O.D.A.を名乗る謎のバーチャロイド軍から、限定戦争の宣戦布告を受けたBlau Stellar。
開戦までの猶予は1週間。
伝説の一大スペクタクルオペレーションムーンゲート(OMG)から8年。地球圏は再び存続の危機にあるといっても過言ではない。
そして、それを救う為に選ばれたのは、わずか14人。第9012特殊攻撃部隊、通称CRAZE隊である。
その隊員の中には、OMGを成功に導いた「英雄」もいる。地球圏に住む人々は、危機感は感じていても、決して全てを諦めた訳ではない。
OMGの様な奇跡がきっと起きる。皆が一様にそう信じていた。
1週間という時間がわずかなのか、それとも開戦までには長すぎるのか。
この開戦のあおりを受けたのが、新型バーチャロイド、最新式MSBSの開発を担当している開発室だ。
何しろ相手はこちらが開発の最終段階に入った新型機をすでに導入し、MSBSにおいても、明らかに異なるタイプを用いている。
いくら使い手は腕利きとは言え、こちらのビハインドは余りに大きい。
DNA総帥リリン・プラジナーは、まずこの2点を一刻も早く完成させるように命じた。
どちらもパイロットの命を預かる大切な物だ。開発もそれは重々承知の上である。
そして、CRAZE隊には施設最大級の規模を誇るシミュレーションルームがリリンから与えられた。彼らは、連日架空ミッションや対戦を繰り返し、来るべき時に向けて腕を磨いている。
結成されてわずかな時間しか経っていないというのに、彼らのチームワークは戦闘では着実に確かなものになっている。
一部隊員同士の確執も、特に取り上げて問題にすることでもない。子供の集まりではないので、その辺は当事者も割り切っているようだ。
特に大きな問題もなく、開戦に向けての時間は過ぎていた。
「おーい、お疲れさん。
締めのミーティングやるから集まってくれ」
シミュレーションルームにはそれなりに広めなウェイティングエリアがある(もともとここが2個〜4個中隊、もしくは1個大隊で使うルームなので、1個中隊規模のCRAZE隊には広すぎるぐらいなのだ)。
円形のテーブルと椅子が置かれ、オープンエアーのカフェを思わせる造りになっている。
とはいえ、もともとはミーティングを目的としたエリアなので、通常よりは大き目のモニターが設置されている。そこでは常時各地のプラントの様子が映し出されていたのだが、先日の襲撃により、各地本部の様子が映し出されるようになった。通信衛星を介しても、強力な妨害電波が発生しているのか、全く映像が映らなくなってしまったのだ。
モニターに一番近い席に司令である緒方が座る。その近くに赤木香織里と日向友紀のオペレーターコンビが。4人の隊長が適当に座り、その近くに各隊員が集まる。これが今までの座り方だった。
人事大異動があってから、その座り方も違う様子を見せ始めている。特に、4人(各隊に一人の割合)の女性隊員が、一緒に座るようになった。集まるとやかましいことやかましいこと。今までのだんまりが嘘みたいにおしゃべりし始める。
それに他の男性隊員はやや閉口気味だ。
「んじゃ今日もお疲れさん。まぁ、このところシミュレーター相手ばっかりでつまらないかもしれないけど、あと少ししたら実戦なんで」
その言葉に、瀧川一郎と菊地哲がニヤニヤする。
「今日も特に連絡すべき特記事項はありません。
見回り点検は、一郎のところです…… 一郎は定例の会議に出てください」
「「えーっ!? やだー!!」」
2ヶ所から同じに声が上がった。一つは一郎の、一つは高森尚貴の。
「会議なんか行きたないわ。友紀、代わって!」
「やーよ、そんなの」
「一郎さん行っちゃうの〜?」
るる〜と擬音が出てきそうなまなざしで一郎を見る尚貴。外見の割にそういうことをするので、結構ずるいと評判(?)である。
「だめよ、一郎さんは会議出てもらわないと」
香織里のダメ出しが出てしまった以上、一郎は会議に出なければならない。
「ちぇーっ。しゃーないなぁ。ごめんな、また今度な」
「は〜い」
しぶしぶ承知の返事をする。本音はと言うと、同じ空戦隊の染谷洋和と二人で見回りに行くのが嫌なのだ。
「あたしが付き合ってあげるから」
千羽矢が肩を叩く。手のかかる親友なのだが、放っておけないのでついつい構ってしまう。
「んじゃ、今日は解散です。あまり夜遅くまで起きてないように」
解散の合図で、皆がルームを出て行く。残された尚貴と洋和、そして千羽矢はコントロールルームに向かった。
手際よく、見回りシステムを作動させる尚貴。やることがないので、とりあえず洋和はそれに手を出さないようにしている(尚貴から手出し無用と言われているわけではないのだけれど)。
特に問題がないように思われたのだが、つないでいた尚貴個人の端末に、ICQメールが入った。
『侵入者発見、応援頼む』
管制室からのものだった。今日の居残り当番の同僚が差出人だ。
「はぁ!? ったくなんだよ、侵入者ってのは。そんなに手に負えない訳?」
送られてきたデータを元に、侵入者を追跡する。途中までの追跡ルートをたどり、レベル7階層でルートは途切れていた。そこから先をロストしたらしい。
「ここまで追いかけといてロストすんなよ。だっせーな」
すぐさま自分の追跡プログラムを立ち上げる。『一般のハッカー程度なら、立ち上げた瞬間に捕まえられる』と自慢するオリジナルの物だ。
だが、相手はBパイロットの採用試験以上に難関な情報管制官に採用された人間を振り切ったほどだ。さすがに慎重になり、レベル1階層から丹念に追跡を開始した。
レベル2、レベル3、レベル4……
ここまでは順調に突破した。
レベル5からは何体かのダミー反応が有った。だが、そこは管制官トップランクで合格しただけあり、そう簡単には引っかからない。
追跡が途切れたレベル7に侵入した。プログラムの強化を1レベル上げる。
「今レベル7。そう、ここから出られないように完全包囲して。無理? 無理じゃない。俺が出来るんだからやるの。そう、先読みが出来ないなら、人海戦術に出て。とにかくマザーまで突破されないこと。OK? んじゃフォローよろしく」
携帯で連絡をとりながらも、確実に相手を追い詰めて行く。こればかりは千羽矢だけでなく、洋和も能力を認めざるを得ない。索敵能力は伊達にCRAZE隊でトップを誇っていない。
「何か変だな…… ねぇ、ちょっとレベル7で完全に遮断して。とにかく、この階層から出さないように。突然消えてもおかしくない相手だから……
よし! 捕まえた!!……って、何だよ!? くそったれ!!」
コントロールパネルをドン!と叩いた。
取り逃がした。大失態この上ない。今までハッカー追跡のバイトで莫大なクレジットを稼いでいた自分が、得体の知れない相手を取り逃がした。
「めっちゃむかつく!!」
とりあえず、相手が突然消えた地点になにか手がかりがないか探してみる。
「あん? 悔しいなんてもんじゃねぇよ。俺としたことが大失態だ」
電話の声もその悔しさが隠し切れない。キーを叩く手にも自然と力が入る。
「……ん? 何これ。メッセージ?」
相手の消えた地点に、ロックのかかっているメッセージが残されていた。
パスワードを強引に解析し、ロックを解除する。
「何だよ、これ。新手のいたずら…… にしちゃぁ、リアル過ぎやしねぇ?」
思わずその場にいた千羽矢と洋和にも同意を求めたくなった。
『眠れる騎士が目覚め、真実の璧はその役目を放棄した。
彼女を再び呼び出したいのならば、全ての騎士を倒し、地中に眠る堕ちた高貴なる者を開放せよ。
月のささやきに耳を傾けろ。
母なる者は、全てを無に返す』
謎のメッセージはすぐさまリリン・プラジナーに報告された。
解析の結果、恐らくこれは真実の璧=タングラムの消滅をほのめかすものであると断定された。
「まさか、一番起きて欲しくないことが現実になってしまったわね……」
翌朝、尚貴を始めとする昨晩の管制室当番が呼び出され、事の次第を話すことになった。
「つーかさ、何で俺まで呼び出されなきゃなんない訳?」
昨晩ICQで尚貴に救援を求めた同僚が、今回のとばっちりを受ける形になってしまった。
「だって追い詰めたのお前じゃん」
「せやけどね、俺は昨日は当番じゃないっつーの」
「ごめん、お昼おごるから」
「デザート付きで、俺らがここ出るまでな」
「……了解…」
哀れ同僚は何時までランチ(デザート付き)をおごらされる事になるのだか。
「で、この侵入者の身元は?」
リリンの質問に、お互い目配せをし、しぶしぶ尚貴が返答した。
「そもそも侵入した時点で経路反応がなかったそうです」
「『なかったそうです』と言うのは、貴方が見付けたものではないという訳ね?」
「はい。自分はエリアレベル7に侵入した時点で救援を求められました」
「情報回線が焼き切られたと言った被害は?」
「自分で確認した時点では確認されていません。少なくとも、情報の漏洩目的での侵入ではないと思われます」
「率直に考えて、今回の侵入の目的は……」
「恐らく、タングラム消滅のダイイングメッセージを残す為のものであると断定出来ます」
「と同じにアンベルの失踪にも大いにかかわってくるわね」
『地中に眠る堕ちた高貴なる者』を、リリンはアンベルW世の事だと断定した。
タングラムの反応が感じられなくなったのと、アンベルの消息が断たれたのはほぼ同じ時期であることから、恐らくこの2つもO.D.A.が大いにかかわっていると、リリンは考えた。
−Meister O。貴方達の本当の目的は何だと言うの?
リリンは不安の色を隠せない。
彼女が一番心配していることは、やはりタングラムの失踪だった。
OMG終結後、タングラムの存在は最も細心の注意をはかって扱われてきた。
「時空因果律制御機構」という役目を与えられているとはいえ、その自我はあまりにも脆く、多感な少女期のそれにも似ていた。
リリン自身も幼くして、あまりに過酷な運命を背負わされた。自分の父親がオリジナルバーチャロイド『FEY=YEN』の製作者であるプラジナー博士であること。腹違いの兄がいるということ。そして、「姉妹」とも言うべきFEY=YENの失踪。若くしてDNA総帥となり、OMG終結後のDNA、及びDN社を支えてきた。
常に孤独を感じていたリリン、己の存在が故に孤独でいなければならなかったタングラム。互いが引かれ合ったのは必然であった。
親友とも言うべきタングラムの消滅は、世界の存続の危機にも繋がりかねない。いや、もはやタングラムの消滅も、アンベルの失踪も、全てが地球圏の危機に陥る要因なのだ。
「リリン、この『眠れる騎士が目覚め』と言うのはどういった意味なのでしょう?」
「私も気になっていたわ。眠れる騎士…… 今まで私たちの前に姿を見せなかった存在、とでも言うべきかしら?」
幹部はおろか、リリンですらも聞いたことがない存在だ。
「しかもこの『眠れる騎士』は複数いるというのね。存在がわからないだけに、厄介だわ……」
考えるリリンを他所に、呼び出された管制官達は、何か耳打を始めた。
「そういやさぁ、最近変なVRが乱入して来ねぇ?」
「VRじゃねーだろ、あれは」
「俺も見たぜ。赤っぽいクリスタルみたいな」
「えー? 私青だった」
「あれだろ? A・J・I・Mってやつ」
「ちょっと待って。クリスタルみたいなVRはどこで見たの?」
リリンは彼らの耳打を聞き逃さなかった。クリスタルのようなVR、A・J・I・Mと言う名前。全てに思い当たる節がある。
「ゲームセンターで時々乱入してくるんですよ。特に決まったステージで,って言うのはないんですけど。俺はよく聖域(サンクチュアリ)で乱入されました」
「お前も? 俺も聖域だ」
「俺はアンダーシーでも見たぜ」
「私はアンホーリーでした」
次々と目撃証言が明らかになる。
「まさか……とは思うけど、その辺も含めてこれから警戒してちょうだい。
いつ、彼が現れるか判らないから」
「了解」
「ではもういいわ。忙しいところありがとう」
立ち去る彼らの背中を見ながら、リリンは今回の戦いが、プラントを巡る限定戦争だけにとどまらないという事を、改めて感じざるを得なかった。
彼女の端末には「CTV−001/AJIM」と言う名の謎の存在の姿があった。
表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
限りなく電脳虚数空間に近い世界。
暗がりの円卓に、何人かの姿があった。
「タングラムが消滅したことが何者かによってリークされました」
声の主はDoktor Tの物だった。
「誰がそのような行為に出たのか、よりは何故この情報が外部に漏れたのか、と言うことを付きとめるのが先決です」
「誰かが裏切ったとでも言うんか?」
自分達にも疑いの目がかけられ、Königin
Rは機嫌が悪い。
「それか、興味本位で侵入した何者かがたまたま情報を知り、それを教えた、と言う可能性も否定出来ませんよね?」
自分達が潔白であることを弁護するかのように、Kavalier
Sが続ける。
「まさか知らない間に情報が盗まれた、だとすればそれは貴方がたの失態だ、Doktor T。電脳師を統率しているのは貴方ですよ。それが貴方の目に及ばないところでそのようなことが起きたとすれば、Meisterの耳に入ったらそれこそ事になりかねない」
Doktorの顔が僅かに歪む。
「素人相手に防護が突破されるとは、我々の電脳師もずいぶんと頼りないものですね」
Kavalierの発言に、Königinは笑いをこらえきれず、声を押し殺して笑っている。それがDoktorにとっては非常に屈辱感を与えるものになった。
「おいおい、これから大切な時期だってのに、仲間割れはよくないなぁ」
その様子を傍観しているかのように、FurstとSklaveが姿を見せた。
「まさかお前らっちゅーことあらへんやろな!?」
すぐさまKöniginが二人に噛み付いた。
「おいおい、俺達がそんな事するはずないだろう。なぁ? ヴォルフ」
「確かに、タングラムを虚数空間の奥へ『封印』したのは僕達だ。だけれどもそれを相手に教えても、どちらのメリットにもならないだろう。
僕達は当然手を出せない、向こうも手を出せない。僕達自身ではどうすることも出来ないんだから」
Furstの発言に、一同は納得せざるを得なかった。タングラムは彼らの働きで、自分自身を虚数空間の奥深くへ身を沈めることを選んだのだから。彼女自身から動かない限り、タングラムが戻ってくることはない。
「考えられるとしたら……」
Sklaveが何かを思い出したかのようにつぶやく。
「Zauber Kぐらいだろう。彼なら、我々の内部に侵入することなど容易いはずだ」
「そんなバカな! 裏切り者に何が出来ると言うのだ!!」
Doktorが声を荒げる。
Zauber K。O.D.A.が完全な形になる前から在籍していた優秀なプログラマーであり、電脳師であった。O.D.A.情報システムを始めとするソフトウェア部分はほとんど彼が構築した物だ。特に現在使用されているMSBS5.4の開発にも参加しており、O.D.A.の全バーチャロイドには標準装備されている。
「彼が脱走したとき、我々の主力を持って追跡したが、これを捕らえることは出来なかった。本来であれば、我々と共に大いなる目的を達成する為に必要不可欠な人間であった。
未だに、何故Zauberが脱走したのか、理解出来んよ……」
Doktorは失われた戦力の大きさを酷く嘆いていた。彼のもっていた能力を考えると、O.D.A.にとっては大きな損失でしかないからだ。
「そないな事より、やっとリアルでどんぱち出来るな」
Königinは今回の開戦を心待ちにしていた一人だ。彼女にはMeister Oの目的もAliceの意思も関係ない。彼女は戦う為に生まれてきたような存在だからだ。
「すでにMeisterからの手筈は受けています。最初の戦いはここです」
スクリーンに夜景が映し出された。かつての旧世紀に栄華を誇った街、ウォーターフロント。
「最初の小手調べにはここで十分でしょう。向こうも、全戦力を投入してくるとは考えにくいですし、次のフラッテッドシティまではお互いに様子見になりそうです」
「で、俺の出番はいつ頃になりそうな訳?」
「戦局次第でしょうね。もし、月面基地まで到達するようなことがあれば、必然的に出番をお願いすることになりますが」
ふ〜ん、といった面持ちのKönigin。少なくとも、彼女自身はそれ以前に出撃命令が出そうなことは予感している。相手がそこまで手応えがないはずがない。それならば、Meisterがどうして自分達と戦う相手と認めただろう。
「ですがいつどのような状況になるか判りませんので、皆さんにも常に出撃準備だけはしていただくことになると思いますので、よろしくお願いします」
互いにパートナーと顔を見合わせる。KöniginはKöniginと、SklaveはFurstと。
「女王閣下はいらっしゃいまして?」
空席のモノリスからノイズ混じりに声がする。Klosterfrauだ。
「そろそろテストに参化していただけませんこと? 貴方の為のVRに、貴方の意見がないと完成出来ませんわ」
『貴方の為のVR』。この響きにKöniginは珍しく心が動かされる思いだった。
自分が操縦する為を第一の目的として作られるVR。勿論、量産の予定はあるが、彼女が最も心地よく動かせることを重視して造られるのだ。
「わーった。今から行くわ。どうせ暇やし」
「そうしていただけると助かりますわ」
モノリスからの音声は途切れ、Königinとその後を追うKöniginの姿がノイズの様に消えた。
「出番あるの?」
いぶかしげにSklaveが聞く。
「彼らが本当に地球を我々の手から救い出したいと思えば、おのずとあるだろうね。
僕達も、いつ呼ばれるか判らない。僕だって、いつ倒されるか判らないよ」
「その時は、俺がヴォルフを全力で守るよ」
側(はた)からは見えなかったが、SklaveとFurstはいつもの様に顔を見合わせていた。困ったように笑うFurstと、それを見て笑うSklave。
そして席を立ち、ノイズとなって消える。
一人残されたDoktorは、スクリーンに映し出された映像を、青い瞳を細めてただ見つめていた。
神宮寺深夜は、どうしても気に掛かることがあった。
聖域における戦闘。配属された部隊は全滅した。1機のみが未帰還である。
その未帰還VRのコードは、彼女が知らないはずはないものだった。
後輩である剣岬神奈のエンジェラン。機体残骸もパイロットも未だ見つかっていなかった。
大方の予想は電脳虚数空間に飲まれたか、さもなければ連れ去られたか、のどちらかだった。
虚数空間に飲まれたとなれば、恐らくもう生きてはいないだろう。生きていたとしても「人間」としての存在が残っているかどうか。
もし、何者かに連れ去られたとなれば、犯人は確定でO.D.A.だろう。
だとすれば、いつか自分たちの敵として、彼女が現れる可能性は大いにある。
どうしても、自分自身の手で確かめたかった。そして、彼女は緒方にこう直訴した。
「自分を聖域に行かせてください」
緒方は面食らった。まだ最初の戦いすら始まっていないと言うのに、何故彼女は急ぐ必要があるのか。
「今すぐ行かないとダメな訳?」
「そうではないんです。ただ、聖域に行って確かめたいことがあるんです」
「ロストした後輩がそんなに心配?」
「ご存知……だったんですか……」
さすが司令…と深夜は思った。
「確かに君が後輩を心配するのはよく判るよ。でも、今はまだその時じゃない」
緒方の言うことも最もだ。それでもと食い下がる深夜に、緒方はこう決断した。
「聖域は今回の戦いにおいても、最も重要なファクターであることは間違いない。出撃は全員に行ってもらうつもりだ。
もし、君がそこで後輩を見つけることが出来たら、その時は特別に単独行動の権限をあげよう。
恐らく、向こうもかなりの戦力を導入するだろうし、キミの後輩も、もしかすれば……」
「構わないんですか?」
「結果、それが俺達に優位に働くならね。君が少しでも危ないと察知すれば、俺は迷わず救援を向かわせる」
大きな責任だ。単独行動を与えられた上、その戦いに負けることが許されない。
CRAZE対は皆個人のプライドが高い者ばかりだ。深夜だって、己の戦い方にポリシーと自信を持っている。
もし、救援が来れば深夜のプライドは傷つけられる。それだけは絶対にさせたくない。
緒方は深夜の負けず嫌いな面も理解し、今回の決断を下した。
負けられない。負ける訳にはいかない。皆の為にも、自分の為にも。
「ありがとうございます」
一礼し、深夜は緒方の元を去った。
緒方は聖域を、今回の限定戦争において、最も重要な位置に考えている。
もし、それ以前に何らかの因縁が発生すれば、その集大成として聖域での戦いは熾烈を極めるものになるだろう。
それは、宇宙空間プラントや月面基地、ムーンゲートでの戦いにも大いに影響を与えると予想している。
だからこそ、聖域での戦いは絶対に落とせない。勿論、全ての戦いにおいて負けることは許されていないのだが、事に聖域は何が何でも奪還しておきたい。
タングラム消滅の報は、緒方の耳にも届いている。そして、残されたダイイングメッセージの真意も、なんとなく掴んでいる。
最悪他のプラントは諦めても、聖域だけは……
時間は、既に0900を回っていた。
緒方は送られてきた数通のメールを自分の端末に保存し、シミュレーションルームへと向かった。
開戦まで、あと二日に迫っていた。
Meister OからBlau Stellarに向けて、急遽召集がかかった。
いよいよ開戦を翌日に控えた日のことだった。
ただし、この召集はマスコミ向けの報道とは異なり、O.D.A.対Blau Stellarといったセッティングを組まれている。場所はいつものシミュレーションルームを指定してきた。
『いよいよ明日となりましたね。
我々の精鋭達も開戦を待ちわびていましてね、こちらも人選に一苦労しているところですよ』
お互いに余裕の笑みが浮かぶ。それ以上に感じられる緊張感。アンバランスな空気が漂う。
『明日の開始時刻ですが、戦場が最も美しくなる時間、そうですね……1900ジャストと言うことで如何でしょう?』
隊員達が互いに顔を見合わせ、緒方が答える。
「問題ない。他の規定は?」
『ありません。あとはどちらかが壊滅するまで戦うだけです』
緊張感が続く。が、悪い空気ではない。むしろ心地よいかもしれない。
『ご存知だとは思いますが、中継が入ります。開始は1830より。今回の限定戦争における中継は、全てこちらの傘下で執り行ないます。スポンサーマネーの幾らかは貴方がたにお支払いしますので、ご安心を』
「ご丁寧なことで」
『それでは、明日』
ノイズ混じりの画面と音声が消えた。画面が消えたのを確認して、緒方がいよいよ明日に迫った限定戦争について話し出した。
「いよいよ明日、全てが始まります。
プレッシャーをかける訳じゃないんだけど、俺達が負けたら、多分地球はおしまいでしょう。
この面子になってからまだ時間は少ないけど、今までのCRAZE隊の中でも、最強の面子だと思っています。
だから、明日もシミュレーションをやるようなつもりで、リラックスして対戦して下さい」
互いに顔を見合わせ、決意を新たにする。
「明日のカードですが、恐らく向こうは様子見で来ると思います。
俺達は、明日からガンガン攻めていきたいので、一郎、哲、二人の所にまずは任せます」
隣同士に座っていた一郎と哲が拳を付き合わせる。
「俺達が出るからには完全試合で決めて帰るつもりだから」
「そーいうこっちゃ」
二人はBlau Stellarに入る前から、ずっと一緒にタッグを組んでいたこともあった。コンビネーションなら誰にも負けない。
「今新しいOSと新型機の最終段階に入ってもらっています。特にOSではこちらが若干不利になる点もあるかと思いますが、少しだけ辛抱して下さい」
全員の間に先程とは違う緊張感が走った。
「出撃は明日の1845です。それじゃ……
気合入れるぞ!!」
「「「おーっ!!!」」」
限定戦争『Operation Alice』 明日、開戦。
To be continued.