翌朝、新聞もテレビのニュースも全て、限定戦争「Operation Alice」第1戦の勝利を大々的に報道した。
 街には各新聞社の号外が配信され、老いも若きも皆PDAを持って街頭スタンドに列を作り、テレビは全て予定を変更し、この戦いの様子を報道した。
 人々が期待していた「OMG以上のドラマチックな地球の物語」は、予想を反せず、いやそれ以上の内容で、いよいよ幕を開けたのである。


 彼らを乗せたキャリアーが、Blau StellarのJPN本部に到着した。
 トランスポーターに固定された、ぼろぼろのVR。手負いの戦士達。見るもの全てが人々を興奮させる要因となる。
「今回の戦闘について、コメントをお願いします!」
「少佐、追い詰められてからの起死回生の空中ダッシュ近接について一言!」
 ゴシップを巻き起こした芸能人並のレポーターの数。本部待機の隊員がガードに入っても、もみくちゃにされるほどのパニック振りに、またもやリリンは対処しなければならなかった。

『皆さん、お疲れ様でした。
 皆さんの戦い振り、しっかり拝見させていただきましたよ』
 明けた日の夕方、Meister Oとの会見の席。相変わらず向こうは姿を見せないが、昨夜の激戦は彼(?)もその目にしていたらしい。
『やはりミスリリンのご推薦だけありますね。やはり、あの程度では貴方達にとっては何の障害にもならない』
「あったりまえやろが! 俺らがあの程度でやられるとでも思うとんのか!?」
 一郎が啖呵を切る。彼は特に負傷はないが、ここには出席していない水無月淳、染谷洋和は外傷はないが当面の安静が言い渡され、高森尚貴はモータースラッシャーでの長時間戦闘によるGがもとで、右腕の骨にひびが入っていた。幸いマイクロウェーブによる治療のお陰と、彼女自身の異常とも言える回復力で、あと10日ほどで完治するという。
『それでは…… 次回の対戦は2週間後をセッティングします』
「その心配りは結構や!」
 声の主は藤崎賢一。少し離れた所に座っている飯田成一も、何か言ってやりたいといった表情をしている。
「次の相手は俺達や。怪我人の一郎たちと同じに思うとったら、俺ら8人でお前ら全滅させるで!!」
「そーよそーよ! なめてると痛い目見るわよ!!」
 竜崎千羽矢も藤崎に負けず劣らず言い返す。
 ノイズの向こうのMeister Oは、その様子に含み笑いをしているように見えた。いかんせん相手からの映像は殆どがノイズがかっていて、かろうじて人の形が確認出来るか出来ないかなので、その様子をうかがい知ることは難しい。
『判りました。それでは、次の対戦は5日後。場所はここです』
 画面が前回も使われたマップに切り替わる。ウォーターフロントにマークされたポイントが、南西の方向に移動する。それがズームアップされ、さらに画面が切り替わった。
『次回のポイントはここ、フラッテッドシティです』
 フラッテッドシティは、ウォーターフロントの一角で、旧世紀時代はこの一帯は大都市として繁栄した場所だった。そして、ここはOMG時代パイロットの適性を計る最初のポイントとして、バーチャル空間化された所でもあった。
『5日後の正午ちょうど、お待ち致しておりますよ……』
 ノイズが吸いこまれるかのように消え、そのあとには宇宙に浮かぶ月の姿が映し出されていた。
「くそったれが」
 藤崎はどうも自分達が甘く見られているような気がして、いまいち気分が悪い。そそくさと会見の席を立ち、他の隊員もその後について行った。



 表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
 限りなく電脳虚数空間に近い世界。
 先に出撃したあの3人は『戦闘において所在未確認、もしくは撃破』という扱いとして処理された。
 それを聞いた他の隊員は特に動揺することもなく、むしろ自分が出撃する時にはもっと多くの仲間が倒され、その後で自分が相手を倒し、名声を上げることを望んでいる。
 そして、この二人も……
「弓月が倒されたらしい」
「弓月…って、女王陛下が結構目にかけていたフェイ=イェンでしょ? やられたの?」
「とりあえずそういうことにはなっている。本当に倒されたのかは誰も知らないらしい」
 その言葉を聞くと、ボブカットの女性(端整な顔立ちで、中性的な感じすらする)は一瞬目を丸くさせたが、ころころと鈴を鳴らすように笑った。
「きっとそれは陛下の機嫌を損ねたからなんじゃないの?」
「さぁな」
 そばに居た男性(まだ少年の面影も残っているが)は煙草を一本取り出した。口に咥えようとして、その動きを止める。
「……って、お前の前で吸ったら殺されるんだっけ?」
「それは他の人のことでしょ。あんたは特別」
「そりゃありがたいことで」
 男性は煙草に火をつけ、女性に煙が行かないように座る向きを変えた。
「俺たちも陛下に拾ってもらったようなものだ。決してへまはしない。陛下の好意に報いる為にも」
「特にわたしはね。もちろん、わたし達をここまで育ててくれたMeister Oにも」
 男性は何も言わず、白く細い煙を吐き出した。
「ケイル、わたし達にはあの時の決着がまだ残っていることを忘れないでよね」
「あの時…… あぁ、あれね。さすがにあれだけはきっちり付けないとな」
 ケイルと呼ばれた男性は、内心いつの事を言っているのか不安だった。彼にとって、思い当たる節はいくつもあるからだ。
「非番の所、申し訳ありません」
 上層部付きの秘書官が二人に声をかける。
「緊急の会議が入りましたので、アーシス大尉、サーガ大尉にもご出席を願いたく……」
「場所は?」
「ポイントG−184です」
「了解。すぐに向かいます」
 秘書官は二人に一礼すると、その場を足早に立ち去った。
「じゃぁ、行きましょうか」
「そうだな」
 ケイルは少し長めに残った煙草をもみ消し、水を一口飲むと、先に歩いている女性を早足で追った。
 英=アーシスとケイル=サーガ。O.D.A.でもトップクラスのパイロット。英はストライカー、ケイルはバトラーに乗っている。
 二人はその時、自分の出撃を一瞬考えたが、彼らが地球の戦士と戦うのは、まだ先のことである。



 その日の夜、全体のミーティングの後、藤崎と成一は二人で部屋に残っていた。
 先の戦いのVTRを何度も確認する。
 しばらくすると、クレイス=アドルーバとDOI−2こと土居二郎が部屋を訪れた。
「あれ? 隊長、まだ残っていたんですか?」
「まぁな。お前らは?」
「俺達は次に向けての打ち合わせです。でも隊長たちが居るなら、都合がいいですね」
 どさっと音を立て、クレイスは自分のノートパソコンと資料を机の上に置いた。
「何? これ」
 藤崎が興味深げに資料を手に取る。
「俺が学生時代に論文として書いた戦術についてです」
「これはかなり使えそうだ。俺もざっと読んだが、机上論にとどまらない可能性を秘めている」
 あのDOI−2がここまで誉めるのは珍しい。
「あくまでもシミュレーターを通しての戦闘結果に過ぎないので、実戦を想定すると、様々なイレギュラーを盛り込まなければなりません。思いつく限りはありとあらゆるシチュエーションで考えていますけど、5%前後の確立で、予期せぬ事態が起こります」
「予期せぬ事態って?」
「予想がつかないから判らないんです。誰かが暴走したりとか、うっかり誰かが撃破されたりとか。
 戦いなんてのはそういうものでしょうけど」
 3人は片っ端から資料を読みふける。
「せやけどな、もしこれが一郎やったら『やってられっかー!』って事なるで。絶対」
 鬼のいぬま、という訳ではないが、仲間のことをこんな風にネタにして笑えるのも、彼らの信頼関係の証だろう。
「まだ予測の範疇に過ぎませんが、次回も恐らく前回のような流れになると思うんです」
 クレイスが端末を開き、簡単なCGを使ったシミュレーターを見せる。
「ただ、俺達だと1機による局地攻撃というのは難しいんですね。あれはサイファーだから出来る芸当のようなものです。
 しらみつぶしに叩き潰すか、実弾でまとめていくか。それこそ、誰かに救援頼みます?」
「どあほ!!」
「あいたっ!」
 藤崎がクレイスの発言に思いきり突っ込みを入れた。ゲンコツで殴られてはクレイスだって堪ったものではない。
「お前はいつからここにおんねん!? 不可能を可能にする。それが俺達CRAZE隊やろが!!」
「判ってますよ。でも現実問題として、これはショーとしてではなく、リアルな限定戦争なんです。もし、俺達が負けでもしたら、地球がなくなるかもしれないんですよ!?
 変な話、勝つ為にはなりふり構ってなんかいられませんよ」
 殴られた頭を撫でながら反論するクレイス。
 しかし、彼の言うことも最もである。この戦いはショーとしてではなく、地球の存亡を懸けた限定戦争なのだ。
「方法がない訳ではありません。
 藤崎隊長と飯田隊長、俺とDOI−2さんで物量で攻めると言うことは可能です」
 つまり、前回のように相手VRを一点に集めるようにし、ボムやナパーム、グレネードでの一点砲火を仕掛けると言うのだ。
「そういった攻撃しか出来ないのが、俺達の弱点ではあるんですけどね……」
 比較的、1対1でなら能力を充分に発揮出来る構成だけに、支援が機体出来ない今回は、さらに複雑な運用を強いられる。
「あとは泉水君のバル=バス=バウですね。俺自身経験のない機体だけに、どのように動かしていいか判らないんですよ」
 こればっかりは、さすがのDOI−2でも経験がなく、彼をどのような位置付けにするか、が今回の課題となった。
 今までの実績をさかのぼると、比較的大きな隊に所属していても、殆どが陽動などの単体任務が殆どであるという。それはバル=バス=バウという特殊な機体ゆえなのか、それとも……
「基本的に、飯田隊長の所は支援あってこその主力のようなものですからね。うちなら、俺とかDOI−2さんで多少の援護が出来ますけど……」
 成一が隊長を勤める陸戦隊のB班は、成一のバトラー、竜崎千羽矢のフェイ=イェン、蒼我恭一郎のスペシネフ、そして泉水優輝のバル=バス=バウという、個性的な機体で構成されている。藤崎が隊長のA班は藤崎のテムジン、神宮寺美夜のエンジェランに加え、クレイスのストライカー、DOI−2のベルグドルと、比較的バランスのとれた構成だ。それゆえに、成一の所は藤崎の所に比べ、単体での運用が非常に難しい。
「前回のトータル数は?」
「確か128ですよ。オフラインがそのうちの3機なので、オンラインは125です」
「125割る8で単純計算すると一人15機ちょい相手にすれば何とか……」
「ならないと思いますよ」
「そういう問題なのか?」
 クレイスとDOI−2からツープラトンで突っ込まれる藤崎である。
「ただ、オンラインのレベルがアレなんで、可能かも知れません。皆さんも見てたと思いますけど、モータースラッシャー形態のサイファーのバルカン1発で墜ちた。それを考えれば、よほど俺達がミスをしない限り、可能だと思います」
「数が増えたら?」
「その限りではありません」
「おがっちもおかしな組み合わせにしたよな」
「でもこれでやれなかったら、俺達はそれまでって事やろ。どんな状況にも柔軟に対応せなあかん。それにはこういった運用も考えられる。比較的楽に戦えるだろう序盤でそれを試すことで、おがっちは俺達を試しているのかもしれへんしな」
 藤崎の発言に、一同も納得する。
「残された時間も少ない。我々に出来ることを、出来うる限り想定するのが得策だろう」
 歴戦の英雄であるDOI−2も、クレイスの資料片手に思考の中にふけてゆく。
 結局、彼らは夜中まで話し合いを続け、最後は皆がその場で全員寝てしまっていた。



 再度、誰も知らない世界の奥深く。
 少年は、家族を養う為、戦いの世界に身を投じた。
 勝てば無条件で手に入る富と名声。幼い弟や妹、年老いた両親に負担をかけさせたくない。彼は家族の為なら、どんなことでもやってきた。
「俺の物になれ。そうすれば、お前の家族とやらの生活は保証する。
 こんなちゃちい所で戦いたくないやろ? 本当は、もっと強いヤツと戦いたいやろ?
 俺に0.1%とはいえ、ダメージを与えた人間は初めてやしな。俺が、世界にはもっと強いヤツが居るって事を教えてやるわ」
 少年の前に現れた人物の言うことは本当だった。翌日から、家族の銀行口座には莫大なキャッシュが振りこまれ、彼は連日世界のトップクラスのパイロットと気が済むまで戦うことが出来た。
「強くなれ。全てをなぎ倒せるくらい強く。
 俺は、弱いヤツは大嫌いだ」
 口癖のようにあの人は言った。
 あの人は強かった。あの時本当に僅かなダメージを入れられたのが奇跡としか言いようがないくらい。
 −強くなりたい。今よりも、もっと強く……
 家族の為に、それ以上にパイロットとしての自分の為に。そして、自分を見つけ、居場所を与えてくれたあの人の為に。
「polche曹長、陛下がお呼びです。至急お願いします」
 電話で呼び出された少年、polche(ポルチェ)は、寝転がっていたベッドから起きあがり、制服を着て部屋を出ていった。唯一Königin Rとの面会が許される場所へ赴く。
 エレベーターを何百メートルも下りた所に、彼女の部屋があった。無機質な金属製の扉の前に立つと、胸につけられたピンが光を感知し、エアー音と共に扉が開く。
「失礼します。polcheただいま到着しました」
「おぅ、入れや」
 部屋には既に到着していた人間が3人居た。
「これで全員やな」
 決して明るいとは言えない部屋。その場に居たのはpolcheを合わせて4人の隊員と、KöniginKavalier、後ろに控える4つの影。恐らく、Königinに仕える八部衆だろう。
 執務室、というには不自然に広い部屋だった。面会用に使われているような低いテーブルと二人がけのソファー。壁にはいくつかの間接照明が照らされ、その向こう側にあるのはベッドだろうか。彼女一人で居るには広すぎると思うが、Königinには常にKavalierがついている。それでも、二人で居るにも広すぎる部屋だった。
「ここに呼ばれたっちゅーことは、判ってるやろな?」
 Königinが意味ありげな言葉を投げかける。polcheは主の様を見て、小さくため息をついた。彼はいつものことだと判っているが、他の3人はどうだろうと思い、小さく視線をずらした。
 この場に呼ばれた3人−スペイス、ゼラ=アシュタリオ、佐藤敬次郎−も、そんな様子には見慣れているらしい。
 彼らと向かい合わせに置かれたソファーには、KöniginKavalierが座っていた。それもただ座っている訳ではなく、ソファーの中央に座っているKavalierのひざの上に、敢えてKöniginが座っているのだ。そのソファーが二人がけであるにもかかわらず。KöniginKavalierに腕を回し、Kavalierもまた、Königinの腰に腕を回している。
 いつもこんな感じなのだ。この二人が「そういう」関係にあることは周知の事実だし、それに対して文句を言うのはせいぜいDoktor Tくらいだ。文句を言うだけ野暮な訳だし、誰も彼女には敵わないのだ。
「次のバトル、お前らに出てもらう」
 誰も逆らうことが出来ない絶対の命令。Meisterが殆ど不在の今、彼女が全てを指揮している。全権を任されているJungfrauは滅多に姿を見せない。よって、Meisterの次に階級が高い人物であるKöniginが、いやいや代理を務めているのだ。
「詳しいことはメールで送ってある。目を通しておけ。
 無様な姿を晒すな。それだけや」
 その言葉に対し4人は一同に頭を下げ、一言も発せずに部屋を出た。
 彼らは、一応顔見知りではあった。特に親しくしている訳ではないが、O.D.A.では部隊の限定なく、様々な運用に駆り出される為、先の奇襲作戦でも、エリアは違えど同じプラントを攻撃する作戦に参加していた。
「まさかまた顔を合わせることになるとはな」
 最初に口を開いたのはスペイスだ。彼はFurstの指揮下にあるアファームド系をメインとした部隊に所属し、最前線での切りこみから後方支援まで、幅広く活躍するストライカー使いである。
「全くです。しかも……今回は特にこれといった作戦はなし。相手を撃破することだけに専念しろとの事です」
 polcheが歩きながらPDAを操作し、送られたメールを確認する。
「相手は?」
 聞いてきたのはゼラ=アシュタリオ。彼の操るサイファーはバイパーU以下の装甲だが、地上空中問わずO.D.A.内部ではトップクラスの回避力を誇り、ダガーと近接では常に上位を争う技術の持ち主だ。
 彼は、常に自分と近接で対等に渡り合える相手を求めている。
「機体は不明ですが、総数は8機と言うことです」
「いくら束になってかかって来たって、俺達に勝てるはずなんかないさ!」
 一人怪気炎を上げているのは佐藤敬次郎。彼もまた、polcheと並んでKöniginに見出された一人である。
 今回の作戦はどういった真意があるのか、作戦付きの士官が居ない。また、平均年齢も18歳という若さである。この戦いをステップに躍進して欲しいという願いなのか、それともこの世代特有の血気盛んさを利用してのことなのか。
「地上に見放された俺達に居場所を与えてくれたのはMeisterだ。
 俺は絶対、Meisterの期待に応えたい」
 スペイスは、かつてBlau Stellarでバトラーのパイロットを目指し、厳しい訓練を続けてきた。しかし、適性試験での模擬戦の際、相手パイロットのコックピット直撃の攻撃を受けてしまい、命はとりとめたものの、再起したのが奇跡とも言える怪我を負ってしまったのだ。当然試験には落ち、それでも彼のVR操縦センスはそれなりに認められ、ストライカーの正規パイロットとしてのBパイロットライセンスを交付された。
 だが、彼が目標としていたのはあくまでバトラーの正規パイロットであり、OMG時代は若くしてアファームドでの適性検査に合格したこともある彼にとって、ストライカーのポテンシャルは非常に物足りなさを感じていた。そして彼は、約半年ほどでBlau Stellarを自ら除籍してしまった。
 ゲームセンターでただただ己の能力を持て余していた時、彼に声をかけたのがO.D.A.のスカウト担当だった。前線でも後方でも自在に戦うことの出来る彼のオールラウンドな戦い方を、O.D.A.は高く評価したのである。そして彼は、これまで苦汁を飲まされつづけていたテムジンやバトラー相手に一歩も引かない、いやそれ以上の戦いを見せ、士官候補としてO.D.A.に迎え入れられたのである。
 スペイスにとって、Meisterは自分の恩人である以上に、大きな存在なのである。その恩義に報いるのは当然であると、彼は考えているのだ。
 そして、ゼラ=アシュタリオはかつてPパイロットとして地上で戦っていた。しかし、いくら試合に出ても、心の奥底にある心のくすぶりが消えることがなかった。じれったく、もどかしい日々が続く中、彼は興味本位で裏V・P・Bとして有名な『パンクラチオン』への出場を決意した。
 『パンクラチオン』は勝つことだけが生き残る唯一の名誉であり、それにはどんな手段をもってしてもただ勝つことだけがこの世界では絶対だった。
 ゼラはこの世界に自分の居場所を見つけた。そして、彼は後に自分の上官となるTEMJIN THE KNIGHTと戦うことになる。
「俺もさ。俺だってKavalierが居なかったら今の俺は居ない。絶対に俺はKavalierを裏切ったりしない」
 今回の作戦にゼラが抜擢されたのは、彼が命令行動を好まず、単機での戦闘を行いたがるからなのだが、本人は知るよしもない。
 そして、佐藤敬次郎は彼の持つサイファーの能力を買われて、O.D.A.へスカウトされた。もちろん、それには彼自身のポテンシャルの高さも充分評価されている。
 しかも、彼のサイファー「忍」は、ビジュアルを重視した限定戦争に非常に適している。変形こそ出来ないものの、機動力を強化する為に強力な内蔵型ブースターを装備し、かつテムジンより少々弱い程度までVアーマーを強化している。お陰でサイファーの攻撃の華とも言える空中ダッシュ近接は、通常の倍以上の威力を持ち、その攻撃はドルドレイすら沈黙させると言う。
 その派手な能力に目をつけたのがKöniginだった。彼女は本当にいいと思った者しか自分に周りに寄らせない。polcheも彼も、これまでの活躍ではなく、彼ら自身のもつ能力、将来性を認められ、Königinの寵愛を受けてきたのだ。
「俺は自分の為に戦うだけだ。でも、俺が勝つことで陛下が喜んでくれるなら、俺はこの体が消えてなくなるまで勝ちつづける!」
 子供の頃にいじめに合い、人を信じることが出来なくなった敬次郎に、再び人を信じることを教えてくれたのがKöniginなのだ。
『全てを信じろとは言わへん。俺だけを信じろ。お前自信を信じろ。お前が強くなりつづける限り、俺はお前を裏切ったりせん。
 強くなれ。全てを倒せるほどに強く。お前なら、いつか俺を超えることが出来るはずや』
 だからこそ、彼らは自らが強くなることに異常なまでに固執する。強くなれば、裏切られることも、捨てられることもない。自分の望む物が手に入る。
 それはO.D.A.に身を寄せる全ての者が思っていることだった。
「俺達は基本的にライバルだと思っている。だけど今は違う。お互いが勝つことが、全ての勝利へと繋がる」
「だからこそ、今はお互いに協力しあえる所はしなけらばならない。僕はそう思います」
 何も言わないが、ゼラも敬次郎もスペイスとpolcheの言葉に力強くうなずく。
「俺達に課せられた使命は『勝利』のみだ」
 互いに目を合わせ、彼らは自分の部屋へと帰って行った。



 O.D.A.との次の戦闘が明後日に迫っていた。全員がルームに集められ、完成が間近のマインドシフトバトルシステムのニューバージョンについてと、一部現行機体のバージョンアップに関する説明を受けていた。
 それ以上に彼らが興味を持ったのが、XBV−819−TR/TM/TS・バルシリーズである。
 これまでのBlau Stellarでもごく僅かしか存在しなかったバル=バス=バウ。それをより細部で運用出来る様に改良されたのがバルシリーズだ。さらに特筆すべきは、VRで初めて「電脳虚数空間突入機構」の採用に成功したことだ。
 今までのVRであれば、虚数空間での耐性時間は60秒ほどだった。それがMSBS5.2の採用で90秒程度には延長されたが、バルシリーズにおける虚数空間突入仕様「バル・ケロス」であれば最高で15分ほどの突入が可能となった。
 特に今回、時空因果律機構タングラムの失踪に伴い、虚数空間での捜索作業が確定的となっている為、バルシリーズの採用は大きな注目となっている。
「水を差すことになるかもしれないけど、正式導入についてはもう少し待ってください」
 今回、バルシリーズに加え、テムジン、フェイ=イェン、ライデンがめでたくバージョンアップする運びとなった。OMGから既に8年が経過し、アファームドからA2(アファームド・アルファベット)シリーズが、ベルグドルからボックシリーズが、バイパーシリーズからサイファーが派生したように、ようやくこの3機にも新しい姿が与えられることになった。
 既に機体は完成し、現在使用しているMSBS5.01でのテストは既に終了している。しかし、MSBSもまたニューバージョンとなる為、そのテストが今最終段階に入っているとのこと。満を持して出す新型機だけに、実戦中のトラブルというのを開発側は避けたいらしく、連日徹夜の作業が行われている。
「プラント突入するまでには間に合うらしいので、それまでは現状で何とか頑張って欲しい」
「それって地上ってことでえぇねんな?」
 藤崎は一刻も早く新型テムジンで出撃したいのだ。既に心は遠足前日の小学生と同じである。
「それには間に合うと思う。
 他に何か質問は? なければ今日は解散です。お疲れ」
 緒方は資料をまとめ、ドクターを伴い部屋を出た。
「新型まだ下りないんだね〜」
 千羽矢に話しかける尚貴。先の戦いでの負傷、という訳ではないが、右腕を吊っている。大した事ではないからいらないとは本人の弁だが、無理をされては困るというのが周りの気持ちらしい。
「ん〜、あたしは別に困らないけどね〜。RODは早く乗りたいだろうし」
 フェイ=イェンに搭乗する千羽矢は、それほど新型にはこだわっていない。現行でも充分使えると思っている。ただ、それは何もなかったらの話であって、限定戦争開戦時の今では、いつかは必要になるだろう程度に思っている。
「それより、怪我。大丈夫なの?」
「平気だよ、この位。軽くひび入ってるだけだし。無理はするなとは言われてるけど」
 他に絶対安静が下されていた水無月淳と染谷洋和は、ようやく医療棟から解放され、今日からミーティングに参加している。あれだけ精神に負担のかかる戦い方をしていながら、数日で回復するあたり、彼らの地力の高さがうかがえる。
「すごかったもんね〜。あの後うちのメール回線パンクしたらしいよ」
 神宮寺美夜がすっかり回復した仲間をねぎらう。最初の戦いと言うことで視聴率は軒並み良く、特に窮地に追い込まれた2人の戦いは、瞬間最高視聴率を叩き出した。
「そういうの、あまり興味ないな」
 別にちやほやされたいのではなく、自分にはVRに乗ることしか能がない、と常々言っている洋和は、どうもそういう感覚にいまいちピンと来ない。
 だが、これがDN社やrn社の経済に大きな影響を与えているのは間違いない。数秒に1社何かしらの企業が新興し、倒産しているこの電脳暦。倒産寸前の駄目押し策が今回大当たりし、その命を救われた企業は星の数ほどある。
 彼らは人類全体だけでなく、こういった企業にとっても、最後の頼みの綱なのだ。
 少し離れた所では、DOI−2と淳が二人で話をしている。遠目から見ただけでは、淳がDOI−2から説教を食らっているようにも見えるが、実はそうではない。
「まったく、驚いたよな。お前があそこまでやるとは」
「すいません」
「いや、別にそれが悪いというわけではない。あの状況で、染谷も手負いの状態だったし、引き付け役がお前しか居ないと言うのも判る。
 でもな、もし、あそこでハートビームが相殺されたから良かったが、されなかったらどうするつもりだったんだ?」
「とにかく何とか染谷さんに一矢報いてもらわないとと思っていたので…… あまり深くは考えていませんでした」
「……そうか。いつも変に論理的な割に、そういう時には本能的になるんだな」
「すいません」
 DOI−2はそれでも淳の積極的な戦いには好意を持っているので、今回の事も結果オーライとした。
「いいか? そもそもSAVの定義とは……」
 ここで初めて得意のお説教となるのである。
 そして、いよいよ新しい面子で出撃となる藤崎と成一は、相手の出方が判らないなりに自分達でどのようにフォーメーションを組めば効率がいいかを検討している。
「クレイスとDOI−2はそれぞれ誰かに付かせるとして……」
「俺んとこも蒼我と優輝がサポートかな」
「成ちゃんが後ろに下がるとは思えへんしな」
「RODくんいじわるだなぁ」
 その様子を部屋の端っこで煙草を吸いながら見ていた蒼我は、やっぱりここが普通の部隊とは違うということを痛感させられるのだ。彼自身、死神隊出身ということもあり、やはりあそこも特殊だとは思っていたが、ここはもっと特殊なのだ。
 どうしても今感じられる空気というのが、もうすぐ戦場へ赴く人間達の集まりとは思えない。それでも、初めての出撃の時には、今まで感じた以上の張り詰めた空気が流れたものだ。
 やはり、それがプロフェッショナルという者なのだろうか?
 彼もまた、もうすぐ戦地へと赴く。その時脳裏に、1機のグリス=ボックの姿が頭をよぎった。
『貴様ぁ! 俺が殺しに行くまで、絶対誰にも殺されるんじゃねぇぞ!!』
 その姿を消し去るかの様に、コーヒーの空き缶で吸いきった煙草をもみ消した。

 開け放たれた窓からは、眩しいくらいの月が、姿を見せていた。


To be continued.