天空の山百合

告白1


私はこの学園に存在してはいけない人間なのです。
誰とも親しくすることを避けてきていました。
いつかやってくるかもしれないという、「別れの時」。
その時にその方も、私自身も傷つかないようにするために・・・。

そんな私が、先日、佐藤聖さまというお姉さまを持つことになりました。
姉というよりも、同志…という言葉の方が適切なのかもしれません。
お互いがその場に一緒にいるだけで安堵できる存在なのです。
だからでしょうか、お姉さまとはほとんど語り合うことはありません。
なにがそう思わせるのかは、わかりませんわ。

お姉さまの私が知らない過去。それを知りたいとは思いません。
私たちの関係は、お互いの過去に目を向けるためのものではありませんの。
そう、今…そしてこれからをこの学園で過ごしていくための関係ですから。



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それは学園祭も近づいていた、ある日のことだった。
委員会があったので、遅れて薔薇の館に行ってみたら、
そこにはお姉さまと祥子さましかいなかった。
その祥子さまも、私が部屋に入ると、

「ごきげんよう志摩子。申し訳ないけれど、
私もこれで失礼させていただくから…」

今日は、みんな、なんらかの用事が入ってしまったそうで、
部屋に残ったのは、私とお姉さまだけになってしまった。

お姉さまと部屋で二人きり…。
今日がその時なのかもしれない。
以前から告白しようと考えていたことの。
私は窓際に立つお姉さまに少し緊張しながら近づいていくと、
外で話がしたいと、ある場所まで歩きだした

「お姉さま…」」

私はお姉さまと一緒に、桜の木々の下にいる。
初めて出会った、そして、姉妹の誓いを交わした思い出の場所。
その場こそ、私のことを告白するのにもっとも相応しい場所と思えたから。

「どうしたの志摩子?」

訳のわからないまま、私とここまできたとはいえ、
「何かがある」と、さすがにお姉さまも気付かれている。
私たちの周りに人の気配がないことを私はすでに確認していた。
これから話すことは、誰にも知られてはいけない私の憂い。

一本の桜の木に近づき、私は枝の方を見上げた。
私の目には、そこにあるはずのない、桜の花びらが舞っているのが見えている。
私は浅く息を吸い、一瞬息を止めた後、言葉とともに吐き出した。

「お姉さま…私、この学園に、いてはいけない身なのです」

お姉さまの方を見ながら話すことは出来なかった。

「どういうこと?」

当然、お姉さまはその理由をお尋ねになる。
私はすでに決めていた。いつの日かはわからない、
この学園との「別れの日」。その日を迎えた時に、
この学園を去った理由を、この目の前にいる私の同志であり、
姉である佐藤聖という人物に知っていてもらおうと。
それを伝えるために、ここまで来ていただいたのだから。

「お姉さまもご存知の通り、私、身も心もイエス様にささげています。
…けど、私はこの学園に存在してはいけない身なのです」

そういってから、お姉さまの方に体を向ける。
(なにを話しているの?)そんな感じでお姉さまは私を見つめている。

「私の家は古くから続く寺院なんです。それも、一人娘。
檀家の方々には、私がここに通っているということは隠しています」

私はすべてを知ってもらいたく、そのまま話を続けた。

「父との約束です。小さな頃からシスターになることを望んでいた私は、
小学校6年生のときに、12才になったら修道院に入るから勘当して欲しいと
父に言いました。そうしたら、宗教の何たるかをおまえは知らない。
ちゃんと勉強してからにしろと説得されました」

私はその時、自分の意志を貫くことも、両親を捨てることも出来なかった。
だから、私はここにいる。

「その説得に折れ、私はこの学園に通うことにしました。
もちろん、カトリックが、宗教が何であるかを学ぶために」

いつやって来るかわからない、「別れの日」まで、
私は精一杯学べることを学ぶつもりでいる。

「お姉さま、私は、周りの方々に自分を偽って、この学園に通っているのです。
もしそのことがみなさんに知られることになったら…私はこの学園を去ります」

ようやく言うことが出来た私という人間の真実。
話し終えると、お姉さまは何かを考えている様子だった。

「志摩子…」

そう小声で言ってから、ハッとしたような表情を一瞬見せる。
下を向き、めいいっぱい息を吐くと、おもむろに顔をあげ、
私のすぐそばまで歩み寄ってくると、お姉さまの大きくて白い手が、
私の肩の上に置かれた。

「志摩子…よく今まで一人で背負ってきたわね」

そういって、柔らかい太陽の日差しの様に微笑んでくれている。

「お姉さま…」

思わず、涙が出そうになる。
そんな私を見て、お姉さまはうなずいてくれた。
私はそのままお姉さまの胸の中に飛び込んだ。
体全体で私という存在を受け止めてくれるお姉さま。
よかった。本当に良かった。

お姉さまはその手を背中と頭とに回し、
ここに確かに存在する、藤堂志摩子という人間を感じてくれている。
これで、たとえ明日、「別れの日」を迎えたとしても、
私は心置きなくこの学園を去ることができる。

私は心から感謝していた。
マリア様とイエス様に。
私と出会うべくして出会わせてくれた、
一人の先輩の存在を。


当サイト公開:01.09-04




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