レスを全部読む / 最新レス100 / レス1-100 / 掲示板に戻る

生物の命を扱うを上で考えなければならない課題
1 名前 : ALEX   投稿日 : 2023年02月03日(金)14時37分58秒  

一般的に、全ての生物は死を避けることが
できません。
また、死後のことも死ぬ瞬間のことも実際
に死んだ生物にしか分からない事実が
あります。
しかし人には、他者の感情を想像する力、他者の感情について考える力、考えた結果行動する力が備わっています。
人がそれぞれの感情や意思を持つ生き物であるからこそ、「生物の命を扱う上で考えなければ
ならない課題」が数多く存在します。
その中でも私が、特に多くの人が考える必要が
あると思う課題は、下記の3点があります。
-❶人が生物の命を扱うことで、その生物が
生きられた本来の時間や生活環境を変えて
しまう点。
❷一般的に生物の体に大きな損傷を与えた
時、その生物は激しい苦痛を感じていると
想像することができるため、その苦痛について
話合いをする必要がある点。
❸現在のところ生物の命を犠牲にすることは
人にとって必要不可欠なことであり、実際に
生物の命を犠牲にしなければ実現不可能なものが数多く存在している点。
-
私は多くの人が上記の3点の課題を考えて、
様々な価値観を持つ人同士で話合い、自分自身が実現可能な範囲で行動し続ける必要があると思います。
また、人が生物の命を扱う行為そのものは、
自然界で生物同士が殺し合っている事実を
踏まえた上で、多くの人が考えているほど、
感情的に捉えるべき課題ではないと思います。
むしろ、生物の命を扱う課題について感情的に
捉えることは、宗教上の考えや価値観の違い
などから意見のぶつけ合いに発展し、話合いが
上手く進まなくなる恐れがあります。
そのため、自分自身の考えを相手に伝えるだけでなく、相手の考えも尊重し、お互いにとって共通する課題であることを意識しながら、話合いを進めることが大切です。

最後に、私が「生物の命を扱う上で考え
なければならない課題」について整理した
理由を説明させて頂きます。
私は元々、人が生物の命を奪うことは、極力
無くすべき残酷な行為だと思っていました。
その理由は、人が自らの意思で生物の命を
奪っている事実が、人が自分自身を含める多くの生物を愛し、多種多様な生物が生き続けることを望んでいる事実に反していて、独善的
で矛盾している行為であると思っていたから
です。
しかし、ある方に家畜が屠殺されている事実
について意見を求めた際に、「人も動物も
いずれ死ぬから、生命が失われることそのものが残酷なことではない」という答えが帰ってきたことで、私の中で人が生物の命を奪うことに対する考えが大きく変わりました。
私はこの時、私自身が人が生物の命を奪うことについて否定的な意見を持っている原因が、私自身が生命が途絶える事実に対して恐怖心を覚えているからこそ、この事実そのものを無意識のうちに否定してからだと気が付きました。
そのため、私はなぜ生命が途絶える事実に
対して恐怖心を覚えているのか、その原因を
考えてみました。
その結果、人が生命が途絶える事実に恐怖心を覚える1番の原因は、人が記憶力を持ち、自分が生きることで周囲に及ぼした影響や自分自身の人生を記憶できることで、この世界で自分
が今まで生きてきた痕跡を失いたくないという思いから生じる感情がこの恐怖心の1番の原因であると考えました。
私自身がそうであったように、生物の命を扱う問題というのは感情的に捉えられる場合が多いです。しかし、感情というのは個人の価値観や考え方の違いによって大きく異なるため、この問題について話合う場合には、様々なトラブルに発展する可能性が高いです。
このようなトラブルに発展した場合に、
話合いを円滑に進めるために、「生物の命を
扱う上で考えなければならない課題」について整理させて頂きました。

今回話した内容を一言でまとめると、
「人が生物の命を扱う上で考えなければ
ならない課題は、感情を中心に話し合っても、
現実的な解決策を実現することは難しい」と
いうことです。

以上で、この話を終わりにさせて頂きます。
言葉足らずな点が多々見受けられると思いますが、最後まで話を聞いて頂きましてありがとうございました。




名前 :   メール :  


  URL自動リンク 投稿後、このスレッドだけを読み込む

レスを全部読む / 最新レス100 / レス1-100 / 掲示板に戻る / トップへ

番目から 番目のレスまで

Hilight_Multi_3.01 customized by fire7 v0.12