◆王宮・宮門前 「通るぞ」 一人の男を先頭に、5人ほどの男女が衛士の前を堂々と通りすぎようとする。 「待て! 待たんか!」 衛士が慌てて槍を握り、男に突きつける。 「無礼者。この私に槍を向けるとは」 男が落ち着いた声で言う。 「教主様、この人、教主様の顔を知らないんですよ。知ってたらこんな真似は、ねぇ?」 髪を三つ編みにした女が言った。 「そうだな。リタ」 「教主・・・・? あ・・・・あ、あんた、ネゴ神教の?」 「フハハハハ。ようやく判ったか」 「まさか・・・・重傷だって聞いてたのに」 ジュッタロッタでは、ネゴ神教の教主が、王族の一人クゥリウに斬られ生死の狭間を彷徨う重傷という噂が専らであった。しかし、目の前に現れた教主アーシュ・ザクウスは、以前と変わりなく平然と身動きしている。 「し、しかしネゴ神教教主およびその幹部は国外追放のはず! 王宮に近づくなど、まかりならん! 下がれ!」 衛士が勇を振るってアーシュを怒鳴りつける。 「それを今から談判するのよ。おい」 アーシュが神聖騎士団長のガーラに声をかける。ガーラが長い口笛で合図をすると。辺りを通行していた住民たちの中から一人二人とこちらに集まってくる。 「フハハハハ。どうだ」 アーシュが高らかに笑う。背後には500人は越えようかというネゴ神教の信者たち。 衛士は青い顔をしたまま、槍を引く。高笑いをするアーシュを先頭に、一行がそのまま宮門をくぐって行った。 * * 「陛下! 陛下!」 会議の間に、侍臣が駆け込んでくる。 「何ですか。騒々しい」 ミカニカが会議を一旦中止し、侍臣の報告を聞く。 「ネ、ネゴ神教の教主と幹部たちが、面会を所望しております。ひどい剣幕でございまして」 禿の重臣が口を開く。 「お会いすることなどありませぬ。そもそも連中は国外退去を命ぜられた身、まだジュッタロッタをうろついているとは不届き千万」 髭の重臣が言う。 「左様。そう何度も軽々しくお会いになっては、恐れながら国王の権威が疑われようというもの。先月我々の申しました通り、あの者どもにはちと痛い目をみせるべきにございます」 白髪の重臣が続ける。 「こういう面倒が起こる前に、理由を付けて処刑してしまいなされと申し上げたではありませぬか。陛下」 「推参!」 侍臣の制止を振り切って会議の間に押し入ったアーシュが大声で怒鳴る。 「あがが・・・・が・・・・!」 その威に打たれでもしたように、禿の重臣が黙り込む。いや、黙っているのではない。口を大きく開け、声を絞り出そうともがいているのだ。 「声が出ぬか。ふん、神罰よ。しばらくそうしておると良いわ。フハハハハ」 言い捨てるとアーシュがミカニカに向き直る。 「ねぇ、ミカニカ様」 教主夫人のチューリンがまず口を開いた。 「この前の処分の件ですけど、考え直していただけないかしら?」 「ば、馬鹿者! 一旦陛下がお決めになったことを曲げられるか!」 髭の重臣が怒鳴りつける。 「あなたにいってるんじゃにのよ。ミカニカ様、下手人のクゥリウって王族の方だそうね? 陛下はクゥリウがまさか祈祷に当たる教主様を斬ろうとしていること、本当にご存知なかったのかしら?」 「無礼な!」 白髪の重臣が怒鳴る。 「だいたいね、あんたたちがしっかり警備の指図をしてくれなかったからこういうことになったんじゃないの! 何やってんだよ! 摂政を治せるのはアーシュ様だけだったのに、もっと丁重に扱うべきだろ!」 リタが威勢良く言い放つ。 「そうよそうよ。祈祷もさせてくれなかったくせに、国外退去だなんてひどすぎる! もし教主様が祈祷できたらきっとクテロップ様の病気だって治ったのに! 教主様に斬りかかって祈祷できなくさせたクゥリウってのが一番悪いのよ! あいつこそ国外退去よ!」 セレスタもリタに負けじと大声でまくしたてる。ネゴ神教の幹部たちの勢いに圧され、たじたじとなった髭の重臣と白髪の重臣が、救いを求めるようにミカニカの顔を見る。禿の重臣は、口を開きすぎてとうとう顎が外れてしまったらしく、よだれをだらだらと垂らしながら衛士に付き添われて会議の間を出て行くところであった。 「言い分はわかった。確かに非はクゥリウにあり、理はネゴ神教にある」 ミカニカの意外な言葉に二人の重臣がぎょっとなる。 「陛下!」 何事か言いかける髭の重臣を手で制し、ミカニカが落ち着いた声音で続ける。 「事情を考慮せずに、一方的に処分を行ったのはこちらの誤り。国外退去処分は取り消す。今まで通り、ジュッタロッタで布教を行って構わぬ」 アーシュが満足そうな笑みを浮かべる。ミカニカはそのまま続けた。 「ただし、摂政の病が快癒した際の約束であった神殿の下賜と祈祷所の設立は行わぬ。理由はどうあれ、目の前に現れた刺客一人をどうにもできぬ神を国の守護神として崇めることはできぬ。アーシュ・ザクウス、判ったか? 早々に立ち去れ。会議の途中だ」 ◆王宮・練兵場 「さぁ、次はこいつだ」 新たに着任した司厩官のメ・ブが、王軍騎兵の軍馬たちを相手に訓練を行っている。 「司厩官どの、お願いがあります」 一人の騎兵が汗を拭いつつ、メ・ブに話し掛ける。 「何ですか?」 書生臭い顔で馬の状態を書き留める筆を動かしつつ、メ・ブが答える。 「陛下に奏上していただきたいのです。我ら騎兵の待遇のことなのですが」 「ほう?」 「同じ王軍の兵でありながら、象兵が優遇されているのに比べ我らは・・・・、いや、決して贅沢をしたいと申す訳ではありません。象が王家の御先祖というのも承知しております。しかし、馬たちがこれでは可哀相で」 「確かに」 メ・ブが筆を休め、顔を上げる。 「私も記録を取って気づきましたが、ひどい扱いだったようですね。軍馬にしては足腰が弱っている。普段運動をさせていませんね?」 「はぁ、それなのですが」 「何か事情でも?」 「昔は、王宮の練兵場もこの数倍は広い場所に在って、馬も十分に駆けさせられたらしいのです。セモネンドの頃の話なんですが」 「セモネンドの」 「ところがソジ王の代に、練兵場を今の場所に移して、前の場所を大庭園にしてしまったらしくて」 「ああ、あのソジの大浪費と伝えられる」 「そうです。国祖ファトレオ陛下がこの王宮を引き継いでからは、大庭園を随分潰して建物をお建てになったのですが、練兵場はそのままで」 「ふーむ。なるほど、判りました。しかし、私も新任早々ああしてくれこうしてくれとは言えませんから。折りを見て申し上げましょう」 「お願いいたします」 ◆王宮前・深夜 どさり。 ふらふらと歩いて来た女が、派手に倒れた。 「どうした?」 数人の衛士が駆け寄り、女が助け起こされる。左腕に切り傷。 「怪我をしてるぞ!」 「隊長を呼んでこい!」 衛士の一人が慌ただしく駆け出し、やがて一人の男を連れてくる。 「怪我人?」 「はい。宮門の前で倒れまして」 祈祷師アーシュ・ザクウスに斬りつけたクゥリウを捕らえた功により、メルクタナは二十人の衛士を束ねる分隊長に昇進していた。 「この女です」 「怪我は?」 「左腕です。切り傷のようですが」 メルクタナが手燭を近づけ、女の様子を確かめる。 (怪しい・・・・) これを怪しいと言わずして何をか怪しいと言おう。女は、この蒸し暑いのに頭からすっぽりとフードをかぶり、そのフードには何やら見慣れぬ紋章の入った銀細工。背中には左右互い違いになるように短剣を背負い、腰には凶々しい雰囲気をぷんぷんさせる長鞭。 「放っておくわけにはいかんが・・・・」 記憶を辿る。数ヶ月前に、素性の知れない何者かが王宮に忍び込み、恐れ多くもミカニカ女王の生命を狙うという事件が起こったばかりである。 「起きろ、女、起きろ!」 呼びかけてみるが、気を失っているのか女が返事をする気配はない。 「どこでもいい。町医者を叩き起こして運び込んでおけ」 「は」 メルクタナが指図をすると、二人の衛士が女を担ぎ上げ、運んで行く。その様子を見ながら、残った衛士たちに向かって言う。 「王軍の主力が出撃している今、我ら近衛軍が王都の守りを固めねばならん。決して油断するな。不審者が手向かいするようならば、押し包んで斬るのだ!」 「はい」 厳しい口調に、衛士たちの顔が引き締まる。実直かつ有能な分隊長メルクタナの人望は厚いのであった。 ◆王宮・女王の私室 「失礼いたします」 アイシャが、侍女に導かれて部屋に入る。ぼうっと窓の外を眺めていたミカニカが、ゆっくりと振り返る。普段の毅然とした女王には似つかわしくない、何か憂いを帯びた表情。 「陛下」 「何か、用ですか」 アイシャが、性別を感じさせない透き通った声で言う。 「お疲れではありませんか? 時には張りつめた心を解きほぐすことが必要です。お心を、アイシャめにお開きください」 ミカニカはじっとアイシャを見つめていたが、黙って侍女を室外に退げさせた。 「アイシャ」 「はい」 「あなたは、私よりも五つも年上です。お聞きしていいですか?」 「何なりとお尋ねください。私に答えられますことならば」 「では」 ミカニカが、少し口ごもるが、意を決したように言う。 「誰かに、支えてもらいたい、そばにいて欲しいと思うことが、ありますか?」 「陛下、それは」 アイシャが絶句する。少女の目。王位に即いたミカニカが、決して見せなかった目である。 「クテロップ殿のことでありましょうか。摂政殿下はもはや」 察しは付いていた。しかし、そのままを口にするのは、アイシャとしてもできることではない。わざと的外れな答えを返すのが精一杯だった。 「違います。アイシャ」 わかっていた。しかしミカニカの口からそれ以上は聞きたくなかった。 「陛下」 喉が乾く。頭の奥の方に、重い何かが溜まっているように気分が悪い。 「私が、できる限りお支えいたします。血族として。お側近く控え、いつでも陛下のお言葉をお聞きいたします」 一礼すると、逃げ出すように部屋を下がる。 (陛下・・・・誰を・・・・?) ◆クリルヴァ・スキロイル邸 書状に目を通していたクリルヴァの表情が険しくなる。 「太守め・・・・」 呼びつけようとしていたクタ太守からの返書である。太守は、きっぱりと召喚を拒んできた。ウラナングにて戦端が開かれようとしている今、ヴラスウルの西の要たるクタを空けるわけにはいかない、というのが返書の趣旨である。しかし丁寧な文面ではあるが、それとはなく「いかに王族とはいえ、無役の若輩者の指図にクタ太守ともあろう者が一々応じていられるか」という、皮肉めいた雰囲気も漂わせている。 「侮られたものだ」 ばさり、と書状を机に置くとクリルヴァが腕を組む。 「クトルトル家謀叛の風聞は都に満ちたが・・・・」 気がかりな知らせが届いていた。セイロに派遣した諜者が、次々と捕らえられているというのだ。逃げ延びた諜者によれば、クトルトル家の長老たちがセイロの宗家に集まり、何事か談合していたという。また現当主のクィヒリ・クトルトルが養子に跡を譲って隠居するとの噂も飛び込んできた。 「クトルトルめ・・・・何を勿体を付けている。どうあっても動いてもらうが、その前に手勢だ」 兵士の都合が最も難しい。烈風会の主力はウラナングに赴き、国内に残留した兵力はごくわずかである。そのわずかな兵でさえ、クリルヴァ一人の自由にはならない。 「兵、か・・・・」 ◆クリネベシンの娼館 このジュッタロッタという街は、女たちにひどく受けが悪い。それはそうだろう。ボルグロニを除けば、ウラナング5国のうちで最も貧しいのがこのヴラスウルだ。いかに発展著しいとはいえ、まだまだウラナングやハンムーの華やかさには及びもつかないのが実状である。 ウラナングの美食に慣れた女たちは、ヴラスウルの田舎料理の味を嫌い、ウランング風の味付けのできる料理人を探し出して連れてくるだけでも一苦労だった。おまけに戦時下ということで夜間の外出も制限され、せっかく移転開業したと言うのに、客の入りもさっぱりである。 「参った参った。ミィミキプよ、せっかくウチに来てもらったが、これじゃな」 クリネベシンが溜め息を吐きつつ、長煙管をくゆらすミィミキプに目をやる。「あら。わたしたちは骨休みができて、ありがたいけど?」 「皮肉を言うな」 「ふふ」 ミィミキプが艶然たる微笑を浮かべる。ウラナングでも随一とされるこの妓女を抱えていながら、こんなどうしようもない田舎まで来てしまったのが間違いだったのか。所詮田舎者にはミィミキプの身に備わる気品や粋というものは理解できないのか・・・・自分が入れ揚げただけに、ミィミキプをかばう理由だけはいくらも思い付くクリネベシンであった。 「御主人」 使用人が部屋の外から声をかけた。 「王宮よりお返事でございます」 「おお。どうだった?」 「断られましてございます」 「なに?」 「あの、ウラナングが陥ちるや否やという重大時に、のん気に遊女屋風情と会っている暇は無いとのことで。献金も突き返されましてございます」 「まったく・・・・国民が無粋なら宮廷も粋というものが判らん。頑固にもほどがあろうに」 ぶつぶつと毒づくクリネベシンを横目で見ながら、ミィミキプが声を掛けた。 「ねぇ、御主人?」 「何だ?」 「ヴラスウルには、まともに商売する気でいらしたんです?」 「どういうことだ?」 「だって、一番の稼ぎになるっていう時に、ウラナングを離れるんですもの」 「・・・・? 戦争だぞ。お前たちが巻き込まれたら一大事だ。」 「あら」 「なんだ、その目は」 「御主人を買いかぶっていましたよ」 「何だと?」 「わたしたちはみな下ウラナング生まれの下ウラナング育ち、粋と色事のなんたるかは、十分承知してございます」 普段の妖艶さに加え、凄みを増したミィミキプが蔑むような視線でクリネベシンを見る。 「槍やら剣やらが怖くちゃ、遊女なんてやってはおられませんよ。戦場に出てきた兵隊衆を慰めるのも遊女の務め。ましてわたしたちのウラナングを守るために命を懸けてらっしゃる方々、御慰めするのが当然じゃありませんか」 「・・・・むぅ」 クリネベシンが押し黙る。店の女たちがふてくされ気味なのも、もしかするとその辺に理由が有るのかも知れない。 「わかった。もう言うな」 「わかって下さったんなら」 ミィミキプの表情に張り付いていた険がふっと掻き消える。 「もう申しませんよ。御主人」 ◆王宮・牢獄 「出られよ。クゥリウ殿」 衛士が錠前を外す。 「まったく、お主のおかげでひどい目に遭ったわい。あの糞いまいましいネゴ神教の連中はねじ込んで来おるし」 禿の重臣が顎を撫でながら言う。 「私の処分は、決まったのですか?」 「決まった。決まったわ」 「・・・・で?」 「お主の王族の資格は、剥奪じゃ。今日を限りに庶人に落とし、出仕も差し止める。よいか、お主は国の大罪人じゃ。陛下のお慈悲でこの程度の罰で済んでおるのだぞ。感謝せよ!」 「何ですって!」 「陛下の御判断に、不満でもあるのか?」 禿の重臣の額にびくりと血管が浮く。 「私は陛下に近づく奸物を斬ったまで!」 クゥリウが叫ぶが、禿の重臣も負けずに怒鳴り返す。 「お主が斬りつけた相手の立場を判っておるのか!? 陛下が直々に故摂政殿下の快癒祈願を依頼された祈祷師であるぞ。お主のしでかしたことは大逆も同然、陛下の御威厳を著しく傷つけた。場合によっては死を賜ってもおかしくないのだぞ」 クゥリウが黙り込んだのを見て、禿の重臣は続けた。 「それに、いまいましいがネゴ神教の連中には斬りつけられる理由が無い。得体が知れんのは確かだが、何か悪謀を企てているという証拠も無い。神殿の焼き討ちの事件、それからお主の引き起こした事件のおかげでな、ダッシャアめなどから逆に連中に同情する意見も出ておるくらいだ。判ったか。判ったら自邸で頭を冷やしておれ!」 ◆王宮・近衛武人控室 「ダッシャア殿」 故クテロップに見出され、現在はククルカン総督の片腕、また女王の最も信任する衛士長として一躍この名は騰がった。 「ナハル殿か」 部下の衛士たちに何事か指図していたダッシャアが振り返る。 「少し、話を聞いてもらいたい」 ダッシャアが黙ってうなずくと、部下の衛士たちがさっと部屋を出て行く。 「近頃の、都での噂はご存知か?」 整った顔立ちのナハルが、対照的にごつい顔の作りのダッシャアに尋ねる。実際にはナハルのほうが年上のはずであるが、こうして並んでみるととてもそうは見えない。 「喧しい。特にクトルトル謀叛の噂と、先王陛下の御落胤の噂」 「出所は?」 「・・・・」 ダッシャアが口を閉ざす。 「当ててみせよう。陛下の御一族」 ナハルがダッシャアの顔色を窺うように見ながら続ける。 「国祖ファトレオ陛下の甥御、」 「止められよ」 ダッシャアが遮る。 「讒言は、見苦しい」 「しかし、摂政殿下が今際の際に仰せられた」 「殿下が?」 「気を付けよと。恐れながら王位を」 ダッシャアの目が鋭く光る。扉の向こうの気配を窺う。 「ダッシャア殿」 「失礼した。漏れては困る」 「何か、掴んでおられるのか?」 「同志としてお聞かせする。クトルトル謀叛の噂、確たる出所の証拠だ。噂を触れ回っていた者が、依頼主の名を吐いた」 「やはり、か?」 ダッシャアがうなずく。 「クリルヴァ殿の動静、まさに不穏と言うべし。もはや真意を問うまでもない」 「では?」 「己の才覚に自信のある方だ。必ずや我らの先手を打つつもりで動いて来よう」 言いながら、ダッシャアの表情が更に険しさを増す。 「気がかりは、一つ。あの方は、烈風会に名を連ねている。あの兵力を以って実力行使に出られると、厄介だ。都を戦場にしたくはない」 無言の二人。 こんこん、と扉を叩く音。 「ダッシャア、いる?」 マウカリカの声。同時に扉が開き、マウカリカともう一人、男が入ってくる。 「これは、ダッシャア殿、ナハル殿、お二人には御前にてお目にかかりましたな。アッカーンにございます。」 豪商と呼ぶにふさわしい装束をまとったアッカーンが、優雅に一礼する。 「陛下にお目通りして参りました。私も仕官することにいたしまして、こうして皆様にご挨拶を。クテロップ様の御推挙有りとは言え、成り上がり者ゆえ無作法をいたすやも知れませぬが、なにとぞご容赦を」 「殿下の御推挙で?」 ナハルが意外そうな顔をする。 「はい。私も故摂政殿下には随分お世話になった身、殿下の御遺言とあらば従わぬわけには参りますまい。私は主に貿易、外交の件に携らせていただきますが、皆様方のご助力を仰ぐこともあろうかと存じます。その際にはなにとぞよろしく」 アッカーンは商人らしい如才なさで挨拶を済ませると、さっと退出した。 「ああいう男の人って、今まで王宮にはいなかったよね。みんな武骨でさ」 マウカリカが言う。 「・・・・」 黙ったままのダッシャア。 「あ、別にダッシャアのこと言った訳じゃないから」 慌ててマウカリカが弁解する。 「用件は?」 無愛想にダッシャアが尋ねる。 「難民を受け入れる施設を作ろうと思って。陛下のお許しはいただいてきたの」 「ならば、ここに用はあるまい。財務官の所に行かれよ」 「話を最後まで聞いてよ。その施設の警護に護民兵を当てるから、そのことを連絡しに来たの」 「それは構わんが」 ダッシャアが少女を見下ろしながら言う。 「今のところ、難民は多くは出ていない。カヤクタナでの戦争でも、クンカァンによって街が焼かれたりした例は少ない」 「そうなの?」 意外な面持ちでマウカリカが聞き返す。 「ただ、ウラナングではどうなるか、判らん。近場のハンムーに逃げる者が多いと思うが」 「そうか・・・・そうかも知れないけど、念の為にね」 「任せる」 「大丈夫、マウカリカに任せておいて!」 ◆王宮・内庭 「例の花」の在処を捜していたクジフ・クトルトルとシノーが、困惑していた。 「これは・・・・」 荒れ放題の花畑の、一体どこにその花が生えているのかまるで見当がつかない。親衛隊用兵舎建設の許可はおりたものの、これでは計画が滞る。 「カジフ、あそこに」 シノーが庭番らしい老人を見つけた。 「聞いてみるしかないか」 やる気無さげに、眠ったような目をしながら年寄りが庭石の一つに腰掛けている。 「ものを尋ねるが」 カジフが声をかける。 「なんですかの?」 老人が顔を上げる。 「この庭のどこかに、シュライラという花は生えていないか?」 「さて・・・・シュライラ? ああ、シュライラと言えば」 老人が続ける。 「ソジ王のお好みなさった花ですな。どうでしたかの、あの花は随分と前に刈ってしもうた気がしますが」 「刈った?」 「そうですじゃ。先王陛下の代の末頃にですな、ソジ王の好んだ草花など縁起が悪いと仰せで。綺麗に咲いておったのですが」 「どこだ?」 「さぁ・・・・あの左の角辺りでしたかの」 シノーとカジフは老人の指差す方を向くが、何か雑草然とした草が生えているばかりである。 「前の陛下も今の陛下も、庭には興味をお持ちでないようですじゃ。おかげでろくに予算も出ず、ソジ王苦心の折角の名庭もこの有り様で・・・・」 愚痴をこぼし始めた老人を置いて、二人が雑草の生い茂る中に踏み込む。 「それらしい花は・・・・無いな」 「そのようだ」 「では、魔は王宮を去っているということか?」 「シュライラをはびこらせるほど強力なものは、な」 「う・・・・?」 突然、カジフが額を押さえる。 「どうした?」 「いや、目眩だ。草いきれのせいか」 二人が、もう一度雑草を見回す。一部には人の背の高さに届くまでに生育したものがある。 荒れ果てた庭園。しかし、ここだけがジュッタロッタ王宮にて、セモネンド時代を偲ばせる場所である。ソジ王が、偏執的なまでに国力を注ぎ込み、造り上げた大庭園。セモネンド亡国の主、ソジ王を出したハトラ王家の血筋は、この庭園と同じく雑草の中に埋もれようとしているのかも知れない。 |