ダガーが飛び、その間をバルカンが舞う。
 2機のサイファーの戦いは、一進一退を続けていた。
 どちらとも、決め手になるような攻撃がヒットしていない。互いの出方をうかがっているのもあるが、それは比較的遠距離を主体とするサイファー同士の戦いでは、頻繁に起こりうることである。
 サイファーのスタンダードな戦い方である、遠距離からの射撃戦を得意とするパイロット同士ということで、時には空中での撃ち合いを演じたりもする。
 障害物の多いエアポートでは、時には自ら相手に近づくことも必要となる。すれ違い様のダッシュ攻撃は時々あるものの、パイロットの特性なのか、ダッシュ近接のような大技は未だ出ていない。
 だからといって対戦そのものが単調という訳ではない。俗に言う「回避重視」タイプではなく、どちらも攻撃と回避のバランスがほぼ同等のタイプだからだ。

「くそっ…… 同タイプかよ。別の意味でやりにくいな……」
 相手との距離を一定に保ちながら、何とか一撃を食らわそうとチャンスをうかがう尚貴。
 対戦するソア・ファールズのサイファーは、決して何かに秀でているパイロットではない。レベル的には一般的なPパイロットと同レベルか、それよりも少々上回るほどと言えるだろう。
 しかし、彼女は確実に敵機の位置をトレースし、且つ回避が困難な攻撃を仕掛けてくる。これは戦闘フィールド全体を的確に捉え、視覚認識している証拠だ。
 だが尚貴も負けてはいない。地上、空中を問わずダッシュからのレーザーを時折織り交ぜるような緩急ある攻撃で、あわやというシーンをいくつも作る。
 そして、彼女もまたあらゆる角度から相手をマークし、普通のパイロットであれば回避出来ないだろう攻撃も、自身の感知能力とサイファーの機動力も手伝って、確実に回避している。
 「相手機体の完全撃破」がこの限定戦争の暗黙の了解となりつつある。だからこそ、尚貴は決定打が出ないことに対し、軽い苛立ちを感じているのだ。
『貴方の今回の出撃は、貴方自身のスキルの向上も含まれています。相手がどのくらいのレベルかは不明ですが、リスクを負ってまで、戦う必要はありません。
 こちらの指示が入り次第、すぐに帰還なさい』
 ソアは出撃前、上司であるKlosterfrauから下った命令を反芻していた。
 これまで出撃したパイロットは、全て何らかの形で「撃破」されている。なぜ自分だけが、帰還を許されるのか? 今回の対戦は、一体何が目的なのか?
 −私の存在自体、何か秘密があるというのだろうか?
 ソアはO.D.A.で「誕生」したマシンチャイルドの中でも、異端の存在だった。
 本来であれば、O.D.A.のマシンチャイルドは直接的な戦闘力を重視される(その中には、かつてフラッデッドシティに出撃した、真理子・Kのような「失敗作」も生まれるが、それは製作段階でほとんどが処分される)。代表的なのは「八部衆」と呼ばれる八人の少女達、「ホワイトリリス」の異名を持つエンジェランパイロット、マリア・ジョリー・L・ショパルスがいる。
 彼女たちはO.D.A.全体に於いても高い攻撃力を持ち、八部衆はそれぞれ幹部に配下となっている。また、「ホワイトリリス」は単機で第4プラント、TSCドランメンに存在する聖域(サンクチュアリ)をほぼ壊滅状態に追いやった。
 彼女達に比べると、ソアの直接的な戦闘力が低いことは否めない。しかし、ソアには彼女達とは全く異なる能力を持つ。
 全てのフィールドを、まるでモニターから見ているような俯瞰の視点。
 たとえ自らの背後に敵がいようとも、さらにその後ろや真上から相手を認識する。
 故に戦場に存在する全ての情報を掌握し、共に出撃した他の兵士達を、まるでゲームの「駒」を操るように指示を与える。
 一方、尚貴は虚数空間が持つ「ひずみ」を感じ取り、VRがそれぞれ持つVクリスタルの波動をデータとして読み取る。その能力は希に見るもので、今回の大襲撃の際、予兆を感じていたのは彼女一人だった。
 しかし、ソアの能力はまたさらに違う。全てが、彼女の手の中にあるのだから。
 戦局は少しずつ、ソアの方に傾きつつある。尚貴もそれを感じていた。何もかもが相手に読まれているような、そんな錯覚さえ覚える。


「やばいな……」
 藤崎がこぼした。伊達に長いことパイロットを続けている訳ではない。戦いの流れが少しずつ変わってきていることを、彼も感じていた。
 口には出さないが、染谷も、樋口も、その状況を理解しているようだ。
「回線、つないで下さい」
 染谷が動いた。
「珍しいな。お前から呼びかけるなんて」
「仕方ないでしょう、この場合。
 もしもし? 聞こえてる?」
『感度良好、イヤでも聞こえるよ』
「相手のジャンプに合わせて前スライディングのダガーを撃つんだ」
『俺もそれずっと狙ってるんだけど、そう簡単に当たるもんかね?』
「そんなの、やってみないと判るないよ」
『あんたがそこまで言うんだ。試す価値はありそうだね。ご忠告ありがとう』
 回線はそこで切られてしまった。
「おい、そんなんで大丈夫なんか!?」
 藤崎は流石に心配になった。
「大丈夫だと思います。あの子だって、伊達にパイロットやってる訳じゃないんですから」
 2年前のあの日、たった一度だけ対戦したことを、染谷はようやく思いだしていた。


「そう簡単に当たってたら、どっちかがとっくに勝ってると思うんだけどね」
 尚貴は正直今まで半信半疑だった。しかし、そこまで言うのなら、やってみる価値がありそうだとも思った。
 レバーを握り直し、きっ、と上空を見据える。
「せやっ!!」
 しゃがみのフォースレーザーを放つと、相手の真下につかんと、その距離を一気に詰める。
「なっ……!?」
 突然の攻撃をソアは紙一重でかわしたものの、左のバインダーブレードがレーザーによって破損された。
「しまった!!」
 しかし、ソアも黙ってはおらず、高高度にジャンプすると、そのままジャンプダガーを繰り出した。
 尚貴はその時を待っていた。ダガーの間をすり抜けるように前ダッシュし、ソアのサイファーのほぼ真下よりスライディングダガーを発射する……


「そんな……!」
「なんやと!?」
「まじかよ!!」
 藤崎も、染谷も、樋口も目を疑った。
 その光景は、本来あってはならないはずだった。


「がぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
 背後から強烈な衝撃が尚貴を襲う。スクリーンには、危険事態を知らせるワイプが表示されている。
「Vコンバーターに食らったか……」
 ディスクの破損はなかったが、Vコンバーター事態に強烈な衝撃を受けたようだ。
「機動力とレーザー系統の出力低下か…… まいったな、こりゃ」
 先程絶妙なタイミングで繰り出した尚貴の前スライディングダガーを、ソアは硬直することなく空中バックダッシュで回避した。そのままバーティカルターンに移行し、横ダッシュホーミングビームを発射。それがちょうど尚貴の背後のポジションとなり、Vコンバーターにヒットしたのである。
『大丈夫かぁっ!?』
 藤崎から通信が入る。
『いざとなったら救援……』
「いらない!!」
 尚貴は一括してそれを拒否した。
「ショックを受けて、一時的なものだから、しばらくすれば回復する。大丈夫。救援はいらない」
『せやけどな……』
「何の為に大見得切って、単機出撃をおがっちにお願いしたのか、判らないでしょう!? だから、万一俺がやられたときのことだけ考えて!!」
 未だ攻撃のショックから回復していないが、よろよろとした感じで尚貴のサイファーが立ち上がった。
「レーザー系統の出力が30%低下か…… サイファーにはね、いくらでも戦い方があるんだよ!!」
 踵でアスファルトを蹴り上げ、障害物ぎりぎりまで高度を上げると、そのまま低空前ダッシュに移る。

『えぇか? サイファーは乗る人間によって、いくらでも戦い方を変えることが出来る。
 例えば、空中ダッシュ近接一つとってもやな……』

 一郎直々に伝授されたサイファーのテクニックが、まるでテキストを読み返すように、頭の中に浮かんでくる。
 ソアのサイファーは、今現在市場に出ているものと違い、空中からの漕ぎによる移動がない。使用しているMSBSの違いなのだろうか。これは前回対戦した他のサイファー2機にも同じことが言える。
 これまでの撃ち合いの中で、尚貴は同じサイファー遣いとして、それだけは見逃さなかった。
 漕ぎが出来ないとなれば、空中からの攻撃後に一定の軌道を保って、その場を離脱することが出来ない。それ即ち、着地のポイントも自然と限られてくる。
 −当たっても当たらなくっても、ここで一発出せば、相手への威嚇にはなるかも……!
 先程の攻撃を、ソアがかなりの上空から撃ってきたのは好都合だった。
 今現在、Vコンバーターは先程のショックから回復していない。未だに出力は低下したままだ。それにより、サイファーのダッシュ速度が弱まっている。
「俺はね、やられたら利子を付けてやり返さないと、気が済まない質なんだよ!!」
 ソアのサイファーが着地するだろう地点に向かって、一直線にダッシュする。
「何!? 何を考えて……」
 落下中のソアも、流石に判断に迷った。相手が、何をしようとしているのか、全く把握出来ない。それどころか、予測すら出来ない。
 ただ、自機の着地点から離れたポイントより、一直線に向かってくるだけなのだ。


「おい、あいつ何やろうとしてんねや!?」
「知りませんよ。彼女にそんな選択肢があるとも思えないし……」
「何やねんな?」
「この状態なら、おそらく全ゲージがフルチャージされているはず。着地を狙ってのSLCが普通です。
 それか……」


 ソアは初めて判断に迷った。相手が何の為にそのような体勢を採ったのか、相手がどのような攻撃に出ようとしているのか。
 全てに於いて判断に迷いが出た。
 もう地上は目の前だ。相手のサイファーも、既に目前に迫っている。
「今だ!!」
 尚貴はソードを展開させると、何もない地上に向かって斬りつけた……


「あのバカ! 何やって……」
「違う…… 藤崎! 上だ!!」


 サイファーの空中ダッシュ近接は、展開させたソードを下から上へ、自機ごと回転させて相手を斬りつける。攻撃判定はソードを展開し、下に向けた時点で発生する。その判定有効範囲は約200度強。
 真上に来た相手であれば、ほぼ攻撃範囲内である。
 尚貴は真上の範囲内に相手が来るだろうということを予測し、あえて何もない所を斬りつけたのだ。
 この一撃に全てを賭けて!!
「食らえぇぇぇぇっっっっっ!!!」
 渾身の力を込めてソードを振り上げた。ソードの奇跡は、白い光の線を描いてソアにサイファーにヒットした。
 下から上へ、叩きつけられるような衝撃が、ソアを襲う。
「うあっっっっ……!」
 重力に逆らうようにして、下から放り投げられるようになり、そのまま地上に叩きつけられた。Vアーマーが派手に弾け飛び、光となって消滅した。
「何…? 今のは……」
 地上に叩きつけられたショックで、全身が感電したような、痺れるような感覚に襲われた。意識が朦朧としてくる。
「信じられない…… 判断力、ダッシュスピードの調節、攻撃移行のタイミング、全てが完璧だなんて……」
 これまで全ての状況を把握し、完璧とも言える戦術を組み立て、先の襲撃でも相手に全く付け入る隙を見せないほどの戦いぶりだったソア。
 今回は対戦相手の方が、一枚も二枚も上だったということか。
 ソアはこのときばかりは、一刻も早い撤退命令が出ることを、正直祈っていた。



 水無月淳は追いつめられていた。
 ダメージ的に、ではない。明らかに精神的に追いつめられていた。
「貴方が殺したくせに!」
 対峙するエンジェランパイロット、ネイ・ウィズ・小夜曲(セレナーデ)の、悲痛とも言える叫びが、淳の心に突き刺さる。
「殺してなんかいない!」
 だが、ネイは淳の言葉に耳を貸そうともしなかった。
「嘘つき! 真理子を返して!!」
 その言葉と共に、エンジェランが双龍を召喚した。
「真理子を返して!!」
 まるでネイの言葉に反応するかのように、一斉に龍が淳に襲いかかった。
「どうしても…聞き入れてくれないというのか……!」
 淳も流石にこれ以上の説得は無理と判断したのか、障害物を間に置いて距離を取った。片方の龍を障害物にぶつけ、もう片方の龍はナパームの爆風で追い返した。
 しかし、すぐさまアイスピラーがフィールドを漂う。
 流れるような連携に、淳はとまどいを隠せずにいた。
 このままでは圧倒的に自分が不利だ。何とか、この状況を打破しなければ。
 しかも、障害物の多いエアポートでは、隙間からにピンポイントな攻撃が要求される。一斉掃射的な攻撃を信条とするグリス=ボックには、少々分が悪いと言える。ナパーム弾などは、その軌道を障害物に阻まれてしまうからだ。
「こういう時こそ冷静にならないと……」
 DOI−2の言葉が、痛いほど理解出来る瞬間だ。
「赤木さん、日向さん、聞こえますか?」
『こちら赤木です』
「敵機の位置だけでいいんで、フォローお願いします」
『了解しました……』
 赤木香緒里の反応の共に、淳のグリス=ボックのスクリーンにエアポート全体のマップが表れた。そこには二つのポイントマーカー。一つは自分の、もう一つは相手の位置を示している。
『なにぶん距離があるので…… 現地と併せてフォローすることになりますから……』
「判りました。ありがとうございます」
 淳はワイプを横目で見やると、後ろスライディングからレーザーミサイルを発射した。続いて左ターボのバルカンと、相手をいぶり出すように攻撃を加える。
 エンジェランは持ち前の機動力を生かし、地上、空中と縦横無尽に動き回る。空中からのスノーマーク(LTLW)と、障害物の隙間を縫ったように繰り出されるダイヤモンドダストレーザーをメインに、まるで「遊んで」いるかのように攻撃を仕掛ける。
「ねぇ、真理子をどんな風に殺したの?」
「殺してないって言ってるだろ!? 先に仕掛けてきたのはそっちじゃないか!!」
「嘘よ!」
「それなら、俺達の仲間を殺したのは、そっちが先じゃないか!」
「…………………っ……」
 ネイは一瞬言葉を失った。
「施設の襲撃はそっちから仕掛けたことだ。沢山の仲間が、君たちに殺された。
 それどころか、今現在、地球圏そのものが危機にさらされている。何の罪もない人達が、沢山命を奪われることになる。
 俺達は絶対そんなことはさせない。君達が何の為に戦っているのか知らないけど、そんな馬鹿げたことを、俺達は黙って見ている訳には行かないんだ!!」
 叫びと共に左ターボのショルダーミサイルを発射する。
「そんなことどうでもいいわ! 真理子を返してよ!!」
 手にした対偶の法杖より、グリス=ボックを凍り漬けにしようとアイスチェーン(RTRW)が伸びる。
「そんなこと…だって……!?」
 横から前へとバーティカルターンでエンジェランの攻撃をかわすグリス=ボック。
 そのスピードは、先程とは明らかに違う。
「貴様…その言葉もう一度言ってみろ!!」
 淳の感情が、ネイの言葉によって高まっていく。自分でも知らずに。
「いくらでも言ってあげるわ! 貴方達のことなんか知らない! 真理子を返して! 返してよ!!」
 その言葉が、全ての引き金を引いた。
 エンジェランの眼前にグリス=ボックが迫る。
 次にネイが感じたのは、これまで感じたことのない激しい衝撃だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
 僅かに浮遊感を感じた後、全身を地上に叩きつけられた。
 何が起こったのか、何事か理解出来ず、ネイはパニック状態に陥った。
 −お姉様…助けて…… お姉様……!!


 ぱちん
 花の茎を切る音が、部屋に響いた。
 「ネイ!?」
 顔を窓の方へと向ける。
 閉じられた瞳には何も写してはいないが、綺羅は戦場に出向いたネイの危険を感じ取っていた。
「あの子が危ない…… お母様に報告しなければ」
 綺羅は花とはさみを手元に置くと、立ち上がって部屋を出た。
「どちらへ行かれる? 姉様」
 吹き抜けとなっている1階から声がした。淡い紫の髪をポニーテールに束ねた少女、マリア・ジョリー・L・ショパルスだ。
「お母様の所よ」
「お母様は我が主と交信中だ。それに……」
 その声は、16〜7歳の少女とは思えないほど冷たい。彼女が「ホワイトリリス(純白の魔王の花嫁)」と呼ばれている所以か。
「手出しは無用だ。お母様からそう言われているはずだ」
「でも……」
「それがお母様やMeisterの意思でもある」
「そんな! お母様は……」
「我らの役目は『Alice』の復活の為に尽力を注ぐことのみ」
 マリアが浮かべた笑みには、何の感情もない。
「逆らえば…姉様、貴女の命もありませんよ?」
 綺羅はただ、一人戦う大切な「妹」の身を案じることしか出来なかった。


 真っ暗な部屋に、白く小さな光が浮かんでいた。
 光の下にいるのはJungfrau。光っていたのは、彼女がいつも身につけている白いクリスタルだ。
「…………………………」
 小さく発した言葉は、まるで闇に飲み込まれるかのように、細い。
 そして、そのこと兄呼応するかのように、クリスタルの光が輝きを増した。
「Aliceよ、彼の者に、力を……!!」



 ミサイルが飛び交い、バルカンが飛び散り、レーザーソードがぶつかり合う。
 瀧川一郎と板上二郎、バイパーU同士の戦いは、類を見ないハイレベルなものとなった。
「でぇやぁぁぁぁぁっっ!!」
「うぉりゃぁぁぁぁぁっっ!!」
 ダブルロックオンからのソードの鍔迫り合いが、幾度となく繰り広げられる。
 ばしゅぅぅぅぅぅぅっっっ
 ソードがぶつかる度に、レーザーの粒子が宙を舞う。
「流石だな、瀧川。6年前、世界最強のバイパーパイロットとなったのは、やはり嘘ではなかったか……」
「当たり前や! 今の俺は、あの時の100倍は強くなっとるぞ!!」
「俺もだ。6年前とは比べものにならないほど、トレーニングも実戦も積んできた。
 全ては、お前を倒す為に!!」
 板紙は一郎を押しやると、空中ダッシュに移行した。横、前と距離を離し、そのままホーミングビームを放った。
 バイパーUには、サイファーのような空中での2段攻撃は使えないが、MSBSのバージョンアップにより、空中ダッシュ攻撃後の硬直が格段に減っている。O.D.A.のVRはMSBSの特性か漕ぎは使えないものの、これまで異常に制空力はVR中トップクラスの能力だ。
 しかし一郎も黙ってはいない。バイパーには空中はもちろん、地上のスピードも多VRに比べ、トップクラスの速度を誇る。ホーミングビームをぎりぎりまで引きつけ、斜め前から前へとターンし、上空の板上に向けてレーザーを撃つ。
「おんどれ!!」
 しかし、それは板上のとっさのジャンプによって、惜しくも回避された。
「やはり瀧川、バイパーUの全てを知り尽くしている。
 だが、俺は同じ相手には二度と負けん!」
 板紙はジャンプの体勢から、時期を回転させるように7wayミサイルを放った。
 ミサイルはサイファーのダガーのように、一郎のバイパーUに向かって一直線にその軌道を描いた。
 しかし、ミサイルは着弾寸前にその形態を変えた。それはグリス=ボックのグレネード弾のように、一つのミサイルがいくつかのマイクロミサイルに分裂したのである。
「何やと!?」
 この攻撃は、板上が自ら武装をカスタム化したものだ。広範囲の攻撃に乏しいバイパーUの武器の中で、唯一手を加えられそうだったのが、このミサイルだ。
 板上は多くのVRの武装を研究し、一番適していると思うグリス=ボックの分裂型グレネード弾の原理を、バイパーU用への転換を提案した。彼自身が被験者となり、実験的に彼の機体に試験導入されることになったのだ。
 一郎はそのうちの一発をもろに食らってしまった。いくら彼のバイパーUが通常の機体よりも装甲を強化しているとは言え、所詮はバイパーUである。大きな爆発と共に、派手に弾け飛んだ。
「がぁぁっっっっ!」
 地上に大きく叩きつけられるバイパーU。一郎の顔が苦痛にゆがむ。


「一郎!!」
 流石の緒方も立ち上がった。
 コンソールパネルをいくつか操作すると、まだ搬出していない自分の機体をチェックした。
 −一郎、お前だけは、やられてくれるなよ……!


「…………………っ」
 顔をうつぶせる。痛みに耐えているのか。
「………………」
 肩が小刻みに震える。
「………………っ」
 声が微かに漏れる。泣いているのか、それとも……
「ははははは……」
 笑っていた。
「あははははは……」
 愉快だった。
「あはははは… はっはっはっはっは… ひひひ……」
 一郎はただ笑っていた。本当に愉快でならなかった。
 まさか、この世界にまだ自分にこれだけ対抗出来るパイロットがいるとは。
 しかし、板上の方は正直恐怖を感じていた。追い詰められて、それでいて笑っていられるとは。
 相当の自信があるのか。それとも、ただの馬鹿なのか。
「あははははは…… あっはっはっはっはっはっ……」
 一郎は壊れたオルゴールのごとく笑っている。
「貴様、何がおかしい!?」
 板上は、一郎が発狂したのかと思い始めていた。
 それでも、一郎は笑いが止まらなかった。
 −俺はまがりになりも、「世界最強」と謳われたバイパーパイロット。
  その俺がここまで追い詰められとる。
  こいつは、とんでもなく面白いヤツや。
  俺をここまで追い詰めたこいつを倒せば、俺自身の価値がまた上がる。
  俺が育てたサイファーも、「こいつ」も……!!
 一郎はサイファーのテストパイロットではあったが、一貫してバイパーUに乗ることに強いこだわりを示している。
 すでに第二世代VRがロールアウトし、テムジンやライデン、フェイ=イェンは直に次世代機種が、そしてバル=バス=バウは後継である「バル・シリーズ」が、同時期にデビューする(しかし、O.D.A.ではすでにこの4機種も実戦投入されていたのだが)。
 バイパーUやベルグドルなどの第一世代は、機能的にも劣る面があるのは正直否めない。
 しかし、それはパイロット次第でいくらでもカバー出来る。
 一郎やDOI−2といった古参のパイロットは、直に対する愛着と共に、第一世代機種を後世に残す為、今もこだわりを持ってこれらの機種を使い続けているのだ。
 先のウォーターフロント戦では新型フェイ=イェンと対戦した一郎だが、いまだ旧型であるライデンと共に新型機と対等に渡り合ったということで、自身も機体もその評価を高めている。
 そして今回、かつて「最強」の名を争った板上との再戦。
 自分の力を、バイパーUの力を再び世界に、相手に知らしめる時だ。
「お前、俺を本気にさせおったな?」
「な…なんだと!?」
「えぇか? 俺は本気になったら、対戦だろうとSEXだろうと容赦せんぞ」
「フン、だからどうした」
「どっちかがイクまで、途中で脱落は許されへんちゅーことや!!」
「望むところだ!!」
 2機の距離が再び縮まる。ソードとソードがぶつかり合い、鍔迫り合い状態となる。
「俺は、お前に敗れたあの日から、お前を倒すことだけをずっと考えていた」
「男にモテても嬉しくねぇわい!」
「俺自身の存在意義の為にも、俺は、お前を絶対に倒す!!」
「そう簡単にやられるかぁっ!!」
 一郎はソードで板上を押しやると、障害物を挟むようにしてLTフォースレーザーを繰り出した。
 板上は一度ジャンプしてこれをかわすと、一郎に向けてレーザーを放つ。
 だが、一郎はすでにその場にはいなかった。
 今度は一郎が上空に向けて7wayミサイルを発射。そのうちの一発が板上のバイパーUに命中した。
「くそっ!」
 落下の衝撃で地上に叩きつけられる。Vアーマーが派手に飛び散った。
 この隙を見逃さず、一郎が距離を詰めた。ばら撒く様にバルカンを発射し、板上の行動を制限させようとする。
 対する板上も、バルカンの間をすり抜け、なんとしても一郎との距離を詰めようとする。ショートダッシュを繰り返し、バイパーUの機動力を見せ付けるように一郎を追いかけた。
 時折すれ違いざまにダッシュ近接などもあり、「一撃食らえば負ける」攻防が続いた。
 しかし、ある時点から一郎が回避を重点的にするようになった。時々バルカンは撃ってくるものの、ホーミングやミサイルはまったく使わない。
 相手の焦りを誘う作戦なのか。それとも……
 その一郎の作戦はまんまとはまり、板上は攻撃が当たらないことに対して、酷く苛立ちを覚えるようになった。
「ちくしょう…… なんだあいつの回避は。何も当たりゃしねぇ……」
 渾身の力を込めた空中ホーミングボム(RTCW)の爆風ですら、一郎には届かない。
 その焦りは、少しずつミスとなって現れるようになった。そして、焦れば焦るほどミスが出る悪循環へと突入する。
 一郎は、自らのチャンスを見逃すことはなかった。板上がすれ違いざまのダッシュ近接を外したのと同時に、段ジャンプで飛び上がると、すぐに急降下した。
 バインダーブレードから発生するエネルギーが、一郎のバイパーUを包む。
「板上、悪く思うなよ!!」
 それは6年前の決勝戦と同じ、高高度からのSLCダイブ!!
「何だと!?」
 驚愕した板上は、コンソールパネルにあった、プラスチックの覆いのされた赤いボタンに目を移した。
 −かくなる上は、SLCをガードして、俺もろとも……
 一郎のバイパーUは、白いオーラに包まれて自らに向かってくる。
 が、そのオーラに異変が起きた。光が揺らぐと、その形状はやがて太陽を包むコロナのごとく、炎へと変化していったのだ。
「……………っ!」
 板上は言葉を失った。
 白い炎のようなオーラに包まれた一郎のバイパーUは、まるで神の御遣いである大天使のごとく、神々しさに溢れていたのだから。
 −美しい……
 自らを殺す為に遣わされた天の御遣いは、他に言葉が出ないほどに美しかった。
 −俺は……
 板上の思考はそこで途切れた。手にかけた自爆スイッチのケースすら叩き割ることなく。
 ソードが切りつけた胴体部分より、直視出来ないほどの強い光が生まれ、板上のバイパーUを包む。
「うわっ、なんじゃこりゃ」
 それは板上のバイパーUを背にしていた一郎の目をも焼かんばかりの光だった。
 しかしその光は急速に、それでも光の強さはそのままに、しぼむようにして消えた。
 何も残さず。存在していたことすらも消されたかのように。
「………………………」
 焼き焦げたアスファルトの匂いが、エアポートを包む。
 一郎はこの勝利を、どこか釈然としないまま、掴み取った。

 JPNエアポート(AKG地区) 勝利者 瀧川一郎



 グリス=ボックが眼前に迫り、がつん、という衝撃の後、一瞬だけ宙を舞うような浮遊感を感じた。
 そして、地面に叩きつけられる様な強い衝撃。
 淳が繰り出したのは、ダッシュ近接、それも正面のみに判定のあるセンター近接だ。
 グリス=ボックという機体は、その特性が示すとおり、ミサイルやグレネードによる射撃攻撃がメインだ。
 しかし、前身のベルグドルは、ダブルロックオン圏内からのショルダーアタックに、高い攻撃力を持っていた。決して近接が弱い機体ではない(DOI−2も、チャンスがあれば時折ショルダーアタックを狙っているくらいだ)。
 その後継であるグリス=ボックも、その特性を受け継いでいる部分もある。
 しかし、近接をメインに戦える機体かと聞かれれば、それもまた、パイロット次第だろう。
 淳もこの機体の特性を十二分に生かす為、主に中〜遠距離での攻撃をメインにしている。
 だが、淳は一度「たが」が外れてしまうと、距離の概念がまったく無くなってしまい、ある種「暴走」的な攻撃を見せる。先の戦いで新型フェイ=イェン(この時のパイロットが、ネイが言うところの「真理子」である)との対戦で、ハートビームに向かって体当たりを食らわしたのも、記憶に新しい所だ。
「なんなの…? こいつ……」
 ネイのエンジェランは、Vアーマーをほとんど失ってしまった。
 O.D.A.のエンジェランの特徴として、機動力を確保しつつも、Vアーマー値が重量級並みの高さを誇ることが上げられる。300m以上の距離があれば、サイファーのバルカンやフェイ=イェンのハンドビームなどははじき返してしまう。
 だが、Vアーマーは物理的なものであり、ターボ近接のシールドドレインのように、回復させることは出来ない(フェイ=イェンがハイパー化した時のみ、例外として100%回復するのだが)。
 それゆえに、O.D.A.のエンジェランパイロットは、相手との距離を長く保つ者がほとんどだ。ネイもまた、中距離からの攻撃を得意とする。
 その守りの要であるVアーマーがないということは、エンジェラン側にとっては圧倒的に不利な状況である。
 −どうしよう… お姉様… 助けて……


「それは、一体どういうことなの? マリア」
 『家』で対峙する綺羅とマリアの二人。
「言葉の通りだ。われわれは、上からの指示があるまで、勝手な出撃は許されない」
「でも……」
 きぃぃぃぃぃぃぃぃん!
 耳鳴りにも似た音のようなものが聞こえる。脳に直接突き刺すような、「共鳴音」とも言える様な。
「な…何!? これは……」
「『Alice』だ」
「なんですって!?」
「お母様が、ネイに力を与えて下さるように『お願い』をしていたのだろう。
 『Alice』が眠れる力を彼女に分けて下さるのだ。これで、負けることは許されない」
 綺羅の瞳には何も映らない。しかし、マリアの浮かべた永久凍土のごとき笑みだけは、はっきりと判ったのだった。


 きぃぃぃぃぃぃぃぃん!
 この共鳴音は、地上で戦い二人にも届いていた。
「くそっ! 何だこれは……!」
『………君………………えます………』
 香緒里からの通信も途切れ途切れになった。ノイズに混じって時折声が聞こえる程度だ。
 バイザーメーターがまだ対応出来ていない重量級VRのパイロットは、マウントヘッドディスプレイ(MHD)を装備している。もちろん、グリス=ボックに搭乗している淳もその一人だ。
 この音は、MHDのスピーカーからではなく、脳に直接入り込み、不快な感覚すら覚える。
「ちくしょう…… サイコジャマーか?」
 淳は不快な気分になりながらも、エンジェランの方に向きやった。
 エンジェランはその場に立っていた。特に変わった様子はない。
 本来であれば、文字が書かれている部分にペイントされているヤガランデ・アイが赤く点滅している以外は。
 それに連動して、対偶の法杖の青いクリスタルも点滅を始める。
 エンジェランがこちらを見た。もし「彼女」に表情があるなら、口元だけにやりとゆがめた笑みを浮かべただろう。
 向かい合い、沈黙が続く。
 やがて聞こえてきた声は
「殺すわ」
 何の感情もない「音」だけの声。
「貴方を殺して、貴方の魂を『Alice』に捧げるわ」
「何……」
「喜びなさい。貴方の魂は、死してなお世界の浄化に使われるのよ!」
 ネイはその言葉と共にブレス龍を召喚し、グリス=ボックとの距離を離した。
 障害物を間にされると辛いのは淳である。グリス=ボックはエンジェランの龍のように自動追尾能力のある武装が少ない。
 しかし、先程の共鳴音による通信障害はなくなっていた。敵機の位置を示すワイプも、問題なく使うことが出来る。
 淳はレバーを握り直した。その距離、約300m。
「ままよ!!」
 グリス=ボックがしゃがみミサイルをハーフキャンセルで発射。すぐさま機体を旋回させ、さらにミサイルを重ねる。

「あいつ、いつの間にあんな芸当を……」

 これには流石のDOI−2も驚いた。
 出撃前、DOI−2はシミュレーターを使ってグリス=ボックの応用的な技術を指導した(グリスを始めとするボックシリーズは、彼が手がけた機体であり、当然ながら全機種使いこなすことが可能だ)。今のミサイルの使い方は、その一つである。
 ミサイルの爆風はブレス龍の軌道上に広がり、そのまま龍を追い返した。先程ミサイルの発射に旋回を入れたのは、その為である。
 だが、エンジェランはこれをプレートディフェンダーで防御。プレートの向こうからアイスピラーを繰り出し、グリス=ボックを近づけさせないようにしている。
 淳も、そしてネイも、己の死力を尽くした。じりじりと互いのシールドを削りあっていく。
 ネイが双龍を召喚した。淳はグレネード弾を発射し、爆風でこれを追い返そうとしたが……
「何だと!?」
 龍は爆風をすり抜けると、グリス=ボックの前で左右に交差するように軌道を描いた。しばらくゆっくりと周回すると、その軌道を急激に狭めたのだ。
 それはまるで、グリス=ボックを締め付けるかのように。
「しまった!!」
 淳はレバーをがちゃがちゃと動かしてみたが、締め付けている龍はびくともしない。むしろ、動けば動くほど、締め付けられる感じすらあった。
 エンジェランがこちらを見ている。ヤガランデ・アイは不気味に点滅を続けている。
「どう? 死ぬことが迫っている気分は……」
 一歩ずつ近づいてくるエンジェラン。Vアーマーは既に失われ、機体にノイズが走っている(他の機体の様に、スケルトンシステムが剥き出しにはなっていない)。
「怖いでしょう? でも、真理子はもっと怖かったのよ」
 目の前に立ったエンジェランは、法杖をアスファルトに突き立てた。
「死になさい!!」
 グリス=ボックの足下から、氷塊が突き上げるように発生した。そのうちのいくつかが機体を直撃する。
「ぐぁぁぁっっっ!!」
 シールドゲージがレッドに達し、コックピットに赤いアラートランプが点滅する。
「くそ………」
『水無月、聞こえるか!?』
「DOI−2さん……」
『よくやった。相手も無事ではないはずだ。下がって、俺と替われ』
「……いやです」
『何バカ言ってるんだ! 意地を張るんじゃない!!」
「この前、俺達が対戦したフェイ=イェンのパイロットは、彼女の友達なんだそうです。彼女は、その仇討ちの為に、俺と戦っているんです。
 だから俺も、彼女と戦わなければらない。ここで、俺が下がる訳には行かないんです!!」
 DOI−2は淳の気迫に圧倒され、何も言うことが出来なくなってしまった。
『判った。その代わり、本当にやられたら……』
「すいません……」
 淳はエンジェランが自分との距離を取ったのを確認すると、自分の意識をMSNSに同調させた。
 何かに吸い込まれるような感覚が、淳を包む。
 ネイのエンジェランは、グリス=ボックを真正面にロックした。
「これで、最後よ」
 右手をすっと前に出す。
「死になさい!!」
 差し出した掌から、ダイヤモンドダストレーザー(LTRW)が発射された。
 その形状は、通常エンジェランが発射するレーザーとは全く異なる。例えるなら、ライデンのレーザーにも匹敵するかもしれない。
 ネイは自らに残された全エネルギーを、このレーザーに注ぎ込んだのだ。
 −真理子、貴方の仇、私が取ってあげる!
 迫り来るレーザー。
 淳の意識は、さらに奥へと吸い込まれていく。
「うぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!」
 Vコンバーターにつけられたリミッターが、淳の意識と連動して解除される。
 オーラが全身を包んだ。そして……
 ぱぁぁぁぁぁぁん!
 グリス=ボックの動きを封じていた双龍が、粉々に砕け散った。
「そんな!!」
 グリス=ボックは自らのポテンシャル最大までジャンプすると、ミサイルを、ナパームを、グレネードをフルリロードさせた。
「これで…終わりだぁぁぁっっっ!!」
 一斉掃射とも言える攻撃。まさにこの攻撃に全てを賭け、武装の全てを叩き込む。
 目の前の光景が、スローモーションの様に映った。 レーザーに全エネルギーを注いだので、プレートディフェンダーは展開出来ない。Vアーマーもない。
 −死ぬのはいや…… お姉様…助けて……
「いやぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
 ネイの悲痛な叫びは、爆炎と共に光となって消えた。
 しかし、その魂はAliceの元へと遣わされた。
 最愛の少女と共に……

 CHNエアポート 勝利者 水無月淳



 起死回生の空中ダッシュ近接を命中させた尚貴と、思わぬ相手の攻撃に翻弄されつつあるソア。
 その後は、両者睨み合いの状態が続いた。どちらも甚大なダメージを受けていることには間違いない。あと一撃食らえば、それこそ行動不能となるだろう。
 距離を最大限まで離し、回避に専念するソアに対し、回避は重視しつつも、距離を詰め、攻撃の手を緩めない尚貴。
 集中力が途切れた方が負け。まさに絵に描いたようなサイファー戦へと突入してしまった。
 まさに左ターボバルカン一発で勝負が付くと言ってもいいだろう。
 エアポートの対角線上に陣を取り、障害物に身を潜める両機。
 その時、ソアに通信が入った。発信元はKlosterfrau
『ソア、よくやったわ。Meisterから撤退命令が出ています。すぐに戻りなさい』
 正直、ソアは安堵した。しかし、退却プログラムを使うには、一度相手に姿を見せなければならない。
 一か八か。ソアは高々とジャンプし、すぐさまプログラムを走らせた。
 だが、尚貴もそれを見逃さなかった。残った力を振り絞ってダガーを投げつける。
 ダガーが到達するのと、プログラムが作動するのはほぼ同時だった。サイファーの足下にヤガランデ・アイが出現し、機体がノイズへと変換される。
「この野郎! 待ちやがれ!!」
 尚貴は追いかけた。しかし、自分が攻撃を再度仕掛けようとしたのと同時に、ノイズとなった相手の姿は、吸い込まれるように消えてしまった。
 空中に消えてゆくダガーの数は、4本しかなかった。

 UAEエアポート 勝利者 高森尚貴(相手機の対戦放棄による)


 O.D.A.第318航空機動連隊専用ドッグ。
 満身創痍のサイファーが転送されてきた。
 肩口には、誰かによって投げつけられたダガーが、深々と突き刺さっていた。



「よかった……」
 フローティングキャリアーJOCX8949・1番機のモニターで、竜崎千羽矢は全てを見守っていた。
「でも、気になるな……」
 先の戦いでは千羽矢とコンビを組み、劇的な勝利を収めたクレイス=アドルーバが疑問を抱く。
「どうして?」
「あのサイファー、明らかに最後の方は撤退命令か何かを待っているようだった。それが来るのを知ってて、回避に専念していたとする。
 つまり……」
「つまり?」
「これはあくまで憶測なんだけど、自分の機体か、うちらの誰か…今回なら高森さんの機体か何かのデータ取りが目的だったんじゃないかってこと」
「なんで?」
「そこまで判る訳ないだろ。それでも、初めから撤退するつもりで戦っていたのかもしれない」
「尚貴ちゃんにはそんなつもりはないわよ」
「判ってる。
 でも、あのサイファーは、ちょっと覚えていた方がいいかもしれないな」
 千羽矢とクレイスは、紅茶を口にしつつも、最後の方は黙りこくってしまった。
 親友の無事。それだけで満足だったのだけれども……


ヤガ目のあとがき