「Ricky、気をつけて行ってこいよ」
「JOEは…来ないの?」
「俺はお前とシナリオが違うからな。相手役がムーニーバレーに来るし、俺も試合があるからな」
「……………」
「どうせ向こうで合流するんだし。俺がいなくったって、別段関係ないだろう?」
「でも!」
「ほら、早く行けよ。時間押してんだし」
 金髪の青年−Rickyは、渋々キャリアーに乗り込んだ。
「…………………………!」
 何か叫んでいるが、周りがうるさくて聞こえない。そして、無情にもキャリアーのハッチは閉じられた。
 安全圏内まで下がり、相棒が乗り込んだキャリアーを見送った。
「さて、俺も行くか……」
「上野さん!」
「……おぅ」
 黒髪の青年が呼び止められる。
 上野浩二。彼こそが世界でも注目を集めているユニット「DASEIN」の「JOE」。彼を呼び止めたのは、金髪を膝まで伸ばした長身の青年。
「Rickyから聞きましたか?」
「あぁ。一通り。
 それと、階級上はあんたの方が上だ。その言葉遣いも止めてもらえないか?」
「でも……」
 ぎろ、と上野が男を睨む。
「……判りました」
「ほら」
「スイマセン……」
 JOEが苦笑する。男にとって、JOEは尊敬するパイロットの一人だ。敬語を止めろ、と言われてもそう簡単に直る訳でもない。
「で、JOEさんは……」
「来るんだろ? 二人。その内の一人を相手にするって」
「台本は……」
「とっくに読んださ。昔取った何とやらが役に立つな」
「何か、剣術でもやってたんすか?」
「剣道をな。でも剣道と実戦の剣術なんか、似て非なる物だ。何処まで通用するか……」
 今回、コスメブランドのイメージキャラクターを務める9012隊の女子四名の相手役であるDASEINの二人。相棒のRickyは高速キャリアーでトランスヴァールへ向かい、収録を行う。その脚でムーニーバレーへ移動し、JOEと合流するのが今回の予定である。
「俺の相手はアレか。あのバル=バドスのパイロット……」
「本来の専属機はサイファー。バイパーUからの絵に描いた様な乗り替わり。重量級の相性属性一切なし、中量級はまぁまぁ、軽量級でもスペシネフやバルシリーズは本来苦手とする。
 それが貴方の相手です」
「ふぅん……」
 JOEは金髪の男とあてがわれた施設をそぞろ歩く。本当は相手のパイロットの技量を賞賛したい所だが、隣にいる相手が相手だ。それは言わないでおいた。
「詳しい事は直接連絡が行くと思います。
 じゃ、俺はこれで……」
「『女王様』によろしくな」
 ちょうどT字路にさしかかり、JOEは右へ、男は左へと分かれた。
 JOEの脳裏には、あの時の映像がよみがえる。ピンクのスペシネフに、果敢に食らいつくバル=バドス。
「あいつが、ねぇ……」
 JOEが僅かに目を細めた。胸ポケットの携帯電話が鳴る。Rickyからのメールだった。



 表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
 限りなく電脳虚数空間に近い世界。
 O.D.A.「盟約の騎士  Gelobnis Schild」が一人、Sklave。普段はMeister Oの代理として、戦闘指揮を執っている。
 そんな彼が、いつも身につけている血染みのついた制服ではなく、まるで特殊警察官が装備するような戦闘服を身につけていた。
「ただいま」
 しゅん、と音を立て、個室のドアが開く。帰ってきたのはFurstSklaveのパートナーであり(Sklave自身はいささか違った関係を口にするのだが)、彼ら二人は旧世紀の平行宇宙からやってきた、「歴史の遺産」である。
「WAL、何をやっているんだ?」
「あぁ、ヴォルフお帰り」
「お帰りじゃない。それは特殊部隊が装備する物じゃないか。何で君がそれを……」
「ちょっと、な。これがないと多分無事じゃ済まない……」
「まさか、君が『彼』の所に行くというのか!?」
「ご名答」
 Sklaveの返答に、Furstは少々不快感を示した。
 『彼』とは、第890核弾頭標準装備大隊所属のグリス=ボックパイロット、縞更 雅史(しまさら まさし)大尉の事である。
 この男、O.D.A.内でもその行動から、他の隊員に白眼視されている存在なのだ。
 代表的な例として、通常であれば所有が禁じられていたはずのICBMを用い、第一級環境保護地区出会ったはずの森林区域を、一瞬にして死の大地へと変貌させた事。
 ただ一機のスペシネフを『殲滅』させる為。
 これにより、敵機以外に自軍にも見過ごせない被害が出た。使役獣で構成された一個中隊や、マシンチャイルドによる二個小隊が消滅したのだ。それも、O.D.A.ではかなりの戦力が。
 その行動に、Königin RKlosterfrauは縞更を拒絶し、この二人にKavalier Sも同意。止むなく、配属はそのままに指揮系統のみSklaveが預かる事態となった(Furstに預けなかったのは、Sklaveの意向である)。縞更の所属は、本来Königinの管轄下である。
「何で君が行くんだ。そんな事は手の空いている連中に……」
「ヴォルフ、心配してくれるの?」
「それは…その…一応は……」
 Furstが口ごもる。
「大丈夫。甥っ子に手合わせしてもらってるから、そう簡単にやられはしないさ」
「そういう問題じゃなくて!」
Meisterには考えがあって、縞更を今でも手元に置いているのさ。俺達と同じだ。あの人にとっては、使える物は最後まで使う。使えなくなれば、容赦なく切り捨てる」
「そうだけど……」
 やはり、FurstにはSklaveが縞更を管轄下に置く事を、理解出来ないでいた。
「さて、準備完了。
 どうする? ヴォルフも来るか?」
「当たり前だ。君に何かあれば、僕にも連帯責任が及ぶからね」
「それは、俺の為?」
 まっすぐ、射抜かれるように目を見つめられる。途端に恥ずかしくなり、目を逸らした。
「何もないよ。俺だって、手をこまねいている訳じゃない。俺はバカだけど、アホじゃないからね」
 強化鉄板の入った防護服を身に纏ったSklave。部屋を出て、そのまま特別隔離エリアへと歩を進めた。その後をFurstがついて歩く。懐には支給されたニューナンブを忍ばせて。
 最深部へと到達したエレベーター。蛍光灯が点々と点灯するジュラルミンの廊下を進むと、物々しい、厚く閉ざされた扉に辿り着く。
 Sklaveがセンサーに手をかざし、扉を解錠する。薄暗い通路の両側に、いくつもの扉。
 ここは懲罰兵の独房棟。最新のセキュリティーで、24時間365日監視下に置かれる。一般棟では他の隊員に危険が及ぶと判断された場合でも、この独房に入れられる。
 縞更もそんな独房で暮らす一人だ。本人は自分が独房に入れられている事を、さほど気にしてはいない。蒼我恭一郎を『消滅』させる事以外、彼にとっては何の興味の対象にもならない。
 長く続く廊下の一番奥。そこが縞更の独房だ。
 扉の脇に取り付けられたブザーを鳴らす。すると、部屋の中からがたがたと騒がしい音がした。
「WAL……」
 大丈夫、とFurstに目配せするSklave。スロットルにカードキーを滑らせた。エアー音と共に、扉が解錠される。心配になり、Furstも懐からニューナンブを取り出し、構える。
「行くぞ……」
 Sklaveが正直普段からは想像もつかない程の俊敏な動きを見せる(別に彼が普段のろまなのではなく、そういう事を必要としないだけなので、普段はKavalier S相手に格闘技のトレーニングもきちんと積んでいる)。真っ暗な部屋の中から、風を切るような音しか聞こえない。時々、虫酸が走るような笑い声が聞こえるだけだ。
「いい加減に…しろ!!」
 Sklaveが吠えた。二〜三発どちらかが殴られるような音がし、やがてピーッ!という電子音が響く。
 縞更の首には、チョーカー型の監視装置が取り付けられている。普段はただのチョーカーだが、外に出る事になった際は、必ず監視装置の電源が入れられる。勝手な事をされると困るからだ。少しでも不穏な動きを見せれば、チョーカーに仕込まれた起爆装置が作動し、恐らく頭部は木っ端微塵となる。
 だが、このスイッチは、構造上遠隔での操作が出来ず、誰かが直接入れなければならない。その役目をSklaveが請け負っている訳なのだ。
「これで判ると思うが、お前に出撃命令だ」
「蒼我か…? 俺は蒼我以外の人間と戦う気はねぇぞ!!」
 掠れたような、しわがれた老婆のようにも聞こえる声。立ち上がった姿は、背中を丸め、まるでせむし男のようだ。部屋の床には何かを破いた物が散乱し、その中には燃えかすも混じっている。空気がどこかきな臭い。
「蒼我? 個別名は知らんが、確かにスペシネフのパイロットは今回の戦闘一覧に含まれている……」
「蒼我だ!! そいつは俺の獲物だ!! 誰にも渡さねぇ!! 俺のもんだ!!」
 白目がちの目が血走っている。狂気じみた、愛にも似た執着心。縞更を構成しているのは、正に敵のスペシネフパイロットを「消滅」させる事のみ。それが叶うなら自分の命を捨てる事は惜しまない。もしそれが叶わなならば、逆に生きている事が、縞更にとっては苦痛なのだ。
「安心しろ。お前は今回単騎出撃だ。相手のスペシネフが誰だろうと、俺達には関係ない。喜べよ、名誉ある単騎なんだぜ」
 縞更はぜぇぜぇと音を立てながら、肩で息をした。Sklaveも息が上がっている。
「じゃ、俺からの伝言は今回はこれまで。また決まったら連絡する」
 縞更が大人しくなったのを確認し(端から見たらそんな見分けもつかないのだが)、Sklaveは背後を取られないように後ずさりする。縞更は既に大人しくなっているので、そんな事をする必要などなかったのだが、視界の端に見えたFurstの顔が、いたく心配していそうに見えたから。SklaveなりのFurstに対する心遣いだ。
「あ、そうだ」
 部屋を立ち去る間際。Sklaveは懐から一枚のディスクを取り出し、床に放り投げた。
「それでもオカズにしな!」
 しゅん、というエアー音と共に、扉は閉ざされた。
「WAL、何を今……」
 Furstも男だ。「オカズ」という言葉が、電脳歴で何を意味するか知らない訳ではない。
「こんな時に一体何を……」
「部下の戦意を上げる事も、上司の大切な役目です」
 暗くて先程はよく判らなかったが、Sklaveの右の頬に、血がにじんでいた。その程度で済んで良かった…… Furstは正直ほっとした。
「ヴォルフ、今日は…いいだろ?」
 その顔は、先程まで自分が命の危険にさらされていたとは思えない程、あっけらかんとしていた。死闘を繰り広げた後で、よくもまぁそんなことが言えたもんだと、Furstも呆れ顔を浮かべる。
「……昼間は…だめだからな……」
 それでも、やっぱり旧世紀から続く仲である、自分のパートナーに甘くなってしまうのは、この男が自分の拠り所であるからだろうか。
 そんな事、口が裂けても言わないつもりだが。
「かしこまりました、皇子」
 自分の肩を抱き寄せた存在に、Furstは心の中で詫びた。二度も命を落とした自分に、変わらずついてきてくれる親友に。

 だって、本当は……



 場所は変わり、十数人の集団が集まる大部屋に現れた、Königin RKavalier S。二人が姿を見せた途端、地響きにも聞こえる声が上がった。
「見ろよ! 陛下のお出ましだ!」
「俺達にやっと名誉ある出撃が来たぜ!」
 お世辞にも、品がいいとは言えない男達の集団。掃き溜めに鶴、とは旧世紀のことわざだが、電脳歴の今でもよく言ったものである。
 ぎらぎらと、獲物を狙う肉食動物のような男達の視線にも、Königinは全く動じない。むしろKavalierの方が神経質になっている。Königinに手を出そうものなら、鍛えられた拳がもれなく拝領されるのだ。
「静まれ、お前達。陛下の御前である。全員整列!」
 突如現れた声に、ならず者達は柄にもなく大人しく従った。Kavalierから鉄拳制裁を受けた隊員は、無事な隊員が担ぎ上げ、何とか起き上がらせようとする。
「女王陛下、並びに騎士殿に、敬礼!!」
 ざっ、という一糸乱れない音と共に、男達が最敬礼する。その様に、Königinは目を細め、満足そうな笑みを浮かべた。
「今日、俺達が来たのは他でもない。お前達も感づいているだろうが、『地上の連中』との戦いに、Meisterがお前達の力を利用したいとの事だ」
 Kavalierの宣言に、男達の歓声が上がる。
「先の戦いを見ただろうが、連中は少数とはいえ、その個体の戦闘力は未だ未知数。我々の戦績は、残念ながらホワイトリリスの勝利のみだ。
 そこでだ。Meisterはお前達『決死大隊』の力を利用される事を考えた。勝利の為なら手段を選ばない、お前達の力が、今こそ必要だ」
 再度怒号にも似た歓声が上がる。
「場所はトランスヴァール。恐らくアバンダンド・クォーリーが有力だ。かつてのレアアースの採掘場。お前達の力を存分に発揮してもらいたい」
「騎士殿、我等に課せられる使命とは……」
 この部隊をまとめ上げていると思われる男が進言する。他の男達とは違い、彼だけが軍人然とした顔をしている。
「我々の必要な事は、ただ勝つ事のみだ。Meisterもそれを望んでいる」
「かしこまりました。我等『カンプグルッペ』、その勝利をMeisterと、お二人に捧げます」
 男が頭を下げるのに習い、他のならず者達も慌てて礼をする。
「陛下。是非戦いに赴く我等に、貴女様のお言葉を……」
 この『カンプグルッペ』は懲罰大隊である。軍規違反を犯した者によって構成されるが、中には実刑判決を受けたものを直接Meisterが引き取った者もいる。そういった人間は、元々Pパイロットとして高い実力を持つ、即ちバーチャロンポジティブ値の高い者であるというのだ。
 しかし、部隊をまとめるキヨシ・フジワラのみは、少々勝手が違っている。彼がこの懲罰大隊にいるのは、そもそも濡れ衣なのだ。既にその容疑は晴らされてはいるが、フジワラが所属してからの間、懲罰大隊とはいえ軍隊である事には変わりなく、一から隊員達の『根性』を叩き直したのだ。中には逃げだそうとして、射殺された者もいる。
 今こうして生き残っているのは、強靱な精神力を持ち、いついかなる時でも生き延びようとする、高いサバイバビリティを持つ者ばかりだ。もちろん、先の大襲撃にも出撃し、こうして健在な理由は、加えて高いVR戦闘技術も持ち合わせている。
 どん底から這い上がってきたこの男達を、Königinはいたく気に入り、部隊丸ごと自分の配下に置いたのだ。
 懲罰大隊に籍を置く男達は、まだまだ血気盛んである。それなりに年を重ねた人間もいるが、このような所にいるのだから、血の気の多さは想像出来よう。
 そんな男達の上官になったKönigin。正に隊員達にとっては、触れてはならない高嶺の花。はちきれん程の肢体は、一目見ただけで隊員達を誘惑する。彼らの脳内で、Königinは何度犯されたか判らない。
「貴女様のお声を、この者達にお聞かせ下さい」
「………まぁ、せいぜい頑張れや」
 鼓膜を刺激するKöniginの声に、隊員達は高ぶりを覚えた。先程以上の歓声が、決して広くはない部屋に響き渡る。
 Königinはその様子を見て、満足そうに笑みを浮かべた。直ぐさま踵を返し、部屋を出ようとKavalierを促す。
「フジワラ大尉、貴殿には後ほど作戦に詳細を伝える。
 失敗は許されない。Meisterは、勝利だけをお望みだ」
 Kavalierも後を追う。その後ろ姿に、フジワラはただ頭を下げた。
「おい! 見たか!? 俺達の為に陛下がわざわざ来てくれたんだぜ!」
「やっぱナマは違うな! フォトグラムなんかじゃ話にならねぇぜ!」
「これで今度の対戦が終わるまではネタに困らねぇな!!」
 次々に男達の歓声が起きる。稼ぎの殆どをYOSHIWARAにつぎ込んでいる隊員もいるくらいだ。この程度なら可愛いものだろう。
「全員静まれ!
 我々に、ついに今回の大戦への出撃が命じられた。Meisterが望まれているのは、我々の勝利のみ! この名誉ある出撃を勝利で飾り、『カンプグルッペ』の存在を、大いに知らしめるのだ!」
 フジワラの一喝で、更に隊員達の士気が上がる。その様に、フジワラもまんざらでない顔をし、解散を命じた。酒を飲む者、無理矢理賭け金の勝ち分を巻き上げる者、何処かへ駆け込む者。絵に描いたようなならず者の集まりが、そこにはあった。
「やれやれ、本当にこれで勝利を上げる事が出来るのか……」
 フジワラは思わず本音を漏らした。そして、自身のPDAに届いた作戦命令に目を通す。
「……なるほど。そこまでの連中ではな…… 俺が何とかするしかあるまいよ」



 O.D.A.本部基地、一般ドック。
「おい、おっさん!」
 若いパイロットが、無精ひげを生やした中年の男に声をかけた。やや不機嫌そうに。
「俺のバトラーにとんでもないものを付けてくれたな!」
「とんでもないとはなんだ。俺が精魂込めて開発した、画期的な……」
「画期的もへったくれもない! とにかく今すぐ外してくれ! 操作が不安定で仕方ない!」
「ちょっとケイル! いつまでもこんな重いの持たせないでよね!」
 イントレの真下から、女性の声がする。相当重いものを持たされているのだろうか、腹の底から絞り出すような声がした。
「すまん、すぐ戻る!
 そういう訳だ。今すぐあんな馬鹿げた装備を外してくれ!」
 男は顔をしかめると、イントレの階段を下りた。先程の女性から散々どやされている。
「やれやれ、馬鹿げたとはなんだ。今時の若者はロマンを知らん。S.H.B.V.D.では……」
「まぁ、グラッド少尉。いくらO.D.A.の資金が潤沢とはいえ、あまり無駄遣いをされては困りますわ」
 コロコロと、鈴を鳴らすような笑い声。
「これはこれは少佐殿にはご機嫌麗しゅう」
 男は恭しく立ち上がり、姿を見せた少女に深々と頭を下げる。
「麗しいはずもありませんわ。負け戦ばかりが続いて、お父様の無念をいつ晴らせる事やら……」
 少女−Klosterfrauは不機嫌を隠す事をしない。物腰、立ち振る舞い、口ぶりから、誰が彼女をまだ十三歳だと思えようが。
「少尉、貴男にも、今回出撃を命じます。場所は第二プラント。ターゲットはアバンダンド・クォーリーに出現予定。三輪、データを」
「はい、お嬢様」
 Klosterfrauの側に控えていた八部衆の一人、三輪が端末を操作する。ピピピ、という電子音に反応し、グラン・D・グラッドが送られてきたデータを確認した。
「その者、ただの子供ではないようです。充分お気を付けなさい」
 十三歳のKlosterfrauが、十六歳のアリッサを子供というのは何ともおかしなものではあるが、グラッドはアリッサを一方的によく知っていた。幼いながら、整備技術、事にライデンに対しては深い知識を持ち、その腕はOMGを知る歴戦の技術兵達も舌を巻く程であると。

 グラッドはかつて、Blau Stellarに所属する、技術士官であった。パイロットとしての技術は平均的ではあるが、OMGには特殊重戦闘大隊(後のS.H.B.V.D.)付きとして、月面基地へ出撃する隊員達の機体整備を行っていた。特にリットー大尉機は、彼が携わった機体の中でも、トップの完成度を誇ると豪語する。
 しかし、技術屋というのはいかんせん、お偉い方々に理解されがたく、かつ開発費の横領が発覚し、グラッドはBlau Stellarを永久追放される事となる。
 そこで目を付けたのがO.D.A.だ。グラッドに対しても、他のパイロット同様、多額の契約金と「開発費の無制限使用」をエサとし、契約にこぎつけた。
 初めのうちはかつて構想のままに終わっていた様々な発明を実現化し、技術屋としての悦びに浸っていたグラッドではあったが、彼もまたSクラスには至らないものの、Aクラス上位の電脳師。O.D.A.の計画の真意を知る所となり、正直酒と女に溺れ、堕落していたままの方がよかったと思うようになる。
 それすらも許されない。今の彼には。既に道は動き始めてしまっているのだ。

「このパイロット、非常に危険です。確実に、我等の計画の妨げとなる。殺しなさい。Aliceに魂を捧げなくとも構いません。Aliceと魂が同化した場合に、何が起こるか判りません。殺すか、もしくは…… そうね、子供に対して性的な趣味を持つ者もいるでしょう。セクサチャイルドに改造すれば、多少の潤いにもなりますわ」
 コロコロと笑うKlosterfrauに、グラッドは軽く恐怖を覚えた。
「いいですこと? もう負ける事は許されませんの。お父様の為に、必ず勝利なさい」
 そう言い残し、Klosterfrauは三輪を伴ってドックを後にした。
「やれやれ、子供の喧嘩は何が起こるか判りゃせんわい」
 煙草に火を点けると、グラッドは自分のライデンを見上げた。
 彼のライデンは特異だ。グランドナパームも、ハイパーバズーカもない。レーザーだけが、彼のライデンの武装だ。彼自身が開発したレーザーシステムは、左右独立した発射機構を持つ。ハーフキャンセルの技術を必要とせず、同等のレーザーを発射出来るのだ。しかしそのシステムが複雑が故、バズーカやナパームの発射機構に不具合が出、最終的にレーザー以外の武装を撤去する、という強攻策を採った。
「そうか、あの嬢ちゃん……」
 自分に娘がいたなら、同じくらいの年頃でもおかしくはない。許されるなら、自分がこれまで培ってきた技術の全てを、彼女に伝えたい。
 いや、彼女なら、既に自分のレベルなどとうに到達しているだろう。自分が伝えるものなど、何もないのかも知れない。
「少尉、そろそろ……」
 技術兵の一人が、グラッドに話しかける。出撃する十数機の最終チェックが始まるのだ。今回自身が出撃する事もあり、最終確認をグラッド自らが行う事になる。
「もうそんな時間か。全機いつものように始めてくれ。問題がなければ、カタパルト固定の上、キャリアーに搬入させろ」
「了解です」
「Ricky中尉は機体だけ先に送って、ご本人は直接向かわれる。上野大尉の指示に従うように」
「判りました」
 技術兵は頭を下げると、手元のPDAから各機体の担当に指示を送る。ドックはにわかに慌ただしくなった。


「ボク達の機体、もうチェック入ってる?」
「はい、問題がなければリバースコンバートを解除の上、再構築となりますよ」
「このカラーでドックに置いとくの、結構心が痛むんだよねェ」
「仕方ないでしょう。初めから、そう言う事だったんだから」
 イントレの上に、二人の女性隊員の姿がある。彼女たちの視線の先には、スペシネフとフェイ=イェンが、ハッチに固定されていた。
「ねぇ、あんた。これでよかったと思ってる?」
「今更? 私達は、その為に今「生きている」んでしょう?」
「だよね〜」
 長身で痩せぎすの女性がからからと笑った。
「やっとこの色ともおさらば出来るんだね」
 スペシネフとフェイ=イェンは、特異な色をしていた。
 どちらも真っ白な機体だ。それに、浅黄色のだんだら模様。それはBlau Stellar第6913特殊防御隊、通称「天使対」所属機のみに許されたカラーリング。
「私達なんか、芹沢さんがいなければ、きっとその他大勢に埋もれたままだったんだから」
「少しでも、芹沢さんの為に動かないとね」
「チェック完了しました。問題ありません。このままリバースコンバート解除に移行します」
「お願いね〜」
 リバースコンバートが解除され、黒い剥き出しのスケルトンシステムの姿となる。
「一瞬でデータを書き換えられるなんて、人生もこのくらい甘いといいのにねぇ……」
 制服のポケットからチョコレートを取り出し、口に頬張った。
 獅堂樹璃(しどう・じゅり)と空耶ホシノ(そらや・−)。彼女達は、かつて神宮寺深夜と共に戦った、天使隊の一員である。


To be continued.