二機のテムジンがキャリアーを駆ける。全く同じ色、同じ動き。見分けられるのは唯一、OMGを生き抜いた勇者に与えられる紋章のみ。
深夜は距離を置いて藤崎のテムジンの背後に着こうとするも、目まぐるしく動く二機に正直翻弄されている。
何より、自分達の眼前に現れたもう一機のテムジンは、己の僚機と寸分違わぬ動きを見せるのだ。
−もう、本当どっちがどっちだが判らない……
これは深夜の本音である。
素人目からももちろん、彼女のような経験を積んでいるパイロットでも、この二機の区別を正確につけるのは、正直困難を極めるだろう。
いくらOMGを生き抜いた誇りある紋章があるとはいえ、それを見抜いてからの攻撃など、正直当たる訳がないのだ。VR戦闘はそんなに甘いものではない。
今の自分に出来る事と言ったら…二機の邪魔にならないようにすること位か……
そして、当の本人達は、これが限定戦争であることも忘れているかのうな戦闘を繰り広げていた。
攻撃を繰り出すタイミング、回避等、鏡を見ているかのように全くと言って良いほど同じ動きを見せる。
藤崎が前ダッシュライフルを繰り出したかと思えば、相手はそれをボムで相殺し、逆に相手の前ダッシュライフルを藤崎が絶妙なタイミングで回避する。
特に藤崎の動きはこれまでになく生き生きとしたものだ。なんと言っても待ちに待った新型機での初陣である。これを楽しみにせずとして、何を楽しもうと言うのだろうか。
「それなりに骨のあるやつぶつけてきたみたいやな……」
笑みすら浮かべる藤崎に、苦戦の色は見受けられなかった。ただ、自分と同じ様な動きをする相手は、酷くうっとうしく思えた。
「…にしても、機体だけなら判るけど、動きまで俺そっくりとはな…… 俺のクローンとか? あー…でもクローンでも思考パターンまではコピー出来ないはずやし……」
考え事をしながら、相手のソードカッターを器用に回避する。続けざまにワームショットで応戦し、距離を詰めて近接戦に持ち込もうとする。
ただいつもやっている事を相手もしてくるので、うっとうしい事この上ない。
うっとうしさが苛立ちを募り、やがて焦りとなる。
自分で言い出したとは言え、仲間からの援護がないのは、流石の百戦錬磨のパイロットである藤崎でもかなりきつい。
苦戦をしているとは思っていなかったが、このままでは危ない。
そう思う様になったのは、決して嘘ではなかった。
『VRから発せられる波動というのは、同じ機体でも人それぞれによって細かい所で違いが出るんだ』
9012隊が現在のメンバーで編成されて間もない頃、深夜は偶然にも作業中の尚貴と鉢合わせた事があった。
深夜が知る限り、自分が在籍している間には突破された事のない試練『迷宮』を突破した後輩を、彼女はとても興味があった。
会話を交わす中で、尚貴が持つ驚異的な索敵能力について深夜が質問を投げかけた。その回答として、尚貴はいくつかのサンプルを示し、その中に藤崎のテムジンを挙げたのである。
『ROD君は前ダッシュライフルの出力を下げてる代わりに、レーザーの出力をぎりぎりまで上げてるんだ。だからほら』
尚貴が見せた心電図にも似た表を見せられた。これがVRの波動を現すものらしい。同じテムジンの物だと言うが、ぱっと見ただけでは判らない、「誤差」と呼んでも過言ではないくらいの微妙な違い。それを尚貴は己の感覚で瞬時に見分けることが出来るという。
『当然目に見えるものじゃないけど、俺は判るんだよね。なんだか知らないけど』
自慢する訳でもないが、己に与えられた能力には誇りを持った笑みを浮かべた。
『本当なら、パイロットなら誰にでも判ることだと思うよ。それが、意識的に注意しているか、俺みたいになんとなく判るのか。それだけの違いだと思う。
だから、それは神宮寺さんでも出来る事だよ。つーか本当に誰でも出来るよ』
そんな馬鹿な。その時深夜は自分ではそんな事は無理だと思っていた。
「藤崎さん!!」
深夜の思考が現実に引き戻された。
目の前には相手の前ダッシュライフルを食らい、転倒している藤崎のテムジン。障害物の少ないフローティングキャリアーだけに、追い討ちのレーザーが確定で入る。
目の前にいるのは、自分の僚機と同じ色、同じ動きをするテムジンが一機。
−私が行くしかないわね……
対偶の法丈を構え、前に出ようとする。目の前に相手のテムジンを捉え。
やがて倒れていた藤崎のテムジンがよろよろと立ち上がる。Vアーマーが飛び散り、スケルトンシステムが剥き出しになっている。シールドゲージも既に半分近くまで減っていた。
「藤崎さん、私が出ます。下がって……」
「どあほ!!」
急に怒鳴られて、深夜は一瞬身を縮こませた。何で怒鳴られなければならないんだ。驚きながらも、少々腑に落ちない。
「コイツは俺の『獲物』やぞ。そう簡単に盗られて堪るか。
どうしても仲間にして欲しけりゃ……」
立ち上がるや否や、藤崎のテムジンは相手目掛けて前ダッシュで距離を詰めた。
「根性でついて来るんだな!!」
藤崎の目は諦めていなかった。こんな所でそう簡単に諦められるか。俺はあのOMGすら生き抜いた人間だ。
彼の胸中には、パイロットとしての「プライド」と、男としての「意地」が渦巻いていた。
ライデンとベルグドル。OMGの時代には共に『最弱機体』というありがたくない二つ名を拝領していた両機だが、最弱だからこその伝説が生まれた事も、また事実である。
ライデンは重戦闘VR隊において、ベルグドルはDOI−2らエースパイロットにより、OMGに最も貢献した機体としての栄光を受ける事になった。
特にDOI−2はニルヴァーナへの突入、最終兵器・ジグラッドの撃破に成功し、賞賛を浴びた。彼の機体に描かれたそのマーキングは、全てのパイロットの誉れの証だ。
火柱がデッキを走り、その間を縫うようにレーザーが、ミサイルが飛び交う。
実弾と光学兵器を搭載したライデンと、純粋に実弾のみで武装を固めたベルグドル。ある意味両極ともいえる二機の戦闘は、近接等の派手なアクションを好む若者よりも、旧世紀の物質戦争等を好む人種に非常に受けが良かった(この時代、限定戦争の中継を見ながら専用回線で仲間との会話を楽しむのも、スタイルのひとつとして確立していた。それ故に視聴率は最も重要なファクターとなりえる)。
決して派手ではないが、己の特色を充分に発揮した戦闘は、ここ最近流行っている演出重視の「ショー」的な戦闘と違い、実戦に近いせいもあり、限定戦争にあまり興味のない高齢世代にも好まれる。
「流石はOMGを成功に導いた英雄だ…… だが、所詮は第一世代。このライデンは第二世代だ。性能の差は、いつか絶対見える……」
ライデンパイロット、赤井衝角は、相手が誰であろうと決して焦ることはなかった。彼は自分のライデンに対し、それだけの自信と信頼を持っている。
彼のライデンは、O.D.A.がいち早くD.N.A.のデータをハッキングし、それを元に作られた新型ライデンがベースとなっている。前金で受け取った契約金の半分は既にカスタマイズに費やされているという話だ。
特にレーザーの出力は、通常のVR戦闘モードで発射されたスパイラルレーザーでさえ、旧型ライデンが放つレーザーの一般モード(これは旧型ライデンに搭載された対戦艦用レーザーの名残であり、備蓄されている全てのエネルギーをフル使用することにより使用出来た「禁断の一撃」である)に匹敵する威力がある。
装甲の薄い、サイファーやバイパーU等は一撃で戦闘不能に陥るだろう。最強の装甲を誇るドルドレイですら、どれだけのダメージが入るか、全くの未知数だ。
彼はそれを、野生の勘のみで操作し、且つ戦果を上げている。バズーカやナパームは、レーザーを当てる為の布石に過ぎない。
しかし、DOI−2の駆るベルグドルは、彼自身のポテンシャルで一般常識的な能力を遙かに上回る。
漕ぎによる高速の横移動はそれを代表するものであり、そのスピードは軽量級を凌駕することもある。
特筆すべきは、現存しているSAVは彼が搭乗することを前提に設計されている為、その後のカスタマイズを一切必要としないことだ。武装に至っても、任務によって多少の変更はあれど、専用武器なども必要としない。
そして、何より彼の武器は、経験に尽きる。幾多の戦火を生き抜き、あのオペレーションムーンゲートを成功させたのは、何より彼のパイロットとしての経験と、生き延びようとする強い意志だ。
今回の戦役も、OMG以上の期待が己にのしかかっている。だが、DOI−2にとってそれは歓迎すべき事であり、その心の強さも、また武器となる。
故にDOI−2に焦りの色は全くない。相手がライデンだろうと、ヤガランデだろうと、全く関係ないのだ。
「なかなか骨のあるヤツだ。だが、俺達が負けられないと言うことに、変わりはない!」
ナパームを放り投げ、すぐさまミサイルを発射する。ライデンはナパームを巧みにかわすも、発射されたミサイルはかわし切れず、1発を避けるのがやっとだった。
しかしDOI−2は攻撃の手を緩めず、グレネードガンで牽制し、相手を追いつめていく。
後手に回っていたライデンではあるが、先にロールアウトされた最新機の利点を生かし、電磁ボムや電磁ネットなども時折混ぜ(実のところ本人の望む戦い方ではないのだが)、相手にじわじわとダメージを与えている。
一進一退、互いに決定打が出ない。それは本人達が一番判っている事であり、そこで焦りを見せた方が負け、というのも、本人達が一番判っている。
その均衡が破られたのは、偶然なのか。必然なのか。
消滅しかけたライデンの電磁ネットに、ベルグドルが引っかかった。
「なんだと!?」
もう完全に消えたものだと思い、DOI−2はその残像を漕ぎで抜けようとしたのだが、彼の思惑とは正反対の結果が出た。
レバーを動かすも、そう簡単にネットから抜け出せない。
ライデンはと言うと、あと数メートルでダブルロックオンという距離におり、このチャンスを生かさない手はないと、奪取近接でバズーカを叩き付ける。
これによりベルグドルはかなりのダメージを受ける事になり、一気に形勢は逆転したかに見えた。
だが……
「嘘だろ!?」
DOI−2の行動に、今度は赤井が目をむいた。
彼がOMGに遭遇したのは15歳。TVで連日放送されるドキュメントを見て、VRのパイロットを志す様になった。
当然DOI−2の事も知っていたし、ベルグドルがどういう機体かも知っている「つもり」だった。
しかし、それは100%ではなく、赤井は肝心な事を知らなかった。
ダッシュ近接をヒットさせた後、一気にカタを付けようと、再度バズーカを振りかざした。DOI−2はすぐさまそれに反応し、バズーカの一撃をガードした。
赤井の読みは、そこまでしかなかった。
距離はほぼ密着状態。DOI−2の狙いはそこにあったのだ。
ベルグドルには隠された近接技がある。相手の近接攻撃をガードした後、ほぼ確定でヒットするショルダーアタックがそれだ。ベルグドルという機体特性上、これを実践に取り入れるパイロットは少ない。しかし、仮に相手との距離が離れたとしても、ナパームが発射されるので、決して無駄な攻撃ではない。
これを使いこなす事が出来れば、地上でのベルグドルの戦いは、さらに可能性が上がる。「近接に弱い」というベルグドルのイメージを、一掃するには大いに有効な技だ。
DOI−2は高いリスクを好むようなことはしない。しかし、確実に任務を遂行する為には、時にはリスクを冒してでも勝たなければならない事もある。
この対戦はまさにそれであり、勝つ為にはどんな事をしてでも、勝利をつかみ取らなければならない。だからこそ、DOI−2はこの一撃に全てを賭けた。
ライデンの装甲は大きく剥がれ、その場に大きく転倒した。
赤井は何が起こったのか、一瞬理解出来なかった。いや、おそらく誰であっても、自分自身に何が起きているのか、すぐさま理解するのは不可能だろう。
『面白い。さすがは伝説のパイロット。俺が相手をするに相応しい……』
まただ。またこの声だ。ちくしょう。DOI−2と戦うのは俺だ!!
必死になり己の意識を確立させるも、それは却って意識を遠のかせるばかり。目の前が徐々に灰色を帯び、やがて何も見えなくなってしまう。
『お前はそこで見ていろ。過去の伝説など、この俺が潰してくれるわ』
相手の異変に、DOI−2もさすがに気がついた。
先程とは気配が全く違う。VRパイロットによくある「人格移行」なのかも知れない。
すぐさま相手との距離を取り、不意打ち御免とばかりにナパームを投げつけた。
「……それで牽制したつもりか……」
爆炎をあげてキャリアーを滑るナパームをあざ笑うかの様に、2発のバズーカがベルグドルに迫る。
「馬鹿な!!」
とっさの判断でその場を離脱。ガトリングガンで牽制するも、既にライデンはおらず、逆に自分が背後を取られる形になる。
しかし、そこは歴戦の大ベテラン。高速の漕ぎで相手のロックオンを逃れ、自分に優位なポジションを探す。
「流石だな。よく今のを避けた。だが…」
対峙する2機。距離は200。
レバーを握る手が、汗ばむのが判る。
「今度は確実に俺を殺すというのか?」
珍しく、DOI−2が相手を挑発した。その表情は、いつもの顔ではない。
「その通りだ!!」
「よく吠えた!!」
三機のサイファーがキャリアーを駆け抜ける。二対一ではあるが、実質戦っている
のはソアと尚貴。染谷は尚貴の動きに合わせ、フォローを入れている。
MSBS5.2の特性を生かし、ソアを挟む様にダガーを展開したり、ホーミングボムの爆炎で相手の視界を塞ぎ、レーザーで奇襲をかけたり、この短い時間で二人のコンビネーションは少しずつ良くなっているのが判る。
「があっっ!!」
「高森さん!!」
尚貴のサイファーが転倒する。ダブルロックオンレンジに入り、いつもであれば距離を取るはずを、無理して零距離戦最適化システムを作動させたから、逆に相手に距離を取られ、真正面からレーザーを受けた。染谷がすぐさまバルカンからダガーで相手を牽制する。
「ちくしょ、ださいったらありゃしない」
「慣れない事、しない方がいいよ」
「……そうね。気をつける」
反発されるかと思った染谷は、思った以上に素直に返事をした尚貴に、少し驚いた。
尚貴はすぐ体勢を整えると、相手を捕捉し、距離を測った。前にいた染谷とポジションを入れ替え、威嚇代わりにレーザーを発射した。ソアはそれをジャンプで避けると、ダッシュで距離を置いた。
「なるほど、あれが彼らの開発した新システム……あの女王陛下も手を焼いた……」
ヘルメットのバイザーモニターが、何かを分析するかのように緑色の文字を表示した。それが下から上へ、重カに逆らう滝の様に流れ一る。だが、それは「ERROR」という文字を表示して、動きを止めた。
「さすがに簡単に覗かせてはくれないですね……」
ならぱ、と、ソアのサイファーは一気に距離を詰めた。だが一気にダブルロックオンレンジの入るのではなく、バルカンで牽制しある程度の距離を置き、相手の出方を伺う。
尚貴は、染谷のサイファーを見やると、今度は後ろに下がって距離を取る。逆に染谷が前に出た。全てのバーチャロイドを自在に操り「マシンチャイルド」の異名を持つ彼。
「突然とんでもない所からレーザーが来る。こないだの見てたでしょ?」
「あぁ、あれね」
「Vコンバータ直撃したら、ただじゃすまないよ。それだけ気をつけて。フォローし切れるか判らないけど、一先ずバックアップする」
「了解……」
赤木香緒里とトーマ・ジーナスウィンドは、この二人のやり取りに、少々驚いた。いつもなら決して関係がよいとは言えない二人だが、前線に出ると、なぜかいつもよりは良好になる。
「まぁ、悪い事ではないですからね……」
「確かに」
一先ず二人の動向は、見守る事にした。
染谷の戦いぶりは、見事しか言いようがない。時々ひやりとする場面もあるが、それは尚貴がフォローし、上手くカバーしている。
どちらかが一方的に押している訳でもなく、染谷の方は以前モニタリングした事があるとは言え、実戦で戦う初めての相手に油断することなく、距離を取ったセオリー通りの戦い方をしている。
バックアップに回った尚貴も、遠距離からのダガー、バルカンを駆使し、時折染谷に変わって一気に距離を詰めたりもする。先の特別任務を経験してから、零距離戦最適化システムを搭載した事もあり、「相手を翻弄する」様な近接攻撃を仕掛けるようになった。特に彼女の搭載しているシステムは、テムジン、サイファーと相性が良く、搭載後の起動テストでも、その機能を果たしていた。あとは、本人の使い込み次第である。
「彼女も、よくここまで成長しました。入所当時はどうなる事かと思いましたが……」
「そうですね。私も、パイロット試験に合格したと聞いた時は、どうなるかと思いました」
モニターを見ながら談笑ナる二人。
だが、その表情はバイバーUから上がった黒煙で一変した。
To be continued.