あとに残された八人の生存者は、二機のヘリコプターが上昇して山の向こうに消えるまで見送った。やがてセルビーノが三人の登山家の一人ルセーロを、ヘリコプターが戻ってくるまで彼らの"家"------フェアチャイルド機の残骸------にこないかと誘った。入り口に向かう途中、ルセーロは雪の上に散らばったばらばらの死体を見て質問した。「コンドルが死体を食ったのかね?」
「いや」セルビーノは彼の視線を追いながら答えた。「われわれが食べたんです」
(『生存者』 P.395より)
さて、今週の一冊は『生存者』(P.P.リード・著、永井 淳・訳、新潮文庫)です。『ハンニバル』以降、カニバリズムに関する何かいい本はないものかな、と古本を吟味しておりましたら、これを発見。文化人類学の授業に取り上げられたりする有名な本なのですが、私はまだ読んでいませんでした。
物語は簡潔かつ明瞭な「はしがき」を読んでいただければ一目瞭然なのですが、知らない方のために書いておきましょう。
1972年10月12日。アマチュアのラグビー・チームによってチャーターされたウルグアイ空軍のフェアチャイルドF-227機が、ウルグアイからチリに向けて飛び立ちました。しかしフェアチャイルド機はアンデス山脈の真っ只中に墜落。乗客は45名。この年の雪は深く、フェアチャイルド機の屋根は白く、墜落後も生き延びる可能性はゼロに等しかったのです。それから何と十週間後、16人が奇跡的に生還しました。この『生存者』はその過程を克明に綴った一流のノンフィクションなのです。
雪深い高度3,500メートルのアンデス山中で普通に人間が十週間も生き延びるはずがありません。
冒頭に挙げたように、彼らは仲間の肉を食って生き延びたのです。
生存者の多くが神を信じていたし、そのタブーに挑戦する事は非常に困難であり、聖体拝領という概念の助けを借りたりして人肉を食っていくシーンは荘厳かつ壮絶です。死体には事欠かないのですが、最終的には死体が足りなくなってまた餓死の危機が迫るところで一行が決意を固め、そして生き延びる訳ですが………。S・キングの小説に『生きのびるやつら』という短編がありまして、これはジョジョンプのコーナー名にも使わせてもらいましたが、生きていく上での葛藤が人間の根本的な部分をさらけ出すという点でノンフィクションの本書の方が遥かに勝っています。彼らの行動のみが徹底して書かれている所が興味深い所です。無駄な心理描写などはできないのですが、彼らの書いた手紙などにその窮地に立たされた心情が克明に記されているのも見逃せません。
さらに助かった後も生存者がどのように変化していったか、人肉食という行為を世間がどう受け止めたか、という問題にも触れており目が離せません(故郷に帰る際に何と飛行機で帰ったというシーンも含めて)。
事件のノンフィクションというのは世に多くありますが、とにかく見るべき所が多いという点で、オススメです。唯一、登場人物があまりに多すぎる上にキャラクター性もあまり無いので人物名が交互に出てくる際に混乱するというきらいはありますが、ソンはないはずです。事実は小説より奇なり、ですね。
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