フローティングキャリアー「ポルト・パラディーゾ」。Blau Stellarでも数少ない、水・空両用のフローティングキャリアーだ。
 艦長はBlau Stellarでもトップクラスの電脳師、今井寿。8949連隊、引いてはBlau Stellar全体の情報を取り仕切る、情報官制のまとめ役だ。OMG時代はバル=バス=バウに搭乗。ムーンゲート内の情報収集や、特殊重戦闘大隊(現S.H.B.V.D.)とのつなぎ役として活躍し、自身もバーテブレイトシャフトまでの突入ながら、ニルヴァーナ突入の援護として、大いに活躍した。

「艦長、まもなく時間です」
「りょーかい。全員聞こえる? 今から最終安全装置を外すからよろしく。モードは、全員…水中対応モードになってるね? 時間になったらドックに注水するからね。安全の為に、ゲートを開けてもすぐに飛び出さない事。それから……」
「今井君、皆大丈夫だって。
 今現在の状況として、敵機と思われる反応は確認されていないわ。恐らく、時間と同時に現れると思います。
 さっきアンダーシープラント全体図を全員のOSに配信しました。あまり広い所じゃないけど、海中で何があるか判らないから、一応全員目を通しておいてね」
 日向友紀がフォローを入れる。友紀は8949連隊の隊長達とは旧知の仲であり、9012隊に配属される前は、8949連隊に所属していた事もある。
 しかし、今回の作戦より隊が二つに分かれ、今まで二人、もしくは三人でやって来た作業を、たった一人でこなさなければならない。今井のバックアップがあるが、今までの9012隊の活動ではなかった事だ。
 前線に出ないとは言え、改めて気持ちを引き締める。
「指定時間まで、あと一分」
「注水準備、開始します」
 ポルト・パラディーゾ所属のオペレーター達の声を受け、各人のインカムに緒方豊和の声が響く。
「よし。皆、ROD達も上で頑張っている。互いによい報告が出来るよう、全力で当たってくれ」
「「「「「「「了解」」」」」」」
「時間です。注水開始」
「バル=バロス、降下します」
 特殊ジャッキに固定されたバル=バロスが降下を始める。
 下半身が水中推進用のモーターに置き換えられ、その姿はまるで魚にも見える。水飛沫を上げて着水すると、起動シークエンスが開始され、プロペラが回り始める。コックピットモニターには、プロペラの回転が出力のパーセンテージで表示されるシステムだ。
「僕だけのバル……」
 パイロットの泉水優輝は、自分にようやく新型機が与えられたのが嬉しくて、出撃前だというのに顔がゆるむのが止まらない。
「優輝、顔がにやけすぎ」
 竜崎千羽矢に咎められても気にしない。
 そう言う千羽矢も、今回から新型フェイ=イェンを拝領する事になった。D.N.A.、r.n.a.どちらにも籍のない、Blau Stellarでもごく僅かな存在の彼女は、これまで慣れ親しんだピンク系のカラーリングから一転。紫とオレンジを基調としたr.n.a.カラーに変わっている。
 そして、各機は最新のOS、MSBS5.2へと更新され、希望者には特殊戦闘プログラム「零距離戦最適化システム」がインストールされている。
「皆、準備はいいね?」
 飯田成一の声が、インカムを通して全員に伝わる。
「水中戦は皆初めての経験だけど、いつも通り気負わないでやってくれ。おまけに光学兵器の威力が下がって、実弾兵器の威力が上がる。その辺も注意してくれ」
「アリッサ、お前にとっては辛い所だろうが、俺達はお前の腕を信じている。レーザーの使用が制限されて難しいとは思うが、何とかやってくれ」
「はい……」
 菊地哲の指示に、消え入りそうな声で返事をするアリッサ。しかし、事前のリサーチと、ライデンの武装から、自分なりに戦い方を組み立てている。レーザーは攻撃だけの武器じゃない。それはアリッサが一番よく知っている。
「注水完了。ゲート開放します」



 そこは旧世紀、色街として栄華を極めていた場所だった。己の身体を武器に、女達がしのぎを削る。そんな誇り高い女達に魅了され、全国からたくさんの男達も集まった。
 電脳歴に入り、何もなく荒れ果てたこの土地を買い占め、過去の栄華を甦らせた男がいた。莫大な金が転がり込むビジネスを成功させ、オーバーロードに匹敵する財力を手に入れたのだ。
 それも、たった一代で。

 その土地の名は「YOSHIWARA」。ここは女達の戦場。


 今では写真や映像等でしか見る事の出来ない、旧世紀の情緒が漂う街並み。平屋と呼ばれる建物がいくつも並び、道路は賽の目状に、均一に整備されている。メインストリートを奥まで行った所には、当時の権力の象徴とも言うべき、白亜の壁に屋根瓦を用いた「城」と呼ばれる建物がそびえ立つ。
 この整備された街全体が、色街として機能している、世界でも類を見ない街だ。なんでも、莫大な財力を持つ企業国家を後ろ盾にし、このYOSHIWARA自体が自治権を持つという。
 「花魁」と呼ばれる女達が、自分に充分な価値を付けた男達と「時」を過ごすのだ。ここは街全体が、そういった店、あるいはシステムを統治している。
 しかも、男が花魁と接するには古くからの「しきたり」があり、三つのステップを踏まなければならない。
 まず最初の「面会」で花魁がその客が自分にふさわしいかどうかを定める。その評価に一番重要視されたのが、財力だ。電脳歴の花魁は、旧世紀のものとは違い、自分に使える者達を養う必要はない。YOSHIWARAで働く事は、企業国家に入る事と同等であり、毎月決まった給料と、働きによるボーナスが支給される。しかし、花魁の高価な着物、アクセサリーは花魁自身がオーダーする。時に馴染みの客から送られる事もあるが、花魁が己を着飾る為に支払うクレジットが高ければ高い程、その花魁の価値も決まってくる。その為の金を積んでくれる、つまり自分に価値を見出してくれる男こそが、花魁と接するにふさわしいとされるのだ。
 最初の面会で男が価値を認められると、次の面会は個室での逢瀬となる。だが、この段階で男が花魁に触れる事は許されない。おまけに最初の面会以上の財力を示す事が出来なければ、本当の「客」として認められないのだ。
 二回目の面会をクリアし、花魁に気に入られて、初めて客は花魁に触れる事が出来る。いわゆる「交わり」を許されるのだ。
 一人でも多くの男に、少しでも高い価値を付けさせる。己の価値を、女達が競い合う。客を取り、クレジットを稼ぐ程、街の奥に「居」を構える事が出来るのだ。
 そして、街の一番奥には、YOSHIWARAの象徴でもある「EDO−JOH」がそびえ立つ。
 この最上階に、彼の人はいた。
 豊かな肉体と傲慢な性格、そして「女」としての悦びを最大限に示す様は、国籍年齢を問わず、多くの男を魅了した。この世界に身を置いてから、瞬く間にトップの座を奪い、YOSHIWARAで一番の「売れっ子」を意味する「TEN−SHU」へ居を構える事を許された。

「姐様、お客様でございます」
 女の身の回りを世話する下郎が、部屋の襖を僅かに開け、几帳ごしに声をかける。
「客? さっき帰ったばかりだろうて」
「いえ、そのお客様ではなく……」
 女は僅かな気配を感じると、煙管を一吸いした。
「通せ」
 下郎の開けた襖から姿を見せたのは、見事なまでに金髪を伸ばし、黒い軍服をまとった男。Kavalier S
「父上、お久しぶりですなァ」
「相変わらずこの部屋は毒々しいな」
 Kavalierは普段、虚数空間に近いO.D.A.の居住区にいる。人工的に空が作られ、雨が降る事もない。
 この部屋は紅と蒼色を基調とし、大きな金色の屏風が目に飛び込む。旧世紀の町人が使っていたという家具が置かれ、本当に旧世紀に紛れ込んでしまったかの錯覚さえ覚える。
「仕方ありませんわァ。旧世紀の遊郭とやらをそのまま再現しただてェ。俺には、このくらいでもちょうどいいでな」
 蒼色の几帳の向こう側から
「入ってきなせェ」
 と呼びかけられた。その声に、遠慮なく奥へと足を踏み入れる。普通なら、選ばれた客だけが足を運ぶ事の出来る、いわゆる「聖域」だ。
「父上はいつ見てもいい男だてェ。母上の事がなければ、無条件で俺もご相伴に預かりたいでさァ」
 几帳の先には、壁と見まごうぐらいの金色の屏風。その手前にはシーツと上掛けが乱れた布団が一組。何となく熱いにおいの空気を感じたKavalierは、つい先刻までここに「客」がいたのを感じた。
 彼の人は裸体に襦袢だけを羽織った姿で、布団の上にどっかと座り、煙管をくゆらしていた。
 『蒼炎の猛虎』グレンデル。やや青みがかかった白い肌と、豊満な肉体。サファイアの髪と、アメジストの瞳。その存在で、自分を見た全ての男を虜にしてきたのだ。
 彼女がYOSHIWARAで頂点を極めたのはもう一つ理由がある。獣の耳と、太く長い尾。人間の様で、人間でない存在。興味本位でその姿を見ようとする男も多い。しかし、そんな男達すらも、グレンデルには自分の価値を高める「客」に過ぎない。まさに「ケダモノ」のような女との「交わり」を持てば、男の価値も上がるだろう。そんな男が自分に落としてくれる金こそが、彼女には必要なのだ。自分に見合うだけの金が払えなければ、「客」としての資格を持つ事はもちろん、その後姿を見る事すらも許されない。
 グレンデルはKönigin Rと虎の遺伝子を持つ「使役獣」の復元型。いわゆるプロトタイプだ。過去電脳歴に置いて、労働力として大量に生産され、処分された。人間の「産物」。
 現在では使役獣もマシンチャイルドも、人権問題から製造が世界法により禁じられている。その製造法すら闇に葬られたはずだが、O.D.A.はその闇すらも、己の物にした。
「その変な言葉遣い止めろ」
 グレンデルは声を殺して笑う。
「ここに来る連中は、俺達花魁を異世界の存在の様に扱う。ちょっとくらい変な口をきいた方が受けるんでね」
 窓際に立ち、TEN−SHUから街を見下ろすKavalier。まるで映画で見た、サムライの街が現実にある。
「あんたがここに来たってことは、『仕事』だな」
「そうだ」
 グレンデルの瞳に炎が灯る。それは、Königinと同じ、闘争心の炎。
「俺も中継は見た。久々に骨のある奴らじゃねぇか。あの時はあっけなく制圧出来て、本当つまらねぇ」
 襦袢をずるずると引きずりながら、グレンデルが立ち上がる。並の男性以上の身長だが、迫力ある体格で、それ以上に大きく見せる。人の手によって作られた存在故、不自然さすら感じるが。
「ブッ殺せばいいんだろ?」
「そうだな。だが使い道もある。ほどほどにしとけ」
 Kavalierは、グレンデルがKöniginの遺伝子を受け継いだだけで、これほどまでに本能が同じである事を痛く感心した。
「恐らく、二機相手にする事になるだろう。まだどれが来るのかは判らんが」
「二機だろうと百機だろうと構いやしない」
「姐様、そろそろ次のお客様のお時間です。お支度を……」
 先ほどの下郎の声がする。
「おう、入ってこい」
 数人の下郎が部屋に入ってきた。羽織っている襦袢を脱がせ、グレンデルに「粧」を施す。胸元、うなじ、手首から指先が真っ白に塗られていく。面白いのは、顎の線を境に、顔には「粧」を施さないのだ。
 そして、グレンデルの背中には、蒼い炎を纏った虎の刺青が彫られている。彼女が『蒼炎の猛虎』と呼ばれる由縁でもある。
「いつ見てもお前の身体は見事だな」
「珍しい。いつも父上は母上しか褒めないのに」
「その呼び方も止めろと言ってるだろ」
 遺伝子上の母であるKöniginのパートナーであるKavalierを、グレンデルは「父上」と呼ぶ。遺伝子上のつながりはないが、戦う事しか知らないマシンチャイルドとは一線を画す為、人としての最低限の生き方をKavalierが教えたのだ。それだけの事なので、別段Kavalierは父親と思われるようなことをしているとは思っていない。それ故、Kavalierは「父上」と呼ばれる事を嫌うのだ。
「あんたが俺に「人」として、「女」としての生き方を教えてくれた。俺にとっては親も同然だ」
 鮮やかな赫い着物を纏い、金色のきらびやかな帯を絞める。KYTエリアで織られた「NISHIJIN」と呼ばれる最高級の織物で作らせた着物だという。蒼い髪と反発し、互いの色を際だたせる。
「紅蓮太夫か…… その名前を付けたのは……」
Meisterだ」
「いい名前をもらったな。お前によく似合ってる」
 小さな卓に置かれた飴玉を一つ、口に放り込んだ。
 そこにドルドレイパイロット『蒼炎の猛虎』グレンデルはいない。このYOSHIWARAで最高の花魁『紅蓮太夫』がいるだけだ。
「俺はMeisterには感謝してるんですェ。こんなに俺に合う『仕事』は他にないですさァ」
 蒼く豊かな髪を、下郎達が慣れた手付きで結い上げる。わざとこぼした後れ毛に、Königinがいるとは言え、さすがにKavalierもグレンデルに女としての色香を感じた。
「んなら、その内そちらに行きますさァ」
 瞳に灯る炎にも似た光を見て、Kavalierは満足そうに笑みを浮かべ、姿を消した。



「ヒヒヒヒ………」
 何もない、闇の空間。そこに青白い炎が生まれた。アルコール臭ときな臭いにおいが混じり合う。
「待っていたぜ…やっと…この時をな……」
 燃えているのは写真。安物のブランデーに火を付け、その炎の中に写真を投じた。
 そこに写っているのは……
「俺の望みはな……」
 炎が浸食する様に、写真を焼き尽くそうとする。
「お前をこの手で殺す事だ……」
 もう一枚、別の写真に火を付けた。一瞬炎が大きくなる。
「蒼我恭一郎、お前の死が、俺の最大の願いだ……」


「そろそろ、あの男を使おうと思う」
 あの男? Meister Oの提案に、側に控えるDoktor Tは疑問を抱いた。
「それは……」
「縞更雅史だ」
「まさか、あの核弾頭男を!?」
 Klosterfrauが名前を聞くなり、モノリスからヒステリックに声を上げた。
 それも無理はない。先の大襲撃に於いて、Klosterfrau管轄のマシンチャイルド部隊に、縞更が同行したのだが、任務中スペシネフの反応を見つけるや、突然ICBMを許可なく打ち込んだのだ。それにO.D.A.の寮機も巻き添えを食らい、縞更以外は全滅の憂き目を見たのだ。
「あの男が出るなら、私は次のアバンダンド・クォーリーの作戦には参加しませんわ! 名前を聞くだけで気分が悪くなる!!」
 己の部下へ出撃命令を出す時とは一変し、その声には味方とは言え嫌悪の色しか感じられない。自分の部下であるマシンチャイルド兵を多数消滅させられたのだから。
 モノリスからの音声は一方的に切られた。Meisterはやれやれと、肩をすくめる。
「あとは、今回バルを出す」
「あの希少種ですか?」
「アンダーシーで戦うなら、うってつけだ。あいつらも出してくるだろう。一人いたはずだ」
「確かに。ですが……」
「ぶつけてやれ。むしろ二人とも好んでぶつかるに違いない。新型同士の対戦、一番視聴率が見込めるぞ」
 Meisterの手には、グラフの書かれた資料が数枚握られていた。それは過去の対戦中継の視聴率であり、中でもアウトバーンでのバル=バドスロールアウトの中継は、相手のスペシネフの実力も前評判となり、以前にマークした神宮寺深夜・蒼我恭一郎組の対戦中継の記録を塗り替える事になった。バル=バドスのパイロットが専属でなかったとは言え、やはり人々は新型機に大いに関心を寄せるのだろう。
「了解しました。手配します」
 Doktorが手早く端末を叩く。その間、Meisterは携帯である所と通信していた。
「俺だ。小手調べにアレを出せ。そうだ。そう簡単にやられるはずもないだろうが、奴らの事だ。細心の注意を払え。………それも構わない。必要ないと思うが。……判った。よろしく頼む」
Jungfrau殿ですか?」
「あぁ。『ホワイトリリス』を使う」
「それは…随分早くはありませんか?」
「正直、どのくらいの出来なのか知っておきたいんだ。『器』としての適正も知りたいしな」
「かしこまりました。あとは…いかがしましょうか」
「既に連絡済みだ。問題ない」
「では……」
「『下』に戻る。お前も帰っておけ」
「御意……」



 エンジェランパイロットが囲われた隔離空間。
 JungfrauMeisterからの着信を受けると、二階の自室から階下のリビングへ降りた。
 そこには一人、本を読んでいる少女。マリア=ジョリー=L=ショパルス。『ホワイトリリス』と呼ばれるマシンチャイルドだ。
「マリア、出撃です」
 その声に、マリアは顔を上げた。
「お母様、それは……」
「取り急ぎ、デモンストレーションで構いません。貴方の適正を、Meisterがお知りになりたいと」
「……判りました。出撃します。場所は?」
「アンダーシープラント。先方も新型機を出してくると思いますが、手を出さない様に」
「何故?」
「お仕事上、関係があるそうです」
 マリアはその事にさして気にも留めていない素振りを見せた。彼女にとって、勝利こそが全てであり、敗戦を続ける今の戦いには不満を持っている。それを公共の電波で流すなど、恥さらしもいい所だと。
「日時は?」
「三日後に出撃です。上空へも戦力を送るとの事」
「キャリアー制圧ですか?」
 Jungfrauは何も言わなかった。
「撤退については私が指示します。危険だと思った場合も同様です」
「それはあり得ないと思いますが」
 危険になった場合の撤退指示に、マリアは鋭く反応した。例え味方を犠牲にしても、彼女は勝利する事に並々ならないこだわりを持っている。敗戦は、即ち死にも等しい。
「貴女にはMeisterや私の悲願を果たす為に必要な存在です」
 Jungfrauの言葉に、見えない威圧感を感じた。
「判りました…お母様……」
「Aliceが目を醒ました時、貴女は礎となった仲間の魂を背負わなければならないかもしれない。
 それが『器』となったものの宿命ですよ」
 そう言うと、Jungfrauはマリアを伴い、日の傾き始めた外に出た(ここは電脳虚数空間に限りなく近い場所であり、全ての自然事象はプログラムによるものである)。
 森の奥深くに、天にも届かんとするクリスタル状の柱が何本かそびえ立つ。それは『セフィロトの樹』と呼ばれるものを示しているという。その柱はいくつかの形を組み合わせる様に配置され、その内の六本が正六角形を形取り、内側には水が湛えられてた。
 マリアは一糸まとわぬ姿となり、波一つ立たない水面に足を踏み入れる。身体は水に沈むことなく、波紋を生み出しながら、歩みを進めた。
「始めましょう」
 Jungfrauの胸に下がっているクリスタルが光を発し、それに呼応する様に、水面が波打ち出す。
「ダアトよ、ネツァクを受け入れよ……」
 大きく波打った水は、水面に立っているマリアの身体を激しく打ち付けた。
「くっ……」
 強い衝撃を受け、マリアの身体がよろける。だが、意志を持った様に波は激しさを増し、容赦なくマリアの身体を『攻撃』する。
「あぁっ……」
 マリアの身体が苦痛にゆがむ。
−これが…「Alice」の力の一部なのか…
 自分の中に、何かが入り込んでくる様な感覚に襲われる。己の身体をかき回し、芯に火が灯る様に熱い。
 それは、バーチャロン現象にも似た感覚だ。
 水面の奥深くが鈍く光を放ち、水はマリアを飲み込んで、シャボンの様に丸く、宙に浮かんだ。水の中に閉じこめられたマリア。息が苦しい。それ以上に、自分の中を這いずり回り、かき回される様な感覚に耐えられない。

−消えろ……!

 その意志に答えたのか、水はマリアを解放した。空中から水面に落下し、激しく水飛沫が飛び散る。
 Jungfrauはかぶりを振った。まだAliceの『器』として、精神が幼すぎるのだ。十六〜十七歳と設定されたマリアであるが、精神の発達が、八部衆に比べ明らかに遅れている。それ故なのか、この「禊」を最後まで受け入れる事が出来ない。
「だめですよ、マリア。ダアトを受け入れられなければ、『器』になる事は出来ない」
 水面に横たわるマリア。息苦しさと、身体の中を蹂躙された様な感覚に苦痛を覚え、顔を歪める。
「九遠、こっちへいらっしゃい。お手本を見せてあげるのですよ」
 気が付けば、先ほどまでは姿のなかった別の少女が、Jungfrauの側に控えていた。九遠。八部衆に選ばれなかった、九人目のマシンチャイルド。
 マリアはようやく、息を整えて立ち上がった。不思議な事に、あれだけの水に包まれていながら、髪一本、肌の僅かな場所ですら、水に濡れている様子がない。
 それは、先ほどの水が、彼女を拒んでいるかの様な。
「コクマー」
 Jungfrauが九遠を別の名で呼んだ。先程、マリアの事も「ネツァク」と呼んでいる。それが『器』である者の証なのだろうか。
 九遠は身につけていた物を全て脱ぎ捨て、マリアと入れ違いで水の上に立った。
「マリア、よく見ておきなさい。
 八部衆は全員『器』となる素質を持っている。故に女としての欲求に、正直な者が多い。特に一座はMeisterに、五目はSklaveにその身を預けている。九遠も戦闘力を持たない畸形だったとは言え、『器』としての素質は変わらない物を持っています。あの子がKöniginの子飼いの使役獣と同じく、YOSHIWARAにいるのも、その理由から。
 本来であれば、あの子も高い戦闘力を持ち、『戦乙女』として前線に立てたはず……」
 水面に立つ九遠の身体を、大きく波打った水が叩き付けた。しかし九遠の身体は微動だにせず、やがて水は九遠を取り囲む様に変化する。
「戦闘力を失った代わりに、Aliceと繋がる素質は、一番強い。それは経験を重ねる程に磨かれる。YOSHIWARAで『働く』事は、その能力をより上質な物にしてくれるのです。
 マリアも、そろそろ覚えなくては。SklaveKavalierにお願いしましょうか……」
 まるで他人事の様に笑うJungfrauの様子に、マリアは嫌悪感を浮かべた。人間など、Aliceの糧程度の価値しか思っていない彼女にとって、そのような行為は屈辱以外の何物でもない。それが例えMeisterの命令だとしても、きっと彼女は己の舌をかみ切って死ぬ事を選ぶだろう。
 九遠を取り巻いた水は、先程マリアを取り込んだ様に球体に変化し、九遠を飲み込んだ。その顔に苦しさはなく、恍惚の表情さえ見える。
 水の底の奥深くが再び鈍く光り出した。先程と違うのは、その光が強さを増し、やがて一条の光となって、九遠の身体を貫いたのだ。
 その様子に、Jungfrauは満足げに頷いた。
「ダアトはコクマーを認めてくれたようですね。彼女の身体に、Aliceを受け入れる為の『印』が刻まれた……」
 宙に浮いた水の球体が、ゆっくりと割れた。それはまるで、スローモーション映像で見る、シャボンが割れる様子にも似ている。水から解放された九遠の身体が、ゆっくりと水面に降りていく。
「お母様。Aliceとはいったい何なのですか?」
 たまりかねたマリアが、Jungfrauに問う。
「Alice、ですか……?」
 その目は、水面に横たわった九遠を見つめている。
「それは……」
 九遠がゆっくりと起き上がった。全身が水で濡れている。束ねた髪からも、滴が滴っているのが判る。明らかに、マリアの時とは違っていた。これが刻まれた『印』なのか?

「電脳歴を生み出した源。生命の根本。全ての物の父であり、母。

 我ら生命が、還る唯一の場所……」



 仮想空間では、二機のバル=バドスが戦っていた。
 一方、八部衆が一人、八重。気弱であまり積極的に前に出ない為(主にKönigin RKavalier S、他の八部衆のサポートに回る事が多い)、戦闘力が他の七人より見劣られがちだが、潜在能力は遜色ない物を持つ。性格故にその実力が発揮されにくく、常に彼女と共にいる二葉は、八重に常々自信を持つ様に言っているのだが。
 対するは今回の大襲撃の為に地上よりスカウトされた、橋立敏倖。パイロット歴は三年程ながら、バル=バス=バウを操り、ローカル大会でも数回の優勝経験がある。Bパイロットを目指すも、その夢は叶わずにいた。
 それに目を付けたのがO.D.A.である。バル=バス=バウのパイロットは内部でも貴重であり、バル=シリーズ開発にも、彼の能力が大いに貢献した。
 ERLを巧みに操り、死角からの攻撃を得意とする橋立。良くも悪くも「バルらしい」戦いをする。絶対数が少ないとは言え、O.D.A.のレベルを考えても、かなりの腕前だ。


 仮想エリアはブランクフランク。障害物が中央に配置され、その内のいくつかが宙に浮いている。サイファーならしゃがみレーザーが抜けてくる事もある。
 既に空間にはいくつかのERLが設置されている。橋立は右手のみ、本体に残っているが、八重は既に両手のERLを切り離している。リングレーザーで相手の攻撃を相殺しつつ、ポジションを取るのがセオリーとされているが、八重は戦闘開始間もなく、ポジションを確保し両腕のERLを切り離し、リフレクトレーザーの発動チャンスを窺っていた。回避能力はずば抜けて高く、八部衆の中ではトップを誇っている。この能力はMeisterも一目置いている。
 対する橋立は、ラピッドレーザーを主軸とし、ハウスレーザーやバルカンとのコンビネーションを重視。常に死角からマインやバルカンを展開し、ラピッドレーザーでのダメージを狙っている。しかし時折フライングダイブ(右ダッシュ近接)などの大技も取り入れ、度胸の良さを見せる。
 まだロールアウトして間もないが、両名とも既にバル=シリーズを手の内に入れ、バル=バス=バウで培った己の戦い方を、バル=シリーズでも生かそうと、常に対戦を繰り返している。
 開始早々に両腕のERLを切り離した八重は、ハウスレーザーからリフレクトレーザーへの連携でダメージを奪う。
 しかし、橋立も負けてはおらず、リングレーザーとグラウンドマインでプレッシャーを与え、ブレストレーザー(RTLW)を織り込み、バルカンとフローティングマインのコンビネーションで削る作戦に出た。面白いのは、あまり戦術的に使われないブレストレーザーを取り入れた事だ。これには八重も動揺を隠せず、正面からまともに食らい、スプリングレーザーの多段ヒットで一気にダメージを受けた。
 その後は一進一退の攻防が続く。互いに決め手が出ず、攻めあぐねていたのだが……
「そこまで!!」
 立会人として、この対戦を見守っていた八部衆が一人、二葉の声が上がる。
 デスマッチ対戦の設定にはなっていたが、双方結局決め手が出せず、互いに40%削った所で、二葉がこれ以上は決着が付かないと判断し、引き分けとしたのだ。
「今日の所はこのくらいにしておこう。橋立曹長はまた随分と腕を上げたな」
「とんでもありません。さすが八部衆、八重さんは強いです」
 シミュレーターのコックピットから出てきた橋立は、少々ぼんやりとした、気弱な印象の青年だ。見ただけでは、VRのパイロットとしては不向きな感じさえ受ける。
「我ら八部衆相手にあそこまで戦えるのは、素質があるからだ。もっと自信を持て」
「ありがとうございます」
 橋立が深々と頭を下げた。
「曹長、ちょうどいい所に。出撃命令を拝領してきましたわ」
 PDAを片手に、二葉らと共にKöniginに仕える八部衆、四門が声をかける。
「僕にですか?」
「えぇ。出撃先は第8プラントフレッシュリフォー。ポイントは『アンダーシープラント』。他にあと、三人同行します」
「アンダーシーだと!?」
 二葉が怪訝そうな顔をする。
「まさか、やつらも……」
「そうですわね、多分二葉の考えは正しいと思いますわ。
 Meisteの命により、橋立曹長には先方のバル=バロスと戦って頂きます」
「そのパイロットは…泉水優輝ですか……?」
 それまでのぼんやりした雰囲気が一転した。橋立の声には、相手に対する敵意、嫌悪すら感じる。
「泉水…おそらくそうなるでしょう。あの時陛下が戦ったパイロットは、恐らくフローティングキャリアーへ出撃するはずです。正式なパイロットが出撃、となれば、彼になるでしょうね」
 四門の言葉に、橋立の顔に険しさが見える。
「…判りました。命令、お受けします」
「では、Meisterには私からお返事しておきますわ」
 二葉は、小刻みに肩を震わせる橋立に気が付いた。O.D.A.にいる者は、少なからず地上に深い因縁を持っている者が多い。特にエアポートでBlau Stellarの瀧川一郎と対戦した板上二郎はその代表格だ。サイファーのメインテストパイロットの座を争い、破れた板上は、この対戦で一郎と再戦したが、二度目の敗戦を期したのは、まだ記憶に新しい。
「怒りに身を任せるのもいいが、自分を見失うな。他のヤツらと同じになるぞ」
 軽く肩を叩いてやり、橋立をリラックスさせる二葉。すいません、と橋立も頭を下げる。
「そういえば、陛下はどうした?」
「心配するな。Kavalier殿が既に戻られているようだ。我々と入れ違いでバーに入られている」
 終始対戦を静観していた六道が、二葉に報告する。
「なら、陛下も大丈夫だな。あとはKavalier殿が何とかして下さる。
 我々も今日は解散しよう。曹長には、武運を」
「ありがとうございます」
 シミュレーションルームを出る四人を見送る橋立。その表情は硬い。
 まるで、怒りと恐怖が入り交じっている様な……



 ドックに固定された一機のサイファー。その姿に、見る者はどこか違和感を感じた。不格好で、不安定な印象さえ受ける。バインダーブレードには、スケルトンシステムに直接刻まれた様な「煉爆」の二文字。
「来夢、ここにいたのね」
 油まみれの作業着を着た少女、来夢に声をかけたのは、八部衆の一員である三輪。
「また整備なんてしていたのね。そんなのは整備兵に任せておけばよいのに」
 三輪は来夢の快活ぶりには感心していたが、時に他の男性隊員と激しく衝突する様子をしばしば見かける為、常に「もう少し女らしく」と口癖の様に、来夢をたしなめている。
「いいの。私はそれで生活していたんだもの」
「でも喧嘩はいただけないわ。貴女は女の子なのよ?」
「あんなの、大した事ないわ。それに、親父と喧嘩してた時の方が、もっと凄かったんだから!」
 まるで武勇伝を語るかの様な来夢に、三輪は苦笑いを浮かべた。上司にKlosterfrauを擁する三輪。VRパイロットとしての能力はもちろん、指揮官としても八部衆ではトップクラスだ。常に冷静沈着な彼女は、「おてんば」な来夢を教育する為、常々注意している。
「でもこの間の調整で、足回り良くなったでしょ?」
 来夢は、先だって三輪と対戦したときのことを口にした。破れはしたが、三輪のコマンダーの動きに、微妙なぎこちなさを感じていた来夢。その原因は脚部(特に膝関節部分)のサスペンション不具合によるもので、来夢はその後コマンダーに見事な手際で調整を施した。それには、八部衆全員が感嘆したものである。
「そうね。でも、今度はその腕を、自分の為に使ってちょうだい」
「…それって…もしかして……」
「次のアンダーシープラントでの対戦、貴女の出撃が決まったのよ」
 来夢の顔が、一瞬にしてこわばった。


 来夢は、かつてアジア大陸で勃発した内戦に巻き込まれ、幼くして両親を失い、天涯孤独の身となった。ただ一人、戦火から命からがら逃げ延びたという。そこを、D.N.A.でVRの修理工をしていた男に拾われたのだ。自分の名前も覚えていなかった彼女に「来夢」という名を与えて、家族として育てられる事となった。かすかに覚えている家族の記憶とは違うが、工場に住み込んでいた多くの修理工達が、来夢の新しい「家族」となった。
 そして、VRへの愛情も、この生活の中で芽生え始めた。まるで自らの子供の様にVRに接する姿は、その丁寧な仕事ぶりも含め、いつしか養父を始め、他の修理工、引いてはクライアントからも大きな信頼を受けるようになった。
 しかし、来夢にとっての幸せな時は、長くは続かなかった。この工場はVコンバータやVディスクの再生も請け負っており、来夢の養父はVコンバータ再生作業中、突然発生したバーチャロン現象により「死亡」。しばらくして工場が謎のVR集団による襲撃を受け、来夢は唯一養父が残したサイファーと共に逃亡した。その後、工場に戻る事も出来ず、工場がどうなったかは一切判らない。
 VRを子供のように愛情持って接していた来夢は、VRが戦闘(V・B・Pも含め)によって傷つく事に非常に心を痛め、戦闘には否定的であったが、この事件をきっかけに、否応なしに戦いに身を投じる事になってしまった。
 野試合でのファイトマネーで生活の日銭を稼ぐようになってから数年、養父の死も含め、工場の襲撃は「Vコンバータ再生」という高い技術を手に入れる為の、とある組織の仕業であるという事を聞いた来夢は、何らかのより詳しい手がかりを手に入れる為、新興勢力として当時アンダーグラウンドの世界で急激に名前が知られるようになった企業国家O.D.I.の専属VRパイロットに応募した。
 これまではずっと非公式的な戦いしか経験のなかった来夢だが、天性の才能からO.D.I.に以前から所属する第一線級のパイロットと対等に渡り合い、試験に合格した。
 その後発足した企業軍隊O.D.A.にそのまま配属され、訓練により、更に能力を開花。現在まで日常襲撃による戦果を上げるが、父親に関する情報は、未だ不明である。


「お父さんの敵、取りたいんでしょう?」
 三輪の一言に、来夢は己を取り戻した。そうだ、今は思い出に浸っている場合ではない。
「来夢曹長!」
 低い声がドックに響いた。O.D.A.所属のライデンパイロット、井染鷹介軍曹だ。彼は電脳虚数空間へライデンごと放逐されていたのを発見され、その恩義により、Meister Oに従っているという。
「先程は、自分のライデンの修理をありがとうございました」
 深々と井染が頭を下げる。というのも、仮想空間を利用した対戦で、八部衆最強と謳われる一座のテムジンと戦ったのだが、アーマーブレイク発動後、一座の放った前ダッシュライフルをまともに食らい、スケルトンシステムごと破損させたのだ。整備兵がたまたま出払っていた為、それを見ていた来夢がライデンの修理を請け負ったのだ。
 井染は人との義理と言った、「心と心」のつながりを重んじる。この時代には非常に珍しい性格の人間だ。それはライデンと接する時も変わらない。言うなれば、来夢と井染は非常に近い心を持っていると言えよう。
「誠にかたじけない」
「別に…そんなこと……」
 来夢はその感謝の気持ちをどう受け止めて良いか判らず、つい素っ気ない態度を取ってしまった。
「では、自分はこれにて失礼します」
 三輪にも軽く会釈すると、井染はその場を立ち去った。井染にあの様な態度を取った来夢の様子に、三輪は一つため息をつく。
「近いうちに連絡があると思うわ。出撃までに、ちゃんと準備しておくようにね。
 それと……」
 立ち去ろうとした三輪は、一度だけ立ち止まり、来夢に振り返った。
「私は、貴女に帰って来て欲しいと思うわ。私にとって貴女は大切な友人だもの」
 マシンチャイルドとはいえ、三輪は他の七人に比べ、一番人間味を持っているのかも知れない。上司を敬い、仲間を大切に思う。それはKlosterfrauの性格に影響を受けていた。他人を決して信用しないが、自分が認めた人間には心を開く。三輪もまた、自分が認めた人間には、誠心誠意の態度を示す。
 だが、来夢は人からの「優しさ」を、素直に受け取る事が出来ない。彼女が育った環境もあるのだろうが、いつ裏切られるとも判らない世界で、悲しい思いをしない為に、身につけた渡世術。
「貴女は、私をどう持っているのか判らないけど……」
 その一言は、来夢の胸に小さく、しかし確実に深く突き刺さった。



 出撃当日。ドックには早い時間からパイロットと関係者が姿を見せていた。
 アンダーシープラントへ向かう来夢、橋立、マリア、グレンデル。フローティングキャリアーへ向かうソア=ファールズ、ゼファー=W=アオイ、赤井衛角、「雛山要」の八名。それぞれが自機に乗り込む為の準備を進めている。

 橋立は、コックピット内で映像を確認していた。以前に泉水が出撃した際の、フラッテッドシティでのVTRだ。乗っているのはバル=バス=バウであったが、何かの手がかりになればと、食い入るようにチェックしている。
 伊達に世界最年少でV・P・Bランダムバトルを優勝していない。常に相殺力の高いリングレーザーを展開する事で、相手にプレッシャーを与え、寮機をサポートする。また、相手の死角からマインを展開する事も、バル=バス=バウパイロットのセオリーとも言える。
 Blau Stellarでのバル=シリーズロールアウトはAutobahnでの特別任務であったが、あまりにVR離れした攻撃に、橋立はその力を度外視していた。今回の出撃こそが、真のロールアウトと言えるだろう。自分のスタイルと重ねながら、少しでも弱点を探そうと必至に映像に見入った。

 グレンデルははち切れそうな身体をスーツに収め、コックピットで一人静かに開戦の時を待つ。O.D.A.の女性パイロットスーツは白やラベンダーを基調としているが、彼女は髪や機体の色と同じ、ロイヤルブルーがメインだ。ポイントで使われた赤が目を引く。
 彼女の体型が既に規格外の為、既にスーツは原形を留めていない。Königinと共に、体型に合わせたスペシャルオーダーとなったデザインは、胸部パーツを下から持ち上げるビスチェタイプが採用された。それでも、豊満という言葉を超えた体躯は、パーツに収まる事を知らない。
 黒地に赤いヤガランデ・アイがペイントされたヘルメットからは、束ねた蒼い髪が零れている。
 ただ、静かに時を待つ。まるで蒼い炎が大きく燃え盛る瞬間を待つように。全ての存在を、その炎で焼き尽くす為に。

 そして、マリアもまた既にコックピット内で待機していた。瞳を閉じ、集中力を高める。何も考えず、まるで眠っているかのように。
『マリア』
 Jungfrauからの通信が入っても、その集中はとぎれる事はない。
『全ての力を出す必要はありません。貴女は、我々の切り札。力の片鱗を見せつけ、相手がそれに屈すればよい』
 ゆっくりと瞳が開く。その目に映るは、ただ一つ……
「判りました、お母様。必ず、その手に勝利を……」

 来夢は自分のサイファーと端末を接続させ、最終調整を行っていた。彼女のサイファー『煉爆』は特別なVコンバータを使用している為、常に微調整が必要となる。これを行わないと、まともに歩く事すら出来ない。手はかかるが、子供のように愛情を注いでいるサイファーに、やっかいな感情はない。
 そこに三輪が現れ、言葉をいくつか交わす。三輪自身もまるで母親のように来夢を案じている。無事を祈る言葉をかけ、その場を離れた。
「貴女が他人に気をかけるなんて、珍しいわね」
 三輪に声をかけたのは、八部衆の一人、五目。互いに冷ややかな視線を交わした。
「そういう貴女こそ、私の声をかけるなんてね。Sklave殿とFurst殿の『現場』にでも踏み込んでしまったの?」
 三輪の一言に、五目は嫌悪の色を隠さない。
「おあいにく様。残念だけど、今朝一緒にWAL様といたのは私よ。昨晩も、WAL様は私を可愛がって下さったもの」
「そんないやらしい話をしに来たの? 私はそんなに暇人じゃないわ」
「残念ながら本当に話したいのは別の話よ。私とWAL様がどれだけ愛し合っているか、聞かせてあげたいのは山々だけど……」
「結構よ。その貴女が聞かせたいという別の話をとっとと聞かせてちょうだい」
 ふん、と鼻で笑う五目。三輪がここまで嫌悪感を他人に露わにするのも珍しく、五目もまた、三輪を毛嫌いしている。原因はSklaveとの専らの噂だが、真意は定かではない。
「あのサイファーよ」
「『煉爆』が、どうかしたの?」
「聞いたんだけど、アレ、とんでもないわ。だって……」


 その話に、三輪は「馬鹿な」としか言えなかった。
 三輪でなくとも、恐らくその「原因」を知っていれば、誰もがそういうだろう。まさか……


 To be continued.