第6回 A-9 聖都ウラナング


◆下ウラナング
「みんな、こっちだ!」
 モップが一行を誘導する。ことウラナングの抜け道に通じているということにかけては、彼ら少年盗賊団の面々の知識に及ぶ者はいないだろう。魔族の入り込んでいない裏道、小路を細かく折れ曲がりつつ進む。
「しかしモップよ」
 薄汚い路地裏を駆け抜けつつ、メシュラムが言った。
「良かったのか? ナッフとジーソーが戻って来そうな気がするとか言ってただろう? あの二人を待ったほうが」
「でも」
 スジャーターがその言葉を遮る。
「このままだと、ティカン神殿に行って物を訊ねるなんてできなくなっちゃう。上ウラナングまで魔族が入り込んだら、それどころじゃなくなっちゃうもの」
「そうだな」
 一行のしんがりを走っていたゲニフェが言う。
「今だって怪しいもんだ。ティカンは防戦の準備で大童になってるだろう。俺たちが聞きに行ったところで、教えてくれるものか」
「でも、ジェゾも来てない。滝に寄ったらすぐ来るって言ってたのに。ナッフも滝にいるんでしょ? 何かあったんじゃ」
 ブゥンムナが心配そうな表情をする。
「ともかく、今できることをしなくちゃ。これ以上ぼーっと待ってるわけにもいかないだろ? だったらティカンに行って、聞くだけ聞いてみよう。その後のことは後のことだ」
 先頭を走るモップが、一行に振り向きつつ、声をかけた。

◆上ウラナング・ティカン神殿
 普段は荘厳な雰囲気のこの神殿も、今は神人の指示のもと多くの兵士が配置され、主要な通路には柵が設けられ、異様なものものしい気配に覆われていた。
 神聖ウラナングの象徴たるティカンが魔族に蹂躪されたとあっては、それはつまり神聖ウラナング自体の消滅を意味する。多分に政治的見地から五国に推戴されていたクマリとその体制ではあるが、そのような事態に及べば各国とももはやクマリの権威を認めはしないであろう。よしんば認めたとしても、それは取りも直さずクマリ体制を自国内に吸収することによる政治的優位性の確保に他ならない。
「駄目だな、こりゃぁ」
 ゲニフェが冷たい視線で辺りを警護する兵士たちを見回す。
「俺はクンカァンにいたから判るが、こんな連中じゃ大魔軍にゃ歯も立たないだろうさ。実戦経験の差だな」
 武人のゲニフェのみならず、一行の誰の目にも、彼ら兵士たちは頼りなく映る。「神聖兵団」などと大層な名乗りではあるが、所詮は市民を徴発して作った寄せ集めに過ぎない。
「上ウラナングにまで魔族が入り込んだらことだぜ。急ぐんだな」
 ゲニフェに促されて、モップら一行が神人の姿を探す。程なく、門の脇で額を寄せ合って何事か話し合っている数人の老神人が見つかった。
「ちょっといいかい?」
 メシュラムが神人たちに声をかける。
「何者じゃ!」
 一人の神人がぎょっとした様相で振りかえる。
「聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと? 何じゃ? 我らは忙しい。そう。言葉では言えぬほど忙しいのじゃぞ」
「この短剣、知らないか?」
 モップが懐にしまっておいた短剣を取り出して神人たちに尋ねる。
「短剣? それがどうしたのじゃ?」
 メシュラムが言う。
「この前、ボルグロニの宮殿に忍び込んで、クルグラン中から奪ってきたものだ。いつもは奴が背中に背負ってる」
「クルグランの?」
 老神人たちは目を丸くしてモップの持つ短剣を覗き込む。
「お主、見覚えは無いかの?」
「さて、わしはのう」
「わしも、見覚えは無いが・・・・」
「短剣・・・・短剣のう。そういえば」
 一人の神人が何かに思い当たったような表情で続ける。
「いつぞや、キレニで随分と古い鐘が見つかったと言う話、お主らは知っておるか? その時も短剣が見つかったと言うがな、それと何か関わり合いが有るまいかの?」
「それは遠すぎようぞ。ボルグロニからキレニではカナンを東から西に横切るようなものではないか。そう考えるよりもだな・・・・」
 四人の老神人は、彼ら特有の理屈っぽい議論に熱中し始める。
「わかった、わかった! もういいよ!」
 モップがそれを制止する。代わってスジャーターが訊ねる。
「四つの楽器って、ご存知じゃありませんか?」
「四つの楽器? 近頃巷で噂に登っておるという、あれか?」
「はい」
「さてのぅ。キレニの鐘とか、ハンムーの太鼓とか騒いでおるが・・・・」
「太鼓と言えば、ほれ」
 老人の一人が言う。
「いつぞや、拾ってきた子供にチシラが太鼓の稽古をつけておったではないか」
「そんなこともあったのう。それにしても何の思惑があってのことかの」
「さての。もはやチシラも死んだ。その子供に聞いてみるしかあるまい」
「いかにも。いかにも。」
 老人たちがこれ以上詳しいことを知っている気配は無さそうであった。続けてスジャーターが訊ねる。
「それから、空白の十二年のことも知りたいんです。あの時、何が起こったのか」
「空白の十二年?」
 最長老らしい神人が聞き返した。
「そうです。神聖暦で数えて十三年から二十五年の間に、一体何が起こったのか」
「十三年から二十五年とな、そうよのう。わしがこのティカンに入った頃よな」
「待て待て、待たれよ。その話は初耳じゃぞ。御老、その頃の記憶がすっかり抜け落ちているのではなかったのか?」
 やや歳若い(といっても十分に老人であるが)神人がいぶかしげな表情で聞く。
「や、そういえばそうじゃ。どうして思い出せるのかの。今まで、どういういきさつでこのティカンに来たか、いくら思い出そうとしても思い出せなんだに」
「それは奇なことよ。御老、ラノート様のお迎えが近いのではあるまいかの?」
「何を申すか。わしはまだ、こう、矍鑠たるものよ。何でも思い出せようぞ」
「じゃ、教えて下さい! 空白の十二年のこと!」
 スジャーターが勢い込んで訊ねる。
「左様、あれはわしがまだこんなに小さい頃よな。初めてティカンに連れてこられたその日は、ひどい雨降りじゃった。その頃のティカンは例の大増築工事の真っ最中じゃったが、わしはどうしたことか母親とはぐれ、その工事現場に迷い込んでしもうた」
「で?」
 ブゥンムナが続きを促す。
「どしゃ降りじゃったがな、そこでは工事が続けられておった。何かを必死で埋め戻そうとしている感じじゃったの、あれは」
「長老がた! 長老がた!」
 神殿の門内から、呼び声がする。
「どうした?」
 老神人の一人が振り返る。
「合議の時間にございます。お早くお戻り下さい!」
「やれやれ。もうそのような時刻か。お主ら、あまり相手はできなんだが、済まぬな。また何かあれば相談に乗ろうぞ」
 そう言い残すと、老神人は長衣の裾を翻して門の中に入って行く。
「どうする、モップ?」
 メシュラムが訊ねる。
「これだけ聞けただけでも上等だ。早いとこ隠れ家に戻らないと、まずいことになるかも知れん。魔族と鉢合わせ、ってのは御免蒙りたいからな」
「そうだな。戻ろう!」

◆下ウラナング・盗賊団の隠れ家
「ナッフが来るなら、ここだと思うんだ」
 座り込んだモップが、面々を見回して言う。
「やつが俺らの仲間に入った時も、ここだった」
「来るのか?」
 ゲニフェが聞く。
「ジーソーの婆っちゃんがついてる。心配無いと思うんだけど」
「あの婆が、な」
 メシュラムが含み笑いをする。
「どんな人なんですか? ジーソーさんって?」
 スジャーターが訊ねる。
「どんなっても・・・・豪快な婆ぁとしか」
 どさり。
「何だ?」
 ゲニフェが槍を握って立ち上がりかける。
「今の音は?」
 ブゥンムナが心配そうな表情で聞く。
「誰か、来たな」
 メシュラムが言う。
「見てくる」
 モップが立ち上がり、地上へ続く階段を上る。ぎいっと、落し戸を持ち上げる。
「!」
 モップが振り返る。
「来てくれ! 大変だ!」
 そのまま戸を跳ね上げ、モップが地上へ飛び出た。隠れ家から出た路地裏の地面に、二人の人間が血まみれで倒れている。間違いも無く、ナッフとジーソーであった。
「ナッフ、ナッフ!!」
 モップが全裸のナッフを抱え起こす。冷たい。血に塗れた肌は、もはや死人のものであった。首筋に一つ、槍でえぐったような傷痕。そこから流れ出た血が全身を染めている。顔を覗き込むが、力無く開きかけた目は、生者のものではない。がくり、と首が後ろに倒れる。
「ナッフ! 返事をしてくれよ! モップだよ! 俺がわかんないのかよ! ナッフ!」
「ナッフが!?」
 一行が階段を駆け上がり、メシュラムがジーソーを抱え起こす。
「ひどい傷だな・・・・。背中から一突きだな。・・・・待て・・・・、おい! ジーソーは息が有るぞ! 医者を!」

◆ふたたび、隠れ家
「ナッフ・・・・、どうして死んじまったんだよ・・・・。ジーソーの婆っちゃんも大怪我で・・・・俺、これから・・・・」
 隠れ家の隅でうずくまりながら、モップが鼻水を啜り上げつつ力無く呟いている。先ほどまで呪医の手当てを受けていたジーソーは、ナッフの遺体とならべて藁布団に寝かされている。深手ではあるが、養生次第で持ち直すかも知れないということだった。
 メシュラム以下隠れ家の面々は、重苦しい雰囲気の中で、無言でいるほかない。「婆っちゃん、滝で何があったんだよ? 教えてくれよ? な?」
 ジーソーの布団まで寄ってきたモップが訊ねる。
「無理だ、モップ。気持ちはわかるが、今は安静にしておけ」
 ゲニフェが言う。
「だって、納得いかないんだ。何でナッフが死ぬんだよ。ナッフは最後の神なんだぜ。死ぬわけ、無いじゃないか・・・・」

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