「なぁ、シーラ」
「ん?」
Meisterはなんで『ファイユーヴ』なんか欲しがるんやろな?」
「さぁな。あの人のやることで、理解出来ることなんかひとつもねぇよ」



 Blau Stellar女子チームは、『フェイ=イェン オリジナル』捜索の為、最も目撃証言の多かった(と言ってもその証言自体大した数ではないのだが)繁華街へと足を運んだ。
 流石に制服姿の年頃の娘(?)が四人、そぞろ歩きしていれば否が応でも目立つというもの。度々サインをねだられ、対戦を申し込まれ、その度に断っているのが千羽矢である。
「まったくもう、こっちは遊んでる訳じゃないってのに」
 喫茶店に入り、情報整理をしながら、ぼやいたのは当然千羽矢である。レモンスカッシュをストローですすりながら、走り書きのメモに目を通す。
「でもそんなに珍しいものなのかね? 俺達って」
 尚貴は特大チョコレートパフェをスプーンですくいながら、千羽矢のそんな態度に疑問を感じていた。
 そして千羽矢は、そんな尚貴に対して、がくっと首をうなだれるのだった。
「尚貴ちゃん、あなたまだ自分の立場ってものをちゃんと自覚してないわね!?」
「自覚してるさ。だからさっきのケンカだって丸く治めたじゃないか!」
「そういう問題じゃないのよ!」
 というのも、ゲームセンターの軒先でのいざこざに尚貴が首を突っ込み、「俺が勝ったら今すぐここからいなくなれ」と言うことで、ちょっとした勝負が始まってしまったのだ。
 当然のごとくこの場は尚貴がきっちりと勝負をつけたのだが、Blau Stellarの隊員が来ているという話があっという間に広がり、黒山の人だかりが出来、その中から脱出するのも一苦労だったのだ。
「今回のあたし達の任務は、言ってみれば隠密行動なのよ!? それがこんなになっちゃってもぅ」
「だって〜」
 そんな二人の様子に、深夜は苦笑いし、アリッサはただおどおどするだけだ。
「……まぁ、これからどうやって探すかを考えましょ。ね」
 流石年上(?)の深夜。ここは丸く治める。
「四人でいても、行動範囲が狭間ると思うの。ここは二手に分かれていくのはどうかしら?」
 深夜の提案に、他の三人も一同にうなづく。
「じゃぁ、ここはじゃんけんで……」
「尚貴ちゃんは、あたしと行くのよ」
 差し出した手首をぎゅっとつかまれた尚貴は、千羽矢の浮かべた笑顔を見て一瞬凍りつき、
「……はい……」
 と言うしか他なかった。
「じゃぁあたし達でいっしょに行こうね」
 深夜がアリッサに言うと、アリッサもこくり、とうなずいた。
「で、目撃証言が多いのって、結局ゲーセン?」
「そうね〜、多いって言っても、大した数じゃないけど、この近くの店舗に集中してるのは確かね。
 特にDN社直営店での証言が大半だわ」
 千羽矢がメモを見ながら、調査の結果をまとめる。
「特徴はピンクのふわふわのツインテール、フリルの服に、厚底靴。なんと言っても残像として残る光の粉。これらが全てに共通するわ」
「見つけたらどうするの?」
「おがっちか誰かに連絡でしょうね。指示があるまでは尾行かしら」
 パフェを2/3平らげた尚貴が、持っていたPDAをいくつか操作する。
「見つけたらこいつにメールして。自動的におがっちに連絡が行くようにしたから」
 そういった所では、実に心強い尚貴である。
「それなら、このあと二手に分かれて捜索の続きね。
 神宮寺さんたちは東の方に、あたしたちは西の方に。1700にまたここの下で待ち合わせましょ。
 尚貴ちゃんは早く食べて」
「ちょっと待ってよ。ここのパフェは下に埋まってるマシュマロが大事なんだから」
 −このマイペースさが尚貴ちゃんのいい所ではあるんだけどねぇ……
 千羽矢は感心したり、呆れたりで、親友の器の「偉大さ」を、改めて実感した。 



『こちら二葉』
「六道だ。現在ポイント2274。ファイユーヴを発見した。追跡する」
『了解。奴らの姿も見かけているから、気をつけて』
「心得た」
 六道と名乗った少女は、ピンク色の少女−ファイユーヴの姿を見失わないよう、距離を取って尾行する。
 暫く歩いていると、ファイユーヴはある店の中に入っていった。六道は店の向かいの道路に立ち、ファイユーヴが再び出て来るのを待った……



 尚貴と千羽矢の二人が入った店は、酷く賑わっていた。
 というより、何かの喧騒に包まれていた。
「ん? ケンカか?」
「ちょっと、厄介ごとに首突っ込まないでよ」
「時と場合によっては自ら火に飛び込むくらいでないとね」
 人ごみを掻き分け、何とか喧騒の原因を見ようとすると……

 ピンクのふわふわのツインテール、フリルの服に、厚底靴、光の粉をまとった少女!!

「いた!!」
 尚貴の声はもちろん小声だったが、気分的には店舗中に響かんばかりだ。
「ビンゴじゃね?」
「そう…かもね……」
 千羽矢が言い切る前に、尚貴は人ごみを掻き分け、少女の側に行こうとする。
「あ! ちょっと待って!!」
 千羽矢もその後を追う。


 ケンカの中心は、ピンクの少女とハイティーンの少年達だった。
「あんたなんかにえんじぇらんはつかってほしくないわ!! どるどれいのほうがおにあいよ!!」
「何だと!?」
 見ず知らずの少女にそんなことを言われ、言われた少年は堪ったものではない。顔を真っ赤にして激怒寸前だ。
「手前ぇ!! やろうってのか!?」
「のぞむところだわ!!」
 そう言った少女の視界に、人ごみから現れた人影が入った。赤と紫の制服を着た二人組。
 少女はその姿を見て目を大きく見開くと、たたた…と駆け寄り、赤い制服の少女(と言うには少々歳を取っているかもしれないが)に飛びついた。
 

 驚いたのは、飛びつかれた千羽矢だった。見ず知らずの少女に飛びつかれる覚えはないし、おまけに彼女は自分達が探していた人物だ。
 何故に彼女たちが自分を知っているのか、それともただ面白がって飛びついたのか、全く皆目見当がつかない。
 そして、この少女とケンカを繰り広げていた少年たちも、少々ばつの悪そうな顔をしている。相手が軍関係者となれば、その力の差は歴然としている。
 しかも現れたのは、今をときめく第9012特殊攻撃部隊の隊員だ。
 だが、尚貴の方は向こうから騒動に巻き込んでくれたとばかりにやる気になっている。
「おぅ、うちの若いのが世話になったようだな。この借りはきっちり……」
 だが、その言葉を誰かの人影が遮った。
「軍人が子供相手にマジになるんじゃない。ここは、俺に任せてもらおうか」
 尚貴の方は突然こんなことを言われ、当然面白くない。
「ちょっとあんた……」
 反対に突っかかろうとして、言葉が出なくなった。
「あんた、もしかして……」
「ひろくん!?」
 声を上げたのは千羽矢の方だった。



「でもびっくりしたわ〜。まさかひろくんがこんな所にいるなんて、思っても見なかったもの」
 再び先ほどの喫茶店。六人という大所帯なので、二つに分かれざるを得ず、二人と四人に分かれてテーブルについた。
 二人の方のテーブルは、端から見れば喫茶店でデート中の若い二人だ。
「しばらく音信普通だったから、心配してたのよ。おじ様のこともあったし……」
「たまたま、招待試合でこっちに来てたから……」

 そして、こちらは残りの四人。合流した深夜とアリッサ、尚貴に、くっついてきたピンク色の少女。
「彼は?」
「あれ? 神宮寺さん知らない? 神座寛(かむくら ひろし)。通称『紫煙のHiro』。SHINJUKU TOWNのWEST SPORTS LAND、西スポを拠点とするトップクラのサイファー乗りだよ。
 ちょうど去年の今頃からランキングに顔を見せ出してね。今じゃ世界的カリスマサイファー乗りの一人だよ」
 感心したように神座を見る深夜。
「……で」
 尚貴は体を真正面に向け、対座するピンク色の少女と向き合った。
「君はどうして千羽矢ちゃんに飛びついたのかな? お嬢さん」
「おじょうさんなんてやめてよね。あたしには『Fei=Yen』ってりっぱななまえがあるのよ!」
 その一言に、三人は目配せをした。
 −やっぱり。
「どうしてこっちの世界に来たの? プラジナー博士を探しに?」
「もちろん、それはあたしのだいじなやくめだわ。おとうさまやおねえさまをさがして、またみんなでふつうにくらすのがゆめだもの」
 自分の意思を持ち、VRと人間の狭間の存在である『オリジナル=バーチャロイド』。フェイ=イェンはその代表的な一人だ。
 特別とはいえ、普段はごく普通の14歳の少女だ。ちょっと勝気な性格だが。
「なんかね、さいきんぶっそうじゃない? げつめんきちはせんきょされるし、わけわかんないれんちゅうはでてくるし。
 もし、おとうさまやおねえさまがかかわっているようなことがあったら、あたし、ちょっといやだもの」
「そりゃまぁ、その通りだよなぁ」
「それに、あたしもねらわれてるみたいだしね」
 自分達のことか!? 三人は一瞬ぎくり、とした。
「くろいせいふくをきたれんちゅうとかが、あたしのあとをついてくるのよ。
 あ、あなたのことじゃないわよ」
 黒い制服という言葉にどぎまぎしていたアリッサだったが、フェイ=イェンの一言にちょっとだけ緊張をほぐした。
「こんかいのいちれんのじけんのはんにんでしょ。あたしをつかまえようとしてるんだろうけど、そうはいかないわ。
 おとうさまがいのちをかけてあたしをじゆうにしてくれた。だからこんどは、あたしがおとうさまをさがしてみせる」
 フェイ=イェンの言葉に、尚貴は、今回の一連のことについて自分なりに整理してみた。
 何らかの形でリリン総帥の耳にO.D.A.がフェイ=イェンを狙っているということが入った。彼らが絡んでいるとなれば、相手に出来るのは自分達しかいない。
 しかし、そうなれば、別に女子のみでなくてもよいのでは?という疑問にぶつかる。フェイ=イェンの警戒心を考慮してのことか?
 そして、彼らの狙いは何か? フェイ=イェンを自らの傘下に置くことか? それとも、彼女の様な自我を持つVRを作ることか?
 OMGの以前よりD.N.A.が束になっても敵わなかった存在が、今時分の目の前にいることに、正直恐ろしさすら感じる。
「狙われてるって判ってるならどうして……」
「ずいぶんまえに、まちでみかけたの」
 唐突に話し出すフェイ=イェン。
「おとうさまのにおいがしたの。びっくりしたわ。おとうさまかとおもった。
 でも、それはひとちがいだったの。そのひとをおっかけてたら、ここまできた」
 そう言って、フェイ=イェンは隣のテーブルの神座を見た。
 千羽矢は多くは語らなかったが、神座とは幼馴染みだと言った。十年程前に父親が失踪し、大変な子供時代を過ごしたらしい。
「……で、どうする? これから」
 深夜が言うことはもっともだった。いつまでもこのような所にいる訳にも行かない。何より、O.D.A.が彼女を狙っているということは事実である。
「緒方さんからの連絡は?」
 尚貴は携帯とPDAの両方のメール受信を行ったが、センターにはメールは届いていなかった。
「だめ。全然連絡ないよ……」
 と言っている側から携帯が鳴った。
「はい。あぁ、おがっち」
 尚貴の一言に、一同−隣のテーブルの千羽矢も−が耳を傾ける。
「なんだって!?」
 大声を上げ、がたがたっと立ち上がる尚貴。そのまま窓際の空いてる席に走り、外を見ようとしたが……
「こっからじゃ見える訳ねぇか。
 すいませーん! テレビつけてもらえませんか〜?」
 天井からいくつか吊り下げられたテレビが一斉に点灯する。そこに映し出されたものは……
「あたしを…… ねらいにきたのね」
 意外にもフェイ=イェンは目の前の現実を冷静に受け止めた。元々自分を生んだ父親が所属していた組織からも追われていたのだから、今回の事態にはさほど驚いてはいないのか。
 広大な緑に覆われたアウトバーン。そこに現れたのはスペシネフ1機、テムジン3機、フェイ=イェン1機、アファームド=ザ=バトラー1機、バル=バドス1機のの総勢7機。テムジンとフェイ=イェンは彼らが既に稼動させている新型機で、特にテムジンは1機だけ背中に大きなシールドを背負っている。
「追って来たか」
 神座が席を立った。
「どういうこと!?」
「しかもリンも一緒か。やりにくいな。Meisterのやりそうなことだが、仕方ねぇ」
 席に置きっぱなしにしていた上着をつかむと、神座は店を出ようとした。
「金は後で送金するわ」
 コーヒー代のことなのだろうか。そう言い残すと神座は今度こそ店を走って去った。
 一同はあっけに取られていたが、こうしている訳には行かない。だが、ここから基地までは距離がある。一度戻っている間に何かあれば……
「TROしかないわね」
「そうね」
 TROは正式には「Teleremote Online System」という名称で、OMGの際、月面突入部隊が使用した遠隔操縦システムだ。
 現在では非常時の手段として、大型アミューズメントに配備されている。この近辺の大型店なら殆ど配備済みのはずだ。
 しかし……
「あたしのことならきにしないで。じぶんのことはじぶんでできるわ」
 フェイ=イェンはそう言い切った。OMGの前から様々な敵と戦っている彼女だ。その言葉には自信がみなぎっている。
「行こうか」
 一同が戦士の顔となる。
 いよいよ、MSBS5.2、新しいテムジンとライデン、新型機体バル=バドス、そしてBlau Stellarの切り札『零距離戦最適化システム』の初陣だ。
「すいません! お金後で払います!!」
 店を出る際に尚貴が叫んだ。店員は一瞬ビックリした顔をしたが、顔を見合わせてくすくすと笑い出した。



「こちら六道」
四門(しもん)がお相手いたしますわ』
「ファイユーヴが連中と接触した。ポイント2289にて仲間と合流するようだ」
『私もそこにいましてよ。ターゲット確認次第、Meisterに報告しますわ』
「陛下には連絡しなくていいのか?」
Kavalier様より、見つけたらまずMeisterに連絡するように仰せ仕りましたわ』
「そうだったか?」
『あらいやだ六道。そう仰っていたでないの。
 見つけ次第、私から連絡致しますわ。
 それまでは、ゆっくりとお茶を楽しませて下さいませね』
 携帯は半ば一方的に切られた。
 Königinの下に仕えている四人の八部衆は、彼女を主と仰いでいるだけあり、八部衆の中でも曲者ぞろいだ。しかし、その戦闘力はずば抜けており、Kavalierも含めた六人はO.D.A.の中でも最強のチームである。
 一人ティータイムを優雅に楽しんでいる四門は、かつてr.n.a.で情報端末としての役割として製作されたフェイ=イェンに搭乗している。Sklave傘下の五目、Klosterfrau傘下の三輪と並び、索敵、情報操作といった分野に秀でている。
 何物にも動じないおおらかな性格は、冷静な状況分析が求められる戦場では、非常に強みである。特に熱くなりがちなKönigin配下の他の三人にとっては、彼女は自分達が『部隊』として存在する為には必要不可欠である。
 四門は入り口からそう遠くなく、かつ全体を見渡せる席で、ターゲットが現れるのを待っていた。O.D.A.の黒い制服ではなく、深窓の令嬢を思わせる白い服をまとって。これも相手に自分達の存在を悟られない為の手段である。
 そして、四門が既にここにいる理由は、決してティータイムだけではない。彼女なりの捜査の結果、フェイ=イェンがここに現れると踏んでの張り込みだ。
 時間は1500を少し回ったくらい。張り込みから既に2時間以上が経過していた。
 この喫茶店は、アーケードの2階にあるが、あまりにお洒落過ぎるので、流れてくる客は殆どいない。客層といえば、デートらしきアベックか、品のいい年配の女性、親子連れなどで、到底アーケードに用があるような客の姿はない。
 しかし、ガラスを隔てた階段の下の方から、賑やかな声が微かに聞こえてくる。自然に振る舞いながらも、視線を入り口の方に向ける。
 −ビンゴ、ですわね。
 ガラスの自動ドアの向こうに見えた姿を確認し、四門は自分の推理力に酔いしれざるを得なかった。
 現れたのは、五人の女子。と言っても、そのうちの一人はBlau Stellarの男子制服を着用しているので、男か女かいまいち判らない。声を聞くに、恐らく女子隊員だと推測した。他の三人は色違いの女子制服に身を包んでいる。
 何よりも、そんな四人に守られるようにして現れた小さな少女。ツインテールのピンク色の髪、フリルをあしらったピンク色の服。
 彼女たちが捜し求める、「ファイユーヴ」その人。
 四門はティーカップの中の紅茶の残りを確認すると、ポーチの中から携帯を取り出した。
『我、飛燕発見せり』
 その一言をメールで送る。そして冷めかけた紅茶を飲み干すと、普通の客を装って会計を済ませ、店を出た。
 通りに出たのと携帯の着信が鳴ったのはほぼ同時だった。
「四門でございますわ」
『見つけたか』
「えぇ、たった今」
『一度全員本部に戻れ。揃い次第出撃する』
「陛下はどうなさってます?」
『ヤツもじきに戻るだろう。先に待機しておけ』
「了解しましたわ」
 四門はその足で、先ほどの建物にある、1階のアーケードフロアに入った。アーケードの女子トイレというのは、入る人間もまばらで、身を隠すのにはうってつけの場所だ。
 誰もいないことを確認すると、四門の足元からぶぁっと黒い空間が広がった。白い服が黒い制服へと変化し、やがてその空間へとその身を飲み込ませていった。



 店員が総動員し、敬礼で彼女達を迎える。
「ご協力感謝致します」
「とんでもございません。システムは全て起動してあります。
 ご武運を!!」
 実際のコックピットを模ったシートに、四人が乗り込む。通常はパイロットスーツを着用の上、ヘルメットを装着するのだが、今回だけは特別に制服のまま。ヘルメットの代わりにマウントヘッドディスプレイを装着する。
「シールド閉鎖、MSBS5.2、起動!!」
 コックピットシールドがゆっくりと口を閉じ、一瞬暗闇に包まれる。すぐさまMSBSが起動し、スクリーンがカレイドスコープのように変化した。自分の意識と基地に固定してあるVRがリンクし、その視界はやがて基地内のドッグを映す。
『全員そろったな』
 MHDのヘッドフォンから緒方の声が聞こえる。
『勝とうと思うな。追い払うだけでいい。はっきり言って、戦力的にはこっちの方が不利だからな』
 緒方の言うことは真実だった。数はもちろん、能力的にも恐らくO.D.A.側のが圧倒的に有利だ。
『でも忘れるな。俺たちには、とっておきのシステムがあるってことをな』
「「「「了解!」」」」

『お姉ちゃん!』
「テム!」
『頑張ろうね!』
「頑張ろうね!」
 二人に特に言葉は必要なかった。それだけで、全てが分かり合えている気がしているから。

『尚貴はん! 待ってましたえ!!』
「おうさ!
 あいつら、こんな所までのこのこ出てきやがって。ぶっとばしてやる」
『本気でっか!?』
「……言葉のあやだ。そのくらいの気分でやるってことだよ」
『一瞬本気にしましたわ。
 どっちにしても、わての初陣ですさかい。派手に暴れまっせ!!』
「……ほどほどにしてくれよ」
『判ってますわ! 言葉のあやでんがな。
 ほな行きまっか?』
「了解!」

「デュオ、お願いね」
 バイザーを下ろし、スロットルを握る。意識が吸い込まれる感覚に襲われた。
「ふぅ、こいつに乗るのも久しぶりだな」
『元々はデュオの機体だけどね』
「こいつにはあまり乗りたくなかったんだけどな」
 デュオの意外な言葉に少々驚く千羽矢。言葉には出さなかったが、千羽矢が驚いた様子は、その気配で判った。
「コイツには、人殺しとか、あまりさせたくないんだよ」
『へぇ…………』
 デュオの、スペシネフに対する、まるで我が子を気遣う様な思い。このスペシネフとデュオの間にある絆を、千羽矢は強く感じた。
『そーいやさぁ、前にあのピンクのスペに見覚えあるって言ったじゃない?』
「あれ? なんとなくだけどな。他の機体にもなんとなく覚えがあるんだわ」
『………あたし、デュオは仲間だって信じてるからね』
 得体の知れない自分と『融合』してから随分な時間が経つ。デュオはデュオなりに千羽矢を不憫に思っていた。こんな体では、恋人も満足に出来ないのではないのか、と。
 そんなデュオの心配を他所に、千羽矢はこの状況を正直気に入っていたのだ。正直今の時分で彼氏などということは考えていないし、結構千羽矢の方が物事をドライに考えていたりするのだ。
 それに、それほど長くはないが、共に時間を過ごしてきた自分の半身を、どうして疑うことが出来るだろう?
 誰にも話してはいないが、千羽矢にとって、デュオも大切な仲間なのだ。
 仮にデュオの存在が他の人間に判ってしまったとしても、きっと判ってくれると信じていた。
「どうなっても知らねぇぞ」
 デュオはその一言を言うのが精一杯だった。

「……あ……」
 ここは自分のライデンのコックピットでないことを、アリッサは実感した。いつもヘッドレストにいる「ぴぃちゃん」がいないのだ。
 だが、ぴぃちゃんがいなくても、自分のライデンと繋がっていることは判った。
 システム上、以前のライデンには左ターボ攻撃という物が存在しなかった。それ故に苦戦を強いられることは常だった。
 しかし、MSBS5.2の採用により、左ターボを使用したいくつかの攻撃が可能になり、先日のテスト起動では、新しい攻撃である電磁ネットを駆使した戦いを見せた。
 −もう、誰にも『弱い』なんて言わせない……
 スロットルを握る手に、力が入る。
 初めてライデンに乗り込んだ幼い日の、あの時の興奮を思い出していた。

『目標はAUTOBAHNで待機している状態です。戦闘は避けられないと思いますが、出来るだけ避けて下さい』
 赤木香織里の声がスピーカーから聞こえてくる。全員が「無理だよ」と思うような指示だったが、そんな指示が出るのも仕方がない。
 今まさに対峙しようとしているのは、相手の戦力の中でも最強と謳われているのだから。
『フェイ=イェンはどうした?』
「自分のことは自分で出来るって。店を出た時に別れたよ」
『そうか…… アレのことだから、それだけ自信があるのだろう。
 知っているとは思うが、『フェイ=イェン オリジナル』には武装といった武装がない。出来るだけ戦闘には巻き込まないでくれ。
 自分で飛び込んできた場合は別だがな』
 最後の一言に、全員が苦笑いを浮かべる。それは、彼女の性格なら、ありえないとは言い切れないから。
『まだ先は長い。あまり無理はしないでくれよ。
 全員、無事に帰ってきてくれ』
 その言葉を合図に、射出口の扉が開いた。青い空が顔を覗かせる。
 鈍い光を帯びていたVR達のクリスタルが、強い光を見せた。
『全機、発進!!』
「神宮司深夜、テムジン707F、行きます!」
「……ライデン、行きます……!」
「竜崎千羽矢、スペシネフ出るぜ!」
「高森尚貴、バル=バドス行きます!!」



「恋、こんなところであくびをするんじゃない」
「んなこと言うたかて、暇なもんは暇なんや。あいつらも来ねぇ……」
 スペシネフがサイズを構える。それに呼応するかのように、他の6機も各々の武装を構えた。
 遠くから4つの光が向かってくる。その光はやがてVRとなって、彼女たちの前に姿を現した。
「1、2、3…… おい、たったこんだけかいな!」
 Königin Rは拍子抜けといった感情を隠さなかったが、彼女の性格を考えれば、それも当然だろう。より強い者を求め、戦い続けているKöniginにとって、明らかに「格下」ともいえる4人では話にならないと言うのだ。
「こんだけで悪かったな」
 千羽矢−デュオが悪態をつく。その言葉に、四人の八部衆が反応した。
「貴様、マキシミリアーノ=アンジェレリか!?」
 バトラーに乗る六道が威嚇した。
「やっぱり、どうりで見覚えのある機体だと思いましたわ」
 フェイ=イェンに乗る四門もそれに同調する。
 その言葉に、Königinの搭乗するピンクのスペシネフが歩み寄った。
「お前、ほんまにマックスなんか?」
 しかし、Blau Stellaの三人はいまいち事態が飲み込めない。スペシネフに乗っているのは千羽矢ではないのか? マックスとは誰なのか?
「あーもう、うるせぇなぁ!!」
 業を煮やした千羽矢−デュオがいらつくように怒鳴る。
「んなの誰でもいいだろうよ! 俺は逃げも隠れもするが、嘘はつかねぇ、Blau Stellaの竜崎千羽矢だ! お前らの前に現れた以上、俺はお前らの敵なんだよ!
 俺の姿を見たら皆死ぬぜ。死にたいのはどいつだ!!」
 −デュオ……
 千羽矢は少々可笑しくもあったが、デュオの言葉に胸を打たれた。本当は、こんな感慨に浸っている状態ではないのだけれど。
「よく吠えた!!」
 3機いるテムジンの内、モノトーンベースの1機がピンクのスペシネフの前に出る。それに続いて、バトラー、フェイ=イェン、バル=バドスもデュオのスペシネフを迎え撃つ。
「貴様とは早々に決着をつける必要があった。今が雌雄を決する時だ!!」
「おもしれぇ、やろうじゃねぇか!」
 デュオのスペシネフが戦場を求めて飛び立つ。それに続いてO.D.A.の4機も後を追った。
「マックスか…… 厄介なことになったな」
 残った2機のテムジンのうち、シールドを背負ったKavalier Sのテムジンがランチャーを持ち直しながらぼやくように言う。
 さて、誰を相手にしたものか…… そう思いながら残った面子を見る。
 そこで、向こうと、こちらのテムジンが、にらみ合うようにしているのを感じた。


「教えて欲しいことがある」
 ラジオを通じて聞こえた声に、深夜はどこか聴き覚えがあった。
「私が知ってることでよければ。機密は話せないけど」
 深夜の予想を反して、その問いかけはメッセージで届いた。
『炎の紋章を入れた、黒いライデンを知らないか?』
 その言葉に、深夜は心臓をつぶされるような思いを感じた。
 OMGが終結して間もない頃。彼女の家族はD.N.A.でもトップクラスのパイロットであった。両親と3つ歳の離れた兄。それは深夜にとって誇りでもあった。
 ある日、三人の所属する部隊が何者かに襲撃されるという事件が起こった。数十人の所属する部隊が、たった1機のライデンによって壊滅状態に陥った。
 当時S.H.B.V.D.は既に独立を余儀なくされており、その私怨によるものと思われていた。
 しかし、残された映像から、その機体は全くの所属外であることが判明。その時判明した唯一の特徴は『炎の紋章を入れた黒いライデン』ということだけである。
 父も、母も、若手のホープとして迎え入れられた兄も一度に失った深夜。新型機のテストパイロットとしてD.N.A.に所属し、発足と同時にBlau Stellarに配属された。
 様々な任務に就きながら、家族の仇を探していたが、結局現在もそれを見つけることが出来なかった。
 それから5年。まさか今頃になってその話を耳にすることになろうとは。しかも対峙する敵兵から。
「私も、それを探しているの」
「今の所在は知らないということだな……」
 無言。それは肯定の印。
「君とは戦いたくないな」
 意外な言葉だったが、深夜も同感だった。この人とは戦いたくない。そう思っていた。
「でもこうして出会ってしまった以上、戦わなければならない。君達は、恐らくファイユーヴを逃がす為の足止めにしか過ぎないのだろう?
 ならば、無益な殺生は不要だ。俺も久しぶりに『対戦』が楽しめそうだ」
 相手のテムジンは地面に突き刺していたランチャーを抜いた。
「名前を聞いておこうか。俺はリン=フー=テイ。記憶をなくして、テムジンに乗ることしか能がない情けない男だ」
「Blau Stellar第9012特殊攻撃部隊藤崎班所属、神宮寺深夜准尉です」
「深夜」
「はい!」
 名前を急に呼ばれ、正直驚いた。一瞬身が凍る。
「行くぞ」
 先に飛び立ったリンのテムジンは、マインドブースターの代わりに羽根のようなものをつけていた。


 その場に残されたのは、シールドを背負ったテムジン、ライデン、スペシネフ、バル=バドスの4機。
「恋」
「なんや」
「ライデン、もらっていいか?」
「えぇよ。どうせ俺がやってもキャラ勝ちやし」
 コックピットの中でKavalierは苦笑いをし、やれやれといった表情を浮かべた。どんな相手でも負ける気がしない。必ず自分が勝つ。Königinは事実、そんな存在なのだ。
 Kavalierは2〜3歩前に歩み寄ると、アリッサのライデンに前に立った。顎で戦場を指し示すと、マインドブースターをふかし、そちらの方へ飛び立つ。
 ライデンもその後を追った。
 その場に残ったのは、Königinのスペシネフと、尚貴のバル=バドスのみ。
「俺とお前とでやるんかい」
 Königinの声は、明らかに不満げだった。彼女がそう思うのも、無理はないのだが。
「せいぜい楽しませてくれよ」
 アイフリーサーを構える様子もない。そんなKöniginの態度に、
 むかっ
 尚貴と、サポートOSのバルの心がシンクロした。
「バル、行くぞ。一泡拭かせてやる」
『その言葉、待ってましたえ』
 おもむろに相手に背中を見せる。もちろん、これはただ見せている訳ではない。
「?」
 Königinは今まで見たことのない相手の挙動に首をかしげた。
 が、次の瞬間、それは驚愕へと変わる。
「んなアホな!?」
 背中を見せたバル=バドスが、上半身を後ろに倒し、ブリッジ体勢を採った。それだけでも充分驚いたが、自分の相手はそれだけでは済まなかった。
 自らの機体を輪の様に繋ぎ、車輪の如く大回転を見せる。
「『見さらせ! これが必殺のローリングクレイジーや!!』」
 これには百戦錬磨のKöniginもすぐに反応が出来なかった。それでも、紙一重で回避したのは、彼女の持つセンスとしか言いようがない。
 慌てて横ダッシュでその場を離れる。
「あぶね……」
 一瞬とは言え、相手に隙を見せる形になった。
 たった一人で数十人を相手に0.1%の被弾もしなかったKöniginが、滅多に見せることのない隙だった。
 その隙を突いての攻撃。正直、自分に対してそんなことが出来るパイロットが存在するとは、思っても見なかった。
 改めてアイフリーサーを構え、バル=バドスに向き合う。
「お前、結構やるわな」
「これがJAPANの心、『KAMIKAZE SPIRIT』よ」
『尚貴はん! 本気でっか!?』
「そのくらいの気持ちでないと、やってられねぇだろ!?」
 バル=バドスも起き上がって改めて構えを見せる。

「「ブッ殺す!!」」

 To be continued.