第4プラント、TSCドランメン。
聖域の名を持つこの地域では、特に激しい戦闘が発生していた。
何体ものVRが既に残骸と化している。その中、エクロージョンモードを発動させた6931部隊通称天使隊のエンジェランが辛うじて持ちこたえている。
「オフラインの人はキャリアーまで下がってオンラインで出直して! このままだと私たちも危ないわ!!」
剣岬神奈が声を張り上げ、一体のテムジンを撃破した。かつてはサイファー乗りだった彼女だが、エンジェランへ移行してもその強さは衰えることはなかった。今では9012部隊へ異動した神宮寺深夜の後任として、一番隊の小隊長を務めている。
「増援はまだなの!?」
「キャリアーが足止めを食ってるわ! サイファーでも手に負えないよ!!」
敵はあとからあとから沸いてくるように出現する。神奈だけで既にダブルスコアに達した筈だ。
「ったく、しつこいのよ!!」
手にしたロッドがバトラーの背後から襲いかかる。シールド残量を吸い取られたバトラーはあっけなく撃破された。
「さぁ! 次は誰!?」
神奈が振り向いた背後には、自分と同じエンジェランが立っていた。
いや、それは自分のエンジェランとは明らかに違うものだった。色こそr.n.a.機体と同じだが、エクロージョンモードに移行している羽根が6枚、その全てに真っ赤なヤガランデ・アイ。
「貴方が親玉ね!? ここは忌まわしき力が眠ると言われている場所。即刻ここから立ち去りなさい!!」
神奈の勧告にも相手は答えない。
「どうしてもと言うなら…… 私達を倒してから先に進むといいわ!!」
神奈のエンジェランの両隣に、僚友であるテムジンとフェイ=イェンが並ぶ。
「愚かな……」
回線から聞こえる声は、氷のように冷たい。
「我らに逆らうは神への反乱も同じ。よって我らの神の名の下に、貴様ら人間を浄化する」
「な…何なの!? 貴方は一体……」
「我は貴様らを裁く者…… 罪深き人間に死の浄化を!!」
ボンッ!! ボンッ!!
隣にいたテムジンとフェイ=イェンが爆炎を上げる。
「そんな…… どうして………」
「これが神より授かりし信(まこと)の力だ。我が手に掛かることを幸運に思うが良い!!」
敵のエンジェランがダイヤモンドダスト・レーザー(LTRW)を繰り出そうとした瞬間……
どすっ どすどすっ
足下に3発のクロスライフル(RTRW)が命中した。
−スペシネフの十字架弾? そんなまさか……
振り返った先にはショッキングピンクのスペシネフ。後ろにはシールドを持ったテムジンと、見慣れない機体。
「Königin Rか。何故邪魔をした!」
「ホワイトリリス、女王の御前だ。口を慎め」
「Kavalier S、貴様ほどの実力者が何故Königinなんぞに仕えているのか理解しがたい。お前も我が主の下へ……」
刹那、神奈のエンジェランの頭上を何かが通った。
眼前のエンジェランが、見慣れない機体にビームソードを突きつけられている。
「Kavalier殿は口を慎めとおっしゃられたはずだ」
「八部衆か……」
「二葉、やめろ。今はそんなことをしている場合じゃない」
おそらく主人と思われるピンクのスペシネフの一言で、その機体は元いた場所へと戻る。
−は…早い!
神奈は見たこともない機体に目を奪われそうになる。
「邪魔してんのはお前や、ホワイトリリス」
「どういうことだ!」
「俺らはそこのエンジェランに用がある」
「なんですって!? 私には貴方達みたいな知り合いはいないわ!!」
「そう、俺も知らんけど、桐生博士があんたに用がある言うて」
「桐生…… し…知らないわ! そんな人!」
「そう言うのも無理はない。だが、我々は任務を果たさなくてはならない」
テムジンと見知らぬ機体が四散した。自分を挟んでスペシネフと敵のエンジェランが対峙するような形になる。
「リリス、死にたくなかったらとっとと逃げろや!!」
スペシネフがターボサイズを放った。それは右方向に進路を変えると、神奈のエンジェランを取り囲むようにホーミングする。やがて敵のエンジェランのいた場所を通り抜け、衝撃波は壁となって立ちはだかった。
紫色の炎の様な壁が、少しずつ神奈のエンジェランに迫る。
このままではやられてしまう。神奈は上空へと退避しようと真上を見上げた。
見上げた先には、真っ黒なもの。エネルギーの固まりであるかの様に火花を飛ばしている。
「八重! 今だ!!」
その声を受け、黒いエネルギー弾が自分に迫ってきた。
「…………………………!!」
声を挙げる間もなく、神奈のエンジェランは飲まれていった。彼女自身の意志と共に。
「任務完了。これより帰還する」
テムジンの通信を合図に、3機はノイズとなって消えた。
「ちぃっ……」
ホワイトリリスと呼ばれたエンジェランは、抵抗するVRが殆どいないのを確認すると、僚機に撤退命令を出した。そして、全機が撤退するのを確認すると、左の掌に、一発の『弾』をリバースコンバートする。上空に舞い上がり、その『弾』を地上に向かって放り投げ、そのままノイズとなって姿を消した。
Blau StellarJPN本部管制室。
各地からの情報が一堂に集まり、第二の戦場と化している。
「TV−02、オブジェクトポイント361。全機投降しました!」
「FC−KDDI−0070が敵に占拠されました!」
管制官から上がるのは、どれも嫌な報告ばかりだ。
しかし、上層部はそれ以上に衝撃を受けた。
「何故我々の新型機を敵が既に持っているというのだ!!」
「しかも現行機のニューバージョンまでも!」
「特にバルシリーズの制作は極秘だったはずだ。直ちに開発員全員の更迭を……」
将校達のいい加減な発言を
「お黙りなさい!!」
リリンが一喝して鎮めた。
「今はその様な事をしている場合ではありません。一刻も早く新型機、MSBSのニューバージョンを完成させるのです。
開発部の責任者は誰!?」
「私ですが……」
40代ほどの中年男性が名乗りを上げる。
「新型機、及びMSBS5.2の完成を急がせなさい。報告書に依れば、今週中に最終チェックに入るはずです。
最終チェックを行わせなさい! 今すぐ!!」
「ですが……」
「私の言うことが聞けないの!? 貴方は以前誰に世話になったというの!? 本来なら処刑されていた貴方の命を救ったのは誰だと言うの!?」
18歳とは思えない気迫と威圧感だ。男はひぃっと情けない声をあげると、携帯電話でリリンの意向を怒鳴りつけながらその場を立ち去った。
「まったく、肩書きに寄りかかるしか出来ない無能な男……
プリエミネンス」
「は……」
リリンの側に控えていた女性が答える。
「あの男は更迭します。後任にはバルシリーズ開発責任者の柏木少佐を置きます。彼女を少将へ。昇進手続きを頼むわね」
「了解しました」
たった18歳の少女の一言で全てが決まってしまった。その場に残った将校達はごくり、と生唾を飲む。明日は我が身かもしれない。自分たちはOMG以降、突然現れたリリンによって救われ、生かされているにしかすぎないのだ。
「ミス・リリン! あれを!!」
管制官が指さしたのは第4プラント、TSCドランメン。
真っ黒なエネルギーの固まりが、エンジェランに襲いかかってくる瞬間だった。
「なっ……」
その場にいた全員が自分の目を疑った。
黒いエネルギー弾がぶわっと膨れ上がり、エンジェランを飲み込むと、急速に小さくしぼむように消え去った。
エンジェランを飲み込んだまま。
「どういうことなの……」
その場に残されたエンジェランが、上空へ舞い上がり、掌から紫色の弾を放り投げる。
弾は、地上に触れる前に全てを飲み込むかのように大きく膨れ上がった。
そして、膨れ上がりながら触れた物全てを削り取り、さらにそれを飲み込んでいく。
建造物であろうとVRであろうとお構いなしだ。
どぉんっ!!
爆発音が鳴り、聖域を映しいたモニターは、ただ砂嵐を映すだけとなった。
「なんなの…… これは……」
リリンが茫然とする。視線の先にあったのは、尚貴が個人的に持ち込んだ端末で、それには通信衛星から強引に引っ張ってきた映像が映っている。
何もない。そんな表現しか出来ない有様だ。海に近い土地柄のせいか、陸地の殆どが水没している。辛うじて櫓を中心とし、四方に小さめの障害物のある一角が確認出来る。
あとはただ浸水した土地を映すだけだ。
「TSCドランメン、特に聖域は全滅ね……」
リリンは愕然とした表情を隠さなかった。しかし、次の瞬間にはD.N.A.の盟主としての顔に戻っていた。
「各地の駐屯中の部隊全てに出撃の準備を。30分後に会見を行います」
「ですがミス・リリン、相手がどのような者か判らないうちの出撃体勢は……」
「こちらが仕掛けようとすれば、必ず向こうからも動きがあるでしょう。
今回のような不意打ちさえなければね……」
リリンがその場を離れ、ぞろぞろと将校達(殆どがOMG時代からの名前ばかりの集まりだが)が後をついて行き、その場は閑散としたものとなった。
それでも、他のプラントの戦況はめまぐるしく入ってくる訳で、管制官に休む暇などは全くないのである。
数刻後、世界各地に点在するBlau Stellar所属部隊に、第三次非常態勢が発動された。
これは殆ど戦闘態勢に近いもので、『いつでも出撃出来るような準備を取れ』というものである。
当然、この発令はCRAZE隊にも届いており、現在はもうすぐ始まるリリン・プラジナーの会見に向けての待機状態である。
いつものミーティングルームには、最初の顔合わせ以来全員が集まった。ただし、尚貴だけはリリン・プラジナーと共に会見の場に居合わせている。
引き下ろされた大型モニターの画面が切り替わり、リリンの姿を映し出す。
「皆さん、我がBlau Stellar始まって以来の、最も起きてはならないことが起こってしまいました。
所在不明のバーチャロイド群の襲撃により、我が軍は今までにない被害を被りました。
DN社、rn社がそれぞれ所有していた全プラント、ムーンゲートを含む月面の全施設が占拠されています。
中でも、TSCドランメン、聖域の被害は甚大で、現在でも生存者の確認が未だ取れないでいます」
その発言を聞いた深夜の顔色が一瞬青ざめた。
「彼らが何者なのか、何が目的なのか、未だ明らかになっていません。彼らの戦闘力は計り知れず、今のままでは私達では太刀打ちできないのが現状です。
ですが、私達はこのまま黙っている訳にはいきません。
これが我々に対する宣戦布告であるのなら……」
『その言葉を待っていましたよ、ミスリリン・プラジナー』
突然、何者かが回線に割り込んできた。だが、この回線はBlau Stellarでもリリンしか使用出来ない特別回線のはずだった。それだけに外部からの侵入や盗聴は限りなく不可能なはずである。防護壁も幾重にも張り巡らされている。それを全てくぐってきたのなら、声の主の技術力はとんでもない物だ。
『申し遅れました。私は今回貴方方Blau Stellarに少々挑戦をさせていただきました、O.D.A.総帥Meister
Oと申す者。
我らの目的の為、我が軍の全勢力を持ってプラント襲撃に当たらせていただいたのですが……
「地上最強の軍隊Blau Stellar」とはこんなものなのですか? ミスリリン』
こもるような笑いがリリンにはさぞ屈辱的に聞こえるのだろう。いつも穏やかなリリンの表情が、紅潮しているかの様に尚貴には見えた。
「あの様な不意打ちを食らっては堪ったものではありませんわ。
今のこの時代、正式にその様に申し出ていただかないことには……」
『それでは、この場を借りて申し出ましょう。
ミスリリン。いや、バーチャロイド連合軍Blau Stellar総帥リリン・プラジナー。
我らO.D.A.は貴方方に、全プラント及びムーンゲートを賭けて、全面的な限定戦争を申し込みます』
To be continued.