第10回 D-0 ハンムー


ハンムーの行方

ハンムー国は舵なき船よ
あっちにこっちに流れてく
ケケレン王は遊んでばかり
ネピニィニ妃は陰謀がお好き
船の中では権力争い
外では蛮族荒れ狂う
南にメシナル離反して
アルグの暗躍狂言回し
都の人々騒ぎを起こす
虎視眈々とハンムー狙う
ヴォジクのワニのバーブック
王妃は死んで王呆け
アルグもメシナルも退場し
ハンムーはハルシャに任される
けれどもハルシャの小さな手には
ハンムーの舵は重すぎた
嵐に揺れるハンムー船は
これからどこに行くのやら

〜〜ハンムーの流行歌・作者不詳〜〜


 ハンムー王国はすでに、王国の体をなしていなかった。
 そもそも、カナンにおける支配体制は法律よりも慣例と暗黙の合意に基づいているといってよい。「この辺まではハンムーの領土、だからハンムー系の土豪の誰それが土地を治めていて、税を持っていく」といったような感じで、特に地方支配は実にあいまいなものだ。
 この慣例的支配をぶちこわしたのが、古の刃であったと言える。その、古の刃の活動はここにきて頂点に達した。
 もはや名のみの国王ハルシャに対し、南方独立その他各種の要求を突きつけるべく、彼らの持てる戦力は王都ハンムーに向かったのである。
 古の刃・物部を率いる匠頭「片面の鬼」ニヂウは、古の刃がハンムーから独立させるムジック王国の建国に備え、またウラナング方面の友軍への支援など、各種物資搬送の手配に忙しかった。
 それがハンムーにとって、またムジック王国にとってよいことなのか悪いことなのかは別として、つい最近蛮族に荒らされたばかりのハンムー南方地域に活気が戻ったのは確かであった。
 古の刃の構成員は、もはやどこにいるかわからない。
 現に「影狩りの」ババラバのように、民間の中に協力者がいる。彼はメシナルで古の刃に敵対するような者を探し、もしそのような者がいれば暗殺するのが彼の役割であった。もっとも、今のところ、彼が手を下すような事態は今のところ生じていないのであった。
 もっとも、すべての古の刃構成員がこのように活動しているとは限らない。
「ねえ、君、背中の流しっこしない? 耳掃除でもいいよ」
 放浪神人である「闇まく光の」ディリク・トリクは、古の刃の活動とはまったく関係なく、女性たちをくどくのに忙しかった。個人的活動に、古の刃の組織に属していることを利用しないのは、立派と言えるかもしれないが。
 そんな彼が案外もてているのは、彼に神の恩寵があるからなのか、それともこんな時代だからこそ、人々が享楽を欲しているからなのか……。
    *    *    *    
 ゴヌドイル流域、ドゴンドッチの街。
「ん、んー、今日もいい天気」
 などと呑気なことを言っていられるのは、この街ではもはや「お天気娘の」シェランだけかもしれない。彼女のような例外的な者は別として、現在、この街の一般庶民たちは日々、不安の中に暮らしている。
 兇魔マセウスの軍閥は結局、この街に居座った。事実上の太守である。困ったことに、その配下には魔族のたぐいがわんさかいるのだ。
 もはやここは、魔族が徘徊する魔都であった。
「やれやれ、これはとんでもない街になったものだな……」
 紅の刃を率いる「妖しの亡霊」フェイはつぶやいた。
「もっとも、こんな街こそ、我々にはふさわしいのかもしれないが」
 紅の刃は、暗殺者の集団である。フェイはこの組織の本部を王都ハンムーからこのドゴンドッチに移転することを考えていた。そして、この街を支配する者を暗殺し、裏から街を支配するつもりだったのだが、この状況である。マセウスを暗殺しようと思えばできるかもしれないが、問題はその後だ。下手にここでマセウスを殺しては、マセウス配下の魔族の統制がきかなくなるだろう。それなれば街は街として機能しなくなり、ドゴンドッチを支配するどころではなくなってしまう。
「まあ、当面は棲みわけるか。表はマセウスに任せて、その間に裏社会は我々紅の刃がいただくとしよう……」
 かくして、ただでさえ物騒な街に、暗殺者集団の本拠が置かれることになったのだった。
「なんか、嫌な雰囲気の街になっちゃたわねぇ……。でも誰が街にいようと、誰が街を支配しようと、平和だろうと戦乱だろうと、人は服を着るんだから、お洗濯は必要でしょ。だからあたしは、お仕事に精を出すの」
 そう言って洗濯屋を続けるシェランのような者こそ、真にこの街を支えているのかもしれない。
    *    *    *    
 ヤシバ。
 ジャサギはここで古の刃の軍勢通過を見送っていた。
「……さて、どうなるかな……」
 ハンムーのゴヌドイル以南の地域がムジック王国として独立すれば、ジャサギが治めるこのヤシバはその中の自治領という扱いになる。
 彼は、古の刃とはけっして悪い関係ではない。要請があればムジックの内政も手伝うつもりである。できれば、そうして発言力を高めたかった。
 そのために、彼にはやるべきことが山ほどあった。
 領内の駅逓設置、治安の確保、支配の強化、商人優遇政策。彼の政治の才能はなかなかのもかも知れない。まあ、それが実を結ぶには何年もかかるだろうから、今結論を出すのは早いかもしれないが。
    *    *    *    
 ある意味でハンムー南部の変革のきっかけとなった南方蛮族は、その後どうなたろうか。
 結局のところ、ここ一年の大移動と戦闘で人口が激減した彼らは、元の南方の居住地に戻り、比較的平和な暮らしに戻りつつあった。
 結局のところ、彼らが団結し大集団となって文明の地に攻め込むのは、気象の変動などのために南方で人口を養えなくなった時なのである。結果的に人口が減れば、厳しい南方の地でも彼らは充分生きていけることになる。
 もっとも、すべてが以前と同じというわけにはいかない。蛮族がひとたび文明の地を見てしまった以上、元に戻れと言ってもそうそう元に戻れるものではなかった。彼らはハンムーの地で、金属器の便利さや、奢侈な衣服、農産物の味を覚えてしまったのである。これらは南方の荒野ではほとんど手に入らない。わずかにヴォジク商人との交易で入手できるだけだ。以前はそれで充分だったが、ここにきて奢侈品の大需要が生じてしまったのである。
「それらを大量に手に入れる方法はあるぞ」
 今では族長イガの義妹となった「緋き虎」ナギは提案した。
「略奪か?」
「違う。同盟だ」
 ナギは、まだ完全には操れない南方蛮族語に苦労しながらイガや部族の大物たちに説明する。もっとも、蛮族も部族同士が協力することはあるので、「同盟」という概念を理解させることはそう難しいことではなかった。
「……なるほど。北の奴らと手を組んで、戦の時に手を貸す。その代わりに食い物を届けてもらうのか」
「あの辺はまだ安定していない。我らの戦力を当てにする者はかならずいる」
 ナギは熱弁を振るった。
「……どうでした? ナギさん」
 族長の天幕から出てきたナギに「金色の」レオが尋ねた。ナギは破顔一笑で答える。
「なんとか説得したよ。とえりあえず、試しにやってみようということになった。そのための交渉は当然、私に一任してくれた。まあ、彼らはカナンの言葉がわからないのだから私がやるしかないのだけど。だから、明日には交渉のためにハンムーに戻る」
 正確にはもうムジック王国であったが、南方の蛮地にいた彼女はそれを知らない。もっとも、同盟相手としてはもともと彼女の主であったジャサギというあてがあったし、そのジャサギはヤシバの自治領主として健在だ。
「ボクも行くヨ。ハンムーは暗殺者みたいな奴もうようよいるみたいだし、ナギさんはボクが守る! ナギさんはボクが守るからネ!」
 レオはそう主張した。
「ありがとう」
 ナギは素直に受け入れた。単純に戦闘の能力だけ考えたら、武人であるナギがレオ少年よりずっと強い。だが、レオの存在は、ナギにとってもはや大きなものとなっている。かつてはカナンの人々への復讐心しかなく、南方蛮族もただ利用するつもりだったナギが、いつしか変わり、半ば無意識にとはいえ南方蛮族の繁栄の方法を考えるまでになったのは、レオが側にいてくれたからだ。
「……レオ……わ、私を、す、好きにしていいぞ」
 男女の愛についてはなんとも不器用なナギの、それが愛の言葉であった。
 レオがこれにどう答えたかは……何しろ遠い南方の地のことなのでよくわからない……。
    *    *    *    
 ムジック王国は無事独立を果たした。
 噂では、ハンムーの街でハルシャ王が誰かに暗殺されたとか、いや実は彼は死んでおらず古の刃に幽閉されているとか言われているが、どちらにせよ、ムジック王国を攻撃してくる旧勢力はもうほとんど存在しないと言ってよい。むしろ気をつけるべきは、新興の、たとえばガーユ将軍のような軍閥勢力であろう。
「……俺には関係ないことだ」
 狩人である「電光の」ズィールは、そう思っている。ここ一年の激動に生き残れたことを神に感謝し、これからも狩人として自由に生きる。そんな彼には、国の名がハンムーだろうとムジックだとうとどうでもよいことであった。
 しかし、メシナルの街の住民や近郊の農民たちは、古の刃の宣伝工作もあって、独立達成にわき返っていた。
 ちょうど収穫期だったということもあり、古の刃の一員「疲れ顔の」ジャヌンジブは、ムジック王国として初めての収穫祭を盛大に行っている。
「とにかく祭りは楽しくなければいけません」
 農業立国となるムジックでは、農家を高揚させることは重要なことだった。また、旧ハンムーの一部だっただけに、住民には享楽を好む気質もあった。要するに、お祭りが好きなのだ。
 この祭りでは、最も優れた作物には古の刃の指導者の名を冠した「サントー賞」が授与され、表彰された。
 民間では、祭りに乗じて婚礼を上げる若者たちも多かった。
 呪い師のマハ・リタは、婚礼でのまじないに忙しい。安く請け負って、ついでに人脈を作っているのだ。
 そんな婚礼を偶然見て、「隻眼の」アクハドはふと足を止めた。
「……今頃、サニハはどうしてるかな……」
 サニハことサニムトジェベは、ハンムーの街で文人登用試験を受け、新たなハンムーを支える人材となっているはずだった。そのサニハにふさわしい男になる修行のため、また行方不明の父親を探すために彼女に黙って旅に出たのだ。
 アクハドがなつかしく思っている間にその新郎新婦は、人々に祝福されながら通りを練り歩いていく。
 今後ムジック王国が、またハンムーがどうなっていくのであれ、それを支えていくのはこういった若い人々であり、そして、彼らがこれから産み育てていく子供たちであろう。
 国や世界がどう移り変わろうと、人間の営みは続いていく。
 男と女は結ばれ、彼らは次の生命をはぐくみ、やがてはその次代の者たちへ国や世界を引き継いでいくのだ。
 遠い過去から未来永劫に続くその繰り返しの前には、国々の攻防など、一瞬のことなのかもしれない。
 彼らの子供が生まれ、育つ頃、ハンムーは、そして独立したムジック国は果たしてどのようになっているのであろうか。
 それはカナンの神々のみが知ることであった。

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