014年6月以前の記録



マノボ族の蒔き付け儀式


  Ritual Ceremonya
 ボランティアスタッフ 野田 杉菜


 「明日キアタウで焼畑にお米の種を植える、年に一度の儀式があるので行きませんか?」
 2014年2月18日早朝、友さんの一言で寝ぼけ眼を擦りつつ、
急遽キアタウ村へお米を植える儀式を見に行った。
 マノボ族の調査をしておられる訪問者の方と現地スタッフと共に、
舗装されていない山道をガタゴトと進んでゆく。バナナのプランテーションを通り過ぎ、
急斜面にあるトウモロコシ畑を横切りると、アラカンの広大な山岳地帯が広がった。
3時間かけてたどり着いたのは皆様お馴染み、
ミンダナオの山岳地帯に隠れるように存在するキアタウ村だ。
MCLはこの村からもスカラーをたくさん採用している。
 キアタウ村に着くと「明日はご馳走でバボイ(豚)が出るよ!」と
子ども達が嬉しそうに話しかけてきた。
普段はカサバ芋やバナナを蒸したものを食べているので、豚はとっておきのご馳走なのである。
 マノボ族がほとんどのこの村は、昔ながらの伝統が生きている。
今回の儀式、その名も「リトワル・セレモニア」。題名に記したものが現地語だ。
年に一度の伝統行事で、友さんも見たことが無いと言っていた。 
そんなところに無知な私がお邪魔して、素人の目線で貴重な文化に触れることを可能にするところ、MCL。
 私の見たマノボの儀式の様子を読むことで、隣国の風に触れていただければ!…と、
偉そうなことを言ってみたり。しばしお付き合い頂ければ幸いである。

 〝急斜面を駆ける
 2月19日、早朝6時。山の人々の朝は早い。
 早々に朝食を済まし、焼畑のある場所まで歩いて行く。キアタウの子どもたちに先導され、
まだ朝露で滑る斜面を下っていく。
 朝焼けで光る断崖絶壁の丘を下り、まだ小さなバナナの生える畑を下ると、
木々が生い茂る森へ行き当たる。キアタウの子どもたちは転げるように急斜面を走り下ってゆく。
そのスピードといったら大人はとてもついて行けない。
よたよたと進む私たちを時々チラチラと見て、少し行ったところで待っていてくれる。
 急斜面を下るのに必死な私たちを尻目に、子どもたちは
焼畑までの道のりを遊びながら進んで行く。
パチンコにそこらへんの石ころを掴んで鳥を射ち落とそうとしたり、鳥の鳴き真似をしたり、
歌を大声で歌ったり…そこにある物を何でも遊びに変えてしまう。



 〝川でお風呂〟
 どんどんと森を下っていくと川の近くにたき木の火が見え、村の男衆がそこに集まっていた。
 その手前の急斜面で私は一回転して転げ落ちた。
幸い擦り傷だけで済んだが、これがさっきまでの何も生えていない断崖絶壁だったら
死んでいたと思うと肝が冷えた。
 泥だらけになって川のそばまで辿り着くと、透き通った水が流れるそばで、
大きな豚一匹が既に解体され横たわっていた。ここまで豚を連れてきて潰したのだろうか…
近くの大きな岩には真新しい血の痕が残っていた。
 すぐに出発するかと思いきや、後からやって来た女衆と子どもたちが川で水浴びを始める。
「杉菜も入りな!」と誘われるので、私も川で頭を洗った。
山で生活する人々にとって水は貴重品だ。
そんな水を好きなだけ使うことのできる川でのお風呂は「待ってました!」と
云わんばかりの張りきり具合である。大人もしかり。



 〝焼畑へ〟
 思う存分身体を洗った後、やっと焼畑へと向かいだす。
 男衆は豚や薪を持ち、女衆と子どもはそれに続いて急斜面を登っていく。
木の根をつたい、竹のゲートをくぐると、焼かれた土が見え始めた。 
森を抜けたところ、急斜面に扇状に広がる広大な焼畑が現れた。
テニスコート優に6個分はある。あまりの広さに「何日かかって焼いたの?」と聞くと、
「1日だよ。村の大きい男64人全員で焼いたんだ」と返ってきた。 
こっちの人は度々、人数にものをいわせて途方も無い作業をやりこなしてしまう。
その忍耐とやら凄まじいといつも思う。
 続々と集まる村の人々は、一度焼畑の傍に建てられた小屋に集まる。
そこで衣装や道具を纏い、ダトゥ達(酋長)が集まると、
儀式の用意がされている焼畑の下部に下りていき、そこで儀式が始まった。



 〝白いにわとり〟
 コの字に集まり内側にダトゥと男衆、その外側に女衆と子どもが並んでいた。
 最初にダトゥが神様(スピリット)に呼びかける。良いスピリットをカヤッグと呼び、
畑が良いスピリットに見守ってもらえるように呼びかけるのだ。
 次にマノック(にわとり)を捧げる。マノボ族の伝統で儀式の際は、
スピリットに必ず白いにわとりを捧げるしきたりになっている。
マノックは祈りを捧げた後、動脈を切りその血を後から蒔くバンゲ(種もみ)や
その他の儀式の道具に垂らしていく。これは悪い虫や鳥に、
蒔いた種が狙われないようにするおまじないである。
 次に、種まきに参加する全員がマノックの血を手の平につけてもらいに来る。
その後、女衆はトードソック(バンゲを入れるかご)にバンゲを入れてもらい、
男衆は竹や木の槍で一斉に土に穴を開け始めた。
 穴を開ける様子は舞を舞っているようだし、種を蒔く姿もとてもリズミカルだ。
種を蒔いたあとは素足で踏んで土を被せていた。
穴を開ける道具で竹の棒をパガパックと呼び、それを振り下ろすたびカラカラと
音が鳴る仕組みだ。単調な農作業に楽しさを見出そうとしているようで、小さな工夫に笑みがこぼれた。



 〝ご馳走にありつくまで〟
 大人が儀式を行っている間、大きい子どもたちはお昼ご飯の準備をしていた。
 かまど作りやバボイをさばく作業など、力仕事は男の子が。
バナナの皮でお皿を作ったり、小さい子の子守、おかずの盛り付けなどは女の子が行っていた。
それより小さい子どもたちは儀式の様子を高台からじっと見ていた。
焼畑なので、時折風に吹かれて灰が舞う。目を擦る姿がとても愛らしいと感じた。
 太陽が真上まで昇った頃に一度作業を辞め、全員でお昼ご飯の準備に取り掛かる。
日本の様に、すでに切り分けられた肉は出てこない。
大きなお鍋でマノックを煮たり、バボイの骨は男衆が力いっぱい包丁を振りかざし、
肉片を飛ばしながら切り分けていく。
 みんな朝ごはんを食べずに準備や農作業をしているので、お腹はぺこぺこのはずなのに、
みんながご馳走を食べれるように準備に没頭しているようだった。
 ミンダナオに居ると、“動物の肉をいただく”ということがリアルに感じられる。
こちらの人々はご飯を食べる前に必ず祈りを捧げる。
命を頂くことに関してのリアルを知っているだけに、頂く命には常に敬意をはらうことを忘れない。
これはミンダナオで守っていくべき極めて大切な文化じゃないかと勝手に思っていたりする。
 ようやくご飯を食べ出し、ご馳走に舌鼓をうつ。
おしゃべりに花を咲かせ、お昼寝をし、また種蒔きを繰り返す。
 作業は夕方まで続き、帰りは馬に乗せてもらい村まで帰った。
今回蒔いたお米は7月に収穫予定だ。
キアタウ村の人々が無事にお米を食べることができるよう、私もひっそりとカヤッグにお祈りした。



 〝ダトゥのお家にて〟
 儀式が無事に済んだ夜、キアタウ村のダトゥの家に泊まらせてもらった。
そこでダトゥとたくさんお話した中で印象的なものがある。
 あるスタッフの奥さんがグワパ(美人)だという話をしている時、
ふとダトゥが「グワパ(美人)とパンギット (不細工)、何が違うんだい?一緒だろ?」と呟いた。
続けて「一番大事なのは心だ。違うかい?」と付け加えた。
一瞬キョトンとしてしまったが、「ああ、そうかも…」となぜかすんなり腑に落ちた気がした。
 よくミンダナオの人は「目に見えないもの、心が一番大事」と言う。
それはそうだが、私にも好みがある!と反発する心があった。
しかし、こちらで他人の本心を見抜くことは日本より難しいことだと、
7ヶ月間の短い滞在期間だがわかる。表面上ではホスピタリティー溢れるフィリピン人だが、
決して簡単に心の内には入れてくれないのが現実だ。
 それでも彼らと向き合っていこうと思うのはなぜなんだろう…
一生答えが出なくても良いが、その周りをよたよたとキアタウの急斜面を
歩くように廻り続けていくことに意義があるんだと、自分に言い聞かせている。
 あとの4ヶ月、私はこれからもよたよたと近寄ったり、離れたり、歩いてゆく。

 


陸稲の種まき儀式に関して
アイヌと沖縄の宇宙観の視点から


今回の企画を実現させたのは、増田和彦氏。
焼き畑を中心に、日本と東南アジアの神事・芸能・演劇を調査し続けてきた専門家だ。
今回も、執念のようにMCLを通して、マノボ族の首長とコンタクトをとり
アラカン地域の大首長の了解をもとに、キアタウで本格的な焼き畑神事を実現された。
長年の研究をまとめた大著を、最近出版されているので、是非お読みいただきたい。
ただし、相当高度な研究書だ。
増田和彦著『山と街の芸能史ー日本と東南アジアの神事・芸能・演劇ー』


焼き畑は、日本では縄文文化に起源を発し、いわゆる人類の根源である狩猟採集文化と
農耕文化の堺に位置している。その根源が、ミンダナオの先住民族社会に、
そのまま生きているのには驚いた。ミンダナオで生涯を捧げることを決定した、
一つの要因だ。その意味でも、こうした調査は、とても歓迎出来る。
戦闘などが起こり、平和と貧困の問題が、子どもを直撃しているのを見かねてこの十年、
文化の宝庫を目の前にしながら、心を向ける時間が無かった。
今も変わらず忙しいだけに、研究者や専門家をはじめとして著作家や児童文学者、
絵本作家、ドキュメンタリー映画作家などなど来ていただいてこうした文化を保存し、
新たな創造を試みたり、次世代に伝えて欲しいと思う。

いつでも来てください。誠心誠意協力しますよ!
ここは、先住民族もイスラム文化も・・・・国立民族博物館も驚くべき場所で、
しかも、危険という事で、来たくても入れない人々が多く、
MCLだけが入れる場所が、たくさんあります!


今回のキアタウも、初めての調査が入った場所だ。
僕は同行しなかったけれども、日本人ボランティアスタッフの杉菜さんが同行。
彼女は、絵本で育ち、絵も描けるので、ゆくゆくはキアタウなどを舞台に僕が編集して、
まずはMCLから絵本などを出そうと思っているので
そのことを話すと、大喜びで同行。上の記事は、そのことを書いた物。
右の写真は、村人といっしょに水浴びする杉菜さん。神事の前の水浴びは、
おそらく禊ぎ(みそぎ)と関連する習慣だろう。

僕もかつて、アイヌ文化の沖縄文化の本を書いた。
上智大学の独文科で、木村直司教授のもとでゲーテを学びその根底にある、
中世錬金術の宇宙像に関心を持ってから人類の根底にやどる狩猟採集文化に
惹かれていき現代の科学技術文化の問題を解決する方針として、
人類の基本の宇宙像を明らかにしようと思い、
(その思いは、『昔話の死と誕生』(教文館)で語られている)
北海道に移住したときに、アイヌのおばあちゃんに会って話をまとめさらに、
沖縄の宮古、池間島で、古老から話を聞き死生観宇宙観をまとめた。

   
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ミンダナオに惹かれた理由は、戦闘で困窮している子どもたちとの出会いがきっかけだったが、
同時に、マノボ族の世界に、イタリア人のピーター神父に誘われて、入っていったことにもある。
当時、土地を奪われて戦闘が起こった地域で、マノボ族の集会があり酋長をはじめとする
多くのマノボの人々が集まり、山の集落で徹夜で集会をしたのだが、
そこに連れて行ってもらった。
何も知らずについて行ったのだが、驚いたこと、驚いたこと・・・
午後遅くから、殺された家族に関する事実告白が行われたのでこれは、
裁判に出すための準備かと思いきや夕食後、酋長たちが前に集まって語り始めた・・・
というよりは、やがて一人の酋長が立ち上がり四角形に左回りに歩き出し、
手をさしのべて、片手の小指と親指を開き鳥のようにひらひらさせながら、語り始めた。
要するにスピリットがついて、様々な霊の言葉で語り出したのだ。



東北の恐山の巫女なども同じなのだが、沖縄やアイヌ、シベリアのシャマニズムを
学んでいた僕にはすぐにこれが、シャーマンであることが理解できた。
四角に左に回る方向は、盆踊りで櫓を軸に左に回るのと同様に沖縄の家同様に、
ナカバラである中心の柱が天につながり、神木を左に回ることによって天界に向かい、
そこで神々と会うという方向を意味している。
シャマニズムに関しては、読んでいた物の本物のシャーマンが生きている世界に
飛び込むとは思わなかった。しかもその後、驚くべき事に、参加している全ての人々が
右手を高くかざして、シャーマンと同じようにひらひらさせ何事かをつぶやき叫び始めたことだ。



結局、沖縄同様に最高神の太陽神が、集会の最後に酋長に憑き結論として、
「神によって造られた世界が、木や草、動物なども種類は異なっていても
一体となって存在して、単体として宇宙を形成しているように人類も、種族、
宗教の違いを超えて、調和して生きて行くように」と太陽神が語っている、
と言うことで平和が大事だという結論が出た。
夜明け前のことだ。そのときの酋長とは、今も友達でいる。

 


白い鶏は、生け贄として捧げられる。
人類は、動物や植物を殺して食べることによって生かされている。
自分たちが殺すことによって、生きられること
その罪の許しと感謝を、生け贄の儀式は象徴的に表現していると同時に
送られるスピリットが天界で村人の感謝の心を告げ
天界のスピリットが、喜んで地上に再び訪れ、
この世に豊穣が訪れるように祈願する

  
 

アイヌのカムイノミを彷彿とさせる祈り
いつかウタリ協会と共同で祈りを捧げたいですね
萱野志朗さん、どうですか?
ワシントンに招かれて、アイヌ文化のシンポジウムに
いっしょに参加したのが懐かしいですね。
そのときの本
「First fish first people」
 

こちらは、日本のアイヌのイナウ 
   


血と肉を捧げるのは、人類の根源的な祈りのあり方
アイヌでは、熊の血と肉を捧げる。
沖縄では、豚。こちらのお祝いの豚の丸焼きも同じ系譜?
中東では、羊で、血を飲み肉を食べるが
それが、パンと葡萄酒、御神酒と餅などになって
祈りの場に伝えられている。
イエスが、自分の血と肉をパンと葡萄酒にたとえたように。


こうした儀式を軽蔑してはならないと思う。
アイヌのおばあちゃんから言われたことだが、
皆さんがスーパーで買っている鶏肉も、豚肉も、魚介類も、穀類から野菜も
全て自分の肉体を差し出して、死に向かった者(カムイ)たちで
死の現場も見ずに、感謝もせずに食べている都市の人々こそが、
少し常識から離れた異常な世界に生きているように、ここにいると思えてくる。


そういえば、黒い鶏で悪霊を追い出す事もあると聞いているが、
MCLのスカラーの少女に、霊が憑いて大騒ぎになり
声も変わり、考えられない力が出るのだが
しっかりと受け止めて、本来の心(スピリット)を呼び戻すという
考えられない体験も数回した!
神父さんや恐山の巫女ではあるまいし、
本当にこんな事があるとは思わなかったが
人を救うという事は、一筋縄ではいかない物だ!




レイテの台風支援に向かった
   


いよいよフェリーでレイテ島に入った

深夜、レイテ島でパンク 

低地の方は、かなりビニールシートが復旧していた。
特に、UNHCRのシートが、かなり深い場所まで貼られていた。 
そのため、MCLでは、4WDでしか入れない山岳地帯に目標をしぼった。


木々も芽を吹き出し始めていた。
人々の生活も、少しずつ日常を
取り戻しているが、
貧しい人々の生活は、厳しい。
格差が広がりつつある。


   

上は、台湾の支援
避難所が、学校に建設され
緊急避難場所として活用された後
屋根の吹き飛んだ校舎のかわりに
学校として使われていた。
校舎の復旧は、
かなり待たなければならないが
このおかげで、子どもたちの授業が
停滞すること無く、進んでいた。

家の復旧は、経済的な余力によって格差が広がっている。

MCLでは、山岳地域を重視

4つの集落の1000世帯に古着を配った

ここでも中心は、MCLの奨学生たち 

山岳地帯は
さすがに支援が行き届いていない
ミンダナオ子ども図書館は
4WDで行動しているので
今回は、山岳地域の村に入った。

一袋に一〇枚の
大人用と子供用を混ぜた
皆さんからの古着を1000袋
千世帯に配った。

また、運動靴は、
子どもたち一人一人にくばった。
ここでも、中心になって
活躍するのは、
MCLの奨学生の若者たちだ。


最後に、若者たちが子どもたちに読み語りし
炊き出しで作った、カカオのおかゆを配った




戦闘避難民の集落で読み語り
2月8日(土)



昨日、現地に読み聞かせに行った。
MILFのほうは、比較的安定しているが、
MILF主導の和平に不満を持つ人々もいる。
MILFは、スンニ派が多く
BIFFの場合は、シーア派が主だと聞いている。
シーア派は、アジアのムスリムでは少数派、
マレーシア、インドネシアは、
おおむねスンニ派だ。
また、ムスリムだけでは無く、
先住民やクリスチャンにも当然、
今回の和平交渉が、イスラム教徒の
MILF主導統治に終わることに
不安を持っている人々も多い。
BIFFが、かなりの高性能の武器を持ち、
海外からも、支援を受けていると現地では
言われているが?

 


ここでの戦争の背景は
湿原に眠る、石油と天然ガスの
利権をどこが獲得するかだという
その背景には、国際政治や資本が暗躍
しかし、MCLの活動は、インディペンデント
この子たちが幸せに生きれる日が
来ることだけを願って・・・

両親とも亡くした子を奨学生にした
小学校3年生で成績も良い 

 


9人兄弟姉妹の家、近所の人々に支えられて生活していくのだろうが・・・

支援申し込み

ミンダナオは、戦争さえなければ、本当に良いところだと思う。
戦争の原因は、海外からの資本が、現地の資源を獲得しようとすることだ。
石油、天然ガス資源の獲得が、イスラム地域の戦争の原因。
それに、農業資源が先住民地域を荒らす。
それに加えて、希少金属。
「海外資本が、ミンダナオに興味を持ってくれさえしなければ、ここは平和なのに!」
とは、ある村長の言葉。

日本は、戦争こそないものの、近年自殺や引きこもりが激しいという。
主な原因は、いじめや蔑視。
優劣を基調とした個人主義的な競争原理や、奇妙な自立志向、
物とお金優先で隣人愛に欠けた社会が、子どもや若者、中高年を死に追いやる。
戦争はないものの、人を死に追いやる力が働いているのだから、戦場と同じ?

MCLのあるキダパワンには、外国人はほとんどいないが、
先日珍しくオーストラリア人に会った。
もう5年になるという、37歳の男性。こちらで結婚し農場もある。
曰く、「オーストラリアよりこちらがよほど住みやすい。
オーストラリアは、15,6歳になると、
家族からの自立自立で個人で生きていくように追い詰められる。
こちらは、何歳になっても、年をとっても、家族でみんな生きている!
いったんこちらの世界になれたら、とても、オーストラリアに住む気になれないよ。」

競争社会と個人主義、お金と物中心の資本主義が、ミンダナオから無くなり
昔から先住民に引き継がれてきた
家族や兄弟姉妹愛、そして友情と隣人愛に満ちたコミュニティーが残れば、
イスラムもクリスチャンも先住民も、家族のように仲良くなり、
MCLの子たちのように、争いも戦争も無くなるような気がする。
かつてのミンダナオがそうだったように。

 
 

  プノルの避難民たちへ
読み語りと衣類・ブルーシートを配布した
 
ムスリムの大学生が司会を担当!
(写真中央)

 
 
プノルの人々はマギンダナオ語を話す。
ムスリムの子どもたちは
普段MCLではビサヤ語を話しているが、
ムスリム地域の読み語りでは
いつもネイティブなマギンダナオ語で子どもたちを楽しませてくれている。
本当に頼もしいと思う。

司会の彼女はプノルの近くに実家がある。
「家族は大丈夫なの?」と聞くと、
「大丈夫、みんな元気にしてる!」と答えたが
その後しばらく、じっと実家のある方向を見つめていた。

「ピキットは頻繁に戦闘が起こる。
それが日常だけど、
やっぱり平和が一番いいな…」
読み語りの帰り道に、ふとつぶやいた
彼女の言葉が心に残った。


読み語りの会場は、子どもたちでぎっしり!
大入り満員!!


ちょっと隅っこでリハーサル…



緊張する~!


リハーサルの甲斐あって、堂々とした読み語り!
  「おおきなかぶ」の劇をした


子どもたちの顔に自然と笑顔が灯る。

大人もしかり。

  衣類・ブルーシートを配った


ピキットの強い日差しが照りつける中、
スカラーもスタッフも汗だくになりながら衣類を配る。

そこに子どもたちが居るから。

     
 
ブルーシートを配る
ブルーシートはその場でカットして渡す。
避難民の人たちは進んで手伝ってくれた。

整理券を配るも
全員には行き当たらないので、
横から取ろうとする人もしばしばいる。

でも、それだけ必死になるということ。
本当に必要としているのだと
いつも身をもって感じる。
   
 
帰り際、
「ありがとう!!」
と避難民の人々に声をかけられた。

途中村を通り過ぎる時、
MCLの車を見ると
笑顔で手を振ってくれる人々がいた。

戦闘の最中、
貧困の最中、
その時だけでも
笑顔になってくれるのなら…

車の荷台でスカラーたちの歌声が響く中、
先ほどの笑顔を思い出していた。

ミンダナオ子ども図書館・日本応援窓口サイトが出来ました。以下をクリックしてください。
MCLの活動の全貌を、よりプロフェッショナルにまとめています。
ミンダナオ子ども図書館・日本応援窓口サイトへGO!


戦闘避難民の調査を継続


約200世帯が、
この村には避難している。


この地域は、BIFFの最も活発な地域
普段は、私たちも行っているが
今は、戦闘で入れない


今回の避難民は、ハウスベースで
とりあえず、親戚や友人の家々に
避難して生活している

戦闘で家が焼かれている!


パンパパン
鉄砲の音が聞こえて
私たちもあわてて避難!

遠くに煙が上がっている。
地元の方が言った。
反政府勢力(BIFF)によって
火がつけられている。
国軍がはいったから
腹いせに燃やしている!

目の前の川は、プランギ河で
わたしたちは、良くここを舟で通る。
しかし、今は危険ではいることが出来ない。
戦場と化しているからだ。
そのとき

パン、パン
パパン

鉄砲の音がした。
案内の人は、慌てて逃げるように指示した。
「遠くでも、今の武器は高性能で
遙か彼方の目標でも狙えるんだ!!」

 
   
 

五ヶ月も避難生活をしている家族も 


避難民のなかには
すでに5ヶ月も避難している人々も居る。
戦闘で、いつも犠牲になるのは
善良な市民
そして、子どもたち。

私たちは、とにかく子どもたちのために
シートと古着
そして、読み語りをすることにした。
さらに、この村に、保育所を建設し
平和への先駆けとしよう。


とりあえず、持ってきたシートを配ったが
土曜日にはもどってきて、200家族に古着とシート
そして子どもたちのためには、読み語りを行う予定。




野菜売りの少女たち、その後

エミリーとギンギンが、休学したので家を訪ねた 

家は、焼けてしまったので
家族は、元の場所に戻っていた。
まだ屋根も完成していないので
シートを渡してあげた。




いわゆる貧困でも
成績優秀の子だけでは無く
むしろ家庭に多くの問題を抱えた子を
MCLは、優先して選んでいくので
しばしば、休学してしまうことがある。
理由はいろいろだが、
兄弟が多く、家族が苦労しているので
自分だけが、学校に通っていくことに
後ろめたい気持ちを持つようだ。
たとえ親が望んだとしても。



子どもたちが休学するたびに
私たちは調査に訪れる。
今回の原因も、
家が焼けてしまい
兄弟姉妹や母さんが
野菜売りで苦労しているのを見かねて
働きに出ようとしたのが原因。
一度は、母親の薦めで
知り合いの子守にギンギンはなったが
辛くて辞めてしまった。
それで野菜売りにもどろうとしたが・・・
食べるのも苦しい毎日!




やはり学校に戻りたいが
飛び出しただけに
もどる勇気も無く
そのときに
私たちが訪ねて
ほっとしたのか、
MCLにもどることになった。






こちらの方でも、
家族の置かれている状況を鑑みて
土日は、家族を助けるために
家に帰って野菜売りを手伝うことを許可した。



福祉局の指導では、
こうしたことは、児童労働
チャイルドレイバーに当たり
許容できないことになっているのだが、
現実は、そんなに単純では無い!
働くのか学校に行くのか、
あるいは、働きながら学校にも行くのかは、
本人たちが自分で決める!



いろいろな状況を体験しなが
子どもたちは、成長していく
下のキティンは、継父の娘で
MCLにすんでいたのだが、
家族を助けるために
家に戻り
そこから小学校に通っている




右で妹を抱いているインダイは、
自ら進学をストップして
母さんを手伝ったり
幼い妹や弟の面倒を見るために
家に戻った。
それはそれで良いと思う。
学校だけが全てでは無いのだから!



エミリーは、彼らの親戚で
父親が無くなり、母親も居ないけど、
ギンギンと大学まで行くことに決心した。
そして将来、遠くに住んで居る
母親と兄弟を助けたい。









妹が、小さい頃の
クリスティンそっくりになった!
下は、奨学生のジョイジョイ
成績は優秀で表彰された。


 




 MCLの日常風景

ゴムの木の種を植える


イスラム地域では、戦闘が起こり
ミンダナオ子ども図書館は、
救済支援活動を開始した。
明日の、土曜日には、
若者たちといっしょに
戦闘が起こって
難民たちが避難してきている地域に
みんなで読み語りに行く予定だ。

そんな状況なのだけれども
ミンダナオ子ども図書館は
本当に平和だ。
イスラムの子、クリスチャンの子
そして先住民族の子たちが
みんなで協力して
ゴムの種を
黒いビニール袋に植えている。



これが発芽して
ゴムの苗になったら
洪水の元凶となっている
ジャングルが伐採された山岳地域に
みんなで植えに行く予定だ。

戦闘の起こっている
イスラム地域の山側
MNLFの奨学生たちが居る山も
植える対象になっている。
とても貧しい地域なだけに
収入源になればと思う。
   

みんなで庭作り 


同じMCLないで
こちらは、花壇を作っている子たち
MCLの庭を造っているのも
子どもたち
     私の娘もいつもいっしょ                         みんなでやれば、どんな仕事も楽しく弾む



1月26日
日曜日の夜から戦闘が勃発


25日の和平交渉で政府とMILFが合意した直後の日曜日夜、
戦闘が勃発し、局地的に避難民が出ているという連絡を受けた。
今回の戦闘は、政府軍とBIFF(MILFから分離した勢力)との間で起こったとされているが、
BIFFとMILFとの両方に関係している人々も居て複雑だ。
結局は、土地と資源をどのグループが権利を持つかが裏にあり、
そこに国際資本も絡んでいると現地では言われている。
しかし、そのようなことは別として、避難民化を強要される人々、
特に子どもたちがかわいそうだ。
MCLでは、すぐに救済に向かった。
現地の人々の言葉
「今回は他にもたくさんのNGOが訪れたけれど、視察して写真を撮っていくだけ。
MCLは、困窮する私たちにすぐに支援の手をさしのべてくれるから、本当に頼りになる」
NGOとして活動しているわけでは無い、そこの知り合いの人々、
特に子どもたちを放っておくことができなからだ。

 






湿原から避難民が逃げてくる 

フィリピン南部和平に黄信号 過激派勢力 政府軍と衝突
東京新聞

 【バンコク=寺岡秀樹】フィリピン南部ミンダナオ島を拠点とする反政府武装勢力
「モロ・イスラム解放戦線」が政府との和平交渉で武装解除に応じ、
和平実現への期待が高まっていたが、黄信号がともった。
ミンダナオ島で二十七日、過激派武装勢力「バンサモロ・イスラム自由戦士」と政府軍の
間で武力衝突が発生した。和平交渉に反対する過激派武装勢力が複数存在するため、
最終的な和平実現は容易でないとの懸念が早くも現実化した。
 政府と「イスラム解放戦線」は二十五日、広範な権限を与えた新自治区成立を柱とした
和平案に合意したが、地元メディアによると、政府関係者は
「大きな困難が待ち受けている」と述べ、武装解除の手段に限らず、
和平に反対する他の武装勢力を説得することの難しさを示唆する。
 「自由戦士」は「イスラム解放戦線」から分離した強硬派で、政府軍との衝突前日の
二十六日、「自治でなく独立を求めて闘争を続ける」と主張。
政府軍との衝突では迫撃砲を交えた激しいものとなった。
 ミンダナオ島では昨年九月、一九九六年に政府と和平合意したイスラム武装勢力
「モロ民族解放戦線」のミスアリ元議長派が、約三週間にわたり政府軍と交戦し
二百人以上が死亡した。「民族解放戦線」元議長派は政府が「イスラム解放戦線」と
新たな和平交渉を始めたことに反発する。背景には「イスラム解放戦線」が主導権を握り、
資源収入を得ることへの警戒心があるとみられる。
 ミンダナオ島付近には国際テロ組織アルカイダとの関係が指摘される
イスラム原理主義過激派「アブサヤフ」の拠点もあるとされ、
和平交渉を妨害するおそれがある。
 「イスラム解放戦線」と政府が包括的和平合意書に調印するのは
早ければ二月の見通し。その後、自治区基本法の制定、自治区内での住民投票など
を経る必要がある。さらに過激派武装勢力を説得する必要もある。
 和平を推し進めてきたアキノ大統領は一六年に任期切れ。
残された課題は多く重いものばかりだ。 


湿原地帯の向こう側にある集落で戦闘が起こっている。
MCLの建てた保育所のある場所だ。

三日後に第一次救済に向かった 

MILFとBIFF,またはMILFとMNLFとの戦闘は、去年もしばしば起こった。
そのたびに、子どもを中心とした救済支援を行ってきた。
ピキットでも、私たちの奨学生がいる、ブアランを中心に
たびたび不穏な状況が起きてきた。

今回の戦闘は、どの程度拡大するのかは不透明だが
リグアサン湿原に眠っている石油と天然ガスの獲得のための
利権争いが存在する限り、今後も戦闘は起こり続けるという、悲観的な意見が強い。
現地は、一村落(バランガイ)を一家族が土地を所有し、
そこに住んで生活している人々が小作として収穫の一部を納めるという
いわば荘園制度のような状況だ。
その荘園領主(ダトゥ)が、経済だけでは無く、政治も牛耳っており、
さらにその背後に、政府の議員から国際資本、時にはNGOまで関与していて
そこから武器が流れてくると言う話を、現地では聞いている・・・・ヤレヤレ
戦争の背景は、宗教ではなく、金儲け?

MCLは、お金を巡る流れには、意図的に距離を置いて活動している
大事なのは、子どもたちが幸せであること。
子どもたちこそ、未来だから!
その子どもたちが、不幸のどん底に落とされているのを見るに堪えなくて
2000年の大量の戦闘避難民が渦巻く中で、設立を決断した。
今に至るまで、個人の財産はすべてMCLに渡して活動してる
(僕の預金と年収は、150万程度で、日本では生活保護世帯に属している!
現地では、親の居ない子などと120名で住んでいるが、同じ家にすみ
同じ食事をともにしている。妻子も同じで120名のファミリーだ。
食べられて、雨をよけられて住む場所があって、
かわいい多くの子どもたちに囲まれていれば、他に何が必要だろう。
この子たちのためならば、命を失ってもかまわないと、良く思う。)

現地で誘拐されても、身代金は払わないことにしている。
支払うようなお金は無いし、殺されてもかまわないという覚悟で始めたNGOだ。
妻や子どもが誘拐されても身代金は払わない。
まずは、大使館やマスコミに伝えるように言っている。
金持ち一家では無いけれども、
私の父も、福音館書店の設立者であるし、日本全国にファンもたくさん居て
一般の人々には、結構知られているので、図書館、幼稚園保育園関係、
出版界をあげての一大ニュースとなるだろう。
ここからだけでも、7000人の支援者に通信を送っている。

妻子が誘拐された場合は、僕自身が赴いて、身代わりになれなければ、
最後は、日本式に、切腹して自害しようと覚悟している。
狙いは他ならぬ僕だから!

    

ブロルとマカブアルの避難民たち 


湿原を舟で避難してきた家族たち
 

雨よけのシートを緊急に配った 


先日も大雨で大変だった
本当にほんとうに
ありがとう、と言われた!
 


翌日、衣料品を届けに再度訪問 

レイテ台風支援は、日本からの支援物資が到着する。
2月25日から28日に計画しています

 

小樽のワールドフレンドから、毎年送られてくる靴たち

レイテ台風支援は、
2月25日から28日に現地に行く予定を
たてています。
日本からの物資が届くのに2ヶ月ほどかかり
この時期に物資を届けるのが
最良と考えているからです。
支援は、急速に無くなっていくので
その後、支援が途絶えて苦労している
村を選んで届ける予定ですので
ご心配なく。

ただ、今回の戦闘では、
UN、UNICEF、ワールドフードや
地元NGOも視察に来ていましたが、
ワールドフードの米の支援と
現地の議員による一部のシート以外は
支援はまたほとんど無く
戦闘が拡大しない場合は
支援が無いままに終わる可能性もあり

さらに今年は、ミンダナオにも台風が到来
雨が非常に多く、
現実に避難民が困窮している様子
特に子どもたちを放っておけず
緊急の支援を行います。

今回、申し訳ありませんが
レイテ用に送られた古着の一部を
寄贈者の了解の元に
緊急の戦闘支援に切り替えて
配布させていただきました。
ご協力ありがとうございます。
まだ行っていない村もあり、
今後も、状況に応じて
シート、古着、炊き出し、読み語りを
行っていく予定にしています。

支援申し込み

前日配ったシートが役に立っている

避難民にチケットを配って衣料を配布 
   

不要な混乱を避けるために
チケットを配って古着を配布。
靴は、子供用の選んで
足下を見て、靴の無い子
そして、服の破れている子に
私自ら、チケットをわたした。

避難民が一通りすんでから
村の人々にも古着を渡した。
喜びの声が村に広がる。
物資を渡すことも大事なのだが
最も大事なのは、落ちこんでいる人々が
心から喜ぶこと。

沈んでいる心に活気がもどり
誰かが見ていてくれること
病気になったり、食べられなくなったりして
困ったら、MCLに連絡すれば
いつでも来てくれるという
安心感が大事!
 
  

かつて病気を治した子たちにも出会った 
    

現地の村で、この子たちに出会った
以前、手術をして救った子たち
大きくなったね!
大喜びで駆けつけて手伝ってくれた

車椅子があれば、学校に行ける!行ける! 
 

難民キャンプで出会った少年
歩けなくて学校に行けない!学校に行きたくてしょうが無い。
お母さんから、車椅子があれば学校に行かせられるのに・・・
どなたかお願いできませんか。



1月26日
ムスリムデー

 1月26日晴天の中、2ヶ月に一度の学生総会が催された。
今回の学生総会は「ムスリムデー」。
マギンダナオ族の文化を中心とした祭典となった。

全ての大学生・高校生スカラー総勢200人強が
ミンダナオ子ども図書館に一堂に会した。
ミンダナオ子ども図書館には、「ルマド(先住民族)」、
「バンサモロ(ムスリム)」、「ビサヤ(移民)」と
大きく分けて3つの民族が暮らしている。
学生総会は、それぞれの文化や伝統の
再認識・保存・共有・相互理解を目的としている。
毎回民族の特色を活かした出し物をスタッフや学生が考え、
進行も自分たちで行う。

さぁ、ムスリムデーの始まり始まり…!


司会の2人。進行もスカラーたちで!
  会場はMCL内にテントを張る
 
国歌斉唱をマギンダナオ語で!
 
今回のテーマは「伝統的な遊び」と「舞踊」!
ムスリムの一日を劇にした。
 
  

伝統的な遊びで思いっきり遊ぶ! 

みんな大はしゃぎ!


 
マギンダナオ族の伝統舞踊
「パマロンダンス」
この日のために夜な夜な
練習してきた3人。

とっても美しい舞だった。



インサイダーのムスリム3人娘。
 3人とも普段から仲良し。
メイクも衣装もばっちり決まってる!
  おやおや、
なぜか外が騒がしい…?
 
獅子舞(!?)が来た!
 

 支援者の方がスカラーに会いに来て下さった。
ちょっと恥ずかしい…
でも本当はとっても嬉しい!
 「クリンタン」という楽器。
不思議な音が…
 ムスリム料理の盛り合わせ。
 Sukran!!!



食堂兼女子寮建設
ご支援のお願い


 MCLはフィリピン政府ののNGO法人としての認可は既に取得しておりますが、更に格上のDSWD福祉局認定NGOとしての認可を今年中に申請しようと動いております。
 格上げはDSWDからの要請でもあり、フィリピン政府によって保護されること、国からの支援を受けられることなどのメリットがあります。

 しかし、その反面、認可を取得するためには厳しい国の規定を遵守しなければなりません。現段階で規定はほぼクリアしていますが、以下の2点が欠けています。
部屋のベッドの一人1スペース割り当て
 高校生以上は一つのベッドに一人の子どもが寝ること、部屋には子ども一人ずつにキャビネット(物置)を設置すること。

→今のMCLの部屋数ではこの条件をクリアするのは難しく、部屋の増築が必要です。
(現地の家では、寄せ寝がほとんどで、それが家族の絆を結びつけるため、あえてセミダブルのベッドに二人で寝るように設計してありました。)
食堂の建設
 食堂は完全に細かい網で保護し、虫が入らないよう衛生管理が行き届いているもの。

→今のMCLの食堂は仕切りがなく、ハエも入ってきてしまいます。食堂ができることにより衛生面も守られ、更に食堂を一つにすることで子どもたちも寂しい思いをせずに済むと考えています。
(現在の食堂は容量オーバーで、子ども達は数カ所に分かれて食事をしています。)
以上の規定をクリアし、認可を得るために、
食堂兼女子寮
の建設を計画しています。
予算は計200万円。
慢性的な財政難を克服し、
既存の活動のパワーアップ、
文化事業のスタートのためにも、
今年上旬の建設ができれば…。
 現在、この食堂兼女子寮建設にご賛同いただける方を募っております!
 小額でも構いませんので、振込用紙に「食堂建設」と記してご支援いただけると、大変助かります!

 お問い合わせや支援の申し込みは現地ボランティアスタッフmcl.v.staff@gmail.comまでお気軽にご連絡ください!
 振り込まれた方、これから振り込まれる方も、メールでお名前といくら振り込まれたかを、ご連絡ください。完成時にボードにお名前を入れさせていただきます。




たくさんの物資支援、
ありがとうございます!


11月の台風被災地支援の呼びかけにお応え頂いたみなさまからの支援物資が、日本からはるばる海を越え、続々と到着しております。
本当に、たくさんのご支援、
ありがとうございます!

★物資支援頂いた方々(敬称略・順不同)★

【12月】加藤まり子、荘保共子、中村忠雄、白水伊保子、鈴木恵美子、倉田貞子、京都暁星高校、大久保一興、小山絵理、近藤恵美子、ミンダナオ子ども図書館支援の会、服部絵美子、加古総合研究所、茅野市立北部中学校、冨高英徳、髙橋教予、平田貴子、鈴木春男、一寸木美津枝、落合温子、森田式子、伊﨑佳子、Yamazaki Naoko
【1月(21日時点)】こどもの里、前田容子、篠原美華、和田素子、貫井円、弓場悦子、木山純子、小山絵理、石原まり、塩崎貴子、一寸木美津枝、落合温子、白木妙子、吉田寛孝、光の子幼稚園、田中輝子、カラフルタウン岐阜、 Kurioka Miho

(株)トヨタオートモールクリエイト カラフルタウン岐阜さまの企画により集まったジーンズも到着!
後日、極貧集落への配布を行います。
配布のための整理を子ども達がしてくれました。
カラフルタウンさまは台風被災地のための物資支援にもご協力頂いています。

第二次台風被災地支援活動は、物資が十二分に集まる2月下旬から3月にかけてを予定しています。
物資支援の方法は以下ページをご参照ください。
★衣類食器かばん等の物資支援および活用法★
または、現地スタッフメールアドレスmcl.v.staff@gmail.comへお問い合わせください。

支援物資はこちらの住所まで!
Brgy. Manongol, Kidapawan City, North Cotabato 9400, PHILIPPINES




医療プロジェクト
毎年140名以上、大きな手術も含めて医療を推進
年間予算は、180万円ほどを計上しているのだが、
医療だけは、予定が立たず、突然運び込まれてくる子たちのために、行動を起こす。
東京メソニックの支援が大きい。


昨日の夜
癌で歩行が困難になり
病院で片足を切断
その後、ミンダナオ子ども図書館に住み
松葉杖で学校に復帰した彼女

去年の暮れから
体調がすぐれず、病院に戻ったが
癌の転移が激しく
医師の診察で、
余命幾ばくかであることがわかった。

去年の夏にも、
イスラムの子が、お腹が大きく腫れ
繰り返し手術をしたが
救えなかった。

このような場合、本人や親の希望もあり
実家のある村に帰らせてあげるのが最も良いと判断する。
死ぬのだったら、家族や兄弟、友達が居る場所で死にたい!


ミンダナオ子ども図書館の奨学生が多い
マノボ族の貧しい集落
ウオーターフォール村の子で
仲間たちもたくさんMCLに住んでいて
彼らといっしょに、最後の写真を撮った。

そして、夜であったにもかかわらず
仲間たちもいっしょに、みんなで村に送り届けた。
時々意識がもどって、
安らかが笑顔が顔にひろがるものの
たちまち、眠ったような状態になる。
うわごとで、「MCLに帰りたい、学校に行きたい・・・」

イエスのように
死人や病人を生き返らせるほどの
信仰を持っていたら良いのにとしばしば思う。

ヘアリップの子たち12名の
一斉手術も・・・ 



この子たちの一斉手術は
これからダバオで行われる。
国際的なファンデーションとタイアップ
イスラムの子たち
マノボ族の子たち
送り迎えから完治まで
MCLで面倒を見る



この子たちの治療も終わった 


先日まで肥えていた双子の兄弟
両方とも病気ですっかり痩せている。
早速車にのせて、MCLに向かった。
とにかく病院で検査を受けて
対応を考える。
医療費も逼迫している。
年間140名近くの子を治療しているが、
どこまで今後も可能だろうか。
 
病院での治療も完了した。少なくとも、この子たちは大丈夫だった。
治療を完了し、内臓疾患の薬を持たせてキアタウの山に送り届けた。




ゴムの苗を育てる

みんなでゴムの種を植え、苗を育て、植林をするプロジェクトを実行


 
 
子どもたちが自ら
種を植え、苗を育て
自分たちの村に植林をして
収入が入るようにすると同時に
洪水対策をしていく。

ただ、助けてもらうばかりでなく
自分たちも、積極的に行動を起こして
貧しい人々や
自然災害を止めていく手助けをする。

このような子たちが
ミンダナオ子ども図書館から
たくさん育って
自分たちの村を作っていってくれたら
良いと思う。
 



難民キャンプにゆめポッケを配った

2014年1月6日、イスラム地域で難民生活を続けている子ども達へ、
立正佼成会寄贈の「ゆめポッケ」を配りに向かった。
昨年7月の
ミンダナオ子ども図書館だより:戦闘と洪水」
のホームページ記事にて、
ビニールシート支援の報告をした難民キャンプである。
支援から6ヶ月経ち、状況は好転しているかと思いきや、
未だに家に帰れず難民生活を強いられている人々が
難民キャンプとなっている学校の敷地内に粗末な小屋を建てて暮らしていた。
半年にも及ぶ難民生活。
「まだ家の方から銃声が時々鳴り響いて、怖くてなかなか帰れない」と、
小さな赤ちゃんを抱えた女性が言った。
クリスマスも新年も、難民キャンプで過ごしたという。
 
早速ゆめポッケを配布。

続々と集まる子ども達
一人一人に手渡す。
手縫いの巾着袋の中に詰まった
たくさんのプレゼントに、
みんな大興奮。
あちこちで中身の見せ合いっこが
始まる。
子ども達の笑顔が、
疲弊した難民キャンプを明るくした。



アラカン地域のスカラーの調査

 

アラカンの山岳地域は、低地を追われた先住民たちがこもった地域で
貧しさもさることながら、樹木はことごとく伐採されて
生活が困難な地域でもある。
ミンダナオ子ども図書館は、すでに長くこの地域と関わり奨学生も多く採って来た。
キアタウ集落など、しばしば訪問者の滞在でサイトでも取り上げられる。

今回は、この場所の集落にもどって学校に通い始めた奨学生を調査した。
彼らは、極貧故にミンダナオ子ども図書館に住んで学校に通っていたのだが、
マニラから来た講師がダバオで講義をし、それに参加するように言われて
スタッフが参加し、そこで
「親のいる子はなるべく集落に返し、親の責任で育てるべきだ。」という
もっともらしい話を聞かされ、去年、ミンダナオ子ども図書館からあえて
親元に帰した子たちのその後を追うために行った。
というのも、スカラシップは継続しているにもかかわらず、
その子たちが、ことごとく学校をストップしていったからだ。

原因としては、成績が伸びずに学業に関心が無くなったのではないか
それゆえに、町に仕事を探しに行ったのではないか、というのがスタッフの推測だった。
ただし、直接本人や家族に会って、真実を聞かなくてはいけないと思い、
僕自身が決断して、赴いたのだ。

 

まずは極貧のカヨパトン集落へ 

確かにミンダナオ子ども図書館の奨学金は、勉強のできる子よりも
親が居なかったり、生活が極端に厳しい子たちを選んでいるので
勉学に関心が無くなることもあるだろう。
しかし、十数人親元に帰して、ほぼ全部が学業を停止して
町に職を探しに行き、そのなかの8割以上が
町の生活にたえられずに、何とか戻れないかと泣きこんできている。
しかも、親元に帰るのではなく、ミンダナオ子ども図書館に帰りたいと・・・

このことは、親が子育てに責任を持つべきだとする意見には同意する物の
実態はそう簡単ではない事を意味している。
すでに僕は、スタッフの行政的な意見を聞いたときに
「建前上はわかるが、そう簡単ではない」と思っていただけに
真実を確かめなければならないと思った。
帰った子たちのなかには、学校が好きだった子たちも多い。

なぜ学業を停止して、町に出たのか・・・
町に出て何を見て、何を感じたのか・・・
何故に、もどりたいと懇願し、家ではなく、MCLにもどりたいと泣きついてきたのか・・・

 

さらにパコパコ集落へ 


ストップした理由を調べるために
本人の村をたずね、親に会って
親のサイドからも話を聞いた。
そこから見えてきたのは、
想像以上に貧困の現状が厳しい
山の村々の状況だった。



今ダバオは、次々とモールと呼ばれる
デパートが建ったり、建設ラッシュ
そして、道路の補修で
国道が整備されている。
人々の生活が
豊かになったわけでもないのに
どこからお金が落ちてくるのかと思いきや
詳しい知人が曰く
「海外の投資マネーが大量に落ちている
引き上げたときが大変だね!」
海外からの投資資金が
建設会社に落ちるのだが、
その会社自身が、海外の物だという。
先進国と、先進国の企業と結びついた
資産家だけが肥え太り
貧しい者は、ますます貧しくなる仕組み?

実際に見ていると、
米を始め、物価だけがどんどん上がり
庶民の生活自体は、物価高のせいで
ますます厳しくなっている。
まして、山の貧困地域の現状は悲惨で
塩や生活必需品や文具などが
どんどん値上がりし
ただでさえも現金収入が無いのに
たとえMCLが学用品や学校の諸経費を
支払ったとしても
子どもを学校に行かせることなど
できない状況になっている。



子どもたちは子どもたちで
親から、口減らしを強要された
わけでもないが、
親が苦労しているのを見ていたたまれず
親としては、学校に
行って欲しいにもかかわらず
自分自身の判断で学業をストップ
町に出て、仕事を探し
自分が犠牲になって
妹や弟を学校に行かせようと考えた。

特に、高校一年生になる子の場合
学校までは遠くなるし
自分は、少なくとも小学校を卒業したから
まだ小学生の弟や妹のために
自分は、スカラシップを断念してでも
働きに出ようと決心して
ダバオなどの町にでたのだが・・・。
しかし、そこで見るのは
劣悪な労働条件だけではなく
レイプや売春!




しかし、だからといって
実家に帰ると親に負担をかけるばかり故に
なんとか、ミンダナオ子ども図書館に
戻して欲しいと、言ってきた。
スタッフとしては、政府の指導で
親の居る子を実家に返したのだが
現実的には、そのことによって
売春などのさらに不幸な環境に
思春期の子たちを置くことになり
愕然としている。



結果的に、ミンダナオ子ども図書館で
三食たべられ、学校に行けるということが
どれほど、幸せで、守られているかが
わかってきて、
ソーシャルワーカーもはじめとして
やはり、独自にしっかりと実情を見極めて
一人一人の境遇に合わせて判断すべきだ
という結論に達し
六月の新学期から、再びもどってくる子が
多くなった。
やれやれ、食費だけでも大変なのに!!!



今後の方策としては
まず第一に、水田を買い足して
自給率を上げなくてはならない。
それによって、現在、200名の子たちの
米をまかなっているが
米だけでは、まだまだ足りない。
自給できるだけではなく
余剰米を売って
少なくとも最低の食材を買えるように
しなければならない。

下は、ラナコランの下宿小屋で
ここは女子寮、
ここに遠くて通えない子や
たべられない子たちが20名以上いるが
下宿している子たちに聞いても
生活は非常に厳しいとのこと。
男子寮はマロゴンにあって
土地も広く農作業も幾分活発だが
それでも、塩や醤油や油を買うまでには
とてもじゃないが至らない


13,14歳になると食べる量も多いし、
普段でさえも、米は食べられず
ヤマノイモを一日二食で沢ガニがおかず。
子どもが働いて、おかずを探して
くれれば良いけど・・・
学校に持たせるお弁当など、
作れるはずはない!

もちろん、我が子を愛しているから
口減らしに出て行ってくれとは言えないけど
思わず、愚痴がこぼれることも・・・
13,14歳になったら結婚するのも
悪くはないし・・・

結婚を希望されて、逃げ出した奨学生も!
しかし、町に逃げて仕事を探しても
女中や食堂やバーが関の山で
給料は、月に3000円もないし
朝の3時に起きて、夜の11時まで働かされる

その実態を見て、MCLに逃げ込んできた。
 
 
 
   

今回、上の子たちが
パコパコの実家に案内してくれた
顔は知っていたので
奨学生かと思ったのだが
高校一年生になって
前にMCLの下宿小屋に
住まわせてもらってた子たちで
MCLでも、米の自給率がまだ低く
米の値上がりが厳しくて
「住むのは良いけど、
奨学生ではないので米までは与えられない」
と決断してしまい
結果、MCLに住めず、
かといって学校までは遠くて通えず
途中の友達の家に住みこんで
通っていることがわかった。

しかし、たべるのも厳しく
高校一年を何とか過ごしたが
もうこれ以上は無理だという。
右の子は、母親が継母で
自分の家も上のように焼けてしまった。
監獄を逃げた犯罪者が
燃やしていったのだという。

下のこの場合も
学校の先生が、スカラシップを出して
学校に行かせてくれていたのだが
その先生が突然亡くなられて
スカラシップもなくなり
二人とも成績は良いし
学校にすごく行きたいのだけれど
もう不可能だという。

今回行って良かった!
早速スタッフで下宿小屋の管理をしている
ジケロ君に、彼らを下宿小屋にもどし
米も支給してあげるように話した。
大喜びで、早速日曜日には、
MCLの下宿小屋に移るという。
今年の六月から、奨学生候補にして
スカラシップを出そうと決めたが
まだ、200人近く支援者が
見つかっていないのに
また背負い込んでしまった。
   
まだ支援者のいない子たちへ Go! 

ラナコランの下宿小屋に
 

下宿小屋そのものも、かなり老朽化してきたので、壁を中心に張り直し、塗り直さなければならないが、
米は支給している物の、副食の野菜などは、親が支給するように話しているのだが
その親自身が、野菜すら供給できない状態になっている。
親とて子だくさんで、自分たちが食べるだけで精一杯で、
自分たちの米すら食べられないのだから。

子どもたちには、野菜の種を支給して、スタッフといっしょに畑を作るようにしているのだが、
なかなか学業との両立は難しく、20人以上の毎日の総菜を自給するまでにはとうてい至らない。
結局、水田を増やして米を売り、子どもたちの育てる野菜に多少なりとも
調味料や魚の干物などの総菜を加えてあげないと、下宿生活は難しいことがわかってきた。
親も自分たち家族の事で精一杯なのだ。

 

さらに厳しいのは、大学生の若者たちだ。
大学は、町にしかないから、町で下宿しなければならない。
キダパワンやカバカン、アラカンの町に住んで大学に通うのだが、町での生活は大変だ。
下宿代は、月に350ペソを出し、キダパワンの大学の子たちには、下宿小屋を作って
下宿料は無し、米も支給しているのだが・・・
さらに、高校生は、月400ペソ、大学生は800ペソのお小遣いをだしてはいる。
それでも、お小遣いは、大学の授業のコピー代や諸経費に消えていき
副食のおかず代にもならず、ご飯に醤油をかけて食べているような状態だ。
ミンダナオ子ども図書館に住んでいる子なら良いのだが・・・

2月に一回ある総会では、みんな集まり、お小遣いを渡し
昼は、栄養補給もかねてたらふく食べさせているのだが・・・

大学生は、町で生活する代わりに
アルバイトもOKで、アルバイトしながら就職活動に結びつけるように話しているが
MCLの子たちは、学費も下宿もスカラシップで出しているから良いようなものの
キダパワンやダバオでは、夜になると、ホテルやロッジのそばに
明らかに大学生とみられる年齢と様子の女の子たちが立っていて、売春客をとっている。
大学を出たいがために、売春までする少女たちだ。
大学を出て両親や家族、兄弟姉妹を助けたいがために・・・

そうしたことを見ても、MCLの場合は、女子は、本部に住まわせて
身の安全も含めて、面倒を見ることにしているのだが、
キダパワンに住む子は良いが、アラカンやカバカンの下宿の子たちは多少心配だ。
しかし、お小遣いまで出しているし、MCLで下宿も選定し、MCLの仲間や友達同士で
助け合って暮らしているので、変な話は聞こえてこない。

しかし、最近の物価高は異常で
町の下宿の子たちからも、悲鳴に近い声が聞こえてくる。
このことを考慮しても、
少なくとも下宿している子たちの場合も
米だけでも支給しなければならないだろう。
アラカンやカバカンにも、下宿を作る必要もある。



しかし、卒業して結婚し、幸せになった子にも出会った。
とにかく、幸せになってくれさえしたら、それで十分。



自分の家庭も厳しく
ここに下宿している
一人の子の母親は夜逃げしてしまい
家庭崩壊し、その姉妹は
下宿生活も続けられずに
六月から、MCLの本部に住むことになった。
崩壊家庭が起こるのも
経済格差が生み出す貧困状況ゆえではないか






キアタウの病気の子を迎えに
母が居なくなった子も調査 


私がくると、キアタウに住んでいる初等小学校の子たちが
大喜びで迎えてくれた。



先日まで肥えていた双子の兄弟
両方とも病気ですっかり痩せている。
早速車にのせて、MCLに向かった。
とにかく病院で検査を受けて
対応を考える。
医療費も逼迫している。
年間140名近くの子を治療しているが、
どこまで今後も可能だろうか。


彼女も奨学生だが、最近母親がいなくなってしまい。
父親も村を離れ、祖母の家に一人残された。
今後は、ミンダナオ子ども図書館に住んで生活することに・・・
下の子たちも、MCLの奨学生だが、なんとかキアタウで生活している。



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