「これが最後のチャンスかもしれない」
 クレイス=アドルーバは自分の端末を小脇に抱え、足早にある場所に向かっていた。
 彼は元々VRの戦術を大学でも専攻しており、己の理論を実践する為、パイロットとなった。戦況を把握する為、一歩下がった所でも充分に戦うことの出来るという理由で、あえてストライカーへの搭乗を選択したほどだ(余談ではあるが、r.n.a.では士官候補生にはコマンダー搭乗訓練が義務づけられている為、彼自身はコマンダーも操縦することが出来る)。
 この日は、年に一度の論文コンテストの結果発表の日だった。
 VRに関することであれば、内容は不問。当然ながら、クレイスは自身で確立させた戦術で、毎回応募しているが、佳作に2度ほど選ばれたことがあるものの、それ以上の入賞はない。
 ただこのコンテスト自体が非常にレベルが高く、毎年入選があれば良い方で、それ以上の優秀賞などは本当に出てこない。まして最優秀賞は、出た記憶のある人間の方がいないくらいである。
 今年が最後かもしれないと、クレイスは覚悟を決めていた。もし、この戦いで万一の事があれば、二度と応募することが出来ないから。
 だからこそ、クレイスは今年の作品に全てを賭けた。

「あら、クレイスじゃないの?」
 不意に、女性に声をかけられた。
「あ……」
 振り返った先には、懐かしい顔。
「キュアン先輩!」
 急いではいたものの、お世話になった先輩を無碍には出来ない。クレイスは自分に声をかけた女性の元へ歩み寄ると、軽く頭を下げた。
「お久しぶりです」
「貴方も元気そうね」
「お陰様で」
 彼女の名前はキュアン・エリィスノゥ少佐。現在はr.n.a.にて兵器開発に携わっているが、一昨年まではDNA−αに所属し、複座式グリス=ボックの爆撃手を担当していた(なお、操舵手は現GRM支部整備主任セイ=グラウストである)。
 しかしキュアンは元々r.n.a.所属である為、DNA−αには出向扱いという形になっており、先の異動では古巣に戻った形となる。
 クレイスとは大学、r.n.a.での先輩後輩に当たり、新人研修では色々と世話を焼いてもらっていたらしい。
「調子はどう?」
「ぼちぼちですね」
「見たわよ。この前の。見事なナイトぶりだったじゃない」
 この前の、というのは恐らくフラデッド・シティでの対戦のことだろう。竜崎千羽矢のフェイ=イェンとタッグを組んだ戦いは、多くのファンを魅了した。
 しかし、クレイスはこのようなことを言われるのをあまり好まない。悪い気はしなかったが、良い気分にもならなかった。ただ苦笑いを浮かべるだけである。
「それより、そんなに急いでどうしたの?」
「発表なんです、今日」
「……あぁ、もうそんな時期だったのね」
 キュアンはクレイスがほぼ毎年このコンクールに出品していたのを知っていた。だから、初めてクレイスの作品が佳作に選ばれた時は、自分の事のように喜んでいたのを覚えている。
「もう、今年が最後かもしれませんから……」
 その表情は暗い。戦場に出ている彼にとって、もはや自分は明日なき命だ。もしもの事があれば、このように二度と誰かと話をすることもない。
「これから結果を見に行くの?」
「はい」
「急いでるのに呼び止めて悪かったわね」
「いえ、とんでもないです」
 じゃぁね、とキュアンは手を振ってクレイスと別れた。
 −どうもあの人は苦手だなぁ。見透かされてる気がして。
 クレイスはキュアンの後姿をしばらく見送っていたが、やがて足早に歩き出した。

 結果発表を告知する電光掲示板には、既に人が集まっていた。
 皆選に漏れて当然だと思っているせいか、合格発表のような悲観の色はない。どの顔にも納得の表情が伺える。
「今年久々に出たよなぁ」
「惜しかったらしいじゃん。もうちょっとで優秀賞取れたみたいだし」
 すれ違う隊員の会話から、そんな言葉が聞こえた。
 気にはなりつつも、自分ではないだろうとクレイスは歩みを速めた。
 佳作入選者の名前が貼り出された掲示板の前に立ち、自分の名前を探す。
 …………
 ない。
 −あぁ、今年はだめだったんだなぁ。自信あったんだけどなぁ。
 少々諦め気味にその場を立ち去ろうとした。が、なんとなく諦めがつかない部分もあり、再度名前を確認する。
 佳作に選ばれた者の中にはなかった。
『惜しかったらしいじゃん。もうちょっとで優秀賞取れたみたいだし』
 すれ違い様に聞こえた声が、もう一度思い出される。
 −まさかなぁ。
 なんとなく最後に残った名前を確認した……
『惜しかったらしいじゃん』
 ……
 ……
 ……
「あっ……」
 あわや自分の持っていた端末を落としそうになった。一瞬肝をつぶした。
 ぴりぴりぴり… ぴりぴりぴり…
 今度は携帯の音で自分を取り戻す。
「はい… あ…そうです。
 えっと… あ…はい。明日の1400に…… 了解しました。他の…あ…はい、あ…お願いします。
 判りました。明日出席します。あ…はい、すいませんでした。失礼します」
 電話が切れた後も、正直実感が沸かなかった。夢見心地とでも言うべきか。

 大きな夢が一つ、叶いかけた。
 太陽は、燦々と降り注いでいた。



 黒い軍服に身を固めた少女達が集まる。同じ顔、背格好が四人。全てを見分けるのは至難の業だが、慣れた者なら僅かに違う表情で見分けることが出来る。
「陛下の様子は?」
 八部衆の一人、四門が、彼女たちのリーダー格である二葉に話しかける。二葉はカウンターの様子を見ると、うなだれる様に首を横に振った。
「あの様子だ。相当悔しかったんだろうな……」
 表の世界のずっと、ずっと奥。
 限りなく電脳虚数空間に近い場所。
 O.D.A.本部に常設されているバーカウンター。四人の少女たちは、自らの主に付き添うように、カウンターの後ろのソファーに腰掛けていた。
 カウンターでは彼女らの主であるKönigin Rが浴びるように酒を飲んでいた。時折「ふざけんな!」とか「ブッ殺す!」等と叫んでいる。
「すまない。私がマックスにやられたばかりに……」
「私も……」
 Königinに仕える少女のうちの、六道と八重が頭を垂れる。
「二人のせいではない。相手が悪すぎた…と言うよりも、知らない間にあいつも力を付けていたらしい。
 それを見抜けずに、指示出来なかった私のミスだ」
 二葉が二人を慰める。
 彼女達はO.D.A.に於いて「八部衆」と呼ばれるマシンチャイルドのパイロットである。各人が己の認めた主に忠誠を誓う。それ故に、派閥のようなものが生まれ、互いに牽制しあうことが多い。
 Königinに忠誠を誓うこの四人は、その能力と功績から、他の四人とは特に敵対している部分がある。特にMeister Oに仕える七尾とは、完全な敵対関係にある。
 だからという訳でもないが、この四人の結束は固い。彼女達のKöniginへの忠誠心も揺ぎ無いものである。たとえこの戦いで生き残ったのが一人だったとしても、己の命が尽きるまでその忠義を果たす覚悟が、彼女達には芽生えている。
「ついでという訳ではないが、こんなものを見つけてもらってきた」
 二葉が一枚の紙を見せる。
「何ですの?」
「例のバル=バドスのパイロットデータだ。三輪に頼んで出してもらった」
 三輪はKlosterfrauに仕える八部衆で、四人とは比較的穏健な関係を築いている。あまり無茶なことでなければ仕事の依頼も出来る。
「我々もなめられたもんだ。ヤツは専属のパイロットではない。本来はサイファーに乗っているらしい」
「!」
「しかも『ある期間』以前の記録が全く存在しない。ここがにおうんだよ」
「におう?」
「覚えているか? かつてO.D.A.に伝説のマシンチャイルド技師がいたことを」
「あぁ、確か自分の助手と『子供』諸共反乱を起こし、そのまま行方をくらました……
 でもまさか。そんなことが……」
 出力されたデータを見ながら、二葉はため息をついた。
「私も偶然だとは思う。しかし偶然過ぎて、あまりに不自然なんだ」
 珍しくそんな言葉を漏らす二葉を見ながら、四門はグラスに注がれたカルーアミルクを口に含んだ。
「私も久々に外に出て、何かがおかしいんだろう。気にしないでくれ」
 双葉は自嘲気味に笑うと、年代物のブランデーを口にした。
「我々は、一先ずMeisterの悲願を果たし、陛下を地球圏に君臨させる。それだけだ」
「あの方が権力に興味があるとは思えませんわ」
 ころころと笑う四門の視線には、先程と変わらず飲み続けているKöniginがいた。



 9012隊詰め所。
 赤木香織里と日向友紀の二人がデータの整理をしていると、そこに現れたのは高森尚貴だった。
「あら、珍しい。どうしたの?」
 尚貴は両手にコンビニエンスの袋を下げ、お菓子をいっぱいに詰めて現れたのだ。
「メールとか来てないかなぁって思って」
「ちょうど良かったわ。外部からメールが来ていたところよ」
 香織里の言葉に、尚貴はPDAを操作して、サーバーからメールを取り出す。
「あ!」
 と声を上げた後、
「ぷっ」
 と吹き出した。
 メールの内容はこうだった。
『この間はどうも。
 借りていたコーヒー代を返さなければならないので、メールしました。
 口座番号折返し下さい。
 神座寛』
「律儀だなぁ。借りパクされるかと思ったよ」
 そのメールを携帯に転送し、返信をする(PDAからだと入力が面倒らしいのだ)。
 しばらくすると口座からの入金確認メールが来た。その額、およそ3クレジット。
「よかったんだけどなぁ」
 まぁいっかと確認した後に携帯を閉じた。
「そうそう、明日の話聞いた?」
「明日? あぁ、なんか式典に出ないといけないんでしょう? 面倒だなぁ」
「滅多にないおめでたいことだからね。全員で出席しましょうって」
「出撃前なんだけどなぁ」
「仕方ないでしょ? 一先ず1330に講堂に集合ですって。遅れちゃダメよ」
「はーい」
 尚貴はコンビニエンスの袋を持ち直すと、そのまま詰め所を後にした。
「どこ行くのかしら?」
「ドックじゃない? 最近よく出入りしているみたいだし」
 二人が顔を見合わせて笑う。
「しばらくはこうして一緒にいられなくなるわね」
「そうね……」
 そんな二人の表情は、どこか寂しくもあり、苦労の色も見えていた。
 −私達がいなくなったら、誰か悪ガキ共の面倒を見るのかしら……


 翌日。GRM地区本部講堂にて、コンテストの表彰式が執り行われた。
 受賞者は世界各国に散らばっており、かつ関係者も全員参列しなければならないので、この授賞式はBlau Stellarの行事の中でも、かなりの規模で行われる。
 特に今年は入賞者が出たということもあり、表彰式を見学する者も多く、どこの講堂も満員御礼。モニターが常設されている場所にも、見学者が溢れかえっていた。
 しかもその入賞者が今をときめく9012隊の人間とあれば、否が応でも野次馬は増える。

 GRM地区では、クレイスの他に2名の佳作入選者がいた。この2名と共に、受賞者席にクレイスが座っている。
 9012隊の面々は、久しぶりに全員が揃ったということもあり、しかもこんなお祭の場。むしろ本人より浮き足立っているかもしれないのは、抜群に秘密である。
 おまけに普段制服をきちんと着用しない瀧川一郎、飯田成一も正装しているので、余計に滑稽なのだ。
「おい、ROD。お前笑ってんじゃねぇ」
「……………っ………」
「こういうのって固っ苦しくて嫌いだなぁ」
「俺も好きじゃねぇけどな」
 きちんと制服を着た一郎の横で笑いを堪えている藤崎賢一。菊地哲は苦しそうにネクタイを緩める成一を、楽しそうに見ていた(藤崎も哲も、普段制服着用人種なので、特に抵抗はない)。
 そして、彼らは傍から見て、非常に派手なのだ。ネイビーブルーの藤崎隊、黒の菊地隊、ノーマル着用の指令緒方豊一、藤崎隊所属の土居二郎(DOI−2は古い人種なのでカスタム物を基本的に好まないのだ)、オペレーターの二人は普通だが、彼らにはパープルの瀧川隊に、ダークレッドの飯田隊がいる(蒼我恭一郎も以前の所属時に支給された黒い制服を着用しているので、本来であればダークレッドである)。
 これに白と浅黄色のだんだら模様の羽織をまとった6913特殊防御部隊(通称天使隊)がいれば、本当に賑やかになる。

 こういった式典は、「お偉いさん」の長い話がつきものだ。表彰式までに、総司令、副指令、各師団長などの話が続く。
 そんな話ばかり聞いていれば、眠くなるのも当然だが、あくびをかみ殺したり、ガムを噛んだり、着信音なしバイブなしで携帯チャットをやったりで、聞いている方も酷いものである。
「入選者、表彰」
 司会の声で、全員が姿勢を正す。ざわざわした講堂が、水を打ったように静まり返った。
 各地区本部ごとに表彰者の名前が呼ばれ、賞状と記念品を受け取る。GRM地区は入賞したクレイスがいることもあり、一番最後に名前を呼ばれることになった。
「入賞、クレイス=アドルーバ」
「Ja!」
 流暢な公用語を操るクレイスだが(Blau Stellarの母体であるDN社、rn社ともに、元々は旧日本のJPN地区にある為、この時代「電脳公用語」と呼ばれている日本語の共通化が暗黙の了解となっている。もちろん、それ以外の隊員たちは母国語に加え公用語を話し、JPN出身の隊員達は公用語に加え他国語も必須となっている)、もちろん母国の言葉には誇りを持ち、公式の場ではそちらの方を話す。
 壇上で賞状と記念品を受け取るクレイスの後姿は、非常に誇らしげに見えた。身長もそれなりにあるが、今日はよりいっそう大きく見える。
 壇上のクレイスは、地区本部の指令と簡単に会話をし、握手を交わすと、壇上から降りた。
 割れるほどの拍手が、彼を包んだ。
 拍手をしながら、9012隊の面々はこんな隊員がいることを、改めて誇りに思うのだった。


「今日は、俺の為にわざわざありがとうございました」
 表彰式が終わった詰め所にて。クレイスは全員を前に深々と頭を下げた。
「正直、俺自身もこんなに良い結果が出るとは思っていませんでした。俺もびっくりです。
 でも、この結果に甘んじることなく、これからも精進を続けます」
 再び拍手で彼を称える。
「置きグレ、当ててくれよな」
 藤崎の一言に、流石のクレイスも苦笑いを浮かべるだけだ。
「皆、今日は忙しいところありがとう」
 クレイスに変わって緒方が壇上に上がる。
「いよいよ明日から、各地のプラントに行って貰うことになる。長期間二つに分かれての行動は初めてになるし、皆不安だと思う。
 でもこれだけは忘れないで欲しい。どれだけ離れていても、俺たちは同じ思いの下戦っている。
 決して一人じゃない。いつも隣に誰かがいることを、思い出して欲しい。
 俺からは以上だ。明日は早い。準備が終わり次第、早めに休んでくれ。お疲れ様」
 そう言い残し、緒方はDr.Tことトウマ=ジーナスウィンド博士を伴い、部屋を後にした。
 各隊員も、自機の積み込みや荷物の整理が残っているので、五分もしないうちにほとんどがいなくなった。
 友紀と香織里も、データの移行作業を終えた後、部屋を後にした。
 水を打ったような静寂が、部屋を包んだ。



 自分の機体の積み込みも、荷物の取りまとめも終わった夕刻。
 神宮寺深夜は入浴後のけだるい時間を過ごしていた。
 昼間時間が空いたので、道場(Blau Stellarの施設には、ないのはテーマパークとホテルくらいだと言われている)に足を運んだ。そこで以前に所属していた天使隊の「生き残り」の同僚と再会したのだ。
 彼女らの受けた被害は大きく、現在でも隊員の殆どは聖域のある第四プラントTSCドランメンに駐在している。再会した同僚は、たまたま指令の指示によりこちらに出向いていたらしい。
 深夜と再会した同僚はこう漏らした。
「沖田さんは、貴女を逃がす為に、貴女に異動を命じたのかもしれない」
 そう言った同僚の悲しそうな顔が、いつまでも彼女の脳裏に焼きついていた。


 ぴーぴーぴー
 内部の呼び出しで意識が戻った。あわてて応答する。
「はい、神宮寺です」
『TSCドランメンより通信が入っています』
 TSC? 深夜は不思議に思いつつも、通信に応答する。
「はい、お待たせしました」
『久しぶりね、神宮寺准尉』
「近藤司令!」
 20インチほどの大きさのモニターに映し出されたのは、かつての上官である第6913特殊防御部隊通称天使隊司令、近藤克己(こんどう・かつみ)大佐である。
『おーっす、神宮寺。やってる?』
「土方さん! お久しぶりです!」
 近藤の後ろに控えていたのは、彼女の副官である土方紫乃(ひじかた・しの)中佐。深夜は天使隊配属当初より、その高い能力を買われ、二人にも非常にかわいがられていた。
『どう? 調子は』
「はい、お陰様で」
『正直沖田から話を聞いたときはどうなることかと思ったけど、上手くやっているみたいね』
「評判ほど悪い人達じゃないです。っていうか、評判が悪すぎます。あれじゃぁあんまりですよ」
『でもあたし藤崎にナンパされたわよ』
 何やってんだか…… 深夜は思わず苦笑いを浮かべる。
『あたし達が束になっても敵わなかった相手に、貴女達が対等に渡り合っているなんてね。やっぱり戦力は数じゃないのね』
 近藤は自嘲気味に笑った。
 今回の9012隊への異動に関しては、他部隊からも可能であれば人員を派遣するように要請が出ており、天使隊にもその要請はもちろん来ていた。
 この要請には、幹部一同頭を悩ませていた。9012隊と言えば、どんなに危険な任務もパーフェクトにこなすものの、Blau Stellar全体としての評判は芳しくない。総司令として、近藤は危険な舞台に自分の仲間を出したくないと考えていた。
 その要請に対し、筆頭参謀沖田つかさ少佐は、自分の後輩である深夜の異動を提案した。
『神宮寺は強い。だからこそ、彼女の能力にふさわしいところに行かせた方がいい。
 今回の異動も、リリン総帥だって何かお考えがあってのこと。それならば、なおさら彼女の為を考えれば、行かせるべきだと思います』
 めったに政治的なことでは意見しない沖田であったが、この時は自分の意見を断として譲らなかった。
 今思えば、聖域に駐留することになる自分達の運命を予知していたのだろうか。
 しかし、今それを沖田に問いただすことは出来ない。彼女は、もう「存在」しないのだ。
『私達天使隊は、この戦いでたくさんの仲間を失いました。その中には、創設以来苦楽を共にした沖田や永倉達もいる。
 だからこそ、私達は貴女方に負けて欲しくない……』
『お邪魔するわ』
 誰かが近藤に割り込んできた。
『山南!!』
 姿を見せたのは、頭に包帯を巻き、左腕を吊った痛々しい姿の女性。沖田と並ぶ天使隊参謀、山南敬子(やまなみ・けいこ)少佐である。
『久しぶりね、神宮寺』
「…はい……」
 深夜はこの山南という人物がどうも苦手だった。彼女がある意味自由奔放な沖田の下にいたせいか、規律と秩序を最も重んじる山南には、近寄りがたささえ感じていた。
『私はこの通り、無様なものだわ。今日やっと退院出来たの』
「ご無事で…なによりです……」
『そうね。それは生きてこそ重みを感じる言葉だわ。
 私には、私をかばった永倉の分も、志を共に戦った斉藤、原田の分も、生きていなければならない。
 その為には……』
 山南の鋭い視線が深夜を射抜く。
『神宮寺。貴女達が負けることは許されなくてよ』
 痛いほどに突き刺さる言葉。それは、深夜自身も常に痛感していることだ。
『本当のことを言えば、私は貴女が異動になるのは反対でした。貴女には私や沖田の、行く行くは近藤さんの後継となってもらいたかった。
 でも沖田は、あなたが配属になった時からこう言っていたわ。
 『神宮寺は、小さくまとまっているような器じゃない』って。
 それは出世とかじゃなくて、きっと今回みたいな大きな戦役が来るのを、予感していたのね。アイツは時々予言じみたことを言っていたもの』
 深夜は山南の言葉を少し意外に思った。深夜の目には、沖田と山南はそれほど仲が良いようには見えなかったから。
『いいこと? 神宮寺。貴女が今ここにいるのは、沖田のお陰よ。貴女の命は、沖田に救われたも同然。
 沖田に救われた命、大切になさい。そして、必ず生きて帰ってきなさい』
「はい」
 深夜の返事に山南は満足そうに頷いた。
『ならばよろしい。帰ってきたら、貴女自身が報告に来なさい』
「判りました」
『じゃぁ、私はこれで失礼するわ。まだ退院したばかりで、安静の身なのよ。そういう訳なんで、近藤さん。何かあれば自室に連絡下さいな』
『判ったわ』
『それじゃぁ、気をつけて。
 ご武運を』
 決して大きくない山南の身体だが、その後ろ姿は誰よりも大きく見えた。常に自分に自信を持っているその姿が、深夜にはとても大きく見えるのだ。
『何よ。山南のヤツ。怪我人は大人しくしてなさいっての』
『紫乃、あまりそういうこと言うんじゃありませんよ』
『だってかっちゃん』
『私は、一人でも無事に帰ってきてくれれば、何の問題もないわ。
 神宮寺准尉、さっきの山南さんじゃないけど、無事に帰って来なさいね。貴女は、私達の誇りです』
「心得ました」
『忙しいところ悪かったわね。気をつけて』
「ありがとうございます」
『今度帰ってきたら、手合わせしてよね』
「はい」
 マイペースな土方の様子に、深夜も思わず笑ってしまった。
『それじゃぁね』
 通信が終了し、モニターは当たり障りのないテレビ番組を映し出した(隊員にあてがわれている部屋には、テレビ兼通信モニターが常設されている。殆どがそれに通常のテレビを持ち込んでいる)。
 深夜は改めて、自分が置かれている立場を実感した。プレッシャーが重くのしかかる。
「大変だなぁ……」
 その『大変』という言葉に、どれほどの意味が込められているのだろうか。世界の、地球の、地球圏の命全てが自分にかかっている気すら起こる。
 ある日突然消息を絶った家族を探す為、パイロットになった深夜であるが、いっそこの場所から逃げ出してしまおうか、なんて考えがあるのも嘘とは言えない。
 自分一人だけが背負っている訳ではない。全員が同じ気持ちでいるはずだ。
「沖田さんもひどいな。でもまぁ、もし聖域にいたら、あたしも危なかったかもしれないし」
 先刻山南に言われた言葉を、改めて実感する。沖田に救われた命。まさにその通りだ。
 −沖田さん、あたしは必ず生きて帰ります。皆の分も、必ず戦って勝って帰ってきます……

 道化師の目の様に細い上弦の月が、夜空に浮かんでいた。


 To be continued.