天空の山百合

志摩子の活躍


「ねえ、お姉さまー。まだとるんですか。」
全身から、疲労感のオーラが発散されているのが見て取れるおかっぱ頭の市松人形が、
黄色く色づいた木の下で、立ったりしゃがんだりを繰り返している西洋人形に向かって声をかけた。
声をかけられた西洋人形は、市松人形に向かって一瞬、ニコッと笑ったかと思うと、
再び、地面に目を移し、忙しくあたりに手を伸ばしていた。
市松人形はハァと一つ大きな息を吐き出すと、銀杏並木の脇にあるベンチにペタンと座り込んだ。
「銀杏が好きだ、とは聞いていたけど、まさかこれほどまでとはねぇ。」
9時半の開園と同時に、このS記念公園に入って、すでに5時間。
お昼の時間はとうに過ぎ、もうすぐおやつの時間である。
その間中ずーっと、あの西洋人形は、地面に這いつくばり、
うれしそうに地面に落ちている実を拾っているのだった。
「まったく、これのどこが『紅葉狩り』なんだろう。もう、お姉さまったらぁ。」
今日は一緒にいられる。
そんな風に思って、なんだかとてもうれしかった昨日のことを思い出しながら、
市松人形は再び溜息をついたのだった。



「えっ、紅葉狩り?」
わたしが聞き返したその質問は、自分の横に並んで歩く最愛のお姉さまから発せられたのだが
お姉さまの西洋人形のような外観からは、ややイメージの遠い言葉ではあった。
「ええ、明日なんだけどね、もし乃梨子が何も用事がないのだったら、S記念公園に紅葉狩りに行かない?」
マリア様の前で、二人並んでお祈りをすませ、校門を抜け、バス停までの道。
先ほどまで一緒に歩いていた紅薔薇姉妹は、何か用事があるのか、
「ごきげんよう」と挨拶すると先に行ってしまった。
お姉さまと二人っきりの、特別な空気の流れる時間。
そんな時に、お姉さまから発せられたのが『紅葉狩り』という言葉だった。
実を言うと、ここのところ、体育祭、文化祭といろいろあって、
お姉さまと一緒にお出かけする機会があまりなくてちょっと寂しい気もしていた。
ちょうどそんなことを考えていたところに、不意打ちのように投げかけられた質問だった。
今週末は、仏像の特別公開はなかったよな、と一瞬考えて答える。
「わぁ、行く行く。一緒に行くー!。」
お姉さまと同様、部活も何もやっていないわたしに(しかし、お姉さまは委員会活動はされているが)、
仏像の公開がなければ、他に何か特別な用事があるわけはなかった。
いや、仮にあったとしても、お姉さまと一緒の時間を過ごせるというのなら、そっちを選ぶだろう。
私がはしゃいだのを見て、お姉さまがフッと微笑む。
いつ見ても思うけど、お姉さまが微笑む姿って本当にアンティークドールみたいだ。
「よかった。最近一緒にお出かけできなかったから、ちょっと寂しかったのよ。
じゃあ、N駅の改札の前に9時ね。」
お姉さまが私のほうを見てうれしそうに微笑む。
その笑顔を見て、わたしは『わたしと一緒にお出かけできるのを喜んでくれてるんだ』なんてちょっと自惚れてしまった。
何を着て行こう(とはいっても、いつものカーディガンくらいしかないけど)。
お弁当はどうしよう(お姉さまって、何が好きなんだっけ)。
ああ、明日は楽しい日になりそうだ。



などと、お姉さまと一緒に過ごせることを喜んだのが昨日のこと。
でも、実際に一緒にいたのは、公園に入って最初の1時間だけ。
その1時間だけは、私も一緒に銀杏を拾っていたのだが、すぐに飽きてしまって、
それからは、お姉さまが一人で銀杏を拾い集めているのを、遠くから眺めているだけだった。
「ねえ、乃梨子?」
ふと顔を上げると、目の前に、お姉さまの顔がどアップで迫っていた。
「え、えっ、なに、お姉さま?」
ちょっとドモッてしまった。
祐巳さまじゃないけど、お姉さまの顔のどアップは、未だに慣れない。
「そろそろお昼にしましょうか。」
すでに時間は2時半。
お昼というよりは、おやつと言ったほうがピッタリくる時間だ。
何となく、お腹の空きのピークは過ぎちゃって、空腹感はあんまり感じないんだけど、
ここで食べないと、次はいつまたご飯が食べられるか分からない。
「むこうに渓流広場というのがあるから、そっちに行きましょう?」
お姉さまったら、言うが早いか、さっきまで手に持っていた
戦果のぎっしりと詰まったビニール袋をかばんの中にしまいこんで、早くも歩き出している。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お姉さまー。」
普段のほんわかイメージからは想像できない素早さで、既に並木道の出口辺りを歩いているお姉さま。
いや、スピードで言うなら、むしろ『走っている』といった方がいい速さかもしれない。
見た目は確実に『歩いている』のだが。
そんなお姉さまの後ろ姿を一瞬あっけにとられて眺めていたら。
「乃梨子、どうしたの。早くお昼を食べましょう?」
次の瞬間、今日2回目の、私の顔を覗き込むお姉さまの顔のどアップ。
ああ、やっぱりお姉さまの顔って、アンティークドールみたいできれいだなぁ。
なーんて妹バカ丸出しで眺めちゃったりして。
って、そうじゃなくって。
ねぇ、お姉さま。あなたは、つい一瞬前にあそこ(推定65.2m前方)を歩いていませんでしたか?
しかも、すんごい速さで。
あれは私の見間違いですか。
呆然としているであろうわたしを顔を見つめて、お姉さまはニコニコ笑っている。
ああ、これは深く追求すると、X ファイル並みにとんでもない真実が白日の下にさらされてしまうから、
ここはおとなしくアンタッチャブル、ということにしておきなさい、ということですか。
「さあ、乃梨子。早く、早く。」
そういって、手を引っ張るお姉さまに連れられて、
陽の光が、紅く色づいた木々の葉の間を通って降り注ぐ並木道を行くのだった。


こんな『不思議なお姉さま』の話を薔薇の館でしても、みんな信じてくれないだろうなぁ。
それとも、お姉さまの生態を知らないのは私だけで、実はみんなすでに常識だったとか。


そんなことを思いながら、お姉さまに牽引されるようにして、渓流広場に到着。
芝生の丘に川が流れていて、とても気持ちいい。
わたしは、カバンから持ってきた敷物を出して、木陰の上に広げる。
見ると、お姉さまはお弁当箱を取り出して……ない。いや、何か別のものを取り出している。
あれは、銀杏の殻割り器?と串!と携帯用ガスコンロ!!。
もしや、お姉さま?。
銀杏の串焼きをやるつもりですか。ここで。さわやかなこの場所で!。
お姉さまの真意を確かめようと近づくと、例のあの匂いが、強烈に漂ってきた。
えっ、と思ってお姉さまの手元を見ると、すでに、調理が始まってるし。
さっきまでとっていた銀杏の100分の1にも満たない量だが、それでも結構な数の銀杏が殻割り器で割られ、
お肉(たぶん鴨のお肉だと思うんだけど)と一緒に、ガスコンロの上で焼かれてる。
まだ、この広場に着いて5分も経っていないのに、なんという早業。
あたり一面に広がってゆくあの独特の臭いのお陰で、
周囲から、波が引くように人が減っていくのが分かる。
ああ、お姉さま、銀杏の調理は、ご自宅に帰り着いて、落ち着いてからやりましょうって。



気を取り直して、わたしは自分のカバンからおかずの入ったお弁当箱を出した。
お姉さまと一緒に食べようと思って、今朝、いつもよりちょっとだけ早く起きて、お弁当を作ってきたのだ。
味のほうは、董子さん直伝の折り紙つき。
でも、和食(と言うほどでもないけど)を食べ慣れているお姉さまの口に合うかどうかは、ちょっと心配。
「まあ、乃梨子。おかずを作ってきてくれたのね。」
お姉さまはそういうと、にっこりと微笑んで、お稲荷さんをつまんで食べた。
「美味しいわ、乃梨子。大叔母さまにもよろしくお伝えしてね。」
そのとろけちゃいそうなお姉さまの笑顔を見ていると、お弁当を作ってきてよかったぁ、と思う。



「さあ、乃梨子。午前中はあまり元気がなかったようだけど、午後は一緒に紅葉狩りをしましょう?」
「えっ、お姉さま、午後は、紅葉狩りをするんですか。」
「ええ、一緒にしましょう。」
やっぱりお姉さま、ここまでの銀杏拾いは前座で、ここから、本格的に秋の風情を楽しむ紅葉狩りをするんですね。
なんたって、昨日お誘いいただいたときも、『紅葉狩りに行かない?』って言われたわけだし。
と言っているそばから、白いビニール袋を取り出してるんですけど、
紅葉狩りと言うからには、記念に落ち葉を持ち帰るんですよね。
ね、ね。そのためのビニール袋ですよね。
「さぁ、乃梨子。これを持って。銀杏はぱっと見には見つからないけど、
イチョウの葉っぱを裏返してみたりするとよく落ちているわよ。」
って。やっぱり、銀杏拾いだし。
しかも、お昼食べて栄養補給が完了したのか、午前中よりも元気になってるし。
お姉さまの中では、『紅葉狩り=銀杏拾い』の等式が成立しているみたい。
ああ、やっぱりお姉さまって、計り知れない。
「ほら、乃梨子。なにボヤボヤしてるの。歳月、人を待たず、よ。」
って、なんとなく意味が違うような気もしますが。
『ぐずぐず』っていう言葉が、ご自身の辞書の中になかった方の言葉とは思えない『ボヤボヤ』。
わたしは、お姉さまに(文字通り)引きづられて、銀杏の海の中へ突入した。



その日の夜。
あたりはすでに真っ暗になったS記念公園。
S記念公園の守衛が、閉園後の点検をしている途中で見つけたのは、
『お・ね・え・さ・ま…………。』
と、うわ言のように小さく呟きながら、うつろに虚空を見つめて立ち尽くする市松人形と、
並木道を、目を見張る高速で細かく移動しながら、銀杏を拾っている西洋人形の姿だった。



あとがき

志摩子さん、大活躍!。

そんなわけで『秋といえば銀杏拾い』ということで、作ったお話です。
実在のモデルの場所がありまして、M駅の近所の国営昭和記念公園というところなのですが、
一回しか行ったことのない(しかも夏)tanaは、Netを漁って、銀杏拾い関連のネタを集めて、
今回お話に使わせていただきました。
ちなみにtanaは、銀杏拾いというのを一回しかしたことがありません(しかも幼少の頃)。
しかも、落ちている銀杏を実際に見たことがあるのもそのときだけで、
ましてや、銀杏を調理したことなど、全くの皆無です。
従って、実際の銀杏拾いや銀杏の食べ方とはだいぶ違う可能性もあります。
お話中に出てくる『銀杏の殻割り器』も、上述のNet漁り中に見つけて、おもしろそうだから使っただけで、
『銀杏って、殻があるんだぁ』とその時初めて知ったくらいです。
そういうことですので、調理に関する記述(もちろんその他も含めて)で変なところがありましたら、
是非ご一報いただければ、と思います。

ところで、今回のお話は、
2002年の1月に、当サイト管理人宛にお便りをいただいた、おにょさまへのキリリク話の代用です。
すでに2年も店ざらしにしていましたので、おにょさま自身が覚えていらっしゃるか、
ましてや、このサイトをご覧になっていただけているかも分かりませんが、
とりあえず、このお話を持って、キリン番申告へのお礼の代わりとさせていただきたいと思います。
もっと、ましなお話が思いつきましたら、代用品ではない、正式なのを掲載しますので、
その時まで、どうぞご容赦いただきたいと思います。

さて、一読して、おわかりになった方も多いかと思いますが、このお話は、
『しろしまこ くろのりこ(http://shiroshimakokuronoriko.hp.infoseek.co.jp/)』様
のお話にかなり影響を受けています。
その旨をご挨拶していませんので、ここでは直接のリンクはしませんが、
志摩子さんと乃梨子の活躍を余すことなく描かれている、とても楽しいサイト様です。
是非、一度お訪ねいただき、管理人高城さまのお話をお読みいただければと思います。

批評、お叱り、叱咤のお便り等頂ければ、大変光栄です。

さて、次のお話は。
昨年(2002年)の年末から、『来年の年始用に』と思って、まるまる一年寝かせてしまった(笑)お話を、
年明けには更新したいと思います。
願わくば、次回は、皆様にもっとマシな作品をお目にかけられる事を祈って。
駄文をお読みいただきましてありがとうございました。


公開:03.12-31
修正:04.01-03



当サイトは『Web Kansou-mail運動』実施サイトです。

天空の山 総合入口
このページは、[天空の山]の分室です。