男は、一人繁華街を歩いていた。
 いつもだったら何かしらの連れ添いがいるのだが、今日はたまたま誰にも引っかからず、ただ一人、目的もなく街を歩いていた。
 目に入ったのは街頭ブックメーカーだ。いくつかの小さいモニターをフェンスにくくりつけ、その下には見慣れたVRの名前が書き連ねてあるボール紙が張り付いていた。その上から赤いマジックで「全試合的中!!」などと書いてある。
 実はこれ、ブックメーカーではなく、ブックメーカーへ投票する人間相手のコーチ屋なのだ。これは競馬の場外馬券売場の近くでもよく見かけるが、人間とは金になりそうなことは手当たり次第それを「仕事」にしてしまう。
 ちなみに、このようなコーチ屋は、競馬の世界では法律的に禁止されているものの、もはや主催も見て見ぬ振りが、現状である。
 コーチやの前を通りかかった時、男はそれまで多くのギャラリー相手に熱弁を振るっていたコーチ屋の男に声をかけられた。
「おぅ! 兄ちゃん! この間は大儲けだったな!!」
 面倒くさそうに振り向いた男の視線の先には、明らかにまっとうな道を外れた中年の男がいた。
「今日もいい情報あるぜ。どうだい?」
 しばらく取り付けられたモニターを眺めていたが、写されるのは既に交戦しているテムジンとサイファー、バル=バス=バウの3機のみだった。
「この間のサイファーは?」
「この間の? あぁ、ライトニング・サイファーかい。あれは今回出ないって話だぜ」
「ライトニング・サイファー!?」
 コーチ屋が発した言葉に対し、男は素っ頓狂な声をあげた。
「おいおい兄ちゃん。この間のバトルを見ただろう? あの黒いサイファーのSLC。俺達の間じゃあれはすっかり『ライトニング・サイファー』で定着しているんだぜ」
 感心したのかしないのか、しばらく黙り込んでいたが、
「それが出ないんじゃ意味ねぇや。また今度な」
 きびすを返してその場を立ち去った。
 彼の携帯電話がけたたましい音を立てたのは、その直後だった。
「………あぁ、なんだ。雪か。え? 今? あぁ、そっか。今日火曜だっけ。判った。すぐ帰る」
 かかってきた携帯に対し事務的に応えると、辺りを見回し、近くにあったメトロステーションへと姿を消した。



 成一は、眼下で既に藤崎と優輝が交戦しているのを確認した。
「あーあ、ROD君派手にやってるなぁ」
 キャリアーから送られたポイントを確認しつつも、二人の戦闘から目が離せない。
「飯田隊長、キャリアーから着点ポイントを受信。散開後、速やかに交戦体勢に入れとのことです」
 クレイスが司令部からの伝達を成一に伝える。
「そうだな。敵さんもお待ちかねだ。
 相対数ではこっちが有利だけど、力の差は判らない。一郎さん達がいつでも出られるようになってる。援軍は決して恥ずかしいことじゃないからね」
「「「「「了解」」」」」
「よし、皆散開!!」
 成一とDOI−2、千羽矢とクレイス、深夜と蒼我、それぞれが編隊を組んで各々のポイントへと飛び立つ。



 眼前にモータースラッシャー体型のサイファーが飛び込んでくる。フェイ=イェンの背後からマークしていたクレイスのストライカーがファニーランチャーで牽制した。
 サイファーはそれを難なくかわし、眼前の2機に向かってバルカンを発射。今度はフェイ=イェンのボウガンがこれを相殺し、2機は地上の着点ポイントへ到達した。その少し離れた所に、先ほどクレイスが発射したファニーランチャーが着弾、爆炎を上げる。
「通常よりモータースラッシャーの速度が速いね」
「判ってる。バルカンの出力が低いから、もしかすると近接タイプなのかも。フォローお願い」
「言われなくても、きっちりやりますよ!」


 黒をベースにしたフェイ=イェンと対峙するエンジェラン。それに付き添うようなスペシネフ。
 睨み合いのような沈黙が続いた後、フェイ=イェンが動いた。それに合わせてエンジェランもエクロージョンモードを展開する。
「もらった!」
 polcheはソードを振りかぶり、モード発動後の硬直を狙った。
きぃぃぃぃん!
 しかし、その攻撃はエンジェランの対偶の法杖によって阻まれる。
 この隙を蒼我が見逃すはずがなく、すぐさま距離を取り、攻撃態勢に入る。深夜はモニターの視界ぎりぎりでそれを確認すると、鍔迫り合いで相手を押しやって、これもまた安全圏を確保する。
「今よ!!」
 その合図と共に、蒼我がターボサイズを発射する。その間の距離は充分すぎるほど取ってあり、巨大な衝撃波がフェイ=イェンを襲う。
「何!?」
 異常な弾速に一瞬たじろいだpolcheだが、紙一重でこれをかわし、スペシネフに向けてソードウェーブを展開……
 だが、スペシネフはもうその場にはいない。今度はエンジェランの双龍が襲いかかってきた。
 通常の双龍とは違った動きにとまどい、一つはかわしたものの、もう1つは動きが読めず、背後からの攻撃が命中してしまった。
「くそっ……」
 ダウンしなかったのはVRの性能か、それとも彼の精神力か。
 既に周囲にはスペシネフのエネルギーボールが浮遊し始めている。Polcheはモニターを確認すると、しゃがみハートビームを己の真っ正面に放った。アスファルトをえぐるように地面を走り、スペシネフを追いつめる。
 本来スペシネフにとって相殺攻撃に有効なエビルスクリーマーが、蒼我のスペシネフには装備されていない(蒼我のスペシネフは、隠密行動仕様として、特別に開発されたステルスウィングに転換されている)。Polcheはこの短時間でそれを確実に見抜いていた。
「小僧、なかなかやるな……」
 流石の蒼我も、少しばかり汗をかいていた。ここで自分がダメージを食らえば、深夜にかかる負担は序盤にしては大きすぎてしまう。
 後ろを確認し、ハートビームを充分引きつけて、スペシネフがジャンプからのクロスライフル(RTRW)を発射した。少しでもこちらに注意を向け、深夜が戦いやすいフィールドを展開する。蒼我の役目はあくまでも深夜のサポートであり、自分自身が前に出ていくことはまず考えていない。
 だが、今ここで自分がダメージを受けてしまうと、逆に深夜の足を引っ張ることにもなりかねない。時に自分から動くことも必要となる。
 先程放ったライフル弾はわずかにフェイ=イェンをそれ、足下に着弾した。
 外した…のではない。その方向はフェイ=イェンがダッシュをしようとしていた方向であり、その攻撃は足止めの為のものに過ぎなかったのだ。
「図られた!?」
 Polcheは一瞬だけ機体の動きを止めた。しかし、その一瞬は深夜にとって先制を仕掛けるには充分すぎる時間だった。一気に間合いを詰め、方杖を振りかざす。
「しまった!!」
 衝撃がpolcheとフェイ=イェンを襲う。事の重大さは第2波の攻撃を受けて、初めて判った。
 第1波のダッシュ攻撃はあくまで牽制であり、エンジェランの近接の一番恐ろしいところは、ターボ攻撃いわゆる接触によるシールドの吸引だ。
 レバーを握る手から痺れるような痛みと、意識が遠のくようなめまいを感じた。
 そして、彼は一つの噂話を思い出した。Blau Stellarには開戦後全機エクロージョンモードを展開し、相手のシールド吸引をほぼ専門とした部隊が存在したと言うことを。その名は第6913部隊、通称天使隊……
 −確かに、そうだとしたら近接で戦うのは分が悪すぎる。ターボサイズと龍は怖いけど、陛下に比べたら……
 ほぼ至近距離でソードウェーブ(LTLW)を放った。レッドやブルーレンジでのLT攻撃は近接にならないので、密着状態からの膠着を抜け出すには効果的な攻撃だ。彼は体勢を立て直すのに、よくこの方法を採る。
 ターボ攻撃による硬直状態では流石の深夜も攻撃を回避出来ない。シールド吸引していなければ、とんでもないダメージを受けていただろう。被弾体勢が適切だったので機体への損傷はなかったが、吸引した分の半分ダメージは受けてしまったようだ。
「いったぁ…… この距離でそれはないんじゃない!?
 蒼我さん!」
「な…何?」
 その気合い振りに、流石の蒼我も少々おののく。
「アイツをあたしに近づけさせないで欲しいの。もう怒った! そっちがその気ならあたしも本気になるわ!」
 蒼我の目には、彼女のエンジェランがわずかにオーラを発しているかのように見えた。それが目の錯覚なのか、それとも本当にオーラが出ているのか、真実は定かではないのだが。
 −やれやれ、女は本気にさせないに限る……
 いつぞやに出会った不思議な少女と言い、目の前にいる相棒と言い、女性は怒るとどうして手が着けられなくなるのだろう。
「……で、俺はどうすればいい?」
「任せる。もちろん、その分のフォローはきちんとするし、危なくなったら助ける。でも、止めだけはあたしに刺させてね!!」
 バックダッシュでするすると距離を離し、ダイヤモンドダストレーザー(LTRW)がフィールドを走り、空からスノーマーク(LTLW)が降り注ぐ。
 蒼我は再びエネルギーボールを大量生産し、フェイ=イェンとエンジェランの距離を取らせるようにライフルで威嚇し始めた。

 この時間より「エンジェランを護るスペシネフ」の最高のシチュエーションが出来、視聴率が急激に上がっていたというのは、当然本人達の知るところではない。


「まさか、こんなに早く貴方と戦えるとは思っていませんでした。飯田成一さん」
 対峙したストライカー−スペイス−からオープンラジオでの通信が入ったと思えば、第一声はそれだった。
「へぇ、俺も随分と有名になったもんだね」
 成一も冷ややかなものだ。
「俺は貴方に憧れて、VRのパイロットを目指していました。貴方のようなバトラーパイロットになりたくて」
「それはどうも」
「だから、試験に落ちた時は、正直ショックでした。ストライカーでは俺の思い描く戦い方が出来ないと思っていた。
 でも、それは違っていた。同じアファームドでも、貴方が開発を手がけなかったこの機体で、貴方に勝つことに意味があると」
 ヴン……と音を立て、成一がトンファーを展開した。DOI−2も交戦体勢に入る。
「俺をここまで認めてくれたMeister Oの為にも、俺は貴方を倒さなければならない」
「そこまで思われてんなら、俺もパイロット冥利につきるね。
 でもさ…… 俺達も、そう簡単に殺られる訳には行かないんでね!!」
 成一のバトラーが前ダッシュに入ったのと、スペイスのストライカーがファニーランチャーを発射したのはほぼ同時だった。
「飯田! あいつ初っぱなから何やって……」
 DOI−2がしゃがみからナパームを展開しようとした時、成一のダッシュがわずかに軌道を変えた。
 スペイスも元はアファームドからバトラーをメインに使ってきたパイロットだ。このあと、成一が何を狙っているかは判っているつもりだ。すぐさま前ダッシュでその場を離れ、前ダッシュボムでその視界を奪う。
 しかし、今回の成一にはDOI−2という最良のパートナーがいる。DOI−2も自分自身を成一にサポートに徹底させるつもりだ。スペイスの攻撃を認識し、相手の弾幕を利用して前ダッシュでグレネードガンを放つ。
「ちぃっ! ベルグドルか…… !!」
 その時、スペイスは相手のベルグドルがただのベルグドルでないことを理解した。
 今の時代、よほどの好事家でなければあえて第1世代の(まだ新型が一般的にロールアウトされていない、テムジンやフェイ=イェン、ライデン、バル=バス=バウを除いて)VRを選択するパイロットはいない。それが性能的に格段に劣るベルグドルであればなおさらだ(アファームドに関しては、R型としてrn社から正式にリリースがされている)。
 しかし、そのベルグドルのショルダーポッドに描かれていたものは、オペレーションムーンゲートに於いてムーンゲートに突入し、生還出来た者だけに与えられるマーキングだ。
 かつて、史上最強とも言われた3人のベルグドル遣いがいた。その内の二人は月面基地に於いて仲間を突入させる為に自ら足止めとなり、一人はムーンゲート、ニルヴァーナへの突入に成功し、無人自動防衛機構「Z−GRAD」を破壊した。
 三人のパイロットのコードはJ−9、RE、そして……
「あれが、伝説の『DOI−2』か……」
 スペイスは全身に鳥肌が立つような感覚に襲われた。
 伝説を築いたパイロット二人を相手に、自分がどこまで戦えるのか……
 レバーを握り直し、自分の意識をストライカーに同調させる。
「あんたらまとめて倒せば、俺は今まで以上にMeisterに認めてもらうことが出来る。
 そして、俺の今の任務はあんたらを倒すことだ!!」
 まず成一に向かって左ハーフグレネードランチャーを展開し、DOI−2へはすぐさま斜め前ダッシュからスライディングファニーランチャーへ。硬直など感じさせない、スピーディーな攻撃で、二人を翻弄する。
「そう来ないとさ、俺達も戦い甲斐がないよ!!」
 成一はその後を追うようにしゃがみナパームから前ダッシュし、なんとしても距離を詰めようとする。DOI−2もナパームで相手をあぶり出し、なんとか成一得意のフィールドを展開するのに必死だ。
 だが、二人には悲壮感というものは感じられない。「より強い相手と戦いたい」成一はもちろん、DOI−2もいつの間にか忘れてしまっていたパイロットの本能が目覚め始めていた。


 一足先に交戦状態に入った藤崎と優輝。相手−佐藤敬次郎−のサイファーは変形やSLCこそしないものの、中距離からのダガーや高出力のビームソードで二機に確実にダメージを与えている。
 藤崎は未だにグランディングラムを発動出来ずにいたせいか、どことなくいらつきを感じていた。
「一発は当てへんと気が済まんわ……」
 装備しているバーニアのお陰と変形機構を外して装甲を高めている為、彼のサイファーはテムジン最大の攻撃である前ダッシュライフルもあまり有効ではない。それ以外の攻撃は優輝のリングレーザーが意外にも相殺能力を発揮しているが、やはり決定打にはならない。
「うわぁっ!!」
 優輝のバル=バス=バウがサイファーのフォースレーザー(しゃがみCW)の攻撃を受け、大きく転倒した。それをサイファーが見逃すはずがなく、空中ダッシュ近接へと移行しようとした。
「ここや!!」
 藤崎はウェポンゲージがリロードされているのを確認すると、サイファーに合わせて自らもジャンプした。
「これで終わりだ!!」
「お前がな!!」
 ここで敬二郎は初めて、藤崎のテムジンが迫っていることに気がついた。
 しかも、相手はグランディングラムが発動している。自分自身も既に空中ダッシュ近接の体勢になっている為、当然キャンセルは出来ない。
「もらったぁっ!!!」
 藤崎渾身のグランディングラムがサイファーに命中!! 敬次郎のサイファーはバーニアをフル出力で稼働させていたため、ヒットした左側の背面ノズルとテールノズル、肩部の小型ブースター3つのうち2つをその攻撃で誘爆させ、自らが甚大なダメージを受けてしまった。
「ぐぁっ!!」
 アスファルトに叩きつけられたサイファー。先程の爆発でVアーマーは限りなく0に近い状態にまで削られている。
「ごめん、助かった」
 優輝もなんとか体勢を立て直す。
「礼ならいらんぞ。とりあえず、撃破されんようにな」
「判ってるよ!!」
 優輝のバル=バス=バウは、トリッキーな機体自身の特性はもちろん、彼だけが使えるいくつかの特殊な攻撃がある。起き上がりにあわせて展開したマインもその一つだ。
 ワイプでアイコンタクトし、再度散開する二機。サイファーに接近したのは優輝の方だ。
「まだ…これで終わりだと思うなよ!!」
 敬次郎のサイファーがビームソードを展開。バル=バス=バウに斬りかかる。
 だが、優輝はソードの有効範囲ぎりぎりの所で急激にターンしてみせた。敬次郎もすぐさま機体を旋回させる。
「マイン!?」
 バル=バス=バウの姿はもうなく、代わりに眼前に迫っていたのは数発のマインだった。そのマインがまぶしい光と共に爆発する。
「くそっ! 目くらましか!」
 そう、これは彼だけが使える発光弾だ。しかし、その効力はそれだけではない。
「なっ……!? 幻覚か!?」
 発光によって白くなったモニターに、いくつものVRの姿が浮かんでは消える。それはバル=バス=バウだけでなく、テムジンの姿もあった。
「おのれ! まやかしなんか使いやがって!!」
 敬次郎は正面にダガーを発射させた。浮かび上がる姿に命中するものの、当たった瞬間にそのVRは揺らぐように姿を消す。すぐさま、テムジンの姿が眼前に現れた。
「どりゃぁっ!!」
 ビームソードを展開して、テムジンに斬りかかる。対するテムジンも左手でパンチを繰り出してくる……
「素手!? ソードじゃないのか!?」
 その程度ならクイックステップで回避出来ると思った敬次郎は、近接攻撃をキャンセルし、左方向(相手の右方向)にクイックステップした。
 そして、クイックステップした自分の機体に迫ってきたものは、テムジンの左手から放たれたファイヤーフレーム!!
 流石の敬次郎もそれには一瞬たじろぎ、眼前のテムジンから離れるようにダッシュで距離を取った。硬直を狙いレーザーを発射したが、テムジンはそれをジャンプで回避。
 発光弾の光がここでなくなり、敬次郎は全てを理解した。
 自分にファイヤーフレームで攻撃してきたのは、テムジンではなくバル=バス=バウであり、本当のテムジンは先程のグランディングラムの影響で攻撃が出来ず、距離を取ってリロード体勢を取っていた。
「随分と楽しいことしてくれるな」
 バル=バス=バウへオープンラジオで通信が入った。相手はもちろん、敬次郎のサイファーだ。
「お気に召したかな? 普通ならあそこで食らってくれるはずなんだけどね。でもまぁ、そのくらいじゃないと僕もやる気にならないよ」
「おいおい、いつもやる気でいて欲しいんやけどなぁ」
 藤崎のテムジンもこの会話に加わってくる。
 3機とも、決して無傷ではない。だが、決定打に欠けているというのも確かだ。
「ほんならやろか? そろそろ決着つけようや」
「望むところだ」
 テムジンとサイファーが向かい合い、少し離れた所にバル=バス=バウが控える。
「吠え面かくなや!!」
「その台詞、そっくりそのままお返しするぜ!!」


「竜崎さん!」
 ゼラ=アシュタリオの操るサイファーから繰り出されたダガーが千羽矢のフェイ=イェンにヒット。この時点でフェイ=イェンのハイパーモードが発動した。
 ハイパーモードが発動したことは決して悪いことではないが、逆にそれはフェイ=イェンのシールドゲージが半分を切っていることを意味している。
 一方のクレイスも、ゼラのサイファーの機動力に翻弄されつつあり、思ったように支援攻撃が出来ないでいる。
『ちぃ、少し変われ』
 デュオが千羽矢に語りかける。
「でも……」
 派手に転倒した機体をようやく起こした千羽矢だが、既に息が上がっている。
『ものの10秒くらいでいい。あいつの装甲が薄いのは機動力から見ても明らかだ。俺がなんとか一発当ててやる』
「……判った。本当はあまりデュオのお世話にはなりたくなかったけど……」
『ば〜か。戦争は勝たないと意味がないんだぞ。あの兄ちゃんには注意をこっちに向けないようにさせろ』
「囮になれってこと?」
『そういうこった』
 千羽矢は小さく笑った。
「クレイス、聞こえる?」
「感度良好、ばっちり聞こえますよ」
「悪いんだけど、しばらく引きつけておいてくれない?」
「秘策あり、ですか?」
「まぁ、そんなところね。イチバチだから、うまく行かなかったらごめんね」
『あ! ちぃ! 俺の腕を信用してないな!?』
「とりあえず、一発は当ててみせるから」
 デュオの叫びを無視して、千羽矢はクレイスと話を進める。
「了解。善処するけどけりはなるべく早く付けてくれよ」
 距離がやや離れていたクレイスのストライカーだったが、前ダッシュで一気に距離を詰め、しゃがみスライド状態からファニーランチャーを発射。サイファーの注意をこちらに引きつけた。
 サイファーの方もその作戦にまんまと乗る形になり、今度はストライカーに一発ソードを当ててやろうと、向こうから距離を詰めてくる。
 2機の応酬を見ながら、千羽矢は意識を集中させる。やがてふわぁっとした感覚に襲われ、自分の意識が身体にない、すなわちデュオと入れ替わったことを悟った。
「おー、派手にやってるなぁ」
『ちょっとデュオ、あんまり悠長にしてないでよ』
「わーってらい。とりあえず、あいつらにはロック圏内に入ってもらわないとな」
 ててて…と機体を動かし、常にサイファーの背後に入るようなポジションを取る。それをクレイスがモニターで確認し、僅かに距離を詰める。
「自分から近づいてきたか……!」
 ストライカーの最大ダブルロックオン距離は99.9。対するサイファーは79.9が最大距離だ。サイファーの方が近接を当てるには距離を詰めなければならないが、ビームソードのリーチが圧倒的にストライカーのコンバットナイフより長い。
 従って、サイファーの方が近接において「外す」確率が低いのだ。
 相手が近づいてきたのをいいことに、自らもストライカーとの距離を詰める。
 そして、クレイスもここでショットを決めてしまってはせっかくの作戦がダメになってしまうと考え、久しぶりにコンバットナイフを抜いた。
 だが、あくまでこの行動は千羽矢(正確にはデュオ)の作戦の為だ。正直言って、近接を当てようという気は全くない。
 2機の距離が一気に縮んだ。その間隔、69.5。サイファーのダブルロックオン圏内。
「食らえ!!」
 ゼラがソードを展開し、クレイスに斬りかかる。
 しかし、クレイスはそれをクイックステップで回避した。そして……
「さっきの借りは返すぜ!!」
 目の前に飛び込んできたのは金色のオーラを発しているフェイ=イェン。サイファーよりさらに長いロックオン圏内を利用し、ソードを繰り出してくる。
「な…っ! いつの間に……!!」
 とっさのことで身体がすぐに反応出来ない。そうしている間にも、フェイ=イェンのソードが迫る。
 左! 一歩踏み込んで右!!
 ただでさえ薄い装甲をさらに薄くしているゼラのサイファーは、その攻撃に耐えることが出来ず転倒し、一気にシールドゲージを減らされることになる。
「ついでに利子も返すぜ!!」
 止めとばかりに追い打ちも入れ、今度はその距離を離す。
「ほい、任務完了」
 急激に重力に引き戻されるような間隔に襲われ、千羽矢は自分の意識が戻ったことを実感した。
「竜崎さん、いつの間にそんな芸当を……」
「おほほほ。たまたまうまく行っただけよ」
『これが俺の実力だっつーの』
 千羽矢が距離を取った地点にクレイスも機体を寄せる。
「ここまで苦戦することになるとは思わなかったけど……」
「なーに言ってんの。これから先のことを考えたら、この程度で苦戦なんて言ってらんないわよ。
 尚貴ちゃん! 相手の残りゲージ判る?」
『ん〜、大体40%位かな。でもこの間のスペシネフみたいな事があるから気をつけて』
「ありがと。
 んじゃ、そろそろフィニッシュ行くわよ!」
「了解!」


 宿命の姉妹機対決となった神宮寺・蒼我組。2:1という戦力ながら、一進一退の攻防が続いていた。
 プレートディフェンダー(LTCW)を盾に、エンジェランから縦横無尽にしゃがみのダイヤモンドダストレーザー(LTRW)が展開される。
 対するpolcheは自らハイパーモードを発動させた。これがO.D.A.フェイ=イェンの強さの一つであり、ことフェイ=イェンパイロットは回避行動に長けた者が多く、それ以降の被弾というものが全くなかった為、加えてハイパーモードでVアーマーが100%回復することもあり、多くのパイロットがこれを撃破出来ずにいた。
 しかし、それでも決してBlau Stellarが不利という訳でもない。初めてのタッグの割に、深夜と蒼我のコンビネーションは良く、それぞれの機体の選択もあって、視聴率は鰻登りに上がっている。
「行けっ!!」
 フェイ=イェンが空中からのソードハート(RTLW)をエンジェランに向けて発射した。
 しかし、それはスペシネフから展開されたダブルボール(WTCWキャンセルからのRTLW)によってエンジェランに届く前に消滅した。
「総、おいで!!」
 その隙に深夜はフェイ=イェンとの距離を離し、障害物を挟んでブレス龍を召還。たたみかけるようにしゃがみのアイスピラーを発生させ、フェイ=イェンの動きを制限させる。
 流石のpolcheもそう簡単に攻撃を食らわない。アイスピラーの軌道を読んで、ハートビームをわざと障害物にぶつけ爆風を起こし、その爆風でアイスピラーを相殺させた。当然召還されたブレス龍は自ら爆風に入ることで追い返している。
 爆風と粉々に砕け散ったアイスピラーのかけらが視界をふさぐ。すぐさま蒼我が2段ジャンプからクロスライフルを発射した。爆風から抜け出したフェイ=イェンがジャンプ中のスペシネフを確認すると、それをソードウェーブ(LTLW)で迎撃する。
 3機とも機動力を売りとしている機体だけあり、一瞬のミスが大ダメージにつながる。それだけに、如何に相手の隙、硬直を狙うかが鍵となっている。
 深夜は自分と蒼我の残りシールド、そしてキャリアーから送られてくる相手の推定残りシールドのゲージを確認し、すぐさま回線をつないだ。
「そろそろ行くよ」
「……了解」
 今まで一定の間隔を保っていたスペシネフとエンジェランが、フェイ=イェンを挟むように距離を開いた。エンジェランはそのまま高高度にジャンプし、スペシネフがフェイ=イェンの死角に入るようにダッシュする。
「どっちだ!?」
 polcheは一瞬判断を迷ったが、これまでのケースからエンジェランに対してロックを開始した。スペシネフは完全に死角となった。
 蒼我の狙い目はこれだった。彼自身、相手の死角からのサイズを最も得意としている。この体勢はまさに彼の独壇場である。
 横から前にバーティカルターンし、狙いを違わずダッシュサイズ!!
「しまった!!」
 ほぼ背後から繰り出されたサイズだが、polcheはこれをかろうじて回避した。彼自身の回避センスと、蒼我より遙かに力を持つスペシネフとの対戦を繰り返してきた努力の賜物でしかない。
「この程度で陛下の真似なんてしないでもらいたいね」
 ダッシュ攻撃の硬直を狙おうとpolcheもターボハンドビームを繰り出すが、蒼我の姿はもうそこにはない。シールドボール(LTRW)のキャンセルから、既にその場を離れていた。
「今だ!!」
 珍しく蒼我が声を荒げた。その声に合わせるように、背後からエンジェランがダッシュに入る。
 polcheが最期に見たものは、氷をまとったエンジェランが自らに特攻する姿だった。

 炎上する機体と遠のく意識。彼は、自らの敗北をこの時初めて実感した。


「おがっちから通信が入った。神宮寺達が相手を撃破したらしい」
「先を越されたな」
「別にどうってことないよ。ここできっちり決めるからね!!」
 スペイスの操るストライカーの戦い方は、明らかに旧型のアファームドを彷彿とさせた。しかし、ストライカー特有の置きグレネードなども積極的に取り入れ、機体のポテンシャルを十二分に引き出している。
 そのスタイルに流石の二人も翻弄されつつある。特に成一は自らのダブルロックオン圏内からのファニーランチャーを数回まともに食らっている。撃破されていないのが不思議なくらいだ。
 しかし、成一やDOI−2も決してやられっぱなしではない。特にDOI−2の支援は完璧で、成一は改めて、彼が伊達にOMG帰りのエースパイロットでないことを思い知らされた。
 成一のバトラーと向き合ったストライカーは、しゃがみグレネード弾を発射し、成一の視界を塞いだ後、距離を離して大きくジャンプした。空中でバーティカルターンを繰り返す。
 それを見た成一は明らかにライダーパンチ狙いと踏み、真っ正面からガードモーションに入る。
 バトラーとストライカーが向かい合い、ストライカーがダッシュ攻撃モーションに入った。その時初めて、DOI−2は相手の真意を知ることになる。
「避けろ!! ヤツの狙いはライダーじゃない!!」
「え!?」
 それは成一の予想に反し、グレネードランチャーからの攻撃だった。
 ストライカーにはバトラーのライダーキックのように、ライダーパンチを使用することが出来る。しかし、それはセンターウェポンのゲージが最大までリロードされている時のみで、ストライカー遣いにとっては、あえてこの特攻攻撃を使わないことに意味がある。
 ゲージが94.5%以上99.9%以下の時に使用出来る前ダッシュグレネードランチャー。スペイスはその攻撃に全身全霊を懸けたのだ。
 しかし、成一は避けようとしない。
「あのバカ! なにやって……」
 DOI−2は何とかしてその攻撃を相殺しようとしたが、いかんせん今まで距離を取って戦っていたせいでグレネードガンもナパームも届かない位置にいた。こんな時ほど自分の機体の鈍重さ(横移動に関してはどのVRよりも誇れるものであるが)を呪ったことはない。だが、今は少しでも近づかなければならないのだ。Vコンバーターの出力を最大まで上げ、前ダッシュで距離を詰める。
「まさか! 回避しないつもりか!?」
 流石のスペイスも成一の行動に面食らった。このまま当たってくれれば圧倒的に自分の有利な展開となる。しかし、本当にそれでいいのか?
 だが、成一はその場から動こうとしない。受け止めるつもりなのか? それとも……
「うぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
 トンファーを展開して発射された4弾全てを受け止めた! まともに爆発を食らい、当然の様にバトラーは大きく吹き飛び転倒した。
「飯田!!」
 DOI−2が叫ぶ。ようやく攻撃範囲内に入ったベルグドルは、前ダッシュでグレネードガンを発射。しかし、相手は既に硬直状態を抜け出していた。
 しばらく倒れたままだったバトラーは、上半身だけをまず起こし、片膝をついてようやく起き上がった。
 愉快だ。こんなに楽しいと思ったのはいつ以来だろう。一郎のバイパーと対戦した時か、それとも連勝記録のかかったあの試合以来か。
 ぼろぼろになったバトラーのコックピットで、成一は笑った。自分をここまで追いつめることの出来るパイロットがまだ存在したとは。
「まいったね。俺にこの技を使わせたのは二人目だよ。
 これは君への敬意だ。その目でしかと見るんだな!!」
 成一は改めてレバーを強く握りしめ、意識を集中させた。何かに吸い込まれるような間隔と、自分の身体が芯から熱を帯びてくるのが判る。

「成ちゃん! 無茶よ!」
 キャリアーの管制室で日向友紀が声をあげた。
 しかし、成一は止めようとしない。バトラーの残りVフィールドを示すゲージがみるみるうちに回復してくる。
 ゲージを回復させ、危機を脱したバトラーを見て、緒方は宣言した。
「勝ったな」

「どういうことだ!? 一体これは……」
 スペイスは驚愕した。フェイ=イェンはハイパー化するとVアーマーが100%回復するが、Vフィールドゲージを回復させるVRにはお目にかかったことがない。O.D.A.の管制から送られてくる情報は、これまでの常識を覆すに充分すぎるものであった。
 DOI−2もこれまで様々なパイロットに出会ってきたが、このような芸当をする人間は今まで存在しなかった。
−これが、親父が言っていた「VR戦闘の可能性」の一つなのか……
 かつて父親が口癖のように言っていた言葉が自然と頭をよぎる。
 Vアーマーはぼろぼろでスケルトンシステムもむき出しになっているが、これで成一のバトラーは完全稼働状態に限りなく近い。
「お前、それ一体どうやって……」
 流石のDOI−2も驚きを隠せない。
「ハイパー化の応用だよ。能力を上げる代わりにそのエネルギーをVフィールドに還元させるんだ。だからもう使えないよ」
 アファームド系に共通して搭載されている2段ジャンプからのハイパー化現象。フェイ=イェンのそれとは違い、1度の出撃で1回しか使用が出来ない。すなわち、キャリアーないしハンガーに於いてMSBSを一度リセットするまでは2度と使用することは不可能なのだ。
 成一は自らその現象をVフィールドの回復という形で進化させていたのだ。
「これで俺達に流れが向くね。俺一人でいいよ。あんたは見ているだけでいい」
 そう言うや否やナパームを投げてストライカーとの距離を詰めた。DOI−2は流石に何もしない訳には行かないので、とりあえず射程圏内からいつでも援護出来る体勢を取る。
 スペイスも諦めた訳ではない。幾ら相手のVフィールドが回復したとはいえ、Vアーマーまでは修復されていない。至近距離からであれば、確実にダメージは通るはずだ。弾幕をこれまで以上に厚く展開し、少しでも攻撃を当てようとする。
 そして、成一も相手の動きを察知し、今までの様に闇雲に突っ込むのではなく、あまり使わない竜巻やソニックリングで牽制し、その隙をついて自らの得意レンジへの侵入を試みる。
 成一にしては珍しい撃ち合いの後(誤解のないようにしておくが、成一は決して射撃戦が苦手ではなく「そういうことにエネルギーを回すなら殴る」のがポリシーなだけである)、スペイスの方からこの膠着状態を抜け出した。
 クリティカルエッジを抜いて、ダッシュ近接の体勢を取る。成一もすぐさまそれに反応し、トンファーを展開させた。
 全身全霊でこの攻撃に全てを賭ける。互いの意志と、勝利への執念がぶつかり合い、VRとして最高に美しい姿となる。
ぎぃぃぃぃぃん!!!
 成一のトンファーとスペイスのクリティカルエッジが交錯する。
ぼん!!
 まず成一がトンファーを振り抜いた体勢から片膝をつく。左側面に攻撃を受けたのか、そこから小さく爆炎を上げた。
 スペイスのストライカーは、クリティカルエッジを振り抜いた体勢のまま、立ちつくしている。
「外したか……!?」
 成一の受けた一撃は思った以上に機体にダメージを与え、すぐに立ち上がることが出来ない。
 この隙を見て、DOI−2がホーミングミサイルを発射。ミサイルはストライカーに向かってまっすぐの軌道を描き、着弾すると大きく炎上した。
「どうあがいても、やはりこれが力の差なのか……」
 スペイスは負けた。それでも、相手の奥の手を使わせるまでに追いつめたことを、非常に誇りに思った。
 爆風の中から発生した強い輝きは、何かに吸い込まれるかのように、急速にその輝きを失った。
「動けるか?」
「ちょっとならね。でもキャリアーまでは無理かも」
「回収艇を呼んだ。そう遅くならずに来るだろう」
 ベルグドルの肩を借り、バトラーがゆっくりと立ち上がる。
「出来れば、こんな形で戦いたくはなかったよ……」
 成一は、消え去った相手の強さを認め、出来ることならもう一度戦いたいと切に願った。


 早い! あまりにも早すぎる!!
 千羽矢とクレイスは、相手の動きに周し翻弄されつつも、なんとか食らいついているが、先程とは圧倒的にスピードが違う。
「どうしよう、このままだと……」
 ハイパー化したフェイ=イェンでも追いつけないサイファーのスピード。それは変形後に顕著に現れる。ストライカーのナパームの火柱すら、かいくぐるほど、機動力が上昇している。
「ほらほら!! どこ見てんだよ!!」
 モータースラッシャーから縦横無尽に動き回るゼラのサイファー。先程フェイ=イェンから致命的とも言える攻撃を受けたとは思えないほどの動きを見せる。
 だが、ゼラのサイファーはそれだけではない。変形を解除した後の近接攻撃も侮れなかった。加えてバルカンやホーミングビームに還元されるエネルギーの50%をダガーやソードに回し、通常のサイファーに比べ、近接攻撃がより強力になっている。バルカンはあくまでもダガーや近接を当てる布石に過ぎず、それは限りなく飯田成一の戦い方に近いと言えるのだ。
 クレイスは自分の機動力で少しでもサイファーに追いつき、その動きを封じることで、現在ハイパー化しているフェイ=イェンの高い攻撃力で止めを刺すことを考えていた。
 それには、再度自身が囮となるしかない。
 クレイスはVコンバーターの出力を臨界点まで上昇させると、ナパームの爆炎を壁にサイファーとの距離を詰めた。
「またやろうってのかい? さっきの手はもう食わないぜ!!」
 ゼラもモータースラッシャーを解除し、ソードを展開させてクレイスと対峙する。
「でやっ!!」
「おりゃぁっ!!」
 ソードとクリティカルエッジが火花を散らす。
 千羽矢も大きく距離を取った後、一気にその間隔を詰めた。クレイスの作戦通りに行くのであれば、ここで相手はダッシュ近接を回避するはずだというのだ。
「イチバチか、今度もやってみるしかないって訳ね」
 ソードを振りかざし、ダッシュ近接に移行する。
「いっけぇぇぇぇ!!」
 フェイ=イェン特有の妖精の粉ピクシーダストピクシーダストピクシーダストの様な光の残像を残し、千羽矢がサイファーに向かっていく。
「来たな!!」
 ゼラはストライカーを押しやると、絶妙のタイミングでジャンプ、ダッシュ近接を回避した。
「これで…終わりだ!!」
 そのまま千羽矢にロックオンし、ジャンプレーザーを放つ……
「何!?」
 ゼラはその光景に目を疑った。さっきまで自分と鍔迫り合いを展開していたストライカーが、もうレーザーの着弾点に到達していたのだ。いくら距離がそれほどないとは言え、押しやられた時の硬直があったはずだ。
 そして、レーザーはフェイ=イェンではなく、ストライカーを射抜いた。
「クレイス!!」
 既にゲージが僅かしか残っていなかったクレイスのストライカーは、爆炎を上げて行動不能となる。
「こいつ……!!」
 ハイパーモードで既に金色のオーラをまとっているフェイ=イェンが、さらに強い光を発した。
「これでも食らえ!!」
 千羽矢のフェイ=イェンはサイファーより高く上空に舞い上がり、ビームイラディエイターから高エネルギーを凝縮したハートビームをサイファーに向けて撃ち込んだ。
 そのハートビームは先の戦いで真理子・Kが発射した物を遙かに上回る大きさで、あたかもサイファーを飲み込もうとしている。
「くそ…… 回避出来……」
 O.D.A.で採用されているOSは、Blau Stellarで現在採用されているMSBS5.01や、一部ゲームセンターでテスト使用も兼ねて導入されている(近いうちにBlau Stellarにも正式導入される)5.2とは違い、それらを基に作られたMSBS5.4を搭載している。
 一体何が違うのか。
 それはサイファーの武器の一つとも言える「漕ぎ」が使用出来ないのだ。現役のサイファーパイロット(もちろんバイパーパイロットも)は、ジャンプ攻撃や空中ダッシュ攻撃の後に「漕ぐ」ことで、攻撃後の硬直を回避し、より安全に着地することを戦術に取り入れている。
 しかし、O.D.A.で採用されているバージョン5.4は一部の能力を上昇させることで、今まで使用出来た特殊移動などが使用出来なくなっている(エンジェランがかろうじて使用出来る程度だ)。
 ゼラは皮肉にも、その事を今まで忘れていたのだ。
「ちくしょう!! こんな所で負けた……」
 彼の叫びは虚しく、千羽矢の放ったハートビームに飲み込まれ、爆発する間もなく、サイファーはこの空間から消滅した。
『ちぃ、良くやったな』
「そんなことよりクレイスが!!」
 既に千羽矢のフェイ=イェンもいつ稼働不能になるか判らない状態だ。周りに敵機がいないことを確認すると、まずは着地して動かなくなったストライカーの元へ歩み寄る。
「クレイス! 大丈夫!?」
 先程まで微動だにしなかったストライカーは、ごろりと仰向け状態になり、僅かに稼働出来ることを僚機に知らせた。
「助かった。あそこで決めてくれなかったら俺達全滅だった」
「バカねぇ! それはこっちの台詞だわ!! お願いだからあんなバカなコトしないでよ!!」
 自力で起き上がれないストライカーをフェイ=イェンが抱き起こす。
「心配した?」
「当たり前でしょう!? 仲間なのよ!?」
 その言葉にクレイスは苦笑いを浮かべた。
「あとは? 誰が……」
 恐らく、まだ誰が戦っているのかを知りたかったのだろう。
『ROD君と泉水君がまだだ。やっかいだな。装甲がテムジン並にあるだけにね』
 状況を把握出来ない千羽矢に変わり、尚貴のインカムが届く。
『それと成一さん達が呼んだ回収艇をそっちにも寄るようにさせておいたから』
「さっすが、旦那様
『当然でしょ』
 クレイスはこのやりとりに対しても、苦笑いを浮かべるのだった。


 テムジンも、バル=バス=バウも、そしてサイファーも、大きな攻撃を一発食らったらすぐさま頓挫するくらいの状態にまで削りあっていた。
 グランディングラムをまともに食らった後も、サイファーは予備ブースターを使い、なんとか機動力を確保していた。
 それはあとの2機も同じで、完全稼働状態と違わぬ動きを見せていることを、むしろ不思議に思っているくらいだ。
「せめて、レーザーが一発当てられれば……」
 今だ動きの衰えのないサイファーの機動力。テムジンのボムの爆風さえも回避する。藤崎は優輝の援護を受けながら、何とかここまで戦ってきた。
 先程の幻惑作戦が功を奏したものの、その後の攻撃につながらず、優輝の方も軽く焦りを感じている。
 ふと、その時オープンラジオで通信が入った。
「おとなしく降伏しろ。今なら、陛下やMeister Oもお許し下さるだろう。地球の未来を作り直す為に……」
 それは敬次郎からの降伏勧告であった。
 二人はびっくりした。今までの流れから言えば、お互いに戦闘不能になるまで戦うのが常であったし、かくいう他の六人も既に相手を撃破している。
 藤崎はその言葉に面食らい、一瞬戸惑った後、コックピットがぶるぶる震えるくらいの声で大笑いした。
「な…何がおかしい!」
「あのなぁ、俺達が今、戦争してるのは判ってるか?」
 今度は藤崎の方から問いかけた。今度は敬次郎が戸惑った。
「俺達が賭けているのは、まさに地球圏の存続だ。俺達が負ければ、この地球圏はお前達の物となり、地球圏に住む人類もどうなるか俺達の知ったこっちゃない。
 せやけどな、俺はこの地球が好きで、今こうしてこの場所に生きている。家族や仲間、それにつながるたくさんの人を護る為に、俺は今戦ってんねや。
 そう安々と、仲間を裏切るなんて、出来ると思うとんのか!!」
 藤崎は今まで以上の気迫でサイファーに向かっていき、そのまま前ダッシュライフルを放った。
 敬次郎の方も横から前のバーティカルターンでこれを回避。生き残っている右側面部と予備のバーニアを全開させ、高高度にジャンプした。
「それなら、お前達を倒し、その残骸を陛下の手みやげにしてやる!!」
 ランチャーの発射口に光が集まり、ライデンのスパイラルと見まごうレーザーが発射された。
「まかせて!!」
 優輝がレーザーに向かってスプリングレーザーを撃ち込んだ。しかし……
「うそ! 相殺出来ない!!」
 互いの攻撃が干渉されず、すり抜けるようにすれ違った。
「しゃぁないな!」
 藤崎が狙いを上空のサイファーに定め、ランチャー状態をフェイズ2・ラジカル・ザッパーへと展開する。
 今現在、ランチャーの可変攻撃は、後にリリースされる新型テムジンで正式採用され、藤崎が使用しているのはあくまで「試用タイプ」でしかない。それ故に、攻撃状態も不安定なので、今まで使用を封じてきた。
 しかし、今のこの状態では二機とも撃破されかねない。一か八か、今はやるしかない。
「どりゃぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
 ランチャーのソード部分が解放され、むき出しになったVクリスタルから膨大なエネルギーが帯状となり、サイファーめがけて一直線に飛んでいった。
 互いのレーザーは上空でぶつかり合い、接触面が中和されようとしている。
「俺は勝つんだ! 勝って俺の力を認めてもらうんだ! 陛下に少しでも近づく為にも!!」
 サイファーを包み込むようなオーラが周囲に発生した。レーザーの出力が僅かに上がる。
「この野郎……!」
 じりっと後ろに押されるような感覚があった。踏みしめているアスファルトに踵が食い込む。
「ちきしょう! こんな様で、やられてたまるか……!!」

「ROD!!」
「あほんだら!! おめおめとやられて帰ってこれると思うな!!」

「…………!!」
 地上にいる菊地哲と瀧川一郎の叫びが届いたのか、藤崎は今までとは違う「何か」を自分の心に感じていた。
「そうや。俺は天才テムジン遣い、藤崎賢一様や!!!」
 テムジンの足下から砂埃が舞い上がった。その埃は嵐となり、テムジンは青白い光に包まれた。
「うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
 クリスタルが目を開けていられない程の光を放つ。それは同時に、テムジンにさらなる力を与えることになった。
「これで…終わりだぁぁぁっっっ!!」
 相手を押しやるように、渾身の力を込める。負けじとサイファーも全てのエネルギーをレーザーに注ぎ込んだ。
 少しずつ、少しずつ、保たれていた均衡が崩れ始める。サイファーとテムジンが、それぞれの威信を懸ける。
「うわぁっ!!」
 優輝のバル=バス=バウが転倒した。テムジンから信じられない程のエネルギーが発生し、強風を巻き起こす。
「隊長!!」
 テムジンのレーザーがサイファーのレーザーを押し返す。その光は、サイファーのVコンバーターごとホーミングランチャーを貫いた。
「………………………」
 佐藤敬次郎と彼のサイファー「忍」は、ほんの少しの力の差でもって、敗北を期したのだ。
「間に合った……」
 その光景を目にし、テムジンはアスファルトにぼろぼろの身体を預けた。


 「Operation Alice」第2戦。初の撃破機体を出しながらも、Blau Stellarが勝利をものにした。



「やっぱり、あの程度のレベルじゃ彼らにはかなわないか……」
 小洒落たオープンエアーのカフェ。ノートパソコンで戦いの一部始終を見ながら、男は自分に納得させるようにつぶやいた。
「でもまぁ、悪いことだけじゃない。相手の切り札を出させるところまで追いつめたのなら、上出来だろう」
 同じテーブルで、別のノートを覗いていた男がそれに同調するかのように言う。
 この二人、端から見れば芸能人(もしくはアイドルパイロット)並の容姿の持ち主で、すれ違う婦女子達が遠巻きに彼らを指さしている。
 ヴォルフ・ベルナウアーとフランツ・ヴァルトハイム。「Furst」と「Sklave」の二つ名を持つ、O.D.A.、Dunkel Weltに所属する幹部の二人だ。
「確かによくやったとは思う。でも、相手はまだ底を見せていないはずだ」
「そうする前に叩くのが俺達の仕事だ。少しでも奥の手を使わせ、如何に攻略出来るか。ゲームと同じだよ」
 バンダナを巻いたセミロングの男(ちなみに、微妙なカラーの違いはあるが二人とも見事な金髪の持ち主だ)がノートをたたんで冷めかけたコーヒーをすする。
「ヴォルフらしくもない。ウービルトに乗っていた時のあの強気さはどこへ行ったんだ?」
 Furst−ヴォルフ・ベルナウアーも、すっかり冷めてしまった紅茶を口にした。
「あの時は、リタの件があったから……」
「俺達が生きていた時代から、どのくらい時が過ぎたのかは判らない。一つだけ言えることは、俺達は「Alice」に生かされている存在でしかないということだ」
「確かに、WAL(ヴァル)の言う通りだ。僕達は、自分自身の意志ではどうすることも出来ない。全てはAliceと、Meisterの意のままだ」
 FurstにWALと呼ばれた男、Sklave−フランツ・ヴァルトハイム−は、テーブルに置いたままのシガレットケースからタバコを一本取りだし、それを口にした。Furstが内ポケットからジッポーを取り出し、火をつけてやる。
「でも、どんなことがあっても、俺はヴォルフを護る。例えMeisterに逆らうことになっても……」
 SklaveFurstの目を見据えて力強く言った。
 Furstは冷めた紅茶を一気飲みすると、Sklaveに向かって、いつものようにこう言った。
「ばーか」


 キャリアー5505が本部に帰還した。
 今回は稼働不能機が1機、大破に限りなく近い中破が1機、通常の中破が2機、あとは中破と言うには大げさすぎるような破損状態で、前回に比べ、こちらが受けたダメージが大きいことを物語っている。
 特にクレイスのストライカーはVコンバーターがあわや全損というダメージで、MSBSの載せ換えも兼ねると当面は出撃は不能と診断された。
 パイロット達も疲労困憊で、皆コックピットから降り立つと、一様に休息用のシートに横たわり、本部到着まで一言の会話もない状態だった。クレイスに至ってはそのまま担架で集中治療室へと運ばれた(本人に外傷はなく、それなりに元気ではあったが)。
 千羽矢はハイパーモードにはなったものの、本人は元気だったので、本部到着後は一人で歩いてミーティングルームまで戻っていった。
 成一と藤崎は別途診察室へ移動し、残りはそれほどの疲労はなく、各人がそれぞれ集まっていった。
 まず部屋に入って千羽矢が見たものは、苦虫をかんでいる緒方と、いらいらしたような友紀、明らかに困っている香緒里。他の待機隊員もどうしていいのか判らないと言った表情だった。
「どうしたのよ一体!!」
 ルームに戻ってきた千羽矢の第一声だ。その声に反応するかのように、尚貴がそちらを向いた。
「あぁ、お帰りなさい」
「ただいま。一体どうしたって言うの?」
「それが大変なんだよ。あとこれ、電話」
 内ポケットから出された自分の電話を受け取り、千羽矢は尚貴から事情を聞いた。
「戻りました」
 深夜と蒼我、DOI−2、優輝も入ってくる。
「ROD達は?」
「あの二人は精密検査中だ。アドルーバは当面絶対安静だと」
 DOI−2がことの次第を話す。
「じゃぁ、この面子で揃ったところで話すよ。
 たった今、O.D.A.から通信が入った。次の対戦の場所とセッティング、そして対戦条件だ」
 スクリーンに先程届けられたメールの全文が映し出される。後から来た4人の顔色が変わった。
「これは……」
 そこに書かれていた内容は次のことだった。戦闘エリアはJPN、CHN、UAEに点在する各Blau Stellar支部所有のエアポート。対戦日は本日から1週間後。
 それだけならまだよかった。やっかいなのは対戦条件だった。
「1対1だと!? 明らかに殺すつもりだろう!!」
 あまり感情を露わにしないDOI−2でさえ、声を荒げたほどだ。
 2対1でやっと勝てる状態で、一体どうしろというのか。ルーム全体が重苦しい雰囲気に包まれる。
 しばし沈黙の時間が続いた。聞こえてくるのは時計の秒針と、時折流れる館内放送のみ。
「おがっち」
 やおら、尚貴が立ち上がった。右手を吊っている白い三角巾が、紫色の制服に映えてやはり痛々しい。
「俺に…行かせてくれ……」
 その言葉を聞いて千羽矢と、友紀と、香緒里が立ち上がった。
「何言ってんのよ! 腕の怪我も治ってないのよ!?」
「友紀さんの言う通りだわ。それに、相手との力の差は、貴方が一番判っているはずよ」
 二人の説得を、緒方は黙って聞いていた。
「俺ならまだつぶしが利くし、この怪我なら大したことはない。あと1週間なら確定で完治出来る。
 お願いだ、おがっち。俺に出撃命令を出してくれ!!」
 緒方が大きく息を吐くと、座っていた椅子をぐるんと一回転させ、立ち上がった。
「あの時の勝利は哲によるもので、自分のものではない。そう言いたいのか?」
 先のスペシネフ戦は、哲の機転が功を奏したもので、自分自身の力で勝ち取ったものではないと? 緒方が言いたいことはそういうことだった。
「それももちろんあるさ。哲さんがいなければ、俺は負けていたと思う。でも……」
「もし、この先をやって行くには、そのくらいの覚悟も必要……ってことだろ?」
 驚いた。さすが伊達に司令官はやっていないってことか。
 緒方の発言に対し、尚貴は静かに頷いた。
「……………」
 緒方はしばらく考えた後、こう決断を下した。
「次の検査は?」
「明後日だけど……」
「判った。俺もついて行こう。それで完治の結果が出れば、正式にお前に出撃命令を出す。
 念の為言っておくが、『完治したら』だぞ」
「……了解……」
 条件付きとはいえ、初めての単独出撃の内定をもらい、尚貴の心は三人の心配を余所に高揚としていた。
「さて、残りの二人だけど……」
「俺が出ます」
 立ち上がり、立候補したのは水無月淳。先の戦いでは、フェイ=イェンの特大ハートビームを体当たりで受け止めるという、半ば捨て身技をやってのけた彼。
「理由は、同じと考えていいか?」
「はい」
「じゃぁ、お前も次の検査の結果待ちな。病人に出られても、俺達の方が困る」
「判りました」
 流石に教え子の単機出撃が決まるとあり、DOI−2もやや心配げに淳の方を見た。淳もそれに気づいたのか、小さく、しかし力強くDOI−2に向かって頷いてみせた。
「せやったら、残りの枠は俺がもらうわ」
 瀧川一郎が高らかに宣言する。先の戦闘に於いて、唯一相手を取り逃がしたとして(最終的にはアリッサに譲ったのだが)、少々消化不良といった感があり、その分を今回で取り返そうというのだ。
「判った。一郎に関してはこれで決定にしよう。あとの二人は検査の結果次第と言うことで。
 それでは、今日は解散します」
 ドクターを伴い、足早に緒方はミーティングルームを立ち去った。
「やれやれね」
 千羽矢は自分の感情を包み隠さずにはいられなかった。
 −どうしてこう皆頑張りたがるのかしら?
 それが悪いとは言わないが、自分をもう少し大切に出来ないのかと、友紀や香緒里も含め、思うところなのだ。
 そう言っても、簡単に止めることも出来ないということも、充分判っているのだけれど。



「恋、今日もまた「いなくなった」な」
 薄暗がりの部屋のベッドの上で、Kavalier Sは隣で横になるKönigin Rに語りかけた。
「あン?」
「だから、今日も二人……」
「そのことか。別にどうってことあらへんわ。弱いから負けるんや。結局強いヤツが生き残る。どんな手を使ってもな」
 主の言うことは決して間違っていない。だが、そこまで非常に徹しきれない自分は、やはり彼女とは違うということなのだろうか。
「それに……」
 仰向けになってタバコを吸っていたKavalierの手からまだ火の残っているタバコをひったくり、そのままKöniginが吸い始めた。一吸いしただけで、すぐに灰皿で火をもみ消す。
「お前がいてくれるんなら、他に何もいらへんわ……」
 上から覆い被さるように、全身で抱きついた。
「そうだな。俺も、恋がいない世界なんか、死んだ方がマシだ」
 一度失って、初めてその存在の大きさに気がついた。だから、もう二度と無くしたくない。
 抱きついた身体を包み込むように、Kavalierは優しく、その背中に腕を回した。



 赤い目が四つ。
 あの子はそれでも目覚めない。
 赤い目がいくつ開けば、あの子は目覚めるのだろう……


ヤガ目のあとがき