1対4。傍目から見れば多勢に無勢という風にしか見えない。
 しかし、彼女らにとって、眼前の敵はそこまでしなければ倒せないと思っている存在だった。
 かつて「女王の懐刀」として、Kavalier Sと共にKönigin Rを守護していた。
 マキシミリアーノ=アンジェレリ。
 逃げも隠れもするが、嘘だけはつかない少年だった。

「久しぶりだな、マックス」
「久しぶりって言われてもさ、お前ら誰よ?」
「貴様! まだしらばっくれる気か!?」
 Königinに仕える四人の八部衆の内、最も血気盛んな六道が、今にもバトラーで殴りかからんとする。
 しかし、それを彼女達のリーダーである二葉が制した。
「あの事故で記憶をなくしたか」
 あの事故……
 デュオの心の中で、千羽矢は半年前の事件を思い出していた。

 半年前、9012隊に対して「所在不明のVRを捕獲せよ」という任務が入った。
 確認されていたのは2〜3機ということもあり、瀧川班と飯田班がこの任務に就いた。
 相手も少数なので、問題なく任務が遂行されると思っていたが、その相手がO.D.A.発足前の幹部候補生だったのだ。
 結局確認されたのは3機で、その内の2機は捕獲寸前のところを逃亡され、残る1機は、たまたまはぐれてしまった千羽矢のフェイ=イェンと遭遇した。
 戦闘を挑まれた訳でもなかった。降伏勧告を出した訳でもなかった。
 突然、2機のVコンバーターが激しく反応し、そこから先、何が起こったのか全く判らなかったが、目の前のスペシネフは活動を停止し、気がつけば、自分の中に「誰か」がいるのを感じた。
 それがO.D.A.スペシネフパイロットナンバー2のマキシミリアーノ=アンジェレリ。今は千羽矢と運命を共にする「デュオ」なのである。

「単機はぐれたお前が、Blau Stellarのパイロットと接触後、スペシネフを残して失踪した。
 そのお前が、まさか我々の敵となって現れるとはな!」
 ざっ、と4機が一斉に構える。デュオもそれを見て、やれやれという感じにアイフリーサーを構える。
「仕方ねぇ。実力で黙らせてやるか!!」



 神宮寺深夜と、O.D.A.パイロットリン=フー=テイ。彼女達は既に戦闘に入っていた。
 リンは生粋のテムジンパイロットらしく、まるで自分の手足のようにテムジンを操る。
 深夜の方もサポートOSとの連携も良く、何とかこれに食らいついている。
 そして、何よりも『零距離戦最適化システム』が良かった。時折繰り出される、これまでの近接戦闘に類を見ない戦い方は、相手を威嚇するには充分過ぎるくらいだ。
「なかなかセンスはいいが、専属パイロットではないんだろう?」
「異動前は天使隊一番隊隊長でしたから……」
「なるほど。それなら近接戦闘ならお手の物か……」
 地上のバーティカルターンから、前ダッシュライフルを発射する。深夜もダッシュでこれをかわし、ソードウェーブで威嚇する。
 だが、二人が本当にしたいのは……

 しばしの牽制の後、二人の動きが止まった。その距離およそ200。テムジンのダブルロックオンにはまだ遠い。
 しかし、深夜はリンのテムジンに向かって一直線に走り出す。ステップを踏んで、宙に舞い……
「やぁぁぁぁぁっっっっ!!」
 マインドブースターから光の軌跡が生まれる。
「サーフィンラムか!?」
 とっさにガードの体勢に入る。が……
「何!?」
 通常のパイロットが相手であれば、この時点でサーフィンラムが発動すると、考えるのが普通である。
 しかし、リンが相手にしているBlau Stellarのパイロットには、その常識は通用しない。
 中に舞い上がった深夜のテムジンは、ソードを展開させると、両手でそれを握り、サイファーの空中ダッシュ近接の如く自機を前方宙返りさせ、さらにその反動でソードを振りかぶった。
「!!!!!」
 リンは言葉を失い、動きを止めた。もしくは、通常のVRとは全く違う動きに一瞬魅入られたか。
 これが『零距離戦最適化システム』Type SS最大の魅せ技「ファームメントディバイド」である。
 大きく振りかぶったソードは、リンのテムジンの肩口にヒットし、そのままテムジンは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「はぁっ…… はぁっ……」
 技を繰り出した深夜も、肩で大きく息をする。サイファーパイロットならともかく、テムジンやエンジェランはこんなにアクロバティックな技は全く使わない。
 何回か起動実験で技を経験しても、流石に実戦は別だった。
『お姉ちゃん、大丈夫?』
 サポートテムジンが深夜を気遣う。流石に心配だったのだろう。
「うん、大丈夫。ちょっと目が回ってるけど……」
 そうしている間に、リンのテムジンがゆっくりと立ち上がる。Vアーマーが所々剥がれ、スケルトンシステムがむき出しになっていた。
「流石はMeisterに『役者』として認められただけはあるな」
 リンのテムジンが切りつけられた左腕を大きく動かす。ダメージはあるものの、戦闘には特に問題はない。
 愉快で堪らないと同時に、自分達が相手にしている彼女らの大きな可能性を感じる。
「これも限定戦争か。ならば、派手にやらせてもらう!」
 距離を詰め、一気にラッシュをかけようとする。
『お姉ちゃん!』
「そうこなくっちゃね!」
 それは「戦争」というよりは、既に「ショー」と化していた。
 深夜もリンも、内心楽しくて仕方がなかった。



 そのテムジンは、普通のテムジンにしては骨太な印象を受けた。
 何より、背中に背負ったほぼ等身大のシールドと、幾分短めだが幅の広いライフル。この二つが特徴的だった。
 機動力は幾分劣る感じがあるし、ダブルロックオンの距離も短く感じる。だが、ショットの一発一発は非常に重厚な感じがあった。
 特に前ダッシュライフルは、サイファーのホーミングビーム(CW)と変わらないのだ。それが三発も発射される。いくらライデンでも、食らったらただでは済まない。
 しかも、相手は機体性能はもちろん、パイロットとしても世界で類を見ないレベルの持ち主だ。いくらアリッサがライデンに精通しているとはいえ、それは機械的な面に裏づけされたものであり、実戦レベルで劣ってしまうことは否めない。
 しかし、アリッサは新しいライデンを手にしたことで、相手の動きを制限する電磁ネットや、牽制用の電磁ボムを駆使し、新たなライデンの可能性を見出している。ただし、生産ラインに正式に乗るまでは、レーザーの出力系統は旧型のをそのまま乗せているので、ライデン特有の一発性も失われていない。
 テムジンとライデン。共にVRの歴史の根底を支える伝統ある機体。方やロールアウトから8年の年月を経て生まれた新型機。方やこれまで見たことのない「派生機体」と言っても良い。
 そんな二機の直接対決は、このカード最大の山場と言っても過言ではない。

 アリッサはスロットルを握る手に、嫌な汗をかいているのを感じていた。
 相手が強いのだ。何が強い、と言うわけではなく、純粋に全てに於いて強いのだ。
 正直言って、アリッサは実戦においては新人と同じくらいのレベルと言っても良い。確かに、パイロットとしてはそれなりのレベルに入るが、実戦ということになれば話は別だ。
 だが、相手は裏V・P・Bとも言える非合法大会「パンクラチオン」に於いて、引退までの無敗神話を築いた実力の持ち主。正直、なぜこのような場にいるのかも判らないところだ。
 それほどまでに、フェイ=イェン・オリジナルの力は強大なのか? 何故にO.D.A.はフェイ=イェン・オリジナルを狙うのか?

「お前、あの時のライデンだろ? ほら、弓月のフェイ相手に脱衣した」
 アリッサはこの時、酷く緊張していた。彼女は本当に上がり症で、人前に出ることを酷く嫌う。人見知りが激しいのだろうか、普段は女子隊員以外とは殆ど接触しないし、一人の時は大半を寝ているか、ドッグにいるか、自分のノートに向かって何かをやっている。噂では、ホームページを作っているらしいのだが……
 そんなこともあり、当然の如くKavalier Sの質問に答えることも出来る訳がなく、瞬きも出来ないほどに緊張しているアリッサがいるのである。
「敵とは話もしたくないって訳? ま、それでもいいけどよ」
 Kavalierは持っていたライフルを地面に突き刺すと、一時休戦の体勢を取った。
「俺達が知りたいのは、お前らが接触したファイユーヴがどこにいるのかだけだ。正直、それさえ教えてもらえれば、俺達はすぐに撤退するつもりなんだけど……」
 Kavalierは自身のコックピットスクリーンで、左斜め後方を見た。時々ショッキングピンクの衝撃波が走り、マインが爆発し、炎上する様が見える。
−結構本気? でも、アレじゃ30%くらいかな?
 その時Kavalierが浮かべた笑みは、まず他人には見せない優しげな表情だった。
「俺らの主人があの様子だし、暫くは暇潰しして欲しい訳よ。
 実を言うと、俺もいい加減退屈でね。たまには、骨のあるヤツと対戦したいかなぁって思ってさ!」
 突き刺したライフルを引き抜くと、そのまま前ダッシュに移行する。通常ではまず考えられなくらい、スムーズな動きだ。
 当然だが、アリッサも負けてはいない。グランドナパームを放り投げると、相手の視界を塞いだ。その隙に距離を離し、ライデンが最も得意とするスタンスを取る。
−……負けない……!
 諦めたら本当に負けてしまう。ライデンを信じ、自分を信じる。それが自分に出来る最大の攻撃なのだから。



 意地とプライドがぶつかり合い、爆炎を上げる。
 パイロットとしての意地と、最強としてのプライド。言うなれば純粋に「強さ」だけで戦っていると言っても過言ではない。
 初め、Königin Rは尚貴のことを当然のように「普通」の格下だと思っていた。
 しかし、その考えは先ほど繰り出した、殆ど捨て身の一撃によって覆された。
 こいつはそこら辺のヤツとは違う。「ある程度」自分も力を出さなければ、逆に恥をかくことになる。
 正直なところ、ここまで力を出したのは本当に久しぶりだった。先の大襲撃の時も、思っていたほどあっけなく制圧してしまったので、地球圏のパイロットはこんなものかと思っていた。
 だが、自分が今戦っている相手は、少なくとも違っていたようだ。明らかに自分の方が力が上だと判っているのに、それでも立ち上がり、立ち向かってくる。
 恐怖という感情は、彼女にはない。あるのは、ただ「戦いたい」という欲求のみ。
 この相手は、そんな自分の欲求を、少しでも満たしてくれそうだ。だから、Königinも尚貴に、パイロットとしての「誠意」を見せる。

「おーら…よっ!!」
 振りかぶったアイフリーサーを振り下ろす。ブレード部から、ショッキングピンクの衝撃波が走った。スピードもその威力も半端じゃない。1回食らえば、Vアーマーの低いバル=バドスなら、即座に行動不能寸前に追いやらせてしまう。
 しかし、相手もそのことを判っているのだろうか。相手がほぼ確実に避けられるであろう時しか、サイズを繰り出してこない。それ以外は、ライフルやエネルギーボールでじわじわと追い詰めるような攻撃を仕掛けてくる。
 正直、尚貴にはこれもむかつく原因で。明らかに「なめられている」と判っているので、一矢報いてやろうと、大きな攻撃に出るが、ことごとく外されてしまう。
 だが、相手が悪すぎた。普通の相手なら、確実に当たっているだろう攻撃も、Königinが相手では、当たるものも当たらない。攻撃はもちろん、回避もパーフェクト。「マシンチャイルド」の如きポテンシャル。
 スペシネフに乗る為に生まれて来たようなKöniginに、何とかして一泡吹かせたい。
 戦っているうちに、尚貴はKöniginがある程度距離を取って戦っていることに気づいた。しかし、鬼人の如きKöniginが、近接が苦手だとは思えない。
 一か八か、賭けに出た。
「バル」
『なんでっしゃろ?』
「埒があかねぇ。距離を詰めて潜り込む」
『なんやって!? もう40%もダメージ食らってんの、判ってまっか!?』
「判ってるよ。でも、アイツにぎゃふんと言わせるには、そんくらいしねぇとダメみてぇだからよ」
『………判りました。もし、一気に距離を詰めるなら、両手のERLは絶対切り離したらあきまへんで。リングレーザーで相殺しながら、懐を狙うさかい……』
 バルが言い終わる前に、尚貴はスプリングレーザーを弾幕に、スペシネフとの距離を詰めた。Königinも知ってか知らずか、「近接で戦いたければ、近づいて来い」と言わんばかりに攻撃する。
「なかなか骨のあるヤツやな。せやけど、俺とサシで戦うには、まだまだ早ぇんだよ!!」
 立て続けにエネルギーボールを発生させ、ライフルで威嚇する。ぎりぎりのところで回避するのがやっとだが、正直回避していること自体が、尚貴には奇跡に思えた。
 ヴン……とレーザーブレードを展開させる。しかし、その長さは短い。明らかに『零距離戦最適化システム』で戦う現われだ。
「やるな……」
 Königinもアイフリーサーからサイズを展開させる。もう、エネルギーボールもライフルも撃ってこない。ただ、尚貴のバル=バドスが近づいてくるのを待っている。
「俺に殺されるのを誇りに思えや!!」
 眼前に迫るバル=バドス。Königinはロックオンマーカーがダブルロックオン圏内に入ったのとほぼ同時に、アイフリーサーを左から右に振り抜いた。
 通常であれば、まず確実にヒットする一撃だった。だが、相手は「普通」のVRではない。
「何!?」
 Königinの眼前から一瞬バル=バドスが姿を消した。
 正確には「消えた」のではない。Königinの一撃を回避する為、アイフリーサーの下に潜り込む為、その姿勢を最大までしゃがませ、前傾姿勢をとった。
「ざまぁみろ!!」
 言葉と共に、地面を蹴って機体を弾丸の様に体当たりを食らわせる。『零距離戦最適化システム』Type Vの「マッドブラインドダイブ」と言う技だ。
 スペシネフのダブルロックオン距離は、テムジンやバトラーのように長くもないが、かと言って短くもない。近接をメインで戦うスペシネフは世界中に沢山存在する。
 しかし、このバル=バドスはいついかなる時にも、どんな距離でも、他のVRでは出すことの出来ない攻撃方法を持っている。
 それはKöniginが知る由もなく……
「何やこいつ!!」
 尚貴の殆ど捨て身の一撃に、Königinは成す術もなかった。その技をガードする手立てを知らないのだから。
 正確には、相手の思いもしない攻撃に、自分がどうすればいいのかを、完全に忘却してしまったのだ。
 バル=バドスの必殺のは、スペシネフのボディを寸分たがわずヒットした。その衝撃で、未だかつて0.1%の被弾もなかったスペシネフが、大きく転倒した。バル=バドスも着地の際にバランスを崩したが、すぐに立て直す。
 スペシネフはしばらく転倒したままだったが、やがてゆっくりと起き上がった。
「?」
『どうかしはりました?』
 バルの問いかけに、尚貴は軽く苦笑いを浮かべる。MHDを装着している額から、汗が出るのが判った。
「覚悟しろよ」
『へ!? 何がでっか?』
「奴さんが本気で怒ったぞ。
 殺すか、殺されるかまで、終わりそうにねぇな」
 発した言葉とは裏腹に、どこか尚貴は楽しそうだったが、バルはどうにもこうにもならない状態になってしまった。



「?」
「WAL、どうした?」
「女王陛下の逆鱗に触れたやつがいるぞ」
「まさか! あの人がそんな本気になるなんてあり得る……」
 訳がない、そう続けたかった。だが画面を見たFurstは、その言葉を飲み込んでしまった。
「俺もありえないとは思ったさ。でもあのバルもやるな。地球の連中はいつの間にあんなシステムを構築したんだ?」
 顔面蒼白のFurstとは対称的に、Sklaveは愉快で堪らない表情を浮かべていた。
 画面にはKöniginの現在の能力値を示すグラフがいくつか表示されている。彼女だけでなく、今回出撃した全員と、それに対峙するBlau Stellarの四人の能力値グラフも存在した。
 これまでわずかな数値しか見せていなかったKöniginのグラフが、半分に到達していると、Sklaveは言うのだ。これはMSBSを介して発生するエネルギー出力を示すもので、その値が高ければ高いほど、よりMSBSと繋がっていることを表す。
 即ち、KöniginはそれほどMSBSとのリンクを必要としなくても、スペシネフの能力を十二分に発揮していた。
 それが既に50%近いリンク率を示している。
「本気だぞ、彼女。あのバルの一撃で目が覚めたらしい。
 地球にも骨のあるやつがいるもんだ」
 Sklaveはからからと笑って見せた。
 Furstは時々、この同じ時代を生きた「仲間」が判らなくなる時がある。劣勢に立っている時ほど明るく振舞い、逆に優勢な時ほど味方には厳しかった。
 志願兵ではあったが、大学出で義勇軍(彼らの故郷において、軍隊は全て志願制だった)に入軍し、あっという間に司令官補佐と言うクラスにまで上り詰めた。
 彼らの軍隊が当時主力としていた、VRの雛形とも言えるような人型兵器「イェーガー」に乗ることしか能がなかったFurstとは違い(と本人は言う)、Sklaveはどちらかと言えば、最前線での戦闘よりも、部隊の運営や状況把握に秀でていた。
 イェーガーで前線に出ながらも、冷静に状況を確認し、後方からの指令を的確に伝える。故郷の内戦では、敵の砲撃を軽快に歌いながら潜り抜けた武勇伝も持っている。
 今思えば、Furstも度々Sklaveに救われたこともあった。あの時以外は……
 そんな彼の能力を、Meisterも充分理解しているからこそ、側に置いているのかも知れない。
「女同士の戦いは怖いな。な? ヴォルフ」
 そう言って見せたSklaveの笑顔は、Furstが知っているいつものSklaveだった。

 To be continued.