全ての「試練」が終了し、一日空けた翌日。
 今年配属になった新人達がそわそわし始めている。
 そう、この日いよいよ自分の正式配属先が決定するのだ。
 特に人の集まる食堂では、意気揚々としている者、「試練」で思わぬ失敗をして沈んでいる者、多種多様の人間模様が伺える。
 そんな食堂の一角で、前日無理矢理受けさせられた健康診断の結果を見ながらオレンジジュースをすすっている人間がいる。
 今年の「試練」でもっとも厳しい「迷宮」を無事突破した、高森尚貴その人だ。
 そして、尚貴の姿を見つけ駆け寄ってくる三人。竜崎千羽矢、日向友紀、赤木香織里だ。
「「「おはよう」」」
「うぃっす」
 三人が来た方に目をやり、軽く挨拶する。
「調子はどう?」
「別に、なんともないっすよ。怪我した訳でもなしに」
「どれどれ〜?」
 友紀が尚貴の手から診断表をひったくった。
「身体的には異常なし。精神的にも特にこれと言ったものもなし、か…… 軽く負担がかかったくらいね」
「昨日殆ど寝てたんでもう大丈夫っすよ」
「ま、尚貴ちゃんは結構図太いからね」
 千羽矢が笑う。
「今日、発表でしょ?」
「はい。お昼過ぎに一斉に」
「一緒に行きましょう。皆でね」
「あ、はい……」
 まるでお受験の小学生じゃないか、と尚貴は思った。
 と同時に、半ば嫌な予感もした。



 AM0955。
 『Blau Stella』JPN本部からほど近いゲームセンター。
 すでに開店待ちの猛者達が列を作っている。
 その列の中に、ひときわ目立つ二人連れがいた。
 一人はピンク色の髪にきつめのメイクが否応なしに目を引く。比較的身体の線がはっきりしている服から、この人物が女性であることが窺えた。
 もう一人の男は腰まで届く金髪に、どこかヨーロッパ風の顔立ちをしていながら、その中にも東洋系のオリエンタルな印象を与えている。
 時折見せる仕草ややりとりが、恋人同士のようにも見える。
 10時の開店と同時に、行列が店の中へと入っていく。もちろんこの二人も続いていったが、筐体に座る他の客と違い、彼らはそのままマルチビジョン前の休憩席へと足を勧めた。
 金髪の男が小脇に抱えていたバッグから端末を取り出す。携帯電話につなげると、V・P・B公式ホームページにある、パイロット一覧のページへと進めた。
 スターパイロットには見向きもせず、どちらかというと、実力はあるがなかなか勝ち星をあげられない者、資金不足で新型機へのバージョンアップやカスタマイズが思うように出来ず戦い倦ねている者を重点的にチェックしている。
 一方、ピンクの髪の女性はと言うと、ベンチにどっかと腰を下ろし、口から紫煙を吐き出しつつ、マルチモニターで繰り広げられている対戦を見ている。
 どちらの目も、一級線のパイロットの視線だった。
 だがしばらくすると、ピンクの髪の女性はそれがつまらなくなったのか、突然立ち上がり筐体へと向かっていく。
「恋(れん)! どこ行くんだ!?」
「飽きた。対戦してくる」
「飽きたって、お前なぁ!?」
「んなの俺の仕事やあらへんがな。シーラに任すわ」
 シーラと呼ばれた金髪の男は、何か言いたげだったが、自信ありげな瞳に負け、
「判った。気が済むまでやってこい」
 笑って見送った。

 ピンクの髪の女性−恋は、開店して間もない店内をうろうろし、店内リンクではなく、ネットリンク対戦の筐体に腰を下ろした。
 細身のブラックジーンズの後ろのポケットからパスケースを取り出した。中から一枚のカード、ライセンスを引き出し、スロットルに入れる。
 無人のドックのCGが映し出され、やがてショッキングピンクのスペシネフが迫り上がってくる。
『RVR−87・SPECINEFF LOVE CUSTOM これでよろしいですか?』
 この表示が終了するのを待たず、恋はスタートボタンを連打する。画面はロビーでの待機画面へと変わった。
 やがて、乱入画面と音楽が流れ出す。対戦を申し込まれたのだ。恋はそれを確認すると、ポケットの中から小さなメモリーカードを取り出した。専用スロットルに差し込むと、ビジー状態を表す赤いランプが点灯する。
「これでよし、と」
 対戦を申し込んできたのは同じスペシネフ使いだ。ハンドルネームは「Lime」。GRM地区在住のP・パイロットだ。
「同キャラか。面白ぇ。俺を楽しませてくれよ」


 一時間後。
 マルチビジョンのモニターが、ある筐体の対戦の様子を映し出した。
 方やドルドレイ、方やショッキングピンクのスペシネフ。スペシネフ側の表示には「32 WASTED」とある。
 開店して一時間強で32連勝しているスペシネフを見ようと、モニターや筐体には早くも人だかりが出来ている。
 対戦は終始スペシネフペースで進んでいる。決してドルドレイのパイロットが弱い訳ではない。レベルで言うならドルドレイのパイロットもかなりの腕前である。
 だが、それ以上に、スペシネフのパイロットが強すぎるのだ。
 半ば一方的な試合と言っても過言ではなかった。この試合、スペシネフは0.1%たりとも被弾していない。
 驚異の回避力と持ち前の攻撃力が相まって、性能以上の能力を発揮している。まさにスペシネフに乗る為に生まれているような彼女。
 ジャンプVターボハリケーンを殺人スライディングで回避。ドルドレイの背後を取ると、近接連携で相手を撃破した。
 周囲がざわめくのを余所に、本人は
「つまんねーの」
 と涼しい顔の様子だ。
 すぐさま乱入が入る。相手はテムジンだ。
 だが、それは普通のテムジンではない。テムジンの全高程のシールドを持ち、ビームライフルは幾分短めだ。
「なんだよ!? 『TEMJIN THE KNIGHT』って!?」
「新手の改造機種か!?」
 ギャラリーが好き勝手言う中、対戦は始まった。
 最初に仕掛けたのはテムジンだ。距離を離すスペシネフに対し、ボムを放って距離を詰めようとする。
 だが、スペシネフは近寄らせまいとライフルを発射し、浮遊弾で牽制する。
 しかし、テムジンも手を緩めない。バーティカルターンからの前ダッシュライフル。漕いでいる軌道上を確実に捕らえた
 はずだった。
 被弾する、と全員が思った瞬間、スペシネフが急激な逆ターンを見せた。横から前へとターンし、障害物を挟んでのダッシュターボサイズ。
 完全に背後を取られた上でのターボサイズ。熟練のパイロットでも、これを避けるのは至難の業だ。
 ダッシュは間に合わない。ジャンプでも軌道からは逃げられない。
「終わったな、テムジン」
 誰かがこぼした。
 サイズの波動がテムジンにヒットした瞬間、それはエンジェランのミラーが砕けた様に、全てが飛び散った。
 テムジンのシールドが、サイズを完全に防いでいたのだ。
 二機の動きが止まった。
 それが合図だった。
 急激に二機の距離が縮まり、レッドからブルーレンジへ。ビームソードとサイズの応酬が始まった。

 この対戦、かろうじてスペシネフが勝利した。
 少し離れた筐体から、先ほどの金髪の男−シーラがやってきた。
「あっぶねー。本気(まじ)で殺られるかと思うたわ」
「うそつけ」
 そんな恋の言葉に、シーラは溜息をついた。
「俺が追いつける様じゃ、まだまだ余裕だろ。それに何だよ。あの鎌回し。もしかして、俺遊ばれてた?」
「んなことある訳ないやろ。
 信用してるんやで、お前のこと」
 子供っぽく笑う恋の顔を見て、シーラも顔がほころぶ。
「そういうことにしておくか」



 Blau StellaJPN本部ロビー。
 いよいよ新入隊員の正式所属が発表される。
 当人達だけでなく、新しい同僚がどんな奴なのか、一目見たくてやってくる野次馬的人間も沢山いた。
 そして、その当事者である高森尚貴も、竜崎千羽矢、赤城香織里、日向友紀に連れられてやってきた。
「大丈夫かなぁ。やってけるかなぁ」
 自身を「これでも小心者で人見知りしやすい」と評価する尚貴だが、この一週間の研修の中で、ずいぶんと知り合いが増えた。同期はもちろん、元々隊員の中に知り合いがいたことも手伝っている。
「だ〜いじょ〜ぶだって。伊達にあの難関の試練突破した訳じゃないんだし」
「でもまぐれって可能性も否定出来ないし……」
「ったく、尚貴ちゃんはもっと自信を持ちなさいよ!!」
 千羽矢に叱咤される尚貴ではあるが、未だにあの時のことをよく思い出せずにいた。
 バイパーUのSLCダイブをガード出来たことは覚えている。ダウンした自分のサイファーに、ソードが振りかぶってきたことも覚えている。
 それから女の人の声が聞こえてきて、そこからは何も覚えていない。
 気がつけば、自分一人、何もない空間に立ちすくんでいた。
 思い出したくても、その間の時間の記憶がすっぽりと抜け落ちたような感じがして、結局は思い出すことを止めてしまうのだが。
 いつもながらに仲睦まじい二人の様子を見ながら、香織里と友紀はあまり浮かない表情を浮かべている。
「仕方ないのかしらね……」
「あの時点で諦めるべきだったのかも。私たちの抵抗なんて、殆ど無駄だったもんね」
「でも、それだけ昔に比べて成長したのかも」
「でなかったら、あの一郎ちゃんかあそこまで入れ込んだりしないか」
 それでも、二人の表情はだんだんと明るくなってきている。自分の後輩の成長を喜んでいるかのように。
「先行ってるね〜」
 千羽矢が尚貴の手を引っ張りながら振り返る。
「それに、あの様子なら問題なしよ」
「そうね」
 二人の横を、真新しい制服を着た新入隊員が通り過ぎた。


 掲示板前は黒山の人だかりであった。
 自分の所属を見て、思った所へ配属されて喜ぶ者、思った通りの配属でなかった為落胆する者。
 尚貴もそんな人間模様を視界の片隅に入れながら、自分の所属を探していた。
 だが、一向に自分の名前が見つからない。どうしてだ? まさか実は試練にパスしなかったとか? やっぱり情報処理課へ回されるのか? 不安が募る。
 半分を過ぎても見つからない。さすがにここまで来るとかなり心細い。
 とうとう最後の所属発表になってしまった。
 第9012特殊攻撃部隊。通称CRAZE隊と呼ばれる腕利きの部隊。
 そう言えば、誰かが言ってたな。今年は殆どが異動になって、部隊的にはかなり新しくなっているって。
 そうだ、おがっちも言ってた。「今年は新人から採る」って。
 いや…… でもまさか……
 誰かが尚貴の方を見た。
 何だよ、その顔は。まるで俺が悪いことでもしたみたいじゃないか。
 嫌な思いを感じつつ、掲示板を見る。
『第9012特殊攻撃部隊 航空戦術部隊並びに情報処理部隊
 高森尚貴 r.n.a.(サイファー)』
 ?
 ??
 ???
 いまいち事態が飲み込めない。何かの間違いでは? とも思う。
「尚貴ちゃん」
 声をかけられた。千羽矢と香織里と友紀の三人がいる。
「おめでとう」
「これからよろしくね」
「一郎ちゃんにいじめられたら言いなさいよ」
 まだ事態が判らない。
 俺は……
 俺は……
 俺は………
「はい。未熟者ですけど、よろしくお願いします」
 千羽矢が抱きついてきた。周りから拍手が起こった。
「尚貴ちゃん、これからずっと一緒だよ
「……そうだね。ずっと、一緒なんだね」
 抱きついている千羽矢の体温が、とても暖かかった。



 表の世界の、ずっと、ずっと、ずっと奥。
 限りなく電脳虚数空間に近い世界。
 円卓に現れたノイズ。やがてそれは人の形となる。
KöniginKavalierですか。
 ご苦労様です。いかがでしたか? 表の世界のパイロット達は」
 帰ってきた二人に声をかけたのはDoktorだった。
 その声に対する返事なのか、一枚のメモリーカードがテーブルを滑ってきた。
「俺の気に入ったヤツだけとっといた。あとは手前ぇでコンタクトしろ」
 Doktorは少々苦笑いを浮かべ、メモリーカードを白衣のポケットにしまい込んだ。
「ずいぶんと時間がかかったようですが、お楽しみでしたか?
 今の言葉は、明らかにKöniginKavalierに対する皮肉だ。
 実際、Doktorはこの二人をあまり良く思っていない。
 だが、それを知ってか知らずか、Königinも負けずに言い返す。
「最高の時間だったぜ。なぁ? シーラ」
 軽く目線を向ける。暗闇では判らないが、Kavalier−シーラの表情は小さく笑いを浮かべ、Königinに向けられている。
「まぁいいでしょう。Königinが気に入ったのであれば、実力は保証出来ますね。
 そうそう、今日は素晴らしい人材に巡り会いましてな」
「ほぅ、貴方がそこまで言うのなら、相当の腕前と見た」
 今まで沈黙を守っていたSklaveが興味を示した。
「でもこの世界にヴォルフ以上に腕の立つ人間など、そうそういないだろう」
「いや、今回はFurst殿に匹敵するパイロットだと、私は思っておりますがね」
 Doktorの話によれば、彼らの偵察部隊とBlau Stellarとの衝突が起きた際、たまたまそこに居合わせたテムジンと一戦交えることになったらしい。そのテムジンは民間人の避難を手伝っていただけで、Blau Stellarとは何の関係もなかったのだが、偵察部隊の何機かがそのテムジンをBlau Stellarの所属機と勘違いし、結果バトラー二機とライデン一機を撃破される羽目になったという。
 Doktorがいればこのような事態にはならなかったはずだが、その時ばかりは後からの合流となった為、今回の戦闘が起きたという。
「なんだそりゃ。全部あんたの責任やないか」
 これ見よがしに、KöniginDoktorを責め立てる。
「いや全くその通り。
 だが今回ばかりはそれが好都合でしてな。
 先ほど一人、契約を済ませたところですよ」
「で? 所属は? 階級はどの辺やねん?」
「ありません」
「はぁ? フザけてんのか手前ェ」
「ふざけてなどいませんよ。本人のたっての要望でしてな。
 彼にテムジンのメンテナンス技術を与える代わりに、彼自身を我々に貸し与えることになったんです」
「なーんかその言い方妙にヤラしい」
 Königinが悪態をついたが、Doktorは全く気にする様子もない。
「で、そのパイロットは?」
「気になりますか? Furst殿。同じテムジンパイロットとして」
「少しはね。でも、貴方だって気にはなるだろう? 新型テムジンの生みの親として」
「確かに。だが、その実力が明らかになるのは、そう遠い日ではない」
 Königinが静かに紫煙を吐き出す。紫色に塗られた唇がまた、にやり、と笑った。



 今日は夕方からミーティングだという。
 まぁミーティングなんて名ばかりで、新人歓迎会の宴会になるのは必至だろうと、友紀は苦笑いしていった。
 ミーティングルームの扉が開き、三人に続いて尚貴も入る。
 何気なく見過ごしたつもりだったが、次の瞬間、尚貴の顔が豹変した。
 まるで地獄の悪鬼か夜叉かのごとく。
 そして、一言吐いた言葉。
「サイアク。信じらんない!!」


「まぁ、今日から新人もやってきて、皆で結束して仲良くやっていこうかと……」
 壇上で毎度の一言を言う緒方にも、明らかに困惑の表情が浮かんでいる。
 緒方だけでない。千羽矢や友紀、香織里はもちろん、ここに居合わせた全ての人間が、今、この状況を把握しきれずにいる。
 CRAZE隊には席順に関して、誰も決めてはいないが暗黙の了解というものがあった。
 まず、最前列には各小隊の隊長が座る。並びは常にバラバラだが、その後ろに各隊員がそれぞれ座る。
 今回は廊下側から哲、藤崎、一郎、成一の順で、その後ろに二人ないし三人の隊員が席に着いている。
 ミーティングルームは小学校の机のように、二人で隣同士になっており(使われている机は、当然それに見合った物である)、仲の良い隊員同士なら、隣に座ったりもする。
 今回は、全員揃っての最初のミーティングということで「なるべく隣に座ること」となっており、尚貴は自分の隣に座った人物−染谷洋和−が大層気に入らなかった。
「とりあえず、最初なんで、新入り君に挨拶してもらおうかな……」
 かつては「死神隊長」と呼ばれていたこともあった緒方が、怖々顔色をうかがっている。
 自分と目が合った新人は、今し方の仏頂面とは一変して、返事の代わりににこやかに微笑みかけた。すっと席を立ち上がり、壇上−司令官席−の前に立つ。
「本日付で、第9012隊航空戦術部隊と情報処置部隊に配属されました。高森尚貴、乗機はサイファーです。
 特技は敵状視察と敵機感知です。
 戦闘は苦手なので、支援の方で皆さんの足を引っ張らないように頑張ります」
 深々と頭を下げる。人数が少ないので沸き上がるようなものではないが、各人から拍手が起こる。
 にこやかな笑顔。
 そこまではよかった。
 洋和と目があった瞬間、その笑顔が豹変する。キッ、と睨み付け、かつかつと踵を鳴らして自分の席に着いた。
 緒方もやれやれと溜息をつく。
「今日はこれから新歓会があるから、まぁそのつもりで。
 皆お疲れさま。今日は解散します」


「カンパ〜イ!」
「ド〜ルドレ〜イ!!」

 CRAZE隊御用達の居酒屋で、今夜の新人歓迎会が行われた。
 主役は当然あのお方である。早くも飲めや飲めやの攻撃を受けているが、「俺ビール嫌いなんで」と自分で勝手にオーダーし出す肝の座りっぷり。
 そればかりか各人の席まで行って、お酌まで始めてしまった。
 再び自分の席に戻ってくれば、先輩方の質問責めが待っている。
 だが、それもいつもの調子でこなしていく。当然、いくつかははぐらかせていることは、抜群に秘密である。
「そーそー、俺どーしても知りたかったんやけど」
「はぁ、なんでござんしょ?」
「なんで、お前染谷のこと嫌いなん?」
 藤崎、早速核心をつく。「一郎が聞かんのなら俺が聞いたる」と言うことなのだ。
 聞かれた本人は、唇だけで笑った。
「知りたいですか?」
「そりゃまぁな」
 にこやかな沈黙の後
「秘密です
 と拒否されてしまった。
「なんで!? えぇやん、別に減る訳でもなしに」
「個人的な恨み事ですから」
「恨み!?」
「えぇ。まぁ個人的な事ですので」
 どうしても話したくないらしい。切り出した藤崎も、周りにいた面子も、その頑固さに話を聞き出すのを諦めることにした。
「……にしても、この串焼き美味いっすね。車エビなんか最高っすよ」
「そうだろうそうだろう。ここのオヤジ自らが朝市場へ食材を買い付けるんだ。
 そこらの居酒屋チェーンとは違うんだぜ」
 今回の歓迎会のセッティングをした哲が、鼻高々に言う。
 少し離れた所で、女同士飲んでいた香織里、友紀、千羽矢の三人は、とりあえず安心したようだ。
 ちょっとした仲違いなら、いつか判り合えるだろう。そう信じることにした。


 宴も終わった夜、管制室にはまだ明かりがついていた。
 誰もいない管制室で、黙々と一人作業を続けるのは尚貴である。
 自分の持ち席に、持ち込んだ端末を繋いでいるらしく、頭を出してはすぐに潜るという光景が続いている。
「……ったくさぁ、なんで天下のBlau Stellarのメインマシンがこんな年代物なんだよ。
 仕事になりゃしねぇ。よく皆こんなの使ってるよなー」
 CD−ROMを出したり入れたりして、ようやっと接続作業が終わった。あとはきちんと連動動作するかの確認をするだけだ。
 小さな(と言っても14インチほどの大きさだ)液晶画面に世界地図が映し出される。Blau Stellarの各拠点が赤くマーカーサインされている。
 青くマーカーサインされている場所、地球上に存在する各プラント周辺から、僅かながらの空間の歪みが確認されるようになった。
「なんじゃこりゃ。本部の端末じゃこんなの確認出来なかったぜ」
 念の為、月面に拠点を構えるDU−01、サテライト・プラントであるSM−06にもアクセスをかける。
 ほんの僅かだが、座標の軸がずれている。
「ヤな感じがするなぁ……」
 鞄から携帯を取り出し、電話をかける。
「あ、赤木さんですか? 俺です。夜中にすいません。ちょっと来てもらえませんか?」


 昨夜、偶然にも尚貴が見つけた空間の歪みは、すぐさま上層部へと報告された。
 ここ何年か続いているバーチャロイドに依るテロ行動と併せて警戒する物として、D.N.A.盟主リリン・プラジナー自らが姿を見せた。
「本来ならこういう仕事はアンベルの役目なんだけど」
 彼女はあの「Fei−Yen」の生みの親、プラジナー博士の娘と名高い少女だ。若干18歳とはいえ、産まれ持った聡明な頭脳でこのBlau Stellarをまとめている。
 そして、ここ何日間か姿を見せないr.n.a.盟主アンベルW世は、かつてあの一大事件「オペレーション・ムーンゲート」を引き起こしたと言われるオーバーロードだ。
 あの野心家が、どうして一企業軍隊のトップに就いているのか判らないと言われているが、少なくとも姿を消すまでは何ら問題なく執務をこなしていた。
 だが、ある日突然、姿を見せなくなった。それだけならまだよかったが、一切の応答が取れなくなった。
 r.n.a.としては大きな痛手である。やむなくNo.2の人間を代理として置いているものの、やはりアンベル以上の働きが見込まれず、全権をリリンに委任している状態である。
「本当、困ったものね。
 で、空間の歪みが確認されたのはどこ?」
「はい、各プラントの中心地、半径50km以内です。またDU−01やSM−06でも、同様の歪みが確認されています。
 DD−05だけは、プロテクトがかかっていたのでまだ確認が……」
 DD−05へアクセスする為に開かれたウインドウ、そこにリリンが手早くパスワードを入れる。
「今のパス、記憶出来る?」
「はい。もう大丈夫です」
 プロテクトが外され、内部へと進入する。
 座標を表す数字が、ポイントに関係なく変化している。
「ここが一番酷いな。何もしてないのに空間その物が歪んでますね。
 あれ……?」
 別のウインドウで開いていた地上マップに異常が見られた。地上だけでなく、月面や衛星軌道上にも同じ様な変化が見える。
 メインのスクリーンには各プラントの様子が常時映し出されていた。特に変わった様子はない。
 だが、これは明らかに異常とも言えた。
 まるで、電脳虚数空間に直結しているかのような!
「おかしい。おかしいっすよ、これ。
 各プラント管制室、こちら本部です。半径50km以内に空間異常が確認されました。警戒態勢……レベル2を発動します」
 尚貴とリリンの考えが、申し合わせたかの様に一致した。
 それに驚いたのはリリンだ。研ぎ澄まされた野生動物の様な感覚と、コンピュータの様に完璧な判断力。
 かつて自分の世話をしていたマシンチャイルドを思い出した。
 マシンチャイルド!
 そうだ、マシンチャイルドは非人道的な問題から、DN社以外の企業国家が強行的に製造禁止法案を作り、OMGが終結を向かえたばかりのDN社はそれを呑むしか存続の術はなかった。
 リリンはDN社の追っ手から逃れ、父が残したごく僅かな人間やマシンチャイルドと、共に生活をしてきたのだ。
「各自現在の様子を報告して下さい」
 リリンが指示する前に、自己判断で指示を出す。その声で、リリンは自分を取り戻した。そうだ、今は余計な事を考えている場合ではない。
「どうなさいますか? ミス・リリン。こちらが動けば何らかの形で変化があるのは間違いないでしょう。戦闘態勢レベル1は確実なんじゃ?」
 相手は先日中途採用で入ったばかりの新人である。しかし、この情報処理能力だけは、リリンも認めるものだ。
 だが、不用意に戦闘態勢を取るのもどうか。ここは警戒態勢をレベル3に上げて……
 そう思った矢先のことだった。
「こちらFR−08、アンダーシープラント。特に異常は…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
 管制官の最後の叫びはノイズと共にかき消された。
「ミス・リリン!!」
 見上げた先のモニターでは、アンダーシープラントを映していた画面がただの砂嵐を映すだけである。
 目に見える異常は、もはや明らかだった。
 どのモニターも、突然飛来したバーチャロイドの群と、それに応戦するBlau Stellar所属機の戦闘を映し始めた。
「どうなってるの!?」
 突然の戦闘劇に、リリンは焦りと驚きの表情を隠せない。それは周りにいた人間も同様だ。
 何が起きたのか? このバーチャロイド群は何者なのか?
 リリンは動揺から立ち直ると、各地に向けて呼びかけた。
「各プラントに於いて、所在不明機との戦闘が発生しました。救援を要します。また、月面基地に於いてはオンラインシステムの使用を許可します」
「ミス・リリン! それは……!!」
「緊急事態よ。こうしなければ、私たちが負けてしまうわ」
 リリンの側に控えていた軍幹部が止めようとしたが、リリンの一喝により、全てが決定された。
 そして、施設内にブザー音が鳴り響く。
『緊急事態が発生しました。待機中の各部隊は出撃体制に入って下さい。
 繰り返します。緊急事態が発生しました。待機中の各部隊は出撃体制に入って下さい。』



To be continued.