新人研修も、六日目を迎えた。最終日は「試練」と称した修了試験がそれぞれに課せられる。
 翌日の「試練」に備え、各人最終調整に余念がない。開放されたシミュレーションルームには、一種の緊張した空気が漂う。


 そして、CRAZE隊の非番週間も、新人研修終了を持って終わりとなる。期間が重なったのは偶然だが。
 流石に六日目の休みともなると、やることの無さに暇を持て余し、ブリーフィングルームに人が集まる。一人、二人……
 神宮寺深夜もその一人で、同じく暇組の染谷洋和と共に、ブリーフィングルームへ「暇つぶし」に行く途中だった。
「せんぱーい!」
 聞き覚えのある声に呼び止められる。
「あ、神奈ちゃん」
 声の主は、天使隊での後輩、剣岬神奈である。
「どちらへ?」
「んー、暇でね。誰かいると思って作戦室へ。
 神奈ちゃんは?」
「待機、今日までなんです。明日からはTSCの方へ」
「あぁ、聖域(サンクチュアリ)ね」
「今日は機体搬出が終わったんで、あとは自分の準備だけです。
 しばらく先輩とも会えなくなるんで、挨拶しとこうと思って」
「寂しくなるね」
「仕事ですから。先輩は……」
「うちらは『仕事がない』のが仕事みたいだから。あったら結構一大事だし。
 暇な時は大会とか出させてもらえるようにはなるっていうから」
「そうですか。
 じゃぁ、私準備がまだ残ってるんで。失礼します」
「ん。元気でね」
「はい。先輩もお元気で」
 神奈は深夜と洋和に頭を下げると、元来た道を戻って行った。
「仕事、かぁ……」
 深夜は溜息混じりに呟いた。
「どしたの?」
「いやね、うちらって、仕事らしい仕事は殆どないって言われたじゃん?」
「んー、そうだね」
「うちらって、一体なんの為に集まってるのかなぁってさ」
 深夜も洋和も、以前は最前線への任務を多くこなしていたこともあり、今回の異動はかなり困惑気味なのだ。
「割り切るしかないんだろうけどね。『うちらの出撃がないのはいいことだ』って」
 考えても仕方ないね、と付け足して、二人はブリーフィングルームへと向かっていった。



 TKY・オクタマエリア。ここにはBlau Stellarの屋外演習場がある。
 通常の演習はカメラを通して各施設へと送られ、許可さえあれば自由に見学することが出来る。
 モニタールームには、四人の「いつもの面子」が雁首揃えていた。
 それ以外にも別室に、何人か。緒方豊和とトウマ・ジーナスウインド、そして竜崎千羽矢である。
 緒方とトウマはともかくとして、何故千羽矢がここにいるのか? その理由とは……


『ちー、どいつだよ? お前の旦那って』
「あたし本当に結婚してる訳じゃないわよ!?」
『わーってるって。似たようなモンじゃねーか。
 で、どいつだよ?』
「これ。黒紫のサイファー」
『なんか「いかにも」って感じだよな』
「……否定しないけどね。
 でも、デュオが他人に興味持つなんて珍しいじゃん」
『とんでもねーヤツにちーを任せられないからな』
「尚貴ちゃんは女の子だけどね」
『そう、女でも…って、おい!!
 き〜ん、と声が響く。
「デュオ、五月蠅い……」
 耳を塞ぎながら訴える千羽矢。
「大声出さないでよ〜!!」
『んなこと言ったってよぉ、聞いてねぇよ! そんな話!!』
「あらま、そうだっけ?」
 ごめんね〜、と笑って済ます。
『とにかく! こいつが入るのは殆ど確定なんだろ?』
「まぁね。あの『お馬鹿さん』のことだからね……」
 お馬鹿さんとは、言わずと知れた瀧川空戦隊隊長の瀧川一郎のことである。
「まぁ、あたしとしては尚貴ちゃんは昔一緒にタッグ組んでたし、やりにくくはないんだけどね」
『ふ〜ん……』
 デュオはぽりぽりと後頭部を掻いた。
「今日は屋外ゲリラ戦を想定してるみたいだからねぇ。大丈夫かなぁ?」
 デュオに話しかける千羽矢。
 だが、モニタールームには、千羽矢一人の姿しかなかった。


 モニタールームというのは、基本的に防音になっている。よって、外でする音は聞こえてこないし、中でする音が外に漏れることもない。
 秘密の話をするにはもってこいの場所だ。
 そして、今日もここで話をする二人、トウマと緒方。
「D.N.社のマザーにアクセスした結果です。プロテクトが解除出来たのは40%、殆どが最高幹部会でしか解除出来ないようになっています」
「ん〜」
「また、研究レポートなど、資料自体が抹消されているケースもあり、この件に関しての調査の続行はかなり困難を極めます」
「あっそ〜」
「……大佐……」
「で? r.n.社の方は?」
 黙って首を横に振るだけのトウマ。
「やっぱね。そうだと思った」
「まさか、大佐はそれを知っててあのようなことを……」
「ってーか、そんくらいの事は覚悟してたけど。
 だって今は開発が禁止されてるマシンチャイルドのことだぜ!? 法律で禁止されてるんだぜ!? そう簡単に資料が覗ける訳ねぇっての」
 差し出された資料に一通り目を通し、煙草に火を付ける。
「まぁ、D.N.社のだけでも見つけられただけめっけもんだよ。あっちはそれほど開発には力入れてなかったし。
 問題は……」
「やはり、我々の求める物はr.n.社にあるようです」
「……ったく、Kのクソヤローめ。とんでもないモン作りやがったな」
「彼はr.n.社きっての技術者でしたから……」
 緒方の表情が一瞬だけ変化した。
 いつもの緒方とは違う、何か威圧感めいたものすら浮かんでいた。



 夕方、オクタマの演習場から帰ってきた尚貴を迎えたのは、CRAZE隊の女性隊員ご一行だった。
「なをきちゃ〜ん!!」
 飛びついたのは千羽矢だ。いつもの挨拶である。
「皆さんお揃いで。
 で、何のご用でしょ?」
 尚貴は汗だくの顔を拭きながら、パイロットスーツの上半身部分を脱ぎ、腰にまいた。演習用スーツなので、通常支給されているものと違い、肩のプロテクターが無い簡略化された物だ。
「今日のこれからは?」
「あ、もしかして、皆で食事とか?」
「ぴんぽ〜ん!」
 いいなぁ、というような顔をしつつ、反面後ろ髪引かれる様な顔を浮かべる尚貴。
「都合悪いの?」
 と、赤木香緒里。
「……ん…… まぁ、そんな感じです」
 彼女らに捕まってる尚貴を見かね、クラスメイトが尚貴を呼びに来た。
「高森君、早く行こ……って、知り合いの人?」
「んー、まぁそんなトコ。
 スンマセン、予定あるんで、今日は……」
 尚貴は待っているクラスメイトの元へと行った。
 そんな様子を見て、香緒里と日向友紀は、一安心した様な表情を浮かべる。
「一時はどうなるかと思ったけどね」
「この分なら、心配なさそうね」


 一方、CRAZE隊男子組。
 こちらはブリーフィングルームに各自持ち込みの親睦会。
 DOI−2は初めは反対していたのだが、緒方が両手いっぱいの食べ物を持ち、缶ビール一箱を持ったトウマを引き連れてやって来たことで、とうとう折れた。
 ちなみに、一番ビールを消費しているのは、さっきまで反対していたDOI−2であることは、抜群に秘密である。
「そういえば、DOI−2さんってこの中で唯一のOMG出撃者なんですよね。
 藤崎さん達は、その頃まだD.N.A.にはいなかったんですか?」
 ほろ酔い加減のクレイスが、こんな話題を持ち出した。
「7年前〜?」
 一郎が素っ頓狂な声を出した。彼は飲まない組である。
「その頃ったら、大体V・P・Bデビューの頃だよなぁ」
 哲が指折り数える。彼も、飲まない組である。
「DN社には所属して……たよな? 確か」
 と、藤崎。うなずく成一。二人は飲む組だ。
「俺は結構遅かったんだよね。こっちの世界に入るの」
「そうそう。でもその割に団体戦とかの成績は成ちゃんが一番キャリアあるんだよな」
 哲に言われて恥ずかしそうな成一。
 成一は隊長クラスではライセンス獲得が一番遅かったものの、天性の才能からか、大会での成績は目を見張る物がある。特に4on4での全国大会の優勝経験は4回と、ずば抜けている。
「7年前ったら、俺らは2on2にはよく出とったよなぁ?」
 一郎が思いだしたかの様に言った。
「言うとくけど、俺はOMGに参加してへん訳やないんやで」
 藤崎の言葉に、クレイス、洋和、優輝が?といった表情を見せる。
「DOI−2とかの方が、どっちかってーとメインなのよ。TVとかでもやっとったやろ? ドキュメント特番とかって。
 俺らは、そうやなぁ…… そのバックアップ的な事? そんな感じやね」
 一郎が飲んでいたお茶にむせた。
「汚ぇなぁ、一郎」
 哲が用意していた布巾で机を拭く。
「うそ!? RODそんなことしとったん!?」
「えー!? 俺話さへんかったっけ!?」
 話してへん話してへんと言わんばかりに、右手をぶんぶん振る。
「あれ〜、話してた様な気がしたんやけど。
 たまたまメグロのゲーセンで、入った店がたまたま……」
 藤崎が昨日のことのように語り始めた。
 7年前のあの日のことを……


 7年前、ちょうど俺らがデビューして間もない頃やったなぁ。
 俺もあの時は「JUSTY NASTY」ってチームで5on5メインに出てて、俺もまだまだ下手くそやったし、そんなに勝ててる時分やなかったんよ。
 ちょうどメグロのゲーセンで、プロアマ混じっての大会があるってーから、暇やったし、皆で出るかー?ってなって、参加登録するついでに、慣らしに行ったんよ。
 大会のある店だとロクに練習出来へん思ったから、よく行くちょっと離れたとこ行ったんやわ。地下が喫茶店なってる店。

「あー、もしかして人のSLCに合わせてラム打ってきたテムジンってお前か〜!?」
 一郎が「地下が喫茶店」という言葉に反応した。
「知らんわ! こっちのラムに合わせてきたおかしなバイパーやったら覚えとるけどなぁ」
「んだと!? こら!!」
 一郎が藤崎に食ってかかる。それに応える藤崎を成一が止めた。
「まぁまぁ、一郎もRODも、昔のことなんだから丸く治めなさいって」
 哲がなんとか宥めるが、どうも治まりきれない二人である。

 んで! いつもなら誰かしらがいて対戦出来たりするし、普通に通信対戦も出来る所なんやけど、その日に限って誰もおらんし、通信環境も調整中で。
 どうしても練習したかったから、やむなくCPU戦を選んだんよ。
 したらあれよ! 普通にルインズまでクリアしたら画面切り替わってスピーカーから雑音が聞こえてきて「全機施設内突入!」なんて言われるからさぁ、めちゃめちゃ焦ったワ。おまけに画面がCGやのーて、実写よ!? 実写!! 目の前でドンパチやってんねん!
 で、4〜5機が施設入った辺りで、俺は悟った訳よ。「あぁ、もしかして、俺は今どエラいことに巻き込まれたんやろか」って。
 判った瞬間、怖なったけど、これでもし生きて帰れたら、俺ヒーローやなぁ、明日の大会で皆に自慢したろ思って、それからは夢中やったね。
 通信聞いた内容やと、先に入った部隊があって、まぁそれが特殊重戦闘大隊やったんやけど、ヤツらがある程度敵−いわゆる無人機やな−引きつけてる間に別ルートで突入するみたいな話で。
 その時は15機…20機近くドックにおったのよ。そこでもうドンパチなって、何機か撃破されて、俺はなんとか逃げ切れたけど、ムーンベースで10機ぐらいになって、デストラップまで来た時に、全滅するよりは何機かを先に行かせてふんばったほうがいいってことになって、そうしてる間にライデンが来てもーたから、俺は殆ど強制的に残り組になったのね。一番後ろおったし。
 そーしてる間に何機か…4機ぐらいやったかなぁ…… が「ニルヴァーナ突入しました!」っていう通信聞こえてきて。俺はどうなれば終わるのか判らへんかったから、とにかくテムジン殺さへんようにするので必死で。
 残りゲージが10%切った辺りで、奥の方からめちゃめちゃ眩しい光がこう…ぱぁーってなって、モニター真っ白なって、気が付いたら、通信から「良くやった! 我々人類は救われたのだ!!」って聞こえてきて。画面には「MISSION COMPLITE」って文字が出てたし。
 ハッチが開いたから−そこの店、普通の筐体やのーて、コックピット型の特殊筐体なんよ−出てみたらさぁ、軍服着たヤツらがおって。まぁ、D.N.A.のヤツらやったんやけど、「OMGへの協力感謝いたします。我々は貴方の功績を認め、ただいまから貴方を正式にD.N.A.の一員とします」みたいなこと言われてさぁ。
 俺は困るじゃん!? 明日大会だし、困りますって言ったんやけど、よく考えたら、俺はDN社系列のチームに所属してる訳やん!? 一応ライセンス見せて、俺はこういう者ですって話して、したら向こうも判ってくれて、表向きはP・パイロット扱いで、緊急時には実戦出るみたいな契約になってな。
 で、今の俺がいるって訳。


 藤崎の意外な過去に、全員が驚きを隠せないといった表情を浮かべている。
「あー、そーいや……」
 藤崎の視線はDOI−2へと行く。
「あん時おったベルグドル、DOI−2やろ!?」
 DOI−2の方は「やっと思い出したか」と言わんばかりの表情を浮かべた。
「こっちとしてはかなり気を使ったぞ。
 まさか『一般人』が本当に参戦するようなことになるとは思ってなかったからな」
 ここで言う『一般人』とは、D.N.A.の兵士以外の人間を指す。P・パイロットも例外ではない。
 D.N.A.では『一般人』のOMG参戦が確認された場合、有人機体による個別攻撃さえも止むを得ないと考えていたからである。
「まぁ、D.N.A.の考えはともかく、俺個人としては『一般人』であそこまで戦える人間がいたのには驚いたけどな」
「それって、褒めてくれてる訳?」
「そう思ってくれても構わないさ」
 目を見合わせて、にやり、と笑った。ビールの缶が音を立ててうち合わされる。
 宴は、まだ終わらない。



 事件はその日の夜に起こった。
 翌日の「試練」の内容が発表されたのだ。
 通常、「試練」は架空の戦闘エリア「格闘場(コロシアム)」で行われる勝ち抜きサバイバルが常である。
 少なくとも、ここ何年かは「格闘場」以外で行われたことはなかった。
 電光掲示板に発表になった「試練」は、今年は二ヶ所で行われることになり、もう一ヶ所に該当する新人はただ一人だった。
 その一人が原因で、今回の事件は起きたのである。


「これはどういうことですか!?」
「そうです! 「迷宮(ダンジョン)」はあの事件を機に永久に封印になったはずです!!」
 Blau Stellar最高軍事議会では、二人の女性隊員−友紀と香緒里−が抗議を行っていた。それに付いてきた一人−千羽矢−と、合わせて三人が議会員−早い話が軍の元帥や師団長クラスの人間−と対峙している。
「決定を覆すことは出来ん」
「ですが!」
「兵士でもあり、情報管制員でもあるということは、即ち前線でのより迅速かつ正確な判断力が必要となる。
 それには「迷宮」での実施が最もよいとの判断だ」
「あの時の事故を、元帥はお忘れになったとでもいうのですか!?」
 元帥、と呼ばれた初老の男が応える。
「忘れた訳ではない。その時のことも踏まえ、危険度が一定を越えた場合は「試練」の強制中止も考えている」
「本人も既に了承済みだ。君達が心配することはない」
 傍らに控えていた副官が補足する。
「なんですって!?」
 友紀が声を荒げた。それならばここには用はないと、三人は挨拶もそこそこに議会を出る。
 向かうは食堂だ。時刻は1900時。彼女はクラスメイトと夕食中に違いない。
 そして、勘は当たった。
「「「尚貴ちゃん!!」」」
 尚貴は、カキフライ定食の付け合わせのキャベツにソースをかけていた。
「ったく! あんた何考えてるの!?」
 は!?という顔になる。
「な…何がですか? スンマセン、もしかして、今日の演習でやった……」
「そんなことはどうでもいいの。
 あんた死ぬ気なの!?」
 間髪入れずにまくし立てられるため、カキフライはおろか、キャベツも食べられない。
「明日の「試練」よ。
 尚貴ちゃん、貴方「迷宮」に行くんですって?」
「なんだ、そのことですか」
 味噌汁を一口すする。
「なんだ…って、どういうことだか判ってるの!?」
「まぁ、一通り聞きましたからねぇ」
「じゃぁ、なんで……」
「仕方ないでしょう。それが一番最適だって話なんだし。
 それに……」
「それに?」
「俺は死にません。今はその時じゃないです。
 生きてるから、死ぬ時は死にます。俺もいつかそうなります。
 でも、今は死にません。死んだら、駄目なんです」
「なんで、そんなことが言えるの……?」
「さぁねぇ。でも、なんか、そんな感じがするんです。
 今は、死んだら駄目なんです。俺が忘れた昔に、誰かと約束したんでしょうかね」
 尚貴には記憶がない。正確には「VRに乗り始めた頃以前の記憶がない」と言った方がよい。
「だから、約束は守らないかんです。どんな約束でも、それが『生きる』って事です」
 三人は、半ば無理矢理自分達を納得させるしかなかった。相手は、流されやすい割には、頑固者だからだ。
「判った。でも、絶対無理だけはしないでね」
「大丈夫。黙って死ぬことだけはしないよ」
 笑っていた。次の日、自分はもしかしたら本当に死ぬかも知れないのに、尚貴は笑っていた。


 その日は、誰もが寝付けない夜を過ごしていた。


 1300時。
 午前から始まった「試練」は順調にこなされている。
 五年ぶりに開かれた特別シミュレーションシステム「迷宮」への入り口。数名のオペレーターと教官である上条時、そして挑戦者である尚貴が中へと入った。
 他の人間はモニターを通して、この模様を見ることになる。
 特に「迷宮」を使用しての「試練」ということもあってか、多くの人間が注目している。特に、大型モニターが設置されている食堂、メインロビーには多くの人間が集まっていた。
 コントロールルームでは「試練」への準備が着々と進められている。
「昨日も話したけど、この「迷宮」は基本的には迷路を抜け出すゲームだ。
 幻影(イリュージョン)による精神的な攻撃と、敵(エネミー)による物理的な攻撃がある。実戦を想定しているから、敵を確認したら……」
「情報を管制官に通告、でしょ?」
「そうだ」
 実は、時も今回の「試練」実施にはいい顔をしていない。というより、関係者は殆ど反対しているのだ。
 本人が乗り気−というか、開き直っている−だから何も言わないだけである。
「本当の事言うと、俺も止めて欲しいんだけどな」
「TOKIさんまでそんな事言うんですか? ったくさぁ、皆心配しすぎなんですよ!」
 尚貴はけらけら笑いながら準備を進めている。
「とにかく、敵と遭遇したら、気をしっかり持って、とにかく倒せ。躊躇してる暇があるなら一発殴れ」
「俺はレーザーを撃ちますけど」
「それでもいい。なんでもいいから敵は全部倒すんだ。特に後半に出てくるのは半端なヤツじゃない。隙を見せればやられるぞ」
「判りました。躊躇わず、気をしっかり持ってヒットさせろ、ですね」
 自分の端末とV・コンバーターの接続が終わり、データをコンバートさせる。
「これでよし。
 あとは出撃を待つだけ、と……」
「出撃は1315時だ。あと5分だな」
「んじゃ、俺ちょっとトイレ行ってきます」
 コックピットから一旦出て、小走りに自動ドアの向こう側に姿を消した。
「緊張してるんだなぁ、一応」
 時は自分の教え子を心配しながらも、かつての自分を思い出していた。


 食堂は自然と人の集まる場所で、何処の施設でも一番賑わい、一番情報の飛び交う場所でもある。
 ここ何年か封印され続けていた「迷宮」の封印が解けたとあり、半ば野次馬根性含む人間も含め、この日の食堂は時間帯と重なって異様な混雑振りだった。
 大型スクリーン正面を陣取るのは、9012特殊部隊の面々だ。彼らは大型スクリーンを確保した上に、小型モニターを数台、マザーコンピューターに接続可能な端末まで用意しているという、周到振りである。
「あれ? そういや一郎は?」
 藤崎が一郎がいないことに気付く。
「あ、優輝もいない」
 成一が辺りを見回した。遠くから全速力で走る音が聞こえてくる。
「あー、来た来た。常習犯が来たぞー」
 哲がわざと周りに聞こえるように言った。
「ごめんなさ〜い! 寝坊しちゃったぁ〜!!」
 泉水優輝が息も絶え絶えでやってきた。ちなみに、彼は最初のミーティングで遅刻ぎりぎりでやってきた事は、記憶に新しいだろう。
「これで2回目よ」
「え〜!? こないだのはギリギリ間に合ったじゃん!」
 友紀がからかい半分で言ったことに、優輝はかなり本気で抗議する。
 こういう光景を見ると、ここが軍隊であることがどうも信じられないと、DOI−2はいつも思っている。
 両親がDN社傘下のSE社とGA社に勤務していた為、彼自身も早い時期からVRの雛形に接する機会があった。そういう事もあってか、高校卒業後の進路には迷わず「V・プロジェクト参加」を選んだ。
 彼は、DN社苦難の時期を知る数少ない人間なのだ。
 それ故に、「バーチャロイドのもう一つの可能性」と銘打って始められたV・P・Bの大当たりと、それに伴うP・パイロット上がりの人種が増えることを快く思っていない。
 これから始まる「一大事」も、彼にはそれほどの関心はなかった。
「……ということか……って、DOI−2、聞いてた?」
 藤崎に呼びかけられ、DOI−2はやっと自分の世界から戻ってきた。
「……何?」
 がくっ、と全員がうなだれる。気が付けばいつの間にか瀧川一郎も姿を見せていた。
「せやから、「迷宮」のシステムの説明やっちゅーねん」
「DOI−2さんって、意外と天然なんですね」
 呆れる藤崎だったが、香緒里はDOI−2の意外な一面を垣間見たという気持ちの方が強かった。
「じゃぁ、最初から説明しますね。
 「迷宮」は名前の通り、迷路を抜け出すシステムです。基本は抜け出す時間を競うもので、その間に10機の「敵」が出現します。当然その「敵」と戦う訳ですけど、機体識別、接触時間も計算して報告します。殆ど実戦と同じだと思ってくれても構いません」
「問題は、その「敵」なのよ……」
 友紀が溜息混じりに零した。
「どういうことだ?」
 DOI−2に聞かれてもあまり言いたくない友紀だったが、渋々口を開く。
「この「迷宮」システムは、挑戦者のV・コンバーターを読み取ります。「敵」もそれによって出現するんです。
 即ち、今まで戦ったことのある機体をコピーしたデータで構成された「敵」なんです」
「?」
 DOI−2は首を傾げた。それがどうしたというのだ。
「一応あの子もそれなりに対戦を重ねてきてるし、相手のデータ量もかなりの数だと思うんです。
 出てきた「敵」が、大会の予選で当たったとか、お店で対戦したとか、その程度のレベルならいいんです。問題は……」
「身内とデータが一致した場合、ということか?」
「ご名答」
 ぱちぱちと拍手しながらの緒方。
「普通のヤツなら対戦した相手のデータの整理なんかしやしない。したとしても、機体別とか、そういう程度だろう。
 ただ、あいつは違うんだよ。一度見せてもらったけど、そのデータを拾える範囲で個人情報と照合し、個人の判別までやっちまう。要するに、何処の誰といついつ対戦したって事まで記録してるんだ。
 それに、特別なデータはそれとは別に保存してるって聞いた」
「おがっち、いつそんな事聞いたの?」
「たまたま電算室で会ったんだよ。そしたら、その作業中で」
「だが、それとこれはどう関係あるんだ?」
 DOI−2は未だに納得が出来ない。
「要するにこういう事やな。一致したデータがそこら辺のヤツなら大した問題はない。もし、俺らなんかと照合した時に、あいつが戦えるかどうか、やろ?」
「遅れてきたくせに、一郎ちゃんにしては飲み込みが早いわね」
「うるさい!」
 友紀が感心したが、一郎にはそれが気に食わない。
「待って! 俺らって、一郎対戦したことあるの!?」
 千羽矢が鋭い所を突いてきた。何気に聞き流していたのでは、まず気が付かないだろうが、洞察力の高い千羽矢はそれを聞き逃すことはなかった。
「あぁ、一度な。全員で面白半分に乱入したことがあったんよ。
 連コされたけど」
「やっぱね」
 あまりに期待していた回答に思わず納得してしまった千羽矢である。
「でもね、どうしてそれで戦えないの? 強さの違いならともかく、自分はこれがただの「試練」だって判ってるんでしょう?」
 誰もが思った疑問を深夜が口にした。
「そう思ってくれていればいいんですけどね……」
 クレイスが続けようとした時、
 ぴんぽんぴんぽーん!!
 チャイムが鳴った。
 食堂が一瞬静まり返る。

「挑戦者、「迷宮」に入ります!!」



To be continued.