「ジュピター」搭乗、藤崎賢一、神宮寺深夜組。神宮寺は見るからに小さく、藤崎も男性にしては決して「大きい」とは言えず、瀧川一郎がこの二人を指して「ちびっ子組」等と呼んでいる。
 しかしながら、どちらも近接を得意とし、戦い方は非常に派手である。恐らく、今回のカードでは、一番の高視聴率が見込めるタッグである。
 既に二人ともコックピットで待機しており、ワイプを通して他愛もない会話をしている。
『藤崎中佐、神宮時准尉。そろそろ出て下さい』
 インカムから緒方の代理を務めるドクターの指示が入る。それに応えるかのように、ドッグの天井が開き、光が差し込んだ。ジャッキレールが空に伸びる。
「いよいよ出撃かい。
 神宮寺!」
 藤崎は、ようやっと新型のテムジンを自分の手で動かせる喜びからか、満面の笑みを浮かべていた。
「俺に構わず、当てられると思ったらガンガン行けや。戦場で一番の命取りは『ためらう』ことや。生きて帰ってこそ、戦争には意味がある。俺達は、最後まで生きて帰らなあかん義務があるからな」
「了解です」
 天使隊在籍の頃から、最前線で戦ってきた深夜ではあるが、世界の命運を変えるような戦役ではこれまで戦ったことはない。既にOMGで世界の窮地を救う一端を担った藤崎とは違う。自分に何が出来るのか? 繰り返し自答自問し続けていた。
 だが考えても仕方がない。結果を出さなければ、自分自身の価値は判らない。戦うこと。そして生き残ること。それが答えを出す一番の近道であり、最良の結果であると、彼女自身で答えを出した。
 機体がせり上がり、スクリーンに青空が広がる。ずっと暗いドッグにいたせいか、目が開けられないほどに痛い。
 警戒するように辺りを見回した。
「まだ、来ていないようですね」
「そうやな。せやけどヤツらは神出鬼没や。俺達の足元から現れてもおかしく……」
『前方、敵部隊キャリアー反応あり。総員戦闘態勢用意』
 再度インカムからドクターの指示が入る。藤崎と深夜の間にも、緊張した空気が流れ始める。
 やがて二人の視界前方10メートル、黒いノイズが空間に発生した。ノイズは少しずつ空間を侵食し、ある形を取り始めた。
 自然と身構える二人。
 黒いノイズから、少しずつ白い色が見えてきた。白、ネイビーブルー、マンダリンオレンジ。色がその正体を顕わにする。
「藤崎さん……」
「慌てんな。一郎のと違って、俺のは一般流通しているカラーパターンやからな。偶然の一致もあらぁ」
 姿を見せたのは、一機のテムジンだった。その姿は藤崎のテムジンとなんら変わりがない。違うのは、OMGより帰還した英雄の証がないことくらいか。
 たたずまい、スライプナーの持ち方、それらがあまりに藤崎に似ていた。正直言えば、マーキングがなければどっちがどっちだか、深夜には区別がつかないかもしれない。
 対する藤崎は、明らかに余裕を見せていた。「民間人上がりの最も賞賛すべきパイロット」として、古くから注目されていた彼にとって、自分とまったく同じカラーの機体が姿を見せても、動揺したりなんかしない。「真似される」ことは、藤崎には誇りなのだ。
「よぅ立派なの乗ってんなぁ。いくらかかってんねや!? 坊主!!」
 オープンラジオで相手を挑発する。しかしながら、相手がその挑発に乗ることはない(ちなみにプロフィール参照のこと)。
 自分と全く同じテムジンが目の前にいる。目の前の敵が、どのくらい力があるのか? 自分より上か? スロットルを握る手に力が入る。
「神宮寺」
「はい」
「やっぱこいつ俺にくれる?」
 深夜は一瞬訳が判らなかった。しかしよく考えてみたら、自分と全く同じ機体が目の前に現れて、藤崎が燃えないはずはない。
 そして正直なところ、深夜にはこの二機を見分ける自信がなかった。うっかり藤崎に攻撃を当てようものなら、それこそ笑い者になりかねない。
「…どうぞ。私なるべく手を出さないようにします」
「ほんまに? そうするとたぶん出番ないで」
「いいです。確定どころでは援護します」
「見分ける自信、ない?」
 図星だ。さすが伊達に長いことパイロットをやっている訳ではない。わずかな心の変化も、藤崎は感じ取っていた。
「まぁえぇよ。お前にも尚貴にその辺習った方がえぇな。アイツ目隠ししても誰のVRか絶対当てるからな」
 藤崎のテムジンは二〜三歩歩み寄ると、自分と全く同じ姿形のテムジンを見据えた。
「俺の真似しようなんざぁ、死ぬほど早ェんだよ!!」



 「ヒロイン」搭乗、瀧川一郎、クレイス=アドルーバ組。二人の息が果たしてかみ合うかどうかが、課題のチームである。
 バイパーUとストライカー。ぶつかり合うと怖い機体だが、互いにタッグを組めば、最も理想的な戦いが出来る。クレイスがこれまでの研究や実践で導き出した回答だ。
 高い相殺能力を持つストライカーをバックアップに、バイパーUがフロントで仕掛ける。机上論では理想的とも言える組み合わせ。一郎とのタッグを申し出たのはクレイスだ。己の理論を実践で証明する又とない機会。しかしながら、彼もVRの未知なる可能性に見入られた一人だ。
「お前さぁ……」
「はい」
 それぞれのコックピットに身を預け、ワイプで会話する二人。
「どないやねん」
「…は?」
 瀧川一郎という人は、突然唐突に話をし始める時がある。一年間同じ部隊だったクレイスではあるが、所属の小隊も違うせいか、正直その人柄が判らない。人とペースの違う染谷洋和、元々個人的に付き合うのある高森尚貴は、傍から見る限りこの人とはうまく付き合っている(ようにクレイスには見えた)。
 もちろん隊長クラスの他の四人はうまくやっているし、オペレーターの二人もそれなりの付き合いなので、意思の疎通は問題ない。
 クレイスは正直、この唐突さが苦手なのだ。元々表立った立場というのが苦手なのもあるが(DOI−2と多少なりとも気が合うのは、この辺だと思われる)、急に話しかけられたりすると、結構焦ったりするのである。
「何で俺と組む気になったんや?」
 なんだ、そのことか…… 変な事でも聞かれるのかと思っていたので、少し安堵した。
「瀧川さんでないと、俺の理論が完璧なものであるかどうか、立証出来ないんですよ」
 ヘルメットのバイザー越しに見えた、一郎の目が妖しく笑う。
「俺もちゃ〜んと認められてるんやな」
「当たり前でしょうが。少なくとも、TRV系統を遣わせたら貴方が世界一です」
「言うてくれるやんか。何かおごろか?」
「…結構です……」
『前方、敵部隊キャリアー反応あり。総員戦闘態勢用意』
『上空よりVR反応。急降下しています。気をつけて下さい』
 ドクターに続き、赤木香緒里からも通信が入る。二機が上空を見上げた。
「来たな……」
 敵機を見つけた時の一郎の顔は、獲物に狙いを定めた野生動物のそれにも似ている。
「交戦開始!!」
 一郎の声を合図に、クレイスがファニーランチャーを、一郎の7WAYミサイルを展開した。しかし相手はその弾跡を縫うように地上に接近する。
 その相手−全身黒ずくめのサイファーは、ソードを展開させたままバイパーUのSLCダイブにも似た体勢で、一郎に突っ込んできた。
「!!」
 一郎もこれにすぐさま反応し、自身もソードを展開させて迎え撃つ。
 ぱぁぁぁぁぁぁんっっ!!
 レーザーソードがぶつかり合い、粒子が飛び散る。
 クレイスは身構えつつも、対峙する両者に割って入ることが出来ない。ある種の神聖な空気が取り巻き、彼ら以外の者を拒絶しているのだ。
 やがて両者の距離が開く。それでも、互いに牽制し合い、付け入る隙を与えない。
 クレイスが相手のサイファーに向けてナパームを投げつけた。それに併せて一郎もレーザーを発射する。
 しかし、相手の反応速度はかなりのもので、すぐさま一郎の上空を取ると、空中ダッシュ近接を展開。これがクリーンヒットではないものの、ソードの軌道がバイパーUを捕らえた。Vアーマーを派手に弾けさせ、バイパーUが大きく転倒する。
「瀧川さん!」
 クレイスは相手の硬直の隙を狙い、グレネードランチャーを発射するも、驚異的な隙の無さでその場を離れる。ある程度距離を取り、今度は向こうがレーザーを発射してきた。
「フン、俺に一発当てるたぁ、ただのヤツやないな。
 面白ぇ。そう来ねぇとさぁ、やっぱ燃えない訳よ!!」
 先程まで転倒していた一郎のバイパーUが、今度は一気に相手のサイファーとの距離を詰めた。すれ違い様にホーミングビームを発射し、相手の動揺を誘う。
「瀧川さん、大丈夫なんですか?」
 クレイスが一郎の背後に回った。
「元々無いに等しいVアーマーが飛んだだけやねん。大したことあらへんわ」
 確かに、派手に転倒したもののシールドゲージはさほど減少しておらず(被弾した時の体勢が適切だったので)、大したハンデには無いっていない(と本人は思っている)。
「派手にやらかすか。なぁ!?」
 その声を合図に一郎が再度距離を詰めた。相手のサイファーもソードを展開し、一郎を迎え撃つ体勢を採る。
 クレイスは距離を置きつつ支援を試みるも、二人の作る空間に、再度阻まれることとなる。
 −なんなんだよ、あの二人……
 正直、放置されている気分になりつつも、自分が攻撃を仕掛けられる隙を見計らうクレイスなのだった。



 フローティングキャリアー「ムーンライト」上空。
 モータースラッシャーモードに変形した二機のサイファーが飛行している。この二機はキャリアー発進時よりモータースラッシャーで上空の警戒を行っており、情報は随時僚機に伝達されている。
 既に二ヶ所で交戦が始まっており、爆炎が上がっているのが見える。
「始まってるね」
「そうね…」
 染谷洋和の呼びかけにも半分くらい上の空で、高森尚貴は自機の高度を下げ、VRモードへと移行し、キャリアーに降り立った。それを不審に思い、染谷もVRモードへと移行する。
 染谷がワイプに目をやると、今回特別に情報を共有している尚貴の情報なのか、そこには敵機を確認したマーカーが表示されていた。
 しかしながら、肉眼でその姿を確認することは出来ない。彼女が提唱する「相手が出現する時に生じる僅かな時空の歪み」が発生しているのだろうか。
 染谷はこんな時、自分にはない尚貴のスキルに感服する。戦うことしか出来ない自分に対し、「偵察機」としてのサイファーの能力を限界以上に発揮している。機動力と、一定以上の攻撃力からサイファーを選んだ自分とは違う。
 その反面で、当然ながら尚貴も染谷に対して一目以上置いている。豊富な実戦経験から下される判断力は、昨日今日で培われるものではない。「マシンチャイルド」の異名は伊達ではないということを、充分すぎるほど判っていた。特に過去に実際戦ったことのある相手だけに、彼女はそのことを酷く痛感している。
 互いを認めながらも、ぎこちなさが否めない二人。緒方は試練を与えるかのように、この二人での出撃を命じた。いつ終わるかも判らないこの戦い、信頼関係がないと乗り切れないと言うことなのだ。
「今から約10秒後にゲートが開く」
 染谷のラジオに尚貴からの報告が入る。「ゲート」というのは尚貴が名付けたものであり、O.D.A.のVRが出現する際、時空の歪みが発生し、そこから姿を見せることから、そのように名前を付けた。
「解放と同時に上空から集中砲火をかける。レーザーかホーミングボムが効果的だね」
「奇襲って訳?」
 ワイプに映された顔が、口だけにやり、と笑った。
『前方、敵部隊キャリアー反応あり。総員戦闘態勢用意』
「残り五秒、散開するよ!」
 バインダーブレードから光を放ち、二機のサイファーが上空に舞う。ロックオンマーカーが出現予想ポイントを捕らえた。
 カウントダウン。3…2…1…
「ENGAGE!!」
 マルチランチャーからの一条の光がデッキを貫き、ホーミングボムが爆風を起こす。
 やがて爆風が薄らぐと、その中から「何か」が見え始めた。その「何か」は爆風が薄れていくにつれ、ようやく形を露わにした。
「あいつだ……!」
 太陽の光を受け、深い黒が青く輝く。バインダーブレードに描かれた真っ赤なヤガランデ・アイ。その姿を確認すると、尚貴のサイファーは急に高度を下げ、キャリアーのデッキに降り立つ。
「久しぶりですね」
「全くだよ。…生きてたんだね」
 染谷のサイファーも高度を下げ、尚貴の背後を取る。いつでも攻撃出来るよう、隙だけは作らないように。
 目の前のサイファーに、二人とも見覚えがあった。以前にUAEで激しい戦いを繰り広げたばかりだ。忘れる訳がない。
「女王陛下と戦ったの、貴女でしょう?」
「……あぁ、あのピンクのスペシネフか。何あれ? おかしいよね。人間業じゃ無理だよ。頭おかしいんじゃない?」
 ややあきれ気味に言う尚貴の発言に、O.D.A.パイロット−ソア=ファールズも苦笑する。
「……で、性懲りもなく、またやられに来た訳?」
 尚貴のサイファーが戦闘体勢を採る。ここに現れた以上、戦う為に来ているのは一目瞭然だ。軽口を叩きながらも、隙を見せるような事はしない。
「この間のような失態はしませんよ。私だって学習してるんです」
 穏やかながらも、そのうちに闘志を秘めるソア。
「そういえば、貴女方の名前、聞いてませんでしたね。
 私はO.D.A.「DUNKEL WELT」第318航空機動連隊所属、ソア=ファールズです」
「Blau Stellar第9012特殊攻撃部隊、瀧川空戦隊所属。高森尚貴」
「同じく染谷洋和」
 その名乗りを合図に、ソアがダガーで先制。二機のサイファーも散開した。
「どうする?」
「どうするだって?」
 染谷の問いかけに、尚貴は酷く残忍に笑った。恐らく、本人に自覚はないだろう。しかしワイプを通したその表情は、「戦鬼」と呼ぶに相応しいものだった。
「決まってるじゃん。返り討ちにしてやるんだよ!!」



 いつの時代も、単機出撃というのは名誉であり、それ故に注目が集まるのは事実である。
 それが『OMGを成功に導いた英雄』であるならば、全てのパイロットの視線が集まると言っても過言ではない。


「随分と大物をぶつけてきたみたいだね」
 ティーカップ片手に、間接照明の照らされた部屋でFurstがモニターを眺めていた。
 旧世紀は、Furstも『ウービルト』と呼ばれる人型兵器を操り、単機出撃の名誉を受けた事もあった。『ウービルト』はVRの雛形ともいえる兵器で、戦車兵の勇猛さと航空機兵の精細さが要求された。
 戦場を駆ける白銀の機体は、彼らが守る国民の憧れであった。
「それだけこっちも戦うべき相手として見てくれているんだろう。
 OMGの英雄、悪くないな……」
 バスルームから出てきたのはSklave。いつも身にまとっている血染めの軍服ではなく、ジーンズだけ履いたラフな姿だ。風呂上りなのか、上半身はタオルを肩にかけただけである。
 Furstが腰掛けているソファの隣に自分も腰を下ろした。くわえたマルボロライトの先に、Furstが火をつける。
「RedRum。VRに魂を食われた、典型的な人間だ。真の力を見せれば、多分俺達でも…って、俺が一番真っ先に墜とされそうだけどな……」
 ばつが悪そうに笑うSklave。しかしながら、SklaveもVRのテクニックは相当な物だ。彼自身、母国の内戦時には『ウービルト』を模して造られた兵器『イェーガー』に乗り、それなりの戦果を上げた(元々は司令部付のパイロットの為、実際の戦果よりも作戦遂行を重視されていたので、撃墜数は彼にとってそれほど意味を成さない)。
 言うなれば、他の幹部が強すぎるのだ。それはもう「頭がおかしい」と比喩される程に。
 これにはFurstも思わず苦笑した。Sklaveの力は、Furstが一番よく知っているつもりだから。彼には、自分にはない「強さ」がある。どんな状況下においても己を失わない強さ。そして、約束された未来すら捨て、己を貫く強さ。
 なんとなしに状況に流されてしまう自分とは違う。
 だから、彼の気持ちを、自分は受け入れたのだ。過去に二度命を落とし、おまけに同性である自分を、心から愛してくれる彼の事を。
「WALは強い。僕が保証する。だから大丈夫だよ。
 僕達は、二人で生きていくしかない。ここは、僕達の知っている世界じゃないから。
 僕には……」
 そこから先の言葉は、言う事が出来なかった。否、言う必要がなかった。もう何度も耳にしているし、Furstにとっての「そういう」存在は、自分しかいないという事をSklaveは自覚していたから。
「ヴォルフ……」
 背中から包まれるように抱きしめられる。いつもそうだ。でも、こうされるのが一番安心する。ダビドフとマルボロライトが入り混じった香り。
 このままだと、また流されて事に及んでしまいそうで。今ではもう、慣れてしまった行為だけど。
「ねぇ、WAL……」
 ちょっと困り気味に話しかけてみる。
 −あぁ、もうその気だよ。さっき風呂入ったのに……
 Furstの首筋に顔をうずめ、唇の温もりが触れる。
「ねぇ、ちょっと……」
 流石にこのままだと色々まずい。にもかかわらず、バスローブの襟元から手が差し込まれる。
「WAL、お茶がこぼれるってば。せっかく買ったばかりなのに、ソファに染みが出来るよ」
 この言葉にようやく反応したのか、後ろから回した手を少し緩める。Furstはそんな様子を見て、やれやれ、と苦笑いを浮かべる。
 −惚れた者の弱みかな。僕も甘くなったもんだよ……

 付けっぱなしのモニターは、やがてライデンとベルグドルを映し出した。
 対峙する二機。音はない。
 睨み合っているのか、それとも……


To be continued.