がしゃん、がしゃん
 自分が動かしているサイファーの起動音だけが、「迷宮」に響き渡る。
 「迷宮」は、真っ白な空間だった。あるのは、行く手を阻むクリスタルの様な障害物のみ。
 それ以外は何もない、白い空間。
「なんにもねぇ。これじゃぁ埒があかねぇな……」
 出来ることなら、誰にも遭遇せずにここを出たいと考えている尚貴は、取りあえずセンサーを立ち上げた。自分の現在値を確認する為だ。
 だが、センサーには自機を示すポイントマーカーが点灯するのみで、座標などの表示は全くない。
「センサーは駄目と…… となると……」
 上を見上げた。障害物は30mほどの高さだ。一回ジャンプすればある程度の視界は確保出来るだろう。
「そーっれっと!!」
 放射されたエネルギーの尾を引いてサイファーがジャンプした。
 それと同時に、障害物もぐーんとその高さを延ばしていく。
「なんじゃ!? こりゃぁ!!」
 考えもしなかった現象に、純粋に驚いてしまった。
 まるで、高度を上げるサイファーの視界を隠すかの様に、障害物もその高さを変える。
「ずるはなし、ってことか……」
 上空から出口を確認するのは諦めたようだ。レバーを内側に入れ、着地する。
 着地と同時にセンサーに新たなポイントが出現した。
「来なすったな」
 すぐさま感知システムを走らせる。数秒でデータが照合された。
「敵機確認。相手機はMVB−04−Gテムジン、接触まであと12秒!!」


 スクリーンにはテムジンとサイファーの戦闘が映し出されている。
 お互いに中距離ほどの間を保ち、時折テムジンがダブルロックオン圏内に入ってくるが、サイファーは常に距離を開けて反撃する。
「接触時間は11秒95。誤差はマイナスコンマ05秒か……」
「プラスマイナス1秒が有効範囲内だから、それを考えれば確定同然よね」
 友紀と香緒里が先程のサーチ結果の評価を出す。
 だが、他の面子は既に戦闘の方に集中していた。
 テムジンの前ダッシュライフルをなんとかかわし、空中ターンから前ダッシュバルカンとホーミングビームで反撃する。着地の隙をついて立ちライフルを打って来るも、これはダガーで相殺された。
 障害物が多いだけに、ピンポイントからの的確な攻撃が要求される。一発当たれば、取り返すのもやっとだ。その辺りも尚貴は判っているらしく、確実に当てていく「無理をしない」攻撃に務めている。
 特にダブルロックオン圏内での戦い方は、ここ数日で以前とは比べものにならないほど上達したようだ。自分から仕掛けてくることは殆どないが、仕掛けられた場合は闇雲に逃げるのではなく、ガードして相手の出方を待ってみたり、臨機応変に対応する様になった。
 ただ、いかんせん今までそういった概念がなかった為、演習中はかなり攻撃を食らっていたようだが、今日はそこそこガード入力が決まっている様だ。
「よっしゃ! 一機撃破!!」
「しかもサマーだぞ! どういうことだよ!!」
「やっぱ、俺の作った機体を使ってるだけのことはあるわな」
 各人が今の戦いを褒め称える。特に、一郎はサイファーの近接の強さを改めて確信出来たので、いたく上機嫌だ。
「まぁ、最初の何機かは大丈夫だと思います。
 問題は、その後。特に最後の一機か二機ですね」
 クレイスが端末を叩きながら心配そうに呟く。
「なんや、気になんなぁ。その言い方」
 一郎としては、どうもその含みを持ったクレイスの言い方が気に入らない。
「気になりますか?」
「当たり前やがな」
「そうですね。彼女の戦い方に、『迷い』が出てきたら、教えてあげますよ」
「なーんか気にいらね〜の」
 一郎様、上機嫌が不機嫌にお天気変わりだ。
「まぁ、あたしとしてはいつもの『悪い癖』さえ出なければいいんだけどねぇ」
 見守る千羽矢。
『そんなんでいいのか? 一応旦那だろ?』
「そんなんで、って、うちらにとっては大事なことなのよ?」
「ちーちゃん、何? 今何か言った?」
「? んん、何でもない何でもない」
 危うく独り言のような会話を友紀に聞かれ、慌てて誤魔化す。やれやれ、人前で迂闊にデュオと会話するもんじゃない。
 スクリーン上のサイファーは、最初の「敵」を倒し、既にその場を離れていた。



 30分が経過、半分の敵が倒されている。
 端から見て、特に変わった様子はない。相変わらず、接触時間の誤差は微妙な差で、出現VRは100%の名答率を出している。
「さっき、神宮寺さんは言いましたね? 『自分はこれがただの「試練」だって判っている』と」
 クレイスが、端末のデータを弾き出しながら、深夜に問いかけた。
「さっき? うん、言った」
「向こうの本人は、判っていんですよ」
 がたっ、と音を立てて一郎が立ち上がった。
「どういうことや、それ……」
 信じられないのは一郎だけでなく、クレイスの発言を聞いた全員−友紀、香緒里、千羽矢は除く−が納得出来ない表情を浮かべる。
「判りませんか?」
「判る訳ないやろが!!」
「なら、ちょうどいいですね。たった今、「敵」を確認したようです。
 これからの戦い、絶対に目を離さないで下さいね」


「敵機確認!! 相手機はRVR−49サイファー、接触まであと15.75秒。搭乗パイロットはr.n.a.所属P・パイロット、高橋カツミ!!」
 テムジンの後、アファームドR型、バトラー、ストライカー、エンジェランを倒し、何とか「迷宮」の中間地点まで辿り着いた。
 サバイバルデスマッチとは言え、撃破後は自分のシールドゲージが少々回復する為、ここまでには90%台を保ってきた。
 残りはあと五機だ。このままで行けば恐らく半分以上のゲージを残してゴール出来るだろうと予想する。
 そう、このままで行ければ……
「やぁ、カツミさん。久しぶりやねぇ。最近調子どう?」
 回線をオンラインにして相手に呼びかける。
 だが、向こうの返事はない。
「誰に頼まれたか知らないけどさぁ、ここはテキトーにやって見逃してくれない?」
 相変わらず返事無し。
「しゃーねぇなぁ」
 ヴン……ッ とマルチランチャーからビームソードを繰り出す。
 計測から16秒後、限りなく白に近く、それでいて僅かに紅色のサイファーが姿を現した。
 尚貴がP・パイロットとして大会の常連になり始めた頃、千羽矢の前によくチームを組んでいたのが彼女、高橋カツミだ。
「あんたの得意レンジはレッドからブルーだったね。俺の一番嫌いな……ね。
 ま、今でも嫌いなんだけどさっ!!」
びぃぃぃぃんっ
 ビームソードがぶつかり合う。ばちっ、と火花が飛んだ。
「相変わらずやるね。
 でも、これならどう!?」
 カツミの右ソードをガードし、そのまま右ソードを当てる。
 だがそれは間一髪ガードされた。
「これで終わりだなんて…思うんじゃねぇよ!!」
 続くガードリバーサルの左ソード。ガードが一瞬解除されたところに叩き込まれた。
 ダウンはしないもののノックバックで動きが硬直する。すぐさまクイックステップから右ソードの連携でダウンさせる。
 上条時直伝の近接連携だが、本人はここまできれいに決まるとは思っていなかったので、内心はかなり驚いている。
「へっ。昔の遠距離逃げ逃げの俺やと思うたら大間違いやで。
 まぁ、今でもかなり逃げやけどね」
 立ち上がりからの反撃を避ける為、後ろダッシュで距離を離す。
 カツミのサイファーが起きあがる。
 起きあがり、放たれたのはレーザーだった。
「!!」
 横ダッシュで回避する。反応があと少し遅れていたら、確実に正面から食らっていた。
「おい、まじかよ……」
 殺らなきゃ、殺られる。
 そんな言葉が頭をよぎった。


 食堂でのちょっとした緊張感は、レーザーが放たれた瞬間に、更に大きなものへと変わった。
 今までの戦いとはうって変わり、防戦一方の尚貴の戦い方は、誰の目から見ても明らかにおかしなものである。
 ただの「敵」。それをどうして倒せないのか。
 友紀と千羽矢は心配そうな表情でスクリーンを見つめている。香緒里は、完全に目を逸らしてしまった。
「クレイス、お前なんか知っとるんやろ? いい加減に吐いたらどうや!?」
 一郎はいよいよご立腹だ。他の面子も、現在の状況がいまいち飲み込めず、戸惑ったり、不審に思っている。
 クレイスが香緒里の方を見た。香緒里はしばらくうつむいていたが、やがてクレイスの顔を見ると、こくり、とうなずいた。
「判りました。話しますよ。
 この「迷宮」システムの全てをね……」


 「迷宮」システム。
 それはB・パイロットでありながら、情報管制官の資格を持つ、類い希なるVRパイロットにのみ挑戦を許される「試練」。
 幻影(イリュージョン)による精神的攻撃と、敵(エネミー)による物理的な攻撃で、挑戦者を翻弄する。
 「迷宮」の姿は一定ではなく、出現する敵を10体倒さない限り、出口へと進むことは出来ない。
 また、センター類も敵感知以外は殆ど役に立たない。
 己のVR戦闘技術と、情報処理能力のみが頼りとなる。
 「敵」の出現は、挑戦者が使用するV・コンバーターのメモリーをシステムが読み込み、ランダムで出現させる。
 ただし、これにはある「法則」があった。
 倒していかなければならない「敵」は、少しずつ自分に関わりの大きいパイロットのVRとなっていくのである。
 つまり、最初の半分は大会の予選や、アミューズメントなどで対戦したような、関わりの薄いVRで有り、奥に進むに連れて、自分と関わりの深いパイロット、あるいは自分にとって印象深いパイロットとの対戦となっていくという訳だ。
 自分と親しい人間と戦い、それにうち勝ってこそ、真のB・パイロットたる資格を持つに相応しい。
 如何なる状況下でも敵を撃破出来る。
 それこそが、真のB・パイロットなのだ。


「ここまではさっき話したとおりです。
 この試練、俺達がやった「格闘場」なんかとは比べものにならないですよ。
 的確な索敵、直接的な戦闘力、それ以上に必要なのは、この試練を突破する為の強い精神力です」
 クレイスが深夜に目を向ける。
「さっきの続きです。神宮寺さんが言った『これはただの試練じゃないのか』ということですが……」
「本人にその自覚はもうないわ」
 友紀が半ば吐き捨てるように言った。
「日向さん……」
「いいわ。ここからはあたしが話す。
 この「迷宮」システムには、通常とは仕様の違うMHDが使われているの。
 はっきり言うと、簡単な洗脳装置みたいな物ね」
「洗脳装置!?」
 一同が声を上げた。特に一郎と藤崎は机をバン!と叩いて立ち上がる。
「皆落ち着いて、まだ話には続きがあるんだから。
 洗脳装置は言い過ぎかしら。まぁ、催眠装置ね。
 自分がやっていることが「試練」であるという自覚をなくし、実戦であるかのような暗示を脳波に直接送るの。
 これは「迷宮」システムが起動する前、MHDを装着した瞬間から微調整が始まるわ。
 「試練」が始まった時、これから始まることが全て、現実であるように思わせる為にね」
「そして、最後の「敵」を倒さない限り、「迷宮」に永遠に閉じこめられ、やがて挑戦者は「持って」行かれてしまう……」
「赤木さん!」
 今まで沈黙を守っていた香緒里が、ようやっと口を開いた。
 あまりに衝撃的な事実。
「あの人もそうだった。私は止めたのに。あの人は笑って言った。『大丈夫だよ。必ず帰るから』って。
 でも、あの人が、帰ってくることは、もうなかった……」


 はぁっ、はぁっ、はぁっ……
 気持ち悪い。イヤな吐き気がする。
 かつての友人を「倒して」から、また友達が襲ってきた。
 倒すしかなかった。倒さなければ、殺されるのは俺だ。
 見逃して。このまま何もなかったことにして。俺は思った。
 でも死にたくない。まだ、倒れる訳にはいかない。俺は思った。
 思った瞬間、俺の意識が飛んだ。声が聞こえた。女の人の声だ。優しかった。懐かしかった。
 気が付いたら、目の前には崩れ落ちるVR。
 俺が殺した。殺さなければならなかった。
 帰らなきゃ。
 でも、誰と約束したの?
 待ってるから……
 でも、誰が待ってるの?
 俺の帰りを、誰が待ってると言うの?
 俺は、あの時に一人に……

 ピコーン、ピコーン……
 センサーが新たな「敵」を感知した。その音が意識を現実に引き戻す。
 だが、尚貴にはそれを解析する気力はない。
 自分が生き残る為とはいえ、かつての仲間を三人「殺し」た。
 あと二人。誰だ。もうこのままそっとしておいて。
 自動解析装置が分析を開始した。何百、というデータから照合された、たった一機のVR。
 SRV−14−A、フェイ=イェン。
 そのパイロットは……
 やがて障害物の向こうから姿を現したフェイ=イェン。両肩のパーツの黄色いネズミのマーキング。
「千羽矢ちゃん、どうして……?」


「もういや! これ以上見てらんない!!」
 千羽矢が悲鳴を上げた。
 「迷宮」システムの真意を聞いてしまった以上、今起こった現状は、余りにも過酷だ。
 入隊試験の時、尚貴の相手をしたのは千羽矢だ。だが、尚貴はそれを撃破している。何故か? それは尚貴が使っていたサイファーが試験用に貸し与えられた物であり、センサー類は一切搭載されていない物だったからだ。故に尚貴は相手のパイロットが誰だかを知らずに戦うことになり、結果試験には合格ということになった。
 だが、今回ばかりは、彼女の膨大なデータ量と綿密なデータ整理、そして索敵能力が仇となった。
「ねぇ! おがっち止めさせてよ!! このままじゃ尚貴ちゃん死んじゃうよ!!」
 千羽矢の訴えに、緒方は首を振るだけだ。
「まだ、危険度がレッドに達してません。ゲージ70%。恐らく……」
 クレイスも非情とも言える判断を下す。
「あの人もそうだった……」
「赤木さん……」
「最後の二機目を倒した時点で、シールドゲージは60%あった。
 そう、あの人はアファームドのR型だったわ。どんなにリードされていても、いつも逆転で勝ってた。いつしか、皆があの人を特別視するようになった。
 最後の一機が姿を現した時、あの人の動きが急におかしくなった。攻め切れない、と言うより攻められない、って言った方が正しいわ。
 エンジェランなんかに苦戦する人じゃなかった。アファームド使いのPパイロットじゃ世界でもトップだったもの。
 でも、あの人はあのエンジェランを「倒す」事が出来なかった。
 あのエンジェランが、私のエンジェランだったせいで……!」
「赤木さん!」
 泣き崩れる香緒里。友紀が駆け寄る。
 刹那、全ての映像モニターにノイズが走った。
「なんや!? 故障か!?」
「違います。これは…高出力エネルギーによる電波の遮断か、あるいは…いや、それ以外考えられない。
 「迷宮」システム内で、全ての電波を遮断してしまうほどのエネルギーが発生しているんです。原因はサイファーかフェイのどちらか……」
「サイファーですよ」
 トウマが自分の端末からデータを拾い出す。
「接触から約30秒。動きの止まったサイファーから、サイファーが使っているV・コンバーターからはまず測定不能なエネルギーが検出されたんですよ。
 まるで…そう、目の前にヤガランデが現れた気分でしたよ」
 ヤガランデ。OMG遂行中に一部のパイロットが遭遇した、幻影の様なVR。遭遇したパイロットの殆どが未帰還という、「無敵」のVRである。
「ヤガランデねぇ……」
 哲が苦笑いを浮かべる。哲はOMG遂行時、愛機であるドルカスで適性検査を受けた「民間人」の一人であり、その時ヤガランデに遭遇。撃墜され「未帰還」扱いされたパイロットの一人なのだが、本人はそのことを語りたがらないので、知っている人間はごく僅かである。
「そないなことより、モニターまだ復帰せぇへんのか!?」
 一郎は突然のトラブルにかなりおかんむりの様子だ。
「そんな! 俺のせいじゃありませんよ!」
 哀れクレイス。こういう時に怒られるのは、入隊当時から彼の役目である。
「もう! そんなくだらないことでケンカしないで!!」
 ついに千羽矢が切れた。
 そして、この場で親友の身を案じることしか出来ない自分に、酷い苛立ちを感じるのである。


 まただ。また意識が飛んだ。
 どうしてだ!?
 自分がやられそうになると、声が聞こえる。それからなんだかふわぁっとした気分になって、そこから何も覚えてない。
 誰の声だか判らないのに、妙に懐かしくて……
 気が付くと、目の前には崩れ逝くVR。
 そして、今も……
 朦朧とする意識からようやく回復してきた。目の前に写っているのは、
 ソードを振りかぶったフェイ=イェンと、
 そのフェイ=イェンの腹部を貫いたサイファーのビームソード。
「ひぃっ!!」
 後ろに仰け反るようにしてビームソードを抜いた。ふらふらと、おぼつかない操作で後ろに下がる。
 やがて、フェイ=イェンは爆炎を上げ、崩れ落ちた。

 これで四人目だ。
 もう四人も友達を「殺した」。
 もしかして、その前の五人も、俺の知ってる人だったのかも知れない。
 俺が殺した。
 俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が殺した俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が



 ようやっとモニターが回復した時、映っていたのはサイファー一機だけだった。
 だが、視点が切り替わった瞬間、全てが恐怖と戦慄、絶望に包まれた。
「一郎、お前……」
「…………………………」
 一郎はこの時、生まれて初めて心の底から「恐怖」を感じた。
 歯の根が合わなくなるような、こみ上げてくる嫌な感触。
「一郎……」
「うるせぇ!! 黙ってろ!!」
 信じて待つしかなかった。
 こいつは、こんな所でやられるようなヤツではないのだから。


 かしゃん。
 軽い金属音が背後から聞こえる。
 解析はとうに終了している。その結果を見ることが出来ない。どうしても。
 怖い。振り返りたくない。夢なら醒めてくれ。でも、現実なら……
 震える手でレバーを旋回させる。目を開けた。顔を上げたその先には、
 ブラックパープルのバイパーU。
 瀧川一郎の、愛機。
「一郎さん……」
 距離200。そこから7WAYミサイルが放たれる。
 それがバトルの合図になった。
 ギリギリでジャンプして回避するも、攻撃が続かない。
 出来るはずがない。相手が瀧川一郎ならなおさら。
 殆ど一方的な戦いになった。容赦なく攻めるバイパーUと、攻撃出来ないサイファー。
 じわじわと、シールドゲージが削られていく。
 とうとうシールドゲージが20%を切った時、バイパーUが高く舞い上がった。
 V・コンバーターが解放され、バインダーブレードから放出されたエネルギーが、バイパーUを包み込んでいく。
 S.L.C.ダイブ発動。サイファーの真正面からバイパーUが特攻をかける。
 ガキーン!!
 ガードが入ったため直撃は免れた。だがシールドゲージは半分となり、過剰エネルギーにより、機体が後方へ吹き飛ばされる。
 バイパーUはこれを見逃さなかった。最後の一撃を入れんと、ビームソードを振り上げる。
 青白いビームソードが振り下ろされようとしている。
 死。
 その一言だけが頭をよぎった。

 死にたくない、こんな所で。
 死にたくない、帰らなきゃいけないから。
 死にたくない。
 死にたくない。
 死にたくない!!

『さぁ、立って。貴方はこんな所で倒れる訳にはいかないの』
 誰だ……?
『大丈夫。私達が守ってあげる』
 どうして……? どうして俺を……
『貴方は私達の最後の希望。貴方がいなくては、この地球圏は傀儡の星になってしまう』
『そう、一人も欠けてはいけない。誰か一人でもいなくなれば、人類は全て操り人形になってしまう』
 どういうことだ!?
『それを阻止することの出来る勇気ある戦士。貴方もその一人』
『……………を止めて。この地球の未来の為に』
 誰だ!? あんた達は一体!?
『言ったでしょ? 私達はいつでも一緒だと』
 知らない。俺は、あんた達を……
『『私が貴方を守ってあげる。私がずっと側にいてあげる』』

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!」










 ピーッ、ピーッ、ピーッ……
 シールドゲージが残り僅かであることを知らせるアラートブザーが鳴り響く。
 もうダメだ。一発でも当たれば俺は死ぬ。
 殺すなら早くしてくれ。
 ゴメン。俺は帰れそうにない……
 …………………………
 いくら待ってみても、自分に引導を渡す最後の一撃がない。
 どういうことだ? 恐る恐る機体を起き上がらせる。
 何もなかった。どこまでも続くクリスタル質の障害物が延々と続くだけで、あとは何もなかった。
 勝ったのか……?
 どこを探しても、バイパーUの残骸が見つからない。消えたのか? それとも……
 あぁ、そうだ。先に行かなくちゃ。ここを抜け出さないと。
 ゆっくりとサイファーを歩かせる。
 やがて、真っ白い壁に突き当たった。
 何もない、真っ白な壁。天上から水のような物が流れ落ちてくる。
 これが出口なのか?
 手を前に差し出した。サイファーの指先が、水に触れる。
 触れた所から光が広がった。それはやがてサイファーをも包み込み、視界が真っ白になる。
 気が付けば、画面は黒く切り替わり「MISSION COMPLETE」の文字が表示されている。
 終わったのか……?
 未だに現実と虚空の区別が付かない。
「生きてるかぁっ!?」
 コックピットが開放され、何となく眩しい光が目に入ってくる。
「大丈夫か!? しっかりしろ!!」
 MHDを無理矢理外された。視界がまだはっきりしない。
「と…TOKIさん?」
「ったく、心配させやがって……」
 少しだけ鼻をすすった。泣きそうになるのをこらえる為に。
「終わったんですか……?」
「あぁ。よく頑張ったな……」
 そっか。終わったんだ。
 安心感が広がったと思った瞬間、尚貴は意識を手放した。
 次に目を覚ましても、もう怖いことはないと思うと、少しだけ嬉しかった。



 食堂から、ばたばたと音を立てて出ていく一団があった。CRAZE隊の面々である。
 晴れて直に仲間になる新入隊員の帰還を直接祝う為だ。
「ったく、クレイス遅ぇんだよ!!」
「そんなこと言ったって! 片づけないといけないし、電源だって……」
「んなんは後でも出来るやろが!」
「あ! いたいた!!」
 先頭を走っていた千羽矢が、今日のMVPの姿を見つけた。
 時とオペレーターに肩を貸されて、よろよろと歩く尚貴。千羽矢の姿を見つけると、時に回した手をひらひらと振って見せた。
 二人から離れ、一人で立っている尚貴に千羽矢が飛び込んでくる。
「お帰りなさい
「ただいま……」
 いつしか一人、二人と集まり、やがて大きな輪に囲まれる。
「尚貴ちゃん……」
「赤木さん、お姉さん……」
「お疲れ様」
「はい……」
「よく頑張ったわね」
「はい……」
 香緒里は涙ぐんでいる。
「よぅっ!!」
 後ろから背中を叩かれる。
「て…哲さん!」
「ったく、冷や冷やさせおって!」
「偉い偉い。本当頑張ったよね」
「ROD君、成一さん……」
「一郎! 何か言うたれや!」
 藤崎に背中を押された一郎が、尚貴の真正面に来る。
「一郎さん……」
 しばらく目を合わせていたが、やがて頭をぽんぽんと叩き、髪の毛をぐしゃっと掴んで、そのまま軽く撫でた。
「よぅ頑張ったな。お疲れさん」
 たったその一言が嬉しくて、胸の奥から何かがこみ上げてくる。
 昔も、こんな風に誰かに褒めて貰った気がする。誰だろう? 忘れてしまったほど昔のことなのに。
「一郎さん…… 一郎さぁんっっっ!」
 泣きたくなって、どうしていいか判らず、一郎に飛びついた。
「ほんまに頑張ったな。
 お帰り……」
 帰って来れたのが嬉しくて、あの時のバイパーUは本当は一郎じゃなかったことに安心して。
 こんなに声を上げて泣いたことなんかなかった。人前でも、一人でも。
 今ではこうして自分の帰りを待ってくれる人がいる。
 それだけで、嬉しかった。

「? なんかあった?」
「いや、緒方さんとドクターがいない」
 何気なく博和に声をかけた深夜だったが、言われてみると二人の姿が消えている。
「感動にワンシーンなのに、仕方ないなぁ」
 取り敢えず、二人は笑っておいた。



 表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
 限りなく電脳虚数空間に近い世界。
 真っ暗な部屋の、円卓に座る人影。
 やがて空席にノイズが走った。そのノイズはやがて人の形を取り始める。背後にも同じ様な影が一つ。
「遅ェぞ、O。待ちくたびれとったところや」
Königinか。相変わらず口が悪いな。少しはKlosterfrauを見習ったらどうだ?」
「ざけんな」
 Königinと呼ばれた人物が悪態をついた。
「そんなことよりも、貴方はどうなのだ、Meister。地上では随分と名を上げているようだが」
「我らが『Alice』復活の為だ」
「んなことより、いつまで待たせんねん! えぇかげん、オフライン戦闘は飽き飽きや!!」
 どかっ! と机を蹴る音がする。
「恋(れん)、止めろ。今は円卓会議中だぞ。
 それとMeister O、あまり我が主の逆鱗に触れるような発言は控えていただきたい」
Kavalier殿の忠誠心はいつも感心させられるよ。さすがは、Sklave、WAL殿の血を引いているだけある」
 円卓の間の空気が一瞬緊張する。
「それでは、議会を始めよう。
 我らが目的は『Alice』を復活」
「『Alice』はこの世界の荒廃を嘆いています。一刻も早く『Alice』を復活させ、世界の浄化を」
 Meisterと同じく『Alice』の声を聞くことの出来る女性、Jungfrauが『Alice』の意志を伝える。
「俺はそんなことはどうでもいい」
 Königinが続いた。
「俺の存在意義は戦うことのみ。『Alice』が俺に戦いの場を与えてくれる限り、俺は戦い続ける。それが『Alice』の為になるかどうかは、結果論に過ぎん」
 僅かに射し込む光がKöniginを照らす。紫色に塗られた唇が、にやり、と笑った。
Kavalier殿、貴殿は?」
「俺は女王に仕える騎士。我が主に従うのみ。
 全ては、女王の意のままに」
 Meisterの影が、満足そうに頷いた。この二人は、戦いの場を与えておけば俺の言うことを大人しく聞くだろう。
Furst殿、貴殿は旧世紀よりの眠りの封印を『Alice』によって解かれたと聞く」
「そうだ。あの時「二度目」に命を落とした僕に眠りの封印をしたのは紛れもない『Alice』だ。
 僕には、『Alice』の恩に報いる義務がある」
「では、WAL殿、貴殿はいかがなされる?」
「俺の全てはヴォルフの物だ。ヴォルフの為に生き、ヴォルフの為に死ぬ。
 ヴォルフが望むなら、俺は『Alice』の為に戦ってもいい」
 声を殺してMeisterが笑った。
「本当に、君達二人はよく似ているよ。いくら幾世紀を経て巡り会った血族とはいえ、ここまでそっくりだとは……
 Jungfrau殿、己の先祖と自らが生んだ我が子をどう思う?」
「『Alice』の意に背くことがなければ、私は何も申しません」
 Jungfrauには、かつてのドイツの言葉で「処女」という意味を持つ。母でありながら「処女」たる所以は何か?
 それは彼女が仕える人物が「Erzengel」大天使の名を持つからである。
 かつて、聖母マリアは天使の声を聞き、処女でありながらイエス=キリストをその身に宿した。
 Meisterは直に『Alice』の声を聞くことが出来るが、JungfrauErzengelを通じて『Alice』の声を聞いている。
 そして、Erzengelの声を聞くことが出来るのは、彼女にしか出来ないのだ。
 Meisterはその様な意を込めて、彼女に「Jungfrau」の名を冠したという。
「では、Jungfrau殿には、引き続いて私のいない間を頼みます」
Meister
「? Doktor、何か?」
Klosterfrauの姿が見当たりません」
「あら、ごめんあそばせ。マシンチャイルドの配備の準備の都合でモニターから失礼する予定でしたけど」
 唯一の空席に置かれたモノリス。そこからノイズ混じりに少女の声がする。
Klosterfrau殿は相変わらずお忙しいようで」
「そんなことより、非戦闘時はDoktorを貸して下さる約束はどうなりまして? Meister
「あぁ、そうでしたな。
 DoktorKlosterfrau殿の応援を頼む」
「判りました」
 Doktorと呼ばれた影は、深々と一礼すると、ノイズとなって消えた。
「助かりましたわ。それでは、全機体配備の準備が整い次第、こちらからご連絡いたします」
「よろしくお願いしますよ」
 モノリスから聞こえていたノイズが遮断される。
「そういえば、Klosterfrau殿もJungfrau殿の実の娘でしたな。
 処女の名を持ちながら、二人の男と関係を持ち、その子供は何の因果か知らないがこうして『Alice』復活に力を注いでいる」
「ですが、私にその名を与えて下さったのは貴方です。Meister
「そうだったな。
 だが、所詮名前など、個人の識別でしかないのだ。
 『Alice』が復活すれば、その様なことを気にする必要もなくなる。全ては『Alice』の下に統括されるのだから……」
 Meisterの口から真っ白い煙が吐き出される。
「戦いに勝る快楽が欲しい。破壊の瞬間以上の絶頂を感じたい」
「愛する人と解け合ったままの、悠久の時を。死の恐怖をも超えて、永遠に愛したい」
「『Alice』が復活すれば、我々はいつか朽ち果てるこの身体を捨てることが出来る。人類を超越した存在として生まれ変われるのだ」
 円卓に笑い声が漏れる。
「アンベルのクソヤローは俺が適当に遊んでやったぜ。俺が作った虚無空間に簡単に飲まれちまいやがった」
 その時のことを思い出しているのか、Königinが大声で笑う。
「時空因果律制御機構とやらは俺達で封印した。恐らく、アース・クリスタルを解放させない限り、彼女が姿を見せることはない」
「ついでに『眠れる番人』も起こしておいたよ。彼を倒さない限り、アース・クリスタルへの道も開けない」
「ご苦労。これで、ミス・プラジナーも我々の仕掛ける『限定戦争』に応じずにはいられなくなるはずだ」
「悪ィヤツ。いいのかよ?」
「所詮表の世界での顔など、生きていく為の手段に過ぎん。
 『Alice』の声を聞いたあの時から、俺は『Alice』の為だけに生きると誓ったのだから」
「お待たせしましたわ。マシンチャイルドの全機配備完了しましてよ。
 さすがはDoktor。前線などに行かず、ずっと私の下で働いてくれるといいのに」
「申し訳ありませんが、私はMeisterに永遠の忠誠を誓った身故……」
「判ってますわ。わざと言ったんですもの。
 さぁ、お膳立ては揃ったわ。いつでもゲームスタート出来ましてよ」
「ありがとうございます。
 さぁ、いよいよやってきましたよ。
 ゲームスタートの時間がね……」


『同士諸君! 時は今ここに満ちた!!』
 O.D.A.本部。それは電脳虚数空間と表裏一体の場所にある。O.D.A.に所属する全VRパイロットが集結、待機している場所だ。
 いつもはその身分を隠し、表の世界で暮らしている者が殆どだが、この日は非常召集ということもあり、世界各地からパイロット達が集まった。
 その数は決して多いものではない。が、中にはかつてBlau Stellarに所属していた者や、V・P・Bでの大会でも上位にいた者など、その実力は計り知れない。
『我々は地球を追われ、このような世界に追いやられてきた。諸君らの中には、地球に恨みを持つ者もいるだろう。
 だが、彼らの台頭ももはやここまでだ。
 OMGから7年が経ち、地球の勢力は今や混沌としたものである。
 今こそ、この混沌とした世界を掌握し、我らが表に立つ時だ!!』
 わき起こる拍手、怒号の様な雄叫び、歓声。
『諸君、ここに、コインの準備を!
 O.D.A.総帥Meister Oの名の下に「Operation Alice」の発動をここに宣言する!!』

ヤガ目の後書き