「『フェイ=イェン オリジナル』を探してこい」
 突然の、あまりに突拍子もない指令だった。
 手掛かりは配られた似顔絵と、BRL市内でここ最近目撃が多いということだけ。
 しかも、今回はODAと遭遇した場合、MSBS5.2と新システムを搭載したVRに搭乗することになった。
「アリッサのライデンは既に5.2のインストールが終わっている。新型のカラーも、以前のままだ。
 新システムはライデンには対応していないから入っていないけど、大丈夫だよな?」
 緒方の言葉に、アリッサは小さく頷いた。あまり表情を変えない彼女だが、少しだけ頬を紅潮させている。
 やはり、彼女も嬉しいのだろう。新しいライデンが来るのを、藤崎と同じくらい心待ちにしていたのだから。
「千羽矢」
「え!? あたし!?」
「お前は今回スペシネフで出てもらう」
「なんで!?」
「新システム『零距離戦最適化システム』の「Type A」をインストールしてある。
 ガード不能で平気で相手を吹っ飛ばす技があるからな。その辺は気をつけろ」
 千羽矢はどうして今更スペシネフなのか、首をかしげていた。
『こりゃ、俺の出番だな』
 もちろん、今のデュオの言葉は、千羽矢以外の耳には入っていない。
「神宮寺と尚貴は、くじを引いて当たった機体で出てもらう」
「なんだよそれ!!」
 尚貴は堪らず声を上げ立ち上がり、深夜も驚きを隠せなかった。
「うまくすれば自分達の使用VRに当たるんだ。諦めて、運を天に任せるんだな」
 尚貴と深夜は顔を見合わせると、困ったように肩をすくめた。
「でもさぁ」
 この様子を(半ば楽しそうに)見守っていた菊地哲が、緒方に問うた。
「今更なんでオリジナルなんか探さないとならない訳よ?」
「ミス・リリンたってのご希望だ。俺達に断る筋合いはないだろ?」
「何も今この時期にやらなくたって……」
 緒方は人差し指をメトロノームの様に動かし、それに合わせてちっちっと舌を鳴らした。
「次の対戦、まだ決まってないだろ?」
「そういや…まぁそうだなぁ……」
 これまでは、対戦が終わることにMeisterが直々に通信を入れてきて、次の戦闘エリアの指示があるのだが、今回はそれがなかったのだ。
 向こうも戦力の建て直しに躍起になっているのだろうか?
「それに、最近この辺りでよく目撃されてるんだよ。
 『ふわふわしたピンクの女の子』が」
 蒼我恭一郎は、配られた似顔絵を見ながら、緒方の言葉に記憶を遡らせた。
 −あぁ、あれがそうだったのか……
 「匂い」だけで自分がスペシネフに乗っていることを見抜いた少女。
 蒼我も既に『フェイ=イェン オリジナル』に遭遇していたのだ。
「向こうから何も言ってこないってことは、どういう了見だが知らないけど、しばらく戦闘はないってことだ。
 もう不意打ちはしてこないと判断して、今回は特別任務を拝領することにした」
「このまま諦めてくれりゃぁえぇねんけどなぁ」
 瀧川一郎と藤崎が笑いながらうなづく。
「緒方さん」
 クレイス=アドルーバがふと声を発した。
「どうした?」
「女の子だけが出撃するってことは、それなりに理由があるということなんですよね?」
 その発言を聞いて
「そうだなぁ…… 戦闘中にメロメロにされたら、そっちのがかっこ悪いだろ?」
 緒方はさも「勘弁してくれ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。


 Blau Stellar、GRM本部、中央格納庫。ここにはヨーロッパ大陸だけでなく、全世界のBlau Stellar所属のVRが修理の為に集められる。
 特に、今は先の大襲撃により、多くのVRが『後方送り』状態となっている。
 ここで目を引いたのは、傷一つない真新しい16機のVR。その中には新型のテムジン、ライデン、フェイ=イェンに、バル=バス=バウの後継機である「バル・シリーズ」陸戦仕様「バル=バドス」も含まれている。カラーは全てD.N.A.仕様だ。
「すっげぇ……」
「もう。尚貴ちゃん、みっともないから口閉じて」
 千羽矢に言われても、尚貴は口を閉じようとはしなかった。それほどまでに、この光景は圧巻だったのだ。
「16機全部にMSBS5.2、そのうちの13機に『零距離戦最適化システム』が入っている。
 くじの当たり次第で、すぐにこのシステムが試せるぜ」
 四人への一通りの説明を担当するセイが、自慢げに言った。

 この『零距離戦最適化システム』は、OMG時代に「機体によってダブルロックオン距離が違うのは不公平だ」というテムジンパイロットの上告がきっかけで、新たな白兵武器対応のシステムの開発が行われることになった。
 どういった戦闘システムを採用するかということがD.N.A.の開発チーム内で話し合われていた時、旧世紀時代の魔剣を巡って戦った戦士達の記録が、どういったルートを辿ったのかは知らないがDN社に持ち込まれたという。
 開発チームはこの記録をありとあらゆる方法で解読し、これを完全に解読するまで、実に4年の歳月を費やした。
 この書物に書かれているものは、実に興味深いものだった。これまでのVRによる近接戦闘の枠を、遥かに超えた戦いの記録だったのだ。
 また、このシステムの将来性をrn社も重要視し、r.n.a.より技術者を派遣。アファームドシリーズをはじめとする近接戦闘対応VRを数多く開発しているrn社が開発に加わることで、このシステムは単なる補助システムではなく「武器さえ対応すれば、どのVRでも使用出来る汎用性システム」として、今年になって完成した。
 その時間は解読から3年。解読も含めると由に7年の月日が過ぎていた。

「特にサイファーはインストール出来るバリエーションが一番多い。もし当たったら、技表を見て、自分が一番使いやすいと思うタイプを選んでくれ」
 四人はセイから渡された「技表」を食い入るように読んでいた(アリッサもこのシステムに興味を持ったらしい)。
 これまでの近接戦闘とは全く違い、「コマンド」を入力することでバリエーションに富んだ技を出すことが出来る。
 もちろん、このシステムをインストールしていても通常通りの動作、攻撃は可能で(もちろん近接攻撃も)、システムの切り替えはMSBSとの連動による思考制御となっている。
「ねぇ、おがっち」
「ん?」
「俺と神宮寺さんは、どれが当たるか判らないよね?」
 尚貴はサイファー(とバイパーU)以外のVRの操作にはあまり自信がない。重量級は最も苦手とするものであるし、あまり「クセ」がある機体(エンジェランやスペシネフなど)も好きじゃない。
 なので、突拍子もない機体にあたるのを、最も恐れているのだ。
「そりゃまぁな。くじ引きだし」
「こんなこといってアレだけど、機体がまともに動かせなくても、それは俺のせいじゃないよ」
 そんな尚貴を見て、緒方はにやにやしながら言った。
「大丈夫じゃねぇの? なぁ?」
 急に振られたセイは、一瞬どうしていいのか判らず、緒方につられて引きつった笑いを浮かべていた。
「んじゃ、お待ちかねの大抽選会だ。この中から好きな紙を引いてくれ」
 いったいいつ、どこで用意していたのだろうか。緒方はよくくじ引き会場に置いてあるような赤と黄色の箱を取り出した。中でがさがさ音をたてているのは、VRの名前が書かれた紙だろうか。
「この中には新システムを搭載していないやつ、ライデンとスペシネフをを除いた11機分の名前が書かれた紙が入っている。
 どっちから引く?」
 箱を差し出した緒方を前に、尚貴と深夜がじゃんけんを始めた。
「「じゃんけんぽん!
 あいこでしょ!」」
 深夜がチョキ、尚貴がグーで、尚貴の勝ち。
「俺、後でいいや」
「え!? いいの!?」
「神宮寺さんが先に引いて、サイファー以外のに当たってくれれば、俺は1/10の確立でサイファーを当てることが出来るからね」
「もし、1/11で神宮寺が当てたらどうする?」
「そんときゃ仕方ねぇさ」
 尚貴は首をすくめて、お手上げポーズをとってみせた。
 深夜が箱に手を入れ、何回かがさがささせて紙を取り出した。
「まだ開くなよ! 二人同時にだぞ!」
 すぐに中を見ようとした深夜を、緒方が制した。
 尚貴は神社で参拝するがごとく、パンパンと手を合わせ、サイファーが当たるのを祈ると、手を突っ込んで最初に触れた紙を引き出した。
「二人とも引いたな。はい。開けて〜」
 尚貴と深夜がごそごそと紙を広げる。
「あ、よかった〜」
 深夜が引き当てたのはテムジンだった。エンジェランをメインに使っている深夜ではあるが、実のところ、アーケードでの対戦は時々テムジンを使うことがある。なので深夜にとっては慣れ親しんだ機体を引き当てたと言っていいだろう。
 一方の尚貴はと言うと……
「………………」
 紙を広げて固まっていた。その紙を覗き込む五人。
「あーらら」
「…って、緒方さん。どうするんですか?」
「あらま〜、これは一番当たって欲しくないヤツね〜」
 顔を引きつらせ、本当に「硬直」してしまった尚貴の紙には、こう書かれていた。

『バル=バドス』



「おい! 坊主! あまり早く走ると転ぶぞ!」
 すれ違い様、自分の親くらいの隊員の男に声をかけられた。
 彼はそれでも走るのを止めなかった。
 行き着いた先は、とあるブリーフィングルーム。ロックが『OPEN』になっているのを確認し、ライセンスをスロットルに通す。
「優輝!」
 少年は扉が開くなり、同じバル=バス=バウパイロットである親友の名を呼んだ。
「あれ!? アルシェじゃん! いつの間にこっちにいたの!?」
 泉水優輝が満面の笑顔になった。
 その少年の名はアルシェ=マクレイガー、17歳。D.N.A.に於いて新型機開発から機体データ搾取、時にはV・P・Bにも出場する、個性派揃いの特殊部隊「D.N.A.−α」所属のパイロットだ。
 中でも、アルシェは幼少の頃より、それこそOMG勃発前から高いバーチャロンポジティブ値を記録し、特にバル=バス=バウとの相性は抜群だった。
 早くから特例的にライセンスを与えられ、7年前よりBlau Stellar(D.N.A.)に正式に所属してからは、後の後継機「バル・シリーズ」の専属テストパイロットとして活躍している。
「ごめんね。お邪魔するよ」
 切り揃えられた濃い目の金髪を揺らしながら、アルシェがルームへを入り込む。
「ねぇ、聞いたよ! 今度のバドスの試運転、優輝じゃないんだって!?」
 その声は、少々お怒り気味のようだ。
「え? あぁ、うん。そうだよ」
「そうだよ…って、優輝それでいい訳!?」
「だってさぁ、仕方ないじゃん。
 『女の子だけの特別指令』なんだもん」
 その言葉を聞いたアルシェは、ルームの一角に集まっている四人に目を向けた。そのうちの一人に目線を向けると「え゛!?」というような顔を見せる。
「女の子だけって……」
 その視線が、バル・シリーズ操作マニュアルと『零距離戦最適化システム』の『Type V』用コマンド一覧を必死に見ている尚貴に向けられていたのは、誰の目から見ても明らかだった。
 確かに、彼女の風貌はそう取られても仕方ないものなのだが(あのモハメド殿下も間違えたのは、記憶に新しい)。
「おいおい、坊主。俺の大事な『お姫様』にケチつけるんかぁ?」
 一郎がアルシェに「文句」を言った。男に見えるかもしれないが、一郎にとって、尚貴は可愛い後輩なのだ。
「別にケチはつけていないけどさ……」
 アルシェの所属するD.N.A.−αも、以前から女性隊員が多く所属しており、今でも1/3が女性で構成されている。だが、あそこまで「極端」なのは、アルシェでも珍しいらしい。
「バルの操作とかは僕が教えるから大丈夫だよ」
「あ、その心配ならご無用。今回使うのは、正直サルでも動かせるから」
「「「え!?」」」
 「サルでも動かせる」という緒方の発言に、その場にいた全員が耳を疑った。
「おーい、お前達! 一度試しに動かしてみるか〜」
 そんな驚きの隊員達(アルシェ含む)をよそに、緒方は四人を引き連れて、シミュレーションルームへと出て行った。



 Blau Stellarのシミュレーションルームは、Vコンバーターすらないものの、コックピットシールドなどは、本物をそのまま模している。
 当然ながら、攻撃を受けた時の衝撃などは、実際と同じく発生する。オペレーターがついているので命の危険はないが、場合によっては無傷では済まない場合もある。
 ただ一つ違うのは、通常であれば現状ではほとんどの機体がスコープバイザー対応のヘルメット装備での搭乗なのだが、シミュレーションシートに関しては、小型のマウントヘッドディスプレイ(MHD)が装備されている。当然ながら、機能に関してはなんら問題ない。
 四人はコックピットの中で、コントロールルームの指示を待っている状態だ。
『それでは、今からMSBS5.2を起動します。起動後はこれまでと操作方法は変わりません。
 テムジン、バル・バドスについては、後ほどサポートが入ります』
 軽いノイズと共に、ヘッドフォンからオペレーターの声が入る。
『MSBS5.2、機動』
 スクリーンがカレイドスコープの様に変化する。やがて、それは見慣れた風景−今回は上空を飛行するフローティングキャリアーの上−へと変わった。
「操作感覚はあまり変わらないね」
「そうだ…ね」
 −危ない危ない。今俺は『ちー』としてここにいるんだっけ……
 千羽矢−というか、この時点ではデュオであるが−は、ゆっくりとレバーを動かし、レスポンスを確かめる。
「漕ぎの滑らかさはこっちのが上の様な気がするな」
『熟成させた分、安定性は断然上だ。それに『零距離戦最適化システム』だけじゃない。フラットランチャーシステムをはじめとした、あらゆるサポートシステムに対応しているんだ』
 緒方が鼻高々に通信を入れてくる。
 一方の千羽矢の方は、デュオが一生懸命言葉遣いに気を使っているのがおかしくもあり、少々心配でもあった。
『5.2の機動に関しては問題ないな。よし、それじゃぁサポートOSを立ち上げてくれ』
『了解。テムジン、及びバル・バドス。サポートOS起動します』
「「サポートOS?」」
 尚貴と深夜は、その聞き慣れない言葉に、ワイプを通して首をかしげた。


 こちらは深夜のテムジン。
 スクリーンには『SUPPORT OS/ON』と書かれた小さなウィンドウが開かれた。
「あまり変わった感じはないけど、ターンはしやすくなったかな」
 軽くバーティカルターンをしてみたり、ジャンプしてみたりして、レスポンスを味わっている。
 すると、先程のウィンドウが点滅を始めた。一瞬消えたかと思うと、少し大きめのウィンドウが現れ、『CALL』という表示が。
「?」
 −ラジオランプは点いていないんだけどなぁ……
『お姉ちゃん、こんにちは』
 MHDのスピーカーを通して聞こえてきたのは、少年の声だ。まだ声変わり前の、澄んだボーイソプラノ。
「誰!?」
 深夜は酷くびっくりしたと同時に、軽い戸惑いすら感じた。
『僕はテムジン。お姉ちゃんは?』
「あ…あたしは深夜……」
『深夜お姉ちゃんって言うの?』
「うん…そうだけど……」
『そっかぁ。深夜お姉ちゃん、仲良くしてね』
 深夜は正直、予想外の展開にめまいを覚えていた。
 −サポートOSって、擬似人格なの? これで本当に大丈夫な訳!?


 こちらは尚貴のバル=バドス。
 搭乗が決まった際に、優輝からバルに関する基本的な操作方法は教えてもらっていた。
 何となく試しにERLを切り離してみたり、その属性を変えてみたり、笑いをこらえながら移動をしてみたりして、自分なりに操作を覚えようと必死だった。
 だが、前評判で聞いていた様な、乗り心地の悪いものではなく、むしろ漕ぎの感覚などはサイファーに近いものすら感じていた。
「動きは変だけどな。乗り心地は悪かねぇな」
『そういってもらえると嬉しいですわ』
「うわっ!! な…な…何!?」
 突然聞こえてきた声に、思わず尚貴はレバーを離してしまった。
『いや〜、どーもどーも。わてバル=バドスでおま。
 あんさんが新しいパイロットはんでっか?』
「え…あの…はい!?」
『わては今回から皆さんのお仲間になりますが、位置づけ的にはまだ試作機やさかい。上手く機能出来ない所もあるかもしれまへんが、あんじょうよろしゅう頼んまっせ!!』
 −おいおい、これがVR? サポートOSって、やっぱり擬似人格…… しかも関西人だって!?
  こんなの、聞いたことないぜ……
『とりあえず、あんさんのお名前、教えてくんなはれ』
「尚貴…だけど……」
『尚貴はんでっか!? 男らしいえぇお名前でんな。
 そーいや、バル=バス=バウ兄さんが言うてましたけど……』
 尚貴は『バル=バドス』のおしゃべりを聞きながら、正直意識が遠のきそうになった。
 難解系多機能型試作機体という名前は、伊達ではないようだ。

To be continued.