天空の山百合

午後のひととき


放課後、祐巳は薔薇の館へと続く中庭の道を歩いていた。
しかし、その顔にはいつもの笑顔がなかった。
下級生からご挨拶を受けても、伏し目がちに微笑んで、静かに「ごきげんよう」と言うだけである。
それは、祐巳の愛しのお姉さまである祥子さまが、
今日はご用事でお茶会を欠席をなさる、ということが原因であろうか。
いや、しかし、それだけでもないようだ。
薔薇の館のドアを開け、階段を一段、また一段と上るごとに、
その顔は曇っていくばかりなのである。


2階につき、ビスケットのようなドアを開けると、そこには、いつもの光景が広がっていた。
紅茶の香り立ち上る、円形のテーブルの周りで思い思い時間を過ごしている、山百合会幹部のメンバーたち。
白薔薇さまになって半年にもなるのに、未だに妹を決めていない志摩子さん。
いつも仲良し、令さまと由乃さん。
それに、新入生歓迎会の日に運命的な出会いをした、祐巳の妹、乃梨子。
そんな、普段と何一つ変わらないかのように見える光景。
でも、その乃梨子の手には、なにやら薄手の本のようなものが。


乃梨子は、ドアを開けて入ってきた祐巳を見ると、顔に生気のない祐巳に構わず、
すかさず腕を掴んで部屋の中に引っ張ってきた。
「さあ、お姉さま、お待ちしておりました。

今日こそ、この問題解いていただきますからね。」
祐巳を座らせると同時に、机の上に『数学Ⅱ』の問題集を開き、折り目を手でしごいた。
「えー、乃梨子。そんなに怖い顔しなくても分かってるわよ。
それに、学園内でのご挨拶は『ごきげんよう』でしょ?」
引きつった顔を更に強張らせながら、精一杯、祐巳がお姉さまとして乃梨子をたしなめる。
が、しかし。
「お姉さま。ごきげんよう、なんて呑気にご挨拶している場合じゃありませんことよ。」
な~んて、いつぞやどこかで聞いたような台詞を言う。


「山百合会の幹部たる者が、テスト前にひーひー言ってたら恥ずかしいですよ。

それでなくともお姉さまの場合は、成績が中の中なのですから、もうちょっと勉強していただかないと。」
乃梨子はそう言いながら、一問目の三角関数の基本問題でいきなりの冷や汗を流しながら苦しんでいる祐巳の横で、
優雅に紅茶を飲みながら、昨日のお茶会で、乃梨子が祐巳に出した宿題の答え合わせをしている。
「お姉さま、また間違ってる。
もう、こんなんじゃ、恥ずかしくて、成績優秀な紅薔薇さまに会わせる顔がないよ~。
テストの結果を知ったら、紅薔薇さまは、なんて仰るかなぁ。
こりゃ、数学の問題が解けるようになるまで、お昼休みも放課後も、毎日、居残り決定ですね。」
「えっー、乃梨子、そりゃないよー。
ねぇ、志摩子さ~ん、由乃さ~ん、助けてよー!」


祐巳のその叫びは、乃梨子の
「ああっ、お姉さま、また同じところで間違えてる。何度言ったら分かるんですか!!」
という、お怒りの声にかき消されてしまった。



あとがき

いきなり読むと、『あれ?』と思われる方がほとんどだと思います。
このお話は、某サイトで開催される予定だった
『勝手にスール大会』という、原作設定に無いスールを考えて楽しもうと言う企画向けに作ったお話でして、
お読みいただいてお分かりの通り、乃梨子が、志摩子さんではなく祐巳の妹だったら、という設定で書きました。
しかし、その後、その企画を開催する予定だったサイトの管理人さまが多忙によりサイトを休止されたため、
すでに投稿していたこのお話が宙に浮いてしまい、ここにお目にかけることにしたものです。

うっかり者の祐巳と、しっかり者の乃梨子が姉妹になったら、どんなんだろう、
それがこのお話のコンセプトです。
tana的には結構いい姉妹のように思えるのですが、
皆さんの目にはどう映ったでしょうか。

願わくば、次の機会には、皆様にもっとマシな作品をお目にかけられる事を祈って。
駄文をお読みいただきましてありがとうございました。

公開:04.03-18



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