「到着してまだお忙しい所恐れ入ります。なにぶん時間が限られておりまして……」
「それには及びません。彼女達もプロです。畑が違うとはいえ、与えられた任務はきっちりこなしますから」
 フローティングキャリアー「ポルトパラディーゾ」は無事第1プラントトランスヴァールに到着。女子隊員の二人は、即刻プロモーション活動に入る事になっていた。
 今回は20代前後の女性に絶大な支持を誇るコスメメーカー「Black Lips」の新ブランド「Moon Doll」のイメージキャラクターに選ばれた9012隊の女子隊員が、いよいよ実際のプロモーション活動に、本格的に動き出すのだ。この話は開戦後急遽決まり、本格的な出撃前にスチール写真だけが発表され、JPNのみならず、世界中の女性が注目するブランドとなっている。商品の発売に先駆け、世界展開されるCM撮りと、各店舗や街頭ビジョン、メーカーサイトから配信されるプロモーション映像の撮影が、いよいよ始まるのだ。
「四人でいるシーンも結構あるみたいだけど……」
 千羽矢が台本を改めてチェックし、気になった部分を指摘する。
「それは安心して下さい。台詞は別の俳優が音声のみ別撮りしています。それをイヤモニターに流しますので、そのタイミングでご自身の台詞を言ってもらえれば……」
「物理的な絡みのシーンはどうするの?」
「代役を立て、編集の段階で合成します」
 同じタイミングで撮影が出来れば、ホロビジョンで映像を相互することも出来るのですが。担当者はそう付け加えた。時差が発生する関係で、今回はその方法は採用されなかった。
「相手役の人は?」
「もうおいでです。今は衣装合わせをされています」
 アリッサはその側で、小さくなって話を聞いているだけだった。が、それもいつものことなので、千羽矢はさほど気にしなかった。
 しかしながら、渡された予定表を見て、正直うんざりしたのは隠せない。トランスヴァール到着後、すぐに打ち合わせとスチール撮影、そのまま映像撮り。映像については4日間休みなく撮影となる。その間に敵襲があったらと思うと、千羽矢は正直気が気ではなかった。
「そろそろ衣装合わせに入りますので、移動をお願いします」
 企業側の責任者に促され、別室へと案内された。そこには女性のスタイリストが既にスタンバイしており、部屋はまるで劇場の控え室の様相を見せる。
「すご……」
 千羽矢は思わず声を漏らした。用意されていた衣装が、自分の想像を超えて、とても美しい物だったから。
 トルソーに着せられた衣装は、淡い黄色と淡いピンクの2色。黄色は千羽矢、ピンクはアリッサが着る事となる。パフスリーブのワンピース。ふわふわと空気に浮いてしまいそうな布地。蛍光灯に照らされただけで、キラキラと美しい光を放つ。これに本格的な照明が当たったら、どうなってしまうのだろう。
「今回皆さんに着て頂く衣装は、この為に開発された布地を使用しています。当社のアパレル部門で新たに開発した製品です。製品化も視野に入れ、テストを兼ねて採用しました」
 衣装を受け取り、フィッティングの為衝立の向こうで着替える二人。手にした衣装は空気の様に軽く、身に纏うとまるで水に包まれているかの様に身体にフィットする。
 普段あまりファッションに興味を示さないアリッサも、この衣装は大変気に入った様だ。備え付けられた姿見で、何度も自分の姿を確認する。
「あらあら、二人とも本当のお姫様ね」
 緒方に代わり、今回二人の監督は友紀が執り行っている。その方が安心するだろうと、緒方の配慮もあった。
 フィッティングを終えた二人を迎えた友紀は、目を丸くし感嘆の声を上げる。まるでオーダーメイドの様に二人の身体にぴったりなのだ。これからメイクとヘアメイクを施し、いよいよ撮影に入る。
「Rickyさんチェック終わりました。先にソロ撮影開始します」
 別のスタッフが進行を告げた。撮影用に区切られたブースには、誰かが既にスチール撮影に入っている。
−あ、あれ…
 千羽矢はその姿に見覚えがあった。というか、嫌という程映像を見せられたので、覚えていなければ怒られてしまう。
 ブースにいたのは相手役であるRickyだった。DASEINのシンガー兼パイロットとして既に世に出ている彼だが、その経歴は一切不明。最近は自身がイメージキャラクターとなっている若者向けアパレルブランドのモデルも務めるなど、多岐に渡って活躍を見せる。
 カメラを向けられ、次々にポーズを決める。Rickyの役所は、四人の住む惑星に襲撃をかける、放浪の民の一人。パートナーであるJOE演じる一族の長を補佐する魔術師だ。襲撃をJOEに進言した本人であり、何処か秘密めいた、妖しい雰囲気を持つ。
 身体を覆うローブは既にボロボロで、手に持つ杖も長い間脈々と受け継がれてきた古さを秘める。Rickyが持つサイバーなイメージとは一転し、旧世紀の古い時代の香りを漂わせている。
 カメラマンの要求するポーズを次々にこなすRicky。これはやはり慣れとしか言いようがない。
「じゃぁ、女の子入ってみようか」
 カメラマンからの要求が入る。え?と千羽矢とアリッサが顔を見合わせる。乱入対戦とは訳が違うのだ。いきなり入ってはいどうぞ、と撮影など出来るはずもない。
「いきなり絡みは難しいんじゃないんですか? 僕は台本のチェックもあるんで、その間に二人に撮影してもらえればいいですよ」
 Rickyの一言に、千羽矢は安堵した。撮影に関してはこちらは素人なのだ。相手がプロとは言え、いきなりはやはり心の準備もある。
「それもそうだね。じゃぁ、Ricky君はまた後で。
 女の子二人で最初撮ってみようか。いくつか合成前提のもあるんで、順番に片づけていこう」
 アリッサに最初をやらせるのは酷だろうと、千羽矢がカメラの前に立った。カメラマンの指示にままにポーズを取る。
「目線だけこっちくれるかな? 顔の向きは出来るだけそのままで…そうそう、いいよ」
 カメラマンの声とシャッターを切る音だけが、スタジオに響く。手際の良い指示の元、三十分程で千羽矢のソロカット撮影が終了した。
「次は合成分だから…ちっちゃい子も入って。その椅子を中心に……」
 アンティーク調の椅子が中央に置かれ、ダミーのクロマキードールが座らされた。
「うん、いいね。ピンクの子はもう少し近づいて…そうそう。そんな感じで」
 上手いカメラマンというのは、モデルが一言も発することなく、撮影が終了するという。与えられる指示が納得出来るから、モデル自身が意見をする必要がないのだ。今回のカメラマンはまさにその典型的な例で、特に素人二人にとっては「なすがまま」になっていれば、あとは自動的に作業が進む。それがありがたかった。
 最後にアリッサのソロカットを撮影し、女子のみの撮影が終了した。今度はRickyを交えてのカットとなる。
「よろしくお願いします」
「あぁ、うん。こちらこそ」
 アリッサは千羽矢の陰に隠れてしまった。初対面の人間に対し、酷く警戒する。Rickyには「気にしないで、彼女恥ずかしがり屋なの」とフォローしておいた。
「じゃ、これで最後なんでよろしく」
 Rickyがクロマキーの前に立つ。芸能人、という言葉をおそらく彼らは嫌うだろうが、正にRickyは「芸能人」だ。表情から佇まいまで、自分達のような生粋のVRのパイロットとは違う。彼らもパイロットではあるが、Blau Stellarのパイロットとは違い、「魅せる」為の存在だ。勝つ事を義務づけられた自分達とは、生きる世界が違い過ぎるのだ。
 コンセプトがはっきりしているので、三人になっても撮影は割と順調に進んだ。いかんせんクロマキーの前で撮影しているので、自分達がどういったシチュエーションで撮影されているのかが判らず、想像力が必要となってくる。千羽矢は時に、Rickyと対峙し、アリッサを抱きしめ、跪いて神に祈りを捧げた。
 初めはえらく緊張していたアリッサも、千羽矢と共に撮影を進めていく事で、少しずつ緊張がほぐれてきた。時に憂いのある表情を浮かべ、時にはにかみながら笑顔を見せる。そこにはいない仲間を感じているのだろうか。
 だが、アリッサはRickyに対し、時折強い警戒心を見せた。それを感じたのはデュオ。千羽矢の中のもう一つの存在だ。そして、デュオ自身も、Rickyを「ちょっとにおう」と感じている。千羽矢には、何の事だか判らなかったが、デュオの言う事だし、心に留めておいた方がいいだろうとは思った。
「……………」
 千羽矢はアリッサと撮影を進めるRickyを見ながら、親友の言葉を思い出していた。

『Rickyって、JOEのパートナーとしては問題ないと思うんだけど、何考えてるか判らないんだよね。正直、急にポッと出てきて、まぁ実力があるからあれだけの事が出来るんだけど、ぶっちゃけマシンガンズからのファンは、あまりいい顔してないんだよね。
 俺? いや、俺は…… ただね、なんか人間離れした…てか、人間じゃないみたい…… 何だろ…… 上手く説明出来ないんだけど、人間ぽさが感じられないんだよ……』

 三人での撮影が終わり、映像撮影に取りかかる為、一時間ほどの休憩となった。緊張が解けたのか、アリッサはドリンクを一口飲むと、そのままテーブルで眠ってしまった。が、暇さえあれば眠っている彼女なので、何ら心配はない。
 千羽矢はPDAでこれからの予定を確認した。念の為、遠く離れた親友のスケジュールも把握しておく。どちらも南半球にいるので、以前の対戦の時ほど、距離は感じていない。ただ、どうしても心配になってしまうのは、女房役の悲しい性か。
『人間ぽさが感じられないんだよ』
 その言葉が、頭を反芻する。確かに、サングラスは絶対に外さないし、あまり笑ったりもしない。だからといって、先ほど撮影で触れられた時、普通に体温は感じられた。
 スタジオを見回すが、Rickyの姿はない。恐らく、あてがわれた楽屋にでもいるのだろうか。
−ま、考えても仕方ないか……
 千羽矢はケータリングで出されたスナックをつまみつつ、台本チェックをする事にした。



「あ、もしもし? JOE?」
 第2プラントと第3プラントは、8時間の時差がある。流石にパートナーの休息の邪魔をしてはならない。が、どうしても今遠く離れているパートナーの声が聞きたくなった。
 しかし、携帯から聞こえた声は、無情にも機械的な留守番電話の応答の声だった。
 Rickyはそのまま電話を切った。留守番電話の録音を聞かせるという、手間すらJOEにかけさせたくなかったから。
 楽屋のソファに腰をかけると、PDAを起動させ、アルバムを開いた。そこには今まで仕事で撮影されたスチールや、プライベートの写真がこれでもかと保存されている。JOEとRickyが写っている物、JOEだけが写っている物。特にRicky自身が撮影したJOEのプライベート写真は、このPDAの容量の殆どを占めている。
「ねぇ、JOE。僕は君の為に作られたんだよ…… 誰ともバディを組めなくて捨てられそうになったけど、僕はJOEをサポートする為の存在。他の誰とも組めるはずがないんだ。事実僕達は、初めてバディを組んだあの瞬間から、まるで昔から一緒に戦い続けているように、息がぴったりだよね。僕はJOEの為だけの存在。僕は君だけの物。
 なのに……」
 ソファの上で膝を抱える。下唇を噛んで、その顔はまるで親を寂しがる子供の様に。
「JOE… 会いたいよ……」



 撮影がスチールから映像になった事で、監督が替わった。ミュージシャンのプロモーションビデオ作成に携わったり、インディーズでオリジナル作品を公開している女性監督だ。
「台本は読んでもらってると思うけど、今回は殆どが合成前提の撮影になるんで、どうしても相手の呼吸なんかがつかみにくいかもしれませんが、よろしくお願いしますね」
 確かに、監督の言うとおり。割と絡む相手がこの場にいない人間の事がどちらも多い。RickyはJOEとの絡みのシーンはすでに日本で撮影済みで、自分達と撮影を終えた後、すぐAUSに移動する事になっている。
 一応吹き替えの役者で代替えはいるが、実際本人が演じた際、どのように合成されるのか。相手が吹き替えと同じタイミングで台詞を言うとは思えないし、約一名、勝手な事をしそうな人間もいる。一番絡みの多い人間と行動を共に出来ないのが、正直不安だ。
「とりあえず、Ricky君とのシーンから片づけていきますね。Ricky君、大丈夫?」
「いつでも行けますよ」
「ならシーン65の神殿のシーンから。照明スタンバイ!」
 あらかじめセッティングされた神殿のセットに、次々と照明が当てられる。先ほど撮影で使ったセットではあるが、小物が新たに付け加えられ、臨場感が増している。
「じゃぁRicky君と竜崎さん、所定の位置にお願いします」
 千羽矢は祭壇の前に、Rickyはフレームインして入る為、セットの後方に立つ。
「テスト行きますね。Ricky君が神殿に入ります。足元の映像は先取りしている物で… 足音に気づいて、竜崎さん振り返ります。1カメから3カメまでアップで。2カメだけ引いて、二人のロング。1カメが引いてRicky君のロング…」
 正直、千羽矢には何がなんだか全く意味が判らなかったが、勝手な事をしなければ注意される事はないだろう、という事だけは判った。
−いやこれ本当大丈夫かな…… 頃合い見て連絡入れるか……
 自分の事よりも、親友の事が心配になる。しかも、その相手が相手だ。理性が飛んで暴走するか、完全凍結するか……
「はい、では本番入りま〜す」
 ADの声に、意識を引き戻された千羽矢。ぱんぱんと顔をたたいて気合いを入れ直す。
「さっ、とっとと片づけちゃいましょ!」
 カメラが千羽矢の顔を捉えた。その顔はすでに、パイロットの顔ではなかった。





「ひとまず撮影は順調に進んでます。…はい、僕は大丈夫です。…判りました。でもJOEは…そうですか…… ありがとうございます。これが終わり次第、すぐに。では……」
 小綺麗にされたホテルの一室。決して広くはないが、普通に生活するには十分な広さの部屋。トランスヴァールでのRickyの生活空間が、ここだ。
 この日の分として予定されていた撮影は、予定を少々おして終了した。オーバーした理由も、ちょっとした機材トラブル程度で、理由と言えるほどでもなかった。
 映像監督は千羽矢とアリッサの順応性を高く評価し、「この分だと予定よりも早く収録が終わりそうね」と言っていた。
 Rickyにとっても、それは大変ありがたかった。すぐにでもJOEの所へ行きたい。
 電話でKavalier Sに今日の様子を報告する。Ricky自身はKönigin Rの配下であるが、彼女が関わることは、全てKavalierが代行している。故に、彼女の配下のパイロットの状況把握についても、Kavalierが執り行っているのだ。
「いいな…あの二人…… 僕もJOEと一緒にいたい……」
 JOEの為に作られた存在。それだけがRickyを構成し、存在させている。JOEの為に、JOEの為に。JOEの為なら、Meister Oから離反しても構わない。それをJOEが求めるなら。
「JOE、今頃どうしてるのかな……」
 明日の収録も早い。Rickyは着ていた服を脱ぎ捨てると、それを畳むこともせず、ベッドにダイブするように体を横たわせた。



「で、そっちの様子は? 判った。別行動にしてすまないと、Meisterからの伝言だ。それと、機体は既に現地に入っている。二人分な。…上野さんはまだこっちにいるよ。明日発つと言っている。じゃぁ、気をつけて。」
 Kavalier Sが電話を終えた。Rickyの様子を確認しており、それをKönigin Rに報告する。
「収録も問題なさそうだ。意外に、向こうの連中がどうしてなかなからしい」
「へ〜」
 Königinは際して気にすることももせず、DVDを見ながら紫煙を吐き出している。
「Rickyの事だから、早く終わらせてJOEの所に行きたいんだろうな。でもRickyの設定って、そんなにJOEに固執させてたっけ?」
「知らね」
 自分の配下とは言え、本当に他人には興味がない。だからこそKavalierKöniginを独占出来るのだが。
「あの二人は、OMGの英雄を撃破したほどの実力の持ち主だ。それに、ムーニーバレーには河村さんも行ってくれる。最強と言ってもいい布陣だが……」
 そう、ムーニーバレーに送られる戦力は、O.D.A.でも間違いなくトップの実力を誇る。JOE、Ricky、そして元Blau Stellar6741部隊所属の河村隆一。
「連中の力が、未だに底が見えない。グレンデルがやられた。Meisterも計算外だと言っている」
「あれは…俺もちょっと可哀想な事をした。当たった相手が悪かった。グレンデルが、あの程度の人間に、やられるはずないねん」
 珍しくKöniginが自分の部下を弔う言葉をついた。否、グレンデルは部下ではない。彼女の遺伝子を持つ、娘のうちの一人。島更による味方への誤爆、先の襲撃により数を減らした使役獣の生き残り。Königinが唯一、Kavalier(と、八部衆のうちの数人)以外、目をかけていた存在。
「シーラ」
「?」
「もういい加減、俺らがとっとと出て、潰してまお。もうえぇやん、ショーとかそういうのめんどくさいねん」
 何を言うかと思えば、突然の戦線復帰宣言。これにはKavalierも流石に苦笑する。
「そんなことしたら、地球上の人間達がおまえを好きなるからだめだ……」
 ただでさえ、お前をそういう目で見てる男なんか、地上にたくさんいるんだから。
 ソファに腰掛けたKöniginの隣に、Kavalierも腰を下ろす。ガラスのテーブルに投げ出された自分の煙草を一本取り、口にくわえると、Königinが銜えたままの火種から貰い火を受け取った。

 モニターに映し出された映像。ロックバンドのライヴ映像には、見事なピンク色に髪を染め上げたドラマーが、スティックを振り下ろす瞬間が映し出されていた。





 撮影はびっくりするほど予定通り進み、今日はいよいよ最終日。最終カットを撮影したら即打ち上げに流れるので、いつも異常に緊迫した空気と、撮影が終わる安堵の空気が入り交じった、不思議な空間となっている。
「二人とも本当お疲れ様。パイロット辞めても、女優でやってけるんじゃない?」
「やめてよね。あたしらがパイロット以外出来ない、社会不適合者なの、お姉さんも判ってるじゃない」
 千羽矢の一言に、友紀は思わず吹き出し、アリッサは少しだけ目を丸くするそぶりを見せた。彼女がここまで感情を露わにするのも珍しい。
「ま、何事もなく終わってこっちも安心。突然襲撃と課されたら、堪ったもんじゃないもの」
「そうよね。それだけは心配だったけど」
「これが終われば、いくらでも不意打ちOKよ!」
 あははと千羽矢が笑えば、アリッサはわずかに頬を染める。これでも、随分と感情を出してくれるようになったのだ。成立しているんだかしていないんだか、千羽矢が一方的にしかしゃべっているように見えない会話も、実はきちんと成立している。
「テスト入りま〜す!」
 ADの声がする。千羽矢とアリッサがディレクターズチェアから立ち上がった。
 すっかり見慣れたドレス姿も、これで最後なのだ。
 出来れば本当にパイロットなんか辞めて、普通の女の子として過ごして欲しかったと、友紀は虚しい願いを胸の底に秘め、二人の背中を見送った。










「私は、絶対に諦めたりしない。私達の行く道が、どんなに険しくても、それが、この星に生きる者の、運命だから……!」










「OKです! 皆、お疲れ様!!」


 最終カットのチェックも終わり、無事クランクアップとなった、千羽矢・アリッサ組。
 OKの声と共に、セットが片づけられ、手際よく梱包されている。恐らく、このままムーニーバレーへと移動するのだろう。
「二人とも、お疲れ様」
「ありがと」
 アリッサははずかしそうに頭を下げた。
「明日だけど、雑誌の取材があって、それが終わったら、ひとまず待機ってことで、よろしくね」
「オッケー」
「竜崎さん、アリッサさん、お疲れ様でした!!」
 スタッフが花束を持って、二人にそれを差し出す。業界では常となっている、俳優への労いだ。抱えるほどの大きな花束を受け取り、二人はびっくりしながらも、拍手に包まれ、頭を下げた。
「演技が初めてなんて、ちょっと信じられないわ。もし、パイロットを辞める事があったら、是非連絡ちょうだい。貴女達なら、役者としても充分やっていけるわ」
「それはないと思いますけど〜」
 監督の言葉に、千羽矢が軽口を叩く。しかし、それは本音だ。彼女達はパイロットこそが本職だと思っている、千羽矢曰く「社会不適合者」なのだけれど。
「これから打ち上げなので、せっかくだし、参加して下さい」
「ありがとうございます」
「スタジオの正面で集合なので、着替えが終わりましたら、よろしくお願いします」
「了解で〜す」
 花束を抱えたまま、千羽矢、アリッサ、友紀は楽屋へ引き上げる。千羽矢の視界に、そそくさと楽屋に向かうRickyの姿が目に入った。きっと、打ち上げも出ずにムーニーバレーに向かうのだろう。
「業界の打ち上げって、朝までだよねぇ」
「流石にそこまで居させないわよ。未成年も居るんだし」
 幸い、まだ夕方頃の為、アリッサの年齢を考慮しても、充分席に居合わせる事が出来る。
「とりあえず、早く着替えはしてね。二人の分も、私が引き受けるから」
 部隊内でも、友紀はかなりの酒豪である。ここ最近は呑みの席もなく、基地のバーで一人グラスを傾ける事も多かったが、やはり大勢で飲む酒は違うのだろうか。
 衣装のドレスから、着慣れた制服に着替え、スタッフの運転する車で、打ち上げ会場へと移動。
 千羽矢とアリッサは、1900には基地へ戻ったが、友紀が戻ってきたのは、翌朝であった。
 ちなみに、緒方の許可は得られている。9012隊は、そういう部隊である。



 件の撮影が終わり、三日ほど間が空いた。特に動きもなく、ただただ、時間が過ぎていくだけである。
「向こうの様子はどうだ?」
「今ちょうどムービーの撮影中。あと一〜二日で終わるって聞いたけど」
「何の反応もない、という事は、向こうが終わるのを待って同時に…」

 ぴぴぴ… ぴぴぴ… ぴぴぴ…

 緒方の端末から不穏な音がする。滅多になる音ではない。何故なら…
「来た…」
「おい、このタイミングか!?」
 背後から緒方の端末を覗き込む重戦隊隊長菊地哲。さらにその後ろから、陸戦隊B班隊長飯田成一も、心配そうな顔を見せる。
 緒方の端末に届いたメールには、厳重なロックがかけられていた。ちょっとの事では覗かれない為の配慮である。
 送信者は、O.D.A.総帥、Meister O
「友紀!」
「大丈夫、もう解析始めてるって!」
 緒方から情報を共有された友紀が、ロックを解除すべく解析を始めている。毎回あの手この手で厳重なロックをかけてくるので、正直閉口するが、こちらにも手段がない訳ではない。二手に分かれても、情報を共有し合い、常につながりあっている。
「毎度手の込んだ事してくるよな〜 よっぽど暇なんだな〜」
 哲が欠伸混じりに、相手の技術を皮肉りながら感心する。他の隊員達も、慌てる様子もなく、各々が友紀の同行を見守っている。
「いつもならこの辺でロックが外れるんだけど… 今日はちょっと違う感じなのよね…」
 止むなく、といった面持ちで、バッグから1枚のCDを取り出した。アーカイブされているツールを起動し、解析を再開する。
「出来れば、頼りたくなかったけど、仕方ない… 世界屈指の電脳師様が作ったツールだもの」
「世界に何人もいないランク特S5だもん。A持ってるお姉さんだって、あたしからしてみたらとんでもない人だけどなぁ」
「何人もいないんじゃなくて、一人しかいないの。まぁ、Sランクって、殆ど犯罪者かハッカーレベルの技術と知識が要求されるだし…」
 解析結果がはじき出される。友紀がちょうどスルーした所に、わずかだが、プログラムの改変が見つかった。
「こんなの…普通じゃ気付かないわよ!」
 イライラを隠しきれず、友紀が怒鳴った。何に対してか、恐らく自分に対して、ではあるだろうが。
「これで行けるわ。………………よし、これで!」
 友紀がさらにキーコードを入力し、エンターを押すと、画面上に「UNLOCK」という文字が表示された。
 画面が切り替わり、その後表示されたのは、一枚の地図。赤く点滅しているポイントをクリックすると、そこはプラント内の地図。
 指定された場所は、かつて鉱山として栄え、現在はr.n.a.のVR製造ラインの中核を担う、第二プラント・トランスヴァール。その中のある場所。
「アバンダンドクォーリー…」
 このエリアを模したバーチャルフィールドにおいて、かつて伝説といわれる対戦が行われた。JPNエリアで行われた、東西を分ける大会。東のテムジンと、西のエンジェラン。この対戦は、数年経った今でも、全てのバーチャロンプレイヤー、パイロットの間で語り継がれている。
「なるほど… 連中がここで、勝利の伝説を作るって言うのか?」
「馬鹿言え! 誰がさせるか!」
 珍しく、成一が声を荒げた。前回の対戦で、「酷い目に遭わされた」(本人談)だけに、この次の対戦にかける熱は半端ない。
 そして千羽矢と、スペシネフパイロットの蒼我恭一郎は、現在まで行われたカードにおける、唯一の敗北を見た。次の対戦に臨むその心の中は、恐らく成一並み、いやそれ以上だろう。
「今回も、事前のカード公開はなしね…」
「そこはお前の手腕が問われるからな、友紀」
「ま、その辺は任せて頂けるかしら…」
「日付は三日後。10時開戦予定だ。それまでは、しっかりと英気を養ってくれよ」
 緒方の言葉に、一同が確かに頷いた。
「それじゃぁ、いったん解散する。残るやつはそのままでもいいし、後は自由にやってくれ」
 端末の電源を落とし、後の事を友紀に任せると、緒方はミーティングルームを出た。その後、蒼我がふらり、と後に続く。
「アバンダンドクォーリーは…段差がありますから、上手く活用すれば相手の攻撃を相殺出来ますね」
「逆もまた然り、だな」
 水無月淳と哲が端末に表示されたエリアマップから、ポイントとなる段差の場所を確認した。確かに、この微妙な段差が優劣を生むのは確かだ。この段差のポジションをいかに上手く取り入れるかで、機体の優劣差をも、ひっくり返す事が出来るかもしれない。
「でも怖いよね。地下空間でしょ? 崩れたら、あたし達一環の終わりじゃん」
 千羽矢の言う事ももっともである。このアバンダンドクォーリーは、地下鉱脈の採掘場の一部。もし、崩落などが起これば、逃げ道はない。連中は定位リバースコンバートを応用した、転送プログラムを使っている。もし崩落が起きたとしても、すぐに逃げ出せるだろう。
「罠、とでも思うべきだというのか?」
「そう思っても不思議じゃないでしょ。 屋根のない所におびき寄せて、一斉攻撃かければ…」
「そんなつまらない事する連中じゃないと思うよ。少なくとも、全滅させるのが目的なら、そんな事しない。一人一人、完膚無きまでに叩く… それを中継で流すんだ。誰が強いのかを、判らせる為にね…」
 成一は眉間にしわを寄せ言った。
「もし、俺達を全滅させるだけが目的なら、あの時、とっくにやってるよ。事実、連中は…壊滅された部隊もあったけど、決して全ての部隊でそれをしなかった。俺達だって、殺そうと思えば、いつでも殺せたはずだ。それをしなかった。そうしないんだ。
 これはショーだから。ただの一方的な、ワンサイドゲームじゃない。俺達が戦っているのは『限定戦争』なのさ…」
 その一言に、全員が口をつぐんだ。
 恐らく、旧世紀時代には考えられなかったであろう、『見せ物』としての戦争。自分達が置かれている状況を、改めて実感する。
「まぁ、そんな構えなくても、いつも通りやれればいいんじゃね? 何があっても、天は俺達に味方する」
 哲の言葉に、互いに顔を見合わせる一同。
 だが、その言葉を、哲は自分自身に言い聞かせるつもりでいた。先の戦いに於いて、成一ほどではないにしろ、今までにない苦戦を強いられた。また、全ての地上プラントを奪還した訳ではない。この先宇宙空間、月面基地、先はまだ長い。
 この程度の事で、この先自分は戦っていけるのか。


 戦わなければならないのだ。自分達は。
 そして、勝ち続けなければならないのだ。
 この、地球圏の為に。


To be continued.