「せやっ!!」
「はぁっっ!!」
 テムジンのソードとソードがぶつかり合う。
 一瞬だけ二機が離れ、リンのテムジンがソードを振りぬいた。深夜はこれをしゃがみで回避し、立ち上がりざま自機を回転させつつ、ソードを振り回す。『零距離戦最適化システム』Type SSの「メイルシュトローム」という技だ。立ちあがり途中にコマンドを入れると言う、シビアさが要求される技だが、相手の「虚」をつくと言うことでは非常に有効だ。しかも足元に一回、ボディに一回の判定があり、有効範囲ということでも使える技である。
「しまった!」
 当然、リンもその技に対抗する術がなく、足元をすくわれ、バランスを崩したところに再度一撃を食らう。
『シャドウスライサーだよ!』
「判ってる!」
 相手がダウンしたのと同時に、シャドウスライサーのコマンドを入れる。起きている相手には足元への最下段攻撃となり、ダウンしている相手には有効な追い討ちとなるこの技。深夜は短いテスト運用の間に、確実に発動出来るまでにマスターした。
 リンの方は起き上がる間も与えられず、シャドウスライサーによって再度ダメージを受け、緑の大地を大きく転がる。
 だが、一方の深夜の方も、決して軽視出来ないダメージを受けていた。そういう点では、お互い、互角に戦っていると言っても良いだろう。
 Vアーマーは殆どなくなり、黒いスケルトンシステムがむき出しになっている。まだ戦えると言う思いがある限りは、二人は戦うことを止めないだろう。
 しかし、今回の出撃の目的は、あくまで「フェイ=イェン オリジナル」の保護、もしくは捕獲である。前者はBlau Stellar、後者はO.D.A.に与えられた指令だ。
 ゆえに二人とも、このまま相手を撃破してよいものか、或いはここで停戦するべきか、頭の片隅で考えながら戦っていた。それでも、ついつい本気を出してしまうのが現実なのだが。
『お姉ちゃん、ゲージが半分を切ったから、あまり近づかないように気をつけてね』
 そんなテムジンの言葉にも、深夜は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そうね。なるべく気をつけるね」


「きゃぁぁぁっっ!!」
「「八重!!」」
 倒されたバル=バドスに、テムジンとフェイ=イェンが駆け寄る。
 4:1という、千羽矢−正確にはデュオだが−不利の展開で始まった戦闘だが、蓋を開ければさすが女王の懐刀と言ったところか。すでに二機を起動停止同然にまで追い詰めている。
 六道のバトラーは『零距離戦最適化システム』の攻撃をまともに受け、左足の駆動系を完全に破壊されてしまった。八重のバル=バドスも、彼女が作り出す独自の幻惑空間を発生させたものの、一瞬の不意を突かれ、ターボサイズを正面から食らっている。
『今度から、戦闘は全部デュオに任せようかな』
「おい、そういう訳に行かないだろ」
 千羽矢の軽口に、デュオは苦笑いを浮かべた。
 デュオはその実、スペシネフには高い相性を見せるが、他の機体は正直得意ではない。特に重量級はかなり苦手らしい。
 O.D.A.の四機は、ある種の恐怖の念を持って、眼前にいるスペシネフを見た。
 Königinとは全く違う恐怖感だ。
「やはりマックス…… 私達では太刀打ち出来ない……」
 八重が絶望を込めてつぶやいた。
「私が行きますわ」
 歩み出たのは四門のフェイ=イェン。O.D.A.所属のVRらしくモノトーンにまとめられているが、白黒反転のカラーリングとなっている為、フェイス部分が黒くペイントされている。胸部の赤いヤガランデアイも不気味だ。
「四門、本気か!?」
 二葉が声を荒げた。四門は通常の戦闘では、前線に立つ五人(KöniginKavalierに、八部衆の三人)より一歩下がった所で状況を把握するのが常だった。彼女が自ら進んで前に出ることは、二葉が記憶する限りはなかった。
「貴女は私達の最後の砦。私が倒されても、貴女がいれば、八部衆の面目は守られる」
「しかし!」
「私も八部衆の一人、そして陛下に仕える身。無様な戦いだけはしませんわ。
 マックス! 次はこの私がお相手いたしますわ! いざ尋常に勝負なさい!!」
 凛とした姿の四門。二葉のテムジンは、自然と八重のバル=バドスを抱く腕に力が入った。
「まぁだやる訳? そんなに相手にして欲しいなら、エスコートするぜレディ!!」
「貴方も紳士なら、もっと言葉使いを改めた方がよろしくてよ!!」
 四門のハートビームと、デュオのライフルが同時に火を吹く。どちらも地上での機動性の高い機体だけに、緑の森に囲まれた土地を縦横無尽に駆け巡る。
 デュオはこれまでのスタンスを変えず、距離に応じた戦い方をしていた。ある程度距離を置いているものの、一発を狙う『零距離戦最適化システム』も要所に使っている。
 対する四門も、ハンドビームとソードウェーブで相手を牽制し、ハートビームと時折混ぜる、オーソドックスなフェイ=イェンだ。
 特筆して言えるのは、回避が完璧なのだ。視覚外からの攻撃も、まるでそこに目があるかのように回避する。しかし、四門にはかつて地上に出撃したO.D.A.パイロットのソア=ファールズのような、全てを見渡す俯瞰の視線は持っていない。「マシンチャイルド」という特別な存在である彼女が持つ、動物的本能と言っても良いだろう。
「さすが、このクラスを出してくるたぁ、敵さんもなかなかやるもんだな」
『デュオってば! そんな悠長なこと言ってないでよ!』
 お互いに全ての攻撃を回避するので、なかなか決定打が出ない。しかし、ここで焦った方が負けると言うのも判っているので、ある種の不毛な戦いになろうとしていた。
 その均衡を破ろうとしたのは、意外にも四門だった。
「お…らよっ!!」
 距離を詰めてきた四門のフェイ=イェンに、デュオはType Aの「クルメシア」で応戦した。
 その攻撃を、四門はVR離れしたバックステップで回避した。そしてそのままショートダッシュからダッシュ近接を繰り出す!
『デュオ!!』
「なんだ!?」
 「クルメシア」はモーションが大きい分、隙も大きい。相手を空中へ打ち上げている間に次の攻撃へ移行、連続のコンビネーションへとつなげる「クルメシア」は、外せば致命的なミスになり得ることがある。全体的にモーションが大きい技の多いType Aは、当たれば大きいものの、外せばそれなりの覚悟が必要だ。
「いただき!」
 四門の振るったソードは、狙いを違わずデュオのスペシネフにヒットする。
「ぐぁっ!!」
『デュオ!!』
 骨のように細いボディをフェイ=イェンのソードが一閃する。そのはずみでスペシネフは大きく転倒した。
「……凄い…… これが、四門の本当の力……」
 左足の駆動系を完全に破壊され、動けなくなった六道が、感嘆の声を上げる。いつも自分とKöniginのことだけ気にかけていて、仲間の戦いを見ることなど、殆どなかった。特に、今戦っているのはいつも自分達の後ろにいる四門。初めて見る仲間の姿に、ただただ息を飲むだけだった。
「立ちなさい」
 四門はソードの切っ先をデュオに向けた。デュオは千羽矢の顔で苦笑いを浮かべた。
「もしかして、やばい?」
『そんな悠長なこと言ってる場合じゃないってば!』
 『零距離戦最適化システム』には、追い討ちを防ぐ為にダウン時からの起き上がり方にもいくつかある。前方もしくは後方に転がって起き上がるか、横方向に転がって起き上がるか。スペシネフはEVLスクリーマーのおかげで、前者しか出来ないのだが(ちなみに、ショルダーアーマーのあるサイファーも同様である)。
 デュオのスペシネフは後方に転がり、距離を取って体制を整えた。スロットルを握る手に、嫌な汗をかいているのがわかった。
「これまでの奴らと同じに考えてたら、俺がやられるな」
 手にかいた汗をスーツの袖で無造作に拭い、スロットルを握りなおす。
「ちぃ」
『?』
「ちょっと手荒に行くぞ」
『程ほどにしてよ』
「判ってらい!」
 バックダッシュして、四門との距離を離す。だが、千羽矢にはそれが疑問に思えた。確かに、デュオは射撃の腕は確かだが、それ以上に彼の得意距離はレッドからブルーの近距離の筈。
「行くぜ!!」
 デュオは振り向きざまに、ターボサイズを発射した。そのままライフルを撃ち続け、エネルギーボールをばら撒き、四門の動きを少しでも制限しようとする。
「流石に陛下と戦い方が似ているけど…… その程度で私を封じようなんて、甘く見られても困りますわ!」
 四門が記憶する限り、Königinとマックスはまるで兄弟のような関係だった。Kavalier以外、基本的に心を許したりしないKöniginだが、マックスとは対等な付き合いをしていた。
 シミュレーターでの対戦でも、Königinと戦える人間は少なかったから、Kavalierかマックスがいつも相手をしていた。同じスペシネフに乗っているせいか、自然と闘い方も似通っていた。
 −本当であれば、私達と共にMeisterの下で戦うはずだったのに……
 四門は少々彼の運命を嘆いた。しかし、今目の前にいる彼は、自分達の「敵」なのだ。少しでも隙を見せれば、自分が危ない。
 フェイ=イェンも地上では抜群の機動力を誇る。攻撃力は全体的に抑えられているが、ダッシュ攻撃の隙は通常の半分ほどにまで抑えられているし、何より、彼女のフェイ=イェンには特別な「仕掛け」があった。
 デュオの放った攻撃を縫って、彼女も距離を取ったり近づいたり、戦場というダンスフロアを踊っているようにも見える。
 デュオが鬼火を放ち、それを楯に一気に四門に近づいた。四門もそれに気づいたのか、放たれた鬼火の間をかいくぐり、デュオに近づく。
「これで…終わりだ!!」
 デュオがアイフリーサーを振りかぶった。Type A最大の奥義ともいえる「テュフィダル・ジグムトー」を繰り出す! この技はガード不能で、通常のVRであれば、まずガードは出来ない。
 しかし……
「なんだって!?」
『そんな!?』
 デュオも、千羽矢も目を疑った。
 フェイ=イェンの右手に装備されている「賢者の妄愛」。これがエネルギーフィールドを発生させ、シールドのような形状を作る。旧世紀における、中世ファンタジーの戦士が装備するシールドと表現しても、何ら問題ない。
 そのシールドが、アイフリーサーの刃をしっかりと受け止めていた。
 ガード不能な技だけあり、フェイ=イェンもこの攻撃を止めるのに、足元にアスファルトを食い込ませていたが、彼女自身がダメージを受けている様子は全くない。
「私は基本的に情報端末として戦場に存在しておりますの。だから、攻撃は三人に劣るけれど、防御に関しては、私の方が上ですのよ。
 残念でしたわね。貴方も、ここで終わりですわ!!」
 左手に持つ「愚者の慈愛」をスペシネフの胸部にまっすぐに突き刺そうとした。このまま貫通すれば、Vコンバーターにまで到達するだろう。
「覚悟なさい!」
『デュオ!!』
「四門! 避けろ!!」
 四門自身と千羽矢の声に混じって、二葉の声が聞こえた。
 二人の視界に、赤い影が飛び込んでくる。それと同時にバルカンが数発発射され、二機は反発する磁石の様にその場を離れた。
 先程まで二機がいた場所にいたのは、モータースラッシャー状態を解除した、一機の赤いサイファーだった。
「お前は……」
『ひろくん!!』
「生きていましたのね。Zauber K!!」
 サイファーは四門の声を半ば無視すると、スペシネフの方を向いた。
「大丈夫だったか?」
「あ…あぁ。何とか……」
 突然のことに、デュオは千羽矢を意識せずに返事をしてしまった。が、気づいた時にはもう遅かった。相手が勘ぐったりしないことを、デュオは祈った。
 赤いサイファー−神座寛は周りを見回した。足をやられて動けないバトラーと、テムジンに抱きかかえられたバル=バドス、そして、先程までスペシネフと対峙していたフェイ=イェン。
「4:1で向かってこの様か? ったく、女王陛下の八部衆も落ちたものだな」
「黙れ裏切り者!」
 神座の吐いた毒に、六道が噛み付いた。だが、神座はそんな六道も無視する。
「まともに動けるのは四門と二葉だけか。あとはこいつにやられたか? まぁ『こいつ』相手にお前らで相手が出来るとは思ってねぇけどな」
 −ばれたか……
 デュオは腹を括るしかなかった。とりあえず、いまは「竜崎千羽矢」としてここにいるのだから、本当は「デュオ」であることが他人に悟られてはならないのだ。
 それも、正直なところ無駄な努力になったようだが。
「二葉。お前も出て来い。2:2なら、どうにかなるだろ?」
「誘っているつもりか?」
「据え膳食わぬは男の恥だろ?」
「二葉、行って。私なら大丈夫。私達が本当に負けたら、陛下に恥をかかせることになる。お願い。陛下の為にも……」
「八重……」
「私はもうERLが射出出来ない。バルシリーズにとって、これは致命的だもの。戦えないに等しい。
 お願い、二葉。戦って!」
 意を決した二葉のテムジンがバル=バドスから離れた。側に置いていたスライプナーを手に取り、四門のフェイ=イェンに横に並ぶ。
「よかろう。それほどまでに私と戦いたければ……
 見るが良い! 八部衆最強と謳われた、この二葉の力を!!」



 −なんだこいつ。さっきとは全然動きが違う……
 アリッサのライデンと対峙するKavalierは、時間が経つにつれ、アリッサの動きがだんだんと良くなっていくことに気づいていた。
 それもそのはず。アリッサは上がり症で、典型的なスロースタータータイプ。戦いに時間がかかればかかるほど緊張がほぐれ、真の力を発揮する。
 特に、電磁ネットの使い方は見事だった。ハーフキャンセルを駆使し、テムジンの行く先行く先にネットを重ねていく。これには流石のKavalierも数回引っかかり、バズーカを打ち込まれたり、時にはダッシュ近接で殴られたりもした。
 しかし、KavalierもO.D.A.ではトップを争うテムジンパイロットだ。力をある程度セーブしているとはいえ、確実に相手にダメージを与えている。
 アリッサがグランドナパームから、大バズーカを発射した。しかもキャンセルを駆使し、二発出るところを一発に抑え、次の攻撃に備えている。
 テムジンはナパームの爆炎を避け、ライフルで威嚇する。投げ放ったボムの爆炎が、互いの視界を塞ぎ、思うように身動きが取れない。
 視界が開けた時、目の前を電磁ボムが弾んできた。とっさの所を横ダッシュで交わし、ライフルを撃ち込む。
 しかし、アリッサのライデンはVアーマーを利用し、テムジンのライフルには臆せずにバズーカを撃ち込んでくる。赤い装甲が小さく弾けたものの、シールドゲージには何ら変化はない。
 距離が離れていたので、多少なら弾くだろうというアリッサの読みは、見事に的中したのだ。
「ちぃっ」
 Kavalierはバズーカを回避し、安全圏まで距離を離す。
「格下だと思ってたけど、なかなかやるな」
 背負っていたシールドを投げ捨てる。これで通常のテムジンとほぼ同等のスピードが取り戻せたはずだ。
「もしかして、俺もちょっとは本気にならないとやばいって感じ!?」
 ボムを前方に投げつけると、それを盾に一気に前ダッシュで距離を詰めた。爆風に紛れ、前ダッシュライフルを狙い撃つ!
 一発目は難なく回避した。二発目はかろうじて。三発目は確定で当たるとKavalierは確信していたが……
「まじ……!?」
 Kavalierは目を疑った。確かに、彼の今までの経験からすれば、三発目は確実に当たる軌道にあったのだ。事実、二発は回避出来ても、全弾回避出来たパイロットは今までにKöniginしか存在しない。あとは三発目をまともに食らっていたのが殆どだった。
 しかし、目の前のライデンは、それをすり抜けるように回避した。しかもライデンとしては驚異的なスピードで!
「ありえねぇ…… 絶対にありえねぇ!!」
 Königinと違い、普段はあまり感情をむき出しにしないKavalierだが、この時ばかりは目の前の光景が信じられず、顔が紅潮しているのが自分でも判るくらい、激高していた。
 だが、吐き出した今の一言で落ち着きを取り戻し、再度ライデンに向かい合う。
「そう来ないとな。俺達と戦うには、そのくらいやってもらわねぇと物足りねぇよ!!」
 掛け声と共に前ダッシュでライデンとの距離を詰める。そのスピードは、先程の比ではない。やはりシールドが足枷になっていた。
 アリッサは当然ながら、グランドナパームで壁を作る。爆風の反対側からバズーカを放ち、テムジンを近寄らせないようにする。
 だが、Kavalierはそれに臆することもなく、自らもライフルで威嚇する。
 Kavalierは、やがてこのライデンのパイロットに酷く興味を持った。どんなヤツがこの機体を操っているのだろうと。
 そして、あわよくば、我々の仲間に引き入れようと。O.D.A.にはもちろんライデンのパイロットも存在するが、今自分が対峙している相手は、そのタイプには当てはまらない、全く未知の可能性を秘めている。
 まさか、それが年端も行かない少女がパイロットなどとは、Kavalierは露も思っていないのだが。



 攻め続けるスペシネフと、防戦一方のバル=バドス。
 先程の一撃で相手を見くびっていたことに気付いたKöniginが、これまで隠し続けていた力を僅かに解放した。
 しかし、その解放された力は、これまでの彼女が見せたこともない力だ。この世界に、彼女に敵うパイロットなどいるのだろうか? 彼女を超える力を持つ者が、果たして存在するのだろうか?
「くそ! このままじゃ攻撃出来ねぇよ!」
 歩きながらリングレーザー一発も撃てない。ダッシュ攻撃なぞ使用するものなら、即サイズの餌食になるだろう。
 Königinは全くと言っていいほど隙がなかった。こんなパイロットが存在することが、ある意味奇跡だと、尚貴は思った。
 それでも、尚貴は自分自身にも奇跡を感じていた。Königinが「本気」を出してから、彼女は一発の被弾もない。サポートOSのバルの力もあるだろうが、回避に専念してからはその動きは目を見張るものがあった。
 攻撃は当たらなかったが、Königinは全く焦る様子もなかった。むしろ、対等に渡り合うことの出来る存在を知って、喜びを感じていた。
「逃げろ逃げろ! 俺の存在を世界に知らしめる為にもな! 俺から逃げ切れたら、お前の命は助けてやってもえぇぞ!!」
 Königinにとって、戦うことは自分自身の存在意義である。数年前にO.D.A.に迎え入れられてから、彼女の心を満たしていたのは戦いだけ。それかKavalierと過ごす時間。この二つさえあれば、彼女は満足なのだ。

 バルやテムジンといったサポートOSには、非常時はパイロットとMSBSのリンクを切断し、「彼ら」がMSBSに接続することも出来る。いざと言う時は、バルが尚貴に代わって操作することも可能だ。特にパイロットがすぐに反応出来ない状況などには、強制的に接続を変更させ、サポートOSが操縦することになる(テスト運用時にバルに近寄ろうとしたテムジンがつまづきかけたのは、サポートOSのテムジンが即座に接続の切り替えを行い、彼の意志によりテムジンを制止させた為である)。
 正直な所、バルはそのような状況を覚悟していた。しかし、尚貴はそんなバルの心配を他所に、なんとかKöniginに食らいついている。
 戦っているうちに、バルはある変化に気がついた。これまである程度自分の影響下にあったMSBSが、少しずつではあるがリンクが切られている様な気がするのだ。それは戦闘時間が経てば経つほど顕著に感じ、バルはある種の違和感を覚え始めた。
 最初は気のせいだと思った。しかし、それが確信に変わる瞬間が来た。

 アウトバーンは道路という構造上、殆ど障害物がない。しかも、放棄されて久しい場所であるが故に、周囲に建てられた建造物に何の意味を持つかも、全く持って不明である。
 この見通しの良い戦闘エリアにおいて、ほぼ一方的とも言える攻撃を行っていたKöniginのスペシネフが、突然バル=バドスに背を向け、そのまま距離を離すかのように前ダッシュに移行した。
「逃がすか!!」
 当然ながら、尚貴はこれを追った。
「あかん! これは罠や!」
 バルはとっさに尚貴とMSBSの接続を遮断しようとした。
 が、いくらやってもその接続を切ることが出来ない。それどころか、自分自身がただの「ナビゲーター」のような存在でしかないことに気づいた。
 −わてがいながら、完全にMSBSを支配しとる。このお方、ただものじゃあらへんで!!
 もはやバルの手にはどうすることも出来ない。せめて、一瞬の隙をついて、どうにかするしかない。
 そんなバルの心配を余所に、尚貴はKöniginを追いかけた。この軌道上なら、前ダッシュリングレーザーなら届く範囲内だった。
 もちろん、相手が先に仕掛けてこなければだが。
 こうなったら一か八かしかない。尚貴はこの攻撃に全てをかけた。右手のERLをスペシネフに向け、照準を合わせる。
 が、急に眼前のKöniginが後ろを振り向いた。そして、振り向き様にアイフリーサーを振りかぶり、それをそのまま振り下ろしたのだ。
 振り下ろした軌道からはショッキングピンクの波動が発生し、その波動は完全にバル=バドスを捉えている。
 Königinが最も得意とする、前ダッシュからのターボサイズだ。通常のパイロットではまず使用出来ない技。スペシネフを意のままに操る彼女だからこそ、使える技と言っても過言ではない。
「『!!!!!』」
 バル=バドスの動きがほんの一瞬だけ止まった。このままでは、完全にターボサイズの餌食となる。
 −まさか、俺はこんな所で無様にやられるのか!?
『ままよ!!』
 サポートOSの意地に賭けて、バルが再度制御切り替えを試みる。が……
「『何やと!!』」
 バルが驚愕の声を上げたのと時同じく、Königinもまた、その光景に驚愕の声を上げざるを得なかった。

 スペシネフの挙動を目にし、一瞬だけ動きを止めたバル=バドス。そのバル=バドスから、目を覆っていなければ目が焼かれるのではないだろうかと錯覚するほどの光が発生した。
 前ダッシュリングレーザーの発射態勢に入っていたのだから、その時点で既に回避行動は採れないはずだ。
 しかし、バル=バドスは自ら発した光に包まれると、踵でアスファルトを蹴り、横に回転してこれを回避した。
 バル=バドスが回避したのと、ターボサイズの波動が先ほどまでバル=バドスがいた大地を走ったのは、ほぼ同じである。
 回避の後、片膝をついていたバル=バドスを包んでいた光は、急速にその姿を消した。
『尚貴はん、あんた一体……』
 尚貴は大きく肩で息をしていた。当然ながら、バルの問いかけなど、答えられるはずもなく。
 Königinはサイズを振り下ろした体勢のまま、この世界で誰一人回避したことのない、己の最終奥義をかわしたバル=バドスを、何とも言えない気持ちで見つめていた。

 To be continued.