちは、大喜び!


今日は、
みんな、子どもたちも、
できる限りのおしゃれをして、
集まって、きているけれど、

貧しいと、
街に出ても、
古着も買えない。

普段は、
穴だらけの服か、
子どもたちは、下着も無く、
半分裸だ!



pm
3)日本人の子孫も
  多くいる


この地域には、
第二次世界大戦中に、
ダバオから、
命がけで逃れてきた、
日本人の子孫も多くいる。

大戦前までは、
ダバオのカリナンあたりに、
日本人が、
現地の原住民と結婚して、
アバカと呼ばれる
マニラ麻を、生産していた。

しかし、
第二次世界大戦が起こり、
敗戦が、近づくと、
日本軍も不安になり、

原住民が、
裏切るという理由で、
穴を掘って、
生き埋めにしたという。

原住民と結婚していた
日本人は、
家族を守るために、
山に逃げ、

今にいたるまで、
日本人であることを、
隠して、
原住民として、
山の中で、生き抜いてきた。

そのような話を、
現地の日系人から、
耳にすると
心が痛む。

戦争は、
人を狂気に
おとしいれる?

ミンダナオ子ども図書館が、
活動している、
アポ山近郊の山々は、
そうした場所のひとつで、

ぼくも、
ときどき山の中で、
年寄りから、声をかけられる。
日本語の片言で、
「わたしのおとうさん、にほんじん・・・」

ここは、
そのような、
場所のひとつだ。

どう見ても、
日系ではないか、
と見える、人々も多い。

JP45
4)学用品と
  古着を届けた


サアグ集落の
新しい奨学生たちに、
学用品を届けた。

マノボ族の村、サアグ。

そこまで、
到達するだけでも、
山道を、3時間ほどかけて、
4WDで行く。

そのような場所が、
数十か所あり、
学用品を、

2ヶ月に一回
届けることが、
どんなに大変なことか、
文明国の人には、理解できない?

電話も、電気もないので、
家族が山に
農作業に行って、
だれもいなければ、
再度、
たずねなければならない・・・


hinan4
5)避難している子たちに
  古着の支援


日本からの
訪問者の若者たちも、
MCLの子どもたちと
手を取り合って・・・

戦闘で、避難をしている
子どもたちに、
日本から送られてきた、
古着を渡した。

大喜びの子どもたち!
普段は裸。

現地では、
普段は、多少、
生活に余裕があれば、
町のお店で、
古着を買うけれど、

古着すら、
なかなか買えない
家庭も、多い。

新しい服なんて、
お店にも、
売ってないもん!

服って、
お金持ちが、
町で買うために、あるんでしょ!

わーい!
たくさんのお洋服!
わたしにも、ちょうだい!

わたしも! 
わたしも!
おねがーーーーい!

ぼくも、
いただいて良いかな?
大人だけれど!

こんなにたくさん、
お洋服を
もらえたなんて!

わたしたち、
いままで、ずーーーっと、
はだかんぼう、だったの!

わたしたちも、
下着は、あっても、

上に着る服なんて、
なかなか、
買ってもらえないもん。

わたし、
兄弟姉妹で、
みんなで10人!

お姉ちゃん、
お兄ちゃんのぶんも、
ありがとう!

日本のみなさん、
ありがとう!
いつか、
遊びに来てね!

jp30
6)子どもたちへの
  読み語り


最後に、
子どもたちを集めて、
絵本の、
読み語りをした。

もちろん、
お母さんやお父さん、
おじいちゃんや
おばあちゃんもいっしょ!


読み語りは、
最初、
歌と踊りで、始まる!

現地語は、
イスラムのマギンダナオ族だから、
マギンダナオ語。


子どもたちは、
まだ、英語も知らないし、
わずかに、
国語のタガログ語は、
少しわかる?

クリスチャンや
先住民の奨学生が、
絵本を、
読み語りするときには、
イスラム教徒の奨学生たちが、
訳して助けてくれる。


この地のさらに奥で、
両親が、殺され、
自分も、腹部を撃たれていた、
イスラムの奨学生の若者も、

イスラムの子どもたちに、
読み語りをした。


沈んだ、
避難民キャンプに、
笑顔が、戻ってきた。



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nteizo
平地を追われて
山に住まざるを得なった
7)先住民の映像を掲載! 


 土地を追われる
マノボ族
20分

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 先住民族の文化祭
マノボデー


映像を 見たい方は ここをクリック
 
 ミンダナオには、
14部族の先住民が、住んでいます。
それぞれ、異なった言葉をしゃべり、
文化にも特徴があります。
これは、初期の頃に行った
マノボの文化祭。
準備のために、山に食べるための
ヤマイモをとりに行ったり、
ニシキヘビもとって来て、
解体し料理しました。
文化人類学者にとっても、
珍しい映像です。
 

 ミンダナオ
子ども図書館の
総合活動映像
50分
 
映像を 見たい方は ここをクリック
 
 2001年に創立し、
翌年に若者たちの手で立ち上げた、
ミンダナオ子ども図書館の活動を
総括的にまとめた映像です。
拙著『手をつなごうよ』(彩流社)で
執筆した世界の映像版。
戦争の中の子供たちの
支援救済からはじまり、
平和の祈り、洪水、植林支援、
保育所建設等々を
息子の陽のビデオと共に
まとめました。

写真は、松居友です。
 
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 sp13
無題 松居陽
2012年に先妻との息子の
 松居陽が、
書いた文章がおもしろい!

 

Go! 1)宇宙という意識に溺れたひと時
Go! 2)誰の振りもしなくていいんだ
Go! 3)自然体を恥じることはない
Go! 4)言霊の嘆きが聞こえる
Go! 5)海にぶちまけたい
 
mud1
1)宇宙という意識に
  溺れたひと時


聞こえるのは、
波の音、風の音、ココヤシの音。
イヤホンはあっても、
音楽を聴く気にはならない。
生と死の詰まった、潮のにおい。

砂が足をくすぐり、
塩が肌にべたつく。
実体のない波も、
銀河へ続く水平線も、
目を据わらせてはくれない。
宇宙という意識に溺れたひと時。

夢みたい。と、
人は現実に目覚めたときに言うのだ、
とお父さんは言う。
概念上の世界を
現実だと思い込むと、
自然界を夢のように感じるのだと。

人声が静まり返れば、
宇宙が無言で語りかけてくる。
人と自然の間に
境目はないはずなのに、
僕も感じる、夢みたいだと。

mud2
2)誰の振りも
  しなくていいんだ


後何時間
見させてくれるだろう。
もうすぐ夜が明けて、
人が起き出す。

地位、財産、業績、
またこの太りすぎたシステムが、
ますます重い足を引きずって、
ぎくしゃく走り始める。

空気を吸いつくし、
水を飲みつくし、
大地を踏みつくすまで。
それとも、奇跡が起こって、
みな名も言葉も忘れて目を覚ますかも。
こんな夜は、そう星に願う。

朝が来れば、
僕らは新たな目で
互いを見つめあい、
そこに表現しきれない
愛を感じるだろう。

言葉が出ないもんだから、
みんないっせいに笑い出し、
抱き合い、
声高らかに浜辺へ駆け出して、
赤ん坊のように
ピンクの水平線に見とれるだろう。

泣き出す者も
いるかもしれない。
次々と海に飛び込んで、
水が肌を撫でる快感にうめき、
身をよじらせるだろう。

でも、
僕らがしないことがある。
それは、
それを海と呼ぶこと。
それを美しいと呼ぶこと。
それを僕らと呼ぶこと。

もう、
誰の振りもしなくていいんだ。
もう、上にも、下にも、右にも、左にも、
中にも、外にも立たなくていいんだ。
人間くさい、裸、
生きている、一緒に、生々しく。

mud3
3)自然体を
  恥じることはない


自然体を
恥じることはない。
体で感じる情熱を、
好んで否定することはない。

死が自制心からの開放なら、
今罪深い本性をさらけ出して、
生きながらの死を祝おう。
どうせ、いつか
気づきざるを得ないことだ。

心は変えられても、
血は変えられない。
知能が平等を望んでも、
本能は支配したがり、されたがる。

頭は、
体を指示するのではなく、
体に耳を傾け、
その声を忠実に表現するために
生まれてきたのではないだろうか。

mud4
4)言霊の嘆きが
  聞こえる


沖に、
小船の光がちらつく。
漁夫が、
網を引き上げているようだ。

フィリピンの海や山に生きる、
たくましい人々を見ると、
どこかやるせない
無力感に打たれる。

僕は、所詮
今経済と呼ばれているシステムに取り入って、
姑息に生きている人間だ。
容赦ない自然界に生かされる術など、
ほとんど持ち合わせていない。

それだけに僕らは
心の奥に不安を抱き続け、
それだけに彼らは自由なのかもしれない。
何もかもをなくしても、
自然の情けに命を許されるのだ。
おなかがすけば、魚を捕り、
調理する法を、人は受け継いできた。

病気にかかれば、治療する方法も。
そうか、言葉はやっぱり必要なんだ。
じゃあ、何でこんなに
嫌気が差すんだろう。
小うるさい人間のドラマに、
空っぽの言葉に。

今なら、
永久保証、
お買い得、愛!
言霊の嘆きが聞こえるようだ。

mud5
5)海に
  ぶちまけたい


問題は、
言葉が表すはずの本質が
見失われているからかもしれない。
情報は増えても、
その根源が
いつにも増してあやふやになってきている。

体内に残った全ての声を、
海にぶちまけたい。
波よ、
さらっていってくれ!
この他愛もないおしゃべりを!


 

yo
愛に捧ぐ黙想」
松居 陽

 

Go! 1)ここは、まったく面白い世界だ
Go! 2)愛に生きる者にとって
Go! 3)無条件の愛に不安は微塵も無い
Go! 4)神が不良品を創造するだろうか?
Go! 5)僕にとって神は観測者であり
       裁判官ではない

Go! 6)松居陽が作成した英語版
     ミンダナオ子ども図書館の活動映像

yoch1
1)ここは、
  まったく面白い世界だ


ここは、まったく面白い世界だ。
相対性原理に基づいて
作られたこの宇宙。
無限であり、
ゼロである絶対的な宇宙とは違い、
全てがこれ、あれ、そしてその間、
と比較によって成り立っている。

これが高ければ、あれは低い。
これが近ければ、あれは遠い。
これが良ければ、あれは悪い。
これが正しければ、あれは間違っている。

その中でも最も興味深いのが、
愛と不安の相対性だ。
不安は、押し止め、閉じ困り、
闇に隠れ、傷つけ、逃げる力。
愛は、解き放ち、開け広げ、
明るみに立ち、癒し、留まる力。

不安に生きる者にとって、
多くは足りない。
財が足りない。愛が足りない。
何かが足りない。
足りないったら足りない、と彼は叫ぶ。
富を下さい、と彼は祈る。
愛が欲しい、彼は懇願する。
満たされたいんです!

その声明は、
宇宙によって聞き入られる。
そう、あなたは満たされたがっている。
求める者は、
延々と求めている自分を
経験することだろう。

彼は、朝起き出し、
多くを得る努力をする。
多くを得た後、
さらに多くを得るため骨を折る。
とにかく、前へ前へ。
より多く、より大きく。

彼の視界は狭く、厳しい。
彼の不安から逃れたい者達を、
彼は押し止めようとする。
持つという幻覚に住む彼にとって、
無くすことは最大の恐怖だ。

yoch2
2)愛に生きる者にとって

愛に生きる者にとって、
全てはすでに与えられている。
何もかも、十分に存在する。
世界は、愛に満たされている!

彼は、何かが足りない
とは決して考えない。
全てを、そしてこれから
与えられる全てをありがとう、
彼は感謝に祈る。

その声明は、
宇宙によって聞き入られる。
そう、あなたは満たされた。
彼は、充満な自分を経験するだろう。

信仰心に
肥えている者にとって、
欲しがる必要は
初めからから無い。

彼が得ることを選択した瞬間に、
全ては与えられると、
神は約束されたのだから。
彼は、宇宙の息吹に目覚め、
命の触れ合いを感じる。

神は、喜びいっぱいの
素晴らしい世界を創って下さった。
そして、彼は自分や
他人の死を恐れない。
永遠の命を信じる者に、
死などという概念は存在しない。

彼は、命の全てを祝福し、
愛しながら、
永遠の一瞬を生きる。
全てに溶け込み一体となり、神と語り合う。
貧困の山の子たちは、下着すら持っていないから、
裸で泳ぐのがあたりまえ!


彼には、執着心が欠けている。
全てはすでに与えられている、
と言う真実に住む彼にとって、
無くすことへの不安など、
無邪気な錯覚だ。

yoch3
3)無条件の愛に、
  不安は微塵も無い


僕は、信じること、
そして愛することを恐れる人達を
多く知っている。
受け入れてもらうため、愛してもらうため、
何かを代わりに得るために愛し、
信じるのであれば、

たとえ求めているものが
無条件の愛だとしても、
与えているのは条件付の愛であり、
それは愛と呼ぶより、要するに、
欲することから生まれた取引行為だ。

君の欲しいものを上げるから、
僕の欲しいものを下さい、
と語られざる交渉が
そこにはある。

この取引には、
不安が隠れている。
初期の不安は、
もしも相手が愛してくれなかったら、
というものだ。

そしてたとえ相手が
愛してくれたとしても、
いつこの愛が途切れてしまうのか、
と次期の不安が襲忍び寄る。

これは、明らかに
愛に生きる者ではなく、
不安に生きる者が
一般的に作り出す経験だ。

では、無条件の愛とは
どういった愛なのだろう。
何一つ条件が無いならば、
人は全てをあるがままに愛し、
それらがすでに
完全な存在だと知りえるだろう。

全ての人々、
出来事、物質、無物質、
生命、全てが神の創造した、
文句なしの
天衣無縫だと知るだろう。

神が無条件に
僕達を愛すように、
僕達も判断なしに全てを愛し、
祝福することができるだろうか?
できるはずだ。

必要な力は全て与えられている。
損得無しに、純に愛する術は、
僕達の核心にある。
なぜなら私達は神を模られ、
愛を成分として創られた
最高傑作なのだから。

yoch4
4)神が不良品を
  創造するだろうか?


神が不完全な、
不良品を
創造するだろうか?

神は、僕達に選択の自由を
与えておきながら、
「間違った」選択をすれば、
永遠の業火で私達を罰する
憎しみと復習の神なのだろうか?

そもそも、
良い、悪い、
正しい、間違っているといった概念は
誰の創造したものなのだろう?

それらの言葉の持つ意味が、
時代によって、
または単純な
地理の違いによって
異なるのは何を示しているのだろう?

例えば、カトリック教徒にとって、
1960年代以前は
金曜日に肉を食することは罪であり、
死後は煉獄へ行くとされたはずが、
それ以後は
法王の決断で罪とされなくなった。

ヒトラーのやり方が正しいと感じ、
彼を支持した多くの国民や、
他国の多くは、今や
彼は間違っていたと主張し、
彼にあらかたの責任を押し付ける。

ある文化は、
男性が複数の女性と交際し、
結婚することを力の印とみなし、
ある文化はそれを聞き、
怒りに震え、道徳の侵害だ、と叫ぶ。

個人の人生の中でも、
より若かったころの正しさは、
後々の正しさとは
異なることがしばしばある。

この喜劇に
僕が思う真実は、こうだ。
これは全て、
人によって作られたドラマ。
個人レベルであれ、団体レベルであれ、
意識の作り出した世界。

良い、悪い、
正しい、間違っているなど、
実際には存在しない。

実在するものといえば、
世界に散らばるたくさんの観点、
それらのみだ。
正しさ、良さなどのコンセプトは、
人により、経験と思考から描き出され、
団体意識によって強調される。

それなら僕は何を信じよう?
そう、僕は、
僕自身の真実を追究しよう。
望むべく経験を作り出そう。

今、ここで、
自分の思い巡らす
最大の自己イメージを思い描き、
宇宙に映し出そう。
それが人生の意図。

yoch5
5)僕にとって神は
  観測者であり裁判官ではない


無条件で全てを愛する神は、
独裁者や多くの人間のように、
一つの観点からしか物事を見ず、
正しいだの間違っているだのと
ルッテルを張り巡らせ、
間違ったものを裁き、
刑を処するだろうか?

僕達の多くが偏狭だからといって、
神にまでその特性を割り当てて
良いのだろうか?
僕達が何をしようと、何を持とうと、
僕の神にとって、魂は一つ一つ、
罪も穢れも
非の打ち所もないマスターピース。

僕と神の間には、
義務も責任もない。
僕達は、選択の自由を持ち、
望むがままに道を造りゆく者達。
自己の真実を摘み取り、
自己の信じる目的を
追求することを望む。

しかし、
自分の信ずる道を進もうとも、
僕は、
僕の知る神のようにありたい。

フィルター無しに、
全てをそうあるべきものとして愛し、
解き放つ、
そう、無条件の愛を現実化させたい。

もしも僕がたった一つ、
世界中の兄弟姉妹に
プレゼントを贈るとすれば、
それは不安と罪悪感から自由な心。

yoeizou
松居陽が作成した、
英語版
ミンダナオ子ども図書館の活動映像
 
映像1
英語版:English


アメリカで映像作成を学んだ
松居陽が、
ミンダナオ子ども図書館を訪れて、
10年間近く、
ともに活動したあいだに、
自身で撮影した映像を、
本人が編集したものです。

プロフェッショナルな
撮影技術と感性です!

松居陽作成の写真映像による
活動報告です!
音楽とあいまって
美しい子どもたちの表情が感動的!
避難民救済、読み語り、医療、植林
そして、ミンダナオの子供の様子が
感動的なスライドショーになっています。
映像を 見たい方は ここをクリック映像を 見たい方は ここをクリック

映像2 英語版:English

 
映像を 見たい方は ここをクリック映像を 見たい方は ここをクリック

映像3 英語版:Slide english
スライドによる活動映像

映像を 見たい方は ここをクリック映像を 見たい方は ここをクリック
su33
山菜売りの少女
ドキュメンタリー映像:松居陽  
文:松居友
 

松居陽制作の感動的な
野菜売りの少女の
ドキュメンタリービデオ
 
下をクリックして
ご覧ください!
野菜売りの少女 映像1   
野菜売りの少女 映像2
野菜売りの少女 映像3
 
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機関誌『ミンダナオの風』から 
ks
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MCLの子どもたちの日常と山のマノボ族と
海のクラクシン村をテーマにした
過去の映像を集めました
 

サンタマリアの浜で遊ぶ
地元の子どもたち

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若者たちと画家の
ミンダナオ子ども図書館
マノボ族の村での体験記:10分
 
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ミンダナオ子ども図書館の
日常風景

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サンタマリアの
海の下宿小屋を訪ねた:10分
 

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山の貧困地域
マグペットのスカラー調査!

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海の下宿小屋のある
サンタマリアの里帰りと
スカラー調査

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地震の悲しみで父さんが!12分
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子どもたちの日常や
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ミンダナオ子ども図書館:日記 松居友制作

MCL創設者の松居友の
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 Mindanao Children`s Library English  英語版! 松居陽 制作
松居陽制作のMCLの英語版サイトです
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 日本の子どもミンダナオの子ども 生きる力ってなんだろう



 「0」ゼロに 立つための支援を
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ぼく自身の青少年時代の悩みや、
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ミンダナオ子ども図書館だより 宮木梓・松居陽 制作
子どもたちの日常や
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Mindanao Children`s Library English  英語版! 松居陽 制作
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MCL映像サイト
何故ここに日本人など
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民話、絵本原稿、
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小学生や若者たちの 講演感想! ミンダナオオから発送の 機関誌「ミンダナオの風」
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イクメンに 未来をたくせそう! 2021年 今後のMCL  愛に捧ぐ黙想 松居 陽
ぼくの少年時代と 思春期から 子育てよりも 子育つ世界! 原住民、イスラム、クリスチャン 私たちは一つの家族!
近年の若者たちの訪問体験記!
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イスラム湿原に 保育所を建てた! 土地を追われる マノボ族!  サンタマリアの 海辺で遊ぶ子どもたち!
クリスチャンの文化祭 ビサヤデー! イスラムの文化祭 原住民の文化祭
戦争と平和 洪水と植林活動 平和構築と学校建設
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機関紙が、本部の日本人スタッフ
宮木梓(あずさ)から送られてきます。

ゆうちょ銀行以外の銀行やコンビニ、
インターネットバンキングも可能です。

■銀行名 ゆうちょ銀行
■店番 019
■金融機関コード 9900
■預金種目 当座
■店名 〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
■口座番号 0018057
口座名:ミンダナオ子ども図書館

領収書等が必要な方は、
宮木梓までご連絡ください。

ご質問があれば、
メールかメッセンジャーで現地スタッフの

宮木梓(あずさ)
mclmindanao@gmail.com
Facebook:Azusa Miyaki
または、電話でのお問い合わせは:日本事務局 
密本眞弓 電話番号090-4277-7373

可能であれば、
自由寄付、医療支援、スカラシップ、里親支援、
植林支援、緊急支援など
通信欄にお書きいただいても、
メールで希望等を
送っていただいても返信登録いたします。

必ずしも定期的に
振り込まれるご必要はございません。
基本は自由寄付ですし、
決まった会費もございません。
ただし、寄付をいただいた方々には、
隔月で機関紙「ミンダナオの風」を
お送りします。
購読を停止されたい方は、
ご一報いただければ幸いです。


いつか、子どもたちに会いにいらしてください。
宿泊費は取らず何日でもどうぞ。
ダバオ空港までお迎えにあがります。

訪問希望の方は ここをクリック!ミンダナオ子ども図書館 支援方法! ここをクリック!
訪問その他支援に関する
ご質問は、以下へお願いいたします。

宮木梓(あずさ)
mclmindanao@gmail.com
Facebook:Azusa Miyaki
電話でのお問い合わせは:日本事務局 
密本眞弓 電話番号090-4277-7373



郵送手紙小包などは、
着くまでに一週間ほどかかります
ミンダナオ子ども図書館現地住所
Mindanao Children's Library :
Brgy. Manongol Kidapawan City
North Cotabato 9400 Philippines


寄付された方には、
隔月に機関誌「ミンダナオの風」をお送りします!