無人のドックに、バイパーU、サイファー、エンジェランの3機が固定されている。
 時間は、静かに戦いの時を迎えようとしていた。



 2機のフローティングキャリアーは、4番機がCHN地区で5番機と別れ、UAEへと進路を取った。
 JPN本部を出立してから数時間。特に変わったこともなく、その後残りの隊員も全員1番機でGRM地区へと出立していた。


「まずは、奴さんが何処に出現するかだな」
 スクリーンに映し出した地図を見ながら、5番機艦長であり、8949旅団重火力戦術連隊長でもある八神透(やがみ とおる)が検証する。
「あまりにとんでもない所には来ないだろう。そうすると……」
「あ、じゃぁあいつらにちょっと連絡取りますわ」
 指令代行の菊地哲が、何かを思いついたように発言する。
「?」
 今回出撃する水無月淳と、彼をサポートする土居二郎が不思議そうな顔をした。
「たぶん、おんなじこと考えてると思いますよ」


 UAEへ向かうフローティングキャリアー。8949旅団所属の4番機。
 護衛の戦闘機を従え、順調に航路を進んでいる。
「正直な所、UAEの施設は1ヶ所しかない。連中が現れるとしても、恐らくそこしかないだろう」
 八神の弟であり、4番機関長、8949旅団火力支援大隊長の樋口豊。彼の担当する中東・アフリカ地域は広大ではあるが、旧世紀に発展途上国が多かったせいか、施設自体はそれほど多くない。
 UAEのように、もともと発展された国家が母体となっていても、立地条件などの問題などにより、クリア出来ないこともある。
 旧アフリカ大陸は、第2プラント・トランスヴァールが存在している。それ故に不安の声も聞かれたが、1施設当たりの規模を強化することで、今まではやってきた。
 しかし、今回の襲撃により、中心戦力はほぼ壊滅状態。小規模な反発活動が時折起こっているだけだ。
「ここはプラントからもずいぶん離れてるし、戦力的にもたいしたことない施設かもしれないな。
 いざとなったら周辺から救援を呼ぶしか……」
「そうですね。万が一の時は、その方向でお願いします」
 今回単機出撃するサイファー遣い、高森尚貴が端末を操作しながら周辺状況を把握している。
「……にしても、外が黄色いなぁ」
 UAE派遣組の指令代理である藤崎賢一が、窓の外を見ながらぼやいた。
「ここら一体は殆ど砂漠だからな。それが観光の売りでもあるんだけど」
「らくだとか、いるんですか?」
 口数の少ない染谷洋和が、珍しく会話に加わる。今回はサポートに回るので、前回よりは少々気が楽に感じている(それでも、尚貴が撃墜されれば、自分が出撃することになるのだが)。
「らくだ? そりゃいるさ。でもこの時期は……」
「「DUBAI WORLD CUP!!」」
 藤崎と尚貴の声がきれいにハモる。競馬好きのこの二人にとって、この時期のUAEは非常に憧れていたものでもあった。
「やっぱWING ARROWでしょ!」
「な〜に言うてんねや。KUROFUNEが最強やがな!!」
 決して競馬だけではないのだが、やはりこの二人が揃えば、話題は必然と競馬に及ぶ。しかもかなりマニアックなので、他の人間はついていけない(緒方はこの二人レベルで、意外と瀧川一郎がそれなりに通じたりする)。
「殿下からは施設は自由に使っていいって許可が出てる。あまり気兼ねなく過ごしてくれ」
 『殿下』とは、UAE基地の総司令を勤めるGODLPHINEの最高幹部であり、旧世紀から続く王家の血を引く由緒正しい人物だ。本名がとても長いので、大体の人間が殿下、もしくは名前の一部を取ってモハメド殿下と呼んでいる。
「砂漠じゃ、何もないですよね」
「普通はそう考えるよな。だからこそ、俺はいろいろと楽しみを見つけているんだ」
 単身赴任が長いので、流石に楽しみを自分流に考えているのだろう。
「ほらこれ、俺の息子。かわいいだろ?」
 そう言って写真を見せて自慢する姿は、完全に父親のそれだ。家庭を持っている八神、樋口、北米担当の3番機艦長星野英彦は、「働く意欲の原動力は家族」と言い切るほどの立派な父親だ。
「艦長、まもなくUAE上空に到達です」
「よし、まずは殿下に通達しろ。着陸許可が出たら、ポイント上空で一時停止後、高度を落とせ。
 乗員、全員定位置に固定後、シートベルト着用!!」
「「「「了解!!」」」」
 席を立っていたクルーも、作業を切り上げて自分の持ち場へとつく。
「艦長! 殿下より伝達です。
 『諸君らの来訪を心より歓迎します』」
「殿下と回線つながるか?」
「お待ち下さい」
 オペレーターがパネルを操作し、電話回線を接続する。
 上空から見た地上の風景を移していたモニターは、一瞬ブラックアウトし、やがて「アラブの石油王」のような出で立ちの男性を映した。
『おぉ、Mr.樋口。久しぶりだな』
「しばらく留守にして申し訳ありませんでした、殿下」
 流暢な英語で会話する樋口。英語が苦手な藤崎は、羨望の眼差しで樋口の会話する姿を見入っていた。
「今回はご迷惑をおかけします」
『仕方ない。情勢が情勢だ。幸い、うちの基地の戦力は大した打撃を受けていない。いざという時は、一斉投入も可能だ。
 Mr.尚貴、Mr.染谷。安心して戦ってきてくれ』
 殿下の一言に、尚貴が一瞬困った顔をし、この部分は聞き取れた藤崎が笑いをこらえている。
「はじめまして、栄光のGODLPHINE総帥、モハメド殿下。昨年のJAPAN CAP、FANTASTIC LIGHTの活躍、この目で拝見させていただきました」
 流暢と言うほどではないが、端から聞けばきれいな英語だ。尚貴は初対面にもかかわらず、殿下相手に立派な挨拶をしてみせる。
『ほぅ、あのレースを見ていたというのか。Mr.尚貴』
「はい。残念ながら私の本命は3着に敗れましたが、近年希に見る好勝負でございました。
 それと申し訳ありません、殿下。私見てくれはこれですが、生物学上はMis.となっております故」
 殿下は一瞬目を見開いた。中東やアラブ諸国特有の「濃い」顔なので、それはそれは大きな目だった。
『これは失礼した。Mis.尚貴。最近のJPN出身のパイロットは、若い男子が急増していると言う話を聞いたのでな』
 確かに、常に男子用の制服を着用した尚貴は「小柄な少年兵」にも見える。事実間違えた人間多数。殿下もその一人の仲間入りと言うわけだ。
『しかし、その若さで競馬とは、法律に引っかかるのではないのかね?』
「それもご心配ありません。私は既に成人しておりますので、馬券購入に関しては問題ない立場にあります」
『そうかそうか。それはよかった。
 この勝負が終わったら、ぜひ私の下に来ないか? もちろん、GODLPHINEの幹部の一員としてな』
 突然の殿下の申し出。本気なのか、それとも冗談なのか。
「申し訳ございません、殿下。私には果たさなければならない任務があります。
 この任務を遂行した暁には、ぜひご一考いただければ……」
 藤崎と染谷は正直安堵の息をついた。立場、待遇面からして、明らかに今のこの申し出を受ければ一生左団扇となる。
 だがしかし、今ここで、抜群の索敵能力を持つ彼女に、抜けられる訳にはいかない。
 もちろん、尚貴自身も「今現在」は、GODLPHINEに行く気は、さらさらないのだが。
『それは残念だが、当然と言えば当然だな。
 今宵は諸君らを歓迎し、宴を催すつもりだ。大いに楽しんでくれたまえ』
「御心遣い、感謝いたします。殿下」
『では、また会おう』
 すぅっと画面がブラックアウトし、再びキャリアーから見た地上の風景が映し出された。
「ねぇねぇROD君。さっきの聞いた? あの天下のモハメド殿下だよ! GODLPHINEに来ないかだって〜!! もう、俺ど〜しよ〜!!!」
「判った判った。判ったから落ち着けって!!」
「GODLPHINEに入ったら、デットーリとかに会えるのかなぁ!? あの人かっこいいよね〜!!」
「わ〜か〜ったっちゅうねん! 降下するで! 変なカッコしとると、またキャリアー酔いするぞ!」
 先ほどの落ち着き払った様子とは、一変。根がミーハーなだけに、騒ぐ時は思い切り騒ぐ尚貴だ。
「いいか!? 降下するぞ!
 降下ポイント確認!」
「確認終了。半径50km、異常なし!」
「よし、降下開始!!」

 新たな決戦の舞台、砂漠の国UAEへ……!!



「アカギに行こうと思う」
『アカギ!?』
 ここはJPN本部居残り部隊。
 今回出撃する瀧川一郎が、「いつもと違ってこっちから出向いてやろう」とばかりに、本部から比較的近くにあり、思い切り戦闘が出来るエアポートを選別し、GNM地区のAKGエリア、通称「アカギ峠」に白羽の矢を立てた。
『瀧川ちゃんは峠の人間じゃないでしょ? どうしたのよ?』
 今回、既にオペレーターの赤木香緒里、日向友紀が既にGRM地区に出立している関係で(もちろん、移動中のキャリアーからのフォローはあるが)、YKS支部、通称「ヨコスカ基地」が索敵とエリア移動を一任している。
 その最高責任者である松本秀人中将が、素っ頓狂な声をあげた。
「あそこは周囲にあまり建物もないし、エアポートにしては比較的障害物も少ない。敷地自体が広いからな。
 いつも迎えに来てもろてるんや。たまには、こっちから出向いてやらへんとな」
 指をごきごきと鳴らしながら、自信たっぷりの表情の一郎。
「一郎がそう言うんならな」
 9012隊総司令の緒方も、JPNに居残りした。だが、本人のたっての希望か、バックアップは残っていない。それほどまでに、一郎には自信がみなぎっていた。
『それじゃぁ俺たちの出番なし!?』
 勘弁してくれと言わんばかりに、松本が抗議する。
「そうじゃあらへんて。香緒里さんと友紀はキャリアーにいてる。おまけに水無月のフォローもしてやらなあかん。
 せやから、秀さんとこには俺のフォローに専念して欲しいんや」
『もう一人の子は?』
「あいつは自分で何とかするし。下手に口出すより、一人でやらせた方がえぇやろ」
『へぇ〜』
「正直、こっちの方は俺はてんでだめやから、その辺は全部秀さんに任せる。
 俺は、戦うだけに専念したい」
 一郎の発言に、松本はやれやれと苦笑いした。
『本来偵察機であるバイパーのそういう能力を、全部攻撃力に回したんだよね。君らしいっちゃ、君らしいか。
 判った。ここは大船に乗ったつもりで任せてもらおうか』
「へへっ、頼りにしてまっせ」
 男三人集まれば、小学生の悪ガキよりも質が悪い。特にこの三人は。
「よし、それじゃぁ明日の朝、アカギに発とう。善は急げでな」
『オッケ。俺んとこから出向いてるヤツに、指示出しとくわ』
 ぴぴぴぴぴぴぴ……
 指令席直通回線が鳴った。発進元は、CHNエリア。
『お〜っす〜!』
「哲! 無事に着いたか!」
 発進元の張本人は菊地哲。その後ろには、淳、DOI−2、八神の姿も見える。
『おかげさまで。快適な旅でしたよ。
 まだRODのとこがつかまらねぇんだけどさ、とりあえず、今回の出方についてご提案があるんだけど……』
「なんやなんや」
『そっちはさ、もう出向く場所って決まってんの?』
「とりあえず、アカギに行くけど」
『それなら話は早い。
 俺達はBGNに行こうと思う。たぶんRODのとこは1ヶ所しかないから選択しようがないし、ここは俺達が先回りってのはどうだ?』
「ちょうど俺らもそう思っていたところや。な?」
 一郎に緒方と松本も同意する。
『あとはRODの所がつながれば話は終わりなんだけどさ……』
 そこに割り込んできた通信回線。発進元はUAE。とくれば……
『いよ〜っ! ただいまUAEに到着〜!!』
「ROD!!」
 スクリーンにワイプで現れたのは、UAE組指令代理の藤崎。オペレーター席には尚貴が座り、どうやらその後ろに染谷と樋口がいるらしい。
『一郎さん★』
「尚貴も無事か。そっちはどうや?」
『さっき少し外出たけど、凄い乾燥してる。髪ばさばさ』
 ただでさえ長い髪を金髪に近くブリーチしているので、決して髪の健康状態は良くない尚貴だが、きちんとケアはしているので酷く傷んでいる訳ではない。それでも、砂が混じった風や、砂漠地域特有の乾燥した気候で、髪にかなりダメージを受けたらしい。
「これで全員揃ったな。話を進めるか」
『? なんや? 俺たちに内緒で話を進めるたぁ、聞き捨てあらへんな』
「別にそんなんじゃねぇよ。
 今回はさ、俺達の方から敵さんを出迎えてやろうって訳」
 緒方の一言を聞いて、藤崎と尚貴が目を合わせた。何やら企んでいるような表情。
『つーかさ、ここって、そんなに規模が大きい訳じゃないから、エアポートも1区画しかないのよ。
 俺達の場合は必然的にそうなっちゃうんだよね〜』
 尚貴がUAE支部のマップを確認する。建物自体はそれほど大きくはないが、内部の施設は世界屈指。立地のせいか、航空機の出入りも多くなく、それに伴ってエアポート区画も広いとは言えない。
「向こうが時差をどう考えているのか、だけど……」
『そういう認識はないんじゃないかな。前の時だって、一斉に襲ってきたからね。昼だった所はともかく、夜だった所はかわいそうだったよ。南半球なんか、それでかなり打撃受けたって言うし』
 情報処理課の同僚が各地に散った尚貴は、リアルタイムで様々な場所の現状を入手することが出来る。襲撃後は情報収集からハッキングまで、ありとあらゆる作業に駆り出された。
「こっちとそっち…つーか哲んとこはあまり関係ねぇか、時差は」
『ちなみに、こっちとそっち…つーかJPNとの差は5時間かな』
 すなわち、JPNが昼頃の時、UAEはまだ朝ということなのだ。
「そうすると、そっちの時間を軸にした方がえぇんやな」
『そうしてもらえると、出る側としてはありがたいです』
 緒方が腕時計を見ながら、出撃時間を考える。
「じゃぁ、UAEの1000を基準にしよう。そうすれば、俺達も1500に出撃出来る」
「せやな。そのくらいでえぇんちゃう?」
『お前は?』
『1000なら、問題ないですよ』
『こっちも1500でOKだな?』
『そう…ですね。大丈夫です』
「よし、全員一致で決定ということで。
 出撃までまだ少し日がある。情報が入り次第、お互いに補完しあおう」
『じゃ、俺達はこれから歓迎レセプションに出なあかんから』
「なんや、それ」
『こっちは天下のGODLPHINE、モハメド殿下のお膝元やで。地球を救うかもへん勇者様のご到着とありゃぁ、手厚く歓迎されるんや』
『そういうことなんで。すいませんけど、これで失礼しますね』
「ユータさんと染谷は?」
『基本的に、キャリアーのクルーも全員参加です。早く行かないと遅れちゃうから、ごめんね』
 一方的にUAEからの回線が切られ、ワイプが消滅した。
『何、君達って、いつもこんな感じなの?』
 その後会話に一切加われなかった松本がこぼした。
「……だよな」
「そう…だな……」
 松本は、呆れながらも笑うしかなかった。




綺羅(きら)お姉さま、私……」
 4人のエンジェランパイロットが囲われた空間の中。そこに建てられた小さな家。それが彼女達の「家」だ。
 2階にはそれぞれに部屋があてがわれている。その内の一室。部屋の主のたっての希望か、純和風にまとめられた部屋。
 黒髪の小柄な女性、綺羅に子供のように甘えているのは、CHNへの出撃が翌日に迫っているネイ・ウィズ・小夜曲(セレナーデ)
 綺羅はこの4人のパイロットの中の最年長ということもあり、他の3人の面倒をとてもよく見ている。その様は、彼女が盲目と言うハンディを背負っていることを、全く感じさせない。
「どうしたの? ネイ。やっぱり前線に行くのは怖い?」
「そうじゃないんです。ただ……」
「ただ?」
「負けて帰るのが怖いんです。お母様の為に戦っているのに、勝てないのが一番怖い……」
 浴衣のような寝着の胸に顔をうずめるネイ。綺羅はそんなネイを、子供をあやすように、綺羅の金色の髪を優しくなでる。
「真理子も負けて、帰って来なかった。polcheだって…… 二人とも、強いパイロットだったのに……」
 先の対戦で、Blau Stellarに敗れた真理子・Kやpolcheは、彼女たちと少なからず交流のあったパイロットだ。特にネイと真理子は姉妹のように仲が良かった。
「今回、貴女と対戦するのは、グリス=ボックのようね」
「そう、真理子を殺した、二人の片割れ。だから志願したの」
「そうなの。あなたが、自分からお母様にそういうお願いをするなんて、ちょっと不思議に思っていたわ」
 ネイは早くに母親を亡くし、父親によって育てられた。しかし、その父親から日常的に虐待を受けたのが原因か、感情の一部が欠落している。
 何より彼女は典型的な白子であり、その異様とも言える外見から、人との接触を極端に拒むことが多かった。故に、ネイはVRのパイロットにしては、少々特殊な性格の持ち主と言える。
「でも大丈夫よ。貴女にもしものことがあれば、必ず私が助けに行くわ」
「お姉さま……」
「だから、安心して行ってらっしゃい」
「はい。お姉さま……」
 その言葉に安心したのか、やがてすぅと寝息を立てるネイ。そんなネイを、母親のような表情で見守る綺羅。
「私は、貴女達を守る為なら、悪魔に魂を売り渡しても構いません。
 私達は、この世で生きることを許された、たった四人きりの『姉妹』なのですから……」



「出撃するんだってな」
 JPN地区への出立が翌日に迫った。
 板上二郎は相変わらずラウンジにいた。だが、いつもと違ってサイファーパイロットの明日香悠紀、ヴァイサー・ラーベと鉢合わせ、カウンターに座ることになった。
「流石にご存知だったか」
「そりゃまぁね。たとえ機密だったとしても、明日香に解けないプロテクトはない」
「……で、お前が何でここにいる? ヴァイス」
 板上の言うことももっともだ。ヴァイスはまだ19歳。本来であれば、ラウンジへはまだ入れないはずだった。
「固いこと言いっこなしなし。O.D.A.自体が殆ど無法地帯なんだし」
 彼の言うこともまた、もっともだ。
「上の人を見てごらんよ。あの人達なんか完全に自由じゃないか。俺達がその半分くらい自由でもいいと思わねぇ?」
「全くだ」
 結局自分で責任が取れれば、何をやってもいいのだ。そう結論付け、彼らはまた、グラスを傾ける。
「相手、あの『CIPHER』だって?」
 明日香の一言に、板上の表情がぴくり、と動いた。
「第7プラントサッチェル・マウス専属のVR工学博士、遥香(はるか)=アイザーマンの下、サイファー開発に携わった男、瀧川一郎。『CYPHER』の名は、瀧川のテクニックに心酔した、アイザーマン博士がヤツのパイロットネームから拝領した。サイファーのパイロットなら、知らない人間はいない」
「サイファーのパイロットじゃなくても、知ってる人間は知ってるさ」
 板上はグラスに半分残ったフォアローゼスを、一気に飲み干す。
「サイファーのテストパイロットは、最終的に俺とヤツとに絞られた。
 バイパーUの後継機として、高い攻撃力と、優れた索敵能力を搭載し、オールマイティな機体として、サイファーは開発が進められた。
 自分で言うのもなんだが、俺はあいつに劣っているとは、今でも思っていない。
 でもあの時、俺は瀧川に負けた。
 ヤツはサイファーのテストパイロットとしてスポットライトを浴び、俺はごく普通のパイロットに甘んじるしかなかった。
 俺は今日まで、ヤツに勝つことだけを考えてきた。Meisterに拾われたのは、正直渡りに船だった。
 この世界がどうなろうと、俺には関係ない。俺は、瀧川に勝ちたい。いや、勝たなくてはならない。
 俺自身が、この世界に存在する為にも……」
 いつになく真剣な板上を見るのは、二人とも初めてだった。ふざけているのか、真面目なのか判らない男だったが、典型的な「真面目さを隠している」人間だったのだ。
「そんじょそこらの名誉ならいらない。別に地位も欲しくない。
 俺が欲しいのは、『瀧川に勝つこと』だけだ」
 明日香がジャックダニエルを一口すする。
「表の世界に身を置けなくなった俺、興味本位のヴァイス、瀧川に勝つことだけが目的のあんた。俺達には、目的らしい目的はない。
 そんな俺たちを使ってくれているMeisterは、よほどのすき者なんだろうな」
「そういうことだ」
 ぴゅろろろろ… ぴゅろろろろ…
 不意に携帯電話の呼び出しが鳴った。板上が内ポケットから電話を取り出す。
「はい、板上です… 了解です。すぐ行きます」
「どうした?」
「最終点検だ。じゃぁ、機会があれば、また飲もう」
「武運を」
 拳と拳を突き合わせる。誰ともなく始めた、幸運のおまじないのようなもの。
 板上の背中は、二人に見送られ、ドアの向こう側へと消えた。


 翌日。
 ドッグには3機のVRが固定されていた。
 イントレを整備員が駆け上がり、管制塔にはSklaveFurstKlosterfrauが姿を見せていた。
「『母上』はどうした?」
 SklaveJungfrauを『母上』と呼んでいる。Sklaveが遥か昔の旧世紀の存在とは言え、実年齢ではJungfrauの方が上だ。彼女の聖母のような外見、母親のような包容力(実際彼女は母親ではあるのだが)から、Meister Oがそのような呼び名を付けた。
 また、彼女は系図をたどると、Sklaveの妹にまで遡る。Jungfrauにとって、Sklaveはいわゆる『ご先祖様』だ。それはすなわち、Kavalierや、本人は知らないがKlosterfrauにも当てはまる。
「知りませんわ」
 Klosterfrauは不機嫌さを隠そうともしなかった。それも無理はない。KlosterfrauJungfrauを憎んでいるのだから。
「各人状態を報告なさい」
Klosterfrau、本日もご機嫌麗しゅう』
 軽いノイズの中から、最初に声がしたのは板上だ。
「麗しいはずありませんわ。さっさと報告なさい」
『怒った声もまた魅力的ですな。
 板上、及びバイパーU、特に異常はありません』
『こちらソアです。サイファー、共に異常ありません』
 Klosterfrauがインカムから聞こえる声を聞きながら、PDAを操作する。
「小夜曲伍長、パイロット及び機体状態を報告なさい」
『あ……は…はい!』
 気弱な彼女は、どうも馴染みのない人間と会話するのが苦手だ。しかも、年下だが気の強いKlosterfrauがネイは苦手だった。物怖じしない性格は憧れてはいるが。
『すいません、異常、ないです……』
「了解。こちらから見た限りも、全て機体異常はないようね。
 Doktor、聞こえまして?」
「ありがとうございます。今回はMeisterがいないのでね。全く、あの人にも困ったものだ……」
「でも困っているようには聞こえませんわよ」
 Klosterfrauの核心を突く発言には、Doktorも苦笑いを浮かべた。
「それでは、準備が整い次第、全機発進です。
 板上大尉はJPN、ファールズ伍長はUAE、小夜曲伍長はCHNへ、それぞれ発進して下さい。
 射出口開放。サーキットロード、用意」
「了解。射出口、1番から5番まで、全て開放します」
「サーキットロード、虚数空間に接続。最終防護壁、開放します」
「全機、発進」
 サイファー、バイパーU、エンジェランが各々の発進方法で虚数空間へと飛び立つ。
 暗闇に浮かぶクリスタル質の残像が、いつまでも目に焼きついていた。



 出撃が翌日に迫った夜。
 CHN地区で出撃する淳は、グリス=ボックの最終点検を行っていた。
『最も、あんた達の魂がAliceによって選ばれる訳無いと思うけどね』
 ウォーターフロントで対戦した、フェイ=イェンのパイロットに言われた一言が、ずっと引っかかっている。
 彼女達は、一体何が目的なのか。どういった信念の下、Meister Oと呼ばれる人物に従っているのか。
 何もかもが謎に包まれていた。
「なんだ、まだいたのか」
 声をかけたのは、DOI−2だった。
「どうした? 夜に食い過ぎたか?」
「いえ、そうじゃないんです」
 この日の夜は、八神が出立前から口にしていた、中華料理を食べに行く約束が果たされたのだ。その量が半端ではなく、淳は2/3ほど出された時点でダウン。DOI−2も完食したものの、しばらく胃が重い状態が続いていた。
「DOI−2さん!」
「…どうした? 急に」
「あの、変なことを聞いてもよろしいでしょうか?」
「恋愛関係でなければな」
「DOI−2さんは…… どうして戦っているんですか?」
 その質問に、流石のDOI−2も面食らった。
「それは確かに変な質問だな」
「すいません。ただ、どうしても引っかかることがあって……」
 ふむ、と考えるDOI−2。
「戦う理由には、それぞれ違った理由がある。信念を持って戦うヤツもいれば、俺のように『それしか出来ないから』というヤツもいる。
 俺は、理由はどうでもいいと思っている。結果、それが広く考えて良い方向に進めば、俺はいいと思っているのだが……」
「そうですか……」
 淳はまた考え込んでしまった。
「何か、訳ありみたいだな」
「はい……」
 淳は、DOI−2に先の戦いで『敵』に言われた事、それを自分でどう思っているかを全て話した。
「なるほどな。彼等はとある一つの信念の元に動いているようだが、自分にはそういったものがないと」
「えぇ、そうなんです。
 自分は、正直去年の試験も受かるとは思っていませんでした。ただ、VRのパイロットとして、皆の為に働きたいというのは昔からの夢だったし、それが叶った今、自分はとても幸せだと思っています。
 でも、今の自分は、彼らから見れば、何の目的もなく、ただ戦っているような気がして……」
「なら、お前は今、どうしてここにいる? 何の為に戦っている?」
「それは……!」
「それは?」
「最初、リリン総帥や緒方さんから話を聞いた時は、自分にはそんな大それたことは出来ないと思っていました。
 でも、俺達が選ばれて、それが俺達にしか出来ないって、日を追うごとに、思うようになったんです。
 自分に与えられた力を、自分たちの使命の為に使う。それが、いつか世界を救えるような力になれば……」
「そう、それでいいんだ」
 淳は驚いたように顔を上げた。
「俺達の力は、決して万人が持っているものではない。俺も、お前も、言うなればクリスタルに『選ばれた』人間だ。それは全ての人間がVRを操作することが出来ない事実にも言える。
 与えられた力を外部に向けるということは、それだけで世界に影響を与えることになる。強大になればなるほどだ。
 俺はOMGに参戦して、初めてVRに乗るということが人の役に立つということを知った。
 そして今、今まで以上に強大な力と立ち向かう。
 それに立ち向かうことが、世界を、地球圏を守ることにつながる。そう思わないか?」
 淳の顔は『目から鱗が落ちた』典型的な表情をしていた。
「迷いは解けたか?」
「……はい……」
 淳の頭をぽふっと叩いて、DOI−2が立ち上がる。
「明日はそれほど早くはないが、あまり遅いと辛いぞ。もう寝とけ」
 かんかんと踵で音を立てて、イントレを降りる。
「DOI−2さん!」
「ん?」
「ありがとうございました」
「礼には及ばんよ。お前みたいな若いヤツがいると、俺も正直張り合いが出る。俺もまだまだ負けられんてな。
 ま、そう簡単には負けないさ。死に物狂いで追いついて来い」
「はい!!」
 淳は改めて、かつて地球の危機を救った英雄と共にいられることを、誇りに思った。
 そして何より、自分が地球の英雄になれるかもしれない可能性を持っていることを、改めて実感した。


 この月は、何千年、何万年と、地球の歴史を見つめてきたのだろう。



 出撃当日。
 この日は世界3ヶ所で同時出撃ということもあり、中継も大々的に入った。その冠スポンサーが、今回はGODLPHINEであることは、言うまでもない。
 本部施設では後方待機員も総出で見送りがあり、CHNではお抱え楽団の演奏による出撃、UAEに至ってもまるで旧世紀の大戦時に出陣する兵士を見送るがごとく、多くの人間が盛大に出撃を祝った。

『こちらGMR本部、赤木です。聞こえますか?』
「こちら水無月。感度良好です」
『あなたのバックアップは一応現地の方にお願いしてますけど、フォローは私達の方でやりますから』
「判りました。
 エアポート確認。着陸します」
『俺だ。聞こえるか?』
「DOI−2さん、聞こえます」
『判ってるな。この間も話したが、絶対に慌てるな。落ち着いて、自分が置かれている状況を把握するんだ。必ず、活路は見えてくる』
「判りました」
『気をつけて帰って来い』
「はい……!」


 施設面積のあまり広くないUAEエアポートには、既に尚貴のサイファーが待機状態に入っていた。
 衛星回線をフルに利用し、前方だけでなく、左右のスクリーンにもいくつかのワイプを表示させ、常にあらゆる方向からの襲撃に備えている。
 UAEではこの時期ほとんど雨はない、乾季に入っている。空気はからからに乾き、空はどこまでも澄み渡っている。気温は高いが、この乾燥した気候のおかげか、JPN特有の不快な暑さとはまた違う。
 だが、コックピットはそれなりに空調が効き、快適さを保っている。
 到着から数分。目立った動きはない。
 レバーに伸びた爪をかちりかちりとぶつける。これは彼女の癖であり、手元に硬い物があれば、ついやってしまうのだ。
「!?」
 一つのワイプに、僅かな変化があった。それは彼女にしか判らない、ごく僅かな変化。
「来た……?」
 そのワイプは上空を捉えていた。小さな、それでもまぶしい光が一直線に来る。
「来た!!」
 サイファーは踵で障害物を蹴りつけると、僅かな隙間で受身を取り、上空に向けて体勢をとると、そのままダガーを投げつけた。
 どがぁぁぁん!!
 先ほどワイプで見えた光はレーザーだった。尚貴がついさっきまで立っていた場所を、寸分たがわず直撃する。
「あっぶねー。何だよ、今の……」
 一息ついたのもつかの間、今度は背後からバルカンが襲ってきた。
「何ぃっ!!」
 慌ててジャンプし、その攻撃を紙一重で避ける。敵機らしきVRを確認すると、ジャンプの体勢のまま、お得意のフォースレーザーを放った。
 しかし、相手もただでは食らわない。レーザーの着弾点をすり抜けるようにダッシュし、尚貴のサイファーとの距離を取る。
 尚貴も、ジャンプ攻撃から漕ぎで軌道を確保し、エリアの隅の方の障害物に機体を乗せた。
 視界に入ったのは、1機のサイファーだった。黒だと思ったが、強い日差しに照らされると、ブラックをベースにクリアブルーでコーティングされているカラーが判る。尚貴や一郎が使っている塗装方法と同じ工程を踏んでいるのだろうか。
「さっきの、よく判りましたね」
 オープンラジオで通信が入る。少年を思わせるような、女性の声だ。
「レーザーのこと? 普通じゃ判らないよ。俺だから判ったの」
 相手のサイファーはじっとこちらを見ているようだった。
「ダブル・ディテクト・システム…… それなら、確かに判るでしょうね。未だかつて誰も使いこなせなかった、幻のサーチシステム。そもそも、あれは使用者を限定するということで、市場には出回らなかったはずだけど……」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。やるんだったらさぁ、とっととやろうよ」
 回線を通じて聞こえて来る知らない単語。それが自分のサイファーと何の関係があるというのだろう。
 そうだ、このサイファーに乗る前にずっと使っていたバイパーUも、そしてこのサイファーも、決して自分がクレジットを貯めて買ったりした訳ではなかったと思う。昔話の「足長おじさん」よろしく、誰かが自分に与えてくれた物だった。
 もっと遡れば、自分はどうしてVRに乗っているのだろう。
 どうして、自分は存在しているのだろう。
 そこまで考えて、尚貴はかぶりを振った。いけない。今は目の前の敵に集中しないと。
「さっきはそっちからだったから、今度はこっちから行くよ!!」
 胸部のホーミングランチャーに光が集まり、ホーミングビームが相手のサイファーに向かって一直線に起動を描く。
 しかし、相手のサイファーもやすやすと食らうはずがなく、踵でアスファルトを蹴り上げ、上空へと舞い上がった。

第3戦、UAEエアポート。1014、開戦。



『瀧川ちゃん、聞こえる?』
「なんとかー!」
 JPNに居残り、一人AKG(アカギエリア)に向かう一郎とバイパーU。
 モータースラッシャーに変形したサイファーに輸送ユニットを装着し、それにぶら下がるようにして搬送されている。
『もうすぐポイントに着く。合図と共に切り離すから!』
「あいよー!」
 通信が切れると共に、フロントディスプレイにカウントダウンを示すワイプが現れる。
『ポイント上空到達。切断まで、あと5秒!』
4……
3……
2……
1……
『切断!』
 連結のロックが解除され、一郎のバイパーUがゆっくりと降下を始める。
 やがてバインダーブレードが光を放ち、一気に地上めがけて急降下した。くるりと回転して体勢を変え、障害物の上に降り立つ。
 その向かいに、いつのまにかもう1機のバイパーUが存在していた。
「いつからそこにおったん!?」
「いつでもいいだろ、そんな事……」
 オープンラジオで聞こえてきた声。明らかに感じる殺意。
「瀧川一郎、お前を…殺す!!」
 そういわれた一郎の心中は穏やかではない。短気な彼のことだ。その一言で、既にはらわたが煮えくり返っている。
「女からそう言われるんやったら話は判る。せやけどな……
 見ず知らずの男から言われる筋合いは、これっぽっちもねェわ!!」
ぎぃぃぃぃぃん!!
 音を立てて一郎が7wayミサイルを発射した。
 相手のバイパーUはこれをジャンプで交わし、一郎の背後を取った。ソードを展開し、一気に間合いを詰める。
「うぉぉりゃぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「させるかぁっっっっ!!」
 一郎も振り向き様にレーザーを繰り出した。旋回からの軌道上に相手のバイパーUがいたので、レーザーはそのままヒットした。
「ぐぉっ!!」
 相手のバイパーUは、レーザーを避けられないことを理解し、適切な被弾体勢を採った。転倒はしたものの、見た目よりもダメージは大きくない。
「流石だな、瀧川一郎。サイファーの母であるアイザーマン博士に愛されただけのことはある」
 その一言に、一郎は顔をしかめた。
「お前、何を知ってる?」
「もう忘れたのか? 瀧川。6年前のあの日のことを……」
 相手はゆっくりと機体を起きあがらせた。Vアーマーが派手に消滅している。
「6年前やと!?」
「そうだ。かつてDN社において、バイパー系統の開発に尽力を注いだ遥香=アイザーマン博士が、ある日DN社を突然自主退社した。その行き先は、OMGに於いて突入部隊の盾となり、作戦を遂行させたアルベルト=マシュー大佐の下だ。
 マシュー大佐はさらなるVRの発展の為、自らもD.N.A.を除籍し、新興勢力となるrn社の母体を作った。かねてよりアイザーマン博士の才能に目を付けていたマシュー大佐は、膨大なクレジットと最新鋭の設備をアイザーマン博士に与えた」
「あの二人か。所構わず見せつけやがって。カンベンして欲しいもんだゼ」
 アイザーマン博士、マシュー大佐。この二人の名前を聞いて、一郎はさらに顔をしかめた。
 「アイザーマン博士は、自らが手がける新型機をバイパーUの後継と位置付け、チーフテストパイロットを探す為、軍、民間を問わず広くてすとパイロットを募った」
「知っとるわ」
「世界中から数多のパイロットが集まった。俺も、そしてお前もその一人だ」
「何やと!?」
「最も強いパイロットがチーフテストパイロットに選ばれることになった。予選は世界中でリーグ戦が行われた。俺もお前も、JPN代表としてトップのスコアで予選を通過した」
「そうやったな。予選では、確か師匠とも対戦したわ」
「OMGには不参加だったが、バイパーTの頃よりその開発に携わった世界的パイロット、広瀬さとしをもお前は破った」
「お前、一体どこまで知ってんねや!?」
 一郎が苛立ちを露わにする。
 しかし、相手はそんな一郎を無視し、淡々と話を続けた。
「さらに各地区の代表で総当たり戦を行った。お前はトップで、俺は試合時間数ポイントの差で2位に甘んじた。
 だが、テクニックで俺はお前に劣っているとは思っていなかった。どうしても、俺はそのことを決勝で証明させたかった」
「お前……」
「俺はその思いを叶えるべく、決勝に臨んだ。
 俺はどうしても勝ちたかった。世界最強のバイパーにパイロットとして認められる為に。
 全ての人間に、俺が一番であることを認めさせるために!!」
「あの時の…お前か!?」
 一郎はようやく全てを思い出した。
 興味本位と暇つぶしにエントリーした、バイパーU後継機のテストパイロットオーディション。
 数々の激闘をくぐり抜け、世界中のバイパーUパイロットの頂点に立った一郎。
 自らの師をも撃ち破り、自らのパイロットネームが新型機に冠される名誉。
 その陰には、多くの敗者が存在する。一郎と対峙しているパイロットもその一人だ。
「なるほどな。俺を倒す為だけに、敵さんに味方してるっちゅー訳かい」
 一郎は嫌悪を隠さなかった。
「お前、名前は?」
「板上。板上二郎」
「板上とやら。6年前の俺と今の俺は別人やぞ。死ぬ気でかかって来いや!!」
「ほざけ!!!」



 そこにいたのは、一機のエンジェランだった。
 見た目はごく普通のエンジェランである。しかし、r.n.a.所属機にもペイントされていない、真紅のヤガランデ・アイがそれにはあった。
「貴方が真理子を殺したの?」
「真理子?」
 少女の問いかけを、淳は不信に感じた。
 −俺は、誰も殺したりはしていない……
「しらばっくれないで。貴方は以前に、私達の仲間のフェイ=イェンと戦った。貴方は、サイファーと二人で、真理子を殺した……!」
「殺したなんて!」
 淳は思わず声を上げた。
「別に殺した訳じゃない! それは仕方なかったんだ。それに、今回の戦いは、相手から仕掛けてきたものだ」
「だからって、殺してもいい訳ないじゃない!」
「俺は殺してなんかいない!」
「嘘つき! 殺したくせに!!」
 エンジェランのパイロット、ネイ・ウィズ・小夜曲は、逃げ出したい気持ちをぐっとこらえた。
 いつも、誰かの後ろに隠れるようにしていたネイが、初めて自らの意志で戦場に立っている。
 だからこそ、負けたくない。負ける訳にはいかない。志半ばに倒れた仲間の為にも。
「だから、貴方も殺してあげる。どんな風に死にたい? 龍のエサにしてあげましょうか? この杖で串刺しにしてあげましょうか? それとも……」
 エンジェランが、ふわりと、障害物から降り立った。
「そうだ。貴方をコックピットから引きずり出して、体をバラバラにしてあげるわ。きっと、真理子も喜んでくれる……」
 無垢なる笑みは、時として恐怖のみを生み出す。
 聖なる御遣いは、悪魔の心を宿して、この地上に光臨した。


 To be continued.