戦争と平和構築
2013年の記録から(4)


また必ず
帰ってくるからね!
1 イスラム地域で戦闘が勃発 Go! 20 その場で里子に! Go!
2 さらに国際的なNGOが Go! 21 マノボの村で読み語り Go!
3 ビニールシートの支援をした Go! 22 夕ご飯を食べて宿泊 Go!
4 ビニールシートをカットしていく Go! 23 ダバオの貧困地域にも行った Go!
5 日本の若者も手伝ってくれた Go! 24 その場で僕が里親に Go!
6 難民キャンプも調査 Go! 25 訪問者参加して保育所開所式 Go!
7 医療支援もした Go! 26 訪問者からのお便り Go!
8 子どもたちと支援開始 Go! 27 保育所建設調査はつづく Go!
9  避難民キャンプでの読み語り Go! 28 この集落のビラーん族は Go!
10 どうして大人は戦争起こすの? Go! 29 日本からの訪問者も一緒に Go!
11 雨よけのビニールシートを配った Go! 30 阿部ひろえさんが歌った Go!
12 小学校に避難している人たちにも Go! 31 まずは友だちになること Go!
13 訪問者の方と活動を共に Go! 32 訪問希望者が増えています Go!
14 スタディツアーも試みたけれど Go! 33 2020年までの経過 Go!
15 訪問希望にもあるように Go! 34 荒れた保育所再建調査 Go!
16 子どもたちと生活を共に Go! 35 台湾赤十字社が訪れた Go!
17 自由に歩きたい方の場合は Go! 36 共同通信社の記事 Go!
18 奨学生の調査へ山へ Go! 37 ダバオ市の貧困地域に古着を Go!
38 マノボ集落の保育所が完成 Go! 54 イスラムデーを実行した Go!
39 開所式の読み語りに Go! 55 クリスマスツリーを作った Go!
40 北野財団の保育所が完成 Go! 56 クリスマスパーティーが始まった Go!
41 男子下宿小屋が完成 Go! 57 支援しているスカラーに会いに Go!
42 おおきなカサバイモの劇をした Go! 58 年末の大掃除とペンキ塗り Go!
43 建築祝いを最後に Go! 59 壁が塗り替えられた Go!
44 マノボの祈りの家の建て前式 Go! 60 二階の部屋も塗り替えられた Go!
45 原住民の歌と踊り Go! 61 最後の仕上げ Go!
46 支援者の手紙を渡した Go! 62 ニスを塗って出来上がり Go!
47 原住民の祈りの家が完成 Go! 63 皆でプールに Go!
48 クリスチャンデーの文化祭 Go!  64 お昼ご飯を食べた Go!
49 イエスの受難の物語 Go! 65 また必ず帰ってくるからね Go!
50 突風と大雨が襲った! Go! 66 北野財団保育所の寄贈式 Go!
51  MCLの日常  Go! 67 正月にみんなで海に行った Go!
52 小学校の卒業式 Go! 68 漁師さんの村に Go!
53 妖精たちの噂話 Go! 69 海の下宿小屋に泊まった Go!
na41

イスラム地域で
戦闘が勃発
避難民が出ているので
緊急調査に向かった


今回の戦闘の状況は
非常に良くない。

国軍が積極的に
介入しているということは、
今後かなり大規模な戦争に
拡大する可能性を秘めている。

毎年、
大規模な戦闘は、
この地域から勃発している。

パイドプランギからブアラン、
ラガイェンに拡大し
本格的な戦争が起こる。

時期的にも良くない。
毎年5年ごとに
大きな戦争が起こると
現地では言われているが、

2003年、2008年
そして今年は2013年。

時期的にも、
ラマダン期間中に
小規模な戦闘が各地で勃発!

すでに
マタラムでの戦闘では、
避難民が出て
MCLで救済支援に向かった。

ラマダンは、
8月9日までの一ヶ月。
この時期に爆弾事件が多発したり
誘拐事件が起こるのが
戦争の前触れだ。

すでに
ダトゥピアンでも、
爆弾事件が
報告されているし、

誘拐を恐れてオーストラリア、
カナダそしてアメリカ政府は、
政府関係者の
ミンダナオ入りを禁止した。

一般のアメリカ市民にも
警戒警告を発した。
すでに何らかの情報を
得ての行動だろう。

ダバオから
コタバトに抜ける国道も、
この時期に合わせたように
すっかりセメント舗装されているし・・・。

現地では、
セメント舗装は、
戦車や軍用車を通すためだと
言われている。


今回の戦闘を危惧するのは、
すでにかなりの国軍兵士が、
現地に投入されているという
事実が背景にある。

これは、この地域の戦闘が
単なるリドーと呼ばれる
地域対立ではないことが
明確であること・・・

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さらに
国際的なNGOが


さらに、
国際的なNGO
つまり現地NGOだけではなく
海外のNGOが積極的に入ってきている。

現地の人々は、
過去の度重なる戦争体験から、
それを
大規模戦争の兆候と見ている。

杞憂に過ぎなければ
良いのだが。

アキノ政権は、
和平を樹立するという方向性を
持っていたので
それを信じたいのだが、

2008年も
直前までマレーシアでの
和平調印が口外されていたにもかかわらず、
突然?交渉が崩壊し、

大規模戦闘となり
80万の避難民が出た。


現地の人々は、悲観的だ。
杞憂に過ぎなければ良いのだが。
この地域には、
たくさんのMCLの奨学生たちがいる。


すでに40年間、
3年から5年おきに 戦闘が起こり、
避難民化をくり返している。

こうした戦闘の背景は、
背後の湿原地帯に眠る
膨大な天然ガスと石油資源を得るための
国際的資本の対立だという。

しかし、
東南アジア最大といわれる
リグアサン湿原には、
沢山の魚が生息し、

大きな鯉や雷魚、
そして、5mのウナギも獲れて、
5000世帯は超えるという
漁民たちが生活している。

下流を加えると、
どれだけ多くの人々が、
自然の恩恵を受けて
生活していることか。

開発によって、
こうした人々の生活が
破壊されないように願うばかりだ。



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早速、翌日に
ビニールシートの
支援をした


ミンダナオ子ども図書館が、
ビニールシートを持って来るという話が、
事前に伝わっていたために、


人々は、
ビニールシートをかけて屋根を作るための
木や竹の柱を立てて、
待っていた。


避難場所は、
学校の校庭だった。

教室のいくつかは、
避難場所になっているために、


子どもたちは、
外で授業をせざるを得ない。

しかし、
避難民は増え続けて、


教室の中だけでは
寝る場所が足りず、


校庭に
竹竿や棒で柱を作って、
その上に
ビニールシートをかけて、


応急の寝場所を
作らなければならない。



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ビニールシートを
カットしていく


すでに
長いお付き合いのある
村人たちなので、


MCLのこともご存じで、
理解して
喜んで迎えてくれる。



MCLのスタッフたちが、
シートをカットしていく。



ああ、
これで夜も、
雨に濡れずに寝ることができる!


子どもたちも
大喜び!




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今回は、
PHPの記者若林さんと


日本から来た若者も
支援活動を手伝ってくれた



シートをカットし終わると、
スタッフが、
一枚一枚柱にかけていく。

その場で渡すと、
本当に屋根のために
使われるか否かわからないし、

場合によって
一家族だけで、
数枚とられてしまう事もあるので、

使い場所をチェックしながら、
渡すようにしている。


とりあえず
寝られる場所が出来て、
ホッとした家族たち。

喜ぶ顔を
見ることが出来るだけで、
こちらも幸せになれる。

けれども、
こんな不幸な生活を、
むりやり強いられるような戦争が、
なぜ起こるの?


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別の難民
キャンプも調査


ミンダナオの状況は、
あまり良くない。

各地で
小規模な戦闘が起こり、
避難民が出ては
救済支援に向かう日々!

ラマダン期間中に、
爆弾事件や誘拐も
起こる可能性があり、

2003年、
2008年のように、

ラマダン後に
本格的な戦争が
起こる気配が無きにしも非ず。

MCLでは、
継続して避難民救済を
開始しています。



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腹痛や風邪、
皮膚疾患も多く見られ
医療支援もした


避難民支援で、
最も大変なのが医療支援だ!

シートを届けたり、
食糧支援に行ったときには、
必ずそこに医療を必要としている
子どもたちがいないかをたずねる。

子どもたちも、
汚れた水を
飲まざるを得ず、

布団も無く
地面に寝たり、

時には、
雨水にあたったまま
どうすることも出来ない。

そのような状況だと、
数日後から
病気の子どもたちが出てくる。

薬を持って行くので
その場で何とかなる場合は、
まず薬を与えて
数日後に再度訪れて様子をみる。


しかし、
どう見ても
緊急の医師による診察や
入院が必要な場合は、

帰りに車に乗せて
親といっしょに
ミンダナオ子ども図書館に
移動して泊まり、

翌日、
キダパワン市の
医師のところに連れて行き
必要とあれば、
その場で入院させる。


na46
子どもたちと
支援を開始


ミンダナオ子ども図書館では、
活動の中心を担うのは
子どもたち!



前夜のうちにシートを、
5メートル置きにカットして、


翌日、
トラックに運んだ!



ビニールシートと一緒に、

日本から送られてきた
古着も積みこんだ!




na47
避難民キャンプでの
読み語り


すでに
避難生活を始めて
2ヶ月が過ぎていた。

60日以上、地面の上で
十分な上掛け布もなく、
汚れた衣服のママで
過ごさなければならない子どもたち。

避難民の顔にも、
しだいに
疲労感がでてくる時期。

しかし、
ミンダナオに来て、
最初に避難民を見たときは、

120万の人々が、
地平線まで見渡す限り、
テントも無く、
ヤシの葉を葺いた下で寝泊まりしていた。

しかも、
なんと4年近く
過ごさなければならなかったのだ!

病気の子を治してあげた
30歳半ばの
お父さんが言った。

「ぼくは、生まれてからこの方、
4,5年おきに大きな戦闘があって、
避難生活を余儀なくされてきたんだよ。
子どもの頃からずーっと!」

当時の国連の方が
語ってくれたところによると、
世界でもこれだけ長い年月
戦争や戦闘がくり返し起こり続けているのは、
ミンダナオなのです。

避難民の累計が
世界一なのが
ミンダナオなのだそうだ!


隣の国、
日本に生まれたにもかかわらず、
40年にわたって
戦争があることも知らず。

避難民の累計が
世界一であることも知らされず、
本当に何も知らなかった事実に、
我ながら驚くと同時に、

なぜ、
伝えられないのか
不思議な疑問がわき出てきた。

それにしても、
子どもたちによる
子どもたちへの読み語りは、


本当に
喜ばれる心の支援だ。
物資だけでは、
何かが足りない?



2ヶ月も難民だった子達の顔に、
笑顔がもどってくる!


小学校低学年の彼女(女の子です)も
見事な読み語り!
野菜売りをしていた少女!


読み語りだけではなく、
イスラムとクリスチャンと
先住民の歌をうたい、


踊りも踊って、
ますます元気!



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どうして
大人たちは
戦争なんか起こすの?


世界が、
子どもたちの幸せを
第一に考えれば、


戦争などは、
出来ないはずだ!


子どもたちこそが、
希望であり、


未来なのだから!


今年はじめて入った
大学生の奨学生も、
早速劇に加わった。

げきの名は「おおきなかぶ」
ぼくも子どもの頃に読んでもらった
絵本「おおきなかぶ」を
奨学生たちが劇にしたのだ。



最後に、
子どもたちに
菓子パンをくばった。

現地では
めったに食べられない
パンを食べて、
子どもたちはおお喜び!


スタッフたちは、
子どもたちが
パンを食べているあだいも、

子どもたちの中に入って、
絵本を読んであげる!

前に立って読む以上に、
密接な関係が生まれてくる。



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雨よけの
ビニールシートを配った
 


読み語りが終わった後に、
いよいよ
ビニールシートを配った。

この避難民キャンプは、
戦闘が勃発した2ヶ月前に、

UNHCRからの支援で
ビニールシートが配られていたので、
必要ないと思ったのだが、


現地からの要望では、
それから2ヶ月の間に、
避難民も次々と増え続け、
シートも足りない状況であり、

それゆえに
支援して欲しいとの事で
現地に持って行った。

白いのが
UNHCRのシートで、
大きく丈夫で品質も良い。

MCLの場合は
今回も
シートを必要としている人の数も多く、

ほとんどが、
日本の個人の方々の支援で
運営しているので、
地元で売られている青いシートが限界。

このシートも
ダバオなどの中華街の
中華系の店主が、

MCLの活動に
共感を持って下さっていて、
特別価格で
販売して下さっているのだ!

ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちは、
本当にしっかりしていて、

避難者が組んだ木枠に、
どんどん
シートをかけていく!



これで
雨が降っても大丈夫!
避難者たちは大喜びだ!




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小学校に
避難している
人たちにも
パンと古着を配った


こちらはまた
別の避難民収容場所で、
小学校が
避難場所になっている。


ここに、
日本から送られてきた
古着と、


パンをくばった!

日本から来ていた
若者も手伝ってくれた。


学校に避難しても、
昼間は授業があるので、
教室から外に出て、


授業が終わるまで、
グランドに、
居なければならない。

それを考えると、
グランドにビニールシートをはって、


そこを自分たち家族の
住み家としたほうが
住みやすいという事で、

後日、
日よけと雨よけをかねた
ビニールシートを届けた。


ミンダナオ子ども図書館は、
読み語りを交えて
くり返し来てくれるし、


病人が出た場合なども、
コンタクトパーソンが連絡すれば、
至急来てくれるので、


現地の避難民たちにとっても、
国際NGOとは、
またひと味違う、
安心できる隣人なのだ!そうだ・・・。


避難民にとって、
誰かが見ていてくれるのは
大きな安心と喜び!



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訪問者の方々と
活動を共に


ミンダナオ子ども図書館は、
訪問者を特別に、
接待することはないけれども、

現地で聞こえてくる
貧しい僻村の子どもたちの
状況を耳にすると放っておけず、

時には馬に乗って、
山の村々を巡る
積極外向型の活動であるが故に、

そのようなときに、
訪問者の方々とご一緒し、
時にはマノボ族の電気のない村に
泊まったり、

福祉局と現地の人々から
安全の確約が得られると、
イスラム地域の湿原に

舟に乗って、
保育所の開所式に
参加したりすることもある。
以下は、
湿原の保育所の開所式へ行った映像!
nab
イスラムの湿原
ナブンダスの保育所
13分

外国人が、決して入れないといわれていた、
イスラム反政府勢力の跋扈する、
東南アジア最大の湿原、リグアサン湿原。
わたしも、最初は、絶対に入っては
いけないといわれていた。
その湿原地帯に保育所を建てて、今は、
現地の人々とも仲良くしている。
太古の昔にもどったような、
感動的な湿原地帯を舟で行く。
世界最大の8メートルのワニもいるという。
拙著『サダムとせかいいち大きなワニ』(今人社)
の舞台。
映像を 見たい方は ここをクリック


しかも、
日本で言えば山梨、静岡に
神奈川を加えたような
広大な地域を巡っていて、

先住民、イスラム教徒、キリスト教徒の
異なった部族の子どもたちと
山や海で出会うので、

その意味では、
本当の現地活動に同行し、
いろいろな土地のいろいろな場所から、
さまざまな子どもたちの真の状況を
自分の目で見て体験できる。

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初期の頃は、
スタディーツアーも
試みたけれど


初期の頃は、
スタディーツアーも試みたけれど、
村を訪ねる目的が、
本来の目的と異なり、

ツアーになってしまい、
ツーリズムを持ち込むのに
違和感があり、

山の集落に
緊急の治療が必要な子がいても
ツアーを中断すると
お金を払っているのに・・・云々
と言われかねず。

また、
MCLに宿泊費を設定すると、
家族ではなく、
お客様として接待せざるを得ず。

MCLの雰囲気とは合わず、
疲れるので
スタディツアーは、
辞めてしまった。

子どもたちにとっては訪問者も、
お父さんやお母さん、
弟や妹のような存在で、

家族として対応したいのに、
それができないのは
不自然な気持ち!

その結果の判断として
訪問者たりとて
お客さまとして接待するのは
辞めさせてもらうことしにしました。

その代わりに、
接待費や宿泊費もなくした。
子どもたちにとって、
支援者は、お父さんお母さんなのだ!

ただ、
自己紹介のためもあり、
子どもたちの希望から、
歓迎会と送別会はするけれど、

日常は家族として、
友だちとして
ありのままで迎えて
一緒に生活することにしました。


kk3

「訪問希望」にも
あるように

訪問希望の方は ここをクリック!
お客様用の
特別な料理も準備しないで、
スタッフや子ども達と
買い出しに市場に行ったり、


お望みならば、
子どもたちと台所や表で
いっしょに料理したりもできます。


また食事は、
基本的には、食堂で子どもたちと一緒に
同じものを
食べていただくことにしました。

水浴びは、家にシャワーもありますが、
時には外の井戸で
子どもたちと一緒に水浴びしたり、

洗濯も、
洗濯機があっても、
使わずに井戸で洗濯!

でも、大変だったら
子どもたちにたのめば、
喜んで洗ってくれますよ。

良かったら、
「ありがとうー!」といって、
チョコレートをプレゼントしてあげたら、
飛び上がって大喜び!

朝5時前に起きて、
子どもたちと一緒に
薪でご飯を炊いたり、
することも出来ますよ。

子どもたちは、
朝の5時半に起きて
朝食を作り
7時ぐらいに食べて学校に行くけれど、

疲れていたら、
部屋で寝ていてもだいじょうぶ!
食堂に朝の食事を
残しておいてくれるから。

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子どもたちと
生活をともに


今回の方々は、
NGOの専門家の方々も多かっただけに、
本当に子どもたちと
生活をともにされていた。



3月、
ほぼ連日ように
訪問者が絶えなかった。

今まで、
訪問者の事は
余り考えずに来たが、
去年から、
日本の人々の心、

特に若者たちの
心の閉塞的な状況や、
心のゆとりや友情や愛、
つまり生きる力や喜びを
失いかけているように見える様子。

そんな姿に心を痛め、
ミンダナオ子ども図書館を通して
日本の人々の事も意識して、
活動する事を考え始めていた。

その矢先、テレビの番組
「なぜここに日本人」で
放映されたこともあり、

なぜここに日本人
マノボ族の首長になった
日本人
  
   映像を 見たい方は ここをクリック

青少年も含み
急に訪問したいという
人々がでてきた。
訪問希望の方は ここをクリック!

といっても、
ミンダナオ子ども図書館は、あくまで
現地の子どもたちが中心で、
特別な接待をするわけではないし、

危険地域に指定されているので、
敷地外に出るときには、
必ずスタッフや奨学生たちと
いっしょに行動してもらうことにしている。

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自由に歩き回りたい
方々の場合


MCLの規約に縛られずに、
自由に歩き回りたい方々の場合は、
ミンダナオ子ども図書館ではなく、
キダパワンの町のホテルに滞在していただき、

個人の責任で行動し、
訪問する形にしてもらっています。
訪問希望の方は ここをクリック!
キダパワン市は、大学も多く
若者も多い学園都市で、
実は、観光都市としても
知る人ぞ知る街で、

小さいけれども
快適なホテルは、いくつもあります。

マニラよりも安全だと思うのですが、
外国人が一人で歩いていると、
財布が
独り歩きしているようにも見え、

日本政府の指定する
危険地域でもあり、
外務省海外安全 ホームページ!

何か起こって
MCLの責任が問われると
運営に影響し、
子どもたちにも被害がいくので、

いくぶん厳し目の規定を
MCLでは定めて、
規約書を読んでいただき
サインをしていただくことにしています。

街ならまだしも、
山やイスラム地域などは、
外国人が一人で歩き回るのは、
お勧めできない。

別れの日が来ると、
皆さん、目に涙をいっぱいに浮かべて
子どもたちと再会を誓い合って
帰路につかれました。
またお会いしましょう。



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奨学生の調査へ

山の先住民の村へ
スタッフたちが、
奨学生たちの調査に向かった。

ちょうど滞在していた
訪問者の方々も、
同行することになった。

私たちにとっては、
いつも行く場所で、

村人たちも、
私たちのことを
よく知っている場所だが、

ほとんど外国人が
入ったことのない場所だった。


kk5

その場で、
私の里子に!


ここから、
学校までは距離もあり、

川を渡らなければならず、

保育所は、
ミンダナオ子ども図書館で
村に作って行けるけれど、

靴も無く、
極貧の子たちにとって、
鉛筆も買えず、
小学校にさえ行けない子が多い。

たとえ小学校に入れても、
ある村では、
二年生になると、
60パーセントがストップしてしまう。

「なぜ、学校をストップしてしまうの?」
と聞くと、
「二年生なると、
午後の授業もあって、
お弁当持って行けないもん!」

まして、片親や崩壊家庭の場合は、
小学校を卒業するだけでも夢のまた夢!
訪問者のあやさんは、それを聞いて、
里親になって下さった。


支援者になってくださった、
佐藤亜矢さんは、リーラのオーナー
リーラーに関しては、以下をクリック
http://www.leela-japan.com/



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マノボの村、
キアタウで読み語り


電気のないマノボ集落
キアタウで読み語りをした。

読み語りは、
ミンダナオ子ども図書館の
根幹をなす活動だ。

物資支援や医療支援も
大切な支援だけれど、
読み語りは、
貧困集落の子どもたちにとても喜ばれ、

その結果、
村の親や家族とも
暖かい関係が生まれてくる。


今回の読み聞かせは、
MCLの子どもたちは
学校があるので、

訪問者と同宿する
スタッフが中心になった。

ミンダナオ子ども図書館の
読み語りは、
奨学生の子どもたちが
作り上げてきたものだ。

スタッフたちも、
かつての奨学生たちがほとんど。

絵本を読むと言うよりも、
絵を見せながら
絵本を語る。

民話が生きている
世界だからか、
小さな子でも、
聞く力や語る力がすごい。


日本の読み聞かせの専門家が見ると、
こんな大勢の前で、
あんな語り方をするのは、
本当の読み聞かせでは無いですよ!

とよく言われるけれど、
専門家の上から目線としか
思えない?(笑)

何よりも、
楽しむことが大事なので、
語り方とか、
演じ方は本人たちにまかせている。

そして、
絵本だけでは無く、
訪問者を交えて
「おおきなカブ」の劇もした。

ミンダナオには
カブは無いので、
「おおきなカサバイモ」
猿もネズミも登場する。

作りかえて
演じるのも子どもたち!

そして最後に、
みんなで踊りも踊った。



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夕ご飯を食べて
そして宿泊!


村の家々に
平等に宿泊し、
家の人々と食事をした。


普段は、
カサバイモと、

カエルやトカゲが
主食なのだが。

訪問客だからといって、
特別な食事を
出さなくても良いですよ、

普段食べている
そのままでお願いします・・・

といってあるのだが、
さすがに恥ずかしいと思うようで、
必ず米のご飯と、ときには、
地鶏をごちそうしてくれる。

地鶏など、
年に一回、
父親の誕生日に食べる
特別料理なのだが・・・

普段は、
主食は
山芋のカサバイモで、

おかずは、
野菜は芋づるの煮こみや
山菜などなど・・・


御馳走は、
沢カエルや沢蟹の煮こみ!
とってもおいしい!

お皿も無いので、
普段は、ヤシの葉に
ご飯とおかずを載せて食べるけれど・・・

さすがに心配で
MCLのプラスチックのお皿と
ミネラルウォーターは持参する!

その晩、
村の家でそれぞれ泊まった。
訪問者一人に
必ずスタッフが同宿する。


家といっても
すき間だらけの竹の床で、
壁も竹を編んだもの。

現地は、
600mの高地なので
熱帯でもさすがに夜は寒く、

布団などなく、
竹の床に布を敷いただけ!

そこで、
必ずフリースの厚手の上着と
ジャケットを持参するように
話しておくのだが、

ぼくは、竹の床にごろ寝できるけれど
さすがに訪問者には無理なので、
MCLに置いてある
寝袋を持たせてあげる!

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なぜここに日本人
マノボ族の首長になった
日本人

 
テレビ東京が
「なぜここに日本人」
の番組で取材に来ました。 
わたしがマノボ族の首長、
アオコイ・マオガゴンに
なったこと。
マノボ族の儀式の様子。
そして、危険な
イスラム地域にも
読み語りにいきました。
それまでは、
ほとんどのテレビも新聞も、
「取材に行きます・・・」
といって、
なぜかストップして
いましたので
実現したときは、
驚きでした。
現地の子どもの様子を見て
ディレクターやカメラマンは
涙をながして
いらっしゃいました。
    
映像を 見たい方は ここをクリック
先住民族の文化祭
マノボデー
ミンダナオには、
14部族の先住民が
住んでいます。
それぞれ、
異なった言葉をしゃべり
文化にも
特徴があります。
初期の頃に行った、
マノボの文化祭。
準備のために、
山に食べるための
ヤマイモを
とりに行ったり、
ニシキヘビもとって来て
解体し料理しました。
文化人類学的にも、
珍しい映像です。
映像を 見たい方は ここをクリック
jp34

ダバオの町のイスラム
貧困地域の
調査にも同行


大都市の貧困は、
山岳地帯の貧困とは異なる。

ミンダナオの場合は、
路上生活者になっても、
物乞いをしながら
何とか生きていける。

日本では、
子どもが物乞いをすると
冷たい目で軽蔑してみられるが、

ダバオでは、
物乞いは
子どもが家族を助けるために
がんばっていると見られるのか、

けっこう
小銭をわたしてくれる。

僕が子どもの頃も、
(最近もそうだけれど)
路上生活者がけっこういた。

駅前で、
物乞いをしている人の前を
背広姿のサラリーマンが
上から目線で通り過ぎていく。

僕も、父につきそわれて
ランドセルを背負って駅に向かう。
すると、物乞いのあわれな老人が
父に向かって、手を差しだした。

すると父は、
「お金を渡したら駄目だよ!」
「少しぐらい、あげたらいいのに。」
と言うと、こう諭された。

「努力して、仕事を見つけて、
他人にたよらず、
自分の力で
生きていかなければいけないんだ!」

それはそれで、
正しいとは思うけれど、
ミンダナオに来てから少し考えが変わった。

「多少お金が残っていたらあげたらいい。」
「それなりに生きるために
がんばっているんだから、
困ったときにはおたがいさま。」

ミンダナオに来て
長く生活するにしたがって、
物乞いにも少し渡すようになった。

仏教では、布施を喜捨という。
小学校の5,6年の担任で、
曹洞宗の僧侶である、
無着成恭先生から聞いたのは、

「施しは、クリスチャンの寄付とは違って、
上から目線で与えるのでは無く、
施す方が身を低くして差し出すものなのだよ。
自分の欲を捨てますから、
どうかわたしを救って下さいと・・・。」

施しを受け取って
喜ぶ子どもたちの顔を見ると、
その言葉が身にしみる。
彼らが、僕を救ってくれているなあ。

街の貧困地域の子どもたちは、
本当に仲良しで
助け合い分かち合って生きていて、
学ぶべきところがある気がする。

聖書の言葉を
いつも思い浮かべる。
「貧しい人は幸いである、
天国は、彼らのものである!」

今回は、前から気になっていた
父親のいない子と、
戦闘でスールーやサバ州から逃れてきた
難民の人々を訪ねた。



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その場で里親に!

父親も母親もいず、
自分の誕生日すら
わからない少年。

父親が病死して、
母親が面倒を見きれずに、
祖母のところにいて、
一年以上も母に会っていなかった少女。

支援者が決まり、
彼らは晴れて
MCLに住むことになった。


こちらの子も
その場ですぐに
里子になった!


ここでも、
支援を決定してくださった皆さんに、
子どもたちに代わって
心から感謝します。



jp36
訪問者も参加して、
京都暁星高校寄贈の
保育所・開所式


日本からの
訪問者のみなさんも、
開所式に参加して下さった。


京都暁星高校は、
長い年月、
ミンダナオ子ども図書館を
支援してくださっている。

アルベルト君は、
かつて京都暁星高校の奨学生だった。
日本にも招かれ、子どもたちと交遊し、
マノボの踊りも一緒に踊った。

今は、
ミンダナオ子ども図書館のスタッフとして
活躍してくれている。

彼は、保育所の建てられたこの村の出身だ。
下の写真の中央は、
プロテスタントの牧師さんで、
理事もしてくださっているガンボン師。

今回は、伝統的な
ニワトリを使った
原住民の儀式をされた。

ミンダナオでは、
酋長が教会では牧師をやり、
村では酋長の儀式をする。

日本でいえば、
キリスト教会の牧師が、
村の神主もするのと同じ?!

私も、酋長として、
伝統的な服を羽織って
訪問者の方々と共に参加した。
 


最後に、
受け渡しのサインをする。

kk7

訪問者の方々からの
お便り


訪問者の方々からの
お便りを、
掲載させていただきました。


(A)山麓をめぐり、
マノボの村キアタウに
ホームステイできたことは
大変貴重な体験となりました。


道々に松居さんのお話を
伺う幸運にも恵まれました。
様々な子供たちの笑顔に出会い、
一身に不条理を受け入れ、

小さくされている子供たちが
何もかもわかって
私たちを
許してくれているように感じました。

松居さんのお話を伺い、
MCLの行っていることが
「家族を広げること」、
「安心感を与える場」
を提供することだと思いました。

とても共感し、
これが目指すべき代替社会に
つながるもののように感じます。

何度もおっしゃっていた
「子供たちの笑顔」。
子供たちの笑顔から愛が伝わってくる、
幸せそのものがそこから生まれてくる、

その中に身をおくことの
幸福を垣間見ることができました。
マノボにも
もっと学びたいと思いました。

御本を書かれること
待ち遠しく思います。
わずかですが、一名、里子奨学支援に
参加させていただきます



(B)8日間本当に
お世話になりました。
無事に昨日の9時頃
大阪に到着しましたので、
ご連絡をさせていただきました。


早くも
MCLシックにかかっています(^^)
帰りたい…(T_T)

MCLのスタッフ、子どもたち、
行く先々で出会った
沢山のフィリピンの方々との出会いは
私の宝物になりました。

MCLで体験したこと、
感じたこと、
一生忘れません。

MCLのみなさんが
大好きです。
心からの感謝とお礼を申し上げます。
Thank you very much!!!!!

またMCLを訪れる日を
楽しみに、
4月から仕事に励みます。


jp46

保育所建設
調査は続く


サアグ村の保育所は、
多少ペンキが薄くなっていたけれど
大丈夫だった。


町に近い場所ならば、
政府の福祉局DSWDで、
保育所や幼稚園は作られるけれど、

山の奥や人口も少ない
原住民の集落までは、
政府の手が届かないので、


ミンダナオ子ども図書館で
簡易保育所でも良いから、
建ててもらえないだろうか、
と言われて始めた保育所支援。

ミンダナオ子ども図書館としても、
精神的にも肉体的にも
極貧で生活状況が、
最も追い詰められた地域の
子どもたちを対象としてるので、

保育所も建てられず、
樹下で勉強しているような
極貧地域とつながるためにも、
保育所建設は、
有意義な支援だと感じて始めた。




本来この集落の
ビラーン族は


こちらは、トゥルーナンの
ビラーン族の集落への道。
この麓のニューカリダッド村から
山道を登っていく。

本来この集落のビラーン族は、
山の上の方に
住んでいたのだが、

2010年あたりから現在まで
断続的に続いている戦闘で
下のニューカリダッド村まで
避難民化した。

そこの1ヘクタールあまりの
首領の土地に、
非常に貧しい形で
避難民化したまま住んでいた。

そこの村の子たちを
数名奨学生にし、
二人がMCLの本部に住んで
高校へ通っている。

しかし、
首領も避難している人々も、
可能であれば早く自分たちの村に
帰りたいと考えている。

山の方にも、
まだ残っている家々がある。
そこに保育所を建てれば、
今はまだ子どもの数が少なくても、

次第に元通りの村に
戻る可能性がある。
村を再建するためにも、
保育所は有用だ。


そのためにも、
まずは山の村を訪れて
現地を調査しなければならない。


下の村で親しくなった首領も、
今は、山に移り住んで
自分の村を再建させようとしている。

近くに教会(バプテスト)を建てて
牧師を招き、
その反対側に
保育所を建てたいというのが計画。

そうすれば、
今以上に村人たちは
この古里に帰ってくる。


首領は、
奥さんと一緒に
現地を案内して下さった。

先住民族は伝統的に一夫多妻で
5名ほどの奥さんと
たくさんの子どもや孫がいる。
母子家庭を受け入れて
世話をするのも首領の役目。

しかし、
この地も繰り返し
国軍と新人民軍の戦闘が続き
今も断続的に起こっている。



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日本からの
訪問者もいっしょに


こちらは、
アラカンの別の集落。

マノボ族だが、
プランテーションもからんだ、
土地所有に追われて
山の斜面に移ってきている。

この集落にも
MCLの奨学生がいる。
非常に貧しい。

私たちが
初めて訪れたときには、
諸手を挙げて歓迎してくれた。

スカラシップもさることながら、
保育所建設の依頼を受けた。

今回は、
諏訪湖ロータリークラブの
勇敢な訪問者といっしょに訪ねた。

70代の方々だが、
よくぞここまで
来られたと驚いたが、

どうやらアフリカをはじめ、
世界中の貧困地帯を
精力的に歩いている方々のようだ。



jp48
シンガーソングライター
の阿部 ひろ江さんが
歌った!

阿部ひろえ
阿部ひろえさんに関しては上をクリック
世界で歌い続けている
シンガーソングライターです!


自然に村人たちの中に
溶け込んで歌う
阿部ひろえさん。

京都の
エコンズヴィレッジで出会って、
泊めていただいてからのご縁。

お友達のウクレレ奏者、
西山真理さんと
訪れてくださった。

マノボ族の子たちも大喜び!
ギターを借りて
自分たちの歌も披露して
和やかな交流が広がっていった。

諏訪ロータリークラブの溝口さん!
お医者様で、
本当に精力的だ。


歌に民族や部族、
宗教や国教がないのがいい。
まるでMCLのようだ。


ここに
保育所を建てることに決定した。



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まずは友達になること
それから、
何ができるか考えよう!


私たちの奨学生は
大都市にも居る。
ここは、ダバオのササ。

イスラムの
タウソグ族の多い貧民地区で、
海に張り出して木材をわたし、
極貧の人々が住んでいる。

ここ出身の奨学生の一人、
アブドール君と
彼の家を訪ねた。

彼は、
キダパワンの本部に住んでいる。

一度自分の家に戻ったが、
家に居ると
勉強が出来ないと言って
MCL本部に戻ってきた。

とても将来が楽しみな若者だ。
彼には、
たくさんの兄弟姉妹がいる。

阿部さんは、
彼らの前で歌った。

諏訪ロータリーの方々も、
すっかり
家族の一員になったようだ。

この地域には、
戦争を逃れてスールー諸島から来た、
タウスグ族のイスラム教徒が多い。


土地を購入するなど出来ずに、
ごらんのように
海に張り出した家々に住んでいる。

写真の家は、
まだ良い方だ。

奥には、
竹だけで出来ていて
壊れそうな家もたくさんある。

台風で
大きな被害が出る理由だ。


貧しくても明るい子どもたち!
ウクレレ奏者の西山真理さんも
初めてのアジアの旅だが、
心の底から楽しまれた。

「今度来るときは、
もっと長くMCLに滞在します。」


「もちろんどうぞ、
1か月は居られると良いですね。」

「ありがとう、
絶対来ます!」


真理さんとデュエットで、


イスラムっぽい
ハワイアンを踊る
アブドゥル君!



踊りも歌も
絵本の読み語りも、

国境や民族
部族や宗教の違い超えて、

人と人、
とりわけ子どもたちの心を、
友情と愛で
つなげていく力がある!



jp50
訪問希望者が
増えています


テレビ東京の番組
「なぜここに日本人」で
紹介されたせいでしょうか、
訪問希望者が増えています。

ez1
なぜここに日本人
マノボ族の首長になった日本人
映像を 見たい方は ここをクリック

本部の建物は、
以前「Mの会」で、
本棟の左に
ゲストハウスを増築したのですが、


2013年の今は、
ミンダナオ子ども図書館の本部は、
120名の子どもたちに
占められてしまい。

訪問者をお泊めする場所が無く、
さらに個人で増築し
奨学生たちと住んでいる
離れの家をゲストハウスにしました。

温水がわずかに出て
水浴びも多少は快適です。
食事は、
子どもたちと一緒ですが、

ちょっとした物は
ゲストハウスで料理できますし、

もちろん子どもたちと
共同生活は変わりませんが、

いつか、敷地の奥に、
最後にもう一つ宿舎を
建てる予定です。
下の写真は、
すでに建った第三棟です。


福祉局からも、
今のままでは
少し子どもの部屋が
混みすぎていると言うことですので・・・

私たちはそこに
多くのスカラシップの
子どもたちと第三棟に移ります。

どうぞ気軽にいらしてください。
MCLでは、
宿泊費などは取りませんし、
滞在期間もご自由に、

活動を体験したい場合は
少なくとも10日は
滞在されることをおすすめします。

家族の一員として、
同じ食事をとり、
活動に参加していただければ幸いです。
特別な接待はいたしません。

ただいらしたときに、
自己紹介もかねて
ウエルカムパーティーを、

そして、
発たれる日の前日に
フェアウエルパーティーをします。

歓迎会とお別れ会は、
子どもたちの希望ですので
お願いします。

若ものや家族は、特に歓迎します。
世界の未来ですから、
大いにこちらの子たちと交流し、
将来を考えてください。

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その後、
2020年までの経過

その後、
2020年までにいたる
経過を加えますと、
福祉局からの指示で、
男女の宿舎を
分けるようにという事で、

キダパワン市内に男子寮を建て、
ハイスクールと大学生は、
思春期に入るので男子寮に!
小学生の男子のみ
本部に住むことになりました。

しかし、例外として
ハイスクールでも
力仕事などを手伝ったり
スタッフによって選択された子は、
いっしょに本部に住んでいたのですが、

男性スタッフのハウスペアレントが
一人だけで、
離れた二か所を管理するのには
無理があるという理由から、

小学生も男女を分けて、
男子を全て
一か所に集めた方が良いという
福祉局の結論にいたり、

残念なのですが、
2020年から福祉局の指示で、
男子は、小学校から大学まで、
キダパワン市に建てられた
男子寮に住むことになりました。

また、女子寮も、
キダパワン市のレンタルしている
大学女子寮に加え
本部の横に隣接して
大学女子寮も建てました。

大学生の場合は、
携帯も恋愛も許されているので、
夜の授業が遅い場合もあり、
小学生やハイスクールの子とは、
別寮にしたのです。

隣接しているので、
食事は
いっしょに食べられますし、
下の子たちの面倒も見てくれます。

それ以外にも、
孤児や学校まで遠くて通えない、
お弁当を持って行けない
極貧の子たちのために、

ラナコランの山の寮、
クラクシンの海の寮
が出来ていて、
訪問してきた方々も泊まれます。

本部は、
約80名の高校以下の女子寮
になっていますが、

土曜日曜日は、
全ての寮の男女も来て
仕事を手伝い、
いっしょに食事をしています。


今後も
若干変更もあるかと思いますので、
最新の訪問に関しての情報は、
以下のサイトをクリックして
読んでいただければ幸いです。
訪問希望の方は ここをクリック!
またご質問は、
メールで現地の日本人スタッフ
宮木あずさ(梓)さんに
メールでお問い合わせ下さい。
mclmindanao@gmail.com

日本政府の指定する
危険地域に属するため、
最大の注意を払って
行動していますが、

ファンデーションとしての責任もあり、
規則も厳しめに
設定されており、
契約書にサインもしていただきます。

町や敷地外で行動なさる場合は、
日本人スタッフの宮木梓さんに話し、
必ずスタッフか複数の奨学生と、
いっしょにお願いいたします。
お迎えも送別も、スタッフが車で
ダバオ空港まで行きます。


若者たちと
絵本画家の体験記

GO!

最後に海の
下宿小屋に泊まった
 
GO!

近年の自殺や引きこもりの多い
日本の青少年の現状を見ても、
日本の方々を視野に入れて、
活動していきたいと考え始めています。

ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちに出会って、
希望がわいてきたという方々も
多くいらっしゃるので、


ミンダナオ子ども図書館の
未来への意義も、
日本やアジア、世界を視野に入れて
考えていきたいと思っています。

家族でも、また
中高年の方々も
いらしてください。
お目にかかれるのを楽しみにしています。


避難民に読み語りと
炊き出し支援を行った
 
GO!

イスラム緊急避難支援 
GO!


jp52
昨年、保育者が突然
辞めて居なくなり
荒れた保育所を
再建するための
調査をした
 

昨年、
保母さんが辞めて放置され、
荒れた保育所が一つあり、

修理再建する事も
視野に事情調査を行った。

保育所支援など
物的支援の難しさは、
サイン契約上では、
建設後の責任は
市町村の行政に与えられ、

修理や、
保育者の選択や
その後の運営も
いっさい村に転換されるのだけれど、

保育所は、4,5年たつと
壁や屋根の一部が痛んできて、
修理が必要となるのだが、

極貧の村で一番難しいのは、
その経費を分担する余裕が
全くないことだ。

村長や責任者が
選挙などで変わると、
保母への給与も含めて
まったく放棄されてしまうこともある。

一年近いブランクの後、
保育所は荒れてしまった。

イスや机もなくなったが、
すべて修理しペンキを塗って
ミンダナオ子ども図書館で
再生させることにした!

奨学生も居る村で
くり返し訪れ、
村人たちとも交流もあり、
子どものことを考えると
放っておけず、

毎年状況を調査して、
修理の必要な場合や
歳月がたった保育所は、

今後は、
日本から訪問してきた
若者たちともいっっしょに、
プロジェクトとして可能な限り、
塗装修理を行っていくことにしました。

今回訪れた保育所は、
村長が選挙で代わった結果もあり、
以前の保育者(中年男性)が辞職した。
厳しすぎるという批判も集落にあった。

そして、新村長のもとで、
新たな保育者が選ばれた。
30代でがんばって高校を卒業し
保育者になる3児の母。





台湾赤十字社の
面々が訪れた


去年(2012年)に
自由都市:堺 平和貢献賞で
アウサンスーチーさんと台湾赤十字社が、
大賞を受賞し、

ミンダナオ子ども図書館が、
奨励賞を受賞したことを
サイトに書きました。

台湾赤十字社の 記事サイト


台湾赤十字社の
贈賞理由

東日本大震災は、
各地にかつてない甚大な被害をもたらし、
今も避難生活を余議なくされる方も多く、
復興にはまだ多くの時間が必要な状況です。

そのような中、
我が国に対し、

多くの国・地域から
支援が寄せられました。

とりわけ
台湾の人々からも、

同団体を通じて多大な支援をいただき、
その規模はアジアの国や
地域の中で最大のものでした。

特に、同団体は、

救援金を被災地の実情に即した
きめ細かな支援に充てるため、
被災市町及び日本赤十字社と連携し、

継続的な取り組みを続けています。

これら同団体の活動は、

被災地の復興はもちろんのこと、
今後の日台関係の発展、
及び広くアジア太平洋地域の
平和・安定の構築に

大きく寄与するものと高く評価します。


そして、その後
ミンダナオ子ども図書館が
奨励賞を受け、
息子の松居陽が作った映像を映した後、
退場しようとすると、

下で鑑賞していた
台湾赤十字社の代表が、
突然、立ち上がり、
壇上に登ると、
大勢の前でこう宣言した。

「今回、私たちがいただいた
平和賞大賞の賞金は、
全額、ミンダナオ子ども図書館に
差し上げます!」

驚いたのなんのって、
そのおかげで
必要としていた水田を買い、
200人分の子どもたちの
米を自給することが出来たのだ。


そして翌年、
台湾赤十字社の
フィリピン人スタッフから
連絡が入り、

スタッフたちが、
ミンダナオ子ども図書館を
見学に来ることになったのだ!

台湾の方々は、
ほんとうに明るくのびやかで
気取ったところも無く
子どもたちが大好きで、

ミンダナオ子ども図書館の
子たちとも
いっしょに食事をして、

あっという間に
心を開いて
友だちになっていった。

すると、帰りがけに、
「今何を一番必要としていますか?」
と聞かれて、
山々を駆け巡るために
4WDのピックアップがあれば、
と言う話をすると。

さっそく帰られてから、
購入が、
了承されたことが伝えられて、
なんとトヨタのハイラックスを
手に入れることができたのだ!


あえてこちらの気持ちから、
台湾赤十字社の
寄付であることを車に書いて、
台湾、フィリピン、日本の旗をつけた。

ほんとうに
どんなに助かっていることか!
どんなに多くの子どもたちを
この車のおかげで
助けることが出来たことか!

原住民のいる山や
イスラム地域に行くと
人々が驚いてたずねる。
「トモさん、台湾人だったの!」

kt
 【ミンダナオ子ども図書館】
紛争、極貧逃れ
共同生活する子どもたち
日本の児童文学者が活動
共同通信社の三井さんが来られて、
このような記事を書いてくださいました。
http://www.47news.jp/47topics/e/239000.php

紛争や極貧を逃れた子どもたちが集う寄宿舎が
フィリピン南部
ミンダナオ島の山あいにある。

北コタバト州
キダパワン郊外に日本人の
児童文学者が設立した非政府組織(NGO)
「ミンダナオ子ども図書館」が運営。

小学生から大学生までの子ども
約120人が自炊で生活しながら、
武装勢力と国軍の争いが絶えない地で
地元の子どもを励ます活動を続けている。

「今日はみんなに絵本を読んであげますよ」
キダパワンから車で1時間、
さらに山中を20分歩いて着いた
少数民族マノボの集落。

図書館の子どもたち
約20人がマノボの言葉で、
集落の2~6歳の子どもたち
約80人に笑顔で呼び掛けた。

この日披露されたのは、
水牛と女の子の
恋の物語と劇。

はだしの子や
ぼろぼろのシャツを着た
子どもたちの表情が思わずゆるんだ。

住民200人余りの電気もない集落で、
近くでは
軍と共産ゲリラの衝突が絶えない。

幼い4人の子を抱える
エステリタ・アタンさん(36)は
「家にはテレビもラジオも本もない。
こうした活動はありがたい」
と子どもたちに優しい視線を向けた。

劇が終わると、
図書館の子どもたちが
日本やフィリピンから寄付された
古着を住民に配った。

図書館は2002年、
児童文学者の
松居友 さん(59)が設立した。

01年に現地のカトリック司祭の案内で
難民キャンプを訪れ、
現場の悲惨な状況を目の当たりにし
「子どもたちのために生涯をささげよう」
と決意した。

活動資金の大半は
日本からの寄付。
寄宿舎には宗派を問わず
キリスト教徒やイスラム教徒、

少数民族のスラム出身や
孤児の子どもたちが集まり、
近くの学校に通う。

周囲の畑で野菜を作り、
活動プログラムも
自分たちが決める自主生活だ。
ソライマン・サリ君(17)も孤児の一人だ。

コタバト市出身のイスラム教徒で、
父は病死し、
母と兄妹は2011年、
イスラム教徒同士の銃撃戦に
巻き込まれて犠牲になった。

自宅は焼失し、
1人だけ生き残り、
松居さんに救われた。

銃弾の傷痕が腹に残るサリ君は
「幸運だった。今は同世代の子と
きょうだいのように生活できる。
絵本の読み聞かせを
各地で週末にするのが楽しみ」
とほほ笑む。

館長の松居さんは
「貧しいことが
必ずしも不幸とは限らない。
だが三食食べられない状況では
どうしょうもない。

子どもたちに笑顔が戻るように
少しでも手助けできれば」
と穏やかな表情で語った。
(キダパワン共同=三井潔)



vs40
ダバオ市の貧困地域で
古着を渡す


辺境の山の貧困と
都市の貧民街の貧困は、
共通している部分と
異なっている部分がある。


都市の貧民街の人々は、
原住民は
山から町に下りてきた人が多く、

とりわけ
クリスマスの一ヶ月前あたりから
民族衣装に伝統の楽器をもって
山から下りてきて、

家々の前や
道ばたで楽器をならしながら、
伝統的な踊りをおどりながら歌って
物乞いをする。

こちらでは、
キャロリンと呼ばれていて
習慣になっている。

その後、
山に戻らず、
物乞い生活に入っていく
家族や若者たちもいるようだ。

ぼくが子どもの頃にも
物乞いが路上にいたけれど、
その前で
10円でもいいから渡そうとすると、

父が、「やっては、だめだ!
がんばって仕事をしなければならない。
努力がたりない!」と言って、
目もくれずに通り過ぎた。

その影響もあってか、
最初は
物乞いに小銭を与えるのは、
良くないと思ったが、

子どもの物乞いもいて、
母さんを助けるために
努力している。

それを見てから、
いまは、小銭を物乞いにわたすのも、
路上で魚をうったりするのも、
良いような気がしている。

いざとなっても
物乞いすれば何とか生きていける、
という安心感が、
庶民にあっても良いと思うようになった。

イスラムの人々の場合は、
戦闘を逃れて時には、
他の島々からミンダナオに逃げてきて、
住み着いた人々が多い。

海沿いを移動してきた人々も、
山から下りてきた人々も、
町に着いた頃には、
一銭のお金もなく、

家も土地も
買うことなど出来ず、
海上に板をはりだした海の上に、
家々を建てて貧民街を作っている。

そこで
舟を持ち漁師さんになって
生活している人はまだ良い。

生活も大変だし、
衛生上の問題もあるだろうけれど、
宗教や種族を超えて
貧しい中で
お互いに助けあう風潮があって、

子どもたちどうしも、
信じられないぐらい
明るく仲が良く、
みんなで遊びお手伝いする。

それを見ると、
高い壁に囲まれた
立派な家に住んでいる金持ちが
失ったものが
何かあるのではないかと感じる。

聖書の言葉
「貧しい人は幸いである、
天国は彼らのものである」
身にしみて、ここで感じる言葉。

ミンダナオ子ども図書館の事を
この地区の子どもたちも人々も
知っていて、
奨学生もいるし、
私たちが行くと駆けよってくる。

中には、
ぼくに向かって叫ぶ子もいる。
「トモさんーーー!」

そのような体験を
訪問者もすることによって感動し、
貧民街に対する
差別的な視点が消えて、

金持ち社会が失った
何かを感じて感動する。

大事なのは
お金や物よりも、
まずは、隣人愛と友情かな?

vs42
マノボの集落の
保育所が完成


丹原美穂さま寄贈の
保育所が完成


これからもゆっくりとですが、
一つひとつの保育所の
調査をして
補修を行っていきます。


マノボの集落
プロック8の保育所も完成


この集落は、
周囲を移民の人々に土地をとられ、
先住民族は、狭い斜面に
住まざるを得なくなっている。


自給地もないために、
周囲の田んぼの
雑草を刈ったりして
日銭を稼いで生活しており、

子どものための
弁当も作れず
MCLで米を支給している。


開所式の準備のために、
子どもたちが


保育所のいすを運んだ。


こちらの子どもたちは、
こうしたお手伝いを、


嫌な顔ひとつせずに、
楽しそうに行っていく。




vs43
いよいよ、
開所式の読み語りに!

MCLの
子どもたちが出発!


諏訪湖ロータリークラブの方々も
乗り込んで、
出発!


まずは
読み語りと歌から、
開所式が始まる。

マノボ族の村だから、
マノボの子たちが
中心になるが、

必ずイスラム、
クリスチャンの子たちの
歌と読み語りを入れていく。

宗教を前面に出し、
違いを敬意を持って受け入れ、
互いに友情を結ぶことは、
21世紀の最大の課題だと
MCLは考えている。

絵本も含めた子どもの文化の中に、
様々な異なった文化や宗教表現を、
どんどん入れていく時代が
始まっていると思うのだが・・・

もっと先住民の祭儀の絵本や、
イスラムの絵本、
仏教の絵本、神道の絵本、
カトリックやプロテスタントの宗教観
などを描いた絵本が、

どんどん出ると、
今後の平和を創り出す運動に
貢献すると思うのだが。


読み語りの後に
開所式が・・・


ミンダナオでは、
会合は
すべて祈りから始まる。


まわりは
水田に囲まれているが、
彼らの土地は無い。


元々は
彼らの居住地だったのだが・・


それでも
限られた共同の土地で、
みんな仲良く助けあい、

いっしょに
保育所でABCを勉強したら、
今度は、
できれば小学校にあがりたい!


中学校や高校にも
行けたら良いんだけれど!
と言うのが子どもたちの夢。



vs44
北野財団の保育所が
完成した


北野生涯学習財団は、
日産などの車のライトを作っている
スタンレー電気の財団。


毎年2棟の保育所を
寄贈してくださっている

また、
4名の大学の奨学生も・・・


開所式は読み語りから





vs45
男子下宿小屋が
マロゴンに完成した


マロゴンは
山の奥の集落だけれども、
教育に情熱を傾けている。

小学校が完成し、
高校が出来つつある。

ここに、念願の
男子下宿小屋が完成した。

MCLの奨学生は、
山の貧困家庭や親の無い子、
崩壊家庭の子たちを優先している。


それゆえに
日常学校に行けず、
学校成績や年齢に
ハンディがあったりする。

みんなで
読み語りをした


ミンダナオ子ども図書館の
奨学生たちが、
現地の子どもたちとの
友情をきづくために、

村の子たちを集めて
読み語りをした。

この村の保育所も、
ミンダナオ子ども図書館で
数年前に建てている。

保育園の先生が、
村の子どもたちを集めて、
宿泊施設にやってきた。

読み語りは
踊りからはじまる。

みんなで
踊ると楽しくって、
緊張感がほぐれるし!

絵本のほとんどは、
英語か日本語で
書かれているので、

自分で見ても、


子どもたちは、
何が書いてあるのか
わからない。

でも、
こちらの子どもたちは
全然気にしない、


一度、
読み語りの体験させすれば、
絵本の良さが
すぐにわかるし。


絵を見るだけでも楽しいし、
すぐに絵から
自分でお話を考えて、
他の子たちに語り始める。


心に壁を作らず、
既存の知識の上に立って
物事を考えず、


心が妖精のように
飛び跳ねる!

絵本を見たこともない
子どもたちに、
スタッフが絵本をわたす。


読み語りの後、
自分の手にとって、
絵本をみるだけでも、
興味の度合いが変わってくる。


vs46
大きなカサバイも
の劇をした


奨学生たちが演じる
「おおきなカサバイモ」の劇は、

絵本「おおきなかぶ」から
アイデアを得て、

ミンダナオ子ども図書館の
若者たちが
独自に作った劇!

絵本「おおきなかぶ」は、
ぼくも、子どもの頃に
読んでもらった絵本で、

父が編集した
思い出深い
絵本のひとつだけれど、

なぜ名前が
カサバイモに
代わっているかというと、

ミンダナオにはカブがなく、
カサバイモなら
山に自然に生えていて、

山の子どもたちが
毎日のように
斜面で掘ってきてみんなで食べる
お米代わりの主食だから。

だから、
どうやって地面から
引っこ抜くかもしっている。

下の映像サイトのなかの原住民の文化祭、
マノボデーでマノボ料理を作るために、
山にカサバイモをとりにいき、
子どもたちとひっこぬく場面が出来てます。

先住民族の文化祭
マノボデー

ミンダナオには、
14部族の先住民が住んでいます。
それぞれ、異なった言葉をしゃべり、
文化にも特徴があります。
これは、初期の頃に行った、マノボの文化祭。
準備のために、山に食べるための
カサバイモをとりに行ったり、
ニシキヘビもとって来て、
解体し料理しました。
文化人類学者にとっても、珍しい映像です。
 原住民の文化祭 マノボデー!
訪問したら、
ミンダナオ子ども図書館の若者たちと、
こういう体験をするもの良いかも!
それゆえに、
オリジナルの絵本とは
異なった部分があり、
猿やネズミもやってきて、

最後にネズミが
根っこのまわりを
こつこつとひっかいて
みんなで芋を引っ張りぬく。

この筋書きも、
彼らが独自に考えたもの!
日本でやったら、専門家から、
「原作通りにやりなさい!」
と、怒られるかな?

最後に
みんなで歌った


毎回必ず最後に
イスラムの歌、マノボの歌、
ビサヤの歌
そして平和の歌を歌う



vs47
建築祝いを最後に

家は
下がコンクリートで、
上半分が竹壁にしている。

これは、
こちらの伝統的なスタイルで、

確かに
全部がコンクリートの方が、
耐久性があるのだが、

熱帯であるが故に、
クーラーも置かないと
暑くて大変!

ミンダナオ子ども図書館の本部も
寝室は、
伝統的な竹壁にしている。

しかし、
竹壁の欠点は、
5年ごとに多少、
修理をしなければならないこと。


ここには、
高校生以下の男の子たちが住み、
学校に行きながら農業も行う。



すぐ横には
信じられないぐらいに
巨大なラワンの大樹が立っている。

ここは伝説の場所で、
巨大な樹から
不思議な白い女性が現れて、
天に向かって昇っていくという。

それをテーマに、
お話を書きました。
下から読むことができます。
青い山の妖精さんたち  Go! 

このお話を
2020年現在、
画家が絵を描いて
絵本を制作中です。


その画家と若者たちもいっしょに
2019年にこの場所を
訪れた映像が、以下です。


若者たちと
絵本画家の体験記


ビデオ映像に Go!

vs48
マノボの祈りの家
の建前式


今年のマノボデーは、
マノボの祈りの家の
建前式を行った。

酋長たちも
訪問してくださった。


マノボ文化を若者たちに
伝え続けるためにも、

こうした、
伝統的な祈りの家が必要だった。


酋長たちの祈りに、
私も酋長として加わった。


妻のエープリルリンは、
マンダヤ族の血が入っている。

マノボ族にとって鶏は、
地上と神の国をつなぐ存在だ。



vs49
マノボ族、
ビラアン族の
スカラー(奨学生)の
歌や踊り


従兄弟どうしの下の二人は、
本当に
伝統的な踊りを知っている。


貴重な存在で、
昔話もたくさん語れる。

彼らに
昔話を収集してもらって、

絵本や本を
作ろうと思っている。




支援者から
届いた手紙を渡した


最後に
集まってきた奨学生たちに、

支援者から届いた
手紙をわたした。

日本語で書かれている手紙は、
渡す前に、
英語に書きかえたものを
同封して渡す。


奨学生たちは大喜び!



vs50
原住民の祈りの家が
完成した

高島ご夫妻の
支援で完成


大勢の首長たちが、
開所式に参加してくださった。

今後、
MCLを中心に、


マノボ文化の
保存育成活動が、


広範囲に
展開されていくだろう。


行き詰まっているかに見える
現代文明の、
物質中心の世界観、
宇宙観を打ち破り、


本来人類が持っていた、
見えない世界と見える世界、
自然と人間、

一見対立しているかのような
二元論を超えた、

ゼロの視点にたった
本来の宇宙観を
人類が取り戻すためにも、

原住民の世界観に立ち返って、
世界を見ることが、
これからの未来を開いていくように
思えてならない。


こうしたことは
30年前に書いた
「昔話と心の自立」(教文館)
にも書いたのですが、

その後、
北海道時代に書いた
アイヌ文化の
「火之神の懐にて」

沖縄の神ノ島
宮古島の側の池間島の
オジイから聞いた
「沖縄の宇宙象」

で現地の古老から聞き
書きましたので、
読んでいただければ
幸いです。

vs51
クリスチャンデーの
文化祭


毎年、
ミンダナオ子ども図書館では、
イスラムの文化祭、


マノボ族、バゴボ族、
ビエラーン族など、
原住民の文化祭。


クリスチャンの
文化祭を行い。


最後に、
シンポジウムを開いて
一年の総括をする。

その年のテーマをどうするかは、
その年の
選挙で選ばれた、


それぞれの代表が、
話し合って決める。


今年のテーマは
葬儀と復活。

クリスチャンの文化祭では、
イエスの最後の晩餐と、
十字架に貼り付けになる
死と復活が演じられた。


訪問者も参加できます。

今年は、
訪問者の方が支援している子に、
手紙をわたした。




vs52
イエスの受難の物語

イエスの死と復活を
どう演じ伝えるかは、

クリスチャンの奨学生たちが、
事前に話し合って決め、


練習もしてきた。



弟子の足を洗い
愛と受難を伝える最後の晩餐


最後の晩餐の前に、
イエスは、
一人一人の弟子たちの
足を洗って清めた。


そして
生け贄の象徴としての肉と血、
パンと葡萄酒に感謝をささげ、

肉の象徴としての
パンを捧げて食べ、


血の象徴として
葡萄酒を神に捧げて飲み。

弟子たちと
食事を共にした。



kz
突然
突風が襲った!

死の十字架に向かうために
イエスが、
立ち上がった瞬間

突然、
強風が起こり、


大雨がふりだした!


みな
天に何が起こったのかと、
ビックリして立ち上がると、


飛ばされそうになる、
テント代わりのビニールシートを、
必死につかんで、


ミンダナオ子ども図書館の
庭を抜けて、


母屋へと向かった!


まるで
イエスの死に心を痛めて、
天が泣き出したかのようだった。



最後に母屋で
お昼ご飯を食べる奨学生たち。



vs53
MCLの日常

ザンボアンガでは
戦争が起こり、


イスラム地域のピキットでも、
季刊誌で述べた懸念が、
現実のものとなりつつあり、


MILF分離派のBIFFと
MNLFが組んで、
国軍との戦闘が
散発的に起こっている。


しかし、
MCLのなかでは、
クリスチャンもムスリムも
本当に仲が良く、


他国から来た訪問者とも、
仲良く遊ぶ!

ミンダナオが
そして世界が、
MCLのようになれば良いのに
とつくづく思う。


vs54
小学校の卒業式


MCLの近くの
マノンゴル小学校を

 
卒業した奨学生たち
いよいよ
卒業式が始まる!




スタッフでハウスペアレントの
ローズマリーは、
もと、MCLの奨学生だった。


MCLの奨学生には、
親のいない子も多い。

そんな子にとって、
卒業式は
うれしくもあるものの、

ちょっと
寂しくなるときでもある。

そんな
子どもたちの気持ちを察して、

ハウスペアレントや
スタッフや、
わたしも、



ときには、

上級生のお姉ちゃん役が、
親代わりにつきそう。


日本から訪問されていた
野田杉菜さんも、

お母さん役を
つとめてくださった。


山から、
片親だけれど、
忙しいのに
お父さんが来てくれた!


最後に、
卒業証書の
授与がはじまった。



小学校もいけない、
卒業なんてできないと思っていた、
極貧の子どもたちにとって、


卒業式は、夢の又夢だった。
それが実現した驚きは、
大変なものだ!



vs55
ワクワクのチカチカ 妖怪たちの噂話

ミンダナオ子ども図書館の
子どもたちは、
本当に献身的だ!

スタッフのハウスペアレントから
「~してくれない!」
といわれると、

「やってあげるよ~」と言って、
嫌な顔一つせずに、
お掃除や炊事や
洗濯をしてくれる!

しかも、
友だちと協力しあって、
笑いながら、
楽しそうにやっていく!


こんな性格が、
どのように
作られたのだろうか?
と思う時があるけれど、

小さいときから、
兄弟姉妹や友だち同士で、
山へ芝刈りに言ったり、


川に洗濯に行ったり・・・



台所で
お料理をして、


「お料理できたよ~」

「みんなで食べよ~」


子どもたち同士でも
助け合って
生きてきた経験があるので、


それが、楽しく
当たり前だと感じるのだろう。


ご飯が終わると、
外で集まって木の下で、
みんなで歌ったり踊ったり!


小さな子でも、
あっという間に
ギターや楽器を弾けるようになる。
楽譜はぜんぜん読めなくっても・・・


支援者への
お手紙書いたよ~

ベッドで別々に寝るのはつまんない~
床でみんなで
いっしょに寝よ~~っ!

「ぼくたちが、
毎日食べるお米も、


自分たちで
干して乾かしてから
精米するんだよ!

本部以外の
下宿施設などに住んでいる
子たちも含めると、

約200人分のお米が必要で、
一日に50キロ消費される。

2021年には、
精米機も設置されて、
スタッフの家族も含めて、
200人分の米を自給しています!

庭で
野菜を作ってくれるのも
子どもたち!


果物やヤシの実が庭に実ると
自由に登って
採っていいことになっている!


だけれど、
みんなで分けて食べること!


「学校にいってきま~す!」

「お帰り~!」

「クリスマスの飾りつけするね~!」



na50
2013年:
イスラムデーを実行


毎年、イスラムの文化祭、
先住民の文化祭、
クリスチャンの文化祭をして、

互いの宗教や
習俗の違いを体験し、
敬意を持って
理解する試みが文化祭。

毎回、事前に
投票で選出された
学生役員が集まって、
その年の文化祭のテーマを検討する。

今まで、
結婚式、葬式、
歌や踊り、精霊の払い、
などをしてきたけれど、

今年は、
断食の中に見る
各々の宗教のとらえ方を
テーマにした。

イスラムのラマダンは
有名だけれど、

マノボ族にも
断食はある。

クリスチャンにもあり、

イエス自身が40日間食を絶ち
山にこもっている。

仏教にも、
神道にも、
清めの儀式があるように・・・

表現方法や
儀式の仕方は違っても
宗教には、
共通点も多いと感じる。


ミンダナオの
イスラム文化は、

アジア的で
独特のものが有る
とも言われている。

ミンダナオの
クリスチャン文化も
欧米とひと味もふた味も
違っていたりする。

マリア像の前に置かれたローソクに
手を伸ばして、
煙を肩につけてみたり・・・。



下の写真は、
MCLの奨学生で
同時にイスラム教の司祭も勤めている
オスタージュの青年。

彼の祈祷は、
アラビア語で
意味がわからないけれど、
なぜか深く心に染みこんで感動的だ。


下の写真は、
ピキットのDSWDのソーシャルワーカー。
自分自身の体験を交え
時には涙しながら、
断食と罪の許しについて語ってくださった。


MCLに住んでいる、
アーミーが踊ってくれた。


小学校から、
もう5年間もMCLに住んでいる。

今年高校を卒業して、
大学に行って、
教育学を専攻して、
卒業したら先生になる予定。


最後にみんなで待望の
イスラム料理を満喫した。

ナマズの炭焼き、
焼きビーフンやお菓子。


クリスチャン、
マノボ族の子たちも大満足!



na51
クリスマスツリーを
作った


ミンダナオのクリスマスは、
9月から準備が始まる。

9月、September 
「・・・ber」のつく時期が始まると、
クリスマスのイルミネーションが
道々に飾り始められる。

ソリに乗った
サンタクロースや
光で飾られた雪だるま。

華やかで
楽しい気分が、
ちまたに満ちてくる。

もともと、
心底のお祝い好きで、
明るく表現力豊かな国民性?

貧しく落ちこんだような
小屋に住みながら、
それゆえに、
落ちこみを吹き飛ばすような
お祝い好き?

クリスチャンもイスラムも、
精霊崇拝の先住民も、
形だけのお祭りではなく
心底楽しむ気分に満ちている。

クリスマスの一週間前から
まだ暗い3時、4時から
夜明け前のミサに集まってきて、

教会もカテドラルも
いっぱいになるのだから驚きだ!

クリスマスのために
生きているみたい!


ミンダナオには、
モミの木が生えている
わけではないので、
クリスマスツリーはこうして作る!


イルミネーションで
本当に輝いているクリスマスツリー!



na52
クリスマスパーティーが
始まった


クリスマスプレゼントを買うための
お小遣いをもらって、
それぞれ、決まった人のために
町でプレゼントを買ってきて、

歌ったり踊ったりした後に
プレゼント交換をする!

クリスマスの時期は、
親や親戚がいる子たちは、村に帰るので、

親のいない子たちにとっては、
クリスマスは、
とっても寂しい時期になる。
それだけに、楽しく過ごす事に気をつかう。


みんなで歌って踊って、楽しんで・・・
普段の遊びの延長だけど、
それでもクリスマスは特別!

下の写真には、
実子のアイカ(藍花)も混じっている。
いつもみんなと一つの家族、
兄弟姉妹として一緒に育つ!

本当に子育てが楽というか、
「子育て」という言葉が、
ここでは変で当てはまらない!
「子育つ」というべきで、

放っておいても子どもは育つ???

親が亡くなって
親戚の家を転々としながら、
説明できない理由で逃げ出して
福祉局に保護された少女も兄弟姉妹!

ボードメンバーで
福祉局のソーシャルワーカーの
グレイスさんから紹介された子です。
どなたか支援者になっていただけませんか!

ミンダナオ子ども図書館に
先日来たけれど、
本当にほっとして
安心できる場所だと言っていた。

ここにいれば、
友だちも沢山出来て
悲しくないし、
愛に満たされた場所!

日本から来られた方々も
よく言われるのが、
「ミンダナオ子ども図書館は
施設という感じがしないですね!」

子どもたちも私も
ここは施設だと思っていない。
家庭であり、住んでいる子たちは、
我が子と同じだと思っているから。

たとえ親に見放されても、
親がいなくなってしまっても、

彼らにとってMCLは、
安心して育つことができて、
しかも、大学まで行ける我が家なのだ!



na53
支援している
スカラーに会いに


訪問者の方々は、
子どもたちを見ながら、

自分たちの少年、
少女時代を
思い出したかもしれない。

日本もかつて貧しかった。
しかし、それなりの
幸せな生活があった。

幸せは、
決してお金では買えない。


支援している子の住んでいる村には、
今回は、
危険で行けなかったが、

スカラーに
お父さんといっしょに来てもらった。

お母さんがいなくなり、
お父さんも仕事が大変で、
学校を続けられなかったけれど、

ミンダナオ子ども図書館のおかげで
中高生から大学まで行けることになった!
卒業したら、良い仕事について、
家族を助けたい!



na54
年末の大掃除と
ペンキ塗り


小学校の男の子たち。
普段はいたずら盛りだが、

仕事をたのむと
文句も言わず、
積極的にかかわっていく。

まずは
ペンキを塗る前に
汚れを落とした。


上からの指示に従って、
やりたくない仕事を
無理やりこなしている
といった感じが全くしない!

それどころか、
一か所終わると
次に何をしたらいいのかを、

自分で考えて
どんどん実行していく!

「だって、
わたしたちのおうちだもん!」

ときには、
互いに冗談をいいながら!

ときには、
お互いに助け合いながら!

上の子たちは、
下の子に教えて、

下の子たちは、
お姉ちゃんの言うことをしっかり聞いて。
「はい!」

ぜんぜん嫌な顔をしない。
文句があったらどうするのって?

下の子も
上の子に、
文句があったらしっかりと言う!

上の子は、
下の子の文句に
しっかり耳を傾けて、
解決策を教えてくれる!

そして、
二人ともすぐに笑顔!

下の写真の緑の服は、
実の長女のエンジェル藍花。

年上の子たちに面倒を見てもらう
妹の立場から、
お姉ちゃんへと変身した!

料理も掃除も
下の子たちの面倒も、
積極的にこなしていく。


ここで育ったことが、
どんなに
大きな意味を持つかを考えると、
将来が楽しみだ。




na55
あっという間に、
一階のコンクリートの
壁が塗りかえられた


手すりの鉄も、
ヤスリや紙やすりできれいに削り、
そのあとから、
ペンキを塗っていく。


疲れたら交代!
高いところは、
背の高い子が・・・!



外壁も、

天井も、

どんどん塗りかえていく!

その早いこと早いこと・・・

腕前も技術も
あっという間にのびていく。

その早いこと早いこと!



あっという間に家は、

若返ったかのように
輝きだした!


こうした体験をきっかけに、
大学で建築工学を
勉強したくなる子もいる。

日常生活に密着した体験から
生まれる仕事には、

地元で仕事を作れる
夢がある!


自分たちが
日々生活している家が、

子どもたち
自身の手によって、

こんなに
素敵にきれいになってきた!

外壁は、
最後の仕上げ!



na56
二階の部屋の
壁も塗りかえた


ピンク色を
選んだのも子どもたち!


トイレも、

蛇口の壁もピンク色に!

以前に比べたら、
本当に明るい部屋になった!


疲れたら、
寝ててもいいよ!

わたしたちだけで
やってあげるからね。
だいじょうぶ!



na57
最後の仕上げ!

ついこの間まで、
小さくって、
子どものようだったのに、

あっという間に娘らしく、
若者らしくなっていく。

「あんまり早く、大きくなるなよ!
できるだけ、
子どものままでいてほしい!」

といっているのだが・・・。
この子たちに必要なのも
最後の仕上げだけかなあ?

でも、
若者や娘になっても、
結婚して旅立って、

父親や母親になっても。
MCLにもどってくると、

子ども時代の気持ちに
もどれるのが
大きな喜びのようだ。


最後の仕上げに
余念が無い。

男の子でも、
床掃除から便所掃除まで
ちゃんとやってくれる。

もちろんときどき、
怠けることもあるけれど、

やるときは、
徹底的にやる姿がいい。

仲間たちと
一緒いつも一緒。

子どもが育つためには、
絵本の読み聞かせも
大切だろうけれど、

自分自身の体験を顧みても、
友情と遊びが
重要だと感じる!

僕の場合は、
小学校時代に、
自由で生き生きと遊べた
明星学園の時代が大きい。

特に、
担任の無着成恭先生の
影響が大きい。

何しろ、
学校でも遊んだが、

学校を出て放課後、
井の頭公園の湿地帯で友人たちと
冒険遊びばかりしていた。

大人の干渉から離れた、
「ちまた」の遊び無くして、

家庭と保育所や
学校と絵本だけでは、
子どもは育たないと思うのだが・・・?



na58
床にニスを塗って
できあがり!


MCLには、
イスラム、クリスチャン、
原住民の子たちが一緒に生活!

彼らが言うには、
宗教が違っていても兄弟姉妹。
わたしたちは、一つの家族!

イスラムの彼女も
姉妹に変わりは無い。



小さな子たちも
見よう見まねで技術を学ぶ。

学習感覚では無くって
遊び感覚で・・・
そこが大切?


仕事は義務ではなく、
友情のなかで進んでいく。

いや、
どんなに義務を果たされても、
友情が優先されていくので
苦痛にはならない?

見違えるように美しくなった、
自分たちの家!

ここは施設ではない、
我が家なのだ!


最後に、
離れの家の床と
手すりのペンキも塗ってできあがり!

屋根は、
来年塗ることにした。

こうした子どもたちと
生活していると、
本当に助かる。

子どもたちは、
ここを我が家と感じているし。

自分の家の装いを
新たに生まれ変わらせる事に、
大きな喜びを感じているのがわかる。

一人で、
または少人数の核家族だけで
生活していてはわからない、
充実と喜びが生きている。

核家族では
得られない喜び!
友情に守られた大きな家族!

分裂と個別化、
個人主義に犯された
現代社会では得られない、
本来の生活が友愛のなかで生きている?

MCLにいると、
本当にほっとする。
帰るべきところに帰ってきたな、
という感じ。

新しい年を、
新しい気持ちで迎えるぞ!



na59
ペンキ塗りが終わって
みんなでプールに


泳ぎに行った


ここは、憧れの
スイミングプール



ミンダナオ子ども図書館は、
高原の小さな町、
キダパワン市から、
アポ山に向かう郊外の村にある。

来たときは、
ようやく電気が通り、
その後電話がつき、
急速に発展した。

川崎市と姉妹提携しているようで、
ミンダナオ最高峰
3000メートル弱のアポ山の
ダバオとは反対側の高原地帯にある。

300メートルほどの高地なので、
ダバオのように暑くなく、
夜は少し
寒いぐらいの高原地帯だ。

山中に温泉もあり、
原住民の聖地である
アコ湖も有名で、

観光都市として
将来を考えているようだ。

そのような
観光開発の一つだろうか、
町外れに滑り台のある
プールが出来た!


そこそこ
生活にゆとりのある人々が、
ダバオなどから
来るのだろうけれど、


今回は、
子どもたちが
年末の掃除をがんばったので、


特別に皆で
泳ぎに行くことにした!

子どもたちは大喜び!



運転手で
男の子たちの父親役の、
ダゴルさんも、
子どもたちと共に大喜び。


「独身でも、
連れ合いがいなくても、

子どもたちがいれば幸せだから、


これで良い」とは、
ご本人の言葉。 




na60
みんなで
お昼ご飯を食べた


来る途中の
キダパワン市の市場で、

野菜と、

魚を買って、


奨学生たちが料理する。

子どもの頃は家で、
MCLに来てからも、
毎日料理をしているので、
料理はお手のもの!


ミンダナオの料理は、
現地の料理に、
美味しい料理の基盤となる
中華料理とスペイン料理、

そして、
戦前まで2万人を超す
日本人が住んでいて、

日本人町を
作っていたせいもあり、
日本料理が加わったようで、

本当に美味しくって
食べ飽きない!

味の秘訣は
香草を加え、

ショウガ、
小さなタマネギ、
ニンニク、ニラなどを、

細かく刻んで
下味を作ること!


野菜売りの少女
下の子も今はいっしょ!



松居陽制作の
感動的な
野菜売りの少女の
ドキュメンタリービデオ
 

下をクリックしてご覧ください!
野菜売りの少女 映像1 
 野菜売りの少女 映像2
 野菜売りの少女 映像3

vs41
また必ず、
帰ってくるからね!









お昼を食べて
最後の水浴び!






娘の藍花と
舞花もいっしょ!



na61
北野生涯教育振興会
寄贈の保育所の開所式


10月12日、
北野生涯教育振興会さまが
寄贈して下さった、

ファティマ保育所の
開所式が催された。

MCLの子供たちによる
絵本の読み語りの後、

新設の保育所に通う
子供たちの
ダンス、歌のお披露目!

生憎の雨天にも負けず、
村の人々の保育所に対する
愛情・熱意がぎゅっとつまった
素敵なオープニングセレモニー!

子供たちの学びの場として、
長く大切に
使ってくれるはずだ。

村が費用を捻出し
床をタイル張りに。
北野生涯教育振興会さま、
ありがとうございました!



na62
正月にみんなで
海に行った


毎年、
お正月は、


ミンダナオ子ども図書館に住んで
学校に通っている子たちのなかで、
山の故郷に親戚がいて、
帰れる子たちは
なるべく故郷に帰すようにしている。

しかし、
受け入れてくれる
祖父母や親戚も無く、

またあっても
アビューズ等の恐れがある子は、
ミンダナオ子ども図書館で
お正月を迎える。

兄弟姉妹のような友だちも、
実家に帰ってしまうと、
お正月は寂しい時期!


そのような理由もあって、
お正月は、
毎年、海に
キャンプしに行くことにしている。


子どもたちに
「お正月は海に行くよ!」と言うと、
「わーーーーーぃ!!!」と大喜び。


実家に帰る子たちも
うらやましそうに
居残り組を見つめている。

キダパワン市から
車で2時間も走れば
海があるけれど、


山から来た
ほとんどの子どもたちは、


麓の町に行くだけでも
めったに無い体験で、


海などは、
夢のまた夢!



海の水が、
塩辛いのにビックリ!


夕暮れまで、
くり返し、
くり返し、

海に
飛び込んでいく!

砂浜で、
砂のお城を作ったり!




2020年現在は、
サンタマリアの
クラクシンという
素朴な漁師さんの村に


海の下宿小屋を
建てられたおかげで、
そこで、子どもたちと過ごします。

2020年から、
ミンダナオ子ども図書館は、
訪問者の方々、

とりわけ
日本の青少年や
家族を視野に入れて
活動していくことに決めました。

ただし、
スタディーツアーなど
営利目的の企画ではなく、

支援者の方々はもちろんのこと、
訪問者の方々を、
ダバオ国際空港までお迎えに行き
宿泊費はとらずに、

お客さまとしてではなく、
MCLの子どもたちの
家族として
受け入れるようにいたします。

また、人生に行き詰っていたり
未来を何とか切り開きたい
と思っている若者の場合は、
事前に相談していただければ、

現地スタッフの仕事に
同伴する形で、
学用品支給や古着の支援、

保育所の補修支援や
奨学生の現地調査などなど、
活動に同行することが可能なように
していきたいと考えています。

ミンダナオの子どもたちと同時に
世界の青少年が未来ですから!

訪問者の方々も、
海の漁村での体験をしていただけますよ!
日本から訪問してきた若者たちの
映像ビデオをご覧下さい!


ビデオ映像に Go!

みんな泊まりに来てね~!
宿泊費は、とりません。
お客さまとしてではなく、
家族としてお迎えします!




最後に
海の下宿小屋で
泊まった


ビデオ映像に Go!
海の下宿小屋に
訪問者が同行する場合は、

セキュリティーを
万全にするために
必ず市の警察署に行き、

最新の情報を得て
話をしておく。

まずは、
サンタマリアの市場で
食料を仕入れた。

仕事場に
子どもたちがいても、
誰も文句をいわない。


魚を
養殖している。

イスラムのお墓は、
うえに蓋がない。

ヤギが
飼われている。

ここでは、
イスラムと
クリスチャンが

仲良く
生活している。

クリスチャンの村では、
豚が飼われている。

クリスチャンのお墓のうえは、
閉じられている。

峠を越えて
いよいよ


クラクシン集落に
はいった。

集落の一番外れに
下宿小屋がある。

さっそく
岬の先端に見える、

灯台に登ることに
決めた。

岬の先端に
着いたよ!


さあ、
下宿小屋に帰ろう!


着いたら
みんなで遊ぼう!

学校から
中学生も帰ってきた。

夕暮れどきから
漁にでるお父さんたち。

翌日は、
奨学生の子たちに
導かれて

学校に
行ってみた。

これが、
通学路なの!!!


マングローブの林を
越えたところに
小学校があった。

ミンダナオ子ども図書館の
奨学生たち

ハイスクール(中学校)にも
行ってみた。

竹壁のそまつな学校に
びっくり!

帰る日が来た、
いつまでもいたいのに!

さびしいなあ、
帰るの・・・

わたし、
ここに住みたいなあ・・・


だいじょうぶ、
またいつでも
もどっておいで。



ビデオ映像に Go!




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ミンダナオ子ども図書館の最新の活動報告
支援者の方々への活動報告です!

ミンダナオ子ども図書館だより 宮木あずさ制作

現地日本人スタッフによる、
写真を交えた最新の活動報告です!

ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
ミンダナオ子ども図書館 若者の友情:日記
訪問等でMCLと出会った若者たちの想いです!

ミンダナオ子ども図書館:日記 松居友制作
松居友による活動報告および
製作映像や想いを載せた自由日記です!

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口座名:
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領収書等が必要な方は、宮木梓までご連絡ください。
現地日本人スタッフ宮木 梓  mclmindanao@gmail.com
日本事務局 前田容子 FAX:0743 74 6465 携帯電話:090 5091 7514
ぜひいつか、子どもたちに会いにしらしてくださいね!