第3回 C-2 イーバの滝


◆ジュッタロッタ・船着き場
「来ぬのう。セタ殿は」
 オジャが呟く。この場所で彼を待ち続けてもう数日が過ぎた。セタは必ずイーバに向かう。まともな陸路で行く術が無い限り、船着き場で待ちさえすれば、必ず出会えるはずであった。そのことについては確信があったのだが、待ちぼうけが続いている。
「お?」
 舟人や商人たちでごった返す桟橋の向こうに、少年の姿が見えた。
「セタ殿か?」
 思わず、オジャはその少年に向かって駆け寄った。
「誰だよ、おっさん?」
 人違いだった。セタと歳はさほど違わなく見えるが、顔立ちも、雰囲気にも似たようなところは無い。
「邪魔だぜ。おいらは舟を探してるんだ。ま、丁度いい。おっさん、ここより上に行く舟、知らないか?」
「ここより上流に? 何をしに行くのじゃ?」
「うるさいな。おいらの勝手だろ?」
「いや。わしも上流にな、用事がある。イーバの滝というのを知らんか?」
 少年は怪訝そうにオジャの顔を見つめた。なぜ知ってる、というような表情だ。
「あんた、何者だよ」
「オジャと申す。ただのまじない師よ。さて、わしが名乗ったからには名乗ってもらうぞ」
「ナッフだ。聞いたことないかい?」
「聞かぬ名だの」
 ちッ、と舌打ちこそしたが、ナッフは続けた。
「この国に、おいらの親父たちがいるって聞いてきた。そういや、何だかこの川、通った気がするんだ」
「ほう?」
「それから、小っさい頃に大きな滝の音みたいなのを聞いてたような気もする。この川の上のほうにゃ、でっかい滝が有るって言うじゃないか。そこまで行けば何か判るかと思ってさ」
 少年にはウラナングの訛りがある。この歳で結構な長旅をしてきたらしく、装束は汚れているが、ここまで無事に辿り着いたのが少年の抜け目の無さの何よりの証拠だろう。
「子細はあい判った。イーバ行きの舟が着くのはあの桟橋じゃ」
「悪いな、おっさん。じゃあな」
(オジャよ。オジャよ。この縁も手放してはならぬ。手繰れ。手繰れ。縁を)
 オジャの心の内側に、誰かが囁く。以前聞いたような、風の音に似た声。慌ててオジャがナッフと名乗る少年を引き留める。
(セタ殿、許されよ。わしは神の声を耳にすることはできるが、いずれが真かまでは測りかねるのじゃ)
「まぁ、待て待て。わしも同じところに行くのじゃ。一緒に乗らぬか?」
「おっさんとかい?」
 ナッフがオジャをじろじろと遠慮無く眺める。
「ま、いいか。あんたにゃおいらを騙すなんて、とうていできっこないしな。案内してくれよ」

◆イーバ滝近く・呪人の集落
「じゃ、イルイラムさん、聞かせてください」
 自然に一行の代表格となったカハァランが、机の向かい側に座っている銀髪の呪人に向かって言った。
「この辺りの地形について、呪人たちに尋ねてみたが、滝より上流、つまり北のほうには足を踏み入れる者はいないということだ。崖の向こうの地形がどうなっているのか、詳しいことは判らない」
 イルイラムが続ける。
「判らないだけに、そちらが一番臭い。他の方角にはどこにも集落が有る。結構な人数が動いてるんだ。呪人たちに気づかれない訳がない」
「やれやれ。ってことは全く判ってない場所を調べてかなくちゃならないのか。骨が折れるぜ」
 ドヴンが言った。
「あのな、あんまり俺は口出ししたくなかったんだがよ」
 眠そうな顔でイコンが口を挟む。
「お前ら、馬鹿正直に山賊どもがそこいら辺りに根城構えてるとでも思ってんのか? だとしたら、どうして二度目の襲撃が無いんだ?」
「もうどこかに動いているということですか?」
 カハァランが嫌な顔もせずにイコンに尋ねる。
「だろうぜ。用事が済んだか、諦めたのか、どっちかは知らんがな」
 イコンが面倒臭そうに言う。
「まぁ、確かにもっともだ。そりゃ」
 チアジが言う。
「根城構えておいてぼさっとしてるほど間抜けじゃねぇだろうなぁ。さっさと逃げてるんだろうぜ。きっと」
「しかし、連中がどこかに動いたのなら、それを追いかける意味はあるだろう」
 イルイラムが反論する。
「ま、頑張れや。人手が要るようなら手伝ってやる。呼びに来てくれ」
 ガタリ、と椅子を鳴らしてイコンが立ち上がり、あくびを噛み殺すような顔をしながら小屋を出ていった。
「なーに? イコン、行っちゃったの?」
 入れ替わりに、ナージャが入ってくる。
「薬はできたのか?」
 ドヴンが尋ねた。
「うん・・・・。一応、できたんだけど」
 ナージャが抱えていた素焼きの壺を開けて見せる。ぷん、と鼻を突く薬草の匂いがする。
「効果がどれぐらいか、わからないの。いつ術が解けるかも」
「おい! そりゃ、あんまりじゃないか? お前は自業自得としても」
 実際に飲まされる立場のドヴンが言う。「でもね、急ごしらえじゃこれが精一杯なの。ひと月ぐらいじっくりこれに専念するんならともかく」(※1)
 カハァランが眉根を寄せながら言う。
「危険ですね。今のところそういう薬しか用意できないとなると。もし術が解けたら、山賊と丸腰でやりあわなくちゃならない」
「それは無茶な話だぜ。ドヴンの仲間ってのもまだ到着してないんだ。この話、先送りにしたらどうだ?」
 チアジが言う。
「ユクレフとか言ったか? そいつ、本当に来るのか?」
「色々と済ませておく用事があるからな。あいつも。遅れるのは仕方が無いかも知れん」
 ドヴンが答える。
「頭数が足りねぇんだ。どっちにせよな。イコンに手伝って貰っても、まともに山賊と渡り合える人数が少なすぎるぜ。森だって一人歩きできるほどにゃ甘くねぇ」
 カハァランがうなずく。イコンやチアジといった、生き死にの場数をこなした者の慎重論には従うべきであろう。
「迂闊には動けませんね、やはり。バシルを捕まえに行って噛みつかれる(※3)くらい愚かなことはありませんし」
 今度はチアジがうなずく。
「そうだ。俺の仲間にな、使えそうな奴が来たら教えてくれって言ってある。もうちょっと待ってみても良いだろう」
うちょっと待ってみても良いだろう」

◆森林
 獣が、走る。
 ジュッタロッタの街を逃げ出してから、どれぐらい過ぎたのかも獣には判らない。ただ、行かなくてはならない場所がある。その思いが獣を駆り立てる。
 餓えれば、家畜を襲った。森に入ってからは野ウサギやネズミを捕らえて食った。口の周りには固まった犠牲の血がこびりついている。小川や泉に首を突っ込み、喉の渇きを癒した。水溜まりの泥水も、ためらい無く口にした。
 森が、少年を獣に戻した。その牙は再び鋭く研ぎ上げられたのだ。

◆ジュッタロッタ・船着き場
「えぇ? だからどっちに行ったんだい? さっさと白状おしよ!」
 ジーソーが桟橋で働いていた舟人を怒鳴りつける。この男、絵師に頼んで描いてもらったナッフの顔に見覚えがあると言うのだ。
 ジーソーの後ろには、ハンムーから一緒にやって来た彼女の可愛い悪餓鬼どもが、ずらりと顔を並べている。どいつもこいつも若いくせに一癖有りそうな面構えである。
「婆さん、そう締め上げるんじゃないぜ。おっさん照れちまって話もできねぇんじゃねぇのか?」
 その中の一人。悪餓鬼、と言うにはいささかとうの立った、短髪の男が言う。
「ほい、そうかい。悪かったね兄さん。でも、あたしの孫たちにゃ割と気の短いのが揃っててね」
「やるのかい?」
 ファルコが背負い袋からごそごそと斧と山刀を取り出す。それを見た舟人が震え上がる。
「だ、誰も喋らねぇなんて言ってねぇだろ? 言うよ、言う言う。この川、上ってく舟によ、親父だか誰だか知らねぇが、中年の野郎と一緒に乗ってたのを見たんだ。下って来る時によ」
 ぽん、と突き飛ばすようにして、ジーソーが舟人の襟首を離す。
「ナッフの親父さんかねぇ? そいつが」
「行けば判るさ」
 ずっと黙っていたパイシェがぼそりと言った。
「ちょうど良く、舟を出してくれるって人もいるんだしさ」
 パイシェの瞳が、桟橋に尻餅をついている舟人に向けられる。
「ま、待ってくれよ。俺はまだジュッタロッタで仕事が残ってるんだ」
「痛いよ?」
 ファルコがしまいかけた山刀をまた取り出す。メシュラムも、黙ってぼきりぼきりと指の間接を鳴らした。
「ああ、もうどうにでもしてくれ。判ったよ。どこだって行ってやらぁ」
「親切だねぇ。ヴラスウルの人は」
 ジーソーがおっほほほと笑いながら、繋いであった舟にさっさと乗り込む。
「さ、お前たちも早いとこお乗り。一番の悪餓鬼をとっちめに行くよ!」

◆森
 一番近い船着き場から、イーバの滝までは徒歩で二日がかりの行程になる。オジャとナッフ、それから同じ舟に乗り合わせた野伏のロディヌンと武芸者のユンフェイの四人が、森の中の小径を進む。まばらだった木々が、だんだんと密集して生えるようになる。ただでさえ日光の当たりにくい森の中では、日の翳りは平地に比べ早くに訪れる。
「このあたりで休まぬかの?」
 最年長のオジャが、ふぅ、と息を吐きながら前を行く若者たちに声をかける。
「おっさん。もう歳だな」
 ナッフが振り返りながら言う。ユンフェイが銀髪を掻き上げながら、辺りに油断無く鋭い視線を走らせる。
「もう少し、進んでおいた方が良さそうだ。この辺りは獣の匂いが強すぎる」
「さよう。獣ごときを恐れるわけではないが、我らはお主ら年寄り子供を守らねばならぬでな」
 ロディヌンが首から下げた竹筒を取り、ごくり、と中の酒を飲む。
「ふん。余計なお世話ってんだぜ。そういうのをよ」
 ナッフがロディヌンにつっかかる。
「待て」
 ユンフェイが制止する。
「どうかしたのかよ?」
「聞こえないのか?」
 ユンフェイが森の奥の方に顎をしゃくって見せる。
「小僧。下がってろ。オジャ、あんたもだ」
「我らの出番よな」
 ユンフェイが担いでいたなたがみを構え直し、ロディヌンに目配せをする。心得た、とばかりにロディヌンが杖を投げ捨て、腰に下げていた大ぶりな山刀を引き抜く。
「来るぞ!」
 森の暗がりから、三頭の獣が飛び出してくる。
 一頭が、ロディヌンの山刀を躱し、懐に飛び込む。
「しゃらくさい!」
 咄嗟に山刀を投げ捨て、のしかかる獣の横面を握り拳で殴りつける。獣が苦し紛れにロディヌンの二の腕に噛みつく。
「おぅ!」
 ロディヌンは伸びきった獣の首に逆の腕を巻き付け、ぐいぐいと締め上げる。獣は渾身の力で足掻くが、爪が装束の裾を切り裂くばかりであった。
「ぬうぅ!」
 ロディヌンが力む。ごきり、と音がして、獣が動きを止めた。
 ユンフェイは無駄の無い動きで獣を誘い込む。瞬間、足下からすくい上げるように振られたなたがみの刃が獣の急所を襲い、一撃で絶命させる。
 それぞれ相手を片づけたロディヌンとユンフェイが、もう一頭の行方を目で追う。オジャとナッフの前に、最後の一頭。
「セタ殿!」
 ナッフを後ろにかばって前に立ったオジャが、驚きの声をあげた。唸り声をあげつつにじり寄る四つ足の獣。顔は汚れ果て、服も身につけていないが、確かにジュッタロッタの街で出会ったセタに相違無い。
「・・・ゥゥゥ・・・」
 セタはなおも唸り、今にも飛びかかろうとしている。
「セタ殿! オジャだ、見忘れたか!」
 オジャが獣に向かって叫ぶ。
「下がれ、オジャ!」
 叫びながら踏み込んだユンフェイが、横殴りになたがみを打ち込む。セタが、だっと跳ね上がってそれを避ける。
「・・・あびらうんけんそわか! か〜つっ!」(※2)
 ロディヌンがイユヴェの助力を受けつつ、セタを大音声で怒鳴りつける。
 途端、セタが腰の抜けたようにへなへなと尻餅をついた。
「無事か、オジャ」
 ユンフェイがなたがみをおろしつつ言う。
「無事、無事じゃ。それより」
「こやつ、人間か?」
 ロディヌンがセタを見て尋ねる。
「うむ。わしの旧知でな、セタ殿じゃ」
「おっさん、こんなのに知り合いがいるのかよ?」
 勢いに呑まれていたナッフが、我に返ったように聞いた。
「こんなのとは随分だの。セタ殿は歴とした人間」
「おい、立てるか?」
 ユンフェイがセタを助け起こす。
「・・・お腹、空いて・・・」
「食え」
 ロディヌンが腰に吊していた袋の中から干し肉を取り出し、セタの前に投げる。
「さて、セタ殿とナッフ殿。いずれも神のお導きよな。お二人がここに来られたのは」
 無心に干し肉に囓りつくセタを横目で見ながらオジャが呟いた。
「神がどうしたって?」
 その独り言を聞き逃さず、ナッフがオジャに尋ねた。
「あ、いやな。わしは修行を積んだまじない師であるによって、心を澄まして神の声を聴くことができる」
 オジャがナッフとセタの顔を交互に見ながら続ける。
「神は、セタ殿、ナッフ殿のお二人を導かれたようじゃ。このイーバまでな」
「そんなこと言われても」
 ようやく干し肉を飲み下したセタが、すがるような目でオジャの顔を見つめながら、悲しげな声で言った。
「ぼく、わかんないよ」

◆集落・プキモの小屋
「おい、プキモさん。いるかい?」
 扉代わりに垂れ下げてある布を除け、イコンが顔を覗かせる。
「酒でもやらねぇか?」
 小屋の中で薬草の整理をしていた老呪人が振り返る。
「イコンさんかの。あいにくわしは酒はやらんのでな」
「じゃ、俺だけやらせてもらうぜ。ここいら辺りの言い伝えとかな、そういった話ってのをあんたに聞きたくてよ」
「ま、構わんが。これが済んだら、つきあってやろう。そこらに掛け待っていてくれんか」
 イコンが椅子を引っ張り出して腰掛ける。卓の上に素焼きの酒瓶とつまみの干し魚を置き、懐から取り出した盃で早速一杯あおる。
「ふぅ。ヴラスウルの酒ってのは荒っぽいが、骨が有るところが美味いな。『酒を飲んだ』って気がするぜ」
「待たせたの」
 プキモが反対側の椅子に腰掛ける。大柄なイコンとは目の高さが随分違う。
「何が聞きたいんじゃ?」
「ここいらの呪人連中ってのは、何が楽しくてずーっと修行してやがんだ?」
「修行したいからじゃよ」
「答えになってねぇよ」
「イルイラムやナージャのように、滝を去って世の中に出て行く者がおる。一人前の呪人となるため、修行を続けておるのじゃ」
「じゃ、あんたはどうだ? ずっとここを離れないでその歳まで修行してたんじゃ、いくら力をつけたって話にならねぇじゃねぇか」
「言ってくれるの」
 プキモが苦笑する。
「この滝で修行する呪人に、どうしてもまとめ役が要る。たまたまそれを引き受けていたからの、去るに去れず今まで残っておった」
「ふん」
 イコンが盃を口に運ぶ。
「もう一つばかり聞いていいか?」
「ああ。構わぬ」
「人里のほうで噂になってる『最後の神』ってのは、知ってるかい?」
「うむ」
「あんたたち呪人はよ、どう考えてるんだ?」
「『最後の神』をか? どうと言われてもの。来るべきもの、現れるべきものならば、それを受け入れようと考えている者が大半ではないかな?」
「悟ったようなことを言うじゃねぇか。世捨て人みたいによ」
「世捨て人も同然じゃよ。わしらは」
「そりゃそうだ。ところで」
 イコンの酔眼が光る。
「ウラナングだったかハンムーだったかで噂になってるらしいが、『お前こそ最後の神』ってな、言い渡された小僧がいるそうだ」
「ほほう」
「何か知らないかい? じいさん」
「と言われてもの。わしはハンムーに行ったことも無ければ、ウラナング詣でもしておらぬ」
「その小僧、ヴラスウルにいたことが有るらしい。そういう子供がここいらにいたとかな、そんなことは無かったか?」
「子供、のぅ」
「ああ」
「名は、わからぬか?」
「聞いた話だがな。確か、ナッフというらしい」
「ナッフとな」
「知ってるのか?」
「いや、待て待て。そのナッフとやらの歳はどれぐらいじゃ?」
「そこまでは、ちょっとな。餓鬼に間違いないだろうがよ」
「その名、どこかで耳にしたの」
「本当かよ! どこでだ!」
「待てと言っておるではないか。あれは、いつだったかの。あの夫婦者は・・・・」
 イコンがじれったそうにプキモの皺だらけの顔をみつめる。
「そうじゃ。五年前じゃ。流れの夫婦者の呪人が、子供を連れて森の中で行き倒れておっての」
「それで?」
「親のほうが水にあたったらしい。子供が大声で泣いておったのでな、通りすがりの者が気づいて、助けたのじゃ。元気になるまで五日ばかりここにおったが、行くところがあると言うてな」
「離れたのか」
「いや、また一月ばかりして戻ってきたのじゃが、その時には連れて行ったはずの子供がおらなんだ。旅の途中で死んでしまったのかと思うて、皆気の毒がって尋ねはせなんだが、あるいは」
「その子供が?」
「確か、ナッフと言ったか・・・・もっと後ろに付いていたような気もするが」
「その夫婦者ってのはどこにいる。この集落か?」
 イコンが立ち上がり、勢い込んで尋ねたが、プキモが首を左右に振る。
「二人とも、死んでしもうた。例の山賊に襲われての」
 力の抜けたように、イコンが椅子に腰を下ろした。
「今、その子が生きておればな、もう十ばかりになっておるはずじゃ」

◆森のはずれ
「さ、お前たち。ここを抜けたら、すぐイーバだ」
 ジーソーが悪餓鬼どもを振り返って声をかける。
「・・・ふぅ、ふぅ・・・」
 一行の荷物をどかんと背負わされ、へとへとになっている舟人が、少し遅れながらもけなげに着いてくる。
「間違いないんだよな、婆さん」
 ファルコが言う。
「そりゃそうさ。あんたも何度も聞いただろう。イーバから下ってくる舟の船頭たち、みんな見たっていってたじゃないかい」
 ここに着くまで、水賊紛いにすれ違う下りの舟に漕ぎ寄せ、船頭を脅してナッフの目撃談を集めてきたのだ。話を聞いた舟人たちは口を揃えて、まじない師らしい男と腕の立ちそうな二人連れ、都合三人の連れと一緒のナッフらしい少年を見たと言う。
「モップにも知らせてやんないとねぇ。ここまで来るのは大変だろうけど、あの子なら心配はないか」
「婆さん」
 パイシェが、浮かれ気味なジーソーに向かって静かに言った。
「誰か、俺たちを見てる。森の中だ」
「ほい、どこのどいつだい。あたしの美貌が目当てかね。こういう田舎じゃ美人もいないだろうからねぇ」
「寝言はそれぐらいにしとけよ」
 メシュラムが盲いた目で見回すような素振りをする。
「あそこだな。あの曲がった木の陰だ」
「便利だねぇ。あんたは」
 ジーソーが感心したような声をあげ、ファルコに言う。
「挨拶しておいでよ」
 だっと駆け出すファルコ。木の向こうの人影が、敵意はない、という仕草をしながら出てくる。ファルコが拍子抜けしたように立ち止まった。
「見たこと無い顔だね」
 ジーソーがしげしげと相手の顔を見ながら言う。
「ジーソーさんだろ、あんた。こっちがファルコで」
 整った顔立ちの男が、一同を見回しながら言う。
「あんたはパイシェ、違うかい? そっちの人とはお初にお目にかかるな」
「じゃ、次はあんたの名前を聞かないとならないね」
 ジーソーが凄みを聞かせた声で言う。
「闇薙のクァグヴァル」
 男が不敵な表情で答える。
「あのヘタトに引っかけられたよ。いい腕のがいるな、あんたのとこには」
「ああ、あの子かい? 悪いね、今は用事で出てるよ」
「頭領の小僧さん、こっちに来てるんだってな」
「よく知ってるじゃないか」
 ファルコが目で「黙らせるか?」とジーソーに聞く。ジーソーも目でそれを制止する。
「あんたらの撒いた似せ絵の出所を辿ってったらな、すぐに判ったよ」
「ナッフに何か用なのかい?」
「あの小僧さんとは、出会う運命だったような気がする。俺はあいつの相棒になりたい」
「そうかい。でもね、ここにいるのはみんなそうなんだよ。なぁ、メシュラム」
 ジーソーが笑う。
「ああ。俺もあいつを見ていたいからな」
 メシュラムが答える。
「俺もだよ」
 パイシェがぼそっと言う。
「俺とモップで、ナッフの片腕づつなんだからな」
 ファルコが意気込んで言う。
「ついて来たいんなら勝手にするといいよ。あんたもね」
 クァグヴァルが黙ってうなずく。
「仲間に入るってんなら、あの力持ちに荷物を預けて、さっさとイーバに急ぐんだよ。早いところあの悪戯小僧を捕まえなくちゃならないんだからね」

◆声
 おい。
 起きろよ。ここは冷たいんだよ。お前ばかりぐっすり眠ってんじゃないぜ。俺とお前は長い付き合いなんだ。これからも、ずっとな。その相棒にこの仕打ちはないだろう。
 そうだ。起きるんだ。そのまま俺のほうに来い。滝音がするから暗くてもわかるだろう。足元、気をつけろよ。
 やかましいなぁ。ここは。俺の声、聞こえるか? 聞こえるよな。何たって相棒だもんな。心の底のほうから響いてくるだろ? へへへ。
 さぁ、飛び込め。俺を拾いに来い。何躊躇してる? 息ぐらいはできるようにしてやるよ。冷たい? そりゃ冷たいさ。俺も寒くてならんよ。また熱い血を浴びたいなぁ。たっぷりとさ。
 おお、男らしく飛び込んだな。そうだ。さすが俺が見込んだだけあるぜ。そのまま潜ってこい。こっちだ。
 なんだかよ、腐りかけの屍体の上に落っこっちまったんだよ。俺たちには似合いかもしれないけどよ。へへへ。そうだ。こっちだ。
 拾い上げろ。そうしたら大事にしまうんだ。懐にな。おっと。折角ここまで来たんだからな、相棒のお前にお駄賃だ。受け取れよ。
 俺の下にあった死体のな、右手、開いてみろ。何か握ってるだろ? 取ってみろよ。
 へぇ。小っせえ箱だな。この紋章、どこのだ? オロサスのか。ここんとこしばらく見てなかったから、忘れかけてたぜ。でもよ、これ金でできてやがるな。結構な値打ちもんだぜ。
 よぉし。上がろうな。こんな寒いとことはおさらばだ。それにしてもお前、泳ぎヘタだな。しかたねぇか。
 あぁ、やっぱりこっちのほうがいいな。暖かい気がする。さ、箱開けてみようぜ。遠慮するなよ。お前が拾ったんだぜ。見つけたのは俺だけどな、相棒として快くお前に譲ってやるよ。
 何だこれ? へその緒か? ちッ。つまらねぇ。捨てちまおうぜ。宝石か何か入ってるかと思ったのによ。
 捨てねぇのか、おい。そんなもの取っとくのか? お前はやっぱり変わり者だよ。イコン。

※1 呪物製作アクションを参照してください。
※2 実際はカナン語の呪言ですが、便宜上こう表現しておきます。
※3 「ミイラ獲りがミイラになる」と同義の慣用句。

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