爆炎が途切れることなく上がり、VRとVRがぶつかり合う音が響く。汗の様にVアーマーが飛び散り、三つの影が重なり、そして離れる。
「死ねやァァァァッッッ!!」
 グレンデルのドルドレイが、バトラーにドリルを叩き付ける。
「させるか!!」
 成一がトンファーで受け止めた。その衝撃と重量で、踏みしめたコンクリートがめり込む。
「この野郎!!」
 哲のドルドレイも、すかさず成一を援護する。グレンデルの蒼いドルドレイに狙いを定め、ドリルを発射した。
「邪魔だ!」
 グレンデルもクローを発射し、ドリルを撃ち返す。
 これまで、一方的にも見えた対戦だったが、成一と哲を襲っていた精神ノイズによる苦痛が消え、逆にグレンデルが少しずつ、苦しい展開を迎えている。
「こいつら…人間風情の分際で……」
 コックピットの中で、ぜいぜいと息を荒げるグレンデル。ヘルメットから零れる蒼い髪にも、汗が滴っている。
 先程まで感じていた快感とは違う、胸が悪くなる程の不快感。スーツが肌に張り付き、アンダーウェアは既にその役目すら果たしていない。
「こいつら…人間のクセに…… オ レ に さ か ら い や が っ てェェェェェェェェェェェッッッッ!!!」
 ドリルでバトラーをなぎ払い、ドリル特攻でとどめを刺そうとするも、成一がこれを回避。硬直を狙った哲のファイヤーボールに逆に捕らえられる。
「うざってェな!」
 Vアーマーの高さも手伝い、多少の近距離からの攻撃でもさほど気にしないが、やはり蓄積されたダメージが少しずつ気になっていく。
 自分は選ばれた存在だ。時が来れば、Königin Rの配下として、Aliceの守護騎士として、もっと高い地位につくことが出来るだろう。Aliceに直接仕えるということは、即ちその力の恩恵を直接受けることが出来る。自分の思い描く、全ての欲求を満たすには、是が非でもAliceに仕えたい。自分がAliceに仕えることが出来れば、遺伝子上の母であるKöniginだけでなく、そのバートナーであり、自分に「女」であることを教えてくれたKavalier Sにとっても名誉になる。
 グレンデルの瞳孔が狭まった。
「Greeeeeeeeeeeeeeeeehhhhhhhhhhhh!!!」
 放たれた咆哮が封印されていた「野生」を解放し、目の前の二機に牙を剥く。



「使役獣を再生させる」
 O.D.A.は自らの科学力で、マシンチャイルドの再現、実用化を現実のものとした。
 それに続くのは、電脳歴において人間に変わる労働力として誕生した「使役獣」の再生。

 遺伝子工学が日常的となり、医療にも数多く取り入れられている電脳歴。その高度な技術は、地球上の生物は勿論、「無」の状態から新たな生命を生み出した。
 人間を凌駕する力。耐久性は勿論、外見すらも全て思いのまま。この技術が世に公表された時、多くの「好事家」達がこぞって自分好みの使役獣を造らせ、その殆どは無惨に捨てられた。
 これらの捨てられた使役獣達は、その殆どに「動物」の遺伝子を保有する。故に捨てられ、野生化した使役獣が人間を襲い、更に駆除の為に殺された。
 その為、使役中はVRやマシンチャイルドが実用化される以前に、全ての技術を封印させられたのだが、理由はそれだけではない。

 人間の遺伝子のみを使って生み出された存在を、どうして「使役獣」などと呼べるのだろうか。

 Meister Oは、まとめられた資料をそれぞれに回す。
Doktor Kの残したデータから、我々の技術力で使役獣の再現が可能であることが判った。Klosterfrauの強力で、今すぐにでも生産実験に入れる状態だ。
 そこで、だ……」
 MeisterKönigin Rの背後に回ると、かすかに煙草の香りがする髪を一房掴み、唇を寄せた。
Königin、お前の遺伝子を使いたい」
 その言葉にKavalier Sの鋭い視線が飛ぶも、Meisterは一向に気にしない。
「今回生産する使役獣は、全てオフライン戦闘に使用する。Königinの優れた戦闘力に、野生動物が持つ高い闘争本能が加われば、『兵器』としては理論上最強になると言えるだろう」
 掴んだピンクの髪を、くるくると髪に巻き付けるMeister
「それに、電脳歴において『兵器』には美しさも必要だ。全てを与えられたお前の遺伝子こそ、このプロジェクトを支えるに相応しい」
 見る者に畏怖すら与えるKöniginの美しさは、フォトグラム(ホログラフィを用いた立体写真集)の売り上げが物語っている。ありとあらゆるジャンルにおいて、毎週のランキングに彼女が登場しないことはない。肉感に魅せられた男性だけでなく、高いファッションセンスを支持する女性にも、彼女は全ての人間を魅了するのだ。
「好きにしぃや」
 その一言を聞くと、Meisterの背後に新たな人影が出現した。持ち合わせたレザーで髪を一房剥くと、まるで宝物を入れるかの様に切った髪をケースに入れ、姿をノイズへと変えた。
「使役獣の兵団は一個連隊相当を造らせるつもりだ。地球襲撃の先兵として、相手に恐怖を与えるには相応しいだろう?」
 まるでハロウィンの夜にお菓子をもらいに行く様な気分さえ感じる。その様に、Sklaveは声を殺して笑っていた。
「これで我々が『表』の世界に挑戦する手筈が整う。マシンチャイルドも引き続き増産させているからな。
 Aliceがお喜びになる姿が目に浮かぶよ……」

 数週間後、第一生産ラインにて、まずは一個中隊に相当する一二体の使役獣が誕生した。

「素晴らしいな……」
 Meisterは感嘆の声を上げた。彼でなくとも、その場に居合わせた人間なら、使役獣とは思えない『彼女』達の美しさに息をのみ、魅了されてしまうだろう。
 色香の漂う肉体には、各々が持つ「遺伝子」に帰来する耳と尾が付いている。虎、狼、豹…… ライオンの遺伝子を持つ者は、黄金のたてがみを彷彿とさせる金色の豊かな髪と、豊満な肉体を持ち、その姿に神々しさすら感じた。
 そして、それぞれが瞳に強い闘争本能を映し出しているにもかかわらず、従順で、決して無駄に暴れようとはしない。
「パブロフシステムも正常に作動しているようです」
 開発のサポートに当たったDoktor Tが分析する。
「…おい、恋! 危ないって!」
 Kavalierが制止するも、Königinが一人の使役獣の前に近づいた。いくら首輪でつながれているとは言え、鋭い爪や牙を持つ使役獣に攻撃されたら、いくらマシンチャイルドでもひとたまりもない。その場に緊張が走る。
 そんな心配を余所に、Königinは一人の使役獣に手を差し出した。蒼白い肌、蒼い髪、猫を思わせる耳と、太く長い尾。それは虎の遺伝子を持ち、後に「グレンデル」と名付けられる「女」。
 彼女はKöniginの手を取り、己の唇を寄せた。
「かあ……さ…ま……」
 初めて耳にする使役獣の声。掠れてはいるが、一瞬で「男」の野性を目覚めさせる様な艶を持つ。
 その様子を見た他の使役獣達も、彼女に習い、Koniginに近づき、同じように手を取った。
「さすが。自分の『母親』はちゃんと判るんだ」
 Meisterは想像以上の完成度に、大変満足している。
「最後の仕上げだ。こいつらは全員『YOSHIWARA』へ送る。以降造られるのも全部だ。
 だが今のこいつらには『本能』しかない。『YOSHIWARA』の女として、人間としてのの『理性』がない。
 KavalierSklave。お前達にはこいつらを『女』にして欲しい。俺も三〜四人連れて行く」
 Meisterの命令に、思わず二人は声を上げた。
「ちょっと待てよ! 聞いてねぇよそんな話!!」
「どういうつもりだ! 俺はヴォルフ以外の人間を抱くつもりはないぜ!」
「……そういう問題?」
 Sklaveの一言に、Furstは思わず頭を抱えた。
「いきなり現場に送れないだろ。Doktor、片っ端から心当たりを探せ。最悪外部の待機要員に回しても構わん」
「よろしいので?」
「どうせ襲撃で召集するんだ。あのレベルじゃどう見たって生き残れない。死ぬ前にいい思いさせてやってもいいだろ。どうせ『口封じ』になるんだ。
 あと『懲罰大体』にも回せ」
「それはよろしくないかと」
「なんで」
「人格形成に問題が生じます。『クラブ』に送るならともかく、『YOSHIWARA』で働かせるには、いかがなものかと」
「そっか…… なら外部への手筈を付けておけ。
 実戦訓練も平行させろ。機体は?」
「いつでも使用出来ます」
「OK。それは手の空いている連中に任せろ。オンラインも利用して構わん」
「かしこまりました」
 次々と使役獣達が連れて行かれる。Meisterが自ら選んだ四人が別に確保され、側女達に連れて行かれる。
 残る数人の内、虎の遺伝子を持つ蒼い髪の女に手が及んだ時、
「待った!」
 声を上げたのはKavalierだった。
「そいつはだめだ」
 白衣の研究員の手から、鎖を奪い取る。
「お前、急にどうしたんだよ……」
 Königinに全てを捧げ、それ以外全く興味のない男が、他の女、しかも使役獣に興味を持つなんて…… 自らも只一人に仕えているSklaveでなくとも、その行動に驚きの念を隠せない。
「そいつは俺が面倒を見る。なぁ、恋。いいだろ?」
 捨て猫を拾ってきた子供の様な顔をするKavalierKöniginはさして興味もなさそうな顔をし、
「別に……」
 と言い放った。
「ごめん。その分はちゃんと……」
「えぇって別に!!」
 Königinがそんな風に声を荒げたのも聞いたことがない。Kavalierですら初めてだった。
 自分に仕える只一人の「男」が、他の「女」に興味を持つことが、余程面白くないのか。
「おい! 上手くやってくれねぇと、後でとばっちり受けるのは俺らなんだぞ!」
 SklaveKavalierに耳打ちする。
 Kavalierが外部での『仕事』でいないことがある。長身と美しい容姿を生かし、高級ブランドや雑誌のファッションモデルの仕事で、基地にいないことが時々あるのだ。そうすると、決まってKöniginの機嫌が悪くなり、八部衆の四人や、FurstSklaveが呼び出され、本人の気が済むまで対戦に付き合わされる。Sklaveは1回相手にされるが「弱すぎる」と以降相手にされず(それは彼女にとって「弱すぎる」のであり、決してSklaveが弱いのではない。Sklaveはその後の別の事で散々付き合わされることになる)、たいていFurstが長時間付き合わされるのだ。Sklaveは彼に仕え、愛する者の立場から、出来るだけ彼女との戦闘はさせたくないのだ。
「すまん。それはないようにする」
「もしそれであったらどうしてくれるんだよ!」
「お前らうるさいぞ! 喧嘩なら余所でやれ!!」
 まだ近くにいたMeisterに一喝され、SklaveFurstを伴い、姿を消した。使役獣は連れて行かずに。
 Kavalierは携帯で蒼い髪の使役獣の為の空き部屋を一つ用意させ、少々ばつの悪い顔をした。部屋に残っているのはKavalierと、Königinと、例の使役獣の三人だけ。
 KöniginKavalierの顔を一瞥すると
「ちゃんとやれや」
 それだけ言って部屋を出ようとした。
「ちゃんとって…… 恋、それってどういう……」
「そいつらは全員俺の『娘』や。そいつはお前が面倒見んだろ? 何するか知らんが、面倒見るならちゃんとやれ言うてんねん」
−何するか知らないって、お前そんなこと知らないはずないくせに。俺が、お前に毎日してるのと、同じ事するって、判ってるんだろ?
「恋、あのな……」
「俺が一人前のパイロットにさせたるから、シーラはそれ以外の面倒ちゃんと見ろ言うてんねん!」
 明らかに機嫌が悪い。かつかつと踵を鳴らしながら、その場を立ち去るKönigin。側に控えていた八部衆の二葉が、Kavalierに会釈し、慌てて後を追う。
 KavalierKönigin以外の存在に、ここまで興味を持った事を、当然ながらKöniginは気に入るはずがない。Kavalierは自分の物で、彼もKöniginに絶対の忠誠を誓っているからだ。それが初めて、自分以外の女に興味を持った。当然Königinは面白くない。どうしていいのか判らず、派手に拗ねて見せた。要は只の焼きもちから来るひがみでしかないのだが。
「まいったな……」
 Kavalierはぼりぼりと後頭部を掻いた。
−昔は恋だって、俺の子供がいっぱい欲しいって言ってたじゃないか……
 Königinが姿を消し、取り残された二人。Kavalierは首輪につながれた鎖を手にしていたが、それもなんだか不憫に思い、首輪を外してやった。
「グレンデル」
「?」
「お前の名前だ。旧世紀の神話に出てくる、魔物の名前だそうだ。昔、本で読んだ事があってな。
 俺達は、Meisterのやる事には何の興味もない。だから、あいつのエゴでお前達が生まれてきて、何というか…俺はお前達を使い捨てだとは思っていないし、だから…せめて人間らしくというか…俺の教えられる事を全部教えてやりたいってのか…… まぁ、それも俺のエゴなんだろうけど……
 お前達が恋の『子供』である以上、俺にとっても同じようなものなんだ。だから……」
 まさか、遺伝子を受け継いだだけで、こんなにも惹かれてしまうとは、思ってもみなかった。主には悪いと思っている。自分には特定の相手がいながら、「男」としての本能に逆らえなかった。拒絶したSklaveが羨ましい。
 これまで、どれだけ誘惑されても他の女には何とも思わなかったのに、この使役獣だけは、目を見た瞬間、あの時と同じ記憶が甦った。

 初めて、運命の人と出会った時の、あの時の記憶が。

「俺がお前を最高の女にしてやる。俺の知ってる全てを教えてやる。SEXだけじゃない。人間としての生き方もだ。
 だから、お前は他を殺してでも生き残れ。お前の強さが、俺達の『誇り』になるんだ」
「母様も、それをお望みか……?」
「そうだ。お前の、お前達の勝利こそが、俺達の望みだ」
−驚いたな…… 既にすり込まれているのか? それとも、さっき言ってたパブロフシステムってヤツか? ……にしても、こいつらが全員恋の下に就けば、俺達のチームはより強力になる。恋のワンマンだなんて、絶対言わせねぇ……
「貴方は、母様の大切な方」
「えっ………」
−俺、そんな事一言も…… さっきの見たからか? まさか。それも、お前達が持っている遺伝子のせいなのか……?
「母様の大切な方なら、我等にも大切な方。
 俺は母様と、貴方に従う。俺に名前を与えてくれた。貴方は俺の大切な人だ……」
 先刻Königinにしたのと同じ様に、グレンデルはKavalierの手を取り、口付けた。
Meisterには従わない。俺が従うのは、母様と、貴方だ……」


 数日後、グレンデルに与えられたVRは、ドルドレイに決まった。彼女の高いバーチャロンポジディブ値を生かし、多少の攻撃にもびくともしない機体、となると、ライデンも検討されたのだが、グレンデルが持つ炎の様な高い闘争心は、適正テストではよりドルドレイに高い相性を見せた。ドリルで動きを制限し、クローで相手を掴み、いたぶる様な攻撃がグレンデルの性に合っているのだ。
「では、始めよう。相手は……」
「俺が出る」
 Meisterの言葉を遮ったのは、Königinだ。その姿ははち切れそうな身体をパイロットスーツに包んでいる。人工的に造られた身体故のアンバランスさが、否応にも視線を引きつける。その側にはKavalierが控え、彼女のヘルメットを抱え、少々心配そうな表情を見せていた。
「俺が面倒見るって決めたんだから、俺に任せてくれればいいのに……」
「実戦は俺が鍛えるって決めたんや。文句あんのか?」
 と、一睨みでKavalierを黙らせた。その様子に只Meisterは笑い、
「いいだろう。お前の後継もいないと、後々困るからな。
 バーチャルフィールド開放。オブジェクト・Autobahn」
 360度のマルチスクリーンが展開し、緑に囲まれた高速道路が映し出される。
「久々に見せてもらおうか。お前の美しい姿……」
 Meisterの要求にKöniginはにやり、と笑うと、Kavalierからヘルメットを受け取った。未だに心配そうな顔をするKavalierの頬に口付けると、一人タラップを上がり、コックピットへ姿を消した。



 戦いを続ける度に、溺れる程の快楽を覚えた。それが遺伝子上の「母親」によるものだとしても、グレンデルにとってはそれはとても良いものであったし、そうして引き出される強さに、更に溺れていった。先の大襲撃の時も、目の前に破壊されたVRが増える程、快感によって強さが引き出されるのだ。VRのパイロットとして、自分は最高の存在だと思った。
「GuuuuuuuuAhhhhhhhhhhh!!」
 猫を思わせる瞳孔が狭まり、野生動物の如き咆哮が響く。半分「人間」の姿をした「獣」。いや、今のグレンデルは寧ろ「獣」そのものであると言っても過言ではない。
 だが、成一と哲もようやく本調子を取り戻し始めた。二人とも、本来なら世界でもトップの実力を持つパイロットだ。特に成一の攻撃は見事としか言いようがなく、恐らくこの規定外のドルドレイでなければ、確実に有効打を与えられていただろう近接攻撃を、数回決めている。
「ちくしょう! なんて硬さだ!!」
「まじこれじゃジグラッド並みだぜ……」
 いくら反撃出来る様になったとは言え、グレンデルのドルドレイは常識を越えた装甲を持っていた。正に、要塞そのもの。
「俺があいつの攻撃を受ける。その隙に、成ちゃんはお得意のライダーで決めてくれ」
「そんな! てっちゃん一人じゃ……」
「幸い、俺の機体も結構頑丈に作られてるんでね。多少は直撃食らっても、そう簡単には壊れない」
「でも……」
「後で何かおごってくれればいいよ」
「てっちゃん!!」
 菊地哲という人は、「あの」瀧川一郎と長年タッグを組んだり、同じチームで戦ってきた人間だ。「いつも」「かなり」無茶をする一郎に合わせ、自分も多少は「無茶」をすることもあった。だが今回は「時々」「どうしてもという時だけ」無茶をする程度の成一と組んでいる。それなら自分が「積極的」に無茶をしても、寧ろそうしなければ今はならないはずだ。
 それに、哲には思い描いていた流れがあった。あぁいうタイプなら、その内自分達にきっと流れが向く。グレンデルは哲にとって、まさしく「カモ」のようなタイプなのだから。
 後は実力の差をどうやって埋めるか。相手が「エクスタシー型」である以上、今すぐにでも決着を付けるべきなのだ。
−相手がじれて動いた時が、チャンスだ。俺はどうなってもいい。成ちゃんなら、行ける……!
「俺が合図をしたら、その時がチャンスだ。それまでは後ろに下がって!!」
 哲が飛び出した。
「てっちゃん!」
 こうなっては仕方がない。だからと言って、仲間をむざむざとやらせる訳にも行かない。ナパームやマシンガンで少しでも削ろうと、哲の指示通り距離を取って戦う。
「人間風情が! まだ歯向かうか!!」
 蒼いファイヤーボールが爆炎を上げ、二人を襲う。散開し、互いに両サイドからピンポイントで攻撃するも、超硬度の装甲に阻まれる。
−やっぱり成ちゃんの一発で決めないと!
 ふと、哲はこの大戦が始まったばかりの事を思い出した。サイファーのS.L.C.を盾に、自分がドリル特攻でスペシネフに引導を渡した。今度は自分が盾になり、成一の強力な近接攻撃を生かす事が出来れば。
 哲のドルドレイがVコンバーターをオーバードライブさせる。これが彼のカスタム機「Greddy V」の真骨頂。「世界最速のドルドレイ」と言われる由縁だ。
「よっしゃ! 行くぞ!!」
 グレンデルの視界から右へ、左へ、スクリーンアウトする様に移動する。出来るだけ注意を自分に引きつける為、ファイヤーボールを切れ目なく打つ。当てるのではなく、只注意を向けられればいい。
「へ…くだらねェ。何考えていやがる!!」
 グレンデルが哲を追いかけた。
 これが哲の狙いである。成一をノーマークにする為の、捨て身の策なのだ。あえて自分からグレンデルに仕掛ければ、好戦的な彼女であれば、必ずや食いついてくると読み、実際そうなった。自分に攻撃してくる相手に激しく反応する、本当に野生動物の様な女だ。
「タタキにしてやる!!」
 グレンデルが哲を追いかけた。そのスピードは世界最速と謳われる哲のドルドレイに劣らない所か、慣性がつけばつく程その速度を増す。これには全VR中最高の前ダッシュ速度を誇るバトラーでも追いつけない。
『成一! 追えるのか!?』
「あの二人がバケモノじみてるから……  でもてっちゃんの作戦だし、俺は与えられたチャンスに応えるだけだよ!!」
『判った。頼むぜ!!』
「OK!!]
 この展開に、緒方も流石に心配しているのだが、成一は全てを哲に任せている。
 成一はいつもパートナーに恵まれていた。組んだ相手が自分にとって戦いやすい空間を作ってくれる。自分は、期待通りに結果を出すだけだ。
 ドルドレイ同士がぶつかり合い、Vアーマーが弾ける。ぎりり、と動きが止まった。
「今だ!!」
 成一もVコンバーターをオーバードライブさせる。蛍火の様な光の軌跡を残し、トンファーを展開する。アファームド時代からチューニングを繰り返し、世界でも類を見ない出力を誇る、自慢のトンファー。
「来た!」
 ここで失敗は許されない。哲はドリルを振り上げ、グレンデルに殴りかかる。
「やられるかァァッッッ!!」
 クローでドリルを挟み込んだ。そのままドリルを潰そうと、更に力を込める。哲のドリルはそれから逃れようとドリルを回転させるが、異常な力に押さえ込まれ、派手に火花を散らし、綺麗に回転出来ない。空いた片手でファイヤーボールを直撃させるが、グレンデルにはお構いなし。ダメージすら気にせずドリルをつぶしにかかる。
「うぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」
 バトラーが海面近くまで高々とジャンプし、更にVコンバーターがドライブする。白い光がバトラーを包み、更にクリスタルパーツが目も眩む程の輝きを放つ。
「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!」
 渾身の力を込めて、トンファーを振り下ろした。これが水の中とは思えない程、水の抵抗を全く感じない動きで。
『成一!!』
 モニタリングしている緒方も、友紀も固唾をのむ。
 バトラーのトンファーは、狙いを寸分違わず、グレンデルのドルドレイにヒットした。Vコンバーター直撃ではないが、与えた衝撃は計り知れない。残っていたVアーマーも弾け飛び、蒼い光となって消えた。
 コックピットのグレンデルに、今まで感じた事のない、強烈な物理的衝撃が襲った。脳天から鉄の槍で突き刺された様な、痛みにも近い衝撃。
「なんだァァァァッッッ!?」
 目を開けているのかいないのか判らないくらい、強い衝撃が全身を突き抜けた。それは快感ではなく、苦痛でしかない。基本コックピットはアブソーバーで守られているはずだが、それすらも防ぎきれない。恐らく、サイファーやフェイ=イェンではこの一撃で沈黙するだろう攻撃だ。
 蒼いドルドレイが派手に横転する。既にスケルトンシステムは殆どがむき出しの状態だ。
「……の野郎…… どうなっていやがる……!」
 流石に強烈な一発を食らい、グレンデルも直ぐにダメージを回復出来ない。しかし、彼女の持つ猛獣の遺伝子が、決して失う事のない闘争心をかき立てる。方で息をしながらも、体勢を立て直す。
「そうだ…… いいの持ってんじゃねェか……」
 肋骨が熱い。倒れたショックで折れたのかも知れない。だがその痛みすら、彼女にはこの戦いを楽しむ為の、スパイスでしかない。
「お前達のご自慢のヤツを……もっと中まで入れて来いよ…… 俺の…一番深い所までよ……」
 立ち上がり様にファイヤーリングを飛ばした。その陰からドリルを打ち込む。二人を分断し、一人ずつ「料理」しようとしているのだ。
「俺にここまでさせたら、YOSHIWARAじゃ国が傾くぜ!!」
 今度はCD特攻で哲のドルドレイに突進する。同じ機体を扱うなら、自分の方が格が上なのだ。唯一無二の存在でなければならない。「母親」譲りの自己顕示欲。
「あの一発じゃ、まだ足りないみたいだけど……」
「とんでもねぇ欲しがりのメスネコだな! まじ一郎が喜ぶぜ!!」
 そんな相手の攻撃を一人で引き受けんと、哲が前に出る。防御力はバトラーよりもドルドレイが上だが、一発の攻撃力は成一の方が圧倒的に高い。再度成一の攻撃が決まれば、均衡は一気に崩れ、自分達に傾くに違いない。
 目の前にCDが迫る。本来なら回避する所だが、あえてガードの体勢に入った。
「死にやがれ!!」
 CD特攻をガードされるも、そのままドリルで殴りかかる。硬直もなく、流れる様に攻撃を組み立てる。
「立て直しも早いのか……」
 ドリル近接をガード出来なかったが、何とか転倒だけは免れた。多段ヒットを逃れる為、バックダッシュで距離を取る。しかし、それを追う様にグレンデルのドリルが哲に迫った。
「おいおい! 休む暇もくれねぇのかよ!!」
 やれやれと苦笑いする哲。
「これじゃ、流石の一郎も次の日腰が立たなくなるってね!!」
 自分もドリル特攻で急速回避し、威嚇ついでにファイヤーリングを放った。有効打にはならないが、わざと攻撃を仕掛ける事で、自分に注意を向かせやすくするのだ。
 すると、背後から竜巻が二本、哲のドルドレイの脇をすり抜けた。後ろにいるのは勿論……
「成ちゃん!」
 距離を取っていたはずのバトラーが、いつの間にかドルドレイの背後に位置していた。
「人の後ろに隠れている様なタマじゃないじゃん、俺」
 負担控え目な性格は、気を抜けば満ち溢れてしまう闘志をコントロールする為。寧ろ最前線に出た時の成一は、「戦いたい」という気持ちが押さえきれず、緒方の制止を無視する事もあった。
「目を付けられているのは俺みたいだし、サポートお願いね!!」
 バトラーが前ダッシュで距離を詰めるも、グレンデルのドルドレイは警戒してジャンプから逆に前ダッシュで交差する。視界を塞ぐ様にファイヤーボールをお気、爆発して蒼い爆炎を放つ。
「そんなんで俺が満足するとでも……
 っっっ!?」
 爆炎の中からドリルの切っ先が見えた。ダッシュ近接の体勢に入っていた成一。こうなってはモーションをキャンセルする事が出来ない。
「もらったァァァァァッッッ!!!」
 ガキーン!!
 Vアーマーが弾ける。グレンデルのドリルが狙いを寸分違わずヒットした……
「手前ェ…… また邪魔しやがったな!!」
 二機に割り込んだのは、哲のドルドレイだった。距離は相当離されていたはずだが、これが「高機動超重装甲機体」の真骨頂。あのくらいの距離であれば、彼にとっては些細なもの。
 この隙にバトラーが回り込んでトンファーをヒットさせる。レーザーの粒子が派手に飛び散った。
「ぐァァァァァッッッ!!!」
 成一の渾身の力を込めたトンファーがヒットした。目眩がするほどの衝撃。いつもならこの衝撃すら快感を覚えるのだが、今は許容量を超え、痛みしか感じない。
「くそッッ…… 人間風情が……」
 すぐに立て直し、成一に襲いかかる。クローで動きを封じてしまえば、あとはフルパワーで握りつぶすのみ。モニター越しにバトラーを睨む瞳孔が狭まった。
「ブッ殺す!!」
 バトラーを追う蒼いドルドレイ。その間に赤いドルドレイが立ちはだかる。
「邪魔だ!!」
 ダッシュ様にドリル特攻するも、ジャンプでかわされ、逆にファイヤーリングの渦に飲まれる。避けきれずスタンするも、バトラーの近接攻撃はかろうじて回避した。
「くっそー、もうちょい!」
「でもやっぱり腕は確かだね。気を抜いたら、またさっきみたいにボコられるよ!!」
 右ターボマシンガンの爆風で目眩ましするが、相手の野生動物の様な勘で、その向こうから攻撃が飛んでくる。だがそれを哲のドルドレイがカバー。だが、成一の攻撃も更に回避される。堂々巡りの攻防が続いた。
「この野郎!!」
 成一は攻撃を左ターボマシンガンに切り替えた。本来なら攻撃の流れが止まってしまう為、まず使わない攻撃だが、常識の通用しない相手であれば、そうも言っていられない。手数を増やし、揺さぶりをかけ、なんとしても一矢報いたい。
「しゃらくせェ!!」
 グレンデルも業を煮やし、フルパワーでジャンプVターボハリケーンを展開する。
 いつもなら即座に反応するはずの成一が、一瞬遅れた。慣れない攻撃を合間に入れるから、すぐにいつもの流れに繋げない。
「やっべ……!!」
 蒼い炎が眼前に迫る。以前に使ったゲージの回復技でも使えれば良かったのだが、それには完全に静止状態にならなければならない上に、MSBSとの深い接続が必要だ。精神ノイズの影響でぼろぼろの状態では、逆に「持って行かれる」恐れもある。そう易々と出来る芸当でもないのだ。
 とっさにガードの体勢に入る。せめて一撃でも凌げれば……
「………!?}
 成一の視界に影が出来た。スクリーン越しに見えたのは……
「てっちゃん!!」
 哲のドルドレイが、成一のバトラーの前に立ちはだかった。
 ドルドレイの高い防御能力を利用し、攻撃に回すエネルギーを、全てVアーマーに還元させ、一切の攻撃を遮断する。ライデンのスパイラルレーザーや、スペシネフのターボサイズすら、その防御を崩すことは出来ない。その代わり、一切の攻撃が出来ないのだが、この技は今の様な複数戦だからこそ、この行動が意味のあるものとなる。
「成ちゃん! 今だ!!」
「判った!!」
 ウェポンゲージと相手との距離を確認する。もし、この攻撃が止められでもしたら、自分達の勝利はない。哲のガードもそれほど長くは持たないだろう。自分達が根気よく相手に与えてきたダメージを考えれば、そろそろ決着が付けられるかも知れない。この一撃さえ決まれば……
 成一の精神状態はもうぼろぼろだが、今一度、MSBSに深く接続する。ツインスティックに触れている指先から伝わる熱が、成一の体の芯に火を付ける。
「俺の一番激しいので……」
 目が霞む。だが、不快な感じはない。この感覚の高ぶりを、今すぐ誰かにぶつけたい。この所感じていなかった、足首からぞくぞくする、よがる様な感覚。
 まさか、自分が……
「すぐイかせてやるよ……」
 ふわり、と水中に舞う。サイファーやバイパーUに乗っていると、こんな感じで空中を飛んでいるのだろうか。重力をまるで感じない。このまま永遠に浮かんでいる様な気分になる。
 視界の下に蒼い影を見つけ、そこに手を伸ばした。正確にはそんな感覚になっただけなのだが。触れてみたい、その一番深い所に。でも触れてしまったら脆く壊れてしまうかも知れない。それでもいい。触れてみたい。抑えきれない欲求が、成一の中から爆発する。
「………っっっっ!!!」
 白い光が、水中に一筋の線を描いた。それは迷うことなく、ただ一点に向かって降下する……

『!?』
『!!』

「ぎゃァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
 グレンデルの全身を、高圧電流が流れた様な強烈なショックが襲う。血液が逆流し、内臓が全て飛び出してしまう錯覚を覚えるほど、今まで感じたことのないダメージだ。
「ば……かな…… 人間風情が……」
 脳にも直接ダメージが入った様だ。頭が揺れ、吐きそうになる。顔の中心から鉄っぽい匂いがする。衝撃に耐えきれず、大量に鼻出血していた。
 しかし、目の前の敵は倒さなければならない。クローを振り上げる。もはやそこに自我はない。ただ、戦う本能だけが彼女を動かしている。
「殺す…殺ス…こロす……コろス…コロス…コロス…コロスコロスコロスコロスコロス……」
 自分はどうなってもいい。一人でも道連れにしなければ、Königin R達に合わせる顔がない。クローで捕まえさえ出来れば…… この命と引き替えても、せめて……
「コロ………」
 成一のトンファーが光の軌跡を残す。成一お得意の、ライダーキックからトンファーへのコンビネーションが見事に決まったのだ。成一の渾身の一撃が、要塞とも言えるドルドレイの動きを完全に止めた。
 グレンデルの思考はそこで止まった。身体の一番深い所から、発火してしまうほどの熱が発生し、身体が跳ねる。足首から脳天まで一気に何かが駆け抜けた。びくん! びくん! 身体が無意識に痙攣する。それはいつも感じていた、快楽と同じ様に。
 彼女は成一から最高の快楽を与えられ、果てた。蒼いドルドレイは水に溶ける様に、その姿を消していった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 成一は精根尽き果て、堪らず海底に倒れる。哲のドルドレイもスケルトンシステムだけを残し、休止モードへと移行させた。もはや通常モードでも維持が困難なほど、機体へのダメージは計り知れない。
「成ちゃん……」
「てっちゃん…… 助かった……」
「やっぱり…成ちゃんに任せて良かったよ…… 今回ばかりは流石にな……」
「もう俺気持ち悪い……」
 成一も休止モードへと移行していた。これまで経験したことのない、物理的よりも、精神的ダメージが、もはや指一本動かすことすら困難にさせる。
「すげ…… スーツの中がぐちゃぐちゃだ……」
 何とかヘルメットを脱いだ。汗で髪が張り付く。
「あーもう、あんな女と戦うのはもうやだ!」
「まじ一郎でもアレじゃ無理だって」
 まだ冗談を言う力は残っていた。目に飛び込んでくる、空と海の青さに、成一は生きていることを強く実感した。


 アンダーシープラント 勝利者 飯田成一・菊地哲組


To be continued.