「ふぅ…… 何とか終わったな」
「そうね」
 キャリアーの管制塔で、緒方と友紀が大きく息をする。
「回収は?」
「千羽矢ちゃんと蒼我さんだけ先に帰還させたわ。もうドッグに入ってる」
「被害状況はどうだ?」
「フェイ=イェンとスペシネフが活動不能。バトラーが中破、ドルドレイも小破とは言えないわね……」
「あとは自力で動けるだけマシ、ってことか……」
「そうね。今回は誤算だった、と言ってもいいみたい……」
「……だな……」
 管制塔に陣取る司令・緒方豊和と、情報管制官・日向友紀が、被害状況を確認する。
 今回の対戦は、予想外の被害が出た。初めての活動限界機を出し、どのくらいで修復出来るかも判らない。
「ファクトリー行きは?」
「ここにもそれなりの設備があるから、それは大丈夫。このままトランスヴァールまで直行は可能よ」
「本人達が無事ならいいんだが……」
 ピーッ! ピーッ! ピーッ! ピーッ!
 直通回線が反応した。緊急を要する時でなければ繋がらない回線のはずだが、何故これが応答を求めているのか?
「……ったく、どこからだよ」
「キャリアーだわ。ユータ君の所からよ。何かあったのかしら……」
 回線を開く友紀。それと同時に、管制塔中にひどく興奮した声が響き渡った。

『ちちちち千羽矢ちゃんが撃破されたって本当ですか!?』

 画面に現れたのは、長い金髪を振り乱し、息も絶え絶えなパイロット。
「情報が早いな」
『当たり前です! しかも相手のエンジェラン、聞いたら聖域を壊滅させた張本人じゃないですか! 何でそんなのを!!』
「落ち着きなさい。私達だって予想外だったのよ」
「早かれ遅かれ、戦うことになる。データが取れただけでもめっけもんだ」
『……んなこと言うたって……』
「な〜に青い顔してんのよ!」
 横から現れたのは……
『千羽矢ちゃん!!』
「ったく、情報が早いのは結構だけど、本人の無事も確認しなさいよね! 尚貴ちゃんの悪い癖!」
「……ごめん……」
 さすが嫁。旦那のことはよく判っている。
「あたしがあの程度でやられると思ってる!?」
『……思ってない』
「言ったわね!」
『ごごごごごごめん! そういうつもりじゃ……』
「判ってる。あたしは大丈夫だから、尚貴ちゃんは、自分のことに集中しなさい。ね?」
『……判った』
「あたしとしては、尚貴ちゃんの方が心配よ。本当、何するか判らないもの」
 昨日今日の付き合いではない。親友のことは、自分が一番判っているつもりだ。
 周りが見えなくなると、本当何をしでかすか判らない。そんな性格だから、本当は自分がずっとついていたい。
「ほら、まだチェックの途中でしょう? 早く戻りなさい」
『判った。でも本当に……』
「大丈夫。あたしは、一人じゃないもの」

 そう、あたしは一人じゃない。今いる仲間だけじゃない。もっと大切な人がいる。

『判ったよ。じゃぁ、戻るね』
 非常回線を使った張本人、高森尚貴は竜崎千羽矢に説得されると、緒方と友紀に頭を下げ、回線を切った。
「やれやれ、これじゃ赤木さんだけじゃ大変ね」
 ふぅ、と千羽矢がため息をつく。
「メディカルチェック終わったのか?」
「お陰様で。機体の損傷が激しいだけで、あたしは全然。でもスケルトンシステム自体に問題ないから、リセットかけて、リバースコンバートし直すだけでいいみたい。あとは全体的にチェックして」
「蒼我はどうした?」
「蒼我さんも大丈夫。念の為Vコンバーターのチェックはするって」
「あれだけ衝撃受けて、破損がなかったのは本当奇跡だわ」
 友紀の一言に、緒方も頷く。背面から派手に激突し、Vコンバーターの安全機構が働くなど、今まで聞いたこともない。整備士達も、全員が口を揃えて「今までにそんなことは一度もなかった」と言っている。
「まぁ、アレだな。死人が出なかっただけでも運が良かった」
「そうね……」
 友紀がすっかり冷めてしまったコーヒーに口を付ける。
「そういえば、アリッサはどうした?」
 アリッサと言えば、帰還するなり泣きじゃくりながら、走って部屋にこもってしまったのだ。それっきり、部屋から出てこない。
 友紀は何度か様子を見に行ったが、応答する気配もなく。緒方の問いには首を横に振った。
「一体何があったのかしら?」
「さぁな……」
 緒方もこれには困っていた。何があったのか、話は聞いておかねばならない。しかし本人がこれだと、何があったのかすら判らない。
 肝心の相方・水無月準でさえ、
「いや、本当自分も判らなくて…… 緒方さんがあのサイファーが変だと教えてくれてから、彼女もなんか……」
 と、首をひねるばかりである。
「ただいま〜」
「おがっちごめん。チェックに時間がかかっちまった」
 そこに現れたのは、飯田成一と菊地哲。この二人も、規格外のドルドレイを相手に、死闘を繰り広げた。
「お前ら、もういいのか?」
「鍛え方が違うっつの」
「15分くらい酸素カプセルに入れてもらったらスッキリしたよ。でもやっぱり基礎的なものがしっかりしてるから、それで済むけど、他の人なら一週間は絶対安静だって言われたよ」
「ま、それなら安心だ。このままトランスヴァールに向かう。ROD達ももうムーニーバレーに向かっているそうだ」
 隊員達の帰還を待つ間、別行動をしている藤崎賢一・瀧川一郎組から連絡があったのだ。彼らも勝利を期し、次のポイントであるMV−03ムーニーバレーに向かっていると。
「……にしても、今日に相手はアレだな。人間じゃねぇな。何もかも超越してるわ」
「もうあんなのと戦いたくない……」
 成一は若干トラウマ気味のようだ。
「到着までまだ時間がある。後処理は俺達に任せて、ゆっくり休んでくれ」
「そうよ。特に成ちゃんは」
「さんきゅ。そうさせてもらうよ」
「何かあったら呼んでくれ」
「判った」
 成一と哲はその言葉に安心し、それぞれあてがわれた自室へと戻っていった。
「千羽矢、そういえば蒼我は?」
「もう部屋帰っちゃった。寝てるんじゃない?」
「そうか、ならいいんだが……」
「ちーちゃんも休んだ方がいいわよ。あれだけダメージ受けたんだから」
「ありがと。あたしは大丈夫。割と健康だし」
 ずずっと、ケータリングのお茶をすする。JPN隊員が多いせいか、緒方がお茶の産地にはこだわって入れてもらっているので、空の上や海の中でも極上の緑茶を飲むことが出来るのだ。
「これで済んだってことは、皆のレベルがそれだけ高かった、ってことだな」
「そうね。普通なら全滅したっておかしくないもの」
 緒方と友紀は引き続き端末に向かい、千羽矢は先程渡された「台本」に目を通す。
 トランスヴァール到着後、すぐにタイアップの決まったコスメメーカーのCM撮りがあるのだ。
 世界中の人々が彼女らに注目する。それだけに、こういったCM撮りのオファーはひっきりなしに入ってくる。雑誌のインタビューなどをこなすのも、また仕事の一つだ。
−尚貴ちゃん、大丈夫かな。こんなに離れているの初めてだし。本人は大丈夫そうだったけど、すぐ溜め込むし、心配だな……
 自分のことよりも、親友が心配で仕方ない。だが、今は彼女を信じるしかない。千羽矢はケータリングで出されたお菓子にも手を伸ばすと、そのまま台本に集中した。



 表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
 限りなく電脳虚数空間に近い世界。
 電算室には一人のマシンチャイルドの姿。三輪(みつわ)。
 先程まで出撃していたサイファーの所在を調べるべく、一人中枢に侵入していた。三輪はバーチャロイドによる戦闘はもちろん、情報官制についても高い能力を持つ。故にO.D.A.においてソフト的な面を預かるKlosterfrauに仕え、彼女を補佐する。その能力は、電脳師特Sランク以上に匹敵するという。
 今、自分の持てる全てのスキルをつぎ込み、サイファー−来夢の居場所を突き止めようとする。何故、来夢がヤガランデ復活の人柱とならなければならなかったのか。三輪は納得が行かない。
 Aliceの復活は、O.D.A.にとっての悲願である。しかし、それとヤガランデがどう繋がっているのか。生みの親であるプラジナー博士すら恐れた力。どうしてそれがAliceと繋がるのか。
「……まさか……」
 ようやく何かを掴んだ。八部衆最高の記憶力でその情報を掌握し、電算室を出た。そのまま向かうのは、Meister Oがいるはずの執務室。
Meister、失礼致します。八部衆の三輪でございます。お話があり、お目通りを願いたく、お伺い致しました」
「入れ」
 インターホン越しに聞こえる擦れた声。直ぐさまロックが解除され、扉が開く。この扉は、Meister以外何人たりとも開くことは出来ない。
「失礼致します」
「先日の件、ご苦労だった。これであと数世紀は金策に困ることはないだろう」
「ありがとうございます。
 時にMeister、今回の出撃についてですが……」
「何か問題でもあったか?」
「いえ……そうではありません。あのサイファー…123番機のことですが……」
「あれがどうした」
「何故に、あの機体に『ヤガランデ』のVコンバーターが搭載されていたのですか?」
「………」
「あの子は…来夢は何も知らなかった。自分のサイファーが、本当は『ヤガランデ』だったなんて。何も知りませんでした…… 何も知らないまま、あの子は消えてしまったのです」
「バーチャロイドのパイロットの魂は、Aliceが最も好むものだ。お前も知っているだろうが、この限定戦争にはAliceの意志が働いている。負けた者の魂は、Alice復活の礎となる。それだけのことだ」
「ですが123番機は調べた所、戦場を離脱した後、ドックに帰還した記録がありません。一体あの子は何処に……」
「三輪」
 気が付けば、Meisterが三輪のすぐ目の前に立っていた。
「お前は少々、人の心を知りすぎてしまったようだ。お前はマシンチャイルド。大人しく、俺に仕えていればよい」
「な………っ………」



 三輪の膝ががくり、と折れる。それをMeisterが支えた。
「再教育が必要だな。一座」
「ここに……」
 暗闇に人影が現れた。姿形は三輪と何一つ変わらない。でも、その中に住まう「心」は全く違う。八部衆を束ね、Meister Oに忠実に仕えるマシンチャイルド、一座。
「お前は誰の物だ?」
「何を仰る。Meister O、あなた以外の誰の物でもありません」
「それでいい。こいつは人の心に触れてしまったようだ。俺に対し、疑いを持つことを、俺は好まん」
 Meisterの腕にだらりともたれかかる三輪。その目には、先程の光は宿っていない。虚ろで、どこか恍惚でもあり。
「愚かな…… だからMeister意外に仕えることは、身の破滅を招くと、あれほど忠告したのに……」
「だが、Klosterfrauにとっては忠実な部下だ。全てを奪ってしまうのは、あの「子供」にはいささか酷だ」
「その通りでございます」
 一座が深々と頭を下げる。彼女にとって、Meisterが全て。Meisterの望みであれば、自らを滅する事すらいとわない。
「せめて真の主が誰であるのかだけ、今一度教育を施さねばならない。手伝ってくれるな?」
「嫌です」
「何だと?」
「神聖なる儀式に、私とMeister以外は不要です」
 一座の真剣な眼差しに、Meisterは一瞬戸惑い、やがて吹き出した。
「いや…すまん。もちろん、俺だって同じ気持ちだ。だが、今はこいつを教育することが最重要だ。俺に仕えることが最も悦びを得る事が出来ると言うことを、改めて教え込まねばならん」
「……かしこまりました。ですが……」
「もちろん、こいつの教育を終えた後で、お前とはたっぷりと愛し合わねばな……」
Meister……」
 一座はその一言で恍惚の表情を浮かべ、Meisterのブーツの先に口付けた。それが、彼女の忠誠の証だ。
「可愛そうな三輪。Meisterにだけ仕えていれば、『女』としての悦びを教えて頂けるのに……」
 指一本動かすこともない、もう一人の『自分』に哀れみの目線を送る一座。
 三人の影は、やがてノイズとなり、その場から姿を消した。



『取り敢えず、行ってもらえない? CM撮りのこともあるし、台本には目を通して欲しいのよ。尚貴ちゃんと違って、皆のシーンは本当少ないけどね』

 友紀に頼まれて、千羽矢はアリッサの部屋を訪れた。
 帰還後、ろくに機体チェックもせず、泣きながら部屋に駆け込み、以後姿を見た者はいない。
 アリッサもまた、Vポジティブ値の高いパイロットだ。何か触れてはいけない何かに触れてしまったのだろう。
『ちー、今回なんだけどよ……』
 千羽矢の中から誰かが語りかける。彼女の魂に住まう存在、デュオ。元々はO.D.A.のパイロットであったが、ある事件をきっかけに、千羽矢と存在を共有することとなる。だが、デュオにO.D.A.パイロットだった頃の記憶はない。
『正直、誰かが死ぬんじゃないかと思った。だからさ…なんか、全員がこう…怪我もなく帰還出来たのが、凄く嬉しい』
「珍しいわね。デュオがそんなこと言うなんて」
『俺だってたまには仲間の心配くらいするさ』
 目には見えないが、デュオがむくれた顔をしたような気がした。
 水陸空兼用キャリアー「ポルトパラディーゾ」。「楽園の港」という名を持つこのキャリアーは、正に帰還したパイロットにとっては天国にも等しい。
「さて、着いた」
 キャリアーの居住区にある部屋を、キャリアーの艦長である今井寿から一人ずつ貸し与えられた。アリッサの部屋もここにある。
 ピーッと呼び鈴を鳴らす。出て来ない。今回は尚貴の時と違い、マスターキーはない。
 反応がないのは判っていた。心の中で詫びつつ、ドアをやや乱暴に叩く。
「ごめんね、いるのは判ってるの。CM撮りの台本を持ってきただけだから、それだけ受け取ってくれたら帰るから」
 しかし、反応はない。
 郵便受けに台本を入れて帰るか……と思った矢先、しゅん、と扉が開いた。そこには部屋着に着替えたアリッサが立っていた。
「よかった。居留守使われてるんだと思ったから。これ、今度の台本。台詞とかはないけど、一応段取りの為に目を通しておいてくれる?」
 アリッサは無言のまま台本を受け取った。
 話には聞いていたが、アリッサはこういう事は正直苦手だ。移動の際は殆ど自室にこもったままだし、ブリーフィングの際も、一人でやや離れた所に座っている。どうも人と接するのが苦手なのだ。往々にして、バーチャロイドに接する人間には、そういう性質が多いのもまた事実。
「じゃ、渡したから帰るね」
「あの……」
 急に声をかけられた。千羽矢は正直びっくりした。消え入りそうな声だったが、確かに自分を呼んだのだ。
 振り返った千羽矢と目が合い、一瞬見開いてそのまま顔をそらした。
 違う。自分がしたいのはそうじゃなくて…… 
 だが、どうしてもその後の言葉が続かない。赤くなって、うつむいてしまう。
 何となく察しがついた千羽矢は、わざとらしく言った。
「あーあ、そういえば朝ご飯そんなに食べなかったから、お昼前だけどおなか空いちゃったな〜」
 するとアリッサは、一旦部屋の奥に引っ込み、カゴいっぱいのクッキーを持ち出した。おずおずと、千羽矢の顔を見ながら。
「おいしそう。頂いていい?」
 こくり、と頷くアリッサ。
「じゃ、お邪魔しま〜す」
 千羽矢が部屋に足を踏み入れた。アリッサは嬉しそうに(彼女の感情を読み取るのは、正直至難の業である)、クッキーをラグマットの上に置かれた小さなテーブルに置き、小走りでキッチンへ向かった。
『ちー、これじゃお前も大変だな』
「いいのよ。これで」
 こういう積み重ねが大事なの。
 恐らく、アリッサ手作りのクッキーを頬張りながら、千羽矢はアリッサとの友情の第一歩を確実に感じていた。



 蒼我恭一郎は、あてがわれた自室のベッドに横たわっていた。
 身体を横にしていないと、何となく落ち着かなかったのだ。彼にしてはとても珍しいことだった。メディカルチェックの結果は、特に問題はなかった。外傷を受けた訳でもない。ただ、何故か身体が熱を帯び、風邪を引いたかの様な怠さを覚えた。
 以前、第42危険分子駆除部隊(通称死神隊)に所属していた頃。ユーラシア大陸の自然保護区域に、所属不明のグリス=ボックが侵入したと通報があり、偶然近くの駐屯地に配属されたばかりの死神隊に出撃が命じられた。
 たかだか一機のグリス=ボックに、スペシネフが遅れを取る訳もない。支援のサイファー二機を引き連れ、一個小隊相当のスペシネフが出撃した。当然蒼我も含まれている。
 しかし、そのグリス=ボックは、躊躇なく電磁ボムでサイファーの計器を狂わせ(本来電磁ボムはグリス=ボックの標準装備ではない)、あっという間に二機のサイファー、三機のスペシネフを「殲滅」した。
 一人森林区域に逃げ込んだ蒼我のスペシネフをあぶり出す為、グリス=ボックは通常であれば所有が禁じられていたはずのICBMを用い、第一級環境保護地区出会ったはずの森林区域を、一瞬にして死の大地へと変貌させたのだ。
 ただ一機のスペシネフをあぶり出す為だけに用いられたICMBは、旧世紀から守られてきたかけがえのない自然を、一瞬にして奪い去った。これをきっかけに、バーチャロイド戦闘に反対する自然保護団体の運動が世界中に広まり、今でも小規模ながら、デモ行動が行われている。
 上空を飛んでいるキャリアーが、たまたまその地域の上空を通ったせいなのか。その事を思い出してしまったのだ。
 ほんの数年前の出来事だ。ようやく死滅同然のこのエリアに対し、DN社とrn社が共同出資を行い、自然環境復帰の動きが報道されたのも、つい最近のこと。
 あのグリス=ボックが残した代償は、とてつもなく大きな物となった。
「…………………………」
 キャリアーには空気清浄機が全室配備されているから、旅客機並みの高度でキャリアーが飛んでいても、地上と変わらずに煙草を吸うことが出来る。
 部屋の灰皿は、既に吸い殻でいっぱいになっていた。



「ったく、まさか非常回線を使ってくるとはな」
 先程の騒ぎに、緒方は少々呆れた顔をした。
「仕方ないわよ。大切な『嫁』の一大事ですもの」
「だからって…… ユータさんもよく許可したよな」
「許可はしてないと思うけど……」
 緒方と友紀が顔を合わせ、やがてぷっ、と吹き出した。
「しょうがねぇな、あいつは」
 笑い出す緒方。友紀もコーヒーを入れながら、困った様に笑う。
「…で、あのキャンペーンは?」
「明日から収録に入ってもらうわ。時間もないし、かなりスケジュールがタイトだけど……」
「まぁ、こういったアプローチでの宣伝も、必要なのかもな」
 緒方の手には、化粧品メーカーの新商品PRの企画書。9012隊の女子四名をイメージキャラクターとした、商品展開を行うという。太陽系とは異なる星系の、地球に似た惑星に暮らす民族。その最高指導者の娘達、と言うのがコンセプトだ。
 更にこれにはプロモーション用のショートムービーも作成されるという。彼女たちが暮らす惑星に、ジプシーの様に星間移動を生業とする民族が侵入し、襲撃を企てる。病気で余命幾ばくもない最高指導者である父に代わり、姉妹が戦いを挑むが……と言うのが大まかなストーリーだ。
「しかも相手役は『DASEIN』か……」
 『DASEIN』(ダーザイン)。今世界的に実力を付け、頭角を現しているパイロットユニットだ。バトラーパイロットの『JOE』、バルシリーズパイロットの『Ricky』の二人からなる。
 JOEはかつてトップパイロットチームでもあり、ヘヴィメタルバンドでもある『SEX MACHINEGUNS』に所属し、オフェンスとドラムを担当していた。試合中の負傷により、一時は再起不能とまでいわれていたが、昨年奇跡の復活を遂げた。
 真っ白いバトラーを駆り、華麗にライダーキックを決めるスタイルから「スピードスター」の異名を持つ。
 方や、相棒のRickyは、過去の経歴が一切不明の新人パイロットだ。しかし、実力は申し分ない。バルシリーズの性能を遺憾なく発揮するトリッキーな戦い方は、時にJOEを凌駕する。
 今、若い女性を中心に、世界的人気を誇る二人組が、このプロモーションに参加する。
「世界的に注目されるのは間違いないな」
「そうね。スポンサーマネーも相当入るっていう話よ」
「ありがたい話だ。今回の襲撃で、かなりの損失が出ているからな。俺達がその穴埋めを少しでも出来れば、それでいい」
 緒方はこういった外部へのプロモーション参加に対し、非常にリベラルだ。むしろ積極的に話を持ってくる様に、広報には命じている。パイロット達には多少負担をかけるが、緒方自身も雑誌のインタビューやTV出演などと言った「顔出し」も行っている。
「明日の件は、友紀に任せる」
「言うと思った。お任せ下さい」
 顔を見合わせ、笑い合う二人。そしてそれぞれの時間を過ごす為、解散となった。

 眼下には岩肌がむき出しとなった鉱山跡と、山裾に広がる都市。
 かつて、旧世紀にはサッカーの世界規模大会で繁栄したと言うが、それも今は昔。
 第2プラント・トランスヴァール。ここが新たな戦場となる。


To Be continued.