「瀧川さん!!」
バイパーUが大きく転倒する。左のショルダーアーマーから黒煙が上がる。
相手−ゼファー・W・アオイのサイファーは、近接に重点を置いた特化型のサイファーだ。ダガー、ホーミング類のエネルギーを全てビームソードに回し、余剰エネルギーを多少レーザーに回している。レーザーを発射する以外でランチャーは使用しない(バルカンも撃たない)、特殊な戦い方を採る。
サイファーは一郎自らが開発を手がけた機体だ。機体が持つ癖など、全てを知り尽している。
しかし、このサイファーは自分が予想だにしなかった戦術で、自分達に襲い掛かってきた。
「このガキ…… やりやがったな……」
左腕が完全に動かない。7WAYミサイルも撃てない。飛び道具の少ないバイパーUにとって、これほど致命的な事はない。
「俺のバイパーによくも傷付けおったな!? この借り相当高いで!?」
「当たる方が悪いんでしょう!? 今度は腕だけじゃすまないよ!!」
外部音声で互いを挑発する。
「さあ困ったぞ!! クレイス、この状態をお前ならどう打開する?」
「えぇっ!?」
毎度の様に唐突に振ってくる。困ったのは自分も同じだ。予想の範疇になかった展開だ。この男がバックアップに大人しく回るとも思えない。かといって、自分がフロントに回るのもどうか。
それならば、賭けてみるしかない。
「瀧川さん、ミサイルなしで、行けますか?」
ワイプを通して、ヘルメットのバイザー越しに睨まれた。さすがに怯む。
「俺を誰やと思とんねん!? 馬鹿にしとんのか!?」
ついでに怒鳴られた。藤崎もだが、一郎が怒鳴るととんでもない迫力だ。
「俺はな…」
バイパーUがビームソードを展開させた。ショッキングピンクのレーザーが実体化する。
「こういう時ほど……」
展開させたソードの切っ先を、相手のサイファーに向ける。
「死ぬほど燃えるんや!!!」
一気に距離を詰めた。アオイのサイファーもそれを迎え撃つ為にバイパーUに向き合った。
「お前は手出しすんなや!!」
ビームソードがぶつかり合い、レーザーの粒子が飛び散る。クレイスは機体を安全圏まで下げると、一先ず二機の動向を見守った。
ストライカーという機体の特性上、あまりクレイスは近接戦を好まない。出来ない訳ではないが、確定でない限り、高いリスクを犯してまで取り入れる戦法ではないと、彼は考えている。
しかし、小隊長の藤崎や、僚友の深夜、今タッグを組んでいる一郎のような戦い方を見ると、自分が近接を当てに行くのではなく、いかにして相手が近接を当てやすいポジションを作るか、自分にそれがかかっていることを考えた方が、彼のパイロットとしての力量も試され、柄にもなくわくわくする。
だから、安全圏まで下がったのは、彼の攻撃が十二分に能力を発揮するからだ。
アオイのサイファーが、一郎とのつば競り合いの後距離を置き、上空に舞った。
「これで、一気にかたをつける!!」
クレイスはアオイが一郎にしか気をつけていないことを確認すると、ジャンプしたサイファーを視認し、距離を詰めた。
「悪いけど、君の相手は瀧川さんだけじゃないんだ……」
アオイのサイファーがソードを展開させ、空中ダッシュ近接に移行したのと、クレイスがスライディングからファニーランチャーを展開させたのは、ほぼ同時だった。
「なにこれ!!」
アオイは思わず声を荒げた。弾は直撃していない。していないが、目の前で爆発し、一瞬の内に爆炎で視界が塞がれた。この隙に一郎は距離を取ると、何とか使えるマルチランチャーでレーザーを発射。それは既に空中ダッシュ近接の体勢に入っているサイファーの胸部を直撃した。
「きゃぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
サイファーがキャリアーのアスファルトの破片を飛び散らせ、機体が叩きつけられた。そのショックでVコンバーターに動作不具合を起こし、コックピット内がパトランプで赤く点灯する。
「完全傍観に徹してなかったのね…… 私も甘かったわ。それなら……」
ワイプはVコンバーターにダメージがあり、これ以上戦闘を続けると危険であるサインを示している。胸部を直撃したレーザーが、ランチャーだけでなく、Vコンバータにもダメージを与えていた。アオイはそれを見ると軽く舌打ちする。
「やれるか?」
「混乱に乗じれぱ容易いですわ。本人もまさかとは思いませんでしょうし」
アオイのサイファーはモータースラッシャー形態に変形すると、並んでいる二機との距離を急激に詰めた。
「来る!!」
二機が身構えるのより早く、サイファーは変形を解くと、クイックステップで背後に回り、ソードを振り上げた。距離が近すぎる為、ストライカーでもダブルロツクオン圏内だ。下から上へ振りぬいたソードは、ストライカーの左肩にヒットする。
「ぐぁっっ!!」
「いっちょまえに燕返しかい!」
それに反応するように、一郎も葵のサイファーを追った。転倒こそしなかったものの、ストライカーはその場に片膝をついている。一郎がサイファーを追ったから、すぐに体勢を整える必要はなかった。
『クレイス、状態を報告して』
香緒里からのインカムが入る。
「特に目立ったダメージはありません。背後を取られたのでヒヤッとしましたが……」
『燕返しか…… あれを初めて披露した時、あの場にいた人間が全員唖然としていたな……』
Dr.Tが昔を懐かしむ。彼はテムジンをメイン機体とし、主に特殊操作による近接攻撃の開発を担っていた。燕返しは彼の代表的な開発技である。
『それにしても、一郎さんは相変わらずね』
香緒里が苦笑いした。どんなに冷静を装っていても、味方がやられると一瞬で頭に血が上ってしまう。そんな一郎だから、隊員達も信頼しているのはまた事実。
「一先ず、瀧川さんを追います。当たり所もよかったので、そんなにダメージは行ってませんから」
『気をつけて』
「はい」
アスファルトを蹴りながら、ストライカーが走る。一郎のバイパーUはミサイルが使えないから、どうしても近寄らざるを得ない。クレイスはダッシュの体勢のまま、グレネードランチャーの照準をサイファーに合わせた。
二機の距離が離れた瞬間がチャンス。つばぜり合いの後、レーザーの粒子を飛び散らせながら、バイパーUが大きく後退した。
「今だ!!」
グレネードランチャーが火を吹いた。サイファーをロックオンした弾丸は、綺麗な放物線を描くと、弾丸が分裂。その内の一発がサイファーの肩にヒットした。
「くっっ!!」
サイファーの動きが一瞬だけ止まる。全弾命中していないので、ダメージはさしたるものではない。だが、一瞬だけサイファーの動きが止まった。その一瞬だけでよかった。
「これで終わりや!!!」
爆炎を貫いてきたのは、バイパーUのレーザー。それもライデンのスパイラルレーザー並みの。光の太さだけではない。その威力は、サイファーの胸部ホーミングランチャーの射出口から、Vコンバータを貫くほど。
「そんな……」
スクリーンー面に赤く「DANGER」の文字が表示される。もう終わりだ。自分は負けたのだ。Vコンバータがなけれぱ、VRは機体を保つ事が出来ない。だからと言って、おめおめと投降するつもりもない。だから、サイファーと最期を共にしよう。
覚悟を決めた時、アオイのサイファーはクリスタル質から目を焼くほどの光を放ち、そのまま光に包まれると、光が消えた時には跡形もなく姿を消した。
「またあれですか……」
「せやな。いつもあの光がやつらを消してまう。リサイクルでもするんかいな……」
先ほどの渾身の力を込めたレーザーで全エネルギーを消費し、あとは通常に動く程度の余剰エネルギーしか残っていないバイパーU。左肩からは、時折火花が散っている。
「瀧川さんも危ないですよ。すぐにドッグに入った方がよいかと……」
「せやな。香緒里さん、ジャッキ上げてくれ。さっきやられた肩を早めに直したいねん」
『判りました。前方五番を開放しますので、そこから入って下さい。キャリアーはそのままムー二一バレーに移動します』
「りょうかい」
バイパーUはよろよろと歩き始めると、リフトアップされたジャッキに機体を固定させた。ロックがかかり、吸い込まれるように機体が下がる。
キャリアーはゆっくりと、舳先を転換させた。
向かう先はムー二一バレー。TSCドランメンに並び、甚大な被害の出たプラント。
OMGの英雄すら、命を落とした激戦区。
フローティングキャリアー 勝利者 瀧川一郎、クレイス・アドルーバ組
機体の性能差で相手を圧倒する赤井。対するDOI−2は、歴戦の経験とそこで培われた技術で、その差を埋める。
決定打が互いに出ない。焦った方が負けであるということは、双方とも充分判り切っている。
判っているから、決して攻撃の手を緩めない。ぎりぎりの攻防が続く。ナパームの爆炎から突然現れるレーザーやミサイル。グレネードガンやバズーカが縦横無尽に飛び交う。一瞬の隙が命取り。
ベルグドルのグレネードガンはリロードが早く、全弾撃ち切ってもものの数秒でフルチャージされる利点がある。DOI−2はそれを生かし、出来るだけ攻撃を切らさずに相手にプレッシャーを与える。
しかし、DOI−2は不審に思っていた。相手のライデンパイロット。よく見る人格移行だとしても、ここまではっきりと、移行後の自我があるのも珍しい。完全なる二重人格なのだろう。よくありがちな、移行後の方が性質が悪い。
それを決定付けたのは、相手の攻撃における行動だ。ほぼ確実に、コックピットブロックのある部分を狙ってくる。そういえば、先の大襲撃の際、一撃破されたVRの殆どが、コックピットを潰されていたエリアがあったと。もし、このライデンがやったとすれば……
「なるほど…… そういう事なのか…… ならぱこちらも徹底的にやらせてもらうか」
ベルグドルのショルダーミサイルがフルオープンとなり、放物線を描いてライデンに襲い掛かった。
「こざかしい!!」
赤井のライデンはグランドナパームを放り投げ、立ち上る爆炎と火柱でミサイルを相殺したが、防ぎきれなかった二発がボディにヒットした。
「ぐっ!!」
その反動でコックピットに衝撃が走る。ライデンのコックピットブロックはちょうどボディの部分に当たる。自分を挑発しているのか、それとも……
「やるな…… さすがOMGの英雄。そうではくては面白くない」
すぐに体勢を立て直し、攻め始めに右夕一ボバズーカを打ち込んだ。
「貴様のようなヤツがいなくては、限定戦争もただの対戦に過ぎない。名のある者を倒し、己の価値を上げてこそ、俺の存在に意味があるというものだ。
俺は是が非でもお前を倒す!!」
「俺の魂をお前らが崇拝している神様にささげるというのか!?」
「Aliceの事など俺には関係ない。俺は『力が欲しい』と言われたから力を貸しているまで。戦う場を与えてくれれば、俺はいくらでも力を貸す。お前の様なパイロットと戦う事が出来るなら、尚更だ。
中には金に目がくらんだ輩もいるらしいがな。まぁ、俺の契約金も結構な額なんだが……」
くくく、と笑う声が聞こえる。
確かに、この世界には表舞台には出てこないものの、高い実力を持つ者はたくさんいるだろう。噂に聞いた、O.D.A.の戦力の大半が、下位クラスのPパイロットやアーケードプレイヤー出身であると言うのも頷ける。どういった情報網を持っているのかは知らないが、少なくとも、赤井を含めて、アンダーグラウンドの世界で戦っている多くのパイロットの存在を、彼らは知っている。それらの多くは、地上の者に対し、何らかの因縁を持っている。
その感情を巧みに掴み、O.D.A.はこういったパイロットを自分達の傘下に引き込んでいる。実カを認められない故のジレンマ、地上への恨み等。赤井の言うように、金が絡んでいる者もいるだろう。しかしそれは実力があると認められてこそ、動く金だ。
答えは至極単純明快だ。彼らは強い。油断していれば、自分が命を失うと。ただそれだけに過ぎない。
「お前も俺も、今は負けられないという立場は同じ。俺にもプライドがある。OMGを生き抜いてきたという、何物にも代えられないプライドが。
俺を殺すと言うのならやってみろ。その代償は、お前の命だ!!」
「その言葉を口にした事、後悔させてやる!!」
ライデンの両肩から、目も眩む様なレーザーが発射される。DOI−2はそれをジャンプで回避すると、安全圏へ空中ダッシュし、着地と同時にナパームを展開した。グレネードガンで牽制し、プレッシャーをかける。
赤井もレーザー発射後、弾速の早い前ダッシュバズーカを撃ち込むと、距離を置こうとするDOI−2に対し、猛然と立ち向かう。自分と戦った者は死。それはまるで、己に対する記憶を持つ者を消し去るかのように。
Vアーマーが破壊され、スケルトンシステムが剥き出しになる。双方決して楽観視出来るような状態ではない。当たり所が悪ければ、一撃で撃破される可能性もある。
しかしそれは、赤井のインカムに受信した通信によって、あっけなく幕を閉じた。
『赤井准尉、帰還命令だ。今すぐ戻れ』
「何だと!?」
『必要なデータは既に搾取した。あんたにはまだ死なれると困るんでね』
「どういう事だ!?」
『すぐ帰還しろ。さもなくば……』
赤井は奥歯をぎりっと噛み締めた。O.D.A.の幹部達は、隊員達に対し{何か」をVRに施している。その何かが判らない。赤井−交代した現在の人格はRed
Rumと呼ばれている−も、ありとあらゆる手段を講じたが、それが未だ何かである事が判らずにいる。
「戻れと言うのか……」
『そうだ。大人しく戻ってくれればよい。Meisterからの命令だ』
Meister O。O.D.A.を束ねる総帥。幹部であっても、その正体が何者なのか、完全に判っている者はいない。唯一つ、彼が心血を注ぐのはAliceの復活。その為なら、この地球上に住む全ての人間の魂を、自分も含めてAliceに捧げる事も厭わない。知っているのはそのくらいだ。
「ならぱ、俺がもうここにいる理由はない。次会う時には、俺をもっと楽しませて欲しいもんだな……」
赤井のライデンがノイズとなって姿を消した。DOI−2は、この空間を取り巻いていた重圧が、不意に軽くなったのを感じた。
「何なんだあの男は……」
『土居少将、いかがしましたか?』
Dr.Tからのインカムで、意識が現実に戻る。
「いや、特に大きな破損もない。相手もそれなりにやり手だった。久々に本気になった」
『それなら安心です。キャリアーをそのままムーニーバレーへと移動させます。八番のドッグを開けますので、そちらから入って下さい』
「了解した」
あの瞬間、相手のパイロットの人格が代わったあの瞬間を、DOI−2は鮮明に覚えていた。珍しく、何かの重圧に潰されそうな、そんな感覚さえあった。あの時、ムーンゲートの最深部、ニルヴァーナに突入し、ジグラッドと対時した時とは違う感覚。
魂さえも削り取られそうな。
「俺もまだ未熟という事か……」
DOI−2はベルグドルをジャッキに固定させ、スケルトンシステムが殆ど剥き出しになった緑色の機体をキャリアーへと納めた。
フローティングキャリアー 勝利者 土居二郎(対戦相手の戦闘放棄による)
『誰でも出来る事なんだよ』
深夜は後輩の一言を心の中で何度も繰り返した。
本当に誰でも出来るなら、私にも出来るのだろうか? 彼女は、自然とそういう感覚が身体に感じられると言っていた。目で見るのではなく、自分の中の別の自分のようなものが感じていると。
それならと、深夜は目を閉じて、モニターの識別をサーモセンサーに切り替えた。目を開けた時、既にどちらがどちらなのか判らない。
これでよかったのだ。なまじ視覚で頼るより、全てを感覚のみで感じ取る。もしあの言葉が本当なら、きっと自分にも出来るはず。
対偶の杖を構え、キャリアーを走る二機のテムジンに神経を集中させた。
一機が前ダッシュライフルを撃った。それを巧みにかわし、横ダッシュからレーザーを発射する。それを紙一重横ダッシュで回避すると、そのままボムを投げつけた。
なんとなくだが、動きが読めるような気がする。出撃前のシミュレーションで、藤崎とは数多くの対戦をこなした。今回の様に、共に戦うパートナーとして、互いのスタイルを把握する為、あえて対戦という形を採ったのだ。対戦で掴んだ藤崎の癖、スタイル。完壁ではないが、自分なりにそれらを把握しているつもりだ。
深夜は杖を握り直すと、二機との距離を詰めた。片方の背後に回り、アイスピラーを展開する。
二機のテムジンは、ちょうどダブルロックオン圏内での切りあい状態になっていた。クイックステップで牽制し、相手の隙を互いに窺っている。
アイスピラーは完全にテムジンの背後を取った。正面のポジションに向いていたテムジンが、咄嵯にその場を離れる。
「ぐぁぁぁぁぁっっ!!」
完全に背後を取られ、無防備状態となった所へアイスピラーの一撃を食らったテムジン。不意打ちに回避も出来ず、前に倒れ込む。
「よっしゃ! ようやった!!」
インカムに入ってきたのは藤崎の声。自分の狙いは間違っていなかった。
「クリーンヒットやな」
「……ありがとうございます……」
正直、深夜自身もあまりに綺麗に当たりすぎたので、少々驚いているのだが。
「どうやったん?」
「見えるものを、見えない様にしたら、見える様になりました」
「?????」
藤崎は訳が判らない。しかし、寮機がこれで、自分と肩を並べて戦える事には安心していた。
しかし、背後からのアイスピラーをまともに食らったテムジン−雛山要は、エンジェランの動きが急によくなった事に対し、疑問を通り越し怒りを覚えていた。
「何故だ!! 何故あの女には俺が判った!!」
VRも、動きも、全て『藤崎健一』を完璧にコピー出来たはずだ。なのに、どうしてあのエンジェランのパイロットは自分を見分ける事が出来たのか?
「……それが、こいつらの真の力だとでも言うのか!!」
雛山のテムジンは、怒りを持ってエンジェランに向かっていった。
「来たぞ!!」
「向こうから来てくれれば助かります。ここは私に任せて下さい!」
深夜のエンジェランは、目のくらむ様な光を発し、その背に象徴である翼を出現させた。彼女のお家芸である、エクロージョンモードからの近接を狙うつもりなのだ。
「大丈夫なんか!?」
「幸いダメージは受けていませんから。少なくとも、今の藤崎さんよりもゲージに余裕がありますよ!」
対偶の法杖を構え、深夜のエンジェランが雛山のテムジンを迎え撃つ。
「死ねぇぇぇぇぇっっっ!!!」
怒りに我を忘れた雛山の一撃を、深夜は冷静に見切る。伸ばした手をテムジンのVコンバーターに触れ、そのエネルギーを自らに取り込んだ。
「何ぃぃっ!?」
「よっしゃ!!」
エクロージョンモードからのターボ近接は、深夜にとってはまず開戦の合図であり、ある程度フィールドを回復させる事で、その攻撃はよりアグレッシブになる。
「総! 勇! 出番だよ!!」
深夜の呼びかけにより、二匹の氷龍が姿を現す。その動きは雛山を翻弄させ、召還主である深夜の行動をカムフラージュさせるのには十分だ。
「ちょこまかとこざかしい!!」
雛山は地面にボムを叩き付け、その爆風で氷龍を消滅させた。しかし、逆にボムの爆風が自分の視界を塞ぎ、スノーマーク(LTLW)がヒットする。さすがにこの程度のダメージでは転倒する事もなく、一瞬だけ硬直した後にエンジェランを追いかける。
「そろそろ時間が……」
エクロージョンモードは無限ではない。強化されているとは言え、その発動時間に限りがある。
「藤崎さん!」
「よっしゃ、ようやった。もうサポに回っても俺に誤爆したりせぇへんな?」
「大丈夫ですって!」
「後は俺に任せろや!!」
藤崎のテムジンも、先ほどとは見違える動きを見せた。深夜の戦いぶりに触発されたのだろうか。
「こっこまでおいで〜!!」
今度は一瞬姿を見せた藤崎のテムジンに雛山が突っ込む。藤崎は障害物の位置を確認すると、横ダッシュからライフルを雛山のテムジンに照準を合わせる。
「食らえや!!」
横ダッシュから展開するレーザーが、ミリ単位も外さずに雛山のテムジンにヒットした。藤崎は一端後ろに下がり、再び深夜のエンジェランが雛山と対峙する。
「どこまでも…こざかしい奴らめ……!!」
前ダッシュライフルを発射する雛山のテムジン。エンジェランはそれを確実に回避し、アイスショットで相手を牽制する。とどめを刺すのではなく、少しずつ追い込む為。キャリアーと自分、そして相手、藤崎の距離を全て把握しなければならない。
「私こういうこと正直苦手なんだけど……」
きっと後輩のあのサイファーパイロットなら、それが目隠ししてでも出来るだろう。その能力が、今は羨ましくもある。
出来るだけ、相手をキャリアーの端ぎりぎりまで追い込む。それが藤崎から与えられた作戦だ。何をするのか判らないが、何となく察しは付く。とにかく時間を稼げ、そして相手を追い込めと。
「でもそんなこと言ってられないしね!!」
エンジェランが一気にテムジンとの距離を詰めた。クイックステップで相手を翻弄させる。少しでも、キャリアーの端に追い込む為に。
だが、雛山のテムジンもそのスピードを上げ、深夜のエンジェランに食らいつく。前ダッシュライフルからソードカッターを展開させ、少しでもエンジェランの動きを止めようとする。
しかし、深夜のエンジェランも死角からのダイヤモンドダストレーザー(RTRW)でテムジンの動きを封じ、空間を支配し始めた。
方や、藤崎はゲージをフルリロードさせ、自分が攻撃する機会を今かと窺う。出来るだけ距離を取り、かつエンジェランを挟んで雛山のテムジンが自分の真正面に来るポジションを探る為、息を潜める狩人の様に二機の動きを注意深く観察する。
「目障りだ!!」
雛山のテムジンがエンジェランにボムを投げつけた。二機が爆炎に包まれる。
「行くぜ!!」
チャンスとばかりに藤崎のテムジンが一直線にダッシュし、そのまま空中前ダッシュに移行した。
「どけ!!」
その声に爆炎からエンジェランが姿を見せる。刹那、藤崎のテムジンはマインドブースターから高出力のエネルギーを発生させ、スライプナーをフェイズ−4、ブルースライダーへと変形させた。
「ぅおおおおおおりゃぁぁぁぁぁっっっっ!!」
新型テムジンの切り札、サーフィンラム。それを当てる為の機会を、藤崎はずっと待っていたのだ。大気のエネルギーを海の波、あるいは輝く銀雪の如く乗りこなす。グランディングラムでの攻撃に人並みならない執着を持っていた藤崎は、新型テムジンでの初陣は、どうしてもサーフィンラムで勝利したかった。
爆風が薄れる。目の前のプレートディフェンダーが粉々に砕け散り、姿を見せたのは一機のテムジン。
「そんな馬鹿な……」
迫り来るテムジンの攻撃に、雛山はなすすべもなかった。ブルースライダーの鋒が自機の胴体を直撃する。
激しい衝撃。自分に何が起こったのか、正直判らない。ただ、気が付いたら、空を飛んでいた。キャリアーから叩き落とされたなら、もう無事では済まないだろう。
そう感じた時、「雛山要」の全てが終わった。強い光に包まれ、全てが消え去った。
「お見事でした……」
機体にノイズを発しながら、深夜のエンジェランが近づく。藤崎は、機体の膝をキャリアーに付けたまま、光が消え去った場所をいつまでも見つめていた。
フローティングキャリアー 勝利者 藤崎賢一、神宮寺深夜組
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
尚貴のサイファーのVフィールドゲージが10%を切った。しかしながら、ソアのサイファーもまた、予断を許さない状態である。染谷のサイファーも、残り50%ほどのゲージを残した状態だ。
誰一人として、撃墜されないという保証はない。
「向こうの残りは?」
「推測で15%。レーザーが一発当たれば…ってとこ。でもあいつの事だから、また戦線離脱するかも。その時は……」
組み付いてでも引きずり出してやる。
その言葉に、染谷は苦笑いを浮かべるしかない。
「とにかく、ここは二人でいないとまずい。無理はしないでくれ」
「無理をしないとならない時は、どうしようもないけどね」
ただ下がるのではなく、機会があれば自分がどうなろうと前に出る。ようやく染谷は相棒の性格を理解し始めた。
「出るよ」
「OK」
ソアのサイファーを挟む様に展開していた布陣を、染谷が前に出る事で一機に集中させる。ダガーの一本も当たるとまずい状態の寮機から注意を反らすには、こうするしか他にない。
「あの高名な『マシンチャイルド』ですね…… 戦えるのは光栄だけど、この状態だと……」
自分の残りシールドゲージが僅かなのを、ソアも十分判っている。自分の目の前に立ちはだかるサイファーのしつこいくらいの攻撃を交わし切れず、結局付き合わされる様にシールドを削られてしまった。
しかし、その動きは前回とは雲泥の差であり、本当に同じパイロットが乗っているのかを疑ってしまう程だった。
「Klosterfrauは格下の相手と言っていたけど、あの女王陛下相手に撃破されなかったのは、フロックじゃない……」
そして目の前の相手である。自分は一発の被弾も許さない状態。データ取りの為には、全ての攻撃を回避するしかない。
「Klosterfrau、早めにお願いします」
『判ったわ。30秒保たせなさい。あの『マシンチャイルド』のデータが取れるなんてね。私も運がいいわ』
スクリーンにカウントダウンを示すワイプが表示される。とにかく30秒我慢しなければならない。バルカンの一発も当たれば、ゲージが10%を切る可能性もある。
目の前に染谷の放ったダガーが展開した。これをぎりぎりのジャンプで避けると、そのまま前ダッシュへ移行。距離を取り、相手の位置を確認する為に、前ダッシュバルカンを撃つ。
しかしながら、O.D.A.のサイファーは漕ぎが出来ないと尚貴から聞いていた染谷は、動きを制限する様に、フォースレーザーを発射した。だが、これも間一髪の所で回避されてしまう。
「彼女、凄い」
「どうしたの? 急に」
「攻撃が読まれてるとしか思えない。この状態で、回避に専念しているとは言え……」
「……俺も出る。逃げられるだろうけど、2:1なら精神的プレッシャーにもなるでしょ」
尚貴の提案を、染谷は拒否しなかった。彼女には彼女なりの思惑があり、そう言ってきたのだから、残り10%のフィールドゲージでも大丈夫だと。
「攻撃は続けて。回避したポイントに、俺が攻める」
「判った」
今の時点で、残りフィールドの状態は自分の方が圧倒的に有利だ。染谷は一気に距離を詰め、前ダッシュからレーザーを展開する。ソアはそれを横ダッシュで回避。続いて尚貴が置いた左ターボバルカンを寸でで交わし、放たれたホーミングボムの真下をくぐる。
尚貴もソアも、お互いが前回の対戦と違っている事に気付いていた。二人とも、パイロットとしての「強さ」は決して高くはない。しかし、経験を積む事で、それをフィードバックする能力はどちらも勝る。そして、空間を支配する能力。得意とするポイントは違うものの、どちらもパイロットとしてのタイプは、非常に似通っている。
「仕方ない。前行くよ!」
「無茶だ! 墜とされるよ!!」
「行かないと相手がどう動くか判らないし。俺は零距離で行く」
零距離戦最適化システムを起動させ、尚貴のサイファーがレーザーブレードを展開する。しかし、染谷がそれを止めんとばかりに間に割った。
『お待たせ、ソア。戻っていらっしゃい。このままだと、貴方が墜とされてしまうわ。幸い、今回は予想外のデータが手に入ったわ。これで貴方の経験値も随分と上がったわね』
「助かります。それでは、帰還します」
ソアが高く舞い上がった。
「くそっ!! 逃がすか!!」
尚貴がそれを阻止せんと高々度にジャンプする。染谷も後を追う。一度火が点くと、周りが見えなくなってしまう。戦闘要員ならともかく、偵察要員としては悪い癖だ。
「行かせねぇぇぇぇっっっっ!!!」
ブレードを展開したまま、尚貴がソアに迫る。それを追う染谷。止むなく染谷がソアのサイファーに威嚇のレーザーを撃った。
が、それは中空に消え、ソアのサイファーはノイズと共にその姿を消した。
「くそっ! また逃げられた!!」
着地した尚貴のサイファーの踵が、キャリアーのアスファルトを蹴る。Vアーマーは既になく、スケルトンシステムがむき出しの状態だ。
「大丈夫?」
「まぁね。大した損傷もないし。ちょっと削られすぎたと思うけど」
『二人とも聞こえますか?』
赤木香緒里の声がインカムから聞こえる。
『尚貴ちゃんはすぐドッグへ。染谷君も早めに戻って下さい。他のチームはムーニーバレーに向かっています。キャリアーをこのまま進めますので』
「了解です」
香緒里の声と共に、ドッグへの固定デッキのジャッキが伸びた。残った動力で機体を固定させる。
「よく凌いだね」
染谷からのインカムが入る。結局の所、尚貴はアラートが鳴ってから0.1%も被弾する事はなかった。相手の攻撃が比較的染谷を狙っていたとは言え、この間をよくも無被弾で我慢出来たものだ。
「お陰様で。ま、運がよかったのかもね」
ドッグに機体が下ろされると、尚貴はそそくさとサイファーから降りた。今回の戦闘の記録を報告しなければならないので、休んでいられないのだ。
染谷は相棒の背中を、労いの目で見送った。
「お疲れ様」
「所詮、『ニセモノ』は『ニセモノ』か……」
藤崎・神宮寺組と「雛山要」の対戦をモニタリングしていたKavalier S。彼の白い胸にはKönigin Rがもたれかかっている。
「あのガキの事かい」
「結局、奴はOMGの英雄にも、旧世紀の子供にもなれなかった。
コピーなんて能力は、そんなモンなのかもな……」
左手でKöniginの鮮やかなピンクの髪を弄ぶ。
「で、あのガキにいくら使ったん?」
「知らね。結局契約金の残りは出来高払いでいいって言われたから、払ってねぇし」
「で、残りは?」
「俺の口座に丸々残ってる」
「んだよ。横流しで丸儲けかよ」
Königinが高らかに笑う。何がどうおかしいのか、Kavalierの胸に顔を埋めたまま、しばらく笑っていた。
「んなん、金なんかいくらあってもしゃぁないやん。俺は、お前がおったら札の一枚もいらんわ」
そんなKöniginの一言に、Kavalierは頬に口づけた。
「そうだな……」
「今回の帰還は?」
「赤井准尉とファールズ伍長。アオイ軍曹は瀧川のレーザーに、「雛山要」軍曹は藤崎のサーフィン・ラムにやられた」
端末を叩きながら、SklaveはFurstの問いに答える。
「ファールズ伍長の実力は、目に見えて上がっているな。『経験型』マシンチャイルドというのは底が見えない。いつか八部衆に匹敵するんじゃないか?」
「それなら、相手の黒いサイファーもだ。残りゲージ10%を切って以降、全くの無被弾。
それに、あの近接だ。奴らもどこまで切り札を隠しているんだか……」
Furstは、尚貴のサイファーのVR離れした近接攻撃を思い出していた。先のAutobahnでの戦いで、Königinより報告されたあの攻撃を。まるで人間の動きをトレースしている様なモーションから繰り出される動きに、Furstは大いに興味を持った。
「もう直に、トランスヴァールからも戦況が入るな。出来れば、Meisterのご機嫌が取れる様な報告をしたいもんだよ」
[WAL、それ本気で言ってるの?」
Furstの言葉に、Sklaveは肩をすくめて笑って見せた。
Meisterはどんな戦況報告にも、全く動じない。勝利を告げる報告でも、敗戦を告げる報告でも。
ただ一言。「そうか」と言うだけなのだった。