暗くてよくわからないが、外は雨が降っているらしい。
自分の席の後のほうに、窓側・通路側共に誰も座っていない席がいくつかあった。南千歳を過ぎてしまえば時間的に誰も乗って来ないだろう、と少し期待していたのだが、残念ながら全部埋まってしまった。仕方ない、おとなしく寝よう…
今日は車内放送が始まるより前に目が覚めた。釧路に着くまでまだ30分以上もある。すっかり目が覚めてしまったので窓の外を見ると、雨こそ降っていないが曇り空が沖のほうまで続いている。
定刻通りに釧路駅に到着。〔根室本線〕という名前が付いてはいるが、特急列車は1本も終点の根室まで行かずにこの釧路駅で止まってしまう。隣りのホームで待っていた根室行きの快速《はなさき》は、ワンマン運転で1両だけの小さなディーゼル車。進行方向に対して右側、海に面した窓際の席に座り、札幌を出る前に買ったおにぎりで朝食にする。
釧路を出発してしばらく山の中を走っていたが、根室との中間あたりにある厚岸(あっけし)駅を過ぎると急に視界が開け、海沿いの湿原の中に出た。辺りには道も無く、人工のものは列車と線路しかない。そこかしこに、水辺で羽を休める鳥の姿が見える。
すると突然、列車は警笛を大きく響かせて急に速度を落とした。おおかた線路際で何か作業をしていたのだろう、と思って窓の外を見ると、角の大きさから見てまだ若そうな一匹の鹿が列車と併走しているのが見えた。
もしかして、鹿が線路に出て来て轢きそうになったのか?
出かける前にJR北海道のページを見たら、線路に出て来た動物(特に鹿)との衝突事故が年間10数件あるので、いいアイデアがあったら教えてほしいと書いてあったが、実際に体験するとは思ってもみなかった。
ついうとうとして、気がつけば列車がちょうど根室に着いたところだった。
ここから先に延びる線路はもう無い。
改札を出て、定期観光バスが出るというバスターミナルへ。路線バスを使ってただ行って帰ってくる運賃に少し追加するだけで案内が付くのだから、利用しない手はない。さっそく乗車券を買って乗り場へ行ってみると、そこには1台のマイクロバスが待っていた。『定期観光バス』と言うくらいだから…と大型の観光バスを想像していたので少々とまどいながらバスに乗り込むと、3分ほどで席はほぼいっぱいになった。
定期観光バス《のさっぷ号》
今年の春に入社したばかりという、かわいいガイドさんのちょっぴり拙い案内を聞きながら、バスはまず『車石』へと向かった。
花咲灯台
花咲灯台の近くでバスを降り、ガイドさんに続いて岩場に設けられた階段を下っていくと、波が打ち寄せる岩場に『車石』はあった。
車石は、吹き出したマグマが特殊な条件下で冷えて固まる時にできた『玄武岩の放射状節理』という世界でも珍しいもので、天然記念物にも指定されているらしい。
車輪のように見えるので『車石』だそうだ
次に、近くの小学校に併設されている郷土資料館の開設準備室へ。
江戸時代にロシアの使節団が来航した時の資料や、リンドバーグ夫妻が北太平洋を飛行機で横断して根室に来たことを報じる新聞などが展示してあった。
オオヤマネコの標本
足元にあるのは切符(定期券大)
花咲港の中を通って、いよいよ納沙布岬へ。
途中何台もの自転車と行き違ったり抜いたりした。根室からだったら20数キロくらいだから自分でも平気だろうけど、それ以上はちょっと無理かな……(苦笑)。
納沙布岬に近づくにつれ、道端には『北方領土返還』を訴える立て看板が増えてきた。何度も見たことがあるデザインだ。どこかで大量に作っているのだろうか?遠くのほうには、緑色をした自衛隊のレーダードームも見えている。
徐々にわいてくる『国境』の実感…
そしてついに、陸続きで行ける場所としては最も東の端、納沙布岬にやって来た。
海から吹く強い風に乗って、潮の香りがする。
ここでは1時間近くも自由時間があるのだが、あるのはお土産屋さんと資料館に灯台くらい。
納沙布岬灯台
資料館の中にはここを訪れた政治家の写真が並べられ、灯台へ向かう道端には北方領土返還を唱える政治結社の記念碑がいくつも建っている。戦時中に実際に島を追われ、今も帰ることを望んでいる方達には申し訳ない話だが、なんとも暗いイメージだけが残る場所だった。
バスが再び根室駅に戻ってきた頃には、空はすっかり晴れ渡っていた。今から納沙布岬へ向かったら、遠くの方までよく見えるだろうなぁ。
次の釧路行きが出るまで1時間くらいあるので、根室の名物になった『エスカロップ(筍の入ったバターライスの上にカツを乗せ、その上からデミグラスソースをかける)』という料理の元祖だという【ニューモンブラン】というお店で昼食。量がもう少し多ければよかったけど、結構おいしかった。
釧路行きの列車が到着して、改札が始まる。列車とはいっても、来た時と同じ1両だけのワンマン車。
根室を出発して、5分くらいで最初の駅、東根室に到着。ここは日本最東端の駅だそうだが、駅舎もなく、ホームにそのことを示す白い標柱が立っているだけだった。しかし、そんな小さな駅でも地元の人にしてみれば大事な交通機関。この時も、1人のお年寄りが列車を降りていった。
少し開けた窓から入ってくる冷たい風を受けていたらいつの間にか眠くなり、例によって釧路に到着する直前に目が覚めた。
釧路駅で接続待ちの間に現金を補充して、特急《おおぞら10号》で再び札幌へ。
帯広を過ぎた辺りで再び一眠り。ここから富良野を経由して旭川で急行《利尻》に乗るという手もあったが、ちゃんと始発から乗った方がよさそうなので止めておいた。
寝ていて気づかなかったが、途中で何かあったらしく札幌に少し遅れて到着。
次の急行《利尻》が出るまで2時間しかないので、簡単に夕食を済ませて駅で待機する。当初の予定では自由席の列に1時間前から並ぶハズだったが、運良くキャンセルが出て指定席が取れたので気も楽だ。でも、どちらかといえば明後日の《ミッドナイト》の方が欲しかったんだけどなぁ…
スーツ姿で帰宅途中のサラリーマンに混じってホームに上がり、列車を待つ。
10分程で列車がやってきた。写真を撮ってから乗り込むと、昨日乗った《おおぞら13号》とはうって変わって、座席はほとんど埋まっている。よかった、席があって(苦笑)。自由席の様子は判らないけど、きっと推して知るべしだろう。デッキに新聞紙を敷いて寝るのも悪くはないけど、進んでやるようなことじゃない。
定刻通りに急行《利尻》は、日本の『てっぺん』を目指して走り出した。
時刻はまだ22時ちょっと過ぎ、単純に考えても昨日より1時間余計に眠れる。後の席の子供が少し騒がしくて気になるが、とっとと寝てしまおう。