天空の山百合

至福のひととき


その瞬間、静かな薔薇の館に2人の声がそろった。
「志摩子さん…。」
「乃梨子…。」
顔を見合わせる二人。
「えっ?」
「えっ?」
再び、2人の声がそろう。
「なぁに、乃梨子?」
「志摩子さんからどうぞ。」
白薔薇姉妹の声が重なる。
2人は苦笑して、そして、今度は志摩子だけが口を開いた。
「乃梨子から言って。」
乃梨子が答える。
「ねぇ、志摩子さん。休憩しない?」


文化祭前の気忙しい薔薇の館。
黄薔薇姉妹が部活動に行き、紅薔薇姉妹は未だ来ていない。
祐巳に言わせると、生真面目な白薔薇姉妹であるところの志摩子と乃梨子は、
各部や委員会から上げられてきた書類の山に埋もれていた。
「そうねぇ、そろそろ休憩しようかしら。」
2人が書類と格闘を始めてから、すでに2時間近くが経っていた。


志摩子がそう言いかけるが早いか、乃梨子はすっと立ち上がって、台所に向かう。
まるで1年前の自分を見ているみたいね。
志摩子が1年前の自分を重ねながら乃梨子の後姿を眺めていると、
乃梨子が振り返って尋ねてきた。
「ねぇ、志摩子さんは何にする?」
乃梨子の手には、コーヒーの缶と、ダージリンティーの缶が握られている。
見れば、流し台のカウンターのシンクの上には、焙じ茶の入った茶筒や一昨日作った麦茶の瓶もある。
「そうねぇ、ゆっくりお茶にしたいところだけど、今日中にこれを終わらせなくちゃいけないから…。」
志摩子の目線の先には、いつぞやお姉様が腰掛けていた出窓の下に無造作に置かれた、
ダンボール箱2つ分はあろうかという、書類の山。
「じゃあ、この前、祐巳さまが持ってきてくださった紅茶のティーバックでいい?」
乃梨子もその書類の束をチラッと見やると、手に持ったティーバックを志摩子のほうに向けて、ブラブラと振った。
「ええ、それでお願い。」
志摩子は「うーん。」と軽く伸びをしながら、乃梨子に向かって微笑む。
乃梨子はうなずくと、流し台の方に向き直って、お湯を沸かし始めた。


湯沸しポットが、ポコポコと音を立て。
窓からは、やわらかな日の光。
吹いてきた爽やかな風が、ビスケット扉へと流れ行き。


そんな。
明るい薔薇の館の2階に。
紅茶の暖かい、柔らかい香りが。
白薔薇姉妹の明るい笑い声とともに。
ひととき、立ち昇った。



あとがき

う〜、生ぬるい。

ということで、とっさに浮かんで、打ち込み合計1時間、推敲合計半日というお気軽SSSです。
状況としては、『パラソルをさして』の、祐巳の傘が戻ってきて元気復活したあたり。
本編に『誰かが声をかけないと休憩も取らない根詰め姉妹』という記述があったので、
それを逆手にとって考えてみました。

批評、お叱り、叱咤のお便り等頂ければ、大変光栄です。

さて、次のお話はどうなることやら。
本当はこのSSSの前にまだ1本あって、そっちのほうを以前から予告していたのですが、
そちらは、どうも話しが散漫になってきたので、もう少し考えてからにしましょう。
願わくば、次回は、皆様にもっとマシな作品をお目にかけられる事を祈って。
駄文をお読みいただきましてありがとうございました。


公開:02.10-13



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